地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

身寄りのない高齢者が増える外房で入院施設入所死亡後の手続きは誰が行うのか

- Posted in 生活インフラ・地域サービス by

外房で一人暮らしを続けることを考えたとき、多くの人が最初に心配するのは、買い物や通院、車を運転できなくなった後の移動ではないでしょうか。

しかし、高齢期の生活をもう少し先まで考えると、さらに難しい問題が出てきます。

病気になって入院するとき、誰が病院との連絡を取るのか。介護施設へ入るとき、緊急連絡先や身元引受人を求められたらどうするのか。認知症などによって自分で契約できなくなったら、誰が財産を管理するのか。そして、自宅や病院で亡くなった後、誰が遺体を引き取り、火葬し、家を片付け、電気や電話を解約するのでしょうか。

配偶者や子どもがいる家庭では、これらの仕事の多くを「家族が行うもの」と考えてきました。

ところが、高齢化と単身化が進む外房では、その前提そのものが成立しない人が今後増えていきます。

問題は単なる「孤独死」ではありません。

高齢者の人生の最終段階で、これまで家族が無償で担ってきた大量の事務を誰が引き受けるのか。

外房における高齢者一人暮らしを考えるうえで、これは避けて通れない生活インフラの問題です。

外房では全国より早く「家族がいない老後」が現実になる

外房でこの問題を考える必要がある最大の理由は、高齢化の進行速度です。

千葉県が2026年に示した南房総・外房ゾーンの資料では、この地域の65歳以上人口の割合は43%で、県平均より15ポイント高くなっています。さらに2050年には人口が約11万人まで減少し、高齢化率は53%に達すると予測されています。

夷隅地域だけを見ても、2025年4月時点の65歳以上人口割合は45.3%です。そして御宿町では52.8%に達しており、千葉県内の市区町村で最も高くなっています。勝浦市も47.3%です。

つまり御宿町では、すでに住民の半分以上が65歳以上です。

高齢者が多いこと自体が直ちに問題なのではありません。重要なのは、高齢者を支える側になる15~64歳人口の割合も御宿町では41.8%と県内で最も低いことです。

高齢者が増える一方で、子ども、現役世代、近隣住民など「誰かを支援できる人口」が減少していけば、これまで家族や地域の善意に依存していた仕組みは次第に成立しにくくなります。

さらに外房は、首都圏からの移住・二地域居住先として選ばれてきた地域でもあります。千葉県も、南房総・外房ゾーンについて、多数の別荘群があり、移住・二地域居住先として人気が高い地域だとしています。

移住した時点では夫婦二人であっても、20年、30年が経過すれば、どちらかが先に亡くなり、一人暮らしになる可能性があります。子どもが東京都内や神奈川県、あるいはさらに遠方に住んでいれば、戸籍上は「身寄りがある」としても、日常的に支援できるとは限りません。

したがって外房で考えるべき「身寄りのない高齢者」とは、親族が一人も存在しない人だけではありません。

必要なときに実際に動いてくれる人がいない高齢者まで含めて考える必要があります。

入院するとき、保証人がいなければ病院に入れないのか

ここには、しばしば誤解があります。

「身元保証人がいなければ入院できない」と考える人は少なくありませんが、身元保証人がいないことだけを理由として、必要な入院を拒否することが認められているわけではありません。

厚生労働省は、「身元保証人等がいないことのみを理由に医療機関において入院を拒否すること」について通知を出しており、身寄りがない患者にも必要な医療を提供できるよう、医療機関向けのガイドラインを整備しています。

したがって、

家族がいない → 保証人がいない → 入院できない

という単純な関係ではありません。

しかし、ここで問題が解決するわけではありません。

病院が家族や身元保証人に期待してきた仕事を分解すると、医療費の支払い、入院中に必要な日用品の準備、緊急時の連絡、本人の意思確認が難しい場合の情報提供、退院先の調整、死亡時の遺体引取りなど、性質の異なる仕事が混在しています。

保証人がいなければ入院させてはいけないという制度ではなくても、こうした仕事そのものが消えるわけではないのです。

そこで病院では、医師や看護師だけではなく、医療ソーシャルワーカー、地域包括支援センター、ケアマネジャー、自治体福祉部門、成年後見人など、本人の状況に応じた複数の関係者を組み合わせて対応することになります。

つまり身寄りのない高齢者の医療では、「家族の代わりになる一人」を探すよりも、これまで家族一人が担ってきた複数の役割を、制度ごとに分解して担当することが重要になります。

