地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

地域医療

地域医療

 診療所から車で片道30分、診察に20分をかけ、さらに30分かけて戻ってくる。仮にそのような患者が1人いたとすれば、医師は20分の診察のために合計80分を費やすことになる。病院の診察室なら何人もの患者を診られる時間だが、患者が自宅で医療を受けるためには、その時間の多くを移動に使わなければならない。しかも、診察が終わった医師の仕事はそれで終わるわけではなく、診療記録を残し、必要な薬を調整し、看護師や介護職員との連絡を行いながら、次の患者への対応を考えなければならない。

 高齢になって通院が難しくなっても、住み慣れた家で医療を受けられる。在宅医療という言葉には、医療を患者の暮らしに近づける温かさがある。しかし、人口の少ない地域ほど自宅での診療を必要とする人がいる一方で、人口が少なく、住宅が離れているからこそ、その医療を提供することが難しくなるという矛盾を抱えている。

 人口減少によって病院や診療所を維持できなくなれば、医師が患者の家へ行けばよい。そう考えることは自然だろう。だが、診療所に患者が集まる仕組みと、医師が患者を訪ねて回る仕組みでは、時間の使い方も人員配置も異なる。医療の場所を病院から自宅へ移すことは、単に診察する場所を変えることではなく、地域の医療を支えてきた経済性や効率性を根本から組み替えることなのである。

医師が家まで来てくれる社会は、どこまで実現したのか

 在宅医療というと、医師が急な依頼を受けて患者の家へ駆けつける姿を想像するかもしれない。しかし、制度上は、計画に基づいて定期的に患者を診る訪問診療と、患者の求めなどに応じて臨時に行う往診を区別している。この違いは単なる名称の問題ではなく、定期的な訪問ならば診療の順序を組み、近くの患者を続けて訪ねることで移動時間を短縮できるのに対し、突然の往診では同じような効率化が難しくなるという、医療提供体制そのものに関わる問題である。

 厚生労働省の2023年医療施設調査によると、同年9月に在宅患者訪問診療を実施した一般診療所は18,906施設で、一般診療所104,894施設の18.0%だった。実施件数は149万8,229件となっており、訪問診療を実施した診療所1施設当たりに換算すると79.2件である。病院についても2,904施設が訪問診療を実施し、23万7,601件の実績があった。全国では既に多くの医療機関が訪問診療を提供しており、在宅医療は一部の例外的な診療方法ではなく、医療提供体制の重要な部分を占めるようになっている。

 ただし、ここで示した施設数と実施件数は2023年の調査結果であり、2026年現在の施設数や訪問件数を表すものではない。また、実施件数は2023年9月の1か月間の延べ件数であり、年間の実績でも患者の実人数でもない。1施設当たり79.2件という平均値についても、訪問診療を中心に運営する診療所と、通常の外来診療を続けながら一部の患者を訪問する診療所を含んだ値であるため、個々の施設の診療能力を直接示しているわけではない。

 さらに重要なのは、全国の実施件数が増えても、それだけで人口減少地域の医療が充実したとはいえないことである。都市部では近くの住宅を続けて訪問できる一方、集落が点在する地域では、同じ件数の訪問に何倍もの移動時間を必要とする場合がある。全国の診療件数を積み上げた数字には、その医療がどこまで届いているのかという地理的な問題が隠れている。

同じ在宅医療でも、1軒ずつ訪ねる医療と施設を訪ねる医療は違う

 訪問診療の統計を読む際に、もう1つ区別しなければならない問題がある。それは、患者が個人の住宅で暮らしているのか、高齢者向けの住宅や施設で生活しているのかという違いである。どちらも医師が患者の生活の場を訪ねるという意味では共通しているが、医師の移動時間や診療の効率性は大きく異なる。

 例えば、10人の患者がそれぞれ離れた住宅で生活していれば、医師は基本的に10か所を訪問する必要がある。ところが、同じ建物に10人の患者が暮らしている場合には、建物までの往復移動を共有できるため、患者1人当たりの移動時間を短縮できる可能性がある。もっとも、同じ建物内でも診療時間や診療記録の作成が不要になるわけではなく、患者ごとの病状や医療上の必要性に応じた対応が求められる。

 日本の診療報酬制度でも、個人宅を中心とする在宅時医学総合管理料と、一定の施設入居者等を対象とする施設入居時等医学総合管理料が区別されており、患者の居住形態や同一建物で診療する患者数などによって評価が異なる。在宅医療を経済的に分析する場合、こうした制度上の違いを無視して、すべての訪問を同じ収益構造として扱うことはできない。

 この区別を人口減少地域へ当てはめると、さらに難しい問題が見えてくる。高齢者が一定の施設に集まって暮らしている地域では訪問診療の移動効率を高めやすいが、住み慣れた個人宅で暮らし続けることを希望する高齢者に同じ効率性を求めることは難しい。医療の提供効率を優先するほど、患者の居住場所を集約した方が合理的になる可能性がある一方、それが本人の暮らし方の希望と一致するとは限らないのである。

 したがって、在宅医療の普及を評価するときには、訪問診療件数の総量だけでなく、個人宅と施設等の患者構成、患者1人当たりの訪問回数、移動距離などを分けて検討する必要がある。医療機関から遠く離れた1軒の住宅まで診療を届けられるかという問題は、施設に集まる患者を効率的に診察できるかという問題とは、必ずしも同じではない。

高齢化率が上がるほど、患者が増えるとは限らない

 人口減少地域の医療を考えるとき、しばしば高齢化率の高さが問題になる。住民の40%が65歳以上という地域があれば、医療や介護の需要は今後も増え続けるように感じられる。しかし、ここには統計上の落とし穴がある。高齢化率が上昇することと、高齢者の人数が増加することは、同じではない。

 国立社会保障・人口問題研究所が2023年に公表した地域別将来推計人口では、2020年から2050年までの推計対象期間について、65歳以上人口が2020年に最大となる市区町村は845、対象となる1,728市区町村の48.9%を占めている。この集計は2023年12月時点の市区町村区分に組み替えたものであり、将来人口は一定の仮定に基づく推計値だが、多くの地域ですでに高齢者人口がピークを迎えている可能性を示している。

 例えば、人口10,000人、高齢者4,000人の地域では高齢化率は40%となる。その後、人口が7,000人に減少し、高齢者も3,500人に減ったとすれば、高齢化率は50%に上昇するが、実際の高齢者数は500人減少している。このような地域では、高齢化率だけを見ると医療需要が増大しているように感じられるものの、高齢者人口の絶対数だけを見れば、需要の基盤となる人口は縮小していることになる。

 ただし、65歳以上人口が減少しているからといって、訪問診療の需要も同じ割合で減るとは限らない。75歳以上や85歳以上の人口構成、慢性疾患の状況、要介護度、通院手段の有無、独居高齢者の割合などによって、訪問診療を必要とする人の比率は変化する。高齢者全体の人数が減少していても、通院が難しい高齢者の割合が増えれば、訪問診療の必要量が維持されたり、増加したりすることも考えられる。

 さらに、住民が減少しても、住宅や集落が人口と同じ割合で狭い範囲に集約されるわけではない。人口が10,000人から7,000人に減ったからといって、道路の延長が自動的に30%短くなることはなく、残された住民が以前より離れた場所に点在する可能性もある。患者の絶対数が減っても移動距離は短くならず、むしろ患者1人当たりの移動負担が増えるという問題が生じ得るのである。

 ここに人口減少地域の在宅医療が抱える本質的な難しさがある。医療機関の経営を支える患者数は減少する一方、残る患者へ医療を届けるための時間と費用は、必ずしも減少しない。高齢化率の高さばかりを問題にしていると、この経営上の矛盾を見落としてしまう。

人口密度が低い地域では、訪問診療は本当に少ないのか

 人口密度と訪問診療の関係については、実際の統計を用いた研究も存在する。2026年に公表された日本の農村医学分野の査読付き研究では、2019年の全国47都道府県のデータを使用し、65歳以上人口1,000人当たりの医師による訪問診療件数と、人口密度や医療提供体制などの関係が分析されている。

 この研究では、人口密度と訪問診療件数の相関係数が0.631となり、人口密度が高い都道府県ほど、65歳以上人口当たりの訪問診療件数も多いという正の関連が認められた。さらに、在宅療養支援診療所・病院の数や高等教育を受けた人の割合などを考慮した重回帰分析でも、人口密度の標準化偏回帰係数は0.311であり、統計的に有意な関連が確認されている。

 これは、人口が集中している地域ほど訪問診療を提供しやすい可能性を示す結果であり、人口減少地域の医療を考えるうえで重要な知見といえる。しかし、人口密度と訪問診療件数に相関があることは、人口密度の低さが直接の原因となって訪問診療を減少させていることを証明するものではない。医療機関の分布、地域の所得水準、患者の健康状態、利用意向、交通条件なども影響し得るため、単純な因果関係として解釈することはできない。

 また、47都道府県という大きな地域単位で得られた結果を、そのまま個々の市町村や集落に当てはめることにも限界がある。同じ県内でも、都市部と山間部では患者の分布や道路条件が大きく異なる場合があり、都道府県全体の平均値から小規模地域の医療環境を直接判断することはできないからだ。

 それでも、この研究が示す人口密度と訪問診療件数の関係は、在宅医療が単に医師数や高齢者数だけで決まるものではなく、人々がどのように地域に分布して暮らしているかという地理的な条件とも関わっていることを示唆している。人口減少地域の在宅医療を考えるには、人口統計に道路網や移動時間を重ねた分析が必要なのである。

医師の1日は、道路の上でどれほど短くなるのか

 それでは、患者の住宅が分散していることによって、訪問診療の供給能力はどれほど変化するのだろうか。ここでは実在する医療機関の経営実績ではなく、移動時間による影響を理解するための単純な数理モデルを考えてみたい。

 医師の勤務時間を1日8時間とし、そのうち診療記録の作成や関係者との連絡、調整などに1時間を充て、残る7時間、すなわち420分を訪問診療と移動に使用すると仮定する。また、患者1人当たりの診察時間を20分とし、移動時間には診療所を出発してから帰着するまでの移動を訪問件数に配分した平均値を用いる。

 患者の住宅が比較的近く、1件当たりの平均移動時間が10分であれば、診察20分と合わせて30分が必要となり、420分で理論上14件の訪問が可能になる。ところが、住宅が離れていて平均移動時間が30分になれば、1件当たり50分を要するため、同じ420分で完了できる訪問は最大8件となる。診察時間も医師の勤務時間も変わらないのに、平均移動時間が20分増えるだけで、1日の訪問可能件数は14件から8件へ約42.9%減少する計算である。

 診察と移動を合わせた時間に占める移動の割合も、平均移動時間10分の場合は33.3%だが、30分の場合は60%に上昇する。医師が患者を診察する時間よりも、道路上で過ごす時間の方が長くなるという状況は、医療サービスを必要とする患者にとっても、限られた医師を活用したい地域にとっても重要な問題である。

 ただし、これはすべての訪問が予定どおりに進み、420分を診察と移動に使えるという理想化された上限計算である。実際には、診察が長引く患者もいれば、予定外の往診、家族への説明、医療機関への連絡なども発生するため、計算上の最大件数を毎日継続できるとは限らない。さらに、訪問診療だけを専門に行う医師と、外来診療や病棟診療を兼務する医師では、訪問に充てられる時間そのものが異なる。

 また、患者密度の低下が移動時間に与える影響は、地域によって異なる。例えば、面積100平方キロメートルに訪問診療の対象者が120人いる地域では、対象者密度は1平方キロメートル当たり1.2人となるが、対象者が80人に減れば0.8人となり、密度は33.3%低下する。しかし、この変化だけから移動時間が何分増えるかを求めることはできない。患者が幹線道路沿いに暮らしている場合と、複数の谷や山を隔てた集落に分散している場合とでは、同じ密度でも移動条件が異なるからである。

 訪問診療の効率性を正確に分析するには、行政区域の人口密度だけでなく、診療所の位置、患者の住所分布、道路に沿った移動時間、訪問順序などを組み合わせて評価する必要がある。面積当たりの患者数は地域の特徴を把握する入口にはなるものの、それだけで医師の必要数や訪問可能件数を決定できるわけではない。

訪問できることと、経営が成立することは同じではない

 ここまでの計算は、医師がどれだけの患者を診察できるかという供給能力の問題である。しかし、記事の題名にある「在宅医療は成立するのか」という問いに答えるには、もう1つ、経営面の問題を考えなければならない。患者を訪問することが物理的に可能であっても、その診療を続けるための収入が人件費や運営費を下回れば、事業として長期間維持することは難しくなるからだ。

 訪問診療の収入は、診察ごとの診療報酬だけでなく、患者の病状、訪問回数、医学管理の内容、医療機関の施設基準、患者の居住形態などによって変化する。一方、支出には医師や看護師などの人件費、事務職員の給与、車両費、燃料費、医療材料費、建物の維持費、情報管理費などが含まれ、夜間や休日の対応体制を設ければ、さらに人員配置上の負担が生じる。

 経営の仕組みを理解するために、ここでも仮定計算を考えてみよう。ある訪問診療事業について、医師や事務職員の人件費、施設維持費などを含む月間固定費が150万円であり、医学管理料などの収入を訪問回数に配分した1件当たりの平均収入が15,000円、燃料や消耗品など訪問件数に応じて増加する追加費用が3,000円だと仮定する。この場合、1件増えるごとに固定費の回収へ充てられる金額は12,000円となり、月間固定費150万円を賄うには、150万円を12,000円で割った125件の訪問が必要になる。

 仮に月15日を訪問診療に充て、1日14件を訪問できれば月210件となり、訪問件数に対応する収入から追加費用を差し引いた金額は252万円で、固定費150万円をさらに差し引くと102万円が残る。これに対して、移動時間が長くなり1日8件しか訪問できなければ月120件となり、同じ計算では固定費を6万円下回る。診察内容や1件当たりの収入を同じと仮定しても、移動条件の違いによって損益が変わることが分かる。

 もちろん、ここで使用した150万円、15,000円、3,000円という金額は実際の診療報酬や医療機関の平均経営費を示すものではなく、損益分岐点の仕組みを説明するための仮定である。訪問件数に応じて費用が増える部分と増えない部分を分けた単純なモデルであり、実際には患者ごとの診療報酬の違いや、医師の勤務形態、看護体制、夜間対応の費用などを個別に算定する必要がある。

 このモデルで重要なのは、患者が少ないことだけが採算性を悪化させるわけではないという点である。同じ患者数であっても、患者が集まって住んでいる場合と広い地域に分散している場合とでは、診療に必要な労働時間が異なる。また、診療報酬上の収入が一定であっても、訪問に必要な移動時間や人員配置の条件が違えば、事業として成立する患者数の下限も変わる。

 人口減少地域では、潜在的な患者数が少ない一方、移動時間が長く、夜間対応のために一定の人員を確保しなければならないこともある。訪問診療に伴う費用を十分に回収できない地域が生じる可能性があり、そうした場所では、個々の医療機関の経営努力だけではなく、広域的な医療機関の連携や公的な医療確保策を検討する必要が出てくる。

 ただし、経営上の採算が取れないことと、地域に在宅医療を提供する価値がないことは、まったく別の問題である。医療は住民の生命や健康に関わる社会的基盤であり、通常の事業収益だけで十分に評価できない部分がある。だからこそ、在宅医療の成立条件は、医療機関の収益性、継続的な人員確保、患者の安全性、住民の医療へのアクセスという複数の側面から考えなければならない。

医師が来ても、暮らしを支える人がいなければ

 ところが、医師が必要な患者を訪問でき、診療所の経営も維持できたとしても、それだけで在宅医療が成立するわけではない。診察を受けた後の患者が、その家で安全に暮らせるかどうかは、医師の診療だけでは決まらないからである。

 薬を処方されても適切に服薬できない場合や、食事、排せつ、清潔保持、移動などの日常生活に支援が必要な場合には、訪問看護や介護サービスが重要になる。医療機器を使用しながら療養する患者には、機器の管理や衛生材料の確保、状態の変化に応じた医療的な判断も求められる。医師が月に数回診察するだけでは、患者の生活全体を支えることはできない。

 さらに、訪問看護師や介護職員にも移動時間の問題がある。医師の訪問だけを効率化しても、訪問看護ステーションや介護サービス事業所が遠方への訪問を継続できなければ、在宅療養の負担は家族へ集中する。人口が少ない地域ほどサービス利用者の密度も低くなりやすく、複数の専門職が同じ住宅を別々に訪ねる仕組みでは、地域全体の移動負担が大きくなる可能性がある。

 そこで考えられるのが、医師、看護師、薬剤師、介護職員などの間で患者の状態や訪問予定を共有し、それぞれの専門性を生かしながら支援を調整する方法である。もっとも、すべての訪問を同じ日にまとめれば効率的になるとは限らず、患者の状態を継続して観察する必要がある場合には、訪問の間隔を適切に確保しなければならない。業務の効率性を高めることと、必要な医療や介護を減らしてしまうことは区別する必要がある。

 また、家族の介護力を当然の前提として在宅医療を組み立てることにも限界がある。仕事をしながら介護を担う家族や、高齢者同士で介護する世帯では、日中の見守りや夜間の対応が大きな負担になる。独居高齢者の場合には、日常的な家族の支援を前提にできず、医療と介護だけでなく、生活支援や地域での見守りなどとの連携が必要になる場合もある。

 住み慣れた自宅で過ごすという本人の希望を尊重することは大切だが、その希望を実現するために家族が過重な負担を負わなければならないのであれば、在宅医療の仕組みとして十分とはいえない。患者本人の希望、医学的な安全性、家族の負担、地域のサービス供給能力を総合して判断することが求められる。

2026年の診療報酬改定は、人口減少地域を救えるのか

 こうした課題に対し、国の制度も変化している。2026年度の診療報酬改定では、質の高い在宅医療の推進を掲げ、重症患者への対応、在宅での看取り、医療機関同士の連携などについて評価や算定要件が見直された。これは全国の公的医療保険制度に関わる改定であり、特定の都道府県や市町村だけの独自施策ではない。

 注目したいのは、地域の医療機関が連携して在宅医療を支える方向が強められていることである。1つの診療所だけで24時間の対応体制を維持することは、医師の人数が限られる地域では難しい場合があるため、医療機関同士の情報連携や、複数の医療機関による時間外対応の仕組みを適切に評価することには意味がある。

 特に、へき地診療所については、在宅時医学総合管理料などの施設基準が見直され、所定の条件を満たす場合には、在宅医療を担当する医師がその診療所の常勤医師でなくても算定できるようになった。具体的には、対象となるへき地診療所の医師が、緊急時の連絡体制や24時間診療体制の確保において連携するへき地医療拠点病院などでも勤務している場合が想定されている。

 この仕組みは、医師を十分に確保できない地域で、複数の医療機関が役割を分担することを制度面から支えるものと理解できる。ただし、すべての人口減少地域の診療所へ自動的に適用されるわけではなく、対象となるへき地診療所の定義や医師の勤務条件、連携体制などの要件を満たす必要がある。人口が減少しているという理由だけで特例を利用できる制度ではない。

 一方、2026年度改定では、在宅時医学総合管理料や施設入居時等医学総合管理料における月2回以上の訪問診療の評価についても見直しが行われた。対象となる算定区分では、月2回以上の訪問診療を行う患者などに占める重症度の高い患者等の割合について、原則として所定の方法で2割以上という基準が設けられたが、患者数などによる例外的な取扱いも定められている。

 これは月2回以上の訪問診療そのものを禁止する制度ではなく、該当する医学管理料の算定要件を見直すものである。患者の病状や医療上の必要性を踏まえて訪問頻度を決めることが重要であり、診療報酬上の評価と患者に必要な医療を混同してはならない。

 また、医師と薬剤師が患者宅を同時に訪問して服薬状況や残薬などを確認し、処方内容を調整する取組についても新たな評価が設けられた。こうした仕組みは、患者の生活状況を踏まえた薬物療法を進めるうえで意味があり、専門職同士が協力するための制度的な支援ともいえる。ただし、対象患者や算定回数、個人宅への訪問に関する条件などが定められており、無条件に利用できるものではない。

 これらの改定は、限られた医療資源を有効に活用するための制度的な改善と評価できる。しかし、診療報酬上の要件が緩和されたり、連携に対する評価が充実したりしたからといって、医師や看護師が直ちに増えるわけではない。制度上は連携できる仕組みが用意されていても、実際に協力できる医療機関が遠く離れていたり、夜間に対応できる人員が不足していたりすれば、期待した効果は十分に得られない可能性がある。

 人口減少地域に必要なのは、制度を利用できることと、地域で実際に医療を提供できることを分けて考える視点である。診療報酬改定は重要な条件の1つではあるものの、それだけで在宅医療の地理的・人的な制約を解消できるわけではないのである。

病院を減らせば、在宅医療で医療費を節約できるのか

 在宅医療の普及は、病院への入院を減らし、医療費を抑える政策として語られることがある。確かに、入院を必要としない患者が適切な在宅医療を受けられれば、入院に伴う医療資源の使用を減らせる可能性はある。しかし、それをもって在宅医療が常に入院医療より安価であると結論づけることはできない。

 医療費を比較するには、患者の病状や重症度をそろえたうえで、訪問診療、訪問看護、薬剤、医療材料、救急搬送、必要に応じた入院などを含めた費用を考える必要がある。さらに、社会全体の負担を評価するなら、家族が仕事を休む時間や介護に費やす労力も無視できない。公的医療保険の支出が減少しても、その分の負担が家族や介護サービスへ移っているだけなら、社会全体の費用が減ったとは限らないからだ。

 また、入院と在宅医療は単純な代替関係ではない。急性期の治療、専門的な検査や手術、病状が急変した際の対応には、病院の機能が不可欠となる。退院後は在宅で暮らし、状態が悪化したときには必要に応じて入院できるという関係が成立してこそ、在宅医療は安心して利用できる選択肢になる。

 医療機関が遠い地域で在宅医療を普及させる際には、この関係が特に重要になる。自宅で療養できるという説明が、実際には入院先を確保しにくいことの言い換えになってはならない。在宅医療は患者の希望と医学的な適切性に基づいて選択されるべきものであり、病床不足や医療機関の撤退を補うためだけの制度ではない。

 もし政策の目的が医療費の抑制にあるなら、同程度の重症度の患者について、一定期間の医療費と介護費、再入院の状況、患者の生活の質、家族の負担まで含めて比較する必要がある。一方、政策の目的が住み慣れた地域で生活を続けられることにあるなら、費用の削減だけを成功の条件にするのは適切ではない。医療費が少なくなることと、患者にとって望ましい医療が実現することは、必ずしも一致しないのである。

自宅で亡くなる人が増えれば、在宅医療は成功なのか

 在宅医療を評価するうえでは、人生の最期をどこで迎えるかという問題も避けて通れない。厚生労働省の2025年人口動態統計(確定数)によると、日本国内で発生した日本人の死亡数は158万9,533人だった。この数字は、国内で発生した外国人の死亡を含むすべての死亡数という意味ではないが、日本で毎年非常に多くの人が人生の最終段階を迎えていることを示している。

 しかし、自宅で死亡した人の割合を、そのまま在宅医療の成果と解釈することには問題がある。自宅で亡くなったという事実だけでは、医師や看護師の支援を受けながら本人の希望どおりに看取られたのか、十分な支援を受けられないまま亡くなったのかを区別できない。また、施設や病院で最期を迎えた人の中にも、本人の意思に沿った適切な医療を受けた人がいるため、死亡場所だけで医療の質を評価することはできない。

 重要なのは、患者がどの場所で亡くなったかという結果だけではなく、最期まで必要な医療や介護を受けられたか、本人の意思が尊重されたか、痛みや苦痛を十分に緩和できたかという過程である。これらを評価するには、死亡場所別統計だけでなく、医療・介護サービスの利用状況や本人の意向など、異なる情報を組み合わせる必要がある。

 人口減少地域では、病院までの距離が遠いことが、結果として自宅で過ごす時間を長くする場合も考えられる。しかし、そのような地理的条件による結果と、十分な在宅医療が整備されたことによる結果を同じものとして扱うことはできない。自宅で最期を迎えることを選べる社会と、自宅以外の選択肢が乏しい社会では、その意味が根本的に異なるのである。

