地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 地方の集落を歩いていると、ときどき道路の下にあるものの大きさを想像したくなる。山あいに十数軒の家が並び、その先は森になっているような場所にも水道管は延びている。蛇口をひねれば、何キロメートルも離れた浄水場で処理された水が届く。それは近代日本が築いてきた巨大な公共インフラの成果であり、私たちは日常生活のなかで、その仕組みをほとんど意識することなく安全な水を使っている。

 ところが人口が増え続けることを前提としてつくられたこの仕組みは、人口が減り続ける社会に入ると、別の顔を見せ始める。水道の問題というと、多くの場合は水道管の老朽化や漏水が話題になるが、人口減少地域で本当に深刻なのは、古くなった管そのものだけではない。その管を支える住民が減っていくことである。

 国土交通省の資料によれば、2023年度時点で全国の水道管路は約74万6000キロメートルに達し、そのうち法定耐用年数である40年を超えた管路は25.3%となっている。それに対して、1年間に更新される管路は全体の0.61%程度にとどまる。現在40年を超えている管路を今後20年間で更新すると仮定すれば、必要になる更新率は年間約1.27%であり、現在のおよそ2倍の速度で工事を進めなければならない計算になる。

 しかし、この数字以上に重要なのは、水道の利用者が減っても水道管の長さは同じ割合では減らないという事実である。仮に100人が暮らす集落へ3キロメートルの管路を延ばしているなら、一人当たりの管路延長は30メートルになる。人口が50人になっても住宅の配置がそのままなら、必要な管路はほぼ3キロメートルのままであり、一人当たりでは60メートルになる。さらに25人まで減れば120メートルである。住民が使う水の総量は人口とともに減っていくのに、その水を届けるための道路下の構造物はほとんど減らない。

 人口が増えていた時代には、この性質は問題になりにくかった。一本の水道管を大勢で共有すれば、一人当たりの負担を小さくできたからである。しかし人口減少は、その計算を逆向きにする。利用者が減るほど一人が支える管路は長くなり、料金収入が減る一方で、更新しなければならない道路下の距離は残り続ける。人口減少地域の水道では、やがて「どれだけ水を使うか」よりも「一人の生活を維持するために何メートルの管を支えなければならないか」の方が重要になってくる。

国が「同じ水道を造り直す」以外の選択肢を考え始めた

 この問題は、すでに研究者だけが議論している未来予測ではない。2026年3月、国土交通省は「水道事業における分散型システムの導入手引き」を公表し、従来の水道管網をそのまま更新する方法だけではなく、小規模な水道施設や運搬送水などを比較する考え方を示した。

 そこで優先的に分散型システムを検討する地域の目安として示されたのが、現在または将来の給水人口が100人以下、一人当たり管路延長が30メートル以上、さらに法定耐用年数を超えた管路が50%以上、または老朽化状況そのものが十分把握されていない地域である。ただし、この数字を境界線のように扱うのは正しくない。たとえば一人当たり管路延長が30メートルを超えれば分散型へ切り替えるべきだ、という意味ではなく、「今と同じ管路網を造り直す方法だけでなく、別の給水方法も計算してみるべき地域」を見つけるための目安である。

 実際にどちらが合理的かは、水源までの距離、地形、高低差、水質、既存施設の残存寿命、工事費、電力費、維持管理人員、将来人口、災害危険度などによって変わる。同じ人口50人の集落でも、近くに良質な地下水がある場所と、水源そのものを確保しにくい場所では答えが違う。人口密度だけから全国一律の正解を導くことはできないのである。

 それでも国がこうした手引きを公表した意味は大きい。これまで水道政策では、既存施設をどう更新するかという議論が中心だったが、人口減少が進む地域では「本当に今と同じ形で更新する必要があるのか」という問いそのものが政策の中に入ってきたからである。国土交通省が掲げる方向も、集中型を捨てて分散型へ移行するという単純なものではなく、「集約型・分散型のベストミックスによる施設の最適配置」である。

大きな浄水場と小さな浄水場を比べても答えは出ない

 分散型の話をすると、「小さな浄水施設では効率が悪いのではないか」という疑問が生じる。これはもっともである。浄水処理だけを考えれば、大規模施設には規模の経済が働きやすい。一つの設備で大量の水を処理すれば、処理水一単位当たりの設備費や管理費を低くしやすいからであり、人口が密集した都市で巨大な浄水場と広域配水網が合理的なのは、この仕組みがあるためである。

 ところが人口の少ない地域では、浄水に必要な費用だけを比べても意味がない。水をつくったあと、その水を何キロメートル運ばなければならないのかまで考える必要がある。山の向こうに20戸しかない集落のために数キロメートルの老朽管を掘り返し、新しい管へ交換するのであれば、その集落の近くに小規模な浄水施設を設置した方が、設備単体では割高でも社会全体では安くなる可能性がある。

