地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 地方の町を車で走っていると、ときどき不思議な感覚に襲われる。昔そこに何があったのかはもう思い出せないのに、新しく建ったドラッグストアの姿だけは妙にはっきり目に入ってくるのである。広い駐車場に大きな看板、明るい店内には薬だけでなく、牛乳、卵、パン、冷凍食品、菓子、洗剤、ティッシュ、化粧品、酒まで並び、かつて「薬を買う場所」だったはずのドラッグストアは、いつの間にか町の小さな生活百貨店のような存在になった。

 しかも興味深いのは、日本全体では人口減少が続いているにもかかわらず、ドラッグストア市場はなお拡大していることである。経済産業省の商業動態統計によれば、2025年のドラッグストア販売額は前年より5.5%増え、店舗数も3.6%増加した。人口が減れば店も減るという単純な関係では説明できない現象が、現実には起きているのである。

 ただし、ここで一つ慎重にならなければならない。日本全体で人口が減る一方、ドラッグストアの店舗数が増えているという事実と、人口が減っている市町村ほどドラッグストアが増えているという事実は同じではない。後者を証明するためには市町村単位の人口推移と店舗数を重ねて分析する必要があり、全国統計だけからそこまで断定することはできない。それでも、人口減少社会のなかでドラッグストアという業態だけが存在感を強めていること自体は、現在の地方の暮らし方を考えるうえで十分に興味深い。

 住民の立場から見れば、新しいドラッグストアは歓迎すべき存在に見える。薬を買えるだけでなく、食品も日用品もそろい、夜まで営業していて駐車場も広い。スーパー、薬局、化粧品店、酒屋を別々に回らなくても、一つの店でかなりの買い物が済むのだから、忙しい家庭にも高齢者にも便利である。

 それでは、ドラッグストアが増えた町は本当に「便利な町」になったのだろうか。この当たり前に見える問いを少し疑ってみると、地方の商業が静かに組み替えられている姿が見えてくる。

薬を売る店で、なぜ食品を買うようになったのか

 昔ながらの薬局を思い浮かべれば、現在のドラッグストアの姿はかなり違って見える。店の奥には医薬品が並んでいるが、入口近くでは飲料や菓子が山積みになり、冷蔵ケースには牛乳や豆腐、冷凍ケースには食品が並んでいる。店舗によっては酒や生鮮食品まで扱っており、もはや「薬を売る店」という説明だけでは実態を表せない。

 数字を見ると、この変化が単なる印象ではないことが分かる。2025年のドラッグストアでは食品販売額が前年より9.1%増加し、食品は販売額全体のおよそ3分の1を占めるまでになった。ドラッグストア市場の成長を支えている商品群の一つが、薬ではなく食品なのである。

 なぜ薬を売る店が食品をこれほど重視するのか。その理由を考えると、ドラッグストアという業態の強さが見えてくる。牛乳や卵、飲料、菓子、冷凍食品などは日常的に購入されるため、消費者を繰り返し店へ呼び込む力がある。食品を買いに来た人が洗剤を買い、化粧品を買い、必要になれば医薬品も買うようになれば、一つの店舗で複数の需要を取り込むことができる。

 流通研究でも、食品カテゴリーの購入がドラッグストアへの来店頻度や継続利用と結び付くことが示されている。つまり食品は単に売上を作る商品であるだけでなく、「またこの店へ来る」という習慣を作る役割も持っているのである。

 この変化を地域の側から見ると、さらに別の意味が現れる。住民一人が一か月に使えるお金には限りがあり、人口が減ったからといって一人の人が二倍の歯磨き粉を使ったり、三倍の牛乳を飲んだりするわけではない。その状況でドラッグストアの食品や日用品の販売が伸びれば、これまでスーパー、薬局、化粧品店、酒屋などに向かっていた消費の一部が移動している可能性を考える必要がある。

 ただし、それは「ドラッグストアが個人商店を潰した」という単純な因果関係を意味しない。地方の商店が減る背景には人口減少、経営者の高齢化、後継者不足、消費者行動の変化、自動車社会への移行など多くの要因があり、そこへ大型小売業やチェーン店との競争が加わっていると考える方が現実に近い。

 したがってドラッグストアの増加は、地域商業衰退の原因というより、人口減少社会における消費構造の変化に適応した結果として見る方がよい。薬、食品、日用品、化粧品など、かつて複数の店が分担していた役割を一つの店舗に集め、広い商圏から客を集めることで、人口が増えなくても商売を成立させるのである。

「一軒で全部買える」という便利さ

 仕事を終えた夕方、車を停めて店に入り、風邪薬を買い、牛乳を買い、洗剤を買い、翌朝のパンまで買って帰ることができれば、その便利さを否定する理由はない。一つの店舗で買い物が終われば、移動時間も店を探す時間も短縮され、生活は確実に効率的になる。

 しかし、「一軒ですべて買える」という便利さには少し皮肉な性質がある。一軒で買い物が完結するほど、二軒目や三軒目へ行く必要がなくなるからである。

 かつて町には、薬は薬局、肉は肉屋、魚は魚屋、酒は酒屋、日用品は雑貨店というように、それぞれ別の役割を持つ店が存在していた。それを昔の美しい風景として無条件に懐かしむ必要はなく、営業時間が短かったり、品ぞろえが少なかったり、価格が高かったりした店も当然あった。それでも、多くの異なる店が存在するということは、町のなかに複数の商売と複数の選択肢が存在することでもあった。

 ドラッグストアは、それらの役割の一部を一か所へ集約する。消費者個人から見れば移動する必要がなくなって便利になる一方、町全体から見れば利用する店舗の種類が少なくなる可能性があり、ここに「個人にとっての便利さ」と「町全体の便利さ」が必ずしも一致しない理由がある。

 家から五分のところに大型店が一軒ある町と、十分以内に性格の違う店が五軒ある町では、どちらが便利なのだろう。価格や移動時間を重視すれば前者かもしれないが、商品の選択肢や店同士の多様性を重視すれば後者かもしれず、さらに唯一の大型店が撤退したときのことまで考えれば答えは変わってくる。

 つまり、便利さとは店の数だけでは測れないのである。

「増えた店」だけを見ていると、町の変化を見誤る

 町を観察するとき、人は新しくできたものには敏感だが、静かに消えていったものには意外と気づかない。新しいドラッグストアの大きな看板は目に入るが、その数年前に閉店した小さな薬局や酒屋、化粧品店、食料品店のことは時間とともに忘れられていく。

 そうなると町の記憶には、「ドラッグストアが増えた」という変化だけが残る。

 しかし、本当に地域を分析しようとするなら、増えた店だけを数えても十分ではない。十年あるいは二十年という時間のなかで、どの種類の店が増え、どの種類の店が減ったのかを同時に見る必要がある。もし薬局、酒屋、個人商店、小型スーパーなどが減る一方でドラッグストアが増えている地域があるなら、そこでは単純に店舗が増えたのではなく、地域消費の受け皿となる業態が変化した可能性がある。

 大規模小売店の出店が周辺の既存店に与える影響については国内でも実証研究が行われており、既存の食料品店などの売上や存続に負の影響が現れる例も確認されている。ただし、その影響は店舗の種類、規模、距離、商圏などによって異なり、大型店ができれば必ず既存店が消えるというほど単純ではない。

 だからこそ、「ドラッグストアが増えた町」を見るときには、それを犯人探しにしてはいけない。むしろ、消費者がどの店を選ぶようになり、その結果として地域の商業構造がどのように変化したのかを見る方が面白い。

 消費者が便利で安い店を選ぶことは合理的であり、店側がそれに応えることも合理的である。しかし、誰も間違った判断をしていないのに、十年後の町の風景がまったく違うものになることがある。市場というものの興味深さは、まさにそこにある。

高齢社会でドラッグストアが担うもの

 ドラッグストアと高齢社会の関係も単純ではない。「高齢者が増えたからドラッグストアが増えた」と因果関係を決めつけることはできず、店舗立地には人口密度、交通量、競合状況、土地価格、企業の出店戦略など多くの条件が影響する。

 それでも、現在のドラッグストアが高齢社会で担える役割が大きいことは間違いない。医薬品だけでなく、衛生用品、介護関連商品、食品、日用品などを扱い、調剤薬局を併設する店舗であれば、医療機関を受診したあと薬を受け取り、そのまま生活用品や食品まで買って帰ることができる。

