地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

人口減少時代の外房で、地域経済と生活圏をどう維持するか

地方の人口減少が語られるとき、対策として最初に挙げられやすいのが、移住者の増加、企業誘致、観光客の呼び込みである。

もちろん、人口や交流人口を増やす政策には意味がある。若い世代の転入や新規事業者の進出は、地域の消費、雇用、税収を支える可能性がある。観光客が宿泊し、地元の飲食店や小売店を利用すれば、地域事業者の売上にもつながる。

しかし、人口減少が長期的に続く地域において、「人口を増やせば地域経済が再生する」という考え方だけでは不十分である。

人口を増やすことが難しい期間にも、住民は食料を買い、病院へ通い、介護を受け、道路や水道を利用しなければならない。商店、交通、医療、介護、建設、修理、物流といった生活サービスが先に縮小すれば、地域は人口が減ったから衰退するのではなく、生活できなくなることによって、さらに人口を失う。

本稿では、特定の自治体や政策を批判することを目的としない。政府統計、公的計画、千葉県および御宿町の資料を基に、人口減少時代の地域経済を「人口の多さ」ではなく、「生活圏を維持できるか」という観点から検討する。

1.地方創生の目的を改めて考える

地方創生政策では、これまで人口減少の抑制、東京一極集中の是正、地方への移住、雇用創出などが主要な目標とされてきた。

しかし、2025年6月に閣議決定された「地方創生2.0基本構想」は、人口減少を正面から受け止め、人口が減少するなかでも社会と経済が機能するための適応策を進める姿勢を示している。また、自治体間の広域連携、官民連携、生活サービスを維持する地域生活圏の形成を重視している。

これは、地方政策の目標が「すべての自治体で人口を増やすこと」から、「人口が減っても必要な生活機能を失わないこと」へ移りつつあることを示している。

人口増加は重要な政策手段の一つである。しかし、人口増加そのものを最終目的にすると、人口が減り続ける期間の生活基盤が政策上の空白になりかねない。

地域経済の本来の目的は、統計上の人口を増やすことだけではない。

住民が働き、所得を得て、必要な商品やサービスを購入し、医療や介護を受け、地域の中で生活を継続できる仕組みを維持することにある。

2.東京圏への人口集中は終わっていない

総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」によると、2025年の日本人移動者について、東京圏は11万2,738人の転入超過だった。前年より転入超過数は縮小したものの、東京圏への人口集中が解消したとはいえない。

一方で、千葉県全体を一つの地域として見るだけでは、県内の人口構造を正確に把握できない。

千葉県には、東京都への通勤圏として人口を維持しやすい地域がある一方、房総半島南部や外房には、人口減少と高齢化が進む地域がある。県全体が東京圏に含まれるからといって、県内すべての市町村が東京一極集中の利益を同じように受けているわけではない。

地域経済を分析する場合には、都道府県単位だけでなく、実際に住民が買い物、通院、通勤、通学を行う生活圏単位で見る必要がある。

3.外房・夷隅地域で進む人口減少

千葉県夷隅地域振興事務所によると、2025年8月1日現在の夷隅地域の人口は6万1,921人である。

内訳は、勝浦市1万4,967人、いすみ市3万2,657人、大多喜町7,935人、御宿町6,362人となっている。

御宿町の第5次総合計画では、1995年に約8,100人だった人口が、2020年には7,000人を下回ったと説明されている。また、2020年時点の高齢化率は約50%とされている。

御宿町の介護保険事業計画では、2022年9月末時点の人口は7,100人、高齢化率は51.8%だった。年少人口、生産年齢人口、老年人口のいずれも減少しており、高齢者の人数が単純に増加し続けているというより、総人口の減少速度が速いなかで、高齢者の割合が上昇している構造が確認できる。

さらに、御宿町の広報資料では、2026年3月31日現在の人口が6,675人とされている。

これらの数字には、住民基本台帳人口、常住人口、集計時点の違いがあるため、単純に連結して減少率を算出することは適切ではない。ただし、複数の公的資料が一貫して人口減少と高齢化を示していることは確認できる。

4.人口減少が地域経済へ与える本当の影響

人口が減ると、地域の消費総額も縮小しやすくなる。

食料品、日用品、飲食、住宅修繕、理美容、交通、娯楽などの需要が減れば、地域内の事業者は売上を維持しにくくなる。固定費を負担できなくなった店舗や事業所が撤退すると、住民は地域外へ買い物に出るようになる。

その結果、人口減少以上の速度で地域内消費が流出する可能性がある。

例えば、地域の商店が一店舗閉店した場合、失われるのはその店舗の売上だけではない。

店舗で働く人の雇用が減り、取引先への発注が減り、近隣店舗への来訪も減る。車を運転できない高齢者にとっては、買い物の選択肢そのものが失われる。

人口減少の問題は、人数の減少だけではない。

一定の人口規模を下回ることで、事業やサービスを維持するために必要な最低限の需要を確保できなくなる点にある。

5.地域を支えるのは大企業だけではない

地域振興というと、大規模工場、物流施設、商業施設などの誘致が注目されやすい。

しかし、住民の日常生活を直接支えているのは、小売店、飲食店、介護事業所、診療所、運送事業者、建設業者、設備業者、自動車整備業者などの中小企業・小規模事業者である。

中小企業庁の2025年版中小企業白書は、中小企業が物価高、金利上昇、構造的な人手不足に直面していると指摘している。中小企業の労働分配率はすでに8割近くに達しており、収益改善を伴わない賃上げには限界があるとも分析している。

