地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

巡回診療を令和の医療水準まで引き上げられるか~巡回型高度診療体制という地域医療の可能性

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 山あいの集落に、決まった曜日になると一台の診療車がやって来る。公民館の前に車が止まり、地域の高齢者が順番を待つ。巡回診療という言葉から連想されるのは、いまでもそんな風景かもしれない。それは医療機関の少ない地域を長く支えてきた仕組みでありながら、一方では「病院へ行けない人に最低限の診療を届けるもの」という印象もまとっている。

 しかし、2026年の医療技術と通信環境を前提に、この巡回診療をもう一度考え直してみると、まったく別の姿が見えてくる。超音波診断装置や心電計は小型化し、少量の検体で結果を得られる検査装置も広がった。高速通信によって、患者のいる場所と専門医のいる場所が同じである必要もなくなりつつある。電子処方箋や診療情報の電子的な共有も整備が進み、2026年4月からはオンライン診療が医療法上に明確に位置付けられ、一定の条件を満たせば車両をオンライン診療の受診施設として用いる制度的な道も開かれている。

 そうなると、問いは「巡回診療を残すべきか」というところにはとどまらない。昔からある巡回診療を、現在の医療技術によってどこまで別の医療システムへ進化させられるのか、という問いに変わってくる。

 本稿では、その仕組みを便宜上「巡回型高度診療体制」と呼んでみたい。ただし、これは現在存在する正式な制度名称ではない。また、大型病院をそのまま車輪の上に載せるような未来構想でもない。むしろ現実的なのは、病院が持っている機能のすべてではなく、そのうち「患者の状態を知り、次に何をすべきか判断する機能」を切り出して地域へ運ぶという考え方である。

高度化とは、巨大な医療機器を積み込むことなのか

 高度な巡回医療と聞けば、CT(Computed Tomography・コンピュータ断層撮影)装置や高度な検査設備を積んだ巨大な診療車を想像するかもしれない。実際、海外ではCTを搭載したMSU(Mobile Stroke Unit・脳卒中専用移動診療車)が運用されており、脳卒中が疑われる患者のもとへ診断機能そのものを運び、現場で画像診断を行って血栓溶解療法を早く始める試みが行われている。

 研究では、通常の救急搬送に比べて治療開始までの時間が二十分から四十分程度短縮された例が報告され、患者の機能的な予後についても改善を示した研究がある。つまり、高度医療の一部を患者の側へ移動させるという考え方そのものには、すでに医学的な実例が存在している。

 ただし、ここには重要な境界線がある。脳卒中は一分でも早く治療を始めることの価値が大きい、時間依存性の非常に高い疾患であり、そこで得られた成果を、高血圧や糖尿病、慢性心不全などを中心とする一般的な巡回診療へそのまま当てはめることはできない。まして全国の過疎地域へ高価なCT搭載車を走らせればよい、という結論にはならない。

 CTを載せれば、重量、電源、放射線管理、機器保守、操作人員など多くの問題が生まれる。一日に数人しか診療しない地域で巨額の設備を動かせば、病院に据え置くより利用効率が悪くなることもあり得る。技術的に可能だからといって、社会システムとして合理的とは限らないのである。

 そこで「高度」という言葉を、機械の値段や大きさから切り離してみる必要がある。

「とりあえず病院へ」の前にできること

 たとえば、高齢者が巡回診療で「このところ少し息切れがする」と訴えたとする。

 従来型の小規模な巡回診療なら、問診をし、胸の音を聞き、血圧を測り、異常が疑われれば「一度病院へ行って詳しく調べてもらってください」と説明するところまでだったかもしれない。それは決して間違った医療ではないが、患者から見れば、その時点ではまだ何が起きているのかほとんど分からない。

 ところが、そこに心電図、血中酸素飽和度測定、携帯型超音波診断装置、POCT(Point of Care Testing・患者のそばで行う臨床現場即時検査)などが加わると状況は変わる。心不全、不整脈、感染症、貧血などを疑うための情報が増え、必要であれば画像や心電図を離れた病院の専門医へ送ることもできる。

 携帯型超音波検査については、十分な訓練を受けた医療者が使用した場合、専門医の正式な超音波検査を完全に置き換えるものではないものの、心機能などを評価する補助的な手段として有用であることが研究で示されている。重要なのは、巡回車の中で確定診断まですべて終えることではなく、従来より多くの情報を持った状態で次の行動を決められるようになることである。

 今日すぐ病院へ行く必要がある人なのか、数日以内に精密検査を受ければよいのか、それとも地域で経過観察できるのか。この判断精度を上げられることこそ、巡回診療の高度化と呼ぶにふさわしい。

