地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

人口が三万人から二万人へ減ったからといって、市の面積が三分の二になるわけではない。八千人いた町が五千人になっても、山あいまで延びた道路が短くなることはなく、地中に埋められた水道管や下水道管が人口に合わせて消えてくれるわけでもない。橋はそこに架かったままであり、役場・市役所から遠い地区にもごみ収集車は向かい、誰かが倒れれば救急車は走る。人が減っても、街を支える骨格はすぐには小さくならない。

人口減少が地方にとって難しいのは、実は人口そのものが減るからではない。少なくなった人間で、人口が多かった時代につくられた街を支え続けなければならなくなるからである。

国立社会保障・人口問題研究所は、2020年の国勢調査を基礎として、原則として市区町村別に2050年までの将来人口を推計している。将来人口が一人単位でその通りになるわけではないにせよ、多くの地域で人口減少と高齢化が続くという方向は、もはや遠い未来の予言ではない。問題は未来が分からないことではなく、かなり見えている未来に対して、街の形をどう変えるのかが決まっていないことである。

ここで考えたいのが、「街はどこから縮むべきなのか」という問いである。

ただし、本稿でいう「撤退」は、人口の少ない地域から住民を強制的に移転させることではない。道路や水道をどこまで更新するのか、公共交通をどこまで残すのか、公共施設をどこに集めるのか、新しい住宅や公共投資をどこへ誘導するのか。その順番を長い時間の中で組み替えることを意味している。

もし街を地図だけで眺めるなら、答えは簡単に見えるだろう。役場・市役所や駅、病院、スーパーから遠い地域ほど維持するのが大変なのだから、外側から少しずつ縮めればよい。中心から半径を狭めるように、市街地を小さくしていく。人口減少時代の街づくりと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、おそらくこの形である。

ところが、数字を一つずつ重ねていくと、この直感はかなり早い段階で崩れる。

架空の「朝凪市」を考えてみよう。人口三万人、面積百平方キロメートルの地方都市で、2050年には人口が一万八千人まで減ると予測されている。市役所と駅がある中心部から十二キロ離れたA地区には百五十人が暮らしている。一方、中心部からわずか四キロのB地区には百人が暮らしている。

距離だけを見れば、A地区の方が明らかに不利である。市役所から遠く、病院からも遠い。直感的には、朝凪市が縮小するとき、まずA地区への投資を減らすべきだと思える。

ところが住宅の配置を見ると、事情が変わる。A地区の百五十人は一本の幹線道路沿いに比較的まとまって住んでいる。それに対してB地区は丘陵地に造成された住宅地で、空き家を挟みながら家々が広く散らばっている。A地区で百五十人を支える水道管が三キロなのに、B地区では百人のために六キロ必要だとすれば、一人当たりの水道管延長はB地区の方が三倍になる。道路も同じで、住宅が散在すれば、同じ人数を支えるために必要な道路面積は増えていく。

ここで撤退順位は最初の逆転を起こす。

中心から遠いA地区より、中心に近いB地区の方が、一人の暮らしを支えるために多くのインフラを必要としているかもしれないからである。

人口密度という数字は、単なる「人の混み具合」ではない。道路、水道、ごみ収集、公共交通といったサービスを何人で分担できるのかを左右する数字でもある。一キロの水道管を百人で支える場合と十人で支える場合では、同じ設備でも一人当たりの負担は大きく違ってくる。

しかし、これだけでB地区を先に縮小すべきだと結論すると、また間違える。

A地区では十年前に水道管が更新され、幹線道路の舗装も比較的新しい。一方、B地区では高度成長期の終わりごろに整備された水道管が十年以内に更新期を迎え、地区へ入る橋も大規模補修が必要になるとしよう。

今年一年だけの維持費を比べれば、両地区にはそれほど大きな違いがないかもしれない。ところが、これから三十年間に必要となる更新費まで含めると、B地区の費用は急激に膨らむ。

ここで撤退順位は、さらに大きくB地区側へ傾く。

人口減少時代のインフラを考えるとき、「現在いくらかかっているか」だけを見ても意味が薄い。重要なのは、その人口がさらに減っていく間に、道路、水道管、橋、公共施設がいつ寿命を迎えるのかである。人口百人の地区でも、水道管を更新した直後なら今後二十年間の費用は比較的小さいかもしれない。反対に、人口が二百人いても、道路、橋、水道、公共施設の更新が一斉に重なれば、将来負担は急に大きくなる。

街の撤退順序には、地図だけではなく時計が必要になる。

ここで、さらに人口が減った場合を考えてみる。

B地区の人口が百人から九十人に減っても、水道管六キロが五・四キロに縮むことはない。八十人になっても道路はほぼ同じだけ必要であり、五十人になっても橋は一本丸ごと維持しなければならない。人口は半分になっても、インフラ費用は半分にはならない。

すると一人当たりの負担は、人口が減るほど大きくなる。

しかも、その増え方は一定ではない。

五百人の地区から五十人減るのと、百人の地区から五十人減るのとでは、同じ五十人減少でも意味がまったく違う。前者では人口が一割減るだけだが、後者では半分になる。その間、水道管や道路の長さが変わらなければ、一人当たりの負担は急速に重くなる。

ここで見えてくるのが、人口減少における「限界」の存在である。

経済学や数理的な政策評価では、全体の平均だけでなく、一人増えたり減ったりしたときに費用がどれだけ変化するかという「限界」の考え方が重要になる。人口が多いうちは、一人減っても地域全体のインフラ効率はほとんど変わらない。しかし人口が少なくなり、道路一本、水道管一本、バス一路線を維持する最低限の人数へ近づくと、一人の減少が急に重い意味を持ち始める。

つまり、人口減少はいつでも同じ速度で地域を弱らせるわけではない。

人数は滑らかに減っているのに、費用負担は途中から急に重くなることがある。

公共交通でも同じことが起きる。一日百人が利用していたバスが九十人になったからといって、運行本数が自動的に一割減るわけではない。しかし利用者がある水準を下回ったところで、一日五便を三便にしなければ維持できなくなるかもしれない。さらに運転手を確保できなくなれば、路線そのものがなくなる。すると、自動車を運転できない高齢者の買い物や通院が難しくなり、商店の利用者が減り、その閉店によって別の住民まで暮らしにくくなる。

人口は徐々に減るのに、暮らしは階段状に悪くなることがある。

このため、「人口百人以下なら撤退」という単純な基準を作ることはできない。百人しかいなくても、道路、水道、交通が効率的に配置されていれば維持しやすい地区はある。三百人いても、住宅が広く散らばり、老朽施設が多く、複数の橋や長い管路を必要とする地域なら、維持費は高くなる。

では、人口密度と将来の更新費を計算すれば、撤退順位を決められるのだろうか。

まだ足りない。

朝凪市のA地区が海沿いの低地にあり、大規模な津波や河川氾濫の危険性が比較的高い一方、B地区は高台にあるとしよう。平常時の行政費用だけを考えればB地区から縮める方が合理的に見える。しかし災害が起きた場合の住宅被害、避難、復旧費、生命への危険まで長期的な損失として加えると、A地区の評価は大きく悪化する。

ここで撤退順位は、また動く。

行政費用だけならB地区、災害リスクまで考えればA地区という具合に、何を目的とするかによって答えが変わるのである。

それでもまだ終わらない。

B地区に診療所が一つあり、地区住民百人だけでなく、周囲三地区の合計五百人がそこを利用しているとする。B地区への公共交通や道路を縮小して診療所が維持できなくなれば、影響を受けるのは百人ではない。五百人の通院時間が延びる可能性がある。