この点は、地方の人手不足を考えるうえで重要である。

人手不足だから賃金を上げればよいという議論は、方向としては理解できる。しかし、売上や生産性が伸びていない事業者が賃金だけを引き上げれば、利益が失われ、最終的には廃業やサービス縮小につながる可能性がある。

地域経済に必要なのは、単なる人件費抑制でも、無理な賃上げでもない。

価格転嫁、共同仕入れ、共同配送、設備投資、デジタル化、業務の集約化などによって、限られた人数でも事業を継続できる構造をつくる必要がある。

6.廃業は一企業だけの問題ではない

人口減少地域では、新規創業支援と同じくらい、既存事業者の廃業を防ぐことが重要になる。

長年営業してきた商店や修理業者が廃業する理由は、赤字だけとは限らない。

経営者の高齢化、後継者不足、設備更新費の負担、従業員不足などにより、一定の需要が残っていても廃業する場合がある。

地域に一つしかない設備業者、配送業者、整備工場などがなくなれば、住民や他の事業者は遠方の会社へ依頼しなければならない。移動時間と出張費が増え、地域で生活する費用が上昇する。

したがって、自治体の産業政策では、新規企業数だけでなく、次の指標も重視する必要がある。

既存事業者の廃業件数、事業承継件数、生活関連サービスの空白地域、修理や配送に必要な時間、地域内調達率などである。

新しい企業を呼び込むことは分かりやすい成果になる。一方、地域に必要な事業者が廃業せずに残ることも、同じかそれ以上に重要な政策成果である。

7.交通は単独の事業ではなく、生活基盤である

外房地域では、自家用車が主要な移動手段となっている。

しかし、高齢化が進めば、すべての住民が将来にわたって自動車を運転できるとは限らない。免許返納、病気、障害、経済的事情などによって、公共交通を必要とする住民は存在する。

国土交通省の2026年版交通政策白書は、人口減少と担い手不足によってバス路線の廃止が進む一方、免許返納、学校や病院の統廃合により、移動に対する社会的需要が拡大していると整理している。

つまり、利用者が減っているから公共交通の必要性も低下しているとは限らない。

利用者数が減っても、一人当たりの必要性は高まることがある。

夷隅地域では、JR(Japan Railways・旧国鉄を継承した鉄道事業者)外房線、いすみ鉄道、小湊鉄道などが地域交通を担っている。千葉県の資料では、いすみ鉄道は全線で運転を見合わせ、代行バス輸送を行っているとされている。

2026年5月には、千葉県、いすみ市、大多喜町、勝浦市、御宿町、いすみ鉄道などで構成する「いすみ鉄道が担う地域公共交通のあり方検討会議」が設置された。検討事項には、地域住民の移動手段としての役割と、観光を含む地域振興上の役割が含まれている。

鉄道やバスの評価を、運賃収入と運行費用だけで行うと、その路線が支えている通院、通学、買い物、観光、雇用への効果が見えにくい。

一方で、公共交通であれば無条件に維持すべきだという結論にも慎重であるべきだ。

鉄道、路線バス、予約制乗合交通、タクシー、福祉輸送、スクールバス、病院送迎を比較し、地域の需要に対してどの方式が最も少ない費用で移動を確保できるかを検討する必要がある。

重要なのは、特定の交通手段を守ることではなく、住民の移動可能性を守ることである。

8.医療は市町村ごとに完結できない

人口減少地域では、医療機関の維持も大きな課題になる。

千葉県の山武長生夷隅医療圏に関する資料では、人口当たり、小児人口当たり、高齢者人口当たりの病院勤務医師数が県内でも低位にあると分析されている。

また、千葉県の地域医療に関する会議でも、山武長生夷隅地域では医師不足が課題であり、医師確保によって地域内で対応できる医療機能が増える可能性がある一方、短期間で劇的に改善することは難しいとの認識が示されている。

医師や看護師の不足は、一つの自治体だけで解決できる問題ではない。

各市町村が同じ診療機能を個別に整備しようとすれば、人材も設備も分散する。人口減少が進む地域では、診療所、地域病院、救急病院、専門医療機関の役割を分け、交通と一体で医療圏を設計する必要がある。

例えば、すべての地域に高度医療設備を置くことは現実的ではない。

一方、遠方の病院へ集約するだけでは、移動できない住民が医療から取り残される。

必要なのは、身近な診療所、訪問診療、オンライン診療、地域病院、救急搬送、広域交通を組み合わせることである。

ここでも、施設を市町村ごとに維持する発想から、生活圏全体で機能を分担する発想への転換が求められる。

9.移住者を増やすだけでは定住につながらない

移住促進は、人口減少地域にとって重要な政策である。

ただし、安い住宅や移住補助金を用意するだけでは、長期的な定住が実現するとは限らない。

移住者は、住宅だけで生活するわけではない。

仕事、医療、交通、買い物、教育、子育て、地域との関係など、複数の条件がそろって初めて生活を継続できる。

移住政策は、少なくとも次の三段階に分けて考える必要がある。

第一段階は、地域を知ってもらい、移住者を呼び込むことである。

第二段階は、移住後の生活を安定させ、地域に住み続けられるようにすることである。

第三段階は、移住者の所得と消費が地域内で循環し、地域の事業者や雇用を支えることである。

移住者が地域外の企業で働き、買い物も地域外や通信販売に依存する場合、人口統計上は増加しても、地域事業者への経済効果は限定される。

逆に、住民票を移していない二地域居住者や別荘所有者でも、地域の店舗を利用し、住宅管理を依頼し、地域活動に参加すれば、地域経済に貢献する。

人口だけでなく、地域との関わり方を評価する必要がある。

10.観光客が増えても、地域が豊かになるとは限らない

外房地域にとって観光は重要な産業である。

海岸、温暖な気候、農水産物、景観、歴史、鉄道など、多様な地域資源が存在する。

しかし、観光客数の増加と地域住民の所得増加は同じではない。

観光客が日帰りで短時間しか滞在しない場合、地域内消費は限定される。宿泊しても、食材、備品、人材、予約サービスなどを地域外から調達していれば、売上の一部は地域外へ流出する。

