地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

「この町の人ですか」と聞かれたら

 週末になると東京を離れ、海辺の町へ向かう。そこに小さな家を持ち、近所のスーパーで食料を買い、顔なじみになった食堂で昼を食べ、ときには伸びた草を刈る。春になれば祭りを見に行き、台風が来れば自分の家だけではなく、近所の様子まで少し気になる。それでも住民票は東京にある。

 この人を、その町の「住民」と呼んでよいのだろうか。行政制度から見れば、答えは簡単ではない。住民基本台帳では生活の本拠となる住所を基礎として住民が登録され、国勢調査では住民票の所在地とは別に、普段住んでいる場所を基準として人口が把握される。国勢調査では原則として3か月以上住んでいる場所、または3か月以上住むことになっている場所が調査対象となり、二つの住居を持つ人については、普段寝泊まりする日数の多い住居で調査する扱いがある。いずれも、一人を二つの自治体に同時に常住人口として計上する仕組みではない。

 ところが、町の日常を眺めると、その区分だけでは説明しきれない人がいる。その人は年に一度訪れる観光客よりも頻繁に町へ来て、同じ店で買い物をし、住宅を維持し、ときには地域の人間関係にも入り込んでいる。しかし、生活のすべてをその町へ移したわけではない。行政上は地域外に住所を持つ人であっても、実際には地域の消費、労働、社会活動、住宅需要の一部を担っている場合がある。

 ここでは、そうした人たちを少し大胆に「第三の住民」と呼んでみたい。もちろん正式な制度用語ではなく、法律上の住民資格を新たに与えるという意味でもない。地域との関係を、住民票の有無だけでは十分に説明できないという問題を考えるための比喩である。

 人口が減っていく日本では、こうした人の存在が地域の将来を考える一つの手がかりになるかもしれない。ただし、人口統計に表れにくいからといって、その人たちが必ず地域を豊かにするわけではない。何をもたらし、何を必要とし、地域側にどのような負担が生じるのかを、冷静に考える必要がある。

すべての自治体が人口を増やすことはできない

 地方創生について語ると、長いあいだ「人口をどう増やすか」という問いが中心に置かれてきた。移住相談会を開き、住宅取得に補助金を出し、子育て支援を充実させ、都市から若い世帯を呼び込もうとする。しかし、日本全体の人口が減少している以上、すべての自治体が同時に人口を増やし続けることは数学的に成り立たない。

 同じ時点、同じ人口の定義で全国の自治体人口を合計すれば、日本全体の人口になる。したがって、全国人口が減少しているときに、すべての自治体の人口だけが増加することは不可能である。もちろん出生、死亡、海外との人口移動があるため、個々の自治体の人口増減を単純なゼロサムゲームと呼ぶのは正確ではない。それでも国内の自治体が移住者の獲得を競う場合、ある自治体への転入は、多くの場合、別の自治体からの転出を伴う。

 ただし、この数学的な制約から、移住政策が無意味だという結論は導けない。人口が集まることで企業活動の効率が高まったり、公共交通や医療サービスを維持しやすくなったりする可能性がある一方、人口の集中によって住宅費や混雑などの問題が生じることもある。人口移動の効果は単なる人数の増減だけでは評価できず、移動した人の生活、仕事、所得、地域社会への影響まで含めて考える必要がある。

 問題なのは、地方創生を「住民票を何人獲得したか」という競争だけで評価してしまうことである。人口減少が続く社会では、移住者を増やす努力とともに、住民票を移さなくても地域との継続的な関係を持つ人を増やすという発想が重要になる。

 東京で働きながら長野でも暮らす。大阪に住みながら和歌山の小さな町へ毎月通う。都市に住民票を置いたまま、房総や伊豆、瀬戸内で生活の一部を過ごす。これは人口を一方の地域から他方へ完全に移すというより、一人が持つ時間、消費、関心、労働、社会関係の一部を複数の地域に配分する暮らし方である。

 二地域居住の新しさは、別荘を持つことそのものではない。人間の生活や地域との関係が、一つの自治体の人口だけでは十分に表現できないという事実を、改めて政策の課題として浮かび上がらせているところにある。

二地域居住者は実際にどれだけいるのか

 二地域居住が地域政策として注目されるようになった背景には、実践者が一定数存在するという調査結果がある。国土交通省が2022年に全国の18歳以上を対象として実施したインターネット調査では、主な生活拠点以外に滞在する地域がある人などを基礎に、二地域居住等を実践している人は約701万人、18歳以上人口の約6.7%と推計された。

 約701万人という数字だけを見れば、非常に大きな市場が存在するように感じられる。しかし、この数字を年間の相当日数を二つの住居で暮らす人の数と、そのまま読み替えることはできない。調査には幅広い滞在形態が含まれており、住宅の所有形態、滞在頻度、生活の実態によって地域への関わり方は大きく異なる。また、インターネット調査による推計であり、すべての対象者を直接数えたものでもない。

 似た概念に「関係人口」がある。これは、移住や単なる観光とは異なり、特定の地域と継続的かつ多様な関わりを持つ人を指す。国土交通省が2025年6月に公表した2023年度の調査結果では、全国の18歳以上の関係人口は約2,263万人、全体の約22%と推計されている。ただし、関係人口は二地域居住者より広い概念であり、地域活動に参加する人や、遠隔地から継続的に地域を支援する人なども含まれるため、この数字を二地域居住者数として扱うことはできない。

 この関係人口調査では、実際に地域を訪れる「訪問系」の人の年間訪問日数について、2日から7日が約49%、8日以上が約31%だった。つまり、特定の地域と継続的に関わっていても、年間の滞在日数がそれほど多くない人もいる。月に何度も訪れる人と年に数日だけ訪れる人では、地域経済や日常生活への影響が同じとは限らない。

 さらに、二地域居住者が全国で増えていると断定するには、同じ定義、同じ調査方法で継続的に測定された時系列データが必要である。異なる年の調査で人数が変わっていても、対象年齢や調査方法、二地域居住の定義が違えば、その差を増加率として解釈することはできない。

 したがって、現時点で重視すべきなのは、二地域居住者が何百万人いるかという数字そのものよりも、その内訳を明らかにすることである。地域に何日滞在し、どのような活動をし、いくら消費し、どの程度継続して関わっているのか。全国の推計人口だけでは、個々の町にとっての意味は十分に分からない。

住民票だけでは測れない関係を制度はどう扱うのか

 二地域居住をめぐる国の政策も変化している。2024年11月には、改正された「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律」が施行され、二地域居住を促進するための制度が整備された。法律上は「特定居住」という考え方が用いられ、自治体が促進計画を策定する仕組みや、住まい、仕事、地域との交流を支援する法人の指定制度などが設けられている。

 これは、単に都市から地方へ人を呼び込むだけではなく、二地域で生活するための環境を整える方向へ政策が広がっていることを示している。住居を確保できても仕事がなければ暮らし続けられず、働く場所があっても交通や地域との関係に問題があれば継続は難しい。そのため、住宅、就労、交通、地域交流などを組み合わせて支援することが課題となる。

 さらに、2026年には「ふるさと住民登録制度」の具体化が進んでいる。この制度は、住所地以外の地域に関心を持つ人や、継続的に関わる人を登録し、その関係を可視化しようとする仕組みである。2026年3月に公表されたガイドラインでは、幅広い関心層を対象とする「ベーシック登録」と、地域での担い手活動など、より深い関わりを対象とする「プレミアム登録」という二つの区分が示されている。

 ただし、これは住民票を二つ持つ制度ではない。登録しただけで住所地が変わるわけでも、その地域の地方選挙に参加する権利が得られるわけでもない。また、ふるさと住民登録の対象となる人がすべて二地域居住者であるとは限らない。地域に住宅を持たなくても、継続的な活動や支援を通じて関わる人がいるからである。

 この制度の意義は、人と地域との関係を住民票とは別の形で把握しようとする点にある。一方で、登録者数が増えたことだけを成果とすれば、従来の移住者数を競う政策と似た問題が生まれる。登録した人が実際に地域を訪れたのか、活動を継続しているのか、地域側にどのような効果と負担が生じたのかを確認しなければ、制度の実質的な成果は評価できない。

観光客とは違うお金の使い方

 観光客は地域にとって重要な存在である。宿泊し、食事をし、土産を買い、観光施設を利用する。ただし、その関係は一時的であることが多い。気に入った町でも、次の旅行では別の場所へ行くかもしれない。

 二地域居住者の消費は、これとは少し性格が異なる。毎月のように訪れるようになると、土産物店よりスーパーマーケットを利用する機会が増え、観光客向けの店だけでなく町の定食屋へ入り、住宅があれば修繕を頼み、庭があれば草刈りが必要になる。家具や日用品を買い、場合によっては車を整備し、家の設備が故障すれば地元の業者へ連絡するなど、日常生活を維持するための支出が発生する。

 つまり、消費の性格が「非日常を楽しむための支出」から「その場所で暮らし続けるための支出」へ少しずつ広がっていくのである。観光では季節や行楽需要に左右されやすい消費が、生活のための継続的な需要へ変わる場合もある。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、二地域居住者が増えれば、その分だけ地域経済が豊かになるとは限らないことである。通信販売でほとんどの商品を購入し、地域では都市資本のチェーン店だけを利用する場合、地元事業者への直接的な売上は限定される。もっとも、チェーン店であっても地域の従業員に賃金が支払われたり、地元から商品を調達したりすれば一定の経済効果は生まれる。逆に、地元経営の商店でも、仕入れの多くを地域外に依存していれば、売上のすべてが地域内に残るわけではない。

 したがって見るべきなのは、二地域居住者の人数だけではない。その人が一年に何回来るのか、一回の滞在でいくら使うのか、どの事業者へ支払うのか、その売上のうちどれだけが地域の賃金や利益になるのかという組み合わせである。

人が来れば地域経済は豊かになるのか

 ここで、簡単な計算を考えてみたい。ある町に二地域居住者が100人いて、それぞれが年間12回訪れ、一回当たり8,000円を地域内で使うとする。この場合、年間の消費総額は960万円になる。もし、その半分が地元事業者への支払いであれば、直接的な売上は480万円である。

 しかし、この480万円を地域の利益と呼ぶことはできない。事業者は売上から商品仕入れ、光熱費、設備費などを支払い、その一部は地域外へ流れる。地域の経済活動によって新たに生み出された付加価値を考えるには、売上高だけでなく、中間投入や域外への支払いを区別する必要がある。

 さらに、最も重要なのは、その消費が本当に追加的に発生したものなのかという点である。二地域居住者が利用した飲食店の席が、もともと利用するはずだった観光客の席を置き換えているなら、売上全体が増えるとは限らない。逆に、観光需要が少ない平日に来店し、空いている施設やサービスを利用するなら、既存需要を圧迫せずに売上を増やせる可能性がある。

 このように、二地域居住の地域経済効果を測る際には、消費総額、地元事業者の売上、地域内で生み出された付加価値、二地域居住がなかった場合と比較した純増効果を区別する必要がある。人数に平均消費額を掛けるだけでは、地域経済への本当の貢献は分からない。

 近年は銀行取引などのデータを用いて、二地域居住者と考えられる人の経済行動を分析する試験的な調査も行われている。ただし、都市と地方の間で資金が移動したことと、地域で実際に消費が行われたこと、さらに地域内で付加価値が生まれたことは同じではない。取引データを使う場合も、対象者の選び方や取引の性質を確かめなければ、地域全体の経済効果を過大評価する可能性がある。

 二地域居住者が増えることは、地域に新しい需要が生まれる可能性を意味する。しかし、その可能性が実際の所得や雇用の増加につながるかどうかは、地域の産業構造と事業者の対応によって決まる。

「救世主」と呼んだ瞬間に話がおかしくなる

 二地域居住者が地域で消費するのだから、人口減少地域にとって歓迎すべき存在だという結論は魅力的である。しかし、ここで話を終えると地方創生の記事としては都合がよすぎる。

 地域に人が来れば、便益と同時に費用も生まれる。人気の高い地域では住宅需要が高まり、空き家の活用が進む一方で、住宅価格や家賃を押し上げる可能性がある。海外のセカンドホーム地域でも、住宅需要の増加と供給制約が重なることで、地元住民が住宅を確保しにくくなる問題が研究されてきた。

 ただし、日本のすべての二地域居住地域で同じ現象が起きるとは限らない。空き家が多く、住宅需要が弱い地域では、二地域居住者の購入によって老朽住宅の改修が進み、建設業や住宅管理業への需要が生まれる場合もある。一方、住宅供給が少なく、交通の便がよい地域では、限られた住宅を地元住民と二地域居住者が競い合う可能性がある。

 ここで重要なのは、住宅価格の上昇を一律に利益とも損失とも評価できないことである。住宅所有者には資産価値の上昇という利益が生まれても、賃貸住宅に住む人や、これから住宅を購入する若年世帯にとっては負担が増えることがある。地域全体の経済規模が拡大しても、その利益が誰に配分されるかによって住民生活への評価は変わる。

 行政サービスについても同じである。二地域居住者が道路、水道、ごみ処理、公共施設などを利用すれば、利用状況に応じて行政費用が発生する。年間の滞在日数が少なくても、週末や大型連休に利用が集中すれば、ごみ処理や交通施設の需要が一時的に高まる場合がある。地域の財政負担を評価するには、年間平均の滞在者数だけでなく、季節や曜日による利用の偏りも考慮しなければならない。

 さらに、二つの生活拠点を行き来するための交通も無視できない。国土交通省の関係人口調査では、地域への主な交通手段として自家用車を挙げる人が多い。自動車移動が増えれば、交通混雑、駐車場需要、燃料消費、温室効果ガスの排出などが増える可能性がある。一方で、長期滞在によって一日当たりの移動回数が減る場合や、鉄道などの公共交通を利用する場合もあるため、環境負荷は移動距離、交通手段、滞在日数、二つの住宅のエネルギー消費を合わせて評価する必要がある。

 二地域居住を歓迎するか拒むかという感情論ではなく、誰に利益が生まれ、誰が費用を負担するのかを確かめることが重要なのである。

住民票がなくても税と行政負担は発生する

 二地域居住者は住民票を置いていないのだから、行政サービスを利用するだけで地域に税金を払っていないという見方がある。しかし、これは制度の実態を正確に表していない。

 例えば、住宅を所有していれば、通常、その所在地の自治体に固定資産税を納める。また、住所地以外に自分や家族が居住できる家屋敷を持つ人には、一定の要件のもとで、個人住民税の均等割が課税される場合がある。これは一般に「家屋敷課税」と呼ばれ、固定資産税とは別の制度である。建物を所有していなくても、一定の要件を満たす賃貸住宅などが対象になる場合がある。

 房総地域でも、大多喜町は住所地以外に家屋敷を持つ人への均等割課税について案内している。つまり、住民票がないという理由だけで、その地域に対して税負担がないと判断することは適切ではない。

 もちろん、固定資産税や家屋敷課税があるからといって、二地域居住者によって追加的に発生する行政費用がすべて賄われるわけではない。道路や上下水道などには利用人数が少なくても維持するための固定費があり、利用者が増えることで追加費用が発生する場合もある。反対に、既存設備に余裕があれば、利用者が増えても追加費用がそれほど増えない場合もある。

 自治体財政の観点では、税収や使用料などの追加収入と、行政サービスに必要となる追加費用を比較する必要がある。また、地域の商店の売上が増えても、その増加分がそのまま自治体の税収になるわけではない。地域経済の利益と自治体財政の利益は、分けて考えるべきものである。

 さらに、地方選挙への参加など、住民としての権利は原則として住所に基づく制度と結びついている。二地域居住者が地域で長く生活していても、住民票を移していなければ、その自治体の地方選挙に参加できない場合がある。地域に関わっていても、意思決定に直接参加できる範囲には制度的な限界がある。

 住民票がない人を単純に「ただ乗り」と呼ぶことも、納税しているから完全な住民と同じだと考えることも正確ではない。重要なのは、実際にどのような負担と貢献があり、どのような権利や行政サービスが認められているかを区別することである。

地域側が救世主を求めすぎる危険

 もう一つ厄介なのは、地域側が二地域居住者に「せっかく来たのだから地域のために働いてほしい」と期待しすぎる場合である。草刈りを手伝ってほしい、祭りにも出てほしい、自治会にも関わってほしい、空き家再生にも協力してほしい、地域産品も買ってほしいという期待が積み重なれば、第二の生活拠点を持ったはずの人が、別の場所でも義務に追われることになる。

