家は、売れなくなっても消えてはくれない
人がいなくなったあとにも、家は残る。屋根は雨を受け、雨樋には落ち葉が詰まり、締め切られた部屋では湿気が壁紙の裏へ入り込んでいく。持ち主が亡くなったからといって住宅まで一緒に消えてくれるわけではなく、むしろ人の生活が終わったところから、建物だけの長い余生が始まることがある。誰も住まない家にも時間は流れ、手入れをしなければ少しずつ傷みが進んでいく。
日本の空き家政策では、これまで「どう使うか」が重要な問いになってきた。空き家バンクへ登録して移住者へ売る、中古住宅として流通させる、賃貸住宅や店舗、地域施設へ転用するなど、さまざまな取り組みが進められている。まだ十分に使える住宅を取り壊すより、次の利用者へ渡す方が経済的にも環境的にも合理的な場合は多く、こうした政策の必要性を否定する理由はない。
しかし、人口が減り、住宅を必要とする世帯も減少していく地域では、使いたい人の数よりも、使われなくなった住宅の数が多くなることがある。住宅としての価値が残っていても、そこに住みたい人が現れなければ売買は成立しない。そこで空き家問題を売却や賃貸の仕組みだけで解決しようとすると、どれほど制度を整えても、次の利用者が見つからない住宅が残ってしまう。
この問題を考えるとき、もう一つ必要になるのが、住宅を最後にどう処分するかという視点である。住宅は建てるときに費用がかかり、使っている間にも維持管理費がかかるが、役割を終えたときにも解体という支出が発生する。それにもかかわらず、住宅の取得時には建築費や住宅ローンが重視される一方で、数十年後の解体費用をどのように準備するかについては、制度的な議論が十分に進んでいるとは言いにくい。
900万戸の空き家は、すべて売れ残った住宅ではない
総務省統計局の「令和5年住宅・土地統計調査」の確報によれば、2023年10月時点の全国の空き家は900万2千戸となり、総住宅数に占める空き家率は13.8%に達した。どちらも過去最高であり、空き家数は2018年から51万3千戸増加している。この数字だけを見ると、日本には膨大な数の売れ残った中古住宅が存在するように思えるかもしれない。
しかし、900万2千戸の内訳を見ると、そのような理解が正確ではないことが分かる。賃貸用の空き家は443万6千戸、売却用は32万6千戸、別荘などの二次的住宅は38万4千戸であり、これらを除いた空き家は385万6千戸となっている。賃貸用住宅には入居者の交代に伴う一時的な空室も含まれ、別荘には日常的な居住者がいなくても利用されている住宅があるため、空き家という分類だけで管理不全や市場価値の喪失を判断することはできない。
一方、賃貸用、売却用、二次的住宅を除いた385万6千戸は、2018年から36万9千戸増加している。この区分にも長期不在の住宅や取り壊し予定の住宅などが含まれるため、すべてを解体対象とみなすことはできないが、住宅として積極的に流通していない建物が増えていることは確認できる。政策として重要なのは、900万戸を一括して問題視することではなく、その中から再利用できる住宅、管理を継続すべき住宅、除却が合理的な住宅を適切に区別することである。
さらに、人口減少社会では住宅需要の地域的な偏りが大きな問題となる。国立社会保障・人口問題研究所の2024年推計では、全国の一般世帯数は2030年ごろの約5,773万世帯をピークに減少へ転じ、2050年には約5,261万世帯になると見込まれている。これは全国の推計であり、すべての地域で同じ時期に世帯減少が始まるという意味ではない。都市部で世帯数が増える一方、地方ではすでに減少が進んでいる地域もあり、住宅需要の地域差を考える必要がある。
売るための制度には、買う人が必要である
住宅市場が市場である以上、売却政策には必ず買い手が必要になる。人口が増えている都市や交通利便性の高い地域なら、古い住宅を改修して次の世帯へ引き継ぐ循環を期待できる。しかし、空き家が増えている背景そのものに人口減少や世帯減少がある地域では、空き家情報を充実させただけで住宅需要が増えるわけではない。