人口減少地域に必要なのは、病院の代わりではなく医療の新しい配置である

 それでは、人口が減り続ける地域で在宅医療を維持するためには、何が必要なのだろうか。その答えを考える手がかりは、国が進める医療提供体制の整備にも見いだせる。

 第8次医療計画では、在宅医療に必要な機能として、退院支援、日常の療養支援、急変時の対応、看取りが位置付けられている。これは、医師が定期的に患者宅を訪問する仕組みだけでなく、病院から自宅へ戻る段階から日常生活を支える仕組み、病状が急変したときに必要な医療へつなぐ仕組み、人生の最終段階を支える仕組みまでを、一体として整備しようとする考え方である。

 こうした体制を整備するには、行政区域の人口や高齢化率だけでなく、訪問診療を必要とする人がどこに住み、どの医療機関がどの程度の時間で到達できるのかを把握することが重要になる。例えば、75歳以上人口1,000人当たりの訪問診療実施医療機関数や、医師1人当たりの担当患者数、訪問1件当たりの平均移動時間などを確認できれば、施設数だけでは分からない地域差が見えてくる。ただし、訪問診療を実施する施設であっても診療規模は異なり、医師の人数についても常勤と非常勤、外来との兼務などの違いがあるため、単純な人数比較だけで供給能力を判断することはできない。

 さらに、地域内の対象患者数に加えて、患者1人当たりの訪問頻度や緊急対応の必要性を把握することも欠かせない。比較的病状が安定した患者が多い地域と、頻繁な医学的管理を必要とする患者が多い地域とでは、同じ患者数であっても必要な医療資源が異なる。患者数だけではなく、患者ごとに必要な診療時間と移動時間を積み上げて、地域全体の医療需要を評価することが求められる。

 そのうえで、訪問診療を担当する医師の診療圏を実際の道路網に沿って設定し、診療所や病院の配置、訪問看護ステーションの活動範囲、介護サービスの提供区域との関係を調整していく必要がある。市町村の境界は行政事務の単位として意味を持つが、医師の移動や救急搬送にとって、必ずしも合理的な区切りになるとは限らない。地域の医療資源を有効に活用するには、必要に応じて行政区域を越えた連携を考えることが重要になる。

 もっとも、診療経路の効率化にも限界がある。訪問順序を工夫することで移動距離を短縮できても、診療中の医師が別の集落で発生した急変に直ちに対応できるわけではなく、夜間や休日まで含めた体制を維持するには複数の医師や医療機関による協力が必要になる。災害によって道路が使えなくなった場合や、停電によって在宅医療機器の使用が難しくなった場合の対応も考慮しなければならない。

 医療機関の配置を考える際には、単に最も多くの患者を効率的に診察できる場所を選ぶだけでなく、遠方の住民にも必要な医療を届けられるかという公平性を検討する必要がある。患者が集中する地域に医療資源を集約すれば効率性を高められる可能性があるが、集落の端に暮らす住民にとっては、医療へのアクセスがかえって悪化する場合もあるからだ。

 ここで求められるのは、効率性と公平性のどちらかを単純に選ぶことではなく、限られた医療資源の下で、地域全体の医療をどう維持するかという現実的な調整である。都道府県が策定する医療計画と、市町村が策定する介護保険事業計画などとの整合を図り、医療と介護の実際の供給能力を確認しながら、継続可能な体制を構築していくことが必要になる。

最後の1軒まで医療を届けることは、誰の責任なのか

 人口減少地域の在宅医療には、簡単には解決できない問題が残る。患者の数が少なければ、医療機関の経営は不安定になりやすい。一方で、患者が少ないという理由だけで遠方への訪問を断れば、その地域に住む人は必要な医療を受ける機会を失う可能性がある。医療機関の経営効率と、住民が医療を受けられることの間には、必ずしも一致しない部分がある。

 通常の事業経営であれば、採算の取れない地域から撤退することは合理的な判断になり得る。しかし、医療は住民の生命と健康を支える社会的基盤であり、その供給を個々の医療機関の採算性だけに委ねることには限界がある。すべての地域に同じ規模の病院や診療所を配置することが難しくても、必要な医療へつながる仕組みをどう確保するかという課題は残る。

 もっとも、公的な支援を行えば、どの地域でも同じ水準の在宅医療を維持できるとは限らない。患者の数が極端に少なく、診療圏が広く、協力できる医療機関も遠い地域では、通常の訪問診療の仕組みだけで24時間対応を実現することが困難な場合もある。そのような地域では、広域的な医療機関の協力、へき地医療の支援体制、入院を受け入れる病院との連携などを、実際の人員と移動条件に基づいて検討する必要がある。

 同時に、在宅医療の供給能力が不足している場合には、それを住民へ正確に伝えることも重要である。医療機関が存在することと、必要なときに訪問診療を受けられることは同じではなく、平日の定期訪問に対応できても、夜間の急変や看取りへの対応が難しい地域も考えられる。住民が在宅療養を選択する際には、利用できるサービスの範囲と限界を理解したうえで、必要な支援体制を確認できることが望ましい。

 病院ではなく自宅で診る時代へ。その言葉が意味するのは、病院が不要になる未来ではない。通院が難しくなった人のところへ医療が向かい、病状が悪化したときには必要な病院へつながり、日常生活では看護や介護が支えるという、医療の新しい関係である。

 田畑の向こうに住宅が点在し、集落をつなぐ道だけが長く延びる地域では、患者の家を訪ねる時間を簡単に短縮することはできない。住民の数が減っても、その道の先で暮らす人の医療上の必要性まで消えるわけではなく、限られた医師や看護師の時間をどう使うかという問題は、人口減少が進むほど難しくなる可能性がある。

 人口減少地域で在宅医療が成立するかどうか。その答えは、高齢化率の高さでも、診療所の数だけでも決まらない。患者がどこに暮らし、どれだけの医療を必要とし、医師や看護師がどの程度の時間で訪問できるのか。さらに、その体制を維持するための費用を誰がどのように負担し、急変時にはどの病院が支えるのかという条件によって、成立する地域もあれば、従来の仕組みだけでは維持が難しい地域もあるだろう。

 病院のベッドを減らすことと、自宅で安心して療養できる人を増やすことは、同じではない。在宅医療を広げること自体を目的にするのではなく、患者が必要な医療を受けられ、希望する場所で生活を続ける選択肢を持てることを目指すべきである。

 そして、最後に問われるのは、訪問診療が何件増えたかという数字だけではない。集落の奥に残る1軒の住宅まで、必要な医療を届ける仕組みを地域社会が維持できるかどうかである。その問いに向き合うことが、人口減少社会における在宅医療の本当の課題なのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 車で町を走っていると、市町村の境界は意外なほどあっけない。「ここから○○市」という標識が1枚立っているだけで、道路の幅も景色もほとんど変わらないことがある。しかし、その見えない線の両側では、行政を担当する市町村が変わり、消防や救急を担当する組織も変わることがある。では、その境界のすぐ近くで人が倒れたらどうなるのだろう。数百m先には隣の市の消防署があるのに、自分の市の遠い消防署から救急車が来るまで待たなければならないのか。さらに、救急車に乗ったあと、市町村境を越えたところに適切な病院があっても、そこで引き返さなければならないのだろうか。

 結論からいえば、救急車にとって市町村境は「越えてはいけない線」ではない。ただし、全国の救急車が行政区域に関係なく自由に走り回っているわけでもない。日本の消防制度には市町村を基本単位とする仕組みがあり、その上に、必要に応じて境界を越えて助け合う仕組みが重ねられている。さらに患者を病院へ運ぶ段階になると、市町村の境界よりも、患者の状態に対応できる医療機関がどこにあるのかという別の条件が重要になる。この構造を理解すると、普段ほとんど意識することのない「消防と救急の地図」が見えてくる。

救急車には、まず「担当する地域」がある

 日本の消防は、基本的には市町村が責任を持つ制度になっている。消防組織法第6条では、市町村がその区域における消防を十分に果たす責任を有すると定められており、救急業務もこうした市町村消防の仕組みの中で運用されている。ただし、実際には1つの市町村が単独で消防本部を持っている場合だけではなく、複数の市町村が一部事務組合などをつくり、複数市町村を1つの消防本部が担当している場合もある。

 ここで、この記事を読むうえで重要な違いが生まれる。「市町村の境界」と「消防本部の管轄境界」は、必ずしも同じではないのである。たとえばA市とB町が同じ消防本部の管轄に入っていれば、救急車がA市からB町へ走ったとしても、市町村境は越えているが消防本部の管轄は越えていない。この違いを無視すると、消防庁が公表している「管外搬送」という統計を「市町村外への搬送」と誤解してしまうため、救急車が境界を越える問題では、この2つの境界を分けて考える必要がある。

 私たちは住所を見ると、市と町の境界を明確なものとして考えがちだが、救急という視点から地域を見ると、行政の地図とは少し違う地図が重なっている。同じ消防本部の管内なら、市町村境を越えても同じ組織の救急車が活動することがあり、反対に隣り合う地域でも消防本部が異なれば、そこには消防行政上の管轄境界が存在するのである。

隣の消防署の方が近かったらどうなるのか

 ここで素朴な疑問が生まれる。自宅から10km離れた自分の地域を担当する消防署より、2km先にある隣の消防本部の消防署の方が近い場合である。心停止や重い脳卒中など、時間が重要になる場面で、行政区域だけを理由に遠い救急隊の到着を待つ仕組みでは不合理が生じる可能性があるため、日本の消防制度には市町村や消防本部の境界を越えて消防力を補完する仕組みが設けられている。

 消防組織法第39条では、市町村は必要に応じて消防について相互に応援するよう努めなければならないとされており、これを背景として消防相互応援協定が整備されている。消防庁によれば、現在ではすべての都道府県で、都道府県内の市町村や消防の一部事務組合などが参加する消防相互応援協定が締結されている。つまり日本の消防制度は、「自分の区域は自分で守る」という原則だけで成り立っているのではなく、必要な場合には境界を越えて消防力を補い合う仕組みまで含めて構成されているのである。

 さらに、消防指令業務を共同で行っている地域などでは、管轄境界付近で、災害現場により近い消防署や救急隊を出動させる運用が行われる場合がある。ある消防本部で出動可能な隊がなくなった場合に、別の消防本部の隊を出動させる仕組みが導入されている地域もあり、行政区域と実際の出動区域を完全に一致させないことによって、消防力を効率的に利用しようという考え方である。

 ただし、ここで「119番をかければ、行政区域に関係なく必ず最も近い救急車が来る」と考えるのは正確ではない。実際の出動は、それぞれの消防本部の出動計画、消防相互応援協定、共同指令の有無、救急隊の配置や出動状況などによって異なるため、市町村境の向こう側に消防署が見えているからといって、その消防署の救急車が必ずこちら側へ来るわけではない。住民自身が消防制度を判断して出動先を指定するのではなく、119番通報を受けた指令側が地域の運用ルールとその時点の状況に基づいて出動隊を決めることになる。

救急車に乗ってから市町村境を越えることも珍しくない

 今度は話を逆向きにしてみよう。隣の地域から救急車が来る場合ではなく、自分の地域で患者を収容した救急車が、隣の地域へ患者を運んでいく場合である。こちらは救急医療を考えるうえで、さらに重要な意味を持っている。

 救急搬送で問題になるのは、患者がどの市町村の住民なのかだけではなく、その患者の状態に対応できる医療機関がどこにあるのかということである。自宅から最も近い病院が、必ずしも適切な搬送先になるわけではない。患者の症状や重症度によって必要となる診療機能は異なり、医療機関側の受入状況もその時々で変わるため、結果として救急車が消防本部の管轄区域を越えて患者を搬送することがある。

 消防庁の2021年の統計では、救急車による搬送人員は549万1,744人で、このうち出動した救急隊が所属する消防本部の管轄外にある医療機関などへ搬送された人は95万6,723人、全体の17.4%だった。計算すると約5.7人に1人となるため、およそ6人に1人が管外の医療機関などへ搬送されたことになる。

 ただし、この17.4%を「救急患者の17.4%が市町村境を越えた」と読むことはできない。ここでいう「管外」とは、救急隊が所属する消防本部の管轄外という意味であり、市町村の外という意味ではないからである。複数の市町村を1つの消防本部が担当している地域では、救急車が市町村境を越えて病院へ向かったとしても、その病院が同じ消防本部の区域内にあれば統計上は「管内搬送」になる。この違いは細かな制度上の話に見えるが、統計を正しく読むためには欠かせない。

人口5万人未満では、管外搬送が約半数になる

 さらに興味深いのは、消防本部の人口規模によって管外搬送率が大きく異なることである。2021年の消防庁統計で単独消防本部を人口規模別に見ると、大都市では管外搬送率が5.5%だったのに対して、人口30万人以上では11.7%、10万人以上30万人未満では21.6%、5万人以上10万人未満では41.1%、5万人未満では50.3%となっている。人口規模が小さくなるにつれて管外搬送率が高くなる傾向は明瞭であり、消防庁自身もその傾向を指摘している。

 大都市の5.5%と人口5万人未満の50.3%を単純に比率で比較すると、50.3を5.5で割った値は約9.1となるため、人口5万人未満の単独消防本部では、大都市と比べて管外搬送となる割合が約9.1倍だったことになる。ただし、これは「小規模地域の救急体制が9.1倍悪い」という意味でも、「住民が9.1倍危険である」という意味でもない。比較しているのは、あくまでも搬送された患者のうち管外の医療機関などへ運ばれた割合である。

 しかも、この傾向は2021年だけに偶然現れたものではない。人口5万人未満の単独消防本部における管外搬送率を見ると、2009年には47.7%、2013年には48.8%、2015年には49.1%、2021年には50.3%となっており、長期間にわたっておおむね半数前後という高い水準が続いている。単年度の特殊事情だけでは説明しにくい安定した傾向が見られることから、小規模な消防本部において管外搬送が重要な役割を持っていることは、統計的にも確認できる。

では、なぜ人口の少ない地域ほど管外搬送が多いのか

 ここで「人口が少ないから病院が少なく、管外搬送が増えるのだ」と考えたくなる。確かにその説明には現実的な説得力があり、地域内ですべての診療機能を持つことが難しい地域では、隣接地域の医療機関との連携が重要になると考えられる。しかし、統計学的には、ここで一度慎重になる必要がある。

 消防庁の人口規模別統計から直接確認できるのは、「人口規模の小さい単独消防本部ほど管外搬送率が高い傾向がある」という関連であって、「人口が少ないことが原因となって管外搬送が増えている」という因果関係まで証明したものではない。医療機関の数や診療機能だけではなく、消防本部の面積、道路網、地形、隣接都市との距離、地域の医療圏、病院の受入体制など、さまざまな条件が同時に影響している可能性があるからである。

 それでも、人口5万人未満の単独消防本部で約半数が管外搬送となっている事実は、小規模な地域の救急医療を考えるうえで重い意味を持つ。少なくとも、消防本部の管轄区域だけで救急搬送を完結させることが難しい地域が少なくないことを示しており、隣接地域の医療機関を含めた広域的な救急医療の仕組みが、地域住民の生活を支えていることが数字から読み取れる。

管外搬送率が高いことは「悪いこと」なのか

 ここにはもう1つ、数字を読む際の落とし穴がある。管外搬送率が50%を超えていると聞けば、「その地域には病院がなく、救急体制が弱いのではないか」と考えたくなるが、管外搬送率の高さだけから救急体制の良し悪しを判断することはできない。

 たとえば市町村境や消防本部の管轄境界付近に住んでいて、区域内の病院より隣接地域の高度な医療機関の方が近い場合、あえて管外へ搬送した方が合理的なことがある。地域内に必要な診療機能がない患者を、適切な治療のできる地域外の医療機関へ迅速に運べているのであれば、高い管外搬送率は広域的な医療連携が機能している結果とも考えられる。

 逆に、管外搬送率が低いからといって、それだけで優れた救急医療体制だと判断することもできない。救急医療を評価するには、搬送距離や現場到着時間、病院収容までの時間、医療機関の受入能力、重症患者の転帰など、複数の指標を組み合わせて考える必要がある。管外搬送率は地域医療の構造を見るための重要な数字ではあるが、それ単独で地域の救急体制を採点する数字ではないのである。

市町村境より「どこで治療できるか」が重要になる

 人間の病気は行政区分を知らない。心筋梗塞になった患者の心臓が「ここは○○町だから町内の病院へ行こう」と判断することはなく、脳卒中も交通事故も市町村境で止まってはくれない。そのため救急医療では、行政区域とは別に、どこにどのような診療機能を持つ医療機関が配置されているのかという地域全体の構造が重要になる。

 ここまでを整理すると、救急車が境界を越える現象には、大きく異なる2つの場面があることがわかる。1つは、救急隊そのものが自分の通常の管轄区域を越えて応援に向かう場合であり、もう1つは、自分の管轄区域で患者を収容した救急車が、適切な医療機関を求めて管轄外へ搬送する場合である。前者には消防相互応援や共同指令などの仕組みが関係し、後者には患者の状態や医療機関の配置、受入状況などが関係するため、同じ「境界を越える救急車」に見えても制度上の意味は異なっている。

大災害になれば境界はさらに大きく越えられる

 そして災害の規模が大きくなれば、境界を越える仕組みはさらに広域になる。通常の市町村や消防本部だけでは対応できない事態では消防相互応援が行われ、それでも対応が難しい大規模・特殊災害では、都道府県の区域を越える広域的な消防応援体制が動くことになる。

 普段は町の消防署に置かれている1台の消防車や救急車も、大規模災害が発生すれば、行政区域を越えて連携する大きな消防ネットワークの一部になる。日常時には市町村という単位が消防行政の責任を明確にし、その単位だけでは対応できない状況では境界を越えて消防力を補完するという二重の構造が、日本の消防制度を支えているのである。

境界に住んでいる人ほど、この仕組みの意味は大きい

 市町村の中心部に住んでいると、市町村境と救急の関係を意識することはほとんどないかもしれない。しかし、市町村境に近い地域、とりわけ人口の少ない地域では事情が変わる。自分の自治体の中心部へ向かうより隣の市町村へ向かった方が病院や商業施設、鉄道駅などが近いという地理は十分にあり得るからである。

 ここでは行政区域と生活圏のずれが生まれる。買い物は隣の市、通院も隣の市、鉄道を利用するにも隣の市へ出るという生活をしている人にとって、市町村境は日常生活を分断する線ではない。救急医療についても同様であり、人口5万人未満の単独消防本部で管外搬送率が約半数に達しているという数字は、行政区域だけを眺めていては地域の医療を理解できないことを象徴しているようにも見える。

 人口減少が続く地域では、すべての市町村が消防力と高度な医療機能をそれぞれ単独で抱えることが難しくなる可能性があり、消防指令、救急隊、医療機関を市町村境を越えてどのようにつなぐかという問題は、今後さらに重要になるだろう。ただし、単純に行政区域を広げれば解決するわけではなく、現場到着までの時間、救急隊の配置、病院までの距離、地域ごとの人口分布などを踏まえて考える必要がある。

地図に引かれた線と、命を運ぶ道路

 「救急車は市町村境を越えられるのか」という問いだけなら、答えは「越えることがある」で終わる。しかし、その短い答えの背後には、日本の地方行政と救急医療が持つ興味深い構造が隠れている。

 消防は市町村を基本としているが、市町村境と消防本部の管轄境界は必ずしも一致せず、消防本部の境界を越える必要が生じれば相互応援などの仕組みがある。患者を搬送する段階では、さらに管轄区域を越えて医療機関へ向かうことがあり、2021年には全国の搬送人員の17.4%が管外搬送だった。人口5万人未満の単独消防本部に限れば50.3%に達しており、大都市の5.5%と比べると約9.1倍という大きな差がある。ただし、この数字は地域の救急体制の優劣を直接示すものではなく、地域の人口規模、医療機関の配置、道路や地理的条件、周辺都市との関係などが重なって生まれた結果として読む必要がある。

 道路を走っていると、「ここから○○市」という標識を救急車も通過する。その瞬間に車体が止まることも、サイレンが消えることもない。行政にとって市町村境は責任の範囲を定める大切な線である一方、救急医療にとって重要なのは、その線のどちら側にいるのかだけではなく、助けを必要としている人のところへどれだけ適切に消防力を届け、その人を必要な治療につなげられるかということである。

 地図には境界線が引かれている。しかし道路の上には、その線は描かれていない。救急車が見えない境界を越えて走っていく姿は、市町村という制度によって社会を整理することの必要性と、人の命を守る仕組みがその境界だけでは完結しないという現実を、同時に映している。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 病院から自宅へ帰る日は、多くの高齢者にとって待ち望んだ日である。見慣れた玄関を開け、いつもの椅子に腰を下ろし、自分の布団で眠れるとなれば、「ようやく元の暮らしに戻った」という安心感が生まれる。しかし、退院とは病気の治療が一区切りついたことを意味していても、生活能力が入院前の状態まで戻ったことを意味するわけではない。病院では時間になれば食事が運ばれ、薬は管理され、床を自分で掃除する必要もなく、体調が悪ければすぐに職員へ伝えることができるが、自宅へ戻った瞬間から、それまで病院という仕組みが支えていた仕事の多くを本人や家族が引き受けることになる。

 冷蔵庫に食べ物がなければ買い物へ行き、食材があれば調理し、食べ終えれば片付け、洗濯物がたまれば洗い、決められた日には病院へ行かなければならない。入院前には何気なくこなしていた動作でも、入院によって体力や筋力が落ちた高齢者にとっては、1つずつの負担よりも、それらが毎日の生活の中で連続して現れることのほうが問題になる。退院直後の7日間とは、単に病気の続きを自宅で療養する期間ではなく、「患者として支えられる暮らし」から「自分で生活を組み立てる暮らし」へ移る時間なのである。

「どれが一番不足するか」は、実は簡単には決められない

 食事、買い物、通院、家事の4つを並べたとき、どれが最も不足しやすいのかを1つだけ選びたくなるが、現在の研究から全国の高齢者について明確な順位をつけることは難しい。退院後1週間という時期を直接調べた研究では、何らかの支援が足りない高齢者が少なくなく、特に家事に困難を抱える人が多いことも報告されている一方、栄養状態の悪化が再入院などの不良な経過と関係することも知られているため、「最も多い問題」と「最も健康に影響する問題」は分けて考えなければならない。

 ここで重要なのは、発生する人数が多いこと、健康への影響が大きいこと、他の生活問題の影響が集まりやすいことは、それぞれ別の性質だということである。家事に困る人が多かったとしても、それだけで家事が最も危険だとは言えず、低栄養が再入院と関係していたとしても、それだけで食事に困る人が最も多いとは言えない。したがって、この4項目を単純な順位表にするよりも、「どの問題がどのように生活を崩していくのか」を見るほうが、退院直後の現実に近い。

家事は、決して小さな問題ではない

 退院後の生活で見落とされやすいものの1つが家事である。病院の廊下を歩けるようになり、トイレにも自分で行けるようになったからといって、自宅で掃除機を動かし、洗濯物を干し、風呂を洗い、ゴミ袋を持って外まで運べるとは限らない。むしろ家事には、病院内では試されにくい動作が多く含まれており、立ったりしゃがんだり、物を持って移動したり、腕を上げたりする作業が何度も重なることで、本人が想像していた以上に疲労することがある。

 掃除や洗濯の一部は数日延ばせることもあるが、だからといって重要度が低いわけではない。洗濯物がたまり、台所が片付かず、ゴミを出せない状態が続けば、生活環境そのものが悪化し、自宅で暮らし続けることが難しくなる。退院後1週間という早い時期の調査で家事の困難が目立ったという報告があることを考えれば、「家事は後回しにできるから問題が小さい」と考えるより、退院後の自立生活を支える中心的な能力の1つとして見る必要がある。

買い物の問題は、店まで歩けるかどうかだけではない

 買い物についても、単純にスーパーまで行けるかどうかだけを見ていては十分ではない。店まで歩くことができても、米や牛乳、野菜を持って帰る体力がなければ買い物は成立せず、歩行器や杖を使っていれば両手を自由に使えないこともある。車を運転していた人が入院をきっかけに運転を控えるようになれば、今まで何の問題もなかった距離が突然大きな壁になることもある。

 一方で、買い物には代替手段を作りやすい面もある。家族に頼む、宅配を利用する、配食サービスを使う、近所の人に手伝ってもらうといった方法によって、「本人が店まで行く」という行為そのものを外部へ任せられる場合がある。しかし、代わりの手段が使えるかどうかは、家族構成、地域の交通事情、経済状態、サービスの有無によって大きく違うため、買い物の困難は地域差が非常に大きい問題でもある。

