地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 六十歳で住まいを決め、その家で九十歳まで暮らすと考えてみる。三十年という時間は、住宅ローンを払い終えるには十分な長さである一方、屋根や外壁を傷ませ、給湯器や住宅設備を何度か交換し、自動車を何台か乗り継ぎ、住んでいる人間の身体能力や生活習慣まで変化させる長さでもある。

 都市の駅に近いマンションなら、共用廊下の照明、エレベーター、ごみ置き場、植栽などは、基本的に管理組合による共同管理の仕組みの中に置かれている。その代わり、住宅ローンを完済していても、管理費と修繕積立金を毎月払い続けなければならない。一方、地方の戸建てでは、通常そのような定期的な引き落としはなく、敷地内に駐車場があれば月極駐車場代も必要ない。今月何も壊れなければ、住宅の維持管理にほとんどお金を使わずに済むことさえある。

 こうして毎月の請求額だけを見ると、地方戸建ての方が圧倒的に安いように思える。しかし、三十年間という長さで考えると、住宅の維持管理に必要な費用の現れ方が異なるだけで、必ずしも地方戸建ての総支出が少なくなるとは限らない。マンションでは将来の修繕費の一部が毎月の積立金として徴収されるのに対し、戸建てでは屋根、外壁、給湯器、水回りなどの補修費として、ときどきまとまった金額が必要になる。

 さらに、地方生活には、住宅の維持費として計上されないにもかかわらず、生活を成立させるために欠かせない場合がある高額な設備が存在する。それが自動車である。住宅を維持する費用と、その場所で生活を続けるための費用を合わせて考えると、「安い家」と「安く暮らせる家」は、必ずしも同じではない。

比べるべきなのは建物ではなく、そこで暮らす仕組みである

 都市マンションと地方戸建ての比較を難しくしているのは、マンションと戸建てという建物形式だけでなく、立地条件や交通環境まで異なることである。駅に近い都市マンションの価格には、建物や土地の価値だけでなく、周辺に集積する商業施設、医療機関、公共交通などへのアクセスの良さも反映されやすい。徒歩圏や公共交通圏にスーパー、病院、薬局、金融機関などがそろっていれば、自分で長い距離を移動する必要は比較的小さい。

 一方、地方戸建てでは、同じ購入予算でも広い住宅や土地を取得できる場合がある。その代わり、病院まで十キロ、スーパーまで五キロという距離が日常生活に入り込むことも珍しくない。六十歳で自動車を運転できる人にとって、その距離は大きな問題ではないかもしれないが、七十歳、八十歳、九十歳へと年齢が進めば、同じ距離を移動するために必要な身体能力や交通手段が変わってくる。

 国土交通省の全国都市交通特性調査は、地域別、年齢別、交通手段別の移動実態を把握するための調査であり、従来の調査では、地方都市圏ほど自動車の役割が大きい傾向が示されている。二〇二五年度にも新たな調査が実施されているが、調査の実施年度と結果の公表年度は区別して考える必要があり、調査を実施したこと自体が新しい結果の確定を意味するわけではない。

 ただし、地方都市圏で自動車の利用割合が高いことから、地方戸建ての居住者が全員自動車を必要とすると結論することはできない。同じ地方でも、駅や病院、スーパーに歩いて行ける中心市街地と、公共交通が乏しい郊外や農村部では生活条件が大きく異なる。都市部でも駅から遠い住宅地では自動車が必要になる場合があり、反対に地方の駅前住宅では自動車なしで生活できる場合もある。

 したがって、老後の住居費を比べるなら、建物に直接支払うお金だけでなく、その場所で買い物や通院を続けるための移動費用まで含めなければならない。ただし、その際には住宅関連費と交通費を明確に分け、どの条件が総支出の違いを生み出しているのかを確認する必要がある。

まず、比較する条件を明確にする

 ここでは、六十歳から九十歳までの三十年間、同じ住宅に住み続けるというモデルを考える。最初の比較では、都市マンションと地方戸建てをすでに所有し、住宅ローンを完済しているものとする。したがって、新たな住宅購入費や住宅ローンの返済額は含めず、今後三十年間に発生する住宅の維持管理費と、日常生活に必要な交通費を比較する。

 また、将来の一般的な物価上昇率を予測せず、すべての金額を現在の価格水準で考えた実質額の単純累計とする。実際には物価や税負担、工事費、保険料などが変化する可能性があり、住宅関連費と自動車関連費が同じ割合で変化するとも限らない。そのため、この試算は三十年後までの正確な支出予測ではなく、どのような条件で費用関係が逆転するかを検討するためのものである。

 さらに、比較する二つの生活モデルには、交通手段について明確な違いを設ける。都市マンションは自動車を所有せず、鉄道やバスなどを利用して生活できる立地とし、地方戸建ては自動車一台を必要とする立地とする。これは、マンションという建物そのものと戸建てという建物そのものの優劣ではなく、住宅形式、立地、移動手段を組み合わせた生活システムの比較である。

 なお、九十歳まで同じ住宅に住むという条件は、すべての人が九十歳まで生存し、自宅で生活できるという予測ではない。実際には健康状態、家族構成、介護の必要性などによって、途中で転居や施設入所を選択する場合もある。そうした可能性は後で考えることにして、まずは三十年間住み続けるという条件のもとで費用を整理する。

マンションでは、住宅ローンが終わっても維持費は続く

 国土交通省が五年に一度実施している「令和5年度マンション総合調査」では、駐車場使用料などからの充当額を除いた一戸当たりの管理費は月平均一万一五〇三円、修繕積立金は月平均一万三〇五四円とされている。二つを合わせると月二万四五五七円となり、この金額が三十年間まったく変わらないと仮定すれば、二万四五五七円に十二か月と三十年を掛けた八八四万五二〇円、約八八四万円になる。

 ただし、これらは管理組合への調査から得られた平均値であり、全国すべてのマンションについて実際の支払額を集計したものではない。また、管理費と修繕積立金では集計対象となる有効回答が必ずしも一致していないため、二つの平均値を合算した金額を、同一住戸が実際に負担している平均月額と厳密に解釈することもできない。築年数、住戸面積、建物規模、設備、管理方式によって支払額には大きな違いがある。

 さらに重要なのは、三十年間で約八八四万円という金額が、将来の支出総額を保証するものではないことである。国土交通省の同じ調査では、修繕積立金の積立方式について、将来の負担額を段階的に増額する段階増額積立方式が四七・一%、原則として一定額を積み立てる均等積立方式が四〇・五%となっている。均等積立方式であっても、その後の工事費や長期修繕計画の見直しによって積立額が変更される可能性がある。

 修繕積立金の残高にも注意が必要である。令和五年度の調査では、長期修繕計画上の積立額に対して実際の積立額が不足しているマンションは三六・六%と報告されている。この数字は、マンション全体の将来の修繕費が三六・六%不足するという意味ではなく、調査対象のうち、各管理組合の計画に対して積立額が不足していると回答した割合である。それでも、現在の修繕積立金だけで将来の工事を十分に賄えるとは限らないことを示す重要な資料である。

 国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインでは、望ましい計画の考え方として、三十年以上の計画期間に大規模修繕工事が二回以上含まれることが示されている。これは、すべてのマンションに同じ周期で工事を実施する法律上の義務があるという意味ではないが、長期間にわたる建物の維持管理を計画的に考える必要性を示している。

 また、修繕積立金は主として共用部分の維持修繕に使用されるものであり、住戸内部の給湯器、キッチン、浴室、エアコン、床、壁紙などの交換費用は、原則として各所有者が別に負担する。マンションは修繕費が不要な住宅なのではなく、大きな建物を共同で維持する費用を継続的に負担しながら、自分の住戸内部についても維持管理する仕組みなのである。

戸建ての管理費ゼロは、修繕費ゼロを意味しない

 地方戸建てには通常、マンションのような管理費や修繕積立金が存在しないため、所有者は毎月の固定的な住宅管理負担を小さくできる。また、外壁の塗装を今年実施するか、古いキッチンを交換するか、庭木の剪定を業者に頼むかといった判断についても、建物の安全性や保存上の問題がない範囲で、支出の時期と内容を所有者自身が決めやすい。

 しかし、支払いを自分で決められることと、費用が発生しないことは別である。三十年間には、給湯設備、水回り、エアコン、外壁、屋根、雨どい、建具などの補修や交換が必要になる可能性が高い。外壁や屋根の工事には足場の設置費用が伴う場合もあり、給排水設備の不具合や雨漏りなどが発生すれば、予定していなかった修繕費が一度に必要になることもある。

 その金額は、住宅の築年数、構造、延床面積、屋根材や外壁材、過去の修繕履歴、施工状態などによって大きく異なる。さらに、海に近い地域では塩害、台風の影響を受けやすい地域では風雨への対策など、立地特有の維持管理費も考慮しなければならない。反対に、適切に維持管理された比較的新しい住宅では、一定期間の大規模修繕費を抑えられる場合もある。

 したがって、「戸建ては三十年間で七〇〇万円かかる」と全国平均のように断定することはできない。ここで使用する七〇〇万円は、屋根、外壁、給湯設備、水回り、冷暖房設備などの補修や更新を含む、シミュレーション上の仮定である。実際の住宅でこの金額が妥当かどうかは、現物の状態と今後の修繕計画を確認しなければ判断できない。

 同じことはマンションの専有部分の修繕費にも当てはまる。戸建ての修繕費とマンションの修繕費を公平に比較するためには、どの設備の更新費をどちらの費目に含めているのかを明確にし、同じ費用を二重に計上したり、一方だけ必要な工事を見落としたりしないことが重要になる。

30年間の住宅関連費を同じ条件で比較する

 まず、都市マンションについて、管理費と修繕積立金の三十年間の累計を約八八四万円とする。さらに、固定資産税などを年間十二万円、住戸内部の修繕・設備更新費を三十年間で三〇〇万円、火災保険などを年間二万円と仮定する。この場合、固定資産税などは三六〇万円、専有部分の修繕・設備更新費は三〇〇万円、保険などは六〇万円となり、管理費・修繕積立金と合わせた住宅関連費は約一六〇四万円になる。

 一方、地方戸建てについては、固定資産税などを年間六万円、建物と設備の修繕・更新費を三十年間で七〇〇万円、火災保険などを年間三万円と仮定する。固定資産税などは一八〇万円、修繕・設備更新費は七〇〇万円、保険などは九〇万円となり、三十年間の住宅関連費は九七〇万円になる。

 この条件では、都市マンションの住宅関連費が約一六〇四万円、地方戸建てが九七〇万円であるため、住宅に直接関係する支出だけを見ると地方戸建ての方が約六三四万円安い。管理費がなく、固定資産税なども低く設定していることが、この差の主な要因である。

 ただし、ここで設定した固定資産税、保険料、修繕費は、いずれも全国平均を示す統計値ではない。固定資産税は建物と土地の評価額、住宅用地の特例、所在地などに左右され、都市計画税についても課税区域によって扱いが異なる。また、保険料は建物構造や補償範囲、災害リスクによって変わるため、都市マンションが年間二万円、地方戸建てが年間三万円という関係が一般的に成立するわけではない。

 この比較で確認できるのは、あくまで設定した条件のもとでは地方戸建ての住宅関連費が約六三四万円安いということであり、全国の住宅を調査した結果として地方戸建てが平均六三四万円安いという意味ではない。

交通費を加えると、結果はどう変わるのか

 次に、住宅に直接支払う費用とは別に、そこで生活を続けるために必要な交通費を考える。都市マンションでは自動車を所有せず、鉄道やバスなどの日常交通費を年間十二万円と仮定する。三十年間では三六〇万円になるため、先ほどの住宅関連費約一六〇四万円に加えると、住宅と日常交通を合わせた支出は約一九六四万円となる。

 一方、地方戸建てでは、二〇〇万円程度の自動車を六十歳、七十歳、八十歳の時点で一台ずつ購入し、それぞれ十年間使用するものとする。三台の購入費は合計六〇〇万円となり、燃料、税金、任意保険、車検、点検、タイヤ、バッテリーなどの費用を平均して年間三十万円と仮定すれば、三十年間の維持費は九〇〇万円になる。車両購入費と維持費を合わせた自動車関連支出は一五〇〇万円である。

 これを地方戸建ての住宅関連費九七〇万円に加えると、三十年間の総支出は二四七〇万円になる。都市マンションの約一九六四万円との差は約五〇六万円となり、この条件では、自動車を必要とする地方戸建ての方が高くなる計算である。

 ただし、この五〇六万円という差は、全国の平均的な世帯について実際に生じる金額ではない。都市側では公共交通費を計上している一方、地方側では自動車以外の交通費を計上しておらず、また自動車を三十年間保有し続けると仮定している。地方でも鉄道、バス、タクシーなどを使用する場合には、その費用を別途加える必要がある。

 さらに、自動車購入費六〇〇万円は、六十歳から新たに三台購入するという条件に基づいている。すでに自動車を所有している人や中古車を活用する人、購入価格が大きく異なる車を選ぶ人には、そのまま当てはまらない。車両の売却代金や、九十歳時点で残る車両価値も、この単純な試算では考慮していない。

 ここで重要なのは、「都市マンションの方が五〇六万円安い」という金額そのものではない。住宅費では地方戸建てが安くても、日常生活のための交通費を加えることで費用関係が逆転し得るという構造である。

自動車はいくらかかると優劣が逆転するのか

 今回の条件では、都市マンションの住宅関連費と公共交通費の合計が約一九六四万円であるのに対し、自動車を除いた地方戸建ての住宅関連費は九七〇万円である。両者の差は約九九四万円となるため、地方側に自動車以外の交通費が発生しないと仮定すれば、自動車の三十年間総費用が約九九四万円を超えた時点で、都市マンションの総支出が少なくなる。

 仮に三十年間の車両購入費を六〇〇万円に固定すると、残りは約三九四万円である。この金額を三十年で割ると年間約十三万一〇〇〇円となり、燃料、税金、保険、車検、整備などの年間維持費がこの水準を超えると、今回のモデルでは都市マンション側の方が安くなる。

 もちろん、この年間十三万円という境界を、現実の自動車維持費の全国平均と混同してはいけない。年間走行距離、燃費、自動車の種類、年齢による保険料、整備状況などによって、実際の費用は異なる。それでも、自動車の購入費だけでなく、保有中に継続して発生する費用まで考慮する必要があることは明らかである。

 また、地方側で自動車とは別に年間五万円の公共交通費やタクシー代が発生すれば、三十年間で一五〇万円の追加負担となる。この場合、ほかの条件を変えなければ、自動車費用の逆転点は約九九四万円から約八四四万円へ下がる。地方生活の移動費を自動車関連費だけで代表させることが、必ずしも適切とは限らないのである。

 したがって、老後の住宅選びでは、自動車を持つか持たないかという二者択一だけでは不十分であり、何台保有するのか、年間何キロ走るのか、どの程度の価格の車を購入するのか、公共交通やタクシーを併用するのかまで考える必要がある。

修繕費を変えると、結果はどこまで動くのか

 もっとも、戸建ての三十年間の修繕・設備更新費を七〇〇万円と仮定した時点で、比較結果が大きく左右されているのではないかという疑問は当然生じる。そこで、ほかの条件を固定したまま、戸建ての修繕費を四〇〇万円、七〇〇万円、一〇〇〇万円に変えてみる。

 修繕費が四〇〇万円で済む場合、自動車を除いた地方戸建ての費用は六七〇万円となる。車両購入・維持費を一五〇〇万円とすれば、総支出は二一七〇万円で、都市マンションとの差は約二〇六万円になる。この場合、車両購入費を六〇〇万円に固定すると、自動車の年間維持費が約二十三万円を超える水準で都市マンションが安くなる。

 修繕費が七〇〇万円なら、地方戸建ての総支出は二四七〇万円となり、都市マンションより約五〇六万円高い。さらに、修繕費が一〇〇〇万円になると、地方戸建ての総支出は二七七〇万円となり、都市マンションとの差は約八〇六万円に広がる。この場合は、車両購入費六〇〇万円を前提にすると、年間維持費が約三万円を超えるだけで都市マンション側が安くなる計算である。

 ただし、四〇〇万円、七〇〇万円、一〇〇〇万円という金額は、戸建て修繕費の実測平均や統計的な信頼区間を示すものではない。これは、前提条件を意図的に変えることで結論がどれだけ変化するかを見る感度分析である。また、これらの比較ではマンションの修繕積立金や管理費を固定しているため、都市側の負担が増える場合には結果も変わる。

 例えば、管理費と修繕積立金の三十年間の平均負担が、当初想定した金額より二割高くなれば、都市マンションの支出は約一七七万円増える。他の条件が同じなら、地方戸建てとの差は約五〇六万円から約三二九万円に縮小する。この二割増という数字も将来予測ではなく、費用の変化が比較結果に与える影響を示す仮定である。

 この分析から分かるのは、マンションが常に有利ということでも、戸建てが必ず安いということでもない。建物の修繕状態と、移動手段にかかる費用が、三十年間の経済性を大きく左右するのである。

自動車を何歳まで運転するかで、老後の費用は変わる

 ここまでの計算では、六十歳から九十歳まで自動車を所有するという条件を置いてきた。しかし、老後の現実を考えれば、九十歳まで運転を続けることを当然の前提とするのは適切ではない。運転能力や健康状態には個人差があり、高齢になっても安全に運転できる人がいる一方、比較的早い段階で運転をやめる人もいる。

 仮に八十歳で運転を終了し、それまでの二十年間に二〇〇万円の自動車を二台購入するとする。車両購入費は四〇〇万円、年間三十万円の維持費を二十年間支払うと六〇〇万円になるため、八十歳までの自動車関連支出は一〇〇〇万円となる。

 その後の十年間については、自動車を持たない代わりに、タクシー、バス、買い物支援などの交通費が発生すると考える。仮に年間十万円なら十年間で一〇〇万円、年間二十万円なら二〇〇万円、年間三十万円なら三〇〇万円となるため、地方戸建ての住宅関連費九七〇万円と合わせた三十年間の総支出は、それぞれ二〇七〇万円、二一七〇万円、二二七〇万円になる。

 都市マンションの約一九六四万円と比較すると、地方戸建ての方が約一〇六万円から三〇六万円高い計算になるが、これは運転終了後の交通費を年間十万円から三十万円と仮定した場合の結果である。自動車の売却代金やほかの交通費は考慮しておらず、都市側についても、身体能力の低下によるタクシー利用などの追加費用を織り込んでいない。

 実際には、運転をやめた後の移動費は、家族による送迎、地域公共交通、医療機関までの距離、宅配サービスの利用などによって大きく異なる。自動車を手放したことで費用が減る場合もあれば、タクシー利用が増えて負担が重くなる場合もある。交通費だけでなく、移動できなくなることによる生活上の不利益も考慮する必要がある。

 六十歳で住まいを選ぶときには、現在の運転能力を前提にするだけでなく、七十五歳、八十歳、八十五歳で運転をやめた場合にも生活を維持できるかを確認することが重要である。老後の住宅立地を評価するうえでは、車を所有している期間の費用と、車を手放した後の生活費を分けて考えなければならない。

都市でも自動車を持つなら、費用関係は大きく変わる

 ここまでの都市マンションが比較的安くなるモデルには、重要な条件がある。都市側では自動車を所有せず、鉄道やバスで生活できることを前提にしているのである。都市マンションでも自動車を保有すれば、車両購入費、保険、税金、車検、燃料費などが発生し、さらに地域によっては高額な駐車場代が必要になる。

 例えば、都市マンションで月二万円の駐車場を三十年間利用すると、駐車場代だけで七二〇万円になる。都市側でも自動車の購入・維持費を地方側と同じ一五〇〇万円とし、比較を単純化するため公共交通費を計上しない場合、都市マンションの住宅関連費約一六〇四万円に自動車費一五〇〇万円と駐車場代七二〇万円を加えた総支出は、約三八二四万円になる。

 一方、敷地内に無料で駐車できる地方戸建てが、同じ自動車を同じ費用で所有するなら、住宅関連費九七〇万円と自動車費一五〇〇万円を合わせた二四七〇万円となる。この条件では、地方戸建ての方が約一三五四万円安い。ただし、両者の自動車使用条件を同一とし、それ以外の交通費を計上しないという限定的な比較である。

 現実には、都市マンションで自動車を所有しながら鉄道も利用する人がいる一方、地方戸建てでも自動車の使用頻度が少ない人がいる。駐車場が無料のマンションもあれば、地方の戸建てでも敷地外に駐車場を借りる場合がある。したがって、建物形式だけを変えても、自動車費用や駐車場費用を同じ条件にしなければ公平な比較にはならない。

 このことから、老後三十年間の経済性を決める重要な要因の一つは、マンションか戸建てかという建物形式そのものではなく、自動車を持たずに生活できる立地を選べるかどうかにあると考えられる。

戸建てには支出の時期を調整しやすいという強さがある

 総支出の比較とは別に、年金生活における資金繰りの安定性も重要になる。戸建てでは、所有者の判断によって一部の支出時期を調整しやすい。安全上の問題がない範囲なら、外壁塗装を数年延期したり、まだ使用できる住宅設備を交換せずに使い続けたりすることもできる。