例えば、ある地域で今後10年間に住宅として供給できる空き家が100戸発生し、同じ期間にそれらの住宅を購入または賃借する需要が10戸分しかなければ、仲介制度を改善しても100戸すべてを住宅として流通させることはできない。実際の住宅需要には、地元住民の住み替え、地域外からの移住、別荘利用、事業利用なども含まれ、住宅の立地や状態によって市場性も大きく異なるため、この例はあくまで需給関係を説明するための単純化である。それでも、供給される住宅に対して十分な需要が存在しなければ、流通政策だけで解消できない空き家が生まれるという基本構造は変わらない。
しかも、住宅は自動車や家電製品のように、需要のある地域へ簡単に移動させることができない。土地と一体となった不動産である以上、住宅そのものの品質が高くても、人口減少が進む地域や生活利便性の低い場所では買い手が限られる。価格を下げれば必ず売れるとも限らず、買い手にとって改修費や将来の維持管理費が大きければ、建物価格がほとんど付かない住宅もあり得る。
空き家バンクや移住支援制度には、潜在的な需要と供給を結び付ける役割がある。情報不足や取引費用の高さが原因で売れなかった住宅を流通させる効果は期待できるが、地域全体の住宅需要そのものが不足している場合には限界がある。したがって、空き家対策には住宅を市場へ戻す政策だけでなく、市場で引き受けられなくなった住宅をどう処分するかという政策も必要になる。
日本の空き家問題には、相続という構造がある
空き家の多くは、不動産投資の失敗によって突然市場へ現れた住宅ではない。国土交通省が2025年8月に公表した「令和6年空き家所有者実態調査」によれば、調査対象となった空き家の57.9%は相続によって取得されたものであり、その相続空き家の7割超は1980年以前に建築されていた。また、相続によって取得された空き家について、人が住まなくなった理由を調べると、所有者などの死亡が58.3%を占めている。
ただし、この調査は全国の空き家900万2千戸すべての所有者を直接調べたものではなく、住宅・土地統計調査の回答世帯から一定の条件で対象を抽出した調査である。そのため、相続による取得割合を全国の空き家総数にそのまま掛けて、全国の相続空き家数を確定することはできない。また、死亡が契機となった58.3%という数字も、相続空き家についての割合であって、空き家全体の割合ではない点に注意が必要である。
こうした統計上の限界を踏まえても、相続が空き家発生の重要な契機になっていることは読み取れる。親が長年暮らした住宅を子どもが相続しても、子どもにはすでに別の生活や住まいがあり、親の家へ戻る予定がない場合がある。住宅は財産として引き継がれるが、その財産には屋根や外壁の補修、庭木の管理、固定資産税、そして将来の解体費用まで付いてくるため、相続人にとって必ずしも経済的な利益だけをもたらすものではない。
とりわけ、築年数が古く、修繕費が大きく、住宅需要も少ない地域では、建物を相続しても積極的に活用する動機が弱くなる。土地には一定の資産価値が残っていても、建物については維持管理費や除却費を考慮すると、実質的な経済価値が非常に小さくなる場合がある。住宅を所有することは権利であると同時に将来の支出を伴う行為でもあり、相続によってその支出を負担する人が変わることが、空き家問題を複雑にしている。
解体費用は、空き家を処分しない理由の一つになっている
住宅を解体しない理由として、費用が重要な障壁になっていることは所有者の回答からも確認できる。令和6年空き家所有者実態調査では、今後5年間程度、空き家として所有し続ける意向を持つ世帯に対し、その理由を複数回答で尋ねている。その結果、「物置として必要」が55.8%で最も多く、「解体費用をかけたくない」が47.3%、「住宅が古い」が37.0%、「更地にしても使い道がない」が34.8%、「取り壊すと固定資産税が高くなる」が28.2%となっている。
