地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

高齢者の暮らし

高齢者の暮らし

救急車が去ったあと、家に残る家族

 ある朝、ひとり暮らしの高齢者が体調を崩して救急車で病院へ運ばれたとき、本人が最初に心配するのは自分の病状ではなく、「家に犬がいる」「猫にまだ餌をあげていない」ということかもしれないが、人間は病院へ到着すれば、医師や看護師のもとで食事や治療を受けることができる一方、自宅に残された犬や猫にはその仕組みが自動的には働かず、誰かが家に入り、水を替え、餌を与え、トイレを掃除し、犬であれば散歩にも連れ出さなければならないため、飼い主の入院はその瞬間から、もう1つの生活上の問題を生み出すことになる。

 しかも、その問題は決して珍しいものではなく、2025年に公表された在宅療養者とペット飼育に関する国内調査では、回答した国民健康保険診療施設215施設のうち75施設、34.9%がペット飼育に関する問題や課題を経験しており、その75施設のうち47施設、62.7%が「同居家族のいない飼い主の入院・入所や死亡によって残されたペットの処遇」を問題として挙げているため、調査対象や回答率の関係から、この数字をそのまま日本全国の医療機関に当てはめることはできないものの、「高齢者が入院したとき、家に残された犬や猫をどうするか」という問題が、医療や福祉の現場で実際に起きていることは明らかである。

「家族がいるから大丈夫」とは限らない

 こうしたとき、最初に頼りになるのは子どもや兄弟姉妹、親戚、近所の知人であることが多いが、現代では「家族がいる」ということと「家族が毎日世話できる」ということは同じではなく、子どもが遠く離れた都市で暮らしていれば毎日通うことは難しいうえ、仕事や育児があれば数日間なら何とか対応できても、数週間、1か月と続けば負担は急速に大きくなる。

 また、家族が集合住宅に暮らしていて犬や猫を連れて帰れないこともあれば、動物に慣れておらず投薬や散歩が難しいこともあり、猫なら家に残しておけば大丈夫だと思われがちでも、毎日の飲水や給餌、排泄物の処理、体調の確認は必要であるため、実際には「誰か1人が引き取れば解決する」というほど単純ではない。

 さらに見落とされやすいのが自宅の鍵であり、世話を頼める家族がいても鍵を持っていなければ玄関から先へ進めず、ようやく家に入ることができても、どの餌を何グラム与えるのか、薬は必要なのか、かかりつけの動物病院はどこなのか、猫がどこに隠れることが多いのかといった情報が分からなければ、善意だけでは十分な世話ができない。

実際には、地域の人や民間サービスが支えることもある

 現実の支援事例を見ると、家族だけでなく、ケアマネジャー、民生委員、近隣住民、ペットホテル、動物病院などが組み合わさって支えているケースがあり、独居の高齢者が入院したあと、遠方に住む家族が犬の世話をしていたものの、その家族自身が対応できなくなり、ケアマネジャーが介入してペットホテルの利用につないだ例や、脳梗塞で入院した人の犬を近隣住民と民生委員が交代で世話し、本人が退院するまで支えた例も報告されている。

 こうした事例が示しているのは、飼い主が高齢だから犬や猫を飼ってはいけないということではなく、むしろ、1人だけに頼るのではなく複数の人やサービスを組み合わせておけば、突然の入院にも対応しやすくなるということであり、これは人間の医療や介護で家族、医療機関、介護事業者、地域が連携する考え方とよく似ている。

ペットホテルやペットシッターは大きな味方になる

 家族や近所の人だけで対応することが難しい場合には、ペットホテル、動物病院、ペットシッターなどの民間サービスが大きな助けになり、数日から数週間程度の入院であれば、こうしたサービスを事前に知っているだけでも選択肢は大きく広がるが、実際に利用するには犬や猫を自宅から連れ出す人が必要だったり、ペットシッターに入ってもらうための鍵の管理が必要だったりするため、単に「そのときになったら頼めばよい」と考えるより、元気なうちに近隣のサービスを確認し、自分の犬や猫を実際に預かってもらえるのか、持病や投薬があっても対応可能なのかを確認しておく方が安心である。

 特に高齢の犬や猫では、一般的なペットホテルよりも動物病院での預かりが適している場合があり、一方で環境の変化を嫌う猫では、住み慣れた自宅へペットシッターに来てもらう方が負担が少ないこともあるため、「犬ならこう、猫ならこう」と一律に決めるより、その動物の性格や健康状態に合わせた方法を用意しておくことが重要になる。

本当に大きな問題は「何日で帰れるのか分からない」こと

 入院当初は1泊か2泊で帰れると思っていても、検査の結果によって1週間、2週間と延びたり、骨折や脳血管障害、心疾患などをきっかけにリハビリテーションが必要となり、そのまま長期入院へ移行したりすることがあり、高齢者の入院では、入院期間が最初から読めないことが少なくない。

 そのため、「今日と明日の餌を誰が与えるか」という問題と、「1か月後も誰が世話を続けるのか」という問題は分けて考えた方がよく、最初の数日は家族や知人に頼み、それ以上長引けばペットシッターやペットホテルへ切り替え、さらに自宅へ戻れない可能性が出てきたときには、家族による引き取りや新しい飼い主を探すことまで検討するというように、時間の経過に応じて段階的に準備しておけば、突然すべてを決めなければならない負担を減らすことができる。

 ここで重要なのは、この「数日、数週間、それ以上」という区分が公的な制度として決められているわけではなく、あくまで実務上の考え方だということであるが、それでも人間の危機管理と同じように、短期、中期、長期の3段階で考えておく方法は非常に合理的である。

ペットがいるから入院できない、ということまで起きている

 実は、この問題にはもう1つ重要な側面があり、前述した国内調査では、ペット飼育に関する問題を経験している医療機関75施設のうち42施設、56.0%が「ペット飼育を理由とした治療拒否、入院・入所拒否等」を経験しているため、犬や猫を大切にしている人ほど、「自分が入院したらこの子を誰が見るのか」という心配から、自分自身に必要な治療をためらう可能性があり、これは動物の問題であると同時に、人間の医療の問題でもある。

 その意味で、ペットの世話を事前に決めておくことは、動物を守るだけでなく、飼い主が安心して必要な治療を受けられる環境をつくることにもつながる。

介護保険だけでは犬や猫の世話まで自動的には支えられない

 高齢者の生活を支える制度として介護保険があるが、訪問介護における犬や猫の世話は介護保険給付の対象ではなく、事業者が対応するとしても、介護保険サービスとは明確に区分された自己負担の保険外サービスとして提供されることになるため、「介護サービスを利用しているからペットの世話も何とかなる」と考えることはできない。

 また、飼い主が救急搬送されたからといって、公的サービスが自動的に自宅へ入り犬や猫の世話を引き継ぐ全国共通の制度が整っているわけでもなく、実際には家族、近隣住民、民間事業者、動物病院、地域の支援者などを組み合わせながら、その人の状況に応じた対応を考えることになる。

 人口1万人未満の自治体にある地域包括支援センターを対象とした調査では、回答した103か所のうち68か所、66.0%がペット飼育に関する問題を経験していた一方、98か所、95.1%は特別な取組を行っていないと回答しており、少なくとも現時点では、地域によって支援体制に大きな差があることも考えておかなければならない。

犬や猫との暮らしには、それ自体の大きな意味がある

 だからといって、高齢者は犬や猫を飼わない方がよいという結論にはならず、犬や猫との暮らしについては、高齢者の身体活動や社会的交流との関連を示す研究があり、特に犬の散歩をする人では、犬を飼っていない人より歩行時間や中高強度の身体活動が多いことを示した国内研究もある。

 また、日本の65歳以上を対象とした研究では、現在犬を飼っている人は犬を飼ったことがない人に比べ、要介護状態になる割合が低いという関連も報告されているが、これは観察研究であるため、「犬を飼えば介護予防になる」と単純に因果関係を断定することはできず、もともと活動的な人ほど犬を飼いやすいといった要因も考える必要がある。

 精神面についても、犬や猫が孤独感の軽減や心の支えになると感じる高齢者は少なくない一方、研究結果は必ずしも一方向ではなく、すべての人に同じ効果が生じるとはいえないものの、少なくとも、犬や猫との生活が毎日の行動を生み、生活に一定のリズムを与え、人との会話や外出のきっかけになる可能性は十分に考えられる。

 朝になると餌を待つ気配があり、名前を呼べばこちらを見る存在がいて、犬であれば散歩の時間になると玄関の前で待っているという毎日の小さな繰り返しは、単なる趣味という言葉だけでは説明しにくく、長年一緒に暮らした動物が家族のような存在になっている人にとっては、その存在そのものが生活の一部なのである。

高齢化よりも「単身化」がこの問題を大きくする

 この問題を考えるうえで重要なのは、高齢者が増えることだけでなく、1人で暮らす高齢者が増えていることであり、2020年には65歳以上人口のうち1人暮らしの割合が男性15.0%、女性22.1%だったが、将来推計では2050年には男性26.1%、女性29.3%まで上昇すると見込まれているため、同居家族がいない状態で突然入院する高齢者が増えていく可能性は高い。

 もちろん、将来どの程度の高齢者が犬や猫を飼うのかまでは確実に予測できないため、「残されたペットの問題が必ず急増する」と断定することはできないが、単身高齢者の増加を考えれば、飼い主が突然世話できなくなったときの仕組みを社会全体で考える必要性は、今よりも高まっていくと考える方が自然である。

「1人に頼む」より「2つの経路をつくる」

 準備というと大げさに聞こえるかもしれないが、実際には簡単なことから始めることができ、特に重要なのは「この人に頼む」と1人だけ決めるのではなく、その人が対応できなかった場合の第2の連絡先まで考えておくことである。

 例えば、緊急時に頼んだ1人が仕事や旅行、病気などの理由で対応できない可能性はゼロではないため、家族を第1連絡先、近所の信頼できる人を第2連絡先、長引いた場合にはペットシッターやペットホテルというように複数の経路を作っておけば、どこか1つが使えなくなっただけで全体が止まる危険を小さくでき、これは災害対策や情報システムで使われる「予備を持つ」という考え方と同じである。

「ペット用緊急情報」を1枚にまとめておく

 具体的には、犬や猫の名前、年齢、性格、餌の種類、1回の量、食事の時間、散歩の方法、服薬の有無、かかりつけの動物病院、ワクチンや持病の情報、緊急時に連絡してほしい人の名前などを1枚の紙にまとめ、家族や信頼できる人が分かる場所へ置いておくだけでも、突然の入院時の混乱は大きく減る。

 スマートフォンに記録しておく方法もあるが、本人が操作できない状態では第三者が確認できない可能性があるため、紙でも残しておく方が実用的であり、同時に自宅の鍵を誰が持つのか、ペットを病院やホテルへ運ぶためのキャリーバッグやリードがどこにあるのかまで共有しておけば、初動はさらに速くなる。

 そして、元気なうちに近所のペットホテルやペットシッター、動物病院などを調べ、一度問い合わせておけば、「そのときになって初めて探す」という最も不安な状況を避けることができる。

