地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

外房で病院や診療所が減ったら、どこまで通院できるのか~医療機関までの距離と高齢者生活を考える

地方で暮らし続けられるかを考えるとき、「近くに病院があるか」は重要な条件です。

しかし、病院や診療所の看板が地域に残っていれば、それだけで医療へアクセスできるのでしょうか。

実際の通院には、

・必要な診療科がある ・診療日に受診できる ・予約を取れる ・医師がいる ・自宅から移動できる ・診察後に帰宅できる ・定期的な通院を繰り返せる

という複数の条件が必要です。

特に高齢になると、10km、20kmという距離そのものだけでなく、自動車を運転できるか、家族が送迎できるか、鉄道やバスの時刻が診療時間に合うかという問題が加わります。

この記事では、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町などを含む外房を念頭に置きながら、千葉県が設定する「山武長生夷隅保健医療圏」の公的資料を中心に、

病院や診療所が存在することと、高齢者が実際に通院できることは同じなのか

を考えます。

最初に結論

外房の将来医療で重要なのは、

病院・診療所の数だけを維持することではなく、必要な診療を、住民が現実的に到達できる範囲で受けられる状態を維持できるか

です。

山武長生夷隅保健医療圏では、千葉県の計画策定時点で一般診療所が263か所あり、一般診療所で診療に従事する医師は253人でした。

しかし同圏域の外来医師偏在指標は85.9で、全国330医療圏中255位です。

千葉県はこの地域について、

「診療所における外来医療のニーズに対して、診療所医師が少ない地域」

と評価しています。

さらに、外来患者については圏域外へ1日約4,500人が流出する一方、圏域内への流入は約1,000人で、差し引き約3,500人の流出超過と推計されています。

つまり、現在でも地域住民の医療が、この医療圏だけで完結しているわけではありません。

将来、医療機関や診療科が減少した場合に問題になるのは、単なる施設数の減少ではなく、

圏域外へ移動しなければ受けられない医療がさらに増える可能性

です。

「外房」の範囲と今回使う統計

日常的に使われる「外房」と、行政上の医療圏は一致しません。

千葉県の山武長生夷隅保健医療圏は、

茂原市 東金市 勝浦市 山武市 いすみ市 大網白里市 九十九里町 芝山町 横芝光町 一宮町 睦沢町 長生村 白子町 長柄町 長南町 大多喜町 御宿町

の6市10町1村で構成されています。

面積は1,161.72平方キロメートルで、千葉県全体の22.5%を占めます。一方、2023年4月1日時点の人口は422,832人で、県人口の6.5%です。

したがって、かなり広い面積に人口が分散する医療圏です。

ただしこの記事で示す医療機関数や医師数は、原則として山武長生夷隅保健医療圏全体の数字です。

勝浦市、御宿町、いすみ市など南側の外房地域だけを表した数字ではありません。

ここは区別する必要があります。

2050年には人口が減っても、75歳以上人口は今より多い

国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計を基にした千葉県資料では、山武長生夷隅区域の人口は、

2020年 約41万人 2025年 約38万8千人 2030年 約36万6千人 2035年 約34万3千人 2040年 約31万9千人 2045年 約29万5千人 2050年 約27万3千人

へ減少すると見込まれています。

2020年から2050年までの減少は約13万7千人です。

割合にすると、

(41万人-27万3千人)÷41万人×100 ≒33%

となります。

一方、75歳以上人口は、

2020年 約7万4千人 2025年 約8万7千人 2030年 約9万4千人 2035年 約9万3千人 2040年 約9万人 2045年 約8万7千人 2050年 約8万8千人

と推計されています。

2050年の総人口は2020年より約3分の1減る一方、75歳以上人口は2020年を上回る推計です。

したがって、

人口が減る =通院する高齢者も同じ割合で減る

とは考えられません。

これは外房の医療を30年先まで考える上で重要な構造です。

現在でも外来患者は地域外へ流出している

千葉県保健医療計画では、山武長生夷隅保健医療圏の居住者を基準にした推計外来患者数は1日約19,900人です。

そのうち、

圏域外への流出 約4,500人/日 圏域外からの流入 約1,000人/日

で、

差し引き約3,500人/日の流出超過

とされています。

主な流出先として、

千葉保健医療圏 約1,400人/日 香取海匝保健医療圏 約700人/日 安房保健医療圏 約700人/日 印旛保健医療圏 約600人/日 市原保健医療圏 約400人/日

などが推計されています。

この数字は平成29年度患者調査などを基に厚生労働省が算出したもので、現在の日々の実数ではありません。

それでも、

地域住民の外来医療が、すでに他の医療圏との移動によって支えられている

ことを示す資料として重要です。

263診療所あるから十分とは言えない

千葉県の資料では、山武長生夷隅医療圏に一般診療所が263か所あり、診療所で診療に従事する医師は253人です。

この数字だけを見ると、かなり多くの医療機関が存在するようにも見えます。

しかし、診療所はすべて同じ医療を提供しているわけではありません。

主たる診療科別の診療所医師数を見ると、

内科 119人 整形外科 23人 眼科 24人 小児科 12人 耳鼻いんこう科 12人 消化器内科 11人 産婦人科 8人 皮膚科 7人 外科 6人 精神科 3人 泌尿器科 3人 循環器内科 2人 腎臓内科 2人 脳神経外科 2人

などとなっています。

これは2020年の「医師・歯科医師・薬剤師統計」による数字です。

つまり、

近所に診療所がある =必要な診療科が近所にある

ではありません。

皮膚科・精神科は県平均よりかなり少ない

山武長生夷隅医療圏について、一般診療所に勤務する医師の人口10万人当たり人数は、

皮膚科 1.7人 精神科 0.7人 眼科 5.7人 耳鼻いんこう科 2.9人

です。

千葉県平均は、

皮膚科 3.6人 精神科 2.5人 眼科 5.4人 耳鼻いんこう科 3.1人

です。

眼科と耳鼻いんこう科は県平均と大きな差がありませんが、皮膚科と精神科について千葉県は「約2分の1以下」と説明しています。

したがって医療アクセスを考える場合、

病院・診療所の総数

だけを見るのでは不十分です。

必要なのは、

診療科ごとのアクセス

です。

医師全体でも「医師少数区域」

千葉県保健医療計画の医師確保に関する資料では、山武長生夷隅保健医療圏の医師偏在指標は145.1で、全国335医療圏中298位です。

千葉県は同圏域を、

「医師少数区域」

に設定しています。

2020年末時点の医療施設従事医師数は545人でした。

千葉県は2026年度末の目標医師数を640人としています。

差は95人です。

ただし、この640人という数字は「必要なすべての医師需要を完全に満たす人数」という意味ではありません。

千葉県の計画では、医師少数区域について、全国の下位33.3%の基準から脱するために必要な人数などを基準に設定しています。

したがって、

640人に達すれば将来の医師不足が完全に解消する

とは解釈できません。

「病院がなくなる」というより、機能が遠くなる問題

地方医療については、

「病院が閉院するか」

という二者択一で考えがちです。

しかし生活者にとっては、もっと段階的な変化があります。

例えば、

近所の診療所が週5日から週3日になる 特定の診療科だけ終了する 常勤医が非常勤になる 午後診療がなくなる 入院機能が縮小する 専門検査が他院紹介になる 手術は別の医療圏へ行く