 一方、マンションの管理費と修繕積立金は、原則として管理規約や管理組合の決定に従って支払う必要がある。収入が減少したから管理費を半分にする、エレベーターを使用しないからその分を支払わないといった選択は、個人の判断だけではできない。戸建てに比べて毎月の固定的な支払いが大きくなりやすいことは、年金など限られた収入で生活する場合には無視できない。

 しかし、戸建てにも別のリスクがある。給湯器の故障や雨漏りなど、生活や建物の保存に重大な影響を及ぼす不具合が発生すれば、修繕を延期できない場合がある。支出の時期を自分で決めやすいという利点は、突発的な大きな費用を一世帯で負担しなければならないという問題と表裏一体である。

 マンションでは建物の共用部分に関する費用を区分所有者で分担する代わりに、管理費と修繕積立金の継続的な支払いを引き受ける。戸建てでは毎月の固定負担を小さくできる代わりに、修繕費の発生時期と金額の不確実性を自分で負担する。これは単なる費用総額の違いではなく、資金繰りとリスク配分の違いでもある。

八十歳を過ぎると、自分でできることにも費用が生じる

 老後三十年間を考えるとき、住宅より先に大きく変化する可能性があるのは、そこに住んでいる人間の身体能力である。六十歳なら、庭木を切り、草を刈り、高い場所の電球を交換し、自動車でスーパーへ行くことを大きな負担と感じないかもしれない。しかし、八十歳でも同じ作業を安全に続けられるとは限らない。

 高齢になるにつれて、自分で行っていた住宅管理や日常生活の作業を業者や家族に頼む必要が生じる場合がある。庭木の剪定や草刈りを外注する費用、買い物や通院のためにタクシーを利用する費用、住宅内に手すりを取り付けたり段差を解消したりする費用などは、六十歳時点の住宅維持費だけからは見えにくい。

 ただし、このような費用は地方戸建てだけに発生するものではない。都市マンションでも、高齢になれば室内の段差対策や介護サービス、宅配、家事支援などを必要とする可能性がある。また、マンションにエレベーターがあっても、駅までの歩行距離が長い、坂道が多い、駅構内の移動が難しいといった条件があれば、実際の移動負担は大きくなる。

 一方、平屋の戸建てで、徒歩圏に病院やスーパーがあり、移動販売や宅配を利用できる地域なら、都市マンションより身体的な負担を小さくできる場合もある。したがって、都市と地方という区分だけで高齢期の利便性を判断することはできず、個々の住宅の間取り、周辺施設、道路環境、交通サービスを具体的に評価しなければならない。

 また、六十歳から九十歳まで同じ住宅に住み続けるという想定そのものにも限界がある。要介護状態や家族構成の変化によって転居や施設入所を選ぶ場合には、引っ越し費用、住宅の売却費用、新たな住居費などが発生する。三十年間住み続けるモデルは費用構造を把握するうえで有用だが、実際の老後計画では住み替えの可能性も考慮する必要がある。

マンションにも建物と所有者の二つの老いがある

 老後には都市マンションが常に安全で便利であるように見えるかもしれないが、マンションにも時間の経過とともに生じる問題がある。建物の高経年化と、区分所有者や居住者の高齢化が同時に進む、いわゆる「二つの老い」である。

 鉄筋コンクリート造の建物であっても、外壁、防水、給排水設備、エレベーターなどの維持更新は必要になる。修繕積立金が十分でなければ積立額の増額や一時的な追加負担が必要になる可能性があり、工事内容や負担方法をめぐって区分所有者間の意見が分かれることもある。

 日本では、二〇二五年にマンション関係法が改正され、二〇二六年四月には主要な改正部分が施行された。建物更新などに関する新たな決議制度や管理・再生の円滑化に向けた仕組みが整備され、老朽化したマンションへの制度的な対応は進められている。しかし、法律が改正されたからといって、管理組合の財源不足や住民間の合意形成の難しさが自動的に解消されるわけではない。

 国土交通省のマンション管理計画認定制度では、管理組合の運営、管理規約、経理、長期修繕計画などについて一定の基準が設けられている。管理計画の認定は管理状況を確認するための一つの手掛かりになるが、認定を取得していることだけで将来の負担増や修繕上の問題が発生しないと保証されるわけではない。

 戸建てなら、自分の資金と判断によって修繕方針を決めやすい。一方、マンションでは、自分一人に十分な資金があっても、建物全体の大規模修繕や再生を自分だけの意思で進めることはできない。管理を一人で背負わなくてよいというマンションの長所は、管理を一人では決められないという短所にもなる。

 中古マンションを老後の住まいとして選ぶ場合には、購入価格だけでなく、長期修繕計画、修繕積立金の残高、滞納状況、大規模修繕の実施履歴、管理規約、総会議事録などを確認することが重要である。建物が比較的新しくても、管理状態が不十分であれば将来の負担が大きくなる可能性がある。

これから家を買うなら、購入価格を無視してはいけない

 ここまでの比較は、すでに住宅を所有し、住宅ローンを完済している人が、今後三十年間どちらの生活を維持しやすいかを考えたモデルである。しかし、六十歳から新たに住宅を購入する場合には、取得価格という非常に大きな費用が加わるため、結論が変わる可能性がある。

 例えば、都市マンションの購入価格を四〇〇〇万円、地方戸建てを二〇〇〇万円と仮定すると、購入時点で二〇〇〇万円の差がある。ここに先ほどの三十年間の住宅・交通関連費を加えると、都市マンションは約五九六四万円、地方戸建ては四四七〇万円となり、売却前の累計支出では地方戸建ての方が約一四九四万円少ない。

 この例では、都市マンションの維持管理費と交通費が地方戸建てより約五〇六万円安くても、当初の購入価格差二〇〇〇万円を埋めることはできない。取得・売却時の諸費用や金利、税負担の違い、将来費用の割引などを無視した単純な比較では、三十年後の都市マンションの売却手取額が地方戸建てより約一四九四万円以上高くなって、初めて都市側の経済的優位が生じる計算になる。

 ただし、三十年後の資産価値を正確に予測することは難しい。都市マンションでも建物の老朽化、管理不全、地域需要の低下などによって価格が下落する可能性があり、地方戸建てでも土地需要や立地条件によって一定の価値が残る場合がある。逆に、人口減少や災害リスク、建物の状態によっては、売却が難しくなることも考えられる。

 固定資産税についても、土地と建物の評価額、住宅用地の特例、評価替えなどによって負担が変わる。住宅を購入した場合には、不動産取得に伴う税金や登記費用、仲介手数料などが必要になることもあり、売却時には譲渡所得に関する税制上の扱いも検討しなければならない。

 さらに、住宅ローンを利用する場合には利息を考慮する必要がある。現金購入であっても、住宅購入に使った資金をほかの用途に利用できた可能性があるため、経済学的には資金の機会費用を無視できない。すでに住宅を所有している人についても、売却して別の住まいに移るという選択肢を比較するのであれば、現在の住宅を保有し続けることの機会費用を考慮する必要がある。

 したがって、現在の住宅に住み続ける場合と、六十歳から新たに住宅を購入する場合を、同じ費用計算だけで評価することは適切ではない。前者では今後の現金支出と住み続けるための追加負担が重要になり、後者では取得費、資金調達費用、将来の売却価値まで含めた比較が必要になる。

三十年間の単純累計と、経済学的な現在価値は異なる

 ここまでの試算では、将来の物価上昇を予測せず、すべての費用を現在の価格水準に置き換えた単純累計を使用した。この方法は、費用の構成や大きさを直感的に比較するためには分かりやすいが、厳密な金融経済学的評価とは異なる。

 将来の支出を評価する場合、同じ百万円でも、現在支払う百万円と三十年後に支払う百万円の経済的な意味は同じではない。例えば、説明のため実質割引率を年二%と仮定すれば、三十年後に支払う百万円の現在価値は約五十五万二〇〇〇円となる。ここで用いた二%は将来の金利や運用利回りの予測ではなく、支出時期の違いを説明するための仮定である。

 マンションの管理費と修繕積立金は毎月継続的に発生する一方、戸建ての修繕費は特定の年に集中することがある。そのため、三十年間の単純累計が同じでも、支払い時期が異なれば現在価値は異なり、年金生活における資金繰りの難しさも変わる。

 また、将来の修繕費には不確実性があるため、総額だけでなく、支出が集中する時期や予備資金の必要額も考慮する必要がある。戸建てで突発的な修繕費が発生した場合と、マンションで修繕積立金が段階的に引き上げられた場合では、同じ累計負担でも家計に与える影響は異なる。

 本格的に経済性を比較するなら、各年の支出と売却価値を設定し、複数の実質割引率で現在価値を計算する方法が望ましい。ただし、割引率や将来費用の設定によって結論が変化する可能性があるため、一つの計算結果だけを絶対的な答えとして扱うことはできない。

この試算から、どこまで結論を出せるのか

 今回の比較では、管理費・修繕積立金の平均額については国土交通省の調査結果を使用した一方、固定資産税、保険料、修繕費、自動車購入費、交通費などについては仮定を設定している。このため、算術的に正確な結果が得られていても、それだけで現実の一般的な世帯に当てはまるとは限らない。

 例えば、地方戸建ての三十年間の修繕費が平均して七〇〇万円程度なのか、自動車の三十年間総費用一五〇〇万円がどの程度一般的なのかについては、今回の仮定だけから判断できない。また、都市マンションの方が安くなる世帯の割合や、費用差が全国平均で何万円になるのかについても推定できない。

 統計学的に将来の費用を予測するためには、住宅の築年数や構造、修繕履歴、世帯人数、自動車の保有状況、年間走行距離、運転終了年齢、公共交通へのアクセスなどについて、実測データを収集する必要がある。さらに、これらの条件は互いに関連している可能性があるため、一つずつ独立に変化させるだけでは、現実の世帯ごとの費用分布を十分に表現できない。

 仮に確率分布を設定して多数の組み合わせを計算するモンテカルロ法を使用すれば、費用差の分布や特定条件での逆転確率を推定することは可能である。しかし、元になる確率分布や変数間の関係を裏付ける実測データが不十分なら、計算回数を増やしても予測の信頼性が高まるわけではない。

 したがって、今回の試算から言えるのは、設定した条件のもとでは都市マンションが約五〇六万円安くなること、そして修繕費や自動車費用を変更すると優劣が変わるということである。都市マンションが全国的に安い確率や、地方戸建ての方が安い世帯の割合まで明らかにしたものではない。

 この区別を明確にすることは、数理的な分析の信頼性を保つうえで重要である。数字を細かく計算したことと、現実の費用を正確に予測できたことは同じではないのである。

結局、都市マンションと地方戸建てのどちらが安いのか

 ここまで比較してきた結果を整理すると、今回の試算条件では、住宅そのものの維持管理費だけを見るなら地方戸建ての方が安い。都市マンションの住宅関連費が約一六〇四万円であるのに対し、地方戸建ては九七〇万円であり、その差は約六三四万円となる。毎月の管理費と修繕積立金がなく、土地や建物に対する税負担も低く設定したことが、この差を生み出している。

 しかし、都市マンションで自動車を所有せずに生活でき、地方戸建てで自動車一台を三十年間保有する場合には、今回の条件で都市マンションの総支出が約五〇六万円少なくなる。逆転点は地方側の自動車関連費が約九九四万円を超えるところにあり、自動車の購入価格、維持費、保有年数によって結果が変化する。

 一方、都市マンションでも自動車を所有し、高い駐車場代を支払う場合には、その経済的優位性は縮小し、条件によっては地方戸建ての方が大幅に安くなる。また、これから住宅を購入する場合には、購入価格の差が維持費の差を上回ることもあり、三十年後の売却価値まで含めた評価が必要になる。

 つまり、老後の住宅の経済性を決めるのは、マンションか戸建てかという建物の種類だけではない。購入価格、建物の状態、修繕費、税負担、自動車の保有状況、公共交通の利便性、運転終了後の移動手段、そして将来の資産価値が組み合わさって、最終的な費用関係が決まる。

 さらに、支出総額だけでなく、毎月の固定負担に耐えられるか、突発的な修繕費を支払えるか、身体能力が低下した後も安全に生活できるかという条件も重要になる。経済的に安い住宅であっても、必要な医療や買い物にアクセスできなければ、老後の住まいとして適切とは言い切れない。

最後に残るのは、九十歳の自分がその家で暮らせるかという問題である

 都市マンションの窓から駅前の灯りを見る生活と、地方戸建ての縁側から静かな庭を見る生活では、そもそも得られる価値が異なる。静けさ、庭、広さ、隣家との距離には価値があり、駅まで歩けること、病院やスーパーが近いことにも確かな価値がある。どちらを重視するかは個人の生活習慣や価値観によって異なり、老後の住まいを金額だけで決める必要はない。

 しかし、経済性を比較するのであれば、「住宅価格が安い」「管理費がない」という理由だけで、老後も安く暮らせると結論することは避けた方がよい。地方戸建てには管理費がなくても、屋根や外壁があり、庭があり、住宅から病院までの距離があり、その距離を埋める自動車がある。都市マンションには管理費と修繕積立金という固定負担がある一方、立地によっては自動車を持たずに生活でき、建物の共用部分を共同で維持する仕組みがある。

 これから住宅を購入するなら、取得価格はいくら違うのか。すでに所有しているなら、建物はどの程度傷んでいるのか。自動車を何台持ち、何歳まで運転するつもりなのか。運転をやめた後、買い物や通院をどのように続けるのか。八十歳を超えたとき、住宅の管理を自分で続けられるのか。そして、途中で住み替える必要が生じた場合、その住宅を売却したり貸したりできるのか。

 こうした条件を具体的に置いて初めて、老後住宅の経済性を現実に近い形で評価できる。六十歳で住まいを選ぶときには、現在の自分にとっての快適さや支出の少なさを重視しやすいが、三十年間住む家であれば、八十歳や九十歳の生活まで想定して判断する必要がある。

 そのとき、玄関を開けた後に安全に買い物へ行けるのか、必要な医療を受けられるのか、壊れた住宅を修繕できるのか、そして無理のない支出で生活を続けられるのかという問題が残る。住宅の取得価格や管理費が安くても、生活を維持するための別の費用が大きければ、結果として高い住まいになる可能性がある。

 老後の住まいにおける「安い」という言葉は、住宅価格だけでは決まらない。建物を維持し、必要な場所へ移動し、身体能力の変化にも対応しながら、長期間生活を続けるために必要な費用まで数えて初めて、その住まいの本当の経済的負担が見えてくるのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 夕方になると、町のスーパーの駐車場に車が一台、また一台と入ってくる。入口には買い物かごが重なり、店内には野菜や鮮魚、肉、牛乳、総菜、弁当などが並んでいる。住民はそれぞれ必要なものを選び、レジで代金を支払い、夕食の材料を持ち帰る。あまりにも日常的な光景であるため、私たちはスーパーがなぜその場所で営業を続けられるのか、普段はほとんど意識していない。

 しかし、人口減少と高齢化が進む地方では、これまで当たり前に存在していた店舗が、将来も営業を続けられるとは限らない。住民が減れば地域全体の購買需要が縮小する可能性があり、人件費や電気料金、物流費が上昇すれば、人口がそれほど減っていなくても採算が悪化することがある。さらに、経営者の高齢化や後継者不足によって、一定の売上が確保されている店舗でも閉店を余儀なくされる場合がある。

 では、スーパーを一店舗維持するには、何人の住民が必要なのだろうか。この問いについて調べると、「食品スーパーには人口1万人~3万人程度の商圏が必要」という数字が出てくる。国土交通省の資料にも同様の数値が掲載されているため、一見すると人口1万人がスーパー存続の境界であるかのように思える。

 ところが、この数字をすべてのスーパーに適用すると、地方の実態を十分に説明できない。人口数千人規模の地域で営業する小規模な食品スーパーと、広い駐車場を備えた大型食品スーパーでは、設備も従業員数も必要な売上高も異なるからである。重要なのは、単純な人口の大小ではなく、その店舗がどのような需要を獲得し、どの程度の経費で営業しているかという経済構造である。

「人口1万~3万人」という数字の本当の意味

 国土交通省の「利用人口と都市機能」という資料には、売場面積2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについて、周辺人口1万人~3万人という商圏規模が示されている。同じ資料では、売場面積1,000~1,500平方メートル規模のドラッグストアについても、同程度の周辺人口が一つの目安として挙げられている。

 ただし、この数字の性格を正しく理解する必要がある。資料に掲載されている商圏人口は、国土交通省が全国のスーパーの財務諸表や閉店事例を統計分析し、損益分岐点として算出したものではない。都市再構築戦略検討委員会における流通分野の専門家の説明を基に整理された実務的な参考値であり、資料自体も、人口規模と都市機能の対応は概略的なイメージであって、具体的な条件によって差が生じると注意している。

 したがって、「2,000~3,000平方メートル級の食品スーパーでは、周辺人口1万人~3万人が商圏の一つの目安になる」という説明には資料上の根拠があるが、「人口1万人未満の地域では食品スーパーは経営できない」という結論にはならない。まして、1万人と3万人の中間が2万人だからといって、スーパー一店舗の標準的な必要人口を2万人とすることもできない。数値の中間を取ることと、経営上の損益分岐人口を推定することは、まったく別の問題である。

 さらに、この目安には、統計的に推定された信頼区間や、全国の店舗に共通する最低人口としての意味はない。スーパーの出店を規制する法的な人口基準でもなく、店舗立地を検討する際の参考情報として扱うのが適切である。

「人口6,000人にスーパー2店舗」はなぜ考えられるのか

 仮に人口6,000人の地域に、地域密着型の個人スーパーが二店舗営業していたとしよう。人口を店舗数で単純に割ると一店舗当たり3,000人となるため、先ほどの1万人~3万人という目安とは大きな差が生じる。しかし、この状況は経済理論上、必ずしも矛盾しない。

 最初に確認すべきなのは、行政上の人口と、実際の商圏人口が一致するとは限らないことである。地域外から買い物客が訪れる場合もあれば、住民が隣接する市町村の大型店で日常的に買い物をする場合もある。観光地であれば観光客や別荘利用者の需要が加わり、幹線道路沿いの店舗であれば通勤者や通過交通による購買も考えられる。反対に、地域の人口が6,000人いても、その大部分が地域外で買い物をしていれば、地元店舗が獲得できる需要は小さくなる。

 また、二店舗が存在するからといって、6,000人の住民が3,000人ずつ均等に分かれて利用しているわけでもない。生鮮食品は近所の店、加工食品や日用品は大型店というように購入先を使い分けることもあり、一人の住民が複数の店舗を利用することも一般的である。スーパーが獲得する売上高を考える際には、客の人数だけでなく、来店頻度、購入単価、商品構成、競合店との購買の分担を把握する必要がある。

 さらに重要なのが、店舗の規模と経営形態である。売場面積300平方メートルの地域スーパーと、2,500平方メートルの郊外型食品スーパーでは、必要な設備投資や在庫、人員配置、冷蔵・冷凍設備、駐車場などの規模が大きく異なる。経営者自身が店頭に立つ店舗と、多数の従業員を雇用するチェーン店舗とでは、経費の構造も同じではない。

 ただし、小規模店舗は必ず低コストで運営できると考えるのも誤りである。大型チェーンには大量仕入れによる価格交渉力、共同配送、情報システムの共通化、広告宣伝費の分散といった利点がある。一方、個人スーパーでは仕入単価や小口配送費が割高になりやすく、経営者や家族の長時間労働によって営業を維持している場合も考えられる。設備が小さいことによる費用の削減と、規模の小ささから生じる不利な条件の両方を評価しなければならない。

 したがって、人口6,000人の地域で二店舗が営業しているという状況が確認されたとしても、それだけで「3,000人あれば一店舗経営できる」とは言えない。地域の需要構造や店舗ごとの収支を確認し、営業していることと十分な利益を確保していることを区別する必要がある。

全国統計から見える小型スーパーと大型スーパーの違い

 スーパーの規模によって営業実態がどの程度異なるのかを考えるうえで参考になるのが、全国スーパーマーケット協会、日本スーパーマーケット協会、オール日本スーパーマーケット協会の三団体による「2025年スーパーマーケット年次統計調査」である。

 この調査では881社を対象として286社から回答を得ており、回収率は約32.5%だった。回答企業には少数の店舗を運営する企業から多数の店舗を保有する企業まで含まれているが、回答率が100%ではないため、回答企業と非回答企業の間に経営状況や店舗規模の違いが存在する可能性には注意が必要である。また、調査に参加した企業の回答店舗に基づく集計であり、国内すべての食品スーパーを無作為に抽出した統計ではない。

 店舗の平日における一日平均来店客数は、全体平均で1,753.8人だった。売場面積800平方メートル未満では1,148人、800~1,200平方メートル未満では1,602.1人、1,200~1,600平方メートル未満では1,741.7人、1,600平方メートル以上では2,252.8人となっている。店舗規模の大きい区分ほど平均来店客数が多い傾向が確認できるものの、これらは実際に営業している回答店舗の実績であり、利益を確保するための最低来店客数ではない。

 また、この来店客数は商圏内の異なる住民の人数を表しているわけではない。同じ人が一週間に何度も来店することがあるため、平均来店客数1,148人の店舗について、周辺に1,148人の住民がいれば営業できるという解釈は成立しない。商圏人口と延べ来店客数は、明確に区別しなければならない指標である。