犬や猫と長く暮らすために、先のことを決めておく

 高齢になってから犬や猫と暮らすことについて、「自分が先に病気になったらどうするのか」と不安になる人もいるだろうが、その不安があるからこそ、飼うことを諦めるという結論だけが答えではなく、自分が世話できない期間を誰かにつないでもらう仕組みを作ることで、安心して一緒に暮らせる時間を長くするという考え方もできる。

 飼い主が突然倒れたとき、犬や猫は自分で電話をかけることも、隣人に事情を説明することも、冷蔵庫から食事を出すこともできないため、その代わりに人間があらかじめ「もしものときの道」を作っておく必要があり、それは決して弱さを認めることではなく、大切な家族に対する責任の一部と考えることができる。

「自分が帰れない夜」に誰が来てくれるのか

 入院の準備というと、保険証や薬、お金、着替えなどを考えることが多いが、犬や猫と暮らしている人にとっては、それと同じくらい大切な準備があり、それは「自分が今夜この家へ帰れなくなったら、この子のところへ誰が来てくれるのか」という問いに答えを持っておくことである。

 その答えが1人だけではなく、家族、友人、近所の人、ペットシッター、ペットホテル、動物病院といったいくつかの道につながっていれば、犬や猫の生活は飼い主の入院と同時に止まらず、飼い主自身も病室で「今ごろどうしているだろう」と心配し続けなくて済む。

 犬や猫と暮らすことには、喜びだけでなく責任もあるが、その責任は「最後まで自分1人で何もかも世話し続ける」という意味ではなく、自分ができなくなったときに誰かへきちんと引き継げるようにしておくことまで含まれており、高齢になっても犬や猫と暮らしたいと願うことは決して無理な望みではなく、その生活を長く安心して続けるために必要なのは、年齢を理由に諦めることではなく、「もしものときにも、この子の暮らしは続く」という仕組みを、元気なうちに用意しておくことである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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 人口が減っていく町では、人間の姿が少なくなるだけではなく、人と人とが偶然に出会う機会まで少なくなっていく。子どもの声が聞こえなくなり、商店のシャッターが閉まり、夕方になっても道を歩く人がほとんどいない町では、かつてなら買い物や通勤、学校への送り迎えの途中で自然に生まれていた「おはようございます」や「今日は寒いですね」という短い会話さえ、少しずつ失われていく。高齢化とは住民の平均年齢が上がる現象であると同時に、仕事や子育てを終えた人が増え、日常生活の中に埋め込まれていた役割や外出の理由が減っていく現象でもある。

 そこへ一匹の犬を迎えると、暮らしの時間の使い方が変わる。朝になれば餌を用意し、水を替え、首輪をつけて外へ連れ出さなければならず、雨が降っていても、少し気分が乗らなくても、犬はこちらの都合だけでは一日を過ごしてくれない。昨日と同じ道を歩いていると向こうから別の犬を連れた人がやって来て、「何歳ですか」「今日は寒いですね」と言葉を交わすようになり、初めは犬の名前しか知らなかった相手を、何度も会ううちに顔なじみとして覚えていくこともある。

 この光景だけを見て、「犬を飼えば高齢者は幸福になる」と結論づけることはできない。それでも、犬を飼うことが人間の行動を変えるという点には、一定の科学的な裏付けがある。日本の地域在住高齢者を対象にした研究では、犬の飼育経験と歩行活動や身体機能との間に統計的な関連が確認されており、海外を含む研究をまとめた近年の総合的な検討でも、犬を飼っている高齢者では犬の散歩に伴う身体活動が多いという傾向が比較的一貫している。ただし、もともと健康で歩ける人だから犬を飼えるという逆方向の可能性もあるため、「犬を飼えば健康になる」と単純な原因と結果に置き換えることは慎まなければならない。

 それでも、高齢者の生活という視点から見ると、犬を飼う行為には興味深い特徴がある。散歩は「健康のために運動しましょう」と誰かに勧められて行う運動とは違い、犬の世話として生活の中に組み込まれるからである。自分の健康のためだけなら今日は休もうと思う日があっても、玄関の前で犬が待っていれば靴を履くことがある。運動を目的として外出するのではなく、犬の世話をした結果として歩いているという順序が、行動を継続させる一つの仕組みになり得る。

 実際、日本の65歳以上の地域在住者を追跡した研究では、調査開始時に犬を飼っていた高齢者は、犬を一度も飼ったことがない高齢者に比べ、その後約3年半の間に要介護状態へ移行するオッズが低かった。もちろん、これは犬を飼うだけで要介護状態を防げることを意味しない。研究では年齢、所得、病歴、運動習慣、外出頻度など多くの条件が統計的に調整されているものの、観察研究である以上、測定されていない生活習慣や住宅環境などの影響を完全に取り除くことはできないからである。それでも、犬との暮らしと高齢期の身体活動や生活機能との間に何らかの関係が存在する可能性を考えるには、十分に興味深い結果である。

 犬には、もう一つ、家の外へ人を連れ出す性質がある。犬を飼っている高齢者と猫を飼っている高齢者を比較した海外研究では、犬の飼い主の方が近隣住民と出会う可能性が高いという結果が得られている。ただし、この研究で散歩回数そのものと近隣交流との関係を詳しく見ると、散歩が多いほど交流が多くなる傾向は認められたものの、通常用いられる統計学的な基準では明確な有意差には達していなかった。したがって、「犬をたくさん散歩させれば必ず地域交流が増える」とまでは言えないが、犬を連れて外を歩くことが人間同士の接触機会をつくるという仮説には、一定の現実味がある。

 ここで重要なのは、人間同士の交流を直接の目的にしなくてもよいことである。人口が少なくなった地域で「交流会を開くので集まりましょう」と呼び掛けても、もともと人付き合いの得意な人ばかりが集まり、孤立しがちな人ほど参加しないことがある。しかし犬を飼っている人は、交流するために家を出るのではなく、犬に排せつをさせ、運動をさせ、匂いを嗅がせるために外へ出る。その途中で別の人に会い、犬同士が立ち止まっている間に少し話すという形なら、人間関係を築こうと意識しなくても接触が生まれやすい。

 人間同士だけで向き合えば、何かを話さなければ気まずいと感じることもあるが、犬が間にいれば話題を無理に探す必要はない。「この子はいくつですか」と聞けば会話が始まり、犬が草の匂いを嗅いでいる間は黙っていても不自然ではない。昨日会った人と今日もすれ違い、数日後にまた会い、その繰り返しの中で「あの犬を連れた人」が少しずつ「近所で声を掛けられる人」へ変わっていくとすれば、犬は人間関係をつくる主体というより、人間同士が接触するための摩擦を小さくする存在だと考えた方がよい。

 もっとも、この作用が人口減少地域で都市部より強いということまで、現在の研究から証明されているわけではない。日本の高齢者を対象とした代表的な研究の一つは東京都内で行われており、人口密度の低い過疎地域だけを対象としたものではないからである。それでも、日常生活で他人と接触する機会そのものが少ない地域では、一日に一度の犬の散歩によって生まれる一回の出会いが相対的に大きな意味を持つのではないか、という仮説を立てることはできる。

 人口の多い都市では、人に会うための仕組みが数多く用意されている。文化教室、スポーツ施設、飲食店、商業施設、地域イベントなどがあり、公共交通を使って別の場所へ移動することも比較的容易である。ところが人口が減った地域では、利用者が少なくなれば教室も店も交通機関も維持しにくくなり、交流を生み出す施設そのものが減っていく。二十人集めなければ成立しない教室はなくなるかもしれないが、犬の散歩は一人と一匹で始めることができ、途中でもう一人と一匹に出会えば、それだけで小さな社会的接触が成立する。

 猫との暮らしは、犬とは少し違った方向から考えた方がよい。猫には通常、犬のように飼い主を毎日外へ連れ出す力はないため、「猫を飼えば歩行量や地域交流が増える」と考える根拠は弱い。一方で、朝になれば餌を用意し、水を替え、トイレを掃除し、体調がおかしければ様子を見て、必要なら動物病院へ連れて行くという世話は発生する。猫を飼うことによって生まれる可能性があるのは、身体活動というより、日課、役割、愛着、自分以外の生き物を気に掛ける時間である。

 退職し、子どもが独立し、ときには配偶者を亡くした高齢者にとって、役割の減少は生活の大きな変化になる。仕事をしていた頃には朝起きる時刻が決まり、職場へ行けば自分の仕事があり、家庭では子どもの世話をする必要があったが、それらが終われば自由になる一方、「今日しなければならないこと」が少なくなることもある。そこへ犬や猫を迎えると、餌を与え、水を替え、排せつ物を片付け、健康を気遣うという小さな責任が毎日発生し、自分の気分とは関係なく世話を必要とする相手が家の中にいることになる。

 このような役割が心理的な充実につながる可能性は十分に考えられるものの、ここでも科学的には慎重であるべきだろう。2026年に公表された日本の全国的な社会調査データを用いた研究では、ペットの世話をしているかどうかと生活満足度との間に、統計学的に明確な関連は確認されなかった。つまり、ペットの世話をしているという事実だけから、その人の生活満足度が高いとは言えないのである。

 この結果は、一見すると「ペットは幸福に役立たない」という話に見えるかもしれないが、むしろ重要なのは逆である。犬や猫を飼っているという一つの事実だけでは、人と動物との関係を説明できないということである。長年一緒に暮らして強い愛着を持っている人もいれば、世話を負担に感じている人もおり、経済的に余裕のある人もいれば、治療費を心配している人もいる。人間関係と同じように、動物との関係にも質があり、その違いを無視して「飼っているか、飼っていないか」の二つだけに分ければ、生活満足度との関係が見えなくても不思議ではない。

 犬や猫との暮らしには負担もある。餌代が掛かり、予防接種や治療にも費用が必要で、犬なら毎日の散歩を続けなければならない。若い頃に飼い始めた動物が十年以上生きれば、飼い主自身の身体能力が低下してからも世話が続く可能性があり、入院すれば誰かに餌を頼まなければならず、認知機能が低下すれば適切な飼育が難しくなることもある。高齢になってから動物を迎える人にとっては、「自分の方が先に亡くなったら、この犬や猫はどうなるのか」という不安も現実的な問題になる。

 だから、高齢化する地方で考えるべきなのは、犬や猫の頭数を増やすことではない。まして高齢者にペットを飼うよう勧めれば生活満足度が上がる、という政策でもない。重要なのは、もともと動物と暮らしたいと思っている人が、自分の年齢や身体能力、経済状態を考えながら無理なく迎えることができ、体力が低下した後も最後まで責任を持って飼える環境を地域としてどこまで支えられるか、という問いである。

 もし飼い主が数日間入院したときに犬や猫を一時的に預かる人がいれば、飼育を続けやすくなる。自動車を運転できなくなった人が動物病院へ行くとき、人だけでなく犬や猫も一緒に運べる移動手段があれば、通院を諦めずに済むかもしれない。犬の散歩が身体的に難しくなったとき、近隣の人や事業者が代わって散歩をする仕組みがあれば、高齢になったからという理由だけで長年暮らした犬と離れなくてもよくなる。さらに飼い主が亡くした後の引き取り先まで事前に考えておけば、高齢者が抱える「最後まで世話できるだろうか」という不安を小さくすることもできる。

