地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

人口が減少する地域では、路線バスを従来と同じ形で維持することが難しくなっている。

原因は単純な利用者減少だけではない。バスを利用する住民が減っても、車両、燃料、整備、運転手といった運行に必要な費用が同じ割合で減るわけではない。さらに近年は、利用者不足に加えて運転手不足そのものが、路線の減便や廃止につながるようになっている。

国土交通白書2025によると、路線バスやタクシーなどの地域公共交通では担い手不足が深刻化しており、バス運転手は2021年の11万6千人から2030年には9万3千人まで減少すると推計されている。2022年と同程度の輸送規模を維持すると仮定した場合、2030年には必要なバス運転手が約3万6千人不足するとの推計も示されている。

人口が減る一方で、高齢者が病院やスーパーへ行く必要がなくなるわけではない。むしろ学校、病院、商店などの統廃合が進めば、一人の住民が生活するために移動しなければならない距離は長くなる可能性がある。

そこで注目されるのが、すでに地域を走っている「スクールバス」である。

子どもが減ると、スクールバスが不要になるとは限らない

人口減少とスクールバスには、一見すると矛盾した関係がある。

子どもの数が減れば、スクールバスを利用する児童生徒も減るように思える。しかし実際には、児童生徒数の減少によって小中学校が統合されれば、通学する学校までの距離は長くなる。

つまり、

児童生徒が減る → 学校が統合される → 通学距離が長くなる → スクールバスが必要になる

ということが起こり得る。

地域から一般の路線バスがなくなっていく一方で、行政が児童生徒の通学を確保するためのバスを走らせる。この二つの現象が同じ地域で同時に起こる可能性がある。

そうであるならば、スクールバスを「児童生徒だけの交通」と考え続けることが、人口減少社会でも合理的なのかという問題が出てくる。

そして2026年現在、スクールバスを実際に地域住民の交通として利用している自治体が存在する。

群馬県下仁田町では、現在もスクールバスと路線バスを混乗運行している

現在の状況を最も明確に確認できる事例の一つが、群馬県下仁田町である。

下仁田町の公式サイトでは、町営の「しもにたバス」を町内5地域に運行し、朝と夕方の一部についてはスクールバスと路線バスを混乗で運行していることが明記されている。児童生徒が優先となるものの、一般住民も利用できる仕組みである。2025年4月1日からの時刻表でも、この運行体系が示されている。

この仕組みは最近始まったものではない。

国土交通白書2025によると、下仁田町では2012年に町内4小学校の統合に伴ってスクールバスの増車と運行地域の拡大が必要になった。一方、町営路線バスは利用者減少によって維持が難しくなっていた。

そこで町は、町営バスとスクールバスを別々に走らせ続けるのではなく、両者を統合する方法を選択した。

平日の登下校時間帯にはスクールバスが運行し、空席があれば一般住民も利用する。昼間や休日には路線バスが運行するという仕組みである。

さらに重要なのは、実際に住民が利用していることである。

国土交通白書2025によれば、下仁田町のスクールバス混乗利用者は通院目的の高齢者が多く、2024年度だけで3,789人の一般混乗利用があった。単なる制度上の可能性ではなく、実際の地域交通として機能していることが分かる。

この取り組みは現在も続いており、下仁田町は2026年3月、スクールバスと一般利用者との混乗、昼間の「しもにたバス」との一体的な運用などが評価され、関東運輸局地域交通優良団体等表彰を受賞したことを町公式サイトで公表している。

したがって下仁田町は、2026年現在について確認できる「スクールバスを地域公共交通として利用している自治体」の実例と考えてよい。

山形県遊佐町では、一般住民もスクールバスを無料で利用できる

もう一つ、現在の制度を自治体公式サイトで明確に確認できるのが山形県遊佐町である。

遊佐町は公式サイトで、

スクールバスには一般住民も無料で乗車できる

ことを現在も案内している。

ただし、すべての便に自由に乗車できるわけではない。一般住民が利用できるのは時刻表に掲載された路線に限られ、児童生徒だけが利用する臨時便などには一般住民は乗車できない。子どもの安全と通学を優先した上で、利用可能な便を地域住民にも開放しているのである。

公開されている令和7年度のスクールバス時刻表にも、「一般の方も無料で利用できる」と明記されている。

さらに遊佐町では、スクールバスだけですべての住民交通を担わせているわけではない。

町内では予約制のデマンドタクシーも運行しており、平日に町内を移動する手段として利用されている。スクールバスとデマンドタクシーという性格の異なる交通手段を組み合わせることで、地域住民の移動を支えている。

ここに、人口減少地域の交通を考える重要なヒントがある。

「スクールバスを路線バスにする」と考える必要はない

スクールバス活用というと、

「スクールバスをそのまま一般の路線バスにすればよい」

と考えやすい。

しかし実際の自治体を見ると、もっと柔軟である。

下仁田町では登下校時間帯のスクールバスと一般交通を重ね、昼間には別の運行形態を組み合わせている。遊佐町では、一般住民が利用できるスクールバスとデマンドタクシーが併存している。

つまり重要なのは、

スクールバスを路線バスに変えることではなく、スクールバスを地域に存在する一つの「輸送資源」として考えること

なのである。

これまで地方では、教育行政はスクールバス、交通行政は路線バス、福祉行政は福祉車両というように、それぞれの目的ごとに交通を整備することが多かった。

人口も運転手も十分に存在するのであれば、それでも成立する。

しかし人口が減り、運転手が不足する地域では、同じ道路を複数の車両がそれぞれ少人数を乗せて走る仕組みを維持できなくなる可能性がある。

国土交通省も、高齢者の移動手段を確保する政策の中で、地域に存在する輸送資源を活用して移動需要に対応する方向を進めている。

数理的に考えても「共用」には意味がある

スクールバスと住民向けバスを別々に運行する場合、それぞれに車両費、燃料費、整備費、保険料、運転手の人件費などが必要になる。人口が減って利用者が少なくなっても、これらの費用が利用者数に比例して減るわけではない。

一方で、スクールバスと住民向け交通について、運行時間や経路を調整し、車両や運転手の一部を共用できれば、別々に運行する場合よりも地域全体の運行費用を抑えられる可能性がある。

つまり人口減少地域では、利用者一人当たりの効率だけでなく、一台の車両や一人の運転手を、複数の移動需要にどこまで活用できるかという視点が重要になる。

人口減少によって乗客が減少しても、車両費や運転手などの費用は一定程度残る。

一方、運行時間や経路を調整し、車両や運転手を共用できれば、スクールバスと住民向けバスを別々に運行する場合よりも、地域全体の運行費用を抑えられる可能性がある。

もちろん実際の交通政策では、単純に費用を足し引きできるわけではない。

それでも人口密度が低下するほど、一つの用途だけのために車両と運転手を確保する効率は低下する。

したがって人口減少が進むほど、

一つの車両を何人が利用するか

だけではなく、

一つの交通資源を何種類の地域需要に利用できるか

という視点が重要になってくる。

下仁田町の事例は、まさにこの考え方を現実の交通として実施したものと見ることができる。

最大の条件は、子どもの通学を犠牲にしないことである

ただし、スクールバスの一般利用には明確な優先順位が必要である。

第一目的は児童生徒の安全な通学である。

一般住民を乗せた結果、児童生徒が乗れなくなったり、登校時間が遅れたりするのであれば、制度として成立しない。

下仁田町でもスクールバス混乗便については児童生徒を優先すると明示している。遊佐町でも、一般住民が利用できる路線を限定し、児童生徒専用の臨時便については一般利用を認めていない。