理由を順位付きで尋ねた集計では、「解体費用をかけたくない」を第1位とした割合が14.2%、第2位とした割合が13.7%である。これらは複数回答の47.3%とは集計方法が異なり、単純に合算して解釈するものではない。それでも、解体費用を負担したくないという意向が、空き家を所有し続ける理由の一つになっていることは明らかである。
ただし、ここから直ちに、解体費用を補助すれば47.3%の世帯が住宅を取り壊すと結論づけることはできない。調査が測定しているのは所有者の意向であり、実際の解体行動ではないうえ、物置としての利用や跡地の使い道、税負担など、複数の理由が重なっている場合もある。解体費用を無料にしても、家族の思い出や将来の利用可能性を考えて所有を続ける人がいる一方、解体費用の一部を準備できれば処分を決断する人もいるだろう。その違いを明らかにするには、費用負担と実際の行動との関係をさらに調べる必要がある。
ここで注目したいのは、住宅の取得時点と処分時点の間に数十年という時間差が存在することである。住宅を使って便益を得た人と、その住宅を最後に処分する人が一致しない場合、解体費用が十分に準備されないまま次の世代へ引き継がれる可能性がある。住宅の最終処分という支出が、所有者の死亡や相続という時期の読みにくい出来事と重なって発生することも、問題を難しくしている。
住宅にも「最後の日」の費用を積み立てられないか
そこで検討したいのが、住宅の所有期間中に将来の除却費用を準備しておく「住宅解体積立制度」である。住宅を建築または取得した段階から、将来の解体費用の一部を長期間にわたって積み立て、実際に解体するときにその資金を使えるようにする。相続や売却によって所有者が変わっても、原則として積立金を住宅とともに承継できる仕組みを設ければ、住宅を利用してきた期間に処分費用を少しずつ負担するという考え方が成立する。
もちろん、このような制度が現在の日本で全国一律に導入され、その効果が実証されているわけではない。積立制度を導入すれば空き家問題が解決すると断定することもできず、ここから先は統計から直接導かれる事実ではなく、住宅の所有と処分に伴う費用負担のあり方についての政策仮説として考える必要がある。
住宅の解体費用を将来の相続人へ任せるのではなく、その住宅を使っている期間から準備するという考え方には、経済学でいう費用の内部化という側面がある。住宅の利用によって利益を得る人が、その住宅を安全に処分するための費用についても一定の責任を負うことで、将来の所有者や地域社会へ負担を先送りする問題を小さくしようとするものである。
ただし、積立によって将来の解体費そのものが安くなるわけではない。積立制度の基本的な効果は、まとまった支出を長い期間へ分散し、解体時の資金不足を軽減することにある。制度の管理費が発生すれば総費用が増える場合もあり、資金を長期間拘束することによる所有者側の負担も考慮しなければならない。それでも、ある日突然数百万円の支出を求められる状況と、何十年もかけて処分費用の一部を準備してきた状況とでは、所有者が選択できる対応が違ってくる可能性がある。
制度の目的は住宅を積極的に壊すことではない。売れる住宅は売り、貸せる住宅は貸し、新しい用途が見つかる住宅は活用する一方で、住宅としての役割を終え、利用需要も見込めず、維持することが合理的でなくなった建物について、解体費用の不足だけを理由に処分できない状態を減らすことが目的なのである。
40年間の積立で、将来の解体費用は準備できるのか
積立制度を考えるとき、実際にいくら積み立てればよいのかという問題は避けられない。例えば、年間3万円を40年間積み立てれば120万円、年間5万円なら200万円になる。これは利息や物価変動を考えない単純な計算であり、制度の基本的な仕組みを説明するには分かりやすいが、40年後の解体費用を十分に準備できることを意味するわけではない。
仮に、現在200万円で解体できる住宅について、解体費用が毎年2%ずつ上昇すると仮定すれば、40年後の費用は約441万6千円となる。一方、年間5万円を40年間積み立てても、運用利回りがゼロなら200万円、毎年2%で複利運用できた場合でも約302万円にとどまる。この条件では、物価上昇率と運用利回りが同じ2%であっても、年間5万円の積立では必要な解体費用を賄えず、約140万円の不足が生じる計算になる。