といった変化です。

この場合、医療機関そのものは地域に残っています。

それでも患者側から見ると、

利用できる医療機能までの距離が伸びた

ことになります。

したがって地域医療アクセスは、施設数だけでなく、

医療アクセス =必要な診療機能への到達可能性

として考える方が実態に近くなります。

では「何kmまでなら通院できる」のか

この記事の題名にある「どこまで通院できるのか」について、最も注意が必要な部分です。

今回確認した千葉県・厚生労働省の資料には、

高齢者は病院まで○km以内なら通院可能

という統一的な基準はありません。

5kmなら大丈夫、10kmを超えたら困難、20kmなら通院不能という客観的な線を、公的資料から設定することはできません。

距離だけでは、

自動車を運転できる人 家族が送迎できる人 鉄道駅に近い人 バス停から遠い人 歩行が困難な人

で条件が違うためです。

したがって、

外房では医療機関まで○km以内に住めば安心

とはこの記事では結論づけません。

公開資料だけでは判断困難です。

本当に重要なのは「距離」より移動時間と反復可能性

例えば片道15kmの医療機関でも、自動車を運転できれば通院できる場合があります。

一方、自宅から2kmしか離れていなくても、

徒歩が困難 バスがない 家族送迎がない タクシー料金を継続的に負担できない

という場合には通院が難しくなります。

したがって高齢者の通院可能性は、分析上、

通院可能性 =医療機関の存在 +必要な診療科 +診療可能日時 +移動手段 +所要時間 +費用負担 +本人の身体能力 +継続して通える頻度

と整理できます。

これは公式指標ではなく、この記事で問題を整理するための概念式です。

重要なのは、

一度だけ病院へ行けること

ではなく、

毎月、あるいは数週間ごとに繰り返し通えること

です。

高齢者医療では「定期通院」が問題になる

高齢期には、高血圧、糖尿病、心疾患、整形外科疾患、眼疾患などで継続的な診療が必要になる場合があります。

このとき通院負担は、

1回の移動負担 × 年間通院回数

として累積します。

例えば専門医への受診で地域外へ移動する場合、1回だけなら家族に頼めても、それを何年も繰り返せるかは別問題です。

したがって、

家族に車で連れて行ってもらえる = 長期間の通院問題が解決している

とは限りません。

これは人口減少地域で特に考える必要があります。

医療圏そのものが非常に広い

山武長生夷隅保健医療圏の面積は約1,162平方キロメートルです。

千葉県全体の約22.5%を占める一方、人口は県全体の6.5%です。

このため「同じ医療圏内」という表現にも注意が必要です。

例えば、同じ山武長生夷隅保健医療圏にある医療機関だからといって、すべての住民にとって近距離とは限りません。

医療行政上の圏域と、

住民が日常的に通える生活圏

は同じではありません。

高度な医療ほど地域内で完結しない

千葉県資料によると、山武長生夷隅医療圏には、計画作成時点で病院23施設、一般診療所263施設がありました。

一方、医療機器を見ると、2020年度医療施設調査などに基づく資料では、

全身用CT(Computed Tomography・コンピュータ断層撮影) 49台 MRI(Magnetic Resonance Imaging・磁気共鳴画像装置) 21台 PET(Positron Emission Tomography・陽電子放出断層撮影) 0台 放射線治療装置 1台 マンモグラフィ 14台

となっています。

千葉県は、PETについて圏域内に保有医療機関がなく、隣接医療圏との連携が重要としています。

つまり、

すべての医療を地域内に置くこと

を前提とした医療体制ではありません。

専門性の高い医療では、ある程度の集約化と地域間連携が必要です。

問題は、

集約した医療機関まで患者が到達できる仕組みも同時に維持できるか

です。

病院を各町に残せばよい、とは限らない

ここで単純に、

「高齢者が増えるのだから、各市町村に病院を残せばよい」

という結論にはできません。

病院には医師だけでなく、

看護師 薬剤師 診療放射線技師 臨床検査技師 臨床工学技士 リハビリテーション職 事務職

など多くの職種が必要です。

設備、病床、検査機器、夜間勤務なども必要になります。

人口が減る地域で、小規模な医療機関にすべての機能を分散させれば、それぞれの医療機関で人員や設備を確保できるとは限りません。

したがって、

近くに何でもある医療

と、

医療の質・人員を確保するための集約化

の間にはトレードオフがあります。

反対に「集約すれば効率的」でも終われない

一方、

「人口が減るなら病院を集約すればよい」

という考えも十分ではありません。

医療機関側の効率が上がっても、

患者の移動距離 家族の送迎時間 タクシー料金 仕事を休む時間 公共交通の利用負担

が増えれば、社会全体では別の負担が発生します。

このブログでこれまで扱ってきた考え方と同じです。

医療機関側の効率化 ≠ 住民側の負担軽減

です。

外房では「医療」と「交通」を別々に考えられない

病院が集約されるほど、交通の重要性は高くなります。

逆に、

路線バスが減る 鉄道の運行本数が減る タクシー事業者が減る 本人が運転できなくなる

という変化が重なると、医療施設そのものが存続していてもアクセスできなくなる可能性があります。

つまり地方では、

医療アクセス =医療提供体制+地域交通

です。

病院政策だけで通院問題を解決することはできません。

自動車を運転できる間だけを見ると問題を見落とす

外房では、自動車で通院している住民も少なくありません。

そのため60代、70代前半では、

「病院まで15kmでも車なら問題ない」

と感じることがあります。

しかし高齢期の居住可能性を考える場合、

現在運転できるか

ではなく、

運転できなくなった後にも同じ医療へアクセスできるか

を見る必要があります。

自動車中心の医療アクセスは、

免許返納 視力低下 認知機能低下 身体機能低下 入院後の体力低下

などによって突然成立しなくなる可能性があります。

したがって地方移住や高齢期の住宅選びでは、現在の自動車移動時間だけでなく、非運転時の通院手段も確認する必要があります。

オンライン診療ですべて解決するわけではない

オンライン診療には、移動負担を軽減できる利点があります。

特に状態が安定した患者の一部では、通院回数を減らせる可能性があります。

しかし、

採血 画像検査 処置 身体診察 緊急対応 手術 リハビリテーション

など、対面でなければ行えない医療は残ります。

そのため、

オンライン診療が普及する = 地方の通院問題がなくなる

とは考えられません。

オンライン診療は、通院を完全に代替する仕組みではなく、適切な患者・疾病について移動回数を減らす一つの方法として考える必要があります。

在宅医療も重要だが万能ではない

山武長生夷隅医療圏には、2023年4月1日時点で在宅療養支援診療所が16か所あり、このうち機能強化型は7か所でした。

高齢化が進む地域では、患者が病院へ行くのではなく、医師や看護師などが患者宅へ行く在宅医療の重要性が高まります。

しかし在宅医療でも、

医師 看護師 車両 移動時間 訪問可能範囲

が必要です。

人口が広い地域に分散していれば、医療従事者側にも移動負担が発生します。

したがって、

在宅医療を増やせば通院問題がすべて解決する

とも言えません。

高齢者に必要なのは「医療施設への距離」ではなく「医療へのアクセス」

今後の地方居住を判断するとき、

最寄り病院まで○km

という情報だけでは不十分です。

少なくとも、

1 普段の内科

慢性疾患の診療や薬の処方を継続できるか。

2 専門診療

眼科、皮膚科、精神科、整形外科、循環器内科など必要な診療科がどこにあるか。

3 検査

CT、MRIなど必要な検査がどこで受けられるか。

4 入院

入院が必要になった場合、どの病院へ行くのか。

5 非運転時

自動車を運転できなくなった後にどう通うか。

6 家族不在時

家族が送迎できない場合に代替手段があるか。

を見る必要があります。

判断前のチェックリスト

地方で高齢期を暮らす場合、現在の医療環境について次の点を確認すると実用的です。

  • [ ] 最寄りの内科まで自動車以外で行けるか
  • [ ] 定期的に必要な専門診療科がどこにあるか
  • [ ] 午前・午後の診療曜日を確認したか
  • [ ] 紹介が必要な病院までの距離を確認したか
  • [ ] 家族送迎なしでも通院できるか
  • [ ] タクシーを継続利用した場合の費用を負担できるか
  • [ ] 公共交通の時刻が診療時間と合っているか
  • [ ] 退院後の通院方法を考えているか
  • [ ] 訪問診療の対象地域に入っているか
  • [ ] 運転できなくなった後の通院手段を決めているか

重要なのは、現在病院へ行けるかではありません。

10年、20年後に身体能力や交通条件が変わっても通院を継続できるか

です。

どのような地域なら比較的維持しやすいのか

医療アクセスを維持しやすいのは、

診療所と中核病院の役割分担がある 専門医療を集約しても交通手段が確保される かかりつけ医と専門医が連携できる 訪問診療・訪問看護を利用できる 公共交通やタクシーなど複数の移動手段がある 住民が医療機関に比較的集まりやすい居住構造