これは非常に重要である。

スクールバス活用は、

「空いているから誰でも乗せればよい」

という話ではない。

児童生徒の安全、定員、運行時間、乗降場所、保険、運行主体、道路運送制度などを整理した上で設計しなければならない。

通学と高齢者の移動は、時間帯を分けられる可能性がある

スクールバスには別の利点もある。

児童生徒の需要は、主として朝の登校時間と午後の下校時間に集中する。

一方、高齢者の通院や買い物は、それ以外の時間帯にも発生する。

この時間差を利用できれば、

朝は通学、

昼間は住民交通、

午後は下校

という形で、一つの車両を異なる需要に利用できる可能性が生まれる。

すべての地域で成立するわけではないが、人口が少なく専用車両を何台も維持できない地域ほど検討価値は高い。

さらに、住民が児童生徒と同じ便に乗る「混乗」と、スクールバスを使用していない時間に住民交通として使用する「時間帯利用」は分けて考えることができる。

地域の人口、道路、学校、病院、スーパーの位置関係によって、どちらが合理的なのかは異なる。

外房でも「地域の車両を全部並べてみる」必要がある

この問題は、外房のように人口密度が低く、集落が広い範囲に分散する地域でも重要になる。

将来の地域交通を考えるとき、

「路線バスを残せるか」

だけを議論するのでは不十分である。

地域内には、

スクールバス、自治体の車両、福祉関係の送迎車、医療機関の送迎車、民間路線バス、タクシー

など、さまざまな輸送手段が存在する可能性がある。

それらを行政分野別に見るのではなく、一度すべて「地域の輸送資源」として地図上に載せ、どこを、何時に、何人が移動しているのかを分析する。

その上で、重複している区間や空いている時間帯を探す。

人口減少地域の公共交通政策は、次第にこのような発想へ変わっていく必要があるのではないだろうか。

スクールバスだけで公共交通問題は解決しない

もちろん、スクールバスは万能ではない。

学校と住宅地を結ぶ通学経路と、高齢者が行きたい病院、スーパー、駅などの位置が一致するとは限らない。

学校自体がさらに統合されれば運行経路も変わる。

休日、夜間、学校休業日などには別の交通手段が必要になる場合もある。

だからこそ、遊佐町のようにデマンド交通を組み合わせたり、下仁田町のように時間帯によってスクールバスと地域交通を使い分けたりする発想が重要になる。

将来の人口減少地域では、一種類の交通機関ですべての住民を運ぶことよりも、

複数の小さな交通手段を組み合わせて、一つの地域交通網を作る

方が現実的になる可能性が高い。

スクールバスは人口減少社会の「地域の足」になり得る

2026年8月18日現在、群馬県下仁田町ではスクールバスと一般交通の混乗が実際に続けられており、山形県遊佐町でも一般住民が指定されたスクールバスを無料で利用できる。

したがって、

「スクールバスは人口減少地域の公共交通になり得るか」

という問いに対しては、もはや理論上の可能性だけを論じる段階ではない。

条件付きではあるが、すでに地域公共交通として機能している自治体が存在する。

これが2026年現在の答えである。

ただし、より重要なのはスクールバスそのものではない。

人口減少社会では、利用者だけでなく、運転手、車両、財源も減っていく。

そのとき必要になるのは、

「これは学校のバス」

「これは高齢者のバス」

「これは公共交通のバス」

と分けて考えることではなく、地域に残された車両と人員を、住民全体の生活を支える資源として再設計することである。

人口が減っても、人が暮らしている限り移動はなくならない。

むしろ学校、病院、商店が減るほど、生活に必要な移動距離は長くなる可能性がある。

人口減少社会とは、移動する人が単純にいなくなる社会ではなく、少ない人数を、より効率よく運ばなければならない社会なのである。

スクールバスは、その問題を考える上で非常に重要な地域資源の一つになっている。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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地方を歩いていると、家そのものは残っているのに、人の姿をほとんど見かけない集落があります。空き家が増え、子どもの声が聞こえなくなり、かつて何十世帯も暮らしていた場所に十数世帯しか残っていないことも珍しくありません。

では、集落はいったい何世帯まで減ると維持することが難しくなるのでしょうか。

この問いに「20世帯」「10世帯」と一つの数字だけで答えることはできません。集落によって年齢構成も違えば、道路や水路の管理方法、自治会の仕組み、周辺集落との関係も違うからです。

ただし、農林水産省などの調査を見ると、世帯数が減るにつれて共同活動が弱くなり、特に10戸を下回るあたりから集落機能の低下が目立ち、4戸以下になると維持がかなり難しくなるという傾向は確認できます。農林水産省は、集落内の戸数が9戸以下になると、用排水路の管理や農地保全など、集落が担ってきた共同活動が著しく減退する状況がみられるとしています。

重要なのは、家が何軒残っているかではありません。

その地域を支える「人」が何人残っているかです。

集落は住宅の集合ではなく「共同作業の組織」である

普段、私たちは集落を住宅が集まった場所として見ています。しかし、集落が存続するためには、住宅が存在するだけでは足りません。

道路脇の草刈り、水路や側溝の清掃、ごみ集積所の管理、自治会活動、防災活動、祭礼、共同施設の維持、地域内の連絡、高齢者の見守りなど、目立たない仕事が年間を通じて発生しています。

農林業センサスでは農業集落を、農業生産だけでなく社会生活の基礎となる地域社会として捉えています。実際、2020年の調査でも、多くの農業集落で環境美化、農道や水路の管理、共有財産の管理、福祉・厚生などが寄り合いの議題となっています。

つまり人口減少の本当の問題は、

「住む人が少なくなること」

だけではなく、

「集落を動かすための仕事を分担できる人数が減ること」

にあります。

100世帯で行っていた仕事が50世帯になったからといって、仕事量が半分になるわけではありません。

道路の長さも、水路の長さも、ごみ集積所も、地域の面積もほとんど変わらないからです。

30世帯が20世帯になっても、すぐには集落は消えない

例えば30世帯の集落が20世帯まで減ったとします。

この段階では、多くの場合、集落そのものが直ちに維持できなくなるわけではありません。

自治会長、会計、防災担当、道路管理などの役割を分担することもまだ可能でしょう。草刈りや清掃などについても、住民がある程度参加できれば対応できます。

しかし問題は、一世帯当たりの負担が徐々に重くなることです。

30世帯で30人が参加していた作業を20世帯で行えば、単純化すれば一人当たりの負担は1.5倍になります。

さらに人口減少が高齢化と同時に進めば、20世帯あっても実際に草刈りや側溝清掃に参加できる世帯が10世帯しかない、ということも起こります。

したがって「20世帯あるから大丈夫」とは言えません。

世帯数よりも、

実際に地域活動を担える世帯数

を見る必要があります。

10世帯を下回ると何が起きるのか

一つの重要な境目として考えられるのが「10世帯前後」です。

農林水産省の資料では、集落内の戸数が9戸以下になると、用排水路管理や農地保全などの共同活動が著しく減退する傾向が示されています。

もちろん、この数字は農業集落についての統計であり、全国すべての住宅集落に機械的に当てはめられる数字ではありません。

それでも、「10世帯」という数字には実務的な意味があります。

仮に10世帯のうち、高齢のため共同作業が難しい世帯が4世帯、仕事などの事情で参加しにくい世帯が2世帯あれば、実際に地域活動の中心を担えるのは4世帯程度になります。