観光庁の資料も、観光消費の地域内波及を高めるには、宿泊や飲食で使用する食材などの域内調達率を高めることが重要だとしている。

したがって、観光政策を評価する際には、単なる来訪者数だけでなく、次の数字を見る必要がある。

宿泊者数、平均滞在日数、一人当たり消費額、地域内事業者への支出割合、地元雇用者数、地域内調達率、通年雇用の有無である。

観光客が増えているように見えても、行政による交通整理、ごみ処理、施設維持などの費用が増え、地域内の所得が増えていなければ、地域経済政策としての成果は限定的である。

観光そのものを否定する必要はない。

重要なのは、観光客数を増やすことから、観光消費を地域に残すことへ政策の重点を移すことである。

11.空き家は資源であると同時に負債でもある

人口減少地域では、空き家の活用が地域振興策として期待されている。

総務省の2023年住宅・土地統計調査によると、全国の空き家は約900万戸に達した。賃貸用、売却用、別荘などを除く「使用目的のない空き家」は約386万戸である。

空き家は、移住者向け住宅、店舗、事務所、宿泊施設、福祉施設などに転用できる可能性がある。

しかし、空き家が存在することと、活用できる住宅が存在することは同じではない。

建物の老朽化、耐震性、雨漏り、接道条件、上下水道、相続登記、所有者との連絡、残置物、改修費などの問題がある。

さらに、改修後の利用者がいなければ投資は回収できない。

空き家活用政策では、登録件数や成約件数だけでなく、改修費、利用開始後の継続年数、固定資産税、管理費、地域需要まで検証する必要がある。

安価な物件を供給すれば地域が再生するという単純な構図ではない。

住宅、雇用、交通、医療、商業を一体で設計しなければ、空き家だけを再生しても定住にはつながりにくい。

12.自治体ごとの競争には限界がある

人口減少が進むと、自治体間で移住者、企業、観光客を奪い合う構造が生まれやすい。

一つの自治体が人口を増やしても、隣接自治体から住民が移動しただけであれば、広域的な人口減少は変わらない。

また、それぞれの自治体が個別に病院、交通、商業施設、観光施設を整備すれば、限られた人材と財源が分散する。

政府の地方創生2.0基本構想は、人口減少下でも生活サービスと地域経済を維持するため、都市機能や居住機能の集約、地域生活圏、自治体の境界を越えた広域連携を重視している。