[過去記事]スーパーがなくなった地域で高齢者は30年後も買い物できるのか

通院は回数が少なくても、1回の失敗が大きい

 通院は、食事や家事のように毎日行うものではないが、回数が少ないから重要度が低いわけではない。退院後の診察では、病状の確認、薬の調整、検査結果の確認などが行われるため、その1回に行けないことが治療全体へ影響することがある。本人が長い距離を歩けなくなっていれば、家族の付き添い、タクシー、介護サービスなどが必要になり、予約時刻に合わせて身支度をして外出するだけでも大きな負担になる。

 ただし通院には、生活上の問題として周囲から発見されやすいという特徴がある。次回受診日が決まっていれば、その日を基準に家族が予定を立てたり、移動手段を準備したりしやすいからである。これに対して、食事や家事の不足は毎日の中で少しずつ起こるため、「今日はできなかった」という1回だけでは問題として認識されにくく、本人自身も「まだ何とかやれている」と考えやすい。

[過去記事]外房で病院や診療所が減ったらどこまで通院できるのか~医療機関までの距離と高齢者生活を考える

食事は「最も多い問題」ではなくても、生活の変化が集まりやすい

 食事について最も慎重に考えたいのは、「最も不足する」と断定することではなく、他の生活上の問題が流れ込みやすいという性質である。買い物へ行けなければ食材が減り、家事能力が落ちれば調理や後片付けが負担になり、体力が落ちれば台所に長く立つことが難しくなる。その結果として、食卓に並ぶ料理が簡単になり、食事量が減り、食品の種類が少なくなることがある。

 しかも、冷蔵庫に食べ物が入っていることと、十分な食事ができていることは同じではない。卵や豆腐、野菜があっても調理する体力がなければ料理にはならず、本人が「食べた」と答えていても、実際にはパン1個とお茶だけだったということもあり得る。食事の不足は、食べ物が完全になくなる形だけで起こるのではなく、量が少なくなる、品数が減る、調理が単純になる、食事回数が減るという形で静かに進むことがある。

 この点で、食事は退院後の生活を見るうえで重要な窓になる。食事そのものが最も多い問題だと証明されているわけではないが、「何を食べているか」をたどっていくと、買い物へ行けるか、台所に立てるか、料理をする意欲があるか、家族に頼めるかといった生活上の事情まで見えてくるからである。

低栄養が重要なのは、「発生人数」ではなく「その後への影響」である

 高齢者の栄養状態が重要視される理由の1つは、低栄養がその後の健康状態と関係しているからである。高齢者を対象にした複数研究をまとめた分析では、低栄養の人では30日以内の再入院リスクが高いことが報告されている。これは、食事の問題が生活の中で見逃された場合、その影響が単なる空腹にとどまらず、身体機能の回復や再入院にも関係する可能性を示している。

 しかし、ここでも注意が必要である。低栄養の人ほど再入院しやすいという事実は、「食事に困る人が買い物や家事に困る人より多い」という意味ではない。統計的には、ある問題が起きたときの影響の大きさと、その問題がどれくらいの人数に起きるかは別に評価しなければならないため、食事については「頻度が最も高い」とするより、「起きたときに見過ごしたくない問題」と位置づけるほうが正確である。

最初の7日間を見る意味

 では、なぜ退院後の最初の7日間に注目するのか。それは、7日目に何か医学的な境界があるからではなく、この時期が病院から自宅への移行が最も濃く表れる期間だからである。退院直後から数週間は再受診や再入院が起こる時期でもあり、特に早い段階のフォローが重要であることは複数の研究でも示されている。

 退院当日は家族が迎えに来て、食品を買い、冷蔵庫を満たしてくれるかもしれない。しかし、その支援が毎日続くとは限らず、数日が過ぎるうちに、本人自身の生活能力が少しずつ表面に出てくる。ここで重要なのは「3日目に問題が現れる」と決めることではなく、退院当日の特別な支援が薄れていく過程で、本来の生活上の困難が見えてくることがあるという点である。

病院で歩けることと、自宅で暮らせることは同じではない

 退院判断では、歩行、排泄、食事など基本的な動作が確認されるが、自宅での生活には、それだけでは測れない仕事が数多くある。病院内で50メートル歩けたとしても、自宅ではその途中に玄関の段差があり、洗濯物があり、ゴミ袋があり、スーパーから持ち帰る荷物がある。病院で確認される身体能力と、実際に自宅生活を成立させる能力との間には、思っている以上の距離がある。

 この距離を考えるうえで重要なのが、IADL(Instrumental Activities of Daily Living・手段的日常生活動作)である。買い物、食事の準備、掃除、洗濯、服薬管理、金銭管理などは、単に身体が動くかどうかではなく、その人が地域の中で生活を組み立てられるかを示す。退院後の生活を考えるときには、歩けるか、立てるかという身体機能だけでなく、毎日の暮らしを自分で回せるかという視点が必要になる。

[過去記事]一人暮らしの高齢者の異変に最初に気づくのは、家族・隣人・宅配業者の誰なのか

4つを順位づけするより、「生活が崩れる入口」を探す

 食事、買い物、通院、家事の4つについて、現在の研究から全国共通の第1位を決めることはできない。退院後1週間では家事の困難が目立つ研究もあり、交通事情によっては買い物や通院が最大の問題になる人もいる。一方で、食事は他の問題の影響を受けやすく、低栄養になった場合にはその後の健康にも関係するため、特に注意して見る価値が高い。

 だから退院後の7日間に必要なのは、「何が一番足りないか」を機械的に決めることではない。その人の場合、どこから生活が崩れ始めるのかを見つけることである。ある人では掃除や洗濯ができないことから始まり、別の人では買い物に行けないことから始まり、また別の人では診察日に病院まで行く手段がないことから始まる。その中で、食事は多くの生活機能の変化が表れやすいため、暮らし全体を見る手がかりになりやすい。

 退院の日には、薬の数や次の診察日を確認することが多い。しかし、その人が本当に自宅で暮らし続けられるかを見るなら、「明日の朝、何を食べますか」「洗濯はどうしますか」「次の診察にはどうやって行きますか」「食べ物がなくなったら誰が買いに行きますか」と、生活そのものを尋ねる必要がある。

 そこで具体的な答えが返ってくれば、退院後の生活はある程度組み立てられている。一方、「何とかなるでしょう」という言葉の後に長い沈黙があれば、その沈黙の中には、台所に立ち続けられない体力、買い物袋を持てない腕、掃除のできない疲労、病院まで行く交通手段の不足、頼れる人の少なさが隠れているかもしれない。

 退院できたことと、自宅で暮らせることは同じではない。退院後7日間に本当に確認すべきなのは、食事、買い物、通院、家事のどれが全国で第1位なのかではなく、その人の暮らしのどこに最初のほころびが生まれているのかである。そして、そのほころびを早く見つけるために、食卓、台所、洗濯物、買い物袋、次の診察日といった、ごく普通の日常を見ることが重要なのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 山あいの集落に、決まった曜日になると一台の診療車がやって来る。公民館の前に車が止まり、地域の高齢者が順番を待つ。巡回診療という言葉から連想されるのは、いまでもそんな風景かもしれない。それは医療機関の少ない地域を長く支えてきた仕組みでありながら、一方では「病院へ行けない人に最低限の診療を届けるもの」という印象もまとっている。

 しかし、2026年の医療技術と通信環境を前提に、この巡回診療をもう一度考え直してみると、別の姿が見えてくる。超音波診断装置や心電計は小型化し、少量の検体で結果を得られる検査装置も実用化されている。通信技術の進歩によって、患者のいる場所と専門医のいる場所が同じでなくても、一定の診療情報を共有しながら医療を提供できるようになった。電子処方箋や診療情報の電子的な共有も整備が進み、2026年4月にはオンライン診療が医療法上に明確に位置付けられ、巡回診療についても行政手続の見直しが行われた。

 そうなると、問いは「巡回診療を残すべきか」というところにはとどまらない。昔からある巡回診療を、現在の医療技術と制度によってどこまで別の医療システムへ進化させられるのか、という問いに変わってくる。

 本稿では、その仕組みを便宜上「巡回型高度診療体制」と呼んでみたい。ただし、これは現在存在する正式な制度名称ではなく、大型病院をそのまま車輪の上に載せるような構想でもない。現実的なのは、病院が持っている機能のすべてではなく、そのうち「患者の状態を把握し、必要な診療や検査、次の受診先を適切に判断する機能」の一部を地域へ運ぶという考え方である。

 もっとも、技術的に実現できることと、医学的に安全であること、法律上実施できること、さらに経済的に合理的であることは、それぞれ別の問題である。巡回診療の高度化を論じる際には、この四つを混同しないことが重要になる。

高度化とは、巨大な医療機器を積み込むことなのか

 高度な巡回医療と聞けば、CT(Computed Tomography・コンピュータ断層撮影)装置や高度な検査設備を積んだ巨大な診療車を想像するかもしれない。実際、海外ではCTを搭載したMSU(Mobile Stroke Unit・脳卒中専用移動診療車)が運用されており、脳卒中が疑われる患者のもとへ診断機能を運び、現場で画像診断を行って血栓溶解療法を早く始める取り組みが行われている。

 2021年に発表された米国の大規模な比較研究では、血栓溶解療法の適応がある患者について、発症から治療開始までの時間の中央値が、移動型脳卒中診療車では72分、通常の救急医療では108分だった。つまり、治療開始が中央値で36分早くなっている。さらに、論文発表後の訂正を反映した結果では、90日後に日常生活上の障害がほとんどない良好な機能的予後を示した患者の割合が、移動型診療車群で53.5%、通常救急群で45.5%となり、8.0パーセントポイントの差が報告されている。

 この研究は、高度医療の一部を患者の側へ移動させることによって、治療開始時間や患者の予後を改善できる場合があることを示している。ただし、脳卒中は治療開始までの時間が予後に強く関係する疾患であり、この結果を高血圧、糖尿病、慢性心不全などを中心とする一般的な巡回診療へそのまま当てはめることはできない。また、比較研究で確認された改善が、すべての地域で同じ程度に得られるとも限らない。

 CTを搭載すれば、車両重量、電源設備、放射線防護、医療機器の保守、操作する医療従事者の確保など、多くの問題が生じる。一日に数人しか診療しない地域へ高額な設備を配置すれば、固定した医療機関に設置する場合より利用効率が低下する可能性もある。技術的に可能だからといって、社会システムとして合理的とは限らないのである。

 そこで「高度」という言葉を、機械の値段や大きさから切り離して考える必要がある。高度な巡回診療とは、高価な装置をできるだけ多く搭載することではなく、地域で取得できる診療情報を充実させ、その情報を適切な医療判断につなげる仕組みとして捉える方が現実的ではないだろうか。

「とりあえず病院へ」の前にできること

 例えば、高齢者が巡回診療で「このところ少し息切れがする」と訴えたとする。従来型の小規模な巡回診療であれば、問診、聴診、血圧測定などを行い、異常が疑われれば精密検査のために病院を受診するよう説明することが考えられる。それは適切な医療判断の一つだが、患者から見ると、症状の原因が十分に分からないまま遠方の病院へ向かわなければならない場合もある。

 そこに心電図、血中酸素飽和度の測定、携帯型超音波診断装置、POCT(Point-of-Care Testing・患者のそばで行う臨床現場即時検査)などが加わると、診療に利用できる情報が増える。心不全、不整脈、呼吸器感染症、貧血などの可能性を検討する材料が得られ、必要に応じて心電図や超音波画像を離れた医療機関の医師へ送ることもできる。

 例えば、心不全が疑われる患者では、肺に水分が貯留していることを示唆する所見を、肺の超音波検査によって評価できる場合がある。2025年に公表された38研究、計6,783人を対象とする統合解析では、肺超音波による心不全診断について、感度92%、特異度90%という結果が報告された。感度とは病気のある人を陽性と判定できる割合であり、特異度とは病気のない人を陰性と判定できる割合である。

 ただし、この数値を巡回診療車の診断精度としてそのまま使用することはできない。研究間には患者の状態、検査方法、実施者の技術などに大きな違いがあり、診療現場で同じ性能が再現されるとは限らない。また、肺超音波によって心不全に関連する肺の所見を評価することと、心臓超音波検査によって心臓の収縮機能や弁の状態を評価することは、目的も必要な技術も異なる。

 携帯型超音波診断装置は、十分な訓練を受けた医療者が適切な目的で使用すれば有用な補助的検査になり得るが、専門医による正式な画像検査や総合的な診断を完全に置き換えるものではない。重要なのは、巡回車の中で確定診断まですべて終えることではなく、従来より多くの情報を持った状態で、次の行動を判断できるようになることである。

検査機器が増えても、病気の見逃しはなくならない

 ここで注意しなければならないのは、診断能力が向上することと、重大疾患を見逃さなくなることは同じではないという点である。どれほど性能の高い検査であっても、偽陽性と偽陰性が存在する。偽陽性とは実際には病気がないのに陽性となることであり、偽陰性とは病気があるのに陰性となることである。

 先ほどの肺超音波検査の感度92%、特異度90%という数値を使って、仮に検査対象者1,000人のうち100人が心不全だった場合を考えてみる。この数値がそのまま適用できると仮定すると、心不全の100人のうち92人が陽性となる一方、8人は陰性と判定される。また、心不全ではない900人のうち90人が陽性となり、810人が陰性となる。したがって、陽性と判定された182人のうち、実際に心不全であるのは92人であり、陽性的中率は約50.5%となる。

 これは仮想的な計算であり、実際の巡回診療における患者構成や検査性能を示したものではない。しかし、検査の感度や特異度が高くても、対象集団における病気の割合によって検査結果の解釈が大きく変わることを示している。特に、病気の割合が低い集団では、陽性と判定された人の中に偽陽性が相当数含まれることがあり、逆に検査が陰性でも重大な疾患を完全に否定できるわけではない。

 巡回型高度診療体制を導入する場合、こうした限界を踏まえた診療手順が必要になる。強い胸痛、重度の呼吸困難、意識障害、著しい低酸素状態などが認められる患者では、携帯型検査の結果を待つことによって救急搬送が遅れてはならない。診療車で対応できる範囲、直ちに救急搬送すべき状態、専門医へ相談すべき条件を明確にし、現地の医療者が判断に迷った場合の連絡体制も整えておく必要がある。

 したがって、巡回診療の高度化を評価する指標は、検査件数や診断の的中率だけでは不十分である。重大疾患の見逃し、搬送の遅延、受診後の予期しない入院、短期間での再受診なども確認しなければならない。高度化とは、単に診断に使える機器を増やすことではなく、患者をより安全に適切な医療へつなぐ判断能力を高めることなのである。

専門医を配置するのではなく、専門医につなぐ

 地方医療が抱える難問の一つは、専門医の配置である。循環器内科、脳神経内科、皮膚科、眼科などの専門医を、人口数千人規模の地域へそれぞれ常勤配置することは、患者数や人材確保の面から難しい。人口減少が進むほど、専門医を地域ごとに配置する方式の維持はさらに困難になる可能性がある。

 しかし、専門医の身体を常に地域へ置くことができないからといって、その専門知識へ地域住民がアクセスできない状態を当然と考える必要はない。通信技術を利用すれば、現地の医療者が取得した検査結果を専門医が確認したり、必要な場合に患者と専門医がオンラインで診療を行ったりすることが可能になる。

 日本国内でも、こうした仕組みを取り入れた医療車両の導入が始まっている。鹿児島県薩摩川内市では、2025年4月に「走る診察室」と呼ばれる医療MaaS(Mobility as a Service・移動サービスを医療提供に組み合わせた仕組み)の運行が始まり、医療機関へのアクセスが難しい地域へ日常的な医療を届ける取り組みが行われている。また、高知県では2022年12月に大井田病院へ医療車両が導入され、遠隔聴診器、携帯型心電計、超音波診断装置、通信設備などを搭載した診療環境が整備された。

 これらの取り組みは、医療機器と通信環境を備えた車両によって、住民の生活圏に診療機能を近づけることが技術的に可能であることを示している。ただし、車両が導入されたという事実と、患者の健康状態が改善したこと、さらには事業の費用対効果が優れていることは別である。実際にどれだけの患者が利用し、どのような疾病を診療し、受診負担や健康状態がどの程度変化したかについては、継続的な評価が必要になる。

 それでも、ここから見えてくる方向性は重要である。巡回診療車を一人の医師が乗って地域を回るだけの「移動する診療所」から、地域と複数の医療機関を結ぶ「移動する医療接続拠点」へ発展させられる可能性があるからだ。

 同じ車両であっても、ある日は循環器専門医に心電図や超音波画像を送り、別の日には皮膚病変の画像を皮膚科医へ送り、慢性疾患患者については地域のかかりつけ医と基幹病院が検査結果を共有することが考えられる。もちろん、すべての診療科がオンライン診療に適しているわけではなく、触診や処置、精密な身体診察が必要な場合には対面診療が欠かせない。

 また、専門医が画像を確認して現地の医師へ助言することと、専門医自身が患者にオンライン診療を行うことは、医療上も制度上も同じではない。診断や治療の責任を誰が負うのか、必要な場合に誰が対面診療を実施するのか、遠隔側の医師の時間をどのように確保するのかをあらかじめ定めておかなければならない。

 人口数千人の町に五人の専門医を常勤させることと、必要に応じて五人の専門医へ相談できる体制を整えることでは、必要な人材や費用の構造が異なる。地方の医師不足を人員配置の均等化だけで解決しようとするのではなく、適切な医療判断へアクセスできる機会をどのように確保するかという視点も必要になるだろう。

2026年の制度改正は何を変えたのか

 巡回型高度診療体制を考えるうえで、2026年は制度面でも重要な節目となった。2026年4月1日から、オンライン診療に関する規定が医療法上に施行され、オンライン診療の定義や実施に関するルールが整備された。また、患者が医療機関から離れた場所でオンライン診療を受けるための「オンライン診療受診施設」が医療法に位置付けられた。

 これにより、一定の条件を満たす施設を利用して、患者が遠隔地の医師からオンライン診療を受ける制度的な枠組みが明確になった。公民館や郵便局など、従来の医療機関とは異なる場所を医療アクセス確保のために活用することも想定されている。

 ただし、オンライン診療受診施設の制度が整備されたことと、すべての巡回診療車が自動的にその施設として認められることは同義ではない。施設の設置に関しては所在地などの届出が必要であり、移動する車両を複数の集落で利用する場合には、その具体的な運用方式が制度上どのように扱われるかを確認しなければならない。オンライン診療受診施設として運用するのか、既存の医療機関による巡回診療として運用するのかによっても、適用される手続きが異なり得る。

 さらに重要なのは、2026年3月27日に厚生労働省が「巡回診療の医療法上の取り扱いについて」を改正したことである。従来、巡回診療では実施場所などを記した計画の提出が求められていたが、改正後は、実施主体が診療実績を記録し、行政の求めに応じて提出できる体制を確保する旨をあらかじめ申し出た場合、実施場所を町や字などの「地区」単位で記載できるようになった。

 また、既存の病院や診療所が、その所在地と同じ都道府県内で条件を満たす巡回診療を行う場合には、新たな診療所の開設手続きを必要としない取扱いが示されている。ただし、巡回診療の必要性、実施主体、既存医療機関の通常診療に支障を生じさせないことなど、満たすべき条件は存在する。巡回診療車であれば無条件に手続きが簡略化されるわけではない。

 この見直しは、複数の集落を巡回する医療機関にとって、実施計画の作成や変更に関する行政上の負担を軽減し得るものと考えられる。しかし、行政手続が簡素化されたことと、医師や看護師が行える医療行為の範囲が広がったことは別であり、診療報酬が自動的に増えるわけでもない。

 看護師が医療機器を操作する場合には、医師の指示や適切な教育、安全管理などが必要になる。遠隔の医師による診療についても、オンライン診療に関する指針や必要な届出、保険診療上の算定要件などを確認しなければならない。法律上実施できる医療と、公的医療保険によって費用を回収できる医療を区別することは、事業の持続可能性を検討するうえで欠かせない。

 2026年の制度改正によって、巡回型高度診療体制の実現を検討しやすい環境が整いつつあることは確かである。ただし、それは構想のすべてが一つの制度で認められたという意味ではなく、複数の法制度を適切に組み合わせるための条件が以前より明確になってきたということである。

医療までの距離は、道路の長さだけではない

 地方医療について語るとき、「病院まで三十キロ」「救急病院まで車で四十分」という表現がよく使われる。しかし、住民にとって意味があるのは地図上の距離だけではなく、必要な医療に到達するまでの時間と負担である。

 病院が十キロ先にあっても、自動車を運転できない高齢者が一日に数本しかないバスを使わなければならないなら、その病院は生活上かなり遠い。反対に、病院が三十キロ離れていても、定期的に巡回する医療車両で初期診察や検査を受け、必要な患者だけが予約された病院へ向かえるなら、医療への実質的なアクセスは改善する可能性がある。

 この視点から見ると、巡回型高度診療体制の役割は「病院の代替」ではなく、「地域で対応できる医療と、病院で対応すべき医療を適切に振り分ける入口」にある。血圧の薬をもらうために半日を使い、慢性疾患の定期検査のために家族が仕事を休んで送迎し、症状の程度が分からないため遠方の医療機関へ出かける。患者の時間だけでなく、家族の時間、自家用車の費用、交通サービスの運営費まで含めれば、通院には社会全体として多くの資源が投入されている。

 巡回診療によって、こうした移動の一部を地域内で完結させられる可能性はある。症状の初期評価が充実すれば、精密検査が必要な患者を早めに見つける一方、医学的に安全な範囲で長距離通院を減らすことも考えられる。

 ただし、巡回診療が普及すれば必ず通院回数や医療費が減少するとは限らない。これまで受診機会が乏しかった住民が新たに受診するようになれば、地域全体の受診件数が増える可能性がある。また、巡回診療によって病気が早期に発見されれば、病院での精密検査や治療につながる患者が増えることも考えられる。

 その結果、医療費や通院回数が増えたとしても、直ちに政策の失敗とは評価できない。必要だった医療を受けられなかった人が適切な診療を受けられるようになること自体に、公衆衛生上の価値があるからだ。医療費を減らすことと、医療アクセスを改善することは、必ずしも同じ方向へ動くわけではない。

 したがって、巡回型高度診療体制の効果は、単に病院への通院件数が減ったかどうかではなく、必要な医療を受けられる住民が増えたか、重大な病気の発見や治療が適切に行われたか、患者と家族の負担がどの程度変わったかという複数の観点から評価すべきである。

令和の巡回診療は孤立した診察室でなくなる

 従来の巡回診療には、診察場所と医療情報が分離してしまうという構造的な弱点があった。診療車が地域に来ても、患者の過去の検査結果は病院にあり、薬の情報は薬局にあり、以前どのような病気を診断されたかは患者本人の記憶に頼ることもあった。診察する場所だけを患者の近くへ動かしても、その場に必要な情報がなければ診療能力には限界がある。

 現在は、オンライン資格確認を通じた一定の診療情報や薬剤情報の参照、電子処方箋、オンライン服薬指導などの仕組みが整備されつつある。これらを適切に組み合わせることができれば、巡回診療車で患者を診察し、参照可能な過去の情報を確認し、必要な処方や薬局との連携につなげる流れを構築できる可能性がある。

 もっとも、医療情報の電子化が全国で完成したわけではない。厚生労働省が公表した2026年6月時点の電子処方箋の導入率は、医療機関と薬局を合わせた全体で41.3%だった。施設別では薬局が90.5%に達している一方、病院は20.9%、医科診療所は29.5%、歯科診療所は10.7%にとどまっている。

 この数値は、オンライン資格確認等システムを導入した施設を基礎とする集計であり、すべての医療施設を分母にした単純な割合とは限らない。また、施設別の導入率を単純平均したものでもない。薬局では電子処方箋の導入が大きく進んでいるものの、処方箋を発行する医療機関側では普及の途上にあることが分かる。

 さらに、電子処方箋が利用できることと、診療録、画像、検査結果などの医療情報が医療機関を越えて全面的に共有されていることは別である。情報の種類によって参照可能な範囲は異なり、患者の同意や利用するシステム、医療機関側の整備状況にも左右される。

 したがって、巡回型高度診療体制を構築する際には、全国どこでも医療情報が完全に共有されているという前提を置いてはならない。情報を電子的に参照できない場合には、診療情報提供書やお薬手帳、患者への確認など、従来の方法を組み合わせて必要な情報を確保する体制も必要になる。

 また、診療車と病院、薬局を通信で結ぶ場合には、個人情報保護と情報セキュリティーも重要になる。患者情報の誤送信、不正アクセス、通信障害、機器故障などへの対策を講じ、通信が途絶えた場合にも患者の安全を確保できる手順を用意しておかなければならない。