自治会長、会計、防災、環境美化などを毎年交代しても、数年で同じ人に役職が戻ってきます。

一つの家から複数の役割を出さなければならない場合も増えます。

すると、人口減少が単なる人数の問題から、

地域運営そのものの問題

へ変わってきます。

5世帯前後になると「集落単独」という考え方が難しくなる

さらに世帯数が減り、5世帯前後になった場合はどうでしょうか。

農林水産政策研究所の分析では、総戸数4戸以下、人口9人以下、高齢化率50%以上の農業集落では、寄り合いや農業用用排水路の保全などの集落活動が急激に弱まることが確認されています。また、総戸数4戸以下の農業集落では、農業の担い手が存在しない集落が約7割に達していました。

別の2023年の分析でも、農家戸数4戸以下の集落では、2020年に環境美化・自然環境保全活動が行われていない割合が33.3%となり、20戸以上の集落の12.1%よりかなり高くなっています。

ここまで小さくなると、問題は「住民が協力するかどうか」だけではありません。

そもそも協力できる人数が物理的に足りなくなります。

例えば5世帯のうち3世帯が80歳以上であれば、草刈り機を使った作業や側溝清掃、防災活動などを事実上2世帯で支えることになりかねません。

こうなると、「もっと地域住民が協力すればよい」という精神論では解決できません。

集落の構造そのものを変える必要があります。

世帯数だけでは判断できない理由

ここで注意したいのは、同じ10世帯でも集落の維持能力には大きな差があることです。

例えば、40~60歳代を中心とする10世帯と、80歳代を中心とする10世帯では、地域活動を担える力はまったく違います。

さらに、集落の面積によっても違います。

住宅が一か所にまとまっている10世帯と、山間部に数キロメートルにわたって散在する10世帯では、道路や水路、土地を管理する負担が異なります。

周辺地域との関係も重要です。

農林水産政策研究所の分析では、小規模な農業集落でも、他の集落と連携することによって農業用用排水路の保全活動を維持している例が確認されています。

つまり、

「小さな集落=必ず消滅する」

という関係ではありません。

周辺集落との共同運営ができれば、小規模でも機能の一部を維持することは可能です。

集落の維持能力を簡単な式で考えてみる

集落の持続可能性を考えるために、単純なモデルを置いてみます。

集落に30世帯あったとしても、地域活動に参加できる世帯が15世帯しかなければ、実質的な担い手は15世帯です。

そこで、

実働世帯率 = 地域活動に参加可能な世帯数 ÷ 全世帯数

と考えます。

30世帯中24世帯が活動できれば実働世帯率は80%です。

一方、15世帯残っていても活動可能なのが6世帯なら40%しかありません。

集落維持を考えるときには、単純な人口や世帯数より、

世帯数 × 実働世帯率

を見る方が現実に近くなります。

例えば20世帯あっても実働率30%なら実働世帯は6世帯です。

反対に10世帯でも実働率80%なら8世帯あります。

したがって、人口減少地域では「あと何人住んでいるか」だけではなく、「地域を支えられる人があと何人いるか」を調べる必要があります。

高齢化は人口減少以上に集落を変える

農林水産政策研究所は、世帯数や人口が少ないことに加えて、高齢化が進んだ集落ほど共同活動が低下することを示しています。総戸数4戸以下、人口9人以下、高齢化率50%以上という条件が重なると、活動が急激に弱まる傾向があります。

これは地方の将来を考えるうえで非常に重要です。

人口が毎年1%減るだけなら、数字の変化は緩やかに見えます。

しかし、地域活動を担ってきた60~70歳代が80歳代へ移行すると、同じ人口であっても地域を維持する能力は急速に低下する可能性があります。

集落の「人口減少」と「機能低下」は、必ずしも同じ速度では進まないのです。

ある時点までは普通に自治会も草刈りも続いていた地域が、数年の間に急に維持できなくなることも考えられます。

外房でも問題になるのは「消滅」より先に起こる機能低下

外房の地域を考える場合にも、「集落がなくなるか」という問いだけでは十分ではありません。

実際には、誰も住まなくなるよりはるか以前から変化が始まります。

自治会の役員が決まらない。

草刈りの参加者が集まらない。

道路脇や空き地の管理が難しくなる。

高齢者だけでは防災活動ができない。

近所同士で行ってきた見守りが成立しなくなる。

こうした変化が少しずつ積み重なります。

農林水産省も、高齢化が進んだ農業集落では生活の利便性が低い傾向があり、買い物、医療、教育へのアクセスや高齢者の見守りなどの生活環境を維持することが重要だとしています。

つまり、集落の存続を考えるとき、本当に注目すべきなのは「最後の一世帯がいついなくなるか」ではありません。

生活共同体としての機能がいつ失われ始めるか

です。

目安としては「20戸・10戸・5戸」の三段階で考えられる

これまでの調査結果を、一般の地域を考えるための目安として整理すると、次のように考えることができます。

20世帯前後までは、担い手の年齢構成が良ければ単独での地域運営を維持できる可能性が比較的高い。

しかし20世帯を下回る頃から、一世帯当たりの役割負担や共同作業負担が目立ち始めます。

10世帯前後になると、共同活動を従来の仕組みのまま維持することが難しくなる可能性が高まります。

そして、

5世帯前後では、集落単独であらゆる機能を維持する発想そのものを見直す必要が出てきます。

ただし、これは全国共通の絶対的な境界線ではありません。農業集落の統計を参考にした実務的な目安です。

実際の維持可能性を決めるのは、

世帯数、年齢構成、実働人口、集落面積、インフラ量、周辺集落との連携、行政による支援などの組み合わせです。

集落を残す方法は「人口を元に戻すこと」だけではない

人口減少対策というと、移住者を増やすことが最初に考えられます。

もちろん新しい住民が増えることには意味があります。

しかし、日本全体の人口が減少する中で、すべての小規模集落を移住だけで再び数十世帯に戻すことは現実的ではありません。

そこで必要になるのが、集落単位で行ってきた仕事を広域化する発想です。

一つの集落で自治会、防災、草刈り、水路管理などをすべて完結させるのではなく、複数集落で共同化する。

住民で維持できない作業は行政や事業者に移す。

自治会組織そのものも広域化する。

こうした仕組みに変えることで、「10世帯だから維持できない」という単純な関係を変えることはできます。

実際、小規模な農業集落でも他集落との連携によって保全活動を維持している例があり、人口減少社会では、集落の統合や連携がますます重要になると考えられます。

問題は「何世帯残るか」ではなく「何世帯で何を維持するか」

「集落は何世帯まで減ると維持できないのか」。

この問いに一つの数字で答えるなら、農業集落のデータからは10世帯を下回るあたりが重要な警戒点になります。

そして5世帯前後まで減少し、高齢化も進めば、従来型の共同活動を集落だけで維持することはかなり難しくなります。

しかし、本当に重要なのは世帯数そのものではありません。

人口30人の集落でも地域活動を担える人が3人しかいなければ、維持能力は低い。

人口15人でも比較的若い住民が多く、隣の集落と協力できれば、維持できる機能は増えます。

これから人口減少が進む地方で問われるのは、

「この集落を何世帯まで残せるか」

ではなく、

「少ない世帯数になったとき、どこまでを住民自身で維持し、どこからを周辺地域や行政と共同化するのか」

という問題なのではないでしょうか。

集落は、最後の住民がいなくなった日に突然消えるわけではありません。

そのずっと前から、草刈り、自治会、防災、見守り、道路や水路の管理といった小さな機能が一つずつ失われていきます。

地方の将来を見るなら、人口だけでなく、こうした「集落機能の残存率」を見ていく必要があります。

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外房の生活インフラは30年後どこまで残るのか

千葉県の外房に暮らしていると、現在の生活だけを見れば、人口減少がすぐに生活を困難にするようには感じないかもしれません。

道路があり、水道があり、スーパーやドラッグストアがあり、自動車を使えば病院にも行けます。宅配便も届き、ガソリンも給油できます。地域によって差はありますが、「地方だから生活できない」という状況ではありません。