介護施設も「保証人がいない」だけでは入所拒否の理由にならない

介護施設についても基本的な考え方は同じです。

厚生労働省は、介護保険施設について、法令上、身元保証人等を求める規定はなく、身元保証人等がいないことはサービス提供を拒否する正当な理由には該当しないと明示しています。

それでも現場で身元保証人や緊急連絡先が求められることが多いのには理由があります。

例えば入居者が急変して病院へ搬送されたとき、誰に連絡するのか。利用料が支払えなくなったときどうするのか。判断能力が低下して重要な契約ができなくなったとき誰が手続きするのか。施設内で亡くなったとき誰が遺体を引き取るのか。

施設側から見れば、こうしたリスクを誰が引き受けるのかを事前に明確にしたいわけです。

したがって制度上の「入所できる」と、実務上の「問題なく入所生活を継続できる」は別問題です。

これも外房では重要になります。

高齢者人口が多い地域では介護需要が増える一方、支える現役世代は減少します。施設職員自身が不足するなかで、施設が本来の介護サービスに加えて、家族が行っていたさまざまな生活事務まで全面的に肩代わりすることは容易ではありません。

認知症になったら誰が契約や財産管理をするのか

一人暮らしでも、本人に十分な判断能力がある間は、自分で入院契約を結び、介護サービスを申し込み、銀行からお金を引き出し、電気料金を支払うことができます。

問題は認知症などによって判断能力が低下した場合です。

そこで使われる制度の一つが成年後見制度です。

成年後見制度には、判断能力が低下した後に家庭裁判所が成年後見人などを選任する法定後見制度と、判断能力が十分なうちに将来代理してもらう人を契約によって定めておく任意後見制度があります。法務省によれば、任意後見契約は公正証書によって締結します。

成年後見人は、本人の財産管理や契約などについて重要な役割を果たせます。

しかし、成年後見人を「家族の完全な代用品」と考えるのも正確ではありません。

特に重要なのが死亡後です。

本人が死亡すると成年後見は原則として終了します。一定の必要な死後事務について成年後見人が対応できる場合はありますが、生前と同じ権限で、その後のすべてを処理し続けられる制度ではありません。法務省も、成年被後見人の死亡によって成年後見は当然に終了し、成年後見人は原則として法定代理権を失うと説明しています。

ここは非常に重要です。

成年後見制度を利用していれば、死後のことまですべて安心というわけではありません。

では死亡した後、誰が遺体を引き取るのか

身寄りのない高齢者問題が最も深刻に現れるのが死亡後です。

一般的な家庭であれば、家族が病院から連絡を受け、遺体を引き取り、葬儀会社へ連絡し、死亡届を提出し、火葬し、納骨します。

その後も仕事は続きます。

住居を片付け、電気、ガス、水道、電話、携帯電話、インターネットなどを解約し、賃貸住宅なら明渡しを行います。預金や不動産について相続手続きが必要になる場合もあります。

つまり人が一人亡くなるということは、社会との間に結ばれていた大量の契約関係を終了させることでもあります。

ところが家族がいなければ、その作業を行う人がいません。

最後の安全網となる制度の一つが市町村です。

「墓地、埋葬等に関する法律」第9条では、遺体の埋葬または火葬を行う者がいない、あるいは誰なのか判明しない場合には、死亡地の市町村長が埋葬または火葬を行わなければならないと定めています。

したがって、本当に誰も遺体を引き取る人がいなくても、最終的に遺体が永久に病院に残されるわけではありません。

行政による仕組みがあります。

しかし、これも「市町村が死後のことを全部やってくれる」という意味ではありません。

法律が確保しているのは、あくまで最終的な埋葬・火葬などを行うための安全網です。

本人が希望していた葬儀を行うこと、指定した墓に納骨すること、家財を整理すること、各種契約を細かく解約すること、友人へ死亡を知らせることまでを、市町村が家族のように包括的に代行する制度ではありません。

