地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 駅前に観光客が増え、休日になると飲食店の前に列ができる。海岸や観光施設の駐車場には県外ナンバーの車が並び、自治体の統計には前年を上回る来訪者数が記録され、「観光客過去最高」という言葉が広報紙や新聞を飾る。町は以前より賑やかになったように見えるのだが、そこで暮らしている人に話を聞くと、給料が上がったという実感は乏しく、商店街の空き店舗もそれほど減らず、若者の流出も止まっていない。

 人が増え、お金も使われているはずなのに、なぜ町に暮らす人の所得はそれほど増えないのだろうか。この疑問は、観光政策を考えるうえでかなり重要である。観光客数という数字は目に見えやすく、増減も分かりやすいため、自治体にとって目標に設定しやすい。しかし、観光客が町で使ったお金と、その町で暮らす人の所得として最終的に残るお金は、必ずしも同じものではない。

 観光客数が増えても住民所得が伸びない原因は一つではなく、地域の産業構造、生産性、季節性、雇用形態、人口構成なども関係する。そのなかでも、とくに見落とされやすい有力な原因の一つが、観光によって町に入ったお金が地域内に十分残らず、途中で地域外へ流れてしまうことである。

観光客が使った1万円は、町の所得1万円ではない

 旅先で1万円を使ったとしよう。宿泊代、昼食代、土産物代、交通費などとして支払われたその1万円を、私たちはつい「地域に1万円落ちた」と考えてしまう。しかし、その1万円すべてが地域住民の所得になるわけではない。

 たとえば宿泊施設が地域外の企業によって所有されていれば、利益の一部は地域外の本社へ移る可能性がある。レストランが町外から食材を仕入れていれば、その代金は町の外へ出ていき、土産物店の商品が遠方の工場で製造されていれば、販売された場所はその町でも、生産によって生まれる所得の多くは別の地域に帰属する。また、そこで働いている人が町外から通勤していれば、支払われた賃金の多くは町外の家計へ持ち帰られる。

 つまり、観光客の支出は町に入った瞬間にすべて住民所得へ変わるのではなく、仕入れ、賃金、利益、設備投資などに分かれながら、それぞれ別の場所へ流れていく。その過程で地域住民の賃金や地元企業の利益になった部分が、初めて地域に残る所得として意味を持つ。

 この違いがあるため、観光客数や観光消費額だけを見ても、町がどれだけ豊かになったのかは分からない。

「売れている町」と「稼いでいる町」は同じではない

 商品が1000円で売れたからといって、その1000円すべてが店の所得になるわけではない。商品を仕入れる費用があり、光熱費があり、設備費や輸送費があり、それらを差し引いたあとに、その事業によって新しく生み出された価値が残る。

 経済では、この新しく生み出された価値を付加価値として考える。さらに重要なのは、その付加価値が誰に分配されるのかということであり、従業員への賃金として地域住民に渡る場合もあれば、企業所得として地域外の本社や所有者に渡る場合もある。

 このため、町の観光関連売上が増加していても、地域住民の所得が同じ割合で増えるとは限らない。売上高が大きくても地域で生み出される付加価値が小さかったり、その付加価値のかなりの部分が地域外へ流出したりすれば、町の表面的な賑わいと住民の所得には大きな差が生まれる。

 大型観光施設ができ、来場者数が急増した町を想像すると分かりやすい。駐車場は満車になり、周辺道路には車が増え、自治体が発表する観光客数も大きく伸びる。しかし、施設を所有する企業、商品の仕入れ先、広告会社、予約を仲介する事業者などが町外にあり、地域に残るのが現場従業員への賃金の一部だけであれば、町全体として得られる所得は見た目ほど大きくないかもしれない。

 町には観光客がいる。売上も立っている。それでも豊かになった実感が弱いとすれば、町で生まれた売上と、町に残る所得との間に距離がある可能性を疑う必要がある。

本当に重要なのは、お金が地域内で次の所得を生むかどうかである

 同じ100万円の観光消費でも、その経済効果は地域によって異なる。違いを生む一つの要因が、最初の観光需要によって生まれた所得が、地域内の取引を通じてさらに別の所得を生むかどうかである。

 たとえば地元の旅館が地元農家から野菜を購入し、その農家が地域の商店で買い物をし、商店主が町内の事業者へ仕事を依頼すれば、最初に観光客が支払ったお金から生まれた所得が、別の取引を通じて次の所得を生み出していく。よく「お金が地域の中を何周するか」と表現されるが、同じ紙幣が物理的に何周もするという意味ではなく、ある人の支出が別の人の所得になり、それが新たな需要を生む連鎖のことである。

