高齢になって自分で病院へ通うことが難しくなっても、医師や看護師が自宅まで来てくれれば、住み慣れた地域で暮らし続けられる。
在宅医療を考えると、この仕組みは非常に重要です。
特に訪問看護では、看護師などが患者の自宅へ出向き、主治医の指示に基づいて健康状態の観察、医療処置、服薬管理、療養上の支援などを行います。
しかし、地方では一つ見落としやすい問題があります。
訪問看護は「患者が移動しなくてよい医療」である一方、医療従事者が患者の代わりに移動する医療でもある
ということです。
人口が減り、住宅が広い地域に分散したまま残れば、利用者一人を訪問するための移動距離や時間はなくなりません。
さらに、高齢者の増加によって在宅医療の需要が増える一方、訪問看護師を十分に確保できなければ、
訪問看護ステーションが地域に存在していても、必要な頻度で来てもらえない
という問題が生じる可能性があります。
この記事では、外房を含む山武長生夷隅地域を念頭に、公的資料を基に、30年後の訪問看護を考えます。
最初に結論
現時点の公的資料だけから、
「2050年には外房で訪問看護が受けられなくなる」
と断定することはできません。
反対に、
「訪問看護ステーションが増えているから、将来も問題なく利用できる」
とも言えません。
全国では訪問看護ステーションが増加しています。
厚生労働省の2024年「介護サービス施設・事業所調査」では、2024年10月1日時点の訪問看護ステーションは全国18,042事業所で、前年の16,423事業所から1,619事業所、9.9%増加しました。
一方、千葉県が山武長生夷隅保健医療圏についてまとめた保健医療計画では、
65歳以上人口10万人当たりの訪問看護ステーション数は千葉県平均を下回っている
とされています。千葉県は同時に、この地域では今後も在宅医療等の需要増加が見込まれるとしています。
つまり外房を含む地域では、
需要が増える可能性がある一方、訪問看護の供給基盤は県平均より薄い
という構造を考える必要があります。
訪問看護とは何をするサービスなのか
訪問看護は、単に高齢者の話し相手になるサービスではありません。
主治医の指示を受け、利用者の自宅などを訪問し、
・健康状態の観察 ・病状悪化の予防 ・療養生活の支援 ・医療処置 ・服薬管理 ・リハビリテーション ・緊急時への対応 ・看取りへの支援 ・医師や介護職との連携
などを行います。
訪問看護の利用者は高齢者だけではなく、小児、難病患者、精神疾患のある人などにも及びます。
したがって、
高齢者人口だけを見れば将来の訪問看護需要が分かる
というものでもありません。
厚生労働省の調査資料でも、医療保険による訪問看護利用者は高齢者だけに限られず、幅広い年齢層に存在しています。
全国では訪問看護ステーションは増えている
訪問看護について、
「人口減少だからステーションも減っている」
と考えるのは、少なくとも現在の全国統計とは一致しません。
厚生労働省によると、2024年10月1日時点の訪問看護ステーションは18,042事業所でした。
2023年は16,423事業所だったため、
18,042-16,423=1,619事業所
増加しています。
増加率は9.9%です。
したがって、現状を正確に表現するなら、
訪問看護ステーションそのものは全国的に増えている
ということになります。
しかし、ここで重要なのは、
事業所数が増えること = 全国どこでも同じように訪問看護を利用できること
ではない点です。
1事業所に看護師が何人いるのか
訪問看護サービスの供給能力を考えるには、事業所数だけでは不十分です。
実際に訪問する看護職員が必要だからです。
厚生労働省の2024年データを用いた調査では、訪問看護ステーション1事業所当たりの看護師・准看護師数は、常勤換算で全国平均5.7人でした。
千葉県は5.6人です。
全国平均との差は小さいものの、
一つの訪問看護ステーションに数十人の看護師がいるのが標準というわけではありません。
さらに、日本看護協会の調査を基にした厚生労働省資料では、所在地を問わず、看護職員5人未満の訪問看護事業所が最も多い結果となっています。
町村部では回答148事業所のうち71事業所、48.0%が看護職員5人未満でした。
これは外房の訪問看護ステーションそのものを調査した数字ではありません。
したがって、
「外房の半数の事業所が5人未満」
とは言えません。
ただし、全国的に訪問看護が比較的小規模な事業所によって支えられていることは確認できます。
小規模事業所では「1人減る影響」が大きい
仮に看護職員が20人いる事業所で1人退職すれば、単純な人数比では5%の減少です。
一方、5人の事業所から1人減れば20%の減少です。
