台風が通り過ぎた翌朝、いつもの道路を車で走ろうとすると、大きな木が道を塞いでいる。幹は道路を横切り、折れた枝は電線に絡まり、向こう側へ進むことができない。山間部では珍しくない光景であり、丘陵、山林、住宅地が複雑に入り交じる房総半島の外房地域でも、十分に起こり得る事態である。
このような場合、多くの人が最初に考えるのは、役所へ連絡すれば倒木を片づけてもらえるだろうということである。実際、道路が通行できない状態を長期間放置すれば、住民の日常生活だけでなく、救急搬送、消防活動、介護サービス、ごみ収集、物流などにも支障が生じる。しかし、倒木を処理する責任が誰にあるのかという問題は、道路を管理する行政が対応すれば済むほど単純ではない。
道路は行政が管理していても、そこへ倒れてきた木まで行政の所有物とは限らないからである。道路脇の山林から倒れてきた一本の木をたどっていくと、その先には、土地所有者の高齢化、相続登記の未了、森林管理の担い手不足、自治体の財政制約といった、日本の人口減少地域が抱える複数の問題が重なっている。
道路を管理する人と、木を管理する人は同じではない
国道、県道、市町村道などの公道には、それぞれ道路管理者が定められている。道路法第42条では、道路管理者が道路を常時良好な状態に保つよう維持・修繕することが定められており、舗装の損傷や道路上の障害物などに対して、安全な通行を確保するための対応が求められる。
しかし、道路の隣にある山林や宅地が私有地であれば、そこに生えている樹木は、原則として道路管理者の所有物ではない。千葉県も、道路上に張り出した枝や倒木の危険がある樹木について、基本的には土地所有者や管理者による適切な管理を求めている。千葉市も、私有地から道路にはみ出した樹木について、通常は市が自由に剪定や伐採を行えるものではないと説明している。
ここで区別しなければならないのは、道路を安全に維持する責任と、樹木を所有・管理する責任である。例えば、道路脇の私有林に立つ木が台風によって倒れ、道路を塞いだ場合、道路管理者は通行規制や障害物の除去などを検討する必要がある。一方で、その木が適切に管理されていたか、倒木によって生じた損害を誰が負担するかについては、樹木の所有関係や管理状態などを踏まえた別の判断が必要になる。
民法第717条では、竹木の栽植または支持に瑕疵があることによって他人に損害が生じた場合の責任について定めている。また、道路管理者についても、道路の設置または管理に瑕疵があれば、国家賠償法第2条に基づく責任が問題となることがある。ただし、台風で木が倒れたという事実だけで、土地所有者や道路管理者の賠償責任が自動的に認められるわけではない。予測可能性、危険の認識、管理状態、講じられた安全対策などを具体的に検討する必要がある。
さらに、実際に倒木を撤去する主体と、その作業費用を最終的に負担する主体も、必ずしも一致しない。道路管理者が緊急的に通行を確保したとしても、そのことだけで費用負担の法律関係まで確定するわけではないのである。
御宿町の議会答弁に見る、倒木処理の現実
こうした問題は、法律上の抽象的な議論だけではない。御宿町議会の2013年12月の定例会では、台風によって道路を塞いだ倒木の処理が取り上げられ、町が業者に委託して撤去したことや、電線に関係する倒木について電力会社へ対応を依頼したことが説明されている。また、周辺山林の土地所有者との調整が必要になるという問題も示されていた。
翌2014年3月の町議会でも、大雪に伴う倒木が取り上げられている。道路上の木を撤去できた場合でも、電線を巻き込んだ倒木については電力会社の対応が必要となり、通行止めが長引くことがあったと説明されている。
これらの答弁から分かるのは、道路を塞いだ一本の木を処理するために、道路管理者、土地所有者、電力会社、伐採事業者など、複数の主体が関係するということである。道路の障害物を取り除くだけなら比較的短時間で済む場合でも、電線の安全確認や樹木の所有関係、作業場所の確保などが重なれば、対応は複雑になる。
倒木を発見した住民から見れば、必要なのは一刻も早い道路の復旧である。しかし、現場で実際に作業する側には、感電や幹の跳ね返り、二次倒木、作業中の交通事故などを防ぐ責任もある。特に電線が絡んでいる場合には、木が電線から離れて見えても危険なことがあり、一般の住民が安易に近づいたり、自分で切断したりすることは避けなければならない。