などの条件を持つ地域です。

逆に、

人口が広域に分散している 診療所の後継者がいない 専門診療科が遠い 自動車以外の交通が少ない 家族送迎への依存が大きい

地域では、医療施設数だけを維持しても通院可能性を維持できない可能性があります。

「病院を残すか、なくすか」だけの議論では足りない

人口減少地域では、医療機関の統合・再編が議論されることがあります。

しかし住民生活から見ると、本当に重要なのは、

病院が残ったか 閉院したか

だけではありません。

必要なのは、

必要な医療機能まで何分で行けるのか

自動車がなくても行けるのか

月に何回でも継続できるのか

専門医療が必要になった場合にも移動できるのか

という評価です。

医療アクセスを、

施設の数

ではなく、

医療機能への到達可能性

で考える必要があります。

現実的な結論

山武長生夷隅保健医療圏では、総人口が2020年の約41万人から2050年には約27万3千人へ減少すると推計されています。

一方、75歳以上人口は約7万4千人から約8万8千人となる推計です。

現在でも外来医師偏在指標は全国330医療圏中255位で、千葉県は診療所医師が少ない地域と評価しています。

医師全体の偏在指標でも、山武長生夷隅保健医療圏は「医師少数区域」に設定されています。

さらに、外来患者は1日約3,500人の流出超過と推計されており、現在の医療も圏域外との連携によって成立しています。

したがって将来の外房について、

人口が減るから病院も減らしてよい

とも、

病院を今の数だけ残せば安心

とも言えません。

人口減少社会で重要になるのは、

少なくなる人口に対して、すべての医療施設を同じ形で残すことではなく、必要な医療機能を確保し、その場所まで高齢者が実際に到達できる仕組みを残すこと

です。

そして、高齢期の生活を考える住民側も、

「病院まで車で15分だから大丈夫」

だけではなく、

運転できなくなった後にも、その医療を利用できるか

まで考える必要があります。

地方の医療問題は、

病院があるか、ないか

だけではありません。

医療が存在すること ≠ 必要な人が実際に通院できること

です。

外房で30年後も暮らし続けられるかを考えるなら、この違いを無視することはできません。

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はじめに

「地方の持ち家で、何歳まで暮らし続けられるのか」

地方に住む高齢者や、都市部から地方への移住を考える人にとって、これは重要な問題です。

一般には、健康であれば80歳でも90歳でも自宅で暮らせる、介護が必要になったら施設へ移る、といった説明がされます。しかし、実際の暮らしは、それほど単純ではありません。

地方では、自宅の中で食事や着替えができるだけでは、生活は成立しません。

食料品を買い、病院へ通い、薬を受け取り、家屋や庭を管理し、行政や金融の手続きを行い、災害時には自力で避難する必要があります。これらの多くが、自動車や家族の支援に依存しています。

反対に、身体機能が低下しても、宅配、訪問診療、介護サービス、家族送迎、住宅改修などが利用できれば、自宅生活を続けられる場合があります。

したがって、「何歳まで暮らせるか」という問いを、年齢だけで答えることはできません。

本記事では、厚生労働省、内閣府、総務省統計局、国土交通省、農林水産省などの公的資料を基に、地方での自宅生活が成立する条件と、生活の限界点を客観的に整理します。


最初に結論

地方の高齢者が自宅で暮らせる年齢に、全国共通の上限はありません。

70代で自宅生活が難しくなる人もいれば、90歳を超えて生活できる人もいます。

ただし、これは単なる個人差ではありません。

自宅生活の継続可能性は、概念的には次のように考えられます。

自宅生活の継続可能性 =身体・認知機能 +移動手段 +医療・介護へのアクセス +買い物手段 +住宅の安全性 +住宅管理能力 +家族・地域による支援 +費用負担能力

このうち、一つが失われても直ちに生活不能になるとは限りません。

しかし、複数の条件が同時に失われると、自宅生活は急速に不安定になります。

特に地方では、

  • 自動車を運転できなくなる
  • 配偶者が入院または死亡する
  • 通院先が遠くなる
  • 買い物を代替する手段がない
  • 家や庭を管理できなくなる

といった変化が重なることが、生活の限界点になりやすいと考えられます。

したがって、住み替えや支援導入を考える時期は、特定の年齢ではなく、生活に必要な機能を自分または外部サービスで維持できなくなった時点です。


1.平均寿命は「自立して暮らせる年齢」ではない

2024年の日本人の平均寿命は、男性81.09年、女性87.13年です。

また、65歳時点の平均余命は、男性19.47年、女性24.38年です。単純に加えると、65歳の男性は平均的に84歳台、女性は89歳台まで生きる計算になります。80歳時点でも、男性は平均8.96年、女性は11.83年の余命があります。

しかし、平均寿命や平均余命は、自宅で自立して生活できる期間を示すものではありません。

厚生労働省が示す健康寿命は、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間の平均」です。

2022年の健康寿命は男性72.57年、女性75.45年でした。同年の平均寿命との差は、男性約8.5年、女性約11.6年です。これは、その期間の全てで介護が必要という意味ではありませんが、健康上の制限を抱えて生活する期間が相当程度存在することを示します。

ここから確認できるのは、次の点です。

長生きできる年齢と、支援なしで暮らせる年齢は一致しない。

ただし、健康寿命を超えた時点で自宅生活が不可能になるわけでもありません。

健康上の制限があっても、住環境、家族、医療、介護、移動手段が整えば、自宅生活を続けられます。


2.80歳前後から生活条件の再点検が必要になる理由

年齢だけで判断すべきではありませんが、加齢によって介護や支援を必要とする可能性が上がることは、統計上確認できます。

厚生労働省の資料では、75歳以上全体の要介護・要支援認定率は31.0%、85歳以上では57.7%とされています。つまり、85歳以上では半数を超える人が、何らかの介護保険上の認定を受けています。

ただし、要支援・要介護認定を受けた人が、全員施設へ入るわけではありません。

要支援や比較的軽度の要介護であれば、訪問介護、通所介護、福祉用具、住宅改修などを利用して自宅で暮らすことは可能です。

一方、地方では介護認定の有無だけでは判断できません。

自宅の周囲に介護事業者が存在するか、必要な曜日や時間に利用できるか、職員不足による利用制限がないかも重要です。

したがって、年齢について現実的に表現するならば、次のようになります。

  • 65~74歳は、将来の生活設計を始める時期
  • 75~79歳は、運転・通院・住宅管理の再点検を行う時期
  • 80~84歳は、代替手段を実際に導入する時期
  • 85歳以上は、単独生活を前提とせず、支援体制を定期的に確認する時期

これは医学的な境界ではなく、生活上の準備時期の目安です。

「80歳だから住めない」のではなく、80歳前後から複数の生活機能が同時に低下する可能性を考え、事前に代替策を用意する必要があります。


3.地方では自動車が生活機能の一部になっている

地方の高齢者の自宅生活を考えるとき、最も大きな要素の一つが自動車です。

国土交通省の全国都市交通特性調査では、60代、70代とも、三大都市圏より地方都市圏の方が、自動車の運転または同乗による移動の割合が高いとされています。

地方では、自動車は単なる移動手段ではありません。

  • 食料品を買う
  • 病院へ通う
  • 薬局へ行く
  • 金融機関へ行く
  • ごみを搬出する
  • 家族を送迎する
  • 地域活動に参加する

といった生活を維持する基盤になっています。

そのため、免許返納によって交通事故のリスクが下がっても、代替交通がなければ、通院や買い物が困難になる可能性があります。

警察庁の統計では、2024年の運転免許自主返納件数は全国で約42万8千件でした。自主返納は広く行われていますが、この数字だけでは、返納後の生活が維持できているかまでは分かりません。

