外房で病院や診療所が減ったら、どこまで通院できるのか~医療機関までの距離と高齢者生活を考える
地方で暮らし続けられるかを考えるとき、「近くに病院があるか」は重要な条件です。
しかし、病院や診療所の看板が地域に残っていれば、それだけで医療へアクセスできるのでしょうか。
実際の通院には、
・必要な診療科がある ・診療日に受診できる ・予約を取れる ・医師がいる ・自宅から移動できる ・診察後に帰宅できる ・定期的な通院を繰り返せる
という複数の条件が必要です。
特に高齢になると、10km、20kmという距離そのものだけでなく、自動車を運転できるか、家族が送迎できるか、鉄道やバスの時刻が診療時間に合うかという問題が加わります。
この記事では、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町などを含む外房を念頭に置きながら、千葉県が設定する「山武長生夷隅保健医療圏」の公的資料を中心に、
病院や診療所が存在することと、高齢者が実際に通院できることは同じなのか
を考えます。
最初に結論
外房の将来医療で重要なのは、
病院・診療所の数だけを維持することではなく、必要な診療を、住民が現実的に到達できる範囲で受けられる状態を維持できるか
です。
山武長生夷隅保健医療圏では、千葉県の計画策定時点で一般診療所が263か所あり、一般診療所で診療に従事する医師は253人でした。
しかし同圏域の外来医師偏在指標は85.9で、全国330医療圏中255位です。
千葉県はこの地域について、
「診療所における外来医療のニーズに対して、診療所医師が少ない地域」
と評価しています。
さらに、外来患者については圏域外へ1日約4,500人が流出する一方、圏域内への流入は約1,000人で、差し引き約3,500人の流出超過と推計されています。
つまり、現在でも地域住民の医療が、この医療圏だけで完結しているわけではありません。
将来、医療機関や診療科が減少した場合に問題になるのは、単なる施設数の減少ではなく、
圏域外へ移動しなければ受けられない医療がさらに増える可能性
です。
「外房」の範囲と今回使う統計
日常的に使われる「外房」と、行政上の医療圏は一致しません。
千葉県の山武長生夷隅保健医療圏は、
茂原市 東金市 勝浦市 山武市 いすみ市 大網白里市 九十九里町 芝山町 横芝光町 一宮町 睦沢町 長生村 白子町 長柄町 長南町 大多喜町 御宿町
の6市10町1村で構成されています。
面積は1,161.72平方キロメートルで、千葉県全体の22.5%を占めます。一方、2023年4月1日時点の人口は422,832人で、県人口の6.5%です。
したがって、かなり広い面積に人口が分散する医療圏です。
ただしこの記事で示す医療機関数や医師数は、原則として山武長生夷隅保健医療圏全体の数字です。
勝浦市、御宿町、いすみ市など南側の外房地域だけを表した数字ではありません。
ここは区別する必要があります。
2050年には人口が減っても、75歳以上人口は今より多い
国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計を基にした千葉県資料では、山武長生夷隅区域の人口は、
2020年 約41万人 2025年 約38万8千人 2030年 約36万6千人 2035年 約34万3千人 2040年 約31万9千人 2045年 約29万5千人 2050年 約27万3千人
へ減少すると見込まれています。
2020年から2050年までの減少は約13万7千人です。
割合にすると、
(41万人-27万3千人)÷41万人×100 ≒33%
となります。
一方、75歳以上人口は、
2020年 約7万4千人 2025年 約8万7千人 2030年 約9万4千人 2035年 約9万3千人 2040年 約9万人 2045年 約8万7千人 2050年 約8万8千人
と推計されています。
2050年の総人口は2020年より約3分の1減る一方、75歳以上人口は2020年を上回る推計です。
したがって、
人口が減る =通院する高齢者も同じ割合で減る
とは考えられません。
これは外房の医療を30年先まで考える上で重要な構造です。
現在でも外来患者は地域外へ流出している
千葉県保健医療計画では、山武長生夷隅保健医療圏の居住者を基準にした推計外来患者数は1日約19,900人です。
そのうち、
圏域外への流出 約4,500人/日 圏域外からの流入 約1,000人/日
で、
差し引き約3,500人/日の流出超過
とされています。
主な流出先として、
千葉保健医療圏 約1,400人/日 香取海匝保健医療圏 約700人/日 安房保健医療圏 約700人/日 印旛保健医療圏 約600人/日 市原保健医療圏 約400人/日
などが推計されています。
