地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 人口が減る地域で医療の問題を考えると、議論はどうしても「病院が少ない」「医師が足りない」というところから始まる。確かに、それは間違っていない。しかし、人口そのものが減少し、医師や看護師の確保も難しくなる地域で、新しい病院や診療所を次々につくることは現実的ではない。建物だけを用意しても医療は成立せず、医師、看護師、検査技師、医療事務などを確保し続けなければならない以上、患者数が減り続ける地域では経営そのものが難しくなるからである。

 では、病院を増やせない地域では、住民の通院負担を減らすこともできないのだろうか。そこで発想を少し変えてみると、病院そのものを増やすこととは別の市場が見えてくる。病院へ行くことが大変なのであれば、病院を近くにつくることだけを考えるのではなく、患者が病院へ行き、診察を受け、薬を受け取り、家に帰るまでの一連の過程に存在する負担を減らせばよいのである。

 地方の高齢者にとって、通院とは診察室で医師と話している十数分だけを意味しない。予約日を確認し、保険証や診察券を準備し、家族に送迎を頼み、病院へ移動し、診察まで待ち、検査を受け、診察が終われば薬局へ行き、ときにはその外出に合わせて買い物まで済ませて帰宅する。本人が自動車を運転できなくなれば、その一連の行動は突然難しくなり、道路上の距離は変わっていないのに、病院だけが急に遠くなったように感じられる。

 実際、高齢者の医療アクセスを扱った研究では、病院の数や医師数だけでなく、交通手段、運行時間、家族への依存、予約のしにくさなどが受診を妨げる要因になることが繰り返し指摘されている。したがって、地域医療の問題を「医療資源が足りない」という一つの問題だけとして見るのではなく、「医療資源は存在しているが、そこへ到達するまでの生活上の摩擦が大きい」と捉えることには、十分な合理性がある。

通院の問題は、交通だけではない

 そこで思いつきやすいのが、高齢者を病院まで送迎するサービスである。しかし、通院負担を送迎だけの問題として捉えると、見落とすものが多い。高齢者本人が困っているのは、自宅から病院までの数キロメートルだけではなく、予約日を忘れないこと、必要な持ち物を揃えること、時間どおり家を出ること、診療が何時に終わるか分からないこと、薬局まで移動することなどを含めた一連の段取りだからである。

 例えば、利用者に前日に連絡して翌日の受診を確認し、当日は病院まで同行し、受診後には薬局や買い物へ寄り、帰宅したことを離れて暮らす家族へ知らせる。こうして考えると、医療行為そのものではないが、通院を成立させるためには欠かせない仕事が数多く残されていることが分かる。

 重要なのは、こうした仕事の多くは医師や看護師でなければできないものではないという点である。医療そのものを提供するのではなく、既存の医療へ人をつなぐ仕事であれば、小さな事業者にも関与できる余地が生まれる。ただし、ここで「困っている人がいるから市場がある」と短絡してはいけない。必要とされるサービスが存在することと、それに十分な料金を払う人が存在すること、さらにその料金で事業者が利益を残せることは、まったく別の問題だからである。

「必要とされる」と「商売になる」は違う

 地域ビジネスを考えるとき、最も危険なのは、社会的に必要なものは必ず事業になると思い込むことである。通院に困っている高齢者が多く、そのうち相当数が送迎や同行を希望していたとしても、それだけでは民間事業として成立することを意味しない。

 調査によっては、高齢者の多くがドア・ツー・ドア型の移動支援を利用したいと答えている一方、支払ってもよい金額として実費程度を挙げる人が多いことも報告されている。利用したいという意思は存在しても、人件費、車両費、保険、予約管理などを含めた十分な料金を支払う意思があるとは限らないのである。

 この違いは大きい。事業を成立させるためには、「困っている人が何人いるか」だけでなく、「そのうち何人が有料サービスを利用するのか」「一回当たりいくらまで払えるのか」「月に何回利用するのか」まで調べなければならない。

 したがって、通院支援を新規事業として考えるなら、高齢化率や人口だけを眺めていても不十分である。実際に住民がどの医療機関へ通っているのか、家族送迎がどの程度使われているのか、タクシー料金を負担に感じているのか、自治体の交通支援がどこまであるのかを確認し、そのうえで初めて市場の大きさを推定できる。

この仕事の採算を壊すのは、距離だけではなく「時間」である

 通院支援事業を考えると、まず燃料代や走行距離に目が向きやすい。しかし、実際に採算を大きく左右するのは、むしろ人員が何時間拘束されるかである。

 例えば、一人の利用者から三千円を受け取り、病院への往復と付き添いに三時間半かかったとする。仮に人件費を一時間千五百円と考えれば、人件費だけで五千二百五十円になり、そこへ燃料、車両の減価、保険、予約管理などが加わる。これでは一人を一回送迎するだけでは赤字になりやすく、一人当たりの料金を大幅に引き上げるか、一回の運行で複数人をまとめなければ採算は取れない。

 ところが、複数人を同じ病院へ運べば必ず効率化できるとも限らない。ある利用者は三十分で診察が終わり、別の利用者は検査が追加されて二時間かかることがあるため、診療終了時刻のばらつきによって車両とスタッフが長時間拘束されるからである。

 つまり、通院支援事業の経営を難しくするのは距離だけではない。診療終了時間を予測しにくいという「時間の不確実性」が、稼働率を下げるのである。

 この問題を小さくするには、サービスをすべて付き添い型にしないという発想が必要になる。予約確認だけをする利用者、出発時刻を電話で知らせる利用者、病院まで同行する利用者、帰宅確認だけを家族へ知らせる利用者というように、必要な支援を分けることができれば、一人に数時間付き添うモデルよりも効率は上がる可能性がある。

「患者」だけを顧客だと考えない

 ここで、もう一つ重要な視点が出てくる。

 サービスの利用者が高齢者本人であっても、料金を支払う人まで本人である必要はない。地方に暮らす高齢の親を、東京や千葉市など離れた地域で暮らす子どもが心配しているケースは少なくない。家族が仕事を休んで通院に付き添えば、交通費だけでなく、休暇や移動時間という見えないコストも発生する。

 この負担を考えれば、「親を病院まで送るサービス」よりも、「親が予定どおり病院へ行き、無事に帰宅したことまで確認できるサービス」に価値を感じる家族が存在する可能性がある。

 ただし、ここでも可能性と事実を混同してはいけない。家族が心配していることは確認できても、その家族が月額いくらまで支払うのかについては、地域や所得、親子関係によって大きく異なる。したがって、遠方の子世代を支払者とするモデルは有望な仮説ではあるが、本当に事業になるかどうかは、実際の聞き取りや小規模な実証によって確かめる必要がある。

 むしろ、このような検証を行わずに料金を決めることの方が危険である。月三千円なら利用者が多いが採算が取れず、月一万円なら採算は取れるが契約者がほとんどいないということも十分にあり得る。必要なのは、利用人数と料金の両方を同時に考えることである。

医療情報を扱わない方が、かえって事業はつくりやすい

 家族向けのサービスを考えると、「診察結果まで報告してくれれば便利だ」という話になりやすい。しかし、ここには慎重さが必要である。

 病歴や診療内容は個人情報の中でも特に慎重な取扱いが求められる情報であり、本人の同意なく第三者へ伝えるべきものではない。さらに、付き添い事業者が医師の説明を解釈して家族へ伝えるようになれば、単なる生活支援の範囲から離れてしまう危険もある。

 したがって、事業を安全に設計するなら、「病院へ到着した」「受診が終わった」「薬局へ寄った」「自宅へ戻った」といった生活上の事実だけを共有し、診断名や医師の説明そのものは本人または医療機関から家族へ伝えてもらう方がよい。

 医療の代わりをしないからこそ、この仕事は成立しやすくなる。病気を判断する仕事ではなく、必要な医療へ確実につながれるよう支援する仕事と定義した方が、利用者にも事業者にも分かりやすい。

送迎サービスを始めればよい、というほど簡単ではない

 さらに、日本でこの仕事を考えるなら、法律上の整理も避けられない。

 自家用車に利用者を乗せ、運送の対価として料金を受け取る場合には、道路運送法との関係を確認する必要がある。単に自分の車で高齢者を病院へ送り、料金を受け取ればよいというものではない。

 一方で、一定の条件のもとで自治体や非営利団体などが行う自家用有償旅客運送という制度があり、また、運転そのものとは別に実態のある付き添いや生活支援サービスについて料金を受け取る形が考えられる場合もある。ただし、「送迎料金」という名称を「付き添い料金」に変えればよいという単純な話ではなく、実際にどのようなサービスを提供しているのかによって判断される。

 したがって、通院支援事業を考えるなら、最初に車を買うのではなく、最初に事業の範囲を決めるべきである。既存のタクシー会社と連携し、自分は予約、同行、待ち時間の支援を担当する方法もあるし、自治体や地域交通との連携を前提にする方法もある。

 新しい事業とは、必ずしもすべてを自社で抱えることではない。既に存在する交通と医療をつなぐ役割に徹する方が、小さな地域事業としては現実的な場合もある。

オンライン診療が広がれば、この仕事はなくなるのか

 オンライン診療の普及によって、通院そのものが減る可能性はある。しかし、それによって通院支援が不要になるとは考えにくい。

 オンライン診療では画面越しに医師と話すことはできても、採血、画像検査、処置など、医療機関へ行かなければ受けられないものは残る。また、高齢者の場合には、スマートフォンやタブレットの操作、予約、通信接続、決済などが新たな障壁になることもある。

 すると、将来の通院支援は「病院まで運ぶ仕事」だけではなくなるかもしれない。普段は自宅でオンライン診療の接続を支援し、必要な検査があるときだけ病院への移動を支援するようになれば、利用者の通院回数そのものを減らしながら必要な医療を維持できる。

 ここでも重要なのは、医療そのものを提供しようとしないことである。専門家に代わるのではなく、専門家へつながるための障害を取り除くのである。

地方の商機は、大きな不足より「小さな摩擦」にある

 地方の新規事業を考えると、どうしても「病院がない」「スーパーがない」「公共交通がない」という大きな問題に目が向く。しかし、小さな事業者がそれらを丸ごと解決することは難しい。

 ところが、生活の中で人を苦しめているのは、大きな不足だけではない。雨の日には病院まで行けない、診察が何時に終わるか分からないので迎えを頼みにくい、薬局まで歩くのがつらい、遠くの子どもに毎回頼むのは気が引けるといった、一つ一つは小さく見える不便が積み重なることで、生活全体の自由度は低下していく。

 この一つ一つの不便を経済学的に見れば、「摩擦」と考えることができる。

 施設そのものを増やすには大きな資本が必要だが、施設と利用者の間にある摩擦を減らすことなら、小規模な事業でも可能である。人口が減る社会では、施設そのものを増やす事業より、既存施設を使いやすくする事業の重要性が高くなる可能性がある。

ただし、成立する地域と成立しない地域がある

 このモデルがどこでも成り立つと考えるのも危険である。

 利用者が広い地域に一人ずつ散らばっていれば、移動時間だけで採算が悪化する。家族送迎が十分に機能している地域では、有料サービスへの需要は小さいかもしれない。自治体の無料送迎や病院の送迎車が充実している地域では、民間事業者が料金を取って参入する余地も小さくなる。

 一方で、高齢者が比較的まとまって居住し、主要な通院先がいくつかの病院に集中し、子ども世代が地域外へ出ている地域では、条件は変わる。一定の範囲に利用者が集まっていれば移動効率は高まり、同じ病院へ通う利用者をある程度まとめることも可能になる。

 事業成立を左右するのは、単純な人口規模ではなく「顧客密度」である。

 例えば高齢者が一万人いる市町村でも、広大な地域に分散していれば支援コストは高くなる。一方、高齢者が千人しかいなくても、一つの住宅地に集中し、同じ病院へ通っているなら、小規模サービスが成立する可能性はむしろ高くなる。

 人口統計だけでは、この違いは見えてこない。

最初に調べるべきなのは病院数ではなく、人の動きである

 この事業を本当に検討するのであれば、地域の高齢化率だけを調べて終わるべきではない。

 住民がどの医療機関へ通っているのか、一か月に何回通院するのか、何曜日に集中しているのか、現在どのような交通手段を使っているのか、送迎している家族はどこに住んでいるのか、現在の交通費はいくらなのかを調べる必要がある。

 そのうえで、例えば百世帯に聞き取りを行い、「月三千円なら利用する」「五千円なら利用する」「一万円でも家族が払う」といった支払意思を確認すれば、初めて売上の推定ができる。

 さらに、その利用者の自宅と病院の位置を地図上に置けば、走行距離や一日の対応件数も推定できる。

 ここまで行えば、「高齢者が多いから需要があるはずだ」という曖昧な発想から、「一日平均何件を対応でき、月に何件の契約があれば固定費を回収できるか」という経営判断へ進むことができる。

病院を一軒建てることはできなくても

 人口減少地域で、新しい病院を一軒つくることは容易ではない。しかし、既にある病院を使いやすくする仕事なら、規模の小さな事業者にも可能性はある。

 その仕事は、単なる送迎ではないかもしれない。予約確認、付き添い、交通手段の手配、薬局への移動、オンライン診療の接続支援、家族への帰宅確認などを組み合わせた「通院管理サービス」のような形になる可能性もある。

 ただし、需要があることだけを理由に始めてはいけない。料金を払う人が存在するのか、待ち時間を含めても採算が合うのか、道路運送法上どのような形なら実施できるのか、医療情報をどこまで扱わない設計にできるのかを、一つずつ確認しなければならない。

 それでも、この市場を考える意味はある。

 人口が減る社会では、病院も商店も銀行も行政窓口も、住民のすぐ近くに置き続けることが難しくなる。しかし、施設が遠くなることと、生活まで不便なままにしておくことは同じではない。

 施設を増やすことが難しくなるほど、施設と人との間を埋める仕事の価値は高くなる。

 地方の新しい商機とは、必ずしも巨大な産業を生み出すことではない。以前なら家族や地域のつながりの中で自然に処理されていた小さな不便が、人口減少、高齢化、家族の分散によって少しずつ処理できなくなっていく。その隙間を見つけ、無理のない価格と仕組みで引き受けられるかどうかを考えることが、新しい商いの出発点になる。

 病院を増やすことはできなくても、病院までの距離を生活の中で短くすることはできる。

 そして人口減少時代の地域ビジネスでは、おそらく、その「距離を縮める仕事」の方が、これから重要になる。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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数字で比較するサービスを見る

 地方で老後を暮らすことを考えるとき、医療機関までの距離は生活の持続可能性を左右する重要な条件になる。スーパーなら多少遠くてもまとめ買いができ、役所なら手続きの頻度そのものを減らすこともできるが、定期的な治療が必要になれば、医療機関までの距離は単なる地図上の数字ではなく、生活時間、交通手段、家族負担まで含めた日常生活の条件になる。

 例えば、自宅から透析施設までの距離が片道30kmだったとする。一般的な維持血液透析は週3回行われることが多いため、自分で通院するなら往復60kmを週3回、1週間で180km移動することになる。これを年間52週として計算すると、60km×3回×52週=9,360kmとなり、透析通院だけで年間9,000kmを超える移動になる。

 この数字だけを見ると、「もし将来透析が必要になったら、この地域では暮らせないのではないか」と感じても不思議ではない。ただし、透析医療の通院は通常の外来通院とは少し事情が異なり、距離だけから生活可能性を判断すると、実態を見誤る可能性がある。

 現在の透析医療では、医療機関による患者送迎が広く行われている。日本透析医会が2023年に行った調査では、回答した822施設のうち70.9%が施設負担による患者送迎を実施していた。また、患者側を対象にした2021年度の調査では、透析施設の送迎を利用して通院している患者は24.8%だった。

 ただし、この70.9%という数字を「全国の透析施設の約7割が送迎している」とそのまま一般化することはできない。この調査の回答率は約21%であり、送迎に積極的な施設ほど回答しやすかった可能性など、回答施設と非回答施設の性質が異なる非回答バイアスを完全には排除できないからである。そのため70.9%は全国の正確な実施率というより、「回答施設の中では送迎がかなり一般的だった」と読む方が統計的には適切である。