 つまり本当に比較すべきなのは「大きな浄水場」と「小さな浄水場」ではない。「大きな浄水場と長い管路」と「小さな浄水施設と短い管路」という二つのシステム全体である。建設費だけではなく、維持、修繕、電力、薬品、更新まで含めたLCC(Life Cycle Cost・ライフサイクルコスト、施設を建設してから維持・更新するまでに必要となる総費用)を比較して初めて、どちらが合理的なのかが見えてくる。

 国土交通省が示したケーススタディでも、既存施設を更新し続ける案、浄水を車両などで集落まで運ぶ運搬送水、小規模な水道施設を設置する案が比較されている。一定の仮定のもとでは小規模水道施設の方が安くなる事例も示されており、「分散型だから必ず安い」のではなく、「長い管路の更新費まで含めると逆転する地域が現実に存在する」というのが、より正確な理解だろう。

分散型水道と「水を循環させる家」は同じものではない

 ここで一つ、区別しておかなければならないことがある。現在、国が導入を具体的に検討している分散型水道と、家庭や小さな地域の内部で使用した水を再生して循環させる「小規模分散型水循環システム」は、同じ段階にある技術ではない。

 現在の分散型水道として現実的に想定されているのは、集落の近くにある地下水や河川水などを小規模施設で処理して給水する方法や、別の浄水場で処理した水を車両などで運び、集落内の配水池から供給する方法である。長い管路を維持する代わりに、水をつくる場所や運ぶ方法を変えるのであり、この考え方はすでに導入検討の対象になっている。

 一方、さらにその先には、住宅や数戸の単位で水を循環させる仕組みが考えられている。雨水を集め、生活排水を処理して再利用し、外部から供給される水の量そのものを少なくする。従来の水道が「遠くにある水源から水を送り続けるシステム」だとすれば、こちらは「使う場所の近くで水を回すシステム」であり、発想としては水道の歴史をかなり大きく変える可能性を持っている。

 実際、国土交通省は石川県珠洲市などで住宅向け小規模分散型水循環システムの実規模実証を進めている。ただし、これはすでに全国どこでも導入できる完成技術になったという意味ではない。年間を通した運転、水質の安定性、設備の保守、交換部品、故障時の対応、そして長期間使用した場合の総費用について、まだ検証すべき課題が残っている。2026年3月の分散型システム導入手引きでも、各戸型浄水装置などについては技術実証中であることなどから本格的な対象には含められていない。

 したがって、地方の水道が明日から家庭内循環型へ変わると考えるのは早すぎる。しかし、長大な管路を当然の前提とせず、「水を運ぶ距離そのものを減らす」という考え方が技術開発の方向として現れていることは確かである。

地震に強いのは集中型か、分散型か

 分散化にはもう一つ魅力的に見える点がある。災害時の強さである。2024年の能登半島地震では、水道施設や基幹管路が被災し、広い範囲で断水が発生した。大きなネットワークでは、重要な浄水場、送水管、配水池などが損傷すると、その先に暮らす多数の住民へ影響が広がることがある。

 だからといって、「集中型水道は災害に弱く、分散型なら強い」と結論づけることもできない。集中型水道でも、複数の水源を持ち、管路を環状につなぎ、耐震管や緊急連絡管を整備することで、一か所が壊れても別経路から供給できるようにすることは可能である。反対に分散型では、小さな設備が多数存在するため、それぞれの設備の故障、水源汚染、停電、部品不足、保守人員不足という別のリスクが生まれる。

 重要なのは、災害リスクの種類が変わることである。大規模集中型では一つの重要施設の障害が広域へ波及する危険があり、分散型では被害を小さな区域に限定できる可能性がある一方、設備数が増えることで管理対象も増える。さらに山間部の小規模水源が土砂災害危険区域にあれば、その水源そのものが集中型より危険になる場合すらある。どちらが安全かという問いにも、全国共通の答えはない。

 ただし、人口が少なく、一本の長い管路に集落全体が依存している地域では、その管路を短くできること自体が災害時の復旧を容易にする可能性はある。何十キロメートルもの管路のどこが壊れているのか探すより、小さな給水区域の設備を修復する方が早い場合もあるからである。分散化の価値は「絶対に壊れないこと」ではなく、壊れたときの影響範囲を小さくできる可能性にある。

設備を分散させても、管理まで分散させる必要はない

 しかし、小規模施設を山間部にいくつも設置すれば、別の現実が待っている。水道は設備を置けば終わるものではない。フィルターを交換し、ポンプを整備し、水質を検査し、異常があれば原因を調べなければならない。飲料水では「だいたい安全」という管理は許されず、水源によって水質も異なれば、降雨や季節によって条件も変化する。