この数字は平成29年度患者調査などを基に厚生労働省が算出したもので、現在の日々の実数ではありません。
それでも、
地域住民の外来医療が、すでに他の医療圏との移動によって支えられている
ことを示す資料として重要です。
263診療所あるから十分とは言えない
千葉県の資料では、山武長生夷隅医療圏に一般診療所が263か所あり、診療所で診療に従事する医師は253人です。
この数字だけを見ると、かなり多くの医療機関が存在するようにも見えます。
しかし、診療所はすべて同じ医療を提供しているわけではありません。
主たる診療科別の診療所医師数を見ると、
内科 119人 整形外科 23人 眼科 24人 小児科 12人 耳鼻いんこう科 12人 消化器内科 11人 産婦人科 8人 皮膚科 7人 外科 6人 精神科 3人 泌尿器科 3人 循環器内科 2人 腎臓内科 2人 脳神経外科 2人
などとなっています。
これは2020年の「医師・歯科医師・薬剤師統計」による数字です。
つまり、
近所に診療所がある =必要な診療科が近所にある
ではありません。
皮膚科・精神科は県平均よりかなり少ない
山武長生夷隅医療圏について、一般診療所に勤務する医師の人口10万人当たり人数は、
皮膚科 1.7人 精神科 0.7人 眼科 5.7人 耳鼻いんこう科 2.9人
です。
千葉県平均は、
皮膚科 3.6人 精神科 2.5人 眼科 5.4人 耳鼻いんこう科 3.1人
です。
眼科と耳鼻いんこう科は県平均と大きな差がありませんが、皮膚科と精神科について千葉県は「約2分の1以下」と説明しています。
したがって医療アクセスを考える場合、
病院・診療所の総数
だけを見るのでは不十分です。
必要なのは、
診療科ごとのアクセス
です。
医師全体でも「医師少数区域」
千葉県保健医療計画の医師確保に関する資料では、山武長生夷隅保健医療圏の医師偏在指標は145.1で、全国335医療圏中298位です。
千葉県は同圏域を、
「医師少数区域」
に設定しています。
2020年末時点の医療施設従事医師数は545人でした。
千葉県は2026年度末の目標医師数を640人としています。
差は95人です。
ただし、この640人という数字は「必要なすべての医師需要を完全に満たす人数」という意味ではありません。
千葉県の計画では、医師少数区域について、全国の下位33.3%の基準から脱するために必要な人数などを基準に設定しています。
したがって、
640人に達すれば将来の医師不足が完全に解消する
とは解釈できません。
「病院がなくなる」というより、機能が遠くなる問題
地方医療については、
「病院が閉院するか」
という二者択一で考えがちです。
しかし生活者にとっては、もっと段階的な変化があります。
例えば、
近所の診療所が週5日から週3日になる 特定の診療科だけ終了する 常勤医が非常勤になる 午後診療がなくなる 入院機能が縮小する 専門検査が他院紹介になる 手術は別の医療圏へ行く
といった変化です。
この場合、医療機関そのものは地域に残っています。
それでも患者側から見ると、
利用できる医療機能までの距離が伸びた
ことになります。
したがって地域医療アクセスは、施設数だけでなく、
医療アクセス =必要な診療機能への到達可能性
として考える方が実態に近くなります。
では「何kmまでなら通院できる」のか
この記事の題名にある「どこまで通院できるのか」について、最も注意が必要な部分です。
今回確認した千葉県・厚生労働省の資料には、
高齢者は病院まで○km以内なら通院可能
という統一的な基準はありません。
5kmなら大丈夫、10kmを超えたら困難、20kmなら通院不能という客観的な線を、公的資料から設定することはできません。
距離だけでは、
自動車を運転できる人 家族が送迎できる人 鉄道駅に近い人 バス停から遠い人 歩行が困難な人
で条件が違うためです。
したがって、
外房では医療機関まで○km以内に住めば安心
とはこの記事では結論づけません。
公開資料だけでは判断困難です。
本当に重要なのは「距離」より移動時間と反復可能性
例えば片道15kmの医療機関でも、自動車を運転できれば通院できる場合があります。
一方、自宅から2kmしか離れていなくても、
徒歩が困難 バスがない 家族送迎がない タクシー料金を継続的に負担できない
という場合には通院が難しくなります。
したがって高齢者の通院可能性は、分析上、
通院可能性 =医療機関の存在 +必要な診療科 +診療可能日時 +移動手段 +所要時間 +費用負担 +本人の身体能力 +継続して通える頻度
と整理できます。
これは公式指標ではなく、この記事で問題を整理するための概念式です。
重要なのは、
一度だけ病院へ行けること
ではなく、
毎月、あるいは数週間ごとに繰り返し通えること
です。
高齢者医療では「定期通院」が問題になる