そうなると、B地区の価値を居住人口百人だけで測ること自体が間違いになる。

街には道路の網があり、水道の網があり、その上に医療、買い物、教育、公共交通という別の網が重なっている。ある地区が人口では小さくても、ネットワーク上では重要な結節点になっていることがある。逆に人口が多くても、他の地域をほとんど支えていない地区もある。

数学のネットワーク理論で考えるなら、重要なのは点の大きさだけではなく、その点を消したときに網全体がどう変わるかである。

橋一本を閉じたときに迂回距離が何キロ増えるのか。診療所一か所を集約したときに通院時間が何分延びるのか。バス路線一本を廃止したときに、自動車を使えない住民が何人取り残されるのか。

「そこに何人住んでいるか」より、「そこを失ったときに何人の暮らしが変わるか」の方が重要になる場合がある。

こうして人口密度、更新費、災害リスク、ネットワークを順番に入れていくと、最初は簡単に見えた「撤退順位」は何度も入れ替わる。

だから最終的に、朝凪市が地区ごとに一つの総合点を付けて、点数の低い順に撤退すればよいという話にはならない。

人口は「人」であり、費用は「円」であり、通院時間は「分」であり、災害危険度は確率や被害額として表される。性質の異なる数字を一つの点数へ押し込めると、分かりやすさは得られても、その点数の作り方によって結果が簡単に変わってしまう。

そこで必要になるのが、多目的最適化という考え方である。

行政としては、今後三十年間の道路、水道、公共施設などの総費用を小さくしたい。しかし同時に、住民の買い物時間は短く保ちたい。救急医療へ到達する時間も長くしたくない。災害リスクの高い場所へ人口を集中させたくもない。さらに、現在住んでいる人に大きな移転負担を課すことも避けたい。

ところが、これらをすべて同時に最高の状態にすることはできない。

行政費用だけを最小にすれば、多くの施設を一か所へ集約する案が有利になる。しかし集約しすぎれば住民の移動時間が増える。移動時間だけを短くしようとすれば、各地区に施設を残す必要があり、今度は費用が増える。災害安全性を最優先すれば、既存中心市街地とは別の場所へ住宅を誘導しなければならないこともある。

数理モデルが教えてくれるのは、「唯一の正解」ではない。

費用を一億円減らせば、住民の平均移動時間が何分増えるのか。救急への到達時間を五分短縮するために、追加でいくら必要なのか。災害リスクを下げるために人口配置を変えれば、既存インフラのどの部分が無駄になるのか。

何を得れば、何を失うのか。

その交換条件を明らかにすることこそ、数理的に街を考える意味なのである。

さらに、撤退順序は一度決めたら終わりではない。

朝凪市でB地区の水道管が2035年に更新期を迎えるなら、その時点で初めて大規模更新と別方式を比較すればよい。2040年に人口がさらに減り、現在の路線バスを維持するのが難しくなったなら、乗合型交通へ切り替える。住宅については、今住んでいる人を急に移転させるのではなく、空き家化や相続、建替えの時期に合わせて生活拠点へ居住を誘導していく。

これは動的最適化と呼ばれる考え方に近い。

今日の一回だけの判断ではなく、人口、施設の老朽化、財政、住民構成が毎年変化していくことを前提として、その時々で最も損失の小さい選択をつないでいく。

人口が減少しているからといって、2026年に道路を閉じる必要はない。しかし2038年に大規模な更新費が必要になるなら、その十三年間を使って住民に将来像を示し、交通手段や住宅政策を準備することができる。

撤退は、ある日突然行われる政策でなくてよい。

むしろ、施設の寿命と人口減少の速度を合わせることで、社会的な痛みを小さくすることができる。

水道はその典型だろう。人口が増えていた時代には、大規模な浄水施設から長い水道管を通じて各家庭へ水を送る集約型の仕組みが合理的だった。しかし利用者が大きく減った地域では、少数の住民のために何キロもの管路を更新し続けることが最適とは限らない。技術的・制度的な条件を満たす場所では、集約型と小規模な分散型を比較する余地が生まれている。

ここで重要なのは、水道管を残すことが目的ではないということだ。

安全な水を届けることが目的である。

同じように、バス路線を残すことそのものが目的なのではなく、自動車を運転できない住民にも移動手段を確保することが目的である。診療所という建物を残すことが目的なのではなく、必要な医療へ到達できる状態を残すことが目的である。

施設を守ることと、サービスを守ることを分けて考えれば、街の縮小は単純な廃止の話ではなくなる。

医療について考えれば、その違いはさらに分かりやすい。日常的な診療はできるだけ身近にあった方がよいが、高度な救急医療や手術には一定量の医療資源が必要になる。どの医療も各地域へ均等に置こうとすれば、医師や設備が分散しすぎる一方、すべてを一か所へ集めれば、高齢者の日常的な通院が難しくなる。

ここでも一つの答えは存在しない。

特に救急医療では、病院まで何キロあるかより、発症してから適切な治療が始まるまで何分かかるかの方が重要になる。十キロ先の医療機関へ搬送しても必要な治療ができず、そこからさらに二十キロ移動するなら、最初から専門的な治療ができる拠点へ搬送した方が早い場合もある。

距離より時間を見るという考え方は、医療以外にも使える。

スーパーまで七キロあっても、自動車で十分なら生活上の負担は小さいかもしれない。反対に二キロしか離れていなくても、坂道が多く、公共交通もなければ高齢者にとっては遠い。役場・市役所まで十キロあっても、多くの手続きをオンラインや近隣窓口で済ませられれば、生活上の距離は短くなる。

街を地図上のキロメートルではなく、「普通の一日を送るために何分必要か」で測ってみる。

すると交通、医療、買い物、行政、教育が、一つの生活システムとして見えてくる。

ここまで考えると、朝凪市の将来像も、中心部へ向かって円形に縮む姿ではなくなってくる。

市役所、駅、商業施設、中核医療機関が集まる第一拠点がある。そこから離れた地域には第二、第三の生活拠点を残し、それぞれを交通で結ぶ。人口の少ない地区についても直ちに居住を禁止するのではなく、更新期を迎えるインフラから順に別方式を検討し、新規住宅や公共投資は将来もサービスを維持しやすい場所へ徐々に誘導する。

街は円のように小さくなるのではない。

いくつかの点と、それを結ぶ線へ変わっていく。

夜空の星座のような形である。

そして、この形を決めるのは行政効率だけではない。中心市街地が浸水危険地域なら、別の安全な拠点を育てる必要があるかもしれない。人口の少ない集落が地域交通の結節点なら、そこを残すことが周辺全体の生活を支えるかもしれない。

数理モデルは地図の外側から順番に赤く塗ってくれる機械ではない。

むしろ、「一見すると先に縮めるべき場所を残した方が、街全体では合理的である」という逆転を見つけるための道具である。

だから、最初に立てた「街はどこから縮むべきなのか」という問いにも、単純な地名では答えられない。

最も遠い地区からでもない。

最も人口の少ない地区からでもない。

一人当たり費用が最も高い地区からでもない。

より正確に言うなら、次に大きな更新費が必要となる施設やサービスについて、別の方法へ切り替えた場合に、住民生活全体へ生じる損失が最も小さいところから、少しずつ街の構造を変えるべきなのである。

そこには人口密度があり、一人当たり費用があり、限界費用があり、施設の更新時期がある。さらに交通と医療のネットワーク、災害リスク、住民の移動時間が重なり、それらを三十年という時間の中で比較し続ける。

