海に沈む夕日、雨上がりの石畳、朝霧の向こうに浮かぶ山、港で網をほどく漁師の背中。自治体の公式SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を眺めていると、日本の小さな町が、こちらの想像以上に美しく見えることがある。以前なら観光パンフレットの一ページに収まっていた風景が、いまでは十数秒の動画になって全国へ流れ、町の名前さえ知らなかった人が指先一つで「いいね」を押す。
ところが、その町を実際に訪れてみると、画面の中とは少し違う風景に出会うことがある。あれほど多くの人に見られていた町なのに、駅を降りれば人影は少なく、商店街にはシャッターが並び、夕方になると町全体が静かになる。その反対に、自治体の公式アカウントが派手に話題になるわけでもないのに、休日になれば道路が渋滞し、駅から人があふれ、飲食店には行列ができる町もある。
どうやら私たちは、画面の中でよく見かける町と、現実に人が集まる町を、いつの間にか同じものとして眺め始めているらしい。しかし「見られる」ということと「行かれる」ということの間には、思っている以上に長い距離がある。
人口より多くの人が、町を見ている
三重県南伊勢町は、その距離を考えるには興味深い町である。町が運営する公式Instagramでは、海や漁業、食、季節の景色だけではなく、そこで暮らす人々の日常そのものが発信されている。2025年12月にはフォロワー数が1万284人となり、その時点の町人口1万166人を上回った。さらに2026年8月にはフォロワー数が1万3840人まで増え、同月末の人口9858人に対して約1.4倍に達している。
人口1万人に満たない町を、それを大きく超える数のアカウントが外から見ている。これは自治体広報のあり方が、以前とはかなり違うものになったことを象徴している。かつての広報は、役場から住民へ制度や行事を知らせることが中心だったが、SNSでは住民票を持たない人まで町の受け手になる。町を離れた出身者も、一度旅行した人も、まだ訪れたことのない人も、同じ画面を通して一つの町とつながることができる。
ここだけを見れば、SNSの成功がそのまま町への人の流れを生み出しているようにも思える。しかし、観光の数字を並べてみると、話はもう少し複雑になる。
南伊勢町の観光入込客数は、2021年の19万630人から、2022年には19万4327人、2023年には25万6252人へ増えたものの、2024年は24万7073人となった。2023年から2024年にかけては約3.6%の減少である。一方、公式Instagramのフォロワーはその後も増え続け、2025年末には人口を超え、2026年にはさらに伸びている。
この数字は、「SNSには効果がない」という意味ではない。むしろ重要なのは、SNS上の人気と現実の来訪者数が、同じ方向へ機械的に動いているわけではないということである。
観光客数は天候によっても変わるし、大型イベント、道路事情、宿泊施設、旅行需要、景気、感染症などにも左右される。反対にフォロワー数は、投稿内容や更新頻度、動画の出来栄え、担当者の工夫によって変わる。二つの数字が同時に増えたとしても、それだけで一方が他方を増やしたとは証明できないし、逆に片方が減ったからといってもう片方に意味がないとも言えない。
数字は、何かを語る。しかし一つの数字だけでは、町全体までは語ってくれない。
町公式Instagramがなくても、軽井沢には人が来る
そこで、まったく違うタイプの町を見てみたい。
軽井沢町が町公式のSNSとして案内しているのは、X、Facebook、LINE、YouTubeなどであり、少なくとも町役場の公式SNS一覧にはInstagramは掲げられていない。それでも軽井沢町の2024年の観光客利用者延数は約800万5000人に達している。
箱根町ではさらに規模が大きく、2024年の入込観光客数は約2031万人で、そのうち宿泊客が約398万人、日帰り客が約1633万人だった。人口規模をはるかに超える人の動きが、一年を通して町に生まれている。
