地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

外房の政治を考えるとき、東京から何キロ離れているかだけを測っても、この地域が抱える本当の「遠さ」は見えてこない。

人口密度が低く、市町村の規模は比較的小さい。鉄道、道路、河川、医療、介護、防災といった生活基盤の多くは、一つの自治体だけでは完結しない。それでいて、地域が国へ何かを求めようとすれば、一つ一つの町の人口や財政規模は東京の自治体とは比較にならないほど小さい。

こうした地域では、国会議員は単に法律へ賛否を示す人ではない。複数の自治体から上がってくる声を束ね、県庁や中央省庁へ運び、国の制度と地域の現実をつなぐ回路にもなる。

その回路の一つを、房総東部で36年以上にわたって担ってきたのが森英介である。

1990年2月の第39回衆議院議員総選挙で初当選してから、2026年2月の第51回総選挙まで13回連続で当選し、同月18日には第81代衆議院議長に就任した。衆議院の公式経歴には、法務大臣、厚生労働副大臣、厚生労働委員長、原子力問題調査特別委員長、憲法審査会長などが並ぶ。議長就任後は衆議院の会派上「無」とされ、衆議院英語版プロフィールも、議長就任前は自由民主党所属だったことを明記している。地方選出の衆議院議員としては、国会の頂点に近いところまで歩いた政治家である。

ただし、ここで最初に一つ線を引いておきたい。

森英介を「外房の政治家」と呼ぶことはできるが、千葉11区そのものが外房だけで構成されているわけではない。現在の選挙区は茂原市、東金市、勝浦市、山武市、いすみ市、大網白里市に加え、山武・長生・夷隅の郡部まで含む広域選挙区である。海沿いの外房だけでなく、農村、地方都市、観光地、東京圏の外縁部まで性格の異なる地域を抱えている。

だから森英介の36年を考えることは、一人の政治家の成功物語を読むことではない。

むしろ、房総東部という広い地域が36年間、中央政治とどのようにつながってきたのかを考えることである。

技術者から政治家へ~ただし、出発点は世襲でもあった

森の経歴には、地方政治家として少し珍しいところがある。

東北大学工学部を卒業した後、川崎重工業に勤務し、原子力プラントの溶接に関する研究成果によって1984年に名古屋大学から工学博士号を取得した。1974年から1988年まで企業に勤務しており、若いころから秘書や地方議員として政治の世界だけを歩いてきた人物ではない。40歳前後まで技術者として企業社会に身を置いた経験は、その後、労働、社会保障、原子力など専門性の高い分野を担当した経歴とも無関係ではないだろう。

しかし、森の政治家としての出発点を「技術者が一念発起して選挙へ挑み、ゼロから地盤を築いた」と描けば、事実の半分しか見ていないことになる。

父の森美秀は衆議院議員を務め、第2次中曽根内閣では環境庁長官に就任した人物だった。森英介が1990年に初当選した旧千葉3区には、父の政治活動によって形成された人脈や支持基盤が存在していたとみるのが自然である。少なくとも、まったく政治的な基盤を持たない新人候補と同じ条件からスタートしたわけではない。父の森美秀が環境庁長官を務めたことは首相官邸の歴代内閣資料でも確認できる。

世襲であることと政治家として有能であることは、論理的には別の問題である。

有利な初期条件を得た政治家が、その後三十数年間にわたって国会で役割を与えられ続けるかどうかは、また別の能力を必要とする。一方で、13回当選という結果をすべて本人の能力だけで説明することもできない。地域の保守地盤、政党支持、後援会、父から受け継いだ政治資産、対立候補の強弱など、複数の要因が重なっている。

政治家の評価で難しいのは、まさにここである。

結果は見えるが、その結果を生んだ変数は一つではない。

国政では「何もしていない長老議員」ではない

それでも、国会での森の履歴をたどると、単に選挙に強かっただけの政治家とは言いにくい。

労働政務次官、厚生労働委員長、厚生労働副大臣、法務大臣、憲法審査会長など、制度設計と法律審議に関わる役職を長く経験している。2015年には永年在職議員として衆議院から表彰され、2026年には議長へ至った。

社会保障分野では、2002年の健康保険法改正時に衆議院厚生労働委員長を務めたことが国会会議録から確認できる。健康保険の本人負担などをめぐって与野党が激しく対立した法案で、森は委員会の審査結果を本会議で報告した。野党側から委員長解任決議案まで提出されたことを考えれば、政策内容への評価は別として、当時の社会保障改革の政治過程で重要な位置にいたことは間違いない。

ここには資料を読む際の注意点もある。

自由民主党が過去に掲載した森の実績紹介には、「2006年、衆院厚生労働委員長として健康保険法改正案の成立に尽力した」という趣旨の記載がある。しかし、2006年5月の国会会議録を確認すると、その健康保険法等改正案を審議した衆議院厚生労働委員長は岸田文雄である。森が同委員長として健康保険法改正を扱ったことが確認できるのは2002年であり、2006年については資料間に齟齬がある。したがって本稿では、2006年の改正を森個人の実績として数えない。

政治家の功績を検証するとき、本人や政党が「実績」と呼んでいるものをそのまま採用しないことは重要である。

法務大臣時代に見える、評価の分かれる政治家像

森が初入閣したのは2008年の麻生内閣で、法務大臣だった。

この時期の仕事の一つが国籍法改正である。2008年6月、最高裁判所は、日本人の父から出生後に認知された子について、父母が結婚しているかどうかで日本国籍取得に差を設ける当時の制度の一部を違憲と判断した。森は法務大臣として、判決を重く受け止め、憲法に適合する制度へ改めるため国籍法改正案を国会へ提出したと答弁している。法案は衆議院法務委員会で全会一致で可決された。

これは森が独自の政策思想を一人で実現したという性格のものではない。最高裁判決によって生じた法制度上の問題を、行政と立法を通じて解消する法務大臣としての仕事だったと捉える方が正確である。

一方、同じ法務大臣時代には死刑執行という、より重い判断もあった。

森の在任中には2008年10月に2人、2009年1月に4人、同年7月に3人、合計9人の死刑が執行されたことが当時の記録から確認できる。死刑制度を維持する現在の法律に基づき、確定判決を執行する法務大臣の職務だったと評価する立場がある一方、死刑廃止や執行停止を求める立場からは強い批判も出た。東京弁護士会も当時、森法相による執行に反対する声明を公表している。

したがって、「決断力のある法相だった」と賞賛だけでまとめるのも、「多数の死刑を執行した法相だった」と批判だけでまとめるのも公平ではない。

確認できる事実は、森が法務大臣として死刑執行命令という非常に重い権限を複数回行使したことである。その是非は、日本の死刑制度そのものへの立場によって評価が分かれる。

政治家論では、事実と価値判断を同じ文章の中で混ぜないことが必要になる。

では、外房に何を残したのか

森を国政だけで評価するのであれば、法務大臣や衆議院議長まで務めた13期のベテラン議員という結論で終わる。

しかし地域分析ブログで本当に知りたいのは、別のことである。

森が中央で偉くなったことによって、外房の暮らしは何か変わったのか。

地方選出議員を評価するとき、この問いほど簡単そうに見えて難しいものはない。

道路が完成したとき、政治家は「実現しました」と語る。しかし道路は一人の政治家が造るわけではない。国土交通省、県、市町村、道路会社、財務当局、議会、地権者、地域団体など、多数の主体が何年、時には何十年も関わっている。

河川改修も鉄道も同じである。

そのため、「森が圏央道を造った」「森がいたから河川改修が実現した」という説明には慎重でなければならない。森が事業を要望したことと、その事業が完成したことの間には、多くの主体と多くの条件が存在するからである。

ただし、森が地元自治体と中央政府をつなぐ活動を長期間行ってきたことについては、公的資料からかなり具体的に確認できる。

勝浦市では2008年、国道128号と297号のアクセス改善を求め、市長、市議会、商工会、観光協会などの関係者が森をはじめとする国会議員や国土交通省へ要望活動を行ったことが市議会記録に残っている。

いすみ市では、外房線の快速列車を勝浦まで延伸することなどを求める要望書を、「森英介衆議院議員と共に」国土交通副大臣、東日本旅客鉄道本社、千葉支社へ提出したことが市の広報資料に明記されている。

御宿町でも、御宿駅へのエレベーター設置をめぐり、2017年度と2019年度に森へ要望文書を提出している。さらに御宿駅エレベーター設置整備事業等促進協議会では、森が顧問となっていた。もっとも、町の資料を読むと、事業は町と東日本旅客鉄道、国土交通省などとの長年の協議によって進められており、エレベーター整備を森個人の成果とみなすことはできない。

茂原市でも、一宮川水系の河川整備をめぐって同じ構図が見える。2024年12月、茂原市議会は河川整備促進の要望書を県選出国会議員へ提出し、森へ直接要望書を手渡した様子も市議会広報に掲載されている。