 そこには小さな事業の可能性もあるが、「高齢化地域だからペットビジネスが必ず成立する」と考えるのも早計である。人口密度の低い地域では、一件の犬の散歩や動物病院への送迎を引き受けるために長い距離を移動しなければならず、利用者が存在しても料金収入より移動時間や燃料費の方が重くなることがあるからだ。散歩代行、通院支援、一時預かり、餌の配送といった需要が潜在的に存在するとしても、それを事業にするには利用者がどの程度の料金を支払えるのか、何世帯をどの範囲で回れば採算が取れるのかを別に検証しなければならない。

 それでも、人口減少地域における新しいサービスを考えるうえで、ペットという視点は興味深い。高齢化によって需要がすべて消えるのではなく、これまで家庭の中だけで処理されていた小さな困りごとを、外部の誰かに頼まなければならない場面が増えるからである。犬の散歩を頼みたい、猫を動物病院へ連れて行きたい、数日だけ預かってほしいという需要は、一件一件は小さいものの、生活を続ける本人にとっては切実であり、こうした小さな需要を効率よく束ねることができれば、地域サービスとして成立する余地はある。

 さらに興味深いのは、ペットを支えるサービスが、結果として飼い主本人を支えるサービスになることである。犬を散歩させに来た人が高齢の飼い主と毎週顔を合わせれば、普段と様子が違うことに気付くかもしれない。猫を動物病院へ運ぶために家を訪ねれば、高齢者が困っていることを知ることもあるだろう。このような効果を最初から保証することはできないが、動物の世話を媒介として人と人との接点が生まれることには、人口の少ない地域だからこそ検討する価値がある。

 ここまで考えると、「犬や猫が増えれば地域の生活満足度が上がる」という単純な話ではないことが分かる。科学的に比較的確かなのは、犬を飼う生活と歩行などの身体活動との間に関連が認められること、犬との散歩が人と人との接触機会を生み出す可能性があること、そして動物との暮らしを高齢者自身が役割や情緒的な支えとして受け止める場合があることまでである。一方で、ペットを飼っているというだけで生活満足度が高くなるという一貫した証拠はなく、猫については犬ほど身体活動との明確な関係も確認されていない。

 さらに、個人に対する効果と地域全体に対する効果を混同してはならない。ある高齢者が犬を飼うことで毎日外を歩くようになり、近所に顔見知りが増えたとしても、そのことだけから、その町の犬の飼育率を高めれば住民全体の生活満足度が上昇すると結論づけることはできない。地域全体への効果を確かめるには、ペットの飼育率だけでなく、高齢化率、独居率、所得、住宅環境、人口密度、交通手段、医療へのアクセス、地域活動への参加状況などを考慮しながら、複数の地域を長期間追跡する必要がある。

 したがって、この問題を地域政策として考えるなら、「犬や猫を増やす政策」ではなく、「犬や猫と暮らしたい人が安心して暮らし続けられる地域」をつくるという方向の方が現実的である。動物を好まない人や飼えない人にまでペットを勧める必要はないが、飼いたい人が年齢だけを理由に諦めなくてもよい仕組みを整え、散歩、通院、一時預かり、飼い主亡き後の引き取りまでを地域の生活支援として考えるなら、ペット政策は単なる動物愛護の話を越えて、高齢者の生活基盤の一部として扱える可能性が出てくる。

 人口減少をすぐに止めることは難しい。地方から若者が流出し、商店が減り、公共交通が縮小していく現実に対して、一匹の犬や猫が人口問題を解決してくれるわけでもなければ、地域経済を一変させるわけでもない。それでも、人口を増やすことだけを地域政策の成功と考える必要もないだろう。

 これからの地方では、「何人住んでいるか」と同時に、「そこに住んでいる人がどのように一日を過ごしているか」が今まで以上に重要になる。朝起きる理由があり、自分を待つ相手がいて、外へ出る用事があり、道端で誰かと言葉を交わし、夕方になればまた世話をする相手がいるという生活は、人口統計には表れにくいが、その土地で暮らし続けたいと思えるかどうかに関わっている。

 朝、玄関を開けると犬が先に外へ出て、飼い主がその後を歩き、少し先から別の犬を連れた人がやって来る。二人は犬同士が匂いを嗅いでいる間に昨日の雨の話をし、しばらくしてそれぞれ反対方向へ歩いていく。別の家では、高齢の飼い主が猫の餌を皿に入れ、「今日はよく食べるね」と声を掛ける。その散歩も会話も声掛けも、町の人口統計には一行も記録されない。

 けれども、人口が減っていく町を最後まで「暮らせる場所」にしているものは、人口の数字だけでは測れない。犬や猫を飼うということは、動物を家に置くことではなく、毎日餌を用意し、水を替え、歩き、掃除をし、病気を心配し、ときには人の助けを借りながら、その命と一緒に暮らし続ける行為である。

 科学はまだ、その行為が地方全体の生活満足度をどれほど高めるのかという問いに、明確な数値を示してはいない。それでも、犬との散歩が身体を外へ動かし、動物の世話が一日の中に役割をつくり、ときにはその動物が人と人との間に小さな接点を生み出すことについては、検討するだけの根拠がある。人口が減っても暮らしまで痩せ細らせないために、犬や猫と安心して暮らせる環境をつくることは、派手な地方創生策ではないが、高齢化する地域の生活の質を考える一つの現実的な選択肢なのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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いすみ市・勝浦市で考える「車のない老後」の家計

 運転免許証を返納し、自家用車を手放すと、ガソリン代や自動車税、車検費用、任意保険料など、自動車を所有するために必要だった支出が家計から消えていく。それだけを見れば、車を持たない老後は経済的に身軽になるように思える。しかし、車を手放しても、買い物や通院、金融機関での手続き、知人との交流といった日常生活に必要な移動までなくなるわけではない。むしろ、それまで自分の車で自由に出掛けていた人ほど、免許返納後には一回一回の移動に必要な費用を意識することになる。

 自家用車を運転していた頃は、スーパーへ出掛けるたびに交通費を支払っていたわけではない。実際には燃料を消費し、車両も少しずつ消耗していたが、それらの費用は自動車の維持管理費の中に含まれ、一回の買い物にいくらかかったのかは見えにくかった。ところが免許を返納すると、路線バスなら数百円、乗合タクシーなら200円や300円、普通タクシーなら数千円というように、移動そのものの価格がはっきり見えるようになる。

 この変化は、鉄道や路線バスが充実し、徒歩圏内に商業施設や医療機関が集まる都市部よりも、自家用車への依存度が高い地方で大きな問題になりやすい。千葉県外房地域のいすみ市や勝浦市でも、市街地から離れた農村部や丘陵部に住宅が広がり、日常の買い物や通院に自家用車を必要とする世帯は少なくない。現在は問題なく生活できていても、将来運転ができなくなったとき、それまでと同じ生活を続けられるとは限らない。

 そこで考えたいのが、75歳で運転免許を返納した場合、85歳までの10年間に、日常生活の移動費としていくら必要になるのかという問題である。今回は、いすみ市と勝浦市を対象として、2026年時点の交通制度と運賃をもとに、乗合交通と普通タクシーを組み合わせた複数の生活モデルを比較する。さらに、移動距離や将来の運賃上昇、自治体助成の継続性なども考慮し、単に交通費の合計を求めるだけでなく、老後の住宅立地や家計管理にどのような意味を持つのかまで検討したい。

車を手放すと、同じ5キロメートルが別の距離になる

 自家用車を運転できる人にとって、自宅から5キロメートル先のスーパーや病院へ行くことは、それほど難しい行動ではない。玄関を出て車に乗り、目的地の駐車場まで移動すればよく、多少の雨が降っていても、買い物の荷物が多くても、移動手段を大きく変える必要はない。しかし、免許返納によって自家用車を使えなくなると、同じ5キロメートルでも生活上の意味が変わる。徒歩では時間も体力も必要になり、自転車は身体能力や天候に左右される。路線バスがあっても、自宅から停留所まで歩かなければならず、目的地まで乗り換えが必要になることもある。

 この問題を考えるとき、重要なのは自宅から目的地までの直線距離ではなく、実際に利用できる交通手段と道路上の移動距離である。駅まで2キロメートルしか離れていなくても、急な坂道があり、歩道が整備されていなければ、高齢者にとって徒歩で移動しやすいとは限らない。反対に、目的地まで5キロメートルあっても、自宅近くから利用できる乗合交通があれば、比較的少ない費用で移動できる場合がある。

 幸い、いすみ市と勝浦市には、一般の路線バスや普通タクシー以外にも、自治体が関与する予約制の乗合交通が存在している。いすみ市では市民乗合タクシーが運行され、勝浦市にもデマンドタクシーがある。さらに、両市では高齢者や運転免許の自主返納者を対象とする交通費助成制度が設けられており、対象者が制度を適切に利用すれば、普通タクシーだけに依存する場合よりも交通費を大幅に抑えられる可能性がある。

 ただし、制度が存在していることと、誰もが日常生活で利用できることは同じではない。運行区域、予約方法、運行曜日、乗降場所、運行時刻などの条件があり、自宅が利用対象区域にあっても、通いたい病院や利用したい商業施設まで希望する時間帯に移動できるとは限らない。免許返納後の生活を左右するのは、単に交通機関の料金が安いかどうかではなく、その交通機関を実際の生活に組み込めるかどうかなのである。

75歳で免許を返納し、月8回外出する生活を想定する

 ここからは、比較のために一人の住民を想定する。75歳で自家用車の運転をやめ、85歳までの10年間、買い物、通院、金融機関、行政手続き、知人との交流などを目的として、月8回自宅から外出する生活である。一回の外出を自宅から目的地までの往復と定義すると、交通機関への乗車回数は月16回、年間192回、10年間では1,920回となる。

 月8往復という回数は、全国の75歳以上の高齢者の平均外出回数や、いすみ市・勝浦市の高齢者の実態を示した統計値ではない。週におおむね2回外出する生活を数値化した、この記事独自のモデルである。現実には毎日買い物へ出掛ける人もいれば、家族による送迎を受ける人、宅配サービスを利用する人、通院の機会が多い人もいるため、実際の移動回数には大きな個人差がある。

 また、このモデルでは一回の外出について、一つの交通手段で目的地へ行き、同じ種類の交通手段で帰宅するものとする。途中で複数の商業施設を回ったり、バスとタクシーを乗り継いだりする場合は計算に含めない。実際の生活では、一度の外出で買い物と通院を済ませることもあれば、複数の交通機関を利用しなければならないこともあるが、今回は交通手段ごとの費用差を明確にするため、条件を単純化する。

 普通タクシーについては、自宅から目的地までの片道走行距離を5キロメートルとする。これも地域の平均移動距離を示すものではなく、費用を比較するための仮定である。後ほど片道3キロメートル、8キロメートルの場合も計算し、移動距離が変わることで10年間の支出がどの程度変化するのかを確認する。

普通タクシーで片道5キロメートル移動すると2,300円になる

 千葉県内のタクシー運賃は、2026年3月16日に改定された。従来は地域によって異なる運賃地区が設けられていたが、改定後は千葉県全域が千葉地区として扱われるようになった。普通車の上限運賃では、初乗り1.06キロメートルまでが500円、その後は221メートルまでを増すごとに100円が加算される。