 しかも人口減少地域では、水道施設だけでなく、それを管理する技術者も減っていく。十数人しか住んでいない集落ごとに専門技術者を常駐させることなど現実的ではない。分散型水道が広がるほど、「小さな施設を大量に誰が管理するのか」という問題が大きくなる。

 そこで興味深い考え方が、「施設は分散しても、管理は統合する」という方法である。水道技術研究センターなどでも、小規模水道を物理的には地域ごとに残しながら、運転情報や水質情報を一か所へ集約し、専門職員が複数地域を管理する分散ネットワーク型の考え方が検討されている。

 各集落に小さな浄水設備があり、その流量、水質、ポンプの状態を遠隔監視する。異常がなければ人間は常駐せず、必要なときだけ専門技術者が巡回する。そうなれば、水道施設そのものは地域に分散していても、技術力まで小さな集落へ分散させる必要はない。人口減少時代には、設備を大きく集約するよりも、情報と専門人材だけを集約する方が合理的な地域が現れるかもしれない。

水道を残すことと、水道管を残すことは同じではない

 ここまで考えると、人口減少地域の水道問題は、従来型か分散型かという二者択一ではないことが分かる。町の中心部には人口がある程度集中しており、既存の浄水場や管路を多くの住民が共有できるため、従来型の大規模水道を維持する方が合理的かもしれない。しかし、そこから山を越えた十数戸の集落まで数キロメートルの管を更新し続けるのであれば、小規模浄水施設や運搬送水の方が安くなる可能性がある。そのさらに外側に数戸しか住宅がなければ、将来は各戸型の浄水や水循環技術が選択肢になるかもしれない。

 つまり、一つの自治体のなかでも水道の姿が一種類である必要はない。中心部には従来型水道があり、周辺集落には小規模水道があり、さらに遠隔地では別の給水方式が使われるという組み合わせの方が合理的になる可能性がある。国土交通省が「集約型・分散型のベストミックス」と表現しているのは、まさにこの考え方である。

 人口が増え続けた時代、日本の社会基盤は「つなぐこと」によって豊かになった。道路を延ばし、電線を延ばし、電話線を延ばし、水道管や下水管を延ばした。ネットワークへ接続される人が増えるほど、一人当たりの負担は小さくなり、全国の小さな集落まで都市と同じサービスを届けることができた。

 ところが人口が減り始めると、同じネットワークが反対方向へ動き始める。人が減るほど、一人のために維持しなければならない道路、水道管、電線、公共施設の量が増えていく。人口減少とは、単に利用者が少なくなる現象ではなく、過去につくった巨大なネットワークを、より少ない人間で支える社会へ移行することである。

 そう考えると、水道政策で守るべきものも少し違って見えてくる。守るべきなのは、何十年前に敷設した水道管そのものではない。住民が蛇口をひねったとき、安全な水を必要な量だけ使える生活である。その生活を維持する方法が長い管路である必要はない。

2050年、地図から消えるのは「水道」ではなく「管路」かもしれない

 2050年の山間集落を想像してみよう。住民は30人しかいないが、集落そのものは残っている。数十年前なら、遠くの浄水場から何キロメートルもの管を延ばすことが近代化だった。しかしその頃には、集落の近くに小型浄水設備が置かれ、設備の状態は遠隔監視され、専門技術者が複数の地域を巡回しているかもしれない。ある住宅では雨水や再生水が生活用水の一部として利用され、外部から供給する水の量そのものが小さくなっている可能性もある。

 もちろん、全国がこの形になるわけではない。水源が乏しい地域では大規模水道を残す方が安全かもしれず、人口が比較的密集している地域なら管路を更新した方が安い。逆に、水源に恵まれ、住宅が点在し、管路だけが異様に長い地域では、分散型への転換が合理的になるかもしれない。正解は技術思想から決まるのではなく、地域ごとの数字から決まる。

 だから人口減少時代の水道に必要なのは、「集中型を守るか、分散型へ変えるか」という思想的な対立ではない。何人が暮らし、何キロメートルの管を維持し、いつ更新が必要になり、別の方法ならどの程度の費用とリスクになるのかを、一つの給水区域ごとに計算することである。その計算を重ねていけば、ある場所では長い管路が残り、別の場所では消えていく。

 将来、地方の地図から少しずつ姿を消していくものは、水道そのものではないのかもしれない。消えていくのは、人の少なくなった土地を何キロメートルも走る「長い水道管」であり、その代わりに水を使う場所の近くでつくり、必要に応じて運び、やがては一部を循環させる小さな仕組みが増えていく可能性がある。