 一方、患者調査で送迎利用者が24.8%だったことと、施設調査で送迎実施施設が70.9%だったことは矛盾しない。送迎を実施している施設でも、全患者が送迎車を利用するわけではなく、自家用車、家族送迎、公共交通、タクシーなどを使う患者もいるからである。

 こうした実態を考えると、「施設まで30km」という数字の意味も変わってくる。自分で週3回、片道30kmを運転する生活と、自宅付近まで透析施設の送迎車が迎えに来る生活では、同じ30kmでも本人や家族の負担は大きく異なる。本人が運転しなくてよいのであれば、高齢になって自動車を手放した後でも、透析施設への交通手段が維持される可能性がある。

 地方では、近所の眼科や診療所へ行くためには家族の自動車が必要なのに、それよりはるかに遠い透析施設には病院の送迎車が来るという、一見すると逆転した状況が起こり得る。公共交通が弱い地域ほど、透析施設の送迎車が事実上の医療交通として機能していることがあるからである。

 しかし、ここで注意しなければならないのは、片道30kmが決して軽い通院距離ではないということである。北海道を対象に行われた透析通院に関する調査では、「医療機関まで片道30km以上、または片道1時間以上」を通院困難地域の一つの基準として設定している。つまり30kmという距離は、医療アクセス研究の上でも無視できない通院負担として扱われる程度の距離であり、「送迎があるから問題にならない」と考えるのも適切ではない。

 北海道の調査では、通院困難地域から透析施設へ通う患者の交通手段として、自家用車のほか病院送迎、自治体による送迎、タクシー、公共交通などが使われていた。通院が難しいことを理由として転居した患者や、治療方法を変更した患者も確認されている。このことからも、片道30kmは「絶対に生活できない距離」ではない一方、「何の対策もなく通える距離」とも言えないことが分かる。

 送迎車が利用できれば本人の運転負担は減るが、30kmという距離そのものが消えるわけではない。患者は車を運転しなくても、移動に必要な時間は残る。むしろ複数の患者を順番に迎えながら施設へ向かう送迎車の場合、自家用車で直接施設へ行くより乗車時間が長くなることもある。

 維持血液透析は一般的に週3回行われ、1回の治療時間は4時間前後になることが多い。週3回なら年間の透析回数は概算で156回となり、治療時間だけでも4時間×156回=624時間になる。これは24時間換算で約26日分である。

 さらに往復の移動や待ち時間が加わる。仮に往復移動が合計1時間なら年間156時間、2時間なら312時間となり、治療時間と合計すると年間780~936時間になる。24時間換算では約32~39日分に相当し、これに送迎車の待ち時間、乗降、他の患者宅への立ち寄りなどが加わる場合もある。

 したがって、片道30kmの問題は単なる運転距離ではなく、生活時間の問題として評価する必要がある。月曜、水曜、金曜に透析を受ける人なら、その3日は透析を中心に生活を組み立てることになる。施設が近ければ治療の前後に買い物や家事を行いやすいが、移動時間や待ち時間が長くなれば、透析日は実質的に「治療の日」として一日のかなり大きな部分を使うことになる。

 海外の大規模な透析患者調査でも、透析施設までの移動時間が長い患者ほど、健康関連生活の質が低い傾向が報告されている。死亡リスクとの関連を示した観察研究もあるが、この種の研究では年齢、病状、居住地域など別の要因も影響するため、「長距離通院そのものが死亡リスクを上げる」と単純な因果関係まで断定することはできない。それでも、通院時間が患者の生活負担と無関係ではないという点は、臨床的にも社会的にも妥当である。

 この問題は年齢を重ねるほど重要になる。65歳で透析を始めた時点では自分で30km先まで運転できたとしても、75歳、80歳となれば、夜間や雨天時の運転が難しくなったり、視力や判断力の変化から自動車を手放したりする可能性が高くなる。

 そこで透析施設の送迎が重要になる。本人が運転できなくなっても送迎車が利用できれば、透析生活を続けられる可能性は大きくなる。家族が週3回往復60kmを送り迎えしなくても済み、高齢の配偶者が患者を送って数時間待ち、再び迎えに行くといった負担を避けられる場合もある。

 その意味で透析施設の送迎は、単なる「病院の親切なサービス」と考えるより、地方の高齢者を医療につなぎ続ける生活インフラの一つと見る方が実態に近い。ただし、ここには重要な制度上の問題がある。

 透析施設による無料送迎は、全国の患者に法律上当然に保障された医療給付ではない。診療報酬によって全国一律に送迎費用が給付されている制度でもなく、多くの場合、医療機関が自ら車両、人件費、燃料費、保険料、維持費などを負担して実施している。

 日本透析医会の調査では、送迎患者1人当たりの費用について月平均約2万4,000円という試算も示されている。ただし、この数字には調査方法上の限界があり、全国一律の正確な原価を示すものではない。それでも、患者にとって無料であっても、送迎自体が無料で運営できるわけではないことは明らかである。

 車両を購入し、燃料を入れ、保険や点検費用を負担し、運転手を確保しなければならない。患者が施設周辺に集中していれば効率よく複数人を送迎できるが、広い地域に少人数が分散して暮らしていれば、一人を迎えに行くための走行距離と拘束時間は大きくなる。

 例えば10人の患者が施設から5km以内にまとまって暮らしている地域と、同じ10人が30km四方に散らばって暮らしている地域では、患者数が同じでも送迎に必要な車両の走行距離、燃料、運転手の拘束時間は大きく異なる。したがって透析送迎の持続可能性を考える場合、単なる患者数だけでなく、患者がどれほどの密度で分布しているかという地理的条件が重要になる。

 人口が減れば透析患者も必ず同じ割合で減るとは限らない。高齢化率、糖尿病や高血圧などの基礎疾患、治療成績、新規導入患者数などの影響を受けるからである。しかし人口密度が低下し、患者が広い地域に点在するようになれば、少人数の患者を送迎するために長距離を走らなければならなくなる可能性は高い。

 日本の慢性透析患者数は近年、減少に転じている。2021年末には約34万9,700人だった患者数が、2022年には約34万7,500人、2023年には約34万3,500人、2024年には約33万7,400人となり、3年連続で減少した。

 一方で、全国の透析収容能力が患者数と同じ速度で縮小しているわけではない。2024年の全国調査では、透析装置の台数には減少がみられるものの、同時に透析できる人数や最大収容能力については大きく減少していない指標もある。このため、「患者数が減っているから、近いうちに透析施設も同じ割合でなくなる」と単純に考えることはできない。

 今後は小規模施設の再編や機能分担が進み、一定規模の施設がより広い地域の患者を受け入れる形になる可能性もある。ただし、これは現在全国一律に進んでいると断定できる現象ではなく、人口動態や医療法人の経営状況、地域医療政策によって異なる将来シナリオの一つとして考えるべきである。

 もし施設の集約が進めば、患者から施設までの平均距離が伸びる地域も出てくる可能性がある。そのとき距離を補う役割を担うのが送迎であり、病院という建物だけでなく、患者の家と病院を結ぶ交通手段まで含めて医療提供体制として考える必要が出てくる。

 ただし、現在送迎があることと、10年後や20年後にも同じ条件で送迎を利用できることは別問題である。人口減少が進む地域では、医療スタッフだけでなく送迎車の運転手を確保することも難しくなる可能性があり、燃料費や車両費、人件費が上昇すれば、施設側が現在と同じ送迎範囲を維持できるとは限らない。

 そのため、老後の移住先や居住継続の可能性を考える場合、「現在送迎しているか」だけでなく、「どの地域まで送迎しているのか」「利用条件はあるのか」「自宅送迎なのか集合場所方式なのか」「車椅子対応が可能なのか」「将来もサービスを続ける方針なのか」といった点まで確認する方が現実的である。

 同じ「透析施設まで30km」の地域でも、自宅前まで送迎車が来る場合と、自力で施設まで行かなければならない場合では、生活条件はまったく異なる。地図上では同じ30kmでも、実際の生活上の距離は交通手段によって大きく変わる。

 さらに、平常時には送迎によって問題なく通院できても、台風、大雨、大雪、地震などの災害が起きれば状況は変わる。倒木や冠水によって道路が使えなくなれば、いつもの送迎ルートを通れなくなり、大きく迂回しなければならない場合や、そもそも送迎車が患者宅まで到達できない場合も考えられる。

 透析は買い物や通常の外来受診のように、「今日は行けないから数日後にしよう」と簡単に延期できる治療ではない。そのため透析医療では、大規模災害時にどの透析施設が稼働しているのかなどの情報を共有する災害時情報ネットワークが整備されている。

 ただし、情報ネットワークが存在することと、患者一人一人が実際に代替施設で透析を受けられることは同じではない。代替施設に空きがあるのか、道路が通行できるのか、患者をそこまで運ぶ車があるのか、施設に電力や水が確保されているのかなど、複数の条件がそろわなければ実際の治療にはつながらない。

 したがって、災害に強い地域とは単に自宅から最寄りの透析施設が近い地域とは限らない。通常利用している施設が使えなくなったとき、別の透析施設へ行ける経路があり、そこまで患者を運ぶ手段があり、代替施設にも受け入れ余力がある地域の方が、医療の継続性という意味では強い場合がある。

 こう考えると、老後の透析生活を評価するときには、一つの施設までの距離だけを見るのでは不十分である。最寄りの透析施設がどこにあるのか、その施設が自宅周辺まで送迎しているのか、さらにその施設が利用できない場合に次の透析施設がどこにあるのかという、少なくとも三つの条件を一つの地図の上で考える必要がある。

 そしてここまで考えると、「透析施設まで片道30kmの生活は成立するのか」という問いへの答えも見えてくる。片道30kmは透析通院として決して短い距離ではなく、実際の調査でも通院困難を評価する一つの基準として扱われている。しかし、それだけでその地域での生活が成立しないと判断することも適切ではない。

 自宅が送迎区域に入り、無理のない時間で施設まで行くことができ、施設の受け入れ能力が安定しており、さらに災害時の代替施設や交通経路が確保されているのであれば、片道30kmであっても透析生活が成立する可能性は十分にある。一方で、送迎がなく、自家用車以外の交通手段も乏しく、代替施設も遠い場合には、30kmという距離は老後の生活にとってかなり大きな制約になり得る。

 したがって問題は「30kmは遠いか近いか」という二者択一ではない。30kmという明確な負担を、交通、医療、人員、道路、施設の受け入れ能力といった地域システムによって、どこまで吸収できるかという問題である。

 迎えに来る車があるのか、その車を運転する人がいるのか、施設は安定して患者を受け入れられるのか、道路が使えない日には別の経路があるのか、そしてその仕組みを10年後にも維持できるのかというところまで見なければ、老後の医療アクセスは評価できない。

 地図の上では、病院は30km先にある。しかし毎週決まった日に送迎車が来て、無理のない時間で施設まで連れて行ってくれるのであれば、その30kmは必ずしも生活を断念しなければならない距離ではない。逆に、病院が10km先にあっても、そこへ行く交通手段がなければ、高齢になったときには非常に遠い病院になり得る。

 距離とは道路の長さだけでは決まらない。そこへ人を運ぶ仕組みがあるか、その仕組みが長期的に持続できるかによって、同じ30kmでも生活上の意味は大きく変わる。

 人口減少が進む地方で残すべきものは、透析施設という建物だけではないのだろう。患者の家々と施設の間を月曜日にも、水曜日にも、金曜日にも往復する送迎車、その車を運転する人、道路、災害時の代替施設までを含めて一つの地域医療として考える。その視点に立って初めて、「透析施設まで片道30km」という数字を、老後の生活の中で正しく評価できるのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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 病院や診療所で診察を受けられれば、それで医療が完結するわけではありません。薬による治療が必要な場合には、処方された医薬品を患者が適切に受け取り、正しく使用できることまで含めて考える必要があります。特に高齢者にとっては、医療機関までの移動に加え、薬を受け取るための移動や待ち時間も、通院に伴う重要な負担になります。

 現在の日本では、医療機関で発行された処方箋を保険薬局へ持参し、薬剤師による調剤と服薬指導を受ける院外処方が広く普及しています。一方、医療機関内で薬を受け取る院内処方も存在し、条件によってはオンライン服薬指導や配送を利用することもできます。そのため、すべての患者が診察後に薬局へ移動するわけではありませんが、地域の薬局が医療へのアクセスを支える重要な存在であることに変わりはありません。

 人口減少が進む地方では、病院や診療所の統廃合、医師不足、救急医療の維持などが大きな問題として取り上げられています。しかし、診察を受けた後に必要となる医薬品の供給体制については、医療機関そのものの存続問題ほど注目されていないように思われます。仮に病院や診療所が残っていても、近隣の薬局が閉局したり、営業時間が短縮されたりすれば、住民が薬を受け取るまでの時間や負担は変化する可能性があります。

 では、2026年から30年後の2056年に、地方の薬局は現在と同じように身近な場所に残っているのでしょうか。

 最初に結論を述べると、地方の薬局が一斉になくなると考える根拠はありません。しかし、現在と同じ店舗数、立地、営業時間、薬剤師の配置をすべての地域で維持できるとも限りません。人口構造や処方箋需要、薬剤師の確保状況、医療機関の配置、薬局の経営条件などによって、地域ごとに異なる変化が起こると考えるのが妥当でしょう。

 将来は、従来の店舗を維持する方法だけでなく、調剤業務の一部集約、薬局間の連携、在宅訪問、オンライン服薬指導、医薬品の配送、地域交通との組み合わせなど、複数の方法によって住民の薬へのアクセスを支える必要性が高まる可能性があります。重要なのは、単に薬局という店舗が残るかどうかではなく、住民が必要な薬を安全に、適切な時間と負担で受け取れるかという問題です。

全国の薬局は増えている~人口減少だけでは将来を説明できない

 厚生労働省の「令和6(2024)年度衛生行政報告例」によると、2024年度末の全国の薬局数は63,203施設で、前年度の62,828施設から375施設、割合にして0.6%増加しました。人口10万人当たりの薬局数は全国平均で51.1施設となっており、日本全体で見ると、少なくともこの時点では薬局数が減少しているわけではありません。

 千葉県でも、2023年度末の2,669施設から2024年度末には2,681施設へと12施設増加しています。一方、鹿児島県では同じ期間に885施設から862施設へ23施設減少しており、都道府県によって増減の方向が異なります。この事実は、人口減少が直ちに薬局数の減少をもたらすわけではなく、地域の医療需要や経営環境などによって結果が変わることを示しています。

 ただし、全国や都道府県の薬局数が増加しているからといって、人口減少地域でも薬局が維持されているとは限りません。新しい薬局が都市部や医療機関の周辺に開設される一方、人口の少ない地区では閉局が進んでいる可能性もあり、全国の増減だけでは地域内部の配置の変化を把握できないからです。

 人口10万人当たりの薬局数についても、単純に都市部ほど多いわけではありません。2024年度末では佐賀県が65.1施設、高知県が61.0施設であるのに対し、東京都は50.9施設、千葉県は42.9施設でした。人口当たりの施設数が多くても、住民が広い地域に分散していれば移動距離が長くなることがあります。反対に、人口当たりの施設数が比較的少なくても、人口密度が高ければ徒歩圏内に複数の薬局が存在する場合があります。

 したがって、全国の薬局数、人口当たりの薬局数、住民の自宅から薬局までの距離、実際の移動時間は、それぞれ異なる指標として扱う必要があります。薬局の数が多いことと、地域住民が薬を受け取りやすいことは、必ずしも同じではありません。

薬局の多くは比較的小規模な体制で運営されている

 2025年9月の中央社会保険医療協議会で厚生労働省が示した資料では、薬局1店舗当たりの勤務薬剤師数は平均2.7人、1か月当たりの処方箋枚数は約1,100枚とされています。この数値は、比較的小規模な人的体制で運営されている薬局が多いことを理解するうえで重要です。

 もっとも、平均値だけで個々の薬局の実態を判断することはできません。薬剤師が多数勤務する大規模な薬局もあれば、少人数で運営される薬局もあり、勤務形態や営業時間によって実際の配置人数は異なります。また、勤務薬剤師数と、別の統計で把握される薬局従事薬剤師数は、調査方法や集計対象が異なる場合があるため、数値を単純に比較することにも注意が必要です。