 この運賃を用い、片道5キロメートルの移動を距離だけで計算すると、初乗り区間を超える距離は3,940メートルとなる。これを221メートルで割り、加算回数を端数切り上げで18回とすれば、初乗り500円に1,800円が加わり、片道2,300円となる。往復では4,600円であり、月8往復すべてを普通タクシーで移動すれば、月額3万6,800円、年間44万1,600円になる。

 ただし、ここで計算した2,300円は、普通車の上限距離運賃を用いた比較上の基準値であり、実際の乗車料金を保証するものではない。事業者によって認可運賃や迎車料金が異なるほか、信号待ちや渋滞などで低速走行が続けば時間距離併用運賃が加算される。時間指定などに伴う料金や深夜早朝の割増も、利用条件によって発生するため、実際の支払額はここで示した金額より高くなる場合がある。

 それでも、片道5キロメートルの移動に往復4,600円という費用が発生することは、免許返納後の家計を考えるうえで重要な目安となる。自家用車を運転していた頃には何気なく出掛けていた場所でも、普通タクシーに置き換えれば、一回の買い物や通院に数千円の交通費が必要になる可能性がある。

同じ月8往復でも、交通手段によって10年間で約300万円の差が生じる

 そこで、月8往復の外出を三つの方法に分けて考える。第一のモデルは、8往復のうち6往復を自治体の乗合交通で済ませ、普通タクシーを利用するのは2往復だけという生活である。第二のモデルは、乗合交通と普通タクシーを4往復ずつ利用する場合、第三のモデルは、8往復すべてを普通タクシーで移動する場合とする。

 いすみ市では市民乗合タクシーの運賃を1人1回300円、勝浦市では運転経歴証明書を持つ免許返納者がデマンドタクシーを利用する場合の運賃を1回200円として計算する。普通タクシーは両市とも片道5キロメートルで2,300円とし、それぞれの自治体で利用できるタクシー助成を年間最大限活用する。助成券は、今回の試算では普通タクシーの乗車に充当するものとする。

 さらに、運賃と助成制度が2026年時点の内容で10年間変わらず、毎年必要な申請を行い、利用券を最大限使用できるという条件を置く。この条件で計算した10年間の交通費は、次のとおりとなる。

10年間の利用モデル いすみ市 勝浦市
乗合交通6往復・普通タクシー2往復 約117万6,000円 約129万6,000円
乗合交通4往復・普通タクシー4往復 約213万6,000円 約230万4,000円
普通タクシー8往復 約405万6,000円 約432万円

 例えば、いすみ市で6往復を乗合交通、2往復を普通タクシーにした場合、乗合交通の運賃は月12回の乗車で3,600円、普通タクシーは月4回の乗車で9,200円となり、月額合計は1万2,800円となる。年間では15万3,600円になるが、後述する福祉タクシー助成を年間3万6,000円利用できれば、自己負担は年間11万7,600円、10年間で117万6,000円となる。

 一方、同じいすみ市でも、月8往復すべてを普通タクシーで移動すれば、助成後の10年間の自己負担は405万6,000円となる。乗合交通中心の生活との差は288万円である。勝浦市でも、乗合交通中心のモデルが129万6,000円であるのに対し、普通タクシー中心では432万円となり、その差は302万4,000円に達する。

 つまり、今回の条件では、同じ市に住み、同じ月8往復の外出を続けていても、自治体の乗合交通をどれだけ利用できるかによって、10年間の交通費に約300万円の差が生じ得るのである。

 ただし、これは各モデルで想定した乗合交通の利用回数が実際に確保できることを前提とした計算であり、乗合交通の利用を希望すれば必ず実現できるという意味ではない。運行区域から外れていたり、希望する時間帯に利用できなかったりすれば、普通タクシーへの依存度が高まり、実際の費用は表の金額から変化する。

いすみ市では、75歳以上の自主返納者に対する助成が大きい

 いすみ市の市民乗合タクシーは、事前予約に応じて運行区域内の自宅などから目的地まで移動できる乗合交通である。2026年10月時点では1人1回300円で利用でき、原則として月曜日から金曜日まで運行している。ただし、祝日や年末年始は運休となり、運行区域や時刻も地域ごとに異なる。同じ時間帯に複数の利用者が予約した場合は乗り合わせとなるため、普通タクシーのように常に目的地まで直行するわけではない。

 また、いすみ市では75歳以上の住民を対象として、市内循環バスやいすみシャトルバスを無料で利用できるパスポート制度が設けられている。運転経歴証明書の交付を受けた65歳以上の免許返納者も対象になるため、自宅と目的地の位置がバス路線に適していれば、交通費をさらに抑えられる可能性がある。今回の試算にはこの無料バス利用による節約効果を加えていないため、実際にバスを活用できる人では、表の金額より交通費が少なくなる場合もある。

 普通タクシーについても、いすみ市には福祉タクシー事業がある。自主的に運転免許を返納した満75歳以上で、公安委員会が発行した運転経歴証明書または申請による運転免許の取消通知書を持つ人は、所定の条件を満たせば利用券の交付対象となる。利用券は年間最大24シートで、指定事業者のタクシーを利用した際、1回につき1,500円を上限として助成される。

 1回のタクシー利用料金が1,500円以上で、年間24シートをすべて利用できれば、助成額は年間3万6,000円となる。これと同じ制度が10年間続く場合、累計36万円の助成に相当する。ただし、5月以降の申請では申請月に応じて交付シート数が変わるほか、1回の乗車料金が1,500円に満たない場合にまで1,500円を助成されるわけではない。制度の対象者であっても、利用条件によって実際の助成総額は異なる。

 今回の試算では、75歳で返納した人が毎年最大限の助成を受け、普通タクシーの利用に充当できるものとした。したがって、初年度の申請時期が遅れたり、対象となるタクシー事業者を利用できなかったりすれば、計算上の支出より自己負担が増える可能性がある。

 なお、75歳で返納するという設定は、両市の制度を同じ条件で比較するために採用したものであり、75歳まで運転を続けることを推奨するものではない。返納時期は助成制度の年齢条件だけで決めるべきではなく、視力や認知機能、身体能力、運転技能などを踏まえ、安全性を優先して判断する必要がある。

勝浦市では、デマンドタクシーを利用できる区域かどうかが重要になる

 勝浦市にも予約制のデマンドタクシーがあり、一般の大人運賃は1回500円、運転経歴証明書を持つ免許返納者は1回200円で利用できる。運行日は原則として月曜日から土曜日で、祝休日と年末年始は運休となる。往復をデマンドタクシーで移動できれば、免許返納者の運賃は400円となり、普通タクシーで片道5キロメートルを往復する今回のモデルとの差は、一回の外出につき4,200円になる。

 ただし、デマンドタクシーは勝浦市内のどこからでも自由に利用できるわけではない。自由に乗降場所を指定できる区域と、鉄道駅、医療機関、金融機関、商業施設などの共通乗降場所が定められており、利用できる移動経路には制約がある。さらに、予約受付には期限があり、便によって予約可能な時間が異なるため、通院や買い物の予定を運行時刻に合わせる必要がある。

 勝浦市では、満80歳以上の住民や、自主的に運転免許を返納した75歳以上で所定の証明書を持つ人などを対象として、高齢者タクシー利用券も交付している。通常の交付では1枚400円の利用券があり、6月30日までに申請すれば24枚、合計9,600円相当となる。7月以降の申請では交付枚数が減少するため、今回の試算は通常交付分を年度当初から最大限利用できる場合としている。

 ただし、勝浦市の助成制度には地域による例外がある。総野地区のうちデマンドタクシー運行地区を除く地域では、最初に交付された利用券を使い切った場合、所定の枚数が1回に限り追加交付される仕組みが設けられている。このため、年間9,600円という金額は通常交付分の合計であって、すべての対象者に共通する絶対的な助成上限ではない。今回の比較では、この追加交付を計算に含めていない。

 また、勝浦市の高齢者タクシー利用券は、指定された普通タクシーなどのほか、デマンドタクシーでも利用できるが、本試算では普通タクシーの支払いに充当するものとして計算した。実際の家計では、利用する交通手段や助成券の使い方によって自己負担が変わるため、制度の適用条件を確認したうえで利用方法を考える必要がある。

 このように、同じ勝浦市の住民であっても、自宅がデマンドタクシーの利用しやすい区域にあるか、通院先や商業施設が共通乗降場所に含まれているかによって、免許返納後の交通費は大きく変わる。行政上は同じ市内でも、交通網への接続状況によって、老後の生活条件には相当な違いが生じ得るのである。

2026年には公共ライドシェアも広がっている

 いすみ市では、従来から旧夷隅町地域で自家用車を活用した有償旅客運送が行われてきたが、2026年4月には旧岬町地域にも公共ライドシェアが導入された。この背景には、地域で営業していたタクシー事業者の営業終了や休止によって、従来の交通サービスだけでは住民の移動を十分に支えにくくなったという事情がある。したがって、この取り組みは単に新しい便利なサービスを導入したというだけでなく、既存の交通供給が縮小する地域で移動手段を維持するための対応という性格を持つ。

 勝浦市でも、総野地区の一部と勝浦市街地を住民ドライバーの自家用車で結ぶ「ノッカルかつうら」が導入され、2026年度から有償の実証運行が行われている。蟹田、松野、中倉からは片道500円、市野川、花里からは片道700円で、原則として水曜日から金曜日までの運行となっている。利用には事前予約が必要で、決められた停留所と運行時刻を利用する仕組みであり、住民ドライバーの都合によって運休する場合もある。

 こうした新たな交通手段は、普通タクシーが利用しにくい地域にとって重要な選択肢になる。ただし、運行区域や利用条件が異なるため、今回の三つの基本モデルには含めていない。また、実証運行のサービスが将来も同じ形で継続するとは限らず、住民ドライバーの確保、予約需要、運行経費、自治体の財政負担などによって事業内容が変更される可能性がある。

 それでも、公共ライドシェアの導入から見えてくる問題は大きい。免許返納後の生活を考える際には、交通費をいくら用意すればよいかという金銭面だけでなく、必要になったときに実際に利用できる交通サービスが地域に残っているかという供給面を考えなければならないからである。

普通タクシーの移動距離が変わると、10年間の費用はどうなるのか

 ここまでの計算では、普通タクシーで移動する距離を片道5キロメートルに固定した。しかし、これはあくまで比較のための設定であり、すべての高齢者が5キロメートル先の病院やスーパーへ通うわけではない。自宅から生活施設まで3キロメートル程度で済む人もいれば、8キロメートル以上移動しなければならない人もいる。

 そこで、月8往復すべてを普通タクシーで移動する場合について、片道距離を3キロメートル、5キロメートル、8キロメートルに変えて比較してみる。2026年時点の普通車の上限距離運賃を使用し、運賃を10年間固定したうえで、自治体の通常助成を毎年最大限利用できる場合を想定する。迎車料金や時間距離併用運賃などは含めず、助成額は実際の運賃を超えないものとする。

普通タクシーの片道距離 片道運賃 いすみ市・10年間 勝浦市・10年間
3キロメートル 1,400円 約235万2,000円 約259万2,000円
5キロメートル 2,300円 約405万6,000円 約432万円
8キロメートル 3,700円 約674万4,000円 約700万8,000円