 さらに興味深いのが、売場面積一平方メートル当たりの年間売上高である。2025年調査では全体平均が133.7万円だったのに対し、800平方メートル未満の店舗では204.4万円、800~1,200平方メートル未満では138.2万円、1,200~1,600平方メートル未満では114.7万円、1,600平方メートル以上では107.5万円となっている。小規模店舗群ほど売場面積当たりの売上高が高いという傾向が見られ、800平方メートル未満の区分では44店舗の有効回答が集計されている。

 ただし、この数字から「小型スーパーは大型スーパーより経営効率が高い」と断定することはできない。売場面積当たり売上高が高くても、仕入費用や人件費が大きければ利益が少なくなるからである。また、売場面積が小さい店舗には都市部の高密度な商圏に立地する店も含まれるため、人口密度の低い地方の個人スーパーと同じ条件で営業しているわけではない。小型化によって売上密度が高くなるという因果関係まで、この統計が証明しているわけではない。

 加えて、この調査は営業を継続している店舗の実績を中心に把握している。すでに閉店した店舗の売上高や費用構造を同時に比較したものではないため、存続している店舗の平均値だけから閉店の境界条件を推定すると、生存者バイアスが生じる。統計が示しているのは店舗規模別の営業実態の違いであり、どの規模の店舗がどの人口で存続できるかという普遍的な法則ではない。

大型スーパーには年間数十億円規模の売上が必要なのか

 店舗の規模による違いを考えるため、先ほどの売場面積当たり年間売上高を使って試算してみよう。2025年調査における1,600平方メートル以上の店舗の平均値は、一平方メートル当たり年間107.5万円である。この数値を単純に当てはめると、売場面積2,000平方メートルで年間約21.5億円、3,000平方メートルで年間約32.3億円の売上高になる。

 もちろん、これは平均的な売上密度を一定と仮定した参考計算であり、これだけ売らなければ倒産するという意味ではない。実際の必要売上高は商品構成、粗利益率、人件費、賃料、物流費、設備投資などによって変わり、同じ面積の店舗でも地域によって大きな差が生じる。

 それでも、2,000~3,000平方メートル級の食品スーパーが、年間数十億円規模の売上を持つこともある施設だという点は理解できる。これに対し、小型の地域スーパーでは売場面積や在庫、従業員数などを抑えた経営が可能な場合があり、同じ売上高を必要とするとは限らない。

 もっとも、店舗面積を半分にしたから固定費も必ず半分になるわけではない。食品を販売する以上、レジ、冷蔵設備、衛生管理、仕入れ、搬入、廃棄物処理といった基本的な機能が必要であり、経費には店舗規模を縮小しても残る部分がある。規模の小さな店舗ほど、限られた売上高でこうした基本的な経費を負担しなければならないという問題も生じる。

スーパーに必要な人口を決めるのは、売上と損益分岐点である

 スーパーの存続可能性を考えるには、人口と売上高の関係だけでなく、売上高と費用の関係を調べる必要がある。経営学や管理会計では、売上高から商品仕入れなどの費用を差し引き、固定費を回収した結果、利益がゼロになる売上高を「損益分岐点売上高」と呼ぶ。

 スーパーの年間売上高は、商圏人口、住民一人当たりの購入額、その店舗が獲得する購買割合、地域外からの需要などによって左右される。一方、営業利益は売上高から仕入原価、人件費、物流費、光熱費、賃料、減価償却費などを差し引いた結果として決まる。つまり、人口が同じでも購買需要の獲得率や費用構造が異なれば、損益分岐点を超えられるかどうかは変わってくる。

 ここで、人口6,000人の仮想地域を使って考えてみよう。住民一人当たりの年間食料品購入額を30万円と仮定すると、地域全体の年間購入額は18億円になる。ただし、これは計算のための仮定であり、特定地域の実際の支出額を示したものではない。

 仮に地域内の二店舗が、この18億円のうち合計50%を獲得し、売上を均等に分け合っているとすれば、二店舗の合計年商は9億円、一店舗当たりの年商は4.5億円となる。さらに、売上高から仕入原価と売上に比例する営業経費を差し引いた限界利益率を22%、一店舗当たりの年間固定費を9,000万円と仮定すると、年商4.5億円から生じる限界利益は9,900万円となり、営業利益は900万円になる。

 ところが、人口が同じ6,000人でも、地元二店舗への購買残留率が40%に低下すれば、一店舗当たりの年商は3.6億円となり、先ほどの条件では年間1,080万円の営業赤字になる。逆に購買残留率が60%まで高まれば、一店舗当たりの年商は5.4億円となり、営業利益は年間2,880万円になる。

 この試算では、人口、住民一人当たりの購入額、利益率、固定費を同じ条件にしている。それでも、地域内の店舗にどれだけ購買が残るかによって、黒字にも赤字にもなる。スーパーの経営を決めるのは人口そのものではなく、実際に獲得できる売上高と、それを得るために必要な経費との関係なのである。

 ただし、これらは理論を説明するための仮想的な計算であり、地方スーパーの平均的な利益率や固定費を示したものではない。実際の分析では、食料品購入額の範囲、店舗別の販売構成、粗利益率、廃棄損失、人件費、経営者の適正な報酬などを確認しなければならない。また、営業利益が黒字でも、設備の更新や借入金返済に必要な資金を十分に確保できるとは限らない。

小規模なスーパーほど経営に余裕があるとは限らない

 ここで、もう一つ重要な統計を確認しておきたい。2025年スーパーマーケット年次統計調査の経営指標には、企業の売上規模別の営業利益率と損益分岐点比率が掲載されている。

 このうち、年間売上高30億円未満の企業群では、売上高営業利益率の平均が0.18%、損益分岐点比率の平均が99.46%となっている。損益分岐点比率とは、現在の売上高に対して利益がゼロとなる売上高がどの程度の水準にあるかを示す指標であり、一般に100%に近いほど売上減少への余裕が小さいことを意味する。

 ただし、0.18%と99.46%はそれぞれの対象企業について計算された平均値であり、特定の一店舗の損益構造を示すものではない。損益分岐点比率99.46%についても、対象企業の平均的な傾向を表すのであって、すべての企業が売上高を0.54%失えば赤字になるという意味ではない。また、これは企業の年間売上高による分類であり、売場面積800平方メートル未満の店舗だけを対象にした統計ではない。

 それでも、小規模企業群の中には利益の余裕が限られた経営が多く含まれる可能性を示す数字として重要である。人口が少ない地域でもスーパーが営業できることと、そのスーパーが長期にわたって安定的に経営できることは、明確に区別する必要がある。

 とりわけ個人経営の店舗では、経営者や家族が長時間働き、十分な報酬を受け取らないことによって営業が維持されている可能性もある。帳簿上の利益が確保されていても、設備更新費や将来の人件費上昇まで考えると、事業を継続する余力が不足している場合も考えられる。地域のスーパーが存在しているという事実だけでは、その経営が持続可能であることまでは証明できない。

市町村人口と商圏人口は同じではない

 地方のスーパーを分析する際に注意したいのが、市町村の行政区域と、消費者の買い物行動によって形成される商圏の違いである。行政上は人口6,000人の町であっても、隣接する自治体から多くの買い物客を集めていれば、実質的な商圏は町の人口より大きくなる。反対に、人口2万人の自治体であっても、住民が隣接地域の大型店を日常的に利用していれば、地元店舗が獲得できる購買需要は小さくなる。

 地方では自動車による移動が一般的な買い物手段となっている地域も多く、道路条件や店舗への所要時間が商圏の形成に大きく影響する。自治体の境界を越えて移動できる幹線道路沿いの店舗と、山間部や交通条件の悪い地域にある店舗とでは、同じ距離に住む消費者であっても来店しやすさが違う。

 そのため、地域のスーパーについて調べるなら、店舗から自動車で10分、15分、20分程度の範囲にどれだけの人口が分布しているかを確認し、同じ範囲に存在する競合店舗や道路網も調べる必要がある。ただし、10分や15分という時間自体がすべての地域に共通する商圏の境界ではない。実際の利用圏を分析するための便宜的な区分であり、地域の交通事情や買い物行動に応じて設定し直すべきものである。

 さらに、人口の年齢構成や世帯構成、所得水準、観光需要、別荘利用などによって、同じ人口でも食品に対する購買需要は変わる。例えば、観光地では居住人口だけでは把握できない売上が発生する一方、住民の高齢化が進む地域では自動車を利用できる人の割合が変化し、店舗への来店行動そのものが変わる可能性がある。

 したがって、人口8,000人の自治体だからスーパーの存続が危険で、人口2万人の自治体だから安全だという判断は適切ではない。地域人口は重要な基礎指標だが、それだけで経営の成立条件を決定することはできないのである。

人口減少で失われるのは、店舗数だけではない

 スーパーの存続を考える際には、経営上の採算性と、住民の生活利便性を分けて評価する必要がある。人口が減少した地域で複数の店舗が一店舗に集約されれば、残った店舗の売上が増え、経営効率が改善する可能性はある。しかし、その一方で、近所の店舗を失った住民の買い物距離が長くなり、自動車を利用できない高齢者の生活が不便になる可能性もある。

 農林水産政策研究所が2024年に公表した2020年の推計では、65歳以上の食料品アクセス困難人口は全国で約904万人となり、65歳以上人口の25.6%を占めていた。75歳以上では約566万人、同年齢層の31.0%に達している。

 この推計における食料品アクセス困難人口とは、食料品を扱う店舗まで直線距離で500メートル以上あり、かつ自動車の利用が難しい65歳以上の人を、国勢調査などの情報から推計したものである。対象店舗には食品スーパーだけでなく、食肉店、鮮魚店、青果店、コンビニエンスストア、ドラッグストアなども含まれる。

 ただし、904万人という数字は、実際に買い物ができないと回答した人数ではなく、店舗までの距離や自動車利用の条件に基づく推計値である。また、店舗が500メートル以内に存在していても、十分な品ぞろえがなかったり、道路の勾配や身体的な事情によって来店が難しかったりする可能性もある。食料品アクセス困難人口は問題の規模を把握するための重要な指標だが、住民一人ひとりの買い物の困難さを完全に表しているわけではない。

 地域にスーパーが一店舗残っていたとしても、その店まで自宅から数キロメートル離れていれば、自動車を運転できない高齢者には利用が難しい。反対に、店舗側から見れば、人口密度の低い地域では十分な客数を確保するために商圏を広げる必要が生じることもある。経営のために広い範囲から客を集めることと、住民の身近な場所に食料品を供給することは、必ずしも一致しない。

 つまり、スーパーの店舗数が維持されることと、地域全体の買い物環境が維持されることは同じではない。人口減少が進む地域では、経営上の合理性と住民の生活利便性が、異なる方向へ動く可能性まで考えなければならない。

小さなスーパーが残る地域には、どのような条件があるのか

 人口の少ない地域で営業する小規模スーパーには、大型店とは異なる経営上の強みが存在する場合がある。地域住民の好みや購入頻度を把握し、売れ筋の商品に品ぞろえを絞ることができれば、過剰在庫や売れ残りを抑えられる可能性がある。鮮魚や総菜など特定の商品に強みを持つ店舗であれば、価格や品ぞろえの総量だけで大型店と競争せず、特定の商品を目当てに来店する顧客を獲得することも考えられる。

 ただし、こうした条件が成立するかどうかは店舗ごとに異なる。商品を絞り込めば在庫管理が容易になる一方、必要な商品がそろわないことで客離れが生じる可能性もある。地域密着型の接客が固定客の維持につながる場合もあれば、低価格を重視する消費者が大型チェーンへ流れる場合もあるため、小規模であること自体が競争上の優位性を保証するわけではない。

 また、個人スーパーにとって深刻なのは、人口減少以外の要因による閉店である。経営者の高齢化や後継者不足、従業員の確保難、冷蔵設備の更新費用、仕入価格や物流費の上昇などは、売上が比較的安定していても経営を圧迫する可能性がある。特に経営者本人の労働に強く依存する店舗では、経営者が引退した時点で営業を続けられなくなることも考えられる。

 そのため、地域のスーパーの将来を評価するには、現在の人口と売上だけでなく、経営者の年齢、事業承継の見通し、従業員の確保、設備の更新計画、資金繰りまで調べる必要がある。利益が確保されている店舗でも将来の営業継続が保証されるわけではなく、逆に一時的に利益が小さい店舗でも、資産や経営方針などの条件によって営業が続けられる場合がある。

制度上も「人口1万人」が出店基準ではない

 食品スーパーの出店や営業について、全国一律に商圏人口1万人以上を必要とする法律上の規定は存在しない。例えば、大規模小売店舗立地法は、原則として店舗面積の合計が1,000平方メートルを超える小売店舗を対象に、交通、駐車場、騒音、廃棄物処理など、周辺地域の生活環境への配慮を求める制度である。

 この制度が扱うのは主として大型店の立地による周辺環境への影響であり、スーパーの経営採算を人口によって保証するものではない。また、実際の出店には用途地域などの土地利用規制、建築基準、食品衛生関係の規制なども関係するため、人口条件がないからといって、すべての場所に自由に出店できるわけではない。

 ここでも、商業施設の立地を考える際の人口目安と、法律上の出店条件、さらに経営上の損益分岐点を分けて理解することが重要になる。国土交通省の資料に示された1万人~3万人という数字は、営業許可の人口基準でもなければ、採算性を保証する基準でもないのである。

地方のスーパーを分析するには何を調べるべきか

 人口減少地域でスーパーの将来を考えるなら、まず店舗の周辺人口と将来人口を把握する必要がある。ただし、市町村全体の人口だけでは十分ではなく、国勢調査の小地域人口などを用いて、店舗への到達時間別に人口や世帯の分布を調べることが望ましい。さらに、年齢構成や自動車利用の状況、競合店舗の位置、購買の流出入まで把握できれば、地域の需要構造をより現実に近い形で評価できる。

 次に必要なのは、店舗が獲得できる売上高と費用の推計である。住民一人当たりの食料品購入額を基礎として、地域内の購買残留率、店舗ごとの市場占有率、観光客などの地域外需要を考慮すれば、売上高の複数のシナリオを作成できる。そのうえで、粗利益率、人件費、物流費、賃料、光熱費、設備更新費などを組み合わせ、人口が減少した場合に損益分岐点を下回る可能性を評価することになる。

 ただし、将来予測には必ず不確実性がある。人口が同じ割合で減少しても、世帯構成や購買行動、物価、競合店舗の動向が変化すれば売上高は異なる。したがって、一つの人口予測から閉店年を断定するのではなく、需要が大きく減少する場合、緩やかに減少する場合、地域外需要などによって補われる場合を分けて検討する方が合理的である。

 御宿町、いすみ市、勝浦市、大多喜町などの地域を考える場合にも、同じ分析が必要となる。観光や別荘利用の影響が考えられる地域、人口が広い範囲に分散する地域、道路交通によって周辺市町村との買い物の往来が生じる地域では、行政人口が同じでも実際の商圏は異なる。地元スーパーの存続可能性を評価するには、単純な人口比較を超えて、住民の生活圏と購買行動を把握する必要がある。

 さらに、経営が成立するかという評価と、住民が必要な食料品を購入できるかという評価は分けなければならない。小規模スーパー、食品を扱うドラッグストア、移動販売、宅配サービスなどを組み合わせることによって食料品へのアクセスを維持できる可能性はあるが、各サービスの採算性、利用料金、配送範囲、継続的な担い手の確保についても検討する必要がある。単に代替手段が存在するだけでは、持続可能な地域の食料供給体制が確立したとは言えない。

「何人いれば営業できるか」と「将来も続けられるか」は違う

 スーパーに必要な人口を考えるとき、実際には三つの異なる問題を区別する必要がある。一つ目は、ある人口規模の地域に店舗が立地できるかという問題であり、二つ目は、店舗が日々の経費を賄いながら営業を続けられるかという問題である。三つ目は、経営者や従業員への適正な報酬、設備の更新、将来の事業承継まで含めて、長期的に持続可能な経営を実現できるかという問題である。

 この三つは似ているようで同じではない。現在、人口数千人の地域にスーパーが存在しているとしても、その店舗が十分な利益を確保しているとは限らず、利益が出ていたとしても後継者や設備更新の問題によって将来閉店する可能性がある。反対に、人口が比較的多い地域でも競合店が集中していれば、個々の店舗の収益性が悪化することは考えられる。

 したがって、「スーパー一店舗には何人必要か」という問いに全国共通の数字を一つ示すことは適切ではない。ある店舗について、店舗規模、収益構造、商圏内の購買需要、競合環境などを具体的に設定すれば、損益分岐点に相当する人口を推定することは可能である。しかし、その推定値を別の地域や経営形態にそのまま適用することはできない。

 また、店舗の採算性だけを優先して大型店への集約を進めれば、移動手段を持たない住民の買い物環境が悪化する場合がある。一方、生活利便性を維持するために小規模店舗を残そうとしても、必要な売上や人材を確保できなければ事業は継続できない。地域全体で考えるべきなのは、単独店舗の収益性と住民の生活に必要な食料供給機能を、どのように両立させるかという問題である。

人口減少時代に本当に必要なのは、店が残れる条件を見極めること

 結局、スーパー一店舗に必要な人口は何人なのだろうか。国土交通省の資料に示された2,000~3,000平方メートル規模の食品スーパーについては、周辺人口1万人~3万人が一つの商圏目安になる。しかし、それは全国の食品スーパーに共通する最低必要人口ではなく、まして小規模な地域スーパーの採算を判断する基準でもない。

 実際に店舗が営業を続けられるかどうかは、人口の大小だけでなく、住民の購入額、店舗が獲得する購買割合、地域外からの需要、仕入れや物流、人件費、設備更新費などの組み合わせによって変わる。人口が少なくても比較的小さな店舗なら営業が成立する可能性がある一方、人口が多くても競争や費用構造によって採算が悪化する可能性はある。

 そして、現在の営業継続と将来の持続可能性も分けて考えなければならない。人口6,000人の地域に二店舗が存在することが仮に確認されたとしても、それだけで一店舗当たり3,000人が必要人口だとは言えず、経営の安定性や将来の事業承継まで保証されるわけではない。単に店舗が存在しているという事実から、地域の経済的な持続可能性を評価することには限界がある。

 人口減少地域にとって重要なのは、人口が何人を下回ったときにスーパーが消えるのかを、全国共通の数字で予測することではない。その地域の人口構造や交通条件、購買行動、店舗の規模、経営費用を踏まえ、どのような店舗やサービスの組み合わせであれば、必要な食料品を供給し続けられるのかを検討することである。

 町の小さなスーパーに明かりがついている。店内には大型店ほど多くの商品がないかもしれないが、日々の食事に必要なものを買いに来る住民がいて、地域の暮らしを支える役割を担っている。その店がこれからも営業を続けられるかどうかを決めるのは、「人口1万人」という一本の線ではない。

 人口減少が進む地方で本当に問われるのは、スーパー一店舗を成立させる最低人口が何人なのかという単純な問題ではなく、人口が減っても地域に必要な購買需要を確保し、経営を維持しながら、住民が食料品を購入できる環境をどこまで残せるのかという問題である。

 地域の将来を考えるうえで必要なのは、人口の減少だけを見て店舗の閉店を予想することではない。人口、購買力、経営構造、交通手段、事業承継という複数の条件を把握し、何を変えれば営業や食料供給を継続できるのかを具体的に検証することである。その積み重ねこそが、人口減少時代の地域商業を考える現実的な出発点になる。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

いすみ市・勝浦市で考える「車のない老後」の家計

 運転免許証を返納し、自家用車を手放すと、ガソリン代や自動車税、車検費用、任意保険料など、自動車を所有するために必要だった支出が家計から消えていく。それだけを見れば、車を持たない老後は経済的に身軽になるように思える。しかし、車を手放しても、買い物や通院、金融機関での手続き、知人との交流といった日常生活に必要な移動までなくなるわけではない。むしろ、それまで自分の車で自由に出掛けていた人ほど、免許返納後には一回一回の移動に必要な費用を意識することになる。

 自家用車を運転していた頃は、スーパーへ出掛けるたびに交通費を支払っていたわけではない。実際には燃料を消費し、車両も少しずつ消耗していたが、それらの費用は自動車の維持管理費の中に含まれ、一回の買い物にいくらかかったのかは見えにくかった。ところが免許を返納すると、路線バスなら数百円、乗合タクシーなら200円や300円、普通タクシーなら数千円というように、移動そのものの価格がはっきり見えるようになる。

 この変化は、鉄道や路線バスが充実し、徒歩圏内に商業施設や医療機関が集まる都市部よりも、自家用車への依存度が高い地方で大きな問題になりやすい。千葉県外房地域のいすみ市や勝浦市でも、市街地から離れた農村部や丘陵部に住宅が広がり、日常の買い物や通院に自家用車を必要とする世帯は少なくない。現在は問題なく生活できていても、将来運転ができなくなったとき、それまでと同じ生活を続けられるとは限らない。

 そこで考えたいのが、75歳で運転免許を返納した場合、85歳までの10年間に、日常生活の移動費としていくら必要になるのかという問題である。今回は、いすみ市と勝浦市を対象として、2026年時点の交通制度と運賃をもとに、乗合交通と普通タクシーを組み合わせた複数の生活モデルを比較する。さらに、移動距離や将来の運賃上昇、自治体助成の継続性なども考慮し、単に交通費の合計を求めるだけでなく、老後の住宅立地や家計管理にどのような意味を持つのかまで検討したい。