こうした資料から言えることと、言えないことを分ける必要がある。

森が外房の道路、河川、鉄道を一人で動かしていたことは証明できない。

しかし、地域の首長や議会が国へ何かを求める際、森がその経路の一つとして繰り返し使われてきたことは確認できる。

森の地域政治家としての最大の機能は、「自分が事業を完成させた」というより、自治体から中央政府へつながる政治的な窓口を長期間維持したことにあったと考える方が、資料に忠実である。

13回の当選を、どこまで「地域からの支持」と読めるのか

36年以上政治家であり続けるには、いくら強い地盤を持っていても選挙で勝ち続けなければならない。

2026年2月8日の総選挙でも森は千葉11区で102,843票を獲得し、50,561票の多ケ谷亮、13,783票の椎名史明を大きく上回って13回目の当選を果たした。得票率にすると61.5パーセントである。

この数字だけを見れば強い。

しかし、選挙の数字は分母を変えると別の景色になる。

千葉11区の2026年の有権者数は342,740人だったため、森への102,843票は全有権者の約30.0パーセントに相当する。つまり、有効投票の中では6割を超える圧勝であっても、「選挙区の住民の6割が森を積極的に支持した」と読むことはできない。

もちろん、これは森だけに当てはまる問題ではない。

民主主義の選挙では、投票しなかった人の意思を特定できない以上、選挙結果は原則として投票した有権者の選択から議席を決める。それでも、「圧倒的な支持」という政治的表現を使うなら、有効票を分母にしているのか、有権者全体を分母にしているのかを区別する必要がある。

数字は森の強さを示している。

同時に、数字だけで地域全体の意思を語ることの危うさも示している。

有力政治家が36年いても、人口減少は止まらなかった

森の政治家人生と外房の変化を重ねると、一つの厳しい現実が浮かぶ。

夷隅地域では、2021年の人口69,459人が2025年には64,248人となり、4年間で7.5パーセント減少した。同じ期間に65歳以上人口の割合は43.4パーセントから45.3パーセントへ上昇している。2025年の千葉県統計では、県内11地域の中で夷隅地域の老年人口割合45.3パーセントが最も高かった。

さらに、別の統計系列である千葉県毎月常住人口調査では、2026年6月1日の夷隅地域人口は60,795人とされている。統計の基準が異なるため2025年の64,248人と単純な連続値として比較することは避けるべきだが、地域人口が長期的な減少局面にあること自体は明らかである。

ここで、「森英介が36年間議員だったのに人口が減った。だから森は役に立たなかった」と結論づけるのは間違っている。

人口は一人の国会議員によって決まる変数ではない。

出生と死亡、大学進学、就職、住宅、賃金、産業構造、交通、医療、結婚、東京への人口集中など無数の条件が関係する。森が議員ではなかった場合に外房がどうなっていたのかという比較対象も存在しない。

統計学や因果推論の考え方を用いるなら、私たちが観測できるのは「森がいた外房」だけである。

「森がいなかった外房」を同じ36年間並行して観察することはできない。

したがって、現在の人口減少を森個人の失敗に帰属させることもできなければ、道路整備などによって人口減少がもっと大きくなることを防いだ可能性を排除することもできない。

それでも、一つだけ確実に言えることがある。

長期在職の有力国会議員が存在するだけでは、人口減少という地方の構造問題を止めることはできなかった。

これは森英介個人への批判ではない。

むしろ、一人の有力政治家が国から予算や事業を引き出せば地方は発展する、という20世紀型の地方政治モデルの限界を示している。

森英介は外房に「必要」だったのか

では、最初の問いへ戻ろう。

森英介は外房に必要な政治家だったのか。

この問いに、72点や85点といった数字を与えることはしない。

国政での影響力、地域要望への関与、道路整備への寄与、人口減少への影響などは測定単位が異なり、それぞれを恣意的な重みで足し合わせても、科学的な総合点にはならないからである。数理的に考えるとは、何でも数字にすることではない。測定できないものを測定できるように装わないことも、数理的な態度の一部である。

そこで、評価を一つの数字へ畳み込まず、それぞれの事実を分けて考える方がよい。

国政における影響力については、評価は高くならざるを得ない。13回当選し、法務大臣、厚生労働副大臣、憲法審査会長を経て衆議院議長まで到達した人物を、国会内で影響力の乏しい政治家だったと評価するのは無理がある。

地域と中央を結ぶ機能についても、勝浦、いすみ、御宿、茂原など複数の自治体資料から、森が要望活動の経路として使われてきたことが確認できる。この点でも「地元との関係を持たない中央政治家だった」という評価は成り立たない。

一方で、地域の道路や河川、鉄道などについて、どこまでを森個人の功績と呼べるのかは判定できない。公共事業は多数の主体の共同成果だからである。

さらに、人口減少、高齢化、公共交通、医療、人手不足といった外房の根本問題を森が解決したとは言えない。しかし、それを一国会議員だけの責任とすることも合理的ではない。

ここまで整理すると、結論はかなり限定されたものになる。

森英介は、外房・房総東部にとって価値の高い政治家だった可能性は高い。しかし、「森英介でなければならなかった」「森英介がいなければ地域が維持できなかった」とまで証明できる材料はない。

「役に立った」と「不可欠だった」は違うのである。

36年という長さが生んだもの、失わせたかもしれないもの

長期在職には、明らかな利点がある。

数年で交代する新人議員と、13期を重ねて大臣や委員長を経験した議員とでは、省庁、政党、国会内に蓄積された人脈や制度知識が同じであるはずがない。

小さな町の首長が霞が関へ要望に行くとき、中央政府との接点を持つ有力議員がいることには実務的な価値がある。

しかし、同じことを反対側から見ると、長期在職には別の問題もある。

地域の政治が一人の有力者を中心に組み立てられる期間が長くなるほど、「まず森英介へ相談する」という回路は太くなる。その回路が太くなれば便利だが、その人物がいなくなったときの代替回路が十分に育っているとは限らない。

森自身が父の政治基盤を引き継いだ世襲政治家であることを考えれば、この問題はさらに興味深い。

一人の政治家の能力を問う問題というより、地方が政治的なアクセスをどのように世代交代させるのかという問題になるからである。

政治家を一種の社会資本だと考えるなら、一人の非常に強い政治家へ依存する仕組みは短期的には効率がよい。

だが、システムとして見れば冗長性が低い。

一本の太い回線が切れたとき、別の回線へ切り替えられるのか。

森が強い政治家だったことと、外房の政治システムそのものが強かったことは同じではない。

「何を造る政治」から「何を残せるかを選ぶ政治」へ

森が初当選した1990年、日本はまだバブル経済の終盤にいた。

地方政治の大きなテーマは、高速道路を延ばし、道路を改良し、施設を造り、東京との時間的距離を縮めることだった。人口も税収も将来には増えるという発想が、少なくとも現在より強く残っていた。

36年後、外房が直面している問題はかなり違う。

これから問われるのは、新しい道路を造れるかだけではない。

すでに存在する道路や橋を誰が修繕するのか。水道管を誰が交換するのか。利用者の減った鉄道をどこまで維持するのか。病院まで行けなくなった高齢者を誰が運ぶのか。介護職員、電気工事士、水道工事業者、消防団員が減った地域で、生活そのものをどこまで維持できるのか。

政治の目的が「増やすこと」から「減少する社会の中で何を守るか」へ変わりつつあるのである。

森英介という政治家は、公共事業によって地方を成長させようとした時代から、人口減少を前提に地方を再設計しなければならない時代までを、一つの選挙区で見続けてきた。

その意味で、森の36年間は一人の政治家の履歴であると同時に、日本の地方政治そのものが変わってきた36年間でもある。

森英介の36年が外房に残す最後の問い

森英介を礼賛する必要もなければ、長く議席を守ったことだけを理由に否定する必要もない。

公的資料から確認できる範囲では、森は国政で相当な地位を築き、外房・房総東部の自治体が中央政府へ要望するときの政治的な窓口として長期間機能してきた。

それは地域にとって無価値ではなかった。

むしろ、小規模自治体が多いこの地域では相応の価値を持っていた可能性が高い。

しかし、その36年間にも人口は減り、高齢化は進み、鉄道、医療、交通、インフラ維持という問題は残った。

そこから導かれるのは、「森英介が失敗した」という単純な結論ではない。

一人の有力政治家が地方の未来を背負うという政治モデルそのものに限界がある、ということである。

政治家の本当の価値は、その人がいる間に何件の事業を実現したかだけでは測れない。

その人がいなくなった後にも、自治体が国と交渉できること。次の政治家が育つこと。地域の側が自ら数字を読み、優先順位を決められること。人口が減っても生活を維持できる制度をつくること。