 この表から分かるのは、普通タクシーへの依存度が同じであっても、目的地までの距離によって10年間の交通費が大きく変わるということである。いすみ市の場合、片道3キロメートルなら約235万円であるのに対し、片道8キロメートルになると約674万円となり、その差は約439万円に達する。勝浦市でも、同じ条件で約259万円から約701万円まで広がる。

 実際の生活では、通院先、買い物先、駅など、目的地ごとに移動距離が異なるため、すべての外出が同じ距離になるわけではない。それでも、生活施設から離れた住宅ほど、普通タクシーに依存した場合の支出が大きくなりやすいことは、今回の計算から明確に分かる。

 免許返納後の家計を左右するのは、乗合交通を利用できる割合だけではない。自宅と生活施設の位置関係も、10年間の移動費を決める重要な条件なのである。

乗合交通を月1往復多く利用できるだけでも、10年間では大きな差になる

 次に、普通タクシーの移動距離を片道5キロメートルに固定し、乗合交通と普通タクシーの利用割合だけを変える場合を考える。いすみ市で市民乗合タクシーを1往復利用すると600円であるのに対し、普通タクシーでは4,600円となるため、その差は一往復当たり4,000円になる。勝浦市ではデマンドタクシーを利用すれば一往復400円となり、普通タクシーとの差は4,200円である。

 この差が月に一往復発生すると、10年間では120往復分になるため、いすみ市で48万円、勝浦市で50万4,000円の差になる。これは、いずれも助成券の年間利用額が変わらないという条件で比較した金額であり、実際には利用券の使い方や交付条件によって差額が変化する場合がある。

 それでも、乗合交通を月に一回多く利用できるだけで、長期間では数十万円の差になるという事実は重要である。住宅を選ぶとき、乗合交通の利用可能区域に含まれているかどうか、病院の予約時刻に合う便があるかどうか、帰りの交通手段を確保できるかどうかといった条件には、家計上の価値がある。

 ただし、安い交通手段があれば必ず利用するべきだという結論にはならない。乗合交通に合わせるために何時間も待たなければならない場合や、体力的に乗降が難しい場合には、普通タクシーを利用する方が合理的なこともある。運賃の安さと生活上の利便性は必ずしも一致しないため、交通費だけでなく、移動時間や身体的負担も含めて判断する必要がある。

普通タクシー中心の生活では、迎車料金も無視できない

 これまでの普通タクシーの計算では、2026年時点の距離制運賃を使用し、迎車料金や時間距離併用運賃などを除外してきた。しかし、実際に普通タクシーを利用する場合、事業者や乗車場所によっては迎車料金が必要になる。駅前の乗り場から乗る場合と、自宅まで車両を呼ぶ場合とでは、支払う金額が異なることもある。

 仮に、普通タクシーを呼ぶたびに500円の迎車料金が必要になるとする。この500円は今回の追加試算のために設定した仮定であり、いすみ市や勝浦市のすべての事業者が同じ迎車料金を設定しているという意味ではない。

 月8往復すべてを普通タクシーで移動する場合、乗車回数は月16回、10年間では1,920回である。毎回500円の迎車料金が加われば、10年間の追加負担は96万円になる。自治体助成の利用額が変わらない場合、いすみ市の固定運賃モデルでは405万6,000円が501万6,000円となり、勝浦市でも432万円が528万円になる。

 もちろん、すべての乗車で迎車料金が必要になるとは限らず、駅の乗り場から乗車したり、迎車料金の異なる事業者を利用したりする場合もある。また、実際の料金には時間距離併用運賃なども関係するため、ここで示した金額は追加費用の影響を理解するための例である。

 それでも、10年間で数百回から千回以上利用する交通手段では、1回当たり数百円の違いが、累計では数十万円から100万円近い差になるという点は、資金計画で見落とせない。

10年間の交通費を考えるなら、運賃上昇も想定しておきたい

 ここまでの試算は、2026年時点の運賃と自治体助成が10年間変わらないという条件で計算してきた。しかし、実際には2036年まで現在の料金が維持される保証はない。交通事業者の人件費や燃料費、車両の維持管理費が上昇すれば、普通タクシーや乗合交通の運賃が改定される可能性がある。一方、自治体助成についても、制度の拡充が行われることもあれば、財政状況や交通政策の変更によって縮小されることも考えられる。

 そこで、普通タクシーと乗合交通の運賃が毎年2%ずつ上昇し、自治体から受けられる助成額は現在の金額のまま10年間変わらないという条件で再計算する。この2%は、将来の物価上昇率やタクシー運賃改定率を予測したものではない。長期間の資金計画において、価格上昇の影響を確認するための仮定である。

 計算では、最初の1年間を現在の運賃とし、2年目を1.02倍、3年目を1.0404倍というように、毎年2%ずつ複利的に上昇するものとする。この場合、10年間の運賃総額は、初年度の運賃総額の約10.95倍になる。そこから、いすみ市では年間3万6,000円、勝浦市では通常交付分の年間9,600円の助成をそれぞれ10年間差し引く。

10年間の利用モデル いすみ市 勝浦市
乗合交通6往復・普通タクシー2往復 約132万2,000円 約142万8,000円
乗合交通4往復・普通タクシー4往復 約237万3,000円 約253万2,000円
普通タクシー8往復 約447万5,000円 約473万9,000円

 運賃を10年間固定した場合と比べると、普通タクシー中心のモデルでは、いすみ市で約42万円、勝浦市でも約42万円の支出増加となる。助成額を固定しているため、運賃が上昇するほど、交通費全体に占める自治体助成の割合は小さくなっていく。

 ただし、実際のタクシー運賃が毎年2%ずつ連続的に変わるわけではなく、制度上の運賃改定は一定期間ごとに行われることが一般的である。また、交通サービスの料金が上昇する一方で、自家用車の維持費や燃料費が同じ水準にとどまるとも限らない。今回の試算は将来の確定的な費用予測ではなく、価格上昇に対する家計の負担感を確認するための分析として理解する必要がある。

自治体助成は10年間の継続を保証された収入ではない

 今回の試算では、いすみ市の福祉タクシー助成を年間最大3万6,000円、勝浦市の高齢者タクシー助成を通常交付分の年間9,600円として、10年間差し引いた。しかし、自治体の助成制度は永続的な支給を保証するものではなく、対象年齢や交付枚数、利用対象事業者、利用期限などが将来変更される可能性がある。

 仮に、現在の助成制度をまったく利用できなくなった場合、いすみ市では今回のモデルから最大36万円、勝浦市では通常交付分の計算で9万6,000円、10年間の自己負担が増えることになる。ただし、この金額は現在の助成内容を10年分合計しただけであり、実際に制度が廃止されると予測しているわけではない。

 一方、助成制度が維持されていても、利用可能なタクシー事業者が減少したり、乗合交通が縮小したりすれば、生活への影響はさらに大きくなる。助成券を持っていても利用できる車両がなければ移動できず、逆に乗合交通が充実していれば、助成券をすべて使わなくても生活できる場合がある。

 つまり、老後の交通費を計算するときには、助成制度の金額だけでなく、その制度を実際に利用できる交通供給が存在することまで考慮しなければならない。自治体助成は家計にとって重要な支援であるが、それだけで将来の移動を確保できるわけではないのである。

75歳から85歳まで、外出回数が変わらないとは限らない

 ここで、今回の計算に含まれていないもう一つの重要な問題を考えたい。それは、75歳から85歳までの10年間、月8往復という外出回数を維持できるとは限らないことである。健康状態や生活環境の変化によって、移動の必要性も利用できる交通手段も変わる可能性がある。

 例えば、75歳では近所のバス停まで歩き、路線バスを利用して病院へ通えていた人でも、80歳を過ぎて歩行が難しくなれば、自宅から直接乗車できるタクシーを必要とするかもしれない。反対に、食料品の宅配や訪問診療、家族による送迎を利用するようになれば、公共交通機関で移動する回数が減少する場合もある。通院回数が増えることもあれば、外出そのものが少なくなることもあり、年齢とともに交通費が一方向に増加するとは限らない。

 また、介助が必要になれば、通常の乗合交通や普通タクシーだけでは対応できなくなる可能性がある。勝浦市のデマンドタクシーは介護タクシーとしての機能を備えておらず、介助が必要な場合には付き添いが求められる。移動に介助や特別な設備が必要になる場合は、通常の交通費だけでなく、それに伴う費用や利用条件も別に考えなければならない。

 このように、実際の老後の移動費は、毎月の外出回数に単価を掛けるだけでは完全には予測できない。今回の計算は、同じ外出回数と交通手段の組み合わせを10年間維持した場合の条件付きシミュレーションであり、健康状態や生活行動の変化を統計的に予測したものではない。

 10年間の資金計画では、一つの金額を将来の確定値と考えるのではなく、生活条件が変化した場合に必要な金額がどの程度増減するのかを確認しておくことが重要である。

「移動費が少ない人ほど暮らしやすい」とは限らない

 交通費を分析するときには、支出額が少ないほど望ましい生活を送れているとは限らないことにも注意が必要である。例えば、普通タクシーの利用料金が高いために買い物や友人との交流を控え、月8回出掛けていた人が月4回しか外出しなくなれば、交通費は減少する。しかし、必要な買い物ができず、人と会う機会も少なくなった結果であるならば、その支出削減を単純な家計改善と評価することはできない。

 高齢者の移動に関する研究では、運転免許の保有状況と外出行動との関連が報告されているほか、公共交通が少ない地域では、買い物や通院の代替手段を確保できても、交友や娯楽などの移動を十分に確保できない事例が示されている。ただし、こうした研究結果から、免許返納そのものが外出減少を必ず引き起こすと断定することはできない。健康状態、居住環境、家族構成、所得など、複数の要因が外出行動に関係しているからである。

 それでも、老後の移動を家計の問題として評価するなら、単に支出を最小化するだけでは不十分である。必要な通院や買い物を実現できることに加え、知人との交流や地域活動など、本人が望む生活をどの程度維持できるかを考える必要がある。

 交通費が年間10万円で済んでも、行きたい場所へほとんど行けない生活と、年間20万円かかっても必要な外出を無理なく続けられる生活では、支出額だけで生活の良し悪しを比較することはできない。免許返納後の交通政策や家計管理では、いくら安く移動できるかだけでなく、必要な移動をどれだけ実現できるかという視点が欠かせない。

車を持ち続けた方が安いとは、簡単には判断できない

 普通タクシー中心の生活で10年間に400万円以上かかるという数字を見ると、自家用車を所有し続けた方が経済的なのではないかと感じる人もいるだろう。しかし、普通タクシーの運賃と自家用車のガソリン代だけを比較して結論を出すのは適切ではない。

 自家用車には、燃料費だけでなく、任意保険、自動車税、車検、整備、タイヤ、バッテリー、駐車場などの費用が発生する。また、10年間の間に車両の買い替えが必要になる場合もあり、車を所有し続けるための総費用は、普段意識している燃料費よりも大きくなることがある。

 一方、すでに購入して長年使用している自家用車については、過去に支払った購入費用を、これから運転を続けるかどうかの判断にそのまま加えるべきではない。過去の支出は原則として取り戻せない費用であり、今後の意思決定では、これから必要になる維持費や買い替え費用、売却によって回収できる金額などを比較する方が合理的である。