このように倒木処理は、単に木を切る作業ではなく、道路管理、財産管理、電力設備管理、労働安全が交差する業務なのである。
一本の木の向こうに何人もの相続人がいる
倒木の原因となった木が、現在もその土地に暮らす所有者のものであれば、行政が連絡して管理を求めることは比較的容易である。しかし、人口減少や高齢化が進んだ地域では、土地所有者を特定したり、連絡を取ったりすること自体が難しくなる場合がある。
例えば、山林の登記名義人が何十年も前に亡くなり、相続登記が行われていなかったとする。子どもたちは地域外へ転出し、その後さらに相続が繰り返されれば、一筆の小さな山林に多数の相続人が関係する可能性がある。相続人が土地の存在を知らなかったり、存在を知っていても利用する予定がなかったりすれば、現実の管理が途絶えることも考えられる。
政府が公表している2024年の国土交通省調査によれば、不動産登記簿のみでは所有者の所在が判明しない土地の割合は23%に達している。その主な発生原因として、相続登記の未了が63%、住所変更登記の未了が29%を占めている。ただし、この23%という数字は、登記簿だけでは所有者の所在が分からない土地の割合を示すものであり、戸籍などを追加調査しても所有者が分からない土地が同じ割合で存在するという意味ではない。
また、所有者不明土地と管理されていない土地も、同じものではない。所有者が分からなくても近隣住民などによって一定の管理が続いている土地がある一方、所有者が明確でも、経済的な事情や高齢化などによって十分に管理されていない土地もある。したがって、所有者不明土地の割合を、そのまま管理放棄地や倒木危険箇所の割合と考えることはできない。
それでも、相続が重なることで所有関係が複雑になり、管理を担う人と土地との距離が広がっていくことは、人口減少地域の土地管理を考えるうえで無視できない問題である。山林の位置を知る人がいなくなり、相続人も日常的には現地を訪れなければ、危険な樹木が発生しても、それを発見して対処する機会が少なくなる可能性がある。
土地の管理不足が道路に影響するという外部性
山林や空き地の管理を、土地所有者だけの問題として扱うことには限界がある。樹木の枝が道路へ張り出せば大型車両の通行を妨げることがあり、竹や雑草が繁茂すれば道路の見通しが悪化する。落ち葉や土砂が側溝に堆積すれば排水機能に影響し、枯れ木や傾斜した木が道路や電線に倒れれば、交通や電力供給に被害が及ぶ可能性がある。
経済学では、ある主体の行動や管理状態が、その費用を直接負担しない第三者へ影響することを外部性と呼ぶ。道路沿いの土地管理でも、所有者が管理費用を負担しないことによって、道路管理者、電力会社、道路利用者、近隣住民などに損失が生じる場合があり、これは負の外部性として考えることができる。
例えば、道路に隣接する山林の危険木について、所有者が伐採費用を負担できず、処置が先送りされたとする。その後、木が倒れて道路が閉塞し、行政が作業員や重機を手配することになれば、撤去費用だけでなく、交通規制や迂回による時間的損失も生じる。救急搬送や停電復旧が遅れるような場合には、金銭的に評価しにくい損失が加わることも考えられる。
もっとも、倒木が発生したからといって、必ず管理不足が原因だったとは限らない。適切に管理されている森林でも、想定を超える強風や豪雨によって倒木が発生することはある。重要なのは、所有者の管理不足によって防ぐことができた被害と、自然災害によって避けることが困難だった被害を区別することである。
公的な支援を考える場合にも、個人の財産管理を無条件に税金で肩代わりすることが合理的とは限らない。しかし、私有地の樹木が倒れることで多数の住民や公共サービスに大きな被害が及ぶならば、所有者による管理を促すために一定の公的支援を行うことには、社会的な費用を減らすという合理性が生まれる。
管理されていない森林は本当に倒れやすいのか
人口減少によって森林の管理が行き届かなくなれば、倒木が増えると考えたくなる。しかし、この関係を科学的に説明するには注意が必要である。樹木の倒壊には、最大瞬間風速や風向、樹高、樹冠の形状、幹の腐朽、根の発達状態、土壌の水分、地形、周囲の樹木との位置関係など、多くの要因が関係するからである。