これは単純な算術例であり、実際の訪問能力を直接示す公式指標ではありません。
しかし、小規模な訪問看護ステーションほど、
病気 退職 産休・育休 研修 夜間対応
などによる一人の欠員が、事業所全体の運営へ与える影響が相対的に大きくなりやすいことは理解できます。
したがって、
訪問看護ステーションが1か所存在する
という事実だけから、その地域の供給能力を判断することはできません。
外房を含む地域では県平均より訪問看護ステーションが少ない
千葉県保健医療計画では、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町などを含む山武長生夷隅保健医療圏について、
65歳以上人口10万人当たりの訪問診療実施診療所・病院数は千葉県平均を上回る一方、訪問看護ステーション数は千葉県平均を下回る
と整理しています。
さらに千葉県は、
今後も在宅医療等の需要が増加すると見込まれる
ため、在宅医療の拡充と体制整備を進める必要があるとしています。
ここには重要な意味があります。
医師の訪問診療体制が比較的確保されていても、
医師が診察することと、日常的な療養を訪問看護で支えることは別
だからです。
在宅医療は医師だけでは成立しません。
看護師、薬剤師、介護職、リハビリテーション職などによる連携が必要になります。
訪問看護は「移動する医療」である
病院の場合、患者が医療機関へ移動します。
訪問看護では逆です。
看護師が利用者の自宅へ移動します。
そのため勤務時間は概念的には、
訪問看護師の勤務時間 =看護を提供する時間 +利用者宅への移動時間 +記録・連絡・調整などの時間
に分けられます。
これは公式統計の算定式ではなく、訪問看護の構造を理解するための概念的整理です。
重要なのは、
移動時間には直接看護を提供できない
ことです。
例えば同じ8時間勤務でも、利用者宅が近接している地域と、住宅が広範囲に分散している地域では、訪問可能件数が同じとは限りません。
人口密度が低い地域では「利用者が少ないから楽」とは限らない
人口減少地域では、利用者数そのものが都市部より少ない場合があります。
一見すると、
利用者が少ない ↓ 必要な訪問看護師も少ない
と考えられます。
しかし、この関係は単純ではありません。
利用者数が少なくても、その利用者が広い地域に分散していれば、一件ごとの移動時間が長くなります。
つまり、
利用者数の減少率 ≠ 訪問に必要な労働時間の減少率
です。
これは、このブログでこれまで扱ってきた、
人口が減る速度と管理対象が減る速度は一致しない
という問題にも似ています。
訪問看護の場合は、
人口が減る速度と、必要な移動距離が減る速度は一致しない
可能性があります。
「移動負担」を数字だけで断定することはできない
ただし、ここでは慎重さも必要です。
今回確認した千葉県の公的資料から、
「外房の訪問看護師は1日平均○km走行している」
「都市部より移動時間が○分長い」
という統一的な地域データは確認できませんでした。
そのため、
外房では訪問時間の○%が移動で失われている
といった数字は示しません。
公開資料だけでは判断困難です。
実際の移動負担は、
事業所所在地 利用者の居住場所 道路状況 訪問エリア 利用者数 訪問頻度
などによって異なります。
30年後の人口構造はどうなるのか
国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、市区町村別人口が2050年まで推計されています。
山武長生夷隅地域についても、前の記事で確認したように、総人口の減少が続く一方、高齢者、とりわけ75歳以上人口が地域生活で大きな割合を占める状態が続くと見込まれています。
ただし、
2050年の外房に訪問看護利用者が何人いるか
訪問看護師が何人必要になるか
という市町村別の公式推計は、今回確認した資料では存在しません。
したがってこの記事では、
「2050年には訪問看護師が○人不足する」
という独自推計は行いません。
在宅医療を増やすほど訪問する人が必要になる
高齢者が病院へ長期間入院するのではなく、自宅などで療養できる体制を整えることには大きな意味があります。
しかし、
病院から在宅へ移せば医療従事者が不要になる
わけではありません。
むしろ、患者が複数の自宅に分散するため、
医師 看護師 薬剤師 リハビリテーション職 介護職
などがそれぞれ移動する必要があります。
千葉県も、山武長生夷隅地域について在宅医療需要の増加を見込み、在宅医療提供体制の整備が必要だとしています。
したがって、
入院から在宅へ = 低コストで簡単に医療を維持できる
とは限りません。