 例えば、今後10年間に自家用車を所有し続ける追加費用が年間30万円かかると仮定すれば、10年間では300万円となる。この30万円は地域の実測平均値ではなく、比較の考え方を示すための仮定である。この場合、今回のいすみ市の乗合交通中心モデルである117万6,000円や、半分ずつ利用するモデルの213万6,000円は、自家用車の追加費用300万円より低くなる。一方、普通タクシー中心の405万6,000円は、それより高くなる。

 ただし、現実には自動車の維持費も車種や利用頻度によって異なり、駐車場代が不要な世帯と、買い替えが必要な世帯では結果が変わる。また、夫婦が同じ普通タクシーに乗れば基本的には1台分の運賃を分担できる一方、乗合交通では人数分の運賃が必要になるため、単身世帯と夫婦世帯でも費用構造が異なる。

 さらに、10年間の交通費をそのまま将来の必要貯蓄額とみなすことにも注意が必要である。毎年の年金収入などから交通費を支払う場合と、最初から10年間分を貯蓄で用意する場合では、必要な準備資金が異なる。運用利回りや将来の物価を考慮する場合にも、単純な支出総額と現時点で必要な貯蓄額は一致しない。

 何よりも、運転を続けるかどうかには交通事故の危険性が関係する。自家用車を保有する方が経済的に有利という試算結果になったとしても、そのことだけで運転継続が適切だという結論にはならない。家計面の比較は重要であるが、安全性の判断とは区別して考える必要がある。

「150万円・250万円・500万円」は高齢者の平均必要額ではない

 ここまでの計算を整理すると、運賃が毎年2%上昇する条件では、乗合交通をかなり利用できる場合に10年間で約130万〜150万円、乗合交通と普通タクシーを半分ずつ利用する場合に約240万〜250万円、普通タクシー中心では約450万〜500万円という金額が見えてくる。

 しかし、これらは高齢者の平均移動費でも、免許返納後に必ず必要になる金額でもない。月8往復という外出回数、普通タクシーの片道距離5キロメートル、75歳での自主返納、自治体助成の最大利用、毎年2%の運賃上昇という条件を組み合わせたモデルの結果である。迎車料金や将来の交通サービスの変更、健康状態による移動需要の変化なども完全には含まれていない。

 実際に自宅からスーパーまで歩いて行ける人であれば、日常の買い物に交通費をほとんど必要としないかもしれない。逆に、自宅から医療機関までの距離が長く、乗合交通も利用しにくい人であれば、今回の普通タクシー中心モデルを超える費用が必要になる可能性もある。

 そのため、今回示した金額は、老後の移動費の平均値や上限額として使用するのではなく、自分の生活条件を当てはめて必要資金を見積もるための比較基準として理解するべきである。

本当に深刻なのは、お金を払っても移動手段を確保できないことである

 免許返納後の生活を考えるとき、10年間で500万円近い交通費が必要になる可能性は確かに大きな問題である。しかし、仮に十分な資金を用意できたとしても、それだけで将来の移動が保証されるわけではない。

 いすみ市の市民乗合タクシーは原則として平日運行であり、予約や運行区域の条件がある。勝浦市のデマンドタクシーにも運行曜日や時刻、乗降場所の制約があり、新たに導入された公共ライドシェアも対象地域と運行日が限られている。定期的な通院であれば交通機関に合わせて予約できるかもしれないが、急な体調不良や予定変更まで公共交通の運行時刻に合わせられるわけではない。

 また、人口減少や運転手不足、交通事業者の経営環境の変化によって、現在利用できるサービスが将来も維持されるとは限らない。いすみ市で公共ライドシェアが拡大された背景には、既存のタクシー事業者の営業終了や休止があり、地域交通を維持すること自体が課題になっている。

 交通サービスには、利用料金という価格の問題と、必要な場所や時間に車両が存在するかという供給の問題がある。価格が安くても予約が取れなければ利用できず、料金を支払う意思があっても事業者が存在しなければ移動できない。地域の人口が減少し、交通需要が少なくなる地域ほど、後者の問題が大きくなる可能性がある。

 地方の免許返納問題は、交通費をいくら用意するかという家計問題であると同時に、必要な交通サービスを地域に残せるかという公共政策上の問題でもある。

老後の住宅選びでは、購入価格だけでなく移動費も考えたい

 この問題を住宅の価値という観点から考えると、さらに重要なことが見えてくる。自家用車を運転している65歳の人にとって、スーパーまで3キロメートルの家と8キロメートルの家では、それほど大きな違いを感じないかもしれない。ところが75歳で免許を返納し、その後10年間を同じ家で暮らすと考えれば、生活施設までの距離や交通網への接続状況が、家計に大きな影響を与える可能性がある。

 駅まで歩ける住宅、路線バスの停留所に近い住宅、乗合交通を利用しやすい住宅、病院とスーパーを一度の外出で回れる住宅には、購入価格だけでは把握しにくい経済的価値がある。一方、眺望がよく、敷地が広く、住宅価格が安くても、生活施設から離れ、代替交通を利用しにくい場所にあれば、免許返納後の交通費が家計を圧迫する可能性がある。

 例えば、生活施設に近い住宅より50万円安く購入できたとしても、その住宅での生活に年間10万円多く交通費が必要になれば、単純計算では5年間で購入価格の差がなくなる。実際には住宅の維持管理費や固定資産税、資産価値、生活環境なども比較する必要があるため、交通費だけで住宅の優劣を判断することはできないが、購入価格が安いという理由だけで経済的に有利だと考えることも適切ではない。

 今回の距離別シミュレーションでも、普通タクシー中心の生活では片道3キロメートルと8キロメートルで10年間に400万円以上の差が生じた。これは特定の住宅について実測した金額ではないものの、自宅と生活施設の位置関係が長期の家計負担に大きく影響し得ることを示している。

 地方の中古住宅を選ぶ際には、現在の自分が自家用車でどこへでも行けることだけを基準にせず、将来自分で運転できなくなった場合に、買い物や通院をどう続けるのかまで考える必要がある。住宅の本当の生活費は、購入代金だけではなく、その場所で暮らし続けるために必要な支出まで含めて評価するべきなのである。

免許を返納する前に、車を使わない生活を試しておく

 では、免許返納後の交通費を現実的に把握するには、何をすればよいのだろうか。最も有効な方法の一つは、まだ自分で運転できるうちに、日常生活の一部を自家用車を使わずに過ごしてみることである。

 例えば、一週間のうち何日かは車を使わず、路線バスや乗合交通だけでスーパーや病院へ行ってみる。自宅から停留所まで何分かかるのか、途中に急な坂道はないか、予約は取りやすいか、病院の診察が終わってから帰りの交通機関まで何時間待つのか、買い物の荷物を持って帰れるのかといったことを実際に確認する。

 そのうえで、過去一か月の外出先と回数を整理し、それぞれの目的地までの移動距離と利用可能な交通手段を調べる。買い物は乗合交通、定期通院は路線バス、急な外出や時間の制約があるときは普通タクシーというように、目的に応じて交通手段を組み合わせれば、自分の生活に近い費用を計算できる。

 このとき、交通費だけでなく、移動時間や待ち時間、予約の手間、身体的な負担も記録しておくとよい。特に、帰宅時の交通手段が確保できるかどうかは重要である。行きの便には乗れても、診察が長引いて帰りの便に間に合わなければ、予定外のタクシー代が必要になる場合もある。

 もちろん、現在の身体能力で一度試した結果が、10年後の暮らしを正確に予測するわけではない。それでも、車を使わず生活してみることは、運行時刻や料金表を読むだけでは分からない問題を発見する手がかりになる。自分の生活に必要な移動を具体的に把握できれば、返納後の交通費も、抽象的な不安ではなく、条件を置いて計算できる家計項目へ変わっていく。

免許返納とは、10年間の交通手段を組み替えることである

 自家用車を所有している間、人は移動の自由をそれほど意識しない。朝になって病院へ行こうと思えば出掛けられ、午後に買い忘れに気づけばもう一度スーパーへ行くこともできる。雨が降っていても、荷物が重くても、時間さえあれば自分の判断で移動できる。しかし、免許を返納すると、その自由を路線バス、乗合交通、普通タクシー、家族による送迎など、複数の手段を組み合わせて確保しなければならなくなる。

 今回のモデルでは、75歳で免許を返納し、月8往復の外出を10年間続ける場合、乗合交通をかなり利用できれば交通費は100万円台に収まり、普通タクシーへの依存度が高ければ400万円を超える結果となった。さらに、運賃が毎年2%上昇する場合や迎車料金が必要になる場合、生活施設までの距離が長い場合には、負担が一段と大きくなる可能性がある。

 一方、路線バスや乗合交通を利用しやすい住宅に住み、複数の用事を一度の外出で済ませたり、宅配などを活用したりすれば、必要な交通費を抑えられる場合もある。ただし、交通費を減らすために必要な外出を諦めてしまえば、家計上の支出は少なくなっても、生活の自由や人とのつながりが損なわれる可能性がある。

 したがって、免許返納後の移動費には、全国共通の一つの正解はない。いすみ市と勝浦市という自治体の違いだけでなく、同じ市内でも、自宅の位置、利用できる交通網、生活施設までの距離、健康状態、家族構成、自治体助成の利用条件によって、必要な金額は変わる。

 重要なのは、75歳で免許を返納する日になってから交通費を調べ始めることではなく、自分で運転できるうちに、将来の交通手段を具体的に調べておくことである。自宅から車なしでどこまで行けるのか、月に何回移動する必要があるのか、そのために10年間でいくら必要になるのか。そして、その交通サービスが将来も利用できる可能性はどの程度あるのか。こうした条件を一つずつ確認することで、免許返納後の暮らしをより現実的に考えられるようになる。

 地方で老後を暮らすということは、単に住宅を所有し、生活費を準備することではない。年齢を重ね、自分で運転できなくなったとしても、その家から病院へ行き、買い物をし、人と会い、地域の中で生活を続けられるかどうかまで考えることなのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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数字で比較するサービスを見る

 「地方の持ち家で、何歳まで暮らし続けられるのか」。地方に住む高齢者だけでなく、都市部から地方への移住を考える人にとっても重要な問題です。一般には、「健康なら80歳でも90歳でも自宅で暮らせる」「介護が必要になったら施設へ移ればよい」と考えられがちですが、実際の生活はそれほど単純ではありません。

 地方では、自宅の中で食事や着替えができるだけでは生活は成立しません。食料品を買い、病院へ通い、薬を受け取り、家屋や庭を管理し、行政や金融機関の手続きを行い、災害時には安全な場所へ避難する必要があります。これらの生活機能の多くが、自動車、家族、地域のサービスに依存している地域も少なくありません。

 一方、身体機能が低下しても、宅配、配食、訪問診療、訪問看護、介護サービス、家族による送迎、住宅改修などを利用できれば、自宅生活を続けられる場合があります。したがって、「何歳まで暮らせるのか」という問いを、年齢だけで答えることはできません。

 本記事では、厚生労働省、内閣府、総務省統計局、国土交通省、農林水産省、警察庁などの公的統計を基礎に、地方の持ち家で生活を続けるために何が必要なのか、どのような状態になったとき自宅生活を再検討すべきなのかを整理します。