人口減少時代の撤退順序とは、一本のランキングではない。

毎年変わる街の状態に合わせて、何をいつ変えれば暮らしの損失を最も小さくできるかを探し続ける順序なのである。

この考え方に立てば、「すべてを残すこと」が必ずしも住民を守ることにはならないことも見えてくる。道路も橋も水道も公共施設も公共交通も、今までと同じ場所、同じ方法で維持しようとすれば、限られた財源と人材は広い範囲へ薄く配られる。その結果、何も廃止していないのに舗装は傷み、水道更新は遅れ、バスは減便され、公共施設は老朽化していくかもしれない。

全部を残そうとして、全部を少しずつ失う。

人口減少社会では、それが最も危険な縮み方なのかもしれない。

街が小さくなることそのものは避けられない地域がある。しかし、道路が壊れた順、水道管が寿命を迎えた順、店が閉じた順、医師が辞めた順、バスの運転手がいなくなった順に生活が壊れていく必要はない。

成り行きで縮む街と、考えて縮む街は違う。

前者では、一つのサービスが失われるたびに住民が対応を迫られる。後者では、人口と施設の寿命を先に読み、別の交通、別の水道方式、別の医療配置、別の住宅政策を準備してから形を変える。

人口三万人の市が一万八千人になっても、一万八千人の生活水準まで五分の三になる必要はない。人口八千人の町が五千人になっても、暮らしまで八分の五へ縮める必要はない。

人口を維持することと、生活を維持することは同じではないからである。

人口が増え続けた時代、街づくりとは新しい道路を延ばし、住宅地を広げ、公共施設を建てることだった。

人口が減り続ける時代には、それとは反対方向の技術が必要になる。

ただし、それは無造作に切り捨てる技術ではない。

人口、距離、費用、時間、医療、交通、災害を重ね、何を変えれば何を残せるのかを計算し、その順序を選ぶ技術である。

街を縮めるというと、何かが消えていく話に聞こえる。

しかし本当に数理的に考えるなら、目的は逆になる。

どこを捨てるかを決めるためではなく、限られた人口と財源の中で、最後まで何を残せるかを決めるために街を縮める。

人口増加時代が「街を広げる数学」を必要としたのだとすれば、人口減少時代には、別の数学が必要になる。

それは、人の暮らしを小さくすることなく、街の形だけを静かに小さくしていくための数学である。

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外房の政治を考えるとき、東京から何キロ離れているかだけを測っても、この地域が抱える本当の「遠さ」は見えてこない。

人口密度が低く、市町村の規模は比較的小さい。鉄道、道路、河川、医療、介護、防災といった生活基盤の多くは、一つの自治体だけでは完結しない。それでいて、地域が国へ何かを求めようとすれば、一つ一つの町の人口や財政規模は東京の自治体とは比較にならないほど小さい。

こうした地域では、国会議員は単に法律へ賛否を示す人ではない。複数の自治体から上がってくる声を束ね、県庁や中央省庁へ運び、国の制度と地域の現実をつなぐ回路にもなる。

その回路の一つを、房総東部で36年以上にわたって担ってきたのが森英介である。

1990年2月の第39回衆議院議員総選挙で初当選してから、2026年2月の第51回総選挙まで13回連続で当選し、同月18日には第81代衆議院議長に就任した。衆議院の公式経歴には、法務大臣、厚生労働副大臣、厚生労働委員長、原子力問題調査特別委員長、憲法審査会長などが並ぶ。議長就任後は衆議院の会派上「無」とされ、衆議院英語版プロフィールも、議長就任前は自由民主党所属だったことを明記している。地方選出の衆議院議員としては、国会の頂点に近いところまで歩いた政治家である。

ただし、ここで最初に一つ線を引いておきたい。

森英介を「外房の政治家」と呼ぶことはできるが、千葉11区そのものが外房だけで構成されているわけではない。現在の選挙区は茂原市、東金市、勝浦市、山武市、いすみ市、大網白里市に加え、山武・長生・夷隅の郡部まで含む広域選挙区である。海沿いの外房だけでなく、農村、地方都市、観光地、東京圏の外縁部まで性格の異なる地域を抱えている。

だから森英介の36年を考えることは、一人の政治家の成功物語を読むことではない。

むしろ、房総東部という広い地域が36年間、中央政治とどのようにつながってきたのかを考えることである。

技術者から政治家へ~ただし、出発点は世襲でもあった

森の経歴には、地方政治家として少し珍しいところがある。

東北大学工学部を卒業した後、川崎重工業に勤務し、原子力プラントの溶接に関する研究成果によって1984年に名古屋大学から工学博士号を取得した。1974年から1988年まで企業に勤務しており、若いころから秘書や地方議員として政治の世界だけを歩いてきた人物ではない。40歳前後まで技術者として企業社会に身を置いた経験は、その後、労働、社会保障、原子力など専門性の高い分野を担当した経歴とも無関係ではないだろう。

しかし、森の政治家としての出発点を「技術者が一念発起して選挙へ挑み、ゼロから地盤を築いた」と描けば、事実の半分しか見ていないことになる。

父の森美秀は衆議院議員を務め、第2次中曽根内閣では環境庁長官に就任した人物だった。森英介が1990年に初当選した旧千葉3区には、父の政治活動によって形成された人脈や支持基盤が存在していたとみるのが自然である。少なくとも、まったく政治的な基盤を持たない新人候補と同じ条件からスタートしたわけではない。父の森美秀が環境庁長官を務めたことは首相官邸の歴代内閣資料でも確認できる。

世襲であることと政治家として有能であることは、論理的には別の問題である。

有利な初期条件を得た政治家が、その後三十数年間にわたって国会で役割を与えられ続けるかどうかは、また別の能力を必要とする。一方で、13回当選という結果をすべて本人の能力だけで説明することもできない。地域の保守地盤、政党支持、後援会、父から受け継いだ政治資産、対立候補の強弱など、複数の要因が重なっている。

政治家の評価で難しいのは、まさにここである。

結果は見えるが、その結果を生んだ変数は一つではない。

国政では「何もしていない長老議員」ではない

それでも、国会での森の履歴をたどると、単に選挙に強かっただけの政治家とは言いにくい。

労働政務次官、厚生労働委員長、厚生労働副大臣、法務大臣、憲法審査会長など、制度設計と法律審議に関わる役職を長く経験している。2015年には永年在職議員として衆議院から表彰され、2026年には議長へ至った。

社会保障分野では、2002年の健康保険法改正時に衆議院厚生労働委員長を務めたことが国会会議録から確認できる。健康保険の本人負担などをめぐって与野党が激しく対立した法案で、森は委員会の審査結果を本会議で報告した。野党側から委員長解任決議案まで提出されたことを考えれば、政策内容への評価は別として、当時の社会保障改革の政治過程で重要な位置にいたことは間違いない。

ここには資料を読む際の注意点もある。

自由民主党が過去に掲載した森の実績紹介には、「2006年、衆院厚生労働委員長として健康保険法改正案の成立に尽力した」という趣旨の記載がある。しかし、2006年5月の国会会議録を確認すると、その健康保険法等改正案を審議した衆議院厚生労働委員長は岸田文雄である。森が同委員長として健康保険法改正を扱ったことが確認できるのは2002年であり、2006年については資料間に齟齬がある。したがって本稿では、2006年の改正を森個人の実績として数えない。

