地方経済を活性化する方法として、企業誘致ほど分かりやすい政策はない。工場が建ち、事業所の看板が掲げられ、新しい雇用者数が発表されれば、町が前へ進んでいるように見える。自治体にとっても「企業を一社誘致した」という成果は説明しやすく、新聞記事にもなりやすい。これに比べると、昔から町にある会社の在庫管理を改善した、製造工程を見直した、宿泊施設の予約管理を効率化したといった話は、どうしても地味に映る。
しかし、地域経済にとって本当に重要なのは、新しい建物が何棟できたかではなく、その地域で新しくどれだけの付加価値が生まれ、そのうちどれだけが住民や地域企業の所得として残ったかである。この物差しで考え始めると、「大企業を一社誘致する」という政策とは別に、「すでに地域にある企業10社を強くする」という方法が見えてくる。
そこで考えてみたい。自治体が企業誘致に大きな予算を使う代わりに、地元企業10社の生産性を2割程度高めることができたなら、地域経済への効果はどちらが大きいのだろうか。
結論を先に言えば、地元企業支援が必ず勝つわけではない。ただし、企業誘致について私たちが普段見ている数字には、地域経済への本当の効果を表していないものがかなり含まれている。そのため、条件によっては、目立たない10社の改善の方が、地域に大きな所得を残す可能性がある。
売上高ではなく、地域で生まれた「付加価値」を見る
最初に整理しておかなければならないのは、生産性を2割上げることと、売上高や付加価値がそのまま2割増えることは同じではないという点である。
生産性とは、労働時間や人員、設備などの投入に対して、どれだけ大きな価値を生み出せるかという関係を示している。たとえば、同じ人数でこれまでより多くの商品を作れるようになれば生産性は上がるし、同じ仕事を短い時間で終えられるようになっても上がる。商品を高付加価値化して同じ労働時間からより多くの利益や賃金を生み出す場合も、生産性向上と考えられる。
ところが、同じ人数で2割多く生産できるようになったからといって、地域経済に生まれる付加価値が必ず2割増えるわけではない。商品を買う人がいなければ生産量は増えないし、省力化によって従業員数を減らせば、企業の生産性が上がっても地域全体の雇用所得が同じ割合で増えるとは限らない。
したがって、「地元企業10社の生産性を2割上げる」という政策を評価する場合、本当に見るべきなのは2割という数字そのものではなく、その結果として追加的にどれだけの付加価値が生まれたかである。
たとえば10社への支援によって、業務改善、設備更新、商品高付加価値化、販路拡大などが進み、その結果として10社全体で年間2億円の付加価値が追加的に生まれたとしよう。この2億円が、企業誘致によって新たに地域へもたらされる付加価値と比較すべき数字になる。
このように考えると、「売上20億円の企業を誘致した」というニュースだけでは経済効果を判断できないことも分かる。売上高には原材料費や外部企業への支払いなども含まれているからである。地域にとって重要なのは、その売上のうちどの程度が賃金、利益、地域企業への発注などの形で地域側へ残るかである。
大企業が来ても、売上高のすべてが町に残るわけではない
仮に年間20億円を売り上げる工場が地方の町に進出したとする。その数字だけを見ると、地域経済に20億円の新しい市場が生まれたように感じる。しかし、工場が使う部品や原材料をほとんど地域外から購入し、設備の保守も地域外企業が担当し、利益の一部が本社へ送られるのであれば、20億円の多くは町を通過して外へ出ていく。
逆に、売上高そのものはそれほど大きくなくても、地域住民を雇用し、地域企業から原材料やサービスを購入し、利益を地域内で再投資する企業なら、一円の売上が地域経済に与える意味は大きくなる。
つまり、重要なのは企業が地元企業であるか全国企業であるかという名称ではない。地域内雇用がどれくらいあるのか、地域内調達率がどの程度なのか、利益がどこへ帰属するのか、従業員の所得がどこで消費されるのかという構造である。