 つまり、病院を車に載せる必要はない。病院で行われている「判断」の一部分を地域へ持ち出せればよいのである。

専門医を配置するのではなく、専門医につなぐ

 地方医療が抱える難問の一つは、専門医の配置である。循環器内科、脳神経内科、皮膚科、眼科などの専門医を人口数千人規模の地域へ常勤配置することは、患者数から考えても人材確保の面から考えても難しい。人口減少が進むほど、その困難はさらに大きくなる。

 しかし、専門医の身体を常に地域へ置くことができないからといって、その専門知識まで地域から切り離さなければならないわけではない。

 日本国内ではすでに、医療機器と通信設備を搭載した車両に看護師などが乗り、離れた医療機関にいる医師がオンラインで診療する取り組みが行われている。鹿児島県薩摩川内市では「走る診察室」と呼ばれる医療MaaS(Mobility as a Service・移動サービスと医療を組み合わせた仕組み)が始まり、高知県でも携帯型心電計や超音波診断装置などを搭載した車両を用いて、医療従事者が患者の近くに行き、遠隔の医師と接続するモデルが実際に運用されている。

 ここから見えてくるのは、巡回診療車を一人の医師が乗って地域を回るだけの「移動する診療所」から、地域と複数の専門医療をつなぐ「移動する医療接続拠点」へ変えられる可能性である。

 同じ車両であっても、ある日は循環器専門医に心電図や超音波画像を送り、別の日には皮膚病変の画像を皮膚科医へ送り、慢性疾患患者については地域のかかりつけ医と基幹病院が検査結果を共有することができる。もちろん、すべての診療科をオンラインで代替できるわけではないが、人口数千人の町に五人の専門医を常勤させることと、必要なときだけ五人の専門医につながることでは、必要な資源の意味がまったく違う。

 地方の医師不足という問題を、「医師を全国へ均等に配置する」という方法だけで解こうとすると限界がある。これからは、人の配置を完全に均等にするのではなく、専門的な判断へアクセスできる機会をどう均等に近づけるかという発想も必要になるだろう。

医療までの距離は、道路の長さだけではない

 地方医療について語るとき、「病院まで三十キロ」「救急病院まで車で四十分」という表現がよく使われる。しかし、病気にとって意味があるのは地図上の距離ではなく、必要な医療に到達するまでの時間である。

 病院が十キロ先にあっても、自動車を運転できない高齢者が一日に数本しかないバスを使わなければならないなら、その病院は生活上かなり遠い。反対に病院が三十キロ離れていても、定期的に巡回する医療車両で初期診察や検査を受け、必要な患者だけが予約された病院へ向かえるなら、医療への実質的な距離は縮まる。

 この視点から見ると、巡回型高度診療体制の役割は「病院の代替」ではなく、「病院へ行かなければならない人を適切に見極める入口」にある。

 現在の地方医療で住民が負担しているのは、重病になったときの長距離搬送だけではない。血圧の薬をもらうために半日を使い、慢性疾患の定期検査のために家族が仕事を休んで送迎し、症状の程度が分からないため念のため遠くの医療機関まで出かける。患者の時間だけではなく、家族の時間、自家用車の費用、交通サービス、医療機関の受付や診療時間まで含めれば、通院には社会全体としてかなりの資源が投入されている。

 巡回診療によって、こうした移動の一部を地域内で完結させられる可能性はある。また、症状の初期評価が充実すれば、結果として不必要な救急受診や遠距離受診を減らせる可能性も考えられる。ただし、この点については、巡回型高度診療そのものが救急受診をどの程度減らすかを示す十分な実証データがまだあるわけではない。期待できる効果と、すでに証明された効果とは分けて考える必要がある。

令和の巡回診療は「孤立した診察室」でなくなる

 昔の巡回診療には、構造的な弱点があった。

 診療車が地域にやって来ても、患者の過去の検査結果は病院にあり、薬の情報は薬局にあり、以前どの病院で何を診断されたかは患者本人の記憶に頼ることも少なくなかった。診察する場所だけを患者の近くへ動かしても、その場に医療情報がなければ診療能力には限界がある。

 ところが現在は、オンライン資格確認による診療・薬剤情報の参照、電子処方箋、オンライン服薬指導などが少しずつ一つの流れとしてつながり始めている。

 電子処方箋は2026年5月時点で九割以上の薬局に導入されている一方、医療機関を含む全体では同年六月時点で導入率は四割程度にとどまり、全国どこでも完全に情報がつながる状態にはまだ達していない。この数字はむしろ重要で、医療のデジタル化が完成した社会を前提に地域医療を論じるのは早すぎることを示している。