 人口増加時代の水道は、遠く離れた人々を一本のネットワークへつなぐことによって発展した。しかし人口減少時代には、その一本をどこまで短くできるかが、水道を守る条件になるのかもしれない。

 私たちが本当に守りたいのは、水道管なのではない。蛇口から安全な水が出るという生活である。その目的を守るためなら、むしろ水道管を減らすことが必要になる地域が、これから日本のあちこちに現れる可能性がある。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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地方の道路を車で走っていると、橋を渡ったことにさえ気づかないことがあります。

大きな川を渡る長い橋ではありません。住宅地の間を流れる小さな川、田んぼの脇を通る水路、谷あいの細い沢。その上に、長さ数メートルから十数メートルほどの橋が架かっています。

毎日の買い物にも使われ、通勤や通学にも使われ、救急車もごみ収集車もそこを通ります。しかし、普段その橋を「社会インフラ」と意識して生活している人はほとんどいないでしょう。

問題は、こうした小さな橋も永久には使えないことです。

日本では高度経済成長期以降に大量の道路や橋が整備されました。国土交通省は、建設後50年以上を経過する道路橋の割合が2033年には約63%に達すると見込んでいます。もちろん、「50年になった瞬間に危険になる」という意味ではありません。橋の状態は構造、交通量、塩害、雨水、施工状況、補修履歴などによって大きく異なります。

それでも、日本中の橋が一斉に高齢化していくという大きな流れは変わりません。

そして地方にとって本当に難しい問題は、橋が古くなることそのものではありません。

古くなった橋を、誰が、何の費用で、いつまで維持するのか。

こちらの方が深刻です。

橋は「造ったら終わり」の施設ではない

橋というと、建設するときに大きな費用が必要な施設という印象があります。

しかし実際には、造った後にも管理が続きます。

橋面の舗装、排水設備、伸縮部分、コンクリート、鉄筋、鋼材、支承、橋台など、橋を構成する部分は雨や湿気、車両の荷重、温度変化などの影響を受け続けます。

外から見ただけでは分からない劣化もあります。

そのため現在、日本では道路管理者に対し、橋梁などについて5年に1度を基本とする定期点検が義務付けられています。2014年度からこの制度による点検が始まり、2018年度までに1巡目、2023年度までに2巡目が終了し、2024年度から3巡目に入っています。