2019年9月の房総半島台風では、千葉県内の広い範囲で風倒木が発生した。千葉県と林野庁などによる学識経験者を交えた緊急調査では、非常に強い風に地形的な条件が重なり、人工林や天然林、樹種などにかかわらず被害が発生したことが示されている。また、スギの腐朽が確認された場所でも、腐朽した木が必ず倒れたわけではなく、腐朽していない木が倒れた事例もあったため、病害だけを倒木の原因と断定することはできないとされた。
この調査結果は、倒木をすべて森林管理不足の結果として説明することが科学的に正しくないことを示している。森林の管理履歴と倒木との関係を明らかにするには、実際の風速、樹木の状態、地形、過去の伐採や間伐の状況などを比較する必要がある。
一方で、管理の担い手が不足することによって、枯死木や著しく傾斜した木を発見できなかったり、危険と判断されても処置が遅れたりする可能性はある。つまり、人口減少が直接木を倒すというより、危険を発見し、評価し、適切に対処する地域の能力を低下させることが問題なのである。
樹木を一律に伐採することにも注意が必要である。森林には土壌の保持、水源の涵養、生物多様性の保全などの機能があり、伐採方法によっては、かえって斜面の不安定化や周辺樹木の風当たりの変化を招くことも考えられる。道路沿いの森林管理は、木を残すか切るかという単純な選択ではなく、道路への影響と森林の機能を総合的に判断する必要がある。
2019年房総半島台風が示した道路と電力の相互依存
倒木の影響が道路だけにとどまらないことを示した代表的な事例が、2019年の房総半島台風である。この台風では千葉市で最大瞬間風速57.5メートルを観測するなど、記録的な暴風によって広い範囲に被害が発生した。内閣府の防災白書によれば、停電は最大約93万4,900戸に及び、倒木や飛散物による配電設備の損傷に加え、現場の被害確認や倒木処理に時間を要したことなどから、復旧作業が長期化した。
ここで重要なのは、道路と電力設備が相互に依存しているということである。電線に樹木が絡めば道路を安全に通行できないことがあり、倒木で道路が塞がれれば、電力会社の作業車両が設備の復旧現場へ到達することも難しくなる。電力が復旧しなければ、地域の通信設備や給水設備などに影響が続く場合もある。
したがって、一本の倒木が道路の通行止めにとどまらず、停電復旧の遅れ、通信障害、生活サービスの停止といった複数の問題につながる可能性がある。ただし、2019年の風倒木のうち、どの程度が所有者不明土地や管理放棄地で発生したかについては、別途調査が必要であり、この災害を土地管理不足が主な原因だったと断定することはできない。
それでも、この災害経験から得られる教訓は明確である。道路沿いの森林管理は、道路管理だけでなく、電力供給や災害復旧の迅速性にも関係しているのである。
所有者不明土地への対応制度は変わってきた
土地所有者の所在が分からないことや、管理の不十分な土地が増えることに対応するため、日本の土地制度は近年大きく改正されてきた。2023年4月に施行された改正民法では、隣地から越境した竹木の枝について、所有者へ切除を求めても相当期間内に対応しない場合、所有者やその所在が分からない場合、急迫した事情がある場合などには、越境された土地の所有者が一定の条件で枝を切除できるようになった。
この仕組みは、国や地方公共団体が所有する道路用地に隣地の枝が越境している場合にも関係する。ただし、民法第233条が認めているのは、基本的には越境した枝の切除であり、道路脇にある私有地の危険木を、行政が常に根元から自由に伐採できるという意味ではない。道路へ張り出した枝と、まだ道路へ越境していない木、既に倒れて道路を塞いでいる木では、必要となる法的判断が異なる。
さらに、2023年4月には所有者不明土地管理制度と管理不全土地管理制度も始まっている。前者は、必要な調査を行っても所有者やその所在が分からない土地について、裁判所が管理人を選任する仕組みである。後者は、所有者が判明している場合でも、土地が適切に管理されず、他人の権利や利益が侵害されるおそれがあるときなどに利用が検討される制度である。
今回の倒木問題では、所有者不明土地だけでなく、所有者が分かっていても管理が行われていない土地が重要になるため、両制度を区別して考える必要がある。ただし、これらの管理制度には申立てや裁判所の手続、費用などが関係するため、倒木によって道路が塞がれた際の即時対応を、そのまま担う制度ではない。緊急的な道路の安全確保と、中長期的な土地管理の正常化は、分けて考える必要がある。