 ところが、この便利さには一つの条件が潜んでいる。

 店まで行けなければならないのである。

 地方のドラッグストアには、幹線道路沿いに大きな駐車場を備え、自動車で来店することを前提としている店舗が少なくない。車を運転できる人にとっては非常に便利だが、運転できなくなった瞬間、同じ店が突然遠い場所へ変わる可能性がある。

 農林水産省は食料品へのアクセスを考える際、店舗まで500メートル以上離れ、自動車を利用することが困難な65歳以上の人を「食料品アクセス困難人口」として把握している。2020年には全国で約904万人、65歳以上人口のおよそ4人に1人がこの条件に該当すると推計されている。

 この数字が示しているのは、店が存在することと、その店を利用できることが同じではないという事実である。

 六十代では車で五分の大型店を便利だと感じていた人が、八十代になって免許を返納すると、その店へ行く交通手段を失うかもしれない。そのとき、以前なら歩いて行けた小さな商店がすでになくなっていれば、「大型店がある便利な町」は突然、「買い物へ行けない町」に変わる。

 したがって町の便利さを考えるなら、「店があるか」という問いだけでは足りない。「誰が、どのような交通手段で、その店へ行けるのか」まで考える必要がある。

安さが示しているのは、所得よりも買い物行動かもしれない

 ドラッグストアの大きな魅力の一つが価格であることは間違いない。食品や日用品が安く売られていることも多く、家計にとってその恩恵は大きい。

 しかし、ここから「ドラッグストアが多い町は所得が低い」と結論づけることはできない。店舗立地には所得以外にも人口、交通量、地価、物流、競合店舗、商圏人口、企業ごとの出店戦略など多数の要因が関係しているため、店舗数だけから住民の経済状態を推測すれば誤った結論に到達する危険がある。

 むしろ地域分析として興味深いのは、所得そのものより「住民がどのような買い方を選んでいるか」である。

 一つの店舗で食品と日用品をまとめて買いたいのか、安さを重視するのか、専門店を使い分けるのか、車で遠くまで買い物へ行くのか、近所の店を頻繁に利用するのか。こうした小さな選択が積み重なり、その町で成立する店舗の種類を変えていく。

 店は単に商品を置いている建物ではない。その町に暮らす人が、何を買い、どこまで移動し、何を一度に済ませ、何に時間と金を使うのかという日常行動の結果として存在している。

 そう考えると、ドラッグストアの看板は人口統計とは別の意味で、地域生活を読むための一つのデータになる。

店が増えても、町の機能が増えたとは限らない

 最も重要なのは、ドラッグストアが増えること自体ではない。

 同じ種類の店ばかり増えることである。

 ドラッグストア同士が競争すれば、価格が下がり、品ぞろえが充実し、営業時間も便利になる可能性がある。しかし、どれほど立派なドラッグストアが三軒あっても、それだけで本屋、衣料品店、飲食店、電器店などの役割まで満たせるわけではない。

 つまり「店舗数」と「町に存在する機能の種類」は別のものである。

 十軒の店があっても九軒が同じような業態なら、数字の上では店が多い町でも、生活上の選択肢は意外に狭いかもしれない。反対に店舗数が少なくても、スーパー、飲食店、本屋、医療機関、衣料品店、ホームセンターなど異なる機能が残っていれば、町の生活には一定の多様性が残る。

 チェーン店の増加が商業空間を均質化させる可能性については、都市計画や商業研究の分野でも指摘されている。全国どこへ行っても同じ看板、似た建物、似た商品構成が現れることで、買い物の安心感や効率性は高まる一方、土地ごとの商業景観の違いは小さく見えるようになる。

 ここでも「チェーン店は悪い」という話にする必要はない。むしろチェーン店が成功するのは、それを利用する消費者に明確な利便性があるからであり、問題は便利さそのものではなく、地域全体の機能が一つの種類へ偏りすぎていないかという点にある。

 ドラッグストアが増えた町は、便利になっていないわけではない。ただ、町全体の便利さが増えたというより、「ある種類の便利さが非常に強くなった」と考える方が正確かもしれない。

「便利な一軒」がなくなったとき

 大型店舗へ買い物機能が集まることには、もう一つ見落とされやすい問題がある。その店がなくなったときである。

 地方都市では、大型店が撤退したあと地域住民の買い物環境が急激に悪化した事例が実際に研究されている。もちろん一つの事例を全国へそのまま当てはめることはできないが、生活機能を少数の店舗へ集中させれば、その店舗が撤退した際の影響が大きくなるという構造は理解しやすい。

 商売である以上、どんな店舗も永遠に存在する保証はない。人口が減り、競争環境が変化し、企業が出店戦略を変更すれば、昨日まで町の中心だった大型店が閉店することもある。

 ここに「効率」と「冗長性」の違いがある。

 同じ役割を担う小さな店がいくつも存在する町は、一見すると非効率かもしれない。しかし一軒がなくなっても別の店が残るという意味では、地域としての耐久力を持っている。反対に、一つの大型店ですべてを済ませられる町は非常に効率的だが、その一つへの依存が高まれば、撤退したときの影響も大きくなる。

 町の便利さを考えるなら、今日の買い物がどれほど楽かだけでなく、その便利さが十年後にも残っているかという視点が必要なのである。

ドラッグストアの駐車場から、町の未来を見る

 夕方になると、地方のドラッグストアの駐車場には次々と車が入ってくる。会社帰りの人、高齢の夫婦、子どもを乗せた家族が店へ入り、食品や薬や日用品を買って帰っていく。その風景だけを見れば、ドラッグストアが地域生活を支えていることに疑いはない。

 だから、ドラッグストアを地方衰退の象徴として描くのも正しくない。

 むしろ人口が減り、高齢化が進み、買い物行動が自動車中心になった地域社会に適応しながら、薬、食品、日用品を供給し続ける店舗として、現在のドラッグストアは非常に合理的な存在である。

 しかし、合理的な店舗が増えることと、町全体が豊かになることは同じではない。

 薬も買える。食品も買える。洗剤も買える。夜まで営業していて駐車場も広い。それでも別の場所では本屋がなくなり、衣料品店がなくなり、食堂が減り、個人商店が閉じていくのだとすれば、私たちは単純に「不便な町から便利な町へ」移動しているのではなく、「多様な町から効率的な町へ」移動しているのかもしれない。

 効率的な町は暮らしやすいが、効率だけを追求した町は、何か一つが失われたときに思いがけない弱さを見せることがある。

 だから地域を見るときには、ドラッグストアが何軒あるかだけを数えてはいけない。その周囲で何が消えたのか、どの種類の店が残っているのか、誰が車で来ているのか、車を使えなくなった人はどこで買い物をしているのか、そして十年後にも同じ生活が可能なのかまで考える必要がある。

 ドラッグストアの増加は、町が発展した証拠でも、衰退した証拠でもない。

 それは、人口が減っても暮らしは続き、人が減っても買い物はなくならず、限られた消費をめぐって商業の仕組みそのものが静かに組み替えられていることを映す、一つの風景なのだろう。

 次に新しいドラッグストアを見つけたとき、「またできた」とだけ思わず、その広い駐車場の向こう側まで少し眺めてみるとよい。そこには新しくできた店だけではなく、消えていった店、変わっていく住民の生活、車を降りた後の高齢者の暮らし、そしてこれからその町がどのような場所になろうとしているのかまで、ぼんやりと映っているのかもしれない。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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スーパー1店舗に必要な人口は何人か~「1~3万人商圏」では説明できない地方の現実

夕方になると、町のスーパーの駐車場に車が一台、また一台と入ってくる。入口では買い物かごが重なり、その先にはキャベツや豆腐、刺身、牛乳、弁当が並んでいる。いつもの店で、いつもの買い物をする。その光景があまりにも日常的なので、私たちはスーパーがなぜそこに存在できているのかを、普段ほとんど意識しない。

しかし、人口が減り続ける地方では、この当たり前の風景を数字で考えなければならない時代が近づいている。

スーパー一店舗を維持するには、何人の住民が必要なのだろうか。

この問いを調べると、「食品スーパーには人口1万人~3万人程度の商圏が必要」と説明されることがある。確かに、この数字には公的資料による根拠がある。国土交通省の資料では、売場面積2,000~3,000平方メートル程度の食品スーパーについて、周辺人口1万人~3万人という商圏規模が一つの目安として示されている。

だが、この数字だけを見て、「人口1万人を下回ればスーパーは成立しない」と考えると、現実を大きく読み違える。

実際、地方には人口6,000人前後の生活圏に地域密着型の個人スーパーが二店舗営業している例さえある。もし「スーパー一店舗には最低1万人必要」という法則が存在するなら、このような地域は説明できない。