つまり、橋は一度造れば50年間そのまま使える施設ではありません。

点検し、異常を発見し、必要に応じて補修し、その記録を残し、また点検する。この循環を何十年にもわたって続けることで初めて安全を維持できます。

ところが人口減少時代には、この循環そのものを維持することが難しくなります。

全国の問題だが、地方ほど重くなる

日本の橋の老朽化は東京や大阪にも起こります。

しかし地方と都市部では条件が違います。

人口の多い都市では、一つの橋を数万人、場合によっては数十万人が利用します。橋を維持するための行政費用を人口で割れば、一人当たりの負担は比較的小さくなります。

人口の少ない町ではそうはいきません。

例えば、町に100本の橋があり、人口が1万人だったとします。

単純化すれば、1本の橋に対して人口100人です。

30年後に人口が5,000人になっても、橋が自動的に50本になるわけではありません。

道路も橋も、人口と同じ割合では減らないからです。

むしろ町の面積や道路網が変わらなければ、100本の橋を5,000人で維持することになります。

人口一人当たりで考えれば、橋を支える負担は単純計算で2倍になります。

これは以前このブログで考えた「人口が半分になっても道路・水道管は半分にならない」という問題と同じ構造です。

しかし橋には、さらに難しい特徴があります。

道路舗装なら、傷んだ区間を少しずつ補修することができます。

橋の場合、構造上の安全性が一定水準を下回れば、そのまま使い続けるという選択が難しくなります。

補修するのか。

大規模改修するのか。

架け替えるのか。

それとも通行止めにするのか。

地方自治体はいずれ、この選択を迫られる橋が増えていく可能性があります。

「小さな橋だから安い」とは限らない

ここで誤解しやすいのは、小さな橋なら簡単に直せるだろうという考え方です。

確かに巨大橋梁と比べれば工事規模は小さいでしょう。

しかし橋の工事には、単にコンクリートを打てば終わるというものではありません。

現地調査、設計、河川や水路との調整、交通規制、仮設道路、既存橋の撤去、新しい橋の建設などが必要になります。

橋の場所によっては、工事期間中に車を通すための迂回路を確保しなければなりません。

数メートルの橋であっても、それが生活道路の途中に一本しかない橋なら、その重要性は橋の長さでは測れません。

ここに地方の小規模橋梁問題の難しさがあります。

利用者は少ない。

しかし、その少ない利用者にとっては欠かせない。

費用対効果だけで判断すれば維持が難しく見える一方、廃止すれば住民の生活に大きな影響が出る。

つまり、橋の社会的価値は「1日に何台通るか」だけでは測れないのです。

橋が一本なくなると、道路は単に少し不便になるのか

仮に老朽化した橋が通行止めになったとします。

地図上で見れば、別の橋を渡ればよいだけかもしれません。

しかし、その「少しの迂回」が高齢社会では違う意味を持ちます。

買い物までの距離が片道3キロだった人が、橋の通行止めによって5キロ走らなければならなくなる。

診療所まで10分だった地域が15分になる。

訪問介護の職員が一日に回れる利用者が減る。

ごみ収集車の走行距離が増える。

宅配便や郵便の配送経路が長くなる。

スクールバスの運行時間も変わります。

さらに重要なのが救急です。

救急車が数分迂回することになれば、救急搬送時間にも影響する可能性があります。

一つ一つを見ると小さな変化です。

しかし地域全体では、これらの時間と距離が毎日積み重なります。

橋は単なる道路施設ではありません。

医療、介護、物流、通学、買い物を一つにつないでいる接点なのです。

その接点が失われたとき、初めて地域はその橋が持っていた価値に気づくことになります。

問題はお金だけではない

地方の橋を守る問題を考えると、すぐに自治体財政の問題に行き着きます。

しかし、もう一つ大きな問題があります。

人です。

橋を安全に維持するには、点検結果を理解し、補修方法を判断し、設計し、工事を監督できる技術者が必要です。

国土交通省が過去に示した資料では、町や村の中には橋梁保全業務を担当する土木技術者がいない自治体も少なくないことが指摘されています。全国の橋の多くを市町村が管理する一方、その管理を担う専門人材は必ずしも十分ではありません。

人口減少は納税者を減らすだけではありません。

自治体職員も減ります。

建設会社も減ります。

土木技術者も減ります。

橋梁点検を行う企業、補修工事を行う事業者、交通誘導を担う人まで含めれば、橋を維持するためには多くの人が関わっています。

したがって30年後の橋梁問題は、

「自治体に予算があるか」

だけではありません。

「お金を出しても仕事をしてくれる人が地域にいるか」

という問題になっていく可能性があります。

全ての橋を永久に残せるとは限らない

ここまで考えると、一つの厳しい現実が見えてきます。

人口が減り、税収が減り、橋が一斉に老朽化し、技術者も減っていく社会で、現在存在する全ての橋を未来永劫そのまま維持することは難しいでしょう。

実際、国土交通省も道路橋について、地域の実情や利用状況に応じて「集約・撤去」を選択肢として検討する必要性を示し、地方公共団体向けの事例集を公表しています。

ここでいう集約とは、近くに別の橋や道路がある場合などに、複数の施設をすべて維持するのではなく、利用経路を整理して管理する施設数を減らしていく考え方です。

合理性はあります。

しかし現場では簡単ではありません。

行政から見れば利用者が少ない橋でも、そこを毎日使っている住民にとっては生活道路です。

橋をなくせば自宅から幹線道路までの距離が延びるかもしれません。

農地へ行けなくなる人もいるでしょう。

救急車や消防車の進入経路が変わる地区もあります。

だから橋の廃止は、単なる土木行政の問題ではありません。

「どの地域に今後も住み続けられる環境を残すのか」という、地域政策そのものになります。

予防保全という考え方

橋の老朽化対策には、大きく二つの考え方があります。

一つは、壊れたり大きく傷んだりしてから直す方法です。

もう一つは、傷みが小さい段階で補修し、大規模な修繕や架け替えが必要になる時期をできるだけ遅らせる方法です。

後者が予防保全です。

人間の健康管理と似ています。

病気が重症化してから治療するより、早期に発見して対応した方が負担を小さくできる場合があります。

橋も同じです。

小さなひび割れ、排水不良、腐食などの段階で対処できれば、構造全体が深刻に傷むまでの時間を延ばせる可能性があります。

国土交通省の2024年度末の集計では、建設後50年以上を経過した橋は2018年度末の約13万橋から約23万橋へ増えています。一方で、早期または緊急に措置が必要と判断された橋は約6万9千橋から約5万3千橋へ減少しており、修繕の進展も確認されています。