 こうした課題を踏まえても、医療情報の接続性が巡回診療の価値を左右することに変わりはない。巡回車にどれだけ高価な医療機器を積み込むかよりも、既存の病院、診療所、薬局との間で必要な情報を安全かつ確実に共有できるかという点が、診療体制全体の能力を決める重要な要素になるのである。

病院はなくならない。それどころか、むしろ重要になる

 医療技術の進歩について語ると、議論はしばしば「それなら病院はいらなくなるのではないか」という方向へ飛躍する。しかし、巡回診療が高度化しても、病院の役割がなくなることはない。

 急性心筋梗塞に対するカテーテル治療、脳卒中に対する高度画像診断や血管内治療、手術、輸血、人工呼吸管理、集中治療などは、十分な設備と多数の医療職が存在する医療機関でなければ実施できない。また、オンライン診療では対面診療より得られる情報が限定されるため、必要な場合に対面診療へ移行できる体制が求められる。

 したがって、巡回型高度診療体制は病院をなくす仕組みではなく、病院の機能をより適切に利用するための仕組みとして考えた方がよい。地域で安全に対応できる患者には生活圏で診療を提供し、精密検査や高度な治療を必要とする患者は病院へつなぐ。この役割分担が成立すれば、患者が必要な医療機能へ到達する経路を改善できる可能性がある。

 ただし、巡回診療によって病院の負担が必ず減るわけではない。巡回診療で新たに病気が発見されれば、病院への紹介が増える場合もある。また、病院側には、遠隔診療への対応や巡回診療から紹介された患者の受け入れなど、新たな業務が生じる可能性もある。

 重要なのは、病院の患者数を機械的に減らすことではなく、病院でなければ提供できない医療と、地域で安全に提供できる医療を適切に分担することである。巡回診療と病院は競争相手ではなく、制度と運営を適切に設計すれば、互いの機能を補完する関係になり得る。

最大級の課題は、稼働率と運営の持続可能性である

 巡回型高度診療体制は、技術的にはすでに実現可能な要素を多く持っている。必要な医療機器や通信技術が存在し、国内でも医療車両を活用した取り組みが始まっている。しかし、技術的にできることと、十年、十五年にわたって持続可能な医療提供体制になることは同じではない。

 診療車を購入し、最新の医療機器を搭載することは、資金が確保できれば実現可能である。難しいのは、その車両を日常的に使い続けることである。医師や看護師を誰が確保するのか、車両を誰が運転するのか、医療機器を誰が管理し、故障時には誰が修理するのか、通信が途切れた場合にどう対応するのか、遠隔側の専門医が診療に参加する時間をどのように確保するのかという問題が続く。

 なかでも、持続可能性を左右する重要な課題の一つが稼働率である。患者が一日に数人しかいない地域へ、医療職と高価な機器を積んだ車両を一日かけて走らせれば、一人当たりの診療コストは高くなりやすい。反対に、一定数の患者を継続的に診察でき、複数の集落を効率的に巡回できるのであれば、同じ設備でも費用を分散させることができる。

 この関係は、簡単な数理モデルによって確認できる。一人当たりの診療コストは、年間固定費を年間診療件数で割り、そこへ一件当たりの変動費を加えることで概算できる。年間診療件数は、一日の平均診療件数に年間診療日数を掛けた値である。

 仮に、車両、医療機器、人件費、通信費、管理費などを含む年間固定費を3,000万円、年間稼働日数を200日、患者一人当たりの検査試薬や医療消耗品などの変動費を1,500円とする。この場合、一日5人を診察すると年間1,000件となり、一件当たり総費用は31,500円になる。一日10人なら16,500円、15人なら11,500円、20人なら9,000円、30人なら6,500円となる。

 これらは実際の国内事業の費用を示す数値ではなく、稼働率が一人当たり費用に与える影響を確認するための仮定である。現実には、診療件数が増えると医療従事者の追加配置や車両の増車が必要になり、固定費も一定とは限らない。また、医療内容によって検査費用は大きく異なるため、この計算結果だけで事業の採算性を判断することはできない。

 さらに、一日に何人診察できるかには時間的な制約がある。仮に一日の勤務時間を480分とし、集落間の移動、準備、片付け、記録などに150分を使うとすれば、直接診療に充てられる時間は330分になる。一人当たり20分を要する診療では理論上16人程度、30分を要する診療では11人程度が目安となる。検査待ちや患者の状態によっては、さらに少なくなる可能性がある。

 看護師による検査や医師による診療を並行して進めれば、処理能力を高められる場合もある。しかし、遠隔医師の診療時間、検査装置の数、患者の移動能力、通信環境などが制約となることもある。したがって、一日20人、30人を診察できることを当然の前提として事業計画を立てるのは適切ではない。

 巡回型高度診療体制においては、患者数だけでなく、診療内容、必要な医療職の人数、車両の移動時間、利用できる診療時間を同時に考える必要がある。最新医療機器の性能よりも、限られた時間と人員をどのように配分するかという運営設計が、事業の継続可能性を左右するのである。

診療コストが安ければ、優れた医療制度なのか

 巡回型高度診療体制の費用対効果を評価する場合、一人当たりの診療コストだけで判断してはならない。既存の診療所、訪問診療、通院支援、デマンド交通などと比較し、同じ予算でどのような医療成果が得られるかを調べる必要がある。

 例えば、巡回診療一件当たりの総費用が9,000円であっても、それによって減らせる通院の社会的費用が一件当たり5,000円にとどまるなら、通院負担の削減だけで巡回診療の費用を正当化することは難しい。一方で、それまで医療を受けられなかった住民が受診できるようになり、病気の早期発見や慢性疾患の管理改善につながるのであれば、通院費用の削減額だけでは測れない価値が生まれる。

 ここで重要なのは、誰にとっての費用を比較しているのかという点である。自治体にとっての費用は補助金や事業委託費が中心になる一方、医療機関にとっては人件費、車両維持費、医療機器費用などと診療報酬収入の関係が問題になる。患者にとっては自己負担額、交通費、移動時間が重要であり、家族にとっては送迎や付き添いに要する時間も負担になる。

 また、自治体から医療機関へ支払われる補助金は、自治体にとって支出である一方、医療機関にとっては収入となる。社会全体の費用を計算する際に、この金額を双方で重複して費用計上すれば、実際より費用を大きく見積もってしまう。したがって、自治体財政、医療機関経営、患者負担、社会全体という異なる視点を整理したうえで比較する必要がある。

 経済的な合理性を評価するには、巡回診療を導入した場合と、導入せずに既存の診療体制を維持・改善した場合を比較することが重要になる。単に巡回車の年間運営費を計算するだけでは、他の方法より優れているかどうかは判断できない。

 また、医療政策において費用が安いことは重要だが、それだけが目的ではない。医学的な安全性を損なったり、受診が困難な住民を対象から外したりして費用を削減しても、望ましい医療制度とは言えない。限られた資源の中で、医療の質、安全性、公平性、患者負担をどのように両立させるかが問われるのである。

患者の家まで行けばよいとは限らない

 巡回診療というと、医療者が患者の自宅まで訪ねていく姿を理想と考えがちだが、それが必ずしも最も効率的とは限らない。人口が広く分散した地域で一軒ずつ患者宅を訪問すれば、診療時間より移動時間の方が長くなることがある。

 そこで、集会所、公民館、既存の福祉施設などを診療拠点として活用し、周囲の住民が比較的短い距離を移動して診療を受ける方式が考えられる。診療車は複数の集落を巡回し、専門医は都市部や基幹病院からオンラインで参加する。この組み合わせによって、医療職と患者双方の移動負担を小さくできる場合がある。

 ただし、一般の公共施設を診療場所として使用する場合には、医療法上の取扱いに加え、衛生環境、プライバシー、患者の安全、施設の利用条件などを確認する必要がある。また、医療車両に必要な設備が整っていても、患者の乗降が困難であったり、車いすでの利用に対応できなかったりすれば、実際の利用は制限される。

 この問題は、数学的には施設配置問題や車両経路問題として捉えることができる。住民の分布、道路網、移動時間、診療に必要な時間、車両の運行可能時間などを条件として、診療拠点の場所や巡回順序を決める最適化問題である。

 しかし、単純に地域全体の移動時間を最小化すればよいわけではない。例えば、百人の住民の移動時間をそれぞれ十分短縮できたとしても、自動車を利用できない少数の高齢者が診療を受けられなくなるのであれば、その配置が医療政策として望ましいとは限らない。

 したがって、巡回診療の配置を考える際には、移動時間や費用の最小化に加えて、一定以上の医療アクセスをすべての対象住民に確保するという条件が必要になる。独居高齢者、障害のある人、公共交通を利用できない人などについては、送迎サービスや訪問診療を組み合わせる方法も検討すべきである。

 この発想に立つと、巡回診療は医療だけの問題ではなくなる。デマンド交通、福祉送迎、公共施設配置、薬剤配送などと組み合わせて考えた方が効率的な場合もあるからだ。人口減少地域では、医療、交通、介護、物流を別々の事業として設計するだけでなく、住民の生活を支える一つの地域インフラとして捉える視点が必要になる。

どの町にも導入すればよいわけではない

 巡回型高度診療体制は、全国の人口減少地域を一つの方法で救える仕組みではない。既存の病院まで短時間で到達でき、住民の通院手段も確保されている地域であれば、高価な診療車を新しく導入するより、タクシー券やデマンド交通を充実させた方が合理的かもしれない。

 一方、高齢化率が高く、公共交通が乏しく、複数の集落が一定の範囲にまとまり、基幹病院への通院に長時間を要する地域では、巡回診療によって医療アクセスが大きく改善する可能性がある。ただし、その場合も、どれだけの患者が実際に利用するか、必要な医療職を確保できるか、年間の運営費がどの程度になるかを確認しなければならない。

 導入前には、車両購入費だけでなく、年間の診療件数、医療職の稼働時間、車両の償却費、通信費、機器保守費、保険診療による収入、自治体の負担額などを総合的に計算する必要がある。さらに、同じ予算を既存診療所への支援、訪問診療、通院支援、無料送迎などへ投入した場合の成果も比較すべきである。

 2026年に公表された農村地域の移動診療所に関する文献レビューでは、34件の文献が検討され、医療アクセスの改善、予防医療の提供、慢性疾患管理などに一定の可能性が認められた。一方で、研究の質にはばらつきがあり、長期的な健康改善、費用対効果、事業の継続可能性については、より厳密な検証が必要とされている。

 このことは、移動診療が無意味であることを示しているのではない。医療アクセス改善の有望な手段でありながら、どの地域で、どのような方式を用いれば最も優れた成果が得られるかについては、まだ十分な答えが出ていないということである。

 とりわけ、巡回車、携帯型検査、看護師、遠隔専門医、電子処方箋、薬剤配送を一体化した体制について、日本の人口減少地域で固定診療所や通院支援より必ず費用対効果に優れることまで科学的に確立されているわけではない。各要素の技術的有効性が示されていても、それらを組み合わせた医療システム全体が優れているとは限らないのである。

 ここを曖昧にすると、最新設備を搭載した診療車を導入すること自体が政策の目的になってしまう。導入時には先進的な取り組みとして注目されても、数年後には患者数不足や人員不足によって稼働日数が減り、結果として十分に活用されない可能性もある。

 新しい医療提供体制を評価するのであれば、車両を導入したかどうかではなく、五年後にも住民の必要に応じて利用され、医療の安全性と質を確保しながら持続できているかを見るべきだろう。

成功を判断するには、どのようなデータが必要なのか

 巡回型高度診療体制の実際の効果を検証するためには、導入後の患者数や車両稼働率を集計するだけでは不十分である。少なくとも、医療アクセス、患者の健康状態、医療安全、患者と家族の負担、運営費用、継続可能性を分けて評価する必要がある。

 医療アクセスについては、診療を必要としてから実際に受診するまでの日数や、交通手段がないために受診を控えた住民の割合などが指標になる。診療の質については、慢性疾患の管理状況、精密検査が必要と判断された患者の受診完了率、治療の継続状況などを確認することが考えられる。医療安全については、重大疾患の見逃しや救急搬送の遅れ、予期しない入院などを把握する必要がある。

 患者負担については、病院への往復移動時間、交通費、家族の送迎時間などを測定する。運営効率については、一日当たり診療件数、医療従事者の実働時間、車両の移動時間、機器故障による休止日数などを記録する。こうした数値を継続的に取得することで、巡回診療がどの部分で成果を上げ、どの部分に改善の余地があるかを検討できる。

 ただし、導入前後の数値を単純に比較するだけでは、政策の効果を正確に推定できない場合がある。例えば、巡回診療の導入と同じ時期に地域の診療所が閉鎖されたり、公共交通が縮小されたりすれば、受診件数や患者負担はその影響も受ける。また、人口の高齢化や疾病構成の変化によって、医療需要そのものが変わる可能性もある。

 したがって、科学的な効果検証を行うには、導入地域と条件が近い非導入地域を比較する方法や、複数地域へ段階的に導入して変化を比較する方法などが考えられる。その際には、年齢構成、基礎疾患、人口密度、医療機関までの所要時間、既存の医療資源などの違いを考慮しなければならない。

 また、費用対効果だけでなく、住民間の公平性も確認する必要がある。利用件数が多い集落に診療車を集中させれば、一人当たり費用は低くなるかもしれない。しかし、その結果、交通手段のない小規模集落の住民が医療から取り残されるのであれば、地域医療政策として十分とは言えない。

 必要なのは、事業全体の効率性を高めながら、医療を必要とする住民が最低限確保されるべき診療機会を失わないようにすることである。巡回型高度診療体制を地域政策として評価する際には、この効率性と公平性の両立が重要になる。

「診療所を残す」という発想から離れてみる

 地方医療では、長い間「病院を残すか」「診療所を残すか」という議論が繰り返されてきた。住民にとって、地域から医療施設がなくなることへの不安は大きく、建物が存在すること自体が安心感にもなってきた。

 しかし、人口減少がさらに進めば、建物を残すことと医療を残すことが一致しなくなる地域も増えてくる。診療所が存在していても、医師が週に一度しか来られないのであれば、実際に提供できる医療機能は限定される。一方、固定した診療所がなくても、定期的に診療車が訪れ、必要な検査を実施し、かかりつけ医や専門医につながり、必要な場合には基幹病院への受診調整まで行えるのであれば、住民が利用できる医療機能が充実する場合も考えられる。

 ただし、固定診療所には継続的な診療、地域住民との関係構築、急な症状への対応など、巡回診療では代替しにくい役割もある。巡回診療車が週に数回訪れることと、地域に常時利用できる医療機関が存在することは同等ではない。特に、診療車が来ない日の急病や、継続的な医学的管理を必要とする患者への対応を考えると、巡回診療だけで地域医療を完結させることには限界がある。

 したがって、固定診療所を維持するか、巡回診療へ転換するかという二者択一で考える必要はない。既存診療所を中心に巡回診療を補完的に導入する方法もあれば、複数の自治体や医療機関が共同で車両を利用する方式も考えられる。地域の人口規模、疾病構成、医療機関の配置、交通条件によって、望ましい組み合わせは異なる。

 重要なのは、建物があるかどうかだけで医療の充実度を判断しないことである。住民が必要なときに、必要な医療機能へ、安全かつ継続的にアクセスできるかという観点から、地域医療全体を評価する必要がある。

医療をどこに置くかから、医療機能をどう配置するかへ

 人口減少地域における医療提供体制の設計は、医療施設の配置だけを考える問題ではない。限られた医療職、設備、財源、交通手段、通信環境をどのように組み合わせるかという、地域全体の資源配分の問題である。

 医師をすべての集落へ常勤配置することが難しい場合でも、看護師や医療機器を必要な場所へ移動させ、遠隔の医師や専門医と接続することで、一部の診療機能を補える可能性がある。ただし、そのためには、現地で実施できる医療行為、遠隔診療が適切な患者、対面診療を要する患者、直ちに救急搬送すべき患者を明確に区別する必要がある。

 また、地域ごとに人口密度や道路網、公共交通、医療機関までの所要時間が異なるため、同じ車両を導入しても成果は同じにならない。ある地域では固定診療所を維持する方が合理的であり、別の地域では巡回診療とオンライン診療の組み合わせが適しているかもしれない。さらに、患者を医療機関へ運ぶ方が効率的な地域もあれば、医療機能の一部を患者の近くへ移動させる方が合理的な地域も考えられる。

 この違いを判断するためには、人口や高齢化率だけではなく、住民の疾病構成、実際の受診行動、交通手段、医療機関の診療能力、医療従事者の確保状況などを調べる必要がある。地域の人口が何人以下になれば巡回診療へ切り替えるべきかという、全国共通の単純な基準を設けることは難しい。

 同じ人口規模であっても、住民が狭い範囲に集中している地域と、広い山間部に点在している地域では、診療車の移動効率が大きく異なる。また、基幹病院までの移動時間が短い地域と、道路事情によって長時間を要する地域では、巡回診療の必要性も変わってくる。

 そのため、巡回型高度診療体制の導入判断には、地域ごとの統計や地理情報を用いた数理的な分析が不可欠になる。医療機関までの所要時間、人口分布、予想診療件数、車両の運行経路、必要な医療職数を組み合わせ、固定診療所や通院支援などの代替案と比較することで、初めて合理的な政策判断に近づくことができる。

昭和の巡回診療が、令和になって別の意味を持ち始める

 巡回診療そのものは決して新しい発明ではない。むしろ、医療機関が不足する山間部や離島で、長年にわたって利用されてきた医療提供の形である。それが、携帯型医療機器、高速通信、オンライン診療、医療情報の電子化という新しい技術と結びつくことで、別の可能性を持ち始めている。

 かつての巡回診療は、医療機関のない場所へ医師を運ぶ仕組みだった。これからの巡回診療では、必ずしも医師の身体だけを運ぶ必要はない。検査装置を運び、利用可能な患者情報を参照し、必要な専門医へ接続し、処方や薬局との連携を進め、それでも病院でなければ対応できない患者を適切な医療機関へつなぐ。一台の車両がすべてを行うのではなく、一台の車両が離れた場所に存在する医療機能を結び付けるのである。

 そこに「巡回型高度診療体制」という考え方の現実的な姿がある。技術的な要素の多くはすでに存在し、制度上の環境も以前より整ってきた。国内でも、それらを組み合わせた実践が始まっている。したがって、この構想そのものを単なる空想と考える必要はない。

 ただし、実現可能であることと、優れた地域医療政策になることは同じではない。実際に導入する場合には、診療の安全性、医療職の確保、患者数、稼働率、費用、診療報酬、住民間の公平性など、多くの条件を検証しなければならない。特に、巡回診療によって病院受診を減らすことだけを成功と考えるのではなく、それまで十分な医療を受けられなかった住民へ適切な診療機会を提供することも成果として評価する必要がある。

 どの地域なら固定診療所より合理的なのか。人口密度がどこまで低下すると成立しにくくなるのか。一日に何人診察すれば運営費用を適切な水準に抑えられるのか。何台の車両で何集落を担当するのがよいのか。看護師が現地に配置される方式と医師が同乗する方式では、どのような条件で費用や診療の質が変わるのか。

 こうした問いに対する答えは、最新医療機器のカタログには載っていない。地域ごとの人口、年齢構成、疾病構成、道路網、医療機関までの所要時間、公共交通、医療従事者数などを使い、制度的な条件と医学的な安全性を踏まえて初めて検討できる問題だからである。

 巡回型高度診療体制は、単なる医療技術の話ではない。人口減少社会で、限られた医療資源をどこに固定し、どこを動かし、どこを通信で結ぶのかという地域設計の問題である。

 これまで地域医療では、「病院をどこに残すか」が大きな問いだった。しかし、これからは、その問いに加えて「必要な医療機能を、住民の生活圏までどのように届けるか」を考える必要がある。施設を残すことと医療を確保することが必ずしも一致しなくなる地域では、建物の数だけではなく、住民が実際に利用できる診療機能の質と到達しやすさが重要になる。

 その際、巡回診療は固定医療機関を安易に置き換えるための手段であってはならない。病院や診療所が担うべき役割を維持しながら、従来の医療提供体制だけでは十分に対応できない地域の弱点を補う仕組みとして設計することが必要である。

 古くから日本の山間部や離島を支えてきた巡回診療は、人口減少の時代になって、新しい医療技術と制度を組み合わせるための重要な選択肢になりつつある。ただし、その価値を決めるのは、車両の新しさでも搭載機器の多さでもない。住民が必要とする医療を、安全に、適切な費用で、長期にわたり届けられるかどうかである。

 医療をどこに置くかではなく、医療機能をどこまで動かし、どう結び付けられるのか。その問いに対して、地域ごとの実証データと数理的な検証によって答えを探していくことが、令和の巡回診療を一時的な先進事例で終わらせず、持続可能な地域医療へ発展させる条件になるのではないだろうか。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 地方で老後を暮らすことを考えるとき、医療機関までの距離は生活の持続可能性を左右する重要な条件になる。スーパーなら多少遠くてもまとめ買いができ、役所なら手続きの頻度そのものを減らすこともできるが、定期的な治療が必要になれば、医療機関までの距離は単なる地図上の数字ではなく、生活時間、交通手段、家族負担まで含めた日常生活の条件になる。

 例えば、自宅から透析施設までの距離が片道30kmだったとする。一般的な維持血液透析は週3回行われることが多いため、自分で通院するなら往復60kmを週3回、1週間で180km移動することになる。これを年間52週として計算すると、60km×3回×52週=9,360kmとなり、透析通院だけで年間9,000kmを超える移動になる。

 この数字だけを見ると、「もし将来透析が必要になったら、この地域では暮らせないのではないか」と感じても不思議ではない。ただし、透析医療の通院は通常の外来通院とは少し事情が異なり、距離だけから生活可能性を判断すると、実態を見誤る可能性がある。

 現在の透析医療では、医療機関による患者送迎が広く行われている。日本透析医会が2023年に行った調査では、回答した822施設のうち70.9%が施設負担による患者送迎を実施していた。また、患者側を対象にした2021年度の調査では、透析施設の送迎を利用して通院している患者は24.8%だった。

 ただし、この70.9%という数字を「全国の透析施設の約7割が送迎している」とそのまま一般化することはできない。この調査の回答率は約21%であり、送迎に積極的な施設ほど回答しやすかった可能性など、回答施設と非回答施設の性質が異なる非回答バイアスを完全には排除できないからである。そのため70.9%は全国の正確な実施率というより、「回答施設の中では送迎がかなり一般的だった」と読む方が統計的には適切である。

 一方、患者調査で送迎利用者が24.8%だったことと、施設調査で送迎実施施設が70.9%だったことは矛盾しない。送迎を実施している施設でも、全患者が送迎車を利用するわけではなく、自家用車、家族送迎、公共交通、タクシーなどを使う患者もいるからである。

 こうした実態を考えると、「施設まで30km」という数字の意味も変わってくる。自分で週3回、片道30kmを運転する生活と、自宅付近まで透析施設の送迎車が迎えに来る生活では、同じ30kmでも本人や家族の負担は大きく異なる。本人が運転しなくてよいのであれば、高齢になって自動車を手放した後でも、透析施設への交通手段が維持される可能性がある。

 地方では、近所の眼科や診療所へ行くためには家族の自動車が必要なのに、それよりはるかに遠い透析施設には病院の送迎車が来るという、一見すると逆転した状況が起こり得る。公共交通が弱い地域ほど、透析施設の送迎車が事実上の医療交通として機能していることがあるからである。

 しかし、ここで注意しなければならないのは、片道30kmが決して軽い通院距離ではないということである。北海道を対象に行われた透析通院に関する調査では、「医療機関まで片道30km以上、または片道1時間以上」を通院困難地域の一つの基準として設定している。つまり30kmという距離は、医療アクセス研究の上でも無視できない通院負担として扱われる程度の距離であり、「送迎があるから問題にならない」と考えるのも適切ではない。

 北海道の調査では、通院困難地域から透析施設へ通う患者の交通手段として、自家用車のほか病院送迎、自治体による送迎、タクシー、公共交通などが使われていた。通院が難しいことを理由として転居した患者や、治療方法を変更した患者も確認されている。このことからも、片道30kmは「絶対に生活できない距離」ではない一方、「何の対策もなく通える距離」とも言えないことが分かる。