ところが、矛盾はしていない。

国土交通省が示している1万人~3万人という数字は、すべてのスーパーに共通する「最低必要人口」ではなく、あくまで2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについて示された、おおよその商圏規模だからである。資料自身も、人口規模と都市機能との対応は概略的なイメージであり、具体的な条件によって差が生じると注意している。

スーパーに必要なのは人口そのものではない。店を維持できるだけの購買が、どれだけその店に集まるかなのである。

「人口6,000人にスーパー2店」はなぜ成立するのか

人口6,000人の地域に二店舗の個人スーパーがあるとすれば、単純に割れば一店舗当たり3,000人となる。

しかし、この計算をそのまま「スーパーは3,000人あれば経営できる」と読み替えることもできない。

その地域の外から買い物客が来ているかもしれない。通勤途中の人が立ち寄っているかもしれず、観光地なら観光客や別荘利用者の消費もある。一方で、二店舗の利用者が完全に半分ずつ分かれているとも限らない。鮮魚ならこちら、肉ならあちらというように、住民が二店舗を使い分けている可能性もある。

それ以上に重要なのが、店舗の大きさである。

売場面積300平方メートルの地域スーパーと、2,500平方メートルの郊外型食品スーパーでは、同じ「スーパー」という名前で呼ばれていても、経営に必要な売上高はまったく違う。

建物が小さければ、照明や空調、冷蔵・冷凍設備の規模も小さくできる。必要な従業員数も違い、駐車場や物流の仕組みも異なる。経営者自身や家族が店舗に立つような店と、多数の従業員を雇用し、本部機能や大規模物流網を抱えるチェーン店舗とでは、損益分岐点が同じになるはずがない。

つまり「スーパー一店舗」という単位そのものが、実はかなり曖昧なのである。

小さいスーパーは、実際に違う経営構造を持っている

全国スーパーマーケット協会など三団体が実施した2025年のスーパーマーケット年次統計調査を見ると、この違いが数字にも表れている。

この調査では国内でスーパーマーケットを保有する881社を対象とし、286社から回答を得ている。回答企業の中には多数の店舗を運営する企業だけでなく、一~三店舗を保有する企業も含まれている。また、分析では売場面積800平方メートル未満を中心とする企業を「小規模店舗中心型」として区分している。

調査対象店舗の平日の平均来店客数は全体で1,753.8人だったが、売場面積800平方メートル未満では1,148人だった。一方、1,600平方メートル以上になると2,252.8人まで増える。

この数字から「1,148人来れば小型スーパーは存続できる」と結論づけることはできない。これらは損益分岐点ではなく、実際に営業している回答店舗の平均値だからである。

それでも、店舗規模によって必要とされる客数や売上構造が大きく異なることは分かる。

さらに興味深いのは、売場面積一平方メートル当たりの年間売上高である。全店舗平均は133.7万円だが、800平方メートル未満の店舗では204.4万円だった。一方、1,600平方メートル以上では107.5万円となっている。

もちろん、この数字から「小型スーパーの方が大型スーパーより儲かる」と判断することもできない。面積当たり売上高と利益率は別物であり、人件費、仕入価格、物流費、建物費、電気料金などを考慮しなければ利益は分からない。

ただし、小規模な店舗が狭い売場を高い頻度で回転させ、比較的小さな商圏の中で営業するという経営形態が存在することは、この統計からも確認できる。

人口6,000人前後の地域に個人スーパーが二店舗存在できることは、この構造を考えれば決して不思議ではない。

では「人口1万~3万人」とは何なのか

ここで最初の数字に戻ろう。

国土交通省が示す1万人~3万人という商圏人口は、2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについての目安である。

ここを明確に区別しなければならない。

「食品スーパー2,000~3,000平方メートルの商圏人口がおおむね1万~3万人」という命題と、「スーパー一店舗を維持するには最低1万人必要」という命題は、似ているようでまったく違う。

前者には資料上の根拠がある。後者にはない。

さらに1万人と3万人の中間が2万人だからといって、「スーパー一店舗の標準必要人口は2万人」とすることもできない。2万人という数字は単なる算術上の中間値にすぎず、経営上の損益分岐人口として統計的に確認された数字ではない。

したがって、「スーパー一店舗に何人必要か」という問いに科学的に答えるなら、最も正確な答えは、おそらく少し歯切れが悪い。

一律に決めることはできない。

しかし、それでは地域分析として役に立たないから、もう一段深く考える必要がある。

本当に見るべきなのは「人口」ではなく「購買力」である

スーパーの売上を左右する構造を単純化すると、商圏に暮らす人数、その人たちが食品に使う金額、そのうち自店で買ってもらえる割合によって大きく決まる。

同じ人口6,000人でも、結果は変わる。

近くに競合スーパーがなく、多くの住民が地元店を利用する地域と、車で15分の場所に大型スーパーやドラッグストアが何店舗もある地域では、地域内の店へ落ちる金額が違う。

人口が高齢者中心なのか、子育て世帯が多いのかでも消費内容は変わる。昼間人口、観光客、別荘利用者、通勤客も影響する。

そして地方では、自動車の存在が商圏をさらに複雑にする。

行政上は人口6,000人の町であっても、町境の外から客が来れば商圏人口は6,000人を超える。一方で町民が隣の市の大型店まで車で買い物に行けば、地元スーパーにとって実質的な市場は6,000人より小さくなる。

市町村人口と商圏人口は同じではないのである。

だから、スーパーの将来を予測するとき、「この町は人口8,000人だから危険」「人口2万人だから安心」と自治体人口だけを見るのは適切ではない。

本当に調べなければならないのは、店から車で10分、15分、20分程度の範囲に何人が暮らし、その人たちがどこで買い物をしているかという生活圏の構造である。

大型スーパーほど大きな売上を必要とする

スーパーという事業の大きさを実感するには、売場面積当たりの売上を見てみると分かりやすい。

前述の2025年調査では、1,600平方メートル以上の店舗で、売場一平方メートル当たり年間売上高は平均107.5万円だった。

これを単純に当てはめれば、2,000平方メートルなら年間約21.5億円、3,000平方メートルなら約32.3億円という規模になる。

ここでも注意しなければならない。この21億円や32億円は「これだけ売らなければ倒産する」という必要売上高ではない。調査対象店舗の平均的な実績から計算した参考値である。

それでも、2,000~3,000平方メートル級のスーパーが年間数十億円規模の商品を動かす施設であることは分かる。

一方、地域の小規模スーパーなら、建物も従業員も設備も商品在庫ももっと小さい。したがって同じ人口条件を要求する理由はない。

ここに「人口6,000人でも二店舗存在する地域」と「人口1万~3万人の商圏を想定する大型食品スーパー」が同時に存在できる理由がある。

両者は同じ名前で呼ばれているだけで、経営モデルが違うのである。

人口減少で問題になるのは、店の数より「選択肢」が消えること

地方にとって本当に重要なのは、スーパーが何人で成立するかという知的な疑問だけではない。

人口減少が続いたとき、現在ある店舗がどのように変化するかである。

農林水産省は、中山間地域などでは人口減少や高齢化によって小売業や物流の採算確保が難しくなり、スーパーマーケットなどの閉店が進んできたと説明している。

その結果として現れているのが、食料品へのアクセスの問題である。

農林水産政策研究所の2020年推計では、店舗まで直線距離500メートル以上あり、なおかつ自動車を利用することが難しい65歳以上の「食料品アクセス困難人口」は全国で904万人、65歳以上人口の25.6%に達している。75歳以上では566万人、31.0%である。ここでいう店舗には食料品スーパーだけでなく、食肉店、鮮魚店、青果店、コンビニエンスストア、ドラッグストアなども含まれる。

つまり、町にスーパーが一店舗残っているからといって、住民全員の買い物環境が維持されているとは限らない。

自宅から七キロメートル離れたスーパーが営業していても、車を運転できなくなった高齢者には遠い。

逆に店側から見ると、人口密度が低下した地域では、同じ数の客を確保するためにより広い範囲から来店してもらわなければならない場合がある。しかし、客を遠くから集めようとするほど、自動車を利用できない住民には不便な店舗になる。

店の経営効率と住民の生活利便性が、人口減少によって必ずしも同じ方向へ動かなくなるのである。

小さなスーパーが残る地域には理由がある

人口の少ない町に残る個人スーパーを見ると、単なる「昔からある店」と考えがちである。

だが、そこには大型店とは違う合理性があるのかもしれない。

小さな店舗だから維持できる。地域住民の好みを熟知しているから売れる。大量の商品を並べず、必要なものに品ぞろえを絞っている。鮮魚や総菜など特定の商品に強く、その商品を目的に客が来る。固定客との関係が強く、大型店との単純な価格競争を避けている。