「24時間対応」はさらに人員を必要とする
在宅療養では、昼間だけ医療ニーズが発生するとは限りません。
夜間に、
発熱する 呼吸状態が悪化する 点滴やカテーテルに問題が起こる 痛みが強くなる 転倒する
といったことがあります。
そのため訪問看護には24時間連絡可能な体制を持つ事業所もあります。
千葉県の保健医療計画策定資料では、2023年4月時点で県内に24時間対応可能な訪問看護ステーションが544か所あるとされています。
ただし、24時間対応とは、
24時間いつでも看護師が直ちに訪問できる
ことと同義ではありません。
連絡体制や緊急訪問体制には事業所ごとの差があります。
さらに、小規模な事業所で夜間・休日を継続して担当する場合、職員への負担も考えなければなりません。
ステーションが増えても廃止・休止する事業所はある
全国では訪問看護ステーション数が増えていますが、すべての事業所が永続的に運営されているわけではありません。
厚生労働省の訪問看護事業所の事業継続に関する調査資料では、訪問看護事業所の廃止や休止も確認されています。
つまり、
新規開設 -廃止・休止
の結果として全体の事業所数が増えているのであり、
現在ある最寄りの訪問看護ステーションが30年後にもそのまま存在する
ことを保証する数字ではありません。
これは地方のサービスを考えるうえで重要です。
大きな事業所と小さな事業所では経営条件も異なる
厚生労働省の調査資料では、看護職員数の多い訪問看護事業所ほど収益が高い傾向が示されています。
これも、
「小規模事業所はすべて赤字」
という意味ではありません。
しかし、訪問看護では一定の規模を持つことによって、
夜間対応 休暇時の交代 研修 緊急訪問 管理業務
などを複数職員で分担しやすくなると考えられます。
一方、人口の少ない地域で利用者数を確保するためには、訪問範囲を広げる必要が生じる可能性があります。
ここに地方特有の矛盾があります。
規模を大きくするには利用者が必要 ↓ 人口密度が低いので広い地域から利用者を集める ↓ 訪問距離が延びる
という構造です。
これは分析上の整理であり、外房の全事業所が実際にこの状態にあるという意味ではありません。
ICTで移動時間そのものは消せない
ICT(情報通信技術)を利用すれば、
記録 情報共有 医師との連絡 予定管理 オンライン会議
などを効率化できます。
これは訪問看護の生産性向上に有効です。
しかし、
患者の身体を観察する
点滴や処置を行う
褥瘡を確認する
自宅で療養状態を確認する
ためには、必要に応じて実際に患者宅へ行かなければなりません。
そのため、
ICTを導入する = 訪問看護の移動問題がなくなる
とは言えません。
移動しなければならないサービスである以上、地理的条件は残ります。
オンライン診療とも役割が違う
オンライン診療によって、医師への相談や診察の一部を遠隔化できる場合があります。
しかし訪問看護は、
患者の身体状態を直接観察する 医療処置を行う 療養環境を確認する 家族の介護状況を見る
といった役割を持っています。
したがってオンライン化によって、すべての訪問を置き換えることはできません。
むしろ、
オンライン診療 +訪問看護 +必要時の通院・入院
を組み合わせる形が重要になります。
地方で必要なのは「事業所数」ではなく実際の訪問能力
地域の訪問看護体制を評価するときは、
訪問看護ステーションが3か所ある
という数字だけでは十分ではありません。
分析上は、
地域の実質的な訪問看護供給力 =看護職員数 ×実際に訪問できる勤務時間 ×対応可能日数 -移動時間 -記録・連携などに必要な時間
と考えることができます。
これは公式指標ではなく、分析のための概念的整理です。
さらに、
24時間対応 精神科訪問看護 小児対応 看取り リハビリテーション
など、事業所によって提供できるサービスも違います。
したがって、
訪問看護ステーションがある ≠ 自分に必要な訪問看護を利用できる
のです。
利用者にとっては「来てもらえる距離」が重要になる
病院では、
自宅から病院まで何kmか
が問題になります。
訪問看護では逆に、
訪問看護ステーションから自宅まで何kmか
が重要になります。
さらに、
その事業所が自宅を訪問対象地域としているか
を確認する必要があります。
地図上で最寄りの訪問看護ステーションだからといって、必ず契約できるとは限りません。
受入れ状況、職員数、疾患、医療処置、訪問エリアなどによって利用できない場合もあります。
高齢者一人暮らしでは訪問看護の重要性がさらに高くなる
家族と同居している場合には、
体温を測る 薬を確認する 病状変化に気づく 病院へ連絡する
