地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 山あいの集落に、決まった曜日になると一台の診療車がやって来る。公民館の前に車が止まり、地域の高齢者が順番を待つ。巡回診療という言葉から連想されるのは、いまでもそんな風景かもしれない。それは医療機関の少ない地域を長く支えてきた仕組みでありながら、一方では「病院へ行けない人に最低限の診療を届けるもの」という印象もまとっている。

 しかし、2026年の医療技術と通信環境を前提に、この巡回診療をもう一度考え直してみると、別の姿が見えてくる。超音波診断装置や心電計は小型化し、少量の検体で結果を得られる検査装置も実用化されている。通信技術の進歩によって、患者のいる場所と専門医のいる場所が同じでなくても、一定の診療情報を共有しながら医療を提供できるようになった。電子処方箋や診療情報の電子的な共有も整備が進み、2026年4月にはオンライン診療が医療法上に明確に位置付けられ、巡回診療についても行政手続の見直しが行われた。

 そうなると、問いは「巡回診療を残すべきか」というところにはとどまらない。昔からある巡回診療を、現在の医療技術と制度によってどこまで別の医療システムへ進化させられるのか、という問いに変わってくる。

 本稿では、その仕組みを便宜上「巡回型高度診療体制」と呼んでみたい。ただし、これは現在存在する正式な制度名称ではなく、大型病院をそのまま車輪の上に載せるような構想でもない。現実的なのは、病院が持っている機能のすべてではなく、そのうち「患者の状態を把握し、必要な診療や検査、次の受診先を適切に判断する機能」の一部を地域へ運ぶという考え方である。

 もっとも、技術的に実現できることと、医学的に安全であること、法律上実施できること、さらに経済的に合理的であることは、それぞれ別の問題である。巡回診療の高度化を論じる際には、この四つを混同しないことが重要になる。

高度化とは、巨大な医療機器を積み込むことなのか

 高度な巡回医療と聞けば、CT(Computed Tomography・コンピュータ断層撮影)装置や高度な検査設備を積んだ巨大な診療車を想像するかもしれない。実際、海外ではCTを搭載したMSU(Mobile Stroke Unit・脳卒中専用移動診療車)が運用されており、脳卒中が疑われる患者のもとへ診断機能を運び、現場で画像診断を行って血栓溶解療法を早く始める取り組みが行われている。

 2021年に発表された米国の大規模な比較研究では、血栓溶解療法の適応がある患者について、発症から治療開始までの時間の中央値が、移動型脳卒中診療車では72分、通常の救急医療では108分だった。つまり、治療開始が中央値で36分早くなっている。さらに、論文発表後の訂正を反映した結果では、90日後に日常生活上の障害がほとんどない良好な機能的予後を示した患者の割合が、移動型診療車群で53.5%、通常救急群で45.5%となり、8.0パーセントポイントの差が報告されている。

 この研究は、高度医療の一部を患者の側へ移動させることによって、治療開始時間や患者の予後を改善できる場合があることを示している。ただし、脳卒中は治療開始までの時間が予後に強く関係する疾患であり、この結果を高血圧、糖尿病、慢性心不全などを中心とする一般的な巡回診療へそのまま当てはめることはできない。また、比較研究で確認された改善が、すべての地域で同じ程度に得られるとも限らない。

 CTを搭載すれば、車両重量、電源設備、放射線防護、医療機器の保守、操作する医療従事者の確保など、多くの問題が生じる。一日に数人しか診療しない地域へ高額な設備を配置すれば、固定した医療機関に設置する場合より利用効率が低下する可能性もある。技術的に可能だからといって、社会システムとして合理的とは限らないのである。

 そこで「高度」という言葉を、機械の値段や大きさから切り離して考える必要がある。高度な巡回診療とは、高価な装置をできるだけ多く搭載することではなく、地域で取得できる診療情報を充実させ、その情報を適切な医療判断につなげる仕組みとして捉える方が現実的ではないだろうか。

「とりあえず病院へ」の前にできること

 例えば、高齢者が巡回診療で「このところ少し息切れがする」と訴えたとする。従来型の小規模な巡回診療であれば、問診、聴診、血圧測定などを行い、異常が疑われれば精密検査のために病院を受診するよう説明することが考えられる。それは適切な医療判断の一つだが、患者から見ると、症状の原因が十分に分からないまま遠方の病院へ向かわなければならない場合もある。

 そこに心電図、血中酸素飽和度の測定、携帯型超音波診断装置、POCT(Point-of-Care Testing・患者のそばで行う臨床現場即時検査)などが加わると、診療に利用できる情報が増える。心不全、不整脈、呼吸器感染症、貧血などの可能性を検討する材料が得られ、必要に応じて心電図や超音波画像を離れた医療機関の医師へ送ることもできる。

 例えば、心不全が疑われる患者では、肺に水分が貯留していることを示唆する所見を、肺の超音波検査によって評価できる場合がある。2025年に公表された38研究、計6,783人を対象とする統合解析では、肺超音波による心不全診断について、感度92%、特異度90%という結果が報告された。感度とは病気のある人を陽性と判定できる割合であり、特異度とは病気のない人を陰性と判定できる割合である。

 ただし、この数値を巡回診療車の診断精度としてそのまま使用することはできない。研究間には患者の状態、検査方法、実施者の技術などに大きな違いがあり、診療現場で同じ性能が再現されるとは限らない。また、肺超音波によって心不全に関連する肺の所見を評価することと、心臓超音波検査によって心臓の収縮機能や弁の状態を評価することは、目的も必要な技術も異なる。

 携帯型超音波診断装置は、十分な訓練を受けた医療者が適切な目的で使用すれば有用な補助的検査になり得るが、専門医による正式な画像検査や総合的な診断を完全に置き換えるものではない。重要なのは、巡回車の中で確定診断まですべて終えることではなく、従来より多くの情報を持った状態で、次の行動を判断できるようになることである。

検査機器が増えても、病気の見逃しはなくならない

 ここで注意しなければならないのは、診断能力が向上することと、重大疾患を見逃さなくなることは同じではないという点である。どれほど性能の高い検査であっても、偽陽性と偽陰性が存在する。偽陽性とは実際には病気がないのに陽性となることであり、偽陰性とは病気があるのに陰性となることである。

 先ほどの肺超音波検査の感度92%、特異度90%という数値を使って、仮に検査対象者1,000人のうち100人が心不全だった場合を考えてみる。この数値がそのまま適用できると仮定すると、心不全の100人のうち92人が陽性となる一方、8人は陰性と判定される。また、心不全ではない900人のうち90人が陽性となり、810人が陰性となる。したがって、陽性と判定された182人のうち、実際に心不全であるのは92人であり、陽性的中率は約50.5%となる。

 これは仮想的な計算であり、実際の巡回診療における患者構成や検査性能を示したものではない。しかし、検査の感度や特異度が高くても、対象集団における病気の割合によって検査結果の解釈が大きく変わることを示している。特に、病気の割合が低い集団では、陽性と判定された人の中に偽陽性が相当数含まれることがあり、逆に検査が陰性でも重大な疾患を完全に否定できるわけではない。

 巡回型高度診療体制を導入する場合、こうした限界を踏まえた診療手順が必要になる。強い胸痛、重度の呼吸困難、意識障害、著しい低酸素状態などが認められる患者では、携帯型検査の結果を待つことによって救急搬送が遅れてはならない。診療車で対応できる範囲、直ちに救急搬送すべき状態、専門医へ相談すべき条件を明確にし、現地の医療者が判断に迷った場合の連絡体制も整えておく必要がある。

 したがって、巡回診療の高度化を評価する指標は、検査件数や診断の的中率だけでは不十分である。重大疾患の見逃し、搬送の遅延、受診後の予期しない入院、短期間での再受診なども確認しなければならない。高度化とは、単に診断に使える機器を増やすことではなく、患者をより安全に適切な医療へつなぐ判断能力を高めることなのである。

専門医を配置するのではなく、専門医につなぐ

 地方医療が抱える難問の一つは、専門医の配置である。循環器内科、脳神経内科、皮膚科、眼科などの専門医を、人口数千人規模の地域へそれぞれ常勤配置することは、患者数や人材確保の面から難しい。人口減少が進むほど、専門医を地域ごとに配置する方式の維持はさらに困難になる可能性がある。

 しかし、専門医の身体を常に地域へ置くことができないからといって、その専門知識へ地域住民がアクセスできない状態を当然と考える必要はない。通信技術を利用すれば、現地の医療者が取得した検査結果を専門医が確認したり、必要な場合に患者と専門医がオンラインで診療を行ったりすることが可能になる。