重要なのは、「何歳で返納するか」ではなく、次の二つを同時に評価することです。

  1. 運転を続ける事故リスク
  2. 運転をやめる生活喪失リスク

地方で安全な代替手段が存在しない場合、免許返納が通院中断、買い物回数の減少、社会的孤立につながる可能性があります。

したがって、自宅生活を続けるには、返納前に次を確認する必要があります。

  • 路線バスや鉄道の停留所まで歩けるか
  • デマンド交通が自宅付近まで来るか
  • タクシーを継続利用できる所得があるか
  • 家族送迎が定期的に可能か
  • 病院送迎や介護タクシーを利用できるか
  • 食品や日用品の宅配が使えるか

これらが確保できない場合、運転停止が自宅生活の限界点になることがあります。


4.買い物は店舗までの距離だけでは判断できない

地方では、近隣の商店が閉店し、郊外の大型店へ買い物が集中している地域があります。

農林水産省は、食料品店まで直線距離で500メートル以上あり、かつ自動車を利用できない65歳以上の人を「食料品アクセス困難人口」として推計しています。

2020年の食料品アクセス困難人口は全国で904万人、65歳以上人口の25.6%でした。75歳以上では566万人、75歳以上人口の31.0%に相当します。

この数字は、地方の高齢者の全てが買い物に困っているという意味ではありません。

また、都市部でも店舗までの距離、坂道、荷物の運搬、身体機能によって買い物が困難になるため、地方だけの問題でもありません。

一方、地方では店舗密度が低く、公共交通の本数も少ないため、自動車を失った際の影響が大きくなりやすいと考えられます。

買い物能力を判断する際には、次の三段階に分ける必要があります。

第1段階~店舗へ行けるか

  • 歩ける距離か
  • 自動車を使えるか
  • バスの時間が合うか
  • タクシー代を払えるか

第2段階~商品を持ち帰れるか

店舗まで行けても、米、飲料、洗剤、灯油などを持ち帰れなければ、生活は成立しません。

第3段階~代替サービスを利用できるか

  • ネットスーパー
  • 生協などの宅配
  • 移動販売
  • 家族による購入
  • 買い物代行
  • 配食サービス

地域にサービスが存在しても、配送地域、最低注文額、配送料、注文方法などが利用者に合わなければ、実際には使えません。

したがって、「スーパーまで何キロメートルか」だけでは不十分です。

食料を選び、注文し、支払い、受け取って、室内まで運べるか

まで確認して、初めて買い物能力を評価できます。


5.通院できることと、必要な医療を受けられることは違う

地方では、近隣に診療所があっても、必要な診療科や検査を受けられるとは限りません。

慢性疾患の定期受診は近隣で可能でも、

  • 循環器内科
  • 整形外科
  • 眼科
  • 耳鼻咽喉科
  • 泌尿器科
  • 脳神経外科
  • がん治療
  • 高度画像検査

などは、遠方の病院へ行かなければならない場合があります。

高齢になるほど、受診する診療科が増え、複数の医療機関へ通う可能性も高まります。

通院可能性は、単に病院までの距離ではなく、次の要素で決まります。

通院負担 =自宅からの移動時間 +待ち時間 +診療時間 +薬局での待ち時間 +付き添う家族の時間 +交通費

例えば、診療時間が15分でも、往復移動と待ち時間を含めれば半日を要することがあります。

本人が運転できなくなった後、家族が毎月複数回の送迎を続けられるとは限りません。

また、訪問診療があっても、全ての治療や検査を自宅で受けられるわけではありません。急変時の入院先、夜間休日の対応、訪問看護、薬局との連携も必要です。

したがって、自宅生活を判断する際には、

  • かかりつけ医がいるか
  • 定期受診先まで移動できるか
  • 緊急時に搬送を受け入れる病院があるか
  • 訪問診療・訪問看護が利用できるか
  • 家族以外の通院支援があるか

を一体として確認する必要があります。


6.持ち家であっても、住居費はゼロではない

地方の高齢者は、持ち家に住んでいる割合が高い傾向があります。

2023年の住宅・土地統計調査では、高齢者のいる世帯の81.6%が持ち家に居住しています。高齢者夫婦のみの世帯では87.6%です。

持ち家は家賃負担がないという利点があります。

しかし、住宅ローンを完済していても、次の費用は残ります。

  • 固定資産税
  • 火災保険・地震保険
  • 屋根や外壁の修繕
  • 給湯器や水回りの交換
  • 浄化槽の維持管理
  • 庭木の剪定
  • 草刈り
  • 害虫・シロアリ対策
  • 台風や豪雨後の補修
  • 不用品や家財の処分

若い時には自分で行えた作業も、高齢になると外注する必要があります。

つまり、加齢によって住宅管理費が増える可能性があります。

広い戸建て住宅では、居住に使用する部屋が少なくなっても、屋根、外壁、敷地、排水設備などの管理対象は減りません。

そのため、地方の持ち家は、

住宅ローンが終われば負担がなくなる資産

ではなく、

管理能力と修繕費を必要とする生活設備

として考える必要があります。


7.住宅の中にも生活の限界点がある

2023年の住宅・土地統計調査では、高齢者等のための設備がある住宅は、住宅全体の56.0%でした。

一方、個別に見ると、

  • 手すりがある住宅は44.0%
  • 段差のない屋内は22.3%
  • 廊下などが車いすで通行可能な住宅は16.8%
  • 道路から玄関まで車いすで通行可能な住宅は13.4%

にとどまります。

これらは全国値であり、地方住宅だけの数字ではありません。

しかし、地方では築年数の古い戸建て住宅、広い敷地、玄関までの段差、屋外階段、和室中心の間取りなどが、自宅生活の継続を難しくする場合があります。

住宅の問題は、転倒してから初めて表面化することがあります。

確認すべき場所は次のとおりです。

  • 玄関までの通路
  • 玄関の上がり框
  • 廊下と部屋の段差
  • 階段
  • トイレ
  • 浴槽
  • 寝室からトイレまでの距離
  • 夜間照明
  • 屋外の坂道や砂利
  • 車いすや歩行器の通行幅

住宅改修によって対応できる場合もあります。

ただし、構造上改修が難しい住宅や、改修費が大きくなる住宅もあります。

さらに、家の中を安全にしても、玄関から道路まで出られなければ外出はできません。

したがって、バリアフリー化は室内だけでなく、

寝室からトイレ、浴室、玄関、道路、送迎車までの連続した動線

として確認する必要があります。


8.夫婦二人なら安心とは限らない

内閣府の高齢社会白書によると、2023年には65歳以上の人がいる世帯が全世帯の49.5%を占めています。

その中では、夫婦のみの世帯と単独世帯がそれぞれ約3割を占めています。65歳以上の一人暮らしの割合も増加しており、2020年には男性15.0%、女性22.1%でした。