こうした条件は全国統計の「人口何万人」という一つの数字には表れにくい。

もちろん、小規模だから将来も安全だという意味ではない。経営者の高齢化、後継者不足、仕入れ、物流、人件費、冷蔵設備の更新など、人口とは別の理由で閉店する可能性がある。

むしろ地方では、人口の減少より先に「店を経営する人がいなくなる」ことさえ考えなければならない。

スーパーの存続問題は、人口だけでなく、経営者と従業員の問題でもある。

「何人必要か」より「どんな店なら残せるか」

結局、スーパー一店舗に必要な人口は何人なのだろう。

2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについては、周辺人口1万人~3万人が商圏規模の一つの目安になる。これは公的資料から確認できる。

しかし、この数字は最低必要人口ではない。

小規模な地域スーパーなら、それよりはるかに少ない人口の地域で営業している例がある。逆に人口3万人の商圏でも、競合店が多く、住民の購買が周辺地域へ流出していれば、すべての店が安定して存続できるとは限らない。

したがって、人口減少地域で考えるべき問いは、

「人口が何人になったらスーパーが消えるのか」

だけではない。

「その人口で、どの規模の店なら維持できるのか」

という問いへ変えた方が現実に近い。

人口6,000人なら大型スーパーを維持するのは難しくても、小型の地域スーパー、食品を扱うドラッグストア、移動販売、宅配を組み合わせれば、食料供給という機能そのものを残せる可能性がある。

逆に、人口が2万人あっても大型店舗一軒に依存し、その店が撤退した瞬間に買い物環境が大きく崩れる地域もあり得る。

人口の大小だけを見ていては、本当の地域の強さは分からない。

町の小さなスーパーに明かりがついている。

店内には大型店ほど多くの商品はないかもしれない。それでも、今日の夕飯を買いに来る人がいる。店主が顔を知っている客がいる。何十年も繰り返されてきた小さな経済活動が、その店を支えている。

その一軒が成立するために必要なのは、「人口一万人」という一本の線ではない。

店の大きさ、客の距離、競争相手、交通手段、商品の特色、住民の年齢、そして地域の中でどれだけ購買が循環しているか。そのすべてが重なったところに、店が残れるかどうかの境界がある。

だから、スーパー一店舗に必要な人口を数字で表すなら、「何人」と断定するよりも、こう表現する方が正確だろう。

大型の食品スーパーでは1万~3万人程度の商圏が一つの目安になる。しかし、スーパー一般に共通する最低必要人口は存在せず、小規模な地域スーパーは数千人規模の地域でも成立し得る。

人口減少時代に本当に調べるべきなのは、町の人口が何人になるかだけではない。

その人口になったとき、どのような店なら、まだ明かりを灯し続けることができるのか。

地域の将来を考えるということは、その明かりが消える日を予測することではなく、消さずに済む仕組みを考えることなのかもしれない。

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地方でスーパーが閉店したというニュースを見ても、それだけで地域から食料が消えるわけではない。車を運転できる人であれば隣町のスーパーへ行けるし、家族に買ってきてもらうこともできる。移動販売車が巡回している地域もあれば、宅配サービスを利用できる地域もある。

そのため、スーパーの撤退は一見すると「店が一つ減った」という問題に見える。

しかし、人口減少がさらに進んだ30年後まで視野を広げると、問題の性質はかなり違ってくる。問われるのはスーパーが存在するかどうかではない。人口が減り続ける地域で、食品を住民のところまで運ぶ仕組みそのものを維持できるのかという問題だからである。

国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口」は、2020年を基準として2050年までの市区町村別人口を推計している。つまり、現在から見ればすでに「約30年後の地方」がかなり具体的に見え始めている。人口減少は全国一律ではなく、地方の小規模自治体ほど大きな人口減少に直面する地域が少なくない。

この人口減少は、買い物環境に二重の影響を与える。

一つは、利用者が減ることである。

スーパーを維持するためには一定数の客が必要になる。人口が1万人の地域と3,000人の地域では、同じ規模の店舗を維持する難易度がまったく違う。さらに人口が減るだけではなく、高齢化によって一人当たりの購買量も変化する可能性がある。若い家族世帯が多い地域では肉、魚、飲料、日用品などをまとめて購入する世帯が多いが、高齢者の単身世帯や夫婦世帯では購入量そのものが小さくなりやすい。

店舗側から見ると、「人口減少」と「一世帯当たり購買量の縮小」が同時に起きる可能性がある。

すると店舗の売上が減り、固定費を支えられなくなる。最初に大型店が撤退し、その後、小型スーパーや商店も維持できなくなるという現象が起こり得る。

もう一つは、商品を運ぶ側も減ることである。

スーパーがなくなれば宅配を利用すればよい、と考えることはできる。しかし、宅配も商品が自動的に家まで移動してくるわけではない。倉庫から地域までトラックが走り、さらに各家庭まで商品を届ける人が必要になる。

現在すでに物流では運転手不足が問題になっている。国土交通省も、過疎地域では貨物量の減少や積載効率の低下によって、物流サービスを持続的に提供することが困難になる可能性を指摘している。2025年にまとめられたラストマイル配送に関する提言でも、人口の少ない地域で配送を維持すること自体が政策課題として扱われている。

ここに、将来の買い物問題の難しさがある。

人口が減ればスーパーが成立しにくくなる。しかしスーパーがなくなったから宅配へ移行しようとしても、その宅配も人口密度が低くなるほど効率が悪くなる。

例えば100軒の住宅へ商品を届ける場合を考えてみよう。

住宅が半径1キロメートル程度に集中していれば、一台の配送車で短時間に多くの家庭を回ることができる。しかし同じ100軒が山間部や海岸部に10キロメートル、20キロメートルと分散していれば、一軒当たりの配送距離は長くなる。

配送事業者から見れば、

人口密度の低下=一件の商品を届けるために必要な移動距離の増加

である。

単純化すれば、配送の採算性は、

配送収入 ÷ 配送に必要な時間・距離・人件費

によって決まる。

人口密度が下がれば分母が大きくなり、配送の採算は悪化する。

つまり地方の買い物問題は、小売業だけの問題ではない。人口密度と物流密度の問題なのである。

「ネットスーパーがあるから大丈夫」とは限らない

30年後には現在よりデジタル技術が進歩している可能性が高い。そのため、店舗へ行くのではなくスマートフォンや音声端末から商品を注文する生活は、現在以上に一般的になっているだろう。

しかし、注文方法がデジタル化しても、最後には米、野菜、肉、牛乳、飲料水を物理的に運ばなければならない。

インターネットは注文を運ぶことはできても、牛乳を運ぶことはできない。

この違いは非常に重要である。

電子商取引が発達すれば「買う場所」はなくせる。しかし「運ぶ工程」はなくならない。

しかも食品には一般の商品とは異なる制約がある。冷蔵品、冷凍品、生鮮食品には温度管理が必要であり、保存できる期間も短い。書籍や衣類であれば数日まとめて配送することが可能でも、食品では同じ方法が常に使えるわけではない。

したがって30年後の地方では、ネットスーパーが店舗を完全に代替するというより、物流インフラと一体化した新しい買い物システムへ変化していく可能性が高い。

移動販売車も万能ではない

スーパーが撤退した地域で現在よく利用されている方法の一つが移動販売である。

経済産業省も買物困難者対策として、移動販売、宅配、買い物代行、店舗への送迎など、さまざまな取り組みを紹介している。実際に移動販売は、自動車を運転できない高齢者にとって重要な生活インフラになっている地域がある。

ただし、移動販売にもスーパーと同じ問題がある。

客が減れば採算が悪くなる。

仮に一つの集落に50人の利用者がいれば販売車を走らせる意味があっても、10人、5人と減っていけば、一人の利用者のために走行する距離が長くなる。

さらに移動販売車を運転し、商品を積み込み、販売する人も必要である。

したがって人口減少が極端に進んだ地域では、「店が維持できないから移動販売にする」というだけでは問題は解決しない。

店舗、移動販売、宅配は形こそ違うが、すべて、

一定数の利用者が一定範囲に存在すること

を前提としているからである。

本当に深刻なのは「運転できなくなったとき」

地方では、自動車を持っている間は買い物問題が表面化しにくい。

スーパーまで10キロメートル離れていても、自動車なら15分程度で行けるかもしれない。そのため店舗が減少していても、多くの住民は日常生活を続けることができる。

ところが高齢になると状況が変わる。

視力、判断力、身体能力が低下し、運転をやめる時期が来る。

その瞬間、それまで10キロメートルだったスーパーまでの距離が、生活上はほとんど越えられない距離になることがある。

地方の買い物問題で重要なのは、「スーパーまで何キロメートルあるか」だけではない。

自動車を使わずにスーパーまで行けるか

である。

ここまで考えると、スーパー撤退問題は交通問題ともつながってくる。

バスがあれば店舗へ行ける。しかし人口が減れば路線バスも採算が悪化する。タクシーを利用する方法もあるが、年金生活者が毎回数千円の交通費を負担することは現実的ではない。