 日本国内でも、こうした仕組みを取り入れた医療車両の導入が始まっている。鹿児島県薩摩川内市では、2025年4月に「走る診察室」と呼ばれる医療MaaS(Mobility as a Service・移動サービスを医療提供に組み合わせた仕組み)の運行が始まり、医療機関へのアクセスが難しい地域へ日常的な医療を届ける取り組みが行われている。また、高知県では2022年12月に大井田病院へ医療車両が導入され、遠隔聴診器、携帯型心電計、超音波診断装置、通信設備などを搭載した診療環境が整備された。

 これらの取り組みは、医療機器と通信環境を備えた車両によって、住民の生活圏に診療機能を近づけることが技術的に可能であることを示している。ただし、車両が導入されたという事実と、患者の健康状態が改善したこと、さらには事業の費用対効果が優れていることは別である。実際にどれだけの患者が利用し、どのような疾病を診療し、受診負担や健康状態がどの程度変化したかについては、継続的な評価が必要になる。

 それでも、ここから見えてくる方向性は重要である。巡回診療車を一人の医師が乗って地域を回るだけの「移動する診療所」から、地域と複数の医療機関を結ぶ「移動する医療接続拠点」へ発展させられる可能性があるからだ。

 同じ車両であっても、ある日は循環器専門医に心電図や超音波画像を送り、別の日には皮膚病変の画像を皮膚科医へ送り、慢性疾患患者については地域のかかりつけ医と基幹病院が検査結果を共有することが考えられる。もちろん、すべての診療科がオンライン診療に適しているわけではなく、触診や処置、精密な身体診察が必要な場合には対面診療が欠かせない。

 また、専門医が画像を確認して現地の医師へ助言することと、専門医自身が患者にオンライン診療を行うことは、医療上も制度上も同じではない。診断や治療の責任を誰が負うのか、必要な場合に誰が対面診療を実施するのか、遠隔側の医師の時間をどのように確保するのかをあらかじめ定めておかなければならない。

 人口数千人の町に五人の専門医を常勤させることと、必要に応じて五人の専門医へ相談できる体制を整えることでは、必要な人材や費用の構造が異なる。地方の医師不足を人員配置の均等化だけで解決しようとするのではなく、適切な医療判断へアクセスできる機会をどのように確保するかという視点も必要になるだろう。

2026年の制度改正は何を変えたのか

 巡回型高度診療体制を考えるうえで、2026年は制度面でも重要な節目となった。2026年4月1日から、オンライン診療に関する規定が医療法上に施行され、オンライン診療の定義や実施に関するルールが整備された。また、患者が医療機関から離れた場所でオンライン診療を受けるための「オンライン診療受診施設」が医療法に位置付けられた。

 これにより、一定の条件を満たす施設を利用して、患者が遠隔地の医師からオンライン診療を受ける制度的な枠組みが明確になった。公民館や郵便局など、従来の医療機関とは異なる場所を医療アクセス確保のために活用することも想定されている。

 ただし、オンライン診療受診施設の制度が整備されたことと、すべての巡回診療車が自動的にその施設として認められることは同義ではない。施設の設置に関しては所在地などの届出が必要であり、移動する車両を複数の集落で利用する場合には、その具体的な運用方式が制度上どのように扱われるかを確認しなければならない。オンライン診療受診施設として運用するのか、既存の医療機関による巡回診療として運用するのかによっても、適用される手続きが異なり得る。

 さらに重要なのは、2026年3月27日に厚生労働省が「巡回診療の医療法上の取り扱いについて」を改正したことである。従来、巡回診療では実施場所などを記した計画の提出が求められていたが、改正後は、実施主体が診療実績を記録し、行政の求めに応じて提出できる体制を確保する旨をあらかじめ申し出た場合、実施場所を町や字などの「地区」単位で記載できるようになった。

 また、既存の病院や診療所が、その所在地と同じ都道府県内で条件を満たす巡回診療を行う場合には、新たな診療所の開設手続きを必要としない取扱いが示されている。ただし、巡回診療の必要性、実施主体、既存医療機関の通常診療に支障を生じさせないことなど、満たすべき条件は存在する。巡回診療車であれば無条件に手続きが簡略化されるわけではない。

 この見直しは、複数の集落を巡回する医療機関にとって、実施計画の作成や変更に関する行政上の負担を軽減し得るものと考えられる。しかし、行政手続が簡素化されたことと、医師や看護師が行える医療行為の範囲が広がったことは別であり、診療報酬が自動的に増えるわけでもない。

 看護師が医療機器を操作する場合には、医師の指示や適切な教育、安全管理などが必要になる。遠隔の医師による診療についても、オンライン診療に関する指針や必要な届出、保険診療上の算定要件などを確認しなければならない。法律上実施できる医療と、公的医療保険によって費用を回収できる医療を区別することは、事業の持続可能性を検討するうえで欠かせない。

 2026年の制度改正によって、巡回型高度診療体制の実現を検討しやすい環境が整いつつあることは確かである。ただし、それは構想のすべてが一つの制度で認められたという意味ではなく、複数の法制度を適切に組み合わせるための条件が以前より明確になってきたということである。

医療までの距離は、道路の長さだけではない

 地方医療について語るとき、「病院まで三十キロ」「救急病院まで車で四十分」という表現がよく使われる。しかし、住民にとって意味があるのは地図上の距離だけではなく、必要な医療に到達するまでの時間と負担である。

 病院が十キロ先にあっても、自動車を運転できない高齢者が一日に数本しかないバスを使わなければならないなら、その病院は生活上かなり遠い。反対に、病院が三十キロ離れていても、定期的に巡回する医療車両で初期診察や検査を受け、必要な患者だけが予約された病院へ向かえるなら、医療への実質的なアクセスは改善する可能性がある。

 この視点から見ると、巡回型高度診療体制の役割は「病院の代替」ではなく、「地域で対応できる医療と、病院で対応すべき医療を適切に振り分ける入口」にある。血圧の薬をもらうために半日を使い、慢性疾患の定期検査のために家族が仕事を休んで送迎し、症状の程度が分からないため遠方の医療機関へ出かける。患者の時間だけでなく、家族の時間、自家用車の費用、交通サービスの運営費まで含めれば、通院には社会全体として多くの資源が投入されている。

 巡回診療によって、こうした移動の一部を地域内で完結させられる可能性はある。症状の初期評価が充実すれば、精密検査が必要な患者を早めに見つける一方、医学的に安全な範囲で長距離通院を減らすことも考えられる。

 ただし、巡回診療が普及すれば必ず通院回数や医療費が減少するとは限らない。これまで受診機会が乏しかった住民が新たに受診するようになれば、地域全体の受診件数が増える可能性がある。また、巡回診療によって病気が早期に発見されれば、病院での精密検査や治療につながる患者が増えることも考えられる。

 その結果、医療費や通院回数が増えたとしても、直ちに政策の失敗とは評価できない。必要だった医療を受けられなかった人が適切な診療を受けられるようになること自体に、公衆衛生上の価値があるからだ。医療費を減らすことと、医療アクセスを改善することは、必ずしも同じ方向へ動くわけではない。

 したがって、巡回型高度診療体制の効果は、単に病院への通院件数が減ったかどうかではなく、必要な医療を受けられる住民が増えたか、重大な病気の発見や治療が適切に行われたか、患者と家族の負担がどの程度変わったかという複数の観点から評価すべきである。

令和の巡回診療は孤立した診察室でなくなる

 従来の巡回診療には、診察場所と医療情報が分離してしまうという構造的な弱点があった。診療車が地域に来ても、患者の過去の検査結果は病院にあり、薬の情報は薬局にあり、以前どのような病気を診断されたかは患者本人の記憶に頼ることもあった。診察する場所だけを患者の近くへ動かしても、その場に必要な情報がなければ診療能力には限界がある。

 現在は、オンライン資格確認を通じた一定の診療情報や薬剤情報の参照、電子処方箋、オンライン服薬指導などの仕組みが整備されつつある。これらを適切に組み合わせることができれば、巡回診療車で患者を診察し、参照可能な過去の情報を確認し、必要な処方や薬局との連携につなげる流れを構築できる可能性がある。

 もっとも、医療情報の電子化が全国で完成したわけではない。厚生労働省が公表した2026年6月時点の電子処方箋の導入率は、医療機関と薬局を合わせた全体で41.3%だった。施設別では薬局が90.5%に達している一方、病院は20.9%、医科診療所は29.5%、歯科診療所は10.7%にとどまっている。

