停電という言葉から、多くの人が最初に思い浮かべるのは「照明がつかなくなること」かもしれません。しかし、現在の住宅で電気が担っている役割は照明だけではありません。冷蔵庫、エアコン、給湯器、調理器具、電話、インターネット、給水ポンプ、医療機器まで、生活のさまざまな機能が電気を前提として組み立てられています。
とりわけ外房のように、高齢者世帯が多く、自動車への依存度が高く、住宅が広い範囲に分散している地域では、24時間の停電が単なる「不便」では終わらない可能性があります。
2019年9月の令和元年房総半島台風では、千葉県内で最大64万1千軒という大規模停電が発生し、それに伴って広範囲の断水も起きました。千葉県はその後の検証で、長期間の停電だけでなく、通信遮断や断水が同時に発生したことを重要な教訓として挙げています。つまり外房で考えるべきなのは、「電気が24時間来なかったらどうするか」だけではありません。電気を入口として、水、通信、食事、医療、移動という生活機能がどこまで連鎖的に失われるかを考える必要があります。
停電直後は、まだ「少し不便」なだけに見える
停電して最初の数十分であれば、多くの住宅ではそれほど深刻な状況には見えません。
昼間なら室内は明るく、水道も出る住宅があります。スマートフォンにはまだ十分な電池が残っています。冷蔵庫も扉を閉めていれば庫内温度はすぐには上昇しません。
この段階では、「そのうち復旧するだろう」と考える人も多いでしょう。
しかし、この判断が難しいところです。
普通の停電であれば数分から数時間で復旧することもありますが、台風によって電柱、電線、倒木などが広範囲に被害を受けた場合には事情が変わります。令和元年房総半島台風では倒木や飛来物が電線に接触し、大規模で長期間の停電が発生しました。経済産業省による検証でも、広い範囲に多数の事故地点が存在したため、被害全体を把握すること自体が容易ではなかったことが示されています。
したがって、外房で停電が発生したとき、「何時間で復旧するのか」が住民には分からないということ自体が、一つのリスクになります。
数時間たつと「電気がない」から「生活機能がない」に変わっていく
停電が数時間続くと、問題の性質が変わってきます。
夏なら最も早く深刻化するのが室温です。エアコンも扇風機も使えません。高齢者の場合、暑さを感じる感覚や体温調節機能が若い世代より低下している場合があるため、暑い室内に長時間とどまることは単なる不快感では済まなくなります。
冬にも別の問題があります。エアコン暖房は当然止まり、石油ファンヒーターも電気を必要とする機種が一般的です。ガスや灯油が家にあったとしても、それだけで住宅の暖房や給湯が維持できるとは限りません。
ここには、現代住宅の興味深い特徴があります。
エネルギー源そのものが電気でなくても、機器を制御するために電気が必要なのです。
ガス給湯器であっても制御や点火には電源が必要なものがあり、電気が止まればお湯が出なくなる場合があります。つまり、「うちはオール電化ではないから大丈夫」という単純な問題ではありません。
水道があるのに、水が出ない住宅もある
さらに注意したいのが水です。
水道管そのものに異常がなくても、住宅や建物の給水設備が電気に依存していれば、停電によって蛇口から水が出なくなる場合があります。
国土交通省も、増圧給水ポンプなどを使用している建物では、自家発電設備がなければ停電によって給水できなくなる場合があるとしています。実際、過去の災害では停電によるポンプ停止によって、建物そのものが浸水していなくても給水設備が使えなくなる事例が問題となりました。
外房では、これにもう一つの問題が加わります。
住宅によっては井戸を利用しています。井戸水は水道本管が断水しても利用できるという強みがありますが、電動ポンプで汲み上げている井戸なら停電時には水を取り出せません。
水が止まれば、飲み水だけの問題ではありません。
手を洗えない。食器を洗えない。トイレを流しにくくなる。入浴できない。
停電から数時間しかたっていないのに、住宅の衛生環境まで変わり始める可能性があります。
半日を過ぎると冷蔵庫が「食品保管庫」ではなくなってくる
停電が長期化すると、次に問題になるのが食料です。
高齢者世帯では、毎日スーパーへ行くのではなく、数日分の肉、魚、牛乳、総菜などを冷蔵庫に保管している家庭も珍しくありません。しかし冷蔵庫は電気がなければ冷却を続けられません。
厚生労働省は、家庭で食品を保存するときの目安として冷蔵庫を10℃以下、冷凍庫をマイナス15℃以下に維持することを示しています。また、災害時にはライフラインの寸断によって食品を低温保存できなくなり、食中毒が発生しやすくなると注意を呼びかけています。
重要なのは、「停電から何時間たったらすべて捨てる」という単純な時間だけで判断できないことです。
停電前の庫内温度、外気温、冷蔵庫の性能、食品の量、扉を何回開けたかによって状態は変わります。厚生労働省も停電時には冷蔵庫などの扉の開閉を控え、庫内温度への影響を抑えることを求めています。
つまり停電時には、「冷蔵庫に食べ物がある」ことと「安全に食べられる食べ物がある」ことが次第に別の意味になっていきます。
特に高齢者の場合、食中毒によって体調を崩したときの影響が大きくなる可能性があります。食料備蓄を考える場合には、冷蔵庫の中身だけではなく、電気も水も使わなくても食べられる食品を別に確保しているかどうかが重要になります。
12時間を超える頃から、スマートフォンも無限には使えない
現在の災害対策ではスマートフォンが重要な情報源になっています。
停電情報を見る。自治体からの防災情報を確認する。家族と連絡する。天気予報を見る。地図を見る。場合によっては懐中電灯の代わりにも使う。
