人口が減れば、地域の病院も患者が減り、いずれ維持できなくなるのでしょうか。
人口減少が続く外房では、この問題は避けて通れません。しかし、「人口が減るから病院も減らせばよい」と単純に考えることも、「現在ある病院をすべて同じ規模、同じ機能のまま残すべきだ」と考えることも、どちらも実態を十分に捉えているとはいえません。
病院には建物があります。病床があります。医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師など多くの医療従事者が必要です。救急を受け入れるなら、夜間や休日にも人員を配置しなければなりません。
一方で、地域の人口が減少しても、高齢者の割合は上昇します。高齢者では複数の疾患を抱える人が増え、救急、入院、リハビリテーション、在宅医療との連携など、若い人口が多かった時代とは異なる医療需要が生じます。
したがって考えるべきなのは、
「人口減少で病院がなくなるか」ではなく、「人口構造が変わった地域で、必要な医療機能をどう維持するか」
という問題です。
最初に結論~すべての病院を現在と同じ形で残すことと、地域医療を守ることは同じではない
外房の将来を考えると、人口減少によって病院経営が難しくなる可能性は高まります。
しかし、
人口が減る =医療需要も同じ割合で減る
とは限りません。
さらに、
病院数を維持する =地域医療を維持する
とも限りません。
反対に、
病院を集約する =住民にとって必ず効率的になる
ともいえません。
将来の地域医療で重要になるのは、それぞれの病院がすべての診療機能を持とうとするのではなく、救急、急性期、回復期、慢性期、在宅医療との連携などについて、地域全体で役割を分担しながら必要な機能を維持することです。
厚生労働省も、2040年を見据えた新たな地域医療構想で、単なる病床数だけではなく、「急性期拠点機能」「高齢者救急・地域急性期機能」「在宅医療等連携機能」「専門等機能」といった医療機関の役割を地域ごとに整理し、連携、再編、集約化を検討する方向を示しています。
つまり将来問われるのは、
病院という建物を何施設残すかではなく、住民に必要な医療をどこまで提供し続けられるか
です。
外房を含む医療圏では、2050年までに人口がおよそ3分の1減る
外房の医療を考える場合、市町村ごとだけではなく、医療提供体制の単位である二次保健医療圏を見る必要があります。
勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町だけで独立した医療圏が設定されているわけではありません。
これらの地域は、茂原市、東金市、山武市、大網白里市、長生郡などとともに「山武長生夷隅保健医療圏」に含まれます。
千葉県の現行保健医療計画では、この医療圏は17市町村、人口42万2,832人、面積1,161.72平方キロメートルとされています。人口は2023年4月1日時点です。
国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計を千葉県が医療圏別に集計した資料では、山武長生夷隅保健医療圏の人口は、
2020年 約41万人 2025年 約38万8千人 2030年 約36万6千人 2035年 約34万3千人 2040年 約31万9千人 2045年 約29万5千人 2050年 約27万3千人
と推計されています。
2020年を100とすると、2050年には約66.6です。
単純計算では、30年間で約33%人口が減少することになります。
これは小さな変化ではありません。
人口規模だけを考えれば、病院の外来患者や一部の入院需要が縮小し、現在と同じ規模の医療提供体制を維持することが難しくなる可能性があります。
しかし、ここで人口総数だけを見ると将来を読み違える可能性があります。
人口は減っても、高齢化率は上昇する
千葉県の推計では、山武長生夷隅保健医療圏の総人口は減少しますが、高齢化率は上昇し、2050年には45%を超えると見込まれています。
つまり将来は、
「患者になりにくい若年人口が大きく減る」
一方で、
「医療を必要とする可能性の高い高齢者が人口に占める割合は上がる」
という人口構造になります。