 この数値は、オンライン資格確認等システムを導入した施設を基礎とする集計であり、すべての医療施設を分母にした単純な割合とは限らない。また、施設別の導入率を単純平均したものでもない。薬局では電子処方箋の導入が大きく進んでいるものの、処方箋を発行する医療機関側では普及の途上にあることが分かる。

 さらに、電子処方箋が利用できることと、診療録、画像、検査結果などの医療情報が医療機関を越えて全面的に共有されていることは別である。情報の種類によって参照可能な範囲は異なり、患者の同意や利用するシステム、医療機関側の整備状況にも左右される。

 したがって、巡回型高度診療体制を構築する際には、全国どこでも医療情報が完全に共有されているという前提を置いてはならない。情報を電子的に参照できない場合には、診療情報提供書やお薬手帳、患者への確認など、従来の方法を組み合わせて必要な情報を確保する体制も必要になる。

 また、診療車と病院、薬局を通信で結ぶ場合には、個人情報保護と情報セキュリティーも重要になる。患者情報の誤送信、不正アクセス、通信障害、機器故障などへの対策を講じ、通信が途絶えた場合にも患者の安全を確保できる手順を用意しておかなければならない。

 こうした課題を踏まえても、医療情報の接続性が巡回診療の価値を左右することに変わりはない。巡回車にどれだけ高価な医療機器を積み込むかよりも、既存の病院、診療所、薬局との間で必要な情報を安全かつ確実に共有できるかという点が、診療体制全体の能力を決める重要な要素になるのである。

病院はなくならない。それどころか、むしろ重要になる

 医療技術の進歩について語ると、議論はしばしば「それなら病院はいらなくなるのではないか」という方向へ飛躍する。しかし、巡回診療が高度化しても、病院の役割がなくなることはない。

 急性心筋梗塞に対するカテーテル治療、脳卒中に対する高度画像診断や血管内治療、手術、輸血、人工呼吸管理、集中治療などは、十分な設備と多数の医療職が存在する医療機関でなければ実施できない。また、オンライン診療では対面診療より得られる情報が限定されるため、必要な場合に対面診療へ移行できる体制が求められる。

 したがって、巡回型高度診療体制は病院をなくす仕組みではなく、病院の機能をより適切に利用するための仕組みとして考えた方がよい。地域で安全に対応できる患者には生活圏で診療を提供し、精密検査や高度な治療を必要とする患者は病院へつなぐ。この役割分担が成立すれば、患者が必要な医療機能へ到達する経路を改善できる可能性がある。

 ただし、巡回診療によって病院の負担が必ず減るわけではない。巡回診療で新たに病気が発見されれば、病院への紹介が増える場合もある。また、病院側には、遠隔診療への対応や巡回診療から紹介された患者の受け入れなど、新たな業務が生じる可能性もある。

 重要なのは、病院の患者数を機械的に減らすことではなく、病院でなければ提供できない医療と、地域で安全に提供できる医療を適切に分担することである。巡回診療と病院は競争相手ではなく、制度と運営を適切に設計すれば、互いの機能を補完する関係になり得る。

最大級の課題は、稼働率と運営の持続可能性である

 巡回型高度診療体制は、技術的にはすでに実現可能な要素を多く持っている。必要な医療機器や通信技術が存在し、国内でも医療車両を活用した取り組みが始まっている。しかし、技術的にできることと、十年、十五年にわたって持続可能な医療提供体制になることは同じではない。

 診療車を購入し、最新の医療機器を搭載することは、資金が確保できれば実現可能である。難しいのは、その車両を日常的に使い続けることである。医師や看護師を誰が確保するのか、車両を誰が運転するのか、医療機器を誰が管理し、故障時には誰が修理するのか、通信が途切れた場合にどう対応するのか、遠隔側の専門医が診療に参加する時間をどのように確保するのかという問題が続く。

 なかでも、持続可能性を左右する重要な課題の一つが稼働率である。患者が一日に数人しかいない地域へ、医療職と高価な機器を積んだ車両を一日かけて走らせれば、一人当たりの診療コストは高くなりやすい。反対に、一定数の患者を継続的に診察でき、複数の集落を効率的に巡回できるのであれば、同じ設備でも費用を分散させることができる。

 この関係は、簡単な数理モデルによって確認できる。一人当たりの診療コストは、年間固定費を年間診療件数で割り、そこへ一件当たりの変動費を加えることで概算できる。年間診療件数は、一日の平均診療件数に年間診療日数を掛けた値である。

 仮に、車両、医療機器、人件費、通信費、管理費などを含む年間固定費を3,000万円、年間稼働日数を200日、患者一人当たりの検査試薬や医療消耗品などの変動費を1,500円とする。この場合、一日5人を診察すると年間1,000件となり、一件当たり総費用は31,500円になる。一日10人なら16,500円、15人なら11,500円、20人なら9,000円、30人なら6,500円となる。

 これらは実際の国内事業の費用を示す数値ではなく、稼働率が一人当たり費用に与える影響を確認するための仮定である。現実には、診療件数が増えると医療従事者の追加配置や車両の増車が必要になり、固定費も一定とは限らない。また、医療内容によって検査費用は大きく異なるため、この計算結果だけで事業の採算性を判断することはできない。

 さらに、一日に何人診察できるかには時間的な制約がある。仮に一日の勤務時間を480分とし、集落間の移動、準備、片付け、記録などに150分を使うとすれば、直接診療に充てられる時間は330分になる。一人当たり20分を要する診療では理論上16人程度、30分を要する診療では11人程度が目安となる。検査待ちや患者の状態によっては、さらに少なくなる可能性がある。

 看護師による検査や医師による診療を並行して進めれば、処理能力を高められる場合もある。しかし、遠隔医師の診療時間、検査装置の数、患者の移動能力、通信環境などが制約となることもある。したがって、一日20人、30人を診察できることを当然の前提として事業計画を立てるのは適切ではない。

 巡回型高度診療体制においては、患者数だけでなく、診療内容、必要な医療職の人数、車両の移動時間、利用できる診療時間を同時に考える必要がある。最新医療機器の性能よりも、限られた時間と人員をどのように配分するかという運営設計が、事業の継続可能性を左右するのである。

診療コストが安ければ、優れた医療制度なのか

 巡回型高度診療体制の費用対効果を評価する場合、一人当たりの診療コストだけで判断してはならない。既存の診療所、訪問診療、通院支援、デマンド交通などと比較し、同じ予算でどのような医療成果が得られるかを調べる必要がある。

 例えば、巡回診療一件当たりの総費用が9,000円であっても、それによって減らせる通院の社会的費用が一件当たり5,000円にとどまるなら、通院負担の削減だけで巡回診療の費用を正当化することは難しい。一方で、それまで医療を受けられなかった住民が受診できるようになり、病気の早期発見や慢性疾患の管理改善につながるのであれば、通院費用の削減額だけでは測れない価値が生まれる。

 ここで重要なのは、誰にとっての費用を比較しているのかという点である。自治体にとっての費用は補助金や事業委託費が中心になる一方、医療機関にとっては人件費、車両維持費、医療機器費用などと診療報酬収入の関係が問題になる。患者にとっては自己負担額、交通費、移動時間が重要であり、家族にとっては送迎や付き添いに要する時間も負担になる。

 また、自治体から医療機関へ支払われる補助金は、自治体にとって支出である一方、医療機関にとっては収入となる。社会全体の費用を計算する際に、この金額を双方で重複して費用計上すれば、実際より費用を大きく見積もってしまう。したがって、自治体財政、医療機関経営、患者負担、社会全体という異なる視点を整理したうえで比較する必要がある。

 経済的な合理性を評価するには、巡回診療を導入した場合と、導入せずに既存の診療体制を維持・改善した場合を比較することが重要になる。単に巡回車の年間運営費を計算するだけでは、他の方法より優れているかどうかは判断できない。

 また、医療政策において費用が安いことは重要だが、それだけが目的ではない。医学的な安全性を損なったり、受診が困難な住民を対象から外したりして費用を削減しても、望ましい医療制度とは言えない。限られた資源の中で、医療の質、安全性、公平性、患者負担をどのように両立させるかが問われるのである。

患者の家まで行けばよいとは限らない

 巡回診療というと、医療者が患者の自宅まで訪ねていく姿を理想と考えがちだが、それが必ずしも最も効率的とは限らない。人口が広く分散した地域で一軒ずつ患者宅を訪問すれば、診療時間より移動時間の方が長くなることがある。