政治家の功績を検証するとき、本人や政党が「実績」と呼んでいるものをそのまま採用しないことは重要である。

法務大臣時代に見える、評価の分かれる政治家像

森が初入閣したのは2008年の麻生内閣で、法務大臣だった。

この時期の仕事の一つが国籍法改正である。2008年6月、最高裁判所は、日本人の父から出生後に認知された子について、父母が結婚しているかどうかで日本国籍取得に差を設ける当時の制度の一部を違憲と判断した。森は法務大臣として、判決を重く受け止め、憲法に適合する制度へ改めるため国籍法改正案を国会へ提出したと答弁している。法案は衆議院法務委員会で全会一致で可決された。

これは森が独自の政策思想を一人で実現したという性格のものではない。最高裁判決によって生じた法制度上の問題を、行政と立法を通じて解消する法務大臣としての仕事だったと捉える方が正確である。

一方、同じ法務大臣時代には死刑執行という、より重い判断もあった。

森の在任中には2008年10月に2人、2009年1月に4人、同年7月に3人、合計9人の死刑が執行されたことが当時の記録から確認できる。死刑制度を維持する現在の法律に基づき、確定判決を執行する法務大臣の職務だったと評価する立場がある一方、死刑廃止や執行停止を求める立場からは強い批判も出た。東京弁護士会も当時、森法相による執行に反対する声明を公表している。

したがって、「決断力のある法相だった」と賞賛だけでまとめるのも、「多数の死刑を執行した法相だった」と批判だけでまとめるのも公平ではない。

確認できる事実は、森が法務大臣として死刑執行命令という非常に重い権限を複数回行使したことである。その是非は、日本の死刑制度そのものへの立場によって評価が分かれる。

政治家論では、事実と価値判断を同じ文章の中で混ぜないことが必要になる。

では、外房に何を残したのか

森を国政だけで評価するのであれば、法務大臣や衆議院議長まで務めた13期のベテラン議員という結論で終わる。

しかし地域分析ブログで本当に知りたいのは、別のことである。

森が中央で偉くなったことによって、外房の暮らしは何か変わったのか。

地方選出議員を評価するとき、この問いほど簡単そうに見えて難しいものはない。

道路が完成したとき、政治家は「実現しました」と語る。しかし道路は一人の政治家が造るわけではない。国土交通省、県、市町村、道路会社、財務当局、議会、地権者、地域団体など、多数の主体が何年、時には何十年も関わっている。

河川改修も鉄道も同じである。

そのため、「森が圏央道を造った」「森がいたから河川改修が実現した」という説明には慎重でなければならない。森が事業を要望したことと、その事業が完成したことの間には、多くの主体と多くの条件が存在するからである。

ただし、森が地元自治体と中央政府をつなぐ活動を長期間行ってきたことについては、公的資料からかなり具体的に確認できる。

勝浦市では2008年、国道128号と297号のアクセス改善を求め、市長、市議会、商工会、観光協会などの関係者が森をはじめとする国会議員や国土交通省へ要望活動を行ったことが市議会記録に残っている。

いすみ市では、外房線の快速列車を勝浦まで延伸することなどを求める要望書を、「森英介衆議院議員と共に」国土交通副大臣、東日本旅客鉄道本社、千葉支社へ提出したことが市の広報資料に明記されている。

御宿町でも、御宿駅へのエレベーター設置をめぐり、2017年度と2019年度に森へ要望文書を提出している。さらに御宿駅エレベーター設置整備事業等促進協議会では、森が顧問となっていた。もっとも、町の資料を読むと、事業は町と東日本旅客鉄道、国土交通省などとの長年の協議によって進められており、エレベーター整備を森個人の成果とみなすことはできない。

茂原市でも、一宮川水系の河川整備をめぐって同じ構図が見える。2024年12月、茂原市議会は河川整備促進の要望書を県選出国会議員へ提出し、森へ直接要望書を手渡した様子も市議会広報に掲載されている。

こうした資料から言えることと、言えないことを分ける必要がある。

森が外房の道路、河川、鉄道を一人で動かしていたことは証明できない。

しかし、地域の首長や議会が国へ何かを求める際、森がその経路の一つとして繰り返し使われてきたことは確認できる。

森の地域政治家としての最大の機能は、「自分が事業を完成させた」というより、自治体から中央政府へつながる政治的な窓口を長期間維持したことにあったと考える方が、資料に忠実である。

13回の当選を、どこまで「地域からの支持」と読めるのか

36年以上政治家であり続けるには、いくら強い地盤を持っていても選挙で勝ち続けなければならない。

2026年2月8日の総選挙でも森は千葉11区で102,843票を獲得し、50,561票の多ケ谷亮、13,783票の椎名史明を大きく上回って13回目の当選を果たした。得票率にすると61.5パーセントである。

この数字だけを見れば強い。

しかし、選挙の数字は分母を変えると別の景色になる。

千葉11区の2026年の有権者数は342,740人だったため、森への102,843票は全有権者の約30.0パーセントに相当する。つまり、有効投票の中では6割を超える圧勝であっても、「選挙区の住民の6割が森を積極的に支持した」と読むことはできない。

もちろん、これは森だけに当てはまる問題ではない。

民主主義の選挙では、投票しなかった人の意思を特定できない以上、選挙結果は原則として投票した有権者の選択から議席を決める。それでも、「圧倒的な支持」という政治的表現を使うなら、有効票を分母にしているのか、有権者全体を分母にしているのかを区別する必要がある。

数字は森の強さを示している。

同時に、数字だけで地域全体の意思を語ることの危うさも示している。

有力政治家が36年いても、人口減少は止まらなかった

森の政治家人生と外房の変化を重ねると、一つの厳しい現実が浮かぶ。

夷隅地域では、2021年の人口69,459人が2025年には64,248人となり、4年間で7.5パーセント減少した。同じ期間に65歳以上人口の割合は43.4パーセントから45.3パーセントへ上昇している。2025年の千葉県統計では、県内11地域の中で夷隅地域の老年人口割合45.3パーセントが最も高かった。

さらに、別の統計系列である千葉県毎月常住人口調査では、2026年6月1日の夷隅地域人口は60,795人とされている。統計の基準が異なるため2025年の64,248人と単純な連続値として比較することは避けるべきだが、地域人口が長期的な減少局面にあること自体は明らかである。

ここで、「森英介が36年間議員だったのに人口が減った。だから森は役に立たなかった」と結論づけるのは間違っている。

人口は一人の国会議員によって決まる変数ではない。

出生と死亡、大学進学、就職、住宅、賃金、産業構造、交通、医療、結婚、東京への人口集中など無数の条件が関係する。森が議員ではなかった場合に外房がどうなっていたのかという比較対象も存在しない。

統計学や因果推論の考え方を用いるなら、私たちが観測できるのは「森がいた外房」だけである。

「森がいなかった外房」を同じ36年間並行して観察することはできない。

したがって、現在の人口減少を森個人の失敗に帰属させることもできなければ、道路整備などによって人口減少がもっと大きくなることを防いだ可能性を排除することもできない。

それでも、一つだけ確実に言えることがある。

長期在職の有力国会議員が存在するだけでは、人口減少という地方の構造問題を止めることはできなかった。

これは森英介個人への批判ではない。

むしろ、一人の有力政治家が国から予算や事業を引き出せば地方は発展する、という20世紀型の地方政治モデルの限界を示している。

森英介は外房に「必要」だったのか

では、最初の問いへ戻ろう。

森英介は外房に必要な政治家だったのか。

この問いに、72点や85点といった数字を与えることはしない。

国政での影響力、地域要望への関与、道路整備への寄与、人口減少への影響などは測定単位が異なり、それぞれを恣意的な重みで足し合わせても、科学的な総合点にはならないからである。数理的に考えるとは、何でも数字にすることではない。測定できないものを測定できるように装わないことも、数理的な態度の一部である。