このため、
人口が30%減少したから、
医療需要も30%減少する、
とは考えられません。
厚生労働省の地域医療に関する資料でも、人口減少地域では後期高齢者、高齢者夫婦世帯、高齢単身世帯が増え、複数の慢性疾患を併せ持つ患者、慢性疾患が急に悪化する患者、認知症患者、医療と介護の双方を必要とする患者が増える可能性が指摘されています。
これは、単なる患者数の問題ではありません。
一人の患者に必要となる医療や介護が複雑になる可能性があります。
人口減少社会では、
医療需要の量が減少する部分と、医療需要の複雑さが増す部分が同時に存在する
と考えた方が実態に近いでしょう。
病院経営では、患者が減っても費用が同じ割合では減らない
地域病院の維持を難しくする最大の構造の一つが、費用の問題です。
病院の経営は、一般的な小売店のように、患者が少なければその日の従業員を大幅に減らすという形では運営できません。
入院病棟を維持するには、一定数の医師、看護師その他の職員が必要です。
救急医療を行う場合は、実際に救急患者が来るかどうかにかかわらず、一定の待機体制が必要になります。
検査設備や医療機器も、利用回数が減ったからといって取得費や維持費が同じ割合で下がるわけではありません。
厚生労働省地方厚生局の地域医療資料でも、診療圏が縮小すると病院経営が悪化し得る理由として、医療・介護の人件費が固定費的な性質を持つ一方、患者減少によって収入が減少する構造が示されています。
この構造を簡単に整理すると、
病院収支
=医療収入-固定的費用-患者数に応じて変動する費用
と考えることができます。
これは会計制度上の正式な病院経営指標ではなく、構造を説明するための概念的な整理です。
問題は、患者数が10%減少しても、人件費や建物費、医療機器費などが直ちに10%減少するわけではないことです。
したがって、
人口減少率 ≠病院費用減少率
となります。
これが人口減少地域で病院経営を難しくする重要な理由です。
全国的にも病床利用率は以前より低い
病院の経営を考えるうえでは、病床をどれだけ利用しているかも重要です。
厚生労働省資料によれば、全国の病院の病床利用率は2019年には80.5%でしたが、2020年には77.0%へ低下し、2021年76.1%、2022年75.3%、2023年75.6%となっています。
これは全国平均であり、外房の各病院の病床利用率を示すものではありません。
また、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた時期を含むため、単純な長期低下傾向として解釈することにも注意が必要です。
それでも、病院経営を考える際に、
「病床を持っていること」
と、
「その病床が継続的に利用されていること」
が別である点は重要です。
患者が減る地域で多数の病床を維持すれば、病床当たりの固定的な負担が重くなる可能性があります。
一方で、病床利用率を極端に高めればよいというわけでもありません。
感染症流行、災害、大事故、季節的な患者増加などに対応する余力も必要だからです。
したがって、
病床利用率を100%に近づけることが最適な病院経営とは限りません。
医療には一定の余裕が必要です。
外房でより深刻になり得るのは「患者不足」より「人材不足」
人口減少地域の病院について考えると、「患者がいなくなる」という問題ばかりに目が向きます。
しかし、実際には、
患者より先に医療従事者が足りなくなる可能性
も考える必要があります。
千葉県は、山武長生夷隅保健医療圏を「医師少数区域」と位置付けています。
病院は建物と病床だけでは機能しません。
医師がいなければ診療できません。
看護師がいなければ病棟を維持できません。
手術を行うには、外科医だけでなく麻酔科医、看護師、臨床工学技士、診療放射線技師、臨床検査技師など複数の職種が必要になります。
したがって、
病院供給力
=病床 +医師 +看護職員 +その他の医療従事者 +設備 +診療時間 +救急対応能力 +継続可能性
と考える必要があります。
これは公式指標ではなく、分析のための概念的整理です。
重要なのは、
施設が存在する ≠医療サービスを提供できる
ということです。