 そこで、集会所、公民館、既存の福祉施設などを診療拠点として活用し、周囲の住民が比較的短い距離を移動して診療を受ける方式が考えられる。診療車は複数の集落を巡回し、専門医は都市部や基幹病院からオンラインで参加する。この組み合わせによって、医療職と患者双方の移動負担を小さくできる場合がある。

 ただし、一般の公共施設を診療場所として使用する場合には、医療法上の取扱いに加え、衛生環境、プライバシー、患者の安全、施設の利用条件などを確認する必要がある。また、医療車両に必要な設備が整っていても、患者の乗降が困難であったり、車いすでの利用に対応できなかったりすれば、実際の利用は制限される。

 この問題は、数学的には施設配置問題や車両経路問題として捉えることができる。住民の分布、道路網、移動時間、診療に必要な時間、車両の運行可能時間などを条件として、診療拠点の場所や巡回順序を決める最適化問題である。

 しかし、単純に地域全体の移動時間を最小化すればよいわけではない。例えば、百人の住民の移動時間をそれぞれ十分短縮できたとしても、自動車を利用できない少数の高齢者が診療を受けられなくなるのであれば、その配置が医療政策として望ましいとは限らない。

 したがって、巡回診療の配置を考える際には、移動時間や費用の最小化に加えて、一定以上の医療アクセスをすべての対象住民に確保するという条件が必要になる。独居高齢者、障害のある人、公共交通を利用できない人などについては、送迎サービスや訪問診療を組み合わせる方法も検討すべきである。

 この発想に立つと、巡回診療は医療だけの問題ではなくなる。デマンド交通、福祉送迎、公共施設配置、薬剤配送などと組み合わせて考えた方が効率的な場合もあるからだ。人口減少地域では、医療、交通、介護、物流を別々の事業として設計するだけでなく、住民の生活を支える一つの地域インフラとして捉える視点が必要になる。

どの町にも導入すればよいわけではない

 巡回型高度診療体制は、全国の人口減少地域を一つの方法で救える仕組みではない。既存の病院まで短時間で到達でき、住民の通院手段も確保されている地域であれば、高価な診療車を新しく導入するより、タクシー券やデマンド交通を充実させた方が合理的かもしれない。

 一方、高齢化率が高く、公共交通が乏しく、複数の集落が一定の範囲にまとまり、基幹病院への通院に長時間を要する地域では、巡回診療によって医療アクセスが大きく改善する可能性がある。ただし、その場合も、どれだけの患者が実際に利用するか、必要な医療職を確保できるか、年間の運営費がどの程度になるかを確認しなければならない。

 導入前には、車両購入費だけでなく、年間の診療件数、医療職の稼働時間、車両の償却費、通信費、機器保守費、保険診療による収入、自治体の負担額などを総合的に計算する必要がある。さらに、同じ予算を既存診療所への支援、訪問診療、通院支援、無料送迎などへ投入した場合の成果も比較すべきである。

 2026年に公表された農村地域の移動診療所に関する文献レビューでは、34件の文献が検討され、医療アクセスの改善、予防医療の提供、慢性疾患管理などに一定の可能性が認められた。一方で、研究の質にはばらつきがあり、長期的な健康改善、費用対効果、事業の継続可能性については、より厳密な検証が必要とされている。

 このことは、移動診療が無意味であることを示しているのではない。医療アクセス改善の有望な手段でありながら、どの地域で、どのような方式を用いれば最も優れた成果が得られるかについては、まだ十分な答えが出ていないということである。

 とりわけ、巡回車、携帯型検査、看護師、遠隔専門医、電子処方箋、薬剤配送を一体化した体制について、日本の人口減少地域で固定診療所や通院支援より必ず費用対効果に優れることまで科学的に確立されているわけではない。各要素の技術的有効性が示されていても、それらを組み合わせた医療システム全体が優れているとは限らないのである。

 ここを曖昧にすると、最新設備を搭載した診療車を導入すること自体が政策の目的になってしまう。導入時には先進的な取り組みとして注目されても、数年後には患者数不足や人員不足によって稼働日数が減り、結果として十分に活用されない可能性もある。

 新しい医療提供体制を評価するのであれば、車両を導入したかどうかではなく、五年後にも住民の必要に応じて利用され、医療の安全性と質を確保しながら持続できているかを見るべきだろう。

成功を判断するには、どのようなデータが必要なのか

 巡回型高度診療体制の実際の効果を検証するためには、導入後の患者数や車両稼働率を集計するだけでは不十分である。少なくとも、医療アクセス、患者の健康状態、医療安全、患者と家族の負担、運営費用、継続可能性を分けて評価する必要がある。

 医療アクセスについては、診療を必要としてから実際に受診するまでの日数や、交通手段がないために受診を控えた住民の割合などが指標になる。診療の質については、慢性疾患の管理状況、精密検査が必要と判断された患者の受診完了率、治療の継続状況などを確認することが考えられる。医療安全については、重大疾患の見逃しや救急搬送の遅れ、予期しない入院などを把握する必要がある。

 患者負担については、病院への往復移動時間、交通費、家族の送迎時間などを測定する。運営効率については、一日当たり診療件数、医療従事者の実働時間、車両の移動時間、機器故障による休止日数などを記録する。こうした数値を継続的に取得することで、巡回診療がどの部分で成果を上げ、どの部分に改善の余地があるかを検討できる。

 ただし、導入前後の数値を単純に比較するだけでは、政策の効果を正確に推定できない場合がある。例えば、巡回診療の導入と同じ時期に地域の診療所が閉鎖されたり、公共交通が縮小されたりすれば、受診件数や患者負担はその影響も受ける。また、人口の高齢化や疾病構成の変化によって、医療需要そのものが変わる可能性もある。

 したがって、科学的な効果検証を行うには、導入地域と条件が近い非導入地域を比較する方法や、複数地域へ段階的に導入して変化を比較する方法などが考えられる。その際には、年齢構成、基礎疾患、人口密度、医療機関までの所要時間、既存の医療資源などの違いを考慮しなければならない。

 また、費用対効果だけでなく、住民間の公平性も確認する必要がある。利用件数が多い集落に診療車を集中させれば、一人当たり費用は低くなるかもしれない。しかし、その結果、交通手段のない小規模集落の住民が医療から取り残されるのであれば、地域医療政策として十分とは言えない。

 必要なのは、事業全体の効率性を高めながら、医療を必要とする住民が最低限確保されるべき診療機会を失わないようにすることである。巡回型高度診療体制を地域政策として評価する際には、この効率性と公平性の両立が重要になる。

「診療所を残す」という発想から離れてみる

 地方医療では、長い間「病院を残すか」「診療所を残すか」という議論が繰り返されてきた。住民にとって、地域から医療施設がなくなることへの不安は大きく、建物が存在すること自体が安心感にもなってきた。

 しかし、人口減少がさらに進めば、建物を残すことと医療を残すことが一致しなくなる地域も増えてくる。診療所が存在していても、医師が週に一度しか来られないのであれば、実際に提供できる医療機能は限定される。一方、固定した診療所がなくても、定期的に診療車が訪れ、必要な検査を実施し、かかりつけ医や専門医につながり、必要な場合には基幹病院への受診調整まで行えるのであれば、住民が利用できる医療機能が充実する場合も考えられる。

 ただし、固定診療所には継続的な診療、地域住民との関係構築、急な症状への対応など、巡回診療では代替しにくい役割もある。巡回診療車が週に数回訪れることと、地域に常時利用できる医療機関が存在することは同等ではない。特に、診療車が来ない日の急病や、継続的な医学的管理を必要とする患者への対応を考えると、巡回診療だけで地域医療を完結させることには限界がある。

 したがって、固定診療所を維持するか、巡回診療へ転換するかという二者択一で考える必要はない。既存診療所を中心に巡回診療を補完的に導入する方法もあれば、複数の自治体や医療機関が共同で車両を利用する方式も考えられる。地域の人口規模、疾病構成、医療機関の配置、交通条件によって、望ましい組み合わせは異なる。

 重要なのは、建物があるかどうかだけで医療の充実度を判断しないことである。住民が必要なときに、必要な医療機能へ、安全かつ継続的にアクセスできるかという観点から、地域医療全体を評価する必要がある。