もちろん、ここで注意しなければならないことがある。軽井沢の約800万人は「利用者延数」であり、異なる800万人の個人が一度ずつ訪れたことを意味する数字ではない。箱根町の入込観光客数についても、宿泊施設の報告や交通機関、観光施設などのデータを使って推計されており、町の入口で一人一人の顔を確認して数えた数字ではない。
これは細かな統計上の注意に見えるが、この記事のテーマを考えると非常に重要である。フォロワー数にも観光入込客数にも、それぞれ固有の測り方があり、数字の背後には必ず「何を数えたのか」という仕組みがある。数字を比べる前に、単位が同じなのかを疑わなければならない。
それでも、軽井沢や箱根が巨大な観光地であること自体が揺らぐわけではない。そこには鉄道や道路があり、宿泊施設があり、飲食店があり、長い年月をかけて作られた地域ブランドがある。温泉、自然、別荘文化、歴史といったものが重なり、町の名前そのものが旅行の目的になっている。
言い換えれば、こうした町が持っているのは単なる「情報発信力」ではない。人が実際に身体を運ぶ理由と、運ぶ手段と、到着した後に時間を過ごす場所が、一つの地域システムとしてすでに出来上がっている。
「いいね」は身体を運んでくれない
SNSには、現実の旅行にはない決定的な特徴がある。身体を動かさなくても成立することだ。
北海道の雪景色を千葉県の自宅から眺めることができ、紀伊半島の入り江を東京の通勤電車の中で見ることもできる。気に入れば数秒で「いいね」を押し、あとで見たいと思えば保存できる。しかし、その場所へ本当に行こうとすれば事情は変わる。休みを確保し、交通手段を調べ、費用を払い、場合によっては宿を予約し、家族や同行者の日程まで合わせなければならない。
画面の中では指一本で越えられた距離が、現実世界では時間と金と手間という摩擦に変わる。
だから、ある町をSNSで知った人が全員そこを訪れるわけではない。町を知り、その中の一部が興味を持ち、さらにその一部が検索を行い、交通や予算を調べ、その条件を越えた人だけが実際に町へやって来る。そして来訪した人の中から食事をする人、宿泊する人、地域の商品を買う人が現れ、その一部がもう一度訪れる。
自治体にとって本当に知りたいのは、最初のフォロワー数だけではなく、この長い過程のどこまで人が進んだのかということではないだろうか。
フォロワーが10万人いても、ほとんどの人が画面の中から町を眺めるだけなら、その町に落ちる観光消費は限られる。反対にフォロワー数がそれほど多くなくても、実際に訪れた人が何泊か滞在し、地元の店で食事をし、再び戻ってくるのであれば、地域との関係はずっと深い。
「見た」という数字と「来た」という数字と「泊まった」という数字と「また来た」という数字は、似ているようでまったく違うのである。
フォロワー数は、町だけを測っているのではない
さらに厄介なのは、SNSのフォロワー数が町そのものの魅力だけで決まるわけではないことである。
地方自治体による観光情報発信を扱った研究では、Xを対象に分析した結果、フォロワー数の多いアカウントの中には、フォローや投稿の共有を応募条件とするキャンペーンによってフォロワーを獲得している例が確認されている。つまりフォロワー数には、地域への純粋な関心だけではなく、アカウントの運営方法も入り込んでいる。
同じ町であっても、写真の撮り方、動画編集、投稿する時間、更新頻度、担当職員の経験、人気キャラクターの存在、キャンペーンの有無によって数字は変わる。極端に言えば、町の魅力を測っているつもりが、実は広報担当者の技術を測っていることさえあり得る。
だからといって、自治体SNSのフォロワー数に意味がないわけではない。情報を必要とする人へ届ける能力もまた、現在の自治体には必要な力だからである。ただし「発信のうまい自治体」と「人を呼べる地域」と「住みたいと思われる町」は、それぞれ別の能力である。
優れた映画の予告編を作る能力と、優れた映画そのものを作る能力が同じではないように、町を美しく見せる能力と、そこへ行った人を満足させる能力も同じではない。