そうした仕組みまで残せるかどうかが、人口減少時代の地方政治では重要になる。

森英介は外房に必要な政治家だったのか。

確認できる事実から判断するなら、外房にとって必要性の高い政治家だった、と評価するのが妥当だろう。

しかし、不可欠だったとは言えない。

そして、一人の政治家を不可欠な存在にしてしまう地域政治が、本当に健全なのかという別の問いも残る。

1990年に初当選した技術者出身の世襲政治家は、36年後、衆議院議長まで上り詰めた。2026年2月18日の議長選挙では464票中463票を得て選出され、国政における政治人生は一つの到達点を迎えた。

だが、地域にとって重要なのは、その到達点そのものではない。

森英介ほど長く、森英介ほど中央に太い回線を持つ政治家がいつかいなくなったときにも、外房は自分たちの生活を守れるのか。

森英介の36年を評価するという作業の最後に残るのは、過去の政治家への採点ではない。

「強い政治家がいなくても持続できる外房を、これからつくれるのか」という、地域自身への問いなのである。

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不動産情報を眺めていると、ときどき時間が二十年ほど巻き戻ったような価格の住宅に出会う。

土地付き一戸建て、500万円。

都会で暮らしてきた人なら、最初は何かの間違いではないかと思うかもしれない。500万円なら、自動車一台とそれほど変わらない。月6万円の家賃を30年間払い続ければ2160万円になるのだから、500万円で家を買えるなら、どう考えても買った方が得ではないか。そんな計算が頭に浮かぶのも自然なことである。

しかも、この500万円という数字は、外房では空想の価格ではない。2026年8月時点のいすみ市では、大原に498万円、岬町中原に500万円、岬町榎沢に450万円、高谷には520万円の中古戸建てが確認できる。もちろん、それがいすみ市の中古戸建住宅全体の平均的な価格だという意味ではない。築年数が古い、建物が小さい、駅から離れている、あるいは何らかの修繕を必要としているといった条件を伴う低価格帯の住宅である。

この記事でいう「500万円の中古住宅」とは、まさにそうした家を想定している。

ここでいう500万円の住宅は、中古戸建て全体の平均的な価格を意味するものではない。外房など人口減少地域で実際に見られる、築年数が古い低価格帯の戸建住宅を想定したモデルケースである。

問題は、この500万円という数字を、私たちは家の「値段」だと思ってしまうことである。

実は、それは30年間続く住宅費の入口に書かれた数字にすぎない。

500万円の家を買った日から、もう一つの時計が動き始める

スーパーで500円の商品を買えば、500円を払ったところで取引はほぼ終わる。自動車でさえ購入後に維持費はかかるものの、最後には廃車にして所有を終わらせることができる。

住宅は少し違う。

家を買った瞬間、そこから新しい支払いの時計が動き始める。

登記をしなければならない。不動産会社の仲介で購入すれば仲介手数料が発生することがある。不動産取得税も条件によって生じる。古い家なら、鍵を受け取った翌日からそのまま30年間暮らせるとは限らず、給湯器、台所、浴室、トイレ、床、屋根、外壁などのどこかに手を入れる必要が出てくる。

特に低価格の住宅では、購入価格が安いからといって諸費用まで同じ割合で安くなるわけではない。

現在、800万円以下の「低廉な空家等」の売買では、一定の場合、不動産業者が依頼者一人から受け取る仲介手数料について税込33万円を上限とする特例が設けられている。500万円の住宅に33万円なら、それだけで購入価格の6%を超える。

一方で、中古住宅には不動産取得税の軽減制度もある。千葉県では2026年4月1日以降に取得した自己居住用中古住宅について、床面積や耐震性能など一定の条件を満たせば軽減を受けられる。つまり実際の取得費は、築年数や建物の状態、取引方法によってかなり違ってくる。

そこで今回は、個別物件の正確な見積もりをするのではなく、取得時の仲介、登記、税、各種手続きなどをまとめて70万円程度と置く。

すると500万円の家は、まだ一度も修理をしていない段階ですでに570万円になっている。

しかし、本当に大きなお金が動き始めるのは、その後である。

中古住宅を買うということは、家の「過去」も買うことである

築35年の中古住宅を買ったとする。

購入者にとっては、その日が住宅所有の1日目である。しかし家にとっては35年目のある一日にすぎない。

ここに中古住宅を考えるときの大きな錯覚がある。

新築を買って30年間住むなら、建物は0歳から30歳になる。ところが築35年の家を買って30年間住めば、最後には築65年になる。

自分が30年間しか使っていなくても、屋根は65年間雨を受けているかもしれない。外壁も65回の夏と冬を経験することになる。給排水管や床下、柱、基礎も同じ時間を過ごしている。

国土交通省が示す木造戸建住宅の維持保全計画の例でも、住宅は建てた後そのまま放置することを前提としていない。基礎などは5年ごとの点検例が示され、屋根では20年程度で全面的な葺き替えを検討する例、外壁では15年程度で全面補修を検討する例などが示されている。

つまり家というものは、一度完成したら30年間そのまま存在する商品ではない。

少しずつ部品を取り替えながら、同じ家であり続けるものなのである。

中古住宅なら、その交換時計がすでに途中まで進んだ状態で手渡される。

だから500万円で買った家に、その後いくらかかるかは、売買価格だけを見てもほとんど分からない。

そこで、30年間の未来を三つに分けて考えてみよう。

最初の未来~大きな故障に恵まれた「低修繕ケース」

最も幸運な場合から考えてみる。

500万円で購入した家の状態が比較的よく、購入後に必要な修繕が小さかったとする。入居時の修繕は50万円程度で済み、30年間を通じた小規模修繕を120万円、屋根や外壁などの比較的大きな修繕を150万円、給湯器や住宅設備の交換を150万円程度に抑えられたとしよう。

さらに30年間の固定資産税を120万円、住宅に関する保険を90万円、突然の故障などに備える予備費を60万円とする。取得時諸費用70万円も加える。

この場合、30年間で住宅に投じる総額は約1310万円になる。

500万円だった家が1310万円になるのだから、それでも購入価格の2.6倍ほどである。

ところが360か月で割ると、月あたり約3万6400円になる。

この数字だけを見るなら、低価格中古住宅はかなり強い。

月6万円の賃貸住宅なら30年間の家賃だけで2160万円になる。それに対して1310万円で30年間住めるのであれば、途中で家の価値がかなり下がったとしても、経済的には持ち家に魅力がある。

おそらく、格安中古住宅を購入して成功したと感じる人が経験しているのは、この世界に近い。

しかし、これは家が比較的健康だった場合の話である。

築古住宅を購入するとき、誰もがこの未来を選べるわけではない。

二つ目の未来~家が普通に老いていく「標準ケース」

もう少し現実の時間を家に流してみよう。

購入後、浴室や給湯器などに手を入れ、入居時の修繕に200万円かかったとする。その後30年間の間に、細かな故障や補修で200万円、屋根や外壁などの大きな修繕で300万円、給湯、水回り、住宅設備などの更新に250万円が必要になったとする。

固定資産税を30年間で180万円、保険を120万円、予期しない修理への予備費を120万円として、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を加える。

総額は約1940万円になる。

これは購入価格の約3.9倍である。

月額に直すと約5万3900円となる。

ここまで来ると、月6万円の賃貸住宅とかなり近づいてくる。

もちろん、この二つは単純には比較できない。

賃貸の2160万円は家賃だけであり、更新費用や家財保険などが別にかかる場合がある。一方、持ち家にも今回の計算には含めていない家具・家電、庭木管理などが発生することがある。

さらに決定的に違うのは30年後である。

賃貸住宅に2160万円を支払っても、通常その住宅は自分の財産にはならない。しかし持ち家なら、30年後にも土地と建物が残る。

だから標準ケースなら、「500万円の家が1940万円もかかった」と考えるだけでは公平ではない。

30年間住んだうえで、最後に何が残るのかまで考えなければならない。

ところが地方の住宅では、その「最後に残るもの」が必ずしも財産とは限らないところに問題がある。

三つ目の未来~修繕が重なった「高修繕ケース」

中古住宅の怖さは、何か一つが壊れることではない。

古い家では、同じ時期にいくつもの設備が寿命を迎えることがある。

屋根を直した翌年に給湯器が壊れ、その数年後には外壁が傷み、そのあとに浴室や配管に問題が現れる。人間の老化と同じで、一つの部位だけが時間から取り残されるわけではないからである。

そこで高修繕ケースでは、入居時に400万円の修繕が必要だったとする。30年間の細かな修繕を300万円、屋根や外壁などの大規模修繕を500万円、給湯、水回り、住宅設備の更新を350万円とする。

さらに固定資産税240万円、保険150万円、想定外の補修に備える予備費250万円を見込み、購入価格500万円と取得諸費用70万円を加える。

30年間の総額は約2760万円となる。

月額では約7万6700円である。

500万円だった家が、30年後までの支出で2760万円になる。

ここまで来ると、月6万円の家賃を30年間支払った2160万円を上回る。

しかも、この2760万円には住宅ローンを使った場合の金利を含めていない。耐震補強が必要になった場合の大規模工事も含めていない。浄化槽など個別設備の大規模な問題、災害による損害、最後に建物を解体する費用も含めていない。