しかし、問題は30年後です。

人口が減少したとき、道路、水道、医療、介護、商店、公共交通、ガソリンスタンド、ごみ収集といった生活インフラは、現在と同じ形で維持されるのでしょうか。

結論からいえば、外房から生活インフラそのものが消えてしまう可能性は低いでしょう。

一方で、「どこに住んでいても、今と同じ距離、同じ頻度、同じ料金で利用できる」という状態は維持しにくくなると考える方が現実的です。

30年後の外房で起こる可能性が高いのは、生活インフラの消滅ではありません。

集約、広域化、拠点化です。

2050年はすでに予測できる未来である

国立社会保障・人口問題研究所は、2020年の国勢調査を基準として、市区町村別の人口を2050年まで推計しています。つまり、現在から約30年後を完全に予測することはできなくても、その少し手前にある2050年までなら、人口構造についてかなり具体的な見通しが存在しています。

重要なのは、単純に人口が減ることではありません。

道路の延長が人口と同じ割合で短くなるわけではなく、水道管も人口が減った地区だけ自動的に撤去できるわけではありません。消防、救急、ごみ収集、郵便なども、利用者が半分になったから業務量を単純に半分にできるものではありません。

ここに人口減少地域特有の問題があります。

仮に人口が3割減少しても、地域の面積が3割小さくなるわけではありません。

むしろ、少ない住民で広い地域のインフラを支えることになります。

したがって外房の30年後を考えるとき、本当に重要なのは人口の総数ではなく、「一人の住民を支えるために、どれだけ長い道路、水道管、移動距離、行政サービスを維持しなければならないか」という人口密度の問題なのです。

水道は残る。ただし「町ごとの水道」ではなくなっていく

生活インフラの中でも、水道は比較的最後まで維持される可能性が高いものです。

水は生活そのものに直結しており、行政が簡単に供給をやめることはできません。

しかし、その運営方法はすでに変わり始めています。

勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町では、2025年4月1日にそれぞれの水道事業が統合され、現在は夷隅郡市広域市町村圏事務組合が2市2町の水道事業を運営しています。

これは30年後の外房を考えるうえで非常に重要な動きです。

人口が減少したから水道をなくすのではなく、自治体単独で維持する仕組みをやめ、広い地域で共同運営することによって残そうとしているからです。

今後、水道施設や管路の更新が必要になる一方、料金収入の基礎となる給水人口は減っていきます。この構造では、小さな自治体がそれぞれ浄水施設、設備、人員、料金徴収などを抱えるより、広域化した方が合理的です。

そのため30年後も外房で水道が使えなくなるというより、事業主体の大型化、施設の統合、設備の集約がさらに進む可能性の方が高いでしょう。

ただし、それは「現在と同じ料金で維持できる」ことを意味しません。

利用者が減る一方で老朽化した管路を更新するなら、一人当たりの維持負担が上昇する可能性は残ります。

水道は残る。しかし、維持コストの問題は残る。

これが最も現実的な見方でしょう。

道路もなくならない。しかし「すべてを同じ水準で維持する」ことが難しくなる

道路も水道と似ています。

主要国道や県道、自治体間を結ぶ幹線道路が30年後になくなるとは考えにくいでしょう。物流、救急、防災、通勤、観光など、地域そのものを維持するために必要だからです。

問題になるのは生活道路です。

人口が減り、空き家が増えても道路そのものは残ります。数世帯しか住んでいない地区でも、舗装補修、側溝、草刈り、倒木対策などは必要です。

ここでも人口減少とインフラ量が比例しない問題が生じます。

その結果として将来起こりやすいのは、「道路がなくなる」というより、維持管理の優先順位が明確になることです。

主要道路は重点的に維持する。一方、利用量の少ない道路では補修頻度を下げる。行政だけではなく、地域住民や民間事業者との役割分担を増やす。

そのような差が現在以上に大きくなると考えた方が自然です。

30年後の外房では、同じ市町村の中でも、幹線道路に近い地区と山間部や人口の少ない地区との生活条件の差が大きくなっている可能性があります。

最も先に変わるのは公共交通かもしれない

水道や道路より、人口減少の影響を直接受けやすいのが公共交通です。

バスや鉄道は、利用者が減れば運賃収入も減ります。それでも運転士、車両、燃料、整備などの費用は必要です。

実際、外房の自治体では、すでに地域公共交通を行政が支える仕組みが導入されています。御宿町でも地域公共交通確保のための事業が行われており、過去の国の事業評価では利用者数や収入目標が未達となった年度もあります。

30年後に考えられるのは、現在の路線をそのまま維持することではなく、交通手段そのものを再設計することです。

大型バスが決められた路線を一日に何便も走る仕組みから、予約型の乗合交通、小型車両、病院や商業施設への目的地型交通などへ移行する可能性があります。

つまり、

公共交通がなくなるのではなく、「時刻表に合わせて乗る交通」から「必要な人を必要な場所へ運ぶ交通」へ変わる。

外房の人口密度を考えれば、この方向の方が合理的です。

スーパーや商店は「人口」より「商圏」で残る場所が決まる

スーパー、ドラッグストア、ホームセンターなどは行政サービスではありません。

採算が取れなければ撤退します。

そのため、水道や道路よりも人口減少の影響が早く現れます。

ただし、人口が減ったから一律に店がなくなるわけでもありません。

重要なのは商圏です。

周辺地域から自動車で客を集められる店舗、幹線道路沿いの店舗、複数の生活サービスをまとめて提供できる店舗は残りやすい。一方、小さな地区の住民だけを対象とする店舗は経営が難しくなります。

その結果、30年後の外房では商業施設が現在以上に拠点へ集中する可能性があります。

自宅から数分の場所に店舗がある地域と、買い物のために10キロ、20キロ移動しなければならない地域との差が広がるかもしれません。

そのとき重要になるのが宅配です。

人口が少ない地域では、「店舗を各地区に置く」よりも「商品を各家庭へ運ぶ」方が合理的になる場合があります。

したがって、人口減少地域の買い物問題は単純な店舗数の問題ではありません。

店舗型サービスから配送型サービスへの転換も含めて考える必要があります。

ガソリンスタンドは重要な弱点になる

自動車依存度の高い外房では、公共交通以上に注意したいのがガソリンスタンドです。

資源エネルギー庁も、ガソリン需要の減少や後継者問題などを背景として給油所が減少する地域を「SS(Service Station・ガソリンスタンド)過疎地」として対策の対象にしています。