店舗、物流、公共交通は別々の問題に見えて、実際には同じ人口密度の低下によって同時に弱くなっていく可能性がある。

30年後に残るのは「スーパー」ではなく「買い物機能」かもしれない

では、人口が大きく減った地域では買い物ができなくなるのだろうか。

必ずそうなるわけではない。

ただし現在と同じスーパーをそのまま残すことだけを目標にするのは、人口が大幅に減少する地域では現実的ではないだろう。

必要なのは、スーパーという「施設」を守る発想から、住民が食品を手に入れられる「機能」を守る発想への転換である。

例えば地域の中心部に小規模な物流拠点を置き、そこへ複数のスーパーや卸売事業者の商品をまとめて運ぶ。その先を移動販売、共同配送、福祉車両、公共交通などが担う仕組みである。

現在は別々に走っている車両を統合することも考えられる。

宅配便の車、スーパーの商品配送車、移動販売車、介護関連車両、自治体の車両が、それぞれ少量の荷物や人を運んでいるのであれば、地域全体として輸送を最適化する余地がある。

国土交通省も、物流の担い手不足への対応として共同輸配送や事業者間の協業などを課題として挙げている。

これは単なる効率化ではない。

人口が少なくなる地域では、一つの事業だけで採算を取ることが難しくなるため、複数の生活サービスを一つの物流網に載せる必要が出てくるのである。

週7日いつでも買える社会から「曜日で届く社会」へ

もう一つ、大きく変わる可能性があるのがサービス水準である。

現在の都市生活では、欲しい商品を欲しい日に購入できることが当然になっている。

しかし人口密度が極端に低い地域で、このサービス水準をそのまま維持するには高いコストがかかる。

そこで30年後には、

月曜日はA地区、火曜日はB地区、水曜日はC地区というように配送日を集約したり、住民があらかじめ注文した商品を週に数回まとめて届けたりする仕組みが増えるかもしれない。

これはサービスの後退に見える。

しかし毎日配送して赤字になり、最終的に撤退してしまうより、週2回でも確実に商品が届く仕組みを維持する方が生活インフラとしては安定している。

地方では今後、

利便性の最大化より、持続可能性の最大化

が重要になる可能性がある。

買い物問題は福祉政策だけでは解決できない

高齢者の買い物問題は、しばしば福祉の問題として語られる。

しかし実態はそれほど単純ではない。

スーパーは商業政策、配送は物流政策、移動手段は交通政策、高齢者支援は福祉政策、人口分布は都市計画や住宅政策に関係する。

つまり一人の高齢者が夕食の食材を買えるかどうかという問題の背後には、複数の社会システムが存在している。

そのため自治体が「高齢者向け買い物支援事業」を一つ始めただけでは、長期的な解決にならない可能性がある。

特に30年間という時間で考えれば、現在70歳の住民を支援するだけでは不十分である。

その地域に2040年、2050年に何人が住み、どこに居住し、何人が自動車を運転でき、どの程度の配送需要が存在するのかを予測したうえで、商業、交通、福祉、物流を一つの生活インフラとして設計する必要がある。

人口が減るほど「住む場所」そのものが重要になる

そして最終的には、さらに難しい問題に行き着く。

人口が減少しても、住宅が広い範囲に散らばったままであれば、一人当たりのインフラ維持費は高くなる。

道路、水道、電気、通信、医療、介護、公共交通、そして食品配送まで、すべて同じ問題を抱える。

人口1,000人が半径2キロメートルに暮らしている地域と、同じ1,000人が半径20キロメートルに散らばっている地域では、生活サービスを維持するコストは大きく違う。

だからスーパー撤退問題を突き詰めると、最後には、

人口減少時代に人はどのように集まって暮らすのか

という地域構造の問題になる。

すべての集落にスーパーを置くことはできなくても、生活拠点となる地域に食品、医療、行政、交通などの機能を集約し、周辺集落との移動手段を確保することはできるかもしれない。

一方で、居住地が極端に分散した状態を維持しながら、現在と同じサービスを将来も提供し続けることには限界がある。

30年後、高齢者は買い物できるのか

結論として、スーパーがなくなった地域でも、30年後に高齢者が買い物を続けることは不可能ではない。

しかし、それは現在のスーパーの代わりに移動販売車を一台走らせれば解決する、というほど簡単な話でもない。

人口が減れば店舗の客が減る。

客が減れば店舗が撤退する。

店舗がなくなれば宅配需要が増える。

ところが人口密度が下がれば配送効率も悪化する。

高齢化が進めば自動車を運転できない人が増え、公共交通も人口減少によって維持が難しくなる。

つまり、スーパー撤退は問題の始まりにすぎない。

30年後の地方で問われるのは「スーパーを残せるか」ではなく、人口が減っても食品を住民の手元まで運び続けられる地域構造を作れるかである。

そのためには、店舗、宅配、移動販売、公共交通、福祉を別々に考えるのではなく、一つの地域物流システムとして組み直す必要がある。

人口減少社会では、すべての地域に現在と同じ便利さを残すことは難しいだろう。

しかし、便利さを少し下げる代わりに、買い物できる仕組みそのものを残すことはできる。

地方にとって本当に危険なのは、スーパーが一軒なくなることではない。

スーパーがなくなってから代替手段を考え始めることである。

人口が減ることがかなり高い確度で分かっているのであれば、30年後の買い物問題は30年後に考える問題ではない。

現在の人口と店舗数を見るだけではなく、2040年、2050年に誰が、どこに住み、どのように食料を受け取るのか。

そこから逆算して地域の商業と物流を設計することが、いま必要になっている。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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はじめに~千葉県全体の数字では東部・南房総の実情は見えない

千葉県は、東京都に隣接し、600万人を超える人口を持つ大都市圏の県です。

県西部には、千葉市、船橋市、市川市、松戸市、柏市、流山市、浦安市など、東京都心への通勤・通学圏として人口を維持している都市があります。そのため、千葉県全体の人口や経済規模だけを見ると、県内の地域課題は比較的小さいように見えるかもしれません。

しかし、同じ千葉県内でも、人口動態、年齢構成、産業、医療、交通の状況には大きな地域差があります。

2025年国勢調査の千葉県速報では、県人口は625万8,512人となり、2020年から2万5,968人減少しました。千葉県の人口が国勢調査で前回調査を下回ったのは、1920年の第1回調査以降初めてです。一方、世帯数は10万2,083世帯増え、1世帯当たり人員は2.18人まで減少しました。人口が減る一方で世帯数が増えるということは、単身世帯や少人数世帯の増加が進んでいることを示します。

さらに、2020年から2025年に人口が増加したのは県西部を中心とする12市に限られ、25市17町村では人口が減少しました。銚子市では5年間に7,005人、率にして11.99%、香取市では6,256人、8.65%減少しています。

千葉県全体の人口減少率は0.41%にとどまっていますが、この数字をもって、県内のすべての地域が同じ速度で人口減少していると考えることはできません。

県西部で人口が増加する一方、東総、九十九里、外房、南房総では、人口減少と高齢化が同時に進んでいます。

本記事では、印象や観光地としてのイメージではなく、公的統計から確認できる範囲で、千葉県東部・南房総の現在を整理します。


本記事で扱う地域

「千葉県東部」「外房」「南房総」という言葉には、法律上統一された一つの地域区分があるわけではありません。

そこで本記事では、千葉県の地方創生総合戦略で使用されている地域区分を参考に、次の3地域を主な対象とします。

香取・東総ゾーン

  • 銚子市
  • 旭市
  • 匝瑳市
  • 香取市
  • 神崎町
  • 多古町
  • 東庄町

九十九里ゾーン

  • 茂原市
  • 東金市
  • 山武市
  • 大網白里市
  • 九十九里町
  • 芝山町
  • 横芝光町
  • 一宮町
  • 睦沢町
  • 長生村
  • 白子町
  • 長柄町
  • 長南町