したがって、状態の悪い築古住宅では3000万円を超える世界も十分あり得る。

しかし、そのことは500万円の中古住宅が危険だという意味ではない。

むしろ重要なのは、500万円という販売価格からは、1310万円の未来も2760万円の未来も見分けられないということである。

500万円の家には三つの値段がある

今回の計算を振り返ると、同じ500万円の家でも30年間の総額は大きく変わった。

状態がよく修繕が少なければ約1310万円、標準的に修繕が続けば約1940万円、大きな修繕が重なれば約2760万円である。

差は1450万円にもなる。

興味深いのは、購入価格が500万円であることは三つのケースでまったく同じだという点である。

つまり中古住宅では、購入価格そのものよりも、「これから壊れるもの」の方が最終的な住宅費を左右する場合がある。

500万円の家と700万円の家を比較して、500万円の方が200万円安いから得だと考える。しかし700万円の家では屋根と水回りがすでに更新されていて、500万円の家では数年以内に両方を直さなければならないとしたら、最終的には700万円の家の方が安いかもしれない。

安い住宅を探しているつもりで、私たちはしばしば「安い購入価格」を探している。

しかし本当に探すべきなのは、「安く30年間住める家」なのである。

この二つは似ているようで、まったく違う。

固定資産税も「500万円の1.4%」ではない

ここでもう一つ、よく誤解される数字を整理しておきたい。

いすみ市の固定資産税率は1.4%である。しかし500万円で住宅を購入したから、毎年500万円の1.4%である7万円を払うという意味ではない。

いすみ市によれば、固定資産税は土地や家屋などを評価して価格を決定し、その価格を基に算出された課税標準額に税率1.4%を掛けて計算する。原則として固定資産評価額が課税標準額になるが、住宅用地などでは特例措置が適用された後の額が課税標準になることがある。したがって、中古住宅をいくらで買ったかだけでは実際の固定資産税額は決まらない。

また、古い建物では建物部分の評価額が低下していくことがある一方、土地は残る。

今回、30年間の固定資産税を120万円から240万円と幅を持たせたのは、このためである。

これは実際のいすみ市の特定物件について税額を推計した数字ではなく、30年間の総費用を考えるためのモデル値である。実際に購入を検討する場合には、売主や不動産会社から固定資産税の課税明細などを確認して計算する必要がある。

住宅費の計算で大切なのは、精密そうに見える一つの数字を作ることではなく、何がその数字を動かすのかを理解することである。

そして30年後、築65年の家が残る

500万円で築35年の家を買った人が30年間そこに住めば、家は築65年になる。

その日まで大切に直してきたのだから、当然それなりの価値が残ると思いたくなる。

しかし不動産の価値は、住宅にいくら修繕費を投じたかだけでは決まらない。

買いたい人がいるかどうかによって決まる。

ここで人口減少地域の住宅問題が現れる。

30年後、人口が現在より減り、周囲にも空き家が増えていたとする。中古住宅を探す人より、売りたい住宅の方が多い地域になれば、自分の家だけが希望価格で売れるとは限らない。

300万円で売れるかもしれない。

100万円かもしれない。

あるいは値段を下げても買い手が現れないかもしれない。

これは「資産価値が下がる」という言葉だけでは十分に表現できない。

地方住宅の30年後にとってもっと重い問題は、値段ではなく「市場から退出できるか」ということである。

自動車なら、古くなれば廃車にできる。

家は建物を壊すことはできても、土地まで消すことはできない。

土地を所有している限り、管理の問題は残る。

だから地方で中古住宅を購入するとき、最初に考えるべき質問は、

「この家を買えるか」

だけではない。

「30年後、この家を誰かに渡せるか」

まで含めなければならないのである。

安い中古住宅が悪いわけではない

ここまで読むと、500万円の中古住宅を買うこと自体が危険だという結論に見えるかもしれない。

そうではない。

今回の低修繕ケースなら30年間の総額は約1310万円で、単純な月額換算なら約3万6400円である。住宅の状態がよく、自分の生活に適した場所にあり、長期間住むのであれば、これは十分に合理的な住宅選択になり得る。

むしろ問題なのは、安い中古住宅を「500万円の買い物」と理解することである。

本当は500万円で一つの建物を買っているのではない。

これから30年間続く、屋根、外壁、配管、給湯器、税金、保険、庭、土地、そして最後の処分までを含んだ長い時間を買っている。

だから家を見るときには、価格欄だけを見るのでは足りない。

屋根はいつ直したのか。外壁はいつ補修したのか。給湯器は何年使っているのか。雨漏りはないか。床下に問題はないか。水道管や排水はどうなっているのか。

それらは住宅の「状態」を確認しているように見えるが、本当は未来の請求書を読んでいるのである。

500万円の値札の横には何も書かれていない。

しかし、その家の中には、すでに次の300万円、次の100万円、次の50万円の支払い時期が隠れているかもしれない。

「安い家」ではなく「30年間安く住める家」を探す

今回の試算には大きな幅が生まれた。

低修繕なら1310万円。

標準なら1940万円。

高修繕なら2760万円。

同じ500万円の中古住宅を起点にしても、30年間ではこれほど違う。

だから「500万円の家は30年間でいくらかかるのか」という問いに、一つの正解はない。

むしろ答えは、

およそ1300万円台で済む可能性もあれば、2000万円前後になり、状態次第では2700万円を超えることもある

という幅で考えるべきなのである。

そしてこの計算から、もう一つ重要なことが見えてくる。

中古住宅で200万円値切ることより、購入前に300万円の修繕を避けられる家を見つける方が、家計に与える効果は大きいことがある。

だから本当に中古住宅を安く買う方法とは、最も安い販売価格を探すことではない。

価格と建物状態と将来の修繕を一緒に見ることである。

家の値札には未来が印刷されていない

不動産広告には、価格が書かれている。

500万円。

土地面積も、建物面積も、築年月も、間取りも書いてある。

しかしそこには、

「8年後に給湯器を交換する可能性があります」

とも、

「12年後に外壁を補修するかもしれません」

とも、

「20年後に屋根へ大きなお金が必要になるかもしれません」

とも書かれていない。

まして、

「30年後、この土地を欲しい人がいるかどうかは分かりません」

とは、どこにも書かれていない。

それでも、そのすべてが住宅の価格の一部なのである。

500万円という数字は間違っていない。

ただし、500万円だけを見ていては、その家の本当の値段は見えない。

今回のモデルでは、500万円の中古住宅が30年間で約1310万円から2760万円まで広がった。

つまり住宅購入で最も重要なのは、「いくらで買ったか」ではなく、「その家と30年間付き合うために、結局いくら払ったか」なのかもしれない。

安い家とは、値札の数字が小さい家ではない。

30年後まで住み終えたとき、初めて安かったと言える家である。

中古住宅を探すとき、私たちは今日の家を見に行っているように思っている。

しかし本当は、その家の30年後を見に行っているのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

有限会社アードレでは、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

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若いころ、町は思っているより広い。

少し遠いスーパーへ行くことも、隣の市の病院へ行くことも、駅まで車を走らせて電車に乗ることも、それほど特別な行動ではない。二十キロ、三十キロ離れていても、そこまでの道路と交通手段がつながっていれば、その場所は自分の日常の中にある。地図の上では遠くても、心理的には近いのである。

ところが年齢を重ねると、この関係が少しずつ逆転していく。

道路は昨日までと同じ場所にある。スーパーも病院も移転していない。それなのに、以前は「いつでも行ける場所」だったところが、やがて「用事がなければ行かない場所」になり、その次には「誰かに連れていってもらわなければ行けない場所」になっていく。最後には、わずか数キロ先にある店さえ、自分の日常から消えることがある。

高齢者の生活圏が小さくなるとは、町そのものが小さくなることではない。自分が自由に動かせる地図の範囲が、小さくなっていくことである。

そして、この変化を70歳、80歳、90歳という三つの年代から眺めてみると、高齢社会の町づくりにとって非常に重要な問題が見えてくる。

70歳~町全体がまだ自分の生活圏にある時代

70歳という年齢だけを見て、「生活圏が狭くなる」と考えるのは適切ではない。70代でも仕事を続け、旅行をし、自動車を運転し、趣味のために遠方へ出掛ける人は珍しくないからである。年齢には大きな個人差があり、70歳になった瞬間に行動範囲が変わるわけではない。

ただし、統計を大きく眺めると、変化の入口はすでに見え始めている。国土交通省の全国都市交通特性調査では、60代に比べて70代では仕事のための移動が大きく減り、買い物や散歩などの日常生活に近い移動の比重が高くなる。また、70代の外出率は60代より低くなる傾向も確認されている。つまり70代では、単純に「動けなくなる」というより、生活圏を構成していた移動の目的そのものが変わり始めるのである。

会社へ向かう毎朝の道がなくなり、仕事先の近くにあった店へ行かなくなる。仕事帰りに立ち寄っていた書店も、駅前の飲食店も、生活上の必要がなければ少しずつ日常の地図から外れていく。身体的には行くことができても、行く理由がなくなることで、最初の生活圏縮小が起きる。