医療をどこに置くかから、医療機能をどう配置するかへ

 人口減少地域における医療提供体制の設計は、医療施設の配置だけを考える問題ではない。限られた医療職、設備、財源、交通手段、通信環境をどのように組み合わせるかという、地域全体の資源配分の問題である。

 医師をすべての集落へ常勤配置することが難しい場合でも、看護師や医療機器を必要な場所へ移動させ、遠隔の医師や専門医と接続することで、一部の診療機能を補える可能性がある。ただし、そのためには、現地で実施できる医療行為、遠隔診療が適切な患者、対面診療を要する患者、直ちに救急搬送すべき患者を明確に区別する必要がある。

 また、地域ごとに人口密度や道路網、公共交通、医療機関までの所要時間が異なるため、同じ車両を導入しても成果は同じにならない。ある地域では固定診療所を維持する方が合理的であり、別の地域では巡回診療とオンライン診療の組み合わせが適しているかもしれない。さらに、患者を医療機関へ運ぶ方が効率的な地域もあれば、医療機能の一部を患者の近くへ移動させる方が合理的な地域も考えられる。

 この違いを判断するためには、人口や高齢化率だけではなく、住民の疾病構成、実際の受診行動、交通手段、医療機関の診療能力、医療従事者の確保状況などを調べる必要がある。地域の人口が何人以下になれば巡回診療へ切り替えるべきかという、全国共通の単純な基準を設けることは難しい。

 同じ人口規模であっても、住民が狭い範囲に集中している地域と、広い山間部に点在している地域では、診療車の移動効率が大きく異なる。また、基幹病院までの移動時間が短い地域と、道路事情によって長時間を要する地域では、巡回診療の必要性も変わってくる。

 そのため、巡回型高度診療体制の導入判断には、地域ごとの統計や地理情報を用いた数理的な分析が不可欠になる。医療機関までの所要時間、人口分布、予想診療件数、車両の運行経路、必要な医療職数を組み合わせ、固定診療所や通院支援などの代替案と比較することで、初めて合理的な政策判断に近づくことができる。

昭和の巡回診療が、令和になって別の意味を持ち始める

 巡回診療そのものは決して新しい発明ではない。むしろ、医療機関が不足する山間部や離島で、長年にわたって利用されてきた医療提供の形である。それが、携帯型医療機器、高速通信、オンライン診療、医療情報の電子化という新しい技術と結びつくことで、別の可能性を持ち始めている。

 かつての巡回診療は、医療機関のない場所へ医師を運ぶ仕組みだった。これからの巡回診療では、必ずしも医師の身体だけを運ぶ必要はない。検査装置を運び、利用可能な患者情報を参照し、必要な専門医へ接続し、処方や薬局との連携を進め、それでも病院でなければ対応できない患者を適切な医療機関へつなぐ。一台の車両がすべてを行うのではなく、一台の車両が離れた場所に存在する医療機能を結び付けるのである。

 そこに「巡回型高度診療体制」という考え方の現実的な姿がある。技術的な要素の多くはすでに存在し、制度上の環境も以前より整ってきた。国内でも、それらを組み合わせた実践が始まっている。したがって、この構想そのものを単なる空想と考える必要はない。

 ただし、実現可能であることと、優れた地域医療政策になることは同じではない。実際に導入する場合には、診療の安全性、医療職の確保、患者数、稼働率、費用、診療報酬、住民間の公平性など、多くの条件を検証しなければならない。特に、巡回診療によって病院受診を減らすことだけを成功と考えるのではなく、それまで十分な医療を受けられなかった住民へ適切な診療機会を提供することも成果として評価する必要がある。

 どの地域なら固定診療所より合理的なのか。人口密度がどこまで低下すると成立しにくくなるのか。一日に何人診察すれば運営費用を適切な水準に抑えられるのか。何台の車両で何集落を担当するのがよいのか。看護師が現地に配置される方式と医師が同乗する方式では、どのような条件で費用や診療の質が変わるのか。

 こうした問いに対する答えは、最新医療機器のカタログには載っていない。地域ごとの人口、年齢構成、疾病構成、道路網、医療機関までの所要時間、公共交通、医療従事者数などを使い、制度的な条件と医学的な安全性を踏まえて初めて検討できる問題だからである。

 巡回型高度診療体制は、単なる医療技術の話ではない。人口減少社会で、限られた医療資源をどこに固定し、どこを動かし、どこを通信で結ぶのかという地域設計の問題である。

 これまで地域医療では、「病院をどこに残すか」が大きな問いだった。しかし、これからは、その問いに加えて「必要な医療機能を、住民の生活圏までどのように届けるか」を考える必要がある。施設を残すことと医療を確保することが必ずしも一致しなくなる地域では、建物の数だけではなく、住民が実際に利用できる診療機能の質と到達しやすさが重要になる。

 その際、巡回診療は固定医療機関を安易に置き換えるための手段であってはならない。病院や診療所が担うべき役割を維持しながら、従来の医療提供体制だけでは十分に対応できない地域の弱点を補う仕組みとして設計することが必要である。

 古くから日本の山間部や離島を支えてきた巡回診療は、人口減少の時代になって、新しい医療技術と制度を組み合わせるための重要な選択肢になりつつある。ただし、その価値を決めるのは、車両の新しさでも搭載機器の多さでもない。住民が必要とする医療を、安全に、適切な費用で、長期にわたり届けられるかどうかである。

 医療をどこに置くかではなく、医療機能をどこまで動かし、どう結び付けられるのか。その問いに対して、地域ごとの実証データと数理的な検証によって答えを探していくことが、令和の巡回診療を一時的な先進事例で終わらせず、持続可能な地域医療へ発展させる条件になるのではないだろうか。

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~「医者がいる町」から「医療につながる町」へ

 地方の町では、診療所の時計だけが、町とは別の時間を刻んでいるように見えることがある。午前八時半、玄関の自動ドアが開くより少し前から、数人の高齢者が待っている。受付が始まれば、血圧の薬をもらいに来た人、腰の痛みを相談する人、健康診断の結果を聞きに来た人が、いつもの椅子に腰を下ろす。医師は一人、看護師が数人、受付には長く勤めている職員がいて、患者の病歴だけでなく、家族構成や普段の暮らしまで何となく分かっている。

 それは大病院とは違う、地域の生活に深く根付いた医療の風景である。しかし、この診療所をそのまま30年先へ移動させようとすると、話は急に難しくなる。建物の老朽化や医療機器の更新だけではなく、患者の人数と年齢構成、医師の働き方、診療所の経営条件、そして町そのものの姿が大きく変わってしまうからである。

 2026年から30年後は2056年である。国立社会保障・人口問題研究所が2023年に公表した「日本の将来推計人口」によれば、出生中位・死亡中位推計における日本の総人口は、2056年に約9,965万人となり、1億人を下回る。65歳以上人口の割合も2055年には37.6%に達する見通しで、人口減少と高齢化が同時に進行する。ただし、これは2020年の国勢調査を基準に出生、死亡、国際人口移動などについて仮定を置いた推計であり、2056年の人口が確定しているわけではない。

 しかも人口減少は全国一様に進むわけではない。大都市と地方都市、人口の少ない農山漁村では変化の速度も人口構成も異なり、市区町村別の将来人口推計も2050年までの段階で大きな地域差を示している。全国の人口が減少しても、都市部では高齢者が増え続ける一方、過疎地域では高齢者の人数そのものが減っていく場合がある。

 では、地方の診療所は30年後も残っているのだろうか。

 現在と同じ形の診療所を、現在と同じ密度で維持することは、多くの人口減少地域で難しくなると考えられる。しかし、だからといって地方から診療所という存在そのものが消えるとは限らない。将来は、常勤医師による従来型の診療所に加え、複数の医療機関、訪問看護、薬局、介護、オンライン診療、巡回診療などが連携して医療を提供する仕組みが、これまで以上に重要になる可能性がある。

 30年後に問われるのは、診療所という建物を何軒残せるかだけではない。住民が必要な医療に到達できる仕組みを、人口が減り続ける地域でどこまで維持できるのかという問題なのである。

患者が減るのに、医療が楽になるとは限らない

 人口が減れば患者も減る。それなら診療所の負担も軽くなるのではないかと考えたくなるが、地方医療では、この直感が必ずしも成立しない。医療需要は人口の総数だけで決まるものではなく、年齢構成、疾病の種類、健康状態、受療行動、医療機関への到達可能性などによって変化するためである。