地元企業だから自動的に地域にお金が残るわけではない。地元企業でも原材料をすべて地域外から仕入れ、従業員が地域外に住み、利益を地域外へ投資していれば、経済効果は外へ流出する。逆に全国企業の工場であっても、地域雇用と地元調達を積極的に行えば、地域経済への寄与は大きくなる。
この違いを無視して「地元企業は善、外から来た企業は悪」と考えると、地域経済の分析を誤ってしまう。
地域経済は「穴の開いたバケツ」に似ている
地域経済を一つのバケツとして考えてみると、この問題は少し見えやすくなる。
町には、観光客の支出、住民の給与、年金、企業売上、行政支出など、さまざまな経路からお金が流れ込んでくる。しかし、バケツの底には無数の穴がある。住民が地域外の大型商業施設で買い物をすればお金は外へ出るし、インターネット通販を利用しても同じことが起きる。企業が地域外の業者から商品や設備を購入すれば、企業活動によって得られた所得の一部は外へ流れる。
企業誘致は、このバケツへ新しい太いホースを一本取り付ける政策だと考えることができる。大規模な企業が来れば大量のお金が地域へ入る可能性があるが、その企業の取引先、従業員、本社機能がほとんど地域外にあれば、入ってきた水もかなりの速度で外へ流れていく。
一方、地元企業の生産性を高める政策は、既存のホースから入ってくる水を増やしながら、場合によってはバケツから流出する水を減らす政策に近い。
たとえば地域の食品会社が製造工程を改善し、廃棄量を減らしながら売上と利益を伸ばしたとする。その会社が地元農家から材料を買えば農家の所得が増え、従業員の賃金が上がれば飲食店や小売店への支出が増える可能性がある。さらに、その飲食店が地域企業へ発注すれば、一度生まれた所得が再び地域内を移動する。
こうした波及効果が大きくなるかどうかは、最初の企業の規模だけでは決まらない。地域の中で企業と企業、住民と企業がどれだけ結び付いているかによって変わるのである。
「10社」には一社とは違う強さがある
一社の巨大企業と10社の地元企業を比較するとき、単純な付加価値の総額とは別に、地域経済の安定性という問題も出てくる。
大企業を一社誘致し、その企業が町の雇用や税収の大きな割合を占めるようになれば、操業している間の経済効果は非常に大きい。しかし、本社の経営判断によって工場が閉鎖されたり、生産拠点が海外へ移されたりすれば、地域は一度に大きな雇用と所得を失う。
これに対して、異なる産業の10社が少しずつ生産性を高める場合、経済基盤は複数の企業へ分散する。建設、食品、宿泊、医療・介護、物流、製造、情報サービスなど異なる需要に支えられた企業が強くなれば、一社の経営悪化が地域全体を直撃する可能性は小さくなる。
ただし、「10社なら安全」と単純に考えることもできない。10社すべてが観光需要に依存していれば、観光客が急減したときには同時に経営が悪化するかもしれない。重要なのは企業数ではなく、地域の産業構造がどの程度分散されているかである。
金融資産で考えれば、異なる10銘柄を持っていても、すべて同じ業種なら十分な分散にはならないのと同じである。
改善の知識は、自然には広がらない
地元企業10社を支援するもう一つの利点として、改善の知識が地域企業へ広がる可能性が考えられる。
ある会社が在庫管理を改善し、別の会社が業務のデジタル化によって作業時間を減らし、さらに別の会社が販売データを使って商品構成を改善する。その方法が企業間で共有されれば、最初に直接支援した10社を超えて効果が広がる可能性がある。
ただし、この効果を過大評価してはいけない。企業は競争相手でもあるため、成功した経営手法を積極的に他社へ教えるとは限らないし、ある企業で成功した方法が別の業種でも使えるとも限らない。
つまり、企業間の知識波及は自動的に起こるものではない。共同研修、商工団体、地域金融機関、取引関係、人材交流など、知識が企業の境界を越えて移動する仕組みがあって初めて、10社への支援が地域全体への支援へと変わっていく。
生産性が上がれば雇用は減るのか
生産性向上については、もう一つ注意しておく必要がある。機械や情報技術を導入して同じ仕事を少ない人数でできるようにすれば、一見すると雇用が減るように思える。