南房総・外房ゾーン

  • 館山市
  • 勝浦市
  • 鴨川市
  • 南房総市
  • いすみ市
  • 大多喜町
  • 御宿町
  • 鋸南町

千葉県は、2018年から2022年までの人口動態を、この地域区分で分析しています。香取・東総、九十九里、南房総・外房の3地域では、いずれも出生数と死亡数の差による自然減が発生していました。

なお、医療については、地域区分が異なります。

千葉県の保健医療計画では、銚子市、旭市、匝瑳市、香取市などを「香取海匝保健医療圏」、茂原市、東金市、勝浦市、いすみ市、長生郡などを「山武長生夷隅保健医療圏」、館山市、鴨川市、南房総市、鋸南町を「安房保健医療圏」としています。

地域を比較する際には、人口政策、医療、交通など、資料ごとに地域区分が異なる点に注意が必要です。


最初に結論~問題は人口が減ることだけではない

千葉県東部・南房総の課題は、単に人口が減少していることではありません。

より深刻なのは、次の変化が同時に進んでいることです。

  • 出生数より死亡数が多い自然減
  • 若年層や生産年齢人口の減少
  • 高齢者割合の上昇
  • 人口密度の低下
  • 単身世帯や少人数世帯の増加
  • 医療・介護需要の増加
  • 医療従事者の地域偏在
  • 鉄道、バス、タクシー利用者の減少
  • 自動車を運転できない住民の増加
  • 空き家と管理困難住宅の増加
  • 商業、公共施設、行政サービスの維持負担
  • 農業、漁業、観光、医療などの担い手不足

人口が減っても、住宅や集落、道路、上下水道、医療施設、公共施設が同じ範囲に残れば、住民1人当たりの維持負担は重くなります。

一方で、人口減少地域であっても、すべての市町村、すべての地区が同じ状況ではありません。

鉄道駅周辺、主要道路沿い、病院やスーパーの近くでは人口や生活機能が比較的維持される可能性があります。反対に、海岸部、丘陵地、山間部、古い住宅団地などでは、同じ自治体内でも人口減少や高齢化が早く進むことがあります。

したがって、地域課題を考える際には、市町村の人口だけでなく、年齢構成、地区別人口、世帯構成、生活施設まで確認する必要があります。


千葉県全体が人口減少局面に入った意味

2025年国勢調査速報における千葉県の人口は、2020年から0.41%減少しました。

県全体の減少率だけを見ると、急激な人口減少には見えません。

しかし、県西部の人口増加が東部・南部の減少を補っているため、県全体の数字では地域差が小さく見えます。

2025年国勢調査速報で人口が増えたのは、千葉市、流山市、柏市、印西市、船橋市など県西部を中心とする12市です。一方、人口が減ったのは42市町村に及びました。

千葉県では、これまで東京都心に近い地域への人口流入によって、県全体の自然減を社会増が補ってきました。

2024年10月1日現在の人口推計でも、千葉県は出生数より死亡数が多い自然減である一方、転入者が転出者を上回る社会増の県でした。

ただし、社会増は県内に均等に配分されていません。

千葉県の2018年から2022年までの分析では、東葛・湾岸ゾーンは自然減を大幅な社会増が上回っていました。一方、香取・東総ゾーン、九十九里ゾーン、南房総・外房ゾーンは、自然減に加えて社会減となっていました。

この違いは重要です。

人口変化は、概念的には次のように分解できます。

人口増減 =出生数-死亡数+転入数-転出数

出生数より死亡数が多くても、転入者が十分に多ければ人口は維持できます。

しかし、自然減と社会減が同時に起きる地域では、出生数の減少、高齢者の死亡、若年層の転出が重なります。

千葉県東部・南房総の多くは、人口減少を移住者だけで補うことが難しい段階に入っていると考えられます。


外国人人口の増加が人口減少を部分的に補っている

香取・東総、九十九里、南房総・外房では、地域全体として人口が減少していても、外国人については社会増となっていました。

千葉県の2018年から2022年までの分析では、香取・東総ゾーンの外国人社会増は1,737人、九十九里ゾーンは1,723人、南房総・外房ゾーンは490人でした。

これは、農業、食品加工、製造、宿泊、介護などで働く外国人が、地域の人口と産業を部分的に支えている可能性を示します。

ただし、外国人人口の増加を地域人口問題の解決とみなすことはできません。

確認すべきなのは、人数だけではなく、次の点です。

  • どの産業で働いているか
  • 在留資格は何か
  • 家族と暮らしているか
  • 短期間で転出していないか
  • 地域内で住宅を確保できているか
  • 日本語教育や医療にアクセスできているか
  • 子どもが地域の学校へ通っているか
  • 長期的に定住する意思があるか

外国人労働者が増えても、短期雇用や事業所内の寮生活に限られれば、地域社会や地域内消費への波及は限定的です。

一方、家族を伴って定住し、地域内で生活、消費、就学する世帯が増えれば、人口構造や生活サービスの維持に一定の影響を与えます。


高齢化率が50%を超える町がある

千葉県の2025年4月1日現在の年齢別人口調査によると、県全体では、0歳から14歳の年少人口が11.0%、15歳から64歳の生産年齢人口が61.4%、65歳以上の老年人口が27.6%でした。

しかし、市町村別に見ると大きな差があります。

65歳以上の老年人口割合が最も高かったのは御宿町の52.8%でした。次いで、鋸南町50.4%、南房総市48.0%、長南町47.3%、勝浦市47.3%となっています。

御宿町では、住民のおよそ2人に1人以上が65歳以上という計算になります。

さらに、年少人口割合は、御宿町が5.4%、鋸南町が5.8%、勝浦市が5.9%、銚子市が6.4%でした。

これは、単に高齢者が多いだけではありません。

子どもと現役世代の人数が少ないため、将来の人口再生産、地域雇用、学校、公共交通、商業、医療・介護人材の確保が難しくなります。

高齢化率は、高齢者が増えた場合だけでなく、若者が減った場合にも上昇します。

したがって、高齢化率が高い地域については、次の3つを分けて確認する必要があります。

  1. 高齢者の実人数が増えているのか
  2. 若年層と現役世代が減っているのか
  3. 両方が同時に進んでいるのか

高齢化の原因によって、必要な対策は異なります。


高齢者が多いことより、支える人口が少ないことが問題になる

高齢者が多い地域では、医療、介護、移動支援、住宅管理などの需要が増えます。

一方、それらのサービスを担う生産年齢人口は減少します。

たとえば、介護職員、看護師、運転手、建設作業員、電気工事業者、水道業者、買い物支援員、配達員などが不足すれば、需要があってもサービスを提供できません。

地域課題を考える際には、単純な高齢化率よりも、次の数字が重要になります。

  • 75歳以上人口
  • 85歳以上人口
  • 単身高齢者世帯
  • 要介護・要支援認定者
  • 自動車運転免許を持たない人
  • 医療・介護従事者数
  • 訪問診療事業所数
  • タクシーやバスの運転手数
  • 住宅修繕事業者数
  • 家族と同居していない高齢者数

これらを組み合わせなければ、実際の生活上の負担は見えてきません。

たとえば、高齢化率が高くても、病院、スーパー、駅が近く、集合住宅に住んでいれば生活を維持できる可能性があります。

反対に、高齢化率がやや低くても、住民が広く分散し、自動車がなければ病院や買い物へ行けない地域では、生活上のリスクが大きくなります。


人口密度の低さがサービス維持を難しくする

千葉県東部・南房総では、人口減少に加えて、人口密度の低さが問題になります。

2024年の千葉県毎月常住人口調査年報によると、県内で人口密度が最も低かったのは大多喜町の1平方キロメートル当たり62.2人でした。次いで長南町99.6人、長柄町131.5人、鋸南町137.4人、南房総市142.6人となっています。

人口密度が低い地域では、同じ人数にサービスを提供する場合でも、移動距離が長くなります。

具体的には、次の費用が増えます。

  • 路線バスやデマンド交通の運行費
  • 訪問診療や訪問介護の移動時間
  • 救急車の搬送時間
  • ごみ収集
  • 水道や道路の維持
  • 宅配や配食
  • 学校の送迎
  • 除草や空き家管理
  • 災害時の避難支援