同じ条件で約441万6千円を40年間で準備するには、毎年末に約7万3千円を積み立てる必要がある。ただし、これは現在の解体費用を200万円、将来の費用上昇率と運用利回りをそれぞれ年2%と仮定した試算であり、実際の解体費用や将来の運用収益を予測した数字ではない。解体費用の上昇率が変われば必要な積立額も変わり、途中で住宅を解体することになれば積立期間も短くなる。
現実の解体費用は、住宅の延べ床面積や構造だけでなく、重機が入れる道路の有無、隣家との距離、地形、廃棄物の運搬距離などによって大きく異なる。吹き付けアスベストなどの有害物質が見つかれば、調査や除去のために追加費用が発生する場合もある。こうした条件を考えると、全国すべての住宅に同じ積立額を設定する方法では、過大な負担となる住宅と、解体時に大幅な資金不足が生じる住宅が出てくる可能性がある。
したがって、制度を設計するなら、建物の規模や構造、立地条件に応じた積立額の設定と、将来費用の見直しが必要になる。また、想定より早く解体する場合、住宅を長寿命化して使い続ける場合、災害で建物が失われる場合などにも対応できなければならない。積立金の運用方法についても、安全性と収益性を区別し、将来必要になる資金が大きく失われないようにすることが求められる。
家を壊しても、土地の問題が残る
解体積立制度を考えるうえで、もう一つ見落とせないのが、住宅を取り壊した後の土地の扱いである。建物を除却すれば老朽化した住宅による倒壊や部材の飛散などの危険を減らせるが、土地そのものがなくなるわけではない。更地になった後にも、雑草や樹木の管理、境界の確認、固定資産税の支払いなどは残り、土地の需要が少ない地域では売却が難しい場合もある。
とりわけ、住宅用地に対する固定資産税の特例は、所有者の判断に影響する。住宅が建っている土地では、原則として200平方メートル以下の小規模住宅用地に係る固定資産税の課税標準が固定資産評価額の6分の1、200平方メートルを超える部分の一般住宅用地では3分の1となる特例がある。住宅を取り壊して住宅用地ではなくなれば、通常はこの特例の対象から外れるため、解体後の税負担が増える可能性がある。ただし、実際の税額には負担調整措置などが関係するため、住宅を壊したら必ず固定資産税が6倍になるという理解は正しくない。
空き家所有者実態調査で「更地にしても使い道がない」と回答した割合が34.8%、「取り壊すと固定資産税が高くなる」が28.2%だったことは、この問題を考えるうえで重要である。解体費用を準備できたとしても、解体後の土地を利用できず、税負担や維持管理費だけが残るなら、所有者が解体を先送りする可能性はある。つまり、積立制度だけでは除却を妨げるすべての要因を取り除くことはできない。
政策として解体を促すなら、跡地をどのように管理し、どのような用途へ転換するかという問題も同時に考える必要がある。地域によっては駐車場や菜園、防災空地、隣接地への売却などが選択肢になり得るが、どの地域でも跡地利用の需要があるとは限らない。住宅の出口をつくることと、建物がなくなった後の土地の将来を考えることは、切り離せない課題なのである。
現在の空き家政策も「活かす」と「しまう」を重視している
現在の日本に、住宅の除却を促す制度が存在しないわけではない。2023年12月13日に施行された改正空家法では、放置すれば「特定空家等」になるおそれのある住宅などについて、市区町村が「管理不全空家等」として指導や勧告を行えるようになった。勧告を受けた管理不全空家等の敷地については、固定資産税の住宅用地特例が解除される仕組みも設けられており、住宅が深刻な危険を及ぼす状態になる前から適切な管理や改善を促そうとしている。