実際、地域の需要がほとんど増えない状況で単純な省力化だけが進めば、必要な労働者数が減る可能性はある。しかし、生産性向上によって価格競争力や品質が改善し、地域外への販売が増えれば、企業そのものが成長し、結果として雇用や賃金が増える場合もある。
したがって、生産性向上と雇用の関係は一方向ではない。
人口減少地域では、この問題はさらに複雑になる。そもそも働き手が不足している地域では、人手を減らせる技術は必ずしも悪いものではない。これまで5人必要だった仕事を4人でできるようになり、余った一人が別の不足産業で働けるなら、地域全体では労働力を有効に使えることになる。
これからの地方では、「何人雇用したか」だけでなく、「限られた労働力からどれだけの付加価値を生み出せるか」という視点がますます重要になっていくだろう。
企業誘致が圧倒的に有利になる地域もある
ここまで読むと、地元企業の生産性を高める方が常に合理的に思えるかもしれないが、それも正しくない。
人口数千人の町に数百人を雇用する高付加価値企業が進出し、その企業が地域住民を多く雇い、地域企業から商品やサービスを調達するなら、その効果は既存企業10社の改善を大きく上回る可能性がある。
企業誘致の重要な役割は、地域外から新しい需要を持ち込むことにある。
地域内だけで商品やサービスを売り買いしていても、人口が減り続ければ市場そのものが縮小する。そのため地域経済を維持するには、製造業、観光、情報サービス、農産物販売などを通じて地域外から所得を獲得する必要がある。
その意味では、「企業誘致か地元企業支援か」という二者択一そのものが少し乱暴なのである。
本当に重要なのは、地域外から所得を獲得できる企業を増やしながら、その所得が地域内に残る仕組みをつくることだ。新しく誘致した企業でもよいし、昔からある地元企業が地域外市場へ進出してもよい。地域経済から見れば、どちらも「外から所得を稼ぐ企業」である。
企業誘致の効果を過大評価する原因
企業誘致を評価するときには、さらに見落とされやすい問題がある。
それは、「その企業は補助金がなくても来ていたのではないか」という問題である。
たとえば自治体が企業に5億円相当の補助や税優遇を行い、その会社が工場を建設したとする。その後、100人の雇用が生まれたとしても、その100人すべてを政策の成果と考えてよいとは限らない。
その企業が物流条件、土地価格、人材、取引先などの理由から、補助金がなくても同じ場所へ進出していたなら、自治体は本来支払う必要のなかった5億円を支払ったことになる。
政策評価では、「政策を実施した後に何が起きたか」だけを見るのではなく、「政策を実施しなかったら何が起きていたか」と比較しなければならない。
地元企業支援でも同じである。補助金を受けた企業の売上が増えたとしても、その企業が自力で同じ設備投資を行っていたなら、増加分のすべてを政策効果として数えることはできない。
ここで重要になるのが「追加性」である。政策がなければ起こらなかった変化だけが、本当の政策効果になる。
自治体が見るべきなのは「一円当たりの追加効果」
こうして考えると、企業誘致と地元企業支援を比較する物差しも変わってくる。
企業誘致によって年間3億円の地域所得が増え、地元企業支援では年間2億円しか増えなかったとする。総額だけを見れば企業誘致の勝ちである。
しかし、企業誘致のために工業団地、道路、上下水道、補助金、税制優遇などへ10億円を投入し、地元企業支援では研修、設備改善、販売支援などへ1億円しか使っていなかったなら、政策としての評価は逆転する可能性がある。
さらに、効果の持続期間も考えなければならない。
誘致企業が5年後に撤退する場合と、地元企業の経営能力が10年、20年にわたって残る場合では、同じ年間2億円、3億円でも価値は違う。一方で地元企業への補助金が単なる設備の買い替えに終わり、企業の競争力がほとんど変わらないなら、地元企業支援であるという理由だけで評価することもできない。
政策名ではなく、公的資金を一円投入したことで、政策を行わなかった場合と比べて、地域内の付加価値や住民所得がどれだけ追加的に増え、その効果が何年間続いたのかを見る必要がある。
企業を呼ぶ町より、企業が強くなる町