ところが、スマートフォンそのものも電気で動いています。
停電直後に電池が100%残っていたとしても、長時間使えば当然減っていきます。停電情報を何度も確認し、家族に連絡し、画面を点灯させ続ければ消耗はさらに早くなります。
ここで問題になるのは単に「スマートフォンの充電がなくなる」ということではありません。
高齢者が一人で暮らしている場合、スマートフォンが使えなくなることによって、家族との連絡手段、行政からの情報、救援を求める手段を同時に失う可能性があることです。
令和元年房総半島台風では、停電とともに通信障害も長期化しました。千葉県の検証では、社会福祉施設との通信が途絶えたため、安否確認や必要な支援内容の把握に数日を要した事例も記録されています。
これは非常に重要な教訓です。
災害時には、「電話を持っているか」ではなく、「電話を使える状態が何時間続くか」を考えなければなりません。
在宅医療を受ける人にとっては、停電の意味がまったく違う
高齢者住宅の問題を考えるとき、最も慎重に扱う必要があるのが在宅医療です。
家庭で人工呼吸器、酸素濃縮装置、吸引器などの電気を必要とする医療機器を使用している人にとって、停電は生活上の不便ではなく、医療そのものに影響します。
厚生労働省は過去の大規模停電を受け、人工呼吸器の内部バッテリーの持続時間、外部バッテリーの準備、酸素濃縮装置利用者への酸素ボンベの確保、停電時の連絡体制などを事前に確認するよう医療機関などに求めています。
したがって、在宅医療機器を使用している家庭では、「停電したらどうするか」を災害発生後に考えるのでは遅い場合があります。
何時間バッテリーが持つのか。予備電源をどうするのか。停電が長期化した場合にはどこへ移動するのか。誰に連絡するのか。
これらがあらかじめ決められているかどうかで、同じ24時間でも意味は大きく変わります。
24時間後に見えてくるのは「停電」ではなく地域の構造である
そして停電が丸一日続いたとします。
家の中は暗い。しかし本当に重要なのは暗さではありません。
夏なら室温が問題になり、冬なら暖房が問題になります。冷蔵庫の食品は状態を確認しなければならなくなり、水が出ない住宅では衛生環境が悪化します。スマートフォンの電池も減っています。在宅医療機器を使用する世帯では電源確保が切迫した問題になります。
さらに外房では、ここから地域特有の問題が現れます。
近くに徒歩で行ける店がない。高齢者が車を運転できなければ水や食料を取りに行けない。道路が倒木などで通れなければ家族も簡単には来られない。給油所そのものが停電していれば、車があっても燃料を補給できない場合があります。
つまり、一戸の住宅の停電が地域全体の停電になった瞬間、「自分の家だけ準備していればよい」という考え方にも限界が生じます。
住宅、店舗、通信、医療、給油、交通が同じ電力網と道路網の上に存在しているからです。
外房では「24時間自立できる家」という考え方が必要になる
これまで住宅を評価するときには、広さ、価格、日当たり、駅までの距離、病院までの距離などが重視されてきました。
しかし、高齢化と災害を前提に外房で長く暮らすのであれば、別の評価軸を加える必要があるのではないでしょうか。
それは、その住宅が外部からの供給を失っても、一定時間生活を継続できるかという「住宅の自立性」です。
飲料水がある。常温保存できる食料がある。スマートフォンを充電できる。夜間の照明がある。暑さや寒さを逃れる方法がある。医療機器を使用しているなら予備電源と避難先が決まっている。
重要なのは、これらを大量に買いそろえることではありません。
その家で暮らしている人が「電気が止まったとき、何が止まるのか」を一度調べておくことです。
水道の蛇口は停電時にも使えるのか。井戸ならポンプはどうなるのか。給湯器は使えるのか。固定電話は停電時にも使える方式なのか。スマートフォンを何回充電できるのか。冷暖房がなくなった場合、どこへ移動できるのか。
住宅ごとに答えは違います。
だからこそ、防災用品の一般的なリストよりも、自分の住宅について「電気を切ったら何が使えなくなるか」を調べる方が実践的です。
高齢社会では「復旧まで待つ」という防災だけでは足りない
令和元年房総半島台風が示したのは、巨大災害だけが問題なのではありません。
電線に倒木や飛来物が接触し、地域の電力供給が長期間失われる。それだけで、断水、通信障害、福祉施設への連絡困難などが連鎖して発生しました。千葉県はこの経験を受け、現在も台風接近前の倒木や飛来物への対策を呼びかけています。
人口が多く、店舗や医療機関が近く、徒歩でも移動できる都市部と、住宅が分散し、自動車移動を前提としている外房では、同じ24時間の停電でも影響は同じではありません。
そして、高齢者にとっての24時間と若い世代にとっての24時間も同じではありません。
重い水を運ぶことができるか。暑い住宅から別の場所へ移動できるか。倒木のある道路を迂回して運転できるか。スマートフォンだけで行政情報を得られるか。避難所まで自力で行けるか。
電力会社が何時間で電気を復旧できるかだけでは、高齢社会の停電問題を説明できないのです。
外房でこれから必要になるのは、「停電しない地域」を期待することだけではなく、「停電しても一定時間は暮らしを維持できる地域」をつくるという考え方ではないでしょうか。
停電から24時間。
そのとき問われているのは、冷蔵庫や照明が使えるかどうかだけではありません。
水、食料、通信、医療、移動という生活を構成する機能が、一人の高齢者の周囲にどれだけ残っているのか。
24時間の停電は、普段は見えない外房の生活基盤を一気に表面化させる出来事なのです。