 もちろん地域活動への参加を望む二地域居住者もいる。しかし、すべての人がより深い関係を求めているわけではない。自然の中で過ごしたい人もいれば、仕事に集中したい人、家族と静かに暮らしたい人、地域活動に積極的に参加したい人もいる。地域との距離を自分で選べることそのものに価値を感じている人もいるだろう。

 国土交通省が2022年に実施した二地域居住等の実践者への調査では、メリットとして「心身を休めて健康の維持や増進につながった」と回答した人が28.5%だった一方、「地域貢献ができたことに喜びを感じた」と回答した人は5.2%だった。これは複数回答による調査であり、実際に地域活動へ参加した人の割合を直接示したものではない。しかし、二地域居住者が地域に求める価値が、地域貢献だけではないことを考える材料にはなる。

 同じ調査では、移動の負担をデメリットとして挙げる人もいた。二地域で生活することは、一つの地域に住む場合よりも移動、住宅管理、生活費などの負担が増えやすい。そこに地域活動への義務まで加われば、暮らし方そのものを続けにくくなる人が出てきても不思議ではない。

 したがって「地域に来た人は、いずれ地域活動の担い手になる」という前提を置くべきではない。むしろ、地域への関わり方に濃淡を認め、活動に参加する人にも参加しない人にも、それぞれ無理のない関係を認めることが重要である。

 また、地域側にも受け入れのための負担がある。外部から来た人に活動を説明し、役割を調整し、地元住民との関係を整えるには時間と労力が必要になる。地域貢献を期待するだけでなく、受け入れる側が無理なく対応できる仕組みを作らなければ、善意が新たな負担を生むこともある。

 地域側が救世主を求めすぎれば、その人に期待を集中させ、結果として地域との関係が続かなくなる可能性がある。この逆説は、二地域居住を考えるうえで見落としてはならない。

「住んでいるか」ではなく「どれだけ関わっているか」

 従来の行政人口では、地域との関係はどうしても「住民か、住民でないか」という二分法になりやすい。しかし実際の地域との関係は連続している。

 一年に一度訪れる人もいれば、毎月来る人もいる。年間数十日を過ごす人もいれば、半年近く滞在する人もいる。地元の店で買い物をするだけの人、農作業を手伝う人、地域の事業者に専門知識を提供する人、地域行事に参加する人、静かに自分の生活だけを送る人もいる。同じ「住民票がない人」でも、地域との関係の深さや性質はまったく違うのである。

 ただし、関係の深さを一つの数字で測ることも難しい。年間100日滞在していても地域内ではほとんど消費しない人がいる一方、年間10日しか滞在しなくても、地元企業の経営を継続的に支援している人もいる。滞在日数が多いほど地域活動への貢献が大きいとも限らず、地元で多額の消費をしているからといって地域の人間関係に深く関わっているとは限らない。

 したがって、地域との関係を評価するには、滞在日数、消費額、就労、地域活動への参加、継続期間など、複数の指標を組み合わせて考える必要がある。その際も、すべての人に同じ行動を期待するのではなく、関係の種類が異なることを前提にするべきだろう。

 ふるさと住民登録制度のような仕組みは、こうした関係を可視化する一つの手段になる。しかし、登録人数が多くても実際の訪問や活動につながっていなければ、地域との関係が深まったとは言い切れない。また、個人の訪問履歴や消費行動を把握する場合には、本人の同意や個人情報の適切な管理が必要である。

 私たちは買い物履歴や移動履歴を細かく分析できる時代に生きているが、人と地域との関係については、長いあいだ住民票や観光客数のような限られた指標に頼ってきた。二地域居住は、その尺度では十分に測れない生活の実態を、改めて考えさせる現象なのである。

本当に重要なのは「関係の反復」である

 地域にとって、一万人が一度だけ訪れることと、千人が毎月訪れることは同じではない。前者は年間一万回の来訪だが、後者は年間一万二千回になる。しかし違いは単純な延べ人数だけではない。

 毎月来る人なら、店員が顔を覚えるかもしれない。客も店の事情を知り、季節ごとの変化に気づき、閉店すれば惜しいと思い、知っている人が困っていれば少し気になるようになるかもしれない。地域側も、その人が来月また戻ってくることを想定して、商品やサービスを提供しやすくなる場合がある。

 経済学では、同じ相手と繰り返し関係を持つ状況を考える反復ゲームの理論がある。一回限りの取引では相手との将来の関係を考慮する必要が小さくても、繰り返し接触する場合には、信用や評判を維持することが協力的な行動につながる可能性がある。地域社会でも、継続的な接触を通じて互いの事情を理解し、信頼や協力関係が形成される場合がある。

 ただし、繰り返し会えば必ず信頼が生まれるわけではない。もともと親しい人がいるから頻繁に訪れるという、逆方向の関係も考えられる。また、訪問回数が増えたことで生活習慣や価値観の違いが表面化し、摩擦が生じることもある。反復訪問と信頼の間に関連が見られても、それだけで訪問が信頼を生み出したと断定することはできない。

 商売についても同じである。一度二万円使う観光客より、毎月八千円ずつ使う人の方が年間消費額は九万六千円になる。もちろん、毎回来ても地域内ではほとんど消費しない人もいるため、訪問回数だけを見ればよいわけではない。また、観光客でも同じ地域へ頻繁に戻ってくる人はいるため、反復性は二地域居住者だけの特徴ではない。

 それでも、地域ビジネスにとって、一回当たり消費額だけでなく、一人が一年を通してどれだけ利用し、翌年も利用を続けるかという視点は重要である。特に観光需要が季節に集中する地域では、観光客の少ない時期にも継続して訪れる人がいれば、事業者の売上変動を小さくできる可能性がある。

 人口減少地域では、一度に大量の人を呼ぶことより、少人数でも繰り返し戻ってくる人を増やす方が、事業の安定につながる場合がある。ただし、これは地域や業種によって異なるため、訪問頻度、消費額、季節性、継続率を実際に測定して判断する必要がある。

「第三の住民」が生むのは人口ではなく市場かもしれない

 二地域居住を地域ビジネスの側から見ると、さらに興味深いことが見えてくる。二つの生活拠点を行き来する暮らしには、一つの家だけで暮らす場合には少なかった不便が生まれるからである。

 都市の家を出るときには、地方の家が無事か気になる。地方へ着けば、しばらく使っていなかった家の換気や掃除が必要になる。庭は伸び、郵便物はたまり、台風が来れば屋根が心配になる。車を置いていなければ駅から家までの移動手段が必要になり、高齢になれば二つの地域を行き来すること自体が負担になる。

 こうした問題の一つ一つは、それだけでは大きな産業には見えない。しかし人口の少ない地域で新しい商いを考える場合、むしろこうした「小さくて、何度も繰り返す不便」に市場の種が隠れている。

 例えば、住宅の定期巡回、換気、清掃、庭仕事、設備点検をまとめて引き受けるサービスが考えられる。別々の業者へ依頼していた業務を一つにまとめれば、利用者にとって手間が減り、事業者にとっても巡回や作業の効率化につながる可能性がある。また、駅から住宅までの移動、到着前の食料品の準備、地域の商店や医療機関に関する生活情報の提供なども、繰り返し利用されるサービスになり得る。

 ただし、これらのサービスには制度上の制約がある。人を有償で運ぶ事業には、道路運送法などの関係法令に基づく許可や登録等が必要となる場合があり、単に需要があるからといって自由に営業できるわけではない。医療に関する支援についても、情報提供や受診先の案内と、医療行為そのものは区別しなければならない。また、住宅の鍵を預かり、留守中に立ち入るサービスでは、契約、損害賠償責任、個人情報保護、防犯対策などが重要になる。

 つまり、二地域居住者向けのサービスを考える場合には、地域に不便が存在することだけでなく、それを合法的かつ安全に解決できる仕組みが必要なのである。

「困っている」は「お金を払う」とは限らない

 新規ビジネスを考えるとき、最も危険なのは「困っている人がいるから売れる」と考えてしまうことである。

 利用者が困っていても、自分で解決できるならお金は払わないかもしれない。近所に頼める人がいれば、事業者へ依頼する必要を感じないこともある。月千円なら払ってもよいが、一万円なら使わない人もいるだろう。さらに、需要が存在しても利用者が広い地域に分散していれば、事業者の移動時間や人件費を賄えない場合がある。

 例えば、空き家管理に困っている人が100人いても、全員が月千円しか払う意思を持たなければ、月間売上は最大でも10万円である。実際には100人全員が契約するとは限らないため、現実の売上はさらに小さくなる可能性がある。

 一方、月額一万円の管理サービスを考え、契約者一人当たりの巡回や作業に必要な変動費が月三千円、事業の固定費が月25万円と仮定すると、一人の契約によって固定費の回収に充てられる金額は月七千円になる。この条件なら、36人以上の契約で月間の収支が黒字になる計算である。ただし、これは説明のための仮定であり、実際の人件費や移動距離、車両費、保険料、修繕対応などによって損益分岐点は変わる。

 特に重要なのは、顧客の密度である。住宅が近接していれば、一度の移動で複数の住宅を巡回できるため、一件当たりの移動費用を抑えやすい。反対に、契約者が町の各地に分散している場合には、契約件数が増えても移動時間が長くなり、十分な利益が残らない可能性がある。

 また、新たに会社を設立して専用車両や従業員を確保する場合と、既存の清掃業者や造園業者が巡回業務の一部として引き受ける場合とでは、必要な固定費が異なる。人口の少ない地域では、専業の新規事業よりも、既存事業者が複数の生活支援サービスを組み合わせて提供する方が採算に合う場合もある。

 したがって、二地域居住者向けのビジネスを見る場合には、潜在的な利用者数だけでなく、実際に契約する割合、利用頻度、支払意思額、顧客の分布、継続率、人件費、移動費、固定費を合わせて評価しなければならない。

 二地域居住は自動的に新しい市場を作るわけではない。しかし、従来の観光需要とは異なる、継続的な生活需要を生み出す可能性がある。地域の事業者がそれを採算の合う形で提供できるなら、小規模でも持続的なビジネスが成立する余地がある。

観光ビジネスとは発想そのものが違う

 観光ビジネスが「この町に何を見に来てもらうか」を考える産業だとすれば、二地域居住を支えるビジネスは「どうすればこの町で無理なく暮らし続けられるか」を考える産業になる。

 観光なら絶景、温泉、食事、イベントが商品になる。しかし二地域居住では、家の管理、移動、買い物、医療機関へのアクセス、日常生活の手間といった、これまで観光の魅力とは考えられなかったものが商品になる可能性がある。

 ただし、観光客と二地域居住者を完全に別の集団として区別することも適切ではない。毎月同じ地域を訪れ、決まった店で買い物をする観光客もいれば、地方に住宅を所有していても、年間に数回しか訪れない人もいる。住宅を所有せず、賃貸住宅や宿泊施設を継続的に利用しながら二地域居住を実践する人もいる。

 つまり、観光と二地域居住の間には連続性がある。観光をきっかけに地域を好きになり、訪問を繰り返し、その後に生活拠点を持つ人もいるだろう。一方で、観光客として何度も訪れることに満足し、住宅を持たない人もいる。すべての観光客を二地域居住者へ転換する必要はないし、すべての二地域居住者を移住者へ転換する必要もない。

 それでも、地域に滞在する目的が「楽しむこと」から「生活を維持すること」へ広がると、必要とされるサービスの性質が変わる。地域の魅力を伝える仕事に加えて、地域で暮らすための不便を解消する仕事が重要になるのである。

「たくさん来る町」より「何度も戻る町」

 これまで多くの地域政策は、とにかく人を呼ぶことに力を注いできた。観光客を呼び、移住者を呼び、企業を呼び、若者を呼ぶ。しかし二地域居住という現象を考えると、最初の一回来てもらうこと以上に、その人が二回目、三回目と戻ってくる理由を作ることが重要になる。

 美しい海があるから一度訪れる。しかし顔を覚えてくれる店があるからまた来る。安い空き家があったから家を買う。しかし留守中に面倒を見てくれる人がいるから暮らし続けられる。自然にひかれて地域を知るが、そこで自分に合った居場所ができれば、その町は単なる旅行先ではなくなっていく。

 ただし、地域への愛着だけで反復訪問が維持されるとは限らない。交通費が高くなれば訪問回数は減るかもしれず、仕事や家族の事情が変われば滞在する余裕がなくなることもある。二つの住宅を維持する負担が大きければ、生活の継続自体が難しくなる。したがって、「戻りたくなる理由」を作るだけでなく、「無理なく戻れる条件」を整えることが必要になる。

 地域にとっても、訪問者数を増やすことと、継続的な利用者を維持することでは施策が異なる。新しい観光客を呼ぶには情報発信や観光資源の整備が重要になるが、二地域居住者との関係を維持するには、住宅管理、交通、日常の買い物、生活情報、地域との適切な距離感が重要になる場合がある。

 人口減少地域では、観光客数や移住者数のような新規獲得の指標に加えて、再訪率、年間滞在日数、翌年の継続率、地域内の利用額などを見ることが重要になっていく。ただし、再訪率が高ければ必ず地域に利益が生まれるわけではないため、消費や行政負担との関係も合わせて評価する必要がある。

房総の町で考える「第三の住民」

 例えば、御宿町、勝浦市、いすみ市、大多喜町などの地域を考えてみたい。これらの地域には、海や里山、歴史的な町並みなど、それぞれ異なる魅力がある。一方で、地域ごとの交通条件、住宅事情、産業構造、観光需要は同じではない。

 海辺の住宅を求める人もいれば、里山の古民家で静かに過ごしたい人もいる。都市からの移動時間、鉄道や道路の利便性、買い物ができる場所、医療機関への距離などによって、二地域居住の実現可能性は変わる。したがって、房総という一つの地域名でまとめてしまうのではなく、自治体ごと、さらに地区ごとの条件を調べる必要がある。

 例えば、住宅需要が弱く空き家が多い地区では、二地域居住者による住宅取得や改修が地域の住宅維持に役立つ可能性がある。一方、需要が集中する地区では、住宅価格や賃料への影響を確認する必要がある。また、鉄道駅から離れた住宅が多い地域では移動支援への需要が考えられるが、利用者が広く分散していれば、通常の有償サービスだけでは採算が難しい場合もある。

 地域の事業者にとっては、二地域居住者がどこに何人いるかという情報だけでなく、どの時期に訪れ、どのような生活上の不便を感じ、何に対価を支払っているかを知ることが重要になる。ただし、個人の住宅所在地や行動履歴は私生活に関わる情報であるため、調査には本人の同意や適切な管理が必要である。

 このような情報があれば、地域の商店、住宅管理業者、清掃業者、造園業者、交通事業者などが、それぞれの需要に応じたサービスを考えやすくなる。ただし、地域ごとの潜在需要が小さい場合には、一つの業種だけで新規事業を成立させることが難しいため、既存の事業者同士が連携して複数のサービスを提供する方法も検討に値する。

 地域経済の将来を考えるとき、観光客の増加だけを目指すのでも、移住者の獲得だけを目指すのでもなく、地域外に生活の本拠を置きながら継続的に地域を利用する人との関係を把握することには意味がある。ただし、それが実際に地域所得の増加や生活環境の改善につながるかどうかは、個々の地域で確かめなければならない。

二地域居住の価値を測るなら

 二地域居住者が地域にとってどのような価値を持つかを冷静に考えるなら、地域に入ってくるものと、地域が負担するものの両方を見る必要がある。

 地域内での消費が増え、地元の事業者に仕事が生まれ、雇用や所得が増えれば経済的な利益になる。地域活動に参加する人が増えたり、住宅の維持管理が進んだりすれば、経済指標に直接表れにくい便益も生まれる。一方で、住宅価格の上昇、行政サービスの追加費用、交通混雑、環境負荷、既存住民との摩擦などが生じれば、利益の一部が相殺されることになる。

 したがって、地域への効果を一つの金額にまとめることには限界がある。地域経済については、追加的な消費、事業者の売上、地域内付加価値、雇用や所得の変化を見る必要がある。自治体財政については、追加税収や使用料収入と、行政サービスに必要な追加費用を比較する必要がある。さらに住民生活については、住宅の確保しやすさ、生活環境、地域活動の負担、住民の満足度などを別に確認しなければならない。

 研究として二地域居住の効果を検証する場合にも、二地域居住者が多い町と少ない町を単純に比較するだけでは不十分である。もともと交通の便がよく、自然環境や商業施設に恵まれた町には、二地域居住者が集まりやすい可能性がある。そのような町の経済状況が良好だったとしても、二地域居住者が経済を改善した結果なのか、経済条件のよい町に二地域居住者が集まったのかは区別できない。