 一方、宿泊施設が食材も備品も地域外から購入し、利益を地域外へ送り、従業員の多くも町外から通勤しているなら、観光客が支払ったお金から生まれる所得は早い段階で地域外へ移っていく。

 観光地の賑わいだけを見ても、この違いはほとんど分からない。人通りの多さや駐車場の混雑は、観光客が来たことは示してくれるが、その消費から生まれた所得が地域内でどこまで広がったのかまでは教えてくれないからである。

日帰り客100人と宿泊客100人では同じ「100人」ではない

 観光客数という数字には、もう一つ大きな弱点がある。それは、経済的にはまったく異なる旅行者を、すべて同じ1人として数えてしまうことである。

 海岸を散歩して飲み物だけを買って帰る人も、町に宿泊し、夕食を食べ、翌朝に地元の店で土産を買う人も、観光客数という統計では同じ1人になることがある。しかし、地域で使われる金額は大きく異なる。

 その意味では、「今年は観光客を10万人増やす」という目標にはかなり大きな曖昧さがある。10万人増えても、その多くが短時間滞在で消費額が小さければ、地域所得への影響は限られる。一方、観光客数がほとんど増えなくても、宿泊する人が増え、滞在時間が長くなり、飲食や体験などへの支出が増えれば、地域に生まれる所得は大きくなる可能性がある。

 ただし、宿泊客なら必ず地域への経済効果が大きいと考えるのも正確ではない。宿泊料金そのものが高くても、その施設が地域外資本で、食材、備品、人材、予約サービスなどを広く地域外に依存していれば、地域に残る割合は小さくなることがある。

 だから見るべきなのは、単純な宿泊客数でも消費額でもなく、その消費のうち、どれだけが地域の所得へ変わったのかというところまで含めた構造である。

観光客が増えれば、町には費用も発生する

 観光には収入だけではなく費用もある。観光客が増えれば、道路や駐車場の利用が増え、ごみ処理、公衆トイレ、清掃、観光案内、景観整備などの行政負担が増えることがある。繁忙期に交通渋滞が発生すれば、観光に直接関係のない住民も移動時間の増加という負担を受ける。

 もちろん、これらは観光そのものを否定する理由ではない。問題なのは、観光による追加的な所得と、観光客増加によって地域社会に発生する追加費用との関係である。

 観光関連企業には売上が入り、その利益の一部が企業や所有者へ帰属する一方で、道路整備やごみ処理などを自治体が負担するなら、利益を受け取る主体と費用を負担する主体が一致しない場合がある。その結果、町全体では観光客が増えていても、住民が享受する利益は限定的で、行政負担だけが大きく感じられることも理論上あり得る。

 だから自治体が観光政策を評価するときは、来訪者数や観光消費額だけでなく、観光によってどれだけ住民所得が増え、そのために行政や住民がどれだけ追加費用を負担したのかという費用と便益の両面を見る必要がある。

地産地消を増やせばすべて解決するわけでもない

 観光消費を地域内に残す方法として、地元産品の利用がよく提案される。宿泊施設が地元の魚を使い、飲食店が地元農家の野菜を使い、土産物を地域企業が製造すれば、観光消費から生じる所得が地域に残りやすくなるという考え方であり、その方向自体には合理性がある。

 しかし、地元から買えば必ず地域が豊かになるというほど単純でもない。

 地元農家が野菜を生産していても、肥料、燃料、農業機械などを地域外から購入していれば、その段階で所得の一部は外へ流れる。地域内の加工会社が魚を加工していても、包装材、設備、物流サービスを地域外へ依存しているかもしれない。また、地域内企業の商品が極端に高価で生産性も低い場合には、地域内調達を増やすことだけが地域全体の利益を最大化するとは限らない。

 そのため本当に見るべきなのは、「地元企業から買ったか」だけではなく、その企業がどこから仕入れ、誰を雇い、どこへ利益を再投資し、どの程度の付加価値を生み出しているのかという一段深い構造である。

 地域経済とは、店が何軒あるかという話ではなく、企業と家計の間にどのような取引の網が張られているかという問題なのである。

観光客が多いのに若者が出ていく町

 観光地として有名でありながら、若い世代が仕事を求めて都市部へ出ていく地域も珍しくない。この現象も、観光客数だけを見ていると理解しにくい。

 観光産業が多くの雇用を生んでいても、需要が特定の季節に集中し、労働時間や雇用期間が安定せず、付加価値が低いために賃金を上げにくい構造であれば、仕事の「数」が存在しても、若い世代がそこで長期的な生活を組み立てられるとは限らない。

