いま書店に入れば、話題の小説やビジネス書、コミック、雑誌が並んでいる。店によって規模の違いはあるものの、本を買う場所という基本的な役割そのものは、昭和の書店と大きく変わっていないようにも見える。
しかし、昭和の書店を知っている人にとって、現在の書店にはどこか違うものがある。
それは単純に「昔のほうが本が多かった」という話ではない。
昭和の書店には、本と一緒に、その時代の文化そのものが並んでいたのである。
書店に行かなければ、何が流行しているのか分からなかった
インターネットのなかった時代、世の中で何が読まれているのかを知る方法は限られていた。
新聞には書籍広告があり、テレビでは話題の作家が紹介されることもあった。しかし、新しい本や雑誌を実際に一覧できる場所として、書店は圧倒的に重要だった。
店に入ると、入口付近には新刊が積まれている。その横にはベストセラーがあり、雑誌棚にはその月の表紙が一斉にこちらを向いていた。
そこで初めて、
「こんな本が出たのか」
「この作家は最近人気があるらしい」
「こんな雑誌が創刊されたのか」
と気づく。
いまであれば検索サイトやSNS(Social Networking Service)が担っている「世の中で何が起きているのかを発見する機能」を、当時の書店はかなりの部分まで担っていたのである。
書店は単なる小売店ではなかった。
情報の入口だった。
雑誌棚は、その時代の社会そのものだった
昭和の書店を思い出すとき、現在以上に大きな存在感を持っていたのが雑誌である。
週刊誌、月刊誌、漫画雑誌、文芸誌、女性誌、男性誌、音楽誌、映画誌、クルマ雑誌、オートバイ雑誌、鉄道雑誌、カメラ雑誌、無線雑誌、コンピュータ雑誌、模型雑誌。
さらに子ども向けの学習雑誌まであった。
雑誌棚を一周するだけで、その時代の人々が何に関心を持っているのかが見えた。
昭和後期になると、若者向けの雑誌文化はさらに大きくなる。
『POPEYE』のような雑誌を見れば、アメリカのファッションや生活文化を知ることができた。クルマやバイクの雑誌を開けば、まだ実際には所有できない乗り物について想像を膨らませることができた。オーディオ雑誌を読めば、スピーカーやアンプを比較しながら、自分なりの理想のシステムを考えることができた。
旅行雑誌を開けば、まだ行ったことのない町があった。
雑誌は情報媒体であると同時に、未来を想像する装置でもあった。
だから昭和の書店では、買う予定のない雑誌まで眺めた。
その偶然が重要だったのである。
文庫本には独特の存在感があった
昭和の書店を語るうえで欠かせないのが文庫本である。
新潮文庫、岩波文庫、角川文庫、講談社文庫、中公文庫、集英社文庫など、それぞれの出版社が異なる性格を持っていた。
文庫本は安価で、小さく、持ち歩くことができた。
学生や若い会社員にとって、それは非常に重要だった。
一冊の単行本を買うことには少し決断が必要でも、文庫本ならば比較的手軽に買える。学校帰りや仕事帰りに一冊買い、電車の中や喫茶店で読むという生活が成立していた。
特に1970年代から1980年代になると、文庫は単なる廉価版ではなく、若者文化の一部にもなっていく。
角川文庫の存在はその象徴だった。
映画と小説が結びつき、広告と出版が結びつき、作家そのものが若者文化の中に入っていく。
本を読むという行為が、勉強だけでも教養だけでもなく、「自分がどのような人間でありたいか」を表す行為になっていた。
書店の文庫棚には、小さな本が並んでいた。
しかし、その一冊一冊の向こうには、かなり大きな世界があった。
本屋には「知らない本」があった
現在、本を買うときには検索することが多い。
作家名や書名を入力し、目的の本を見つけて購入する。
これは極めて便利である。
一方、昭和の書店では少し違う買い方が多かった。
最初から買う本を決めずに店へ行くのである。
棚を眺めていると、知らない作家の本が目に入る。
タイトルが気になる。
表紙が気になる。
裏表紙の紹介文を読む。
少し迷った末に買う。
この過程には検索とは違う性質がある。
検索では、基本的には「すでに知っている何か」を探す。
ところが棚を見る行為では、「存在すら知らなかった何か」に出会える。
これは書店という空間が持っていた重要な機能だった。
文学を読む人が哲学の棚に迷い込み、歴史を読んでいた人が科学書を手に取り、小説を買いに来た学生が隣に置かれていた評論を読む。
そうした偶然の移動があった。
書店では、知識がカテゴリーごとに完全には分断されていなかったのである。
小さな町にも本屋があった
昭和の町を思い出すと、駅前や商店街に小さな書店があった。
現在の大型書店のように何十万冊もの在庫を持つわけではない。
間口の狭い店も多かった。
しかし、そこには新聞や雑誌、新刊、文庫、参考書、漫画などが並んでいた。
学校の近くなら参考書や辞書が充実していたし、町によっては教科書を扱う書店もあった。
家族経営の店では、店主が長年そこに立っていた。
客の顔を覚えていることさえあった。