 送迎車が利用できれば本人の運転負担は減るが、30kmという距離そのものが消えるわけではない。患者は車を運転しなくても、移動に必要な時間は残る。むしろ複数の患者を順番に迎えながら施設へ向かう送迎車の場合、自家用車で直接施設へ行くより乗車時間が長くなることもある。

 維持血液透析は一般的に週3回行われ、1回の治療時間は4時間前後になることが多い。週3回なら年間の透析回数は概算で156回となり、治療時間だけでも4時間×156回=624時間になる。これは24時間換算で約26日分である。

 さらに往復の移動や待ち時間が加わる。仮に往復移動が合計1時間なら年間156時間、2時間なら312時間となり、治療時間と合計すると年間780~936時間になる。24時間換算では約32~39日分に相当し、これに送迎車の待ち時間、乗降、他の患者宅への立ち寄りなどが加わる場合もある。

 したがって、片道30kmの問題は単なる運転距離ではなく、生活時間の問題として評価する必要がある。月曜、水曜、金曜に透析を受ける人なら、その3日は透析を中心に生活を組み立てることになる。施設が近ければ治療の前後に買い物や家事を行いやすいが、移動時間や待ち時間が長くなれば、透析日は実質的に「治療の日」として一日のかなり大きな部分を使うことになる。

 海外の大規模な透析患者調査でも、透析施設までの移動時間が長い患者ほど、健康関連生活の質が低い傾向が報告されている。死亡リスクとの関連を示した観察研究もあるが、この種の研究では年齢、病状、居住地域など別の要因も影響するため、「長距離通院そのものが死亡リスクを上げる」と単純な因果関係まで断定することはできない。それでも、通院時間が患者の生活負担と無関係ではないという点は、臨床的にも社会的にも妥当である。

 この問題は年齢を重ねるほど重要になる。65歳で透析を始めた時点では自分で30km先まで運転できたとしても、75歳、80歳となれば、夜間や雨天時の運転が難しくなったり、視力や判断力の変化から自動車を手放したりする可能性が高くなる。

 そこで透析施設の送迎が重要になる。本人が運転できなくなっても送迎車が利用できれば、透析生活を続けられる可能性は大きくなる。家族が週3回往復60kmを送り迎えしなくても済み、高齢の配偶者が患者を送って数時間待ち、再び迎えに行くといった負担を避けられる場合もある。

 その意味で透析施設の送迎は、単なる「病院の親切なサービス」と考えるより、地方の高齢者を医療につなぎ続ける生活インフラの一つと見る方が実態に近い。ただし、ここには重要な制度上の問題がある。

 透析施設による無料送迎は、全国の患者に法律上当然に保障された医療給付ではない。診療報酬によって全国一律に送迎費用が給付されている制度でもなく、多くの場合、医療機関が自ら車両、人件費、燃料費、保険料、維持費などを負担して実施している。

 日本透析医会の調査では、送迎患者1人当たりの費用について月平均約2万4,000円という試算も示されている。ただし、この数字には調査方法上の限界があり、全国一律の正確な原価を示すものではない。それでも、患者にとって無料であっても、送迎自体が無料で運営できるわけではないことは明らかである。

 車両を購入し、燃料を入れ、保険や点検費用を負担し、運転手を確保しなければならない。患者が施設周辺に集中していれば効率よく複数人を送迎できるが、広い地域に少人数が分散して暮らしていれば、一人を迎えに行くための走行距離と拘束時間は大きくなる。

 例えば10人の患者が施設から5km以内にまとまって暮らしている地域と、同じ10人が30km四方に散らばって暮らしている地域では、患者数が同じでも送迎に必要な車両の走行距離、燃料、運転手の拘束時間は大きく異なる。したがって透析送迎の持続可能性を考える場合、単なる患者数だけでなく、患者がどれほどの密度で分布しているかという地理的条件が重要になる。

 人口が減れば透析患者も必ず同じ割合で減るとは限らない。高齢化率、糖尿病や高血圧などの基礎疾患、治療成績、新規導入患者数などの影響を受けるからである。しかし人口密度が低下し、患者が広い地域に点在するようになれば、少人数の患者を送迎するために長距離を走らなければならなくなる可能性は高い。

 日本の慢性透析患者数は近年、減少に転じている。2021年末には約34万9,700人だった患者数が、2022年には約34万7,500人、2023年には約34万3,500人、2024年には約33万7,400人となり、3年連続で減少した。

 一方で、全国の透析収容能力が患者数と同じ速度で縮小しているわけではない。2024年の全国調査では、透析装置の台数には減少がみられるものの、同時に透析できる人数や最大収容能力については大きく減少していない指標もある。このため、「患者数が減っているから、近いうちに透析施設も同じ割合でなくなる」と単純に考えることはできない。

 今後は小規模施設の再編や機能分担が進み、一定規模の施設がより広い地域の患者を受け入れる形になる可能性もある。ただし、これは現在全国一律に進んでいると断定できる現象ではなく、人口動態や医療法人の経営状況、地域医療政策によって異なる将来シナリオの一つとして考えるべきである。

 もし施設の集約が進めば、患者から施設までの平均距離が伸びる地域も出てくる可能性がある。そのとき距離を補う役割を担うのが送迎であり、病院という建物だけでなく、患者の家と病院を結ぶ交通手段まで含めて医療提供体制として考える必要が出てくる。

 ただし、現在送迎があることと、10年後や20年後にも同じ条件で送迎を利用できることは別問題である。人口減少が進む地域では、医療スタッフだけでなく送迎車の運転手を確保することも難しくなる可能性があり、燃料費や車両費、人件費が上昇すれば、施設側が現在と同じ送迎範囲を維持できるとは限らない。

 そのため、老後の移住先や居住継続の可能性を考える場合、「現在送迎しているか」だけでなく、「どの地域まで送迎しているのか」「利用条件はあるのか」「自宅送迎なのか集合場所方式なのか」「車椅子対応が可能なのか」「将来もサービスを続ける方針なのか」といった点まで確認する方が現実的である。

 同じ「透析施設まで30km」の地域でも、自宅前まで送迎車が来る場合と、自力で施設まで行かなければならない場合では、生活条件はまったく異なる。地図上では同じ30kmでも、実際の生活上の距離は交通手段によって大きく変わる。

 さらに、平常時には送迎によって問題なく通院できても、台風、大雨、大雪、地震などの災害が起きれば状況は変わる。倒木や冠水によって道路が使えなくなれば、いつもの送迎ルートを通れなくなり、大きく迂回しなければならない場合や、そもそも送迎車が患者宅まで到達できない場合も考えられる。

 透析は買い物や通常の外来受診のように、「今日は行けないから数日後にしよう」と簡単に延期できる治療ではない。そのため透析医療では、大規模災害時にどの透析施設が稼働しているのかなどの情報を共有する災害時情報ネットワークが整備されている。

 ただし、情報ネットワークが存在することと、患者一人一人が実際に代替施設で透析を受けられることは同じではない。代替施設に空きがあるのか、道路が通行できるのか、患者をそこまで運ぶ車があるのか、施設に電力や水が確保されているのかなど、複数の条件がそろわなければ実際の治療にはつながらない。

 したがって、災害に強い地域とは単に自宅から最寄りの透析施設が近い地域とは限らない。通常利用している施設が使えなくなったとき、別の透析施設へ行ける経路があり、そこまで患者を運ぶ手段があり、代替施設にも受け入れ余力がある地域の方が、医療の継続性という意味では強い場合がある。

 こう考えると、老後の透析生活を評価するときには、一つの施設までの距離だけを見るのでは不十分である。最寄りの透析施設がどこにあるのか、その施設が自宅周辺まで送迎しているのか、さらにその施設が利用できない場合に次の透析施設がどこにあるのかという、少なくとも三つの条件を一つの地図の上で考える必要がある。

 そしてここまで考えると、「透析施設まで片道30kmの生活は成立するのか」という問いへの答えも見えてくる。片道30kmは透析通院として決して短い距離ではなく、実際の調査でも通院困難を評価する一つの基準として扱われている。しかし、それだけでその地域での生活が成立しないと判断することも適切ではない。

 自宅が送迎区域に入り、無理のない時間で施設まで行くことができ、施設の受け入れ能力が安定しており、さらに災害時の代替施設や交通経路が確保されているのであれば、片道30kmであっても透析生活が成立する可能性は十分にある。一方で、送迎がなく、自家用車以外の交通手段も乏しく、代替施設も遠い場合には、30kmという距離は老後の生活にとってかなり大きな制約になり得る。

 したがって問題は「30kmは遠いか近いか」という二者択一ではない。30kmという明確な負担を、交通、医療、人員、道路、施設の受け入れ能力といった地域システムによって、どこまで吸収できるかという問題である。

 迎えに来る車があるのか、その車を運転する人がいるのか、施設は安定して患者を受け入れられるのか、道路が使えない日には別の経路があるのか、そしてその仕組みを10年後にも維持できるのかというところまで見なければ、老後の医療アクセスは評価できない。

 地図の上では、病院は30km先にある。しかし毎週決まった日に送迎車が来て、無理のない時間で施設まで連れて行ってくれるのであれば、その30kmは必ずしも生活を断念しなければならない距離ではない。逆に、病院が10km先にあっても、そこへ行く交通手段がなければ、高齢になったときには非常に遠い病院になり得る。

 距離とは道路の長さだけでは決まらない。そこへ人を運ぶ仕組みがあるか、その仕組みが長期的に持続できるかによって、同じ30kmでも生活上の意味は大きく変わる。

 人口減少が進む地方で残すべきものは、透析施設という建物だけではないのだろう。患者の家々と施設の間を月曜日にも、水曜日にも、金曜日にも往復する送迎車、その車を運転する人、道路、災害時の代替施設までを含めて一つの地域医療として考える。その視点に立って初めて、「透析施設まで片道30km」という数字を、老後の生活の中で正しく評価できるのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

※本記事は2026年10月8日、最新の人口推計、病院統計、千葉県の地域医療構想調整会議資料及び医療制度の改正状況を踏まえ、内容を加筆・更新しました。

 人口が減れば、地域の病院も患者が減り、いずれ維持できなくなるのでしょうか。人口減少が続く外房では、この問題は避けて通れません。しかし、「人口が減るから病院も減らせばよい」と考えることも、「現在ある病院をすべて同じ規模、同じ機能のまま残すべきだ」と考えることも、地域医療の実態を十分に捉えているとはいえません。

 病院を運営するには建物や病床だけでなく、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師など、多くの医療従事者が必要です。救急医療を提供する場合には、患者が来るかどうかにかかわらず、夜間や休日にも一定の診療体制を確保しなければなりません。一方、地域の人口が減少しても、高齢者の割合が高くなれば、救急、入院、慢性疾患の管理、リハビリテーション、在宅医療との連携など、必要とされる医療の内容が変化します。したがって、外房の将来を考えるうえで重要なのは、単純に病院を何施設残すかという問題ではありません。人口構造が変わり、医療従事者の確保も難しくなる可能性があるなかで、住民が必要な医療を受けられる地域の能力を、どのように維持するかという問題です。

最初に結論~病院数を維持することと地域医療を守ることは同じではない

 人口減少が続けば、病院の患者数や診療収入が減少し、経営環境が厳しくなる可能性があります。しかし、人口が30%減ったからといって、医療需要も30%減るとは限りません。高齢化によって一人当たりの医療需要が変化するほか、救急医療のように患者数にかかわらず一定の供給能力を維持する必要がある機能も存在するからです。また、病院数や病床数が同じでも、医師や看護師が不足して診療科が縮小したり、救急患者を受け入れられなくなったりすれば、住民から見た医療供給力は低下します。

 反対に、病院の役割を整理し、専門治療を拠点病院に集約しながら、地域の病院が一般的な救急、入院、回復期医療、在宅復帰支援を担うことで、医療機関の規模が変わっても必要な医療機能を維持できる場合があります。ただし、集約化すれば必ず効率が改善するわけでもありません。病院の運営費が減っても、患者の通院距離や救急搬送時間が延び、住民や家族の負担が増える可能性があります。そのため、病院経営の効率性、医療の質、住民の利便性を分けて評価する必要があります。人口減少時代の地域医療で問われるのは、病院という施設を何か所残すかではなく、必要な医療を地域全体でどの程度提供し続けられるかということです。

山武長生夷隅保健医療圏では2050年までに人口が約3分の1減少する

 外房の医療を考える場合、市町村単位の人口だけでなく、医療提供体制を計画する地域的な単位である二次保健医療圏を見る必要があります。千葉県の現行保健医療計画では、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町は、茂原市、東金市、山武市、大網白里市、長生郡などとともに、17市町村から構成される山武長生夷隅保健医療圏に含まれています。

 国立社会保障・人口問題研究所が2023年12月に公表した地域別将来推計人口によれば、この医療圏の人口は2020年の410,235人から、2025年には387,963人、2030年には365,888人、2040年には318,974人、2050年には272,947人に減少すると推計されています。2020年を100とすれば2050年は約66.5となり、30年間で約33.5%減少する計算です。この人口減少は、医療機関の患者数や診療収入に影響するだけでなく、医療従事者を供給する働き手の減少にもつながります。医師や看護師を地域外から確保できなければ、患者数が十分に存在していても必要な診療体制を維持できなくなる可能性があります。

 ただし、ここで注意したいのは、山武長生夷隅保健医療圏の平均値が、外房の各市町村の実態をそのまま表しているわけではないことです。特に夷隅地域では、医療圏全体よりも速い人口減少が予測されており、地域全体の人口規模だけで個々の市町村の医療需要や医療供給能力を判断することはできません。

勝浦・いすみ・大多喜・御宿では人口が約44%減少する

 2026年8月27日に開催された千葉県の山武長生夷隅地域医療構想調整会議では、夷隅地域の将来人口や救急医療体制に関する資料が示されました。この資料に掲載された人口推計によれば、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町の4市町は、2050年にかけて大幅な人口減少が見込まれています。

市町村 2020年 2050年 人口減少率
勝浦市 16,927人 8,815人 47.9%
いすみ市 35,544人 20,218人 43.1%
大多喜町 8,885人 4,498人 49.4%
御宿町 6,874人 4,381人 36.3%
4市町合計 68,230人 37,912人 44.4%

 4市町の人口は2020年の68,230人から2050年には37,912人へ減少し、減少率は約44.4%となります。山武長生夷隅保健医療圏全体の約33.5%と比べると、約10.9ポイント大きい数字です。特に勝浦市と大多喜町では、人口がほぼ半減する見通しとなっています。この違いは重要であり、医療圏全体では一定規模の人口が残っていたとしても、個々の地域では患者数、医療従事者、通院手段、地域交通などの条件が大きく変化する可能性があります。したがって、医療圏全体の病床数が足りているというだけでは、勝浦市や大多喜町の住民が必要な医療を受けられるかどうかを判断できません。医療圏全体の平均的な人口減少と、住民が実際に生活する地域の人口減少を区別することが、外房の医療を分析する出発点になります。

高齢化率は上昇しても、高齢者の人数が増え続けるわけではない

 人口減少と医療需要の関係を考えるうえで、もう一つ注意したいのが高齢化率の解釈です。高齢化率とは総人口に占める65歳以上人口の割合ですが、この割合が上昇することと、高齢者の人数そのものが増え続けることは同じではありません。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、山武長生夷隅保健医療圏の65歳以上人口は、2020年の148,398人から2025年には150,590人となりますが、その後は減少し、2050年には133,180人になる見通しです。一方、総人口はそれ以上の速さで減少するため、65歳以上人口の割合は2020年の約36.2%から2050年には約48.8%へ上昇します。

 75歳以上人口については、2020年の74,080人から2030年には93,737人へ増加し、その後は減少するものの、2050年でも87,626人と2020年を上回る見通しです。つまり、65歳以上人口と75歳以上人口では増減の時期が異なり、医療需要の変化も一様ではありません。

年齢区分 2020年 2030年 2050年
総人口 410,235人 365,888人 272,947人
65歳以上人口 148,398人 149,557人 133,180人
75歳以上人口 74,080人 93,737人 87,626人
高齢化率 36.2% 40.9% 48.8%

 勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町の4市町でも、75歳以上人口は2020年の16,116人から2030年には18,295人へ増加し、その後は2050年に14,913人まで減少すると推計されています。したがって、2030年頃までは後期高齢者の増加に対応する医療体制が重要になる一方、長期的には高齢者人口そのものが減少することを踏まえて、医療供給規模を考える必要があります。

 高齢者では、心不全、肺炎、糖尿病、認知症、骨折など、複数の疾患や生活上の問題を抱える場合があります。治療後の回復に時間がかかったり、退院後も訪問診療や介護サービスが必要になったりするため、単純な患者数だけでは医療需要を十分に測れません。ただし、高齢化率が上昇するから医療需要が増え続けると結論づけることも正確ではありません。必要なのは、年齢別人口の変化と、それぞれの年齢層がどの程度医療を必要とするかを組み合わせて分析することです。

人口が33%減っても医療需要が33%減るとは限らない

 医療需要を考える際には、人口総数だけではなく、年齢階級ごとの受療傾向を考慮する方法があります。日本医師会の地域医療情報システムでは、40歳から64歳の医療需要を1とした場合、0歳から14歳を0.6、15歳から39歳を0.4、65歳から74歳を2.3、75歳以上を3.9として、年齢構成の違いを反映した医療需要指数を算出しています。

 この考え方を山武長生夷隅保健医療圏の将来推計人口に適用し、2020年の医療需要を100とすると、2030年は約100.5、2050年は約84.4となります。人口指数は2030年に約89.2、2050年に約66.5となるため、医療需要指数とは大きな違いが生じます。つまり、このモデルでは、2030年に人口が約11%減少しても医療需要の総量は2020年とほぼ同水準にとどまり、2050年に人口が約33.5%減少しても、医療需要の減少は約15.6%という計算になります。

 もっとも、これは将来の実際の患者数や医療費を予測した数値ではありません。年齢別の医療需要の重みが将来も一定であると仮定した簡易的な試算であり、病気の発生率、治療技術、健康寿命、診療報酬、入院期間、在宅医療への移行などの変化を直接反映していません。また、救急医療、予定手術、慢性疾患管理など、個別の診療機能ごとの需要を示すものでもありません。それでも、この試算は人口減少と医療需要の減少が必ずしも比例しないことを理解するうえで有用です。特に2030年頃までは、後期高齢者の増加に伴う医療需要を確保しながら、長期的な人口減少にも対応できる仕組みを考える必要があります。外房の医療需要は、今後一貫して増えるとも、一貫して減るとも考えず、時期と診療機能を分けて評価することが重要です。

外房の入院医療は、すでに地域内だけでは完結していない

 人口減少に加えて、外房の地域医療を考える際に見逃せないのが、住民が実際にどこの医療機関へ入院しているかという問題です。行政上の医療圏と、患者が実際に医療を受ける地域は必ずしも一致しません。千葉県が2026年8月の地域医療構想調整会議で示した資料によれば、山武長生夷隅保健医療圏の入院医療の圏域内完結率は64.3%です。これは、区域内に住む入院患者のうち、同じ区域内の医療機関に入院している人の割合を意味します。残る35.7%は区域外の医療機関に入院しており、山武長生夷隅の医療は、すでに他の医療圏との連携によって成り立っていることが分かります。

 特に夷隅地域では、この傾向が明確です。厚生労働省の令和6年度医療計画作成支援データブックを基にした千葉県の分析では、夷隅地域の住民の入院先は、夷隅地域内が59.1%、安房地域が29.2%、長生地域が4.8%となっています。つまり、夷隅地域の住民の約3割は、安房地域の医療機関に入院しています。安房地域には高度な専門医療を提供する医療機関が存在し、夷隅地域との間で患者の受け入れが行われています。この関係を考えると、勝浦市やいすみ市の医療を山武長生夷隅保健医療圏という行政上の枠組みだけで分析することには限界があります。実際の医療提供体制は、夷隅地域と安房地域の結びつきを含めて評価しなければなりません。

 ただし、区域外への入院が多いことだけで、地域医療が不十分だと結論づけることはできません。高度な治療を専門病院で受けることには合理性がある一方、救急搬送に時間がかかる場合や、患者と家族の移動負担が大きい場合には問題が生じる可能性があります。重要なのは、単に地域外の病院を利用している割合ではなく、必要な治療へ適切な時間で到達でき、治療後には地域へ戻って必要な医療を受けられるかどうかです。

病床数が存在しても、必要な医療を受けられるとは限らない

 地域医療の供給能力を考える際には、病院数や病床数だけではなく、実際に提供できる診療機能を把握する必要があります。例えば、同じ100床の病院であっても、一般的な救急患者を受け入れる病院と、長期療養を中心とする病院では役割が異なります。病床数だけを合計しても、救急、手術、リハビリテーション、慢性期医療などの供給能力を正確に評価することはできません。

 千葉県が公表した2025年7月1日時点の病床機能報告では、いすみ医療センターは140床のうち急性期92床、慢性期48床、塩田病院は290床のうち急性期257床、慢性期33床と報告されています。この数字からも、病院ごとに病床の機能構成が異なることが分かります。ただし、病床機能報告は、医療機関が病棟の機能を自主的に選択して報告する制度です。そのため、急性期病床が何床あるかという情報だけでは、重症救急患者を24時間受け入れられるか、緊急手術を行えるか、専門医が常時配置されているかといった実際の診療能力までは判断できません。

 地域医療の実態を把握するには、病床の機能区分に加え、医師や看護師の配置、救急患者の受け入れ実績、手術の実施状況、病院間の転院体制などを確認する必要があります。病院という施設が存在することと、その施設が住民の必要とする医療を提供できることは、必ずしも一致しないからです。

患者が減っても病院の費用は同じ割合では減らない

 人口減少地域の病院経営を難しくする大きな要因の一つが、固定費の存在です。病院では患者が少ない日でも、入院病棟を運営するための人員、建物、設備を維持する必要があります。救急医療を提供する場合には、患者が来るかどうかにかかわらず、必要な待機体制を確保しなければなりません。病院経営を単純化すると、収支は診療収入などから人件費、設備費、医療材料費などの費用を差し引いたものとして考えられます。補助金などの収入も含めれば、病院の収支は、診療量、診療単価、固定費、変動費、公的支援によって変化することになります。

 例えば、患者が10%減少しても、建物の維持費や医療機器の取得費が直ちに10%減少するわけではありません。人件費についても、診療体制を維持するために一定人数の職員が必要であり、患者数に応じて自由に増減させることは困難です。その結果、収入の減少に対して費用の削減が追いつかず、経営収支が悪化する場合があります。一方、患者数が同じでも、診療内容や患者の重症度、平均在院日数などが変われば診療収入や費用は変化します。さらに、診療報酬の改定、物価上昇、賃金の上昇、設備更新の必要性なども病院経営に影響するため、人口減少率だけから赤字の規模や病院の存続可能性を推定することはできません。

 つまり、人口減少は病院経営を難しくする重要な要因ですが、それだけで病院が維持できなくなると決まるわけではありません。どの機能を維持し、どの程度の患者数を確保できるかに加え、医療機関の経営構造や公的支援のあり方も検討する必要があります。

全国の病床利用率から何が分かるのか

 病院経営を考えるうえでは、病床をどの程度利用しているかを示す病床利用率も重要です。厚生労働省の病院報告によると、全国の病院の病床利用率は2019年に80.5%でしたが、2020年には77.0%、2021年には76.1%、2022年には75.3%へ低下しました。その後は回復傾向が見られ、2023年は75.6%、2024年は77.0%、2025年は77.9%となっています。

 2025年の病床利用率は感染症流行前の2019年を下回っていますが、2022年以降は改善しており、単純に病床利用率が下がり続けていると解釈することはできません。また、この数値は全国平均であり、外房の個々の病院の病床利用率を示しているわけではありません。病床利用率が低ければ、病床当たりの固定費負担が大きくなる可能性があります。しかし、利用率を100%に近づけることが常に望ましいわけではありません。病床に余裕がなければ、急な救急患者の増加や感染症流行、災害などに対応しにくくなる場合があるからです。

 さらに、病床利用率の適正な水準は、病棟の診療機能によって異なります。高度な救急医療を提供する病棟と長期療養を中心とする病棟では、患者の入退院の頻度や必要な待機能力が異なります。病床利用率だけで病院経営の良否を判断するのではなく、診療機能、収支、患者の受け入れ能力を組み合わせて評価する必要があります。