 地方の小規模薬局を考える場合には、店舗数だけでなく、薬剤師が何人勤務しているか、営業時間中に必要な業務を処理できるか、特定の薬剤師が退職した場合に代替要員を確保できるかといった問題が重要になります。仮に地域に薬局が残っていても、薬剤師の確保が難しくなれば、営業時間の短縮や業務内容の変更を余儀なくされる可能性があります。

全国の薬剤師は増加しているが、地域の不足が解消されたわけではない

 薬局の将来を考えるとき、人口減少とともに重要になるのが薬剤師の地域偏在です。ただし、ここでは全国の薬剤師数が不足しているかという問題と、特定地域で薬剤師を確保できるかという問題を区別しなければなりません。

 厚生労働省の「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、2024年末の全国の届出薬剤師数は329,045人で、2022年末の323,690人から5,355人、1.7%増加しました。このうち薬局に従事する薬剤師は197,437人で、2022年の190,735人から6,702人、3.5%増加しています。

 つまり、少なくとも2022年から2024年までの統計では、全国の薬剤師数も薬局に従事する薬剤師数も増加しています。薬剤師が全国的に減少していることを前提に、地方の薬局が存続できなくなると論じるのは適切ではありません。

 一方、全国の薬剤師数が増加していても、特定の地域で必要な薬剤師を確保できるとは限りません。薬剤師の勤務地選択には、賃金や勤務条件、専門的な業務を経験できる環境、通勤時間、家族の生活環境、子育てや教育の条件などが関係します。そのため、地域に薬局が存在していても、採用活動が難航したり、退職者の補充ができなかったりすることがあります。

 厚生労働省も薬剤師の地域偏在を政策課題として位置付け、薬剤師偏在指標や薬剤師確保計画の仕組みを整備しています。薬剤師偏在指標は単純な人口当たり薬剤師数ではなく、薬剤師に対する需要や業務量なども考慮するもので、薬局薬剤師と病院薬剤師についても区別した評価が行われています。

 ただし、地域の薬剤師偏在指標が低いことと、その地域のすべての薬局で薬剤師が不足していることは同じではありません。地域全体の需給状況を示す指標と、個別薬局の採用状況や勤務体制は区別して判断する必要があります。

30年後の医薬品需要は、人口総数だけでは予測できない

 国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、2020年の国勢調査を基準として、2050年までの市区町村別人口を5年ごとに推計しています。この資料を利用すれば、将来の総人口だけでなく、65歳以上人口や75歳以上人口など、年齢構成の変化を地域別に分析できます。

 ただし、2026年から30年後は2056年であり、この推計の対象期間を超えています。そのため、同資料だけから2056年の市区町村人口を直接読み取ることはできず、まして薬局が何店舗残るかを正確に求めることもできません。2050年までの推計は長期的な方向性を考えるための重要な資料ですが、2056年の薬局数を確定的に予測できるものではありません。

 ここで注意したいのは、地域人口が30%減少したとしても、医薬品の需要が同じように30%減少するとは限らないことです。医薬品の使用状況は年齢や健康状態、慢性疾患の有無、医療機関の受診状況などによって異なります。人口全体が減少する一方で、高齢者人口の減少が比較的小さい地域では、処方箋需要も人口全体ほどには減少しない可能性があります。

 しかし、高齢化率が上昇することと、高齢者の絶対数が増えることも同じではありません。例えば、総人口が大幅に減少する地域では、75歳以上人口の割合が高くなっても、その人数自体は減少することがあります。高齢化が進むという理由だけで医薬品需要が維持されると考えることも、人口が減るという理由だけで需要が同じ割合で減少すると考えることも、いずれも適切ではありません。

 数理的に考えるなら、地域の処方箋需要は、各年齢階級の人口に、その年齢階級の1人当たり年間処方箋発行回数を掛け、それらを合計する方法で推計するのが基本になります。さらに、将来の受診率、院内処方と院外処方の割合、医療機関の統廃合、処方日数の変化、地域外薬局の利用なども考慮する必要があります。

 人口減少によって住民数が減っても、近隣の診療所が閉院して別の医療機関に患者が集まれば、その医療機関の周辺にある薬局では処方箋が増える場合があります。逆に、医療機関そのものが地域から撤退すれば、近隣薬局の需要が大きく減少する可能性があります。したがって、薬局需要を予測するには、居住人口と年齢構成に加えて、医療機関の立地や患者の受診行動まで分析する必要があります。

薬局経営には患者数が減っても削減しにくい費用がある

 薬局の将来を考えるうえで、経済的に重要なのが固定費の存在です。薬局には薬剤師や事務職員の人件費、建物の賃料や維持費、調剤設備、レセプトコンピューター、通信設備、医薬品在庫の管理費用、光熱費などが必要になります。これらの費用には処方箋枚数によって変化する部分もありますが、患者が減少しても直ちに同じ割合では減らせない部分があります。

 例えば、1か月の処方箋枚数が1,100枚から900枚に減少したとしても、店舗の賃料や必要な設備が同じであれば、その費用を処方箋の減少率に合わせて削減することはできません。薬剤師の勤務時間や事務職員の配置を調整できる場合もありますが、薬局として必要な業務を安全に行うための人員には一定の下限があります。

 薬局の薬剤師数については、取り扱う処方箋枚数などを基準とする配置規定があり、原則的な算定では前年の1日平均取扱処方箋数を40で除して端数を切り上げる仕組みが用いられます。ただし、処方箋の種類による調整規定や実際の勤務体制に関する要件もあり、単純に処方箋枚数だけで適切な人員配置が決まるわけではありません。

 薬局経営を単純な数理モデルで考えると、一定期間の営業利益は、処方箋1枚当たりの限界利益に処方箋枚数を掛けた金額から、固定費を差し引く形で近似できます。ここでいう限界利益とは、処方箋に対応する収入から医薬品仕入費などの変動費を差し引いたものであり、実際の調剤報酬や薬局の利益率とは異なります。

 仮に、ある薬局の処方箋1枚当たりの限界利益を2,500円、月間固定費を200万円とすると、月間1,100枚の処方箋を受け付けた場合の利益は75万円となります。しかし、処方箋枚数が30%減少して770枚になると、同じ条件では月間7万5,000円の赤字になります。これは実際の薬局の平均的な収益を示すものではなく、固定費の影響を理解するための仮想的な計算です。

 この例では、処方箋枚数の減少率は30%ですが、利益は黒字から赤字へ変化しています。需要の減少率と利益の減少率が一致しないことは、固定費を抱える事業に共通する経済的な性質です。ただし、赤字になった薬局が直ちに閉局するとは限らず、営業時間や人員配置の見直し、在宅業務の拡大、経営主体の変更、他店舗との連携などによって事業を継続できる場合もあります。

 したがって、人口減少地域の薬局経営を考える場合には、処方箋需要だけでなく、固定費、薬剤師の確保費用、調剤報酬、在宅業務などによる収入、経営形態、店舗間の業務分担などを総合的に評価する必要があります。地域に薬を必要とする住民が存在していることと、現在の店舗形態のままで採算が成立することは、別の問題なのです。

薬局の存続を左右するのは人口だけでなく、診療所との関係や後継者問題でもある

 地方の小規模薬局では、特定の病院や診療所との関係が経営に大きく影響することがあります。特に、一つの医療機関から発行される処方箋への依存度が高い薬局では、その医療機関の診療時間や診療科目、患者数、医師の引退、診療所の閉院などが薬局経営に直接影響する可能性があります。

 人口が一定数残っていても、近隣の診療所が閉院すれば、患者は別の医療機関を受診するようになります。それに伴って処方箋を持参する薬局も変わることがあり、地域全体の医薬品需要が大きく減少しなくても、特定の薬局の収入が減少することがあります。

 一方、複数の医療機関から処方箋を受け付けている薬局では、特定の診療所が閉院しても、その影響を分散できる可能性があります。ただし、こうした薬局でも薬剤師の確保や医薬品在庫の管理、在宅訪問への対応などに費用がかかるため、処方箋の受付先が多いことだけで長期的な経営安定が保証されるわけではありません。

 さらに、地方では後継者問題も無視できません。経営者が高齢になり、事業を引き継ぐ人がいなければ、一定の患者数が残っていても閉局を選択する可能性があります。反対に、個人経営の薬局が他の企業へ事業承継されることで、店舗そのものは維持される場合もあります。

 ここでは、企業の統合、店舗の統廃合、調剤業務の集約を区別することが重要です。薬局企業が買収や合併によって集約されても、地域の店舗数が直ちに減るとは限りません。また、一部の調剤業務を別の拠点に集めても、患者に対応する薬局が地域に残る場合があります。将来の薬局の変化を考える際には、経営主体が変わることと、地域住民が利用できる店舗がなくなることを混同してはいけません。

「近くに薬局がある」だけでは薬へのアクセスは保証されない

 地域住民にとって重要なのは、行政区域内に薬局が何店舗存在するかだけではありません。自宅から薬局までの距離、移動時間、利用できる交通手段、営業時間、必要な医薬品の在庫、薬剤師による対応など、複数の条件がそろって初めて、実際に薬を受け取ることができます。

 例えば、自宅から10キロメートル離れた場所に薬局が1店舗残っていたとしても、自動車を運転できる住民と、徒歩や公共交通に依存する高齢者では利用の難しさが異なります。距離だけで判断することも適切ではなく、道路事情や公共交通の運行本数、家族による送迎の有無などによって、実際の移動負担は大きく変わります。

 また、薬局が近くにあっても、診療所の受付終了時間と薬局の営業時間が合わなければ、当日中に薬を受け取れない場合があります。医薬品の在庫がなく、取り寄せに時間がかかる場合も同様です。特に、早急な服薬が必要な急性疾患と、比較的計画的に薬を受け取れる慢性疾患では、薬の受取時間が持つ意味が異なります。

 薬へのアクセスを科学的に分析するなら、少なくとも地理的アクセス、時間的アクセス、実効的アクセスの三つを区別する方法が考えられます。地理的アクセスは自宅や医療機関から薬局までの移動時間、時間的アクセスは処方箋の発行から薬を受け取るまでの時間、実効的アクセスは必要な薬を安全に、適切な時間内に受け取れたかという観点です。

 これらは本記事で問題を整理するための分析上の分類であり、統一された公的指標を示すものではありません。しかし、薬局数という単一の指標よりも、実際の住民生活に近い評価が可能になります。薬局が1店舗減ったから直ちに医療アクセスが失われるわけでもなければ、1店舗残っているから十分な医薬品供給体制が維持されているとも限りません。

オンライン服薬指導と配送は、薬局への移動を減らせるのか

 将来の地方薬局を考えるうえで、有力な選択肢の一つがオンライン服薬指導です。情報通信機器を利用して薬剤師が患者に服薬指導を行うことで、一定の条件の下では、患者が毎回薬局まで移動する負担を減らせる可能性があります。電子処方箋などの仕組みと組み合わせれば、処方情報のやり取りや薬の受取方法にも変化が生じると考えられます。

 ただし、オンライン服薬指導は、薬剤師による専門的な判断を不要にする仕組みではありません。薬剤師は患者の状態や医薬品の特性を踏まえ、オンラインで適切な指導が可能かを判断する必要があります。また、オンライン服薬指導では映像と音声による双方向のやり取りが基本となり、患者本人が必要な情報を理解できることも重要になります。

 地方の高齢者を考える場合には、スマートフォンや通信環境を利用できるかだけでなく、電子処方箋の利用、本人確認、通信機器の操作、支払いなどを円滑に行えるかという問題があります。高齢者の中にもデジタル機器を使いこなす人は多く、一律に利用が難しいと決めつけるべきではありませんが、操作に支援が必要な住民が存在することも想定しなければなりません。

 さらに、オンラインで服薬指導が完了しても、薬そのものは患者の手元に届ける必要があります。配送では、医薬品の品質を維持できるか、必要な温度管理が可能か、患者が確実に受領できるか、いつ届くかといった条件が重要になります。厳格な管理が必要な医薬品や、速やかな使用が必要な医薬品については、一般的な配送だけで対応できない場合もあります。

 特に、処方箋が発行された当日から服薬を開始する必要がある場合、配送によって患者の移動負担が減っても、薬の到着が遅れれば治療上の不利益につながる可能性があります。一方、症状が安定している慢性疾患では、適切な服薬管理と配送体制が確保されていれば、薬局への移動回数を減らすメリットが大きくなることも考えられます。

 オンライン服薬指導や配送は、すべての薬局への来店を代替する仕組みではなく、患者の状態や医薬品の特性に応じて選択できる手段を増やすものと考えるのが適切です。また、オンライン化しても薬剤師の専門的な業務そのものがなくなるわけではないため、薬剤師の地域偏在や人員不足が自動的に解消されるものでもありません。

在宅訪問は重要だが、人口密度の低い地域では移動時間が制約になる

 自宅で療養している患者に対して、薬剤師が訪問し、服薬状況や医薬品の管理状況を確認する仕組みも重要になります。特に、複数の医薬品を使用している患者、通院が難しい患者、服薬管理に支援が必要な患者などにとって、薬剤師が自宅で薬の使用状況を確認することには、単なる薬の受け渡しを超えた意味があります。

 しかし、在宅訪問を増やせば地方の薬局問題がすべて解決するわけではありません。人口密度が低く住宅が広範囲に分散する地域では、薬剤師が患者宅を訪問するための移動時間が長くなる場合があり、同じ勤務時間で対応できる患者数が制限されることがあります。

 薬剤師の勤務時間は、調剤、服薬指導、訪問、移動、記録、医師や他の医療職との連絡・調整などに配分されます。したがって、訪問先が離れている地域では、患者宅での指導時間だけでなく、往復の移動時間まで含めて業務量を評価しなければなりません。これは訪問看護や訪問介護などにも共通する、人口密度の低い地域特有の課題です。

 患者が薬局まで移動する代わりに薬剤師が患者宅へ移動するため、患者本人の負担が軽減されても、地域全体の移動に必要な時間や費用がなくなるわけではありません。在宅訪問を持続可能な形で実施するには、訪問経路の調整、他の医療・介護職との連携、適切な報酬、薬剤師の勤務体制などを総合的に考える必要があります。

 また、単に薬を自宅へ届ける配送と、薬剤師が患者宅で専門的な服薬管理を行う在宅訪問は、役割が異なります。地域の医薬品供給体制を考える際には、この二つを区別し、患者の状態に応じて必要なサービスを選択できるようにすることが重要です。

2026年の制度改正は、将来の薬局の経営形態を変える可能性がある

 薬局の将来を考える場合、人口や需要だけでなく、制度変更にも注目する必要があります。薬局は一般的な小売店舗とは異なり、薬剤師の配置、医薬品の管理、調剤業務、調剤報酬などについて法令や公的制度による規律を受けています。そのため、制度の変更によって、同じ患者数でも経営上の条件や実施できる業務が変わることがあります。

 2025年に成立した医薬品医療機器等法などの改正を受け、2026年6月には調剤業務の一部外部委託に関する省令が公布され、2027年5月20日に施行される予定となっています。この制度は、一定の条件の下で薬局が調剤業務の一部を他の薬局へ委託できるようにするもので、薬剤師が患者への説明や服薬管理などの対人業務に取り組みやすくすることも目的としています。

 ただし、調剤業務を無条件に外部委託できるわけではありません。当面の対象業務や委託先の範囲には制限が設けられており、患者への説明や同意、安全管理なども必要になります。制度が整備されたからといって、すべての小規模薬局が調剤設備や薬剤師の配置を大幅に削減できるわけではありません。

 それでも、従来は一つの薬局で行っていた業務の一部を他の薬局と分担できるようになれば、業務の効率化や薬剤師の働き方に変化が生じる可能性があります。地域内の複数薬局が役割を分担し、調剤業務の一部を集約しながら、患者に対応する窓口を維持するような仕組みも、制度上の制約や採算性を検証したうえで検討できるでしょう。

 さらに、2026年度の調剤報酬改定では、地域の医薬品供給拠点としての薬局の機能を評価する観点から、従来の地域支援体制加算が見直され、地域支援・医薬品供給対応体制加算が設けられています。薬局の収益は処方箋枚数だけでなく、こうした公的な報酬体系や施設基準によっても左右されます。