車を手放すと、同じ5キロメートルが別の距離になる

 自家用車を運転できる人にとって、自宅から5キロメートル先のスーパーや病院へ行くことは、それほど難しい行動ではない。玄関を出て車に乗り、目的地の駐車場まで移動すればよく、多少の雨が降っていても、買い物の荷物が多くても、移動手段を大きく変える必要はない。しかし、免許返納によって自家用車を使えなくなると、同じ5キロメートルでも生活上の意味が変わる。徒歩では時間も体力も必要になり、自転車は身体能力や天候に左右される。路線バスがあっても、自宅から停留所まで歩かなければならず、目的地まで乗り換えが必要になることもある。

 この問題を考えるとき、重要なのは自宅から目的地までの直線距離ではなく、実際に利用できる交通手段と道路上の移動距離である。駅まで2キロメートルしか離れていなくても、急な坂道があり、歩道が整備されていなければ、高齢者にとって徒歩で移動しやすいとは限らない。反対に、目的地まで5キロメートルあっても、自宅近くから利用できる乗合交通があれば、比較的少ない費用で移動できる場合がある。

 幸い、いすみ市と勝浦市には、一般の路線バスや普通タクシー以外にも、自治体が関与する予約制の乗合交通が存在している。いすみ市では市民乗合タクシーが運行され、勝浦市にもデマンドタクシーがある。さらに、両市では高齢者や運転免許の自主返納者を対象とする交通費助成制度が設けられており、対象者が制度を適切に利用すれば、普通タクシーだけに依存する場合よりも交通費を大幅に抑えられる可能性がある。

 ただし、制度が存在していることと、誰もが日常生活で利用できることは同じではない。運行区域、予約方法、運行曜日、乗降場所、運行時刻などの条件があり、自宅が利用対象区域にあっても、通いたい病院や利用したい商業施設まで希望する時間帯に移動できるとは限らない。免許返納後の生活を左右するのは、単に交通機関の料金が安いかどうかではなく、その交通機関を実際の生活に組み込めるかどうかなのである。

75歳で免許を返納し、月8回外出する生活を想定する

 ここからは、比較のために一人の住民を想定する。75歳で自家用車の運転をやめ、85歳までの10年間、買い物、通院、金融機関、行政手続き、知人との交流などを目的として、月8回自宅から外出する生活である。一回の外出を自宅から目的地までの往復と定義すると、交通機関への乗車回数は月16回、年間192回、10年間では1,920回となる。

 月8往復という回数は、全国の75歳以上の高齢者の平均外出回数や、いすみ市・勝浦市の高齢者の実態を示した統計値ではない。週におおむね2回外出する生活を数値化した、この記事独自のモデルである。現実には毎日買い物へ出掛ける人もいれば、家族による送迎を受ける人、宅配サービスを利用する人、通院の機会が多い人もいるため、実際の移動回数には大きな個人差がある。

 また、このモデルでは一回の外出について、一つの交通手段で目的地へ行き、同じ種類の交通手段で帰宅するものとする。途中で複数の商業施設を回ったり、バスとタクシーを乗り継いだりする場合は計算に含めない。実際の生活では、一度の外出で買い物と通院を済ませることもあれば、複数の交通機関を利用しなければならないこともあるが、今回は交通手段ごとの費用差を明確にするため、条件を単純化する。

 普通タクシーについては、自宅から目的地までの片道走行距離を5キロメートルとする。これも地域の平均移動距離を示すものではなく、費用を比較するための仮定である。後ほど片道3キロメートル、8キロメートルの場合も計算し、移動距離が変わることで10年間の支出がどの程度変化するのかを確認する。

普通タクシーで片道5キロメートル移動すると2,300円になる

 千葉県内のタクシー運賃は、2026年3月16日に改定された。従来は地域によって異なる運賃地区が設けられていたが、改定後は千葉県全域が千葉地区として扱われるようになった。普通車の上限運賃では、初乗り1.06キロメートルまでが500円、その後は221メートルまでを増すごとに100円が加算される。

 この運賃を用い、片道5キロメートルの移動を距離だけで計算すると、初乗り区間を超える距離は3,940メートルとなる。これを221メートルで割り、加算回数を端数切り上げで18回とすれば、初乗り500円に1,800円が加わり、片道2,300円となる。往復では4,600円であり、月8往復すべてを普通タクシーで移動すれば、月額3万6,800円、年間44万1,600円になる。

 ただし、ここで計算した2,300円は、普通車の上限距離運賃を用いた比較上の基準値であり、実際の乗車料金を保証するものではない。事業者によって認可運賃や迎車料金が異なるほか、信号待ちや渋滞などで低速走行が続けば時間距離併用運賃が加算される。時間指定などに伴う料金や深夜早朝の割増も、利用条件によって発生するため、実際の支払額はここで示した金額より高くなる場合がある。

 それでも、片道5キロメートルの移動に往復4,600円という費用が発生することは、免許返納後の家計を考えるうえで重要な目安となる。自家用車を運転していた頃には何気なく出掛けていた場所でも、普通タクシーに置き換えれば、一回の買い物や通院に数千円の交通費が必要になる可能性がある。

同じ月8往復でも、交通手段によって10年間で約300万円の差が生じる

 そこで、月8往復の外出を三つの方法に分けて考える。第一のモデルは、8往復のうち6往復を自治体の乗合交通で済ませ、普通タクシーを利用するのは2往復だけという生活である。第二のモデルは、乗合交通と普通タクシーを4往復ずつ利用する場合、第三のモデルは、8往復すべてを普通タクシーで移動する場合とする。

 いすみ市では市民乗合タクシーの運賃を1人1回300円、勝浦市では運転経歴証明書を持つ免許返納者がデマンドタクシーを利用する場合の運賃を1回200円として計算する。普通タクシーは両市とも片道5キロメートルで2,300円とし、それぞれの自治体で利用できるタクシー助成を年間最大限活用する。助成券は、今回の試算では普通タクシーの乗車に充当するものとする。

 さらに、運賃と助成制度が2026年時点の内容で10年間変わらず、毎年必要な申請を行い、利用券を最大限使用できるという条件を置く。この条件で計算した10年間の交通費は、次のとおりとなる。

10年間の利用モデル いすみ市 勝浦市
乗合交通6往復・普通タクシー2往復 約117万6,000円 約129万6,000円
乗合交通4往復・普通タクシー4往復 約213万6,000円 約230万4,000円
普通タクシー8往復 約405万6,000円 約432万円

 例えば、いすみ市で6往復を乗合交通、2往復を普通タクシーにした場合、乗合交通の運賃は月12回の乗車で3,600円、普通タクシーは月4回の乗車で9,200円となり、月額合計は1万2,800円となる。年間では15万3,600円になるが、後述する福祉タクシー助成を年間3万6,000円利用できれば、自己負担は年間11万7,600円、10年間で117万6,000円となる。

 一方、同じいすみ市でも、月8往復すべてを普通タクシーで移動すれば、助成後の10年間の自己負担は405万6,000円となる。乗合交通中心の生活との差は288万円である。勝浦市でも、乗合交通中心のモデルが129万6,000円であるのに対し、普通タクシー中心では432万円となり、その差は302万4,000円に達する。

 つまり、今回の条件では、同じ市に住み、同じ月8往復の外出を続けていても、自治体の乗合交通をどれだけ利用できるかによって、10年間の交通費に約300万円の差が生じ得るのである。

 ただし、これは各モデルで想定した乗合交通の利用回数が実際に確保できることを前提とした計算であり、乗合交通の利用を希望すれば必ず実現できるという意味ではない。運行区域から外れていたり、希望する時間帯に利用できなかったりすれば、普通タクシーへの依存度が高まり、実際の費用は表の金額から変化する。

いすみ市では、75歳以上の自主返納者に対する助成が大きい

 いすみ市の市民乗合タクシーは、事前予約に応じて運行区域内の自宅などから目的地まで移動できる乗合交通である。2026年10月時点では1人1回300円で利用でき、原則として月曜日から金曜日まで運行している。ただし、祝日や年末年始は運休となり、運行区域や時刻も地域ごとに異なる。同じ時間帯に複数の利用者が予約した場合は乗り合わせとなるため、普通タクシーのように常に目的地まで直行するわけではない。

 また、いすみ市では75歳以上の住民を対象として、市内循環バスやいすみシャトルバスを無料で利用できるパスポート制度が設けられている。運転経歴証明書の交付を受けた65歳以上の免許返納者も対象になるため、自宅と目的地の位置がバス路線に適していれば、交通費をさらに抑えられる可能性がある。今回の試算にはこの無料バス利用による節約効果を加えていないため、実際にバスを活用できる人では、表の金額より交通費が少なくなる場合もある。

 普通タクシーについても、いすみ市には福祉タクシー事業がある。自主的に運転免許を返納した満75歳以上で、公安委員会が発行した運転経歴証明書または申請による運転免許の取消通知書を持つ人は、所定の条件を満たせば利用券の交付対象となる。利用券は年間最大24シートで、指定事業者のタクシーを利用した際、1回につき1,500円を上限として助成される。

 1回のタクシー利用料金が1,500円以上で、年間24シートをすべて利用できれば、助成額は年間3万6,000円となる。これと同じ制度が10年間続く場合、累計36万円の助成に相当する。ただし、5月以降の申請では申請月に応じて交付シート数が変わるほか、1回の乗車料金が1,500円に満たない場合にまで1,500円を助成されるわけではない。制度の対象者であっても、利用条件によって実際の助成総額は異なる。

 今回の試算では、75歳で返納した人が毎年最大限の助成を受け、普通タクシーの利用に充当できるものとした。したがって、初年度の申請時期が遅れたり、対象となるタクシー事業者を利用できなかったりすれば、計算上の支出より自己負担が増える可能性がある。

 なお、75歳で返納するという設定は、両市の制度を同じ条件で比較するために採用したものであり、75歳まで運転を続けることを推奨するものではない。返納時期は助成制度の年齢条件だけで決めるべきではなく、視力や認知機能、身体能力、運転技能などを踏まえ、安全性を優先して判断する必要がある。

勝浦市では、デマンドタクシーを利用できる区域かどうかが重要になる

 勝浦市にも予約制のデマンドタクシーがあり、一般の大人運賃は1回500円、運転経歴証明書を持つ免許返納者は1回200円で利用できる。運行日は原則として月曜日から土曜日で、祝休日と年末年始は運休となる。往復をデマンドタクシーで移動できれば、免許返納者の運賃は400円となり、普通タクシーで片道5キロメートルを往復する今回のモデルとの差は、一回の外出につき4,200円になる。

 ただし、デマンドタクシーは勝浦市内のどこからでも自由に利用できるわけではない。自由に乗降場所を指定できる区域と、鉄道駅、医療機関、金融機関、商業施設などの共通乗降場所が定められており、利用できる移動経路には制約がある。さらに、予約受付には期限があり、便によって予約可能な時間が異なるため、通院や買い物の予定を運行時刻に合わせる必要がある。

 勝浦市では、満80歳以上の住民や、自主的に運転免許を返納した75歳以上で所定の証明書を持つ人などを対象として、高齢者タクシー利用券も交付している。通常の交付では1枚400円の利用券があり、6月30日までに申請すれば24枚、合計9,600円相当となる。7月以降の申請では交付枚数が減少するため、今回の試算は通常交付分を年度当初から最大限利用できる場合としている。

 ただし、勝浦市の助成制度には地域による例外がある。総野地区のうちデマンドタクシー運行地区を除く地域では、最初に交付された利用券を使い切った場合、所定の枚数が1回に限り追加交付される仕組みが設けられている。このため、年間9,600円という金額は通常交付分の合計であって、すべての対象者に共通する絶対的な助成上限ではない。今回の比較では、この追加交付を計算に含めていない。

 また、勝浦市の高齢者タクシー利用券は、指定された普通タクシーなどのほか、デマンドタクシーでも利用できるが、本試算では普通タクシーの支払いに充当するものとして計算した。実際の家計では、利用する交通手段や助成券の使い方によって自己負担が変わるため、制度の適用条件を確認したうえで利用方法を考える必要がある。

 このように、同じ勝浦市の住民であっても、自宅がデマンドタクシーの利用しやすい区域にあるか、通院先や商業施設が共通乗降場所に含まれているかによって、免許返納後の交通費は大きく変わる。行政上は同じ市内でも、交通網への接続状況によって、老後の生活条件には相当な違いが生じ得るのである。

2026年には公共ライドシェアも広がっている

 いすみ市では、従来から旧夷隅町地域で自家用車を活用した有償旅客運送が行われてきたが、2026年4月には旧岬町地域にも公共ライドシェアが導入された。この背景には、地域で営業していたタクシー事業者の営業終了や休止によって、従来の交通サービスだけでは住民の移動を十分に支えにくくなったという事情がある。したがって、この取り組みは単に新しい便利なサービスを導入したというだけでなく、既存の交通供給が縮小する地域で移動手段を維持するための対応という性格を持つ。

 勝浦市でも、総野地区の一部と勝浦市街地を住民ドライバーの自家用車で結ぶ「ノッカルかつうら」が導入され、2026年度から有償の実証運行が行われている。蟹田、松野、中倉からは片道500円、市野川、花里からは片道700円で、原則として水曜日から金曜日までの運行となっている。利用には事前予約が必要で、決められた停留所と運行時刻を利用する仕組みであり、住民ドライバーの都合によって運休する場合もある。

 こうした新たな交通手段は、普通タクシーが利用しにくい地域にとって重要な選択肢になる。ただし、運行区域や利用条件が異なるため、今回の三つの基本モデルには含めていない。また、実証運行のサービスが将来も同じ形で継続するとは限らず、住民ドライバーの確保、予約需要、運行経費、自治体の財政負担などによって事業内容が変更される可能性がある。

 それでも、公共ライドシェアの導入から見えてくる問題は大きい。免許返納後の生活を考える際には、交通費をいくら用意すればよいかという金銭面だけでなく、必要になったときに実際に利用できる交通サービスが地域に残っているかという供給面を考えなければならないからである。

普通タクシーの移動距離が変わると、10年間の費用はどうなるのか

 ここまでの計算では、普通タクシーで移動する距離を片道5キロメートルに固定した。しかし、これはあくまで比較のための設定であり、すべての高齢者が5キロメートル先の病院やスーパーへ通うわけではない。自宅から生活施設まで3キロメートル程度で済む人もいれば、8キロメートル以上移動しなければならない人もいる。

 そこで、月8往復すべてを普通タクシーで移動する場合について、片道距離を3キロメートル、5キロメートル、8キロメートルに変えて比較してみる。2026年時点の普通車の上限距離運賃を使用し、運賃を10年間固定したうえで、自治体の通常助成を毎年最大限利用できる場合を想定する。迎車料金や時間距離併用運賃などは含めず、助成額は実際の運賃を超えないものとする。

普通タクシーの片道距離 片道運賃 いすみ市・10年間 勝浦市・10年間
3キロメートル 1,400円 約235万2,000円 約259万2,000円
5キロメートル 2,300円 約405万6,000円 約432万円
8キロメートル 3,700円 約674万4,000円 約700万8,000円

 この表から分かるのは、普通タクシーへの依存度が同じであっても、目的地までの距離によって10年間の交通費が大きく変わるということである。いすみ市の場合、片道3キロメートルなら約235万円であるのに対し、片道8キロメートルになると約674万円となり、その差は約439万円に達する。勝浦市でも、同じ条件で約259万円から約701万円まで広がる。

 実際の生活では、通院先、買い物先、駅など、目的地ごとに移動距離が異なるため、すべての外出が同じ距離になるわけではない。それでも、生活施設から離れた住宅ほど、普通タクシーに依存した場合の支出が大きくなりやすいことは、今回の計算から明確に分かる。

 免許返納後の家計を左右するのは、乗合交通を利用できる割合だけではない。自宅と生活施設の位置関係も、10年間の移動費を決める重要な条件なのである。

乗合交通を月1往復多く利用できるだけでも、10年間では大きな差になる

 次に、普通タクシーの移動距離を片道5キロメートルに固定し、乗合交通と普通タクシーの利用割合だけを変える場合を考える。いすみ市で市民乗合タクシーを1往復利用すると600円であるのに対し、普通タクシーでは4,600円となるため、その差は一往復当たり4,000円になる。勝浦市ではデマンドタクシーを利用すれば一往復400円となり、普通タクシーとの差は4,200円である。

 この差が月に一往復発生すると、10年間では120往復分になるため、いすみ市で48万円、勝浦市で50万4,000円の差になる。これは、いずれも助成券の年間利用額が変わらないという条件で比較した金額であり、実際には利用券の使い方や交付条件によって差額が変化する場合がある。

 それでも、乗合交通を月に一回多く利用できるだけで、長期間では数十万円の差になるという事実は重要である。住宅を選ぶとき、乗合交通の利用可能区域に含まれているかどうか、病院の予約時刻に合う便があるかどうか、帰りの交通手段を確保できるかどうかといった条件には、家計上の価値がある。

 ただし、安い交通手段があれば必ず利用するべきだという結論にはならない。乗合交通に合わせるために何時間も待たなければならない場合や、体力的に乗降が難しい場合には、普通タクシーを利用する方が合理的なこともある。運賃の安さと生活上の利便性は必ずしも一致しないため、交通費だけでなく、移動時間や身体的負担も含めて判断する必要がある。

普通タクシー中心の生活では、迎車料金も無視できない

 これまでの普通タクシーの計算では、2026年時点の距離制運賃を使用し、迎車料金や時間距離併用運賃などを除外してきた。しかし、実際に普通タクシーを利用する場合、事業者や乗車場所によっては迎車料金が必要になる。駅前の乗り場から乗る場合と、自宅まで車両を呼ぶ場合とでは、支払う金額が異なることもある。

 仮に、普通タクシーを呼ぶたびに500円の迎車料金が必要になるとする。この500円は今回の追加試算のために設定した仮定であり、いすみ市や勝浦市のすべての事業者が同じ迎車料金を設定しているという意味ではない。

 月8往復すべてを普通タクシーで移動する場合、乗車回数は月16回、10年間では1,920回である。毎回500円の迎車料金が加われば、10年間の追加負担は96万円になる。自治体助成の利用額が変わらない場合、いすみ市の固定運賃モデルでは405万6,000円が501万6,000円となり、勝浦市でも432万円が528万円になる。

 もちろん、すべての乗車で迎車料金が必要になるとは限らず、駅の乗り場から乗車したり、迎車料金の異なる事業者を利用したりする場合もある。また、実際の料金には時間距離併用運賃なども関係するため、ここで示した金額は追加費用の影響を理解するための例である。

 それでも、10年間で数百回から千回以上利用する交通手段では、1回当たり数百円の違いが、累計では数十万円から100万円近い差になるという点は、資金計画で見落とせない。

10年間の交通費を考えるなら、運賃上昇も想定しておきたい

 ここまでの試算は、2026年時点の運賃と自治体助成が10年間変わらないという条件で計算してきた。しかし、実際には2036年まで現在の料金が維持される保証はない。交通事業者の人件費や燃料費、車両の維持管理費が上昇すれば、普通タクシーや乗合交通の運賃が改定される可能性がある。一方、自治体助成についても、制度の拡充が行われることもあれば、財政状況や交通政策の変更によって縮小されることも考えられる。

 そこで、普通タクシーと乗合交通の運賃が毎年2%ずつ上昇し、自治体から受けられる助成額は現在の金額のまま10年間変わらないという条件で再計算する。この2%は、将来の物価上昇率やタクシー運賃改定率を予測したものではない。長期間の資金計画において、価格上昇の影響を確認するための仮定である。

 計算では、最初の1年間を現在の運賃とし、2年目を1.02倍、3年目を1.0404倍というように、毎年2%ずつ複利的に上昇するものとする。この場合、10年間の運賃総額は、初年度の運賃総額の約10.95倍になる。そこから、いすみ市では年間3万6,000円、勝浦市では通常交付分の年間9,600円の助成をそれぞれ10年間差し引く。

10年間の利用モデル いすみ市 勝浦市
乗合交通6往復・普通タクシー2往復 約132万2,000円 約142万8,000円
乗合交通4往復・普通タクシー4往復 約237万3,000円 約253万2,000円
普通タクシー8往復 約447万5,000円 約473万9,000円

 運賃を10年間固定した場合と比べると、普通タクシー中心のモデルでは、いすみ市で約42万円、勝浦市でも約42万円の支出増加となる。助成額を固定しているため、運賃が上昇するほど、交通費全体に占める自治体助成の割合は小さくなっていく。

 ただし、実際のタクシー運賃が毎年2%ずつ連続的に変わるわけではなく、制度上の運賃改定は一定期間ごとに行われることが一般的である。また、交通サービスの料金が上昇する一方で、自家用車の維持費や燃料費が同じ水準にとどまるとも限らない。今回の試算は将来の確定的な費用予測ではなく、価格上昇に対する家計の負担感を確認するための分析として理解する必要がある。

自治体助成は10年間の継続を保証された収入ではない

 今回の試算では、いすみ市の福祉タクシー助成を年間最大3万6,000円、勝浦市の高齢者タクシー助成を通常交付分の年間9,600円として、10年間差し引いた。しかし、自治体の助成制度は永続的な支給を保証するものではなく、対象年齢や交付枚数、利用対象事業者、利用期限などが将来変更される可能性がある。