そこで、評価を一つの数字へ畳み込まず、それぞれの事実を分けて考える方がよい。

国政における影響力については、評価は高くならざるを得ない。13回当選し、法務大臣、厚生労働副大臣、憲法審査会長を経て衆議院議長まで到達した人物を、国会内で影響力の乏しい政治家だったと評価するのは無理がある。

地域と中央を結ぶ機能についても、勝浦、いすみ、御宿、茂原など複数の自治体資料から、森が要望活動の経路として使われてきたことが確認できる。この点でも「地元との関係を持たない中央政治家だった」という評価は成り立たない。

一方で、地域の道路や河川、鉄道などについて、どこまでを森個人の功績と呼べるのかは判定できない。公共事業は多数の主体の共同成果だからである。

さらに、人口減少、高齢化、公共交通、医療、人手不足といった外房の根本問題を森が解決したとは言えない。しかし、それを一国会議員だけの責任とすることも合理的ではない。

ここまで整理すると、結論はかなり限定されたものになる。

森英介は、外房・房総東部にとって価値の高い政治家だった可能性は高い。しかし、「森英介でなければならなかった」「森英介がいなければ地域が維持できなかった」とまで証明できる材料はない。

「役に立った」と「不可欠だった」は違うのである。

36年という長さが生んだもの、失わせたかもしれないもの

長期在職には、明らかな利点がある。

数年で交代する新人議員と、13期を重ねて大臣や委員長を経験した議員とでは、省庁、政党、国会内に蓄積された人脈や制度知識が同じであるはずがない。

小さな町の首長が霞が関へ要望に行くとき、中央政府との接点を持つ有力議員がいることには実務的な価値がある。

しかし、同じことを反対側から見ると、長期在職には別の問題もある。

地域の政治が一人の有力者を中心に組み立てられる期間が長くなるほど、「まず森英介へ相談する」という回路は太くなる。その回路が太くなれば便利だが、その人物がいなくなったときの代替回路が十分に育っているとは限らない。

森自身が父の政治基盤を引き継いだ世襲政治家であることを考えれば、この問題はさらに興味深い。

一人の政治家の能力を問う問題というより、地方が政治的なアクセスをどのように世代交代させるのかという問題になるからである。

政治家を一種の社会資本だと考えるなら、一人の非常に強い政治家へ依存する仕組みは短期的には効率がよい。

だが、システムとして見れば冗長性が低い。

一本の太い回線が切れたとき、別の回線へ切り替えられるのか。

森が強い政治家だったことと、外房の政治システムそのものが強かったことは同じではない。

「何を造る政治」から「何を残せるかを選ぶ政治」へ

森が初当選した1990年、日本はまだバブル経済の終盤にいた。

地方政治の大きなテーマは、高速道路を延ばし、道路を改良し、施設を造り、東京との時間的距離を縮めることだった。人口も税収も将来には増えるという発想が、少なくとも現在より強く残っていた。

36年後、外房が直面している問題はかなり違う。

これから問われるのは、新しい道路を造れるかだけではない。

すでに存在する道路や橋を誰が修繕するのか。水道管を誰が交換するのか。利用者の減った鉄道をどこまで維持するのか。病院まで行けなくなった高齢者を誰が運ぶのか。介護職員、電気工事士、水道工事業者、消防団員が減った地域で、生活そのものをどこまで維持できるのか。

政治の目的が「増やすこと」から「減少する社会の中で何を守るか」へ変わりつつあるのである。

森英介という政治家は、公共事業によって地方を成長させようとした時代から、人口減少を前提に地方を再設計しなければならない時代までを、一つの選挙区で見続けてきた。

その意味で、森の36年間は一人の政治家の履歴であると同時に、日本の地方政治そのものが変わってきた36年間でもある。

森英介の36年が外房に残す最後の問い

森英介を礼賛する必要もなければ、長く議席を守ったことだけを理由に否定する必要もない。

公的資料から確認できる範囲では、森は国政で相当な地位を築き、外房・房総東部の自治体が中央政府へ要望するときの政治的な窓口として長期間機能してきた。

それは地域にとって無価値ではなかった。

むしろ、小規模自治体が多いこの地域では相応の価値を持っていた可能性が高い。

しかし、その36年間にも人口は減り、高齢化は進み、鉄道、医療、交通、インフラ維持という問題は残った。

そこから導かれるのは、「森英介が失敗した」という単純な結論ではない。

一人の有力政治家が地方の未来を背負うという政治モデルそのものに限界がある、ということである。

政治家の本当の価値は、その人がいる間に何件の事業を実現したかだけでは測れない。

その人がいなくなった後にも、自治体が国と交渉できること。次の政治家が育つこと。地域の側が自ら数字を読み、優先順位を決められること。人口が減っても生活を維持できる制度をつくること。

そうした仕組みまで残せるかどうかが、人口減少時代の地方政治では重要になる。

森英介は外房に必要な政治家だったのか。

確認できる事実から判断するなら、外房にとって必要性の高い政治家だった、と評価するのが妥当だろう。

しかし、不可欠だったとは言えない。

そして、一人の政治家を不可欠な存在にしてしまう地域政治が、本当に健全なのかという別の問いも残る。

1990年に初当選した技術者出身の世襲政治家は、36年後、衆議院議長まで上り詰めた。2026年2月18日の議長選挙では464票中463票を得て選出され、国政における政治人生は一つの到達点を迎えた。

だが、地域にとって重要なのは、その到達点そのものではない。

森英介ほど長く、森英介ほど中央に太い回線を持つ政治家がいつかいなくなったときにも、外房は自分たちの生活を守れるのか。

森英介の36年を評価するという作業の最後に残るのは、過去の政治家への採点ではない。

「強い政治家がいなくても持続できる外房を、これからつくれるのか」という、地域自身への問いなのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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スーパー1店舗に必要な人口は何人か~「1~3万人商圏」では説明できない地方の現実

夕方になると、町のスーパーの駐車場に車が一台、また一台と入ってくる。入口では買い物かごが重なり、その先にはキャベツや豆腐、刺身、牛乳、弁当が並んでいる。いつもの店で、いつもの買い物をする。その光景があまりにも日常的なので、私たちはスーパーがなぜそこに存在できているのかを、普段ほとんど意識しない。

しかし、人口が減り続ける地方では、この当たり前の風景を数字で考えなければならない時代が近づいている。

スーパー一店舗を維持するには、何人の住民が必要なのだろうか。

この問いを調べると、「食品スーパーには人口1万人~3万人程度の商圏が必要」と説明されることがある。確かに、この数字には公的資料による根拠がある。国土交通省の資料では、売場面積2,000~3,000平方メートル程度の食品スーパーについて、周辺人口1万人~3万人という商圏規模が一つの目安として示されている。

だが、この数字だけを見て、「人口1万人を下回ればスーパーは成立しない」と考えると、現実を大きく読み違える。

実際、地方には人口6,000人前後の生活圏に地域密着型の個人スーパーが二店舗営業している例さえある。もし「スーパー一店舗には最低1万人必要」という法則が存在するなら、このような地域は説明できない。

ところが、矛盾はしていない。

国土交通省が示している1万人~3万人という数字は、すべてのスーパーに共通する「最低必要人口」ではなく、あくまで2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについて示された、おおよその商圏規模だからである。資料自身も、人口規模と都市機能との対応は概略的なイメージであり、具体的な条件によって差が生じると注意している。

