不動産情報を眺めていると、ときどき時間が二十年ほど巻き戻ったような価格の住宅に出会う。
土地付き一戸建て、500万円。
都会で暮らしてきた人なら、最初は何かの間違いではないかと思うかもしれない。500万円なら、自動車一台とそれほど変わらない。月6万円の家賃を30年間払い続ければ2160万円になるのだから、500万円で家を買えるなら、どう考えても買った方が得ではないか。そんな計算が頭に浮かぶのも自然なことである。
しかも、この500万円という数字は、外房では空想の価格ではない。2026年8月時点のいすみ市では、大原に498万円、岬町中原に500万円、岬町榎沢に450万円、高谷には520万円の中古戸建てが確認できる。もちろん、それがいすみ市の中古戸建住宅全体の平均的な価格だという意味ではない。築年数が古い、建物が小さい、駅から離れている、あるいは何らかの修繕を必要としているといった条件を伴う低価格帯の住宅である。
この記事でいう「500万円の中古住宅」とは、まさにそうした家を想定している。
ここでいう500万円の住宅は、中古戸建て全体の平均的な価格を意味するものではない。外房など人口減少地域で実際に見られる、築年数が古い低価格帯の戸建住宅を想定したモデルケースである。
問題は、この500万円という数字を、私たちは家の「値段」だと思ってしまうことである。
実は、それは30年間続く住宅費の入口に書かれた数字にすぎない。
500万円の家を買った日から、もう一つの時計が動き始める
スーパーで500円の商品を買えば、500円を払ったところで取引はほぼ終わる。自動車でさえ購入後に維持費はかかるものの、最後には廃車にして所有を終わらせることができる。
住宅は少し違う。
家を買った瞬間、そこから新しい支払いの時計が動き始める。
登記をしなければならない。不動産会社の仲介で購入すれば仲介手数料が発生することがある。不動産取得税も条件によって生じる。古い家なら、鍵を受け取った翌日からそのまま30年間暮らせるとは限らず、給湯器、台所、浴室、トイレ、床、屋根、外壁などのどこかに手を入れる必要が出てくる。
特に低価格の住宅では、購入価格が安いからといって諸費用まで同じ割合で安くなるわけではない。
現在、800万円以下の「低廉な空家等」の売買では、一定の場合、不動産業者が依頼者一人から受け取る仲介手数料について税込33万円を上限とする特例が設けられている。500万円の住宅に33万円なら、それだけで購入価格の6%を超える。
一方で、中古住宅には不動産取得税の軽減制度もある。千葉県では2026年4月1日以降に取得した自己居住用中古住宅について、床面積や耐震性能など一定の条件を満たせば軽減を受けられる。つまり実際の取得費は、築年数や建物の状態、取引方法によってかなり違ってくる。
そこで今回は、個別物件の正確な見積もりをするのではなく、取得時の仲介、登記、税、各種手続きなどをまとめて70万円程度と置く。
すると500万円の家は、まだ一度も修理をしていない段階ですでに570万円になっている。
しかし、本当に大きなお金が動き始めるのは、その後である。
中古住宅を買うということは、家の「過去」も買うことである
築35年の中古住宅を買ったとする。
購入者にとっては、その日が住宅所有の1日目である。しかし家にとっては35年目のある一日にすぎない。
ここに中古住宅を考えるときの大きな錯覚がある。
新築を買って30年間住むなら、建物は0歳から30歳になる。ところが築35年の家を買って30年間住めば、最後には築65年になる。
自分が30年間しか使っていなくても、屋根は65年間雨を受けているかもしれない。外壁も65回の夏と冬を経験することになる。給排水管や床下、柱、基礎も同じ時間を過ごしている。
国土交通省が示す木造戸建住宅の維持保全計画の例でも、住宅は建てた後そのまま放置することを前提としていない。基礎などは5年ごとの点検例が示され、屋根では20年程度で全面的な葺き替えを検討する例、外壁では15年程度で全面補修を検討する例などが示されている。
つまり家というものは、一度完成したら30年間そのまま存在する商品ではない。
少しずつ部品を取り替えながら、同じ家であり続けるものなのである。
中古住宅なら、その交換時計がすでに途中まで進んだ状態で手渡される。
だから500万円で買った家に、その後いくらかかるかは、売買価格だけを見てもほとんど分からない。
そこで、30年間の未来を三つに分けて考えてみよう。
最初の未来~大きな故障に恵まれた「低修繕ケース」
最も幸運な場合から考えてみる。
500万円で購入した家の状態が比較的よく、購入後に必要な修繕が小さかったとする。入居時の修繕は50万円程度で済み、30年間を通じた小規模修繕を120万円、屋根や外壁などの比較的大きな修繕を150万円、給湯器や住宅設備の交換を150万円程度に抑えられたとしよう。
さらに30年間の固定資産税を120万円、住宅に関する保険を90万円、突然の故障などに備える予備費を60万円とする。取得時諸費用70万円も加える。
この場合、30年間で住宅に投じる総額は約1310万円になる。
500万円だった家が1310万円になるのだから、それでも購入価格の2.6倍ほどである。
ところが360か月で割ると、月あたり約3万6400円になる。
この数字だけを見るなら、低価格中古住宅はかなり強い。