 30年という長期間を考えれば、薬局の制度や調剤技術、医療提供体制が今後も変化する可能性があります。現在の制度と経営構造が2056年までそのまま続くと仮定して薬局数を予測することは、現実的ではありません。

地域連携薬局の機能と、経営上の存続可能性は同じではない

 厚生労働省は、地域の医療機関や他の薬局と連携し、入退院時の情報共有や在宅医療などに対応する薬局の機能を評価するため、地域連携薬局の認定制度を設けています。この制度は、薬局を単に処方箋に基づいて薬を調剤する場所としてではなく、患者の継続的な薬物療法を支える地域医療の一部として位置付けるものです。

 人口減少地域では、複数の医療機関から処方箋を受け付け、在宅医療に対応し、必要に応じて他の薬局や医療・介護職と連携できる薬局が、地域にとって重要な役割を果たす可能性があります。特に、通院先が複数ある高齢者や、継続的な服薬管理が必要な患者にとって、医薬品に関する情報を整理し、関係者と共有できる機能には意味があります。

 しかし、地域医療への貢献度が高いことと、薬局の経営が安定していることは同じではありません。地域連携の機能を充実させるには、薬剤師の確保、研修、情報共有、在宅訪問、必要な医薬品の供給などに対応するための費用や人員が必要です。

 したがって、地域連携薬局として認定されていることだけを理由に、将来の存続可能性が高いと断定することはできません。薬局の社会的な必要性と、民間事業としての採算性を区別して評価することが重要です。

医薬品の供給能力は、薬局の店舗数とは別に考える必要がある

 薬局が存在し、薬剤師が勤務していても、処方された医薬品を必要なときに調達できなければ、患者への供給は完了しません。医薬品の安定供給は、薬局の立地や人員配置とは別の重要な条件です。

 医薬品の供給に制約が生じると、薬局では在庫の確認、卸売業者への発注、代替薬の検討、医療機関への問い合わせ、患者への説明など、通常より多くの業務が発生する場合があります。特定の医薬品が入手困難になれば、近隣の複数の薬局が同じ問題に直面することも考えられます。

 また、規模の小さい薬局では、あらゆる医薬品を常時在庫することは現実的ではありません。必要な薬を迅速に取り寄せられるか、他の薬局と連携できるか、卸売業者による配送網が維持されるかといった点も、地域の医薬品供給体制を左右します。

 今後、人口減少によって医薬品の配送先が減少したり、配送効率が低下したりする地域が生じれば、薬局そのものの経営状況とは別に、医薬品の物流が課題になる可能性もあります。ただし、将来の物流網の変化については、卸売業者の配送体制や制度変更などを調べなければ、地域ごとの影響を判断することはできません。

 このように、薬へのアクセスを考える場合には、薬局の店舗数、薬剤師の確保、医薬品の在庫・調達能力、配送網を一体として検討する必要があります。

30年後に残りやすい薬局と、経営が難しくなる薬局

 以上の条件を踏まえると、30年後の薬局の存続可能性は、現在の患者数だけでは判断できません。地域の複数の医療機関から処方箋を受け付け、薬剤師を安定的に確保し、在宅医療や他の薬局との連携にも対応できる薬局は、特定の医療機関への依存度が高い薬局よりも、需要変化への対応力を持つ可能性があります。

 ただし、そうした機能を備えるには相応の費用が必要であり、必ずしも経営上有利になるとは限りません。反対に、小規模な薬局であっても、建物を所有している、固定費が低い、地域住民との継続的な関係がある、近隣に代替薬局が少ない、他の薬局との業務分担ができるなどの条件によって、経営を維持できる場合があります。

 今後、経営が難しくなる可能性があるのは、地域人口や処方箋需要が減少し、特定の診療所への依存度が高く、薬剤師の採用が困難で、後継者も確保できないといった複数の不利な条件が重なる薬局でしょう。しかし、どの条件がどの程度閉局リスクを高めるかについては、個別薬局の経営情報や開局・閉局の履歴などを分析しなければ判断できません。

 実証的に分析するなら、地域人口の減少率、75歳以上人口の変化、処方箋枚数、薬剤師の確保状況、診療所への依存度、経営者の年齢、後継者の有無、経営形態、調剤報酬の変化などを用いて、薬局の閉局までの期間や存続状況を調べる方法が考えられます。

 もっとも、店舗が閉局した場合でも、近隣への移転、別企業への事業承継、複数店舗の統合などによって供給機能が維持されることがあります。そのため、閉局件数だけを調べるのではなく、閉局後に地域住民の薬へのアクセスがどのように変化したかまで検証する必要があります。

将来の医薬品供給は、広域的な連携が重要になる可能性がある

 人口が大きく減少した地域で、すべての薬局を現在と同じ店舗数、同じ営業時間で維持することは、経営面や人員確保の面から難しくなる場合があります。一方、薬局を人口の多い中心市街地へ集中させるだけでは、自動車を運転できない住民や移動に制約がある高齢者の負担が増える可能性があります。

 そこで検討する価値があるのは、一定規模の調剤拠点、地域に残る薬局、診療所との連携、在宅訪問、オンライン服薬指導、配送、地域交通を組み合わせる方法です。この場合、すべての地域に同じ規模の薬局を配置するのではなく、地域ごとの人口分布や医療需要に応じて、複数の供給手段を組み合わせることになります。

 ただし、広域的な連携を進めれば必ず効率化できるわけではありません。調剤業務を一部の拠点に集約すれば設備や在庫の管理を効率化できる可能性がありますが、拠点から各地域への配送距離が長くなれば、物流費や所要時間が増加する場合もあります。薬剤師が訪問する範囲を広げれば、移動時間が増えて対応できる患者数が減少する可能性もあります。

 したがって、地域の薬局配置を考える場合には、医療提供者側の経営効率だけでなく、患者の移動時間、家族の送迎負担、交通費、医薬品の配送費、薬を受け取るまでの時間、安全管理に必要な費用などを総合的に評価する必要があります。

 薬局を維持するために必要な費用と、薬局がなくなった場合に住民や地域社会が負担する費用は、必ずしも同じ主体が負担するものではありません。例えば、店舗を集約することで薬局側の費用が減少しても、患者の交通費や家族による送迎時間が増えれば、地域全体としての負担が十分に減少しない場合があります。

 これは民間事業としての採算性と、公共的な医療アクセスの確保を分けて考える必要があることを意味します。地域の薬局をどのような形で支えるべきかは、個別企業の経営判断だけでなく、地域医療政策や交通政策とも関係する問題です。

御宿町・いすみ市・勝浦市・大多喜町では何を調べるべきか

 この問題を千葉県外房地域で考える場合、御宿町、いすみ市、勝浦市、大多喜町などは、人口減少と医療アクセスの関係を検討する対象となります。ただし、現時点の人口規模や高齢化率だけで、どの市町の薬局が将来残りにくいと判断することはできません。実際の薬局配置、診療所との関係、患者の移動手段、処方箋需要などを確認する必要があります。

 まず、国立社会保障・人口問題研究所の市区町村別将来推計人口を利用し、2020年から2050年までの総人口、65歳以上人口、75歳以上人口の変化を比較することが考えられます。高齢化率の上昇だけではなく、高齢者人口の絶対数がどのように変化するかを確認することで、将来の医療需要をより適切に考察できます。

 次に、現在の薬局の所在地、営業時間、在宅訪問への対応状況、診療所や病院との位置関係、公共交通の運行状況などを把握する必要があります。市町村内の薬局数だけでなく、隣接自治体の薬局を利用できるかという点も重要です。行政区域の境界と住民の実際の生活圏が一致するとは限らないため、複数市町を一体の医療生活圏として分析する視点が求められます。

 特に有効なのは、現在存在する薬局が1店舗閉局した場合に、住民の移動時間がどれだけ変化するかを検証する方法です。道路網や公共交通を用いて、現在の最寄り薬局までの所要時間と、その薬局が利用できなくなった場合の代替薬局までの所要時間を比較すれば、地域の医薬品供給体制がどの程度脆弱なのかを具体的に評価できます。

 例えば、ある地区では最寄り薬局が閉局しても、数分程度の追加移動で別の薬局を利用できるかもしれません。一方、別の地区では、最寄り薬局が1店舗なくなるだけで、公共交通を利用した移動が大幅に難しくなる可能性があります。この違いは、単純な薬局数だけでは把握できません。

 将来の人口推計と現在の薬局配置を組み合わせれば、薬局へのアクセスが悪化した場合に影響を受ける可能性のある高齢者人口を推計することも考えられます。ただし、現状の薬局配置が2050年まで変わらないと仮定する場合や、特定の薬局の閉局を想定する場合には、それが実際の将来予測ではなく、条件付きのシナリオ分析であることを明示する必要があります。

 こうした分析によって、人口減少の進む地域で薬局が何店舗必要なのかという問いを、どの地区の住民が、どれだけの時間と負担で薬を受け取れるのかという、より具体的な問題へと発展させることができます。

2056年の薬局はどうなるのか~将来を三つのシナリオで考える

 30年後の薬局の姿を一つの結論に決めつけることは困難です。人口減少の程度、薬剤師の地域分布、診療所の存続、調剤技術、制度改正、配送体制などについて不確実性が大きいためです。そのため、将来を考える際には、条件の異なる複数のシナリオを設定する方が合理的です。

 第一は、地域の処方箋需要が比較的維持され、薬剤師も確保できる場合です。この場合、経営主体の変更や業務の効率化が進んだとしても、既存の薬局配置が比較的維持される可能性があります。全国の薬局数や薬局従事薬剤師数が近年増加している事実を踏まえると、人口減少によって必ず薬局が減少するという前提を置くべきではありません。

 第二は、人口や処方箋需要が減少する一方、薬局間の連携や調剤業務の効率化、オンライン服薬指導、配送などが普及する場合です。この場合、一部の店舗で統廃合や営業時間の見直しが進んでも、住民が薬を受け取るための手段を組み合わせることで、地域の医薬品供給機能を維持できる可能性があります。ただし、地域によっては患者の移動時間や薬の受取時間が増えることも考えられます。

 第三は、人口と医療需要の減少に加え、診療所の閉院、薬剤師の確保難、後継者不在などが重なる場合です。この場合、個別薬局の経営継続が難しくなり、地域の薬局数が減少する可能性があります。代替薬局までの距離が長く、公共交通や配送体制も十分でなければ、住民が必要な薬を受け取るまでの時間や負担が増えることが考えられます。

 ただし、これらのシナリオがどの程度の確率で実現するかは、現在示されている統計だけでは判断できません。特に2056年という長期の将来について、薬局数や閉局確率を具体的な数値で予測するには、個別薬局の開設・閉局履歴、経営情報、薬剤師の採用状況、地域の処方箋需要などを継続的に分析する必要があります。

 したがって、現時点で合理的にいえるのは、すべての地域で現在の薬局配置が維持されるとも、人口減少によって一律に薬局が減少するとも断定できないということです。将来の姿は地域ごとの条件と制度・技術の変化によって異なり、その影響を定期的に検証することが重要になります。

病院が残っていても、必要な薬を受け取れなければ医療アクセスは完結しない

 地方医療を考えるとき、病院数や医師数、診療科目、救急医療体制などは重要な指標です。しかし、住民の生活という観点からは、診察を受けられることだけでなく、その後に必要な治療を継続できることまで評価する必要があります。

 特に高齢者の場合、自宅から医療機関へ移動し、診察を受け、必要に応じて薬局を利用し、薬を受け取って帰宅するまでが一連の医療行動になります。その途中で薬局への移動が難しくなったり、必要な薬が当日中に受け取れなくなったりすれば、医療機関そのものが残っていても、患者の負担は増加する可能性があります。

 医療機関の集約が進む地域では、診療を受ける場所だけでなく、処方箋が発行される場所や薬局の立地にも変化が生じることがあります。医療提供者側の効率だけでなく、患者本人の移動時間、家族による送迎、交通費、待ち時間、配送による受取時間などまで含めて考えることが重要です。

 また、薬局の問題は高齢者だけに限りません。自動車を利用できない人、障害のある人、育児や介護のため長時間の外出が難しい人、公共交通が少ない地区に住む人などにとっても、薬局へのアクセスは生活に直結する問題です。

 地域医療の持続可能性を評価するなら、医療機関の存在と医薬品の供給体制を切り離さず、一連の医療サービスとして検討する必要があります。

地方の薬局で守るべきなのは、店舗数よりも薬へのアクセスである

 2056年の地方で、現在と同じ数の薬局が同じ場所で営業を続けているとは限りません。人口減少、処方箋需要の変化、薬剤師の地域偏在、後継者問題などによって、一部の地域では店舗の統廃合や営業時間の短縮が進む可能性があります。しかし、全国の薬局数や薬局従事薬剤師数は近年増加しており、人口減少だけを理由に、地方の薬局が一律に減少すると予測することも適切ではありません。

 さらに、調剤業務の一部外部委託、オンライン服薬指導、電子処方箋、在宅訪問、配送などの制度や技術が進展すれば、従来とは異なる方法で地域の医薬品供給機能を維持できる可能性もあります。一方で、薬剤師の確保、医薬品の安全管理、配送時間、通信機器の利用、運営費用などの制約があるため、こうした仕組みを導入すればすべての問題が解決するわけではありません。

 今後の地方では、薬局という店舗を維持するための条件と、住民が薬を受け取れる機能を維持するための条件を分けて考えることが重要になります。現在の店舗配置を維持することが合理的な地域もあれば、複数の薬局や医療機関が連携し、配送や在宅訪問などを組み合わせた方が、住民の負担を抑えられる地域もあるでしょう。

 その判断には、薬局数や人口の増減だけでなく、年齢別の医薬品需要、薬剤師の確保状況、薬局の経営条件、医薬品の調達能力、患者の移動時間などを総合的に分析する必要があります。特に人口減少地域では、行政区域内に薬局が何店舗あるかという評価から、必要な薬を安全に受け取るために住民がどれだけの時間と負担を要するかという評価へ、視点を広げることが求められます。

 30年後も現在と同じ薬局の店舗数や立地を維持できるかどうかは、現時点では分かりません。しかし、どのような条件が薬局の存続を難しくし、どのような仕組みが住民の負担を軽減できるのかについては、現在の統計や制度をもとに検証を進めることができます。

 人口減少社会で本当に守るべきなのは、現在と同じ店舗配置そのものではありません。住民が必要なときに、必要な医薬品を、安全に、適切な時間と無理のない負担で受け取れる地域の医薬品供給体制を維持することです。

 地方の薬局の将来は、単に店舗が増えるか減るかという問題ではなく、人口減少が進む社会で、必要な医療機能をどのような形で残していくのかという、地域全体の持続可能性に関わる問題なのです。

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※本記事は2026年10月8日、最新の人口推計、病院統計、千葉県の地域医療構想調整会議資料及び医療制度の改正状況を踏まえ、内容を加筆・更新しました。

 人口が減れば、地域の病院も患者が減り、いずれ維持できなくなるのでしょうか。人口減少が続く外房では、この問題は避けて通れません。しかし、「人口が減るから病院も減らせばよい」と考えることも、「現在ある病院をすべて同じ規模、同じ機能のまま残すべきだ」と考えることも、地域医療の実態を十分に捉えているとはいえません。

 病院を運営するには建物や病床だけでなく、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師など、多くの医療従事者が必要です。救急医療を提供する場合には、患者が来るかどうかにかかわらず、夜間や休日にも一定の診療体制を確保しなければなりません。一方、地域の人口が減少しても、高齢者の割合が高くなれば、救急、入院、慢性疾患の管理、リハビリテーション、在宅医療との連携など、必要とされる医療の内容が変化します。したがって、外房の将来を考えるうえで重要なのは、単純に病院を何施設残すかという問題ではありません。人口構造が変わり、医療従事者の確保も難しくなる可能性があるなかで、住民が必要な医療を受けられる地域の能力を、どのように維持するかという問題です。