外房地域でも、市町村の独立性を保ちながら、生活サービスの一部を共同化する余地がある。

交通、医療、ごみ処理、公共施設、観光案内、事業承継支援、共同配送などは、必ずしも市町村ごとに完結させる必要はない。

住民の生活圏は行政区域と一致しない。

買い物は隣の市で行い、病院は別の市へ通い、仕事はさらに別の地域へ出ることも珍しくない。

行政サービスも、実際の生活圏に合わせて設計する必要がある。

13.人口減少時代に必要な五つの政策転換

第一に、人口目標から生活維持目標へ転換する

人口増減だけで政策を評価するのではなく、住民が必要なサービスへ到達できる時間や費用を測る。

スーパー、診療所、金融機関、公共交通などへの移動時間を地域別に把握することが必要である。

第二に、新規誘致と既存事業者の維持を同等に扱う

企業誘致や創業件数だけでなく、事業承継、廃業防止、共同化、省力化を政策指標に加える。

地域に一社しかない事業者が廃業する場合には、単なる民間企業の撤退ではなく、生活基盤の喪失として評価すべきである。

第三に、交通を個別事業から統合サービスへ変える

鉄道、バス、タクシー、福祉輸送、病院送迎、スクールバスを個別に運営するのではなく、予約や運行情報を共有し、需要に応じて組み合わせる。

利用者数が少ない地域では、大型車両を定時運行するより、小型車両による予約制交通の方が適する場合もある。

第四に、観光消費の地域内循環を測る

観光客数だけでなく、宿泊、飲食、農水産物、交通、体験サービスなどに、どれだけ地域内の事業者が関わっているかを把握する。

地域外資本の施設であっても、地元雇用や地元調達が多ければ地域経済への効果は高まる。

反対に、地元企業であっても仕入れと雇用の多くが地域外であれば、地域内波及は限定される。

第五に、自治体単独主義から生活圏連携へ移行する

市町村ごとに同じ施設を維持するのではなく、それぞれの地域が役割を分担する。

すべてを一か所に集約するのではなく、住民に身近な窓口は残しながら、専門機能や設備を共同化することが現実的である。

14.人口増加策を否定する必要はない

ここまでの議論は、移住政策、企業誘致、観光振興を否定するものではない。

人口が増えれば、地域の需要と担い手が増える可能性がある。若い世代や子育て世帯の移住は、学校、地域活動、住宅市場にも影響する。

問題は、人口増加策だけに依存することである。

移住者を募集しながら、交通、医療、買い物、雇用が縮小していけば、移住後の定着は難しい。

観光客を増やしながら、地元事業者が人手不足で営業できなければ、観光需要を地域所得へ変換できない。

企業を誘致しても、地域内の人材や取引先と結びつかなければ、工場や事業所が地域経済から孤立する可能性がある。

人口増加策と人口減少への適応策は、どちらか一方を選ぶものではない。

両者を同時に進める必要がある。

15.外房の地域経済に必要なのは、縮小ではなく再設計である

人口減少地域の政策は、しばしば「何を廃止するか」という議論になりやすい。

しかし、単純な撤退や削減だけでは、残された住民の生活条件が悪化し、さらなる人口流出を招く。

必要なのは、すべてを従来の形のまま維持することでも、すべてを削減することでもない。

限られた人口、人材、財源のなかで、必要な機能を残すために、提供方法を変えることである。

店舗を維持できなければ、移動販売や共同配送を組み合わせる。

路線バスを維持できなければ、予約制乗合交通やタクシー補助を検討する。

すべての診療科を地域内に置けなければ、総合診療、訪問診療、広域病院への移動手段を整える。

自治体単独で事業を維持できなければ、複数自治体で共同運営する。

これは地域を諦める政策ではない。

人口規模に合った形へ地域を再設計する政策である。

結論

人口を増やすことは、地方創生の重要な要素である。

しかし、人口増加だけを地域再生の条件にすれば、多くの人口減少地域は、長期間にわたって政策上の失敗地域として扱われることになる。

実際には、人口が減少しても、生活サービスを維持し、地域内で所得と消費を循環させ、住民が安心して暮らせる地域をつくることは可能である。

そのためには、人口、観光客数、企業誘致件数といった分かりやすい数字だけでなく、住民が医療や買い物へ到達できる時間、事業者の継続率、地域内調達率、交通の利用可能性などを政策の成果として測る必要がある。

外房地域の将来を考えるとき、目標とすべきなのは、過去と同じ人口規模へ戻すことだけではない。

人口が減っても、住民の生活が成立し、地域経済が機能し続ける仕組みをつくることである。

人口減少を認めることは、地域の衰退を受け入れることではない。

現実を正確に把握し、その人口規模に合った経済、交通、医療、商業、行政の形へ再設計することが、人口減少時代の地方創生に求められている。

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はじめに~「仕事がない」と「働き手がいない」は同じではない

地方について語るとき、「仕事がない」という言葉がよく使われます。

若者が地域を離れる理由として、就職先が少ないこと、希望する職種が見つからないこと、都市部より賃金が低いことなどが挙げられます。実際、千葉県東部や南房総では、東京都心に近い県西部と比べて、企業や事業所の選択肢が限られる地域があります。

しかし、地方の雇用問題を詳しく見ると、単純に仕事の数が少ないだけではありません。

地域では、次の三つの現象が同時に起きています。

  1. 就職希望者に対して求人が少ない仕事
  2. 求人はあるが応募者が集まらない仕事
  3. 住民には必要とされているが、民間事業として採算が合わない仕事

つまり、地方には「仕事がない」一方で、「働く人がいない仕事」や「必要なのに事業者が続けられない仕事」もあります。

本記事では、千葉県東部、外房、南房総を念頭に置きながら、地方の仕事を次の二つに分けて考えます。

  • 人材が不足している仕事
  • 需要はあっても採算が成立しにくい仕事

観光、移住、起業支援といった言葉だけで地域雇用を語るのではなく、求人、求職、人口構造、商圏、移動費、人件費などから現実的に整理します。


最初に結論~地方の問題は仕事の総量より「ミスマッチ」にある

地方では、すべての仕事が不足しているわけでも、すべての仕事で人手不足になっているわけでもありません。

2026年5月の千葉県における有効求人倍率は、求職者の住所地に近い公共職業安定所で集計する受理地別で0.97倍、実際の就業場所を基準にする就業地別で1.25倍でした。

有効求人倍率とは、仕事を探している人1人に対して、何件の求人があるかを示す指標です。受理地別では1倍を下回る一方、就業地別では1倍を上回っています。これは、県内全体で見ても、求職者の居住地と求人が存在する地域が一致していないことを示します。

さらに職業別に見ると、求人倍率には大きな差があります。

2026年5月の千葉県では、建設・採掘の職業が5.89倍、保安の職業が5.16倍、サービスの職業が1.92倍、生産工程の職業が1.66倍、輸送・機械運転の職業が1.56倍でした。

一方、事務的職業は0.24倍、管理的職業は0.41倍、運搬・清掃・包装等の職業は0.63倍、農林漁業の職業は0.81倍でした。

この数字から分かるのは、地方の仕事問題が、単純な求人不足ではないということです。

求人が多く人が集まらない職種と、希望者が多いのに求人が少ない職種が、同時に存在しています。

したがって、地方の雇用問題の中心は、次の不一致です。

  • 求人のある職種と求職者が希望する職種の不一致
  • 求人地域と居住地域の不一致
  • 事業者が支払える賃金と、働く人が必要とする所得の不一致
  • 地域住民が必要とするサービスと、事業者が採算を取れる料金の不一致