 より厳密に調べるなら、二地域居住を促進する施策を始める前後の変化を観察し、人口構成、産業構造、観光需要、交通条件などが似た地域との比較を行う方法が考えられる。その際には、施策がなかった場合に地域経済がどのように変化したかという反実仮想を意識する必要がある。ただし、比較可能な地域を見つけること自体が難しく、施策以外の要因を完全に取り除くことも容易ではない。

 大切なのは、二地域居住者が増えたという事実と、それによって地域が豊かになったという結論を混同しないことである。地域への経済効果や社会的効果を把握するためには、人数だけではなく、滞在、消費、雇用、住宅、行政費用、住民生活を継続的に測定する必要がある。

救世主ではなく「少しずつ町を支える人」

 二地域居住者は地域の救世主なのか。

 おそらく、この問いへの答えは「救世主と考えない方がうまくいく」である。ただし、それは二地域居住者の価値が小さいという意味ではない。むしろ、特定の人に過大な期待をかけず、地域との多様な関わり方を認めることが、長期的な関係を維持するうえで重要だということである。

 一人の移住者に人口減少を止めてもらう必要はない。一人の二地域居住者に地域活動をすべて手伝ってもらう必要もない。ただ、その人が毎月数日滞在し、地域の店で買い物をし、必要なサービスに対価を払い、ときには誰かと会話をし、翌月もまた戻ってくる。それだけでも、同じような人が百人、千人と増えれば、町の経済や人間関係に変化が生まれる可能性がある。

 もちろん、百人、千人という人数だけでは地域の将来は決まらない。年間の滞在日数が短く、消費も少なければ経済効果は限定されるかもしれない。逆に、少人数でも継続的に地域の仕事を支えたり、地域で事業を営んだりする人がいれば、人数以上の影響を持つ場合がある。また、地域への利益が一部の事業者や住宅所有者に集中し、既存住民の負担が増える可能性にも目を向けなければならない。

 だからこそ、二地域居住を地域政策の新しい万能薬として扱うべきではない。人口減少を直接止める政策ではなく、人口減少のなかでも地域の経済活動や生活の基盤を維持するための、一つの選択肢として考えるのが適切だろう。

 住民票はない。しかし、この町がなくなったら困る。その自治体の地方選挙には参加できなくても、行きつけの店が閉まれば寂しい。生まれ育った場所ではない。それでも台風が来れば心配になる。そういう人の存在は、行政人口だけでは見えにくい地域との結びつきを教えてくれる。

 その人が一年に何日町へ来て、何を買い、誰と関わり、どのような不便を感じ、その不便にいくらなら払うのか。そして、地域側はその人との関係を維持するために何を提供し、どれだけの費用を負担しているのか。これらを実際に調べることができれば、地域経済の見え方は変わるかもしれない。

 観光客でもなく、完全な移住者でもない「第三の住民」を考えることは、結局のところ、これからの地域にとって「住む」とは何なのかを考え直すことである。住民票のある人だけが地域を支えているわけではなく、地域との関係のすべてを人口という一つの数字に置き換えることもできない。

 人口が減り続ける日本では、人を一つの場所に完全に囲い込もうとする地域政策だけでは、対応できない課題が増えていくだろう。一人の人生の一部分を継続的に受け入れ、その人が無理なく何度も戻ってこられる仕組みを持つ地域には、新しい可能性がある。

 ただし、その可能性を現実の地域活性化へ変えるには、地域外から来る人の希望だけでなく、地域に暮らす人の生活、事業者の採算性、行政の財政負担まで含めて、利益と費用を確かめる必要がある。

 二地域居住者は、地域の人口減少を止める救世主ではない。それでも、互いに無理のない関係を築き、地域に必要なものを対価とともに交換し、何度でも戻ってこられる暮らしが成立するなら、少しずつ町を支える存在になり得る。

 地域にとって本当に重要なのは、救世主を探すことではない。住民票の有無を超えて、その町と関わり続けたい人が自然に戻ってこられる条件を整え、その関係が地域にとっても持続可能なものになっているかを、丁寧に確かめていくことなのではないだろうか。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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 春になると、「住みたい街ランキング」という見慣れた言葉がニュースに現れる。2026年の首都圏版でも、横浜、大宮、吉祥寺、恵比寿、東京と、聞いただけでそれぞれの風景が浮かぶ街が上位に並んだ。横浜なら港と夜景、吉祥寺なら井の頭公園と商店街、恵比寿なら洗練された飲食店というように、人気の街には名前だけで物語を始められる強さがある。しかし、その華やかな順位表を眺めていると、一つの素朴な疑問が残る。まだそこに住んでいない人が「住みたい」と思う街と、すでにそこで毎日の生活を送っている人が「ここは暮らしやすい」と感じる街は、本当に同じなのだろうか。

 旅行したい場所と長く暮らしたい場所が必ずしも同じではないように、住んでみたい街と住んで満足する街も同じとは限らない。横浜に憧れるとき、私たちは海辺の景色や街の華やかさを思い浮かべるが、横浜に暮らす人が毎日経験しているのは夜景だけではなく、朝の電車に乗り、食料品を買い、病院へ行き、雨の日には駅まで歩き、夜になれば家へ帰るという無数の生活である。街への憧れは一枚の写真からでも生まれるが、住み心地は何千回もの平凡な一日から作られていく。

「住みたい」と「住んで満足」は、似ているようで別の質問である

 最初に区別しておかなければならないのは、「住みたい街」と「住みここち」が、同じ街の価値を単に二つの方法で測っているわけではないということである。2026年のリクルートによる首都圏の「住みたい街」調査では、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県に住む20歳から49歳までの9,000人に、これから住むならどの駅のある街に住みたいかを尋ねている。2025年10月から11月に実施された調査の結果、横浜が9年連続で1位、大宮が2位、吉祥寺が3位となり、恵比寿と東京が続いた。回答者には住みたい駅を第3希望まで選んでもらい、1位に3点、2位に2点、3位に1点を与えた合計得点で順位を作っている。

 この調査では、回答者が実際にその駅の近くで暮らした経験を持っている必要はない。街について知っていること、聞いたこと、抱いている印象、将来の生活への期待などを含めた「未来への選好」が順位として表れている。しかも、得点は住民満足度のような100点満点の評価ではなく、住みたい場所として挙げられた頻度と優先順位を反映しているため、1位の街が2位の街より何倍も暮らしやすいという意味にはならない。

 これに対して、大東建託の2026年「街の住みここちランキング」は、現在その地域に住んでいる人自身に、今住んでいる地域を全体としてどう評価するかを尋ねている。「大変満足」を100点、「満足」を75点、「どちらでもない」を50点、「不満」を25点、「大変不満」を0点として平均し、首都圏自治体版では2022年から2026年までの250,968人の回答を集計している。原則として5年分の回答を用い、回答者が規定数に満たない自治体では、さらに過去の回答を加える場合もある。

 片方が「これから手に入れるなら」という選択であるのに対し、もう片方は「すでに使い続けている生活環境をどう感じるか」という評価である。商品の世界に置き換えれば、住みたい街ランキングは店頭で商品を見たときの魅力に近く、住みここちは実際に使っている人の使用感に近い。もちろん魅力的に見える商品が実際にも優れていることはあるが、広告で目を引く特徴と、毎日使うときの便利さが完全に一致する必要はない。街についても、同じような違いが生じていると考えられる。

上位に入る街はかなり重なる。それでも順位は大きく違う

 では、実際にはどの程度一致しているのだろうか。調査会社による違いをできるだけ抑えるため、同じ大東建託が公表した2026年の「住みたい自治体」と「住みここち自治体」を比較すると、興味深い姿が現れる。

 首都圏居住者が選んだ「住みたい自治体」の上位には、港区、世田谷区、渋谷区、鎌倉市、文京区、さいたま市大宮区、新宿区、横浜市中区、杉並区、目黒区などが並ぶ。一方、現在の住民による「住みここち」の上位には、中央区、文京区、武蔵野市、横浜市都筑区、港区、浦安市、横浜市西区、渋谷区、目黒区、国立市が並んでいる。二つを眺めると、まるで別世界というほど違うわけではなく、知名度の高い人気地域のかなりの部分が、実際の住民からも高く評価されていることが分かる。

 上位20自治体を照合すると、港区、世田谷区、渋谷区、鎌倉市、文京区、杉並区、目黒区、武蔵野市、横浜市西区、品川区、中央区、さいたま市浦和区の12自治体が共通している。つまり、住みたい自治体の上位20を基準とすれば、12を20で割った60.0%が住みここちの上位20にも入っていることになる。

 ただし、比較対象の範囲には注意が必要である。大東建託の「住みたい自治体」は、首都圏の居住者に対して全国の自治体から住みたい場所を選んでもらう方式を採用している。そのため、上位20には北海道札幌市と福岡県福岡市も含まれているが、「住みここち首都圏版」には最初からその二都市が入る余地がない。首都圏内で比較できる18自治体だけを分母にすれば、12を18で割った約66.7%が住みここちの上位20と重なることになる。

 60.0%と66.7%は、どちらか一方が誤りというわけではない。前者は住みたい上位20全体に対する共通割合であり、後者は首都圏に限定した18自治体に対する共通割合である。さらに、二つの集合がどれほど似ているかを対称的に評価するジャッカード係数という指標を使うこともできる。これは、二つの集合の共通部分が和集合全体に占める割合を示すもので、今回の場合は共通する12自治体を、少なくとも一方の上位集団に含まれる26自治体で割った約46.2%となる。

 このように、同じランキングを比較しても、何を分母にするかによって数値の意味は変わる。重要なのは、どの割合を使うかだけでなく、その数字が何を表しているのかを明確にすることである。今回の結果については、住みたい自治体と住みここち自治体の上位グループには一定の共通性がある、と読むのが適切だろう。

上位の顔ぶれが似ていても、順位の一致度は低い

 ところが、顔ぶれが重なることと、順位まで似ていることは別の問題である。「住みたい」1位の港区は「住みここち」では5位、2位の世田谷区は13位、4位の鎌倉市は20位となる。一方、「住みここち」1位の中央区は「住みたい」では17位、2位の文京区は5位、3位の武蔵野市は12位であり、さらに「住みたい」同率5位のさいたま市大宮区は「住みここち」では40位となっている。

 この違いを数理的に確かめるため、「住みたい」上位20のうち首都圏内で比較できる18自治体について、二つの順位の関係をスピアマンの順位相関係数で計算すると、約マイナス0.044となる。スピアマンの順位相関係数とは、二つの順位がどれだけ同じ方向に並ぶかを示す統計量で、プラス1に近ければ順位がよく一致し、マイナス1に近ければ逆順に近く、ゼロ付近であれば単調な順位関係が弱いことを意味する。今回の計算では同順位も考慮しており、この18自治体に限れば、二つの順位の対応関係はほとんど確認できない。

 ただし、この結果をもって、首都圏全体で「住みたい順位と住みここち順位に相関がない」と結論付けることはできない。今回の18自治体は、住みたいランキングの上位という条件であらかじめ選び出されているためである。このように分析対象の範囲を狭めることを範囲制限と呼び、全体では関係がある二つの変数でも、特定の上位集団だけを取り出すと相関が弱く見える場合がある。加えて、18自治体という限られた観測数であり、各自治体の評点に含まれる推定誤差まで反映した分析ではない。

 それでも、今回の計算には意味がある。住みたい自治体の上位に選ばれた地域が、住みここちでも比較的上位に現れやすいという特徴と、その上位集団の内部では順位が一致しないという特徴が、同時に存在していることを示しているからである。二つの結果は一見矛盾しているようだが、実際には異なる側面を表している。

 ここで、もう一つ注意したいのは、順位の差と満足度そのものの差を混同しないことである。住みここち1位の中央区は74.7点、2位の文京区は74.0点、3位の武蔵野市は73.8点、4位の横浜市都筑区は73.7点となっている。3位と4位の差はわずか0.1点であり、順位だけを見れば一つ違っていても、評点はほとんど変わらない。また、13位の世田谷区は71.5点、20位の鎌倉市は70.0点、40位のさいたま市大宮区も68.4点であり、40位という順位だけを理由に住民の評価が極端に低いとは言えない。

 自治体ごとの回答者数や評点のばらつきが異なる以上、わずかな評点差が統計的に意味のある差なのかどうかは、標本数や推定誤差を確認しなければ判断できない。順位表は連続的な数値を分かりやすい順序に変換したものだが、その過程で隣接する自治体の差が小さいことや、評価の不確実性が見えにくくなる。1位と2位、10位と20位という数字の違いだけでは、実際の暮らしやすさの差を十分に説明できないのである。

上位の重なりは偶然なのか、それとも共通する魅力があるのか

 上位の街がこれだけ重なること自体にも、考える価値がある。仮に、比較対象となる自治体から「住みたい上位」と「住みここち上位」を、それぞれ独立に無作為抽出するという極端に単純化した状況を考えれば、共通する自治体の数は対象自治体の総数によって確率的に決まる。無作為抽出による重複数は超幾何分布と呼ばれる確率分布で評価でき、対象となる自治体の数が十分に多ければ、今回のように12自治体が重なる結果は起こりにくいと考えられる。

 しかし、これは現実のランキングが偶然に成立したかどうかを正式に検定したものではない。首都圏の自治体は人口規模も住宅供給量も知名度も異なり、住みたい街として選ばれる確率がすべて等しいわけではない。また、住みたい街と住みここちの双方に影響する交通利便性、所得構成、教育環境、商業施設、自然環境などが存在する可能性もある。したがって、単純な無作為選択モデルと比べて重なりが大きいとしても、それだけで特定の要因が両方のランキングを高めていると証明したことにはならない。

 それでも、交通が便利で、商業施設があり、医療や教育へのアクセスが良く、公園や文化施設が整っている地域は、外から見ても魅力的であり、実際に住んでも便利である可能性がある。街のブランドが完全な幻想なら、二つのランキングはもっとばらばらになっていても不思議ではない。問題はブランドが嘘なのではなく、ブランドが街の価値の一部分だけを非常に明るく照らし、それ以外の日常的な条件を見えにくくすることにあるのかもしれない。

人は街そのものより、「街について知っている物語」を選ぶ

 たとえば「吉祥寺に住みたい」と答える人が、吉祥寺駅から徒歩12分の住宅地で火曜日の午後7時に食料品を買う自分まで想像しているとは限らない。井の頭公園、商店街、カフェ、中央線、新宿へのアクセス、長年にわたって雑誌やテレビで語られてきた「吉祥寺らしさ」が一つの映像となり、その映像に対して一票を投じていることもあるだろう。

 横浜には港と海、大宮には交通結節点としての便利さ、鎌倉には古都と海というように、人気の街には短い言葉へ圧縮できる物語がある。そして「どこに住みたいか」と突然問われたとき、人は十分に知らない街を積極的に選びにくいので、名前を聞いた瞬間に何かを思い出せる街ほど候補になりやすいと考えられる。その意味で住みたい街ランキングには、住宅環境そのものだけではなく、知名度、観光イメージ、メディアへの登場頻度、過去のランキングによって蓄積された評判まで入り込んでいる可能性がある。

 もちろん、これらの要素が実際の投票にどの程度影響しているかは、今回の順位表だけでは分からない。知名度が高いから選ばれるのか、実際に魅力的だから知名度が高くなったのか、あるいは両方が同時に働いているのかを区別するには、街の認知度、訪問経験、居住経験、住宅予算などを含めた追加調査が必要になる。それでも、街の名前がもつ力を無視してランキングを理解することは難しい。

 一度「住みたい街」として知られれば、翌年もその名前を思い出す人が増え、その順位がまた街のブランドを補強するという循環も考えられる。ランキングとは街の人気を測定する鏡であると同時に、ときにはその鏡に映った像をさらに大きくして社会へ返す装置にもなり得る。ただし、こうした自己強化の仕組みを確認するには、ランキングの公表前後で認知度や選好がどう変化したかを追跡する必要があり、現時点では説明仮説の一つとして扱うべきだろう。

カリフォルニアに住めば、人は幸せになるのか

 この問題を考えるうえで興味深い研究がある。心理学者デイヴィッド・シュケイドとダニエル・カーネマンは1998年、米国中西部と南カリフォルニアの大学生を対象に、居住地と生活満足度の関係を調べた。実際に回答した学生たちの自己申告による生活満足度には大きな地域差が見られなかったにもかかわらず、別の地域に住む自分と似た人物の幸福を予測させると、カリフォルニアに暮らす人の方が幸せだろうと考える傾向が現れた。