人口で割れば「人気指数」になるのか
南伊勢町のようにフォロワー数が人口を上回ると、単純なフォロワー数よりも、人口に対する比率を見たくなる。2026年8月の数字なら、1万3840人のフォロワーを人口9858人で割ると約1.40になる。
小さな町が、自らの人口の1.4倍に相当するフォロワーを持っているという事実は確かに興味深い。しかし、この1.40をそのまま「地域人気指数」のように扱うことはできない。
なぜなら分子にあるのはInstagram上のアカウント数であり、分母にあるのは住民基本台帳上の住民数だからである。フォロワーの中には町民もいるだろうし、町外の出身者も、観光経験者も、まだ訪れたことのない人もいる。一人が複数のアカウントを持つこともあり、企業や団体のアカウントが含まれることもある。
したがって「フォロワー数÷人口」が示しているのは、町の人気そのものというより、人口規模に対して公式アカウントがどれほど大きな情報ネットワークを形成しているか、という一つの補助的な見方だと考える方がよい。
それでも、この指標には面白さがある。人口100万人の都市が5万人のフォロワーを持つ場合と、人口1万人の町が1万人を超えるフォロワーを持つ場合では、その数字が持つ社会的な意味は違うからだ。
大切なのは、数値をランキングに変えて勝ち負けを決めることではなく、「なぜ人口の小さな町を、これほど多くの人が外から見ているのか」と問い直すことである。
SNSで人気なのに人が来ないとすれば、どこで止まっているのか
ここまで考えると、「SNSで人気なのに人が来ない町には共通点がある」と決めつけることはできない。全国の多くの自治体について、フォロワー数、投稿数、観光客数、宿泊施設、交通利便性、大都市圏からの距離などを統計的に比較しなければ、そのような一般化はできないからである。
しかし、一つの仮説を立てることはできる。
SNSで「行ってみたい」と思わせるところまでは成功しているのに、その先にある「どうやって行くのか」「到着したら何をするのか」「どこで食べるのか」「どこに泊まるのか」という段階で、人が止まってしまう町があるのではないか。
たとえば夕日の美しい海岸を動画で見て心を動かされたとしても、最寄り駅からの交通手段が分かりにくく、食事のできる場所や宿泊施設の情報も見つけにくければ、「いつか行きたい」という気持ちは、そのままスマートフォンの保存一覧の中で眠り続けるかもしれない。
もしそうであるなら、自治体が次に考えるべき課題は、フォロワーをさらに増やすこととは限らない。情報発信という入口が十分に機能しているなら、その先にある二次交通、宿泊、飲食、予約のしやすさ、周遊の仕組みを改善した方が、人の動きにつながる可能性がある。
長い間、「地方には魅力があるのに発信できていない」と言われてきた。しかしSNS時代には、魅力を伝えることには成功しているのに、現実の地域側がその関心を受け止めきれないという、逆方向の問題も考えなければならない。
本当に人が集まっているかは、別の数字が教えてくれる
では、町に本当に人が集まっているかを知りたければ、何を見ればよいのだろう。
残念ながら、答えはSNSの画面ほど華やかではない。観光入込客数だけでなく、宿泊客数、交通機関の利用、人がどれくらい滞在したのか、地域でどれくらい消費したのか、何度訪れたのかといった異なる数字を重ね合わせる必要がある。
しかも、単純に人数が多ければよいとも限らない。年間100万人が訪れても、短時間で通過し、地域ではほとんど消費しない町があるかもしれない。その一方で来訪者が20万人でも、数泊して地元の宿や飲食店を利用する人が多ければ、地域経済への影響は大きくなる。
近年では携帯電話の基地局情報やGPS(Global Positioning System・全地球測位システム)などから得られる人流データを使い、どこから人が来て、どの場所に滞在し、どのように移動したのかを捉える方法も使われ始めている。従来の「何人来たか」という数字から、「どんな動きをしたか」を見る方向へ、地域分析そのものが変わりつつある。