「地方には仕事がない」という言葉の四つの意味

同じ「仕事がない」という言葉でも、実際には異なる状態を指しています。

1.求人件数そのものが少ない

人口が少ない地域では、企業数、事業所数、店舗数も限られます。

そのため、同じ職種でも求人が出る回数が少なくなります。希望する勤務条件に合わなければ、次の求人が出るまで長期間待つこともあります。

2.希望する仕事がない

求人はあっても、介護、建設、運輸、宿泊、飲食などに偏り、事務、企画、研究、情報処理などの求人が少ない場合があります。

この場合、統計上は求人があっても、求職者にとっては「仕事がない」と感じられます。

3.賃金や勤務条件が合わない

仕事があっても、賃金、休日、勤務時間、通勤距離、身体的負担が生活条件に合わなければ、応募にはつながりません。

特に自動車通勤が必要な地域では、燃料費、車両維持費、通勤時間も実質的な就業コストになります。

4.配偶者を含む世帯全体の仕事がない

本人の仕事が見つかっても、配偶者の仕事が見つからなければ、世帯としての移住や定住は難しくなります。

地方移住では、1人分の求人ではなく、夫婦や世帯全体の所得を考える必要があります。


千葉県全体でも求人が十分とは言い切れない

2026年5月の千葉県では、受理地別の有効求人倍率が0.97倍でした。正社員の有効求人倍率は0.72倍で、求職者1人に対して正社員求人が1件未満という状況でした。

また、有効求人数は前年同月比5.2%減、新規求人数は11.0%減となっています。千葉労働局は、県内の雇用失業情勢について、緩やかに持ち直しているものの動きに弱さが見られ、物価上昇などの影響に注意が必要だとしています。

したがって、「人手不足だから、地方では誰でも簡単に就職できる」と考えるのも正確ではありません。

求人倍率が高いのは特定の職業に偏っています。希望職種、資格、経験、勤務地、雇用形態によって、就職の難易度は大きく変わります。


人手不足が深刻な仕事1~建設・住宅修繕

2026年5月の千葉県では、建設・採掘の職業の有効求人倍率が5.89倍でした。求人が求職者の約5.9倍ある計算で、職業分類の中でも特に高い水準です。

千葉県東部や南房総では、今後も建設関連の需要が残ると考えられます。

  • 老朽住宅の修繕
  • 空き家の管理と解体
  • 屋根や外壁の補修
  • 台風・豪雨被害への対応
  • 水道、電気、給排水設備の更新
  • 高齢者住宅の手すり設置
  • 段差解消
  • 庭木や擁壁の管理
  • 道路、橋、上下水道の維持
  • 災害復旧

南房総地域は、人口減少と高齢化が進む一方で、住宅、道路、鉄道、水道などの生活基盤を維持する必要があります。千葉県の第5次南房総地域半島振興計画では、対象地域の人口が1960年の約34万人から2025年には約22万人まで約35%減少し、65歳以上人口の割合は約43%とされています。

人口が減っても建物やインフラが同じ割合で減るわけではありません。

そのため、建設や修繕の需要は残ります。しかし、人材不足が続けば、依頼から着工までの待ち時間が延び、工事費が上昇し、小規模な修繕を引き受ける事業者が減る可能性があります。

需要があっても新規参入が容易ではない

建設や住宅修繕は求人倍率が高いからといって、未経験者がすぐに独立できる分野ではありません。

必要になるものには、次があります。

  • 技術と実務経験
  • 工具、車両、資材
  • 各種資格
  • 建設業許可が必要となる工事への対応
  • 労災・損害賠償への備え
  • 見積り能力
  • 施工後の保証
  • 繁忙期と閑散期の資金管理

したがって、仕事は不足していても、参入障壁が低いとは限りません。


人手不足が深刻な仕事2~介護・医療・福祉

高齢化する地域では、介護、看護、訪問診療、配食、送迎などの需要が増えます。

千葉県は、福祉人材について、2025年度に7,113人不足するという推計を示していました。保育士の有効求人倍率も、2023年1月時点で2.64倍とされていました。([千葉県公式サイト][1])

南房総地域の計画でも、保健師の確保、救急医療体制、公的医療機関、地域包括ケア、地域密着型サービスの整備が課題として挙げられています。

高齢者が多い地域では、需要が消える可能性は低いでしょう。

しかし、需要が多いことと、民間事業者が十分な利益を上げられることは別です。

介護事業では、報酬の多くが公的制度によって定められます。利用料金を自由に引き上げにくい一方、人件費、燃料費、車両費、物価は上昇します。

訪問介護や訪問看護では、利用者宅が分散しているほど、1日に訪問できる件数が減ります。

移動時間は売上になりにくい

たとえば、1件のサービス提供時間が60分でも、往復移動に40分かかれば、実際には100分を使用します。

1日8時間働いても、移動や記録、準備を含めると、売上を得られる時間は限られます。

人口密度の低い地方では、需要があっても、1人の職員が担当できる件数が少なくなり、採算が悪化します。


人手不足が深刻な仕事3~運輸、送迎、物流

2026年5月の千葉県では、輸送・機械運転の職業の有効求人倍率は1.56倍でした。

千葉県東部や南房総では、次の移動需要があります。

  • 食品、日用品の配送
  • 農水産物の輸送
  • 通院送迎
  • 介護施設送迎
  • スクールバス
  • 観光客の移動
  • 宅配便
  • 建設資材輸送
  • 災害時物流