外房でガソリンスタンドが減ると、都市部以上に影響が大きくなります。

鉄道やバスが少ないため、自動車そのものが生活インフラになっているからです。

ただし、30年という期間で考えると、自動車側も変化します。電動化が進めば、家庭や商業施設で充電できる車が増える可能性があります。

このため30年後の問題は、「ガソリンスタンドが何軒残るか」だけではありません。

地域で自動車を動かすためのエネルギーをどのように供給するのかという問題へ変化している可能性があります。

給油所が減る一方、自宅充電や拠点型充電設備が普及すれば、自動車利用そのものは維持できるかもしれません。

ここは30年間で最も構造が変化する可能性がある分野です。

医療は「病院がなくなる」より「近くですべて診てもらえなくなる」

医療も重要です。

千葉県は現在の保健医療計画でも、地域ごとの医師確保や医師偏在を政策課題として扱っています。

人口が減少すれば患者数も減りますが、高齢者が多い地域では人口減少と同じ割合で医療需要が減るとは限りません。

むしろ問題は、医療を提供する側の人材です。

医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師をはじめ、多くの人員が必要です。人口の少ない地域ですべての診療科を維持することは難しくなります。

その結果として考えられるのは、医療機関そのものが全面的になくなることよりも、医療機関ごとの役割分担が明確になることです。

日常的な診療は地域で受ける。しかし、手術や高度な検査、専門診療は一定規模の病院へ集約する。

オンライン診療や遠隔医療も補助的に使われるでしょう。

つまり30年後には、「病院まで何キロか」という距離だけでは生活の安心度を判断できなくなります。

その病院で何ができるのか。

こちらの方が重要になります。

介護は施設より「人」が問題になる

高齢化する外房で最も難しい問題の一つが介護です。

介護施設を建設すること自体は可能です。

しかし、介護職員、看護職員、ケアマネジャーなどがいなければサービスは提供できません。

特に訪問介護や訪問看護では、人口が薄く分布していることが大きな問題になります。

一人の利用者を訪問し、次の利用者宅まで何キロも移動する場合、都市部より一日に訪問できる人数が少なくなります。

人口密度が低い地域では、移動時間そのものが介護サービスのコストになるのです。

したがって30年後の外房では、施設介護、訪問介護、通所介護、小規模多機能型サービス、送迎などを別々の事業として考えるのではなく、地域単位で組み合わせる必要性が現在以上に高まるでしょう。

介護保険制度が存在していても、事業者や職員がいなければ実際のサービスは提供できません。

制度があることと、サービスを利用できることは別の問題です。

ここは30年後の生活を考えるうえで非常に重要です。

ごみ収集や行政サービスも広域化する

ごみ処理、消防、水道などは、すでに自治体の境界を越えた運営との相性がよい分野です。

実際、御宿町でも、水道事業だけでなく、ごみ処理などについて近隣自治体との広域的な取り組みが進められています。

人口が減れば、町ごとに焼却施設や専門職員を持つより、複数自治体で共同運営した方が効率的になります。

30年後には「御宿町のサービス」「勝浦市のサービス」「いすみ市のサービス」という区分よりも、「夷隅地域として提供するサービス」が増えていても不思議ではありません。

自治体そのものがなくならなくても、実際の行政サービスは広域化していく。

水道ですでに始まった変化が、他の分野でも進む可能性があります。

30年後に残りやすいもの、変わりやすいもの

ここまでを整理すると、生活インフラには性質の違いがあります。

水道、幹線道路、消防、救急、ごみ処理などは公共性が非常に高いため、形を変えながらも維持される可能性が比較的高いでしょう。

一方、スーパー、ガソリンスタンド、飲食店などは民間事業であり、地域の人口や商圏に強く左右されます。

公共交通、診療所、介護サービスはその中間にあります。

社会的には必要ですが、利用者が減れば単独の事業として成立しにくくなるため、行政支援、広域化、集約化、送迎、訪問、デジタル技術などを組み合わせなければ維持できなくなります。

したがって30年後に最も大きな変化が起こるのは、インフラの「有無」ではありません。

インフラまでの距離です。

そして、

サービスを受けるために必要な移動量です。

「外房に住めるか」ではなく「外房のどこに住むか」が重要になる

30年後も外房で生活することは十分可能でしょう。

しかし、どこに住んでも同じ条件で生活できるとは考えにくくなります。

駅、スーパー、医療機関、幹線道路などが比較的近い生活拠点では、人口が減少してもサービスを集約して維持しやすい。

一方、住宅が広く分散している地域では、一つ一つのサービスまでの距離が長くなり、自動車への依存度がさらに高まる可能性があります。

人口減少によって外房全体が一様に衰退するのではありません。

むしろ、

便利な場所と不便な場所の差が大きくなる。

これが30年後の外房を考えるうえで最も重要な視点ではないでしょうか。

移住を考える場合も、現在の景観や住宅価格だけでなく、30年後に生活拠点となり得る場所との距離を見る必要があります。

若いうちは車で30分走ることが問題にならなくても、80歳になったときにも同じ移動ができるとは限りません。

住宅そのものより、周囲にどのような機能が残りそうなのかを見る必要があります。

外房は消えるのではなく「薄く、広く」から「小さく、集約して」へ変わる

30年後の外房から、水道も道路も医療も商店もすべて消えてしまうという未来は現実的ではありません。

しかし、現在の生活環境がそのまま維持されると考えることも現実的ではありません。

人口が減少すれば、生活インフラは再配置されます。

水道は広域化し、医療は役割分担し、公共交通は予約型へ変わり、店舗は拠点へ集まり、商品やサービスの一部は家庭まで運ばれるようになるでしょう。

つまり外房の30年後を表す言葉は「消滅」ではありません。

集約です。

これまでの地方は、広い地域に人が住み、その人々を道路、商店、病院、学校、公共交通などが支えてきました。

人口が減少する社会では、この構造をそのまま維持することが難しくなります。

これから必要になるのは、人口を無理に以前の規模へ戻そうとすることだけではなく、少ない人口でも生活できる地域構造をつくることです。

外房で本当に問われているのは、

30年後に人口が何人残るのかではありません。

その人口で、どの範囲まで生活圏を維持できるのか。

そこに、これからの外房の生活を考える核心があります。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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病院や診療所で診察を受ければ、それで医療が完結するわけではありません。

薬を処方された場合、患者はその後に薬局へ行き、薬を受け取る必要があります。高齢者にとっては、病院まで行くことだけでなく、診察後に別の場所へ移動して薬を受け取ることまで含めて「通院」です。

人口減少が進む地方では、病院や診療所の将来が問題になる一方、薬局についてはあまり注目されません。しかし、医療機関が残っていても、近くに薬局がなくなれば、地域住民にとって医療へのアクセスは確実に変化します。

では、地方の薬局は30年後も現在と同じように近くに残っているのでしょうか。

最初に結論を述べると、地方から薬局そのものが一斉になくなる可能性は低いものの、「自宅や診療所の近くに薬局があり、営業時間中に薬剤師がいて、必要な薬をその場で受け取れる」という現在の形がすべての地域で維持されるとは考えにくいでしょう。