こうなると、観光政策で本当に知りたい数字も変わってくる。町を知った人が何人いるのかだけではなく、そこから何人が訪れ、何時間滞在し、どの地域を歩き、いくら使い、何年後に戻ってきたのか。その連続した流れを見なければ、SNSの成功が地域の成功に変わったのかどうかは分からない。
それでもSNSには、従来の統計にはないものが映っている
ここまで数字の限界を書いてくると、自治体SNSのフォロワー数など見ても仕方がないように感じられるかもしれないが、そうではない。SNSには、従来の観光統計では捉えにくかった人たちが映っている。
観光入込客数が数えるのは基本的に、すでに地域へ来た人である。しかしSNSには、町を知ったばかりの人、まだ訪れたことはないが興味を持っている人、以前訪れて好感を持った人、故郷を離れて暮らしている人、遠くから町を応援している人も含まれる。
もちろん、フォロワー数だけを見ても、その中の何人が未訪問者で、何人が観光経験者なのかは分からない。それを本当に知りたければ、フォロワーへの調査が必要になる。それでも、住民と観光客という二つの箱だけでは収まらない人々が、町の周囲に存在していることをSNSは可視化している。
住んではいないが毎年訪れる人、地元の商品を買う人、ふるさと納税をする人、町の写真を共有する人、いつか訪れたいと思って情報を見続ける人は、住民でも典型的な観光客でもない。しかし人口が減少する地域にとって、このような薄く長い関係を持つ人々は、今後ますます重要になっていくだろう。
そう考えると、SNSのフォロワー数は「観光客数の代用品」として見るからおかしくなるのであって、「町との弱いつながりがどこまで外へ広がっているかを見る数字」として扱えば、別の価値が見えてくる。
「人気の町」という言葉を、一度疑ってみる
自治体公式SNSで人気の町と、実際に人が集まる町は同じなのか。
現時点のデータから、全国の自治体について「両者には相関がない」とまで言うことはできない。それを証明するには、多数の自治体を対象に、フォロワー数だけではなく、人口、交通、宿泊施設、大都市圏からの距離、観光資源、投稿頻度などを同時に調べる必要がある。
さらに難しいのは因果関係である。SNSが人気になったから観光客が増える場合もあれば、もともと有名で観光客の多い町だからSNSのフォロワーも増える場合がある。軽井沢や箱根のような観光地を考えれば、後者の方向が存在することも容易に想像できる。
だから、「フォロワーが多いから人気の町だ」という説明も、「フォロワーを増やせば観光客が増える」という説明も、数字の見た目ほど単純ではない。
むしろ町を見るときには、何人が知っているのか、何人が興味を持っているのか、何人が実際に訪れたのか、何人が泊まったのか、そして何人がもう一度戻ってきたのかを、別々の問いとして考えた方がよい。
南伊勢町の公式Instagramを見ている1万3840のアカウントと、軽井沢を訪れる年間約800万の利用者延数と、箱根の約2031万という入込観光客数は、一見するとすべて「人気」を表す数字に見える。しかし実際には、それぞれ違う現象を測っている。
その違いを消して一列のランキングに並べると、町は単純になる。しかし違いを残したまま眺めると、地域は急に複雑で面白いものになる。
画面の中では、人口1万人に満たない小さな町でも、一枚の美しい写真によって何万人もの視線を集めることができる。しかしスマートフォンを閉じれば、その町には道路があり、バス停があり、店があり、宿があり、そこで暮らしている人がいる。
「いいね」が増えることと、町に人の足音が増えることは同じではない。
けれど、その二つの間にある距離を測ることができれば、なぜ人が町を知り、なぜ行こうと思い、なぜ実際に訪れ、あるいはなぜ画面の中で引き返すのかが見えてくる。
自治体SNSの本当の価値を考えるべき場所は、フォロワー数の大きさそのものではなく、おそらくその距離の中にある。

