地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

救急車1台がカバーできる人口と面積には限界があるのか

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 夜の町で救急車のサイレンを聞くと、その音は遠くから近づき、やがてどこかへ消えていく。都市に暮らしていれば、その救急車が町を離れたあとにも別の車両がどこかで待機しているように感じるかもしれないが、人口の少ない地域では事情が違い、一台の救急車が患者を乗せて遠くの病院へ向かった瞬間、その地域には地図には描かれない「救急の空白」が生まれることがある。

 人口減少時代の地域医療を考えるとき、病院や診療所が何軒あるか、医師が何人いるかという数字には比較的目が向きやすい。しかし、救急車がどこに何台あり、その一台がどれほどの人口と土地を背負っているのかは、普段の生活ではほとんど意識されない。119番へ電話すれば救急車は来るものだという感覚が強く、救急車そのものを一つの有限な地域資源として見る機会が少ないからだろう。

 ところが救急車という資源には、きわめて単純でありながら避けることのできない制約がある。一台の救急車は同時に二つの場所へ行くことができず、一人の患者を搬送している間、その車両と救急隊は原則として別の患者には対応できない。この当たり前の事実を出発点にすると、救急車の配置は単なる台数の問題ではなく、人口、面積、道路網、高齢化、救急需要、病院までの距離、そして時間が絡み合う地域構造の問題として見えてくる。

「人口2万人に1台」という数字だけでは測れない

 日本には救急自動車の配置について一応の目安があり、消防庁の「消防力の整備指針」では、人口10万人以下の地域について、おおむね人口2万人ごとに救急自動車1台を配置することが基準とされている。人口10万人を超える場合には5台を基礎とし、それを超える人口についておおむね5万人ごとに1台を加えるという考え方である。

 この数字だけを見ると、「救急車1台で人口2万人を担当できる」と理解したくなるが、実際の制度はそれほど単純ではない。昼間人口や高齢化の状況、実際の救急出動の発生状況などを考慮することも求められており、制度そのものが人口だけでは救急力を測れないことを前提としている。

 同じ人口2万人でも、数十平方キロメートルの平坦な市街地に住民が集まっている地域と、山間部や海岸沿いの数百平方キロメートルに集落が散らばっている地域では、一台の救急車が持つ能力は同じではない。また、働く世代や子育て世帯の多い地域と、高齢者の割合が著しく高い地域でも救急需要は変わってくるため、「人口2万人に1台」という数字は限界値というより、救急体制を考え始めるための入口に近い。

本当の限界は「二件目」が発生したときに見える

 救急車1台が何人を支えられるかを考えるとき、年間の出動件数を単純に365日で割って一日の平均件数を出すだけでは、本当の余裕は分からない。救急需要には時刻表がなく、午前中に一件、午後に一件、夜に一件と規則正しく発生してくれるわけではないからである。

 ある地域で一日に三件の救急要請があるとしても、それが十分な間隔を空けて発生するのであれば一台で処理できる可能性は高い。しかし、そのうち二件が同じ時刻に重なれば状況は一変し、一台目がすでに出動していれば、二件目には近隣地域から別の救急車を呼ばなければならなくなる。応援車両が近くにいれば大きな問題にならない場合もあるが、隣の消防署まで十数キロメートル、あるいはそれ以上離れていれば、数分という時間の差がそのまま患者の待ち時間になる。

 ここには交通量や通信回線などにも共通する性質がある。設備の使用率が低い間は多少の需要が増えても余裕を保てるが、能力の上限に近づくほど、わずかな需要増加によって待ち時間が急激に増えやすくなる。救急車も同じで、「平均的には処理できている」という状態と、「いつ要請が重なっても十分対応できる」という状態はまったく違う。

 救急体制に必要なのは、平均的な一日を問題なく処理できる能力だけではなく、偶然二件、三件と救急要請が重なったときにも破綻しないための余白である。この余白がどの程度あるかは、単純な人口当たり台数からは見えにくい。

面積が広がれば、一台の救急車は別の存在になる

 人口だけでは捉えにくいもう一つの制約が、地域の広さである。

 人口2万人が駅を中心としたコンパクトな市街地に暮らしているのであれば、消防署から多くの住民のもとへ比較的短時間で到達できる。しかし同じ2万人が山間部や海岸線沿いに数十キロメートルにわたって散在している地域では、一台の救急車が同じ人口を担当していても、実際に提供できる救急サービスの姿は大きく変わる。

 さらに重要なのは、地図上の直線距離と救急車が実際に走る距離は一致しないということである。山を越える道路、川を渡る橋、細い生活道路、曲がりくねった海岸道路、積雪、観光期の渋滞などが加われば、地図では数キロメートルしか離れていない集落でも、時間の上ではかなり遠い場所になる。

 仮に救急車が平均時速30キロメートルで10分間走れたとしても、進める距離は単純計算で約5キロメートルにすぎない。しかも実際の救急では119番通報の受理、住所や状況の確認、出動準備、交通信号や一般車両への対応、住宅の特定などが加わるため、消防署を中心に半径何キロメートルという円を描くだけで安全圏を決めることはできない。