したがって、未来が単純に「橋が次々に壊れていく」という話ではありません。

点検し、早く補修し、必要な橋を選び、管理方法を変えることで延命できる余地はあります。

ただし、それを継続するためにも予算と人材が必要です。

地方では「橋の優先順位」を決める時代になる

これから重要になるのは、橋を一律に扱わないことでしょう。

例えば同じ老朽化した橋でも、

その橋がなくなると集落が孤立するのか。

近くに迂回できる橋があるのか。

救急車や消防車が使うのか。

通学路なのか。

一日の交通量はどの程度なのか。

代替道路まで何分余計にかかるのか。

こうした条件によって重要度は大きく違います。

人口減少社会では「全てを同じように維持する」という行政から、「どこを優先して残すのか」を判断する行政へ移らざるを得ない可能性があります。

ここで難しいのは、単純な利用者数だけでは決められないことです。

例えば一日に50台しか通らない橋と、5,000台通る橋があれば、交通量だけなら後者を優先するのが合理的です。

しかし50台の橋が、山間部の20世帯にとって唯一の生活道路だったらどうでしょう。

その橋を廃止すると20世帯が孤立するのであれば、社会的な重要度は交通量だけでは評価できません。

今後の地方インフラには、このような「少数者の生活をどこまで公共インフラで支えるか」という難しい問題が増えていきます。

30年後、橋を守るのは誰なのか

では、2050年代の地方の橋を誰が守るのでしょうか。

答えは、おそらく「今と同じ自治体が今と同じ方法ですべて管理する」ではありません。

自治体同士の広域連携。

国や都道府県による技術支援。

複数自治体での点検や補修の共同発注。

ドローンや画像解析など新しい点検技術。

橋の集約や撤去。

重要橋梁への予算集中。

こうした方法を組み合わせることになるでしょう。

それでも最後には、「どの橋を残すのか」という判断が必要になります。

そしてそれは、橋の問題だけではありません。

道路、水道、下水道、公共施設、学校、医療、交通。

人口減少社会では、これまで全国に広げてきた社会インフラを、今度は人口が減少する中でどう維持し直すかという逆方向の課題が始まっています。

橋は、その問題を最も分かりやすく見せる施設の一つです。

橋がなくなってから考えるのでは遅い

地方に暮らしていると、近所の小さな橋が地域の将来を左右するとはなかなか考えません。

しかし30年という時間で見ると状況は変わります。

住民は減ります。

高齢者は増えます。

自治体職員も建設業者も減る可能性があります。

一方で、橋そのものは古くなります。

人口が半分になっても橋が半分になるわけではありません。

むしろ残された住民ほど、車、救急、訪問介護、宅配など道路交通への依存度が高くなる可能性があります。

だから地方の橋梁問題は、

「古い橋をどう直すか」

という土木技術だけの話ではありません。

30年後、この地域で人が暮らし続けるために、どの道を残し、どの橋を守るのか。

そこまで考える必要があります。

目立たない小さな橋の向こうには、数軒の住宅しかないかもしれません。

しかし、その数軒に暮らす人にとって、その橋は病院へ行く道であり、食料を買いに行く道であり、救急車が入ってくる道でもあります。

地方の小さな橋を30年後誰が守るのか。

この問いは、言い換えれば、

人口が減った地域の暮らしを、社会全体としてどこまで守るのか。

という問いなのだと思います。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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病院や診療所で診察を受ければ、それで医療が完結するわけではありません。

薬を処方された場合、患者はその後に薬局へ行き、薬を受け取る必要があります。高齢者にとっては、病院まで行くことだけでなく、診察後に別の場所へ移動して薬を受け取ることまで含めて「通院」です。

人口減少が進む地方では、病院や診療所の将来が問題になる一方、薬局についてはあまり注目されません。しかし、医療機関が残っていても、近くに薬局がなくなれば、地域住民にとって医療へのアクセスは確実に変化します。

では、地方の薬局は30年後も現在と同じように近くに残っているのでしょうか。

最初に結論を述べると、地方から薬局そのものが一斉になくなる可能性は低いものの、「自宅や診療所の近くに薬局があり、営業時間中に薬剤師がいて、必要な薬をその場で受け取れる」という現在の形がすべての地域で維持されるとは考えにくいでしょう。

むしろ将来は、店舗の集約、営業時間の短縮、在宅訪問、オンライン服薬指導、薬の配送、広域的な薬局間連携などを組み合わせ、「薬局という店舗を残す」ことから「処方薬を受け取れる機能を残す」ことへ重点が移っていく可能性があります。

全国には6万を超える薬局があるが、地域差は大きい

厚生労働省の資料では、日本全国の薬局数は6万店を超えています。一見すると、薬局不足はそれほど深刻ではないようにも見えます。

しかし、全国の総数だけでは地方の実態は分かりません。

厚生労働省の統計では、薬局が一つもない町村も存在しています。また、薬剤師についても全国に均等に配置されているわけではなく、都市部へ集中する傾向があります。厚生労働省は薬剤師についても「偏在」という問題を政策課題として扱っています。