新しい雑誌が発売される曜日になると店に行く。
発売日になると漫画雑誌を買う。
夏休み前になると課題図書を見る。
受験が近づけば参考書を探す。
書店は生活の中に組み込まれていた。
本を買うという目的だけでなく、「ちょっと本屋を見てくる」という行動そのものが成立していたのである。
参考書売り場は学生にとって重要な場所だった
昭和の書店には、学生にとってもう一つ特別な場所があった。
参考書売り場である。
現在ならインターネットで評判を調べ、通販で購入することもできる。しかし当時は、実際に本を開いて比べることが非常に重要だった。
同じ数学でも、説明の細かい参考書、問題中心の問題集、受験向けの分厚い本が並んでいる。
英和辞典を何冊も比較する。
赤本と呼ばれる大学入試過去問題集を探す。
資格試験の本を眺める。
それらを買うことは、ときには「これから勉強を始める」という決意のようなものでもあった。
新品の参考書を持って店を出ると、少しだけ賢くなったような気持ちになった人もいたのではないだろうか。
もちろん、買っただけで勉強したことにはならない。
それでも書店には、人間に何かを始めさせる力があった。
書店は暇つぶしのできる場所でもあった
昭和にはスマートフォンがなかった。
駅で人を待つ時間も、バスを待つ時間も、現在のように画面を眺めて過ごすことはできない。
そういうとき、書店に入ることがあった。
待ち合わせまで20分ある。
本屋を見る。
雑誌を眺める。
文庫本を見る。
気づけば一冊買っている。
書店は、数少ない「一人で入っても不自然ではなく、何も買わなくてもある程度の時間を過ごせる場所」でもあった。
この意味でも、書店は都市や町の文化的な公共空間に近い役割を持っていた。
図書館ほど静粛ではなく、喫茶店のように注文も必要ない。
商品を売る場所でありながら、同時に文化を眺める場所でもあった。
書店の匂いと音
文化の記憶は、情報だけでできているわけではない。
書店には匂いがあった。
新しい本の紙とインクの匂い。
古い店なら、少し時間の経った紙の匂いも混じっていた。
店内には音楽が流れていることもあったが、基本的には静かだった。
本を棚から抜く音。
ページをめくる音。
レジの音。
雑誌を立ち読みする人々。
こうしたものまで含めて、昭和の書店という空間だった。
インターネット書店では、本の情報は得られる。
電子書籍なら、その場で読むこともできる。
しかし匂いも、棚の高さも、隣で別の本を見ている人の存在もない。
便利さとは別の次元で、失われたものがある。
なぜ書店に長くいられたのか
昭和の書店では、目的もなく長い時間を過ごすことができた。
なぜだったのだろうか。
一つには、情報が不足していたからだろう。
現在は情報が多すぎる。
知りたいことがあれば検索すればよい。
動画を見ることもできる。
レビューも読める。
昭和は逆だった。
情報を得られる場所そのものが少なかった。
だから書店に並ぶ本や雑誌には、一冊一冊に現在以上の情報価値があった。
もう一つは、選択肢が適度に限られていたことである。
インターネット上ではほぼ無限の本から選ぶことができる。
しかし町の書店に並んでいる本は有限である。
その限られた棚の中から選ぶ。
これは不便である。
しかし、人間にとって有限の選択肢は必ずしも悪いことではない。
目の前にあるものをじっくり見るからである。
消えていったものは、本だけではない
昭和から平成、そして令和へと移る中で、多くの町から書店が姿を消した。
その原因を単純に「本を読まなくなったから」と考えるのは十分ではない。
大型店への集中、インターネット通販、電子書籍、雑誌販売の減少、人口減少、商店街の衰退など、複数の変化が重なっている。
そして書店が一軒なくなると、単に本の販売場所が一つ減るだけではない。
新しい本を偶然見つける場所がなくなる。
雑誌の表紙から世の中を眺める場所がなくなる。
子どもが参考書を選ぶ場所がなくなる。
待ち合わせまで本を眺める場所がなくなる。
町から小さな文化的空間が一つ消える。
この意味で、書店の減少は流通の変化だけでは説明できない。
町の文化構造そのものの変化でもある。
昭和の書店にあったもの
では、昭和の書店には何があったのだろう。
本があった。
雑誌があった。
文庫があった。
参考書があった。
しかし、それだけではない。
まだ知らない作家との出会いがあった。
行ったことのない土地への想像があった。
買えないクルマやオーディオへの憧れがあった。
いつか読みたい難しい本があった。
自分とは違う世界で生きる人々の物語があった。
そして何より、「知らないものを見に行く場所」があった。
現在は昭和よりはるかに多くの情報を、瞬時に手に入れられる。
それは間違いなく進歩である。
それでも、ときどき思う。
何を探しているのか自分でも分からないまま書店に入り、棚から一冊を取り出し、その本によって自分の興味そのものが変わってしまう。
昭和の書店にあった最も大切なものは、本そのものではなく、そんな偶然の出会いだったのかもしれない。