 人口密度が低くなるほど、この問題は静かに深刻になる。住民が減ったからといって自治体の面積が縮むわけではなく、道路が短くなるわけでも、山や川がなくなるわけでもない。むしろ人口が減少したあとも同じ広さの地域を同じ救急体制で守らなければならないため、一人当たりに必要な移動距離という意味では負担が重くなる場合すらある。

病院まで運ぶ時間が地域から救急車を奪う

 救急車の能力を考えるうえでもう一つ見落とされやすいのが、救急車の仕事は患者の家へ到着したところで終わらないという点である。

 2024年の全国統計では、119番通報を受けてから救急車が現場へ到着するまでの平均時間は約9.8分だったが、通報から患者を医師へ引き継ぐまでには平均約44.6分を要している。つまり、私たちが「救急車が来るまでの時間」として意識する10分前後の時間より、その後に使われる時間のほうがはるかに長い。

 救急隊は現場へ到着したあと患者の状態を確認し、必要な処置を行い、搬送先を選定し、病院まで走り、医療機関へ患者を引き継ぐ。その間、その救急隊は基本的に次の要請へ向かうことができず、さらに患者を引き継いだあとも資器材や車内を整え、次の出動に備える必要がある。

 この構造を考えると、地方における救急医療の問題は「救急車が患者まで何分で来られるか」だけではないことが分かる。患者を受け入れられる病院が近くにあるかどうかによって、一件の救急要請が一台の救急車を地域から奪う時間が変わるのである。

 消防署から患者宅まで10分で到着できる地域でも、そこから受け入れ可能な病院まで40分かかれば、救急車は長時間その地域を離れることになる。逆に病院が近い都市部では、一件当たりの拘束時間が比較的短く、同じ一台でも次の要請へ戻りやすい。

 近くに消防署があるから安心だとは限らず、その救急車が患者をどこまで運ばなければならないのかまで見なければ、地域の救急力を正確には評価できない。

人口が減っても救急需要は同じ割合では減らない

 人口減少地域では、一見すると人口が減れば救急車の必要台数も減らせるように思える。しかし、この考え方には大きな落とし穴がある。

 2024年に救急車で搬送された人のうち、高齢者は63%を超えている。高齢者は若年層より救急搬送される可能性が高いため、総人口が減少していても高齢者の割合が増えていれば、人口一人当たりの救急需要はむしろ高まる可能性がある。

 たとえば人口2万人だった町が1万5千人になったとしても、その減少の中心が若者や働く世代で、高齢者人口がそれほど減っていないのであれば、人口が25%減ったから救急出動も25%減るとは限らない。転倒、急病、呼吸器疾患、循環器疾患などに伴う救急要請が残れば、救急車一台にかかる負荷は人口減少ほど軽くならない。

 人口減少社会では、このような逆説がさまざまな公共サービスで起こる。利用者の総数は減っているのに、一人当たりのサービス需要や、サービスを一件提供するために必要な距離と時間は増える可能性があるからである。

 救急車は、この人口減少時代の矛盾が最も分かりやすく現れる公共サービスの一つなのかもしれない。

救急車一台とは、一台の自動車ではない

 では救急車を増やせば問題は解決するのかというと、話はそれほど簡単ではない。

 救急車を動かすには救急隊員が必要で、通常は複数人が一つの隊として勤務する。24時間365日の運用を考えれば、一台の車両を購入して消防署の車庫へ置いただけでは、一台分の救急力を増やしたことにはならない。

 夜中でも休日でも出動できるようにするには複数の勤務班が必要となり、その中には救急救命士など必要な資格や経験を持つ職員を配置しなければならない。加えて通信指令、車両整備、医療資器材、教育訓練、病院との連携、休暇や病気に備える代替要員なども必要になる。

 道路を走る白い救急車は目に見えるため、「一台」という単位で考えたくなるが、実際にはその背後に多くの人員と仕組みが存在している。言い換えれば救急車一台を維持するとは、自動車一台を所有することではなく、一年中いつでも一台分の救急サービスを提供できる組織を維持することなのである。

 人口減少地域では、この人員面の制約が今後ますます重要になる可能性がある。住民人口が減るだけでなく、消防職員や救急救命士として働く世代そのものも減少していくからである。

都市は「件数」、地方は「距離」に追われる

 2024年には全国で約772万件の救急出動があり、2025年4月時点では全国に5,485の救急隊が配置されている。単純に計算すると、一隊当たりの出動件数は年間約1,400件となり、平均すれば一日4件弱になる。

 しかし、この平均値だけを見て「一日4件ならそれほど忙しくない」と判断するのは危険である。救急需要は時間的にも地理的にも均等に発生するわけではなく、さらに都市と地方では一件の救急出動が持つ意味そのものが違うからだ。

 都市部では救急要請の件数が多く、短時間に複数の要請が重なることによって救急車が不足しやすい。一方、人口の少ない地方では出動件数そのものは少なくても、患者宅までの距離や病院までの搬送距離が長く、一件の要請によって救急車が地域を離れる時間が長くなる可能性がある。