地方の高齢夫婦世帯では、一方に生活機能が集中している場合があります。

例えば、

  • 夫だけが運転する
  • 妻だけが料理や服薬管理をする
  • 夫だけが家屋修繕を手配する
  • 妻だけが家計や行政手続きを管理する

という状態です。

この場合、二人ともある程度健康であっても、一方が入院すると生活全体が止まることがあります。

夫婦二人暮らしを評価するときは、世帯人数ではなく、機能の重複性を見る必要があります。

生活機能 夫だけ可能 妻だけ可能 両方可能 外部代替あり
自動車運転
買い物
調理
服薬管理
通院手配
家計管理
住宅修繕の依頼
行政手続き

一つの機能を一人しか担えず、外部代替もない場合、その人の病気や死亡が自宅生活の限界点になります。


9.地方の自宅生活が崩れる典型的な経路

地方での自宅生活は、突然完全に不可能になるとは限りません。

多くの場合、小さな不便が重なり、徐々に不安定になります。

第1段階~負担が増える

  • 長距離運転を避ける
  • 重い物を買わなくなる
  • 庭の管理が遅れる
  • 2階を使わなくなる
  • 通院回数を減らす

この段階では、本人は「まだ暮らせる」と感じることがあります。

第2段階~生活の縮小が始まる

  • 食事内容が単調になる
  • 外出が減る
  • 受診を先延ばしにする
  • 掃除できない部屋が増える
  • 修繕を放置する
  • 人との交流が減る

暮らしてはいますが、生活の質と安全性が低下しています。

第3段階~家族への依存が固定化する

  • 毎週の買い物を家族に頼む
  • 通院ごとに送迎を頼む
  • 行政手続きを代行してもらう
  • 草刈りや修繕を家族が行う

家族が近隣に住み、継続的に支援できれば成立する場合があります。

しかし、支援する家族が就労していたり、遠方に住んでいたりすれば、長期継続は難しくなります。

第4段階~一つの事故や入院で生活が止まる

  • 転倒
  • 骨折
  • 配偶者の入院
  • 認知機能の低下
  • 自動車事故
  • 給湯器や水道の故障
  • 台風による住宅被害

この段階で、これまで見えなかった生活の脆弱性が表面化します。


10.自宅生活の限界点を判断する基準

年齢ではなく、次の項目で判断する方が現実的です。

移動

  • 安全に運転できる
  • 運転しなくても代替交通がある
  • 玄関から送迎車まで移動できる
  • 月に必要な通院回数を維持できる

買い物と食事

  • 食品を定期的に確保できる
  • 重い商品も入手できる
  • 調理または配食利用ができる
  • 注文、支払い、受取ができる

医療

  • 定期受診を中断していない
  • 服薬管理ができる
  • 急変時の連絡先がある
  • 入院後の退院先を確保できる

住宅

  • 転倒しにくい
  • トイレと浴室を安全に使える
  • 冷暖房を適切に使える
  • 修繕を発見し、業者へ依頼できる
  • 草刈りや庭木管理を外注できる

認知・判断

  • 金銭管理ができる
  • 契約内容を理解できる
  • 訪問販売や詐欺を判断できる
  • 火気、戸締まり、服薬を管理できる

支援

  • 家族が無理なく支援できる
  • 介護サービスが実際に利用できる
  • 緊急時に連絡できる人がいる
  • 家族以外の支援者がいる

これらのうち複数が「できない」「代替がない」となった場合、自宅生活の再設計が必要です。


11.自宅を離れる前に検討できる対策

自宅生活が不安定になっても、すぐに施設入所だけが選択肢になるわけではありません。

住宅を小さく使う

  • 生活を1階に集約する
  • 使用しない部屋を閉鎖する
  • 寝室をトイレの近くへ移す
  • 段差と敷物を減らす

移動を代替する

  • デマンド交通へ登録する
  • タクシー費用を年間で予算化する
  • 通院先を可能な範囲で集約する
  • オンライン診療の適用可能性を確認する

買い物を代替する

  • 宅配を元気なうちに試す
  • 定期配送を利用する
  • 移動販売の曜日を確認する
  • 家族と購入品リストを共有する

住宅管理を外注する

  • 草刈り
  • 庭木管理
  • 定期点検
  • 雨どい清掃
  • 不用品処分
  • 台風後の確認

ただし、外注には継続的な費用が必要です。

自宅に住み続ける費用と、より小さな住宅や高齢者向け住宅へ移る費用を比較する必要があります。


12.住み替えを検討すべき状態

次のような状態が複数重なった場合、住み替えを具体的に検討すべきです。

  • 本人も配偶者も運転できない
  • 日常の買い物を家族だけに依存している
  • 通院を延期または中断している
  • 転倒が繰り返されている
  • 2階、浴室、玄関が使いにくい
  • 住宅修繕を放置している
  • 庭や敷地が管理できない
  • 金銭・契約管理に不安がある
  • 緊急時に来られる人がいない
  • 家族の送迎や管理負担が限界に近い
  • 介護サービスが地域で確保できない

重要なのは、重大事故が起きてから動くのではなく、判断能力と体力が残っている段階で選択肢を比較することです。

住み替えには、

  • 自宅の売却
  • 賃貸住宅への転居
  • 高齢者向け住宅
  • 子どもの近隣への転居
  • 医療機関や商店に近い地域への転居

などがあります。

地方から都市へ移ることだけが住み替えではありません。

同じ市町村内でも、郊外の戸建てから中心部の小規模住宅へ移ることで、生活が維持しやすくなる場合があります。


13.「住み慣れた家」が常に最善とは限らない

住み慣れた自宅には、心理的な安心、近隣関係、思い出、所有権などの利点があります。

一方、自宅に住み続けることが目的化すると、

  • 通院できない
  • 買い物できない
  • 家の一部しか使えない
  • 家族が疲弊する
  • 災害時に避難できない

という状態でも、転居を避け続ける可能性があります。

本来の目的は「自宅に残ること」ではなく、本人の安全、生活の質、意思決定の尊重を維持することです。

住み続けることと、暮らし続けられることは同じではありません。


14.地方自治体に必要な情報

高齢者へ「早めに免許を返納しましょう」「住み慣れた地域で暮らしましょう」と呼びかけるだけでは不十分です。

自治体は地区ごとに、少なくとも次を示す必要があります。

  • 商店までの移動手段
  • 医療機関までの交通
  • デマンド交通の利用条件
  • タクシー助成
  • 移動販売
  • 宅配対応地域
  • 訪問診療・訪問看護の提供地域
  • 草刈りや住宅管理サービス
  • 緊急通報サービス
  • 高齢者向け住宅
  • 住み替え相談
  • 空き家売却・処分相談

サービスの名称だけではなく、料金、利用条件、曜日、予約方法、対応地域まで公開する必要があります。

高齢者の生活可能性は、市町村全体の平均値では判断できません。

同じ自治体でも、中心市街地と郊外、海岸部と山間部、鉄道駅周辺とバスのない地区では条件が異なるからです。


15.現実的な結論

地方の高齢者が何歳まで自宅で暮らせるかについて、一律の年齢を示すことはできません。

平均寿命、健康寿命、要介護認定率は、将来のリスクを把握する材料にはなりますが、個人の退去年齢を決める数字ではありません。

自宅生活の限界点は、多くの場合、身体機能の低下だけでなく、

  • 運転できない
  • 買い物できない
  • 通院できない
  • 家を管理できない
  • 配偶者または家族の支援を失う

という条件が重なったときに現れます。

特に地方では、自動車が複数の生活機能を支えているため、運転停止の影響が大きくなります。

一方で、移動、宅配、医療、介護、住宅管理を外部サービスへ置き換えられる地域では、身体機能が低下しても自宅生活を続けられる可能性があります。

したがって、問いは、

「何歳まで住めるか」

ではなく、

「現在の生活を支えている機能は何か。その機能を失ったとき、何で代替できるか」

へ置き換えるべきです。

自宅生活を続けるためには、元気なうちに、

  1. 運転をやめた後の移動を試す
  2. 宅配や配食を実際に利用する
  3. 住宅の危険箇所を点検する
  4. 修繕・草刈りの外注費を把握する
  5. 配偶者がいない状態を想定する
  6. 住み替え先を比較する

ことが必要です。

地方での自宅生活は、本人の努力だけで維持できるものではありません。

医療、交通、買い物、住宅、家族支援を組み合わせた地域の生活基盤があって初めて成立します。

そして、その基盤が失われた場合には、自宅に残ることよりも、生活を維持できる場所へ移ることが、現実的で安全な選択になる場合があります。


データ利用上の注意

本記事で使用した全国統計は、日本全体の傾向を示すものであり、外房、東総、南房総の各市町村の状況を直接示すものではありません。

また、健康寿命は集団の平均的指標であり、個人が自立して暮らせる年齢を予測するものではありません。

要介護認定率も、サービス利用、自治体の認定状況、年齢構成などの影響を受けます。

地域別の記事を作成する場合は、市町村ごとに、

  • 年齢別人口
  • 要介護認定者数
  • 医療機関
  • 交通網
  • 商業施設
  • 訪問系サービス
  • 高齢者住宅
  • 地区別人口密度

を確認する必要があります。


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地方で自動車の運転をやめることは、単に買い物や外出の方法を変えることではありません。

病院へ行く方法そのものを、もう一度組み立て直すことでもあります。

茂原市、長生郡、いすみ市、勝浦市、大多喜町、御宿町などの外房地域では、鉄道、路線バス、自治体のコミュニティバス、デマンド交通、一般タクシー、高齢者向け送迎など、複数の移動手段が用意されています。