 仮に、現在の助成制度をまったく利用できなくなった場合、いすみ市では今回のモデルから最大36万円、勝浦市では通常交付分の計算で9万6,000円、10年間の自己負担が増えることになる。ただし、この金額は現在の助成内容を10年分合計しただけであり、実際に制度が廃止されると予測しているわけではない。

 一方、助成制度が維持されていても、利用可能なタクシー事業者が減少したり、乗合交通が縮小したりすれば、生活への影響はさらに大きくなる。助成券を持っていても利用できる車両がなければ移動できず、逆に乗合交通が充実していれば、助成券をすべて使わなくても生活できる場合がある。

 つまり、老後の交通費を計算するときには、助成制度の金額だけでなく、その制度を実際に利用できる交通供給が存在することまで考慮しなければならない。自治体助成は家計にとって重要な支援であるが、それだけで将来の移動を確保できるわけではないのである。

75歳から85歳まで、外出回数が変わらないとは限らない

 ここで、今回の計算に含まれていないもう一つの重要な問題を考えたい。それは、75歳から85歳までの10年間、月8往復という外出回数を維持できるとは限らないことである。健康状態や生活環境の変化によって、移動の必要性も利用できる交通手段も変わる可能性がある。

 例えば、75歳では近所のバス停まで歩き、路線バスを利用して病院へ通えていた人でも、80歳を過ぎて歩行が難しくなれば、自宅から直接乗車できるタクシーを必要とするかもしれない。反対に、食料品の宅配や訪問診療、家族による送迎を利用するようになれば、公共交通機関で移動する回数が減少する場合もある。通院回数が増えることもあれば、外出そのものが少なくなることもあり、年齢とともに交通費が一方向に増加するとは限らない。

 また、介助が必要になれば、通常の乗合交通や普通タクシーだけでは対応できなくなる可能性がある。勝浦市のデマンドタクシーは介護タクシーとしての機能を備えておらず、介助が必要な場合には付き添いが求められる。移動に介助や特別な設備が必要になる場合は、通常の交通費だけでなく、それに伴う費用や利用条件も別に考えなければならない。

 このように、実際の老後の移動費は、毎月の外出回数に単価を掛けるだけでは完全には予測できない。今回の計算は、同じ外出回数と交通手段の組み合わせを10年間維持した場合の条件付きシミュレーションであり、健康状態や生活行動の変化を統計的に予測したものではない。

 10年間の資金計画では、一つの金額を将来の確定値と考えるのではなく、生活条件が変化した場合に必要な金額がどの程度増減するのかを確認しておくことが重要である。

「移動費が少ない人ほど暮らしやすい」とは限らない

 交通費を分析するときには、支出額が少ないほど望ましい生活を送れているとは限らないことにも注意が必要である。例えば、普通タクシーの利用料金が高いために買い物や友人との交流を控え、月8回出掛けていた人が月4回しか外出しなくなれば、交通費は減少する。しかし、必要な買い物ができず、人と会う機会も少なくなった結果であるならば、その支出削減を単純な家計改善と評価することはできない。

 高齢者の移動に関する研究では、運転免許の保有状況と外出行動との関連が報告されているほか、公共交通が少ない地域では、買い物や通院の代替手段を確保できても、交友や娯楽などの移動を十分に確保できない事例が示されている。ただし、こうした研究結果から、免許返納そのものが外出減少を必ず引き起こすと断定することはできない。健康状態、居住環境、家族構成、所得など、複数の要因が外出行動に関係しているからである。

 それでも、老後の移動を家計の問題として評価するなら、単に支出を最小化するだけでは不十分である。必要な通院や買い物を実現できることに加え、知人との交流や地域活動など、本人が望む生活をどの程度維持できるかを考える必要がある。

 交通費が年間10万円で済んでも、行きたい場所へほとんど行けない生活と、年間20万円かかっても必要な外出を無理なく続けられる生活では、支出額だけで生活の良し悪しを比較することはできない。免許返納後の交通政策や家計管理では、いくら安く移動できるかだけでなく、必要な移動をどれだけ実現できるかという視点が欠かせない。

車を持ち続けた方が安いとは、簡単には判断できない

 普通タクシー中心の生活で10年間に400万円以上かかるという数字を見ると、自家用車を所有し続けた方が経済的なのではないかと感じる人もいるだろう。しかし、普通タクシーの運賃と自家用車のガソリン代だけを比較して結論を出すのは適切ではない。

 自家用車には、燃料費だけでなく、任意保険、自動車税、車検、整備、タイヤ、バッテリー、駐車場などの費用が発生する。また、10年間の間に車両の買い替えが必要になる場合もあり、車を所有し続けるための総費用は、普段意識している燃料費よりも大きくなることがある。

 一方、すでに購入して長年使用している自家用車については、過去に支払った購入費用を、これから運転を続けるかどうかの判断にそのまま加えるべきではない。過去の支出は原則として取り戻せない費用であり、今後の意思決定では、これから必要になる維持費や買い替え費用、売却によって回収できる金額などを比較する方が合理的である。

 例えば、今後10年間に自家用車を所有し続ける追加費用が年間30万円かかると仮定すれば、10年間では300万円となる。この30万円は地域の実測平均値ではなく、比較の考え方を示すための仮定である。この場合、今回のいすみ市の乗合交通中心モデルである117万6,000円や、半分ずつ利用するモデルの213万6,000円は、自家用車の追加費用300万円より低くなる。一方、普通タクシー中心の405万6,000円は、それより高くなる。

 ただし、現実には自動車の維持費も車種や利用頻度によって異なり、駐車場代が不要な世帯と、買い替えが必要な世帯では結果が変わる。また、夫婦が同じ普通タクシーに乗れば基本的には1台分の運賃を分担できる一方、乗合交通では人数分の運賃が必要になるため、単身世帯と夫婦世帯でも費用構造が異なる。

 さらに、10年間の交通費をそのまま将来の必要貯蓄額とみなすことにも注意が必要である。毎年の年金収入などから交通費を支払う場合と、最初から10年間分を貯蓄で用意する場合では、必要な準備資金が異なる。運用利回りや将来の物価を考慮する場合にも、単純な支出総額と現時点で必要な貯蓄額は一致しない。

 何よりも、運転を続けるかどうかには交通事故の危険性が関係する。自家用車を保有する方が経済的に有利という試算結果になったとしても、そのことだけで運転継続が適切だという結論にはならない。家計面の比較は重要であるが、安全性の判断とは区別して考える必要がある。

「150万円・250万円・500万円」は高齢者の平均必要額ではない

 ここまでの計算を整理すると、運賃が毎年2%上昇する条件では、乗合交通をかなり利用できる場合に10年間で約130万〜150万円、乗合交通と普通タクシーを半分ずつ利用する場合に約240万〜250万円、普通タクシー中心では約450万〜500万円という金額が見えてくる。

 しかし、これらは高齢者の平均移動費でも、免許返納後に必ず必要になる金額でもない。月8往復という外出回数、普通タクシーの片道距離5キロメートル、75歳での自主返納、自治体助成の最大利用、毎年2%の運賃上昇という条件を組み合わせたモデルの結果である。迎車料金や将来の交通サービスの変更、健康状態による移動需要の変化なども完全には含まれていない。

 実際に自宅からスーパーまで歩いて行ける人であれば、日常の買い物に交通費をほとんど必要としないかもしれない。逆に、自宅から医療機関までの距離が長く、乗合交通も利用しにくい人であれば、今回の普通タクシー中心モデルを超える費用が必要になる可能性もある。

 そのため、今回示した金額は、老後の移動費の平均値や上限額として使用するのではなく、自分の生活条件を当てはめて必要資金を見積もるための比較基準として理解するべきである。

本当に深刻なのは、お金を払っても移動手段を確保できないことである

 免許返納後の生活を考えるとき、10年間で500万円近い交通費が必要になる可能性は確かに大きな問題である。しかし、仮に十分な資金を用意できたとしても、それだけで将来の移動が保証されるわけではない。

 いすみ市の市民乗合タクシーは原則として平日運行であり、予約や運行区域の条件がある。勝浦市のデマンドタクシーにも運行曜日や時刻、乗降場所の制約があり、新たに導入された公共ライドシェアも対象地域と運行日が限られている。定期的な通院であれば交通機関に合わせて予約できるかもしれないが、急な体調不良や予定変更まで公共交通の運行時刻に合わせられるわけではない。

 また、人口減少や運転手不足、交通事業者の経営環境の変化によって、現在利用できるサービスが将来も維持されるとは限らない。いすみ市で公共ライドシェアが拡大された背景には、既存のタクシー事業者の営業終了や休止があり、地域交通を維持すること自体が課題になっている。

 交通サービスには、利用料金という価格の問題と、必要な場所や時間に車両が存在するかという供給の問題がある。価格が安くても予約が取れなければ利用できず、料金を支払う意思があっても事業者が存在しなければ移動できない。地域の人口が減少し、交通需要が少なくなる地域ほど、後者の問題が大きくなる可能性がある。

 地方の免許返納問題は、交通費をいくら用意するかという家計問題であると同時に、必要な交通サービスを地域に残せるかという公共政策上の問題でもある。

老後の住宅選びでは、購入価格だけでなく移動費も考えたい

 この問題を住宅の価値という観点から考えると、さらに重要なことが見えてくる。自家用車を運転している65歳の人にとって、スーパーまで3キロメートルの家と8キロメートルの家では、それほど大きな違いを感じないかもしれない。ところが75歳で免許を返納し、その後10年間を同じ家で暮らすと考えれば、生活施設までの距離や交通網への接続状況が、家計に大きな影響を与える可能性がある。

 駅まで歩ける住宅、路線バスの停留所に近い住宅、乗合交通を利用しやすい住宅、病院とスーパーを一度の外出で回れる住宅には、購入価格だけでは把握しにくい経済的価値がある。一方、眺望がよく、敷地が広く、住宅価格が安くても、生活施設から離れ、代替交通を利用しにくい場所にあれば、免許返納後の交通費が家計を圧迫する可能性がある。

 例えば、生活施設に近い住宅より50万円安く購入できたとしても、その住宅での生活に年間10万円多く交通費が必要になれば、単純計算では5年間で購入価格の差がなくなる。実際には住宅の維持管理費や固定資産税、資産価値、生活環境なども比較する必要があるため、交通費だけで住宅の優劣を判断することはできないが、購入価格が安いという理由だけで経済的に有利だと考えることも適切ではない。

 今回の距離別シミュレーションでも、普通タクシー中心の生活では片道3キロメートルと8キロメートルで10年間に400万円以上の差が生じた。これは特定の住宅について実測した金額ではないものの、自宅と生活施設の位置関係が長期の家計負担に大きく影響し得ることを示している。

 地方の中古住宅を選ぶ際には、現在の自分が自家用車でどこへでも行けることだけを基準にせず、将来自分で運転できなくなった場合に、買い物や通院をどう続けるのかまで考える必要がある。住宅の本当の生活費は、購入代金だけではなく、その場所で暮らし続けるために必要な支出まで含めて評価するべきなのである。

免許を返納する前に、車を使わない生活を試しておく

 では、免許返納後の交通費を現実的に把握するには、何をすればよいのだろうか。最も有効な方法の一つは、まだ自分で運転できるうちに、日常生活の一部を自家用車を使わずに過ごしてみることである。

 例えば、一週間のうち何日かは車を使わず、路線バスや乗合交通だけでスーパーや病院へ行ってみる。自宅から停留所まで何分かかるのか、途中に急な坂道はないか、予約は取りやすいか、病院の診察が終わってから帰りの交通機関まで何時間待つのか、買い物の荷物を持って帰れるのかといったことを実際に確認する。

 そのうえで、過去一か月の外出先と回数を整理し、それぞれの目的地までの移動距離と利用可能な交通手段を調べる。買い物は乗合交通、定期通院は路線バス、急な外出や時間の制約があるときは普通タクシーというように、目的に応じて交通手段を組み合わせれば、自分の生活に近い費用を計算できる。

 このとき、交通費だけでなく、移動時間や待ち時間、予約の手間、身体的な負担も記録しておくとよい。特に、帰宅時の交通手段が確保できるかどうかは重要である。行きの便には乗れても、診察が長引いて帰りの便に間に合わなければ、予定外のタクシー代が必要になる場合もある。

 もちろん、現在の身体能力で一度試した結果が、10年後の暮らしを正確に予測するわけではない。それでも、車を使わず生活してみることは、運行時刻や料金表を読むだけでは分からない問題を発見する手がかりになる。自分の生活に必要な移動を具体的に把握できれば、返納後の交通費も、抽象的な不安ではなく、条件を置いて計算できる家計項目へ変わっていく。

免許返納とは、10年間の交通手段を組み替えることである

 自家用車を所有している間、人は移動の自由をそれほど意識しない。朝になって病院へ行こうと思えば出掛けられ、午後に買い忘れに気づけばもう一度スーパーへ行くこともできる。雨が降っていても、荷物が重くても、時間さえあれば自分の判断で移動できる。しかし、免許を返納すると、その自由を路線バス、乗合交通、普通タクシー、家族による送迎など、複数の手段を組み合わせて確保しなければならなくなる。

 今回のモデルでは、75歳で免許を返納し、月8往復の外出を10年間続ける場合、乗合交通をかなり利用できれば交通費は100万円台に収まり、普通タクシーへの依存度が高ければ400万円を超える結果となった。さらに、運賃が毎年2%上昇する場合や迎車料金が必要になる場合、生活施設までの距離が長い場合には、負担が一段と大きくなる可能性がある。

 一方、路線バスや乗合交通を利用しやすい住宅に住み、複数の用事を一度の外出で済ませたり、宅配などを活用したりすれば、必要な交通費を抑えられる場合もある。ただし、交通費を減らすために必要な外出を諦めてしまえば、家計上の支出は少なくなっても、生活の自由や人とのつながりが損なわれる可能性がある。

 したがって、免許返納後の移動費には、全国共通の一つの正解はない。いすみ市と勝浦市という自治体の違いだけでなく、同じ市内でも、自宅の位置、利用できる交通網、生活施設までの距離、健康状態、家族構成、自治体助成の利用条件によって、必要な金額は変わる。

 重要なのは、75歳で免許を返納する日になってから交通費を調べ始めることではなく、自分で運転できるうちに、将来の交通手段を具体的に調べておくことである。自宅から車なしでどこまで行けるのか、月に何回移動する必要があるのか、そのために10年間でいくら必要になるのか。そして、その交通サービスが将来も利用できる可能性はどの程度あるのか。こうした条件を一つずつ確認することで、免許返納後の暮らしをより現実的に考えられるようになる。

 地方で老後を暮らすということは、単に住宅を所有し、生活費を準備することではない。年齢を重ね、自分で運転できなくなったとしても、その家から病院へ行き、買い物をし、人と会い、地域の中で生活を続けられるかどうかまで考えることなのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 1989年7月23日の夜、日本の政治で、それまで容易には動かないと思われていたものが大きく揺れた。第15回参議院議員通常選挙で、日本社会党は改選議席のうち46議席を獲得し、自由民主党の36議席を上回った。自民党は非改選議席を含む参議院全体でも単独過半数を失い、1955年の結党以来、日本政治の中心にあり続けてきた自民党優位の政治構造に、明らかな亀裂が走ったのである。

 もっとも、この選挙で社会党が参議院全体の第一党になったわけではない。参議院は議員の任期が6年で、3年ごとに半数を改選する仕組みであり、選挙後も自民党は非改選議員を含めれば最大勢力だった。それでも、参議院における与野党の勢力関係が変わったことは、その後の国会運営に大きな影響を与える出来事だった。

 その中心にいたのが、日本社会党委員長の土井たか子である。選挙後の土井を象徴する言葉は、やがて「山が動いた」という短い表現に凝縮され、人々の記憶に残ることになった。政治家の言葉の多くは、選挙が終われば時代の記憶から薄れていく。しかし、この言葉は1989年という年を説明する象徴として、その後も語り継がれた。そこには社会党が一度の選挙に勝ったというだけでは説明できないものがあり、昭和が終わり平成が始まったばかりの日本で、それまで政治の中心から遠いと感じていた人々が、自分たちにも政治を変えられるのではないかと期待するような時代の空気があった。

 ただし、そうした期待が社会全体にどこまで広がっていたのか、また土井個人の人気がどれほど票を動かしたのかは、選挙結果だけから正確に測定できるものではない。それでも土井たか子という政治家が、この時期の政治的な期待や不満を象徴する存在になったことは、当時の選挙結果と報道の双方から読み取ることができる。

政治家になる予定ではなかった憲法学者

 土井たか子は、最初から職業政治家として人生を設計していた人物ではなかった。1928年に神戸で生まれ、同志社大学で法律を学び、大学院を経て憲法学の教育に携わった。1969年の衆議院議員総選挙で日本社会党から立候補して初当選するまで、彼女の主な活動の場は永田町ではなく、法律を研究し、学生に教える教室だった。政治家になる前には神戸市の人事委員も務め、行政の公平性や女性の就業機会といった問題にも関わった。つまり、土井が政治家として掲げるようになる憲法、平等、女性の権利、生活者の立場といった問題意識は、選挙で人気を得るために突然つくられたものではなく、政治家になる以前の研究や社会的な活動ともつながっていたのである。

 土井の政治思想の中心には、日本国憲法を重視し、その理念を現実の政治や社会制度に反映させようとする姿勢があった。安全保障政策や原子力政策を含め、彼女の立場には当然ながら賛否があるが、少なくとも時代の風向きに合わせて政治的立場を頻繁に変えることを得意とする政治家ではなかった。原則を重視する姿勢は支持者には信頼として映り、反対する人々には現実への対応力を欠く硬直性として映った。こうした特徴は、後に土井が社会党を率いることになったとき、その強さであると同時に限界にもつながっていく。憲法や政治理念を一貫して主張することと、多様な利害を調整しながら政権を運営することは、必ずしも同じ能力ではないからである。

 ところが、憲法学者出身の土井は、難しい法律用語や長い政策説明よりも、短く分かりやすい言葉で国民の関心を集める政治家として知られるようになった。「やるっきゃない」「ダメなものはダメ」という言葉は、どちらも政策の詳細を説明するものではなく、それだけでは現実の政策をどう実現するのか分からない。しかし、何を重視し、何に反対し、どこに譲れない一線を引いているのかを、有権者へ直感的に伝える力があった。

 もっとも、本人はこうした言葉が独り歩きすることを必ずしも歓迎していなかった。後年、土井を取材した記者の回想によれば、本人が望んでいた政治家としての評価と、報道がつくり上げる分かりやすい人物像との間には、一定の距離があったという。憲法を教えていた大学講師が、法律の専門知識だけでなく、誰にでも覚えられる短い日本語によって国民的人気を得たことは、土井の政治人生における興味深い特徴だった。

敗北した社会党が選んだ女性党首

 1986年、土井は日本社会党の委員長に就任した。この人事は、勢いに乗る政党が新しい時代を先取りして女性党首を選んだという、華やかな成功物語ではなかった。むしろ社会党が同年の衆参同日選挙で大敗し、戦後長く自民党と対峙してきた最大野党としての存在感を失いつつあるなかで、党の再建を託されたという性格が強かった。

 社会党は労働組合を中心とした組織的な支持基盤を持ち、戦後日本の労働運動や平和運動と深い関係を築いてきた。しかし、高度経済成長とその後の産業構造の変化によって、就業形態、生活水準、地域社会の構造、有権者の関心は大きく変わっていた。従来の階級対立や保守対革新という枠組みだけでは説明できない生活上の問題が増えるなかで、社会党が新しい有権者へ十分に支持を広げられていたとはいえなかった。

 その危機のなかで委員長になった土井は、国政で大きな役割を担う主要政党として、日本政治史上初の女性党首となった。後に女性初の衆議院議長にも就任する土井だったが、最初の歴史的な役割は、安定した組織の頂点というよりも、立て直しを迫られた政党の指導者として始まったのである。この経緯には、組織が行き詰まったとき、従来とは異なる属性や経歴を持つ指導者が選ばれるという構図を見いだすこともできる。ただし、女性であることが委員長選出の決定的な理由だったと断定するには、党内の人事過程や候補者間の比較を詳しく検証する必要がある。土井は長年の国会活動を通じて政治経験を積み、憲法問題や女性の権利について一定の実績を持っていたのであり、単に女性という目新しさだけで選ばれたと考えるのは適切ではない。

 委員長就任後、土井は社会党の看板を変えるだけでなく、政治的な課題の示し方にも変化をもたらした。その象徴的な発言として知られるのが、衆議院本会議での代表質問における「女は三つの老後を生きなければなりません」という言葉である。これは、親の老後を支え、夫の老後を支えた後に、自分自身の老後を迎えるという、当時の女性が置かれていた生活上の負担を表現したものだった。2000年に介護保険制度が始まる以前、家族による介護、とりわけ女性に偏りがちだった介護負担は、社会保障制度の問題であると同時に、家庭内部の責任として扱われやすかった。