 都市の救急車は「数」に追われ、地方の救急車は「距離」に追われる。しかし最終的にはどちらも、次の患者に向かえる救急車がないという同じ問題に行き着く。

行政区域ではなく「時間の地図」を描く

 ここまで考えると、「救急車1台が人口何人、面積何平方キロメートルを担当できるのか」という問いそのものを少し変えたほうがよいことが分かる。

 重要なのは自治体全体の人口や面積ではなく、救急車が住民のもとへ何分で到達でき、患者を病院へ搬送し、再び次の要請へ対応できる状態に戻るまで何分かかるかである。

 消防署から10分以内で到達できる地域には何人が暮らしているのか、15分を超える地域には何人いるのか、さらに20分以上かかる集落がどこに残されているのかを調べれば、単なる行政区域の地図とは違った地域の姿が見えてくる。

 そこに救急要請の発生件数、高齢者人口、道路状況、受け入れ可能な病院までの所要時間を重ねれば、「救急車が何台あるか」という数字から、「その救急車がどれだけの時間的余裕を持って住民を守っているか」という、より本質的な地域分析へ進むことができる。

 地図に描くべきなのは市町村境界ではなく、ある意味では「時間」なのである。

人口2万人でも安全な町と危うい町がある

 人口2万人に救急車一台という目安が同じでも、地域条件が変われば救急体制の余力は大きく変わる。

 人口密度が高く、道路網が整い、病院が近く、高齢化率も比較的低く、近隣消防署との応援体制が充実している地域であれば、一台当たりが担当する人口がある程度多くても対応力を維持できる可能性がある。反対に、人口が少なくても広い地域に集落が分散し、病院までの距離が長く、高齢化率が高く、隣接する救急隊も遠いのであれば、一台の救急車に人口以上の負荷がかかる。

 この違いは、人口密度だけでも十分に説明できない。面積が広くても高速道路や幹線道路が整っていれば到達時間は短くなることがあり、面積が小さくても山や川によって道路が限られていれば移動時間は長くなる。さらに観光地では住民人口が少なくても季節によって昼間人口が急増することがあり、人口統計だけを見て救急需要を予測すると実態とずれる。

 救急車一台を評価するためには、人口、面積、人口密度、年齢構成、道路、医療機関、観光客、近隣自治体との連携といった複数の条件を、最終的には「何分かかるのか」という時間の尺度に変換して考える必要がある。

救急車が町を離れたあとに何が残るのか

 地域の救急体制を考えるとき、最も重要なのは救急車が配置されているかどうかではなく、その一台が出動したあとに何が残るのかという視点ではないだろうか。

 一台しかない地域でその救急車が病院へ向かえば、次の救急要請は近隣地域の車両に頼ることになる。二台あれば一台が残るが、その一台も出動すれば同じことが起きる。つまり救急体制の本当の強さは保有台数ではなく、一件の出動が発生したあとにもどれほどの余力が残っているかによって決まる。

 これは防災や電力供給にも似ている。普段の需要を満たしているだけでは十分ではなく、一部の設備が使えなくなったときにもシステム全体が機能し続けられる余裕が必要になるからである。

 救急車についても、平均的な出動件数を処理できるだけでは十分とは言えない。二件目、三件目が重なったときにどこから応援が来るのか、何分で到着できるのか、さらに隣の地域も同時に出動していた場合はどうなるのかまで考える必要がある。

 地域の救急力とは、平常時の能力よりむしろ「余裕が一つ失われたあとにも機能を維持できる力」として考えたほうが実態に近い。

救急車1台の限界は、人口ではなく「時間の余白」にある

 結局のところ、「救急車1台は人口何人、面積何平方キロメートルまで担当できるのか」という問いに、一つの数字で答えることはできない。

 制度上は人口2万人程度に一台という一つの目安が存在するが、人口2万人が狭い市街地に集まって暮らしている場合と、広い地域に分散して暮らしている場合では一台の能力は異なる。さらに高齢化が進めば人口当たりの救急需要が増える可能性があり、病院までの搬送距離が長ければ一件の出動で地域を離れる時間が長くなり、二件目の救急要請が重なれば一台しかない体制の弱さが一気に表面化する。

 したがって救急車の限界とは、人口の限界でも面積の限界でもない。人口が生み出す「需要」、地理が生み出す「距離」、そして一件の救急活動が消費する「時間」が重なったところに、その地域固有の限界が生まれる。

 深夜、遠くで聞こえていた救急車のサイレンが次第に小さくなり、やがて町の外へ消えていく。その瞬間、町の人口も面積も変わらず、道路も建物も昨日と同じ場所にある。しかし救急医療という視点から見れば、その町が持っていた安全の余白は確実に小さくなっている。

 人口減少時代に問うべきなのは、救急車が何台置かれているかという数字だけではない。一台が町を離れたあと、その地域にはあと何分の余裕が残されているのかという問いである。

 人口統計にはほとんど表れないその「時間の余白」こそ、病院数や医師数と並び、これからの地域の暮らしやすさと安全性を測る重要な指標になっていくのではないだろうか。

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