 その理由として注目されたのが、判断するときに目立つ特徴へ意識が集中する「フォーカシング・イリュージョン(焦点化の錯覚)」と呼ばれる現象である。カリフォルニアと聞けば温暖な気候や文化的な機会が思い浮かび、その特徴が実際の日常生活全体に占める割合以上に大きく見えてしまう。ところが、現実の生活満足度は気候だけで決まるわけではなく、人間関係、仕事、経済状態、健康、日々の出来事など、多くの要素から成り立っている。

 この研究は、目立つ地域の特徴と生活全体の満足度を混同しやすいという心理的な仕組みを示している。ただし、対象は米国の学生であり、調査されたのも生活満足度の予測であって、日本の住みたい街ランキングそのものではない。そのため、この研究だけから「横浜や吉祥寺が人気なのは焦点化の錯覚によるものだ」と断定することはできない。

 それでも、海のある街、公園のある街、おしゃれな街、交通の便利な街という目立つ特徴を見たとき、それが「そこで送る生活全体の良さ」へ拡張されて認識される可能性を考えるうえでは、重要な示唆を与えている。私たちが想像している未来の生活は、実際の生活よりも、特徴のはっきりした場面に偏っているのかもしれない。

 行動経済学では、選択時に対象へ与える価値と、実際に経験したときに感じる価値を区別する考え方もある。ただし、「住みたい街」をそのまま選択時の効用、「住みここち」をそのまま経験時の効用と呼ぶのは正確ではない。住みここち調査も、瞬間瞬間の快・不快を記録しているのではなく、現在住んでいる地域について後から総合評価してもらう調査だからである。それでも、選ぶ前に目立つものと、暮らした後に重要になるものが必ずしも同じではないという考え方は、二つのランキングのずれを理解する手掛かりになる。

暮らしを決めるものほど、写真には写りにくい

 住む前には、駅のブランド、都心までの時間、大型商業施設、公園、街並みといった特徴が目につきやすい。しかし生活が始まれば、満足を左右する材料はもっと細かくなる。食料品を買う店まで何分か、夜道は歩きやすいか、必要な診療科の病院へ行きやすいか、電車は混みすぎていないか、住宅費に納得できるか、近隣との距離感は心地よいかという、広告の写真にはほとんど写らない条件が毎日の生活へ入り込んでくる。

 2021年に刊行された居住満足度に関する研究レビューでは、107件の先行研究を整理し、居住満足度に関係する要因を都市政策と計画、設計上の条件、社会的環境、居住者自身の属性という四つの領域に分類している。これは、住まいへの満足が住宅や街の物理的な特徴だけで決まるのではなく、周辺社会のあり方や住民の生活条件によっても左右されるという考え方と整合する。

 したがって、「東京まで30分だから住みやすい」「大型商業施設があるから満足度が高い」という一つの数字だけで、暮らし全体を予測することは難しい。むしろ街の価値を作っているものの多くは、長く暮らすほど重要になるのに、街を選ぶ瞬間には目立たない。駅から家までの道がわずかに歩きやすいこと、必要な医療機関へ無理なく通えること、深夜になると静かになること、近所に特別おしゃれではないが毎週使える店があることは、観光案内には載りにくいが、数年分の暮らしを積み重ねれば無視できない差になっていく。

 ただし、こうした条件の重要性も、すべての人に共通するわけではない。子育て世帯にとっては学校や保育施設が重要になり、高齢者にとっては医療や徒歩での移動環境が重要になり、都心へ通勤する人にとっては鉄道の利便性が大きな価値を持つかもしれない。街の住みやすさとは、物理的な環境だけではなく、その環境と住民の生活上の必要性がどれほど適合しているかによっても変わるものである。

人気の街には「期待」という見えない荷物もあるのか

 ここで、もう一つ考えたくなるのが期待の効果である。何も知らずに移り住んだ街で良い店や美しい散歩道を見つければ、それは思いがけない喜びになるが、長年「理想の街」として紹介されてきた場所へ移れば、同じ条件があっても「この街なら当然だ」と受け取るかもしれない。人気の街には住宅価格や家賃だけではなく、高くなった期待という見えない荷物が付いている可能性がある。

 ただし、ここはデータから断定できる話ではない。住みたい街で順位が高いのに住みここち順位が低い理由が、事前期待の高さであることを今回のランキングは証明していない。住宅費が高いこと、混雑が激しいこと、繁華街に近いこと、人口密度、住宅面積、通勤時間など、別の条件が影響している可能性もある。また、期待が高いことによって、街の良い面を積極的に見つけやすくなるという反対方向の効果も考えられるため、期待の高さが必ず満足度を下げるとは限らない。

 この問題を厳密に検証するには、転居前にその街への期待を測定し、転居後の満足度を同じ人について継続的に調べる必要がある。こうした縦断的な調査によって、期待と現実の差が満足度へどのように影響するのかを分析できる。今回のように別々の人々を対象としたランキングを比較するだけでは、期待の効果と住宅費や生活環境の効果を区別することはできない。

 それでも、「人気の街だから実際にも満足するはずだ」という考えと、「期待しすぎたから必ず失望する」という考えの両方を避ければ、街を見る目は少し冷静になる。ランキングは結果を示していても、その結果が生まれた理由まで自動的に教えてくれるわけではないのである。

住民満足度も、街の客観的な性能表ではない

 ここまで読むと、「それなら住みたい街ランキングより住民満足度を信じればよい」と考えたくなるが、そこにも注意が必要である。住みここち調査に回答している人は、研究者によって無作為にその街へ配置された人々ではなく、多くの場合、自分や家族の事情に合わせて住む場所を選び、現在もそこに住み続けている人たちである。

 海が好きな人は海辺を選び、都市生活を好む人は都心を選び、静かな住宅地を求める人は繁華街を避けるので、住民満足度には「街そのものの性能」だけではなく、その場所を好む人がそこを選んだという自己選択の影響が含まれる。また、強い不満を持った人ほどすでに転居している可能性もあるため、現在残っている住民だけを調べれば、街と比較的相性の良い人が多くなることも考えられる。もっとも、実際にどの程度の人が不満によって転居したかは今回の調査からは分からず、これも検証すべき仮説の一つである。

 さらに、調査方法そのものにも統計的な制約がある。大東建託の調査は、登録モニターにインターネットを通じて回答してもらう方式であり、各自治体の人口比を基本として回答数を割り付けているものの、住民全員から完全に無作為抽出した調査ではない。調査に参加する人と参加しない人の間に、年齢、所得、住宅所有形態、地域への関心などの違いがあれば、回答結果にも偏りが生じる可能性がある。

 約25万1,000人という回答規模は大きいが、調査人数が多いことだけで結果の代表性が保証されるわけではない。例えば、特定の年代や住宅所有形態の人が多く回答していれば、その偏りは回答者数を増やすだけでは解消されない。また、自治体ランキングは50人以上の回答がある自治体を対象としているため、自治体によって標本数が異なり、評価の安定性にも違いが生じる。

 住みここちの評点を作る方法についても理解しておきたい。大変満足から大変不満までの5段階回答に、100点、75点、50点、25点、0点を割り当てて平均する方式は分かりやすいが、回答カテゴリー間の心理的な距離が等しいと仮定することになる。実際の人間の満足感が常に25点刻みで変化するとは限らず、この評点は感情を物理的な長さのように測ったものではなく、一定のルールに従って数値化した指標である。

 したがって、「住みここち1位の街は、誰にとっても日本で最も住みやすい街だ」と読むことはできない。より正確には、「現在その地域に住んでいる回答者と、その地域との組み合わせにおいて高い満足が観測された」と読むべきである。この違いは小さいようでいて、ランキングを利用するときには極めて重要になる。

「住み続けたい街」を見ると、さらに別の風景が現れる

 この違いを考えるもう一つの材料が、2026年9月1日に公表されたリクルートの「住み続けたい街ランキング」である。これは、現在住んでいる街について、今後も住み続けたいと思うかを住民自身に尋ねた調査で、首都圏の20歳以上を対象とする一次調査では251,356人から有効回答を得ている。その駅別ランキングでは、神奈川県藤沢市の鵠沼が1位、千駄ケ谷が2位、赤坂が3位となった。

 ここで興味深いのは、同じリクルートが同じ2026年に公表した「住みたい街」の駅別上位が、横浜、大宮、吉祥寺、恵比寿、東京だったことである。同じ会社の調査であっても、「これから住むならどこか」と「現在の街にこれからも住み続けたいか」では、上位の顔ぶれが大きく変わる。調査会社が違うから結果が違うという説明だけでは済まず、質問そのものが違えば、人々の中から引き出される「よい街」の姿も変わることが分かる。

 ただし、二つの調査は対象年齢や回答者の構成、得点化の方法も異なるため、順位の違いを質問文だけの効果と断定することはできない。住みたい街の調査は20歳から49歳が対象であるのに対し、住み続けたい街の調査は20歳以上を対象としている。住宅選択の条件や生活上の優先順位は年代によって異なる可能性があるため、厳密に質問の効果を比較するには、同じ年齢層や同じ回答者に条件をそろえて分析する必要がある。

 さらに、「住み続けたい」という回答は、純粋な街への愛着だけを表しているとは限らない。持ち家を売却する難しさ、転居費用、通勤や仕事、子どもの学校、家族の事情、近隣関係など、さまざまな制約が居住継続の意思に影響する。満足しているから住み続けたい場合もあれば、必ずしも十分に満足していなくても、生活上の事情から移り住みにくい場合もあるだろう。

 そのため、「今の街に住み続けたい」という意思と、「すべての制約を取り除いても、もう一度この街を選びたい」という意思は区別する必要がある。二つは似ているが、同じ質問ではない。それでも、将来の居住継続意思という別の視点を加えることで、住みたい街と住みここちだけでは見えなかった、街と住民の長期的な関係が浮かび上がってくる。

街のランキングは、行政サービスや安全性の総合評価でもない

 もう一つ見落としてはならないのは、これらのランキングが民間企業による意識調査であり、自治体の行政サービスや都市機能について国が統一基準で評価したものではないという点である。住民満足度が高いことは、その地域の生活環境に対する肯定的な評価を示しているが、自治体財政の持続可能性、防災上の安全性、医療提供体制、公共交通の将来維持可能性まで保証しているわけではない。

 例えば、現在は買い物や通院に困らない地域でも、人口減少や高齢化によって将来の店舗や公共交通の維持が難しくなる可能性がある。また、住民が自然環境を高く評価している地域であっても、洪水、土砂災害、津波などの危険性を別途検討する必要がある。現在の満足度が高いことと、今後数十年間にわたって生活環境が維持されることは、時間軸の異なる問題なのである。

 さらに、自治体内の地域差にも注意したい。横浜市のような大都市はもちろん、同じ区や市の中でも、駅前と郊外、平地と丘陵地、商業地と住宅地では、買い物、医療、交通、防災などの条件が大きく異なる場合がある。自治体全体の平均的な住民満足度から、個別の住宅地や住宅の住みやすさを直接判断することはできない。これは、集団全体の統計的な特徴を、その集団に属する個々の場所や人へそのまま当てはめてしまう誤りにもつながり得る。

 地域政策として住みやすさを評価するなら、意識調査に加えて、国勢調査による人口構成、住宅・土地統計調査による住宅環境、地価公示による土地価格、医療機関の分布、交通サービス、防災情報、地方財政の状況などを組み合わせることが望ましい。住民の主観的な満足度は重要な情報だが、それだけで地域の持続可能性や公共サービスの水準を判断することは難しい。

 また、行政が住民満足度の向上を目標とする場合にも、ランキングの順位だけを成果指標にすることには注意が必要である。例えば、人口構成が変われば満足度の平均も変化し得るし、住宅価格の上昇によって高所得者の流入が進めば、街の物理的環境に大きな変化がなくても、回答者の構成が変わる可能性がある。政策によって住みやすさが改善したのか、そこに住む人々の属性が変わったのかを区別することが重要である。

本当に面白いのは、「人気なのに住み心地が悪い街」を探すことではない

 ランキングを二つ並べると、どうしても「住みたいでは上位なのに、住みここちでは低い街」を見つけ、その落差を面白がりたくなる。しかし、地域分析としてより興味深いのは反対側にあるのかもしれない。つまり、住民には非常に高く評価されているのに、全国的な知名度を持つ「憧れの街」としてはあまり語られない場所である。

 住み心地を作る条件は、しばしば説明すると地味である。駅前に巨大な商業施設がなくても、食料品を買う店が近く、交通がほどほどに便利で、住宅地は静かで、医療機関へ行きやすく、散歩する道があり、住宅費が生活に見合っていれば、人はかなり快適に暮らせるかもしれない。しかし、「午後10時を過ぎると静かになる」「毎日の買い物に困らない」「駅から家まで歩きやすい」という特徴は、海や高層ビルほど鮮やかな一枚の写真にはならない。

 こうした街を発見するためには、住みたい街の順位と住みここちの順位を比較するだけでは不十分である。全自治体の得票率や評点を同じ基準で整理したうえで、人口規模、年齢構成、住宅費、交通利便性などの条件を考慮し、それでも住民満足度が相対的に高い地域を探すという分析が考えられる。住みたいランキングの上位20だけではなく、対象となる自治体全体を比較すれば、上位集団に限定したことによる統計的な偏りも避けやすくなる。

 さらに、住民満足度の高さが何によって生まれているかを検証するには、同じ地域の住民を継続的に調べたり、転入者と長期居住者を比較したりすることも有効だろう。駅からの距離、住宅費、通勤時間、医療へのアクセス、緑地、近隣関係などを複数の説明変数として分析すれば、どの条件が満足度と強く関係しているかを、単純な順位比較より詳しく調べられる。ただし、統計的な関連が認められたとしても、それだけで原因が特定できるわけではなく、因果関係を判断するには追加の検証が必要である。

 有名になるには、街を一言で説明できる象徴が必要なのかもしれないが、暮らしやすさには必ずしも象徴は要らない。「行ってみたい」と思わせる力と、「ここから動きたくない」と思わせる力は、似ているようで少し違うのである。

街の価値は、検索する前より住んだ後の方が複雑になる

 結局、「住みたい街ランキング」と実際の住民満足度は、まったく一致しないわけでも、同じものでもない。2026年の大東建託の自治体ランキングでは、住みたい上位20のうち12自治体が住みここち上位20と共通しており、両者の上位グループには一定の重なりが見られる。その一方、首都圏内で比較できる18自治体について順位相関を計算すると約マイナス0.04となり、上位集団の内部では順位がほとんど対応していない。さらに、駅単位や「住み続けたい」という別の質問に移れば、上位に現れる街の顔ぶれも変わる。

 ただし、この結果から、街の人気と実際の住みやすさが無関係だと結論付けることはできない。今回の相関分析は住みたい上位の自治体に限定されたものであり、評点の推定誤差や調査対象の違いも十分に取り込んではいない。明らかになったのは、少なくともランキングの上位という限られた範囲では、外部からの人気と現在の住民による評価が必ずしも同じ順序で並ばないということである。

 これはランキングが不正確だからではない。むしろ、私たちが「よい街」という一つの言葉の中に、知名度、憧れ、交通、住宅、日常の便利さ、愛着、費用、静けさ、人間関係、将来の安心感といった異なる価値を押し込めているためである。質問を少し変えただけで順位が動くのは、調査方法の違いだけでなく、街の価値が一つの尺度には還元できないことの表れでもある。

 住みたい街ランキングが映しているのは、人々がこれから暮らす場所として思い描く未来であり、住みここちが映しているのは、すでにそこで暮らしている人が現在の生活環境をどう評価しているかである。そして住み続けたい街が映しているのは、その現在の生活を将来にも継続したいという意思である。三つのランキングは同じように街を評価していても、異なる心理と異なる時間軸を含んでいる。

 未来の街には、海があり、公園があり、おしゃれな店があり、便利な駅がある。しかし現実の日常には、スーパーのレジがあり、雨の日の歩道があり、朝の混雑があり、夜道の明るさがあり、診察を待つ病院の椅子がある。そして人が何年、何十年と暮らすのは、広告の中の休日ではなく、その名もない平日の方である。

 だから住む場所を考えるとき、本当に知りたいのは「みんながどこに住みたいと思っているか」だけではない。その街に実際に暮らす人が何を評価し、何に不満を感じ、どのような事情で住み続けているのかを知る必要がある。さらに、その街で今は快適に暮らせていても、人口減少や高齢化、住宅費の変化、公共サービスの維持といった長期的な条件に耐えられるかという視点も欠かせない。