月6万円の賃貸住宅なら30年間の家賃だけで2160万円になる。それに対して1310万円で30年間住めるのであれば、途中で家の価値がかなり下がったとしても、経済的には持ち家に魅力がある。
おそらく、格安中古住宅を購入して成功したと感じる人が経験しているのは、この世界に近い。
しかし、これは家が比較的健康だった場合の話である。
築古住宅を購入するとき、誰もがこの未来を選べるわけではない。
二つ目の未来~家が普通に老いていく「標準ケース」
もう少し現実の時間を家に流してみよう。
購入後、浴室や給湯器などに手を入れ、入居時の修繕に200万円かかったとする。その後30年間の間に、細かな故障や補修で200万円、屋根や外壁などの大きな修繕で300万円、給湯、水回り、住宅設備などの更新に250万円が必要になったとする。
固定資産税を30年間で180万円、保険を120万円、予期しない修理への予備費を120万円として、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を加える。
総額は約1940万円になる。
これは購入価格の約3.9倍である。
月額に直すと約5万3900円となる。
ここまで来ると、月6万円の賃貸住宅とかなり近づいてくる。
もちろん、この二つは単純には比較できない。
賃貸の2160万円は家賃だけであり、更新費用や家財保険などが別にかかる場合がある。一方、持ち家にも今回の計算には含めていない家具・家電、庭木管理などが発生することがある。
さらに決定的に違うのは30年後である。
賃貸住宅に2160万円を支払っても、通常その住宅は自分の財産にはならない。しかし持ち家なら、30年後にも土地と建物が残る。
だから標準ケースなら、「500万円の家が1940万円もかかった」と考えるだけでは公平ではない。
30年間住んだうえで、最後に何が残るのかまで考えなければならない。
ところが地方の住宅では、その「最後に残るもの」が必ずしも財産とは限らないところに問題がある。
三つ目の未来~修繕が重なった「高修繕ケース」
中古住宅の怖さは、何か一つが壊れることではない。
古い家では、同じ時期にいくつもの設備が寿命を迎えることがある。
屋根を直した翌年に給湯器が壊れ、その数年後には外壁が傷み、そのあとに浴室や配管に問題が現れる。人間の老化と同じで、一つの部位だけが時間から取り残されるわけではないからである。
そこで高修繕ケースでは、入居時に400万円の修繕が必要だったとする。30年間の細かな修繕を300万円、屋根や外壁などの大規模修繕を500万円、給湯、水回り、住宅設備の更新を350万円とする。
さらに固定資産税240万円、保険150万円、想定外の補修に備える予備費250万円を見込み、購入価格500万円と取得諸費用70万円を加える。
30年間の総額は約2760万円となる。
月額では約7万6700円である。
500万円だった家が、30年後までの支出で2760万円になる。
ここまで来ると、月6万円の家賃を30年間支払った2160万円を上回る。
しかも、この2760万円には住宅ローンを使った場合の金利を含めていない。耐震補強が必要になった場合の大規模工事も含めていない。浄化槽など個別設備の大規模な問題、災害による損害、最後に建物を解体する費用も含めていない。
したがって、状態の悪い築古住宅では3000万円を超える世界も十分あり得る。
しかし、そのことは500万円の中古住宅が危険だという意味ではない。
むしろ重要なのは、500万円という販売価格からは、1310万円の未来も2760万円の未来も見分けられないということである。
500万円の家には三つの値段がある
今回の計算を振り返ると、同じ500万円の家でも30年間の総額は大きく変わった。
状態がよく修繕が少なければ約1310万円、標準的に修繕が続けば約1940万円、大きな修繕が重なれば約2760万円である。
差は1450万円にもなる。
興味深いのは、購入価格が500万円であることは三つのケースでまったく同じだという点である。
つまり中古住宅では、購入価格そのものよりも、「これから壊れるもの」の方が最終的な住宅費を左右する場合がある。
500万円の家と700万円の家を比較して、500万円の方が200万円安いから得だと考える。しかし700万円の家では屋根と水回りがすでに更新されていて、500万円の家では数年以内に両方を直さなければならないとしたら、最終的には700万円の家の方が安いかもしれない。
安い住宅を探しているつもりで、私たちはしばしば「安い購入価格」を探している。
しかし本当に探すべきなのは、「安く30年間住める家」なのである。
この二つは似ているようで、まったく違う。
固定資産税も「500万円の1.4%」ではない
ここでもう一つ、よく誤解される数字を整理しておきたい。
いすみ市の固定資産税率は1.4%である。しかし500万円で住宅を購入したから、毎年500万円の1.4%である7万円を払うという意味ではない。
いすみ市によれば、固定資産税は土地や家屋などを評価して価格を決定し、その価格を基に算出された課税標準額に税率1.4%を掛けて計算する。原則として固定資産評価額が課税標準額になるが、住宅用地などでは特例措置が適用された後の額が課税標準になることがある。したがって、中古住宅をいくらで買ったかだけでは実際の固定資産税額は決まらない。