しかし、交通手段が存在することと、免許返納後も無理なく通院できることは同じではありません。

自宅からバス停まで歩けるのか、病院の予約時刻に間に合うのか、診察が長引いても帰りの便があるのか、市町村外の専門病院まで移動できるのかといった条件によって、実際の通院可能性は大きく変わります。

特に問題になるのは、月1回程度の近隣診療所への通院ではなく、複数の診療科を受診する場合や、市外の専門病院へ通う場合、週数回の透析やリハビリテーションが必要になった場合です。

本記事では、自治体を単純に順位付けするのではなく、茂原・長生・夷隅地域に共通する生活条件から、免許返納後の通院がどこまで可能なのかを検証します。

令和8年度とは、2026年4月1日から2027年3月31日までです。公共交通制度は年度途中に運行内容や利用条件が変更される可能性があるため、実際に利用するときは各自治体や交通事業者への確認が必要です。


最初に結論~月1回の近距離通院なら対応できても、頻回・広域通院では難しくなる

茂原・長生・夷隅地域では、免許を返納したからといって、直ちに通院できなくなるわけではありません。

自宅が駅やバス停に近く、通院先が同じ市町村内にあり、月1回程度の受診で、1人で乗り降りできるのであれば、バス、デマンド交通、タクシーを組み合わせて通院できる可能性があります。

一方で、次のような条件が重なると、公共交通だけで通院を続けることは難しくなります。

  • 自宅からバス停まで遠い
  • 坂道や段差が多い
  • 市町村外の病院へ通う
  • 診察終了時刻が読めない
  • 複数の交通機関を乗り継ぐ
  • 週1回以上の通院がある
  • 付き添いが必要である
  • 車椅子や歩行器を使用している
  • 認知機能に不安がある
  • 早朝や夕方以降の診療を受ける
  • 家族が遠方に住んでいる

したがって、免許返納後の通院可能性は、自治体に制度があるかどうかだけでは決まりません。

重要なのは、次の5点です。

  1. 自宅から医療機関までの距離
  2. 通院先が市町村内か市町村外か
  3. 通院頻度が月1回か週数回か
  4. 1人で交通機関を利用できるか
  5. タクシーや家族送迎の費用を負担できるか

この5条件のうち、複数に問題がある場合は、免許返納後も現在の住宅に住み続けられるかまで検討する必要があります。


1.茂原・長生・夷隅地域の医療は広域で支えられている

茂原市と長生郡、いすみ市、勝浦市、夷隅郡は、千葉県の山武長生夷隅保健医療圏に含まれます。

この医療圏では、地域内に診療所、一般病院、公立病院が配置されていますが、病気の種類や重症度によっては、東金市、市原市、千葉市、鴨川市などの医療機関へ移動する必要があります。

千葉県保健医療計画では、山武長生夷隅保健医療圏の外来患者について、圏域外への流出があることが示されています。また、診療所における外来医療の需要に対する医師数は、全国平均を下回る水準とされています。

この地域の医療は、一つの大病院ですべてを完結させる仕組みではありません。

おおむね、次のような役割分担になっています。

医療の段階 主な受診先
日常的な診療 近隣の診療所、かかりつけ医
検査・入院・一般的な手術 茂原市、長柄町、いすみ市、勝浦市などの地域病院
高度な専門医療 東金市、市原市、千葉市、鴨川市などの医療機関
退院後の療養 回復期病床、在宅医療、訪問看護、介護施設

この構造は、自動車を運転できるうちは大きな問題にならないことがあります。

必要な病院まで本人や家族が自動車で移動できるからです。

しかし、本人が免許を返納し、配偶者も運転できない場合、医療機関の選択肢は一気に狭くなります。

病院が地域内に存在していても、そこへ行く手段がなければ、生活者にとっては利用できない医療に近くなります。


2.「病院まで何キロメートルか」だけでは通院の難しさは分からない

免許返納後の通院を考えるとき、自宅と病院の直線距離だけでは十分ではありません。

実際には、次の4区間を分けて考える必要があります。

  1. 自宅から最寄りのバス停または駅まで
  2. バス停や駅から医療機関の最寄り地点まで
  3. 降車地点から病院の受付まで
  4. 診察終了後に同じ経路で帰宅できるか

例えば、自宅から病院まで5キロメートルしかなくても、最寄りのバス停まで1.5キロメートルあり、1日に数本しか運行していなければ、実用的な通院手段とはいえません。

反対に、病院まで15キロメートルあっても、自宅近くから予約制交通に乗車でき、病院付近まで直接行けるのであれば、比較的利用しやすいことがあります。

通院の難易度は、単純な距離ではなく、次の式に近い考え方で決まります。

通院負担=移動距離+待ち時間+乗り換え+歩行距離+費用+身体的負担

金銭的には安いバスでも、乗車前後に長く歩き、診察終了後に2時間待たなければならない場合、高齢者にとっては負担の大きい交通手段です。


3.月1回の近隣診療所なら比較的対応しやすい

免許返納後も比較的対応しやすいのは、月1回程度、近隣の内科や整形外科へ通うケースです。

例えば、次の条件を想定します。

  • 自宅から診療所まで5キロメートル
  • 通院は月1回
  • 診察は午前中
  • 1人で歩行、乗降できる
  • 予約制交通またはタクシーを利用できる

この条件であれば、年間の通院回数は12往復です。

タクシーを往復で利用したとしても、距離が短ければ年間数万円から十数万円程度で収まる可能性があります。

自治体のデマンド交通や高齢者向け送迎が利用できれば、さらに負担を抑えられる場合があります。

ただし、ここで注意したいのは、現在の通院回数だけを基準にしてはいけないことです。

60代後半では月1回の内科だけでも、75歳以降には次のように増える可能性があります。

  • 内科 月1回
  • 眼科 2~3か月に1回
  • 整形外科 月1~2回
  • 歯科 数か月に1回
  • 検査のための病院受診 年数回
  • 配偶者の付き添い 月1回程度

夫婦2人分を合計すると、年間の通院が30~50往復になることも珍しくありません。

月1回の通院が可能だからといって、老後を通して同じ交通手段で生活できるとは限りません。


4.市町村を越える専門外来から難易度が急に上がる

外房地域では、日常的な内科診療は近隣で受けられても、専門的な検査や治療では別の市町村へ行くことがあります。

想定される移動には、次のようなものがあります。

  • 長生郡から茂原市内の病院
  • 茂原市や長生郡から東金市の病院
  • 長柄町や長南町から市原市の病院
  • いすみ市や勝浦市から鴨川市の病院
  • 外房地域から千葉市内の専門病院

自治体のデマンド交通や福祉送迎は、市町村内の移動を主な対象としている場合があります。

そのため、自宅から最寄り駅までは自治体交通、駅から地域外の病院までは鉄道、病院の最寄り駅からは路線バスまたはタクシーというように、複数の交通手段を組み合わせる必要が出てきます。

この場合、問題になるのは運賃だけではありません。

  • 乗り換えに時間がかかる
  • 駅にエレベーターがない場合がある
  • 電車とバスの時刻が合わない
  • 診察終了時刻を予測できない
  • 帰りの予約制交通に間に合わない
  • 体調が悪い状態で長時間移動する
  • 家族の付き添いが必要になる

特に、検査や専門外来は午前中に予約されることがあります。

早朝に出発しなければならない場合、自治体の交通が運行を開始する前である可能性もあります。

このため、市町村外への通院では、公共交通が存在するかどうかではなく、予約時刻までに実際に到着できるかを確認しなければなりません。


5.コミュニティバスは安いが、診察時間に合わせにくい

茂原・長生・夷隅地域では、市民バス、町民バス、市内循環バスなどが運行されています。

茂原市は、市民バス「モバス」やデマンド交通を、交通空白地域などにおける高齢者等の生活交通として位置付けています。茂原市地域公共交通計画でも、高齢化や運転免許返納者の増加を背景として、公共交通の必要性が高まっていることが示されています。

また、いすみ市では、JR(Japan Railways・旅客鉄道会社)外房線、いすみ鉄道、いすみシャトルバス、市内循環バス、デマンド交通、タクシーなどが地域公共交通として位置付けられています。令和8年には地域公共交通計画の変更版が公表されています。