 華やかなランキング表の下には、数字になりにくい問いが残っている。その街は、休日に一度訪れたくなる街なのか、それとも、雨の火曜日にもここで暮らしていたいと思える街なのか。

 住みやすさというものの正体は、おそらく後者の中にある。ただし、それを正しく理解するには、憧れの順位だけでも、満足度の順位だけでも足りない。日々の暮らしの実感と、それを支える住宅、交通、医療、行政サービス、地域社会、将来の持続可能性を、複数の角度から見つめる必要がある。

 街の価値は、一つのランキングで決まるものではない。その街で送られる無数の平日の積み重ねの中にこそ、数字だけでは測りきれない暮らしやすさが存在しているのだろう。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 地方創生について語るとき、人口ほど分かりやすい数字はない。転入者が何人増えたのか、社会増減がプラスになったのか、若い世帯が何世帯移住してきたのか。自治体の成果を説明するときにも、町の将来を予測するときにも、人口はほとんど共通通貨のように使われている。それは当然でもある。人がいなければ町は成り立たず、人口が減れば消費、労働力、学校の児童数、公共交通の利用者など、多くのものが縮小する可能性がある。住民の年齢構成や所得によって影響は異なるものの、人口の動向が自治体の税収や行政サービスの維持にも関係していることは間違いない。

 しかし、人口3000人の町が3100人になったとき、その町は本当に100人分だけ強くなったと言えるのだろうか。反対に、人口が3000人のままだとしても、買い物を支える店が一軒増え、住宅修繕を頼める事業者が残り、訪問介護を担う事業所が確保され、地域外から仕事を受注する小さな会社が数社生まれたなら、その町は以前より暮らしやすく、経済的にも持続しやすい場所になっている可能性がある。ここから、人口減少時代の地方について少し違った問いが生まれる。移住者を100人増やすことと、地域を支える事業者を10者増やすことでは、どちらが町にとって大きな効果を持つのだろうか。

 もちろん、「100人」と「10者」をそのまま比較して答えを出すことはできない。この比率は実証研究によって確定したものではなく、地域経済の構造と地方創生政策の評価方法を考えるための思考実験である。また、事業者には個人事業主も法人も含まれ、一つの事業者が複数の従業員や事業所を持つ場合もあるため、事業者数と就業者数は区別しなければならない。重要なのは人数や事業者数だけではなく、その人たちが地域の中でどのような所得、雇用、消費、付加価値、生活サービスを生み出し、それらをどの程度持続できるかという点にある。

人口が増えても、そのお金が町に残るとは限らない

 移住者100人には、当然ながら経済効果がある。住宅を借りたり購入したりし、食料を買い、車を利用し、医療を受け、電気や水道を使い、税金を払う。子育て世帯なら学校や保育サービスを利用し、働く世代なら地域企業の人手不足を補うこともある。地域外の企業に勤めながら移住する人や、年金などを受給している人であれば、町の外から得た所得を町内へ持ち込むことにもなる。かつて政府が日本版の高齢者居住共同体構想を検討した際には、単身高齢者100人が一人当たり月約15万円を消費すると仮定した場合、年間約1億8000万円の消費需要が生じるという試算が示された。計算は100人に月15万円と12か月を掛けたものであり、算術的に誤りはない。しかし、これは2015年頃の政策検討で使用された高齢者移住モデルであって、2026年の一般的な移住者100人の消費実態を示す数字ではない。また、消費需要の総額がそのまま移住先の町内で支出されることを意味するわけでもない。

 ここで重要なのは、消費額と地域に生まれる所得を区別することである。町内のスーパーで食品を購入しても、商品が町外の卸売会社から仕入れられていれば、売上の一部は仕入代金として町外へ支払われる。住宅ローンの利息が町外の金融機関に支払われたり、電気通信料金が全国企業の収入になったりすることもある。日用品をインターネット通販で購入し、休日には隣の市の大型商業施設を利用する世帯もあるだろう。したがって、人口統計上は確かに町民が増えていても、その消費支出のすべてが町内企業の売上や町内で生み出される付加価値になるわけではない。人口が増えることと、地域の生産活動が同じ割合で拡大することは別の現象である。

 ただし、町外への支出をすべて損失と考えるのも適切ではない。町外企業から商品を調達することで価格を抑え、品質や品ぞろえを改善できる場合もあるし、隣接自治体の病院や商業施設を利用できることが、住民の生活水準を高める場合もある。地域経済政策で本当に問うべきなのは、支出を無理に町内へ閉じ込めることではなく、地域の所得や生産性、住民の生活水準を持続的に高めることである。

地域経済は「人口の数」だけではなく「所得の流れ」でできている

 環境省が提供する地域経済循環分析では、地域経済を生産、分配、支出という三つの側面から捉える。地域の企業や事業所がどれだけ付加価値を生み、その所得が住民や企業へどのように分配され、さらに地域内外でどのように使われるのかを分析することで、地域経済の構造を明らかにしようとするものである。ここでいう付加価値とは、簡単に言えば、企業などが生産活動によって新たに生み出した価値である。例えば、売上高5000万円の事業者が、商品や原材料、外部サービスなどの中間投入に4000万円を要していれば、単純化した計算では付加価値は1000万円となる。この付加価値は、従業員への給与や事業者の利益などにつながるが、そのすべてが町内に住む人の所得になるとは限らない。町外居住者への給与や域外企業への利益配分があれば、付加価値が町内で生まれていても、その一部は町外へ分配される。

 反対に、町内に住みながら町外の企業で働く人の給与や、町外から受け取る年金などは、町内で生産された付加価値ではなくても住民の所得を形成する。したがって、地域内で生み出される付加価値と、地域住民に分配される所得は必ずしも一致しない。この違いを理解すると、人口減少地域の見え方が変わってくる。人口100人を増やすことは、町に新しい消費需要や労働力をもたらすことに相当する。しかし、地域内にそれらを受け止める企業やサービスが少なければ、需要の多くは町外の企業によって満たされることになる。一方、町内で必要な商品やサービスを提供する事業者が増えれば、従来は町外で行われていた経済活動の一部を町内で担えるようになる。

 さらに、町外へ商品やサービスを販売する企業が成長すれば、地域内の需要だけに依存せず、町の外から収入を獲得することができる。人口増加は主として需要や労働供給を変化させ、事業活動はその需要や労働力を生産、雇用、所得へ結び付ける。ただし、移住者自身が働き、事業を起こし、町外から所得を得ることもあるため、人口と事業を完全に別の経済主体として考えることはできない。なお、環境省の分析で使用される地域経済循環率は、住民が使ったお金のうち何割が町内に残ったかを単純に示す指標ではない。地域内の生産による所得と、地域に分配される所得の関係を見る指標であり、地域内消費割合や地域内調達率とは意味が異なる。循環率が高ければ必ず住民が豊かであるというわけでもないため、地域内総生産、住民所得、域際収支、消費行動などを組み合わせて判断する必要がある。

売上高が大きい事業者ほど、地域への効果が大きいのか

 事業者を増やす政策を評価するとき、最も注意しなければならないのは、売上高と地域への経済効果を混同しないことである。年間5000万円を売り上げる会社が10者あれば、売上高の合計は5億円になる。しかし、その5億円すべてが地域の所得になるわけではなく、仕入代金や外注費などを差し引いた付加価値が、地域経済への生産面からの貢献を考えるうえで重要になる。例えば、町内の事業者が町外から4000万円分の商品を仕入れ、5000万円で販売した場合、売上高は5000万円であっても、そこから新たに生み出された付加価値は単純計算で1000万円となる。反対に、同じ5000万円の売上高でも、地域内の労働や技術を多く利用し、中間投入が少ない事業であれば、より多くの付加価値を生み出す場合がある。売上高が同じだからといって、地域への貢献額も同じとは限らないのである。

 さらに、地域内の取引が増えた場合にも注意が必要である。パン屋が農家から食材を仕入れ、農家が設備修繕を依頼し、修繕業者がパン屋で買い物をすれば、地域内に複数の取引が生じる。しかし、それぞれの売上高を単純に合計すると、同じ原材料や中間投入の価値を重複して数える可能性がある。産業連関分析では、こうした取引のつながりを考慮して経済波及効果を推計するが、取引総額が増えたことと、それと同額の付加価値が新たに生まれたことは区別しなければならない。また、経済波及効果は無条件に拡大するものではない。地域内に必要な技術者や従業員がいなければ、新規需要を町内企業だけで処理することは難しく、町外への外注や仕入れが増える場合もある。設備や労働力の供給が限界に達していれば、需要増加が生産量ではなく価格の上昇として現れることもあるため、地域の供給能力を考慮せずに経済効果を見積もることはできない。

100人と10事業者を数理的に比較してみる

 ここで、仮定をそろえながら、移住者100人と事業者10者による経済効果を試算してみたい。ただし、以下の数字は実際の自治体で観測された統計値ではなく、比較方法を説明するために設定した仮定である。また、地域外から新たに得る所得と、地域内で新たに生み出される付加価値は異なる概念であることにも注意が必要となる。まず、100人の移住者が、一人平均年間300万円の所得を町外から得ているとする。この場合、100人が新たに町へ持ち込む所得は年間3億円になる。さらに、そのうち60%が町内で消費され、町内消費額の40%に相当する付加価値が町内で生まれると仮定すれば、3億円に0.60と0.40を掛けた7200万円が、直接的な町内付加価値の増加額となる。

 次に、10者の事業者がそれぞれ町外へ年間5000万円の商品やサービスを販売し、合計5億円の売上高を得る場合を考える。この売上高に対する地域内付加価値の割合が30%なら、付加価値は1億5000万円となる。ただし、その一部が既存の町内事業者から売上を移した結果であれば、地域全体では新しい価値がすべて純増したわけではない。そこで、既存活動との置き換えなどを調整した純増割合を80%と仮定すると、地域内付加価値の純増額は年間1億2000万円となる。この仮定では、移住者100人による直接的な町内付加価値増加額が7200万円であるのに対し、事業者10者による純増額は1億2000万円となり、事業者側が大きくなる。しかし、事業者の付加価値率が10%、純増割合が50%であれば、計算結果は2500万円となり、今度は移住者側を下回る。つまり、付加価値率や既存事業への影響といった条件を変えるだけで、比較結果は逆転するのである。

 もちろん、この試算だけで政策の優劣が決まるわけではない。移住者が町外から得る所得3億円には、それ自体が住民の生活を支えるという価値があり、すべてを町内で消費しなければ意味がないわけではない。また、移住者が地域企業で働くことによる生産面の効果や、事業者の従業員が町内で所得を使うことによる追加的な波及効果、公共サービスの費用、生活の利便性向上などは、これらの簡単な計算には含まれていない。したがって、この試算が示しているのは、事業者10者が移住者100人より優れているという結論ではなく、比較する指標と仮定を明確にしなければ、人数だけでは経済効果を判断できないということである。

一軒の店がなくなっても、人口統計には何も起きない

 海辺の小さな町を想像してみる。そこで唯一の鮮魚店が閉店したとしても、翌日の住民基本台帳には何の変化もない。町の人口は昨日と同じ3000人であり、人口統計だけを見ている限り、地域の生活環境に何が起きたのかは分からない。しかし、住民の暮らしには変化が生じる可能性がある。魚を買うために隣町まで車を走らせる人が増え、せっかく隣町まで出掛けるのだから、野菜や日用品までそこで購入するようになるかもしれない。この場合、鮮魚店の閉店は魚の販売だけでなく、他の商品に関する町内消費にも影響を与えることになる。

 さらに、高齢になって自動車を運転できなくなった人にとっては、これは単なる買い物先の変更では済まない。「魚をどこで買うか」という問題が、やがて「この町で生活を続けられるか」という問題に変わる可能性があるからである。徒歩で利用できる店がなくなり、公共交通や移動販売も十分ではない地域では、一軒の店舗が果たしていた役割が、売上高以上のものだったことに初めて気付く場合もある。もっとも、一軒の鮮魚店が閉店すれば必ず他の消費まで町外へ流れる、と断言できるわけではない。他店舗の品ぞろえ、交通条件、年齢構成、宅配サービスの普及などによって住民の行動は異なるし、別の町内事業者が新たな需要を取り込む場合もある。重要なのは、店舗の経済的価値がその店の売上高だけでは測れないということであり、人口統計にも企業統計にも十分に表れない生活機能が地域には存在しているという点にある。

一人の事業者が、何人分もの需要を支えることがある

 住民一人が町に加わると、その人の所得、消費、労働、税負担、公共サービス需要などが新たに地域経済へ関係する。一方、事業者は複数の住民や企業から需要を集め、それを生産、所得、雇用、取引関係に変えることがある。したがって、事業者一人の存在が、人口一人分という尺度では捉えきれない影響を持つことは十分に考えられる。例えば、小さなパン屋が開業したとする。経営者一人が移住してきただけなら、人口増加は一人である。しかし、そのパン屋が二人を雇い、近隣農家から食材を仕入れ、町内の電気工事店に設備修理を依頼し、近くの宿泊施設へパンを納めるようになれば、一つの事業が複数の経済関係を形成することになる。さらに、観光客がそのパンを購入すれば、町外から売上を獲得する機会も生まれる。

 ここで注目すべきなのは、パン屋という事業が一人分の消費を増やしたのではなく、地域に存在する需要と供給を結び付けたことである。従来は町外から購入していた商品を地元で供給できるようになれば、地域内の付加価値が増える可能性があり、地域外の顧客を獲得できれば町内市場の規模を超えて事業を成長させる余地も生まれる。2025年版の小規模企業白書でも、小規模事業者は雇用や付加価値の創出だけでなく、人口の少ない地域で商業や生活サービスを維持する主体として位置づけられている。また、小規模事業者は損益分岐点となる売上高が比較的低い傾向にあり、大きな需要が存在しない地域にも立地できる可能性がある一方、売上高が少し減少するだけで利益が失われやすいという経営上の弱さも抱えている。

 この二面性は人口減少地域では特に重要である。大きな売上が必要な企業には成立しにくい市場でも、小規模な事業であれば継続できる可能性がある反面、人口減少によって顧客数が減れば、その小規模事業自体の存続が危うくなることもある。事業者が地域を一方的に救うのではなく、地域住民の存在が事業者を支え、事業者が地域住民の暮らしを支えるという相互依存関係があるのである。

では、10者の事業者なら何でもよいのか

 ここが最も重要なところである。事業者を10者増やせば、それだけで移住者100人より地域に大きな効果を生むわけではない。地域の市場規模がほとんど変わらない状態で似たようなカフェが10軒増えたとしても、町民が飲むコーヒーの量が突然10倍になるわけではなく、新しい店に客が移ることで既存店の売上が減少する可能性がある。こうした既存活動から新規活動への需要の移転は、置換効果として考えることができる。もちろん、新しい店が魅力的な商品を提供して町外から客を呼び込んだり、従来は町外で消費されていた需要を町内へ取り戻したりする場合には、地域全体の需要が増える可能性もある。しかし、地域内で売上を奪い合うだけなら、事業者数が増えても地域全体の付加価値や住民所得がほとんど増加しない場合がある。

 特に人口減少地域では、日常的な消費需要そのものが縮小する可能性があるため、事業者数の増加を地域経済の成長と同一視することはできない。新規創業が10者あっても、同じ期間に既存事業者が12者廃業すれば、事業者数の純増どころか純減が生じる。したがって、開業数だけではなく、廃業数、存続率、雇用、付加価値、地域内外の取引、既存事業への影響を確認する必要がある。

 では、どのような事業者なら地域への追加的な価値が大きいのだろうか。例えば、それまで町外の事業者へ支払っていた住宅修繕を町内の会社が担うようになれば、従来は地域外で行われていた生産活動の一部を町内に移せる可能性がある。地域の農産物を加工して都市部へ販売する企業が生まれれば、町外市場から収入を獲得できる。さらに、買い物配送、空き家管理、生活交通、訪問介護など、供給が不足していたサービスを担う事業者が現れれば、経済活動と同時に地域の生活機能を維持することにもつながる。ただし、こうした事業も、町内に立地すれば必ず成功するわけではない。需要の規模、料金設定、顧客の支払い能力、人材確保、設備投資、事業継続性などによって成果は変わる。地域に必要な仕事であることと、その仕事が採算の取れる事業として成立することは、分けて考えなければならないのである。