最初に結論~病院数を維持することと地域医療を守ることは同じではない

 人口減少が続けば、病院の患者数や診療収入が減少し、経営環境が厳しくなる可能性があります。しかし、人口が30%減ったからといって、医療需要も30%減るとは限りません。高齢化によって一人当たりの医療需要が変化するほか、救急医療のように患者数にかかわらず一定の供給能力を維持する必要がある機能も存在するからです。また、病院数や病床数が同じでも、医師や看護師が不足して診療科が縮小したり、救急患者を受け入れられなくなったりすれば、住民から見た医療供給力は低下します。

 反対に、病院の役割を整理し、専門治療を拠点病院に集約しながら、地域の病院が一般的な救急、入院、回復期医療、在宅復帰支援を担うことで、医療機関の規模が変わっても必要な医療機能を維持できる場合があります。ただし、集約化すれば必ず効率が改善するわけでもありません。病院の運営費が減っても、患者の通院距離や救急搬送時間が延び、住民や家族の負担が増える可能性があります。そのため、病院経営の効率性、医療の質、住民の利便性を分けて評価する必要があります。人口減少時代の地域医療で問われるのは、病院という施設を何か所残すかではなく、必要な医療を地域全体でどの程度提供し続けられるかということです。

山武長生夷隅保健医療圏では2050年までに人口が約3分の1減少する

 外房の医療を考える場合、市町村単位の人口だけでなく、医療提供体制を計画する地域的な単位である二次保健医療圏を見る必要があります。千葉県の現行保健医療計画では、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町は、茂原市、東金市、山武市、大網白里市、長生郡などとともに、17市町村から構成される山武長生夷隅保健医療圏に含まれています。

 国立社会保障・人口問題研究所が2023年12月に公表した地域別将来推計人口によれば、この医療圏の人口は2020年の410,235人から、2025年には387,963人、2030年には365,888人、2040年には318,974人、2050年には272,947人に減少すると推計されています。2020年を100とすれば2050年は約66.5となり、30年間で約33.5%減少する計算です。この人口減少は、医療機関の患者数や診療収入に影響するだけでなく、医療従事者を供給する働き手の減少にもつながります。医師や看護師を地域外から確保できなければ、患者数が十分に存在していても必要な診療体制を維持できなくなる可能性があります。

 ただし、ここで注意したいのは、山武長生夷隅保健医療圏の平均値が、外房の各市町村の実態をそのまま表しているわけではないことです。特に夷隅地域では、医療圏全体よりも速い人口減少が予測されており、地域全体の人口規模だけで個々の市町村の医療需要や医療供給能力を判断することはできません。

勝浦・いすみ・大多喜・御宿では人口が約44%減少する

 2026年8月27日に開催された千葉県の山武長生夷隅地域医療構想調整会議では、夷隅地域の将来人口や救急医療体制に関する資料が示されました。この資料に掲載された人口推計によれば、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町の4市町は、2050年にかけて大幅な人口減少が見込まれています。

市町村 2020年 2050年 人口減少率
勝浦市 16,927人 8,815人 47.9%
いすみ市 35,544人 20,218人 43.1%
大多喜町 8,885人 4,498人 49.4%
御宿町 6,874人 4,381人 36.3%
4市町合計 68,230人 37,912人 44.4%

 4市町の人口は2020年の68,230人から2050年には37,912人へ減少し、減少率は約44.4%となります。山武長生夷隅保健医療圏全体の約33.5%と比べると、約10.9ポイント大きい数字です。特に勝浦市と大多喜町では、人口がほぼ半減する見通しとなっています。この違いは重要であり、医療圏全体では一定規模の人口が残っていたとしても、個々の地域では患者数、医療従事者、通院手段、地域交通などの条件が大きく変化する可能性があります。したがって、医療圏全体の病床数が足りているというだけでは、勝浦市や大多喜町の住民が必要な医療を受けられるかどうかを判断できません。医療圏全体の平均的な人口減少と、住民が実際に生活する地域の人口減少を区別することが、外房の医療を分析する出発点になります。

高齢化率は上昇しても、高齢者の人数が増え続けるわけではない

 人口減少と医療需要の関係を考えるうえで、もう一つ注意したいのが高齢化率の解釈です。高齢化率とは総人口に占める65歳以上人口の割合ですが、この割合が上昇することと、高齢者の人数そのものが増え続けることは同じではありません。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、山武長生夷隅保健医療圏の65歳以上人口は、2020年の148,398人から2025年には150,590人となりますが、その後は減少し、2050年には133,180人になる見通しです。一方、総人口はそれ以上の速さで減少するため、65歳以上人口の割合は2020年の約36.2%から2050年には約48.8%へ上昇します。

 75歳以上人口については、2020年の74,080人から2030年には93,737人へ増加し、その後は減少するものの、2050年でも87,626人と2020年を上回る見通しです。つまり、65歳以上人口と75歳以上人口では増減の時期が異なり、医療需要の変化も一様ではありません。

年齢区分 2020年 2030年 2050年
総人口 410,235人 365,888人 272,947人
65歳以上人口 148,398人 149,557人 133,180人
75歳以上人口 74,080人 93,737人 87,626人
高齢化率 36.2% 40.9% 48.8%

 勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町の4市町でも、75歳以上人口は2020年の16,116人から2030年には18,295人へ増加し、その後は2050年に14,913人まで減少すると推計されています。したがって、2030年頃までは後期高齢者の増加に対応する医療体制が重要になる一方、長期的には高齢者人口そのものが減少することを踏まえて、医療供給規模を考える必要があります。

 高齢者では、心不全、肺炎、糖尿病、認知症、骨折など、複数の疾患や生活上の問題を抱える場合があります。治療後の回復に時間がかかったり、退院後も訪問診療や介護サービスが必要になったりするため、単純な患者数だけでは医療需要を十分に測れません。ただし、高齢化率が上昇するから医療需要が増え続けると結論づけることも正確ではありません。必要なのは、年齢別人口の変化と、それぞれの年齢層がどの程度医療を必要とするかを組み合わせて分析することです。

人口が33%減っても医療需要が33%減るとは限らない

 医療需要を考える際には、人口総数だけではなく、年齢階級ごとの受療傾向を考慮する方法があります。日本医師会の地域医療情報システムでは、40歳から64歳の医療需要を1とした場合、0歳から14歳を0.6、15歳から39歳を0.4、65歳から74歳を2.3、75歳以上を3.9として、年齢構成の違いを反映した医療需要指数を算出しています。

 この考え方を山武長生夷隅保健医療圏の将来推計人口に適用し、2020年の医療需要を100とすると、2030年は約100.5、2050年は約84.4となります。人口指数は2030年に約89.2、2050年に約66.5となるため、医療需要指数とは大きな違いが生じます。つまり、このモデルでは、2030年に人口が約11%減少しても医療需要の総量は2020年とほぼ同水準にとどまり、2050年に人口が約33.5%減少しても、医療需要の減少は約15.6%という計算になります。

 もっとも、これは将来の実際の患者数や医療費を予測した数値ではありません。年齢別の医療需要の重みが将来も一定であると仮定した簡易的な試算であり、病気の発生率、治療技術、健康寿命、診療報酬、入院期間、在宅医療への移行などの変化を直接反映していません。また、救急医療、予定手術、慢性疾患管理など、個別の診療機能ごとの需要を示すものでもありません。それでも、この試算は人口減少と医療需要の減少が必ずしも比例しないことを理解するうえで有用です。特に2030年頃までは、後期高齢者の増加に伴う医療需要を確保しながら、長期的な人口減少にも対応できる仕組みを考える必要があります。外房の医療需要は、今後一貫して増えるとも、一貫して減るとも考えず、時期と診療機能を分けて評価することが重要です。

外房の入院医療は、すでに地域内だけでは完結していない

 人口減少に加えて、外房の地域医療を考える際に見逃せないのが、住民が実際にどこの医療機関へ入院しているかという問題です。行政上の医療圏と、患者が実際に医療を受ける地域は必ずしも一致しません。千葉県が2026年8月の地域医療構想調整会議で示した資料によれば、山武長生夷隅保健医療圏の入院医療の圏域内完結率は64.3%です。これは、区域内に住む入院患者のうち、同じ区域内の医療機関に入院している人の割合を意味します。残る35.7%は区域外の医療機関に入院しており、山武長生夷隅の医療は、すでに他の医療圏との連携によって成り立っていることが分かります。

 特に夷隅地域では、この傾向が明確です。厚生労働省の令和6年度医療計画作成支援データブックを基にした千葉県の分析では、夷隅地域の住民の入院先は、夷隅地域内が59.1%、安房地域が29.2%、長生地域が4.8%となっています。つまり、夷隅地域の住民の約3割は、安房地域の医療機関に入院しています。安房地域には高度な専門医療を提供する医療機関が存在し、夷隅地域との間で患者の受け入れが行われています。この関係を考えると、勝浦市やいすみ市の医療を山武長生夷隅保健医療圏という行政上の枠組みだけで分析することには限界があります。実際の医療提供体制は、夷隅地域と安房地域の結びつきを含めて評価しなければなりません。

 ただし、区域外への入院が多いことだけで、地域医療が不十分だと結論づけることはできません。高度な治療を専門病院で受けることには合理性がある一方、救急搬送に時間がかかる場合や、患者と家族の移動負担が大きい場合には問題が生じる可能性があります。重要なのは、単に地域外の病院を利用している割合ではなく、必要な治療へ適切な時間で到達でき、治療後には地域へ戻って必要な医療を受けられるかどうかです。

病床数が存在しても、必要な医療を受けられるとは限らない

 地域医療の供給能力を考える際には、病院数や病床数だけではなく、実際に提供できる診療機能を把握する必要があります。例えば、同じ100床の病院であっても、一般的な救急患者を受け入れる病院と、長期療養を中心とする病院では役割が異なります。病床数だけを合計しても、救急、手術、リハビリテーション、慢性期医療などの供給能力を正確に評価することはできません。

 千葉県が公表した2025年7月1日時点の病床機能報告では、いすみ医療センターは140床のうち急性期92床、慢性期48床、塩田病院は290床のうち急性期257床、慢性期33床と報告されています。この数字からも、病院ごとに病床の機能構成が異なることが分かります。ただし、病床機能報告は、医療機関が病棟の機能を自主的に選択して報告する制度です。そのため、急性期病床が何床あるかという情報だけでは、重症救急患者を24時間受け入れられるか、緊急手術を行えるか、専門医が常時配置されているかといった実際の診療能力までは判断できません。

 地域医療の実態を把握するには、病床の機能区分に加え、医師や看護師の配置、救急患者の受け入れ実績、手術の実施状況、病院間の転院体制などを確認する必要があります。病院という施設が存在することと、その施設が住民の必要とする医療を提供できることは、必ずしも一致しないからです。

患者が減っても病院の費用は同じ割合では減らない

 人口減少地域の病院経営を難しくする大きな要因の一つが、固定費の存在です。病院では患者が少ない日でも、入院病棟を運営するための人員、建物、設備を維持する必要があります。救急医療を提供する場合には、患者が来るかどうかにかかわらず、必要な待機体制を確保しなければなりません。病院経営を単純化すると、収支は診療収入などから人件費、設備費、医療材料費などの費用を差し引いたものとして考えられます。補助金などの収入も含めれば、病院の収支は、診療量、診療単価、固定費、変動費、公的支援によって変化することになります。

 例えば、患者が10%減少しても、建物の維持費や医療機器の取得費が直ちに10%減少するわけではありません。人件費についても、診療体制を維持するために一定人数の職員が必要であり、患者数に応じて自由に増減させることは困難です。その結果、収入の減少に対して費用の削減が追いつかず、経営収支が悪化する場合があります。一方、患者数が同じでも、診療内容や患者の重症度、平均在院日数などが変われば診療収入や費用は変化します。さらに、診療報酬の改定、物価上昇、賃金の上昇、設備更新の必要性なども病院経営に影響するため、人口減少率だけから赤字の規模や病院の存続可能性を推定することはできません。

 つまり、人口減少は病院経営を難しくする重要な要因ですが、それだけで病院が維持できなくなると決まるわけではありません。どの機能を維持し、どの程度の患者数を確保できるかに加え、医療機関の経営構造や公的支援のあり方も検討する必要があります。

全国の病床利用率から何が分かるのか

 病院経営を考えるうえでは、病床をどの程度利用しているかを示す病床利用率も重要です。厚生労働省の病院報告によると、全国の病院の病床利用率は2019年に80.5%でしたが、2020年には77.0%、2021年には76.1%、2022年には75.3%へ低下しました。その後は回復傾向が見られ、2023年は75.6%、2024年は77.0%、2025年は77.9%となっています。

 2025年の病床利用率は感染症流行前の2019年を下回っていますが、2022年以降は改善しており、単純に病床利用率が下がり続けていると解釈することはできません。また、この数値は全国平均であり、外房の個々の病院の病床利用率を示しているわけではありません。病床利用率が低ければ、病床当たりの固定費負担が大きくなる可能性があります。しかし、利用率を100%に近づけることが常に望ましいわけではありません。病床に余裕がなければ、急な救急患者の増加や感染症流行、災害などに対応しにくくなる場合があるからです。

 さらに、病床利用率の適正な水準は、病棟の診療機能によって異なります。高度な救急医療を提供する病棟と長期療養を中心とする病棟では、患者の入退院の頻度や必要な待機能力が異なります。病床利用率だけで病院経営の良否を判断するのではなく、診療機能、収支、患者の受け入れ能力を組み合わせて評価する必要があります。

外房では患者数だけでなく医療従事者の確保が制約になる

 人口減少地域の医療を考える際には、患者が減る問題だけでなく、医療を提供する人材が減る可能性にも注目する必要があります。病院は建物と病床を確保すれば運営できるわけではなく、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師、臨床工学技士など、必要な職種と人数がそろって初めて診療機能を維持できます。千葉県は、山武長生夷隅保健医療圏を医師少数区域に指定しています。これは国の医師偏在指標などに基づく政策上の区分であり、地域内のすべての病院や診療科で同じ程度の医師不足が発生していることを直接示すものではありません。それでも、医師確保が地域医療政策上の重要な課題であることは明らかです。

 人口が減少すると、医療機関を利用する患者だけでなく、地域内で働く世代も減少します。医師や看護師を十分に確保できなければ、病床を保有していても休止せざるを得なくなったり、夜間救急の受け入れを制限したりする可能性があります。特に手術や高度救急を提供するには、専門医一人だけではなく、麻酔、看護、検査、画像診断、医療機器の管理など複数の職種が連携する必要があります。少人数で広い診療機能を維持しようとすれば、医療従事者の時間外勤務や当直負担が増え、長期的な人材確保にも影響する可能性があります。

 ただし、外房で今後、患者数の減少と医療従事者不足のどちらが先に深刻化するかについては、現時点の人口推計だけでは判断できません。診療科別の医師数、看護職員数、年齢構成、退職見込み、病床利用状況などを調べ、供給側と需要側を比較する必要があります。地域の医療供給力は、病床数だけではなく、人材、設備、診療機能、運営時間、病院間連携などの条件によって制約されます。

国の地域医療構想は病床数だけでなく医療機能を重視する方向へ変わっている

 こうした人口構造と医療需要の変化を背景に、国は2040年頃を見据えた新たな地域医療構想を進めています。2025年12月12日には「医療法等の一部を改正する法律」が公布され、2026年には関連する省令の整備も進められています。新たな地域医療構想の特徴は、病床数の調整だけでなく、入院医療、外来医療、在宅医療、介護との連携を含め、地域全体の医療提供体制を考える方向へ制度が見直されていることです。また、市町村の関与を明確にし、地域の実情に応じた医療機関の役割分担と連携を進めることも重視されています。

 医療機関の機能についても、手術や高度な救急医療などを担う「急性期拠点機能」、高齢者をはじめとする救急患者の受け入れや早期のリハビリテーションを担う「高齢者救急・地域急性期機能」、在宅医療と入院医療をつなぐ「在宅医療等連携機能」、特定の診療分野やリハビリテーションなどを担う「専門等機能」などを整理する考え方が示されています。これは、すべての病院が同じ診療機能を持つのではなく、地域の人口規模、医療需要、患者の移動状況、医療従事者の確保状況に応じて役割を分担する方向です。ただし、制度が整備されたからといって、個々の病院の統合や閉鎖が自動的に決まるわけではありません。具体的な医療提供体制は、地域の実情を踏まえた協議によって検討されることになります。