スーパーに必要なのは人口そのものではない。店を維持できるだけの購買が、どれだけその店に集まるかなのである。

「人口6,000人にスーパー2店」はなぜ成立するのか

人口6,000人の地域に二店舗の個人スーパーがあるとすれば、単純に割れば一店舗当たり3,000人となる。

しかし、この計算をそのまま「スーパーは3,000人あれば経営できる」と読み替えることもできない。

その地域の外から買い物客が来ているかもしれない。通勤途中の人が立ち寄っているかもしれず、観光地なら観光客や別荘利用者の消費もある。一方で、二店舗の利用者が完全に半分ずつ分かれているとも限らない。鮮魚ならこちら、肉ならあちらというように、住民が二店舗を使い分けている可能性もある。

それ以上に重要なのが、店舗の大きさである。

売場面積300平方メートルの地域スーパーと、2,500平方メートルの郊外型食品スーパーでは、同じ「スーパー」という名前で呼ばれていても、経営に必要な売上高はまったく違う。

建物が小さければ、照明や空調、冷蔵・冷凍設備の規模も小さくできる。必要な従業員数も違い、駐車場や物流の仕組みも異なる。経営者自身や家族が店舗に立つような店と、多数の従業員を雇用し、本部機能や大規模物流網を抱えるチェーン店舗とでは、損益分岐点が同じになるはずがない。

つまり「スーパー一店舗」という単位そのものが、実はかなり曖昧なのである。

小さいスーパーは、実際に違う経営構造を持っている

全国スーパーマーケット協会など三団体が実施した2025年のスーパーマーケット年次統計調査を見ると、この違いが数字にも表れている。

この調査では国内でスーパーマーケットを保有する881社を対象とし、286社から回答を得ている。回答企業の中には多数の店舗を運営する企業だけでなく、一~三店舗を保有する企業も含まれている。また、分析では売場面積800平方メートル未満を中心とする企業を「小規模店舗中心型」として区分している。

調査対象店舗の平日の平均来店客数は全体で1,753.8人だったが、売場面積800平方メートル未満では1,148人だった。一方、1,600平方メートル以上になると2,252.8人まで増える。

この数字から「1,148人来れば小型スーパーは存続できる」と結論づけることはできない。これらは損益分岐点ではなく、実際に営業している回答店舗の平均値だからである。

それでも、店舗規模によって必要とされる客数や売上構造が大きく異なることは分かる。

さらに興味深いのは、売場面積一平方メートル当たりの年間売上高である。全店舗平均は133.7万円だが、800平方メートル未満の店舗では204.4万円だった。一方、1,600平方メートル以上では107.5万円となっている。

もちろん、この数字から「小型スーパーの方が大型スーパーより儲かる」と判断することもできない。面積当たり売上高と利益率は別物であり、人件費、仕入価格、物流費、建物費、電気料金などを考慮しなければ利益は分からない。

ただし、小規模な店舗が狭い売場を高い頻度で回転させ、比較的小さな商圏の中で営業するという経営形態が存在することは、この統計からも確認できる。

人口6,000人前後の地域に個人スーパーが二店舗存在できることは、この構造を考えれば決して不思議ではない。

では「人口1万~3万人」とは何なのか

ここで最初の数字に戻ろう。

国土交通省が示す1万人~3万人という商圏人口は、2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについての目安である。

ここを明確に区別しなければならない。

「食品スーパー2,000~3,000平方メートルの商圏人口がおおむね1万~3万人」という命題と、「スーパー一店舗を維持するには最低1万人必要」という命題は、似ているようでまったく違う。

前者には資料上の根拠がある。後者にはない。

さらに1万人と3万人の中間が2万人だからといって、「スーパー一店舗の標準必要人口は2万人」とすることもできない。2万人という数字は単なる算術上の中間値にすぎず、経営上の損益分岐人口として統計的に確認された数字ではない。

したがって、「スーパー一店舗に何人必要か」という問いに科学的に答えるなら、最も正確な答えは、おそらく少し歯切れが悪い。

一律に決めることはできない。

しかし、それでは地域分析として役に立たないから、もう一段深く考える必要がある。

本当に見るべきなのは「人口」ではなく「購買力」である

スーパーの売上を左右する構造を単純化すると、商圏に暮らす人数、その人たちが食品に使う金額、そのうち自店で買ってもらえる割合によって大きく決まる。

同じ人口6,000人でも、結果は変わる。

近くに競合スーパーがなく、多くの住民が地元店を利用する地域と、車で15分の場所に大型スーパーやドラッグストアが何店舗もある地域では、地域内の店へ落ちる金額が違う。

人口が高齢者中心なのか、子育て世帯が多いのかでも消費内容は変わる。昼間人口、観光客、別荘利用者、通勤客も影響する。

そして地方では、自動車の存在が商圏をさらに複雑にする。

行政上は人口6,000人の町であっても、町境の外から客が来れば商圏人口は6,000人を超える。一方で町民が隣の市の大型店まで車で買い物に行けば、地元スーパーにとって実質的な市場は6,000人より小さくなる。

市町村人口と商圏人口は同じではないのである。

だから、スーパーの将来を予測するとき、「この町は人口8,000人だから危険」「人口2万人だから安心」と自治体人口だけを見るのは適切ではない。

本当に調べなければならないのは、店から車で10分、15分、20分程度の範囲に何人が暮らし、その人たちがどこで買い物をしているかという生活圏の構造である。

大型スーパーほど大きな売上を必要とする

スーパーという事業の大きさを実感するには、売場面積当たりの売上を見てみると分かりやすい。

前述の2025年調査では、1,600平方メートル以上の店舗で、売場一平方メートル当たり年間売上高は平均107.5万円だった。

これを単純に当てはめれば、2,000平方メートルなら年間約21.5億円、3,000平方メートルなら約32.3億円という規模になる。

ここでも注意しなければならない。この21億円や32億円は「これだけ売らなければ倒産する」という必要売上高ではない。調査対象店舗の平均的な実績から計算した参考値である。

それでも、2,000~3,000平方メートル級のスーパーが年間数十億円規模の商品を動かす施設であることは分かる。

一方、地域の小規模スーパーなら、建物も従業員も設備も商品在庫ももっと小さい。したがって同じ人口条件を要求する理由はない。

ここに「人口6,000人でも二店舗存在する地域」と「人口1万~3万人の商圏を想定する大型食品スーパー」が同時に存在できる理由がある。

両者は同じ名前で呼ばれているだけで、経営モデルが違うのである。

人口減少で問題になるのは、店の数より「選択肢」が消えること

地方にとって本当に重要なのは、スーパーが何人で成立するかという知的な疑問だけではない。

人口減少が続いたとき、現在ある店舗がどのように変化するかである。

農林水産省は、中山間地域などでは人口減少や高齢化によって小売業や物流の採算確保が難しくなり、スーパーマーケットなどの閉店が進んできたと説明している。

その結果として現れているのが、食料品へのアクセスの問題である。

農林水産政策研究所の2020年推計では、店舗まで直線距離500メートル以上あり、なおかつ自動車を利用することが難しい65歳以上の「食料品アクセス困難人口」は全国で904万人、65歳以上人口の25.6%に達している。75歳以上では566万人、31.0%である。ここでいう店舗には食料品スーパーだけでなく、食肉店、鮮魚店、青果店、コンビニエンスストア、ドラッグストアなども含まれる。