ここに制度上の大きな空白があります。

「死ぬところ」までは制度があるが、「死んだ後の生活整理」は別問題になる

身寄りのない高齢者をめぐる制度を整理すると、一つの特徴が見えてきます。

医療には医療制度があります。

介護には介護保険制度があります。

判断能力が低下すれば成年後見制度があります。

そして引取り手がいない遺体については、市町村が最終的に火葬する仕組みがあります。

ところが、

入院 → 介護 → 判断能力低下 → 死亡 → 葬儀 → 納骨 → 家財整理 → 契約解除

という人生最後の一連の流れを、一つの公的制度が最初から最後まで担当しているわけではありません。

それぞれ別の制度です。

その制度と制度の間を、これまでは家族がつないできました。

身寄りのない高齢者問題の本質は、ここにあります。

「制度がない」というより、制度同士をつないでいた家族がいなくなる問題なのです。

その空白を埋める「高齢者等終身サポート事業」

こうした事情から近年広がっているのが、高齢者等終身サポート事業です。

事業者によって内容は異なりますが、入院や施設入所時の身元保証等、日常生活の支援、死亡後の葬儀・火葬・納骨、住居や遺品の整理、各種契約の解約などを契約によって支援します。

政府も2024年に「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」を策定し、この分野で提供されるサービスや契約上の留意点を整理しています。

このようなサービスは、今後身寄りのない高齢者が増える社会では重要性が高まるでしょう。

ただし、利用者側には別の問題も生じます。

サービスは無料ではありません。

また、老後の生活支援を依頼する事業者に財産管理や死後事務まで任せる場合、利用者と事業者との間には大きな情報格差が生じます。

判断能力が十分な60代、70代の段階では比較検討できても、本当にサービスが必要になる80代、90代では、自分で契約内容や事業者の経営状態を判断することが難しくなっている可能性があります。