新しい事業者を増やすことだけが地方創生ではない

 人口減少地域の事業者政策を考えるとき、新規創業にばかり注目することにも問題がある。町に必要な生活サービスが既に存在していても、経営者の高齢化や後継者不足によって廃業が迫っている場合には、新しい事業者を呼び込むより、既存事業を存続させる方が合理的なこともある。例えば、住宅修繕を担う工務店が町内に一軒しかなく、経営者の引退によって廃業する可能性が高い場合を考えてみたい。新しい業種の事業者を一者増やしたとしても、工務店が失われれば住宅維持機能は弱くなる。反対に、新規事業者数が増えなくても、後継者が事業を引き継ぎ、修繕サービスが維持されれば、地域の生活条件を守るという成果が生まれる。

 さらに、一つの事業者が複数のサービスを提供したり、複数の事業者が設備や人員を共同利用したりする方法も考えられる。商店が商品販売と配送を組み合わせ、交通事業者と協力して高齢者の買い物を支援するなど、地域内の限られた人材や設備を複数の用途に利用できれば、独立した事業者を多数増やさなくても、生活機能を充実させられる可能性がある。2025年に閣議決定された地方創生2.0基本構想でも、人口減少を前提とした地域の経済活動や生活機能の維持が重視されている。生活サービスを複合的に提供する拠点や、複数の主体が連携する仕組みも政策上の論点となっており、単純な人口増加だけでは地域の持続可能性を評価できないという考え方は、国の政策とも整合している。

 したがって、事業者政策の成果は、新規開業数だけで測るべきではない。必要な事業がどれだけ存続し、どのようなサービスが新たに利用できるようになり、住民が将来にわたってそれらを利用できる見通しがどれほど改善したかを評価する必要がある。重要なのは、事業者を何者増やしたかという数だけではなく、地域の供給能力をどれだけ維持・改善できたかという実質的な成果である。

生活に必要な事業は、人数だけでは成立しない

 ここで、事業者数とサービスの供給能力を区別する必要がある。例えば、地域に訪問介護事業者が必要だからといって、介護の経験がある人が一人移住してくれば、直ちに介護保険制度上の訪問介護事業所を開設できるわけではない。指定訪問介護事業所には、原則として訪問介護員等を常勤換算で2.5人以上配置するなどの人員基準があり、サービス提供責任者等の配置や運営基準への対応も必要になる。同様に、住民の移動を支える有償の旅客運送には、事業形態に応じて道路運送法上の許可や登録などが必要になる場合があり、自動車と運転手が一人いれば自由に事業を始められるわけではない。医療サービスにも、医師などの専門職に加えて、施設、設備、人員配置、法令上の手続きといった条件が関係する。

 このように、専門職一人、事業者一者、事業所一か所は、それぞれ異なる概念である。一人の専門職が地域に加わることには価値があるが、必要なサービスを安定的に供給するためには、複数の人員や制度上の条件が必要になることもある。逆に、既存事業所の人員体制が改善すれば、事業者数を増やさなくてもサービスの供給量を増加させられる場合もある。人口減少地域では、人材の確保そのものが難しいことが多いため、新規事業者の数だけを政策目標にするのは適切ではない。利用者の需要、必要な人員、設備、採算、制度上の条件を組み合わせ、実際に利用できるサービスがどれだけ増えるのかを確認することが重要になる。

「経済効果」と「暮らしを守る効果」は同じではない

 ここで、もう一つ区別しておかなければならないことがある。地域にとっての「効果」とは、そもそも何を意味するのかという問題である。地域内総生産が増えることを効果と考えることもできるし、住民所得や雇用、自治体税収の増加を重視する考え方もある。しかし、人口減少地域では、それだけでは十分ではない。高齢になっても買い物や通院ができ、家が壊れたときには直してもらえ、日常生活を続けられるという生活維持の価値もまた、地域にとって重要だからである。

 同じ事業者でも、何を評価するかによって価値は異なる。地域外へ年間数億円の製品を販売する会社は、付加価値や雇用の面で大きな役割を果たすかもしれないが、高齢者の日常生活を直接支えるとは限らない。一方、小さな移動販売事業は、地域内総生産への寄与が比較的小さくても、自動車を運転できない高齢者にとっては、住み慣れた町で生活を続けるための重要な基盤になる。しかも、生活維持の価値は売上高だけでは測れない。移動販売があることで遠方への買い物回数が減り、家族の送迎負担が軽くなり、高齢者が外出困難を理由に転居する可能性が下がるのであれば、そのサービスには利用者が支払った代金以外の便益も存在する。ただし、その便益の大きさを把握するには、利用実態、移動距離、交通費、家族の負担時間、健康状態などを調査する必要があり、サービスが存在するというだけで定量的な効果を断定することはできない。

 したがって、事業者10者と移住者100人を比較する場合、地域内総生産や雇用の増加といった経済指標だけでは不十分である。買い物、医療、介護、交通、住宅維持などのサービスを利用できるかという生活面の指標も必要になる。経済成長と生活機能の維持は重なり合う部分があるものの、常に同じ方向へ動くとは限らないのである。

町内で完結することが、必ずしも最善とは限らない

 地域経済循環を重視する際には、行政区域と実際の生活圏が一致していないことにも注意が必要である。小さな町では、すべての医療、商業、教育、介護、交通サービスを町内だけで完結させることは現実的ではなく、近隣自治体との分業によって生活が支えられている場合が多い。例えば、御宿町の住民がいすみ市や勝浦市の医療機関や店舗を利用することは、町の境界だけを基準にすれば町外への支出になる。しかし、近隣自治体の施設を利用する方が、町内に同種の施設を新設・維持するよりも費用が小さく、サービスの質も高い場合がある。町外への支出を減らすことだけを目的として、採算の取れない施設を町内に維持する政策が、必ずしも住民全体の利益になるとは限らない。

 さらに、隣接する自治体との分業によって、医療や買い物、交通などの生活機能を広い範囲で維持できれば、各自治体がすべてのサービスを個別に整備する必要はなくなる。人口規模の小さい地域では、行政区域ごとの自給自足よりも、生活圏全体で必要なサービスにアクセスできる仕組みの方が合理的な場合がある。もちろん、近隣自治体に施設が存在していても、そこまで移動する交通手段がなければ、実質的に利用できないこともある。重要なのは、町内に施設があるかどうかだけではなく、住民が必要なサービスに適切な時間、費用、負担でアクセスできるかということである。地域経済の強さを測る単位も、自治体の境界だけでなく、実際の通勤、買い物、医療、介護などの生活圏に応じて考える必要がある。

それでも移住者100人には大きな価値がある

 ここまで読むと、人口政策よりも事業者支援の方が優れているという話に見えるかもしれない。しかし、そう単純ではない。地域で事業を継続するには顧客と働き手が必要であり、人口が減り続ければ、住民向けの商売は需要と労働供給の両面で制約を受けることになる。若い世帯を中心に100人が移住してくれば、住宅、飲食、小売、教育、保育、交通、修繕など、多くの需要が長期間にわたって生まれる可能性がある。町内企業で働けば人手不足の改善にもつながり、地域外の企業に勤めながら移住する人であれば、町外から得た所得を地域に持ち込むことにもなる。子どものいる世帯が増えれば、学校や保育サービスの利用者を一定程度確保することにもつながるだろう。

 ただし、移住者が100人増えれば、自治体の財政が必ず改善するわけではない。住民税や固定資産税などの税収が増える可能性がある一方、教育、保育、福祉、道路、水道などの行政サービスにも費用がかかる。移住者の年齢、所得、世帯構成、住宅の立地によって収入と支出の関係は異なり、人口が増えることによる自治体財政への純効果は、税収だけでなく追加的な行政費用も含めて検証しなければならない。さらに、移住者が住宅や仕事を求めることで、既存住民との間に資源の競合が生じる場合もある。住宅供給が限られた地域では家賃や住宅価格が上昇することがあり、人手不足の緩和だけでなく、地域内の雇用や事業構造が変化する可能性もある。移住者の増加には多くの利点があるものの、人数だけで経済的・社会的な純効果を決めることはできない。

 それでも、移住者の存在は事業者政策にとって重要である。移住者は消費者であるだけでなく、生産者、労働者、納税者、地域活動の担い手、そして将来の起業家にもなり得る。したがって、移住者と事業者を競争相手として比較するよりも、両者が地域の中でどのような役割を果たし、互いにどのような効果を与えるのかを考える方が合理的なのである。

「人口を増やせば店が増える」という順序を疑ってみる

 地方創生には、人口が増えれば消費が増え、消費が増えれば店が増え、その店が雇用を生み、さらに町の魅力が高まるという考え方がある。この順序は経済学的にも自然であり、一定の条件のもとでは実際に成立し得る。しかし、人口減少が急速に進む小さな自治体では、人口が十分に増えるまで事業者が存続できるとは限らない。例えば、人口が減少してスーパーが撤退し、ガソリンスタンドが閉店し、住宅修繕業者が廃業し、交通事業者まで撤退すれば、地域の生活環境は徐々に不便になる。人口が少ないから店がなくなるという関係だけなら、人口を増やすことで解決できるように見えるが、生活サービスが減ったことで移住先として選ばれにくくなり、さらに住民の転出が増えるという逆方向の因果関係も考えられる。

 このような関係が強く働けば、人口減少が生活サービスの縮小を招き、その縮小が人口減少をさらに促すという悪循環が成立する可能性がある。特に、店舗や事業所には採算を確保するために必要な売上規模があるため、地域の需要が一定の水準を下回った段階で、サービス供給が急に失われることも理論的には考えられる。ただし、実際にどの人口規模で、どのサービスが、どの程度の速さで失われるかは地域によって異なる。事業者の費用構造、交通条件、近隣地域の施設、観光客など町外からの需要、行政支援の有無によっても結果は変わる。また、店舗の減少と人口流出が同時に観測されたとしても、それだけで店舗減少が人口流出の原因だと断定することはできない。両方に影響する雇用環境や高齢化などの要因を考慮した実証分析が必要だからである。

 それでも、人口が増えるまで待つのではなく、現在の住民が必要とするサービスを先に維持するという政策には合理性がある。生活サービスの存続が移住者の定着や新たな転入にも寄与するのであれば、事業者政策は人口政策を補完することになる。それは移住政策を諦めることではなく、将来の移住者が選ぶことのできる町を維持するという発想である。

事業者10者を増やす政策は、どう評価すべきなのか

 では、実際に地方自治体が移住者の増加と事業者の育成を比較する場合、何を調べればよいのだろうか。まず必要なのは、評価する期間と成果指標をそろえることである。移住者100人の効果を10年間で考え、事業者10者の効果を開業初年度だけで判断するような比較では、結果が偏ってしまう。次に、移住者数については転入者の総数だけでなく、転出者を差し引いた社会増減や、その後の定住状況を確認する必要がある。事業者についても、新規開業数だけでなく廃業数、存続率、雇用人数、付加価値、地域外への売上、地域内での仕入れ、サービス供給能力などを調べなければならない。開業直後に10者が存在していても、数年後に多くが廃業していれば、長期的な成果は限定される可能性がある。

 さらに重要なのは、施策が実施されなかった場合と比較することである。例えば、起業支援を実施した自治体で事業者数が増え、地域所得も増加したとしても、それが支援政策によって生じたとは限らない。同じ時期に観光需要が回復したり、主要企業が設備投資を行ったりしたことが、所得増加の原因かもしれないからである。こうした因果関係を検証するには、条件の近い自治体を比較し、政策実施前後の変化を分析する方法などが考えられる。ただし、人口構成、産業構造、交通条件などが異なる自治体を単純に比較しても適切な結果は得られないため、比較対象の選び方や政策実施前の傾向を慎重に確認する必要がある。

 また、政策には費用がかかる。移住者100人を獲得するために住宅補助や移住支援金などをどれだけ支出したのか、事業者10者を育成するために補助金、施設整備、相談支援、人材育成などへどれだけ投資したのかを把握しなければ、費用対効果は比較できない。仮に事業者政策の経済効果が大きくても、それを実現するために非常に大きな公費が必要なら、別の政策の方が合理的な場合もある。つまり、自治体にとって本当に重要なのは、人口増加や開業件数といった成果の大きさだけではなく、投入した公的資源によって地域の所得、雇用、生活機能がどれだけ改善されたかということである。

地方創生の成績表を変えてみる

 経済産業省と内閣官房が提供するRESAS(Regional Economy Society Analyzing System・地域経済分析システム)でも、地域を見るための数字は人口だけではない。産業構造、事業所、従業者、消費、観光など、複数の指標を組み合わせることで、人口統計だけでは把握しにくい地域経済の特徴を分析できる。2026年6月には、市区町村単位の状況をまとめて確認できる地域経済総合分析も追加された。ただし、分析画面が新しくなったからといって、すべての統計が2026年時点のデータというわけではなく、指標によって調査年次や対象期間が異なるため、地域の現状を評価する際には元となる統計の時点を確認する必要がある。

 こうしたデータを利用するなら、地方創生の成績表そのものも変えてよいのではないだろうか。人口が20人増えた町を成功とし、20人減った町を失敗とするだけでは、実際の地域経済や生活環境を十分に評価できない。人口が減少していても、地域外から所得を獲得する事業が成長し、必要な住宅修繕や介護のサービスが維持され、住民が買い物や通院に困らなくなっているなら、地域の持続可能性は以前より改善している可能性がある。反対に人口が増えていても、住民の所得が伸びず、働く場所が少なく、住宅や交通などの生活基盤が十分に整備されていなければ、人口増加だけで政策を成功と評価するのは早計である。人口増加はそれ自体が地域社会にとって重要な変化であるものの、その変化が生活水準の向上や地域経済の強化につながったかどうかは、別途検証しなければならない。

 例えば、地域内で新たに生まれた付加価値、住民一人当たりの所得、地域外から獲得した収入、事業所の開廃業と存続率、必要な生活サービスへのアクセス、行政費用に対する成果などを組み合わせれば、人口だけでは見えなかった地域の変化を把握しやすくなる。もちろん、これらすべてを一つの点数にまとめることには限界があり、経済的な豊かさと生活の利便性をどの程度重視するかによって政策評価も変わる。それでも、人口という一つの数字だけで自治体の成果を判断するより、複数の指標によって地域の実態を捉える方が合理的である。地方創生の目的が、単に住民基本台帳の人数を増やすことではなく、住民が安心して生活を続けられる地域をつくることにあるなら、その目的に対応した成績表が必要なのである。

地域を支える10者とは誰なのか

 最初の問いに戻ろう。移住者100人より、地域を支える事業者10者を増やした方が効果は大きいのか。この問いに対して、科学的に一般化できる答えは存在しない。移住者の年齢、所得、職業、家族構成、消費行動が異なるように、事業者も業種、売上、付加価値、雇用人数、仕入先、顧客構成、事業継続性によって地域への影響が大きく変わるからである。

 地域内の既存需要を奪い合うだけの10事業者であれば、100人の移住者がもたらす新しい需要や労働力の方が、地域にとって大きな価値を持つ可能性がある。特に働く世代や子育て世帯の移住は、消費だけでなく地域企業の人材確保、学校や公共サービスの利用者確保にもつながり得るため、その価値を短期的な消費額だけで判断することはできない。反対に、地域外から所得を獲得する事業者、これまで町外で行われていた経済活動の一部を町内で担う事業者、地域住民を雇用する事業者、地元企業との取引を増やす事業者、生活に欠かせないサービスを供給する事業者が10者増えるのであれば、その影響は単純な10人分にはとどまらない可能性がある。さらに、必要なサービスを継続的に利用できることが既存住民の生活を支え、転出の抑制や将来の移住者の定着にも寄与するなら、事業者の価値は売上高だけでは説明できなくなる。

 しかし、重要なことは、必ずしも事業者を10者増やすことではない。既存の10者が廃業せずに存続すること、5者の事業者が協力して必要なサービスを維持すること、一つの事業所が後継者を確保して地域の生活機能を守ることにも、地域によっては同じか、それ以上の価値がある。つまり、比較すべきなのは人口100人と事業者10者という表面的な数ではなく、地域にどのような経済活動と生活機能が追加され、どの機能が失われずに済んだのかという実質的な変化なのである。

 そう考えると、事業者政策と移住政策は競争相手ではなくなる。事業者を育てることが雇用や生活サービスを生み、移住者が増えることが事業の顧客や働き手を増やす。さらに、既存事業者が継続できることが住民の定住を支え、住民が定住することによって事業の需要が確保されるという相互関係が成立する。人口と事業が互いを支える循環が生まれてこそ、人口政策と地域経済政策は同じ方向に向かうことができる。