むしろ将来は、店舗の集約、営業時間の短縮、在宅訪問、オンライン服薬指導、薬の配送、広域的な薬局間連携などを組み合わせ、「薬局という店舗を残す」ことから「処方薬を受け取れる機能を残す」ことへ重点が移っていく可能性があります。

全国には6万を超える薬局があるが、地域差は大きい

厚生労働省の資料では、日本全国の薬局数は6万店を超えています。一見すると、薬局不足はそれほど深刻ではないようにも見えます。

しかし、全国の総数だけでは地方の実態は分かりません。

厚生労働省の統計では、薬局が一つもない町村も存在しています。また、薬剤師についても全国に均等に配置されているわけではなく、都市部へ集中する傾向があります。厚生労働省は薬剤師についても「偏在」という問題を政策課題として扱っています。

つまり、

全国に薬局が多い ≠ どの地域にも十分な薬局がある

ということです。

さらに、厚生労働省が2025年の中央社会保険医療協議会で示した資料では、薬局1店舗当たりの勤務薬剤師数は平均2.7人、処方箋枚数は1か月当たり約1,100枚とされています。比較的小規模な薬局が多いことが分かります。

地方の小規模薬局を考える場合、この「店舗数」だけでなく「何人の薬剤師で運営しているか」が重要になります。

30年後を考えるとき、人口だけを見てはいけない

国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、2020年の国勢調査を基準として、市区町村別人口を2050年まで推計しています。

2026年から30年後は2056年です。そのため、市区町村単位で「2056年に薬局が何店残るか」を現在の公的資料から正確に推計することはできません。

しかし、2050年までの人口推計を見るだけでも、多くの地方では人口減少が長期間続くことを前提に考える必要があります。

ここで注意しなければならないのは、

人口が30%減る = 薬の需要も30%減る

とは限らないことです。

医薬品を多く利用するのは高齢者層です。人口全体が減少しても、一定期間は高齢者の割合が高い状態が続く地域があります。

したがって、地域人口が減ったからといって、処方箋需要が同じ割合で減少するとは限りません。

問題になるのは、むしろ需要よりも供給側です。

薬局経営には、患者数が減っても残る費用がある

薬局にも固定的な費用があります。

店舗を営業するには、薬剤師や事務職員の人件費、建物の賃料や維持費、調剤設備、レセプトコンピューター、通信設備、医薬品在庫、電気料金などが必要です。

患者が1割減ったからといって、これらの費用をすべて1割減らせるわけではありません。

極端に考えれば、1日に100人の患者が来る薬局でも30人しか来ない薬局でも、営業する以上は一定時間、薬剤師を配置しなければなりません。

そのため、

患者数の減少率 ≠ 薬局運営費の減少率

となります。

これは人口減少地域のスーパー、病院、公共交通などにも共通する構造です。

患者数が一定水準を下回ると、地域には薬を必要とする住民がいても、店舗として採算を維持することが難しくなる可能性があります。

つまり、

需要がある ≠ 現在と同じ店舗形態で事業が成立する

という問題です。

薬剤師が確保できなければ店舗だけあっても機能しない

さらに重要なのが薬剤師です。

薬局は建物だけでは営業できません。

厚生労働省は薬剤師の地域偏在を把握するため、薬剤師偏在指標を整備しています。地域によって薬剤師の確保状況が異なること自体が、すでに政策上の課題になっています。

人口減少地域では、薬局経営の採算だけでなく、そこで働く薬剤師を継続的に確保できるかという問題が加わります。

例えば、経営者が高齢になって後継者がいない場合、患者が一定数残っていたとしても閉局する可能性があります。

チェーン薬局であっても、薬剤師を確保できなければ営業時間の短縮や店舗統合という判断が必要になるでしょう。

したがって将来の薬局を考える場合には、

薬局数 +薬剤師数 +営業時間 +必要な医薬品を供給できる能力

を一体として見る必要があります。

「近くに薬局がある」だけでは十分ではない

生活者にとって重要なのは、行政区域内に薬局が何店舗あるかではありません。

例えば、自宅から10km離れた場所に薬局が1軒残っていたとしても、自動車を運転できない高齢者にとって利用できるとは限りません。

診察を受けた病院から薬局まで移動しなければならない場合もあります。

また、営業時間が短くなれば、診療時間との組み合わせによっては当日に薬を受け取れないことも考えられます。

そこで、地域住民にとっての「薬へのアクセス」を、分析のために次のように整理できます。

薬へのアクセス =薬局・調剤拠点の存在 +薬剤師の確保 +必要な薬の在庫・調達能力 +営業時間 +患者の移動手段 +在宅訪問 +配送 +オンライン利用能力

これは公的な指標ではなく、問題構造を理解するための概念的整理です。

この式から分かるのは、薬局が1店舗減ったから直ちに地域医療が維持できなくなるわけでもなければ、1店舗残ったから安心ともいえないということです。

オンライン服薬指導があれば解決するのか

将来の有力な選択肢の一つがオンライン服薬指導です。

薬剤師と情報通信機器を使って服薬指導を行うことで、患者が毎回薬局まで移動しなくてもよい場面を増やせます。

厚生労働省も、オンライン服薬指導や電子処方箋などを含む薬局業務のデジタル化を進めています。

地方では非常に重要な仕組みになる可能性があります。

ただし、

オンライン服薬指導ができる = 薬局へのアクセス問題がすべて解決する

わけではありません。

薬そのものは患者の手元へ届ける必要があります。

スマートフォンや通信環境を利用できることも前提になります。

高齢者が自分で電子処方箋、オンライン予約、ビデオ通話、決済などを操作できるかという問題もあります。

さらに、薬剤師そのものが不足していれば、オンラインに切り替えただけでは人的資源は増えません。

デジタル化は「患者の移動」を減らすことはできますが、「薬剤師が必要」という構造までなくすものではありません。

在宅訪問も万能ではない

在宅療養者に対して薬剤師が訪問する仕組みも重要になります。

特に自動車を運転できない高齢者、寝たきりの人、複数の薬を使用している人にとって、薬剤師が自宅を訪問して薬の管理まで確認することには大きな意味があります。

一方で、訪問サービスには地方特有の問題があります。

利用者の家が離れていれば、薬剤師は移動しなければなりません。

訪問薬剤師の勤務時間を単純化すると、

勤務時間 =服薬管理・指導時間 +移動時間 +調剤時間 +記録・連絡・調整時間

となります。

これも公式指標ではなく、構造を理解するための整理です。

人口密度が低い地域では、患者が減っても一人当たりの移動距離は短くなりません。

これは訪問看護や訪問介護と同じ問題です。

患者が薬局へ行かなくてよくなる代わりに、薬剤師が患者のところへ移動することになります。

したがって、在宅訪問を増やせばすべて解決するわけではありません。

30年後に残りやすい薬局と残りにくい薬局

以上を考えると、将来も残りやすいのは、単に現在患者数が多い薬局だけではないでしょう。

地域の複数医療機関から処方箋を受け付けられ、在宅医療にも対応し、必要に応じてオンライン服薬指導や配送を利用できる薬局ほど、地域医療の拠点として残る可能性があります。