 土井は、その問題を単なる個別家庭の事情としてではなく、社会保障、男女平等、労働、家族政策に関わる政治課題として国会で取り上げたのである。女性だから女性の問題を扱ったという説明だけでは不十分であり、それまで私的な領域に置かれがちだった問題を、公的な政策の対象として明確に位置づけたことに意味があった。

1989年、政治への不満が重なった

 1989年の社会党躍進を理解するには、土井個人の人気だけでなく、当時の自民党政権が置かれていた政治状況を見る必要がある。自民党は前年から続くリクルート事件によって政界と企業の癒着を厳しく批判され、竹下登首相は1989年に退陣した。同年4月には税率3%の消費税が導入され、家計への負担や税制の公平性をめぐる不満が広がっていた。さらに、竹下の後を継いだ宇野宗佑首相には女性問題が報じられ、政権の信頼を回復するどころか、政治家の倫理に対する不信を強める結果となった。政治と金、税負担、政治家の資質という性質の異なる問題が同時期に重なり、有権者の不満が特定の政策分野だけにとどまらなくなっていたのである。

 ただし、1989年の自民党敗北を説明するうえでは、もう一つ重要な問題を忘れてはならない。それが農産物の輸入自由化をめぐる農政問題である。当時の自民党に対する逆風は、リクルート事件、消費税、農産物輸入自由化という三つの問題を中心に語られることも多く、農業政策に対する不満は地方の生産者や農村部の有権者の政治的判断に関係していた。

 農業は自民党が長年にわたって支持を得てきた重要な分野であり、輸入自由化によって国内農業の経営や将来がどうなるのかという懸念は、都市部の消費者とは異なる利害を持つ有権者にも影響する問題だった。社会党の躍進を都市部の政治不信や女性有権者の期待だけで説明すると、こうした地方の政治的変化を十分に捉えられなくなる。

 そのため、1989年の選挙結果は、政治腐敗への怒り、消費税への反発、農政への不満、長期政権への倦怠感、社会党への期待、土井個人の人気などが重なって生まれたものと考えるのが妥当である。それぞれの要因が何議席分の効果を持っていたのかを正確に区別することは難しいが、土井がこうした複合的な不満を受け止める象徴的な存在になっていたことは確かだろう。

数字が示す社会党躍進の実態

 1989年の参議院選挙で、日本社会党は46議席を獲得し、自民党の36議席を上回った。ただし、これは改選された126議席の獲得数であり、非改選議員を含む参議院全体では自民党が引き続き最大勢力だった。重要なのは、単に社会党が自民党を上回ったという順位だけではなく、自民党が参議院の単独過半数を失い、野党の協力なしには国会運営が難しくなる場面が増えたことである。

 この選挙では、女性候補の躍進も大きな話題となった。女性当選者は22人で、1986年の10人から12人増加し、人数では2.2倍となった。改選議席に占める女性当選者の割合は、1986年の約7.94%から1989年には約17.46%へ上昇し、9.52ポイント増加した。もっとも、17.46%という数字は、あくまでこの選挙で改選された議席に占める女性当選者の割合である。非改選議員を含む参議院全体の女性議員割合は、1989年の選挙後でも約13.1%にとどまっており、女性の進出が大きく進んだとはいえ、議員構成全体では依然として男性が圧倒的多数を占めていた。

 また、1989年の投票率は65.02%で、1986年の71.36%を下回った。ただし、1986年は衆参同日選挙であり、投票率を単純に比較するだけで有権者の政治的関心が高まった、あるいは低下したと結論づけることはできない。1989年に起きた変化は、投票に行く人が一律に増えたというより、投票先の選択や政党間の支持配分が大きく変わった現象として理解する必要がある。

 政治学の選挙研究でも、1989年の社会党への得票増加は特定の大都市だけに限られず、全国の多くの市町村に広がっていたことが示されている。一方、社会党の得票増がそのまま長期的で安定した社会党支持層の拡大を意味するわけではなかった。自民党への不満から一時的に社会党へ投票した有権者と、社会党の基本政策を積極的に支持していた有権者とを区別する必要があるからである。つまり、この選挙では社会党の組織的な支持基盤だけでは説明できない幅広い投票行動の変化が起きたものの、その支持を持続的な政権基盤に転換できるかどうかは、また別の問題だったのである。

「マドンナ旋風」が映した日本社会

 1989年の参議院選挙は、後に「マドンナ旋風」と呼ばれるようになった。社会党が女性候補を積極的に擁立し、多くの女性が当選したことは、男性中心だった日本の国政において大きな変化として受け止められた。しかし、この呼び名そのものにも、当時の社会の価値観が表れている。女性候補の躍進を歓迎する一方で、政策や政治思想を持った個々の政治家としてではなく、女性という共通の属性によって一つの特別な集団として扱う視線があったからこそ、この言葉は成立した。

 男性候補が多数当選しても、その現象を男性であること自体に注目して呼ぶことは通常ない。女性が政治家として選ばれることが特別な出来事とみなされた背景には、それまで女性が国政の中心的な地位に進出する機会が限られていた現実があった。土井たか子は、女性政治家の進出を象徴した人物であると同時に、女性政治家がまだ珍しい存在として扱われていた日本社会の姿を映し出す人物でもあった。

 土井が注目された理由を女性だったからという一点に還元することはできないが、女性党首であることが報道上の注目や政治的な象徴性を高めた可能性も否定できない。重要なのは、女性という属性が注目を集めたことと、政治家として支持を集める能力を持っていたことを区別して考えることである。珍しさだけでは一時的な関心を集めることはできても、複数回の選挙を通じて政治的な影響力を維持することは難しい。土井が1980年代後半の日本政治で特別な存在になった背景には、その属性だけでは説明しきれない政治経験、発信力、政策姿勢があった。

なぜ土井たか子は国民的スターになれたのか

 土井人気が広がった1980年代後半は、テレビと新聞が政治情報を全国へ届ける中心的な役割を担っていた時代だった。現在のようにインターネット上で政治家が自分の考えを直接発信し、有権者が多様な媒体から情報を得る環境はまだ存在していなかった。多くの人が同じニュース番組を見て、同じ政治家の発言を知り、それを職場や家庭で話題にすることができたのである。

 この情報環境では、短い映像や発言から人物像が伝わる政治家が注目されやすかった。土井にはよく通る声があり、言葉には歯切れのよさがあり、男性政治家が大多数を占める国会の映像のなかで際立つ存在感があった。一般のクイズ番組などにも出演し、政治ニュースを日常的に見ない人々にも顔を知られるようになった。しかし、テレビに出演して知名度を高めたことだけでは、土井の人気を説明することはできない。知名度と政治的支持は同じものではなく、テレビで頻繁に見かける政治家が必ずしも選挙で支持されるとは限らないからである。土井の場合、メディアでの露出と政治的な発信内容が結びつき、自民党政治への不満や社会党への期待を表現する人物として受け止められた点が重要だった。

 もう一つ注目すべきなのは、土井が政治経験の豊富な人物でありながら、既存の権力政治から一定の距離を置く政治家として見られたことである。1989年の時点で初当選から約20年が経過しており、土井は決して政治経験の浅い新人ではなかった。それにもかかわらず、永田町の内部で生きる政治家というより、永田町へ普通の人々の感覚を持ち込む人物として受け取られる面があった。

 もちろん、政治家が実際に権力構造の外側にいることと、有権者から外側の人物に見えることは異なる。土井は最大野党の党首であり、国会政治の中心にいた。それでも、政治家としての長い経験が既存政治への同化としてではなく、既存政治を批判する能力として評価されたところに、土井の特徴があったと考えられる。人々は彼女を親しみを込めて「おたかさん」と呼んだ。最大野党の党首でありながら、遠い権力者としてだけではなく、身近な人物として受け止められていたことが、この呼び名からもうかがえる。

 ただし、土井個人への好感、社会党の政策への賛同、自民党への抗議という三つの要因が、実際の投票行動のなかでどのような割合を占めていたのかは明確ではない。土井人気の大きさを考える際には、こうした要因を一体のものとして扱わず、区別して評価する必要がある。

「山の動く日」は女性たちの目覚めを歌った言葉だった

 土井たか子が残した「山が動いた」という言葉には、選挙の勝利だけでは説明できない文学的な背景がある。土井が若いころから愛唱していたとされるのが、与謝野晶子が1911年9月1日発行の『青鞜』創刊号に寄せた「そぞろごと」である。この作品の冒頭は「山の動く日来る」で始まり、長く眠っていた女性たちが目覚め、動き始める姿を山に重ねて表現している。

 現在、この冒頭の詩は「山の動く日」という題で広く知られているが、初出時には「そぞろごと」という作品の一部として掲載されたもので、後年になって各詩に個別の題が付された。この区別は文学史的に重要であり、土井の言葉を理解するためにも、与謝野晶子の作品が持つ本来の意味を押さえておく必要がある。土井が社会党委員長だったころ、東京・三宅坂の社会党本部にあった委員長室には、「山の動く日」と書かれた額が掲げられていたという。この事実からも、土井が1989年の選挙結果に合わせて突然この言葉を思いついたのではなく、それ以前から大切にしていた表現だったことが分かる。

 したがって、土井にとっての「山」は、もともと自民党そのものを意味していたわけではなかったと考えられる。与謝野晶子の詩では、女性が長く置かれてきた社会的な立場や、その変化への期待が中心的な意味を持っていた。土井がこの詩に親しんでいた背景にも、女性の権利や社会参加に対する問題意識があったと解釈することができる。

 ところが1989年の参議院選挙で社会党が大勝したことによって、この言葉には新たな政治的意味が重なった。長い間眠っていた女性たちが動くという与謝野晶子の山と、容易には変わらないと考えられていた自民党優位の政治構造が動くという山が、一つの象徴として結びついたのである。ここには、文学的な言葉が政治的な状況のなかで意味を広げていく興味深い過程がある。土井自身がそのすべての意味を意図していたかどうかは分からないが、報道と有権者によって「山が動いた」という表現は選挙の勝利を超えた時代の象徴になった。

女性が参議院で首相に指名された日

 参議院選挙から半月ほど後、その政治的な変化を象徴する出来事が起きた。1989年8月9日の内閣総理大臣指名選挙で、参議院は土井たか子を内閣総理大臣に指名したのである。一方、衆議院では自民党の海部俊樹が指名され、衆参両院の議決が異なることになった。日本国憲法第67条第2項では、両院で異なる指名が行われ、両院協議会でも一致しない場合、一定の手続きを経て衆議院の議決が国会の議決となる仕組みが定められている。このため、最終的には海部俊樹の指名が国会の議決となり、土井たか子内閣が成立したわけではなかった。

 制度上の意味を正確に考えれば、参議院による指名と、国会としての指名の確定、そして実際の首相就任は区別しなければならない。それでも、一方の議院が女性政治家を内閣総理大臣として正式に指名したことには、当時の日本政治において大きな歴史的意味があった。女性が主要政党の党首になること自体が異例だった時代に、参議院がその女性を首相候補として正式に選んだのである。これは女性首相の誕生そのものではなかったが、女性が国の行政権の最高責任者となる可能性を、国会の正式な手続きのなかで具体的に示した出来事だった。

 しかも、社会党はわずか3年前には深刻な選挙敗北を経験していた。その政党の委員長が参議院で首相指名を受けるまでになったことを考えると、1989年の政治的変化が当時の人々に強い印象を与えた理由も理解できる。

それでも山は動き続けなかった

 1989年の参議院選挙での躍進は、その後の衆議院選挙にもつながった。1990年2月の衆議院議員総選挙で、社会党は136議席を獲得し、議席を大幅に増やした。しかし自民党も275議席を獲得して単独過半数を維持し、社会党は政権交代を実現することができなかった。この結果は、土井人気の影響力と、その限界を同時に示していた。参議院では自民党の単独過半数を崩すことができても、政権選択に直結する衆議院では自民党がなお強い支持基盤を持っていたのである。当時の衆議院では中選挙区制が採用されており、政党の支持率が変化しても、候補者の擁立状況や地域ごとの得票配分によって議席への転換のされ方は異なった。

 さらに、1989年に社会党へ向かった票が、一枚岩の社会党支持だったとは考えにくい。政治腐敗への怒りから自民党に反対した人、消費税や農政への不満を持った人、社会党の政策を支持した人、女性政治家の活躍に期待した人、土井本人を好意的に評価した人など、異なる動機を持つ有権者が同じ政党へ投票していた可能性がある。こうした支持は、選挙の時点では大きな政治的な力になる一方、政権を継続的に支える基盤としては不安定になりやすい。特定の政権に対する不満によって集まった票は、不満の対象が変化したり、別の政治的な選択肢が登場したりすると、再び分散する可能性があるからである。

 1991年の統一地方選挙で社会党は敗北し、土井は委員長を辞任した。1986年に低迷していた社会党を率い、1989年の参議院選挙で大勝し、1990年の衆議院選挙でも議席を増やした人物が、わずか数年で党首の座を去ることになったのである。この経過を土井個人の人気の衰えだけで説明することはできない。社会党の組織や政策が、1989年に一時的に集まった多様な支持を、どこまで継続的な支持基盤へ変えることができたのかという問題があった。

冷戦の終結と社会党が抱えていた構造的な問題

 土井人気が高まっていた時期、世界の政治構造も急速に変わっていた。1989年にはベルリンの壁が崩壊し、東欧諸国の社会主義体制が次々と転換した。1991年にはソビエト連邦が解体し、第二次世界大戦後の国際政治を特徴づけてきた東西冷戦の構造が大きく変わった。

 日本社会党がソ連型の政治体制をそのまま目指していたわけではないが、戦後の保守対革新という対立構造は、冷戦期の国際環境とも深く関係していた。社会党は日本国憲法第9条を重視し、自衛隊や日米安全保障条約について自民党とは異なる立場を取ってきたが、冷戦の終結によって安全保障をめぐる国際環境は大きく変化し、従来の政策をどのように再構成するかという課題に直面した。

 社会党が政権を目指すうえでは、単に自民党の政策に反対するだけでは足りなかった。国の安全保障をどう担うのか、財政と社会保障の負担をどう配分するのか、外交政策をどう運営するのか、経済成長と分配をどう両立させるのかという問題について、現実の政府を運営できる政策体系を示す必要があった。また、社会党の内部には、安全保障政策や社会主義のあり方、労働組合との関係などをめぐる路線の違いが存在していた。支持基盤だった労働運動も一枚岩ではなく、産業構造や雇用形態の変化によって、従来の組織的な支持を維持することが容易ではなくなっていた。

 こうした問題の多くは、土井が委員長になる以前から社会党が抱えていたものである。土井は党の知名度や選挙での支持を高めることには成功したが、党の政策的・組織的な問題を短期間ですべて解決することはできなかった。むしろ重要なのは、土井の政治的な発信力によって、社会党が一時的に衰退傾向から抜け出し、政権をうかがう位置まで回復した一方、その勢いを恒常的な支持へ転換するための制度的・政策的な改革が十分には進まなかったことである。

土井たか子の長所は、そのまま弱点でもあったのか

 土井たか子は、派閥間の調整や密室での駆け引きを得意とする権力政治の職人という印象を与える人物ではなかった。原則を重視し、生活者の立場から政治を批判し、曖昧な言葉で争点をぼかさない姿勢は、当時の有権者に強い印象を与えた。しかし、野党の指導者として支持を集める能力と、政権を運営するための能力は完全には一致しない。政府を担う立場になれば、異なる政策を支持する人々と合意を形成し、財源や行政上の制約のなかで政策に優先順位を付け、時には支持者が望まない妥協を行う必要がある。

 「ダメなものはダメ」という表現は、反対する理由や政治的な原則を端的に示す言葉として効果的だった。一方、政権を担う場合には、何に反対するかだけでなく、その代わりに何を実現するのか、そのために必要な費用や制度変更をどう負担するのかまで説明しなければならない。ただし、短い言葉を用いたこと自体が、土井に政策立案能力や調整能力がなかったことを証明するわけではない。国会での質疑や政治活動を総合的に検証しなければ、政治家としての能力を適切に評価することはできないからである。

 また、土井は憲法や社会保障だけでなく、外交や国際問題にも積極的に関わっていた。1990年から1991年にかけての湾岸危機ではイラクを訪問し、サダム・フセイン大統領との会談を通じて戦争回避を働きかけた。この活動によって戦争を阻止することはできなかったものの、土井の政治活動が国内の女性問題や社会保障に限定されていなかったことを示している。したがって、土井の政治的な限界を単純に「原則にこだわったから政権を取れなかった」と説明するのは適切ではない。政権交代を実現できなかった背景には、社会党の政策と組織、選挙制度、他党との協力関係、当時の国際環境など、複数の要因が存在していたのである。

女性初の衆議院議長へ

 土井の政治人生は、1991年の社会党委員長辞任で終わったわけではなかった。1993年の衆議院議員総選挙で自民党が単独過半数を失い、細川護煕を首相とする非自民連立政権が成立すると、その新しい国会で土井たか子は第68代衆議院議長に選ばれた。女性として初めての衆議院議長であり、在任期間は1993年8月6日から1996年9月27日までだった。かつて最大野党の委員長として自民党と激しく対立した政治家が、今度は衆議院全体を代表し、議事を公平に運営することを求められる立場になったのである。

 衆議院議長は、与党や野党のいずれか一方を代表して政策を主張する役職ではない。議院の秩序を維持し、議事を進行させ、少数派の権利にも配慮しながら国会の機能を支える役割を担う。その意味で、社会党委員長時代とは異なる政治的な能力を求められる地位だった。

 土井は議長時代、それまで議員を呼ぶ際に慣例として用いられていた「君」ではなく、「さん」という呼称を使用したことでも知られる。この変更は法律の改正を伴うものではなかったが、男性議員が大多数を占めていた時代に形成された議会の慣習を問い直す行動として注目された。呼称を変えただけで男女平等が実現するわけではなく、議員構成や政策決定過程における男女の格差が解消されるわけでもない。それでも、制度の中で当然のように続けられてきた慣習を見直すことには、その制度がどのような歴史的な前提の上につくられてきたのかを考え直す意味がある。

 土井の政治には、大きな理念を掲げるだけでなく、政治や行政のなかにある身近な不合理を問題にする側面があった。衆議院議長としてのこうした行動も、女性の権利や平等を政治の問題として扱ってきた彼女の姿勢とつながっていたと考えられる。

社会党は政権を担った~1994年の村山政権という転換点

 土井人気の限界と社会党の衰退を考えるうえで、見落としてはならない重要な事実がある。それは、社会党がその後、実際に政権に参加し、1994年には自党の委員長を首相として送り出したことである。1993年に細川護煕を首相とする非自民連立政権が成立した際、社会党も連立政権に参加した。しかし、連立政権内部には政策や政権運営をめぐる対立があり、細川内閣の退陣後も政治的な再編が続いた。

 そして1994年6月30日、日本社会党委員長の村山富市が内閣総理大臣に就任した。自民党、日本社会党、新党さきがけによる連立政権が成立し、かつて戦後政治の主要な対立勢力だった自民党と社会党が、同じ政権を支えるという異例の政治状況が生まれたのである。

 この事実は、土井時代の社会党を評価するうえでも重要である。社会党は1989年の躍進後、一度も政権を担うことができなかったわけではない。実際には1993年に非自民連立政権に参加し、翌1994年には社会党委員長を首相とする連立政権が成立した。しかし、そのことが社会党の持続的な党勢拡大や、独自の政策に基づく安定した政権運営につながったわけではなかった。

 村山政権では、安全保障政策をめぐる重要な転換も起きた。従来、社会党は自衛隊の違憲性を主張し、日米安全保障条約にも批判的な立場を取ってきたが、村山首相は自衛隊を合憲とする立場を示し、日米安全保障条約を堅持する方針を表明した。その後、党としても従来の政策を見直すことになった。この変化には、冷戦終結後の国際情勢への対応と、現実の政府を運営する責任という二つの側面があった。安全保障をめぐる社会党の従来の考え方を修正することは、連立政権の運営にとって重要な意味を持っていた一方、長年その立場を支持してきた人々にとっては、党の基本理念が変わったように映った可能性がある。

 もちろん、安全保障政策を現実に合わせて変更したこと自体が間違いだったと断定することはできない。国家の安全保障を担う政府には、それまで野党として主張していた政策を現実の行政制度や国際関係に照らして再検討する必要がある。問題は、その変更をどのような原則に基づいて説明し、従来の支持者と新たな支持者の双方に納得できる政策体系として示せたかどうかだった。

 社会党が政権参加後も長期的に支持を維持できなかった背景には、政策転換に伴う支持者の離反、党内対立、政党再編、労働組合との関係の変化など、さまざまな要因があったと考えられる。したがって、1989年の土井人気から1994年の村山政権を経て、その後の党勢縮小へと至る過程は、単なる人気政治家の成功と失敗ではなく、戦後日本の革新政党が政権担当能力と基本理念をどのように両立させようとしたのかという問題として見る必要がある。

土井たか子の再登板と社会党の終わり

 1996年、日本社会党は社会民主党へと改称した。同年9月、土井たか子は社会民主党の党首に就任し、再び党の指導者として活動することになった。しかし、このときの政治環境は1986年とは大きく異なっていた。冷戦は終結し、1993年には自民党の一党優位体制がいったん崩れ、1994年には自民党と社会党の連立政権が成立した。1990年代には選挙制度改革と政党再編が進み、それまでの社会党支持者にも新たな投票先の選択肢が生まれていた。