人口1万人の町でも、駅周辺に人口が集まっている場合と、広い山間部に分散している場合では、行政や民間事業者の負担は異なります。

今後の地域政策では、市町村人口だけでなく、「どこに何人が住んでいるか」を重視する必要があります。


世帯数が増えても地域が成長しているとは限らない

千葉県全体では、2020年から2025年の間に人口が減少した一方、世帯数は増加しました。

世帯数の増加は、住宅需要や人口増加のように見えることがあります。

しかし、1世帯当たり人員が減少している場合、主な要因は次のような世帯分離である可能性があります。

  • 単身世帯の増加
  • 高齢者の一人暮らし
  • 子どもの独立
  • 未婚者の増加
  • 夫婦のみ世帯の増加
  • 施設入所前の単独生活
  • 外国人単身労働者の増加

勝浦市では、2024年の1世帯当たり人員が1.99人と、県内でも特に少ない水準でした。

世帯数が維持されていても、人口が減り、単身高齢者世帯が増えていれば、住宅管理、移動、見守り、医療、介護の需要は増えます。

したがって、世帯数の増加を、そのまま地域の活力や住宅需要の強さと判断することはできません。


雇用~地域に仕事があっても若者が残るとは限らない

千葉県全体の産業別有業者数では、卸売業・小売業、製造業、医療・福祉の順に多くなっています。千葉県の資料では、製造業や医療・福祉の有業者数が増える一方、卸売業・小売業などでは減少が見られました。

ただし、県東部・南房総の雇用構造は、県西部とは異なります。

香取・東総地域

農業、漁業、食品加工、医療、製造などが重要です。

千葉県の資料では、香取・東総ゾーンの農業産出額は県内ゾーンの中で最も大きく、県全体の3分の1以上を占めています。

これは、地域に産業基盤がないということではありません。

問題は、農業産出額が大きくても、雇用者数、若年層の所得、後継者、食品加工、物流、地域内消費へ十分につながっているかです。

農産物を原料のまま域外へ出荷する場合、加工、流通、販売による付加価値は地域外へ流れる可能性があります。

九十九里・外房地域

茂原市や東金市などには商業、医療、製造、行政機能があります。

一方、沿岸部では観光、宿泊、飲食、農漁業など、季節変動の影響を受けやすい産業もあります。

一宮町など一部地域では、サーフィン、飲食店、移住、二地域居住といった新しい動きが見られます。千葉県も、一宮町などでサーフショップや飲食店が開業していることを地域の特徴として挙げています。

ただし、一部の地域で店舗や移住者が増えていることを、外房全体の人口回復とみなすことはできません。

南房総地域

観光、医療、介護、農業、漁業、小売などが主要な雇用になります。

しかし、観光雇用は季節変動があり、医療・介護は人手不足になりやすく、農漁業は高齢化と後継者不足を抱えています。

地域に仕事が存在していても、その仕事が次の条件を満たさなければ、若い世帯の定着にはつながりません。

  • 家族を養える所得がある
  • 年間を通じて働ける
  • 住宅が確保できる
  • 子育てと両立できる
  • 技能や経験が蓄積される
  • 昇給や職業選択の余地がある
  • 配偶者にも仕事がある

雇用者数だけでなく、雇用の質を確認する必要があります。


農業産出額が大きくても地域人口は増えない

香取・東総地域は、千葉県内でも農業生産の大きな地域です。

しかし、農業産出額が大きいことと、地域人口が維持されることは同じではありません。

農業が地域人口を支えるためには、次の条件が必要です。

  • 農業所得が安定している
  • 新規就農者が定着できる
  • 住居を確保できる
  • 農地を集約できる
  • 加工・物流・販売の仕事が地域内にある
  • 配偶者の雇用先がある
  • 子どもの教育環境がある
  • 病院や買い物へアクセスできる

大規模農業が生産額を維持しても、機械化や経営統合によって必要な就業者数が減る場合があります。

また、外国人労働者や季節労働者に依存している場合、地域の定住人口増加には直結しません。

農業産出額、農業就業者数、農業所得、加工業従事者数を分けて見る必要があります。


観光客数と住民所得を混同しない

外房・南房総は、海水浴、サーフィン、温泉、海産物、道の駅、観光施設などを持つ観光地域です。

観光客が訪れることは、宿泊、飲食、小売、交通などに需要を生みます。

しかし、観光客数が多いことだけでは、地域住民の所得や人口維持への効果は判断できません。

確認すべきなのは次の項目です。

  • 宿泊客か日帰り客か
  • 1人当たり消費額
  • 地元事業者への支出割合
  • 地元雇用者数
  • 正規雇用か短期雇用か
  • 季節変動
  • 食材や備品の地域内調達率
  • 税収への影響
  • 道路、ごみ、救急医療への負担
  • 住宅の民泊・別荘転用

日帰り客が増えても、地域内での消費が少なければ、渋滞やごみ処理費だけが増える可能性があります。

また、住宅が民泊や別荘へ転用されると、観光需要が増えても、地域で働く人が住める賃貸住宅が減ることがあります。

観光の効果は、来訪者数ではなく、地域内に残った所得で評価する必要があります。


医療~同じ千葉県内でも医師の分布に差がある

千葉県東部・南房総の医療は、地域によって状況が大きく異なります。

県の保健医療計画では、香取海匝保健医療圏の人口は約27万人、面積は717.46平方キロメートルです。

山武長生夷隅保健医療圏は人口約42万人に対し、面積は1,161.72平方キロメートルあります。

安房保健医療圏は人口約12万人、面積575.91平方キロメートルです。

特に山武長生夷隅保健医療圏は、広い地域に人口、医療機関、集落が分散しています。

医師偏在指標では、山武長生夷隅が120.4と、県内で最も低い水準でした。香取海匝は180.3、安房は285.1で、安房は医師多数区域、山武長生夷隅は医師少数区域とされています。

ただし、安房医療圏の指標が高いからといって、南房総地域のすべての住民が医療へ容易にアクセスできるとは限りません。

医師が鴨山市街や館山市街、特定の大病院に集中していれば、周辺地域の住民には長距離移動が必要です。

医療を評価する際には、人口当たり医師数だけでなく、次の点を確認する必要があります。

  • 医療機関の所在地
  • 診療科
  • 常勤医師か非常勤医師か
  • 救急対応
  • 入院可能な病床
  • 産科、小児科
  • 透析
  • がん治療
  • リハビリテーション
  • 訪問診療
  • 自宅からの移動時間
  • 公共交通による通院可能性

医師数が多くても、自動車を運転できない住民が通院できなければ、生活上の医療アクセスは十分とはいえません。


高度医療を地域内ですべて完結させることは難しい

人口が少なく広域に分散した地域で、すべての診療科と高度医療を維持することは現実的ではありません。

高度救急、専門手術、周産期医療、小児専門医療などは、一定の患者数と医療従事者数がなければ維持できません。

そのため、地域医療では次の役割分担が必要です。

  • 地域の診療所による日常診療
  • 地域病院による入院・救急対応
  • 中核病院による専門診療
  • 県内外の高度医療機関への搬送・紹介
  • 回復期医療
  • 在宅医療
  • 訪問看護
  • 介護との連携

問題は、医療機関の集約そのものではありません。

集約後に、住民が中核病院まで移動できるか、退院後に地域へ戻れるか、家族が送迎や付き添いを続けられるかが重要です。

人口減少地域では、病院の配置と交通政策を別々に考えることはできません。


交通~鉄道があることと、自動車なしで暮らせることは同じではない

千葉県東部・南房総には、JR(Japan Railways・旅客鉄道会社)の外房線、内房線、総武本線、成田線、東金線などがあります。

しかし、鉄道駅が存在することと、自動車なしで生活できることは同じではありません。

実際の生活では、次の移動が必要です。

  • 自宅から駅まで
  • 駅から病院まで
  • 駅からスーパーまで
  • 通勤先まで
  • 子どもの学校や習い事
  • 市役所や金融機関
  • 介護施設
  • 鉄道運休時の代替交通

駅から数キロメートル離れた住宅では、最初と最後の移動手段が必要になります。

また、鉄道の本数が少ない場合、乗車時間より待ち時間の方が長くなることがあります。

千葉県内のJR線乗車人員は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた2020年度に大きく減少し、2021年度には一部回復しましたが、感染拡大前の2019年度の水準には戻っていませんでした。

今後、人口と通勤・通学需要が減れば、鉄道やバスの維持はさらに難しくなる可能性があります。


自動車依存は現在の便利さと将来の不安を同時に生む

外房、東総、南房総では、自動車があれば、鉄道やバスの本数が少なくても生活できます。

スーパー、病院、職場が離れていても、自動車で移動できるため、現役世代には一定の便利さがあります。

しかし、高齢になり、自動車を運転できなくなると、生活条件は急に変わります。

問題になるのは次のような地域です。

  • 病院まで片道10~20キロメートル以上ある
  • バス停まで歩けない
  • 鉄道駅まで遠い
  • タクシー事業者が少ない
  • 家族が近くに住んでいない
  • 買い物宅配の対象外である
  • 急な受診が多い
  • 週数回の通院が必要である