厚生労働省も、外来時だけでなく在宅医療や入退院時の情報連携などに対応する「地域連携薬局」の制度を設けています。

反対に、特定の一つの診療所からの処方箋への依存度が高く、地域人口が減り、後継者がおらず、薬剤師の採用も難しい小規模薬局は、今後厳しい条件になる可能性があります。

ただし、個別薬局の将来の閉店・存続可能性は経営情報が公開されていないため、外部から正確に判断することはできません。

将来は「各地区に1店舗」より広域ネットワークになる可能性がある

人口が大幅に減少した地域で、すべての薬局を現在と同じ店舗数、同じ営業時間で維持することは現実的でない場合があります。

一方で、薬局を大きな都市へ集中させるだけでは、自動車を運転できない高齢者の負担が増えます。

そこで現実的なのは、

一定規模の調剤拠点 +診療所との連携 +在宅訪問 +オンライン服薬指導 +配送 +地域交通

を組み合わせる方法でしょう。

これは、現在の薬局をすべてそのまま残す考え方とは異なります。

守る対象を、

「薬局という店舗」から「住民が必要な薬を安全に受け取れる機能」へ変える

ということです。

病院が残っていても、薬を受け取れなければ医療アクセスは完成しない

地方医療を考えるとき、病院数や医師数が注目されやすいのですが、住民の生活から考えると、その後の処方薬まで含める必要があります。

特に高齢者の場合、

自宅から病院へ行き、診察を受け、薬局へ移動し、薬を受け取り、自宅へ戻るところまでが一連の医療行動です。

したがって、

病院で診察を受けられる ≠ 必要な薬まで受け取れる

と考える必要があります。

今後、地方の医療機関が集約されれば、病院と薬局の立地も変わっていく可能性があります。そのとき、医療提供者側の効率だけでなく、患者本人の移動時間、家族による送迎、交通費、待ち時間まで含めて評価する必要があります。

地方の薬局はなくなるのではなく、「形」が変わる可能性が高い

30年後の地方で、現在と同じ数の薬局が、現在と同じ場所で、現在と同じ営業時間を維持している可能性は高いとはいえません。

人口減少、患者数の変化、薬剤師の地域偏在、後継者問題、店舗経営の固定費などを考えれば、一定の集約は避けにくいでしょう。

しかし、それは直ちに「地方では薬を受け取れなくなる」という意味でもありません。

調剤拠点を集約しながら、電子処方箋、オンライン服薬指導、在宅訪問、配送、地域交通などを組み合わせれば、薬局店舗が減っても薬へのアクセスを維持できる地域はあります。

重要なのは、薬局数を守ることそのものではありません。

30年後も、住民が必要なときに、必要な薬を、安全に、無理のない移動と負担で受け取れるか。

地方の薬局問題は、この視点から考える必要があります。

人口減少社会で守るべきなのは「現在と同じ店舗配置」ではなく、地域住民が処方薬へ到達できる仕組みそのものではないでしょうか。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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地方で暮らしていると、ガソリンスタンドがあることを特別な生活インフラだと意識する機会は、それほど多くありません。車で買い物へ行き、通院し、仕事へ向かい、農作業や事業に使う車両に燃料を入れる。灯油を購入する家庭もあります。現在はそれが日常の一部として成立しています。

しかし、人口減少が今後も続き、自動車の燃費が改善し、さらに自動車そのものの電動化が進んでいけば、地方のガソリンスタンドを取り巻く経営環境は今より厳しくなります。

問題は、単純に「電気自動車が増えればガソリンスタンドが不要になる」ということではありません。むしろ地方では、ガソリンの需要が減少していく途中の長い期間に、一定数のガソリン車や軽油を使う車両が残るにもかかわらず、それを支えるガソリンスタンドの方が先に姿を消していく可能性があります。

30年後の地方を考えるとき、本当に重要なのはこちらの問題です。

ガソリンスタンドはすでに大きく減っている

日本のガソリンスタンドは、将来になって突然減り始めるわけではありません。すでに長期間にわたって減少しています。

資源エネルギー庁によると、全国の給油所数は1994年度末に6万421か所ありました。それが2024年度末には2万7009か所まで減少しています。約30年間で半分以下になった計算です。直近でも2023年度末の2万7414か所から、2024年度末には405か所減少しました。

つまり、「30年後にガソリンスタンドが減るのか」という問いを立てる以前に、日本では過去30年間ですでに約3万3000か所の給油所がなくなっています。

しかも、減少の理由を電気自動車だけに求めることはできません。人口減少、自動車の燃費向上によるガソリン需要の縮小、経営者の高齢化や後継者不足、人手不足など、複数の要因が重なっています。資源エネルギー庁も、こうした事情によってガソリンスタンドが減り続けていると認識しています。

この構造を考えると、人口減少の大きな地方ほど問題は深刻になります。

人口が30%減れば、ガソリンの需要も小さくなる

ガソリンスタンドは道路があれば成立する施設ではありません。当然ながら、一定量の燃料を購入する利用者が必要です。

例えば、ある地域に現在1万人が暮らし、3000台の自動車が日常的に利用されているとします。それが30年後に人口6000人となり、保有される自動車が2000台程度まで減ったとすれば、それだけでも地域全体の燃料需要は小さくなります。

さらに、一台当たりの燃料消費量も減少する可能性があります。

ハイブリッド車の普及やエンジンの燃費改善によって、同じ距離を走るために必要なガソリンは以前より少なくなっています。そこへ電気自動車やプラグインハイブリッド車が増えていけば、ガソリンスタンドで販売される燃料の量はさらに減ります。

したがって、

人口減少 × 自動車台数減少 × 燃費改善 × 電動化

という複数の要因が、同時にガソリン需要を押し下げることになります。

地方のガソリンスタンドにとって厳しいのは、利用者がゼロになることではありません。「利用する人はまだかなりいるのに、店舗を維持できるだけの販売量には届かない」という状態になることです。

ここに地方特有の難しさがあります。

「ガソリン車がなくなるまで残る」とは限らない

政府は2035年までに、乗用車の新車販売を電動車100%とする目標を掲げています。ただし、この「電動車」にはEV(Electric Vehicle・電気自動車)だけでなく、HEV(Hybrid Electric Vehicle・ハイブリッド自動車)、PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle・プラグインハイブリッド自動車)、FCV(Fuel Cell Vehicle・燃料電池自動車)も含まれます。したがって、2035年になればガソリンを使用する乗用車が販売されなくなる、という意味ではありません。

さらに、自動車は購入してから十年以上使用されることも珍しくありません。

2035年以降も、現在販売されているガソリン車やハイブリッド車は長期間道路を走ります。農業機械、建設機械、トラック、二輪車、発電機などを含めれば、液体燃料への需要はさらに長く残るでしょう。

したがって2040年代、2050年代になっても、地方に石油燃料を必要とする人が完全にいなくなるとは考えにくいのです。

ところが問題は、その少ない需要だけでガソリンスタンドの経営が成立するかどうかです。

仮にある地域で現在三つのガソリンスタンドが営業していて、30年後の燃料需要が現在の半分になったとします。単純に考えれば、三店舗が少ない需要を分け合うより、一店舗に需要を集約した方が経営は成立しやすくなります。

その結果として起きるのは、ガソリンスタンドの完全消滅より先に、給油できる場所の集約でしょう。

三店舗が二店舗になり、二店舗が一店舗になり、住民が給油のために移動する距離が少しずつ長くなっていく可能性があります。

「町に一軒ある」状態になったとき、問題の性質が変わる

資源エネルギー庁は、市町村内のガソリンスタンドが3か所以下となった地域を「SS(Service Station・サービスステーション)過疎地」として扱っています。人口減少や燃料需要の縮小を背景に、このような地域は増加しています。