 社会民主党は、かつての日本社会党と同じ規模や組織的な影響力を維持することが難しくなっていた。土井は1996年から2003年まで党首を務めたが、1989年のような大規模な選挙での躍進を再現することはできなかった。もっとも、この結果を土井個人の指導力だけに帰することはできない。政党の支持基盤が縮小する過程では、社会構造の変化、他党への支持移動、政策上の対立、組織の再編などが同時に進むため、一人の党首が交代するだけで状況を逆転させられるとは限らない。

 2005年の衆議院議員総選挙で土井は落選し、1969年の初当選から続いた国会議員としての活動に終止符を打った。2014年9月20日、85歳で亡くなった。1989年の絶大な人気だけを見ると、土井は社会党を復活させた英雄のようにも見える。しかし、1990年代後半以降の政治活動まで含めて考えると、彼女は社会党と社会民主党が直面した構造的な変化を最後まで引き受けた政治家でもあった。

 それゆえ、土井たか子を「社会党を救えなかった政治家」と評価することも、「社会党を復活させた政治家」と評価することも、それだけでは不十分である。社会党がなお広い有権者の支持を集められる可能性を示した一方、その支持を持続的な政治的基盤に転換することの難しさを、長い政治人生のなかで体現した人物だったと考える方が、歴史的な実態に近いだろう。

女性政治家が珍しかった時代のスターだったのか

 土井たか子が国民的人気を得た理由を、「女性だったから」という説明だけに求めることはできない。女性党首としての新鮮さや、男性政治家が大多数を占める政治の世界で目立つ存在だったことは確かだが、それだけでは長期間にわたる政治的な影響力を説明できない。土井は大学で憲法を教え、国会で長年活動し、女性の権利、労働、社会保障、外交、安全保障などの問題に取り組んできた。そうした経験を持ちながら、専門的な政策を短い言葉で表現し、既存政治への批判を有権者に伝えることができた点に特徴があった。

 また、土井が注目されることによって、それまで当たり前だと思われていた政治の姿が、改めて問い直されるようになった側面もある。男性が多数を占める国会、派閥を中心とする自民党政治、労働組合などの組織に依存する社会党、女性が家庭内で担っていた介護や家事の負担を十分に政治課題として扱ってこなかった社会など、従来の政治と社会の構造が、土井という人物との対比によって見えやすくなったのである。

 ただし、こうした社会の変化が土井によって初めて生み出されたわけではない。女性の社会進出や男女平等を求める運動は、それ以前から多くの人々によって進められていた。土井はその長い歴史の上に登場した政治家であり、それまでの社会運動や女性政治家の活動を一人で代表する存在だったと考えるべきではない。それでも、社会の変化が進んでいるにもかかわらず、制度や政治文化が十分に対応していないとき、そのずれを象徴する人物が大きな注目を集めることがある。1989年の土井たか子は、まさにそうした位置にいた政治家の一人だったのではないだろうか。

「山が動いた」から36年後、日本に女性首相が誕生した

 1989年から36年後の2025年10月21日、高市早苗が衆参両院の内閣総理大臣指名選挙で指名され、第104代内閣総理大臣に就任した。日本で初めて女性が実際に内閣総理大臣となった歴史的な日だった。もちろん、土井たか子と高市早苗の政治思想は大きく異なる。土井は護憲を中心に据え、戦後の革新政治を代表する立場にいた。一方、高市は自民党の政治家として保守的な政策を掲げてきた人物であり、女性という共通点だけで両者の政治思想や政策を連続したものとして扱うことは適切ではない。

 しかし、政治制度における女性の地位という観点から見ると、二人の間には一つの歴史的なつながりがある。1989年、参議院は土井たか子を首相に指名したが、国会としての指名には至らなかった。それから36年を経て、2025年には女性政治家が衆参両院の指名を受け、実際に内閣総理大臣に就任したのである。

 女性が国政に参加できるようになってからの歴史を振り返ると、この変化には長い時間が必要だったことが分かる。日本で女性の国政参政権が制度上認められたのは、1945年12月17日の衆議院議員選挙法改正によるものであり、翌1946年4月10日の第22回衆議院議員総選挙で、女性は初めて選挙権と被選挙権を実際に行使した。この選挙では39人の女性衆議院議員が誕生している。したがって、女性の国政参政権が制度上認められてから80年に当たるのは2025年であり、女性が実際の国政選挙で投票し、立候補してから80年に当たるのは2026年である。

 1946年に初めて女性が国政選挙に参加し、1986年に土井が主要政党の女性党首となり、1989年に参議院で首相指名を受け、1993年に女性初の衆議院議長となった。そして2025年、日本で初めて女性が内閣総理大臣に就任した。こうして並べると、制度上の参政権が認められることと、実際に政治の最高責任者となる機会が開かれることとの間には、大きな時間的な隔たりがあったことが分かる。

 もっとも、女性首相が誕生したことだけで、政治分野における男女平等が完成したわけではない。政治家の候補者選定、議会の女性割合、政府の政策決定過程、家庭や職場での男女の役割分担など、検討すべき問題は残っている。また、女性政治家であっても政策や思想はさまざまであり、女性であるという理由だけで特定の政策を代表するわけではない。その意味で、土井と高市を結ぶ歴史は、同じ政治思想の継承ではなく、女性が政治の中心的な地位へ進出する可能性が段階的に広がってきた歴史として理解する方が適切である。

土井たか子は何を変え、何を変えられなかったのか

 土井たか子の政治人生を評価するとき、1989年の選挙結果だけを取り上げると、その人物像は単純になりすぎる。確かに土井は社会党を選挙で躍進させ、参議院の首相指名選挙で指名を受け、女性初の衆議院議長にも就任した。しかし、社会党はその後、独自の安定した政権基盤を築くことができず、政党再編のなかで勢力を縮小させていった。

 土井が変えたものの一つは、女性が政党の最高指導者となり、国政の主要な議論を担うことについての社会的な認識だったと考えられる。女性政治家は女性問題だけを扱うものではなく、外交、安全保障、税制、社会保障、憲法を含む国政全般について判断し、政党を率いることができる。そのことを国民に強く印象づけた人物だった。

 一方、土井の人気が社会党の構造的な問題を解決したわけではなかった。組織的な支持基盤の変化、安全保障政策の再構築、冷戦後の政治環境への対応、他党との連立のあり方など、土井個人の人気だけでは克服できない課題が残った。1994年の村山政権は、社会党が現実の政権運営に参加し、自党の委員長を首相として送り出すところまで到達したことを示した。しかし同時に、長年掲げてきた政策と政権運営の現実を調整することの難しさも明らかにした。社会党のその後の衰退を理解するためには、この成功と困難の両方を見る必要がある。

 土井は社会党を救えなかった人物だったのか、それとも衰退していた社会党を一時的に復活させた人物だったのか。この問いに単純な答えはない。政治家個人の能力と政党の組織的な条件を区別し、選挙での成功と長期的な政権運営を別の問題として評価するならば、土井の功績と限界は矛盾するものではなく、同じ政治過程の異なる側面だったと考えられる。

山とは何だったのか

 結局、1989年に動いた「山」とは何だったのだろうか。社会党の議席数だったのか、自民党の長期的な優位だったのか、女性の政治進出だったのか。それとも、普通の有権者が政治に対して抱いていた諦めや、変わらないものだと考えていた常識だったのだろうか。

 実際に確認できる事実としては、社会党が参議院の改選議席で自民党を上回り、自民党が参議院の単独過半数を失い、女性当選者が大幅に増えた。また、土井たか子は参議院で首相に指名され、その後、女性初の衆議院議長となった。これらは政治制度と選挙結果に記録された具体的な変化である。

 一方、国民の意識がどこまで変わったのか、その変化がどの程度持続したのかという問題は、より慎重に考える必要がある。1989年の社会党への投票増加は、直ちに有権者の価値観そのものが恒久的に変化したことを意味しないし、女性当選者の増加が、そのまま男女平等の達成を意味するわけでもない。それでも、政治の歴史には、制度や議席の変化が社会の可能性に対する見方を変える瞬間がある。それまで実現しないと思われていたことが一度現実になれば、たとえその変化が短期間で後退したとしても、以前と同じ意味で不可能だとは言い切れなくなる。

 1989年の参議院選挙は、自民党の長期的な政治的優位が絶対的なものではないことを示した。社会党がその勢いを長期間維持することはできなかったが、1993年には実際に自民党が政権から離れ、その翌年には社会党委員長が首相となった。これらの出来事は1989年の選挙だけで引き起こされたわけではないものの、戦後政治の構造が変化する過程に位置づけられる。

 女性の政治参加についても同様である。土井の登場によって女性が直ちに政治の中心を占めるようになったわけではなく、女性議員の増加も一定の時期には停滞した。それでも、女性が主要政党の党首となり、首相指名を受け、衆議院議長に就任するという前例が生まれたことは、それまでの政治の可能性を広げる意味を持っていた。

 土井たか子という政治家を振り返ることは、彼女の政策を無条件に肯定することでも、かつての社会党を美化することでもない。憲法や安全保障についての評価、政権担当能力についての評価、女性政治家として果たした役割についての評価は、それぞれ分けて考える必要がある。それでも、土井が1989年の日本政治を象徴する存在だったことには、重要な意味がある。彼女は政治経験の豊富な野党指導者でありながら、既存政治への不満を代弁する人物として支持を集め、女性が政治の中心に立つことの可能性を広く印象づけた。その一方で、個人への人気だけでは政党の長期的な課題を解決できないことも、その後の政治人生を通じて示すことになった。

 「山が動いた」という言葉が今も残っているのは、社会党の選挙での勝利だけでなく、それまで当然と思われていた政治の姿が変わり得ることを表現していたからではないだろうか。与謝野晶子が描いた山は、長く眠っていた女性たちの目覚めを象徴するものだった。土井たか子が1989年に語った山は、選挙によって揺らいだ戦後政治の構造と重なり、さらに有権者が政治の変化へ寄せる期待を表す言葉になった。

 山が動いたからといって、その後の道が必ず開けるわけではない。変化が後退することもあれば、新たな問題が生まれることもある。しかし、動かないと思われていたものが一度動いたという事実は、次の時代に別の可能性を示すことがある。1989年の夏、その歴史的な瞬間を象徴する場所に立っていたのが、土井たか子だったのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

※本記事は、2026年10月9日時点の住宅関連制度、建物の維持管理に関する資料、住宅リフォーム費用の調査結果などを踏まえて加筆・更新したものです。掲載する物件価格は過去の売出情報であり、現在の販売状況を示すものではありません。また、30年間の住宅費は複数の条件を設定した試算であり、実際の費用の平均値や予測結果を示すものではありません。

 不動産情報を眺めていると、ときどき時間が二十年ほど巻き戻ったような価格の住宅に出会うことがある。土地付き一戸建て、500万円。都市部で暮らしてきた人なら、最初は何かの間違いではないかと思うかもしれない。500万円なら自動車一台の価格と大きく変わらず、月6万円の家賃を30年間払い続ければ2160万円になるのだから、500万円で家を買えるなら購入した方が得ではないかと考えるのも自然である。

 しかも、500万円という住宅価格は、千葉県の外房地域では決して空想の数字ではない。2026年8月時点のいすみ市では、大原に498万円、岬町中原に500万円、岬町榎沢に450万円、高谷に520万円という中古戸建ての売出情報が確認されている。ただし、これらはいすみ市の中古戸建住宅全体の平均価格を示すものではない。実際には建物の規模や築年数、立地条件などが大きく異なり、岬町中原の物件は建物面積が約24平方メートルと小さい一方、高谷の物件は2009年築であり、必ずしも築年数の古さだけで低価格になっているわけではない。

 今回取り上げるのは、そうした外房などの人口減少地域で実際に見られる低価格帯の中古戸建住宅のうち、築35年程度の木造住宅を500万円で購入し、さらに30年間住み続けるというモデルケースである。個別の売出物件について、将来の修繕費を見積もったものではない。

 住宅を購入するとき、私たちは広告に書かれた500万円という数字を、その家の値段だと考えがちである。しかし、それは30年間にわたって発生する住宅費の入口に示された金額にすぎない。購入した後には修繕費、設備交換費、固定資産税、保険料などが続き、最後には売却できるのか、解体する必要があるのかという問題まで待っている。

 では、500万円で購入した中古住宅に30年間住むと、実際にはどれほどの費用を想定しなければならないのだろうか。

500万円の家を買った日から、もう一つの時計が動き始める

 スーパーで500円の商品を買えば、500円を支払ったところで取引はほぼ終わる。自動車も購入後に税金や保険、整備費はかかるが、最後には売却や廃車によって所有を終わらせることができる。ところが住宅は、購入してからも長期間にわたり支出が続き、建物を解体しても土地の所有や管理という問題が残ることがある。

 500万円の住宅を購入する際には、売買代金以外にも費用が発生する。不動産会社を通じて購入すれば仲介手数料がかかることがあり、所有権移転登記などに伴う登録免許税や司法書士への報酬、不動産取得税、契約に関する費用なども考えなければならない。古い住宅では購入後すぐに修繕が必要になることもあり、物件価格だけを用意しても、そのまま生活を始められるとは限らない。

 特に低価格の中古住宅では、購入価格が安いからといって諸費用まで同じ割合で安くなるわけではない。国土交通省は2024年7月から、売買価格800万円以下の「低廉な空家等」について、不動産業者が依頼者の一方から受領できる仲介手数料の上限を税込33万円とする特例を設けている。この特例は、実際に空き家として使用されていない期間の長さだけで適用が決まるものではなく、一定の条件を満たす低価格物件が対象となる。ただし、33万円はあくまで上限であり、必ずその金額が請求されるわけではない。適用に当たっては、仲介依頼時の説明や合意も重要になる。

 仮に500万円の住宅の仲介手数料が33万円になれば、それだけで購入価格の6.6%に相当する。一方、取得時の税負担には軽減制度も存在する。千葉県では2026年4月1日以降に取得する自己居住用の中古住宅について、床面積40平方メートル以上240平方メートル以下であることや、一定の耐震基準を満たすことなどの要件に該当すれば、不動産取得税の軽減を受けられる場合がある。したがって、築年数や建物の規模、耐震性能、取引方法によって取得時の費用は変化する。

 今回は、こうした仲介手数料、登記費用、税金、その他の手続き費用をまとめて70万円と仮定する。この70万円は、いすみ市の500万円程度の中古住宅について実測された平均額ではなく、計算を分かりやすくするための設定値である。実際には、取得税の軽減や仲介の有無などによって増減する。

 この仮定では、500万円の住宅を取得するための支出は570万円になる。まだ屋根も外壁も直しておらず、給湯器や浴室を交換していない段階で、すでに売出価格を70万円上回っている。しかし、住宅の長期費用を考えるうえで重要なのは、その後に何が起こるかである。

中古住宅を買うということは、家の「過去」も買うことである

 築35年の中古住宅を購入したとする。購入者にとっては、その日が住宅所有の1日目であるが、建物にとっては35年という時間がすでに経過している。新築住宅を購入して30年間住めば建物は築30年になるのに対し、築35年の中古住宅を購入して30年間住めば、最後には築65年になる。

 住宅の購入を検討するとき、この時間の違いは重要である。屋根、外壁、給排水管、浴室、給湯設備などにはそれぞれ使用年数があり、購入した日を境に部材の劣化が最初から始まるわけではない。前の所有者が屋根を交換していれば屋根の更新時期は新しくなるが、一度も交換していなければ、購入後まもなく大規模な工事が必要になる可能性もある。

 国土交通省関係の木造戸建住宅の維持保全計画の記入例では、基礎などを定期的に点検し、屋根について20年程度で全面的な葺き替えを検討する例や、外壁について15年程度で全面補修を検討する例などが示されている。ただし、これらは維持保全計画の参考例であって、すべての住宅が同じ年数で工事を必要とすることを意味しない。屋根材や外壁材の種類、施工品質、気候、過去の維持管理によって、実際の更新時期は異なる。

 さらに、住宅の老朽化は築年数だけでは決まらない。雨漏りの有無、床下の湿気、シロアリ被害、地盤条件、配管の材質、建築時の施工状態などが建物の耐久性を左右する。外房のような沿岸地域では、海からの距離や周辺環境によって塩害への注意も必要になるが、同じ市内の住宅であっても影響の程度は一様ではない。

 つまり、中古住宅の購入者は建物そのものだけでなく、それまでの維持管理の結果も引き受けることになる。住宅の状態が良好で、主要な部材が適切に交換されていれば、古い住宅でも長く住める可能性がある。一方、必要な補修が先送りされてきた住宅では、購入価格が安くても取得後の費用が大きくなることがある。

 この違いを考えるために、30年間の費用を3つのケースに分けて試算してみよう。

30年間の住宅費を考えるための前提

 今回の試算では、購入価格を500万円、取得時諸費用を70万円、購入時の築年数を35年、居住期間を30年とする。住宅は途中で売却せず、30年間継続して所有・居住するものとし、建物の状態によって修繕費が異なる3つのケースを設定する。

 ここで注意しなければならないのは、以下の金額が実際の住宅修繕費の統計から求めた平均値や予測区間ではないことである。修繕費、税金、保険料、予備費に異なる条件を与えたシナリオ分析であり、それぞれのケースが発生する確率は分かっていない。また、予備費については全額を使った場合の金額を合計しているため、使わずに残った場合は実際の支出がその分少なくなる。

 さらに、物価上昇、住宅ローン金利、購入資金の運用機会、30年後の売却収入や解体費用については、基本計算に含めない。したがって、これから示す金額は、建物の状態に応じて30年間の現金支出がどの程度変わり得るかを理解するための参考値である。

最初の未来~大きな故障を免れた「低修繕ケース」

 まず、比較的良好な状態の中古住宅を購入できた場合を考える。購入前の維持管理が適切で、屋根や外壁に大きな問題がなく、入居時に必要な修繕も50万円程度で済んだとする。その後30年間の小規模修繕を120万円、屋根や外壁などの比較的大きな修繕を150万円、給湯器や水回りなどの住宅設備更新を150万円と設定する。

 これに固定資産税120万円、住宅関連の保険料90万円、突然の故障などに備える予備費60万円を加え、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を合算すると、30年間の想定総額は1310万円になる。固定資産税は年平均4万円、保険料は年平均3万円という仮定であり、実際の物件の税額や保険料を推計したものではない。

 1310万円という金額は購入価格500万円の約2.62倍に相当するが、30年間の360か月で均等に割れば月額約3万6400円となる。予備費60万円を使わなかった場合の実支出は1250万円であり、月額換算では約3万4700円になる。

 月6万円の賃貸住宅に30年間住み、家賃が変わらなかった場合の支払総額は2160万円である。この単純比較では、低修繕ケースの持ち家は賃貸より850万円少ない支出となる。ただし、住宅の広さや立地、設備、断熱性能などが同等であるとは限らず、購入時に支払う500万円を別の用途に使えた可能性も考慮していないため、この差額だけで持ち家の方が有利だと断定することはできない。

 それでも、建物の状態が良好で、大きな修繕を避けながら長期間住めるのであれば、格安中古住宅が家計にとって合理的な選択になる可能性は十分にある。ただし、その前提となるのは購入価格の安さではなく、購入後の修繕費を比較的低く抑えられる建物状態である。

二つ目の未来~修繕が一定程度続く「中修繕ケース」

 次に、入居時から一定の修繕が必要になり、その後も定期的に設備更新や建物補修を行うケースを考える。購入後に浴室や給湯器、内装などを整えるため200万円を支出し、30年間の小規模修繕に200万円、屋根や外壁などの大規模修繕に300万円、給湯器や水回りなどの住宅設備更新に250万円を見込む。

 さらに固定資産税180万円、保険料120万円、予備費120万円を設定し、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を加えると、30年間の想定総額は1940万円になる。これは購入価格の約3.88倍であり、360か月で割ると月額約5万3900円に相当する。予備費を使わなかった場合の支出は1820万円で、月額換算では約5万600円となる。

 ここで重要なのは、このケースを統計的な意味での平均的な住宅費とは考えないことである。2025年度の住宅リフォームに関する消費者実態調査では、一戸建て住宅のリフォーム費用は平均470.1万円と報告されている。また、築30年以上40年未満の住宅では平均351.2万円という結果も示されているが、こちらの築年数別集計には戸建て住宅以外も含まれる。いずれも調査対象者が実施したリフォームの費用であって、すべての住宅について30年間の累積修繕費を調べた数字ではない。

 したがって、入居時修繕200万円や、その後の大規模修繕300万円という設定は、実際に考えられる工事規模ではあるものの、今回の1940万円が最も発生しやすい住宅費だと証明されたわけではない。ここでは、低修繕と高修繕の間に位置する一つの条件設定として扱う。

 このケースでの月額換算約5万3900円は、月6万円の賃貸住宅にかなり近い。しかし、賃貸では住宅の所有権が得られない一方、購入した住宅には30年後も土地と建物が残るため、支出額だけを比べるのは十分ではない。持ち家の経済性を判断するには、30年後にどれだけの価値が残り、その価値を実際に現金化できるかまで検討する必要がある。