 それでも方向は見えている。

 巡回車で患者を診察し、過去の薬剤情報などを参照し、その日の診療内容を記録し、電子処方箋を発行し、地域の薬局が調剤する。条件が整えばオンライン服薬指導や薬剤配送につなぐこともできる。この流れが成立すれば、診療車は町から町へ孤独に走る小さな診療所ではなく、既存の病院、診療所、薬局をつなぐ医療ネットワークの入口になる。

 実は、巡回車の価値を決めるのは、どれだけ高価な機械を積んでいるかより、こちらの接続性なのかもしれない。

病院はなくならない。それどころか、むしろ重要になる

 技術について語ると、議論はしばしば「それなら病院はいらなくなるのではないか」という方向へ飛躍する。しかし、巡回診療が高度化しても病院の役割がなくなることはない。

 急性心筋梗塞に対するカテーテル治療、脳卒中に対する高度画像診断や血管内治療、手術、輸血、人工呼吸管理、集中治療などは、十分な設備と多数の医療職が存在する病院でなければ行えない。オンライン診療についても、得られる情報が対面診療より限定されるため、対面診療と適切に組み合わせることが基本とされ、患者が急変した場合などには対面診療へ移行できる体制が求められている。

 したがって、巡回型高度診療体制は病院を消す仕組みではなく、病院の機能をより合理的に使うための仕組みとして考えた方がよい。

 これまで患者は、病院の玄関をくぐらなければ多くの診察や検査を受けられなかった。その一部分を患者の生活圏まで前へ出し、地域で完結できる患者はそこで診療し、高度な設備が必要な人だけを病院へ送る。そうなれば病院は、軽症者や定期通院者まで大量に抱える場所ではなく、本当に病院でなければできない医療へより多くの資源を集中できる可能性がある。

 巡回診療と病院は競争相手ではない。うまく設計すれば、むしろ互いの弱点を補う関係になる。

最大の障害は医療技術ではなく、稼働率である

 ここまでを見ると、巡回型高度診療体制はかなり実現可能なように見える。実際、必要となる技術の多くはすでに存在し、制度的にも使える範囲が広がっている。

 しかし、技術的にできることと、持続可能な医療制度になることは同じではない。

 診療車を購入すること自体はできる。補助金を使って最新機器を載せることもできるだろう。難しいのは、それを十年、十五年と使い続けることである。

 医師や看護師を誰が確保するのか、車両を誰が運転するのか、医療機器を誰が管理し、故障したときに誰が修理するのか、通信が途切れたときにどう診療を継続するのか、遠隔側の専門医が診療に参加する時間をどう確保するのかという問題が続く。さらに深刻なのは、一日に何人の患者を診られるのかという問題である。

 患者が一日三人しかいない地域へ、医療職と高価な機器を積んだ車を一日かけて走らせれば、一人当たりの診療コストは非常に高くなる。逆に、一日に二十人、三十人を診察でき、複数の集落を効率的に巡回できるのであれば、同じ車両でも意味は変わる。

 つまり、巡回型医療の成否を決める最大の変数は、最新医療機器ではなく「一台をどれだけ使い切れるか」なのである。

患者の家まで行けばよいとは限らない

 巡回診療というと、患者の自宅まで医療者が訪ねていく姿を理想と考えがちだが、それが必ずしも最も効率的とは限らない。

 人口が広く分散した地域で、一軒ずつ患者宅を訪問すれば、診療時間より移動時間の方が長くなることがある。そこで、集会所、公民館、道の駅、既存の福祉施設などを小さな診療拠点として使い、周囲数キロの住民だけがそこへ移動し、診療車は集落間を長距離移動する方式も考えられる。

 患者を一歩も動かさないことが医療アクセスの最適化ではない。高齢者が数キロ移動し、診療車が数十キロ移動し、専門医は都市部から一歩も動かない。その組み合わせによって、社会全体の移動時間が最も小さくなる配置を探す方が合理的である。

 この発想に立つと、巡回診療は医療だけの問題ではなくなる。デマンド交通、福祉送迎、公共施設配置、薬剤配送などと組み合わせて考えた方が効率がよい場合も出てくるからである。

 医療だけを最適化した結果、交通システム全体として非効率になるなら意味がない。人口減少地域では、医療、交通、介護、物流を一つの生活インフラとして設計する視点が必要になる。

どの町にも導入すればよいわけではない

 巡回型高度診療体制は、全国の過疎地域を一つの処方箋で救える仕組みではない。

 既存病院まで十五分程度で到達でき、人口も非常に少ない地域なら、高価な診療車を新しく導入するより、タクシー券やデマンド交通を充実させた方が安く、住民にとって便利かもしれない。一方で、高齢者が多く公共交通が乏しく、複数の集落が一定の範囲にまとまり、基幹病院まで長時間を要する地域なら、巡回診療の価値は高まる可能性がある。