ガソリンスタンドが三店舗から二店舗になるだけなら、住民生活への影響は限定的に見えるかもしれません。

しかし二店舗が一店舗になると、意味は大きく変わります。

唯一の店舗が設備故障や人手不足で休業すれば、その地域には給油場所がありません。経営者が高齢になり、後継者が見つからなければ、町全体の燃料供給が一つの事業者の経営判断に左右されます。

競争の問題もあります。

都市部では複数のスタンドから価格やサービスを比較できますが、一店舗しかなければ住民に選択肢はありません。一方で、その一店舗に過度な価格競争を求めれば、今度は店舗そのものが維持できなくなります。

つまりガソリンスタンドが極端に少なくなった地域では、ガソリン販売を通常の小売業だけとして考えることが難しくなります。

水道、公共交通、診療所などと同じように、「採算だけでは維持しにくいが、なくなると生活が困る施設」という性格が強くなっていきます。

地方では「最後の一軒」を市場原理だけで維持できるのか

ここから先は、地方のガソリンスタンド問題が地域政策の問題へ変わります。

人口5000人の町と人口50万人の都市では、一店舗のガソリンスタンドが持つ意味が違います。

都市で一店舗が閉店しても、数百メートル先や数キロ先に別の店舗がある場合があります。しかし地方では、一店舗がなくなった結果、次のガソリンスタンドまで十数キロ、場合によってはそれ以上走らなければならなくなることがあります。

さらに地方ほど自動車への依存度が高いという逆説があります。

鉄道やバスが十分にある都市なら、ガソリンスタンドが減っても生活そのものへの影響は比較的小さいでしょう。ところが公共交通の弱い地方では、高齢者の通院、買い物、介護、訪問看護、宅配、農業、建設、行政業務まで自動車に依存しています。

「人口が少ないからガソリンスタンドがなくなる」のに、「人口が少ない地域ほど自動車がなければ暮らしにくい」のです。

ここに、単純な市場原理だけでは解決しにくい構造があります。

実際、国もガソリンスタンドを単なる民間小売店とは位置付けていません。経済産業行政では地域の燃料供給を支える重要な社会インフラとして扱われ、過疎地域での供給体制維持への支援が行われています。2026年にも資源エネルギー庁の研究会で、自治体向けのガソリンスタンド維持に関するガイドライン案が検討されています。

災害時には、ガソリンスタンドの意味がさらに大きくなる

地方の燃料供給を考える際、平常時の採算だけでは評価できないもう一つの理由があります。

災害です。

大規模停電や道路寸断が起きたとき、救急車、消防車、自治体車両、復旧工事車両、発電機などには燃料が必要です。一般家庭でも停電時に自動車を移動手段として使います。

資源エネルギー庁は、自家発電設備を備え、停電時にも給油を継続できるガソリンスタンドを「住民拠点SS」として整備してきました。

これはガソリンスタンドが単なる「車に燃料を売る店」ではなく、災害時のエネルギー供給拠点でもあることを示しています。

とくに房総半島のように台風や停電の影響を受ける可能性がある地域では、平常時には利用量の少ない店舗でも、非常時には地域全体を支える施設になる可能性があります。

経済合理性だけで店舗数を減らした結果、非常時の地域対応力まで低下するのであれば、それは別のコストを生みます。

では30年後、地方のガソリンスタンドはどうなっているのか

30年後に現在と同じ形のガソリンスタンドが、現在と同じ数だけ残っている可能性は高くありません。

一方で、すべてが電気自動車に置き換わり、ガソリンスタンドそのものが不要になっていると考えるのも極端です。

現実には、その中間が長く続く可能性があります。

ガソリンや軽油の販売量は減る。しかしゼロにはならない。電気自動車の充電需要は増える。地域によっては灯油やLP(Liquefied Petroleum・液化石油)ガスなどのエネルギー供給も必要です。さらに災害対応、カーサービス、配送、地域商店的な機能まで組み合わせなければ事業として成立しにくくなるでしょう。

つまり30年後に残っている施設は、現在の意味での「ガソリンスタンド」というより、地域エネルギー拠点へ変わっている可能性があります。

ガソリンと軽油を給油し、電気自動車を充電し、灯油を販売し、災害時には非常用電源を使って地域へエネルギーを供給する。そのほかのサービスを組み合わせる施設になれば、少ない人口でも維持できる可能性は高まります。

しかし、それでもすべての地域に現在と同じ密度で配置することは難しいでしょう。

外房では「あるか、ないか」より「何キロ先にあるか」を見る必要がある

外房の将来を考える場合、ガソリンスタンドの総数だけを見ても十分ではありません。

重要なのは、住宅地から最寄りの給油所までの距離です。

人口が減って一店舗ずつ撤退すると、地域全体ではガソリンスタンドが残っていても、特定の地区では給油のために往復20キロ、30キロ移動しなければならない状況が生まれる可能性があります。

そのとき問題になるのは、ガソリン価格そのものよりも「給油するための移動コスト」です。

仮に往復20キロ走らなければ給油できないとすれば、そのためにも燃料を使います。高齢になって長距離運転が難しくなれば、距離はさらに大きな負担になります。

したがって地域分析では、

人口に対するガソリンスタンド数

だけではなく、

居住地から最寄り店舗までの平均距離

高齢者人口

自動車保有率

公共交通の代替可能性

まで一緒に考える必要があります。

地方の生活インフラでは、施設が行政区域内に存在することと、住民が実際に利用できることは同じではないからです。

30年後も「残る」のではなく、「残さなければならない地域」が出てくる

地方のガソリンスタンドは、これから30年間でさらに減っていく可能性が高いと考えるのが自然です。

ただし、一定水準まで減った後も同じ速度で減り続けられるとは限りません。

最後の一店舗がなくなれば、その地域の住民だけでなく、救急、消防、介護、宅配、農業、建設、行政などにも影響が及びます。

その段階になると、「事業者が採算を取れるか」という問題だけでは済まなくなります。

地域バスと同じように、自治体が施設維持に関与する地域が増える可能性があります。複数事業者による共同運営、公設民営、設備更新への補助、営業時間の調整、他業種との複合化など、従来とは異なる維持方法が必要になるでしょう。

実際に国がSS過疎地対策を進めていること自体、燃料供給を完全に市場任せにはできない地域がすでに現れていることを示しています。

30年後の地方で問題になるのは、「ガソリン車が残っているか」だけではありません。

必要な燃料を、必要な場所で購入できる仕組みが残っているか。

こちらの方が重要です。

人口が減っても道路はなくなりません。救急車も介護車両も宅配車も必要です。そして地域社会が完全に電動化されるまでには長い移行期間があります。

その移行期間を支えるガソリンスタンドが先になくなってしまえば、地方では「車はあるのに燃料を簡単に買えない」という問題が起こり得ます。

地方のガソリンスタンドの30年後を考えることは、単に石油産業の未来を考えることではありません。

それは、人口が減少する地域で、どこまで現在の生活圏を維持できるのかという問題です。

水道、病院、スーパー、公共交通と同じように、ガソリンスタンドもまた、「店が一軒減った」というだけでは済まない段階へ、地方では少しずつ近づいているのです。

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