 地方創生で本当に増やすべきものは、人口だけではないのかもしれない。町の中で誰かが困ったとき、「それなら、ここでできます」と答えられる人や事業所がどれだけ存在するのか。食べること、移動すること、働くこと、家を直すこと、老いることを、地域の中で、あるいは近隣地域と協力しながら、どこまで支えられるのか。そして、その仕組みを無理のない費用で、将来にわたって維持できるのか。人口表には、その答えは載っていない。事業所数や売上高の統計だけでも、十分には分からない。しかし人口が減少していく時代には、そうした数字の背後にある経済活動と生活機能の持続可能性こそが、町の将来を左右する重要な条件になる。移住者100人と事業者10者のどちらが大きいかを一律に決めるのではなく、人口と事業の双方が地域に何を残し、どのような暮らしを可能にするのかを問い直すことが、これからの地方創生には必要なのではないだろうか。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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※本記事は、2026年10月9日時点の住宅関連制度、建物の維持管理に関する資料、住宅リフォーム費用の調査結果などを踏まえて加筆・更新したものです。掲載する物件価格は過去の売出情報であり、現在の販売状況を示すものではありません。また、30年間の住宅費は複数の条件を設定した試算であり、実際の費用の平均値や予測結果を示すものではありません。

 不動産情報を眺めていると、ときどき時間が二十年ほど巻き戻ったような価格の住宅に出会うことがある。土地付き一戸建て、500万円。都市部で暮らしてきた人なら、最初は何かの間違いではないかと思うかもしれない。500万円なら自動車一台の価格と大きく変わらず、月6万円の家賃を30年間払い続ければ2160万円になるのだから、500万円で家を買えるなら購入した方が得ではないかと考えるのも自然である。

 しかも、500万円という住宅価格は、千葉県の外房地域では決して空想の数字ではない。2026年8月時点のいすみ市では、大原に498万円、岬町中原に500万円、岬町榎沢に450万円、高谷に520万円という中古戸建ての売出情報が確認されている。ただし、これらはいすみ市の中古戸建住宅全体の平均価格を示すものではない。実際には建物の規模や築年数、立地条件などが大きく異なり、岬町中原の物件は建物面積が約24平方メートルと小さい一方、高谷の物件は2009年築であり、必ずしも築年数の古さだけで低価格になっているわけではない。

 今回取り上げるのは、そうした外房などの人口減少地域で実際に見られる低価格帯の中古戸建住宅のうち、築35年程度の木造住宅を500万円で購入し、さらに30年間住み続けるというモデルケースである。個別の売出物件について、将来の修繕費を見積もったものではない。

 住宅を購入するとき、私たちは広告に書かれた500万円という数字を、その家の値段だと考えがちである。しかし、それは30年間にわたって発生する住宅費の入口に示された金額にすぎない。購入した後には修繕費、設備交換費、固定資産税、保険料などが続き、最後には売却できるのか、解体する必要があるのかという問題まで待っている。

 では、500万円で購入した中古住宅に30年間住むと、実際にはどれほどの費用を想定しなければならないのだろうか。

500万円の家を買った日から、もう一つの時計が動き始める

 スーパーで500円の商品を買えば、500円を支払ったところで取引はほぼ終わる。自動車も購入後に税金や保険、整備費はかかるが、最後には売却や廃車によって所有を終わらせることができる。ところが住宅は、購入してからも長期間にわたり支出が続き、建物を解体しても土地の所有や管理という問題が残ることがある。

 500万円の住宅を購入する際には、売買代金以外にも費用が発生する。不動産会社を通じて購入すれば仲介手数料がかかることがあり、所有権移転登記などに伴う登録免許税や司法書士への報酬、不動産取得税、契約に関する費用なども考えなければならない。古い住宅では購入後すぐに修繕が必要になることもあり、物件価格だけを用意しても、そのまま生活を始められるとは限らない。

 特に低価格の中古住宅では、購入価格が安いからといって諸費用まで同じ割合で安くなるわけではない。国土交通省は2024年7月から、売買価格800万円以下の「低廉な空家等」について、不動産業者が依頼者の一方から受領できる仲介手数料の上限を税込33万円とする特例を設けている。この特例は、実際に空き家として使用されていない期間の長さだけで適用が決まるものではなく、一定の条件を満たす低価格物件が対象となる。ただし、33万円はあくまで上限であり、必ずその金額が請求されるわけではない。適用に当たっては、仲介依頼時の説明や合意も重要になる。

 仮に500万円の住宅の仲介手数料が33万円になれば、それだけで購入価格の6.6%に相当する。一方、取得時の税負担には軽減制度も存在する。千葉県では2026年4月1日以降に取得する自己居住用の中古住宅について、床面積40平方メートル以上240平方メートル以下であることや、一定の耐震基準を満たすことなどの要件に該当すれば、不動産取得税の軽減を受けられる場合がある。したがって、築年数や建物の規模、耐震性能、取引方法によって取得時の費用は変化する。

 今回は、こうした仲介手数料、登記費用、税金、その他の手続き費用をまとめて70万円と仮定する。この70万円は、いすみ市の500万円程度の中古住宅について実測された平均額ではなく、計算を分かりやすくするための設定値である。実際には、取得税の軽減や仲介の有無などによって増減する。

 この仮定では、500万円の住宅を取得するための支出は570万円になる。まだ屋根も外壁も直しておらず、給湯器や浴室を交換していない段階で、すでに売出価格を70万円上回っている。しかし、住宅の長期費用を考えるうえで重要なのは、その後に何が起こるかである。

中古住宅を買うということは、家の「過去」も買うことである

 築35年の中古住宅を購入したとする。購入者にとっては、その日が住宅所有の1日目であるが、建物にとっては35年という時間がすでに経過している。新築住宅を購入して30年間住めば建物は築30年になるのに対し、築35年の中古住宅を購入して30年間住めば、最後には築65年になる。

 住宅の購入を検討するとき、この時間の違いは重要である。屋根、外壁、給排水管、浴室、給湯設備などにはそれぞれ使用年数があり、購入した日を境に部材の劣化が最初から始まるわけではない。前の所有者が屋根を交換していれば屋根の更新時期は新しくなるが、一度も交換していなければ、購入後まもなく大規模な工事が必要になる可能性もある。

 国土交通省関係の木造戸建住宅の維持保全計画の記入例では、基礎などを定期的に点検し、屋根について20年程度で全面的な葺き替えを検討する例や、外壁について15年程度で全面補修を検討する例などが示されている。ただし、これらは維持保全計画の参考例であって、すべての住宅が同じ年数で工事を必要とすることを意味しない。屋根材や外壁材の種類、施工品質、気候、過去の維持管理によって、実際の更新時期は異なる。

 さらに、住宅の老朽化は築年数だけでは決まらない。雨漏りの有無、床下の湿気、シロアリ被害、地盤条件、配管の材質、建築時の施工状態などが建物の耐久性を左右する。外房のような沿岸地域では、海からの距離や周辺環境によって塩害への注意も必要になるが、同じ市内の住宅であっても影響の程度は一様ではない。

 つまり、中古住宅の購入者は建物そのものだけでなく、それまでの維持管理の結果も引き受けることになる。住宅の状態が良好で、主要な部材が適切に交換されていれば、古い住宅でも長く住める可能性がある。一方、必要な補修が先送りされてきた住宅では、購入価格が安くても取得後の費用が大きくなることがある。

 この違いを考えるために、30年間の費用を3つのケースに分けて試算してみよう。

30年間の住宅費を考えるための前提

 今回の試算では、購入価格を500万円、取得時諸費用を70万円、購入時の築年数を35年、居住期間を30年とする。住宅は途中で売却せず、30年間継続して所有・居住するものとし、建物の状態によって修繕費が異なる3つのケースを設定する。

 ここで注意しなければならないのは、以下の金額が実際の住宅修繕費の統計から求めた平均値や予測区間ではないことである。修繕費、税金、保険料、予備費に異なる条件を与えたシナリオ分析であり、それぞれのケースが発生する確率は分かっていない。また、予備費については全額を使った場合の金額を合計しているため、使わずに残った場合は実際の支出がその分少なくなる。

 さらに、物価上昇、住宅ローン金利、購入資金の運用機会、30年後の売却収入や解体費用については、基本計算に含めない。したがって、これから示す金額は、建物の状態に応じて30年間の現金支出がどの程度変わり得るかを理解するための参考値である。

最初の未来~大きな故障を免れた「低修繕ケース」

 まず、比較的良好な状態の中古住宅を購入できた場合を考える。購入前の維持管理が適切で、屋根や外壁に大きな問題がなく、入居時に必要な修繕も50万円程度で済んだとする。その後30年間の小規模修繕を120万円、屋根や外壁などの比較的大きな修繕を150万円、給湯器や水回りなどの住宅設備更新を150万円と設定する。

 これに固定資産税120万円、住宅関連の保険料90万円、突然の故障などに備える予備費60万円を加え、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を合算すると、30年間の想定総額は1310万円になる。固定資産税は年平均4万円、保険料は年平均3万円という仮定であり、実際の物件の税額や保険料を推計したものではない。

 1310万円という金額は購入価格500万円の約2.62倍に相当するが、30年間の360か月で均等に割れば月額約3万6400円となる。予備費60万円を使わなかった場合の実支出は1250万円であり、月額換算では約3万4700円になる。

 月6万円の賃貸住宅に30年間住み、家賃が変わらなかった場合の支払総額は2160万円である。この単純比較では、低修繕ケースの持ち家は賃貸より850万円少ない支出となる。ただし、住宅の広さや立地、設備、断熱性能などが同等であるとは限らず、購入時に支払う500万円を別の用途に使えた可能性も考慮していないため、この差額だけで持ち家の方が有利だと断定することはできない。

 それでも、建物の状態が良好で、大きな修繕を避けながら長期間住めるのであれば、格安中古住宅が家計にとって合理的な選択になる可能性は十分にある。ただし、その前提となるのは購入価格の安さではなく、購入後の修繕費を比較的低く抑えられる建物状態である。

二つ目の未来~修繕が一定程度続く「中修繕ケース」

 次に、入居時から一定の修繕が必要になり、その後も定期的に設備更新や建物補修を行うケースを考える。購入後に浴室や給湯器、内装などを整えるため200万円を支出し、30年間の小規模修繕に200万円、屋根や外壁などの大規模修繕に300万円、給湯器や水回りなどの住宅設備更新に250万円を見込む。

 さらに固定資産税180万円、保険料120万円、予備費120万円を設定し、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を加えると、30年間の想定総額は1940万円になる。これは購入価格の約3.88倍であり、360か月で割ると月額約5万3900円に相当する。予備費を使わなかった場合の支出は1820万円で、月額換算では約5万600円となる。

 ここで重要なのは、このケースを統計的な意味での平均的な住宅費とは考えないことである。2025年度の住宅リフォームに関する消費者実態調査では、一戸建て住宅のリフォーム費用は平均470.1万円と報告されている。また、築30年以上40年未満の住宅では平均351.2万円という結果も示されているが、こちらの築年数別集計には戸建て住宅以外も含まれる。いずれも調査対象者が実施したリフォームの費用であって、すべての住宅について30年間の累積修繕費を調べた数字ではない。

 したがって、入居時修繕200万円や、その後の大規模修繕300万円という設定は、実際に考えられる工事規模ではあるものの、今回の1940万円が最も発生しやすい住宅費だと証明されたわけではない。ここでは、低修繕と高修繕の間に位置する一つの条件設定として扱う。

 このケースでの月額換算約5万3900円は、月6万円の賃貸住宅にかなり近い。しかし、賃貸では住宅の所有権が得られない一方、購入した住宅には30年後も土地と建物が残るため、支出額だけを比べるのは十分ではない。持ち家の経済性を判断するには、30年後にどれだけの価値が残り、その価値を実際に現金化できるかまで検討する必要がある。

三つ目の未来~複数の大規模修繕が重なる「高修繕ケース」

 築古住宅では、複数の設備や部材の更新時期が重なることがある。購入後に屋根を補修したと思ったら、数年後には外壁や給排水管に問題が現れ、その後に浴室や給湯器の交換が必要になるといった状況である。建物全体の経年劣化が進んでいる場合、修繕費が一時期に集中する可能性もある。

 高修繕ケースでは、購入直後に雨漏りや水回り、内装などの改修が必要となり、入居時修繕に400万円を支出すると仮定する。その後30年間の小規模修繕を300万円、屋根や外壁などの大規模修繕を500万円、給湯器や住宅設備の更新を350万円とする。

 さらに固定資産税240万円、保険料150万円、想定外の補修に備える予備費250万円を設定し、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を加えると、30年間の想定総額は2760万円になる。購入価格の約5.52倍であり、月額換算では約7万6700円となる。予備費を使わなかった場合でも2510万円で、月額換算は約6万9700円になる。

 このケースでは、月6万円の家賃を30年間支払い続けた2160万円を上回る。しかも2760万円という数字には、住宅ローン金利、購入資金の機会費用、耐震補強が必要になった場合の大規模工事、解体費用、売却費用などを含めていない。建物や敷地の状態によっては、30年間の支出が3000万円を超えることも考えられる。

 ただし、高修繕ケースの2760万円が、格安中古住宅の最大費用を示しているわけではない。大規模な構造補修が必要になればさらに費用が増える可能性がある一方、実際にはこれほどの修繕を行わず、途中で売却や建て替えを選択する人もいるだろう。今回の3つのケースは、将来の支出に幅が生じる仕組みを示したものであり、住宅費の上限や下限を統計的に算出したものではない。

500万円の家には、3つの異なる30年間がある

 ここまでの試算をまとめると、購入価格が同じ500万円でも、建物の状態や修繕の内容によって30年間の想定支出には大きな差が生じる。

費用項目 低修繕 中修繕 高修繕
購入価格 500万円 500万円 500万円
取得時諸費用 70万円 70万円 70万円
入居時修繕 50万円 200万円 400万円
小規模修繕 120万円 200万円 300万円
屋根・外壁等 150万円 300万円 500万円
住宅設備更新 150万円 250万円 350万円
固定資産税 120万円 180万円 240万円
保険料 90万円 120万円 150万円
予備費 60万円 120万円 250万円
想定総額 1310万円 1940万円 2760万円
月額換算 約3.64万円 約5.39万円 約7.67万円

※金額は30年間の名目支出を合算した試算。予備費は全額使用するものとし、物価変動、借入金利、売却収入、処分費用などは含まない。

 低修繕ケースと高修繕ケースの差額は1450万円に達する。この差は、当初の購入価格500万円の約2.9倍に相当する。もっとも、税金や保険料、予備費の設定も変えているため、1450万円の差がすべて建物の修繕費によるものではない。それでも、住宅の取得後に発生する支出が、当初の購入価格を大きく上回る場合があることは分かる。

 例えば500万円の中古住宅と700万円の中古住宅があった場合、購入価格だけを見れば500万円の住宅が200万円安い。しかし700万円の住宅では屋根と水回りが更新済みで、500万円の住宅では購入後数年以内に300万円の工事が必要になるなら、取得時点の修繕計画だけで両者の価格差は逆転する。もちろん、700万円の住宅も修繕済みという説明だけで将来の故障がなくなるわけではなく、工事の内容や品質、建物全体の状態を確認する必要がある。

 中古住宅の購入で重要なのは、最も安い販売価格を探すことではない。価格と建物状態を合わせて評価し、購入後の修繕費を含めても長期間合理的に住める住宅を見つけることである。

固定資産税は「500万円の1.4%」ではない

 住宅費を試算するとき、固定資産税についても誤解が生じやすい。いすみ市の固定資産税率は1.4%であるが、500万円で住宅を購入したからといって、毎年500万円の1.4%である7万円を支払うとは限らない。

 固定資産税は、土地と家屋の固定資産評価額などに基づいて課税標準額を計算し、その課税標準額に税率を掛けて算出される。住宅用地には課税標準を軽減する特例があり、土地の利用状況や評価額によって税額が変わる。また、建物については築年数の経過とともに評価額が低下することがあるものの、実際の税額は建物の構造や評価方法などにも左右される。

 今回の試算では、固定資産税を30年間で120万円、180万円、240万円と設定したが、これは年平均にすると4万円、6万円、8万円である。この金額がいすみ市の500万円程度の中古戸建てにおける平均的な税負担だという統計的根拠はなく、あくまで比較のための設定である。

 また、建物を解体した場合には、土地の固定資産税が必ず安くなるとは限らない。住宅用地として受けていた課税標準の特例が適用されなくなり、土地の税負担が増えることがあるためである。管理不全空家等についても、一定の行政上の勧告を受ければ住宅用地特例の対象から外れる場合がある。