国土交通省も、空き家対策を「活かす」だけでなく「しまう」という言葉で説明している。売却や賃貸、用途転換によって住宅を活用する一方、老朽化などによって利用が難しくなった住宅については、解体して跡地を活用することも選択肢として示している。これは、住宅を残し続けることだけが空き家対策ではなく、役割を終えた住宅を適切に処分することも政策に含まれていることを意味する。
除却への公的支援も存在する。2026年度の国土交通省の資料では、空き家再生等推進事業や空き家対策総合支援事業において、一定の条件を満たす除却などへの支援が示されている。例えば、対象事業で所有者が解体を実施する場合、補助対象となる費用について国が5分の2、地方公共団体が5分の2、所有者が5分の1を負担する枠組みが設けられている。
もっとも、この負担割合は、一般の空き家なら全国どこでも所有者が費用の5分の1を支払うだけで解体できるという意味ではない。空家等対策計画の対象地区であることや、建物の状態、跡地利用などの要件があり、補助対象となる費用や上限額、自治体側の制度整備にも条件がある。実際にどの程度の補助を受けられるかは、住宅と自治体ごとの条件によって異なる。
既存の公的支援と解体積立制度の違いは、費用を準備する時点にある。現在の補助制度が、政策上支援する必要が認められた除却に対して公費を投入する仕組みであるのに対し、積立制度は住宅を利用している時期から将来の処分費用を準備する。前者は一定の条件を満たす除却を支援し、後者は将来必要になる費用を時間の中へ分散させるものであり、両者は必ずしも対立する制度ではない。むしろ、積立金で賄いきれない費用や、特に公共的な必要性が高い除却を公的支援で補うなど、組み合わせて考える余地がある。
公費だけに頼る解体には、公平性と費用回収の問題がある
危険になった住宅をすべて税金で取り壊せばよいという考え方もある。しかし、その方法を広く採用するなら、所有者間の公平性を考える必要がある。住宅を長年管理し、最後には自費で解体した人がいる一方で、管理を怠った住宅だけ公費で処分されるなら、適切に対応した人より放置した人が経済的に有利になる場合がある。そのような状況が一般化すれば、自分で費用を負担するより行政の対応を待とうとする誘因が生まれる可能性もある。
ただし、ここで区別しなければならないのは、行政が解体することと、所有者の費用負担が免除されることは同じではないという点である。空家法に基づく行政代執行などでは、原則として所有者等に費用を請求し、徴収する仕組みが存在する。したがって、行政が危険空き家を取り壊したからといって、所有者が当然に解体費用を負担しなくてよいわけではない。
一方で、所有者の資力が不足している場合や、所有者が不明で費用回収が困難な場合には、自治体側に負担が残る可能性がある。地域の安全を守るために行政が緊急対応を行うことには公共的な必要性があるものの、その費用を最終的に誰が負担するかという問題は別に残る。住宅を所有することによって得られる利益と、適切な管理や処分に必要な費用をどのように配分するかという視点が必要なのである。
解体積立は、所有者に罰金を課すという発想とは異なる。将来必要になる処分費用を住宅の利用期間にわたって準備することで、費用負担が特定の相続人や自治体へ突然集中する事態を減らそうとするものである。ただし、積立義務を課すこと自体にも公平性の問題があり、低所得の所有者や高齢者、住宅需要の少ない地域の住民に過大な負担を与えない制度設計が求められる。
積立金を建物とともに引き継ぐ仕組みは簡単ではない
住宅解体積立制度を実際に導入しようとすれば、積立金を誰が保有し、誰が管理するのかという法的な問題が生じる。日本の不動産制度では土地と建物が別個の不動産として扱われるため、資金を建物にひも付けるのか、土地にひも付けるのかによって仕組みが異なる。建物と土地の所有者が別である場合や、建物を建て替えた場合、相続人が複数いる場合などにも対応できなければならない。