自動車依存が強い地域ほど、運転手不足の影響は大きくなります。

鉄道や路線バスの利用者が減少しても、高齢者や運転免許を持たない人の移動需要がなくなるわけではありません。

南房総地域の計画では、鉄道利用者の減少を踏まえ、鉄道、高速バス、広域バスの維持と、地域の実情に応じた交通サービスの再編が掲げられています。

必要だが採算が悪い代表的な分野

地方交通は、地域住民に必要であっても、乗客数が少ないと民間採算が成立しません。

運転手1人、車両1台を動かす費用は、乗客が1人でも10人でも大きくは変わりません。

そのため、利用者が少ない地域では、1人当たりの運行費用が高くなります。

これは、需要がないのではなく、需要が薄く広く分散していることが問題です。


人手不足が深刻な仕事4~保安、警備、施設管理

千葉県の2026年5月の保安職業の有効求人倍率は5.16倍でした。

地方では、人口減少によって施設や住宅の無人化が進む一方、次の管理需要は残ります。

  • 公共施設の警備
  • 病院、介護施設の管理
  • 商業施設の警備
  • 駐車場管理
  • 空き家巡回
  • 災害時の交通誘導
  • 工事現場の警備
  • イベント警備

ただし、警備業も勤務時間が不規則になりやすく、屋外勤務や夜間勤務を伴います。

求人が多くても、求職者が希望する条件と一致しなければ、人手不足は解消しません。


求人が少ない仕事~事務職を希望しても選択肢が限られる

2026年5月の千葉県では、事務的職業の有効求人倍率が0.24倍でした。

これは、事務職を希望する求職者約4人に対して、求人が1件程度しかない計算です。

地方では、事務職、企画職、管理職などの求人が少なくなりやすい傾向があります。

事業所が小規模であれば、経理、総務、営業事務を経営者や家族が兼務することがあります。専任の事務職を雇用する余裕がない事業者もあります。

また、デジタル化や業務集約によって、事務部門が都市部の本社や外部事業者に集約される場合もあります。

したがって、地方には求人があっても、身体的負担が比較的少なく、勤務時間が安定した事務職へ応募が集中しやすくなります。

これは、「働く意欲がない」のではなく、求職者が望む仕事と地域で必要とされる仕事が一致していない状態です。


農林漁業は担い手不足でも求人倍率が高いとは限らない

2026年5月の千葉県では、農林漁業の職業の有効求人倍率は0.81倍でした。

一方で、南房総地域では、第1次産業の就業者割合が9.2%と、県平均の2.5%を大きく上回っています。また、県の計画では、農林水産業の担い手確保、後継者育成、流通加工体制の整備が課題に挙げられています。

担い手不足と言われる農業や漁業で、求人倍率が極端に高くないのはなぜでしょうか。

理由の一つは、農林漁業では、雇用者として求人を出す形だけでなく、次の働き方が多いためです。

  • 自営業
  • 家族経営
  • 法人の季節雇用
  • 短期雇用
  • 外国人技能実習・特定技能
  • 独立就農
  • 漁業権や設備を伴う経営

つまり、後継者不足や経営者不足が、そのまま公共職業安定所の求人件数には表れません。

農業や漁業では、「求人が少ないから人手が足りている」とは判断できません。


需要があっても採算が合わない仕事とは何か

地方で特に問題になるのは、住民が必要としているのに、民間事業として続けにくい仕事です。

代表的なものには次があります。

  • 買い物代行
  • 通院送迎
  • 高齢者の見守り
  • 空き家巡回
  • 草刈り
  • 小規模な住宅修繕
  • 家具移動
  • 電球交換
  • 配食
  • 訪問理美容
  • 行政手続き支援
  • デジタル機器の設定支援

これらは地域生活に必要ですが、1件当たりの支払額が低くなりやすく、移動時間が長いという問題があります。


地方事業の採算を決める基本式

地方の小規模事業は、売上高だけで評価できません。

概念的には、次のように考えます。

事業利益 =売上 -人件費 -車両費 -燃料費 -移動時間の人件費 -材料費 -保険料 -広告費 -事務費 -税・社会保険料

特に重要なのが、移動時間です。

都市部では近距離に複数の顧客がいるため、1日に多くの訪問ができます。

一方、地方では、顧客宅が広範囲に分散しています。

たとえば、1件5,000円の作業を1時間行う場合でも、往復移動に1時間かかれば、実質的には2時間を使います。

1日に3件実施するとします。

  • 売上 5,000円×3件=1万5,000円
  • 作業時間 3時間
  • 移動時間 3時間
  • 準備、報告、会計 1時間
  • 合計稼働時間 7時間

ここから燃料、車両、道具、保険、広告、税金を差し引けば、十分な所得を残せない可能性があります。

この金額は比較のための仮定ですが、地方の生活支援事業では、作業単価ではなく、移動を含む1時間当たり売上を計算する必要があります。


買い物代行~必要性は高くても利用料金を上げにくい

自動車を運転できない高齢者にとって、買い物代行は重要なサービスです。

しかし、利用者が支払える金額には限度があります。

仮に、買い物代行1回の料金を2,000円とします。

買い物、移動、商品の受け渡しに合計90分かかれば、1時間当たり売上は約1,333円です。

ここから燃料費、車両費、保険、事務費を差し引く必要があります。

複数世帯の商品をまとめて購入し、同じ地域で配送できれば効率は上がります。しかし、利用時間や購入店舗、商品が異なると共同化は難しくなります。

必要なサービスであっても、完全な民間事業では成立しにくく、自治体、社会福祉協議会、スーパー、宅配事業者などとの連携が必要になる場合があります。


通院送迎~需要が強くても自由には営業できない

高齢者の通院送迎も、地域で必要性の高い仕事です。

しかし、有償で人を自動車に乗せて運ぶ事業には、道路運送法などの規制が関係します。

自家用車で自由に料金を受け取り、送迎事業を行えるわけではありません。

また、通院送迎には次の負担があります。

  • 予約時間に合わせた待機
  • 診療終了時間が読めない
  • 乗降介助
  • 車椅子対応
  • 感染対策
  • 事故時の責任
  • キャンセル
  • 早朝対応
  • 遠距離通院