外房では患者数だけでなく医療従事者の確保が制約になる

 人口減少地域の医療を考える際には、患者が減る問題だけでなく、医療を提供する人材が減る可能性にも注目する必要があります。病院は建物と病床を確保すれば運営できるわけではなく、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師、臨床工学技士など、必要な職種と人数がそろって初めて診療機能を維持できます。千葉県は、山武長生夷隅保健医療圏を医師少数区域に指定しています。これは国の医師偏在指標などに基づく政策上の区分であり、地域内のすべての病院や診療科で同じ程度の医師不足が発生していることを直接示すものではありません。それでも、医師確保が地域医療政策上の重要な課題であることは明らかです。

 人口が減少すると、医療機関を利用する患者だけでなく、地域内で働く世代も減少します。医師や看護師を十分に確保できなければ、病床を保有していても休止せざるを得なくなったり、夜間救急の受け入れを制限したりする可能性があります。特に手術や高度救急を提供するには、専門医一人だけではなく、麻酔、看護、検査、画像診断、医療機器の管理など複数の職種が連携する必要があります。少人数で広い診療機能を維持しようとすれば、医療従事者の時間外勤務や当直負担が増え、長期的な人材確保にも影響する可能性があります。

 ただし、外房で今後、患者数の減少と医療従事者不足のどちらが先に深刻化するかについては、現時点の人口推計だけでは判断できません。診療科別の医師数、看護職員数、年齢構成、退職見込み、病床利用状況などを調べ、供給側と需要側を比較する必要があります。地域の医療供給力は、病床数だけではなく、人材、設備、診療機能、運営時間、病院間連携などの条件によって制約されます。

国の地域医療構想は病床数だけでなく医療機能を重視する方向へ変わっている

 こうした人口構造と医療需要の変化を背景に、国は2040年頃を見据えた新たな地域医療構想を進めています。2025年12月12日には「医療法等の一部を改正する法律」が公布され、2026年には関連する省令の整備も進められています。新たな地域医療構想の特徴は、病床数の調整だけでなく、入院医療、外来医療、在宅医療、介護との連携を含め、地域全体の医療提供体制を考える方向へ制度が見直されていることです。また、市町村の関与を明確にし、地域の実情に応じた医療機関の役割分担と連携を進めることも重視されています。

 医療機関の機能についても、手術や高度な救急医療などを担う「急性期拠点機能」、高齢者をはじめとする救急患者の受け入れや早期のリハビリテーションを担う「高齢者救急・地域急性期機能」、在宅医療と入院医療をつなぐ「在宅医療等連携機能」、特定の診療分野やリハビリテーションなどを担う「専門等機能」などを整理する考え方が示されています。これは、すべての病院が同じ診療機能を持つのではなく、地域の人口規模、医療需要、患者の移動状況、医療従事者の確保状況に応じて役割を分担する方向です。ただし、制度が整備されたからといって、個々の病院の統合や閉鎖が自動的に決まるわけではありません。具体的な医療提供体制は、地域の実情を踏まえた協議によって検討されることになります。

千葉県では医療圏そのものの再編が検討されている

 2026年8月の千葉県の地域医療構想調整会議では、県内の構想区域を見直す複数の案が示されました。現行の9区域から7区域とする案では、夷隅地域を安房・君津地域と一体にし、長生地域を市原地域と一体にする考え方などが提示されています。この背景には、将来人口の減少に加え、実際の患者の入院先と医療圏の境界が一致していないという問題があります。夷隅地域の住民の約3割が安房地域に入院していることを考えれば、両地域の連携を重視する議論には一定の合理性があります。

 もっとも、2026年10月時点で示されているのは検討案であり、区域の再編がすべて決定されたという意味ではありません。また、医療圏の境界を変更することと、病院を実際に統廃合することは別の問題です。行政上の区域を広げても、病院の配置や医療従事者、交通手段が変わらなければ、住民が利用できる医療が直ちに改善するわけではありません。重要なのは、区域の再編によって地域の医療機関がどのように役割を分担し、救急患者や専門治療を必要とする患者がどこへ搬送され、治療後にどのような経路で地元へ戻るのかを具体的に示すことです。行政上の区域が広くなることで調整が容易になる可能性はありますが、その効果は実際の医療提供体制によって検証する必要があります。

すべての市町村に高度な総合病院を維持する必要があるのか

 地域住民にとって、自宅の近くに病院があることは重要です。特に高齢になって自動車を運転できなくなった場合、通院時間や公共交通の利用可能性は、医療を受けられるかどうかに直接影響します。そのため、単純に病院を減らすことが合理的とはいえません。一方、すべての市町村で高度な手術や専門治療を24時間提供する体制を維持するには、多数の専門職や設備が必要です。人口が減少し、対象となる患者数も少なくなれば、医療従事者の確保や診療体制の維持が難しくなる場合があります。

 高度な医療では、一定の症例数を確保することが医療従事者の経験や診療体制の維持につながる場合があります。しかし、症例数が多い病院であれば、どの診療分野でも必ず治療成績がよいというわけではありません。専門職の配置、診療技術、患者の重症度、救急体制などによって結果は異なるため、集約化の合理性は診療分野ごとに検討する必要があります。外房では、重症患者の専門治療を拠点病院で担い、地域の病院が一般的な救急、入院、治療後の回復支援を担当する体制が、一つの選択肢になります。ただし、そのような役割分担を成立させるには、病院間の連携だけでなく、救急搬送体制と患者の移動手段が確保されていることが前提となります。

病院の集約化には住民の移動負担という費用がある

 病院の集約化は、医師や看護師、設備を一定の拠点に集中させることで、重複する診療体制を整理し、医療従事者の勤務負担を改善できる可能性があります。しかし、病院側の経費が削減されたとしても、それが地域全体の負担軽減につながるとは限りません。例えば、入院先が自宅から遠くなれば、患者の家族が面会や退院時の説明のために移動する時間と交通費が増えます。外来診療が遠方に集約されれば、自動車を運転できない高齢者にとって通院が難しくなる場合もあります。また、救急搬送距離が延びれば、救急車の現場復帰までに時間がかかり、地域全体の救急搬送能力に影響する可能性もあります。

 したがって、病院統合を評価する際には、医療機関の経営収支に加え、患者や家族の移動費用、公共交通に必要な財政負担、救急搬送時間、治療開始までの時間などを考慮する必要があります。特に救急医療では、疾患によって時間の重要性が異なります。重症の脳卒中や急性心筋梗塞など、迅速な専門治療が重要となる病気と、比較的軽症の患者への対応を、同じ搬送距離の基準だけで評価することは適切ではありません。地域の医療提供体制を設計するには、疾患の種類や重症度に応じて、どの医療機関へどの程度の時間で到達できるかを検証する必要があります。病院の集約によって医療機関側の費用が減っても、住民の負担や救急搬送の費用が増えれば、地域全体として必ずしも効率的とはいえません。

地域病院は都市部の大病院の縮小版である必要はない

 人口減少地域の病院を持続させる方法を考えるとき、重要なのは現在の診療科や病床をすべて残すことではなく、地域住民にとって必要な医療機能を明確にすることです。今後の外房では、後期高齢者の医療需要に対応するため、肺炎や心不全などの急性増悪への対応、比較的軽症から中等症の救急患者の受け入れ、骨折後の治療とリハビリテーション、慢性疾患の管理、在宅医療から状態が悪化した患者の入院受け入れ、退院後の介護や訪問看護との調整などが重要になると考えられます。

 これらの機能は、必ずしも高度な専門手術を大量に行う病院と同じ設備や人員構成を必要とするわけではありません。高度な専門治療は拠点病院が担い、地域病院は地域で対応可能な急性疾患や回復期の医療を担当することで、限られた医療資源を有効に活用できる可能性があります。ただし、地域病院の診療機能を変更すれば、必要となる職種や配置人数、設備、収支構造も変化します。そのため、急性期機能を縮小して回復期や在宅復帰支援に重点を移せば、必ず経営が改善するというわけではありません。地域の患者数、診療報酬、人員確保、他院との連携状況を踏まえ、個別に検証する必要があります。

 地域病院に必要なのは、都市部の大病院と同じ機能を小規模で維持することではなく、地域の医療需要に応じた役割を明確にし、その機能を継続的に提供できる体制を整えることです。

医療機関の再編では、発症から在宅復帰までを一体として考える

 病院の役割分担を考える場合、一つの医療機関だけで患者の治療が完結することを前提にする必要はありません。例えば、重症患者が安房地域の拠点病院で専門治療を受け、急性期を脱した後に夷隅地域の病院へ転院し、リハビリテーションを経て自宅へ戻ることができれば、複数の医療機関が協力して一人の患者を支える仕組みになります。反対に、専門治療を受けられる病院が存在していても、急性期治療後の転院先が確保できなければ、患者の退院が難しくなる場合があります。さらに、退院後の訪問診療、訪問看護、介護サービスが不足していれば、自宅へ戻れない患者が増える可能性もあります。

 このため、地域医療を評価する際には、急性期病院だけでなく、回復期医療、慢性期医療、診療所、在宅医療、訪問看護、介護施設などの役割を一体として考える必要があります。地域内にすべての機能を備えることが難しい場合でも、地域外の医療機関との連携が円滑に機能すれば、一定の医療提供能力を維持することは可能です。ただし、連携体制が存在するというだけでは不十分です。患者の転院調整が実際に円滑に行われているか、受け入れ先が確保されているか、患者や家族が必要な情報を得られるか、退院後の生活を支えるサービスが利用できるかまで確認する必要があります。地域医療の質は、患者が発症してから治療、回復、退院、在宅生活へ移るまで、必要な医療や介護につながり続けられるかという視点で評価する必要があります。

「赤字病院だから不要」という判断も適切ではない

 地域病院の存続を考える際には、経営赤字と社会的な必要性を分けて考えることも重要です。救急医療のように患者が来るまで待機する機能には、実際の患者数だけでは測れない価値があります。深夜に救急患者が一人も来なかったとしても、必要なときに患者を受け入れられる体制を維持していたこと自体には意味があります。こうした待機能力は、利用されなかった時間にも費用が発生するという特徴を持っています。採算性だけを基準にすれば維持が難しくても、住民の生命や健康を守るために一定の公的支援が合理的となる場合があります。

 ただし、社会的に必要な病院であれば、赤字の規模にかかわらず現在の体制を維持すべきだという結論にもなりません。同じ地域に複数の医療機関が存在する場合には、役割分担によって必要な機能を維持しながら、費用を減らせる可能性があるからです。重要なのは、どの医療機能を維持するために、どの程度の財政負担が必要なのかを明確にすることです。さらに、その機能が失われた場合に住民や地域社会へどのような影響が生じるのかを検証し、複数の選択肢を比較する必要があります。赤字という経営上の事実だけで病院の存在意義を判断することも、地域医療に必要だという理由だけで経営効率の検証を避けることも、どちらも適切ではありません。

外房の地域病院を維持しやすくする条件

 人口が減少しても、地域病院としての役割を維持することは可能です。ただし、それは現在の病床数や診療科をそのまま残すことを意味するわけではありません。必要な医療機能が明確で、他の医療機関との役割分担が確立され、一定の患者数と診療収入が確保でき、医療従事者を継続的に確保できる病院は、地域医療のなかで役割を維持しやすいと考えられます。さらに、救急搬送、転院調整、在宅医療、訪問看護、介護サービスとの連携が機能していれば、患者が必要とする医療を効率的に提供できる可能性があります。

 一方で、患者数が少ないにもかかわらず複数の病院が高度な診療機能を重複して保有し、少人数の医療従事者で広範な診療を維持しようとすれば、経営面だけでなく勤務環境の面でも負担が大きくなる場合があります。ただし、機能の重複がすべて無駄というわけではなく、災害時の代替機能や救急需要の変動に対応するために、一定の余裕が必要となる場合もあります。

 したがって、病床の削減や診療機能の変更を、それ自体で成功あるいは失敗と判断することはできません。病床数を減らしても必要な救急医療を受けられ、専門治療を地域外に集約しても治療後の管理を地元で受けられるのであれば、地域医療の実質的な利用可能性が維持される可能性があります。反対に、病院の看板や病床数が維持されても、医師不足によって診療機能が縮小し、必要な医療を受けられなくなれば、地域医療の供給能力は低下します。

今後の外房で何を調べれば医療体制を評価できるのか

 これまでの人口推計や医療制度の検討から、外房では医療機関の役割分担と地域間連携が重要になることが分かります。しかし、どの病院にどの機能を残すべきか、どの診療機能を集約することが合理的かについては、人口統計だけで結論を出すことはできません。今後必要なのは、病院ごとの稼働病床数、病床利用率、診療科別の医師数、看護職員数、救急患者の受け入れ実績、入院患者の疾患構成などを把握することです。さらに、救急搬送時間、区域外搬送の割合、病院間の転院状況、在宅医療や訪問看護の供給状況などを確認する必要があります。

 特に外房では、地理的な距離だけでなく、実際に通院や救急搬送に必要な時間が重要です。高齢者が自動車を運転できない場合、病院までの距離が比較的短くても、公共交通を利用できなければ通院が困難になる可能性があります。また、救急搬送では、搬送先の病院が患者を受け入れられるかどうかによって所要時間が変わるため、単純な道路距離だけでは評価できません。

 さらに、患者がどの医療機関で治療を受けたかというデータに加え、治療後の経過や退院後の生活についても検証できれば、医療機能の再編が住民にもたらす影響をより正確に把握できます。単に病院の経営費用が減ったという結果だけでなく、医療へのアクセス、医療の質、住民の生活への影響を含めて評価する必要があります。こうした分析は、病院の存続や統合について賛成か反対かを決めるためだけのものではありません。限られた医療資源のなかで、何を優先して維持し、どの課題に追加的な財源や人材を投入するべきかを判断するために必要なものです。

30年後の外房で本当に守るべきもの

 勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町の人口は、2020年から2050年までに約44%減少すると推計されています。一方、75歳以上人口は2030年頃まで増加し、その後減少する見通しであり、医療需要は人口総数と同じ割合で変化するわけではありません。さらに、夷隅地域ではすでに入院患者の相当数が安房地域の医療機関を利用しており、地域医療は行政上の医療圏を越えた連携によって成り立っています。このような状況で、現在の病院数、病床数、診療科、設備をすべて同じ状態で30年間維持することが合理的とは限りません。しかし、人口が減るという理由だけで病院を単純に減らすことも適切ではありません。

 地域で暮らし続けるためには、高齢者が急に体調を崩したときに必要な医療を受けられ、専門治療が必要な場合には適切な医療機関へ搬送され、治療後には地域へ戻ってリハビリテーションや療養を続けられる体制が必要です。さらに、自宅での生活が可能な場合には、診療所、訪問診療、訪問看護、介護サービスなどへ円滑につながることが重要になります。病院が存在していることは、地域医療を維持するための重要な条件の一つですが、それだけで十分ではありません。必要な医療機能が実際に提供され、住民が利用できる状態にあることが重要です。

現実的な結論~「病院を残す」から「医療機能を残す」へ

 人口減少が進む外房では、患者数の変化、医療従事者の確保、病院経営、医療機関へのアクセスなど、複数の課題に同時に対応しなければなりません。人口減少によって一部の診療需要が縮小する一方、高齢者救急や慢性疾患、回復期医療、在宅医療との連携など、引き続き重要な役割を持つ医療機能も存在します。国の新たな地域医療構想や千葉県の区域再編の検討も、こうした人口構造と医療需要の変化を背景としています。ただし、医療圏を再編したり、病院の機能を集約したりするだけで問題が解決するわけではありません。再編によって医療従事者を適切に配置でき、必要な救急医療や専門治療へのアクセスが維持され、患者が治療後に地域へ戻れる体制が整って初めて、その効果を評価できます。

 将来の外房で重要なのは、すべての病院を現在と同じ形で残すことでも、人口減少率に合わせて病院を減らすことでもありません。必要な医療機能を明確にし、どの病院が何を担い、どの地域と連携し、どの程度の医療従事者を配置し、住民がどの程度の時間で必要な医療へ到達できる状態を維持するのかを、具体的に設計することです。そして、その設計が本当に住民のためになっているかどうかを、病院数や病床数だけでなく、救急搬送時間、診療機能、医療の質、患者の負担、医療従事者の勤務環境、地域全体の費用などから継続的に検証しなければなりません。

 人口減少社会で守るべきなのは、病院という施設そのものではなく、住民が必要なときに必要な医療を受けられる地域の能力です。 病院数が同じでも、必要な診療を受けられなければ地域医療が維持されているとはいえません。反対に、病院の規模や機能が変わっても、適切な役割分担と連携によって住民が必要な医療を受け続けられるのであれば、地域医療の実質的な機能を維持できる可能性があります。

 人口が減った後にも外房で安心して暮らし続けられるかどうかは、地域に病院の看板が何枚残っているかではなく、病気になったときに実際に医療へつながり、必要な治療とその後の生活支援を受けられるかによって左右されます。これからの外房で問われるのは、個々の病院を残すか、なくすかという二者択一ではありません。限られた医療資源を使いながら、地域全体としてどのような医療提供能力を維持するのかという、より具体的で長期的な課題なのです。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 地方で暮らし続けられるかを考えるとき、「近くに病院があるか」は重要な条件です。しかし、病院や診療所の看板が地域に残っていれば、それだけで医療へアクセスできるとは限りません。実際の通院には、必要な診療科があること、受診したい日に診療していること、予約を取れること、医師がいること、自宅から移動できること、診察後に帰宅できること、そして必要な頻度で通院を繰り返せることなど、複数の条件が必要です。特に高齢になると、医療機関まで10キロメートル、20キロメートルという距離だけでなく、自動車を運転できるか、家族が送迎できるか、鉄道やバスの時刻が診療時間と合うか、タクシー料金を継続して負担できるかといった問題が加わります。そのため、高齢者の医療アクセスを考える際には、医療機関の数や距離だけを見るのでは不十分です。

 この記事では、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町などの外房南部を念頭に置きながら、千葉県の現行制度でこれらの地域を含む「山武長生夷隅保健医療圏」の公的資料を中心に、病院や診療所が存在することと、高齢者が実際に通院を続けられることは同じなのかを考えます。

 なお、2026年現在、千葉県では新たな地域医療構想の策定と千葉県保健医療計画の中間見直しが進められており、山武長生夷隅を含む医療圏のあり方も検討対象となっています。2026年8月の山武長生夷隅地域保健医療連携・地域医療構想調整会議でも、新たな地域医療構想や保健医療計画の中間見直しが議題となりました。したがって、この記事で用いる「山武長生夷隅保健医療圏」は、あくまで現行の行政上の分析単位であり、将来も現在と同じ区域が維持されると決まっているわけではありません。

最初に結論

 外房の将来医療を考えるうえで重要なのは、病院や診療所の数をそのまま維持することではなく、住民が必要とする医療機能へ現実的に到達できる状態を維持できるかという点です。山武長生夷隅保健医療圏では、外来医師偏在指標が85.9とされ、診療所における外来医療需要に対して医師が相対的に少ない地域として扱われてきました。また、医師全体の偏在指標は145.1で、全国335二次医療圏中302位とされ、「医師少数区域」に位置付けられています。目標医師数は640人ですが、計画策定に用いられた現状医師数は545人でした。

 一方、山武長生夷隅保健医療圏は医療機関そのものが極端に少ない地域というわけでもありません。2022年の医療施設調査では一般診療所が267施設ありました。問題は、施設が存在することと、必要な診療科、医師、検査、入院、専門医療などの機能が十分に存在することは同じではないという点です。

 さらに、千葉県保健医療計画が用いている2017年度患者調査などを基礎とした推計では、山武長生夷隅保健医療圏の居住者による外来患者は1日約1万9,900人で、そのうち約4,500人が圏域外へ流出し、圏域外から約1,000人が流入するとされていました。差し引きでは約3,500人の流出超過ですが、これは2026年現在の実測値ではなく、過去の患者調査などを基礎とした推計であることに注意が必要です。この資料から言えるのは、少なくとも計画策定の基礎となった時点ですでに、山武長生夷隅の医療が圏域内部だけで完結していたわけではないということです。将来、医療機関や診療科が縮小した場合には、地域外へ移動しなければ受けられない医療が増える可能性があります。

「外房」と山武長生夷隅保健医療圏は同じではない

 日常的に使われる「外房」と、行政上設定されている医療圏は一致しません。山武長生夷隅保健医療圏は、茂原市、東金市、勝浦市、山武市、いすみ市、大網白里市、九十九里町、芝山町、横芝光町、一宮町、睦沢町、長生村、白子町、長柄町、長南町、大多喜町、御宿町の6市10町1村から構成されています。面積は約1,162平方キロメートルに及び、勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町などの南部だけでなく、東金市、山武市、大網白里市、茂原市なども含む非常に広い区域です。

 そのため、医療圏全体の平均的な数字から、勝浦市や御宿町の住民が医療機関まで何分かかるのかを直接判断することはできません。特に医療アクセスでは、平均値だけでなく地理的な分布が重要であり、同じ市町村の中でも、駅周辺と山間部、幹線道路沿いと公共交通の少ない集落では条件が大きく異なります。この記事で示す医師数や医療施設数は原則として医療圏全体の数字であり、外房南部だけを表した統計ではないという点は、常に区別して読む必要があります。

2050年には人口が大きく減っても、75歳以上人口は高水準が続く

 国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計を基にした千葉県資料では、山武長生夷隅区域の人口は、2020年の約41万人から2025年約38万8千人、2030年約36万6千人、2035年約34万3千人、2040年約31万9千人、2045年約29万5千人、2050年約27万3千人へ減少すると見込まれています。2020年から2050年までの減少幅は約13万7千人で、割合にするとおよそ33%です。

 一方、75歳以上人口は、2020年約7万4千人、2025年約8万7千人、2030年約9万4千人、2035年約9万3千人、2040年約9万人、2045年約8万7千人、2050年約8万8千人と推計されています。総人口が約3分の1減少する一方で、75歳以上人口は2050年でも2020年を上回る計算です。

 ただし、ここから「高齢者が減らないので医療需要も減らない」と単純に結論づけることはできません。将来の医療需要は、年齢だけでなく疾患構造、受療率、医療技術、在宅医療への移行、診療報酬制度などにも左右され、外来患者総数自体は人口減少の影響を受けて減少する可能性もあります。重要なのは、総人口が33%減るからといって、すべての医療需要が同じ33%減るとは限らないということです。特に75歳以上人口が高水準で推移する地域では、慢性疾患、入院、救急、在宅医療など、高齢者に関連する医療需要が人口全体とは異なる動きをする可能性があります。

人口統計は同じ基準の数字を比較する必要がある

 人口を見る際には、統計の定義にも注意が必要です。山武長生夷隅保健医療圏について、2020年人口として示される約41万人は国勢調査を基礎とした数字ですが、千葉県資料には2023年4月1日時点の人口として42万2,832人という数字も掲載されています。一見すると人口減少地域なのに2020年から2023年に人口が増加したように見えますが、これは単純な人口増加を意味するものではありません。2023年の数字は住民基本台帳を基礎とした人口であり、国勢調査人口とは統計上の定義が異なるためです。

 したがって、異なる人口統計をそのまま時系列で比較し、「増えた」「減った」と判断することは適切ではありません。地域分析では、同じ統計体系、同じ定義の数字を用いて比較する必要があります。

現行計画の基礎推計では外来患者の流出超過がみられる

 千葉県保健医療計画で用いられている推計では、山武長生夷隅保健医療圏の居住者を基準とした外来患者数は1日約1万9,900人で、このうち圏域外への流出が約4,500人、圏域外からの流入が約1,000人とされています。主な流出先としては、千葉保健医療圏が約1,400人、香取海匝保健医療圏が約700人、安房保健医療圏が約700人、印旛保健医療圏が約600人、市原保健医療圏が約400人などと推計されています。

 ただし、これらは2017年度患者調査などを基礎として算出された推計値であり、「現在、毎日3,500人が地域外へ通院している」という意味ではありません。人口構成、医療機関の機能、交通条件、患者の受療行動はその後変化している可能性があります。それでも、医療計画の基礎資料の段階で相当数の患者が圏域を越えて移動していたという事実は重要であり、将来の医療体制を考える際には、医療圏の中だけで施設数を数えるのではなく、他の医療圏との患者移動を含めて考える必要があります。

診療所の数が多くても、医師や診療機能が十分とは限らない

 山武長生夷隅保健医療圏では、2022年の医療施設調査で一般診療所が267施設ありました。人口10万人当たりで見ても、診療所数そのものが県内で極端に少ない地域とは言えません。