高齢期には、高血圧、糖尿病、心疾患、整形外科疾患、眼疾患などで継続的な診療が必要になる場合があります。
このとき通院負担は、
1回の移動負担 × 年間通院回数
として累積します。
例えば専門医への受診で地域外へ移動する場合、1回だけなら家族に頼めても、それを何年も繰り返せるかは別問題です。
したがって、
家族に車で連れて行ってもらえる = 長期間の通院問題が解決している
とは限りません。
これは人口減少地域で特に考える必要があります。
医療圏そのものが非常に広い
山武長生夷隅保健医療圏の面積は約1,162平方キロメートルです。
千葉県全体の約22.5%を占める一方、人口は県全体の6.5%です。
このため「同じ医療圏内」という表現にも注意が必要です。
例えば、同じ山武長生夷隅保健医療圏にある医療機関だからといって、すべての住民にとって近距離とは限りません。
医療行政上の圏域と、
住民が日常的に通える生活圏
は同じではありません。
高度な医療ほど地域内で完結しない
千葉県資料によると、山武長生夷隅医療圏には、計画作成時点で病院23施設、一般診療所263施設がありました。
一方、医療機器を見ると、2020年度医療施設調査などに基づく資料では、
全身用CT(Computed Tomography・コンピュータ断層撮影) 49台 MRI(Magnetic Resonance Imaging・磁気共鳴画像装置) 21台 PET(Positron Emission Tomography・陽電子放出断層撮影) 0台 放射線治療装置 1台 マンモグラフィ 14台
となっています。
千葉県は、PETについて圏域内に保有医療機関がなく、隣接医療圏との連携が重要としています。
つまり、
すべての医療を地域内に置くこと
を前提とした医療体制ではありません。
専門性の高い医療では、ある程度の集約化と地域間連携が必要です。
問題は、
集約した医療機関まで患者が到達できる仕組みも同時に維持できるか
です。
病院を各町に残せばよい、とは限らない
ここで単純に、
「高齢者が増えるのだから、各市町村に病院を残せばよい」
という結論にはできません。
病院には医師だけでなく、
看護師 薬剤師 診療放射線技師 臨床検査技師 臨床工学技士 リハビリテーション職 事務職
など多くの職種が必要です。
設備、病床、検査機器、夜間勤務なども必要になります。
人口が減る地域で、小規模な医療機関にすべての機能を分散させれば、それぞれの医療機関で人員や設備を確保できるとは限りません。
したがって、
近くに何でもある医療
と、
医療の質・人員を確保するための集約化
の間にはトレードオフがあります。
反対に「集約すれば効率的」でも終われない
一方、
「人口が減るなら病院を集約すればよい」
という考えも十分ではありません。
医療機関側の効率が上がっても、
患者の移動距離 家族の送迎時間 タクシー料金 仕事を休む時間 公共交通の利用負担
が増えれば、社会全体では別の負担が発生します。
このブログでこれまで扱ってきた考え方と同じです。
医療機関側の効率化 ≠ 住民側の負担軽減
です。
外房では「医療」と「交通」を別々に考えられない
病院が集約されるほど、交通の重要性は高くなります。
逆に、
路線バスが減る 鉄道の運行本数が減る タクシー事業者が減る 本人が運転できなくなる
という変化が重なると、医療施設そのものが存続していてもアクセスできなくなる可能性があります。
つまり地方では、
医療アクセス =医療提供体制+地域交通
です。
病院政策だけで通院問題を解決することはできません。
自動車を運転できる間だけを見ると問題を見落とす
外房では、自動車で通院している住民も少なくありません。
そのため60代、70代前半では、
「病院まで15kmでも車なら問題ない」
と感じることがあります。
しかし高齢期の居住可能性を考える場合、
現在運転できるか
ではなく、
運転できなくなった後にも同じ医療へアクセスできるか
を見る必要があります。
自動車中心の医療アクセスは、
免許返納 視力低下 認知機能低下 身体機能低下 入院後の体力低下
などによって突然成立しなくなる可能性があります。
したがって地方移住や高齢期の住宅選びでは、現在の自動車移動時間だけでなく、非運転時の通院手段も確認する必要があります。
オンライン診療ですべて解決するわけではない
オンライン診療には、移動負担を軽減できる利点があります。
特に状態が安定した患者の一部では、通院回数を減らせる可能性があります。
しかし、
採血 画像検査 処置 身体診察 緊急対応 手術 リハビリテーション
など、対面でなければ行えない医療は残ります。
そのため、
オンライン診療が普及する = 地方の通院問題がなくなる
とは考えられません。