免許返納後の交通費は、月1回の通院だけで判断できません。

買い物、行政手続き、理美容、金融機関、知人との交流など、日常生活全体の移動が必要です。

自動車依存地域では、免許返納の問題は交通問題であると同時に、住宅立地の問題でもあります。


公共交通を増やせば解決するとは限らない

人口減少地域では、コミュニティバスやデマンド交通が注目されます。

しかし、利用者が少なく、居住地が広く分散している場合、1人を運ぶための費用が高くなります。

公共交通の評価では、運行しているかどうかだけでなく、次の数字を見る必要があります。

  • 年間利用者数
  • 1便当たり利用者数
  • 1人当たり行政負担額
  • 運行距離
  • 予約不成立数
  • 目的地
  • 高齢者以外の利用
  • 運転手数
  • タクシーとの競合
  • 病院予約時間との整合
  • 市町村境を越えられるか

制度が存在しても、利用対象、運行時間、区域、予約方法によっては、自動車の代わりにならないことがあります。

公共交通は、すべての住民を自宅前から目的地まで運ぶ仕組みではなく、生活拠点と居住地を結ぶ仕組みとして設計する必要があります。


住宅~空き家が多くても住める住宅が多いとは限らない

人口減少地域では空き家が増えます。

そのため、「空き家を安く提供すれば移住者が増える」と考えられがちです。

しかし、空き家には次のような問題があります。

  • 耐震性が不足している
  • 雨漏りや腐食がある
  • 断熱性能が低い
  • 水回りが古い
  • 家財が残されている
  • 相続登記が終わっていない
  • 所有者が貸したくない
  • 浄化槽や井戸の維持が必要
  • 海岸部で塩害がある
  • 土砂災害や津波の危険がある
  • 病院や買い物から遠い

空き家の数と、移住者や若年世帯がすぐに住める住宅の数は異なります。

必要なのは、空き家総数ではなく、次の分類です。

  • そのまま住める住宅
  • 小規模改修で住める住宅
  • 大規模改修が必要な住宅
  • 解体が必要な住宅
  • 所有関係が不明な住宅
  • 災害リスクの高い住宅
  • 交通・医療アクセスが悪い住宅

安い空き家を買っても、修繕、自動車、通院、維持管理を含めれば、総費用が高くなる可能性があります。


人口減少地域でもすべてを一律に縮小する必要はない

千葉県東部・南房総では、人口減少と高齢化が進んでいます。

しかし、人口が減るからといって、すべての地域から施設やサービスを撤退させればよいわけではありません。

必要なのは、どの機能をどこに維持するかを選ぶことです。

今後、優先すべき生活拠点の条件として、次が考えられます。

  • 病院または診療所がある
  • スーパーや日用品店がある
  • 鉄道駅または主要バス路線がある
  • 行政サービスへアクセスできる
  • 災害リスクが相対的に低い
  • 集合住宅や賃貸住宅がある
  • 高齢者が徒歩または短距離移動で生活できる
  • 周辺地区から交通を接続できる

すべての集落に同じ施設を置くのではなく、複数市町村で医療、買い物、交通、教育を分担する必要があります。


地域ごとに異なる課題

香取・東総地域

香取・東総地域では、農業、漁業、食品加工、医療など、地域外から所得を得られる産業があります。

一方で、銚子市や香取市では人口減少が大きく、若年層の流出と自然減が重なっています。

課題は、農水産物の生産額を、地域内の加工、物流、販売、雇用へつなげることです。

九十九里地域

九十九里地域には、茂原市、東金市などの地域拠点があり、東京方面への通勤圏となる地域もあります。

一宮町などでは移住やサーフィン関連事業の動きがありますが、長生郡の内陸部などでは高齢化と人口密度低下が進んでいます。

同じ九十九里ゾーンでも、沿岸部、駅周辺、内陸部では条件が異なります。

南房総・外房地域

南房総・外房地域では、高齢化率が非常に高い市町が複数あります。

一方、館山市、鴨川市などには、医療、商業、観光の拠点があります。

課題は、拠点機能を維持しながら、周辺地区から通院、買い物、行政サービスへ移動できる仕組みを作ることです。


数字だけでは判断できないこと

統計は重要ですが、数字だけで地域の暮らしやすさを決めることはできません。

たとえば、人口が増えている地区でも、住宅費が上昇し、交通渋滞や医療不足が起きている可能性があります。

人口が減っている地区でも、近隣住民の助け合い、宅配、訪問医療などによって生活が維持されている場合があります。

また、市町村単位の統計では、次の違いが見えにくくなります。

  • 駅前と山間部
  • 海岸部と内陸部
  • 新しい住宅地と古い集落
  • 一戸建てと集合住宅
  • 自動車を運転できる人とできない人
  • 家族が近くにいる人といない人

統計から確認できるのは地域の構造です。

個人が実際に暮らせるかどうかは、自宅の場所、健康状態、家族関係、所得、自動車利用などによって変わります。


現実的な地域課題の整理

千葉県東部・南房総について、現時点で公的統計から確認できる主な課題は、次のように整理できます。

第1の課題~自然減と社会減の同時進行

香取・東総、九十九里、南房総・外房では、出生数より死亡数が多いだけでなく、転出が転入を上回る地域があります。

第2の課題~高齢者ではなく現役世代の不足

高齢化率が高いこと以上に、医療、介護、交通、住宅修繕を担う現役世代が少ないことが問題になります。

第3の課題~人口の分散

人口密度が低く、住宅や集落が広範囲に分散しているため、サービス提供費用が高くなります。

第4の課題~医療と交通の分離

中核病院に医療を集約しても、住民が通院できなければ医療アクセスは改善しません。

第5の課題~産業と定住の分離

農業、観光、医療などの仕事があっても、所得、住宅、教育がそろわなければ若年世帯は定着しません。

第6の課題~空き家と住宅需要の不一致

空き家は多くても、安全で便利な賃貸住宅や、若年世帯向け住宅が不足している可能性があります。


これから重視すべき数字

今後の地域政策を評価する際には、総人口だけでなく、次の数字を継続して確認する必要があります。

  • 15歳から39歳までの人口
  • 20歳代女性の転出入
  • 子育て世帯数
  • 外国人世帯数
  • 75歳以上の単身世帯
  • 医療・介護従事者数
  • 公共交通の1便当たり利用者
  • 通院に必要な時間
  • 地域内で働く人の所得
  • 5年後の移住者定着率
  • 居住可能な空き家数
  • 観光消費の地域内残存額
  • 公共施設1施設当たり利用者数
  • 生活拠点までの距離

人口が増えたか減ったかだけでは、地域政策の成果は判断できません。


現実的な結論~人口増加より、生活を維持できる構造が必要

千葉県東部・南房総では、人口減少と高齢化がすでに進んでいます。

一部の市町村では、高齢者が人口の半数前後を占めています。人口密度も低く、医療、交通、買い物、住宅管理などのサービスを維持する負担は今後さらに重くなる可能性があります。

一方で、農業、漁業、食品加工、観光、医療、福祉など、地域外から需要や所得を得られる産業もあります。

問題は、地域資源が存在しないことではありません。

地域資源と、雇用、住宅、交通、医療、教育が十分につながっていないことです。

千葉県東部・南房総が目指すべきなのは、すべての市町村で人口を増加させることではありません。

より現実的な目標は、人口が減少しても、次の生活条件を維持することです。

  • 病院へ通える
  • 食料や日用品を購入できる
  • 自動車を使えなくても最低限移動できる
  • 住宅を管理または処分できる
  • 地域内で一定の仕事がある
  • 子育て世帯が生活できる
  • 災害時に避難できる
  • 必要に応じて生活拠点へ住み替えられる

人口減少を完全に止めることは難しくても、生活サービスの崩壊を防ぐことはできます。

そのためには、数字を使って地域を順位付けするのではなく、どの地区に、どの年代の人が、どの程度住み、どのサービスを必要としているのかを把握する必要があります。

千葉県東部・南房総の地域課題は、単なる「過疎」の問題ではありません。

人口、住宅、医療、交通、産業を一つの構造として考える問題です。

今後の地域政策では、観光客数、移住相談件数、補助金利用件数などの見栄えのよい数字だけではなく、住民が実際に生活を続けられるかどうかを測る数字が必要になります。


地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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