また、古い建物では建物部分の評価額が低下していくことがある一方、土地は残る。
今回、30年間の固定資産税を120万円から240万円と幅を持たせたのは、このためである。
これは実際のいすみ市の特定物件について税額を推計した数字ではなく、30年間の総費用を考えるためのモデル値である。実際に購入を検討する場合には、売主や不動産会社から固定資産税の課税明細などを確認して計算する必要がある。
住宅費の計算で大切なのは、精密そうに見える一つの数字を作ることではなく、何がその数字を動かすのかを理解することである。
そして30年後、築65年の家が残る
500万円で築35年の家を買った人が30年間そこに住めば、家は築65年になる。
その日まで大切に直してきたのだから、当然それなりの価値が残ると思いたくなる。
しかし不動産の価値は、住宅にいくら修繕費を投じたかだけでは決まらない。
買いたい人がいるかどうかによって決まる。
ここで人口減少地域の住宅問題が現れる。
30年後、人口が現在より減り、周囲にも空き家が増えていたとする。中古住宅を探す人より、売りたい住宅の方が多い地域になれば、自分の家だけが希望価格で売れるとは限らない。
300万円で売れるかもしれない。
100万円かもしれない。
あるいは値段を下げても買い手が現れないかもしれない。
これは「資産価値が下がる」という言葉だけでは十分に表現できない。
地方住宅の30年後にとってもっと重い問題は、値段ではなく「市場から退出できるか」ということである。
自動車なら、古くなれば廃車にできる。
家は建物を壊すことはできても、土地まで消すことはできない。
土地を所有している限り、管理の問題は残る。
だから地方で中古住宅を購入するとき、最初に考えるべき質問は、
「この家を買えるか」
だけではない。
「30年後、この家を誰かに渡せるか」
まで含めなければならないのである。
安い中古住宅が悪いわけではない
ここまで読むと、500万円の中古住宅を買うこと自体が危険だという結論に見えるかもしれない。
そうではない。
今回の低修繕ケースなら30年間の総額は約1310万円で、単純な月額換算なら約3万6400円である。住宅の状態がよく、自分の生活に適した場所にあり、長期間住むのであれば、これは十分に合理的な住宅選択になり得る。
むしろ問題なのは、安い中古住宅を「500万円の買い物」と理解することである。
本当は500万円で一つの建物を買っているのではない。
これから30年間続く、屋根、外壁、配管、給湯器、税金、保険、庭、土地、そして最後の処分までを含んだ長い時間を買っている。
だから家を見るときには、価格欄だけを見るのでは足りない。
屋根はいつ直したのか。外壁はいつ補修したのか。給湯器は何年使っているのか。雨漏りはないか。床下に問題はないか。水道管や排水はどうなっているのか。
それらは住宅の「状態」を確認しているように見えるが、本当は未来の請求書を読んでいるのである。
500万円の値札の横には何も書かれていない。
しかし、その家の中には、すでに次の300万円、次の100万円、次の50万円の支払い時期が隠れているかもしれない。
「安い家」ではなく「30年間安く住める家」を探す
今回の試算には大きな幅が生まれた。
低修繕なら1310万円。
標準なら1940万円。
高修繕なら2760万円。
同じ500万円の中古住宅を起点にしても、30年間ではこれほど違う。
だから「500万円の家は30年間でいくらかかるのか」という問いに、一つの正解はない。
むしろ答えは、
およそ1300万円台で済む可能性もあれば、2000万円前後になり、状態次第では2700万円を超えることもある
という幅で考えるべきなのである。
そしてこの計算から、もう一つ重要なことが見えてくる。
中古住宅で200万円値切ることより、購入前に300万円の修繕を避けられる家を見つける方が、家計に与える効果は大きいことがある。
だから本当に中古住宅を安く買う方法とは、最も安い販売価格を探すことではない。
価格と建物状態と将来の修繕を一緒に見ることである。
家の値札には未来が印刷されていない
不動産広告には、価格が書かれている。
500万円。
土地面積も、建物面積も、築年月も、間取りも書いてある。
しかしそこには、
「8年後に給湯器を交換する可能性があります」
とも、
「12年後に外壁を補修するかもしれません」
とも、
「20年後に屋根へ大きなお金が必要になるかもしれません」
とも書かれていない。
まして、
「30年後、この土地を欲しい人がいるかどうかは分かりません」
とは、どこにも書かれていない。
それでも、そのすべてが住宅の価格の一部なのである。
500万円という数字は間違っていない。
ただし、500万円だけを見ていては、その家の本当の値段は見えない。
今回のモデルでは、500万円の中古住宅が30年間で約1310万円から2760万円まで広がった。
つまり住宅購入で最も重要なのは、「いくらで買ったか」ではなく、「その家と30年間付き合うために、結局いくら払ったか」なのかもしれない。
安い家とは、値札の数字が小さい家ではない。
30年後まで住み終えたとき、初めて安かったと言える家である。
中古住宅を探すとき、私たちは今日の家を見に行っているように思っている。
しかし本当は、その家の30年後を見に行っているのである。