つまり、

全国に薬局が多い ≠ どの地域にも十分な薬局がある

ということです。

さらに、厚生労働省が2025年の中央社会保険医療協議会で示した資料では、薬局1店舗当たりの勤務薬剤師数は平均2.7人、処方箋枚数は1か月当たり約1,100枚とされています。比較的小規模な薬局が多いことが分かります。

地方の小規模薬局を考える場合、この「店舗数」だけでなく「何人の薬剤師で運営しているか」が重要になります。

30年後を考えるとき、人口だけを見てはいけない

国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、2020年の国勢調査を基準として、市区町村別人口を2050年まで推計しています。

2026年から30年後は2056年です。そのため、市区町村単位で「2056年に薬局が何店残るか」を現在の公的資料から正確に推計することはできません。

しかし、2050年までの人口推計を見るだけでも、多くの地方では人口減少が長期間続くことを前提に考える必要があります。

ここで注意しなければならないのは、

人口が30%減る = 薬の需要も30%減る

とは限らないことです。

医薬品を多く利用するのは高齢者層です。人口全体が減少しても、一定期間は高齢者の割合が高い状態が続く地域があります。

したがって、地域人口が減ったからといって、処方箋需要が同じ割合で減少するとは限りません。

問題になるのは、むしろ需要よりも供給側です。

薬局経営には、患者数が減っても残る費用がある

薬局にも固定的な費用があります。

店舗を営業するには、薬剤師や事務職員の人件費、建物の賃料や維持費、調剤設備、レセプトコンピューター、通信設備、医薬品在庫、電気料金などが必要です。

患者が1割減ったからといって、これらの費用をすべて1割減らせるわけではありません。

極端に考えれば、1日に100人の患者が来る薬局でも30人しか来ない薬局でも、営業する以上は一定時間、薬剤師を配置しなければなりません。

そのため、

患者数の減少率 ≠ 薬局運営費の減少率

となります。

これは人口減少地域のスーパー、病院、公共交通などにも共通する構造です。

患者数が一定水準を下回ると、地域には薬を必要とする住民がいても、店舗として採算を維持することが難しくなる可能性があります。

つまり、

需要がある ≠ 現在と同じ店舗形態で事業が成立する

という問題です。

薬剤師が確保できなければ店舗だけあっても機能しない

さらに重要なのが薬剤師です。

薬局は建物だけでは営業できません。

厚生労働省は薬剤師の地域偏在を把握するため、薬剤師偏在指標を整備しています。地域によって薬剤師の確保状況が異なること自体が、すでに政策上の課題になっています。

人口減少地域では、薬局経営の採算だけでなく、そこで働く薬剤師を継続的に確保できるかという問題が加わります。

例えば、経営者が高齢になって後継者がいない場合、患者が一定数残っていたとしても閉局する可能性があります。

チェーン薬局であっても、薬剤師を確保できなければ営業時間の短縮や店舗統合という判断が必要になるでしょう。

したがって将来の薬局を考える場合には、

薬局数 +薬剤師数 +営業時間 +必要な医薬品を供給できる能力

を一体として見る必要があります。

「近くに薬局がある」だけでは十分ではない

生活者にとって重要なのは、行政区域内に薬局が何店舗あるかではありません。

例えば、自宅から10km離れた場所に薬局が1軒残っていたとしても、自動車を運転できない高齢者にとって利用できるとは限りません。

診察を受けた病院から薬局まで移動しなければならない場合もあります。

また、営業時間が短くなれば、診療時間との組み合わせによっては当日に薬を受け取れないことも考えられます。

そこで、地域住民にとっての「薬へのアクセス」を、分析のために次のように整理できます。

薬へのアクセス =薬局・調剤拠点の存在 +薬剤師の確保 +必要な薬の在庫・調達能力 +営業時間 +患者の移動手段 +在宅訪問 +配送 +オンライン利用能力

これは公的な指標ではなく、問題構造を理解するための概念的整理です。

この式から分かるのは、薬局が1店舗減ったから直ちに地域医療が維持できなくなるわけでもなければ、1店舗残ったから安心ともいえないということです。

オンライン服薬指導があれば解決するのか

将来の有力な選択肢の一つがオンライン服薬指導です。

薬剤師と情報通信機器を使って服薬指導を行うことで、患者が毎回薬局まで移動しなくてもよい場面を増やせます。

厚生労働省も、オンライン服薬指導や電子処方箋などを含む薬局業務のデジタル化を進めています。

地方では非常に重要な仕組みになる可能性があります。

ただし、

オンライン服薬指導ができる = 薬局へのアクセス問題がすべて解決する