例えば、住宅が売却されたときに積立残高を次の所有者へ引き継ぐとするなら、その残高を住宅の売買価格にどのように反映させるかが問題になる。100万円の積立金がある住宅でも、買い手が住宅を100万円高く評価するとは限らず、将来の積立義務が残っていれば、その負担を購入価格から差し引いて考える可能性もある。積立金が存在することによる便益と、将来の負担が不動産価格へ及ぼす影響を、分けて検討する必要がある。
さらに、積立金を所有者の一般財産から分離して安全に管理するなら、用途外の引き出しを防ぐ仕組みが必要になる。所有者が破産した場合、積立金を差し押さえられるのか、住宅が滅失した場合に残額をどう扱うのか、積立が不足した状態で売却されたときに誰が追加負担するのかという問題もある。現行の不動産登記制度だけで、積立金が建物の売買や相続に伴って自動的に承継されるわけではなく、確実な承継を実現するなら法制度上の整備が必要になる。
将来の廃棄費用を事前に準備するという考え方自体は、他分野にも存在する。例えば、一定の事業用太陽光発電設備では、将来の廃棄等費用を確保するための積立制度が設けられている。ただし、住宅は所有形態や利用年数が多様であり、相続や建て替えも発生するため、他分野の仕組みをそのまま導入できるわけではない。住宅について実現するなら、既存制度との整合性を検討しながら、長期間にわたって資金を保全できる仕組みを構築する必要がある。
加えて、すでに存在する古い住宅をどのように扱うかという移行問題も避けられない。新築住宅なら完成時から長い期間をかけて準備することができるが、築50年の住宅を所有する高齢者に突然高額の積立義務を課せば、住宅を処分できない人へ新たな負担を加える結果になりかねない。制度を導入するなら、新築住宅から段階的に始めるのか、既存住宅には任意積立や公的補助を組み合わせるのか、所得や建物の状態に応じた措置を設けるのかという慎重な判断が必要になる。
壊すことが、常に経済的にも環境的にも正しいわけではない
住宅の解体を政策として考える場合には、費用負担だけでなく環境への影響も検討しなければならない。まだ十分に使用できる住宅を取り壊せば、建築時に投入された資材やエネルギーを利用し続ける機会が失われ、廃棄物の発生や運搬、処理による環境負荷も生じる。建設リサイクル法では、一定規模以上の解体工事について分別解体や再資源化が義務付けられているが、適切に再資源化したとしても、解体そのものに資源やエネルギーが必要なことは変わらない。
一方、老朽化した住宅を維持し続けることにも費用や環境負荷があり、建物の状態によっては安全性の問題が生じる。修繕を重ねて長期間利用することが合理的な住宅もあれば、大規模改修に多額の費用をかけても十分な利用需要が見込めず、除却した方が社会的な負担を小さくできる住宅も考えられる。
したがって、科学的には「古い住宅は壊すべきだ」「解体は環境に悪いから避けるべきだ」という一律の判断は適切ではない。建物の残存寿命、耐震性、改修費用、利用需要、解体費用、周辺環境への危険性などを比較し、建設から維持管理、最終処分までの環境負荷も含めて評価する必要がある。住宅ごとに異なる条件を無視して解体を促進するのではなく、維持、用途転換、除却のいずれが合理的かを判断できる仕組みが重要になる。
その意味でも、解体積立制度は住宅を壊す方向へ所有者を誘導するための制度であってはならない。積立金の存在によって、本来なら活用できる住宅まで解体されるような仕組みは望ましくない。適切な条件の下で建物の再利用や安全な除却に資金を使えるようにすることも、制度設計上の検討課題になり得る。
積立制度の効果は、実際に検証しなければ分からない
住宅解体積立制度には理論的に説明できる利点がある一方、導入した場合の効果については実証的な裏付けが必要である。解体費用を準備できるようになったとしても、所有者が実際に解体を決断するとは限らず、資金不足以外の理由で住宅を残し続ける可能性もある。反対に、解体資金が確保されることで早期に処分が進み、管理不全空き家の増加を抑えられる可能性も考えられるが、どちらの効果がどの程度生じるかは、制度を試さなければ判断できない。