 一方、千葉県の外来医療に関する資料には、2017年度医療施設調査に基づく一般診療所263施設、2016年医師・歯科医師・薬剤師統計に基づく診療所従事医師253人という数字も掲載されています。この263施設と253人は同じ年の数字ではないため、「263診療所に253人の医師がいる」という一時点の状態として単純に比較することはできません。

 さらに、診療所はすべて同じ医療を提供しているわけではありません。2020年の医師・歯科医師・薬剤師統計を基にした主たる診療科別の診療所医師数を見ると、内科119人、整形外科23人、眼科24人、小児科12人、耳鼻いんこう科12人、消化器内科11人、産婦人科8人、皮膚科7人、外科6人、精神科3人、泌尿器科3人、循環器内科2人、腎臓内科2人、脳神経外科2人などとなっています。つまり、「近所に診療所があること」と「必要な診療科を近所で受診できること」は別の問題であり、施設数だけでは住民が必要とする医療機能を評価することはできません。

皮膚科や精神科など、診療科による差も大きい

 山武長生夷隅保健医療圏における一般診療所勤務医師の人口10万人当たり人数は、2020年の資料で皮膚科1.7人、精神科0.7人、眼科5.7人、耳鼻いんこう科2.9人となっています。同じ資料の千葉県平均は、皮膚科3.6人、精神科2.5人、眼科5.4人、耳鼻いんこう科3.1人です。眼科は県平均とほぼ同水準ですが、皮膚科や精神科には大きな差があります。

 したがって、医療アクセスを分析する場合には「病院・診療所が何施設あるか」だけでなく、「どの診療科が、どこに、何人程度いるか」を見る必要があります。高齢者であれば、内科だけでなく、整形外科、眼科、循環器内科、泌尿器科など複数の診療科を継続的に利用する場合もあり、一つの医療機関だけで通院問題が完結するとは限りません。

医師全体でも「医師少数区域」

 山武長生夷隅保健医療圏の医師偏在指標は145.1で、全国335二次医療圏中302位とされ、「医師少数区域」に位置付けられています。現状医師数545人に対し、2026年度末までの目標医師数は640人です。

 ただし、640人という数字は、「この人数になれば地域のすべての医療需要が完全に満たされる」という意味ではありません。医師偏在指標は、人口構造、受療率、医師の性別・年齢構成などを考慮し、全国的な医師配置の偏りを評価するための指標です。目標医師数も、医師少数区域からの脱却など政策上の基準を基に設定されています。そのため、640人に達したとしても、診療科ごとの偏在、市町村間の偏在、勤務時間、救急医療、在宅医療などの問題まで自動的に解決するわけではありません。

「病院がなくなる」前に医療機能が少しずつ遠くなることがある

 地方医療について考えるとき、「病院が閉院するかどうか」という二者択一で捉えがちです。しかし住民にとっての医療アクセスは、もっと段階的に変化します。例えば、診療所が週5日診療から週3日診療になる、特定の診療科だけ終了する、常勤医が非常勤医になる、午後診療がなくなる、病床が削減される、専門検査が他院への紹介になる、手術や入院だけ別の病院へ移る、といった変化があります。

 この場合、医療機関そのものは地域に残っています。それでも患者側から見ると、「利用できる医療機能までの距離や時間が伸びた」ことになります。したがって地域医療アクセスは、施設が存在するかどうかだけでなく、「必要な診療機能へ実際に到達できるか」という観点から評価する必要があります。

では「何キロメートルまでなら通院できる」のか

 この記事の題名に関係する最も重要な部分ですが、千葉県や厚生労働省の資料には、「高齢者は医療機関まで何キロメートル以内なら通院できる」という全国共通の基準はありません。5キロメートルなら問題なく、10キロメートルを超えると困難になり、20キロメートルなら通院できないという明確な境界を公的資料から設定することはできません。

 高齢者本人が自動車を運転できる場合、家族が送迎できる場合、鉄道駅の近くに住んでいる場合、公共交通がほとんどない場合、歩行が困難な場合では、同じ距離でも通院可能性が大きく異なります。そのため、外房では医療機関まで何キロメートル以内なら安心できる、と一律に結論づけることは適切ではありません。

距離だけでなく、移動時間と反復可能性を見る

 例えば、自宅から15キロメートル離れた医療機関でも、自動車で20分程度で移動でき、本人が運転できるのであれば通院負担は比較的小さい場合があります。一方、自宅から2キロメートルしか離れていなくても、歩行が困難で、バスがなく、家族送迎もなく、タクシー代を継続的に負担することが難しければ、実際の通院は困難になる可能性があります。

 したがって、高齢者の通院可能性を考える際には、医療機関の存在、必要な診療科、診療可能日時、移動手段、所要時間、交通費、本人の身体能力、必要な通院頻度などを総合して評価する必要があります。これは単純な足し算で算出できる数値ではなく、これらの条件は互いに影響します。厳密に分析するのであれば、それぞれを説明変数として通院可能性を推定する統計モデルや、道路・公共交通ネットワークを使った到達時間分析などが必要になります。

高齢者医療では「1回行けるか」より「繰り返し行けるか」が重要

 高齢期には、高血圧、糖尿病、心疾患、整形外科疾患、眼疾患などで長期間の通院が必要になる場合があります。そのため、通院問題では一度だけ病院へ到達できるかではなく、数週間ごと、あるいは数か月ごとに何年間も通い続けられるかが重要です。年間の移動負担を単純化すれば、「1回当たりの往復移動時間」と「年間受診回数」の積として考えることができ、複数の診療科を受診すれば、その負担はさらに増えます。

 例えば、専門医を受診するため地域外へ移動する場合、1回だけなら家族に送迎を頼めても、毎月あるいは数か月ごとに何年間も続けられるとは限りません。「家族に車で連れて行ってもらえる」という条件だけで、長期的な通院問題が解決しているとは言えないのです。

同じ医療圏内でも生活圏としては遠い

 山武長生夷隅保健医療圏は約1,162平方キロメートルという広い区域です。そのため、行政上は同じ医療圏にある医療機関でも、すべての住民にとって日常的に通いやすい距離にあるとは限りません。

 医療行政上の圏域は、医療提供体制を計画するための区域です。一方、住民の日常生活では、道路網、鉄道、バス、地形、医療機関の診療時間などによって実際の生活圏が形成されます。したがって、「同じ医療圏の中に病院がある」という事実だけでは、住民の医療アクセスを十分に評価できません。

一部の高度・専門医療は圏域外との連携が前提になる

 千葉県資料では、山武長生夷隅保健医療圏における2020年度医療施設調査などを基にした医療機器数として、全身用CT(Computed Tomography・コンピュータ断層撮影装置)49台、MRI(Magnetic Resonance Imaging・磁気共鳴画像装置)21台、PET(Positron Emission Tomography・陽電子放出断層撮影装置)0台、放射線治療装置1台、マンモグラフィ14台などが示されています。特にPETについては圏域内に保有医療機関がなく、千葉県も隣接医療圏との連携を重要としています。

 これは、すべての医療機能を一つの医療圏の中に配置することが現実的とは限らないことを示しています。高度な設備や専門医療では、患者数や専門職の確保、設備投資などを考えると一定の集約化が合理的な場合があります。問題は集約化そのものではなく、医療機能を集約するのであれば、その医療機関まで患者が到達できる交通や紹介体制も同時に確保する必要があるということです。

各市町村にすべての医療を残せばよいわけでもない

 高齢者が多い地域だからといって、各市町村にあらゆる診療科や病院機能を残せば問題が解決するわけではありません。病院を維持するためには医師だけでなく、看護師、薬剤師、診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、リハビリテーション職、事務職など多くの人材が必要であり、さらに病床、手術室、検査機器、夜間勤務体制なども維持しなければなりません。

 人口が減少する地域で高度な医療機能を小規模施設へ分散させれば、各施設が十分な人員や設備を確保できない場合があります。症例数が少なすぎれば、医療従事者の経験や設備利用の効率という別の問題も生じます。したがって、住民の近くに医療機能を置くことと、医療の質や人員を確保するために一定の機能を集約することの間には、現実的な調整が必要です。

反対に「集約すれば効率的」で終わらせることもできない

 医療機関を集約すれば、人材や設備を集中させやすくなる場合があります。しかし、医療提供側の効率化が住民側の負担軽減と必ず一致するとは限りません。病院が遠くなれば、患者本人の移動時間だけでなく、家族の送迎時間、タクシー料金、仕事を休む時間などが増える可能性があります。

 行政や医療機関の会計上は効率化しても、その一部の費用や時間が患者や家族へ移転しているだけという場合もあります。したがって、地域医療の再編を評価するときには、医療機関側の費用だけでなく、患者や家族が負担する時間と費用まで含めて考える必要があります。

外房では医療政策と交通政策を切り離しにくい

 病院や診療科が集約されるほど、交通の重要性は高くなります。逆に、路線バスの減便、鉄道の運行本数の減少、タクシー事業者の減少、本人の運転能力の低下などが重なると、医療施設そのものが存在していても利用できなくなる可能性があります。

 そのため地方の医療アクセスは、医療提供体制だけではなく地域交通との組み合わせとして考える必要があります。例えば、専門診療を一定の病院へ集約する政策を実施するのであれば、鉄道やバスだけでなく、デマンド交通、乗合タクシー、患者送迎、福祉交通などをどのように組み合わせるのかが重要になります。

自動車を運転できる現在だけで判断すると問題を見落とす

 外房では自動車で医療機関へ通院している住民も多いと考えられます。そのため、60代や70代前半では「病院まで15キロメートルあっても車なら問題ない」と感じる場合があります。しかし、高齢期の居住可能性を考えるのであれば、「現在運転できるか」だけでなく、「運転できなくなった後にも同じ医療へアクセスできるか」を考える必要があります。

 自動車中心の医療アクセスは、免許返納だけでなく、視力低下、認知機能の変化、身体機能低下、骨折、入院後の体力低下などによって成立しなくなる可能性があります。したがって地方移住や高齢期の住宅選びでは、現在の自動車移動時間だけでなく、自動車を利用できなくなった場合の通院方法まで確認しておくことが重要です。

オンライン診療で通院問題がすべて解決するわけではない

 オンライン診療には、患者の移動負担を減らせる利点があります。状態が安定している患者の一部では、対面診療の回数を減らせる可能性があります。しかし、採血、画像検査、処置、身体診察、緊急対応、手術、リハビリテーションなど、医療機関への来院が必要になる診療は残ります。また、高齢者の中には情報通信機器の利用に支援が必要な人もいます。

 そのため、「オンライン診療が普及すれば地方の通院問題がなくなる」と考えるのは適切ではありません。オンライン診療は、適切な疾患や患者について移動回数を減らす手段の一つとして位置付ける方が現実的です。

在宅医療も重要だが、供給側にも移動負担がある

 高齢化が進む地域では、患者が医療機関へ行くのではなく、医師や看護師などが患者宅へ訪問する在宅医療の重要性も高まります。しかし在宅医療にも医師、看護師、車両、移動時間などが必要であり、人口密度が低く、住宅が広い地域に分散していれば、一人の医師や看護師が一定時間内に訪問できる患者数は少なくなります。

 つまり、通院医療では患者側に発生していた移動負担の一部が、在宅医療では医療従事者側へ移ることになります。在宅医療は重要な選択肢ですが、それだけですべての地域医療アクセス問題を解決できるわけではありません。

高齢期に見るべきなのは「病院までの距離」より「必要な医療へのアクセス」

 高齢期の生活環境を評価するとき、「最寄り病院まで何キロメートルか」という一つの数字だけでは不十分です。まず、普段の慢性疾患を診てもらえる内科などのかかりつけ医があるかを確認し、次に眼科、整形外科、皮膚科、循環器内科など、自分が必要とする専門診療科がどこにあるのかを見る必要があります。

 さらに、CTやMRIなどの検査が必要になった場合にどこへ行くのか、入院や手術が必要になった場合はどの病院が担当するのか、自動車を運転できなくなった場合にどう通院するのか、家族が送迎できない場合の代替手段があるのか、訪問診療や訪問看護を利用できるのかまで確認して初めて、実際の医療アクセスを評価できます。

高齢期の居住地を考えるためのチェックリスト

  • 最寄りの内科へ自動車以外でも行けるか
  • 定期的に必要な専門診療科がどこにあるか
  • 診療曜日や診療時間を確認しているか
  • 紹介先となる病院までどの程度の時間がかかるか
  • 家族の送迎がなくても通院できるか
  • タクシーを継続利用した場合の費用を負担できるか
  • 鉄道やバスの時刻が診療時間と合っているか
  • 入院後や身体機能が低下した場合の通院方法があるか
  • 訪問診療や訪問看護の対象地域に入っているか
  • 自動車を運転できなくなった後の交通手段があるか
  • 一度だけではなく、毎月あるいは数か月ごとに何年間も通えるか

 重要なのは、現在病院へ行けるかだけではありません。10年後、20年後に本人の身体能力や家族構成、地域交通が変化しても、必要な医療を継続して利用できるかという視点が必要です。

どのような地域なら医療アクセスを維持しやすいのか

 一般論としては、診療所と中核病院の役割分担があり、専門医療を集約しても交通手段が確保され、かかりつけ医と専門医の連携ができ、訪問診療や訪問看護を利用でき、公共交通やタクシーなど複数の移動手段が存在する地域ほど、医療アクセスを維持しやすいと考えられます。

 反対に、人口が広い範囲へ分散し、診療所の後継者が少なく、専門診療科が遠く、自動車以外の交通手段が乏しく、家族送迎への依存度が高い地域では、医療施設の数を維持しただけでは実際の通院可能性を維持できない可能性があります。

本当に「どこまで通院できるか」を調べるには空間分析が必要

 この記事では、公的資料から一律に「何キロメートル以内なら通院可能」という数字を設定することはしていません。しかし、外房について実際に「どこまで通院できるのか」を詳しく検証する方法はあります。例えば、勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町について、人口の分布、病院・診療所の位置、診療科、道路網、鉄道駅、バス停、運行時刻などを組み合わせれば、それぞれの地域から必要な医療機関まで何分で到達できるかを分析できます。

 具体的には、内科まで30分以内、整形外科まで30分以内、眼科まで45分以内、救急病院まで60分以内といった到達圏を地図上に作り、その圏内に高齢者が何人住んでいるかを推計する方法があります。自動車利用時だけでなく、公共交通利用時について同じ分析をすれば、「運転できる間」と「運転できなくなった後」の差も把握できます。このような分析を行って初めて、「外房ではどこに住めば何分以内に医療へ到達できるのか」という問題に定量的に答えることができ、医療圏全体の平均値だけではそこまでの判断はできません。

「病院を残すか、なくすか」だけの議論では足りない

 人口減少地域では、病院や診療所の統合、再編、病床削減などが議論されることがあります。しかし、住民生活から見て重要なのは、病院が残ったか閉院したかという二者択一だけではありません。必要な医療機能まで何分で行けるのか、自動車がなくても行けるのか、月に何回でも継続できるのか、専門医療が必要になった場合にも移動できるのかという評価が必要です。

 医療施設の集約化には、人材や設備を集中できる利点があります。一方で、患者の移動負担を増加させる可能性があります。逆に医療機能を細かく分散すれば住民との距離は近くなりますが、人材や設備を十分に配置できなくなる可能性があります。したがって、地域医療政策では「施設を残すか減らすか」という施設数だけの議論ではなく、「どの医療機能をどこに配置し、その場所まで住民がどのように到達するのか」を一体として考える必要があります。

現実的な結論

 山武長生夷隅保健医療圏では、総人口が2020年の約41万人から2050年には約27万3千人へ減少すると推計されています。一方、75歳以上人口は約7万4千人から約8万8千人となる推計で、人口全体とは異なる動きをします。医師全体の偏在指標は145.1で全国335二次医療圏中302位とされ、現在の千葉県保健医療計画では医師少数区域に位置付けられています。外来医師偏在指標も85.9であり、診療所医師の確保も課題となっています。

 一方、2022年の一般診療所数は267施設あり、単純に「医療機関そのものがほとんどない地域」と表現するのも正確ではありません。問題は施設数ではなく、それぞれがどのような診療機能を持ち、住民がそこへ到達できるかです。また、現行計画が用いる過去の患者調査などを基礎とした推計では、外来患者の圏域外流出が流入を大きく上回っていました。このことからも、山武長生夷隅の医療を一つの圏域だけで完結させることを前提にするのではなく、周辺医療圏との連携と交通を含めて考える必要があります。

 したがって将来の外房について、「人口が減るから医療機関も同じ割合で減らしてよい」とも、「現在の病院や診療所の数さえ残せば安心」とも言えません。人口減少社会で重要になるのは、すべての医療施設を現在と同じ形で残すことではなく、地域に必要な医療機能を確保し、その医療機能まで高齢者が現実に到達できる仕組みを維持することです。

 住民側も、「病院まで車で15分だから大丈夫」と現在の状態だけで判断するのではなく、自動車を運転できなくなった後、家族が送迎できなくなった後、身体機能が低下した後にも、その医療を利用できるかまで考える必要があります。地方の医療問題は、病院があるか、ないかだけではありません。医療が存在することと、必要な人が実際に利用し続けられることは同じではありません。

 外房で10年後、20年後、さらにその先まで暮らし続けられるかを考えるなら、医療施設の数だけでなく、「必要な医療へ何分で到達できるのか」「自動車を使えなくても通えるのか」「その通院を長期間繰り返せるのか」という視点から地域を見る必要があります。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 地方で高齢期を暮らすことを考えるとき、近くに病院や介護施設があるか、介護保険によるサービスを利用できるかという問題は、生活の安心を左右する重要な条件になります。しかし、施設の所在地や事業所の数だけを調べても、将来の介護環境を十分に評価することはできません。介護サービスを継続的に提供するためには、建物や設備だけでなく、そこで働く介護職員を確保し、必要な時間と人数を配置できることが前提になるからです。

 介護事業所が存在し、介護保険制度が維持されていたとしても、職員不足によって新規利用者を受け入れられなかったり、希望する曜日や時間帯にサービスを提供できなかったりする可能性があります。特に人口減少が進む地方では、高齢者の介護需要と、介護を担う労働力の変化が必ずしも一致しないため、将来のサービス提供体制を人口や施設数だけから判断することには限界があります。

 千葉県が2026年3月に公表した資料によると、県内の介護職員数は2023年度の90,024人から2024年度には88,338人となり、公表統計上は1,686人減少しました。一方、厚生労働省の「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」を基にした推計では、2040年度に千葉県全体で28,266人の需給差が生じると見込まれています。

 ただし、この数字は千葉県全体について一定の条件を置いて推計されたものであり、勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町などの外房地域で同じ割合の介護職員が不足するという意味ではありません。また、介護職員の不足人数と、実際に利用できなくなる介護サービスの量も同一ではありません。

 この記事では、千葉県の介護人材需給推計、介護サービス事業所の整備状況、特別養護老人ホームの入所待機者数、国立社会保障・人口問題研究所の地域別将来推計人口などを用いながら、外房で将来も介護サービスを利用できるかどうかを、制度、人口動態、労働力、地域の地理的条件という複数の観点から検討します。

千葉県では2040年度に約2万8千人の介護職員不足が見込まれる

 最初に確認しておきたいのは、介護職員不足が単なる印象や将来への不安ではなく、行政の需給推計でも重要な課題として示されていることです。千葉県の公表資料によると、2026年度の介護職員需要は106,260人、供給見込人数は95,414人で、その差は10,846人と推計されています。2030年度には需要115,450人、供給99,259人で16,191人の不足となり、2040年度には需要127,991人、供給99,725人で28,266人の不足が見込まれています。

 2040年度の不足人数28,266人を必要人数127,991人で割ると、約22.1%になります。これは、推計された介護職員の必要人数に対して、供給見込人数が約22%不足するという意味です。逆に考えると、供給見込人数は必要人数の約77.9%に相当します。

 ただし、介護職員が必要人数より22.1%少ないという推計から、介護サービスの22.1%が提供できなくなる、あるいは利用者の22.1%が介護を受けられなくなると結論することはできません。 実際に提供できるサービスの量は、職員の勤務時間、常勤・非常勤の構成、利用者の要介護度、業務効率、職種別の配置基準などによって変わるためです。介護職員の人数に関する需給差は、サービス提供能力への圧力を示す重要な指標ですが、そのままサービス利用不能率を表すものではありません。

 もう一つ重要なのは、これらの数字が将来の確定値ではないことです。需要は介護保険事業計画におけるサービス量の見込みなどを基に推計され、供給についても入職、離職、再就業などの条件が考慮されています。介護報酬、賃金、労働参加率、外国人介護人材の受入れ、生産性向上などの条件が変化すれば、実際の需給差も変わり得ます。したがって、2040年度の不足28,266人は、現時点で示されている将来シナリオの一つとして理解する必要があります。

介護職員数は減り続けているわけではない

 介護人材不足という言葉から、千葉県の介護職員数が長年にわたり減少し続けているように受け取る人もいるかもしれません。しかし、実際の公表統計を見ると、そのような単純な推移にはなっていません。千葉県の介護職員数は、2018年度の85,135人から長期的には増加し、2020年度には87,657人、2021年度には89,466人、2022年度には88,960人、2023年度には90,024人となりました。その後、2024年度には88,338人となり、前年度から1,686人、約1.9%減少しています。

 この推移から分かるのは、介護職員数が毎年一定の方向に変化しているわけではないということです。2024年度の減少は注目すべき動きですが、1年間の減少だけを根拠に、その後も継続的な減少が起きると判断することはできません。実際、県の2040年度の供給見込人数99,725人は、2024年度の実績88,338人を上回っています。現在の推計が示している中心的な問題は、介護職員が将来必ず減り続けることではなく、介護職員を増やしても、必要人数の増加に追いつかない可能性があることです。

 なお、介護職員数の統計的な性質にも注意が必要です。厚生労働省の「介護サービス施設・事業所調査」では、従事者数などを把握する詳細票について、2018年調査以降は標本調査による推計値が用いられています。また、調査方法や回収状況の違いもあるため、年次比較では統計上の変動を考慮する必要があります。したがって、公表値の減少をそのまま全事業所における職員の実数減少と同一視したり、減少の原因を一つに特定したりすることは適切ではありません。

 将来の介護人材を評価するには、単年度の職員数だけではなく、複数年度の推移、入職者と離職者、介護分野への再就業、労働時間、常勤換算の職員数などを組み合わせて考える必要があります。

2040年度の必要人数と現在の職員数は区別しなければならない

 千葉県の2022年度の介護職員数88,960人と、2040年度の必要人数127,991人を比較すると、その差は39,031人になります。しかし、この39,031人を2040年度の介護職員不足人数として扱うのは正確ではありません。将来の供給見込人数を考慮していないためです。

 千葉県の推計では、供給見込人数は2026年度の95,414人から2030年度には99,259人へ増加し、2040年度には99,725人になるとされています。このため、2040年度の正式な推計需給差は、必要人数127,991人から供給見込人数99,725人を差し引いた28,266人です。

 特に注目したいのは、2030年度から2040年度までの変化です。この10年間で介護職員の必要人数は115,450人から127,991人へ12,541人増加する一方、供給見込人数は99,259人から99,725人へ466人しか増加しない計算になっています。その結果、推計需給差は16,191人から28,266人へ拡大します。

 つまり、2040年度の問題を理解するうえで重要なのは、職員数の絶対的な増減だけではなく、介護需要の増加速度と、介護職員の供給増加速度との間に生じる差です。実際の職員数が増加したとしても、それ以上に介護需要が増えれば、人材不足は深刻化し得ます。

高齢者人口が減少しても介護需要が同じように減るとは限らない

 介護需要を予測するとき、65歳以上の人口だけで判断することには限界があります。高齢者の中でも、65歳から74歳、75歳から84歳、85歳以上では、健康状態や要介護認定率、必要とされる介護サービスの内容が異なるためです。また、同じ年齢でも身体機能や認知機能、家族の支援状況によってサービスの必要性は変わります。

 千葉県の公表資料では、要介護・要支援認定者数について、2020年度の約29万5千人から2040年度には約41万1千人へ増加する見込みが示されています。ただし、これは県全体の推計であり、外房の各自治体でも同じ増加率になるという意味ではありません。

 介護需要を考える際には、総人口や65歳以上人口に加えて、75歳以上人口、85歳以上人口、要介護・要支援認定者数、要介護度別の人数、認知症のある高齢者数、実際のサービス利用率などを見ることが重要です。さらに、独居高齢者や高齢夫婦のみの世帯では、同じ要介護度であっても家族による介護や送迎を期待できる程度が異なるため、在宅サービスの必要性にも差が生じます。