わけではありません。

薬そのものは患者の手元へ届ける必要があります。

スマートフォンや通信環境を利用できることも前提になります。

高齢者が自分で電子処方箋、オンライン予約、ビデオ通話、決済などを操作できるかという問題もあります。

さらに、薬剤師そのものが不足していれば、オンラインに切り替えただけでは人的資源は増えません。

デジタル化は「患者の移動」を減らすことはできますが、「薬剤師が必要」という構造までなくすものではありません。

在宅訪問も万能ではない

在宅療養者に対して薬剤師が訪問する仕組みも重要になります。

特に自動車を運転できない高齢者、寝たきりの人、複数の薬を使用している人にとって、薬剤師が自宅を訪問して薬の管理まで確認することには大きな意味があります。

一方で、訪問サービスには地方特有の問題があります。

利用者の家が離れていれば、薬剤師は移動しなければなりません。

訪問薬剤師の勤務時間を単純化すると、

勤務時間 =服薬管理・指導時間 +移動時間 +調剤時間 +記録・連絡・調整時間

となります。

これも公式指標ではなく、構造を理解するための整理です。

人口密度が低い地域では、患者が減っても一人当たりの移動距離は短くなりません。

これは訪問看護や訪問介護と同じ問題です。

患者が薬局へ行かなくてよくなる代わりに、薬剤師が患者のところへ移動することになります。

したがって、在宅訪問を増やせばすべて解決するわけではありません。

30年後に残りやすい薬局と残りにくい薬局

以上を考えると、将来も残りやすいのは、単に現在患者数が多い薬局だけではないでしょう。

地域の複数医療機関から処方箋を受け付けられ、在宅医療にも対応し、必要に応じてオンライン服薬指導や配送を利用できる薬局ほど、地域医療の拠点として残る可能性があります。

厚生労働省も、外来時だけでなく在宅医療や入退院時の情報連携などに対応する「地域連携薬局」の制度を設けています。

反対に、特定の一つの診療所からの処方箋への依存度が高く、地域人口が減り、後継者がおらず、薬剤師の採用も難しい小規模薬局は、今後厳しい条件になる可能性があります。

ただし、個別薬局の将来の閉店・存続可能性は経営情報が公開されていないため、外部から正確に判断することはできません。

将来は「各地区に1店舗」より広域ネットワークになる可能性がある

人口が大幅に減少した地域で、すべての薬局を現在と同じ店舗数、同じ営業時間で維持することは現実的でない場合があります。

一方で、薬局を大きな都市へ集中させるだけでは、自動車を運転できない高齢者の負担が増えます。

そこで現実的なのは、

一定規模の調剤拠点 +診療所との連携 +在宅訪問 +オンライン服薬指導 +配送 +地域交通

を組み合わせる方法でしょう。

これは、現在の薬局をすべてそのまま残す考え方とは異なります。

守る対象を、

「薬局という店舗」から「住民が必要な薬を安全に受け取れる機能」へ変える

ということです。

病院が残っていても、薬を受け取れなければ医療アクセスは完成しない

地方医療を考えるとき、病院数や医師数が注目されやすいのですが、住民の生活から考えると、その後の処方薬まで含める必要があります。

特に高齢者の場合、

自宅から病院へ行き、診察を受け、薬局へ移動し、薬を受け取り、自宅へ戻るところまでが一連の医療行動です。

したがって、

病院で診察を受けられる ≠ 必要な薬まで受け取れる

と考える必要があります。

今後、地方の医療機関が集約されれば、病院と薬局の立地も変わっていく可能性があります。そのとき、医療提供者側の効率だけでなく、患者本人の移動時間、家族による送迎、交通費、待ち時間まで含めて評価する必要があります。

地方の薬局はなくなるのではなく、「形」が変わる可能性が高い

30年後の地方で、現在と同じ数の薬局が、現在と同じ場所で、現在と同じ営業時間を維持している可能性は高いとはいえません。

人口減少、患者数の変化、薬剤師の地域偏在、後継者問題、店舗経営の固定費などを考えれば、一定の集約は避けにくいでしょう。

しかし、それは直ちに「地方では薬を受け取れなくなる」という意味でもありません。

調剤拠点を集約しながら、電子処方箋、オンライン服薬指導、在宅訪問、配送、地域交通などを組み合わせれば、薬局店舗が減っても薬へのアクセスを維持できる地域はあります。

重要なのは、薬局数を守ることそのものではありません。

30年後も、住民が必要なときに、必要な薬を、安全に、無理のない移動と負担で受け取れるか。

地方の薬局問題は、この視点から考える必要があります。

人口減少社会で守るべきなのは「現在と同じ店舗配置」ではなく、地域住民が処方薬へ到達できる仕組みそのものではないでしょうか。

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