といったことを家族が補う場合があります。
一人暮らしでは、その役割を家族に当然のように期待できません。
したがって単身高齢者が増える地域では、
訪問診療 訪問看護 訪問介護 配食 緊急通報
などを組み合わせる必要性が高まります。
ただし、ここでも重要なのは、
サービスの種類を増やすことだけではなく、それぞれを担う人が確保できるか
です。
訪問看護だけで在宅生活を維持できるわけではない
訪問看護は重要ですが、利用者宅に24時間看護師がいるサービスではありません。
訪問と訪問の間には、本人や家族が生活する時間があります。
したがって在宅生活の継続可能性は、
訪問看護 +訪問診療 +介護サービス +服薬支援 +食事 +緊急対応 +家族・地域支援 +住環境
などによって決まります。
訪問看護だけを増やせば、一人暮らしの高齢者問題が解決するわけではありません。
30年後に成立しやすい地域の条件
人口減少地域でも訪問看護を維持しやすい条件としては、
・一定数の看護職員を確保できる ・小規模事業所同士で連携できる ・夜間や休暇時の応援体制がある ・利用者が過度に広範囲へ分散していない ・医師、薬局、介護事業者との連携がある ・ICTで記録・情報共有を効率化できる ・必要に応じて複数市町村をまたいだ連携ができる
などが考えられます。
一方、
・職員が少ない ・利用者宅が広範囲に分散している ・夜間対応を少人数で担う ・一人退職しただけで訪問枠が大きく減る ・医療・介護事業者との連携が弱い
地域では、継続が難しくなる可能性があります。
「各町に1か所残せばよい」とも言えない
行政的には、
「町内に訪問看護ステーションを確保する」
という考え方は分かりやすいものです。
しかし小規模なステーションを各地域に分散させれば、
一つ一つの事業所が十分な職員数を確保できない可能性があります。
反対に大規模なステーションへ統合すれば、人員配置や夜間対応はしやすくなる可能性がありますが、
訪問距離が長くなる
という問題が生じます。
つまり、
分散 =近いが小規模になりやすい
集約 =規模を確保しやすいが遠くなりやすい
というトレードオフがあります。
したがって、単純に「統合すれば効率的」とも「各町に残せば安心」とも言えません。
判断前に確認したいこと
高齢期に外房などの地方で在宅生活を考える場合には、現在の事業所数だけではなく、次の点を確認する必要があります。
- [ ] 自宅を訪問対象とする訪問看護ステーションがあるか
- [ ] 現在、新規利用を受け付けているか
- [ ] 看護師による訪問に対応しているか
- [ ] 必要な医療処置に対応できるか
- [ ] 夜間・休日の連絡体制があるか
- [ ] 緊急訪問が必要な場合の対応を確認したか
- [ ] 主治医との連携ができるか
- [ ] 訪問診療・介護サービスも利用できるか
- [ ] 家族がいなくても療養を継続できる仕組みがあるか
- [ ] 現在の最寄り事業所だけに依存していないか
現実的な結論
現在、全国の訪問看護ステーション数は増えています。
2024年10月1日時点では全国18,042事業所となり、前年から9.9%増加しました。
したがって、
訪問看護そのものが現在衰退している
とは言えません。
一方、外房を含む山武長生夷隅保健医療圏では、65歳以上人口10万人当たりの訪問看護ステーション数が千葉県平均を下回り、千葉県自身が今後の在宅医療需要の増加を見込んでいます。
さらに、全国の訪問看護ステーションは比較的小規模な事業所が多く、千葉県でも1事業所当たり看護師・准看護師数は2024年に常勤換算5.6人でした。
したがって30年後を考えるとき、重要なのは、
訪問看護ステーションを何か所残せるか
だけではありません。
重要なのは、
実際に訪問できる看護師を何人確保し、その人たちが限られた勤務時間の中で、どの範囲まで訪問できるか
です。
在宅医療は、患者が病院へ行かなくてよい医療です。
しかしその代わりに、
医療従事者が患者のところへ行かなければならない医療
でもあります。
人口減少地域では、
人口が減る ↓ 住宅や集落は広い範囲に残る ↓ 一人当たりの移動負担が必ずしも減らない
という問題が生じます。
そのため、
訪問看護サービスが存在すること ≠ 必要なときに実際に来てもらえること
と考える必要があります。
30年後の地方の在宅医療を支えるために必要なのは、単に訪問看護ステーションを増やすことではありません。
限られた看護職員で、移動を含めて持続可能な訪問体制をどう構築するか。
そこまで考えて初めて、「住み慣れた地域で暮らし続ける」という在宅医療の理念を、現実の生活として維持できるのではないでしょうか。