つまり、町にスーパーが一店舗残っているからといって、住民全員の買い物環境が維持されているとは限らない。

自宅から七キロメートル離れたスーパーが営業していても、車を運転できなくなった高齢者には遠い。

逆に店側から見ると、人口密度が低下した地域では、同じ数の客を確保するためにより広い範囲から来店してもらわなければならない場合がある。しかし、客を遠くから集めようとするほど、自動車を利用できない住民には不便な店舗になる。

店の経営効率と住民の生活利便性が、人口減少によって必ずしも同じ方向へ動かなくなるのである。

小さなスーパーが残る地域には理由がある

人口の少ない町に残る個人スーパーを見ると、単なる「昔からある店」と考えがちである。

だが、そこには大型店とは違う合理性があるのかもしれない。

小さな店舗だから維持できる。地域住民の好みを熟知しているから売れる。大量の商品を並べず、必要なものに品ぞろえを絞っている。鮮魚や総菜など特定の商品に強く、その商品を目的に客が来る。固定客との関係が強く、大型店との単純な価格競争を避けている。

こうした条件は全国統計の「人口何万人」という一つの数字には表れにくい。

もちろん、小規模だから将来も安全だという意味ではない。経営者の高齢化、後継者不足、仕入れ、物流、人件費、冷蔵設備の更新など、人口とは別の理由で閉店する可能性がある。

むしろ地方では、人口の減少より先に「店を経営する人がいなくなる」ことさえ考えなければならない。

スーパーの存続問題は、人口だけでなく、経営者と従業員の問題でもある。

「何人必要か」より「どんな店なら残せるか」

結局、スーパー一店舗に必要な人口は何人なのだろう。

2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについては、周辺人口1万人~3万人が商圏規模の一つの目安になる。これは公的資料から確認できる。

しかし、この数字は最低必要人口ではない。

小規模な地域スーパーなら、それよりはるかに少ない人口の地域で営業している例がある。逆に人口3万人の商圏でも、競合店が多く、住民の購買が周辺地域へ流出していれば、すべての店が安定して存続できるとは限らない。

したがって、人口減少地域で考えるべき問いは、

「人口が何人になったらスーパーが消えるのか」

だけではない。

「その人口で、どの規模の店なら維持できるのか」

という問いへ変えた方が現実に近い。

人口6,000人なら大型スーパーを維持するのは難しくても、小型の地域スーパー、食品を扱うドラッグストア、移動販売、宅配を組み合わせれば、食料供給という機能そのものを残せる可能性がある。

逆に、人口が2万人あっても大型店舗一軒に依存し、その店が撤退した瞬間に買い物環境が大きく崩れる地域もあり得る。

人口の大小だけを見ていては、本当の地域の強さは分からない。

町の小さなスーパーに明かりがついている。

店内には大型店ほど多くの商品はないかもしれない。それでも、今日の夕飯を買いに来る人がいる。店主が顔を知っている客がいる。何十年も繰り返されてきた小さな経済活動が、その店を支えている。

その一軒が成立するために必要なのは、「人口一万人」という一本の線ではない。

店の大きさ、客の距離、競争相手、交通手段、商品の特色、住民の年齢、そして地域の中でどれだけ購買が循環しているか。そのすべてが重なったところに、店が残れるかどうかの境界がある。

だから、スーパー一店舗に必要な人口を数字で表すなら、「何人」と断定するよりも、こう表現する方が正確だろう。

大型の食品スーパーでは1万~3万人程度の商圏が一つの目安になる。しかし、スーパー一般に共通する最低必要人口は存在せず、小規模な地域スーパーは数千人規模の地域でも成立し得る。

人口減少時代に本当に調べるべきなのは、町の人口が何人になるかだけではない。

その人口になったとき、どのような店なら、まだ明かりを灯し続けることができるのか。

地域の将来を考えるということは、その明かりが消える日を予測することではなく、消さずに済む仕組みを考えることなのかもしれない。

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地方を歩いていると、家そのものは残っているのに、人の姿をほとんど見かけない集落があります。空き家が増え、子どもの声が聞こえなくなり、かつて何十世帯も暮らしていた場所に十数世帯しか残っていないことも珍しくありません。

では、集落はいったい何世帯まで減ると維持することが難しくなるのでしょうか。

この問いに「20世帯」「10世帯」と一つの数字だけで答えることはできません。集落によって年齢構成も違えば、道路や水路の管理方法、自治会の仕組み、周辺集落との関係も違うからです。

ただし、農林水産省などの調査を見ると、世帯数が減るにつれて共同活動が弱くなり、特に10戸を下回るあたりから集落機能の低下が目立ち、4戸以下になると維持がかなり難しくなるという傾向は確認できます。農林水産省は、集落内の戸数が9戸以下になると、用排水路の管理や農地保全など、集落が担ってきた共同活動が著しく減退する状況がみられるとしています。

重要なのは、家が何軒残っているかではありません。

その地域を支える「人」が何人残っているかです。

集落は住宅の集合ではなく「共同作業の組織」である

普段、私たちは集落を住宅が集まった場所として見ています。しかし、集落が存続するためには、住宅が存在するだけでは足りません。

道路脇の草刈り、水路や側溝の清掃、ごみ集積所の管理、自治会活動、防災活動、祭礼、共同施設の維持、地域内の連絡、高齢者の見守りなど、目立たない仕事が年間を通じて発生しています。

農林業センサスでは農業集落を、農業生産だけでなく社会生活の基礎となる地域社会として捉えています。実際、2020年の調査でも、多くの農業集落で環境美化、農道や水路の管理、共有財産の管理、福祉・厚生などが寄り合いの議題となっています。

つまり人口減少の本当の問題は、

「住む人が少なくなること」

だけではなく、

「集落を動かすための仕事を分担できる人数が減ること」

にあります。

100世帯で行っていた仕事が50世帯になったからといって、仕事量が半分になるわけではありません。

道路の長さも、水路の長さも、ごみ集積所も、地域の面積もほとんど変わらないからです。

30世帯が20世帯になっても、すぐには集落は消えない

例えば30世帯の集落が20世帯まで減ったとします。

この段階では、多くの場合、集落そのものが直ちに維持できなくなるわけではありません。

自治会長、会計、防災担当、道路管理などの役割を分担することもまだ可能でしょう。草刈りや清掃などについても、住民がある程度参加できれば対応できます。

しかし問題は、一世帯当たりの負担が徐々に重くなることです。

30世帯で30人が参加していた作業を20世帯で行えば、単純化すれば一人当たりの負担は1.5倍になります。

さらに人口減少が高齢化と同時に進めば、20世帯あっても実際に草刈りや側溝清掃に参加できる世帯が10世帯しかない、ということも起こります。

したがって「20世帯あるから大丈夫」とは言えません。

世帯数よりも、

実際に地域活動を担える世帯数

を見る必要があります。

10世帯を下回ると何が起きるのか

一つの重要な境目として考えられるのが「10世帯前後」です。

農林水産省の資料では、集落内の戸数が9戸以下になると、用排水路管理や農地保全などの共同活動が著しく減退する傾向が示されています。

もちろん、この数字は農業集落についての統計であり、全国すべての住宅集落に機械的に当てはめられる数字ではありません。

それでも、「10世帯」という数字には実務的な意味があります。

仮に10世帯のうち、高齢のため共同作業が難しい世帯が4世帯、仕事などの事情で参加しにくい世帯が2世帯あれば、実際に地域活動の中心を担えるのは4世帯程度になります。