千葉県では医療圏そのものの再編が検討されている

 2026年8月の千葉県の地域医療構想調整会議では、県内の構想区域を見直す複数の案が示されました。現行の9区域から7区域とする案では、夷隅地域を安房・君津地域と一体にし、長生地域を市原地域と一体にする考え方などが提示されています。この背景には、将来人口の減少に加え、実際の患者の入院先と医療圏の境界が一致していないという問題があります。夷隅地域の住民の約3割が安房地域に入院していることを考えれば、両地域の連携を重視する議論には一定の合理性があります。

 もっとも、2026年10月時点で示されているのは検討案であり、区域の再編がすべて決定されたという意味ではありません。また、医療圏の境界を変更することと、病院を実際に統廃合することは別の問題です。行政上の区域を広げても、病院の配置や医療従事者、交通手段が変わらなければ、住民が利用できる医療が直ちに改善するわけではありません。重要なのは、区域の再編によって地域の医療機関がどのように役割を分担し、救急患者や専門治療を必要とする患者がどこへ搬送され、治療後にどのような経路で地元へ戻るのかを具体的に示すことです。行政上の区域が広くなることで調整が容易になる可能性はありますが、その効果は実際の医療提供体制によって検証する必要があります。

すべての市町村に高度な総合病院を維持する必要があるのか

 地域住民にとって、自宅の近くに病院があることは重要です。特に高齢になって自動車を運転できなくなった場合、通院時間や公共交通の利用可能性は、医療を受けられるかどうかに直接影響します。そのため、単純に病院を減らすことが合理的とはいえません。一方、すべての市町村で高度な手術や専門治療を24時間提供する体制を維持するには、多数の専門職や設備が必要です。人口が減少し、対象となる患者数も少なくなれば、医療従事者の確保や診療体制の維持が難しくなる場合があります。

 高度な医療では、一定の症例数を確保することが医療従事者の経験や診療体制の維持につながる場合があります。しかし、症例数が多い病院であれば、どの診療分野でも必ず治療成績がよいというわけではありません。専門職の配置、診療技術、患者の重症度、救急体制などによって結果は異なるため、集約化の合理性は診療分野ごとに検討する必要があります。外房では、重症患者の専門治療を拠点病院で担い、地域の病院が一般的な救急、入院、治療後の回復支援を担当する体制が、一つの選択肢になります。ただし、そのような役割分担を成立させるには、病院間の連携だけでなく、救急搬送体制と患者の移動手段が確保されていることが前提となります。

病院の集約化には住民の移動負担という費用がある

 病院の集約化は、医師や看護師、設備を一定の拠点に集中させることで、重複する診療体制を整理し、医療従事者の勤務負担を改善できる可能性があります。しかし、病院側の経費が削減されたとしても、それが地域全体の負担軽減につながるとは限りません。例えば、入院先が自宅から遠くなれば、患者の家族が面会や退院時の説明のために移動する時間と交通費が増えます。外来診療が遠方に集約されれば、自動車を運転できない高齢者にとって通院が難しくなる場合もあります。また、救急搬送距離が延びれば、救急車の現場復帰までに時間がかかり、地域全体の救急搬送能力に影響する可能性もあります。

 したがって、病院統合を評価する際には、医療機関の経営収支に加え、患者や家族の移動費用、公共交通に必要な財政負担、救急搬送時間、治療開始までの時間などを考慮する必要があります。特に救急医療では、疾患によって時間の重要性が異なります。重症の脳卒中や急性心筋梗塞など、迅速な専門治療が重要となる病気と、比較的軽症の患者への対応を、同じ搬送距離の基準だけで評価することは適切ではありません。地域の医療提供体制を設計するには、疾患の種類や重症度に応じて、どの医療機関へどの程度の時間で到達できるかを検証する必要があります。病院の集約によって医療機関側の費用が減っても、住民の負担や救急搬送の費用が増えれば、地域全体として必ずしも効率的とはいえません。

地域病院は都市部の大病院の縮小版である必要はない

 人口減少地域の病院を持続させる方法を考えるとき、重要なのは現在の診療科や病床をすべて残すことではなく、地域住民にとって必要な医療機能を明確にすることです。今後の外房では、後期高齢者の医療需要に対応するため、肺炎や心不全などの急性増悪への対応、比較的軽症から中等症の救急患者の受け入れ、骨折後の治療とリハビリテーション、慢性疾患の管理、在宅医療から状態が悪化した患者の入院受け入れ、退院後の介護や訪問看護との調整などが重要になると考えられます。

 これらの機能は、必ずしも高度な専門手術を大量に行う病院と同じ設備や人員構成を必要とするわけではありません。高度な専門治療は拠点病院が担い、地域病院は地域で対応可能な急性疾患や回復期の医療を担当することで、限られた医療資源を有効に活用できる可能性があります。ただし、地域病院の診療機能を変更すれば、必要となる職種や配置人数、設備、収支構造も変化します。そのため、急性期機能を縮小して回復期や在宅復帰支援に重点を移せば、必ず経営が改善するというわけではありません。地域の患者数、診療報酬、人員確保、他院との連携状況を踏まえ、個別に検証する必要があります。

 地域病院に必要なのは、都市部の大病院と同じ機能を小規模で維持することではなく、地域の医療需要に応じた役割を明確にし、その機能を継続的に提供できる体制を整えることです。

医療機関の再編では、発症から在宅復帰までを一体として考える

 病院の役割分担を考える場合、一つの医療機関だけで患者の治療が完結することを前提にする必要はありません。例えば、重症患者が安房地域の拠点病院で専門治療を受け、急性期を脱した後に夷隅地域の病院へ転院し、リハビリテーションを経て自宅へ戻ることができれば、複数の医療機関が協力して一人の患者を支える仕組みになります。反対に、専門治療を受けられる病院が存在していても、急性期治療後の転院先が確保できなければ、患者の退院が難しくなる場合があります。さらに、退院後の訪問診療、訪問看護、介護サービスが不足していれば、自宅へ戻れない患者が増える可能性もあります。

 このため、地域医療を評価する際には、急性期病院だけでなく、回復期医療、慢性期医療、診療所、在宅医療、訪問看護、介護施設などの役割を一体として考える必要があります。地域内にすべての機能を備えることが難しい場合でも、地域外の医療機関との連携が円滑に機能すれば、一定の医療提供能力を維持することは可能です。ただし、連携体制が存在するというだけでは不十分です。患者の転院調整が実際に円滑に行われているか、受け入れ先が確保されているか、患者や家族が必要な情報を得られるか、退院後の生活を支えるサービスが利用できるかまで確認する必要があります。地域医療の質は、患者が発症してから治療、回復、退院、在宅生活へ移るまで、必要な医療や介護につながり続けられるかという視点で評価する必要があります。

「赤字病院だから不要」という判断も適切ではない

 地域病院の存続を考える際には、経営赤字と社会的な必要性を分けて考えることも重要です。救急医療のように患者が来るまで待機する機能には、実際の患者数だけでは測れない価値があります。深夜に救急患者が一人も来なかったとしても、必要なときに患者を受け入れられる体制を維持していたこと自体には意味があります。こうした待機能力は、利用されなかった時間にも費用が発生するという特徴を持っています。採算性だけを基準にすれば維持が難しくても、住民の生命や健康を守るために一定の公的支援が合理的となる場合があります。

 ただし、社会的に必要な病院であれば、赤字の規模にかかわらず現在の体制を維持すべきだという結論にもなりません。同じ地域に複数の医療機関が存在する場合には、役割分担によって必要な機能を維持しながら、費用を減らせる可能性があるからです。重要なのは、どの医療機能を維持するために、どの程度の財政負担が必要なのかを明確にすることです。さらに、その機能が失われた場合に住民や地域社会へどのような影響が生じるのかを検証し、複数の選択肢を比較する必要があります。赤字という経営上の事実だけで病院の存在意義を判断することも、地域医療に必要だという理由だけで経営効率の検証を避けることも、どちらも適切ではありません。

外房の地域病院を維持しやすくする条件

 人口が減少しても、地域病院としての役割を維持することは可能です。ただし、それは現在の病床数や診療科をそのまま残すことを意味するわけではありません。必要な医療機能が明確で、他の医療機関との役割分担が確立され、一定の患者数と診療収入が確保でき、医療従事者を継続的に確保できる病院は、地域医療のなかで役割を維持しやすいと考えられます。さらに、救急搬送、転院調整、在宅医療、訪問看護、介護サービスとの連携が機能していれば、患者が必要とする医療を効率的に提供できる可能性があります。

 一方で、患者数が少ないにもかかわらず複数の病院が高度な診療機能を重複して保有し、少人数の医療従事者で広範な診療を維持しようとすれば、経営面だけでなく勤務環境の面でも負担が大きくなる場合があります。ただし、機能の重複がすべて無駄というわけではなく、災害時の代替機能や救急需要の変動に対応するために、一定の余裕が必要となる場合もあります。

 したがって、病床の削減や診療機能の変更を、それ自体で成功あるいは失敗と判断することはできません。病床数を減らしても必要な救急医療を受けられ、専門治療を地域外に集約しても治療後の管理を地元で受けられるのであれば、地域医療の実質的な利用可能性が維持される可能性があります。反対に、病院の看板や病床数が維持されても、医師不足によって診療機能が縮小し、必要な医療を受けられなくなれば、地域医療の供給能力は低下します。

今後の外房で何を調べれば医療体制を評価できるのか

 これまでの人口推計や医療制度の検討から、外房では医療機関の役割分担と地域間連携が重要になることが分かります。しかし、どの病院にどの機能を残すべきか、どの診療機能を集約することが合理的かについては、人口統計だけで結論を出すことはできません。今後必要なのは、病院ごとの稼働病床数、病床利用率、診療科別の医師数、看護職員数、救急患者の受け入れ実績、入院患者の疾患構成などを把握することです。さらに、救急搬送時間、区域外搬送の割合、病院間の転院状況、在宅医療や訪問看護の供給状況などを確認する必要があります。

 特に外房では、地理的な距離だけでなく、実際に通院や救急搬送に必要な時間が重要です。高齢者が自動車を運転できない場合、病院までの距離が比較的短くても、公共交通を利用できなければ通院が困難になる可能性があります。また、救急搬送では、搬送先の病院が患者を受け入れられるかどうかによって所要時間が変わるため、単純な道路距離だけでは評価できません。

 さらに、患者がどの医療機関で治療を受けたかというデータに加え、治療後の経過や退院後の生活についても検証できれば、医療機能の再編が住民にもたらす影響をより正確に把握できます。単に病院の経営費用が減ったという結果だけでなく、医療へのアクセス、医療の質、住民の生活への影響を含めて評価する必要があります。こうした分析は、病院の存続や統合について賛成か反対かを決めるためだけのものではありません。限られた医療資源のなかで、何を優先して維持し、どの課題に追加的な財源や人材を投入するべきかを判断するために必要なものです。

30年後の外房で本当に守るべきもの

 勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町の人口は、2020年から2050年までに約44%減少すると推計されています。一方、75歳以上人口は2030年頃まで増加し、その後減少する見通しであり、医療需要は人口総数と同じ割合で変化するわけではありません。さらに、夷隅地域ではすでに入院患者の相当数が安房地域の医療機関を利用しており、地域医療は行政上の医療圏を越えた連携によって成り立っています。このような状況で、現在の病院数、病床数、診療科、設備をすべて同じ状態で30年間維持することが合理的とは限りません。しかし、人口が減るという理由だけで病院を単純に減らすことも適切ではありません。

 地域で暮らし続けるためには、高齢者が急に体調を崩したときに必要な医療を受けられ、専門治療が必要な場合には適切な医療機関へ搬送され、治療後には地域へ戻ってリハビリテーションや療養を続けられる体制が必要です。さらに、自宅での生活が可能な場合には、診療所、訪問診療、訪問看護、介護サービスなどへ円滑につながることが重要になります。病院が存在していることは、地域医療を維持するための重要な条件の一つですが、それだけで十分ではありません。必要な医療機能が実際に提供され、住民が利用できる状態にあることが重要です。

現実的な結論~「病院を残す」から「医療機能を残す」へ

 人口減少が進む外房では、患者数の変化、医療従事者の確保、病院経営、医療機関へのアクセスなど、複数の課題に同時に対応しなければなりません。人口減少によって一部の診療需要が縮小する一方、高齢者救急や慢性疾患、回復期医療、在宅医療との連携など、引き続き重要な役割を持つ医療機能も存在します。国の新たな地域医療構想や千葉県の区域再編の検討も、こうした人口構造と医療需要の変化を背景としています。ただし、医療圏を再編したり、病院の機能を集約したりするだけで問題が解決するわけではありません。再編によって医療従事者を適切に配置でき、必要な救急医療や専門治療へのアクセスが維持され、患者が治療後に地域へ戻れる体制が整って初めて、その効果を評価できます。

 将来の外房で重要なのは、すべての病院を現在と同じ形で残すことでも、人口減少率に合わせて病院を減らすことでもありません。必要な医療機能を明確にし、どの病院が何を担い、どの地域と連携し、どの程度の医療従事者を配置し、住民がどの程度の時間で必要な医療へ到達できる状態を維持するのかを、具体的に設計することです。そして、その設計が本当に住民のためになっているかどうかを、病院数や病床数だけでなく、救急搬送時間、診療機能、医療の質、患者の負担、医療従事者の勤務環境、地域全体の費用などから継続的に検証しなければなりません。

 人口減少社会で守るべきなのは、病院という施設そのものではなく、住民が必要なときに必要な医療を受けられる地域の能力です。 病院数が同じでも、必要な診療を受けられなければ地域医療が維持されているとはいえません。反対に、病院の規模や機能が変わっても、適切な役割分担と連携によって住民が必要な医療を受け続けられるのであれば、地域医療の実質的な機能を維持できる可能性があります。

 人口が減った後にも外房で安心して暮らし続けられるかどうかは、地域に病院の看板が何枚残っているかではなく、病気になったときに実際に医療へつながり、必要な治療とその後の生活支援を受けられるかによって左右されます。これからの外房で問われるのは、個々の病院を残すか、なくすかという二者択一ではありません。限られた医療資源を使いながら、地域全体としてどのような医療提供能力を維持するのかという、より具体的で長期的な課題なのです。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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 高齢になって自分で病院へ通うことが難しくなっても、医師や看護師が自宅まで来てくれれば、住み慣れた地域で暮らし続けられる可能性は高まります。特に、人口減少と高齢化が進む地方では、通院手段を確保することが難しい住民もいるため、訪問診療や訪問看護は地域医療を維持するうえで重要な役割を担っています。

 しかし、在宅医療には見落とされやすい問題があります。訪問看護は、患者が医療機関へ移動しなくてよいサービスである一方、看護職員が患者の代わりに移動しなければならないサービスでもあるということです。人口が減少しても住宅や集落が広範囲に残れば、利用者の自宅を訪問するための移動距離や時間が、人口と同じ割合で減少するとは限りません。

 さらに、訪問看護ステーションが地域に存在していても、看護職員が不足したり、訪問対象地域が広すぎたりすれば、必要な頻度でサービスを受けられない可能性があります。事業所の所在地が近いことと、実際に訪問を引き受けてもらえることは、必ずしも同じではありません。

 この記事では、千葉県の外房地域、とりわけ勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町などを念頭に、山武長生夷隅保健医療圏の公的統計、訪問看護事業所の運営実態、2050年までの将来人口推計を基に、人口減少地域で訪問看護を維持するための条件を考えます。

最初に結論~訪問看護がなくなるとは断定できないが、供給能力には注意が必要

 現時点の公的資料だけから、「2050年には外房地域で訪問看護が受けられなくなる」と断定することはできません。全国的には訪問看護ステーションが増加しており、在宅医療への需要に対応してサービスの供給基盤が拡大していることは確認できます。一方、全国の事業所数が増えているからといって、人口の少ない地域でも将来にわたり必要な訪問看護を確保できるとは限りません。

 厚生労働省の2024年「介護サービス施設・事業所調査」によると、同年10月1日時点の訪問看護ステーションは全国18,042事業所で、前年の16,423事業所から1,619事業所、9.9%増加しました。したがって、少なくともこの統計を見る限り、訪問看護ステーションが全国的に減少しているという認識は正しくありません。