オンライン診療は、通院を完全に代替する仕組みではなく、適切な患者・疾病について移動回数を減らす一つの方法として考える必要があります。
在宅医療も重要だが万能ではない
山武長生夷隅医療圏には、2023年4月1日時点で在宅療養支援診療所が16か所あり、このうち機能強化型は7か所でした。
高齢化が進む地域では、患者が病院へ行くのではなく、医師や看護師などが患者宅へ行く在宅医療の重要性が高まります。
しかし在宅医療でも、
医師 看護師 車両 移動時間 訪問可能範囲
が必要です。
人口が広い地域に分散していれば、医療従事者側にも移動負担が発生します。
したがって、
在宅医療を増やせば通院問題がすべて解決する
とも言えません。
高齢者に必要なのは「医療施設への距離」ではなく「医療へのアクセス」
今後の地方居住を判断するとき、
最寄り病院まで○km
という情報だけでは不十分です。
少なくとも、
1 普段の内科
慢性疾患の診療や薬の処方を継続できるか。
2 専門診療
眼科、皮膚科、精神科、整形外科、循環器内科など必要な診療科がどこにあるか。
3 検査
CT、MRIなど必要な検査がどこで受けられるか。
4 入院
入院が必要になった場合、どの病院へ行くのか。
5 非運転時
自動車を運転できなくなった後にどう通うか。
6 家族不在時
家族が送迎できない場合に代替手段があるか。
を見る必要があります。
判断前のチェックリスト
地方で高齢期を暮らす場合、現在の医療環境について次の点を確認すると実用的です。
- [ ] 最寄りの内科まで自動車以外で行けるか
- [ ] 定期的に必要な専門診療科がどこにあるか
- [ ] 午前・午後の診療曜日を確認したか
- [ ] 紹介が必要な病院までの距離を確認したか
- [ ] 家族送迎なしでも通院できるか
- [ ] タクシーを継続利用した場合の費用を負担できるか
- [ ] 公共交通の時刻が診療時間と合っているか
- [ ] 退院後の通院方法を考えているか
- [ ] 訪問診療の対象地域に入っているか
- [ ] 運転できなくなった後の通院手段を決めているか
重要なのは、現在病院へ行けるかではありません。
10年、20年後に身体能力や交通条件が変わっても通院を継続できるか
です。
どのような地域なら比較的維持しやすいのか
医療アクセスを維持しやすいのは、
診療所と中核病院の役割分担がある 専門医療を集約しても交通手段が確保される かかりつけ医と専門医が連携できる 訪問診療・訪問看護を利用できる 公共交通やタクシーなど複数の移動手段がある 住民が医療機関に比較的集まりやすい居住構造
などの条件を持つ地域です。
逆に、
人口が広域に分散している 診療所の後継者がいない 専門診療科が遠い 自動車以外の交通が少ない 家族送迎への依存が大きい
地域では、医療施設数だけを維持しても通院可能性を維持できない可能性があります。
「病院を残すか、なくすか」だけの議論では足りない
人口減少地域では、医療機関の統合・再編が議論されることがあります。
しかし住民生活から見ると、本当に重要なのは、
病院が残ったか 閉院したか
だけではありません。
必要なのは、
必要な医療機能まで何分で行けるのか
自動車がなくても行けるのか
月に何回でも継続できるのか
専門医療が必要になった場合にも移動できるのか
という評価です。
医療アクセスを、
施設の数
ではなく、
医療機能への到達可能性
で考える必要があります。
現実的な結論
山武長生夷隅保健医療圏では、総人口が2020年の約41万人から2050年には約27万3千人へ減少すると推計されています。
一方、75歳以上人口は約7万4千人から約8万8千人となる推計です。
現在でも外来医師偏在指標は全国330医療圏中255位で、千葉県は診療所医師が少ない地域と評価しています。
医師全体の偏在指標でも、山武長生夷隅保健医療圏は「医師少数区域」に設定されています。
さらに、外来患者は1日約3,500人の流出超過と推計されており、現在の医療も圏域外との連携によって成立しています。
したがって将来の外房について、
人口が減るから病院も減らしてよい
とも、
病院を今の数だけ残せば安心
とも言えません。
人口減少社会で重要になるのは、
少なくなる人口に対して、すべての医療施設を同じ形で残すことではなく、必要な医療機能を確保し、その場所まで高齢者が実際に到達できる仕組みを残すこと
です。
そして、高齢期の生活を考える住民側も、
「病院まで車で15分だから大丈夫」
だけではなく、
運転できなくなった後にも、その医療を利用できるか
まで考える必要があります。
地方の医療問題は、
病院があるか、ないか
だけではありません。
医療が存在すること ≠ 必要な人が実際に通院できること
です。
外房で30年後も暮らし続けられるかを考えるなら、この違いを無視することはできません。