 仮に人口1万人の町に診療所が5か所あり、それぞれが平均2,000人程度の住民を背景人口としていたとする。その町の人口が30年後に6,000人になれば、単純に割り算した一診療所当たりの背景人口は1,200人になる。しかし、背景人口が40%減少したからといって、診療所の受診件数や診療報酬収入も正確に40%減るとは限らない。実際には、町の外から通院する患者もいれば、町の住民が隣接自治体の病院や診療所を利用する場合もあり、人口と患者数の関係はそれほど単純ではない。

 ここに高齢化という要素を加えると、問題はさらに複雑になる。30歳の住民と85歳の住民では、一般に必要とする医療の種類や量が異なる。高齢になるほど複数の慢性疾患を抱えやすく、薬剤管理、定期検査、認知機能への対応、転倒予防、在宅療養など、医療と介護が重なる課題も増えやすい。そのため、一人の患者に必要な診療時間や多職種との連携が増える可能性がある。

 厚生労働省の2023年度国民医療費によれば、人口一人当たりの年間医療費は65歳未満で21万8,000円、65歳以上で79万7,200円となっており、約3.7倍の差がある。ただし、この数字には入院医療、外来医療、調剤などが含まれるため、高齢者が診療所を3.7倍利用することを意味するものではない。高齢化によって医療費や医療資源の必要量が変化することを示す指標ではあるが、診療所の患者数をそのまま予測するための数字ではないのである。

 さらに注意しなければならないのは、過疎地域では高齢化率が上昇しても、高齢者の絶対数が減少する場合があることだ。厚生労働省が新たな地域医療構想の検討で示した2025年から2040年までの地域類型別推計では、大都市型の医療圏で65歳以上人口が平均17.2%増加する一方、過疎地域型では平均12.2%減少する見通しとなっている。生産年齢人口についても過疎地域型では平均28.4%減少する見通しであり、患者を支える医療従事者の確保が一段と難しくなる可能性がある。

 つまり、地方では高齢化率が上昇することと、地域全体の高齢患者数が増えることを区別しなければならない。高齢者一人当たりに必要な医療が複雑になっても、地域全体の外来需要は減少する場合があり、診療内容の複雑化と診療所経営に必要な患者数の確保が、同時に課題となるのである。

人口が4割減った町では、医療需要はどれだけ減るのか

 この問題をもう少し具体的に考えてみたい。仮に人口1万人の町で65歳以上の住民が30%を占め、30年後には総人口が6,000人、高齢化率が50%になるとする。さらに、65歳以上の一人当たり医療需要を65歳未満の2倍と仮定し、65歳未満の医療需要を1、65歳以上を2という指数で表す。

 現在の医療需要指数は、65歳未満の7,000人に高齢者3,000人の2倍の需要を加えるため、合計1万3,000となる。一方、30年後は65歳未満が3,000人、高齢者が3,000人なので、医療需要指数は9,000となる。人口は40%減少しているのに、医療需要指数の減少率は約30.8%にとどまる計算である。

 これは将来の実際の受診件数を予測したものではなく、年齢構成が変われば人口減少率と医療需要の減少率が一致しないことを示す単純な数理モデルである。高齢者の需要倍率を変えれば結果も変わり、実際には65歳から74歳、75歳から84歳、85歳以上などの年齢階級別に、疾患の種類や受療率、訪問診療の必要性、地域外への患者流出なども考慮しなければならない。

 それでも、この単純な計算から重要なことが分かる。人口が減る地域でも、医療需要が同じ割合で減るとは限らず、反対に高齢化が進んでいるからといって、診療所の患者数や収入が維持されるとも限らない。しかも患者一人当たりの診療内容が複雑になれば、診療時間や他職種との調整に必要な労力は増える可能性がある。

 地方診療所が直面するのは、単なる患者数の減少ではない。医療需要の総量が縮小する一方で、必要な医療機能の一部は複雑化し、それを支える人材や設備を維持しなければならないという、量と質の両面にわたる構造的な変化なのである。

全国では診療所が増えているのに、地方では維持が難しくなる

 現在の日本には、一般診療所そのものは数多く存在する。厚生労働省の2025年医療施設調査によれば、同年10月1日時点の全国の一般診療所数は10万5,521施設で、前年より314施設増加した。このうち無床診療所は10万361施設と全体の95.1%を占め、前年から569施設増加している。一方、有床診療所は5,160施設で、前年より255施設減少している。

 この統計は、人口減少が進んでいるからといって、全国の診療所数が一律に減少しているわけではないことを示している。都市部では新たな診療所が開設される一方、人口の少ない地域では後継者が見つからず、診療所の存続が難しくなる可能性がある。実際、厚生労働省の地域医療構想に関する資料でも、人口の少ない二次医療圏では診療所数が減少傾向にあり、人口の多い医療圏では増加傾向にあることが指摘されている。

 重要なのは、全国の診療所数と、地域住民が利用できる診療所数は同じ指標ではないということである。全国で100施設増えたとしても、それが大都市の駅前や住宅密集地に集中していれば、人口5,000人の地方の町で医師が一人引退する問題を解決することはできない。

 また、施設数が維持されていても、診療日数が減少したり、常勤医師が非常勤医師に置き換わったり、診療科が変更されたりすれば、住民が実際に利用できる医療機能は変化する。反対に、施設数が減少しても、医師の共同勤務や訪問診療、近隣病院との連携が充実すれば、一定の医療サービスを維持できる場合もある。

 したがって、地方医療の将来を考える際には、診療所の数だけを見ても十分ではない。誰が診療しているのか、週に何日利用できるのか、どのような検査や処置が可能なのか、診療所がなくなった場合に代わりとなる医療機関がどこにあるのかまで確認しなければ、地域医療の実態は見えてこないのである。

本当に不足するのは「医師の数」だけではない

 30年という時間を考える場合、現在の施設数以上に重要なのが、その診療所を誰が引き継ぐのかという問題である。地方の小さな診療所では、一人の開業医が診療と経営の両方を担っていることが少なくない。病院であれば一人の医師が退職しても組織としての診療機能を維持できる場合があるが、一人医師の診療所では、その医師の引退が診療所の閉鎖に直結する可能性がある。

 厚生労働省の2024年医師・歯科医師・薬剤師統計によると、診療所に従事する医師の平均年齢は60.1歳で、病院に従事する医師の45.8歳より14歳以上高い。これは診療所医師全体の平均であって、すべての診療所の院長が高齢であることを意味するものではないが、将来の医療提供体制を考える際に、医師の世代交代が重要な課題であることは確かである。

 ただし、医師が高齢であることと、後継者が存在しないことを同一視してはならない。親族への承継、医療法人による事業承継、複数医師による共同経営、近隣病院からの医師派遣など、診療所を継続する方法は複数ある。将来の閉鎖件数を正確に予測するには、医師の年齢だけでなく、引退予定、承継意向、新規開設数、廃止数、地域内の勤務医の供給状況などを継続的に調べる必要がある。

 それでも、若い医師が地方で一人診療所を経営することには、診療以外にも大きな責任が伴う。医師自身が人を雇い、設備を管理し、診療報酬の請求業務に責任を持ち、休日や夜間の対応を調整し、地域によっては学校医、予防接種、在宅診療、看取りなどにも関わることになる。都市部の病院や複数医師が勤務する診療所など、別の働き方を選択できる中で、地方での単独開業を希望する医師が十分に確保できるかは不確実である。

 医師政策でも、全国の医師数だけでなく、地域や診療科ごとの偏在が問題となっている。国は2024年12月に「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を策定し、地域ごとの医師確保や勤務環境の改善などを進めている。しかし医学部の定員や全国の医師数を増やすだけで、人口の少ない町の診療所が自動的に維持されるわけではない。

 地方に必要なのは、単に医師免許を持つ人の総数ではなく、その地域で継続して働くことのできる医師と、それを支える看護師、薬剤師、医療事務職員などの人材である。医師を一人確保できても、看護師を採用できず、薬局や訪問看護の体制も不足していれば、地域医療の機能を十分に維持することは難しい。

一軒の診療所が消えると、町では距離が伸びる

 都市部では、一つの診療所が閉院しても、比較的近い場所に別の医療機関が存在することがある。しかし、地方では一軒の診療所がなくなることによって、次の診療所まで10キロ、15キロ、あるいはそれ以上の移動が必要になる場合がある。しかも30年後、その距離を移動しなければならない住民自身が、現在より高齢になっている可能性が高い。