 しかし、千葉県保健医療計画に掲載された山武長生夷隅保健医療圏のデータでは、65歳以上人口10万人当たりの訪問看護ステーション数が県平均を下回っています。また、全国の訪問看護ステーションには比較的小規模な事業所が多く、職員の退職や休職が訪問能力に大きく影響する可能性があります。

 重要なのは、事業所数そのものではなく、必要な医療処置に対応できる看護職員を確保し、移動時間や夜間対応を含めて、継続的に利用者の自宅を訪問できる体制があるかという点です。2050年の訪問看護を考えるには、人口の変化だけでなく、看護職員の確保、事業所の経営、利用者の居住分布、医療・介護サービスとの連携を一体として評価する必要があります。

訪問看護は高齢者の生活支援だけを目的とするサービスではない

 訪問看護は、主治医の指示に基づき、看護師などの専門職が利用者の自宅等を訪問し、病状や健康状態の観察、療養生活上の支援、医療処置、服薬管理、リハビリテーション、緊急時の対応、看取りへの支援などを行うサービスです。病院で行われる医療や看護のすべてを自宅へ移すものではありませんが、医療を必要とする人が地域で生活するための重要な機能を担っています。

 利用者は高齢者だけではなく、小児、難病患者、精神疾患のある人、退院後も継続的な医療管理を必要とする人など、幅広い年齢層に及びます。また、訪問看護には主として介護保険を利用する場合と医療保険を利用する場合があり、対象者や利用条件、訪問回数等の扱いが異なります。このため、65歳以上人口だけを基に将来の訪問看護需要を算定することは適切ではありません。

 在宅療養を支える際には、訪問看護師が本人の身体状態を確認するだけでなく、医師、薬剤師、介護支援専門員、訪問介護職員、リハビリテーション職などと情報を共有することも必要です。利用者の状態が不安定な場合には、訪問時の処置だけでなく、訪問と訪問の間に病状が変化した際の対応方法を整えておくことが重要になります。

 したがって、訪問看護は単純な訪問件数だけで評価できるサービスではありません。利用者の疾患や身体状態、必要な医療処置、訪問頻度、緊急対応の必要性によって、1人の利用者に必要な看護職員の時間と負担が大きく異なるからです。

全国では訪問看護ステーションが増えているが、地域ごとの供給能力は分からない

 2024年10月1日時点で全国18,042事業所となった訪問看護ステーションは、前年から9.9%増加しています。この増加は、訪問看護の供給基盤が全国的に拡大していることを示しており、訪問看護というサービスそのものが衰退していると評価する根拠にはなりません。

 ただし、全国の事業所数は、都市部と地方を合計した数字です。新規開設が特定の都市部に集中している場合、全国の事業所数が増えていても、人口減少地域の利用環境が同じように改善するとは限りません。また、事業所が新たに開設されても、十分な看護職員を確保できているか、必要な医療処置に対応できるか、利用者の自宅まで訪問できるかは別に確認する必要があります。

 全国の事業所数の増加と、個々の地域における訪問看護の利用可能性は、区別して考えなければなりません。事業所が増えたという統計から直ちに、看護師不足が解消した、利用者の待機がなくなった、夜間対応が充実したという結論を導くことはできないのです。

外房を含む山武長生夷隅地域の訪問看護体制はどうなっているのか

 千葉県の山武長生夷隅保健医療圏は、茂原市、東金市、勝浦市、山武市、いすみ市、大網白里市の6市と、九十九里町、芝山町、横芝光町、一宮町、睦沢町、長生村、白子町、長柄町、長南町、大多喜町、御宿町の11町村から構成されています。約1,162平方キロメートルの広い地域に、都市的な市街地、沿岸部の住宅地、農村集落、丘陵部の集落などが分布しており、人口や医療資源の配置には地域差があります。

 千葉県保健医療計画に掲載された2023年6月1日時点の訪問看護ステーション数は、この医療圏全体で39事業所でした。65歳以上人口10万人当たりでは25.8事業所となり、千葉県平均の35.5事業所を下回っています。県平均との差は9.7事業所で、県平均を基準とすると約27%少ない水準です。

 一方、同じ計画に掲載された総人口10万人当たりの訪問看護ステーション数は、山武長生夷隅保健医療圏、千葉県平均ともに9.8事業所でした。つまり、この地域は総人口に対して事業所が特に少ないという結果ではなく、高齢者人口を基準に比較すると県平均より少なくなるという特徴を持っています。高齢者の割合が高い地域では、総人口当たりの施設数だけでは在宅療養を必要とする住民に対する供給基盤を十分に評価できないことが分かります。

 ただし、65歳以上人口当たりの事業所数が少ないことは、訪問看護が実際に不足していることを直接証明するものではありません。利用者の年齢別受療状況、要介護度、職員数、訪問件数、新規利用者の受入状況などが分からなければ、需要に対して供給がどの程度不足しているかを判断することはできません。また、この39事業所は2023年時点の数字であり、2026年現在の事業所数を表しているわけでもありません。

 さらに、山武長生夷隅保健医療圏は広範囲に及ぶため、医療圏全体の平均値を勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町へそのまま当てはめることも適切ではありません。個別の市町村で訪問看護が利用できるかを判断するには、実際に訪問可能な事業所の位置と訪問対象地域を調べる必要があります。

訪問看護ステーションは比較的小規模な事業所が多い

 訪問看護の供給能力を考える場合、事業所数だけでなく、そこで働いている看護職員の人数が重要になります。厚生労働省が掲載する2024年データを用いた調査報告書によると、訪問看護ステーション1事業所当たりの看護師・准看護師数は、常勤換算で全国平均5.7人、千葉県5.6人でした。千葉県と全国平均との差は小さいものの、訪問看護ステーションが一般的に大人数の看護師を配置する施設ではないことが分かります。

 ここでいう常勤換算は、職員の勤務時間を常勤職員の勤務時間に換算した人数であり、実際に雇用されている人数とは異なります。例えば、短時間勤務の職員を複数雇用していても、合計した勤務時間が常勤職員1人分に相当すれば、常勤換算では1人として扱われます。また、常勤換算人数が5.6人であることは、常に約6人の看護師が勤務し、全員が同時に訪問できることを意味しません。

 日本看護協会の調査を基にした厚生労働省資料では、調査に回答した町村部の訪問看護事業所148か所のうち、71か所、48.0%が看護職員5人未満でした。この数字は回答事業所の構成比であり、全国のすべての町村部や外房地域の実態を直接示すものではありません。しかし、小規模な事業所が訪問看護の供給を担っていることを考えるうえでは参考になります。

 小規模事業所の利点として、地域の利用者を継続的に把握し、医師や介護職との密接な連携を築きやすいことが考えられます。その一方で、勤務を交代できる職員が限られるため、休暇、研修、緊急訪問、夜間対応などが重なると、残った職員の負担が大きくなる可能性があります。したがって、小規模であること自体を問題とするのではなく、その規模で必要な訪問と職員の休息を両立できるかが重要です。

看護職員が1人減ることは、事業所の継続にも影響する

 仮に、同じ勤務時間の看護職員が20人いる事業所で1人退職した場合、単純な人数比では5%の減少です。一方、5人の事業所で1人退職すれば20%の減少となります。これは訪問能力の減少率を直接示す統計ではありませんが、職員数の少ない事業所ほど、1人の欠員が全体に占める割合が大きくなることを示しています。

 訪問看護ステーションには、制度上の人員配置基準もあります。介護保険制度における指定訪問看護ステーションでは、原則として保健師、看護師、准看護師を常勤換算で2.5人以上配置し、そのうち少なくとも1人は常勤であることが求められます。医療保険による指定訪問看護にも人員配置に関する基準があり、これらは最低限の運営体制を確保するためのものです。

 そのため、職員の退職や休職によって常勤換算人数が基準を下回れば、訪問枠が減少するだけでなく、事業所の指定や運営を継続するうえで制度上の問題が生じる可能性があります。もっとも、最低基準を満たしていることと、地域の訪問看護需要を十分に満たせることは同じではありません。基準を満たしていても、利用者数や必要な訪問頻度によっては職員が不足する場合があります。

 訪問看護師の確保を考える際には、単純な雇用人数だけでなく、勤務時間、専門的な対応能力、夜間待機の分担、管理者の確保、継続勤務の可能性などを合わせて評価する必要があります。特に人口減少地域では、職員を新たに採用すること自体が難しくなる可能性があるため、1人の退職が長期間補充できない問題にも注意が必要です。

事業所が増加する一方で、廃止や休止も発生している

 全国の訪問看護ステーション数は増加していますが、すべての事業所が安定的に存続しているわけではありません。厚生労働省が掲載した訪問看護事業所の事業継続に関する調査報告書には、全国訪問看護事業協会の集計に基づき、2024年度の新規開設、廃止、休止に関する数字が示されています。

 この調査では、2024年度の全国の新規開設数は2,487か所、廃止数は886か所、休止数は355か所でした。千葉県では新規開設102か所に対し、廃止50か所、休止8か所となっています。また、同報告書における休廃止率は全国6.4%、千葉県8.1%で、千葉県の方が高い結果でした。この休廃止率は、年度中の廃止・休止数の合計を翌年度4月1日時点の届出数で除したものであり、個々の事業所が1年間に廃止する確率や、長期的な生存確率を意味するものではありません。

 この調査と厚生労働省の「介護サービス施設・事業所調査」では、調査方法や基準日、集計対象が異なるため、両者の数値を直接足し引きして全国の純増数を求めることはできません。しかし、新規開設と同時に廃止・休止も発生しているという事実から、全国の事業所数が増加していても、現在の最寄り事業所が将来も存続するとは保証できないことが分かります。

 千葉県全体の休廃止率が全国を上回ることについても、それだけで外房地域の事業所が特に廃止されやすいとは判断できません。地域別の廃止・休止状況や事業所の規模、経営条件などを確認する必要があります。ただし、人口減少地域の在宅医療を考える場合、現在の事業所数だけを将来へ固定的に延長して考えることには限界があります。

訪問看護は患者が移動しない代わりに看護職員が移動する

 訪問看護の特徴は、看護職員が利用者の自宅へ出向くことです。病院や診療所であれば患者が医療機関へ移動しますが、訪問看護では医療従事者が利用者の居住場所を順番に回ります。このため、訪問看護師の勤務時間には、直接看護を提供する時間のほか、利用者宅までの移動、記録、関係機関との連絡、訪問予定の調整などが含まれます。

 利用者の自宅が近接していれば、比較的短い移動時間で複数の訪問を行うことができます。一方、訪問先が広い地域に分散していれば、同じ件数の訪問でも移動時間が長くなる可能性があります。看護職員の勤務時間が一定である場合、移動時間が長くなるほど、直接看護を提供できる時間や訪問可能件数が制約されるという関係が生じます。

 ただし、人口密度が低い地域であれば必ず移動時間が長いとは限りません。人口が少なくても利用者が中心集落にまとまって居住していれば移動効率が高い場合があり、反対に比較的人口の多い地域でも、道路の混雑や地理的な障害によって移動に時間を要する場合があります。実際の移動負担は、事業所と利用者宅の位置関係、道路網、訪問順序、訪問時間の指定、緊急訪問の発生状況などによって変わります。

 また、現在確認できる千葉県の公的資料だけでは、外房地域の訪問看護師が1日に何キロメートル移動し、勤務時間の何%を移動に費やしているかを示す統一的な実測値は確認できません。そのため、外房では都市部と比べて移動時間が何分長い、訪問能力が何%失われているといった数字を断定することは適切ではありません。

移動時間が増えると訪問能力はどの程度変わるのか

 移動時間と訪問能力の関係は、仮定を置いた単純な数理モデルで説明できます。訪問看護の供給能力を考える場合、まず看護職員が利用できる勤務時間を求め、そこから1件の訪問に必要な看護提供時間、移動時間、記録・連絡・調整時間を考慮する必要があります。

 概念的には、1日当たりの理論上の訪問可能件数は、訪問業務に使える勤務時間を、1件当たりに必要な看護提供時間、移動時間、記録・連携時間の合計で割ることで求められます。複数の職員がいる場合には、職員ごとの勤務時間や担当業務の違いも考慮する必要があります。

 例えば、実働8時間の訪問看護師が、1件当たり60分の看護を提供し、記録・連携に15分、移動に15分を要すると仮定します。この場合、1件に必要な時間は90分となり、8時間を480分として計算すると、理論上の訪問可能件数は480分÷90分で約5.33件です。

 同じ条件で移動時間だけが45分になると、1件当たりの必要時間は120分となり、理論上の訪問可能件数は480分÷120分で4件になります。したがって、この単純モデルでは、平均移動時間が15分から45分へ増加すると、訪問可能件数は約25%減少する計算になります。

 ただし、これは移動時間の影響を説明するための仮定計算であり、外房地域の実測値ではありません。実際には訪問件数を小数単位で分割できず、休憩、会議、研修、電話対応、緊急訪問、利用者ごとの訪問時間の違いなども存在します。移動順序を工夫すれば効率が改善する場合もあるため、現実の訪問能力を求めるには、より詳細な勤務実績と訪問記録が必要です。

 それでも、移動時間が増えることで一定の勤務時間内に提供できる看護の量が減少し得ることは、数理的に説明できます。これは訪問看護が都市部と地方で異なる運営条件に置かれている可能性を考えるうえで、重要な視点です。

人口が減少しても移動負担が同じ割合で減るとは限らない

 人口減少地域では、住民が減れば訪問看護の利用者も減少し、必要な看護職員も少なくて済むと考えられることがあります。実際に利用者数が減少すれば、訪問看護の総需要が減少する可能性はあります。しかし、利用者数の減少率と訪問に必要な労働時間の減少率が、必ず一致するわけではありません。

 例えば、人口が減少しても住民が同じ集落に集中して残る場合と、広い範囲の住宅に少人数ずつ残る場合では、必要な移動距離が異なります。後者では利用者数が減少しても、離れた集落に居住する利用者を訪問する必要があり、1件当たりの移動負担が増える可能性があります。

 ここには、人口減少地域の公共サービスに共通する問題があります。人口が減少しても道路、水道、集落、住宅などの管理対象が人口と同じ割合で減るとは限らないように、訪問看護でも利用者数の減少が移動距離の減少へ直結するとは限りません。人口が減ることによって需要の総量が減少する一方、利用者1人当たりのサービス提供に必要な労働時間が増える場合があるのです。

 もっとも、人口減少によって訪問看護の移動負担が必ず増えるというわけでもありません。利用者の居住地が集約され、事業所間の連携や訪問順序の最適化が進めば、少ない職員数でも効率的にサービスを提供できる可能性があります。問題は人口減少そのものではなく、人口と利用者の地理的分布、サービスの提供方法がどのように変化するかにあります。

2050年の山武長生夷隅地域では人口構造が大きく変わる

 国立社会保障・人口問題研究所が2023年に公表した「日本の地域別将来推計人口」は、2020年の国勢調査を基に2050年までの市区町村別人口を推計したものです。この推計を山武長生夷隅保健医療圏の17市町村で合計すると、2020年の総人口410,235人に対し、2050年は272,947人となり、約33.5%減少する見通しです。

 一方、75歳以上人口は2020年の74,080人から2030年には93,737人へ増加し、その後は減少傾向となるものの、2050年でも87,626人と推計されています。2050年の75歳以上人口は2020年より約18.3%多く、総人口が大きく減少する一方で、後期高齢者が地域人口に占める割合は高くなる計算です。

 ただし、これらは山武長生夷隅保健医療圏全体の合計値であり、すべての市町村で75歳以上人口が同じように増えることを意味しません。勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町などの将来人口構造には違いがあり、75歳以上人口の実数が減少する自治体も考えられます。また、65歳以上人口全体も2050年まで一貫して増え続けるわけではありません。

 したがって、将来の訪問看護需要を考える際に「人口減少と高齢化が進むから利用者が増え続ける」と単純に表現するのは適切ではありません。2030年前後までの75歳以上人口の増加と、その後の人口構造の変化を分けて評価する必要があります。