最初に結論

 地方の高齢者が自宅で暮らせる年齢に、全国共通の上限はありません。70代で自宅生活が難しくなる人もいれば、90歳を超えて暮らし続けられる人もいます。その違いは、年齢そのものよりも、身体・認知機能、移動手段、医療や介護へのアクセス、買い物手段、住宅の安全性、住宅管理能力、家族や地域による支援、経済的余力などの組み合わせによって生じます。

 この関係は、単純な足し算で表すことはできません。概念的には、

自宅生活継続可能性=f(身体・認知機能、移動、医療・介護、買い物、住宅、安全、支援、経済力、それぞれの相互作用)

と考える方が適切です。

 例えば、運転ができなくなっても宅配と家族送迎が利用できれば生活を維持できる可能性があります。しかし、運転できない、公共交通がない、家族送迎もない、宅配も利用できないという条件が重なれば、生活への影響は一気に大きくなります。ある能力の低下を別のサービスで補える場合がある一方、代替できない重要な機能が失われれば、それが自宅生活全体のボトルネックになるからです。

 特に地方では、自動車を運転できなくなること、配偶者が入院または死亡すること、通院先が遠くなること、買い物の代替手段がなくなること、家屋や庭を管理できなくなることなどが重なると、生活が急速に不安定になる可能性があります。

 したがって、住み替えや支援導入を考える基準は特定の年齢ではなく、生活に必要な機能を本人、家族、地域サービスのいずれによっても維持できなくなった時点と考えるべきです。

1.平均寿命は「自立して暮らせる年齢」ではない

 2025年の日本人の平均寿命は、男性81.35年、女性87.33年です。しかし、平均寿命は「その年齢まで健康に自宅で暮らせる」という意味ではありません。

 日常生活の制限を考えるうえでは、平均寿命とは別に健康寿命を見る必要があります。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間の平均」を示す指標で、2022年は男性72.57年、女性75.45年でした。

 平均寿命と健康寿命の間には一定の差がありますが、その期間のすべてで介護が必要になるわけではありません。腰痛や視力低下など何らかの制限があっても、自分で生活している人は多数存在します。また、健康寿命を超えたから自宅生活ができなくなるわけでもありません。

 ここから分かる重要な点は、長生きできる年齢と、支援なしで生活できる年齢は一致しないということです。さらに言えば、支援を利用しながら自宅で暮らせる年齢とも一致しません。

 したがって、「平均寿命が87歳だから85歳までは自宅で大丈夫」といった判断をすることはできません。平均寿命や健康寿命は集団全体の傾向を見る統計であり、個人の住み替え時期を直接予測する数字ではないからです。

2.80歳前後から生活条件の再点検が重要になる

 年齢だけで自宅生活の可否を判断すべきではありませんが、加齢によって介護や支援を必要とする人の割合が上昇することは統計上明確です。

 厚生労働省の資料では、75歳以上の要支援・要介護認定率は31.0%、85歳以上では57.7%です。ただし、これは「85歳になれば57.7%の確率で要介護になる」という意味ではありません。85歳以上の人口のうち、その時点で要支援または要介護認定を受けている人の割合です。

 また、要支援・要介護認定を受けた人が、すべて施設へ入所するわけでもありません。要支援や比較的軽度の要介護であれば、訪問介護、通所介護、福祉用具、住宅改修などを組み合わせながら、自宅で生活している人も多数います。

 ただし認定率は年齢とともに上昇し、とくに80歳代以降では身体機能や生活能力の低下が表面化する人が増えます。そのため、年齢を絶対的な境界としてではなく、生活を再点検する時期の目安として利用することには意味があります。

 本記事では、実務的な目安として、65~74歳頃は将来の生活設計を始め、75~79歳頃には運転、通院、住宅管理を具体的に点検し、80~84歳頃には宅配や代替交通などを実際に試し始め、85歳以降では本人や配偶者だけで生活機能を維持できるかを定期的に確認する、という考え方を提案します。

 これは医学的、公的な年齢基準ではありません。「80歳だから危険」「85歳だから一人暮らしはできない」という意味でもありません。年齢が上がるほど複数の生活機能が同時に低下する可能性が高くなるため、問題が発生してからではなく、事前に代替策を用意するための生活設計上の目安です。

3.地方では自動車が生活機能の一部になっている

 地方で自宅生活を考えるとき、最も重要な要素の一つが移動手段です。国土交通省の全国都市交通特性調査でも、高齢者を含め、三大都市圏より地方都市圏の方が自動車による移動への依存が大きい傾向が確認されています。

 地方では自動車は単なる移動手段ではありません。食料品の購入、通院、薬局、金融機関、ごみ出し、家族の送迎、地域活動など、複数の生活機能を一台の自動車が支えている場合があります。

 そのため、高齢者の運転を考える際には、二つのリスクを同時に評価する必要があります。一つは運転を続けることによる交通事故リスクであり、もう一つは運転をやめることによる生活機能喪失のリスクです。

 2025年の運転免許自主返納件数は全国で435,067件でした。しかし、この人数から返納後の生活が維持できているかどうかを判断することはできません。

 高齢者の運転中止と社会的孤立、外出減少、抑うつ症状などの関連を指摘する研究もあります。ただし、これは「免許を返納すると健康が悪化する」という単純な因果関係を意味しません。健康状態が悪化したために運転を中止したという逆方向の影響も考える必要があるからです。

 重要なのは、免許を返納する年齢を一律に決めることではなく、運転をやめた翌日から生活できる仕組みを先に作っておくことです。路線バスや鉄道の停留所まで歩けるのか、デマンド交通が自宅付近まで来るのか、タクシーを継続的に利用できる所得があるのか、家族送迎が可能なのか、病院送迎や介護タクシーが利用できるのか、食品や日用品の宅配が利用できるのかまで確認する必要があります。

 これらの代替手段が確保できない地域では、運転停止そのものが自宅生活の限界点になる可能性があります。

4.買い物は「スーパーまで何キロメートルか」だけでは判断できない

 地方では、近隣の小売店が閉店し、郊外の大型店舗へ買い物が集中している地域があります。農林水産省は、店舗まで直線距離で500メートル以上あり、かつ自動車を利用できない65歳以上の人を「食料品アクセス困難人口」として推計しています。

 2020年の食料品アクセス困難人口は全国で904万人、65歳以上人口の25.6%でした。75歳以上では566万人で、75歳以上人口の31.0%に相当します。

 ただし、この数字を「904万人全員が実際に買い物できない」と解釈してはいけません。500メートルという基準は直線距離であり、道路状況、坂道、階段、身体機能、宅配利用、家族の支援などは十分反映されません。また、都市部でも坂道や重量物の運搬などによって買い物が困難になることがあります。

 買い物能力は、少なくとも「店へ行けるか」「商品を持ち帰れるか」「代替サービスを利用できるか」という三段階で考える必要があります。

 店舗へ行くことができても、米、飲料、洗剤、灯油などの重量物を持ち帰れなければ生活には支障が生じます。一方、ネットスーパー、生協などの宅配、移動販売、買い物代行、家族による購入、配食サービスなどが利用できれば、本人が店舗へ行けなくても生活を続けられる場合があります。

 さらに、サービスが地域に存在するだけでは十分ではありません。配送区域、最低注文額、配送料、注文方法、支払方法、商品の受取方法が本人に適している必要があります。

 したがって、買い物能力を評価する場合には、「スーパーまで何キロメートルか」ではなく、食料を選び、注文または購入し、支払い、受け取り、最終的に室内まで運べるかという一連の生活機能として考える必要があります。

5.「病院がある」ことと「必要な医療を受けられる」ことは違う

 地方では近隣に診療所があっても、必要な診療科や検査をすべて受けられるとは限りません。一般的な慢性疾患の定期受診は近隣で可能でも、循環器内科、眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、脳神経外科、がん治療、高度画像検査などでは、遠方の医療機関まで移動しなければならない場合があります。

 高齢になるほど複数の疾患を抱える人が増え、受診先が複数になる可能性もあります。そのため医療アクセスは、単純な直線距離だけでは評価できません。

 通院負担は概念的には、

通院負担=移動時間+待ち時間+診療時間+薬局での時間+付き添う人の時間的負担+交通費

として捉えることができます。

 診察そのものが15分でも、往復の移動や待ち時間を合わせれば半日必要になることがあります。本人が運転できなくなれば、家族が毎月何度も仕事を休んで送迎するという問題も生じます。

 また、訪問診療が利用できても、すべての検査や治療を自宅で行えるわけではありません。急変時の搬送先、夜間休日の対応、訪問看護、薬局、入院後の退院支援なども含めて考える必要があります。

 したがって自宅生活を評価する場合には、かかりつけ医の有無だけでなく、定期受診先まで移動できるか、緊急時の受入病院があるか、訪問診療や訪問看護が実際に利用できるか、家族以外の通院支援があるかまで一体として確認する必要があります。

6.持ち家でも住居費はゼロにはならない

 2023年住宅・土地統計調査では、高齢者のいる世帯の81.6%、高齢夫婦のみの世帯では87.6%が持ち家に居住しています。これは全国値であり、この数字だけから「地方の高齢者ほど持ち家率が高い」と結論づけることはできませんが、高齢者の生活基盤として持ち家が非常に大きな位置を占めていることは分かります。

 持ち家には家賃負担がないという利点があります。しかし住宅ローンを完済していても、固定資産税、火災保険や地震保険、屋根・外壁の修繕、給湯器や水回りの交換、浄化槽の管理、庭木の剪定、草刈り、害虫やシロアリ対策、台風や豪雨後の補修、不用品や家財の処分などの費用は残ります。

 さらに、若いときには自分でできた作業も、高齢になると外注しなければならなくなります。したがって加齢によって住宅ローンが減る一方、住宅管理を外部に依頼する費用が増える可能性があります。

 広い戸建て住宅では、実際に使う部屋が少なくなっても、屋根、外壁、庭、排水設備などの管理範囲はほとんど減りません。地方の持ち家は、「住宅ローンが終われば費用のかからない資産」と考えるよりも、継続的な管理能力と修繕費を必要とする生活設備として評価した方が現実的です。

7.住宅の中にも生活の限界点がある

 2023年住宅・土地統計調査では、高齢者等のための設備がある住宅は全国の住宅の約56.0%です。しかし、手すりがある住宅は約44.0%、段差のない屋内は約22.3%、廊下などが車いすで通行可能な住宅は約16.8%、道路から玄関まで車いすで通行可能な住宅は約13.4%にとどまります。

 これらは全国値であり、地方住宅だけを示す数字ではありません。しかし、築年数の古い戸建て、広い敷地、玄関の大きな段差、屋外階段、和室中心の間取りなどでは、身体機能が低下したときに生活上の問題が顕在化することがあります。

 住宅の安全性は、室内だけを見ても判断できません。寝室からトイレ、浴室、玄関、道路、そして送迎車まで安全に移動できるかという、連続した生活動線として評価する必要があります。

 手すりを設置して浴室を安全にしても、玄関前に急な階段があり道路まで出られなければ、通院や外出は困難です。逆に、大規模改修をしなくても、生活を1階へ集約し、寝室をトイレの近くへ移し、敷物を減らすことで危険を大きく下げられる場合もあります。