不動産登記制度についても、2024年4月から相続登記が義務化され、2026年4月からは住所や氏名の変更登記も義務化された。相続によって不動産を取得したことを知った場合には原則3年以内、住所や氏名が変更された場合には原則2年以内に登記申請を行う仕組みである。こうした制度改正は所有者情報を把握しやすくする方向へ進んでいるが、過去に登記が更新されていない土地の問題が直ちに解消するわけではない。
また、土地所有者が明確になることと、その所有者が森林を管理できることも別である。所有者が高齢である場合や、遠隔地に居住している場合、伐採費用を負担する余裕がない場合には、登記情報が正確であっても現実の管理が進まない可能性がある。
森林経営管理制度と御宿町の森林整備計画
森林管理については、民法だけでなく森林経営管理制度も重要である。この制度は、手入れが行き届いていない森林について、市町村が森林所有者から経営管理の委託を受け、林業経営に適した森林は林業経営体に再委託し、それ以外の森林については一定の条件の下で市町村が管理する仕組みである。所有者が不明な森林などについても、必要な手続きを経て対応するための特例が設けられている。
ただし、森林経営管理制度は、道路沿いのすべての危険木を市町村が処理するための制度ではない。対象となる森林の条件や所有関係、必要な手続、地域の森林整備方針などを踏まえて利用する必要がある。それでも、民有林の管理を所有者個人に任せるだけでは難しい場合に、市町村や林業経営体が関与する仕組みとして意味がある。
御宿町の森林整備計画にも、道路や電線、公共施設、人家などへの倒木や落枝の被害を防止するための伐採に関する規定がある。通常、森林整備計画では樹種ごとに標準伐期齢が設定されているが、道路などに直接被害を与える可能性がある区域で、倒木や落枝による被害を防止するために伐採する場合には、その標準伐期齢を適用しないとされている。
この規定は、森林を木材生産の対象としてだけでなく、周辺の道路や住宅の安全との関係から管理する必要性を認めている点で重要である。ただし、標準伐期齢を適用しないことは、すべての危険木について行政が伐採費用を負担したり、所有者の承諾なしに自由に伐採したりできることを意味しない。
したがって、御宿町の道路沿いの森林管理を実証的に評価するには、森林整備計画の内容だけでなく、危険木の調査件数、所有者への対応状況、実際の伐採実績、事業費、道路閉塞の発生状況などを確認する必要がある。制度が存在していることと、制度が地域の危険を十分に減らしていることは、同じではないのである。
山間部だけでなく住宅地の境界にも問題がある
倒木という言葉から山奥の森林を想像する人は多いが、住宅地と山林の境界にも同様の問題が存在する。高度経済成長期以降に造成された住宅地の背後に残された雑木林、宅地と宅地の間にある細長い竹林、空き家の裏側に残された樹木などは、住民にとって身近でありながら、所有関係や管理状況が分かりにくい場合がある。
こうした土地では、かつての所有者が亡くなり、相続人が地域外に居住していることも考えられる。また、住宅地の中にある小規模な林地は、林業経営の対象として管理することも難しく、所有者にとって費用をかけて管理する経済的な動機が乏しい場合がある。
山間部と住宅地のどちらが倒木管理の面で困難なのかを一概に判断することはできない。山間部には作業車両の進入が難しい場所や迂回路の少ない道路があり、住宅地には家屋や電線が近接していて伐採作業が複雑になる場所がある。さらに、住宅地では一本の木が倒れたとき、道路だけでなく隣家や通行人にも被害が及ぶ可能性がある。
重要なのは、山林の広さだけで危険性を判断しないことである。面積の小さい土地であっても、そこにある樹木の位置や高さ、周囲の道路や住宅との距離によっては、大きな被害につながることがある。
一本の倒木が地域を孤立させる道路網の弱さ
人口減少地域の道路管理を考える場合、倒木の発生件数だけでなく、道路網の構造にも注目する必要がある。都市部のように複数の迂回経路が存在する場所では、一本の道路が通行止めになっても、別の道路を利用できる可能性がある。しかし、丘陵地や谷沿いの集落では、生活道路が限られ、特定の道路が地域の外部とつながる唯一の経路になっている場合がある。