コミュニティバスの最大の利点は、一般タクシーより運賃が安いことです。

しかし、通院では次の問題があります。

診察時刻に合う便があるとは限らない

病院の予約が午前9時でも、最初の便では間に合わないことがあります。

反対に、午前10時に病院へ着いても、診察が午後までかかり、帰りの便まで長時間待つことがあります。

病院前に停車するとは限らない

路線が病院付近を通っていても、病院の入口まで距離がある場合があります。

高齢者にとっては、数百メートルの歩行でも負担になります。

毎日運行とは限らない

曜日限定、平日のみ、特定曜日のみの運行では、診療日と合わないことがあります。

乗り換えが必要になる

自宅近くのバスから駅へ行き、そこから鉄道、さらに別のバスへ乗り換える場合、身体的負担が大きくなります。

したがって、コミュニティバスは、運行経路と診察時刻が合う人には有効ですが、すべての通院を支える万能な手段ではありません。


6.デマンド交通は便利だが、市町村外まで行けるとは限らない

デマンド交通とは、利用者の予約に応じて運行する乗合型の交通です。

定時定路線型のバスより、自宅や指定乗降場所の近くから利用しやすい場合があります。

特に、バス停まで歩くことが難しい高齢者には、有効な交通手段です。

ただし、デマンド交通には次のような制限があります。

  • 事前登録が必要
  • 前日までの予約が必要
  • 予約が集中すると希望時刻に利用できない
  • 他の利用者との乗合になる
  • 市町村内だけの運行
  • 指定乗降場所だけで乗降
  • 早朝、夜間、休日は運行しない
  • 1人で乗降できることが利用条件
  • 車椅子に対応していない場合がある

勝浦市ではデマンドタクシーが運行され、高齢者タクシー利用料助成事業も地域公共交通計画に位置付けられています。また、令和8年度には、総野地区の一部で自家用有償旅客運送「ノッカルかつうら」の有償実証運行が行われています。

ただし、このような制度があるからといって、勝浦市内のすべての地域で同じ条件で利用できるわけではありません。

運行区域、利用対象、予約方法、目的地は制度ごとに異なります。

デマンド交通の評価では、次の4点を確認する必要があります。

  1. 自宅付近から乗れるか
  2. 通院先の病院まで直接行けるか
  3. 市町村外へ行けるか
  4. 診察後に帰りの便を確保できるか

特に、市町村内の指定施設までしか運行しない制度では、地域外の専門病院への通院には利用できません。


7.一般タクシーは最も確実だが、回数が増えると負担が大きい

免許返納後の通院手段として、最も柔軟なのは一般タクシーです。

自宅から病院まで直接移動でき、診察終了後にも呼ぶことができます。

乗り換えが不要で、歩行距離も抑えられます。

一方で、通院距離と回数が増えると費用が大きくなります。

以下は、制度や事業者ごとの実際の運賃ではなく、通院費の規模を考えるためのモデル試算です。

迎車料金、時間距離併用運賃、信号待ち、道路状況などによって、実際の料金は変わります。

距離別のモデル

片道距離 往復料金の仮定 月1回 月2回 年間
5キロメートル 4,000円 4,000円 8,000円 4万8,000~9万6,000円
10キロメートル 7,000円 7,000円 1万4,000円 8万4,000~16万8,000円
20キロメートル 1万3,000円 1万3,000円 2万6,000円 15万6,000~31万2,000円
40キロメートル 2万5,000円 2万5,000円 5万円 30万~60万円

※金額は比較用の仮定であり、令和8年度の特定タクシー事業者の料金を示すものではありません。

月1回であれば、年金収入や家計状況によっては負担できる可能性があります。

しかし、夫婦2人がそれぞれ月2回通院する場合、年間費用はさらに増えます。

片道10キロメートルの病院へ、夫婦それぞれ月2回通うと仮定します。

1万4,000円×月4回=月5万6,000円

年間では約67万2,000円です。

10年間では、料金が変わらないと仮定しても約672万円になります。

住宅費が安い地域へ移住しても、免許返納後のタクシー代によって、都市部との生活費差が縮小する可能性があります。


8.家族送迎は無料ではない

免許返納後の通院では、「家族に送ってもらえばよい」と考えられがちです。

しかし、家族送迎にも費用と負担があります。

金銭的な費用

  • ガソリン代
  • タイヤやオイルの消耗
  • 車両の減価
  • 駐車料金
  • 高速道路料金
  • 送迎のための迂回
  • 待機中の食事代など

時間的な費用

  • 自宅から迎えに行く時間
  • 病院まで送る時間
  • 診察中の待ち時間
  • 薬局での待ち時間
  • 帰宅の送迎
  • 仕事や家事の中断

例えば、片道30分の病院へ送迎し、診察と会計、薬局で3時間かかる場合、家族は4~5時間を拘束されます。

月2回であれば年間48~60時間程度、夫婦2人分や複数診療科を含めれば、年間100時間を超える可能性があります。

家族が会社員であれば、有給休暇や半日休暇を使うこともあります。

自営業者であれば、その時間に得られたはずの収入を失うことがあります。

したがって、家族送迎は、タクシーより現金支出が少なく見えても、実質的に無料ではありません。


9.透析、リハビリテーション、がん治療では公共交通だけでは難しい

免許返納後の通院で最も大きな問題になるのは、頻回通院です。

人工透析

一般的な血液透析では、週3回程度の通院が必要になることがあります。

年間では約156回、往復では312区間です。

仮に1往復5,000円のタクシーを使うとします。

5,000円×156回=年間78万円

10年間では780万円です。

1往復1万円であれば、年間156万円、10年間で1,560万円になります。

実際には、医療機関独自の送迎、自治体制度、介護サービスなどを利用できる場合がありますが、すべての患者が同じ条件で利用できるとは限りません。

リハビリテーション

骨折、脳卒中、整形外科手術後などでは、週1~3回の通院リハビリテーションが必要になることがあります。

通院そのものが身体的負担となり、送迎が確保できないために回数を減らすケースも考えられます。

がん治療

抗がん剤治療、放射線治療、定期検査では、一定期間、繰り返し病院へ通う必要があります。

治療後に倦怠感や吐き気が出る場合、本人だけで公共交通を使って帰宅することが難しくなることもあります。

眼科、歯科、整形外科

生命に直結する治療ではなくても、視力、歯、歩行能力を維持するために継続受診が必要です。

交通手段がないために受診を先延ばしにすると、生活機能の低下につながる可能性があります。

このように、免許返納後の医療問題は、救急車を呼ぶような重症時だけではありません。

日常的な通院を続けられるかどうかが、高齢期の健康状態を左右します。


10.鉄道駅に近ければ安心とは限らない

外房地域では、JR外房線やいすみ鉄道の駅に近い住宅は、自動車を使わない生活に有利に見えます。

確かに、茂原駅、大原駅、勝浦駅、御宿駅などの近くであれば、広域移動の選択肢は増えます。

しかし、駅に近いことと、病院に近いことは同じではありません。

次の条件を確認する必要があります。

  • 自宅から駅まで平坦か
  • 駅に階段や跨線橋があるか
  • 病院の最寄り駅からバスがあるか
  • バス停から病院まで歩けるか
  • 帰りの鉄道時刻までどれほど待つか
  • 通院時間帯に列車が運行しているか
  • 強風や大雨で運休した場合の代替手段があるか

駅から病院までタクシーを使う場合、自宅から駅までの交通費、鉄道運賃、駅から病院までのタクシー代が重なります。

その結果、自宅から病院まで直接タクシーを利用した場合と、大きな差が出ないこともあります。


11.自治体の支援制度は重要だが、単純比較はできない

茂原・長生・夷隅地域では、市民バス、町民バス、デマンド交通、高齢者タクシー助成、福祉タクシー、移動支援など、さまざまな制度があります。

しかし、これらを自治体別に単純比較することには注意が必要です。

制度ごとに、次の条件が異なるからです。

  • 全住民が対象か
  • 高齢者だけが対象か
  • 免許返納者が対象か
  • 障害者手帳が必要か
  • 所得制限があるか
  • 市町村内だけか
  • 町外病院にも行けるか
  • 1人で乗降できる必要があるか
  • 利用回数に上限があるか
  • 片道回数か往復回数か