 また、将来人口推計は出生、死亡、人口移動などについて一定の仮定を置いた結果であり、将来を確定的に予測するものではありません。さらに、人口推計から訪問看護利用者数が自動的に求まるわけではなく、疾病構造、要介護認定率、在宅療養を選択する割合、病院の機能、家族構成、医療保険と介護保険の制度なども需要を左右します。

訪問看護の需要と供給を別々に評価する必要がある

 2050年の訪問看護を評価するには、利用したい人が何人いるかという需要側と、実際にサービスを提供できるかという供給側を分けて考える必要があります。需要が増えても看護職員や事業所が増えれば利用環境は維持される可能性があり、反対に需要が減少しても、それ以上に供給能力が低下すれば利用しにくくなる可能性があります。

 例えば、ある地域で訪問看護の必要件数が現在より20%減少しても、看護職員の減少や移動負担の増加によって供給能力が30%減少すれば、需要に対する供給の余裕は小さくなります。反対に、利用者が減少するなかで職員数が維持され、訪問順序や業務分担の改善によって効率化が進めば、現在より利用しやすい体制となる場合も考えられます。

 このような関係を数理的に検証するには、年齢階級別の将来人口、疾病別の訪問看護利用率、利用者1人当たりの平均訪問回数、1件当たりの必要時間、看護職員の勤務時間などを組み合わせる必要があります。特に75~84歳と85歳以上では医療や介護の必要性が異なるため、75歳以上人口を一つの集団として扱うだけでは十分とは言えません。

 現時点で確認した公的資料からは、2050年に外房の各市町村で訪問看護利用者が何人となり、訪問看護師が何人必要となるかを直接示す公式推計は確認できません。そのため、この記事では具体的な将来不足人数を独自に算定しません。公的資料で確認できる人口構造の変化と、訪問看護の供給体制に関する既存の統計を基に、将来生じ得る制約を検討することにとどめます。

在宅医療を拡充しても医療従事者の仕事がなくなるわけではない

 高齢者が長期間入院するのではなく、必要な医療や介護を受けながら自宅などで生活することには、本人の希望を尊重し、地域での生活を維持するという重要な意味があります。しかし、入院患者が在宅療養へ移行すれば、それだけ医療従事者の仕事や医療費が減少するとは限りません。

 病院では複数の患者が一つの施設内に集まっているため、看護師や医師は同じ建物の中で患者を診察し、処置することができます。一方、在宅医療では患者がそれぞれの自宅で生活しているため、医師、訪問看護師、薬剤師、介護職員などが必要に応じて移動しなければなりません。さらに、訪問と訪問の間の見守りや緊急時の対応など、病院とは異なる支援体制も必要になります。

 在宅療養が入院より経済的であるかどうかは、患者の病状、必要な訪問頻度、移動時間、家族の介護負担、救急搬送や再入院の状況などによって異なります。そのため、在宅医療を拡充すれば、必ず医療・介護全体の費用が削減できるという前提を置くことは適切ではありません。

 千葉県も山武長生夷隅地域について、人口構造の変化に対応した在宅医療提供体制の整備を課題としています。在宅療養を支えるためには、医療機関の数だけでなく、患者の自宅を定期的に訪問できる職員と、緊急時に対応できる地域の連携体制が必要になります。

24時間対応を維持するには通常の訪問とは別の負担がある

 在宅療養中の病状悪化は、平日の昼間だけに発生するわけではありません。夜間に呼吸状態が悪化したり、点滴や医療機器に問題が起きたり、痛みが強くなったりする場合があります。特に医療依存度の高い利用者や自宅での看取りを希望する利用者では、通常の訪問時間外に相談や緊急対応が必要になることがあります。

 そのため、訪問看護ステーションの中には24時間対応体制を整えている事業所があります。千葉県の保健医療計画策定資料では、2023年4月時点で県内に24時間対応可能な訪問看護ステーションが544か所あるとされています。ただし、この数字は千葉県全体のものであり、山武長生夷隅地域に限定した施設数ではありません。

 また、24時間対応とは、看護職員が24時間常に事業所で待機し、連絡があれば直ちに利用者宅へ到着することを意味するものではありません。電話等による相談体制、緊急訪問の必要性を判断する仕組み、実際の訪問体制には違いがあり、利用者の状態や契約内容、事業所の対応能力によっても異なります。

 小規模な事業所では、夜間や休日の待機を担当できる職員が限られるため、通常勤務に加えて時間外対応の負担が集中する可能性があります。24時間対応を長期的に維持するには、職員の健康管理や休息を確保しながら、緊急時に必要な対応を継続できる体制が求められます。複数事業所による連携や医療機関との役割分担は、そのための選択肢になりますが、責任分担や情報共有の仕組みを整えることが前提となります。

大規模化すればよいとも、小規模事業所を各町に残せばよいとも言えない

 訪問看護事業所の経営を考える場合、一定の規模を持つことには利点があります。職員数が多ければ、休暇や研修時の交代、夜間・休日の待機、緊急訪問への対応などを複数の職員で分担しやすくなります。また、管理業務や教育体制についても、規模による効率化が期待できる場合があります。

 厚生労働省が掲載する調査資料でも、事業所の職員規模と収支状況には一定の関連が示されています。ただし、これは小規模事業所がすべて赤字であることや、事業所を大規模化すれば必ず利益率が改善することを意味しません。経営状況には利用者数、訪問頻度、人員配置、移動負担、建物費用、事業所の運営主体など、多くの条件が影響します。

 人口が少ない地域では、規模を維持するために広い地域から利用者を確保しようとすると、移動時間が長くなる可能性があります。反対に、各町へ小規模なステーションを分散して設置すれば利用者との距離を短くできる場合がありますが、それぞれの事業所が十分な職員数を維持できるとは限りません。

 このため、事業所を分散させれば距離の面で有利になる一方、職員の配置や運営上の余裕が小さくなる可能性があり、事業所を集約すれば職員の分担や管理を効率化できる一方、訪問距離が延びる可能性があります。どちらが合理的であるかは、利用者の居住分布、道路条件、訪問頻度、職員の配置状況によって異なります。

 重要なのは、行政区域ごとの事業所数をそろえることではなく、複数の市町村を含めた範囲で、必要な訪問看護を持続的に提供できる体制を設計することです。事業所の統合や連携を検討する場合にも、経営面の効率だけでなく、利用者宅までの移動時間や緊急時の対応能力を評価する必要があります。

情報通信技術で効率化できても、必要な訪問そのものはなくならない

 訪問看護では、ICT(Information and Communication Technology・情報通信技術)を利用することで、訪問記録の作成、医師や介護事業者との情報共有、訪問予定の管理、事業所間の連絡などを効率化できる可能性があります。利用者の居住場所や訪問時間を考慮して移動順序を調整することも、限られた職員の勤務時間を有効に使うための方法です。

 ただし、情報通信技術の導入によって、すべての訪問を遠隔化できるわけではありません。点滴や創傷処置などの医療行為、直接的な身体観察、住環境の確認、本人の身体状況に応じた療養支援などには、看護職員が現地へ出向く必要がある場合があります。

 オンライン診療についても、医師による診療の一部を遠隔化することはできますが、訪問看護が担うすべての業務を代替するものではありません。むしろ、オンライン診療、訪問看護、訪問診療、必要時の通院や入院を組み合わせることによって、限られた医療資源を有効に活用することが重要になります。

 情報通信技術には、連絡や記録に必要な時間を削減し、訪問計画の効率を改善する可能性があります。しかし、必要な医療行為と移動そのものを完全になくすことはできないため、人口減少地域の訪問看護を考える際には、技術による効率化と地理的条件の制約を分けて評価する必要があります。

高齢者の一人暮らしでは訪問看護以外の支援も重要になる

 高齢者が家族と同居している場合、服薬の確認、体調変化への気づき、医療機関への連絡、通院の付き添いなどを家族が担っていることがあります。一方、一人暮らしでは、そうした支援を家族から日常的に受けられるとは限りません。病気や身体機能の低下が進んだ場合には、本人だけで療養生活を維持することが難しくなる可能性があります。

 このような場合、訪問看護だけでなく、訪問診療、訪問介護、服薬支援、食事の確保、緊急通報、見守りなどを組み合わせる必要があります。訪問看護師が定期的に訪問していても、利用者の自宅に24時間滞在するわけではないため、訪問と訪問の間の生活をどう支えるかが重要になります。

 ただし、単身高齢者が増えれば訪問看護の利用者数が必ず増えるとは限りません。本人の健康状態や生活機能、利用可能な介護サービスなどによって必要な支援は異なります。重要なのは、一人暮らしという世帯構造の変化が、医療・介護サービスの組み合わせや緊急時の支援体制に影響する可能性があるということです。

 また、訪問看護以外のサービスについても、それぞれ人員や移動時間を必要とします。訪問介護、配食、見守りなどを増やす場合にも、実際にサービスを提供する人を確保できなければ、制度上のサービスが存在していても十分に利用できないという問題が生じます。

2050年の訪問看護を評価するには何を調べればよいのか

 今後、外房地域の訪問看護体制を具体的に評価するためには、事業所数に加えて、訪問を担当できる看護職員の常勤換算人数、訪問可能件数、訪問対象地域、利用者数、平均移動時間などを把握する必要があります。特に事業所ごとの新規利用者の受入状況や、希望する訪問頻度を確保できているかは、利用者の立場から見た供給能力を判断する重要な情報です。

 数理的には、地域全体で訪問業務に使える勤務時間を合計し、1件当たりの看護提供時間、移動時間、記録・連携時間を考慮することで、訪問可能件数の概算を求めることができます。ただし、この計算では看護職員の勤務時間と移動時間などの集計期間を統一し、固定的な管理業務と訪問1件ごとに必要な業務時間を二重に計上しないようにする必要があります。

 さらに、利用者が必要とする看護の内容によって対応できる職員は異なります。精神科訪問看護、小児への訪問看護、医療依存度の高い利用者への対応、看取り、リハビリテーションなどは、事業所ごとに提供体制が異なる場合があります。そのため、訪問可能件数を単純に合計するだけでなく、必要なサービスの種類ごとに供給能力を把握することが重要です。

 地理的な評価では、事業所と利用者宅の直線距離だけでなく、実際の道路を通った場合の移動時間が必要です。勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町などでは、市街地、海岸部、内陸の集落によって道路条件や居住分布が異なるため、市町村の平均人口密度だけでは訪問効率を十分に評価できません。

 公的統計に加え、事業所への調査によって平均訪問件数、移動時間、受入制限の有無、夜間対応の負担、職員の採用状況などを把握できれば、人口減少地域で訪問看護がどの程度持続可能かを、より具体的に検証できると考えられます。

将来も訪問看護を維持しやすい地域の条件

 人口減少地域であっても、訪問看護が必ず維持できなくなるわけではありません。一定数の看護職員を継続的に確保し、利用者の居住分布に応じて訪問範囲を設定できれば、人口が少ない地域でもサービスを維持できる可能性があります。特に、事業所間で職員の応援や夜間対応について連携し、医師や介護事業者との情報共有を円滑に行える体制は、継続性を高める条件として考えられます。

 また、看護職員の確保については、新規採用だけでなく、育児や介護などで離職した看護職員の復職支援、短時間勤務の活用、職員教育、管理者の育成なども重要になります。ただし、複数の短時間勤務職員を確保できても、夜間や休日を含む必要な時間帯に対応できなければ、供給体制が十分であるとは限りません。

 逆に、利用者宅が広範囲に分散し、職員の採用が難しく、夜間対応を少人数で担当しなければならない地域では、継続的なサービス提供が難しくなる可能性があります。さらに、近隣の医療機関や介護事業所の縮小によって連携先が減少すれば、訪問看護ステーション単独では対応できない問題が増えることも考えられます。

 したがって、2050年の訪問看護を維持するためには、個々の事業所の努力だけに依存せず、複数市町村を含む地域単位で、人材確保、訪問範囲、緊急対応、医療機関との連携を検討する必要があります。訪問看護を地域の医療・介護体制の一部として位置づけることが重要です。

地方で在宅療養を考える人が確認しておきたいこと

 将来、外房などの地方で在宅療養を続けたいと考える場合には、近隣に訪問看護ステーションがあるかどうかだけでなく、自宅がその事業所の訪問対象地域に含まれているかを確認する必要があります。地図上で最も近い事業所であっても、訪問エリアや職員の配置状況によって新規利用を受け付けていない場合があります。

 また、必要な医療処置への対応、訪問可能な曜日と時間帯、夜間・休日の連絡体制、緊急訪問の方法、主治医との連携なども重要です。特に医療依存度が高い場合や自宅での看取りを希望する場合には、通常の定期訪問だけでなく、病状が悪化した際にどのような対応が可能かを具体的に確認しておく必要があります。

 さらに、訪問看護だけで生活を維持できるとは限らないため、訪問診療、訪問介護、薬局、食事の確保、緊急時の搬送先などを合わせて考える必要があります。家族が近くにいない場合には、本人の体調変化に誰が気づき、誰が医療機関へ連絡するのかという点も、在宅療養を継続するうえで重要な条件になります。

 ただし、現在利用できるサービスが2050年にも同じ事業所、同じ条件で提供されるという保証はありません。長期的な生活設計を考える際には、特定の事業所だけに依存せず、地域全体にどのような医療・介護の連携体制があるかを確認することが現実的です。

現実的な結論~必要なのは事業所数よりも持続可能な訪問能力

 全国では訪問看護ステーションが増加しており、2024年10月1日時点で18,042事業所となっています。このことから、訪問看護というサービス自体が全国的に縮小しているとは言えません。しかし、事業所数が増加していても、地域ごとの利用可能性や訪問能力が一様に改善しているとは限りません。

 外房を含む山武長生夷隅保健医療圏では、千葉県保健医療計画に掲載された2023年時点のデータで、65歳以上人口10万人当たりの訪問看護ステーション数が県平均を下回っています。一方、総人口10万人当たりでは県平均と同水準であるため、この数字だけを根拠に地域の訪問看護が不足していると断定することはできません。実際の供給能力を評価するには、看護職員数、訪問件数、利用者の受入状況、必要な医療処置への対応、移動時間などを確認する必要があります。

 2050年までの将来人口推計では、山武長生夷隅保健医療圏の総人口が大きく減少する一方、75歳以上人口は2020年を上回る水準にとどまると見込まれています。ただし、訪問看護の需要が将来にわたり増加し続けるとは限らず、年齢別人口や在宅療養率の変化を考慮した分析が必要です。

 訪問看護の持続可能性を左右するのは、需要の変化だけではありません。看護職員の確保が難しくなったり、事業所の廃止・休止が発生したり、利用者の居住地が広範囲に分散したりすれば、必要なサービスを提供できる範囲や頻度が制約される可能性があります。反対に、事業所間の連携、訪問計画の改善、人材確保などが進めば、人口減少地域でも供給体制を維持できる可能性があります。

 在宅医療は、患者が病院へ移動しなくても医療を受けられる仕組みですが、その代わりに医療従事者が患者の自宅まで移動する必要があります。人口が減少しても住宅や集落が広い範囲に残る地域では、利用者数の減少が必ずしも移動負担の減少へ直結しません。この地理的な条件は、情報通信技術の導入や事業所の統合だけで完全に解消できるものではありません。

 したがって、2050年の訪問看護を考えるうえで重要なのは、訪問看護ステーションを何か所確保できるかという施設数だけではなく、必要な技能を持つ看護職員を何人確保し、その職員が限られた勤務時間の中で、どの地域の利用者に、どの程度の頻度で訪問できるかという実質的な供給能力です。

 地域に訪問看護ステーションが存在することと、必要なときに必要な訪問看護を受けられることは同じではありません。今後の地域医療政策では、施設数だけでなく、人員配置、移動時間、緊急対応、事業所間の連携を含めて、実際に提供できる医療の量と質を評価していく必要があります。

 住み慣れた地域で最期まで暮らし続けられる社会を実現するためには、在宅医療の理念を掲げるだけでは十分ではありません。人口減少と高齢化が進む地域で、限られた看護職員によってどこまで持続可能な訪問体制を構築できるのか。その現実的な条件を検証し、地域ごとに必要な対策を考えることが、これからの在宅医療に求められているのではないでしょうか。

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