それでも70代前半くらいまでなら、多くの人にとって町はまだ「選べる場所」である。今日は近くのスーパー、明日は隣町の大型店、具合が悪ければ少し遠い専門病院というように、複数の選択肢から行き先を選ぶことができる。

この「選べる」という点が重要である。

生活圏の大きさは、単に何キロ移動できるかだけでは決まらない。三つのスーパーから好きな店を選べる人と、一番近い一店舗にしか行けない人では、同じ町に住んでいても生活圏の質が違う。70代は、少しずつ移動量が減りながらも、まだこの選択権を保っている人が多い年代だと考えることができる。

しかし地方では、この状態を支えているものがある。

自動車である。

内閣府の調査では、外出手段として自分で運転する自動車を使う割合は都市規模が小さくなるほど高くなる傾向があり、町村では高齢者の生活と自動車の結び付きが強い。大都市なら徒歩、鉄道、バス、自動車を組み合わせることができても、地方では自動車という一本の太い線によって、スーパー、病院、銀行、役所が結ばれている場合が多い。

そのため地方の70代は、一見すると非常に広い生活圏を保っているように見える。しかしその広さは、必ずしも町の便利さによって生まれているわけではない。自分で車を運転できるという一つの能力によって、広い生活圏を人工的に維持している面がある。

ここに、80代へ向かうときの大きな境目がある。

80歳~生活圏が「面」から「線」へ変わる

80歳になると、生活圏は必ず狭くなるのだろうか。

もちろん、そうとは限らない。80代でも自動車を運転し、旅行をし、日常的に外出する人はいる。しかし集団として眺めると、移動手段の構成は明らかに変わってくる。

内閣府の調査では、80歳以上で外出時に「自分で運転する自動車」を利用すると答えた人は26.4%である一方、「徒歩」は58.5%、「家族などの運転する自動車」は36.1%となっている。複数回答なので単純な比較はできないが、年齢が上がるにつれて、自分自身の運転から徒歩や家族による送迎へ比重が移っていく姿ははっきりしている。

ここで生活圏に大きな変化が起こる。

70代までの生活圏が地図上の「面」だったとすれば、80代ではそれが何本かの「線」になっていく。

自宅からスーパーへ行く線、自宅から病院へ行く線、自宅から銀行へ行く線。以前なら途中で別の店に寄ったり、その日の気分で違う道路を通ったりしたものが、次第に決まった目的地と決まった経路に集約されていく。

遠くへ行けないわけではない。家族が車で連れていってくれれば、50キロ離れた病院にも行けるかもしれない。しかし、自分の意思だけで「ちょっと行ってみよう」と動ける範囲は狭くなっている。

この違いは大きい。

誰かに送ってもらえば行ける場所は、地理的には生活圏に含まれていても、自立した生活圏とは言いにくい。相手の都合を聞き、日程を合わせ、お願いしなければならないからである。距離そのものは変わっていないのに、移動に社会的な手続きが一つ加わる。

そして地方では、この変化が都市以上に大きな意味を持つ。

都市なら、自動車を運転しなくなった後でも、駅まで500メートル、スーパーまで700メートル、診療所まで800メートルという環境が存在し得る。ところが自動車を前提として造られた地域では、スーパーまで五キロ、病院まで十キロという距離が珍しくない。若いころには十分近かった五キロが、運転しなくなった瞬間に突然遠くなるのである。

道路は同じである。

距離も同じである。

変わったのは人間の側である。

だから、高齢社会の生活圏を考えるとき、「施設まで何キロあるか」だけを測っても十分ではない。「その距離を誰の力で移動できるのか」を考えなければならないのである。

高齢者の生活空間に関する研究でも、生活空間は単なる最大移動距離ではなく、どこまで移動したか、それをどのくらいの頻度で行ったか、さらに他人の助けを必要としたかという組み合わせで捉えられている。つまり、一か月に一度家族の車で遠方へ行く人と、毎日自分で近所へ出掛ける人を、単純な移動距離だけで比較することはできない。

80代とは、町から切り離される年代というより、町とのつながり方が変わる年代なのかもしれない。

90歳~生活圏は「場所」から「人」へ変わっていく

90歳になるとどうなるのか。

ここは特に慎重に考える必要がある。90歳だから自宅周辺しか動けない、と一律に決めることはできない。90代でも一人で外出する人もいれば、80歳になる前から移動に介助を必要とする人もいるからである。70歳、80歳、90歳という区切りは、生物学的な境界線ではなく、生活圏が変化していく過程を考えるための目安にすぎない。

それでも、非常に高齢になるにつれて生活圏が自宅や近隣へ集約されやすくなることは、多くの研究が示している。高齢者自身が感じる生活圏を調べた研究では、65~79歳では市全域を生活圏と感じる人が多い一方、80歳以上では自治会・町内会程度の身近な範囲を生活圏と感じる人が増えていた。また、外出頻度が低くなるほど、認識される生活圏も狭くなる傾向が確認されている。

90歳前後になると、生活圏はさらに別の姿を見せる可能性がある。

近所の店へ自分が行くのではなく、家族が買ってくる。薬局へ薬を取りに行くのではなく、誰かに頼む。遠くの友人に会いに行く代わりに、電話をする。美容院、銀行、役所、病院という目的地のうち、自分自身が出向く場所は少なくなり、反対に人やサービスの側が自宅へ近づいてくる。

ここまで来ると、生活圏は単なる地理ではなくなる。

70歳の生活圏が「自分が行ける場所」であり、80歳の生活圏が「助けがあれば行ける場所」まで含むものだとすれば、90歳の生活圏では「自分のところへ来てくれる人」が極めて重要になる。

家族が週に何回来るのか。宅配が利用できるのか。訪問診療を受けられるのか。介護サービスが来てくれるのか。近所に声を掛けてくれる人がいるのか。

若いころには地図上の距離で決まっていた生活圏が、最後には人間関係とサービスの網によって決まるようになる。

これは少し不思議な逆転である。

人生の前半では、人間が町の中を動き回ることで生活圏を広げる。人生の後半では、人や物やサービスが自分のところへ来てくれることで生活圏を維持するようになるのである。

生活圏はゆっくり縮むとは限らない

ただし、実際の生活圏は70歳から80歳、80歳から90歳へと、定規で測ったように少しずつ縮んでいくわけではない。

むしろ、ある日突然小さくなることがある。

長年運転していた人が免許を返納する。その日まで十キロ先のスーパーが日常の買い物先だったのに、翌日からそこへ一人では行けなくなる。夫婦のどちらかが運転していた家庭なら、その人が運転できなくなっただけで、もう一人の生活圏まで同時に縮む。

あるいは、近所のスーパーが閉店する。

昨日まで800メートルだった買い物先が、突然五キロ先になる。若い人なら自動車で数分の違いにすぎない。しかし徒歩を中心に生活する高齢者にとっては、これは「店が少し遠くなった」のではなく、「店が生活圏から消えた」ことに近い。

高齢者の買い物を調べた内閣府の調査でも、町村では買い物に自動車を使う割合が非常に高い一方、75歳以上の女性では自分で運転する割合が大きく低下し、徒歩や家族の支援へ移っている。施設の有無と、その施設を実際に利用できるかどうかは別の問題なのである。

高齢者の生活圏を一気に狭めるのは、年齢そのものより、このような「一本の線が切れる瞬間」なのかもしれない。

70歳では「面」、80歳では「線」、90歳では「点」になる

生活圏の変化を一枚の地図として想像してみる。

70歳の地図には、自宅を中心として多くの場所が描かれている。スーパーが三つあり、病院が二つあり、銀行があり、友人の家があり、少し遠くには大型商業施設もある。それぞれの場所は複数の道路で結ばれ、今日はどこへ行くかを自分で決めることができる。生活圏はまだ「面」として広がっている。

80歳になると、その面の中から、よく使う経路だけが残り始める。いつものスーパー、いつもの病院、いつもの銀行へ向かう道である。行動範囲は地図全体ではなく、何本かの線によって構成されるようになる。

そして90歳前後になると、その線さえ少なくなり、自宅、近所、病院、家族の家といった少数の場所が生活の中心になる場合がある。地図は点の集まりに近づいていく。

しかし、その「点」が孤立しているとは限らない。

家族が来る。宅配便が来る。医療や介護の人が来る。友人から電話が来る。行政から情報が届く。自分自身が遠くまで移動できなくなっても、外の社会と結ばれていれば、生活そのものまで小さくなるとは限らない。

ここに、高齢社会を考えるうえで非常に重要な違いがある。

身体的な生活圏が小さくなることと、社会的な生活圏が小さくなることは同じではない。

高齢者に必要なのは「何でも近くにある町」だけではない

高齢社会の町づくりというと、病院やスーパーを近くに集めるコンパクトな町を想像しやすい。それは確かに重要である。しかし、すべての住民を病院やスーパーの徒歩圏に住ませることは現実には難しい。