例えば、高齢者向けの無料送迎であっても、市町村内だけの運行であれば、地域外の専門病院には利用できません。

反対に、利用料金がかかるデマンド交通でも、自宅付近から病院まで直接移動できるなら、実用性が高い場合があります。

したがって、制度の評価では、「無料か有料か」だけでなく、次の4項目を確認する必要があります。

確認項目 意味
対象者 自分が利用条件を満たすか
運行範囲 通院先まで行けるか
運行時間 予約時刻と帰宅時刻に合うか
利用回数 必要な通院回数を確保できるか

令和8年度には、いすみ市が変更後の地域公共交通計画を公表し、勝浦市では「ノッカルかつうら」の有償実証運行が進められています。こうした制度は地域交通を補う重要な取り組みですが、対象地域や運行条件を確認せずに「免許返納後も安心」と評価することはできません。


12.免許返納後の通院費を10年間で考える

通院交通費は、1回ごとでは小さく見えても、10年間では大きな金額になります。

以下は比較のためのモデルです。

ケース1~近隣診療所へ月1回

  • 1往復3,000円
  • 年12回
  • 年間3万6,000円
  • 10年間36万円

ケース2~地域病院へ月2回

  • 1往復7,000円
  • 年24回
  • 年間16万8,000円
  • 10年間168万円

ケース3~夫婦2人がそれぞれ月2回

  • 1往復7,000円
  • 年48回
  • 年間33万6,000円
  • 10年間336万円

ケース4~週1回の通院

  • 1往復7,000円
  • 年52回
  • 年間36万4,000円
  • 10年間364万円

ケース5~週3回の通院

  • 1往復7,000円
  • 年156回
  • 年間109万2,000円
  • 10年間1,092万円
ケース 年間交通費 10年間
月1回、近距離 3万6,000円 36万円
月2回、中距離 16万8,000円 168万円
夫婦各月2回 33万6,000円 336万円
週1回 36万4,000円 364万円
週3回 109万2,000円 1,092万円

※すべて比較用の仮定です。自治体助成、医療機関送迎、運賃改定、待機料金などは含めていません。

この比較から分かるのは、免許返納後の問題は、タクシーが高いか安いかという単純な話ではないということです。

通院頻度が低ければ、タクシーは自動車を保有するより合理的な場合があります。

しかし、週数回の通院では、一般タクシーだけで対応することが難しくなります。


13.自動車維持費とタクシー代は単純比較できない

免許返納を検討するとき、「自動車維持費よりタクシー代の方が安い」と説明されることがあります。

確かに、自動車には次の費用がかかります。

  • 車両購入費
  • 自動車税
  • 自動車重量税
  • 自賠責保険
  • 任意保険
  • 車検
  • 点検整備
  • タイヤ
  • バッテリー
  • 燃料費
  • 修理費
  • 駐車場代

年間の自動車保有費が40万~60万円程度であれば、月1~2回のタクシー通院だけなら、免許返納後の方が金銭的に安くなる可能性があります。

しかし、自動車は通院以外にも使用します。

  • 買い物
  • 金融機関
  • 市役所
  • 理美容
  • 墓参り
  • 家族訪問
  • 災害時の避難
  • 配偶者の通院
  • 急な体調不良

したがって、自動車費用と通院タクシー代だけを比較すると、生活全体の移動費を過小評価します。

免許返納後の家計を考える場合は、通院、買い物、行政手続き、日常外出を合計した年間交通費を試算する必要があります。


14.免許返納後も通院しやすい住宅の条件

外房地域で高齢期まで住み続けるには、住宅価格や敷地の広さだけでなく、医療交通の条件が重要です。

通院しやすい住宅

  • 診療所まで2~3キロメートル程度
  • バス停まで徒歩5~10分以内
  • 駅まで平坦に移動できる
  • タクシーを呼びやすい
  • デマンド交通の対象区域内
  • スーパーと病院が同じ方向にある
  • 坂道や階段が少ない
  • 家族が訪問しやすい
  • 地域病院まで30分以内
  • 将来売却しやすい

通院が難しくなりやすい住宅

  • 山間部や丘陵部の奥
  • 急坂がある
  • 最寄りバス停まで1キロメートル以上
  • バスが1日数本
  • タクシー営業所から遠い
  • 携帯電話の電波が不安定
  • 大雨や倒木で道路が寸断される
  • 病院まで市町村を越える必要がある
  • 家族が遠方に住んでいる
  • 夫婦とも運転できなくなった場合の代替手段がない

海が見える住宅や広い庭付き住宅に魅力を感じても、高齢期の通院を考えれば、駅、病院、スーパーに近い小規模な住宅の方が長く住み続けやすいことがあります。


15.免許返納前に一度、自動車を使わず通院してみる

免許返納を決める前に、実際に自動車を使わず病院へ行ってみる方法が有効です。

地図や時刻表だけでは、実際の負担は分かりません。

確認すること

  • 自宅からバス停まで何分かかるか
  • 雨の日でも歩けるか
  • 病院の予約時刻に間に合うか
  • 診察後に帰りの便があるか
  • 薬局まで移動できるか
  • 荷物を持って乗り降りできるか
  • 乗り換え時に座って待てるか
  • タクシーをすぐ呼べるか
  • 付き添いがなくても利用できるか
  • 1回の交通費はいくらか

夫婦の一方が運転を続ける場合でも、もう一方が単独で通院できるかを確認する必要があります。

運転する配偶者が病気になったり、先に免許を返納したりする可能性があるからです。


16.返納前に確認したい10項目

  1. かかりつけ医まで自動車以外で行けるか
  2. 地域病院までの移動手段があるか
  3. 市外の専門病院へ通えるか
  4. バス停まで安全に歩けるか
  5. 診察終了後の帰宅手段があるか
  6. デマンド交通の対象者と運行区域は何か
  7. タクシー助成を利用できるか
  8. 月何回まで利用できるか
  9. 家族送迎を何年間続けられるか
  10. 通院できなくなった場合に住み替えられるか

この10項目のうち、3項目以上に明確な答えがない場合は、返納後の交通計画が十分とはいえません。


現実的な結論~免許返納後も通院できるかは、自治体名より生活条件で決まる

茂原・長生・夷隅地域には、鉄道、路線バス、市民バス、町民バス、デマンド交通、一般タクシー、高齢者向け支援など、複数の移動手段があります。

そのため、免許返納後に一切通院できなくなる地域ではありません。

しかし、公共交通制度が存在するだけで、すべての住民が継続的に病院へ通えるわけでもありません。

月1回程度、近隣の診療所へ通うのであれば、デマンド交通、コミュニティバス、タクシーによって対応できる可能性があります。

一方、市町村外の専門病院、週1回以上のリハビリテーション、週3回程度の透析、治療後に体調が悪化する可能性があるがん治療などでは、公共交通だけで通院を続けることが難しくなります。

また、自治体の制度を単純に比較して、どこが優れているかを決めることも適切ではありません。

同じ自治体内でも、駅周辺と山間部、幹線道路沿いと丘陵住宅地では、通院条件が大きく異なるからです。

免許返納後の通院可能性を左右するのは、自治体名ではなく、次の条件です。

  • 自宅と病院の距離
  • バス停や駅までの歩行環境
  • 市町村外へ移動できるか
  • 通院頻度
  • 身体機能
  • 家族の支援
  • タクシー代を負担できるか
  • 将来の住み替えが可能か

外房地域で老後まで暮らすには、「今、自動車を運転できるか」ではなく、「運転できなくなった後も病院へ行けるか」を住宅選びの段階から考える必要があります。

自動車を手放す時期になってから交通手段を探すのでは遅い場合があります。

最も現実的なのは、元気なうちに自動車を使わない通院を一度試し、公共交通、タクシー、家族送迎を組み合わせた年間費用を計算しておくことです。

免許返納は、単に運転をやめる手続きではありません。

高齢期の医療、住宅、家計、家族関係をまとめて見直す生活設計の問題なのです。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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