道路網を数学的に考えると、交差点や集落を点、道路をそれらを結ぶ線として表すことができる。このとき、ある一本の道路が失われることで道路網が分断される場合、その道路はネットワーク全体にとって特に重要な部分となる。
例えば、20世帯が暮らす集落と市街地を結ぶ道路が一本しかないと仮定する。その道路が倒木で塞がれ、他に自動車の通行できる経路がなければ、わずか一本の木によって集落が事実上孤立する可能性がある。別の経路が存在する場合でも、大幅な迂回が必要になれば、救急搬送や介護サービスの提供時間に影響が生じる。
ここで重要なのは、道路の長さや利用者数だけでは、道路閉塞による被害の大きさを評価できないということである。交通量が少ない道路でも、その先に住む人々にとって唯一の生活道路であれば、通行できなくなった場合の損失は大きい。
したがって、危険木の管理では、樹木の倒壊可能性に加え、道路が塞がれた場合の迂回路の有無、影響を受ける世帯数、救急車両の到達時間、電力設備への影響などを評価することが合理的である。限られた予算で予防管理を行うなら、危険木を単純に本数順で処理するのではなく、道路網全体への影響を考慮した優先順位が必要になる。
予防伐採は倒木処理より合理的なのか
倒木が道路を塞いでから撤去するより、危険な木を事前に伐採した方がよいという考え方には合理性がある。しかし、道路沿いの樹木をすべて予防的に伐採することが、経済的にも環境的にも適切とは限らない。予防伐採が合理的かどうかは、伐採費用と、倒木によって生じる損失の大きさ、さらに倒木の発生確率を比較して判断する必要がある。
例えば、ある危険木が道路を塞ぐ年間確率を3%、倒木が発生した場合の社会的損失を500万円と仮定する。この場合、年間の期待損失は15万円となる。予防伐採によって道路閉塞の確率を1%まで減らせると仮定すれば、予防後の年間期待損失は5万円となり、差額の10万円が一年当たりの期待損失削減額になる。
この効果が5年間続き、年間割引率を3%と仮定すると、5年間の期待損失削減額を現在価値に換算した合計は約45.8万円となる。予防伐採の費用が30万円で、追加の維持管理費などを考慮しなくてよいという条件ならば、期待損失の削減額が費用を上回る計算になる。ただし、ここで使用した確率や金額は考え方を示すための仮定であり、実際の御宿町や外房地域の倒木発生確率、伐採費用、被害額を示すものではない。
反対に、倒木の発生確率が極めて小さく、道路が塞がれても容易に迂回できる場所であれば、高額な予防伐採の費用が期待損失を上回る可能性もある。また、伐採によって斜面の安定性や周囲の樹木の風に対する条件が変わる場合には、その影響も考慮する必要がある。
つまり、合理的な道路沿いの森林管理とは、危険が少しでもある木をすべて切ることではない。倒木が発生する可能性と、発生した場合の社会的損失、予防に必要な費用を比較し、被害軽減効果の大きい場所から対応することである。
本当の問題は倒木処理費だけではない
人口減少と道路管理の関係を考えるために、仮にある町に、道路沿いで継続的な管理が必要な民有林や空き地が1000か所存在するとする。現在はそのうち900か所で所有者などによる管理が行われ、残り100か所で管理上の課題が生じていると仮定する。
ところが30年後、相続や高齢化、地域外への転出などを背景に、管理が十分に行われない土地が300か所、400か所へ増えた場合、行政や地域が把握しなければならない管理上の課題は大きく増加する。この数字は将来予測ではなく、管理対象の変化を考えるための仮定である。また、管理が不十分な土地が4倍になったからといって、倒木件数や処理費用まで単純に4倍になるわけではない。
それでも、道路の延長や森林の面積がほとんど変わらない一方で、土地を管理する人や地域の人口が減少すれば、一人当たりの管理負担が増える可能性がある。例えば、道路延長が変わらない地域で人口が半減した場合、住民一人当たりの道路延長は計算上2倍になる。ただし、道路管理費用が必ず2倍になるという意味ではなく、人口や税収の変化に対して維持対象が容易には縮小しないという構造を示している。
また、地域人口が減少しても自治体職員や伐採事業者が同じ割合で減るとは限らない。しかし、森林管理に必要な人材の確保が難しくなれば、危険木の調査、所有者との交渉、業者の手配、予算の確保などに要する時間が増え、対応可能な件数が制約されることは考えられる。