政策として検証するなら、まずは一定の地域や対象住宅において、任意参加の積立制度や解体費用の見積もり支援などを試行する方法が考えられる。その際には、積立金の残高だけを成果とするのではなく、所有者が住宅の将来について計画を立てた割合、売却や活用、除却に向けて行動した割合、実際の解体件数、積立不足額、管理不全空き家の発生状況などを継続的に調べる必要がある。
ただし、制度に参加した所有者と参加しなかった所有者を単純に比較するだけでは、効果を正確に測定できない。もともと住宅の処分に関心が高い人ほど積立に参加する可能性があり、積立制度がなくても解体していた人が含まれるためである。制度を導入する地域と導入しない地域を比較する場合にも、人口減少率や住宅の老朽化、所得水準などの違いが影響するため、政策導入前後の変化を比較群との差によって検証する方法などが必要になる。
また、制度を維持するための行政費用や管理手数料まで含めて評価しなければ、社会全体の経済的な効果は判断できない。積立制度によって解体時の資金不足が減ったとしても、その運営費用が大きければ別の方法の方が合理的な可能性がある。積立を義務化する制度だけでなく、任意積立、税制上の支援、既存の除却補助、相談体制の充実などを比較し、どの方法が少ない社会的費用で適切な住宅管理と除却につながるのかを検証することが重要である。
相続が始まる前に、住宅の将来を考えておく
空き家問題が難しくなる理由の一つは、多くの家庭で住宅の将来について話し合う時期が遅いことである。令和6年空き家所有者実態調査では、相続空き家について、相続前に何らかの対策を行っていた世帯は23.0%にとどまり、77.0%では事前対策が行われていなかった。さらに、相続前の対策をしていなかった住宅では、活用や解体の意向がないまま空き家として所有していた割合が45.1%だったのに対し、対策をしていた住宅では29.4%となっている。
この差から、相続前に話し合えば必ず空き家を減らせるという因果関係まで断定することはできない。もともと住宅の処分に関心が高い家庭ほど事前対策も行う可能性があり、立地や資産価値、家族構成なども影響していると考えられる。それでも、相続が発生してから初めて住宅の将来を考える場合には、家族間の意思調整や財産の整理、売却先の検討などを同時に進めなければならず、判断に時間がかかる可能性がある。
国土交通省が日本司法書士会連合会などと共同で「住まいのエンディングノート」を作成したのも、住宅の将来を早い段階から考えるきっかけを提供するためである。そこでは、所有する土地や建物の情報を整理し、将来その住宅をどうしてほしいかを記録するとともに、家族が元気なうちから住宅の「活かし方」と「しまい方」を話し合うことが勧められている。
住宅の将来について意思を残すことは重要だが、その意思を実行するための資金がなければ、売却や解体が難しくなる場合もある。住宅を引き継ぐ人へ建物の情報と所有者の希望を伝えるだけでなく、維持管理や処分に必要な資金をどのように確保するかまで考えておけば、相続人が判断する際の負担を軽減できる可能性がある。住宅のエンディングノートと住宅のエンディング資金は、別々の問題ではなく、住宅の将来を準備するための一連の課題として考えることができる。
「売るか、壊すか」ではなく、住宅に出口をつくる
ここまで考えると、本当に必要なのは、空き家を売る政策をやめて、壊す政策へ切り替えることではないと分かる。住宅としての利用価値があり、買いたい人や借りたい人が存在するなら、市場へ戻す方が合理的な場合は多い。店舗や福祉施設、仕事場、地域拠点などへ用途転換できる住宅についても、改修費用と利用需要を踏まえながら活用の可能性を検討することが望ましい。
一方で、住宅需要がなく、老朽化が進み、将来も利用される可能性が低い建物を、いつか誰かが買うかもしれないという期待だけで維持し続けることが合理的とは限らない。建物の状態が悪化すれば解体費用が増える場合もあり、近隣住民への危険や自治体の対応負担が生じる可能性もある。住宅を残すことによる利益と費用を冷静に比較し、利用する理由がなくなった住宅については、安全に処分できる選択肢を用意しておく必要がある。