単なる距離料金では、待ち時間のコストを回収できないことがあります。


空き家管理~契約数が少ないと巡回費用を回収できない

空き家が増える地域では、巡回、換気、郵便物確認、写真報告、台風後の点検などの需要があります。

しかし、空き家が広範囲に分散していると、1日当たりに巡回できる戸数が少なくなります。

仮に月額3,000円で管理契約を結んでも、月1回の訪問、報告、移動に1時間かかれば、十分な利益は残りません。

事業として成立させるには、次の工夫が必要です。

  • 同一地区で契約を集める
  • 基本料金と追加作業を分ける
  • 草刈り、清掃、修繕を別料金にする
  • 不動産会社や自治体と連携する
  • 台風後点検を追加契約にする
  • 写真報告を標準化する

空き家が多いだけでは、空き家管理事業が成立するとは限りません。

契約率、移動距離、所有者の支払能力が重要です。


草刈り・庭木管理~需要はあっても季節性が強い

高齢化と空き家の増加によって、草刈りや庭木管理の需要は増える可能性があります。

しかし、次の問題があります。

  • 春から秋に需要が集中する
  • 雨天で作業できない
  • 熱中症や事故の危険がある
  • 草刈り機や車両が必要
  • 刈草の処分費がかかる
  • 土地の傾斜や面積で作業量が変わる
  • 近隣建物や車への飛石事故がある

需要が多い時期には人手が足りず、冬には仕事が減る可能性があります。

単一業務だけで年間所得を確保するのは難しく、空き家管理、清掃、小修繕などとの組合せが必要です。


観光業~観光客が多くても年間雇用が増えるとは限らない

外房や南房総では、観光業が地域雇用の柱として期待されます。

県の南房総地域半島振興計画でも、観光人材の確保、海、温泉、食などを活用した観光振興が掲げられています。

しかし、観光客が増えても、次の条件では安定した仕事になりにくい場合があります。

  • 夏や休日に利用が集中する
  • 日帰り客が多い
  • 1人当たり消費額が少ない
  • 宿泊施設が域外資本である
  • 食材や備品を域外から仕入れる
  • 短期・非正規雇用が多い
  • 平日の需要が少ない
  • 天候で売上が変動する

2026年5月の千葉県では、宿泊業・飲食サービス業の新規求人は前年同月比22.4%減少しました。単月の数字だけで長期傾向を断定することはできませんが、観光関連の求人が常に増え続けるわけではないことは確認できます。

観光業を地域雇用につなげるには、来訪者数よりも、宿泊率、消費額、年間稼働率、地域内調達率を見る必要があります。


地方の飲食店が難しい理由

地方では家賃が安いため、飲食店を始めやすいように見えます。

しかし、飲食店の経営は家賃だけでは決まりません。

  • 商圏人口
  • 昼夜の通行量
  • 平日客
  • 観光客の季節変動
  • 食材費
  • 光熱費
  • 人件費
  • 廃棄率
  • 駐車場
  • 経営者の労働時間
  • 後継者

人口の少ない地域では、固定客の利用頻度が限られます。

観光客を対象にすると、繁忙期と閑散期の差が大きくなります。

「競合店が少ない」ことは、事業機会を意味する場合もありますが、単に市場規模が小さいため参入店がない可能性もあります。


地域内需要だけに依存する事業の限界

地方で事業を始める場合、地域住民だけを顧客にすると、人口減少の影響を直接受けます。

たとえば、人口が毎年2%減る地域では、利用率が変わらなければ、理論上の顧客数も減少します。

さらに、高齢化によって所得や消費内容が変わります。

そのため、地域事業は次のどちらかを持つ方が安定しやすくなります。

地域外から売上を得る

  • 農水産物の域外販売
  • 食品加工
  • 通信販売
  • 業務受託
  • データ処理
  • 設計、編集
  • オンライン教育
  • 観光宿泊
  • 企業研修

地域内で不可欠な継続需要を得る

  • 医療
  • 介護
  • 修繕
  • 交通
  • 物流
  • 食品
  • 住宅管理
  • 廃棄物処理
  • 防災
  • 行政・事業者向け業務

ただし、不可欠な需要であっても、料金設定や制度上の制約によって利益が出るとは限りません。


南房総地域では「働く場所の不足」も確認されている

千葉県の南房総地域半島振興計画では、就従比が0.94とされています。

就従比とは、その地域で働く就業者数を、その地域に住む就業者数で割った比率です。

1を下回る場合、地域に住む就業者数より、地域内の就業場所が少ないことを示します。

南房総地域では就従比が0.94であり、県は就業の場が不足していると整理しています。

これは、地域外へ通勤する人が一定数いることを意味します。

ただし、南房総では東京湾岸地域のように、大量の通勤者を鉄道で都市部へ運ぶことは容易ではありません。

移動時間と交通費を考えると、地域内雇用を一定程度確保する必要があります。


人手不足でも賃金を上げられない構造

人手不足なら、賃金を上げれば応募者が増えると考えられます。

理論上はその通りですが、小規模事業者には、賃上げ分を価格へ転嫁できない場合があります。

中小企業庁の2025年版中小企業白書は、中小企業・小規模事業者が、物価高、金利負担、構造的な人手不足などの厳しい経営環境に直面していると整理しています。中小企業・小規模事業者は国内雇用の約7割を担っており、人材確保、生産性向上、事業承継が重要課題とされています。([中小企業庁][2])