この問題は、道路、水道、橋梁、側溝、水路など、人口減少地域のさまざまな維持管理問題と共通している。人口が減っても施設や土地が同じ割合で減るわけではなく、維持しなければならない対象が残る一方で、それを支える人員や財源が制約されるのである。
千葉市が始めた危険樹木の予防伐採支援
こうした課題への対応として注目されるのが、千葉市が2025年3月27日から実施している緊急輸送道路沿道樹木伐採奨励制度である。この制度は、災害時に緊急輸送道路の通行を確保することを目的として、市が管理する緊急輸送道路の沿道民有地にある危険な樹木について、所有者などによる伐採を奨励金で支援するものである。
対象となるのは、幹周や樹高、倒木のおそれ、道路が塞がれた場合の通行への影響など、一定の条件を満たす樹木である。したがって、千葉市内のすべての道路沿いの樹木が対象になるわけではなく、地域森林計画の対象森林で森林整備事業の補助要件を満たす場合など、対象外となる条件も設けられている。2026年3月には制度内容の一部変更も行われている。
この制度の特徴は、行政が私有地の樹木をすべて直接管理するのではなく、所有者などによる事前の危険除去を支援する点にある。道路が塞がれてから緊急的に撤去する方法だけでなく、道路閉塞そのものを減らそうとする予防的な管理であり、道路と民有地の境界にある危険へ対応する政策の一例といえる。
もっとも、制度の効果を評価するには、奨励金を交付した件数や伐採本数だけでなく、どのような危険箇所を対象としたのか、道路閉塞のリスクがどの程度低下したのか、事業費に対してどれほどの被害軽減効果があったのかを検証する必要がある。制度が導入されたという事実だけで、費用対効果が十分であると判断することはできない。
倒木を防ぐ森林整備は既に始まっている
千葉県でも、2019年の房総半島台風などによる森林被害を踏まえ、道路や電線などの重要インフラ施設周辺において、災害に強い森林づくりが進められている。県が示す整備の方向性には、重要インフラ周辺の森林について、風倒木が発生しても施設へ被害を与えにくい、最大樹高10メートル程度を目標とする低樹高の森林への転換が含まれている。
この考え方は、樹木を単純にすべて除去するのではなく、森林の構造や樹高を調整することで、道路や電力設備への被害を軽減しようとするものである。ただし、具体的な整備方法は地形、森林の状態、樹種、保全すべき機能などによって異なるため、どの地域にも同じ伐採基準を機械的に当てはめることは適切ではない。
重要なのは、森林の管理と道路の安全確保が、既に政策上の共通課題として認識されているということである。今後、御宿町、いすみ市、勝浦市、大多喜町などで地域の安全性を考える際にも、道路管理部門だけでなく、森林、農地、防災、都市計画などの関係部門が情報を共有し、危険箇所を把握する仕組みが重要になると考えられる。
所有者を探すことだけでは管理問題は解決しない
これまでの土地管理制度では、所有者を特定し、その人へ適切な管理を求めることが基本的な考え方だった。もちろん、所有者を把握することは重要であり、相続登記や住所変更登記の義務化によって、所有者情報の正確性が高まることには意味がある。
しかし、所有者が分かったとしても、高齢で現地を訪れることができない場合や、伐採費用を負担することが難しい場合、権利関係が複雑で関係者の調整に時間がかかる場合には、管理上の問題が残る。また、遠隔地に居住する相続人にとって、経済的な利用価値が小さい山林を定期的に管理することは、現実的に難しい場合もある。
こうした状況では、所有者の責任を明確にすることと、実際に管理を可能にする仕組みを整えることの両方が必要になる。例えば、複数の土地をまとめて管理する仕組みや、一定の条件で公的支援を行う制度、地域の森林事業者へ継続的に作業を委託できる体制などが考えられる。
その一方で、行政があらゆる私有地の管理を引き受けることには限界がある。管理費用を無制限に公費で負担すれば、税負担の公平性や他の行政サービスとの優先順位が問題になるためである。したがって、所有者の負担を基本としながら、公共の安全への影響が大きい場所では合理的な範囲で支援するという、費用負担の制度設計が必要になる。
30年後の道路管理は道路の中だけを見ていては成立しない