8.夫婦二人暮らしでも、生活機能が一人に集中している場合がある

 2024年には、65歳以上の人がいる世帯は全世帯の50.3%を占めています。高齢者世帯では単独世帯や夫婦のみの世帯が大きな割合を占めており、今後も高齢者だけで生活する世帯への対応は重要になります。

 夫婦二人暮らしだからといって、生活能力が二人分存在するとは限りません。夫だけが運転する、妻だけが料理や服薬管理をする、夫だけが住宅修繕を手配する、妻だけが家計や行政手続きを担当するといった役割分担が固定化されている場合があります。

 この状態では、二人とも比較的元気に見えていても、一方が急に入院しただけで生活全体が機能しなくなる可能性があります。

 したがって夫婦世帯を評価するときは、単純な人数ではなく「機能の重複性」を見る必要があります。運転、買い物、調理、服薬管理、通院手配、家計管理、住宅修繕、行政手続きについて、夫だけができるのか、妻だけができるのか、二人ともできるのか、あるいは外部サービスで代替できるのかを確認することが重要です。

 一つの重要な生活機能を一人しか担えず、外部代替も存在しない場合、その人の入院、認知機能低下、死亡などが世帯全体の自宅生活を揺るがす可能性があります。

9.自宅生活はどのように不安定になっていくのか

 自宅生活の限界は、必ずしもある日突然訪れるわけではありません。典型的な一つの概念モデルとして、小さな生活上の不便が積み重なり、徐々に生活範囲が縮小していく経路を考えることができます。ただし、すべての高齢者が同じ順序でこの経過をたどるという統計的なモデルではありません。

 初期には、長距離運転を避ける、重い物を買わなくなる、庭の手入れが遅れる、2階を使わなくなる、遠方の病院への受診を減らすといった変化が現れることがあります。この時点では、本人自身は「まだ問題なく暮らせている」と感じている場合があります。

 次の段階では、食事内容が単調になる、外出が減る、受診を先延ばしにする、掃除できない部屋が増える、住宅修繕を放置する、人との交流が減るなど、生活そのものが縮小していくことがあります。居住そのものは継続できていても、安全性や生活の質は低下しています。

 さらに、買い物や通院、行政手続き、住宅管理などを家族へ恒常的に依存するようになる場合があります。家族が近隣に住み、無理なく継続できるのであれば成立しますが、家族が就労していたり遠方に住んでいたりすれば、長期的に同じ支援を続けることは困難になる可能性があります。

 こうした状態で転倒、骨折、配偶者の入院、認知機能低下、自動車事故、住宅設備の故障、台風などが発生すると、それまで潜在化していた生活の脆弱性が一気に表面化します。

10.自宅生活の限界は年齢ではなく生活機能で判断する

 自宅生活を続けられるかどうかを判断するためには、年齢よりも具体的な生活機能を確認する方が有効です。

 移動については、安全に運転できるか、運転できなくても代替交通があるか、玄関から送迎車まで移動できるか、必要な通院回数を維持できるかを確認します。

 買い物と食事については、食品を定期的に確保できるか、重量物を入手できるか、調理または配食を利用できるか、注文、支払い、受取まで本人または他者が継続できるかを確認します。

 医療については、定期受診を中断していないか、服薬を適切に管理できるか、急変時の連絡先や搬送先があるか、入院後の退院先を確保できるかが重要です。

 住宅については、転倒しにくい環境か、トイレや浴室を安全に利用できるか、冷暖房を適切に使えるか、住宅の不具合を認識して業者へ依頼できるか、草刈りや庭木管理を外注できるかを確認します。

 認知・判断面では、金銭管理、契約内容の理解、訪問販売や詐欺への対応、火気、戸締まり、服薬などの管理能力が重要になります。

 さらに、家族が無理なく支援できるか、介護サービスが実際に利用できるか、緊急時に連絡できる人がいるか、家族以外の支援者が存在するかも確認する必要があります。

 一つの項目ができなくなっただけで、直ちに自宅生活が不可能になるわけではありません。しかし、複数の重要機能が「できない」、さらに「代替手段もない」という状態になった場合には、自宅生活そのものを再設計する必要があります。

11.自宅を離れる前にできることは多い

 自宅生活が不安定になったからといって、すぐに施設へ入ることだけが選択肢ではありません。重要なのは、「本人ができなくなったこと」を外部サービスや住宅改修によってどこまで代替できるかを検討することです。

 住宅では、生活を1階へ集約し、使用しない部屋を閉鎖し、寝室をトイレの近くへ移し、段差や敷物を減らすだけでも負担を軽減できる場合があります。

 移動では、元気なうちにデマンド交通へ登録し、タクシーを利用した場合の年間費用を計算し、通院先を可能な範囲で集約しておくことが考えられます。オンライン診療についても、疾患や診療内容によって利用可能か確認しておく価値があります。

 買い物では、運転できなくなってから初めて宅配を調べるのではなく、元気なうちにネットスーパー、生協、移動販売、配食などを試しておく方が安全です。

 住宅管理についても、草刈り、庭木管理、定期点検、雨どい清掃、不用品処分、台風後の確認などを外注する仕組みを用意できます。ただし、こうしたサービスには継続的な費用が必要です。

 そのため、「持ち家だから住み続ける方が安い」と最初から決めるのではなく、自宅の固定資産税、修繕費、庭管理費、交通費、介護関連費などを合計し、小規模住宅や高齢者向け住宅へ移った場合の費用と比較する必要があります。

12.住み替えを具体的に検討すべき状態

 本人と配偶者の両方が運転できない、日常の買い物を家族だけに依存している、通院を延期・中断するようになった、転倒を繰り返す、浴室や玄関が安全に使えない、住宅修繕を放置している、庭や敷地を管理できない、金銭や契約管理に不安がある、緊急時に来られる人がいない、家族の送迎や住宅管理負担が限界に近い、必要な介護サービスを地域で確保できないといった状態が複数重なった場合には、住み替えを具体的に比較する段階に入ったと考えるべきです。

 重要なのは、重大な事故や病気が起きてから転居先を探すのではなく、本人に判断能力と体力が残っている段階で選択肢を比較することです。

 住み替えには、自宅売却、賃貸住宅、高齢者向け住宅、子どもの近隣への転居、医療機関や商店に近い場所への転居などがあります。地方から大都市へ移ることだけが住み替えではありません。

 同じ自治体の中でも、郊外の大きな戸建てから駅や商店、医療機関に近い小規模住宅へ移ることで、生活を維持しやすくなる場合があります。

13.「住み慣れた家」が常に最善とは限らない

 住み慣れた自宅には、心理的安心、近隣との人間関係、思い出、所有権など、多くの価値があります。これらは金銭だけでは測れません。

 しかし、「自宅に住み続けること」そのものが目的になると、通院できない、買い物できない、住宅の一部しか使えない、家族が疲弊している、災害時に避難できないといった状態でも、転居を避け続けてしまう可能性があります。

 本来維持すべきなのは建物ではなく、本人の安全、生活の質、社会とのつながり、そして本人自身の意思決定です。

 住み続けていることと、暮らし続けられていることは同じではありません。

14.地方自治体には「制度一覧」ではなく「生活可能性の情報」が必要である

 自治体が高齢者に「早めに免許を返納しましょう」「住み慣れた地域で暮らしましょう」と呼びかけるだけでは十分ではありません。運転をやめた後に実際に病院や商店へ行けるのか、自宅で暮らし続けるためにどのようなサービスを利用できるのかを、住民が具体的に確認できなければならないからです。

 必要なのは、市町村全体の平均ではなく地区単位の情報です。商店への交通手段、医療機関への交通、デマンド交通の利用条件、タクシー助成、移動販売、宅配区域、訪問診療・訪問看護の提供区域、草刈りや住宅管理サービス、緊急通報サービス、高齢者向け住宅、住み替え相談、空き家売却・処分相談などを体系的に整理する必要があります。

 しかもサービス名だけでは不十分です。料金、利用条件、運行曜日、予約方法、対象地域まで公開されて初めて、住民は自分の生活に利用できるかを判断できます。

 同じ自治体であっても、駅周辺、中心市街地、郊外、山間部、海岸部では生活条件が異なります。市町村平均だけで「この町は高齢者が住みやすい」と評価するのではなく、実際に生活する地区から医療、交通、買い物、介護へ到達できるかを評価する必要があります。

15.全国統計を、そのまま地方の結論にはできない

 本記事で使用している平均寿命、健康寿命、要介護認定、住宅、世帯などの多くは全国統計です。そのため、これらの数字だけから、外房、東総、南房総など特定地域の高齢者が何歳まで自宅で生活できるかを直接判断することはできません。

 例えば、全国平均では一定割合の人が自動車以外の交通手段を利用できても、ある地区では最寄りのバス停まで1キロメートル以上あり、運行本数も少ない可能性があります。逆に地方であっても、駅、スーパー、診療所、薬局が徒歩圏内に集中している地区では、自動車を運転できなくなった後も生活しやすい場合があります。

 したがって地域の自宅生活可能性を本格的に評価するためには、市町村別・地区別の年齢別人口、要介護認定者数、医療機関、公共交通、商業施設、訪問系サービス、高齢者住宅、人口密度などを重ね合わせる必要があります。

 全国統計は「高齢になると何が問題になりやすいか」を示す材料であり、地域統計は「その問題が実際にどの程度発生しやすいか」を判断する材料です。この二つを区別することが重要です。

16.現実的な結論

 地方の高齢者が何歳まで持ち家で暮らせるかについて、一律の年齢を示すことはできません。平均寿命、健康寿命、要介護認定率は将来のリスクを考えるうえで有用ですが、個人が自宅を離れる年齢を決定する数字ではありません。

 自宅生活の限界は、身体機能だけで決まるのではなく、運転できない、買い物できない、通院できない、住宅を管理できない、配偶者や家族の支援を失うといった複数の条件が重なり、それらを外部サービスでも代替できなくなったときに現れやすくなります。

 特に地方では、一台の自動車が買い物、通院、行政手続き、金融、社会参加など複数の機能を同時に支えている場合があるため、運転停止が生活へ与える影響は大きくなります。一方、交通、宅配、医療、介護、住宅管理を地域サービスへ置き換えられる地域では、身体機能が低下しても長く自宅生活を続けられる可能性があります。

 したがって、本当に問うべきなのは、

「何歳まで住めるか」

ではありません。

「現在の生活を支えている機能は何か。その機能を失ったとき、何によって代替できるのか」

という問いです。

 自宅生活を続けたいのであれば、元気なうちに、運転をやめた状態で実際に移動してみる、宅配や配食を試してみる、住宅の危険箇所を確認する、草刈りや修繕を外注した場合の費用を把握する、配偶者がいない状態を想定して生活機能を点検する、住み替え先と費用を比較するといった準備を進めておく必要があります。

 地方での自宅生活は、本人の努力だけで維持できるものではありません。医療、交通、買い物、介護、住宅、家族や地域による支援という生活基盤が組み合わさって初めて成立します。

 そして、その基盤を本人、家族、地域サービスのいずれによっても維持できなくなった場合には、自宅そのものに残ることよりも、生活を安全に維持できる場所へ移る方が合理的な場合があります。

 重要なのは、「最後まで自宅に住めたか」ではありません。高齢になっても、安全に食べ、受診し、人とつながり、自分の意思で生活を選択できる状態を、どのように長く維持するかです。

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