したがって将来は、単に民間サービスを増やせばよいという問題ではなく、第三者による監督や地域の相談体制を含めた仕組みが重要になります。

地域包括支援センターは「家族の代わり」なのか

高齢者の相談窓口として重要なのが地域包括支援センターです。

一人暮らしで今後の生活に不安がある場合、介護、医療、権利擁護などについて地域の関係機関につなぐ入口として重要な存在です。

ただし、地域包括支援センターの職員が個々の住民の保証人となり、財産を預かり、死亡後の葬儀や遺品整理まで私的に引き受ける仕組みではありません。

ここでも、「相談して制度につないでくれる人」と「実際に契約・支払い・死後事務を行う人」を区別する必要があります。

したがって身寄りのない高齢者には、一人の万能な支援者を用意するというより、

地域包括支援センター 医療機関 介護事業者 自治体 成年後見人 司法書士・弁護士等の専門職 高齢者等終身サポート事業者 葬祭事業者

などが、それぞれの役割を担当するネットワークが必要になります。

本当に準備が必要なのは「元気なうち」である

この問題には厄介な性質があります。

本人が困ってからでは、本人自身が準備できない可能性があることです。

例えば認知症が進行して契約内容を十分理解できなくなってから、「将来の財産管理を誰かに任せたい」と考えても、自由に契約できるとは限りません。

突然の入院後に意識状態が悪化してから、自分の葬儀や遺品整理について契約することもできません。

したがって身寄りのない人、あるいは子どもが遠方にいて将来頼ることが難しい人ほど、元気なうちに考えておく必要があります。

特に、

誰を緊急連絡先とするのか。

判断能力が低下した場合、財産管理を誰に任せるのか。

死亡した場合、誰に連絡してもらうのか。

葬儀や火葬をどうするのか。

墓や納骨をどうするのか。

自宅や家財をどう処分するのか。

預金や不動産を誰に引き継ぐのか。

こうした問題は、それぞれ別々に考えるのではなく、一つの人生設計として考えた方が合理的です。

外房で必要になるのは「介護インフラ」だけではない

人口減少地域の高齢化対策というと、介護施設を増やす、訪問介護を確保する、病院を維持するといった話になりがちです。

もちろんそれらは重要です。

しかし、身寄りのない高齢者が増えれば、それだけでは足りません。

病院へ運ぶ救急車があっても、その後の連絡調整をする人が必要です。

介護施設があっても、契約や財産管理を支える仕組みが必要です。

亡くなった後には、葬送と財産整理を担う仕組みも必要です。

つまり高齢社会に必要なインフラは、

医療インフラ、介護インフラ、交通インフラに加えて、「人生最後の事務を処理する社会的インフラ」

まで含めて考える必要があります。

外房ではこの問題が全国より早く顕在化する可能性があります。

南房総・外房ゾーンの高齢化率は現在すでに43%で、2050年には53%と予測されています。御宿町では2025年時点ですでに52.8%です。

その一方で、支える現役世代は減っていきます。

高齢者同士が高齢者を支える「老老介護」だけでなく、これからは、

高齢者の死後を、さらに高齢になった兄弟姉妹や友人が処理する

という状況も増えていくでしょう。

これは個人の努力だけでは解決しにくい問題です。

「子どもがいるから大丈夫」とも限らない

身寄りの問題を考えるとき、「子どものいない高齢者の話」と考えてしまうと問題を狭く捉えることになります。

子どもがいても海外に住んでいるかもしれません。

東京で仕事をしていて、外房まで頻繁に来ることができない場合もあります。

親子関係が疎遠になっていることもあります。

子ども自身が70歳を超えている可能性もあります。

したがって将来の地域政策では、戸籍上の親族の有無よりも、

実際に支援できる人が存在するか

という視点が重要になります。

「家族がいること」を社会保障制度の暗黙の前提としてよいのかという問題でもあります。

外房は「老後移住の入口」だけでなく「老後の出口」まで考える必要がある

外房は、温暖な気候、海、自然、比較的ゆったりした居住環境などから、首都圏からの移住先として魅力があります。千葉県も南房総・外房地域を移住・二地域居住先として位置付けています。

しかし老後移住を評価するとき、

「60代で移住して快適に暮らせるか」

だけでは十分ではありません。

75歳になって車を運転できなくなったとき。

80歳で配偶者が亡くなったとき。

85歳で入院したとき。

90歳で介護施設へ移るとき。

そして自分自身が亡くなったとき。

そこまで生活設計に含めて初めて、「老後も住み続けられる地域」と評価できます。

これは外房だけの問題ではありません。

しかし、高齢化と人口減少が全国より早く進んでいる外房だからこそ、全国に先駆けて仕組みを作る意味があります。

行政・医療・介護・民間をつなぐ地域単位の仕組みが必要になる

将来的に考えられる方向は、すべてを自治体が直接行うことではないでしょう。

自治体がすべての高齢者の保証人になり、財産を管理し、葬儀まで担当することは現実的ではありません。

むしろ必要なのは、元気な段階から相談できる窓口を用意し、その人の状況に応じて、成年後見制度、法律専門職、医療機関、介護事業者、終身サポート事業者などにつなげておく仕組みです。

重要なのは、緊急入院してから初めて「この人には連絡できる家族がいない」と分かる状態を減らすことです。

例えば65歳や70歳程度から、

緊急連絡先はあるか。

将来の財産管理者は決まっているか。

入院・入所時の支援者はいるか。

死後事務を誰が担当するか。

遺言はあるか。

納骨先は決まっているか。

といったことを本人の意思に基づいて確認し、必要な支援へつなげる仕組みがあれば、問題が発生してから対応するより社会的コストは小さくなる可能性があります。

高齢者一人暮らしが成立する条件は「家の中」だけでは決まらない

高齢者が一人で生活できるかどうかを考えるとき、身体能力や認知機能だけに注目しがちです。

しかし実際には、それだけではありません。

買い物ができる。

病院へ行ける。

介護を受けられる。

お金を管理できる。

緊急時に連絡できる。

入院できる。

施設へ移れる。

死亡後の処理を任せられる。

これらが一続きになって初めて、高齢者の一人暮らしは成立します。

その意味では「身寄り」は、家族関係の問題であると同時に生活インフラの問題でもあります。

外房はこの問題を全国より先に経験する

これから外房で問われるのは、

「身寄りのない高齢者を誰が世話するのか」

だけではありません。

もっと正確には、

「家族が担ってきた機能を、社会のどの仕組みに分解して移すのか」

という問題です。

入院は病院。

介護は介護事業者。

相談は地域包括支援センター。

財産管理は成年後見制度など。

死後事務はあらかじめ契約した事業者や専門職。

そして、本当に埋葬・火葬を行う人がいなければ、最後には死亡地の市町村が法律に基づいて対応します。

制度を一つずつ見れば、ある程度の仕組みは存在します。

問題は、それらを一人の人生に沿ってつなぐ人がいないことです。

これまでは、その役割を配偶者や子どもが担っていました。

しかし外房の高齢化と単身化がさらに進めば、「家族がいること」を前提とした社会の設計そのものを見直す必要が出てきます。

外房が本当に「老後も安心して暮らせる地域」になるためには、病院や介護施設の数だけを評価しても足りません。

元気なときから、入院、認知症、施設入所、死亡、そして死後の整理までを切れ目なくつなげられる仕組みが地域に存在するか。

そこまでを生活インフラとして考える時代に入っているのではないでしょうか。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

有限会社アードレでは、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る