今後の道路管理では、舗装や橋梁の維持だけでなく、道路に隣接する山林、竹林、空き家、耕作放棄地、崖、水路などの状態を含めて安全性を考える必要性が高まる可能性がある。道路そのものが健全であっても、周辺の土地から倒木や土砂が流入すれば、交通機能は失われるからである。
ただし、将来の倒木件数や管理費用がどの程度増えるかについては、現時点で十分な地域別データがそろっているとは限らない。人口減少と倒木の増加を直接結びつけるのではなく、土地所有者の変化、森林管理の実態、樹木の危険度、道路閉塞の発生状況などを継続的に調査することが必要である。
例えば、自治体が道路沿いの危険箇所を記録する際には、樹木の高さや道路からの距離、腐朽や傾斜の状態、土地所有者への連絡状況、過去の倒木履歴などを整理することが考えられる。さらに、道路が通行不能になった場合の迂回路や影響世帯数を組み合わせれば、どの場所の管理を優先すべきかを、より客観的に判断できる。
このような情報を地理情報システムで管理すれば、現場からの通報や過去の作業記録を蓄積し、危険箇所の分布を把握することも考えられる。ただし、地理情報を整備すること自体が目的ではなく、実際の点検、所有者との調整、伐採などの対策につながることが重要である。
また、倒木を完全になくすことは不可能である以上、予防管理だけでなく、発生後の対応も欠かせない。道路閉塞時の連絡体制、電力会社との調整、伐採事業者の確保、重機が進入できる経路、伐採木の仮置き場などを平常時から検討しておくことは、災害復旧の迅速性に関係する。
人口減少地域にとって必要なのは、道路沿いの樹木をすべて行政が管理することではなく、危険を発見して対処する仕組みを、地域の人口や財政規模に見合う形で維持することなのである。
倒木一本から見える人口減少社会の本質
道路に倒れた一本の木は、作業員がチェーンソーで切断し、幹や枝を撤去すれば、目に見える問題としては解決する。しかし、その木が倒れる前に危険を発見できなかったのか、誰が管理すべきだったのか、所有者へ連絡できたのか、予防的な処置が可能だったのかという問題は、道路が再び通れるようになっても残る。
人口減少によって必ず倒木が増えると断定することはできない。また、所有者不明土地が倒木の主な原因であると判断するためには、実際の倒木発生地点と土地所有・管理状況を結びつけた調査が必要である。しかし、所有者や地域住民の高齢化、相続による権利関係の複雑化、森林管理の担い手不足などによって、危険な樹木を発見し、処理する能力が低下する可能性は、地域の将来を考えるうえで重要な課題である。
かつては、土地所有者や農家、林業関係者、自治会、近隣住民などが、日常生活や生業の中で土地の状態を確認し、草木を管理していた地域もあった。そうした管理がどの程度行われていたかは地域によって異なるが、行政サービスとして明示されない形で、周辺環境の維持に寄与していた可能性がある。
人口減少によって失われるものは、単なる居住人口や労働力だけではない。土地の状態を知る人、危険な変化に気づく人、必要な作業を行う人、所有者との関係を知る人など、地域の管理を支えてきた知識やつながりが弱まることも考えられる。
30年後も地方の道路を安全に使い続けられるかどうかは、舗装を何キロ補修できるか、橋梁を何本修繕できるかという指標だけでは決まらない。道路の周囲にある土地がどのような状態にあり、誰がその変化を把握し、危険が発生したときに誰が対処できるのかという、道路管理の外側にある条件も重要になる。
人口が減っても、山林や道路が同じ割合で減るわけではない。樹木は生長を続け、道路沿いの土地には管理の必要性が残り続ける。その一方で、それらを管理する人や地域の財政的な余力には制約が生じる可能性がある。
だからこそ、これからの地域管理では、所有者不明土地や管理が難しくなった土地を例外的な問題として扱うだけでなく、そうした土地が存在することを前提に、危険の把握、予防管理、緊急対応、費用負担の仕組みを組み合わせて考える必要がある。
道路を守るということは、道路の舗装だけを守ることではない。その周囲の森林や土地を含め、地域の交通機能を維持することである。一本の倒木が示しているのは、自然災害の脅威だけでなく、土地を所有する人と、実際に土地を管理できる人との距離が広がっていく社会において、公共の安全をどのように維持していくのかという問題なのである。