三つ目の未来~複数の大規模修繕が重なる「高修繕ケース」

 築古住宅では、複数の設備や部材の更新時期が重なることがある。購入後に屋根を補修したと思ったら、数年後には外壁や給排水管に問題が現れ、その後に浴室や給湯器の交換が必要になるといった状況である。建物全体の経年劣化が進んでいる場合、修繕費が一時期に集中する可能性もある。

 高修繕ケースでは、購入直後に雨漏りや水回り、内装などの改修が必要となり、入居時修繕に400万円を支出すると仮定する。その後30年間の小規模修繕を300万円、屋根や外壁などの大規模修繕を500万円、給湯器や住宅設備の更新を350万円とする。

 さらに固定資産税240万円、保険料150万円、想定外の補修に備える予備費250万円を設定し、購入価格500万円と取得時諸費用70万円を加えると、30年間の想定総額は2760万円になる。購入価格の約5.52倍であり、月額換算では約7万6700円となる。予備費を使わなかった場合でも2510万円で、月額換算は約6万9700円になる。

 このケースでは、月6万円の家賃を30年間支払い続けた2160万円を上回る。しかも2760万円という数字には、住宅ローン金利、購入資金の機会費用、耐震補強が必要になった場合の大規模工事、解体費用、売却費用などを含めていない。建物や敷地の状態によっては、30年間の支出が3000万円を超えることも考えられる。

 ただし、高修繕ケースの2760万円が、格安中古住宅の最大費用を示しているわけではない。大規模な構造補修が必要になればさらに費用が増える可能性がある一方、実際にはこれほどの修繕を行わず、途中で売却や建て替えを選択する人もいるだろう。今回の3つのケースは、将来の支出に幅が生じる仕組みを示したものであり、住宅費の上限や下限を統計的に算出したものではない。

500万円の家には、3つの異なる30年間がある

 ここまでの試算をまとめると、購入価格が同じ500万円でも、建物の状態や修繕の内容によって30年間の想定支出には大きな差が生じる。

費用項目 低修繕 中修繕 高修繕
購入価格 500万円 500万円 500万円
取得時諸費用 70万円 70万円 70万円
入居時修繕 50万円 200万円 400万円
小規模修繕 120万円 200万円 300万円
屋根・外壁等 150万円 300万円 500万円
住宅設備更新 150万円 250万円 350万円
固定資産税 120万円 180万円 240万円
保険料 90万円 120万円 150万円
予備費 60万円 120万円 250万円
想定総額 1310万円 1940万円 2760万円
月額換算 約3.64万円 約5.39万円 約7.67万円

※金額は30年間の名目支出を合算した試算。予備費は全額使用するものとし、物価変動、借入金利、売却収入、処分費用などは含まない。

 低修繕ケースと高修繕ケースの差額は1450万円に達する。この差は、当初の購入価格500万円の約2.9倍に相当する。もっとも、税金や保険料、予備費の設定も変えているため、1450万円の差がすべて建物の修繕費によるものではない。それでも、住宅の取得後に発生する支出が、当初の購入価格を大きく上回る場合があることは分かる。

 例えば500万円の中古住宅と700万円の中古住宅があった場合、購入価格だけを見れば500万円の住宅が200万円安い。しかし700万円の住宅では屋根と水回りが更新済みで、500万円の住宅では購入後数年以内に300万円の工事が必要になるなら、取得時点の修繕計画だけで両者の価格差は逆転する。もちろん、700万円の住宅も修繕済みという説明だけで将来の故障がなくなるわけではなく、工事の内容や品質、建物全体の状態を確認する必要がある。

 中古住宅の購入で重要なのは、最も安い販売価格を探すことではない。価格と建物状態を合わせて評価し、購入後の修繕費を含めても長期間合理的に住める住宅を見つけることである。

固定資産税は「500万円の1.4%」ではない

 住宅費を試算するとき、固定資産税についても誤解が生じやすい。いすみ市の固定資産税率は1.4%であるが、500万円で住宅を購入したからといって、毎年500万円の1.4%である7万円を支払うとは限らない。

 固定資産税は、土地と家屋の固定資産評価額などに基づいて課税標準額を計算し、その課税標準額に税率を掛けて算出される。住宅用地には課税標準を軽減する特例があり、土地の利用状況や評価額によって税額が変わる。また、建物については築年数の経過とともに評価額が低下することがあるものの、実際の税額は建物の構造や評価方法などにも左右される。

 今回の試算では、固定資産税を30年間で120万円、180万円、240万円と設定したが、これは年平均にすると4万円、6万円、8万円である。この金額がいすみ市の500万円程度の中古戸建てにおける平均的な税負担だという統計的根拠はなく、あくまで比較のための設定である。

 また、建物を解体した場合には、土地の固定資産税が必ず安くなるとは限らない。住宅用地として受けていた課税標準の特例が適用されなくなり、土地の税負担が増えることがあるためである。管理不全空家等についても、一定の行政上の勧告を受ければ住宅用地特例の対象から外れる場合がある。

 したがって、購入を検討するときには、売主や不動産会社を通じて固定資産税の課税明細などを確認し、現在の税額と将来の土地利用の可能性を把握する必要がある。住宅の税負担は、売買価格だけから正確に推計できるものではない。

外房の中古住宅では、浄化槽や耐震性能も確認したい

 住宅の長期費用を考える際には、屋根や外壁、給湯器といった目に見えやすい設備だけでなく、その土地で暮らすために必要な維持管理にも注意しなければならない。

 例えば、公共下水道ではなく浄化槽を使用している住宅では、保守点検、清掃、法定検査などが必要になる。千葉県では2026年4月から、10人槽以下の浄化槽について定期検査の手数料が6000円とされているが、これは浄化槽の維持管理に必要な費用の一部にすぎない。保守点検や清掃、設備の故障などに伴う費用も考慮する必要があり、30年間では無視できない支出になる可能性がある。

 耐震性能も重要である。築35年の住宅なら1991年ごろに建築されたことになるが、建築時期が新耐震基準の導入後だからといって、現在の耐震性能を無条件に保証できるわけではない。建物の構造や施工状態、過去の増改築、劣化の程度によって安全性は異なるため、必要に応じて専門家による耐震診断を検討することが望ましい。

 また、沿岸地域では塩害や風雨、場所によっては浸水リスクにも注意が必要になる。ただし、外房地域の住宅がすべて同じ危険にさらされているわけではなく、海岸からの距離、標高、地形、周辺の排水状況などによって条件は大きく異なる。災害リスクについては、自治体の防災情報などを確認し、建物の立地条件と合わせて検討する必要がある。

 これらの費用やリスクは、今回の基本試算には個別に積み上げていない。したがって、実際の住宅を購入するときには、その住宅固有の設備や立地条件を追加して見積もる必要がある。

賃貸住宅の2160万円と、そのまま比較してよいのか

 ここまで、月6万円の賃貸住宅に30年間住めば2160万円になるという数字を比較対象として使用してきた。この計算自体は正しいが、持ち家と賃貸の経済性を判断するには、いくつかの条件をそろえる必要がある。

 第一に、30年間の家賃が変わらないという仮定である。実際には、家賃が上昇する可能性もあれば、地域の住宅需要が弱まり、同じ水準にとどまったり下がったりする可能性もある。仮に初年度の家賃が月6万円で、その後毎年2%ずつ上昇するとすれば、30年間の家賃合計は約2921万円になる。ただし、これは家賃上昇率を設定した計算例であり、いすみ市などの将来家賃を予測した数字ではない。

 第二に、持ち家の維持費も物価変動の影響を受けることである。将来の工事費や人件費、住宅設備の価格、保険料などが上昇すれば、今回の修繕費モデルよりも支出が増える可能性がある。賃貸住宅の家賃だけを上昇させ、持ち家の修繕費を現在の価格で固定して比較することは公平ではない。

 第三に、住宅の条件が同等とは限らないことである。月6万円の賃貸住宅と500万円の中古戸建てでは、建物面積、築年数、断熱性能、駅や商業施設への距離、駐車場の有無などが異なる場合がある。生活の利便性や住宅性能が違えば、単純な金額比較だけでは居住環境の価値を評価できない。

 さらに、賃貸では更新費用や家財保険などが発生する場合がある一方、持ち家では庭木の管理、敷地の補修、建物設備の維持などが所有者の負担になる。ただし、家具や家電、日常の生活費のように、持ち家でも賃貸でも共通して発生する費用を一方だけに加えるべきではない。

 したがって、今回の比較から分かるのは、格安中古住宅の長期的な現金支出が、条件によっては月6万円の賃貸住宅を下回り、別の条件では上回るということである。どちらが得かを厳密に判断するには、居住条件、物価上昇、資金調達、30年後の資産価値などを含めて比較する必要がある。

500万円を最初に支払うことにも経済的な意味がある

 もう一つ見落とせないのが、資金の時間価値である。住宅を現金で購入する場合、最初に500万円と諸費用を支払うことになるが、賃貸住宅では通常、その500万円を購入費用として支払う必要はない。購入に使わなかった資金を預貯金や運用に回したり、別の生活上の目的に利用したりできる点には経済的な価値がある。

 例えば、将来の100万円と現在の100万円は、経済学的には常に同じ価値とは限らない。資金を運用できる機会や物価の変化を考慮すれば、支出がいつ発生するかによって経済的な負担の評価も変わる。そのため、30年間に支払う金額を単純に合計した結果と、支出時期を考慮した現在価値による評価は区別する必要がある。

 住宅ローンを利用する場合には、さらに借入金利や返済期間が関係する。ただし、購入価格500万円をすでに総費用として計上している場合、住宅ローンの返済元本をもう一度全額加えると二重計上になる。借入による追加負担を評価する際には、元本の扱いに注意しながら金利や関連費用を計算しなければならない。

 今回の3ケースは、こうした金融面の条件を反映していない。したがって、30年間で1310万円、1940万円、2760万円という数字は、一定の仮定に基づく名目上の現金支出総額であり、経済学的な意味での最終的な純負担額とは異なる。

そして30年後、築65年の家が残る

 500万円で築35年の住宅を購入し、30年間住み続ければ、建物は築65年になる。その間に屋根や外壁、住宅設備を修繕してきたのだから、それなりの価値が残ると考えたくなるかもしれない。しかし、不動産の市場価値は、所有者がいくら修繕費を投じたかだけで決まるものではない。

 住宅の売却価格には、土地の立地や利用価値、建物の状態、周辺の取引事例、将来の需要などが関係する。500万円で購入した住宅に1000万円の修繕費をかけたとしても、30年後に1500万円で売却できるとは限らない。一方で、建物の価値が小さくなっていても、土地の需要が強い場所なら、一定の価格で取引できる可能性はある。

 例えば中修繕ケースでは、30年間の想定支出は1940万円である。30年後に300万円で売却でき、売却に伴う費用を考えなければ、単純な差引額は1640万円となる。100万円で売却した場合は1840万円、売却収入がなければ1940万円のままである。しかし、これらは30年後の売却価格を予測した数字ではなく、売却収入が長期的な負担額に与える影響を示した計算例にすぎない。

 また、売却には仲介手数料などの費用が発生する場合があり、建物を解体してから売却する必要があれば、その費用も考えなければならない。買い手が見つからなければ、売却収入を得ることができないまま、管理や税金の負担が続く可能性もある。

 地方の中古住宅を考えるとき、30年後に土地と建物が残ることと、30年後にそれを希望する価格で売却できることは、まったく別の問題なのである。

人口減少地域では、30年後の住宅需要をどう考えるか

 ここで、いすみ市の将来人口を考えてみたい。2020年の国勢調査で、いすみ市の人口は3万5544人だった。国立社会保障・人口問題研究所による2023年の地域別将来推計人口では、2050年の人口は2万218人と推計されている。これは2020年と比較して約43.1%の減少に相当する。

 もちろん、人口が43.1%減少するからといって、住宅価格も同じ割合で下落するわけではない。不動産価格は人口だけで決まるものではなく、世帯数、住宅の供給量、交通条件、生活利便性、移住需要などによって変化する。また、市全体では人口が減少しても、駅周辺や生活施設に近い地域へ住宅需要が集まる可能性もある。

 ただし、長期的な人口減少が住宅市場の需給構造を変化させる要因であることは否定できない。住宅を売りたい所有者が増える一方で、購入を希望する人が減れば、売却までの期間が長くなったり、希望価格での取引が難しくなったりすることが考えられる。

 今回の人口推計は2050年までであり、記事が想定する購入30年後の2056年について、住宅価格や売却確率を直接示すものではない。また、現在の人口推計と将来の不動産市場が必ず一致する保証もない。そのため、2056年にいすみ市の中古住宅が売れなくなると断定することはできないが、購入時に将来の需要減少を考慮する合理性は十分にある。

 地方住宅で重要なのは、30年後にいくらの価格が付くかという問題だけではない。実際に買い手が見つかるのか、売却できなければ誰が管理するのか、建物を解体した後の土地をどのように扱うのかという問題まで含めて考える必要がある。

建物を壊しても、土地の所有は終わらない

 自動車は不要になれば売却や廃車によって所有を終わらせることができるが、住宅の場合は建物を解体しても土地が残る。土地の所有権を持ち続ける限り、固定資産税や管理に関する問題が続く場合がある。

 住宅が建っている土地については、一定の要件を満たすことで固定資産税の課税標準が軽減されている場合がある。しかし、建物を解体すると住宅用地としての特例が適用されなくなり、土地の税負担が増える可能性がある。したがって、古い建物を解体すれば、その後の所有費用も必ず小さくなるとは限らない。

 また、相続した土地を一定の要件で国に引き取ってもらう相続土地国庫帰属制度は存在するものの、建物のある土地は対象にならず、その他にも土地の状態や権利関係に関する要件がある。そもそも、この制度は相続等によって取得した土地を対象とするものであり、自分で購入した住宅用地を誰でも自由に国へ返還できる制度ではない。

 つまり、中古住宅の所有には、購入費用や維持費だけでは説明できない長期的な責任が伴う。建物を利用しなくなった後も、売却、賃貸、相続、解体などの選択肢を考えなければならず、いずれも条件によって費用や手続きが異なる。

 だから地方で中古住宅を購入するときには、今の収入で購入できるかという問題に加え、30年後にその住宅と土地をどのように引き継ぎ、あるいは処分できるかまで考える必要がある。

安い中古住宅を選ぶために、本当に調べるべきこと

 ここまで読むと、500万円の中古住宅を購入すること自体が危険であるかのように感じるかもしれない。しかし、今回の分析から、そのような結論が導かれるわけではない。建物の状態が比較的良好で、必要な設備更新が行われており、長期間住み続けられる場所にあるなら、低価格の中古住宅は合理的な住まいの選択肢になり得る。

 むしろ問題なのは、500万円という売出価格だけで経済性を判断することである。中古住宅を購入する際には、建物の状態をできるだけ客観的に把握し、将来の修繕費を予測するための情報を集めることが重要になる。

 そのためには、屋根や外壁を最後に修繕した時期、給湯器や浴室などの設置年、給排水管の状態、過去の雨漏りやシロアリ被害、床下の湿気、基礎のひび割れ、増改築の履歴などを確認したい。外観がきれいに見える住宅でも、建物内部や床下に問題が残っている可能性があるため、見た目だけで建物全体の状態を判断することは難しい。

 必要に応じて、建築士などの専門家による建物状況調査を利用する方法もある。建物状況調査は、既存住宅の劣化や不具合などを一定の方法で確認するものであり、購入前のリスク把握に役立つ。ただし、調査によってすべての隠れた不具合を発見できるわけではなく、将来の故障が発生しないことを保証する制度でもない。

 国土交通省の制度では、中古住宅の取引に際し、宅地建物取引業者に建物状況調査に関する一定の説明義務などが課されているが、すべての中古住宅で調査そのものが実施されるわけではない。そのため、購入希望者自身が調査の有無や結果を確認し、必要なら追加の調査や修繕見積もりを検討することが望ましい。

 さらに、建物の状態だけでなく、土地の条件や将来の利用可能性も確認する必要がある。接道状況、再建築の可否、境界、未登記建物の有無、災害リスクなどは、購入後の利用や将来の売却に影響することがある。現在は生活に支障がなくても、30年後に売却しようとした際、こうした条件が買い手の判断に影響する可能性がある。

 中古住宅を購入する前の調査は、単なる建物の健康診断ではない。将来発生する可能性がある請求書を、購入前にできるだけ読み取ろうとする作業なのである。

200万円安く買うことより、300万円の修繕を避けること

 中古住宅の購入では、値引き交渉によって価格を下げることに関心が集まりやすい。もちろん、同じ条件の住宅を安く購入できるのであれば、その効果は大きい。しかし、将来の修繕費を考えると、購入価格の差よりも建物状態の差が重要になる場合がある。

 例えば、500万円の住宅を400万円に値引きして購入できたとしても、数年以内に屋根や給排水管の修繕で300万円が必要になれば、購入価格とその修繕費だけで700万円になる。一方、適切に修繕されている600万円の住宅で、当面の大規模工事を避けられるなら、結果として後者の方が支出を小さく抑えられる可能性がある。

 ただし、ここでも将来の修繕費を完全に予測できるわけではない。住宅設備の故障には偶然性があり、建物状況調査を実施しても把握できない問題が残ることもある。重要なのは不確実性をゼロにすることではなく、購入前に確認できる情報を増やし、重大な問題を抱えている可能性をできるだけ小さくすることである。

 また、購入価格が安い住宅ほど経済的な余裕が生まれるとは限らない。取得時の費用を抑えられても、購入後数年以内に大きな修繕費が必要になれば、家計への負担が集中する可能性がある。そのため、30年間の総支出だけでなく、購入直後に必要な現金と、修繕費のために確保しておく資金を分けて考える必要がある。

 結局のところ、安い中古住宅を上手に購入する方法とは、最も安い販売価格を探すことではなく、販売価格と建物状態と将来の維持費を一体として評価することである。

500万円という値札には、30年後の費用が書かれていない

 不動産広告には、購入希望者が知りたい情報が数多く掲載されている。価格、土地面積、建物面積、築年月、間取り、交通条件などを比較すれば、住宅の基本的な特徴を把握できる。しかし、そこに30年間の修繕費が正確に書かれていることはない。

 例えば、購入から8年後に給湯器を交換することになるのか、12年後に外壁を補修するのか、20年後に屋根の工事が必要になるのかは、現在の広告だけでは分からない。さらに30年後、その住宅を購入したい人が現れるかどうかも、現在の売出価格から直接判断することはできない。

 住宅の将来費用には、ある程度計画できる支出と、事前には予測しにくい支出がある。固定資産税や保険料、一定期間ごとの設備更新などは比較的計画を立てやすいが、雨漏りや配管の破損、災害による被害などは発生時期や金額が不確実である。しかも、複数の問題が重なると、その年の支出が大きくなることもある。

 今回の試算では、同じ500万円の中古住宅について、30年間の想定総額が1310万円、1940万円、2760万円という3つの結果になった。ただし、これは中古住宅の30年間の費用が必ずこの範囲に収まることを意味しない。建物の状態や維持管理の方法によっては1310万円より少なく済む可能性もあり、逆に2760万円を上回る可能性もある。

 だからこそ、購入価格だけでは住宅の本当の経済性を判断できないのである。

「安い家」ではなく「30年間安く住める家」を探す

 住宅を購入するとき、最初に目に入るのは売出価格である。500万円という数字には、住宅取得のハードルを大きく下げる魅力がある。都市部では購入が難しかった土地付き一戸建てでも、地方なら手が届く場合があり、それまで支払っていた家賃を住宅購入に振り向けようと考える人もいるだろう。

 しかし、住宅の価格には購入時に支払う金額と、所有している間に支払い続ける金額がある。さらに、所有を終えようとするときには、売却収入が得られる場合もあれば、解体や処分のために新たな支出が必要になる場合もある。この3つの段階を合わせて考えなければ、住宅の長期的な経済性を十分に評価することはできない。

 今回の分析では、購入価格500万円の中古住宅について、修繕費や税金などの条件を変えると、30年間の想定支出は1310万円から2760万円まで大きく変化した。この差は、特定の中古住宅の将来を予測したものではないが、購入後の維持費が住宅費全体に大きな影響を与えることを示している。

 さらに、30年後に土地と建物が残るとしても、その資産を希望する価格で売却できるとは限らない。人口減少が続く地域では、住宅の維持費だけでなく、将来の需要や所有を終える方法も重要な検討課題になる。

 それでも、格安中古住宅を購入すること自体が不合理なのではない。建物の状態を適切に調査し、必要な修繕費を見込み、長期間の生活に適した立地を選び、将来の売却や管理の可能性まで考慮すれば、低価格の中古住宅は経済的に魅力のある選択肢となり得る。

 住宅購入で本当に重要なのは、500万円という値札を見て得だと判断することではなく、その家に30年間住むために、どれほどのお金が必要になるのかを考えることである。安い家とは、単に購入価格が低い家ではない。取得時の費用と将来の維持費、最後に残る資産価値までを考えたとき、合理的な負担で暮らし続けられる家である。

 中古住宅を探すとき、私たちは今日の家を見に行っているように思っている。しかし、本当に確かめなければならないのは、その住宅が積み重ねてきた過去と、これから30年間に起こり得る変化である。

 500万円の家が本当に安かったのかどうか。その答えは購入した瞬間ではなく、住み続けるために支払った費用と、最後に残った価値によって決まるのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る