 だからこそ、導入前に比較しなければならない。

 車両の購入費だけを見るのではなく、年間何人が利用するのか、何回の長距離通院を減らせそうなのか、患者や家族の移動時間がどれだけ変わるのか、医療職の移動時間はどうなるのか、車両、人件費、通信費、機器保守費を合わせると一人当たりいくらになるのかを調べ、そのうえで同じ予算を訪問診療、既存診療所への支援、無料送迎、デマンド交通などへ投入した場合と比較する必要がある。

 現在のところ、「巡回車、携帯型検査、看護師、遠隔専門医、電子処方箋、薬剤配送」を一体化した仕組みが、日本の人口減少地域で固定診療所や通院支援より必ず費用対効果に優れることまで科学的に証明されているわけではない。

 ここを曖昧にすると、未来的な車両を導入することそのものが目的になってしまう。

 最新設備を載せた診療車が完成した瞬間には自治体の成功事例として紹介されても、数年後には患者数不足や人員不足によって稼働日が減り、やがて庁舎の駐車場に置かれたままになる可能性もある。新しい医療制度を評価するなら、導入したかどうかではなく、五年後にも日常的に使われているかを見るべきだろう。

「診療所を残す」という発想から離れてみる

 地方医療では、長い間「病院を残すか」「診療所を残すか」という議論が繰り返されてきた。住民にとって、地域から医療施設がなくなることへの不安は大きく、建物が存在すること自体が安心感にもなってきた。

 しかし人口減少がさらに進めば、建物を残すことと医療を残すことが一致しなくなる地域も増えてくる。

 診療所があっても医師が週に一度しか来ないのであれば、医療機能はすでに限定されている。反対に診療所という固定した建物がなくても、週に複数回診療車が来て、看護師が検査を行い、かかりつけ医や専門医につながり、必要なら基幹病院の予約までその場で行えるのであれば、住民が実際に受けられる医療はむしろ充実する場合がある。

 これから重要になるのは、「医療施設が町にあるか」ではなく、「住民が必要な医療機能へどれだけ容易に到達できるか」という評価なのかもしれない。

 国の医師偏在対策でも、医師不足地域についてオンライン診療を組み合わせて不足する診療機能を補完する方向が検討されている。すべての地域へすべての専門医を配置できない時代になれば、人を均等に置く政策だけではなく、専門医療へ接続できる仕組みを広げる政策が必要になる。

昭和の巡回診療が、令和になって別の意味を持ち始める

 ここまで考えると、不思議なことに気づく。

 巡回診療そのものは決して新しい発明ではない。むしろ古い医療の形である。それが、携帯型医療機器、高速通信、オンライン診療、医療情報の電子化という新しい技術と結びついたことで、もう一度別の可能性を持ち始めている。

 かつての巡回診療は、医療機関のない場所へ医師を運ぶ仕組みだった。

 これからの巡回診療は、医師だけを運ぶ必要はない。検査装置を運び、患者情報をネットワークから呼び出し、必要な専門医へ接続し、処方を薬局へ送り、それでも病院でなければ治療できない患者だけを後方の医療機関へつなぐ。一台の車がすべてを行うのではなく、一台の車が離れた場所に存在する医療機能を結び付けるのである。

 そこに「巡回型高度診療体制」という考え方の現実的な姿がある。

 技術的な部品の多くは、すでに存在している。制度上の環境も以前より整ってきた。国内でも、それらを組み合わせた実践が少しずつ始まっている。したがって、この構想そのものを空想と考える理由はない。

 ただし、本当に難しい問題はここから始まる。

 どの地域なら固定診療所より合理的なのか。人口密度がどこまで低下すると成立しなくなるのか。一日に何人診察すれば採算性が生まれるのか。何台の車両で何集落を担当するのがよいのか。看護師を配置する方式と医師が同乗する方式では、どこで費用と医療の質が逆転するのか。

 こうした問いに対する答えは、最新医療機器のカタログには載っていない。

 地域ごとの人口、年齢構成、道路網、医療機関までの所要時間、慢性疾患患者数、公共交通、医療従事者数を使って初めて計算できる問題だからである。

 その意味で、巡回型高度診療体制は単なる医療技術の話ではない。人口減少社会で、限られた医療資源をどこに固定し、どこを動かし、どこを通信で結ぶのかという地域設計の問題である。

 これまで地域医療では、「病院をどこに残すか」が大きな問いだった。

 これからは、それにもう一つ問いを加える必要がある。

 医療をどこに置くかではなく、医療機能をどこまで動かせるのか。

 古くから日本の山間部や離島を走ってきた巡回診療車は、人口減少の時代になって、思いがけずその問いの最前線に戻ってくるのかもしれない。

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