地方の事業者では、顧客も地域住民や小規模事業者であることが多く、料金を上げれば利用が減る可能性があります。

その結果、次の循環が起きます。

  1. 人手が不足する
  2. 賃金を上げたい
  3. 料金を上げる必要がある
  4. 顧客が減る
  5. 売上が減る
  6. 賃金を十分上げられない
  7. さらに人が集まらない

これは、事業者の努力だけで解決できない場合があります。


新規創業より事業承継が現実的な場合もある

地方では、新しい店や会社を作ることが注目されます。

しかし、既存事業者が高齢化し、後継者がいない場合、ゼロから創業するよりも既存事業を引き継ぐ方が合理的なことがあります。

中小企業庁によると、中小企業の経営者は依然として高齢で、60歳以上が過半数を占めています。後継者不在率は改善傾向にあるものの、事業承継は引き続き重要な課題です。([中小企業庁][3])

事業承継には、次の利点があります。

  • 既存顧客がいる
  • 設備がある
  • 取引先がある
  • 地域で信用がある
  • 技術やノウハウがある
  • 売上実績を確認できる

一方で、設備の老朽化、債務、低採算、属人的な取引などを引き継ぐ危険もあります。

「後継者がいない事業」だから有望なのではなく、将来需要と収益性を確認する必要があります。


地方で不足する仕事と採算が難しい仕事の整理

分野 地域需要 人材不足 採算上の問題
建設・修繕 高い 深刻 技術・設備・資格が必要
医療・介護 高い 深刻 報酬制約、移動時間
運輸・送迎 高い 深刻 乗客密度、車両費
警備・保安 一定 深刻 夜間・屋外勤務
農林漁業 地域差あり 後継者不足 季節、価格、設備投資
観光・宿泊 季節変動 地域差あり 稼働率、非正規化
買い物代行 高齢地域で高い 事業者不足 利用者が払える料金が低い
空き家管理 増加傾向 地域差あり 巡回距離、契約単価
草刈り・庭管理 高い 作業者不足 季節性、事故リスク
事務職 希望者が多い 不足とは限らない 求人そのものが少ない

この表から分かるように、「需要がある」「求人がある」「事業が儲かる」は、それぞれ異なる概念です。


地方で事業を始める前に確認すべき10項目

1.実際に料金を払う顧客は何人いるか

困っている人の数ではなく、有料利用者数を確認します。

2.顧客はどこに分布しているか

商圏人口だけでなく、移動距離を確認します。

3.1件当たり総所要時間は何分か

作業時間だけでなく、移動、準備、報告を含めます。

4.年間を通して需要があるか

観光、草刈り、農作業などは季節変動があります。

5.利用者が支払える料金はいくらか

必要性が高くても、支払能力が低ければ民間事業は成立しません。

6.法律、許認可、資格が必要か

送迎、介護、建設、廃棄物処理などは規制を確認します。

7.代替サービスがあるか

家族支援、自治体サービス、宅配、既存事業者との競合を確認します。

8.自分が働けなくなった場合も続けられるか

1人事業では、病気や事故で事業が止まります。

9.地域外から売上を得られるか

地域内人口が減少しても売上を維持できる仕組みが必要です。

10.撤退時の費用はいくらか

車両、設備、店舗、在庫、借入金の処分費を確認します。


地方で将来も残りやすい仕事

人口減少下でも、次の仕事は一定の需要が残る可能性があります。

  • 住宅・設備修繕
  • 医療・介護
  • 物流・配送
  • 農水産物の加工・流通
  • 空き家管理
  • 防災・災害復旧
  • 高齢者向け生活支援
  • 小規模事業者向け事務支援
  • デジタル手続き支援
  • 地域交通
  • 廃棄物処理
  • インフラ保守

ただし、需要が残る分野でも、すべての事業者が利益を上げられるわけではありません。

商圏の集中、共同配送、予約の集約、事業者間連携、自治体委託などによって、移動や固定費を抑える仕組みが必要です。


現実的な結論~地方には仕事がないのではなく、仕事の条件が合っていない

地方には、確かに仕事の選択肢が少ない地域があります。

特に、事務、企画、専門職、管理職などは求人が限られ、若年層や高学歴層が都市部へ移る一因になります。

一方で、建設、介護、運輸、警備、修繕などでは、求人があっても人が集まりません。

さらに、買い物代行、通院送迎、空き家管理など、住民に必要でも、民間採算が成立しにくい仕事があります。

したがって、地方の仕事問題は、次の三つに分ける必要があります。

仕事そのものが少ない問題 人は必要だが応募者がいない問題 社会的需要はあるが事業収益が出ない問題

これらを一つにまとめて「地方には仕事がない」と表現すると、対策を誤ります。

求人が少ない職種には、地域外から仕事を受注する仕組みや、既存企業の業務部門を地域へ移す施策が必要です。

人手不足職種には、賃金、住宅、勤務時間、教育訓練、職業イメージの改善が必要です。

採算が取れない生活サービスには、共同化、自治体委託、地域拠点への集約などが必要です。

地方で新しい事業を考える場合、「地域で困っている人がいる」という理由だけでは不十分です。

必要なのは、

  • 誰が料金を払うのか
  • いくら払えるのか
  • 何件集められるのか
  • 移動を含めて利益が残るのか
  • 5年後も需要があるのか

を数字で確認することです。

地方には仕事がないのではありません。

正確には、求職者が希望する仕事、地域が必要とする仕事、事業者が利益を出せる仕事の三つが一致していないのです。

この不一致を明確にすることが、地方雇用や地域事業を現実的に考える出発点になります。


地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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