特に地方では、すでに広い範囲に住宅が存在している。そこに暮らしてきた人へ、80歳になったから中心部へ引っ越してくださいと言っても簡単ではない。

だから必要なのは、生活圏が縮小していくことを前提とした地域の仕組みである。

70代までは自分で移動できる。その後、運転が難しくなれば公共交通や送迎へ移る。そして外出そのものが難しくなれば、買い物、医療、介護、行政といったサービスの一部が家の近くまで来る。

つまり、人間の生活圏が小さくなるのなら、社会のサービス圏を反対に広げなければならない。

この二つがすれ違ったとき、高齢者は地域に住んでいながら地域から切り離される。

スーパーはある。

病院もある。

役所もある。

道路もある。

それなのに、そこへ行けない。

高齢社会で本当に恐ろしいのは、施設が完全になくなることだけではない。施設が存在しているのに、自分の日常からは消えてしまうことである。

90歳になった自分の地図から町を眺めてみる

地域の将来を考えるとき、人口推計や財政数字を見ることはもちろん重要である。しかし、ときにはもっと単純な方法が、その町の弱点を教えてくれる。

自分が90歳になったと想像してみるのである。

自動車を運転しない。長い距離を歩くのは難しい。夜の外出はできるだけ避けたい。それでも食料を買い、薬を受け取り、病院へ行き、現金を用意し、役所の手続きをしなければならない。

そのとき、自宅の玄関からどこまで一人で行けるだろう。

現在の町の地図を眺めると、道路や施設の位置は分かる。しかし、高齢者の暮らしを考えるなら、本当に必要なのはもう一枚の地図である。

70歳の人が行ける町。

80歳の人が行ける町。

90歳の人が行ける町。

同じ住所に住み続けていても、この三枚の地図は同じではない。

人口減少が進む地方では、これからスーパーや診療所、銀行、ガソリンスタンド、公共交通などの配置も変わっていくだろう。その一方で住民自身も年齢を重ね、移動できる範囲を変えていく。施設が遠くなる変化と、人間の生活圏が小さくなる変化が同時に進むのである。

だから、これから地域を見るときに問うべきなのは、「この町には病院があるか」だけではない。

「80歳になっても、その病院へ行けるか」。

「スーパーが残っているか」だけでもない。

「90歳になったとき、その食料を自分の家まで運べる仕組みがあるか」。

町の本当の大きさは、行政区域の面積では決まらない。

そこに暮らす人が、自分の力で、あるいは誰かの力を借りながら、どこまで社会とつながっていられるかによって決まる。

年を取るにつれて、私たちの地図は少しずつ折りたたまれていく。

問題は、その地図が小さくなることではない。

最後に残った小さな地図の中でも、買い物ができ、医療を受け、人と話し、誰かに必要とされながら暮らしていけるかどうかである。

それができる町なら、生活圏が小さくなっても、人生まで小さくなる必要はない。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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地方で老後を暮らすことを考えるとき、病院までの距離はどうしても気になる。

スーパーなら多少遠くてもまとめ買いができるし、役所なら用事そのものを減らすこともできる。けれども病院だけはそうはいかない。まして定期的な治療が必要になれば、病院までの距離は、そのまま日常生活の条件になる。

そこで地図を開いて、自宅から透析施設までの距離を測ってみる。

30km。

この数字を見て、「もし将来透析になったら、ここでは暮らせないのではないか」と感じる人は少なくないだろう。一般的な血液透析は週3回行われることが多いから、往復60kmを週3回と考えれば、一週間で180km、年間では9,000kmを超える。数字だけを積み上げれば、確かに相当な距離になる。

しかし、ここで一度立ち止まる必要がある。

透析医療の通院は、普通の外来通院と少し事情が違うからである。

現在の透析医療では、医療機関による患者送迎がかなり広く行われている。日本透析医会が2023年に行った調査では、回答した822施設の70.9%が施設負担による患者送迎を実施していた。また、患者側を対象とした2021年度の調査でも、透析施設の送迎を実際に利用している患者は24.8%に達している。

ここで重要なのは、70.9%という数字をそのまま全国すべての透析施設に当てはめることではない。この調査は回答施設を対象としたものであり、全国の全施設を完全に網羅したものではないからである。それでも、透析施設による送迎が一部の特殊な病院だけで行われているサービスではなく、現在の透析医療を支えるかなり一般的な仕組みになっていることは読み取れる。

そうなると、「施設まで30km」という数字の見え方も変わってくる。

自分で週3回、片道30kmを運転する生活と、自宅付近まで施設の送迎車が迎えに来る生活では、同じ30kmでも負担の中身がまったく違う。本人が運転しなくてよいのであれば、高齢になって自動車を手放したとしても、透析施設への交通手段だけは残る可能性がある。

ここに、透析医療の少し不思議なところがある。

地方では、近所の眼科へ行くには家族の自動車が必要なのに、それよりはるかに遠い透析施設には病院の車が迎えに来るということが起こり得る。公共交通が弱い地域ほど、透析施設の送迎車が事実上の医療交通として機能している場合があるからだ。

そう考えると、片道30kmという距離だけを見て、「この地域では透析生活が成立しない」と判断するのは現実的ではない。

けれども、送迎車が迎えに来るからといって、30kmという距離そのものが消えてなくなるわけでもない。

患者は運転しなくてよくなるが、移動時間は残る。

むしろ送迎車の場合、自家用車で直接病院へ向かうより時間がかかることもある。何人かの患者を順番に迎えながら施設へ向かうなら、自宅から病院までの直行時間より乗車時間は長くなる。透析そのものが一般に1回4時間程度かかることを考えれば、送迎時間を含めた透析日は、朝から午後まで、あるいは午後から夕方まで、一日のかなり大きな部分を占めることになる。

ここで問題の姿が変わる。

30kmの問題は、運転の問題ではなく、時間の問題になる。

週3回という頻度がある以上、透析日は一週間の中に規則的に現れる。月曜、水曜、金曜に透析する人なら、その三日は透析を中心に生活を組み立てることになる。通院距離が短ければ、その前後に買い物や家事を入れやすい。ところが送迎を含めて移動時間が長くなると、透析日はほぼ「治療の日」として使われるようになる。

だから30kmという距離を評価するとき、「通えるかどうか」だけでは十分ではない。

「その通院時間を含めた生活を、週3回繰り返しても無理がないか」というところまで考えなければならないのである。

そして、この問題は年齢を重ねるほど重要になる。

65歳で透析を始めた人なら、自分で30km先まで運転することもできるかもしれない。ところが75歳になり、さらに80歳になれば、雨の日や夕方の運転が負担になったり、自動車そのものを手放したりする可能性が出てくる。

そこで無料送迎が大きな意味を持つ。

本人が運転できなくなっても、送迎車が来るなら透析生活は続けられる。家族が毎回60kmを往復しなくてもよい。高齢の夫が高齢の妻を送り、数時間待ち、また連れて帰るという生活を避けられる可能性もある。

つまり透析施設の送迎は、単なる「病院の親切なサービス」と考えるより、地方の高齢者を医療につなぎ続ける生活インフラの一つと考えた方が実態に近い。

そう考えたとき、片道30kmという問題の核心もさらに変わってくる。

患者が30kmを移動できるかではなく、その患者を30km運ぶ仕組みを地域が維持できるかという問題になるのである。

患者にとって無料送迎であっても、送迎そのものに費用がかからないわけではない。車両を購入し、燃料を入れ、点検し、運転手を確保しなければならない。患者が広い地域に点在するほど、一人を迎えに行くための走行距離も長くなる。

この点は、人口減少地域を考えるうえで特に重要になる。

例えば十人の患者が施設から5km以内にまとまって暮らしている地域と、同じ十人が30km四方に散らばって暮らしている地域を考えてみる。

患者数は同じ十人でも、送迎に必要な車両の走行時間はまったく違う。

つまり透析施設の送迎を考えるとき、本当に効いてくるのは単純な人口ではなく、患者がどの程度の密度で分布しているかという地理なのである。

人口が減れば必ず透析患者が同じ割合で減るとは限らない。高齢化率や基礎疾患の状況によっても変わるからである。しかし、人口密度が低下して患者が広く散らばれば、少ない人数を集めるために送迎車が長い距離を走らなければならなくなる可能性は高くなる。

ここから先は、「患者が減るから透析施設がなくなる」という単純な話ではない。

実際、日本の透析患者数は近年減少に転じているものの、全国の透析収容能力まで同じように減っているわけではない。施設が統合され、大きな施設がより広い範囲の患者を受け入れるという形も考えられる。