 したがって、人口減少地域であっても、介護需要が人口と同じ割合で減少するとは限りません。特に高齢者人口の内部構成が変化する地域では、単純な人口減少率よりも、年齢構成や介護を必要とする人の割合を確認する必要があります。

外房を含む山武長生夷隅圏域では75歳以上人口が増加する

 外房の介護問題を考えるうえで参考になるのが、千葉県の「山武長生夷隅圏域」の人口推計です。この圏域には、勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町のほか、茂原市、東金市なども含まれています。そのため、圏域全体の人口動態を外房4市町だけの変化と同一視することはできませんが、広域的な介護需要の方向性を考える資料になります。

 千葉県の公表資料によると、山武長生夷隅圏域の65歳以上人口は、2020年の147,498人から2030年には149,557人となり、2040年には146,708人になると推計されています。2020年と2040年を比較すると790人、約0.5%の減少であり、65歳以上人口全体はほぼ横ばいです。

 これに対して75歳以上人口は、2020年の73,668人から2030年には93,737人となり、2040年には89,596人になると見込まれています。2030年から2040年にかけては減少するものの、2040年の75歳以上人口は2020年より15,928人多く、増加率は約21.6%になります。

 この違いは、外房の介護需要を分析するうえで重要です。65歳以上人口だけを見ると、2040年まで高齢者の人数がほとんど変わらないように見えますが、その内部では75歳以上の割合が高まると推計されています。一般に、年齢が高くなるほど要介護認定を受ける割合が上昇する傾向があるため、65歳以上人口が横ばいでも介護需要が同じ水準で推移するとは限りません。

 ただし、75歳以上人口が約21.6%増えるからといって、必要な介護職員数も21.6%増えると計算することはできません。実際の必要人数は、要介護認定率、要介護度、健康状態、サービス利用率、家族による支援、事業所の生産性などによって変わります。したがって、この人口推計から直接読み取れるのは高齢者人口の年齢構成の変化であり、将来の介護職員不足人数そのものではありません。

 さらに、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、市区町村別の人口を2050年まで5年ごとに確認できます。勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町についても、それぞれの人口規模、年齢構成、後期高齢者人口の推移を別々に分析する必要があります。広域圏域の平均的な変化と、個々の自治体の実態は必ずしも一致しないからです。

外房の介護職員不足人数を県全体の数字から計算することはできない

 千葉県の介護職員不足推計は県全体の数字であり、山武長生夷隅圏域や外房4市町について、2040年度に必要な介護職員数、供給見込人数、不足人数をそれぞれ示したものではありません。したがって、県全体の不足28,266人を市町村別人口の割合で配分し、外房で不足する人数を算出する方法には問題があります。

 その理由は、介護職員の配置が人口比率だけで決まるわけではないためです。市町村によって高齢者の年齢構成、要介護認定率、施設介護と在宅介護の利用割合、事業所の分布、職員の勤務形態などが異なります。また、介護職員が居住している自治体と勤務している自治体が同じとは限らず、施設や事業所が複数の自治体から利用者を受け入れる場合もあります。

 例えば、人口規模が小さい自治体でも、周辺自治体の住民が利用する介護施設が多く設置されていれば、その自治体に必要な介護職員数は人口比率から推測される人数より多くなる可能性があります。反対に、住民が隣接自治体の施設を利用している地域では、自治体内の事業所数だけを見ても供給状況を評価できません。

 そのため、外房の介護人材不足を数値として把握するには、介護サービスの種類別に、利用者数、事業所数、定員、職員配置、勤務時間、受入状況、通勤圏などを調査する必要があります。現在確認できる県全体の需給推計だけから、外房で2040年度に何人不足すると断定することはできません。

介護サービスの利用見込みは圏域単位でも確認できる

 千葉県の第9期高齢者保健福祉計画では、介護サービスの種類ごとに圏域別の利用見込みが示されています。例えば、入所定員29人以下の特別養護老人ホームで提供される地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護について、山武長生夷隅圏域の利用見込みは2023年度が219人/月、2024年度が223人/月、2025年度が224人/月、2026年度が225人/月となっています。

 ここで注意したいのは、これらが介護保険事業計画に掲載された利用見込みであり、各年度に実際に利用した人数の確定値ではないことです。また、地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護は、数ある介護サービスの一つにすぎません。この数値だけから、訪問介護、通所介護、短期入所などを含む地域全体の介護需要を判断することはできません。

 それでも、圏域単位で介護サービスの利用見込みが示されていることには意味があります。県全体の介護職員不足推計に加えて、地域ごとのサービス種類別利用実績や利用見込みを組み合わせれば、どの分野で供給制約が生じやすいかを検証するための基礎資料になるからです。

 今後、外房の将来の介護環境をより正確に把握するには、圏域単位の集計をさらに市町村単位へ分解し、必要に応じて個別事業所の状況まで確認することが求められます。

介護事業所の数が多くても利用できるとは限らない

 介護保険サービスには、訪問介護、通所介護、短期入所生活介護、特別養護老人ホームなどの施設サービスに加え、認知症対応型共同生活介護、小規模多機能型居宅介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護といった地域密着型サービスがあります。それぞれ対象となる利用者、サービス内容、職員配置基準、利用条件が異なるため、単純に事業所数だけを合計して地域の介護供給能力を評価することはできません。

 千葉県の2025年4月1日時点の資料によると、県内には定期巡回・随時対応型訪問介護看護が72か所、夜間対応型訪問介護が11か所、認知症対応型通所介護が91か所、小規模多機能型居宅介護が151か所、看護小規模多機能型居宅介護が49か所あります。また、地域密着型通所介護は998か所、認知症対応型共同生活介護は504か所となっています。

 これらの数字から県内に多様な介護サービスが整備されていることは確認できますが、事業所数は利用可能な人数や時間を直接表しているわけではありません。職員不足によって受入人数を制限している事業所、曜日によって提供可能なサービス量が異なる事業所、利用者の居住地によって訪問できる範囲が限定される事業所などが存在する可能性があります。

 また、県内に事業所が多数存在していても、その分布が均等であるとは限りません。都市部に事業所が集中していれば、県全体の事業所数が十分に見えても、人口密度の低い地域では利用できる事業所が限られる場合があります。逆に、ある自治体内に事業所が少なくても、近隣自治体の事業所を利用できる場合には、実際の選択肢が広がることもあります。

 介護サービスの利用可能性を判断するには、事業所の所在地だけでなく、定員、稼働状況、職員配置、新規利用の受入可否、提供区域などを確認することが重要です。

特別養護老人ホームの待機者数から何が分かるのか

 施設介護についても、建物や定員の数字だけからサービスの充足状況を判断することはできません。千葉県の公表資料によると、2024年度の特別養護老人ホームの入所定員は、広域型29,750人、地域密着型2,077人を合わせて31,827人となっています。一方、2025年度の県内入所待機者数は9,799人で、そのうち在宅で待機している人は4,832人です。なお、待機者数の調査期日は2025年7月1日であり、定員数とは調査時点が異なります。

 この9,799人という数字は、ただちに9,799床が不足しているという意味ではありません。特別養護老人ホームは原則として要介護3以上の人が新規入所の対象となり、要介護1・2の人については特例入所の条件があります。また、入所の必要性や緊急性、現在の生活状況などを踏まえて入所者が決定されるため、待機者数と必要な追加定員数が一致するわけではありません。

 さらに、待機者の中には、すでに別の介護施設や医療機関などに入っている人も含まれます。複数施設への申込みや入所希望時期の違い、施設側の受入条件などもあるため、待機者の総数だけから不足する施設の規模を計算することは適切ではありません。

 ただし、一定数の入所希望者が待機しているという事実は、施設が存在しても希望者全員が直ちに入所できるわけではないことを示しています。また、新たに施設を整備しても、必要な介護職員や看護職員などを確保できなければ、定員どおりの受入れを実現できない場合があります。

 したがって、特別養護老人ホームの供給体制を評価する際には、施設数や定員だけでなく、実際の空床、入所待機者の状態、職員配置、稼働可能な定員などを確認する必要があります。

外房では在宅介護の移動時間が重要な制約になり得る

 介護人材不足は、特別養護老人ホームなどの施設介護だけの問題ではありません。自宅で生活を続けるためには、訪問介護、通所介護、訪問看護、短期入所、小規模多機能型居宅介護など、複数のサービスを組み合わせることがあります。そのため、介護職員の不足は、施設に入所する人だけでなく、在宅生活を続けたい人にも影響する可能性があります。

 特に訪問介護では、職員が利用者の自宅へ移動する時間を考慮する必要があります。介護職員が同じ時間数働いていても、利用者宅が近接している地域と、利用者宅が広い範囲に分散している地域では、1日に訪問できる件数が異なる可能性があります。人口密度が低く、居住地が分散している地域では、移動距離や移動時間がサービス提供能力に影響する場合があります。

 例えば、ある事業所で1人の訪問介護職員が一定時間勤務するとしても、そのすべてを利用者への直接介護に充てられるわけではありません。事業所と利用者宅の移動、利用者宅同士の移動、記録、連絡調整などに必要な時間があり、これらの時間が増えるほど、同じ勤務時間内で提供できる直接介護時間は少なくなります。

 ただし、外房の訪問介護職員について、都市部より平均移動時間が何分長いのか、何件程度訪問数が少なくなるのかを示す統一的な公的統計は、今回確認した資料からは得られていません。そのため、具体的な移動時間や経営採算への影響を数値として断定することはできません。

 それでも、訪問介護が職員の労働時間と移動時間の双方を必要とするサービスであることは変わりません。今後、外房で在宅介護の供給能力を分析するのであれば、事業所数や職員数に加えて、実際の訪問区域、利用者の居住地、平均移動時間、1日当たりの訪問件数などを調査することが重要になります。

介護人材不足は離職率だけでは説明できない

 介護人材不足の原因として、賃金や労働条件、離職率の問題が取り上げられることがあります。千葉県の2026年3月公表資料では、2024年度の介護サービス分野の離職率は14.2%、産業計は11.2%と示されています。ただし、介護サービス分野の数値は介護労働安定センターの「介護労働実態調査」による介護職員・訪問介護員の2職種計であり、産業計は厚生労働省の「雇用動向調査」に基づいています。調査対象や方法が異なるため、単純な比較には注意が必要です。

 また、離職率が高いことだけをもって介護職員数が減少すると判断することもできません。ある介護事業所を退職した人が別の介護事業所へ転職する場合、その事業所では離職者として計上されても、介護分野全体から人材が失われたとは限らないからです。介護人材全体の増減を評価するには、新規就業、他産業からの転職、介護分野内での転職、再就業、退職などを区別して考える必要があります。

 さらに、地方では生産年齢人口の減少によって、介護分野に限らず労働力の確保が難しくなる可能性があります。介護職員の確保は、医療、福祉、運輸、小売、宿泊など、他の産業が必要とする労働力との関係も考慮する必要があります。

 そのため、介護人材不足を改善するには、離職防止だけでなく、新規就業者の確保、資格取得支援、職場環境の改善、再就業の促進、勤務時間の確保など、複数の対策を組み合わせる必要があります。外房ではさらに、通勤距離や交通手段、地域内の住宅事情なども就業継続を左右する条件になり得ますが、その影響の大きさについては地域別の実証的な確認が必要です。

情報通信技術や介護ロボットによって不足を解消できるのか

 ICT(Information and Communication Technology・情報通信技術)や介護ロボットの活用は、介護現場の生産性向上を図るための重要な対策です。記録業務の電子化、情報共有の効率化、見守り機器の活用、移乗支援機器の導入などによって、職員の業務負担を軽減できる可能性があります。

 ただし、介護業務には食事、排泄、入浴、移乗、移動、認知症への対応、利用者との意思疎通など、人が直接関わる業務も多く含まれています。技術によって一部の業務を効率化できても、すべての介護業務を機械に置き換えられるわけではありません。また、機器の導入には費用や研修が必要であり、運用方法によって効果も異なります。

 介護人材の必要人数を考える際には、職員数だけでなく、職員1人当たりが一定時間内に提供できるサービス量も重要になります。しかし、生産性向上がどの程度の人材不足を補えるかは、対象業務、技術の種類、導入状況によって異なるため、一般的な数字として断定することは困難です。

 したがって、情報通信技術や介護ロボットは介護人材不足への対応策の一つとして評価できますが、それだけで2040年度の推計不足人数28,266人が解消されると判断できる根拠はありません。人材確保、職場環境の改善、サービス提供体制の再編などと組み合わせて考える必要があります。

外国人介護人材の受入れにも継続的な就労環境が必要になる

 外国人介護人材の受入れも、介護職員の供給を支える手段の一つです。日本では在留資格「介護」、特定技能、技能実習などの制度が活用されてきましたが、それぞれ就労条件や資格要件、在留上の取扱いが異なります。制度の変更によって受入れの仕組みも変わり得るため、将来の供給人数を考える際には制度改正の影響も考慮する必要があります。

 外国人介護人材が地域で継続して働くためには、日本語による意思疎通、介護技術の習得、資格取得への支援、住居の確保、通勤手段、生活相談などの環境が重要になります。介護現場では利用者の身体状態や認知機能を把握し、適切に情報を共有する必要があるため、単に就業人数を増やすだけでは十分ではありません。

 特に公共交通機関の利用が難しい地域では、通勤手段や住宅の位置が働き続けられるかどうかに影響する可能性があります。ただし、外房で外国人介護職員がどの程度不足を補っているのか、将来どの程度の人数を確保できるのかについては、地域別の実績や受入事業所の状況を確認しなければ判断できません。

 外国人介護人材は重要な供給経路の一つですが、将来の介護提供体制を外国人材の増加だけに依存させるのではなく、日本人を含む既存職員の定着、再就業、業務効率化などと併せて検討する必要があります。

介護サービスの供給能力は職員数だけでは決まらない

 ここまで見てきたように、介護サービスの供給能力は、事業所数と介護職員数だけで決まるものではありません。実際には、施設や設備の処理能力、勤務可能な職員数、職員の労働時間、利用者1人当たりに必要な介護時間、移動や事務作業に費やされる時間など、複数の条件によって制約されます。

 訪問介護の提供可能件数を単純化して考えるならば、一定期間の職員数に1人当たりの労働時間と直接介護に充てられる時間の割合を掛け、それを1件当たりに必要な直接介護時間で割ることで、概算の供給可能件数を考えることができます。ただし、これは供給制約を理解するための単純化した考え方であり、介護保険制度上の公式な算定式ではありません。実際には職種別配置基準、サービス提供区域、利用者の状態、必要な介護技術なども考慮しなければなりません。

 重要なのは、施設や設備に余裕があっても必要な職員を配置できなければサービス提供量が制限され、人員に余裕があっても設備や移動条件に制約があれば利用者を受け入れられない場合があるということです。介護サービスは、複数の条件が組み合わさって成立しており、そのうちの一つが不足すれば、他の条件が十分であっても供給能力を拡大できないことがあります。

 したがって、介護サービスを整備する政策を評価する際にも、施設数を増やしたかどうかだけではなく、実際にどれだけのサービスを安定的に提供できるようになったかを確認する必要があります。

制度として利用できることと実際に利用できることは異なる

 介護保険制度に基づくサービスであっても、希望するサービスを無制限に利用できるわけではありません。サービスの種類によって要介護・要支援認定などの条件があり、在宅サービスには原則として要介護度などに応じた区分支給限度基準額が設けられています。限度額を超えるサービス利用については、原則として超過部分が全額自己負担になります。

 また、地域密着型サービスは、原則として事業所が所在する市町村の被保険者を対象とする制度です。市町村を越えた利用が認められる場合もありますが、必要な手続や条件があるため、近隣自治体に事業所が存在するという理由だけで、誰でも同じ条件で利用できるとは限りません。

 さらに、介護サービスには介護職員だけでなく、看護職員、介護支援専門員、リハビリテーション専門職などが関わるものもあります。例えば訪問看護の提供能力は看護職員の確保状況にも左右されるため、介護職員の需給推計だけで介護保険サービス全体の供給能力を完全に評価することはできません。

 このように、実際の利用可能性は、制度上の利用資格、自己負担、事業所の所在、職員配置、提供可能な時間、サービスの対象区域などの条件によって決まります。介護保険制度が存在し、自治体の計画にサービスが掲載されていても、個々の利用者が希望する時期に希望する内容のサービスを必ず利用できるという意味ではありません。

外房の高齢者世帯では家族による支援を当然視できない

 高齢者の生活を支えるうえで、家族による介護や送迎が重要な役割を果たす場合があります。しかし、今後の外房の介護環境を考える際には、家族が常に不足部分を補えると想定することは適切ではありません。高齢者の一人暮らしや夫婦のみの世帯、子どもが遠方に居住している世帯では、家族による日常的な支援を受けることが難しい場合があります。

 特に、通所介護や医療機関への移動について、本人が自動車を運転できない場合には、送迎サービスや公共交通機関、家族の協力などが必要になることがあります。通所介護では事業所による送迎が通常のサービスに含まれますが、送迎対象区域や運行体制などによって利用条件が異なる場合があります。そのため、施設までの直線距離が短いという理由だけで、実際の利用が容易だとは判断できません。

 また、介護サービスの利用には、本人の要介護度だけでなく、生活状況や家族の介護力、住環境なども関係します。自宅で生活を続けるために必要な支援が複数のサービスにまたがる場合には、それらを組み合わせて利用できるかどうかが重要になります。

 したがって、外房で高齢期を暮らすことを考える際には、近くに介護施設があるかどうかだけでなく、本人や家族がどのような条件でサービスを利用できるのかを確認する必要があります。

外房の介護サービスを評価するために必要な地域別データ

 外房の将来の介護提供体制をより正確に判断するためには、千葉県全体の介護職員需給推計と、地域別のサービス供給状況を組み合わせる必要があります。特に勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町については、市町村別の高齢者人口と要介護・要支援認定者数を把握し、訪問介護、通所介護、短期入所、施設介護などのサービス種類別に利用実績と供給能力を確認することが重要です。

 その際には、事業所の数や定員に加え、実際の受入可能人数、新規利用の待機期間、職員の常勤換算人数、欠員状況、休止・廃止した事業所の数なども確認したいところです。特に訪問介護については、サービス提供区域、利用者の居住地、職員の移動時間、希望する曜日や時間帯に対応できるかどうかが、地域の利用可能性を評価する指標になります。

 さらに、介護サービスを希望した人のうち、職員不足を理由に利用を断られた人がどの程度いるのかを把握できれば、人材不足が実際のサービス利用を制限しているかどうかを、より直接的に検証できます。ただし、このような情報が市町村別の公開統計として十分に整備されているとは限らず、必要に応じて自治体や事業所への調査を行うことも考えられます。

 また、介護職員が勤務する自治体と居住する自治体の関係や、利用者が他市町村のサービスを利用している状況も重要です。生活圏が自治体の境界を越えている場合には、個別の市町村だけでなく、広域的な介護サービス提供体制として評価する必要があります。

 将来の介護サービスを考えるために本当に必要なのは、施設や職員が何人存在するかという数字に加え、実際に必要なサービスをどの程度提供できているのかという実績です。 この視点から地域別の情報を蓄積していくことが、外房の介護環境を実証的に評価するための基礎になります。

2050年以降の介護職員不足を数字で示すことはできない

 国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、2020年の国勢調査を基準として、市区町村別の人口と年齢構成を2050年まで5年ごとに推計しています。そのため、外房の各自治体についても、2050年までの総人口や高齢者人口の変化を検討することができます。

 しかし、今回利用した千葉県の介護人材需給推計は2040年度までであり、2050年度の千葉県全体や外房各市町村について、必要な介護職員数、供給見込人数、不足人数を示すものではありません。人口推計が2050年まで存在するという理由だけで、介護職員の不足人数も同じ年まで推計されていると考えることはできません。

 また、2026年を基準とすると2040年は約14年後、2050年は約24年後であり、30年後に当たるのは2056年です。2040年度までの介護人材需給推計と、2050年までの人口推計を組み合わせる場合には、それぞれの対象年と推計の前提を明確に区別する必要があります。

 2040年以降については、その時点での人口構造の変化に加えて、介護保険制度、介護報酬、人材確保策、技術導入、労働市場などの状況も変わっている可能性があります。そのため、将来の介護職員不足人数を現在の推計から機械的に延長するのではなく、今後更新される介護保険事業計画や人材需給推計を継続的に確認する必要があります。

外房の介護サービスは将来利用できなくなるのか

 ここまでの公的資料から確認できるのは、千葉県全体では2040年度に介護職員の必要人数と供給見込人数との間に大きな差が生じると推計されていること、そして外房を含む山武長生夷隅圏域では、65歳以上人口がほぼ横ばいでも75歳以上人口の構成が変化すると見込まれていることです。

 一方、外房の各自治体で2040年度に介護職員が何人不足するのか、どのサービスで新規利用の受入れが難しくなるのか、現在と比較して利用可能なサービス量がどの程度減少するのかについては、今回確認した公表資料だけでは判断できません。

 したがって、「外房では将来、介護サービスが利用できなくなる」と断定することは適切ではありません。同時に、現在ある施設や事業所が将来も同じサービスを同じ規模で提供できると保証されているわけでもありません。実際の提供体制は、人材確保、サービス需要、事業所の経営状況、利用者の居住地、制度の変更などによって左右されるためです。

 また、介護サービスの利用が難しくなる場合でも、その現れ方は一様ではないと考えられます。施設入所の待機期間が長くなる場合もあれば、在宅サービスの利用回数や曜日の選択肢が限られる場合、訪問区域の見直しによって一部の地域で利用しにくくなる場合なども想定されます。ただし、これらは介護サービスの供給が制約された場合に考えられる形であり、外房で必ず発生すると予測したものではありません。

 将来のリスクを現実的に評価するためには、介護職員不足の推計人数だけを見るのではなく、それが地域のサービス供給能力や利用者の生活にどのような形で影響し得るのかを、サービス種類別に検討することが重要です。

結論~介護施設が残ることと介護サービスを利用できることは同じではない

 千葉県の公的な需給推計では、介護職員の不足人数は2026年度の10,846人から2030年度には16,191人、2040年度には28,266人へ拡大すると見込まれています。2040年度の必要人数127,991人に対して供給見込人数は99,725人であり、必要人数の約22.1%に相当する需給差が生じる計算です。ただし、これは一定の前提条件に基づく県全体の推計であり、将来の確定値でも、実際に提供できなくなるサービスの割合でもありません。

 外房を含む山武長生夷隅圏域では、2040年の65歳以上人口が2020年とほぼ同水準になる一方、75歳以上人口は増加する見込みです。この人口構造の変化を考えると、地域の人口が減少するという理由だけで、介護サービスの必要性も同じように減少すると考えることはできません。

 また、介護サービスの供給能力は、施設数、職員数、勤務時間、職員の技能、利用者の状態、移動条件などの組合せで決まります。特に外房のように市街地と人口の少ない地域が混在する地域では、訪問型サービスの提供区域や移動時間なども確認する必要がありますが、現時点でその影響を具体的な不足人数や利用不能率として示すだけの地域別データは十分ではありません。

 したがって、現在の資料から導ける結論は、外房の介護サービスが将来利用できなくなるという断定ではなく、将来の介護サービスの利用可能性を評価するうえで、施設の有無だけでなく、介護職員を継続的に確保し、必要なサービスを提供し続けられる体制があるかどうかを確認する必要があるということです。

 これまで地方で高齢期の生活を考える際には、病院、商店、公共交通機関、介護施設などが地域に存在するかどうかが重要な判断材料とされてきました。しかし、人口減少と高齢化が進む社会では、施設が残っていることと、その施設を運営する人材が十分に確保されていることを区別して考える必要があります。

 建物は維持されていても職員が不足すれば、提供できるサービスの量や時間が制約される可能性があります。反対に、人材確保や業務効率化、地域間の連携が進めば、人口減少が続く地域でも一定の介護サービスを維持できる可能性があります。どちらの方向に進むかは、地域の人口構造だけではなく、介護人材の確保状況と、サービス提供体制をどのように維持していくかによって変わります。

 人口減少社会では、介護施設が存在し続けることと、必要な介護サービスを必要なときに利用できることは同じではありません。

 2040年に向けて外房の介護環境を考えるうえでは、施設数や定員の増減だけを確認するのではなく、そこで働く人材、実際の受入能力、地域ごとの利用状況を継続的に検証することが必要です。制度として介護サービスが存在することに加え、それを住民が現実に利用できる体制が維持されているかどうかが、将来の地域生活の安心を判断する重要な条件になると考えられます。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る