 診療所へのアクセスは、単純な道路距離では測れない。自家用車を運転できる人であれば20分程度の移動で済む場所でも、運転免許を返納した高齢者や自動車を持たない住民にとっては、バスの運行回数、乗り継ぎ、家族の送迎、タクシー料金などが大きな制約となる。同じ距離でも、身体機能や経済状況、家族構成によって移動の負担はまったく異なるのである。

 例えば、診療所が一軒減って平均移動時間が10分延びたとしても、それだけで住民への影響を判断することはできない。多くの人が自家用車で通院できる地域と、独居高齢者が多く公共交通も限られている地域では、医療アクセスの悪化の程度が違うからである。平均移動時間が短くても、一部の住民が事実上通院できなくなるのであれば、地域全体として十分なアクセスが確保されているとは言えない。

 反対に、医師が毎日診療所に常駐していなくても、週に数回の対面診療、巡回診療、訪問看護、オンライン診療、病院への搬送手段などが適切に整備されていれば、物理的な診療所の数が減っても、必要な医療への接近可能性を一定程度維持できる場合がある。ただし、提供できる診療内容や緊急時の対応能力が従来と同じとは限らず、施設数の減少をネットワーク化だけで完全に補えると考えるべきではない。

 地方医療の維持を考える場合、診療所が何軒あるかという指標に加え、住民が必要な医療を、どの程度の時間と負担で受けられるかを評価する必要がある。

 この問題は医療政策だけでは完結しない。公共交通、道路、住宅の分布、介護サービス、地域の財政、家族による支援などが重なり合っており、医療機関の配置と交通政策を別々に検討するだけでは、十分な解決策を導くことは難しいのである。

診療所は「店」から「ネットワークの入口」へ変わるのか

 これまでの診療所は、患者が施設を訪れ、医師が診察し、必要に応じて検査や処方を行い、高度な治療が必要な場合には病院へ紹介するという形を基本としてきた。もちろん従来から病院や薬局との連携は行われてきたが、日常的な診療の多くは一つの施設を中心に提供されていた。

 しかし、人口減少が進み、医療従事者の確保が難しくなる地域では、すべての診療所が同じように医師、看護師、検査設備などを備える方式を維持できるとは限らない。限られた医療資源を地域全体で共有し、必要な医療機能を分担する仕組みが、これまで以上に重要になる可能性がある。

 厚生労働省が進める2040年以降を見据えた新たな地域医療構想でも、従来の病床機能の分化・連携に加え、外来医療、在宅医療、医療と介護の連携、医療従事者の確保などを含めて、地域全体の医療提供体制を検討する方向が示されている。ただし、地域医療構想は病院や診療所の削減、統廃合そのものを目的とするものではなく、地域ごとの人口構成や医療需要に応じた医療機能の確保を目指すものである。

 この政策の延長線上に2056年を置くと、地方の医療提供体制には複数の形が考えられる。従来型の診療所が引き続き地域の中心となる場合もあれば、複数の医師が曜日を分担して診療する場合、病院の分院やサテライト診療所が日常診療を担う場合、巡回診療や訪問診療によって住民の生活圏に医療を届ける場合もあるだろう。

 さらに、オンライン診療を受けるための施設が地域の身近な場所に設けられ、遠隔地の医師につながる仕組みも考えられる。ただし、このような施設は法律上の診療所と必ずしも同じものではなく、提供できる医療機能にも違いがある。診療所という名称や制度上の定義が一律に変わるというより、地域住民が医療を受ける窓口や提供形態が多様化していくと考える方が正確である。

 この変化を単純な進歩や退歩として評価することはできない。毎日同じ医師が診てくれる安心感や、長年の信頼関係を通じて患者の変化に気づくという利点が弱まる可能性はある。その一方で、一人の高齢医師に地域医療の多くを依存させる状態から、複数の医療従事者が役割を分担する体制へ移行できれば、医療提供の継続性を高められる場合もある。

 重要なのは、施設を集約すること自体ではなく、集約後も必要な医療機能が維持されるかを確かめることである。

オンライン診療は制度化されたが、万能ではない

 将来の地方医療を考えるうえで、オンライン診療の位置づけは以前より明確になっている。2025年12月に公布された医療法等の一部を改正する法律により、2026年4月1日からオンライン診療に関する新たな法令上の規定が施行され、「オンライン診療受診施設」が医療法上の医療提供施設の一つとして位置づけられた。

 オンライン診療受診施設とは、患者がオンライン診療を受ける場所として提供される施設であり、一定の要件と届出のもとで設置される。従来の診療所とは制度上の位置づけが異なり、診療を担当する医師や医療機関の責任のもとで利用される仕組みである。国は医療資源の少ない地域での活用を想定しており、住民にとって身近な施設を利用する可能性も示している。

 この制度の整備は、人口の少ない地域における医療アクセスを考えるうえで重要な変化である。しかし、オンライン診療受診施設が設置できるようになったことと、その地域で必要な医療がすべて提供できるようになることは別問題である。

 画面の向こうから腹部を直接触診することはできず、採血や創傷処置、画像検査などもオンライン診療だけでは完結しない。映像や音声を通じて患者の状態を確認できても、急性疾患や重症化が疑われる場合には、対面診療や救急搬送が必要になることがある。通信環境や患者の情報機器の操作能力によって利用しやすさが変わる点も無視できない。

 看護師などが患者のそばにいて、血圧、体温、酸素飽和度などを測定し、その情報を遠隔地の医師に共有する仕組みは有効な選択肢になり得る。ただし、看護師が独立して医師の診断や処方を代行できるわけではなく、診療の補助は法令上の業務範囲や医師の指示に従って行われなければならない。また、オンライン診療受診施設に看護師が必ず常駐するという制度でもなく、必要な人員配置や運営方法は提供するサービスに応じて検討する必要がある。

 さらに、医師がオンラインで診察できたとしても、処方された薬をどのように受け取るのか、検査が必要なときにどこへ行くのか、容体が悪化したときに誰が対応するのかという課題は残る。オンライン診療を地域医療の中で機能させるには、薬局、訪問看護、対面診療を担う医療機関、救急搬送などとの連携が不可欠なのである。

 オンライン診療の価値は、地域から医療従事者を完全に不要にすることではない。少ない医療従事者が持つ専門的な能力を、距離の離れた地域でも利用できるようにすることであり、適切な対面診療と組み合わせて初めて、その効果を発揮する。

 30年後の地方医療を支えるのは、人工知能や通信技術だけではない。患者の様子を見て普段との違いに気づき、必要な対応へつなぐ医療従事者の存在は、技術が進歩しても重要であり続けるだろう。

経営できない診療所を、誰が残すのか

 地方診療所の将来を考える際、避けて通れないのが採算の問題である。民間の診療所は地域住民の健康を支える医療機関であると同時に、職員を雇用し、施設や設備を維持する事業体でもある。患者が減れば診療報酬収入が減少する可能性がある一方、建物の維持費、医療機器の更新費、通信費、人件費などは患者数に完全には比例して減らせない。

 診療所の経営を単純化すると、一定期間の固定費を、一件当たりの診療収入から変動費を差し引いた金額で回収できるかが、収支を考える基本となる。仮に年間固定費が3,000万円で、診療一件当たりの平均収入から変動費を差し引いた額が4,000円だとすれば、固定費を回収するためには年間7,500件の延べ診療件数が必要になる。年間250日診療する場合、一日平均30件という計算である。

 もちろん、これは診療所の標準的な経営実態を表した数字ではなく、収支の仕組みを説明するための仮定である。実際の診療報酬は診療内容や患者の状態によって異なり、訪問診療、各種検査、施設基準による評価なども関係する。医師自身の報酬、借入金の返済、設備投資、物価や賃金の上昇も考慮しなければならず、患者数だけで黒字か赤字かを判断することはできない。

 しかし、人口が減り続ける地域では、少ない患者数に対して一定の固定費を負担しなければならないという構造的な問題が生じやすい。人材確保が難しくなれば給与などの負担が増える可能性もあり、診療所を単独で維持する場合の経営条件は厳しくなることが考えられる。

 ここで問題となるのが、医療を純粋に市場サービスとして考えてよいのかという点である。一般の商店であれば、利用者が減少して採算が取れなくなれば撤退するという判断には経済合理性がある。しかし、その町で最後の診療所が閉院する場合、住民の健康や生活に与える影響は、事業者の損益だけでは評価できない。

 医療には市場を通じて提供されるサービスという側面と、地域の生活を支える社会基盤という側面がある。消防や道路などと制度や財源の仕組みは異なるものの、人口密度の低い地域で必要な機能をどこまで維持するかという点では、共通する政策課題が存在する。