もしそうなれば、患者から見た施設までの距離は今より伸びるかもしれない。

しかし、その距離を送迎が埋めてくれるなら、生活そのものは維持できる。

ここに地方医療の一つの可能性がある。

病院をすべての町に残すことが難しくなったとしても、一定規模の医療施設と広域送迎を組み合わせることで、医療へのアクセスを維持するという考え方である。

ただし、その場合には病院だけを医療インフラと考えてはいけなくなる。

送迎車まで含めて一つの医療システムとして考えなければならない。

病院の建物が30km先に存在しているだけでは、医療は届かない。患者の家と病院の間を往復する車があり、その車を運転する人がいて、毎週決まった曜日に患者を連れて行く。その一連の流れが維持されて初めて、「30km先に透析施設がある」という事実が生活上の意味を持つ。

この視点に立つと、地方の医療アクセスを地図だけで評価することの危うさも見えてくる。

同じ「透析施設まで30km」の町でも、一方では週3回送迎車が自宅近くまで来るのに、もう一方では自力通院しかできないとすれば、両者の生活条件は同じではない。

地理上は同じ30kmでも、生活上の距離は違う。

そして、この違いは年齢を重ねるほど大きくなる。

若いうちは自動車を運転できるから、送迎の有無をそれほど重要に感じないかもしれない。ところが自分で運転できなくなったとき、初めて送迎サービスの有無が生活を左右する。

この意味では、老後の移住先を考える人が透析施設までの距離を調べるなら、「何km先にあるか」だけでは不十分である。

その施設が実際に患者送迎を行っているのか、自宅の地区まで来てくれるのか、どのような条件で利用できるのかを確認した方が、はるかに重要である。

ただし、ここでも一つ注意しなければならない。

「40km以内なら、ほぼすべての透析施設が無料送迎する」と全国一律に考えることはできない。

実際には送迎範囲や条件は施設によって違う。自宅まで迎えに来る施設もあれば、一定の集合場所まで出なければならない場合もある。道路事情や車椅子対応などによって送迎できる地域が限定されることもある。

だから30kmという数字だけで大丈夫とも危険とも言えないのである。

必要なのは、その30kmが実際の送迎区域の中に入っているかを確認することだ。

さらに、平常時には問題なく送迎できても、台風や大雨となれば話は変わる。

外房のような地域では、倒木や冠水によって道路が一時的に使えなくなることがある。いつもの道を通れなければ、送迎車が大きく迂回しなければならないかもしれないし、そもそも迎えに行けないことも考えられる。

透析は、買い物のように「今日はやめて明日にしよう」と簡単に延期できるものではない。

そのため透析医療では、大規模災害時にどの施設が透析可能なのか、どこへ患者を移すことができるのかを共有する仕組みが整備されている。

ここで30kmという距離は、もう一度姿を変える。

平常時には送迎によってほとんど意識しなくてよかった30kmが、道路が途切れた瞬間、地理そのものとして現れる。

だから本当に強い地域とは、単に近くに透析施設がある地域ではないのかもしれない。

通常利用している施設へ行けなくなったとき、別の透析施設へ行く道があり、そこまで患者を運ぶ仕組みがある地域の方が、医療の持続性という意味では強い。

そう考えると、老後の透析生活を考えるときに見るべきものは、一つの施設までの距離だけではなくなる。

最寄りの透析施設はどこにあるのか。

その施設は自宅まで送迎してくれるのか。

さらに、その施設が使えないとき、次の施設はどこにあるのか。

この三つを一つの地図の上で考える必要がある。

そして、そこまで考えたとき、「片道30kmの透析生活は成立するのか」という問いへの答えも、かなりはっきりしてくる。

無料送迎が利用でき、自宅が送迎区域に入り、通常時に無理のない時間で施設まで行けるのであれば、片道30kmという距離だけを理由に生活が成立しないとは考えにくい。

むしろ地方における透析医療では、自動車を運転できない高齢者でも、送迎によって比較的遠い施設まで通える可能性がある。

だから問題は、30kmという数字ではない。

その30kmの間に何があるかである。

迎えに来る車があるのか。

その車を運転する人がいるのか。

施設は安定して患者を受け入れられるのか。

道路が使えない日には別の経路があるのか。

そして、その仕組みを十年後にも維持できるのか。

ここまで考えて初めて、距離は生活の問題になる。

地図の上では、病院は30km先にある。

けれども毎週決まった日に車が迎えに来てくれるなら、その30kmは必ずしも「遠い病院」ではない。

逆に、病院が10km先にあっても、そこへ行く手段がなければ、老後には遠い病院になる。

距離とは、道路の長さだけでは決まらない。

そこへ人を運ぶ仕組みがあるかどうかによって、同じ30kmでも生活上の意味は変わる。

人口減少が進む地方で本当に残さなければならないものは、透析施設という建物だけではないのだろう。

患者の家々とその施設の間を、月曜日にも、水曜日にも、金曜日にも走り続ける送迎車まで含めて、一つの地域医療なのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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台風が通り過ぎた翌朝、いつもの道路を車で走ろうとすると、大きな木が道を塞いでいる。幹は道路を横切り、枝は電線に絡み、向こう側へ進むことができない。山間部では珍しくない光景であり、外房のように丘陵、山林、住宅地が入り交じる地域でも十分に起こり得る。

そのとき、多くの人がまず考えるのは、「役所に連絡すれば片づけてもらえるだろう」ということである。

実際、道路を通れない状態のまま放置するわけにはいかない。救急車も消防車も、ごみ収集車も宅配便も通れなくなる。しかし、ここには意外に難しい問題がある。

道路は行政が管理していても、倒れてきた木まで行政のものとは限らないからである。

道路脇の山林から倒れてきた一本の木をたどっていくと、その先には、日本の地方がこれから直面する「土地を持っている人が分からない」という問題が見えてくる。

道路を管理する人と、木を管理する人は同じではない

道路そのものについては、国道、県道、市町村道などによって道路管理者が決まっている。舗装が壊れたり、道路上に障害物があったりすれば、道路管理者が安全な通行を確保する役割を担う。

しかし、道路の横に立っている木が私有地に生えている場合、その木は道路管理者の所有物ではない。

千葉県も、道路上に張り出した樹木や倒木の危険がある樹木について、基本的には土地の所有者や管理者による適切な管理を求めている。千葉市も同様に、私有地から道路にはみ出した樹木については、原則として市が自由に剪定や伐採をできるものではないとしている。

ここに、道路管理の難しさがある。

道路の安全を守らなければならない行政と、樹木を管理すべき土地所有者とが、別の主体なのである。

もちろん、すでに木が道路へ倒れ、完全に通行不能になっているのであれば、状況は変わる。実際、御宿町議会の過去の答弁でも、道路上へ直接倒れて通行不能となった倒木について町が処理した事例が確認できる。一方で、まだ電線にもたれかかっている木については、土地所有者との関係もあり、直ちに処理できるとは限らない状況が説明されていた。

つまり現実の道路管理では、

「誰の木なのか」

という所有権の問題と、

「今すぐ道路を通れるようにしなければならない」

という公共の安全の問題が、同時に存在しているのである。

一本の倒木の向こうに所有者が何人もいる

昔からその土地に住んでいる人が所有する山林なら、話は比較的分かりやすい。

役所が所有者へ連絡し、危険な木の伐採を依頼することができる。

ところが、人口減少地域では、この前提そのものが崩れ始めている。

土地の名義人はすでに亡くなっている。子どもは東京や千葉市に住んでいる。さらにその子どもも土地の存在をほとんど知らない。相続が何世代にもわたれば、一筆の山林に多数の相続人が関係していることもあり得る。

登記簿を見ても、そこに書かれている住所へ手紙を送れば所有者と連絡できるとは限らない。

法務省も、登記簿を調べても所有者が直ちに判明しない土地や、所有者が分かっても所在が分からず連絡できない土地を「所有者不明土地」の問題として位置づけている。こうした土地は公共事業や災害復旧、民間取引などの障害になるため、近年、民法や不動産登記制度の大きな見直しが進められてきた。

倒木問題も、この延長線上にある。

山林そのものは動かない。

土地の所有者が高齢になっても、亡くなっても、相続人が遠くへ移っても、そこには木が生え続ける。

むしろ人が入らなくなれば、木はさらに成長する。

そして何十年か後、管理されなくなった木が道路側へ傾き始める。

人口が減るということは、木が減ることではない。

人間だけが減っていくのである。

「誰も管理しない土地」が道路の安全に影響する

この問題を考えるとき重要なのは、山林や空き地を「所有者だけの問題」と考えないことである。

一本の木が敷地内で倒れるだけなら、影響はその土地の中に収まるかもしれない。しかし道路沿いの土地では、管理不足による影響が土地の境界を越える。

枝が道路へ張り出す。

落ち葉が側溝を塞ぐ。

竹が道路方向へ伸びる。

枯れ木が電線へ倒れかかる。

台風で幹が倒れ、道路そのものを塞ぐ。

土地は私有財産であっても、その管理状態は周囲の公共空間へ影響するのである。

経済学的に考えれば、これは一種の外部性の問題と見ることができる。

土地を管理しないことによる費用を、所有者だけではなく、道路利用者や行政、電力会社、近隣住民が負担するようになるからである。

ある山林を年間数万円かけて管理する人がいなくなった結果、数年後に道路が塞がれ、行政が作業員や重機を手配することになれば、その費用は最終的には社会全体の負担になる。