地方自治体にとって、企業誘致が魅力的なのは理解できる。成果が目に見えるからである。
工場が完成すれば写真を撮ることができるし、新規雇用100人と発表することもできる。それに比べれば、町工場の段取り時間が20%短縮されたことや、旅館の客室単価が8%上がったこと、運送会社の空車走行が減ったことはニュースになりにくい。
しかし、地域経済を長期的に支える力という意味では、こうした小さな改善が重要になる可能性がある。
特に人口が減る地域では、新しい労働者を大量に確保することそのものが難しくなる。これまでと同じ人数でより大きな付加価値を生み出せる企業を増やし、そこから生まれた所得が地域で再び使われるようにすることは、人口増加とは別の地域成長モデルになり得る。
さらに、地元企業が生産性を高めれば、それ自体が企業誘致の条件にもなる。優秀な協力企業があり、人材が育ち、物流が効率化され、地域金融機関や商工団体に企業支援の能力があれば、外部企業にとっても進出しやすい地域になる。
つまり、地元企業を強くする政策と企業誘致政策は、本来対立するものではない。
企業が育つ地域だからこそ、新しい企業も来やすくなる。その意味では、既存企業の生産性向上は、遠回りに見えて実は企業誘致の基礎をつくる政策でもある。
「10社の生産性を2割上げる方が得か」への答え
では最初の問いに戻ろう。
企業誘致より、地元企業10社の生産性を2割上げた方が地域経済への効果は大きいのだろうか。
この問いに一般的な数字だけで「はい」と答えることはできない。企業誘致によって大きな地域外需要が入り、地域住民の雇用が増え、地元調達も増えるのであれば、企業誘致の方が圧倒的に大きな効果を生むことがある。
一方、誘致のために大きな公的費用を負担し、企業の仕入れや利益の多くが地域外へ流れ、しかも補助金がなくてもその企業が進出していたのであれば、政策としての純粋な効果は見かけほど大きくない。
逆に、地元企業10社への比較的小さな支援によって、付加価値、賃金、地域外売上、地元調達が増え、その効果が長く続くのであれば、地元企業支援の費用対効果が企業誘致を上回ることは十分に考えられる。
したがって、本当に比較すべきなのは「一社対10社」でも「誘致対地元企業」でもない。
政策を実施しなかった場合と比べて、どれだけの付加価値が追加的に生まれ、そのうちどれだけが地域の住民や企業に帰属し、地域内で再び使われ、その効果がどれだけ長く続き、そのために自治体がいくら負担したのか。そこまで計算して初めて、二つの政策を同じ物差しで比較できる。
地方経済の成長は、大きな看板だけでは測れない
人口が増えていた時代には、新しい工場を建て、働く人を増やし、住宅を増やすことが地域成長の分かりやすい姿だった。しかし、人口が減り、働き手も減っていく時代には、成長という言葉そのものを少し変えて考えなければならない。
一万人の町を一万一千人にすることだけが成長なのではない。一万人の町が九千人になっても、一人当たりの付加価値が高まり、企業の利益が安定し、賃金が上がり、地域外から所得を稼ぎ、それが町の中でもう一度回るのであれば、その地域経済は以前より強くなっている可能性がある。
企業誘致には、大きな一発を狙う魅力がある。しかし、地域経済は一発の成功だけでできているわけではない。
町の中で長く営業してきた企業が少し効率よく働けるようになり、これまで捨てていた材料を減らし、少し高く売れる商品をつくり、地域外の顧客を増やし、その利益から賃金を払い、地域企業へ仕事を発注する。その変化は工場の完成式典ほど目立たないが、地域経済の足腰を強くするという意味では、むしろ本質的かもしれない。
地方経済を変えるのは、遠くからやって来る巨大企業だけではない。昔から町に灯っていた10軒の明かりを、それぞれ少しずつ明るくすることによって、町全体が以前より明るくなることもある。
だから企業誘致のニュースを見るとき、本当に知りたい数字は「何人雇用されるのか」だけではない。その企業から地域に最終的にいくら残るのか、そして同じ公的資金を地元企業へ使ったなら、地域にはいくら残ったのか。
人口減少時代の地域経済政策は、そろそろその比較を始める段階に来ている。