 そのため将来は、公設民営の診療所、病院による分院・サテライト診療所、複数自治体による広域的な協力、医師派遣、巡回診療などを組み合わせる必要がある地域も出てくるだろう。ただし、公設民営にすれば自動的に経営問題が解決するわけではない。自治体が施設整備費や運営費の一部を負担できても、診療を担う医師や看護師が確保できなければ、医療提供体制は成立しないのである。

 地方診療所の将来を左右するのは、医師数や患者数だけではない。国と自治体が、住民の医療アクセスをどの水準まで確保するのか、そのために必要な費用を誰が負担するのかという制度と財政の問題でもある。

診療所の数だけでは、地域医療の質は測れない

 では、地方の診療所をどこまで維持できれば、地域医療が守られたと言えるのだろうか。診療所が三つあった町で一つしか残らなくなった場合、施設数だけを見れば医療提供体制は縮小している。しかし、残った診療所で十分な診療時間と医療機能が確保され、訪問診療や送迎も整備されていれば、すべての住民にとって医療アクセスが三分の一になるとは限らない。

 反対に、診療所が三つ残っていても、診療日が限られ、医師の専門分野が偏り、夜間や緊急時の対応ができなければ、必要な医療が十分に提供されているとは言えない。施設数という分かりやすい指標だけでは、地域医療の実際の機能を評価できないのである。

 そのため、今後の地域医療政策では、住民が診療所に到達するまでの時間、自動車を利用できない住民の割合、公共交通や送迎手段の確保状況、診療可能な曜日と時間、提供できる検査や処置、救急搬送先との連携、医療情報の継続性などを総合的に測定する必要がある。

 特に注意したいのは、平均値だけでは医療アクセスの格差を把握できないということである。町全体の平均通院時間が短くても、山間部の集落や公共交通のない地域に住む一部の人が長時間の移動を強いられている場合がある。自力で移動できない住民や、医療費以外の交通費を負担できない住民の存在も考慮しなければならない。

 また、地方の医療圏は必ずしも市町村の行政区域と一致しない。ある町の診療所が少なくても、隣接する市の医療機関を日常的に利用できる場合もあれば、近隣自治体に医療機関が存在していても、交通手段がなく通院が困難な場合もある。そのため、市町村別の診療所数だけで地域医療の充実度を判断することは適切ではない。

 30年後の地方医療を検証するなら、人口推計と診療所の配置を地図上で重ねるだけでは不十分である。住民の年齢、通院行動、移動手段、医療機関の機能、実際の診療能力まで組み合わせ、どのような住民がどの医療から遠ざかるのかを具体的に調べる必要がある。

 重要なのは、地域に診療所が存在するという事実ではなく、地域住民が必要な診療を、必要なときに受けられるという実効性である。

医療ネットワークを作れば、必ず維持できるわけではない

 診療所を地域の医療ネットワークの入口として位置づける考え方には合理性がある。しかし、ネットワーク化そのものを人口減少社会の万能な解決策として扱うことはできない。施設や専門職を結びつけるには、情報共有の仕組み、診療上の責任分担、患者の移動手段、人材の配置、運営費用などを継続的に確保する必要があるからである。

 例えば、地域の診療所と中核病院が電子的に診療情報を共有できたとしても、診療所側に患者の状態を評価できる医療従事者がいなければ、日常的な医療の質を保つことは難しい。訪問看護が充実していても、訪問先までの移動距離が長く、担当できる患者数に限界があれば、広い地域を少数の職員だけで支えることはできない。

 また、医療機関の集約化によって設備や専門職を効率的に配置できたとしても、患者の移動時間や交通費が増えれば、医療機関の経営上の効率化が住民全体の利益につながるとは限らない。医療機関側で節約できた費用が、患者や家族の時間的・経済的負担として移転している可能性もある。

 こうした問題を検討するには、個々の診療所の経営収支だけでなく、住民の交通費、自治体の送迎費用、救急搬送への影響、医療従事者の移動時間などを含めて、地域全体の費用と効果を比較する必要がある。

 例えば、従来型の診療所を一軒維持する場合と、週数回の対面診療、オンライン診療受診施設、訪問看護、送迎サービスを組み合わせる場合について、費用だけでなく、慢性疾患の管理状況、救急搬送、予防可能な入院、患者の満足度などを比較すれば、どちらがその地域に適しているかを検証しやすくなる。

 ただし、地域医療では一つの方式がすべての地域に適するとは限らない。人口が比較的集中している地方都市、集落が広範囲に分散する山間部、交通の便が悪い沿岸部では、最適な医療提供体制が異なる可能性が高い。2056年の地方診療所を一つの標準的な姿として描くのではなく、複数の選択肢から地域の条件に適した仕組みを選び、その効果を継続的に確かめることが重要になる。

そして2056年、診療所の玄関は開いているか

 2056年のある地方の町を想像してみる。人口は現在より少なくなり、かつて商店だった建物のいくつかは空き家になり、学校も統合されているかもしれない。高齢化率は高いものの、高齢者の人数自体も以前より減り、町を行き交う人の姿は少なくなっている。

 それでも、旧役場の近くには小さな地域医療の拠点がある。そこでは月曜日と木曜日に近隣病院から医師が来て対面診療を行い、別の日には住民がオンライン診療を利用できるようになっている。訪問看護師は自宅で療養する人を支え、巡回診療の車が離れた集落を回る。必要な検査は近隣の医療機関で受け、入院や高度な治療が必要な場合には、あらかじめ連携している中核病院につながる。

 これは2056年の確定した姿ではなく、現在の人口動態と医療制度から考えられる一つの将来像にすぎない。実際には、常勤医師のいる従来型の診療所がそのまま存続する地域もあれば、医療機関の集約化が進む地域、十分な代替手段を確保できず医療アクセスが悪化する地域も出てくる可能性がある。

 とりわけ、医師や看護師の確保、診療報酬制度、自治体財政、医療技術の進歩などは、30年という時間の中で大きく変化し得る。現在の制度と統計から2056年の診療所数や具体的な配置を正確に予測することはできず、将来像を示す場合には、実証された事実と政策上の目標、仮定に基づくシナリオを区別しなければならない。

 ただし、確かな方向性はある。人口が減少する地域で従来と同じ医療提供体制を無条件に維持することは難しくなり、限られた人材と財源をどう配置するかという問題は避けられない。診療所の数を維持することだけを目標にするのではなく、住民が必要とする医療機能を地域全体でどう確保するかを考える必要がある。

 ここで重要になるのが、地域住民の立場から医療を捉えることである。医療機関の配置を効率化する議論では、診療件数や施設の稼働率、医師一人当たりの患者数などが重視されやすい。しかし、住民にとって重要なのは、体調が悪くなったときにどこへ連絡すればよいのか、必要な診察を受けられるのか、薬を受け取れるのか、緊急時には適切な病院につながるのかという具体的な安心である。

 人口5,000人の町に診療所が三つ存在していても、診療時間や医療機能が限られていれば十分とは言えない。反対に、診療所が一つしかなくても、適切な移動手段と対面診療、訪問診療、遠隔医療、病院との連携が整っていれば、必要な医療へのアクセスを維持できる可能性がある。どちらが望ましいかは施設数だけでは決められず、地域の人口構成、地理的条件、医療需要、財政負担などに基づいた検証が必要なのである。

 地方ではこれから、病院も診療所も薬局も、公共交通も介護サービスも、それぞれ単独では維持しにくくなる地域が増える可能性がある。だからこそ、医療の問題を医療機関の配置だけで解決しようとすることには限界がある。医療へのアクセスは交通の問題につながり、交通の問題は人口配置や住宅政策の問題につながり、最終的には地域社会をどのような形で維持していくのかという選択に行き着く。

 30年後の地方で最後まで必要とされるものは、必ずしも立派な建物ではない。体調が悪くなったとき、住民が迷わず相談でき、必要な医療につながる仕組みである。かつて、その役割の多くを一人の町医者が担っていた地域でも、2056年には複数の医療従事者と医療機関が連携することで、その機能を維持しているかもしれない。

 診療所の白い看板は、今と同じ場所に残っていないかもしれない。しかし、その町から必要な医療へつながる道が途切れていなければ、地域医療の重要な機能は守られていると言えるだろう。

 地方の診療所を30年後も維持できるのかという問いは、結局のところ、人口が減少する社会で、誰もが必要な医療を受けられる仕組みをどこまで維持できるのかという問いなのである。

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