しかも倒木処理は、普通の草刈りとは違う。

風で折れた木や傾いた木には大きな力がかかっており、切断した瞬間に幹が跳ねたり転がったりする危険がある。千葉県も、風倒木や欠損木の処理について、通常の伐採以上に危険度が高いとして専門事業者への依頼を勧めている。

さらに電線が絡めば、電気事業者との調整も必要になる。

「木を一本切れば終わり」という仕事ではないのである。

法律を変えても、山の木が自動的に切られるわけではない

所有者不明土地の増加に対応するため、日本の民法制度も変わってきた。

2023年4月に施行された改正民法では、隣地から越境してきた枝について、竹木の所有者が分からない場合や所在が分からない場合、あるいは急迫した事情がある場合などには、一定の条件の下で越境された側が枝を切ることができる仕組みが設けられた。国や地方公共団体が所有する道路に隣接地の枝が越境した場合にも、この仕組みを利用できる。

また、所有者そのものが分からない土地については、裁判所が所有者不明土地管理人を選任し、その土地を管理する制度も整備されている。

制度は以前より動きやすくなっている。

しかし、ここで重要なのは、法律上の手段があることと、日常の道路管理が簡単になることは同じではないということである。

道路沿いに危険な木が百本あったとする。

所有者が分からない土地について一つ一つ調査し、必要であれば法的な手続きを取り、伐採業者を確保し、予算を用意するには、人と時間が必要になる。

そして人口減少地域では、その「人」の側も減っていく。

自治体職員も減る。

森林を管理する人も減る。

伐採できる事業者も減る。

地域を知る住民も高齢になる。

問題は土地の所有者がいなくなることだけではない。

土地を調べる人、木を切る人、道路を管理する人まで同時に少なくなっていくことなのである。

山間部より住宅地のほうが難しい場合もある

倒木という言葉から、多くの人は山奥を想像する。

しかし今後深刻になる可能性があるのは、むしろ人家と山林の境界である。

高度経済成長期以降に造成された住宅地の背後に小さな山林が残っている。住宅地の端に細長い雑木林がある。空き家の裏側から竹が伸びてくる。

こうした場所では、一見すると普通の住宅街なのに、土地の所有関係だけは何十年前のままということが起こり得る。

住民は入れ替わっている。

元の地主は亡くなっている。

相続人は地域外にいる。

しかし木だけはそこに残っている。

台風が来るまでは何も起きないため、危険が目に見えにくい。

これが道路や水道管の老朽化とは違うところである。

道路なら舗装のひび割れが見える。

橋なら点検できる。

水道管なら自治体が資産として把握している。

ところが道路脇の私有林にある一本一本の木まで、自治体が公共インフラとして管理しているわけではない。

そのため危険が顕在化するのは、枝が道路へ出たときか、木が傾いたときか、実際に倒れたときになる。

一本の木のために道路が使えなくなる

地方の道路網には、都市部とは異なる弱点がある。

迂回路が少ないことである。

都市部なら一本の道路が通れなくなっても、数百メートル先の別の道路へ回れる場合が多い。しかし山間部や海岸と丘陵に挟まれた地域では、一つの道路が生活道路そのものになっていることがある。

倒木一本で、その先にある十軒、二十軒の住宅が事実上孤立する。

普段なら数分で行ける病院への道が、大きく迂回しなければならなくなる。

介護サービスの車が入れない。

救急車が通れない。

停電しているのに電力会社の作業車も現場へ入れない。

このとき、倒木はもはや「山林管理」の問題ではない。

地域インフラの問題になる。

だからこそ、千葉市では2026年度から、災害時の緊急輸送道路を守る目的で、沿道民有地の危険な樹木について所有者による伐採を支援する制度も設けている。私有地の樹木を行政がすべて直接管理するのではなく、所有者による事前管理を支援して、道路閉塞そのものを防ごうという考え方である。

これは今後の地方道路管理を考えるうえで重要な方向性かもしれない。

倒れてから片づけるより、倒れる前に切るほうが合理的だからである。

本当の問題は「倒木処理費」ではなく「予防管理費」である

ここで地域全体を数理的に考えてみる。

仮にある町に、道路沿いの管理が必要な民有林や空き地が1000か所あるとする。

現在はそのうち900か所で所有者が管理しているので、行政が直接問題にする土地は100か所しかない。

ところが30年後、人口減少と相続によって、実質的に管理されない土地が300か所、400か所へ増えたらどうなるだろう。

道路延長はほとんど変わらない。

山林もなくならない。

木も生え続ける。

ところが管理する人だけが減る。

つまり一人の職員、一社の伐採業者、一つの自治体が対応しなければならない土地の量が増えていく。

これは、これまで地域分析ブログで考えてきた道路、水道、水路、側溝、草刈りと同じ構造である。

人口が半分になったからといって、道路が半分になるわけではない。

そして人口が半分になっても、道路沿いの木が半分になるわけでもない。

むしろ放置される木は増える可能性がある。

地方インフラ問題の本質は、施設が古くなることだけではない。

施設や土地を管理する人間の密度が低下することにある。

「誰の土地か分からない」を例外扱いできない時代

これまでは、所有者不明の土地は特殊な土地と考えることができた。

少数ならば、役所が時間をかけて調査することもできる。

近所の人に聞けば、昔の所有者を知っている人もいた。

しかし人口減少と高齢化がさらに進めば、事情は変わる。

「昔は誰の山だったか」を知っている人自身がいなくなる。

地域外の相続人にとっては、固定資産税がほとんどかからない小さな山林を所有しているという認識さえないかもしれない。

そうなると所有者不明土地は、例外ではなく地域管理の前提条件になってくる。

千葉地方法務局でも、所有者の氏名や住所が正常に登記されていない「表題部所有者不明土地」について所有者探索が行われている。所有者不明という問題は、遠い山村だけに存在する話ではない。

土地制度は、「誰かが土地を所有し、その人が管理する」という前提で成り立ってきた。

しかしこれからの地方では、

所有者はいるが地域にいない。

相続人はいるが土地を知らない。

所有者は分かるが管理する意思がない。

管理したくても高齢でできない。

という土地が増えていく。

法律上の所有者と、現実に土地を管理できる人との距離が広がっていくのである。

30年後、道路管理は道路の中だけを見ていてはできない

これからの道路行政は、舗装や橋だけを管理していれば成立するものではなくなるのかもしれない。

道路に隣接する山林。

空き家。

竹林。

耕作放棄地。

崖。

水路。

こうした周辺土地の状態が道路の安全を左右する。

しかし、それらすべてを行政所有にすることは現実的ではない。

だから将来必要になるのは、行政がすべてを直接管理する仕組みではなく、「所有者が管理できなくなった土地を、地域としてどう管理へ戻すか」という仕組みなのだろう。

所有者を早い段階で把握する。

危険木を倒れる前に発見する。

所有者だけに高額な伐採費を背負わせることが合理的でなければ、一定の公的支援を行う。

それでも所有者が分からない土地については、現在整備されている管理制度を使って対応できる体制をつくる。

そして何より、道路が塞がれてから初めて一本の木の存在に気づくのではなく、地域全体の危険箇所を平常時から見ておく。

人口が多かった時代には、土地所有者、農家、自治会、森林業者、近隣住民が日常的に行っていた小さな管理が、結果として道路を守っていた。

それが見えにくかったのは、行政サービスではなく、人々の生活の中で自然に行われていたからである。

人口減少によって失われるのは、人の数だけではない。

そうした「誰かがついでに見ていた」という地域の管理機能そのものなのである。

倒木一本から見える人口減少社会

道路に倒れている一本の木だけを見れば、チェーンソーで切り、道路脇へ移動させれば問題は解決したように見える。

しかし、その木がなぜそこまで放置されていたのかを考えると話は変わる。

土地の所有者が高齢になったのかもしれない。

相続後、誰も山へ入らなくなったのかもしれない。

所有者そのものが分からなくなっているのかもしれない。

近所に伐採を頼める人がいなくなったのかもしれない。

そして行政もまた、限られた人数と予算で長い道路を維持している。

倒木は突発的な自然災害に見える。

しかし人口減少地域では、その背後に長い時間をかけて進んできた「管理する人の減少」がある。

30年後も地方の道路を安全に使い続けられるかどうかは、道路そのものを何キロ補修できるかだけで決まるのではない。

道路の両側にある土地を誰が見ているのか。

危険な木を誰が見つけるのか。

所有者を誰が探すのか。

そして、倒れる前に誰が切るのか。

道路を維持するという言葉の中には、これからはそこまで含めて考える必要がある。

人口が減っても、山は残る。

道路も残る。

木も伸び続ける。

減っていくのは、それを見て、直し、守る人間のほうなのである。

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