自治会長、会計、防災、環境美化などを毎年交代しても、数年で同じ人に役職が戻ってきます。

一つの家から複数の役割を出さなければならない場合も増えます。

すると、人口減少が単なる人数の問題から、

地域運営そのものの問題

へ変わってきます。

5世帯前後になると「集落単独」という考え方が難しくなる

さらに世帯数が減り、5世帯前後になった場合はどうでしょうか。

農林水産政策研究所の分析では、総戸数4戸以下、人口9人以下、高齢化率50%以上の農業集落では、寄り合いや農業用用排水路の保全などの集落活動が急激に弱まることが確認されています。また、総戸数4戸以下の農業集落では、農業の担い手が存在しない集落が約7割に達していました。

別の2023年の分析でも、農家戸数4戸以下の集落では、2020年に環境美化・自然環境保全活動が行われていない割合が33.3%となり、20戸以上の集落の12.1%よりかなり高くなっています。

ここまで小さくなると、問題は「住民が協力するかどうか」だけではありません。

そもそも協力できる人数が物理的に足りなくなります。

例えば5世帯のうち3世帯が80歳以上であれば、草刈り機を使った作業や側溝清掃、防災活動などを事実上2世帯で支えることになりかねません。

こうなると、「もっと地域住民が協力すればよい」という精神論では解決できません。

集落の構造そのものを変える必要があります。

世帯数だけでは判断できない理由

ここで注意したいのは、同じ10世帯でも集落の維持能力には大きな差があることです。

例えば、40~60歳代を中心とする10世帯と、80歳代を中心とする10世帯では、地域活動を担える力はまったく違います。

さらに、集落の面積によっても違います。

住宅が一か所にまとまっている10世帯と、山間部に数キロメートルにわたって散在する10世帯では、道路や水路、土地を管理する負担が異なります。

周辺地域との関係も重要です。

農林水産政策研究所の分析では、小規模な農業集落でも、他の集落と連携することによって農業用用排水路の保全活動を維持している例が確認されています。

つまり、

「小さな集落=必ず消滅する」

という関係ではありません。

周辺集落との共同運営ができれば、小規模でも機能の一部を維持することは可能です。

集落の維持能力を簡単な式で考えてみる

集落の持続可能性を考えるために、単純なモデルを置いてみます。

集落に30世帯あったとしても、地域活動に参加できる世帯が15世帯しかなければ、実質的な担い手は15世帯です。

そこで、

実働世帯率 = 地域活動に参加可能な世帯数 ÷ 全世帯数

と考えます。

30世帯中24世帯が活動できれば実働世帯率は80%です。

一方、15世帯残っていても活動可能なのが6世帯なら40%しかありません。

集落維持を考えるときには、単純な人口や世帯数より、

世帯数 × 実働世帯率

を見る方が現実に近くなります。

例えば20世帯あっても実働率30%なら実働世帯は6世帯です。

反対に10世帯でも実働率80%なら8世帯あります。

したがって、人口減少地域では「あと何人住んでいるか」だけではなく、「地域を支えられる人があと何人いるか」を調べる必要があります。

高齢化は人口減少以上に集落を変える

農林水産政策研究所は、世帯数や人口が少ないことに加えて、高齢化が進んだ集落ほど共同活動が低下することを示しています。総戸数4戸以下、人口9人以下、高齢化率50%以上という条件が重なると、活動が急激に弱まる傾向があります。

これは地方の将来を考えるうえで非常に重要です。

人口が毎年1%減るだけなら、数字の変化は緩やかに見えます。

しかし、地域活動を担ってきた60~70歳代が80歳代へ移行すると、同じ人口であっても地域を維持する能力は急速に低下する可能性があります。

集落の「人口減少」と「機能低下」は、必ずしも同じ速度では進まないのです。

ある時点までは普通に自治会も草刈りも続いていた地域が、数年の間に急に維持できなくなることも考えられます。

外房でも問題になるのは「消滅」より先に起こる機能低下

外房の地域を考える場合にも、「集落がなくなるか」という問いだけでは十分ではありません。

実際には、誰も住まなくなるよりはるか以前から変化が始まります。

自治会の役員が決まらない。

草刈りの参加者が集まらない。

道路脇や空き地の管理が難しくなる。

高齢者だけでは防災活動ができない。

近所同士で行ってきた見守りが成立しなくなる。

こうした変化が少しずつ積み重なります。

農林水産省も、高齢化が進んだ農業集落では生活の利便性が低い傾向があり、買い物、医療、教育へのアクセスや高齢者の見守りなどの生活環境を維持することが重要だとしています。

つまり、集落の存続を考えるとき、本当に注目すべきなのは「最後の一世帯がいついなくなるか」ではありません。

生活共同体としての機能がいつ失われ始めるか

です。

目安としては「20戸・10戸・5戸」の三段階で考えられる

これまでの調査結果を、一般の地域を考えるための目安として整理すると、次のように考えることができます。

20世帯前後までは、担い手の年齢構成が良ければ単独での地域運営を維持できる可能性が比較的高い。

しかし20世帯を下回る頃から、一世帯当たりの役割負担や共同作業負担が目立ち始めます。

10世帯前後になると、共同活動を従来の仕組みのまま維持することが難しくなる可能性が高まります。

そして、

5世帯前後では、集落単独であらゆる機能を維持する発想そのものを見直す必要が出てきます。

ただし、これは全国共通の絶対的な境界線ではありません。農業集落の統計を参考にした実務的な目安です。

実際の維持可能性を決めるのは、

世帯数、年齢構成、実働人口、集落面積、インフラ量、周辺集落との連携、行政による支援などの組み合わせです。

集落を残す方法は「人口を元に戻すこと」だけではない

人口減少対策というと、移住者を増やすことが最初に考えられます。

もちろん新しい住民が増えることには意味があります。

しかし、日本全体の人口が減少する中で、すべての小規模集落を移住だけで再び数十世帯に戻すことは現実的ではありません。

そこで必要になるのが、集落単位で行ってきた仕事を広域化する発想です。

一つの集落で自治会、防災、草刈り、水路管理などをすべて完結させるのではなく、複数集落で共同化する。

住民で維持できない作業は行政や事業者に移す。

自治会組織そのものも広域化する。

こうした仕組みに変えることで、「10世帯だから維持できない」という単純な関係を変えることはできます。

実際、小規模な農業集落でも他集落との連携によって保全活動を維持している例があり、人口減少社会では、集落の統合や連携がますます重要になると考えられます。

問題は「何世帯残るか」ではなく「何世帯で何を維持するか」

「集落は何世帯まで減ると維持できないのか」。

この問いに一つの数字で答えるなら、農業集落のデータからは10世帯を下回るあたりが重要な警戒点になります。

そして5世帯前後まで減少し、高齢化も進めば、従来型の共同活動を集落だけで維持することはかなり難しくなります。

しかし、本当に重要なのは世帯数そのものではありません。

人口30人の集落でも地域活動を担える人が3人しかいなければ、維持能力は低い。

人口15人でも比較的若い住民が多く、隣の集落と協力できれば、維持できる機能は増えます。

これから人口減少が進む地方で問われるのは、

「この集落を何世帯まで残せるか」

ではなく、

「少ない世帯数になったとき、どこまでを住民自身で維持し、どこからを周辺地域や行政と共同化するのか」

という問題なのではないでしょうか。

集落は、最後の住民がいなくなった日に突然消えるわけではありません。

そのずっと前から、草刈り、自治会、防災、見守り、道路や水路の管理といった小さな機能が一つずつ失われていきます。

地方の将来を見るなら、人口だけでなく、こうした「集落機能の残存率」を見ていく必要があります。

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