つまり、売却政策と除却政策は競争相手ではない。住宅として利用できる建物を市場へ戻す仕組みと、利用価値を失った建物を安全に処分する仕組みは、人口減少社会では相互に補完する政策として位置づけられる。そこに解体積立制度を組み込めるかどうかは今後の検証課題だが、住宅を建てるときから最後の処分までを一体として考える視点には意味がある。
特に、人口減少が進む地方では、住宅の建設や取得を促す政策だけでなく、既存住宅の維持管理、売却、用途転換、除却、跡地管理までを含めた長期的な住宅政策が求められる。地域の人口や世帯数、住宅需要、道路条件、公共施設との位置関係などを分析し、どの住宅を残し、どの建物を活用し、どの住宅について除却を促すべきかを判断することが、これからの地域づくりの一部になっていくだろう。
家を建てる時代から、家の終わりまで考える時代へ
日本では長い間、「家を持つ」ということには、財産を持つという意味が付いていた。住宅ローンを払い終えれば自分の資産になり、土地は残り、最後には子どもへ引き継ぐことができる。人口が増え、住宅需要が拡大していた時代には、こうした考え方が現実と一致する場面も多かった。
しかし、人口が減る社会では、すべての家が同じ意味で資産になるとは限らない。売却価格がほとんど付かず、管理費と固定資産税がかかり、最後には解体費用まで必要になる住宅であれば、それは財産であると同時に将来の支出でもある。住宅の経済的な価値は建物そのものの状態だけで決まるのではなく、立地や利用需要、維持管理費、処分費用などを含めて判断しなければならない。
これからの住宅政策も、住宅を建てるところだけで終わるわけにはいかない。人口が増えていた時代の地域づくりでは、道路を延ばし、宅地を造成し、住宅を建てることが発展の象徴だった。しかし人口が減少する地域では、既存の住宅や土地をどう維持し、どの施設を残し、利用されなくなった建物をどのように安全に処分するかという判断も重要になる。地域の将来を考えることは、新しく何かを増やすことだけでなく、すでに存在するものの役割を見直すことでもある。
住宅解体積立制度は、そのための一つの政策仮説である。全国一律の義務制度が必要なのか、任意の積立や既存の補助制度を組み合わせる方が合理的なのか、現時点で結論を出すことはできない。制度の導入には法的な仕組みや資金管理、所有者間の公平性、住宅価格への影響など多くの課題があり、実際の効果についても検証が必要になる。
それでも、住宅の最後に必要となる費用を、所有者が住宅を利用している時期から準備するという考え方は、人口減少社会の住宅政策を検討するうえで無視できない論点である。空き家をどう売るかという問題と同じくらい、どうしても売れず、再利用も難しくなった住宅を、誰がどのような費用負担で処分するのかという問題にも目を向ける必要がある。
売れる家は次の人へ渡し、使える家は使い続け、新しい役割を持てる家は用途を変える。そして、どの選択肢も成立せず、住宅としての役割を終えた建物には、安全に処分するための資金と制度を用意する。この一連の仕組みが整って初めて、住宅の誕生から最後までを見通した政策に近づくことができる。
900万2千戸という空き家の数字が問いかけているのは、どうすればもっと住宅が売れるのかということだけではない。私たちは住宅を建てるために住宅ローンを用意し、暮らしのリスクに備えて保険を考え、住宅を長く使うために修繕費を準備してきた。その一方で、住宅が最後に役割を終えたときの処分費用については、未来の所有者や相続人の判断に委ねてきた部分がある。
人口が減っていくこれからの日本で必要なのは、空き家を売る制度を捨てることではない。売却や活用を進める制度の先に、どうしても利用できなくなった住宅を安全に処分できる出口をつくることである。
家にも始まりがあるように、終わりがある。その最後の日の費用まで、家を所有するということに含めて考える時代が来ているのかもしれない。