人口が減少する地域では、患者だけでなく働く世代そのものも減少します。
病院が建っていても、必要な職種と人数を確保できなければ、診療科の縮小、病床休止、夜間救急の制限などが起こる可能性があります。
「各市町村に総合病院を残す」は現実的なのか
地域住民の立場から考えれば、自宅の近くに病院がある方が便利です。
特に高齢になり、自動車を運転できなくなれば、医療機関までの距離は大きな問題になります。
だからといって、
「すべての市町村に高度な総合病院を残す」
という方法が現実的とは限りません。
高度な医療を維持するには、医師をはじめとする専門職を一定数集める必要があります。
手術や高度救急などは、患者数が少なすぎれば医師が経験を維持することも難しくなる場合があります。
また、少人数の医師で24時間365日の救急を維持すれば、一人当たりの当直や時間外勤務の負担が重くなります。
したがって、人口の少ない地域では、
すべての病院で、
すべての診療科を、
24時間維持する、
という体制は徐々に成立しにくくなります。
厚生労働省が2040年に向けて、医療機関の役割分担や連携、再編、集約化を政策として進めようとしている背景にも、この構造があります。
しかし「集約すれば解決する」わけでもない
一方、病院を一か所に集約すれば、それですべて解決するわけでもありません。
外房では医療機関までの距離が長くなれば、高齢者の通院負担が増します。
救急車の搬送時間も重要になります。
家族が入院患者を見舞ったり、退院時の説明を受けたりするための移動負担も増えます。
病院側の費用が減っても、
住民の交通費、
家族の送迎時間、
救急搬送時間、
公共交通への追加負担
が増える可能性があります。
したがって、
公費削減
=地域全体の社会的費用削減
とは限りません。
病院統合を評価するときには、病院の経営収支だけではなく、
患者が必要な医療へ到達できるか
という視点が必要です。
これは以前の記事で扱った、
医療機関が存在する ≠ 必要な診療科へ実際に通院できる
という問題と同じです。
地域病院は「大病院の縮小版」である必要はない
人口減少地域の病院を持続させる方法を考えるとき、重要なのは、
「今の病院をどう残すか」
だけではありません。
「地域に何の医療機能が必要なのか」
から考え直す必要があります。
人口減少と高齢化が進めば、高度な手術を大量に行う機能よりも、
高齢者の救急受け入れ、
肺炎や心不全などの急性増悪への対応、
骨折後の治療とリハビリテーション、
慢性疾患管理、
在宅医療から状態が悪化した患者の受け入れ、
退院後の介護や訪問看護との調整
などの重要性が高くなる地域もあります。
つまり、
地域病院を都市部の大病院の小型版として維持する必要はない
ということです。
高度な手術や専門治療は拠点病院へ集約しながら、地域病院は高齢者救急、一般的な入院、回復期、在宅復帰支援などに重点を置く方法も考えられます。
厚生労働省が新たな地域医療構想で「高齢者救急・地域急性期機能」や「在宅医療等連携機能」を明確に位置付けているのも、この人口構造の変化を反映しています。
病院単体ではなく「地域全体の医療網」で考える必要がある
これからの外房では、一つの病院の経営だけを見て地域医療を評価することは難しくなります。
例えば、ある病院が手術をやめても、別の病院で手術を受けられ、治療後は地元の病院へ戻ってリハビリテーションを受けられるのであれば、地域全体として医療機能が保たれる場合があります。
逆に病院数が同じでも、
救急を受けない、
夜間診療をしない、
専門医がいない、
病床が休止している、
という状態であれば、住民から見た医療供給力は低下します。
そこで将来の地域医療を、
地域医療機能
=地域内医療機関 +地域外拠点病院へのアクセス +救急搬送 +病院間連携 +診療所 +在宅医療 +訪問看護 +介護 +交通
として考えることができます。
これも公式指標ではなく、分析のための概念的整理です。
病院単独ではなく、
一人の患者が発症してから、治療、回復、退院、在宅生活まで途切れず医療を受けられるか
を見る必要があります。
地域病院が維持しやすい条件
人口が減っても地域病院が維持される可能性はあります。