 したがって、購入を検討するときには、売主や不動産会社を通じて固定資産税の課税明細などを確認し、現在の税額と将来の土地利用の可能性を把握する必要がある。住宅の税負担は、売買価格だけから正確に推計できるものではない。

外房の中古住宅では、浄化槽や耐震性能も確認したい

 住宅の長期費用を考える際には、屋根や外壁、給湯器といった目に見えやすい設備だけでなく、その土地で暮らすために必要な維持管理にも注意しなければならない。

 例えば、公共下水道ではなく浄化槽を使用している住宅では、保守点検、清掃、法定検査などが必要になる。千葉県では2026年4月から、10人槽以下の浄化槽について定期検査の手数料が6000円とされているが、これは浄化槽の維持管理に必要な費用の一部にすぎない。保守点検や清掃、設備の故障などに伴う費用も考慮する必要があり、30年間では無視できない支出になる可能性がある。

 耐震性能も重要である。築35年の住宅なら1991年ごろに建築されたことになるが、建築時期が新耐震基準の導入後だからといって、現在の耐震性能を無条件に保証できるわけではない。建物の構造や施工状態、過去の増改築、劣化の程度によって安全性は異なるため、必要に応じて専門家による耐震診断を検討することが望ましい。

 また、沿岸地域では塩害や風雨、場所によっては浸水リスクにも注意が必要になる。ただし、外房地域の住宅がすべて同じ危険にさらされているわけではなく、海岸からの距離、標高、地形、周辺の排水状況などによって条件は大きく異なる。災害リスクについては、自治体の防災情報などを確認し、建物の立地条件と合わせて検討する必要がある。

 これらの費用やリスクは、今回の基本試算には個別に積み上げていない。したがって、実際の住宅を購入するときには、その住宅固有の設備や立地条件を追加して見積もる必要がある。

賃貸住宅の2160万円と、そのまま比較してよいのか

 ここまで、月6万円の賃貸住宅に30年間住めば2160万円になるという数字を比較対象として使用してきた。この計算自体は正しいが、持ち家と賃貸の経済性を判断するには、いくつかの条件をそろえる必要がある。

 第一に、30年間の家賃が変わらないという仮定である。実際には、家賃が上昇する可能性もあれば、地域の住宅需要が弱まり、同じ水準にとどまったり下がったりする可能性もある。仮に初年度の家賃が月6万円で、その後毎年2%ずつ上昇するとすれば、30年間の家賃合計は約2921万円になる。ただし、これは家賃上昇率を設定した計算例であり、いすみ市などの将来家賃を予測した数字ではない。

 第二に、持ち家の維持費も物価変動の影響を受けることである。将来の工事費や人件費、住宅設備の価格、保険料などが上昇すれば、今回の修繕費モデルよりも支出が増える可能性がある。賃貸住宅の家賃だけを上昇させ、持ち家の修繕費を現在の価格で固定して比較することは公平ではない。

 第三に、住宅の条件が同等とは限らないことである。月6万円の賃貸住宅と500万円の中古戸建てでは、建物面積、築年数、断熱性能、駅や商業施設への距離、駐車場の有無などが異なる場合がある。生活の利便性や住宅性能が違えば、単純な金額比較だけでは居住環境の価値を評価できない。

 さらに、賃貸では更新費用や家財保険などが発生する場合がある一方、持ち家では庭木の管理、敷地の補修、建物設備の維持などが所有者の負担になる。ただし、家具や家電、日常の生活費のように、持ち家でも賃貸でも共通して発生する費用を一方だけに加えるべきではない。

 したがって、今回の比較から分かるのは、格安中古住宅の長期的な現金支出が、条件によっては月6万円の賃貸住宅を下回り、別の条件では上回るということである。どちらが得かを厳密に判断するには、居住条件、物価上昇、資金調達、30年後の資産価値などを含めて比較する必要がある。

500万円を最初に支払うことにも経済的な意味がある

 もう一つ見落とせないのが、資金の時間価値である。住宅を現金で購入する場合、最初に500万円と諸費用を支払うことになるが、賃貸住宅では通常、その500万円を購入費用として支払う必要はない。購入に使わなかった資金を預貯金や運用に回したり、別の生活上の目的に利用したりできる点には経済的な価値がある。

 例えば、将来の100万円と現在の100万円は、経済学的には常に同じ価値とは限らない。資金を運用できる機会や物価の変化を考慮すれば、支出がいつ発生するかによって経済的な負担の評価も変わる。そのため、30年間に支払う金額を単純に合計した結果と、支出時期を考慮した現在価値による評価は区別する必要がある。

 住宅ローンを利用する場合には、さらに借入金利や返済期間が関係する。ただし、購入価格500万円をすでに総費用として計上している場合、住宅ローンの返済元本をもう一度全額加えると二重計上になる。借入による追加負担を評価する際には、元本の扱いに注意しながら金利や関連費用を計算しなければならない。

 今回の3ケースは、こうした金融面の条件を反映していない。したがって、30年間で1310万円、1940万円、2760万円という数字は、一定の仮定に基づく名目上の現金支出総額であり、経済学的な意味での最終的な純負担額とは異なる。

そして30年後、築65年の家が残る

 500万円で築35年の住宅を購入し、30年間住み続ければ、建物は築65年になる。その間に屋根や外壁、住宅設備を修繕してきたのだから、それなりの価値が残ると考えたくなるかもしれない。しかし、不動産の市場価値は、所有者がいくら修繕費を投じたかだけで決まるものではない。

 住宅の売却価格には、土地の立地や利用価値、建物の状態、周辺の取引事例、将来の需要などが関係する。500万円で購入した住宅に1000万円の修繕費をかけたとしても、30年後に1500万円で売却できるとは限らない。一方で、建物の価値が小さくなっていても、土地の需要が強い場所なら、一定の価格で取引できる可能性はある。

 例えば中修繕ケースでは、30年間の想定支出は1940万円である。30年後に300万円で売却でき、売却に伴う費用を考えなければ、単純な差引額は1640万円となる。100万円で売却した場合は1840万円、売却収入がなければ1940万円のままである。しかし、これらは30年後の売却価格を予測した数字ではなく、売却収入が長期的な負担額に与える影響を示した計算例にすぎない。

 また、売却には仲介手数料などの費用が発生する場合があり、建物を解体してから売却する必要があれば、その費用も考えなければならない。買い手が見つからなければ、売却収入を得ることができないまま、管理や税金の負担が続く可能性もある。

 地方の中古住宅を考えるとき、30年後に土地と建物が残ることと、30年後にそれを希望する価格で売却できることは、まったく別の問題なのである。

人口減少地域では、30年後の住宅需要をどう考えるか

 ここで、いすみ市の将来人口を考えてみたい。2020年の国勢調査で、いすみ市の人口は3万5544人だった。国立社会保障・人口問題研究所による2023年の地域別将来推計人口では、2050年の人口は2万218人と推計されている。これは2020年と比較して約43.1%の減少に相当する。

 もちろん、人口が43.1%減少するからといって、住宅価格も同じ割合で下落するわけではない。不動産価格は人口だけで決まるものではなく、世帯数、住宅の供給量、交通条件、生活利便性、移住需要などによって変化する。また、市全体では人口が減少しても、駅周辺や生活施設に近い地域へ住宅需要が集まる可能性もある。

 ただし、長期的な人口減少が住宅市場の需給構造を変化させる要因であることは否定できない。住宅を売りたい所有者が増える一方で、購入を希望する人が減れば、売却までの期間が長くなったり、希望価格での取引が難しくなったりすることが考えられる。

 今回の人口推計は2050年までであり、記事が想定する購入30年後の2056年について、住宅価格や売却確率を直接示すものではない。また、現在の人口推計と将来の不動産市場が必ず一致する保証もない。そのため、2056年にいすみ市の中古住宅が売れなくなると断定することはできないが、購入時に将来の需要減少を考慮する合理性は十分にある。

 地方住宅で重要なのは、30年後にいくらの価格が付くかという問題だけではない。実際に買い手が見つかるのか、売却できなければ誰が管理するのか、建物を解体した後の土地をどのように扱うのかという問題まで含めて考える必要がある。

建物を壊しても、土地の所有は終わらない

 自動車は不要になれば売却や廃車によって所有を終わらせることができるが、住宅の場合は建物を解体しても土地が残る。土地の所有権を持ち続ける限り、固定資産税や管理に関する問題が続く場合がある。

 住宅が建っている土地については、一定の要件を満たすことで固定資産税の課税標準が軽減されている場合がある。しかし、建物を解体すると住宅用地としての特例が適用されなくなり、土地の税負担が増える可能性がある。したがって、古い建物を解体すれば、その後の所有費用も必ず小さくなるとは限らない。

 また、相続した土地を一定の要件で国に引き取ってもらう相続土地国庫帰属制度は存在するものの、建物のある土地は対象にならず、その他にも土地の状態や権利関係に関する要件がある。そもそも、この制度は相続等によって取得した土地を対象とするものであり、自分で購入した住宅用地を誰でも自由に国へ返還できる制度ではない。

 つまり、中古住宅の所有には、購入費用や維持費だけでは説明できない長期的な責任が伴う。建物を利用しなくなった後も、売却、賃貸、相続、解体などの選択肢を考えなければならず、いずれも条件によって費用や手続きが異なる。

 だから地方で中古住宅を購入するときには、今の収入で購入できるかという問題に加え、30年後にその住宅と土地をどのように引き継ぎ、あるいは処分できるかまで考える必要がある。

安い中古住宅を選ぶために、本当に調べるべきこと

 ここまで読むと、500万円の中古住宅を購入すること自体が危険であるかのように感じるかもしれない。しかし、今回の分析から、そのような結論が導かれるわけではない。建物の状態が比較的良好で、必要な設備更新が行われており、長期間住み続けられる場所にあるなら、低価格の中古住宅は合理的な住まいの選択肢になり得る。

 むしろ問題なのは、500万円という売出価格だけで経済性を判断することである。中古住宅を購入する際には、建物の状態をできるだけ客観的に把握し、将来の修繕費を予測するための情報を集めることが重要になる。

 そのためには、屋根や外壁を最後に修繕した時期、給湯器や浴室などの設置年、給排水管の状態、過去の雨漏りやシロアリ被害、床下の湿気、基礎のひび割れ、増改築の履歴などを確認したい。外観がきれいに見える住宅でも、建物内部や床下に問題が残っている可能性があるため、見た目だけで建物全体の状態を判断することは難しい。

 必要に応じて、建築士などの専門家による建物状況調査を利用する方法もある。建物状況調査は、既存住宅の劣化や不具合などを一定の方法で確認するものであり、購入前のリスク把握に役立つ。ただし、調査によってすべての隠れた不具合を発見できるわけではなく、将来の故障が発生しないことを保証する制度でもない。

 国土交通省の制度では、中古住宅の取引に際し、宅地建物取引業者に建物状況調査に関する一定の説明義務などが課されているが、すべての中古住宅で調査そのものが実施されるわけではない。そのため、購入希望者自身が調査の有無や結果を確認し、必要なら追加の調査や修繕見積もりを検討することが望ましい。

 さらに、建物の状態だけでなく、土地の条件や将来の利用可能性も確認する必要がある。接道状況、再建築の可否、境界、未登記建物の有無、災害リスクなどは、購入後の利用や将来の売却に影響することがある。現在は生活に支障がなくても、30年後に売却しようとした際、こうした条件が買い手の判断に影響する可能性がある。

 中古住宅を購入する前の調査は、単なる建物の健康診断ではない。将来発生する可能性がある請求書を、購入前にできるだけ読み取ろうとする作業なのである。

200万円安く買うことより、300万円の修繕を避けること

 中古住宅の購入では、値引き交渉によって価格を下げることに関心が集まりやすい。もちろん、同じ条件の住宅を安く購入できるのであれば、その効果は大きい。しかし、将来の修繕費を考えると、購入価格の差よりも建物状態の差が重要になる場合がある。

 例えば、500万円の住宅を400万円に値引きして購入できたとしても、数年以内に屋根や給排水管の修繕で300万円が必要になれば、購入価格とその修繕費だけで700万円になる。一方、適切に修繕されている600万円の住宅で、当面の大規模工事を避けられるなら、結果として後者の方が支出を小さく抑えられる可能性がある。

 ただし、ここでも将来の修繕費を完全に予測できるわけではない。住宅設備の故障には偶然性があり、建物状況調査を実施しても把握できない問題が残ることもある。重要なのは不確実性をゼロにすることではなく、購入前に確認できる情報を増やし、重大な問題を抱えている可能性をできるだけ小さくすることである。

 また、購入価格が安い住宅ほど経済的な余裕が生まれるとは限らない。取得時の費用を抑えられても、購入後数年以内に大きな修繕費が必要になれば、家計への負担が集中する可能性がある。そのため、30年間の総支出だけでなく、購入直後に必要な現金と、修繕費のために確保しておく資金を分けて考える必要がある。

 結局のところ、安い中古住宅を上手に購入する方法とは、最も安い販売価格を探すことではなく、販売価格と建物状態と将来の維持費を一体として評価することである。

500万円という値札には、30年後の費用が書かれていない

 不動産広告には、購入希望者が知りたい情報が数多く掲載されている。価格、土地面積、建物面積、築年月、間取り、交通条件などを比較すれば、住宅の基本的な特徴を把握できる。しかし、そこに30年間の修繕費が正確に書かれていることはない。

 例えば、購入から8年後に給湯器を交換することになるのか、12年後に外壁を補修するのか、20年後に屋根の工事が必要になるのかは、現在の広告だけでは分からない。さらに30年後、その住宅を購入したい人が現れるかどうかも、現在の売出価格から直接判断することはできない。

 住宅の将来費用には、ある程度計画できる支出と、事前には予測しにくい支出がある。固定資産税や保険料、一定期間ごとの設備更新などは比較的計画を立てやすいが、雨漏りや配管の破損、災害による被害などは発生時期や金額が不確実である。しかも、複数の問題が重なると、その年の支出が大きくなることもある。

 今回の試算では、同じ500万円の中古住宅について、30年間の想定総額が1310万円、1940万円、2760万円という3つの結果になった。ただし、これは中古住宅の30年間の費用が必ずこの範囲に収まることを意味しない。建物の状態や維持管理の方法によっては1310万円より少なく済む可能性もあり、逆に2760万円を上回る可能性もある。

 だからこそ、購入価格だけでは住宅の本当の経済性を判断できないのである。

「安い家」ではなく「30年間安く住める家」を探す

 住宅を購入するとき、最初に目に入るのは売出価格である。500万円という数字には、住宅取得のハードルを大きく下げる魅力がある。都市部では購入が難しかった土地付き一戸建てでも、地方なら手が届く場合があり、それまで支払っていた家賃を住宅購入に振り向けようと考える人もいるだろう。

 しかし、住宅の価格には購入時に支払う金額と、所有している間に支払い続ける金額がある。さらに、所有を終えようとするときには、売却収入が得られる場合もあれば、解体や処分のために新たな支出が必要になる場合もある。この3つの段階を合わせて考えなければ、住宅の長期的な経済性を十分に評価することはできない。

 今回の分析では、購入価格500万円の中古住宅について、修繕費や税金などの条件を変えると、30年間の想定支出は1310万円から2760万円まで大きく変化した。この差は、特定の中古住宅の将来を予測したものではないが、購入後の維持費が住宅費全体に大きな影響を与えることを示している。

 さらに、30年後に土地と建物が残るとしても、その資産を希望する価格で売却できるとは限らない。人口減少が続く地域では、住宅の維持費だけでなく、将来の需要や所有を終える方法も重要な検討課題になる。

 それでも、格安中古住宅を購入すること自体が不合理なのではない。建物の状態を適切に調査し、必要な修繕費を見込み、長期間の生活に適した立地を選び、将来の売却や管理の可能性まで考慮すれば、低価格の中古住宅は経済的に魅力のある選択肢となり得る。

 住宅購入で本当に重要なのは、500万円という値札を見て得だと判断することではなく、その家に30年間住むために、どれほどのお金が必要になるのかを考えることである。安い家とは、単に購入価格が低い家ではない。取得時の費用と将来の維持費、最後に残る資産価値までを考えたとき、合理的な負担で暮らし続けられる家である。

 中古住宅を探すとき、私たちは今日の家を見に行っているように思っている。しかし、本当に確かめなければならないのは、その住宅が積み重ねてきた過去と、これから30年間に起こり得る変化である。

 500万円の家が本当に安かったのかどうか。その答えは購入した瞬間ではなく、住み続けるために支払った費用と、最後に残った価値によって決まるのである。

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