 ただし、すべての観光業が低賃金で不安定だと考えるのも適切ではない。高付加価値の宿泊業や飲食業、体験型観光、専門的サービスなどによって高い所得を生み出している地域もあるため、問題なのは観光業そのものではなく、どのような事業構造を持つ観光産業なのかという点にある。

 地域に必要なのは、単に雇用者数を増やすことではなく、その仕事によって住民が安定して生活できる所得を得られることである。

観光客数より住民所得を見れば、政策の景色が変わる

 ここまで考えると、観光客数という指標そのものが無意味なのではないことも分かる。観光客数は地域への需要の大きさを知る重要な指標であり、観光政策を考えるうえで必要である。ただし、それは最終目標というより、途中経過を示す指標として扱った方がよい。

 その先に、1人当たり消費額、宿泊率、滞在時間、地域内調達率、地域住民へ支払われる賃金、地域企業に残る利益、さらに観光関連の行政費用まで並べれば、その町の観光が地域経済にどのような影響を与えているのかが見えやすくなる。

 さらに考え方を進めれば、「観光客1人が増えることで地域住民の所得はいくら増えるのか」という指標も考えられる。観光客数を2倍にしても地域所得がわずかしか増えない町と、観光客数はほとんど変わらなくても地域内調達や高付加価値化によって住民所得が大きく伸びる町とでは、後者の方が地域経済として効率的である可能性がある。

 こう考えると、観光政策の目的も変わってくる。大量の観光客を集めることそのものではなく、限られた観光需要から地域に残る価値をどれだけ大きくできるかという問題になるからである。

ただし、観光客が増えたから所得が増えなかったとは簡単には証明できない

 ここで一つ注意しておかなければならないことがある。ある町で観光客が20%増え、その同じ時期に住民所得が伸びなかったとしても、それだけで「観光客を増やしても所得は増えない」と結論づけることはできない。

 住民所得には、観光以外にも多くの要因が影響する。製造業の縮小、高齢化、人口減少、通勤構造の変化、年金所得、景気、物価などが同時に動いているため、観光客数と所得の単純な比較だけでは因果関係を判断できない。

 実際に特定の町について観光が住民所得へどの程度影響したのかを調べるには、観光消費額だけではなく、地域企業の仕入れ先、従業員の居住地、賃金、企業所得、域外への支払い、観光関連行政費などを調べる必要がある。さらに厳密に分析するなら、産業間の取引関係や時系列変化、他地域との比較も必要になる。

 したがって、「観光客が増えているのに住民所得が増えない町」には一つの原因だけがあるのではなく、地域外への所得流出、生産性の低さ、雇用の季節性、産業構造などが組み合わさっていると考える方が現実に近い。

 この記事で考えている地域内の所得循環は、そのなかでも特に重要でありながら、観光客数という分かりやすい数字の陰に隠れやすい問題なのである。

本当に強い観光地は、人が多い町なのか

 観光地の成功を写真に撮ろうとすると、私たちはどうしても人の多い場所を選ぶ。満員の海岸、行列のできた飲食店、観光バスが並ぶ駐車場には、誰にでも分かる活気がある。

 しかし、地域経済の強さそのものは写真には写らない。

 宿泊料金のうち、いくらが地域住民の賃金になったのか。食卓に出された魚や野菜を誰が生産したのか。土産物を誰が製造したのか。企業の利益はどこへ行き、そこで働く人はどこに住み、受け取った給料をどこで使ったのか。観光客が町を離れたあと、その日に町へ入ってきたお金から生まれた所得が、どの程度地域に残っているのか。

 この流れを追わなければ、観光が本当に地域を豊かにしているのかは分からない。

 人口減少が進む地方では、とくにこの視点が重要になる。観光客を無制限に増やすことができる地域は少なく、道路や駐車場、環境容量にも限界がある。しかし、同じ数の観光客から生まれる地域所得を増やす余地は残されている。

 地域の旅館が地域企業と取引し、地域企業が住民を雇い、そこで生まれた所得が再び地域の店や事業者へ向かう。その循環を少しずつ太くできれば、巨大な観光地ではない小さな町でも、観光を地域経済の力へ変えることができる。

 反対に、その循環が細いまま観光客だけを増やしていけば、町は以前より賑やかになっても、住民の暮らしはそれほど豊かにならないかもしれない。

 観光客が帰った夕方、駐車場から車が消え、賑わっていた通りが静けさを取り戻したとき、その日町へ入ってきたお金から生まれた所得のうち、どれほどが町に残っているのだろうか。

 観光政策を評価するとき、本当に数えるべき数字は、訪れた人の数だけではない。その人たちが帰ったあと、地域にどれだけの価値が残ったのかという数字なのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

有限会社アードレでは、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

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