ただし、現在と同じ形を維持するという意味ではありません。
必要な診療機能を絞り、他の病院との役割分担が明確で、一定の患者数を確保でき、医師や看護師を継続的に確保でき、救急、在宅医療、介護との連携が機能している場合には、地域病院としての役割を維持しやすくなります。
逆に、近隣病院が同じ診療機能を重複して持ち、患者数が少ないにもかかわらず多数の病床や高度医療機器を維持し、少人数の医師で救急や専門診療を広く抱え込む体制は、人口減少下では難しくなる可能性があります。
重要なのは、
縮小すること自体を失敗と考えないこと
です。
病床を減らしても必要な救急を受け入れられる。
高度医療を他院へ集約しても地元で術後管理ができる。
入院機能を一部整理しても在宅医療との連携が強くなる。
このような再編であれば、病院の規模が小さくなっても地域医療の実質的な利用可能性は維持できる場合があります。
「赤字病院だから不要」という判断も危険
地域病院を考えるとき、経営赤字だけで存在意義を判断することにも注意が必要です。
救急医療などには、患者が来るまで待機する機能があります。
例えば深夜に救急患者が一人も来なかったとしても、その夜に医師や看護師を配置した費用は発生します。
しかし患者が来なかったから、その体制が無価値だったとはいえません。
消防署が火災のない日に不要になるわけではないのと似ています。
したがって、
赤字 ≠ 社会的に不要
です。
一方で、
社会的に必要 ≠ どれだけ赤字でも現在の体制を維持すべき
でもありません。
必要性と経営効率は分けて考えなければなりません。
30年後の外房で本当に守るべきもの
山武長生夷隅保健医療圏では、2020年に約41万人だった人口が2050年には約27万3千人まで減少すると推計されています。
この人口変化の中で、現在の病院数、病床数、診療科、建物をすべて同じ状態で30年間維持することが最適とは限りません。
しかし、人口が減ったから病院を単純に減らせばよいわけでもありません。
人口減少社会で守るべきなのは、
病院という施設そのものではなく、必要なときに必要な医療を受けられる地域の能力
です。
高齢者が急に具合が悪くなったときに受け入れる病院がある。
専門治療が必要なら適切な拠点病院へ搬送できる。
治療が終われば地域へ戻り、リハビリテーションを受けられる。
退院後は診療所、訪問診療、訪問看護、介護につながる。
この流れが維持されることの方が、単純な「病院数」より重要です。
現実的な結論~人口減少時代は「病院を残す」から「医療機能を残す」へ
人口減少によって、外房の地域病院の経営環境は厳しくなる可能性があります。
患者となる人口が減少する一方で、人件費や建物、設備、救急体制などの費用は同じ割合では減りません。
さらに、山武長生夷隅保健医療圏は医師少数区域であり、将来的には病院経営以上に医療従事者の確保が制約になる可能性があります。
しかし人口減少だけを理由に、
「地方病院は維持できない」
と結論づけることも正確ではありません。
高齢化によって医療需要の内容が変化し、高齢者救急、慢性疾患、回復期、在宅医療との連携など、地域病院だからこそ必要になる機能もあります。
したがって30年後の外房で必要なのは、
すべての病院を現在と同じ形で維持することではありません。
必要なのは、
限られた医師、看護師、病床、設備を地域全体で再配置し、住民が必要とする医療機能を維持することです。
人口減少社会では、
病院数 ≠ 医療供給力
病床数 ≠ 利用可能な医療
人口減少 ≠ 医療需要の同率減少
施設の存続 ≠ 医療機能の存続
です。
これから地域が問われるのは、
「この病院を残すか、なくすか」
という二者択一ではありません。
より重要なのは、
どの医療機能を、どこに、何人の医療従事者で配置し、住民がどの程度の時間と距離で利用できる状態を維持するのか
という具体的な設計です。
人口が減った後にも地域で暮らし続けられるかどうかは、病院の看板が残っているかではなく、病気になったときに実際に医療へつながれるかによって決まります。
地域病院の将来を考えるとき、見るべきものは「施設数」ではなく、
地域全体の医療提供能力
なのです。





