町から店が一軒消えるとき、その変化はたいてい静かに始まる。ある日突然、商店街全体がなくなるわけではなく、最初は高齢になった店主が店を閉め、しばらくすると衣料品店のシャッターが下り、その数年後には本屋や靴店がなくなっている。それでも食品店やコンビニエンスストアが残っているうちは、町の生活は以前とそれほど変わっていないように見えるが、最後に日常の買い物を支えていた店まで閉じると、住民は初めて、その町がいつの間にか別の生活圏へ変わっていたことに気づく。
では、店が成立しにくくなる人口には境界線があるのだろうか。人口5000人ならまだ大丈夫で、4000人を割ると危険になるのか、それとも人口1000人の町でも小売業は十分成立するのか。この問いには、実は参考になる公的統計がある。ただし、その数字をそのまま「店舗経営の採算人口」と読んでしまうと、地域商業の実態をかえって見誤ることになる。
人口600人の自治体にも食料品店は存在する
国土交通省は、三大都市圏を除く市町村について、人口規模と各種生活サービス施設の存在との関係を分析している。その結果を見ると、飲食料品小売業が存在する自治体の割合が50%を超える人口規模はおよそ600人、80%を超えるのはおよそ2200人とされている。コンビニエンスストアでは50%がおよそ2200人、80%がおよそ3800人となり、さらに総合スーパーでは50%がおよそ4万7500人、80%がおよそ6万2500人にまで上昇する。スポーツ用品店や男子服店など購入頻度の低い専門店も、食品店やコンビニエンスストアよりかなり大きな人口規模を必要とする傾向が示されている。
もっとも、この数字には重要な注意が必要である。国土交通省が示しているのは、ある人口規模の自治体のうち、その業種の事業所が一つ以上存在する自治体の割合であって、「人口600人いれば食品店が黒字になる」「人口3800人いればコンビニエンスストアの採算が取れる」という意味ではない。600人という数字は、人口600人程度の自治体でも半数程度には何らかの飲食料品小売業が存在していたという統計上の境目であり、店舗経営に必要な損益分岐点を示したものではないのである。
さらに、この施設立地確率の分析には2014~2015年前後の経済センサスや商業統計などが用いられているため、現在の出店基準そのものを表した数字でもない。その後、インターネット通販は一段と普及し、人件費や物流費も上昇し、ドラッグストアやコンビニエンスストアを取り巻く競争環境も変化した。したがって、600人、2200人、3800人という数字は、現在の企業が用いる最新の採算基準ではなく、全国の立地実態から人口規模と施設の存在との関係を捉えた目安として読むのが適切である。
店を支えているのは行政人口ではなく商圏である
小売店を支えるのは、市役所の統計表に載っている人口そのものではない。実際にその店まで来て、商品を購入する人の数と、その人たちがそこで使う金額である。人口5000人の町に食品スーパーが一軒あったとしても、5000人全員がそこで買い物をするわけではなく、隣の市の大型店へ車で行く住民もいれば、通勤先で買い物を済ませる人もおり、宅配やインターネット通販へ消費が流れることもある。
反対に、人口2000人ほどの町であっても、観光客が年間を通して訪れ、周辺地域からも買い物客が流入するのであれば、住民人口だけでは説明できない規模の商業が成立する可能性がある。この意味で、本当に重要なのは行政区域の人口ではなく、店舗が実際に取り込める商圏人口と購買力であり、そこには住民だけでなく観光客、通勤者、通過交通による需要が加わる一方、競合店舗や域外への買い物流出による減少も生じる。
同じ人口3000人でも、住宅が一つの市街地にまとまっている地域と、山間部や海岸沿いに集落が広く分散している地域では、小売店にとっての市場の大きさは同じではない。前者では比較的短い距離の中に顧客が集まっているため、一店舗へ需要を集約しやすいが、後者では行政人口が3000人存在していても、どこに店舗を置いても十分な人数を近距離から集めにくい場合がある。そのため人口密度や住民の空間的な分布も、小売店の成立条件を考えるうえで重要な説明要因になる。
人口が減ると、店は一斉になくなるのではない
人口減少地域を考えるときに興味深いのは、すべての業種が同じ人口規模で消えていくわけではないことである。国土交通省の分析では、飲食料品小売業がかなり小規模な人口でも存在するのに対し、スポーツ用品小売業の存在割合が50%を超える人口規模はおよそ8500人、80%ではおよそ1万7500人、男子服小売業ではそれぞれおよそ1万2500人と2万2500人まで大きくなる。
この違いは、小売業の商品特性を考えれば理解しやすい。食料品は毎日のように購入されるため、一人の住民が一年間に生み出す需要が比較的大きいが、衣服やスポーツ用品を毎日買う人はいない。購入頻度が低ければ、一人当たりから得られる年間売上も小さくなり、その分だけ広い商圏から多くの顧客を集めなければ店舗を維持しにくくなる。
ただし、この統計だけから「人口が減ると必ず専門店から順番に閉店する」とまでは断定できない。国土交通省の分析は、人口の異なる多数の自治体を比較した横断的な分析であり、同じ町を長期間追跡して、どの業種がどの順番で撤退したのかを調べたものではない。それでも立地確率を見る限り、専門性が高く購入頻度の低い店舗ほど、大きな人口規模を必要とする傾向があることは明瞭であり、人口減少の影響を受けやすい構造にあると考えることはできる。
こうして地域商業の衰退は、「店がある状態」から突然「店がない状態」へ変わるのではなく、最初に購入頻度の低い商品の選択肢が少なくなり、その後、日常商品を扱う店舗同士の競争が減り、最後には食品や日用品を扱う店さえ一店舗しか残らないという形で進む可能性がある。人口減少とは、店がゼロになる現象より前に、住民が商品や店舗を「選べなくなる現象」として現れるのである。
一軒残っていることと、地域商業が安定していることは違う
施設の「存在」を測る統計には、もう一つ見えにくい問題がある。町に食品店が一軒残っていれば、統計上は飲食料品小売業が「存在する自治体」に分類されるが、その店の経営者が高齢で後継者がおらず、設備更新も難しくなっているとすれば、店舗が存在していることと、その地域の買い物環境が長期的に安定していることは同じではない。
人口減少地域では需要の縮小と経営者の高齢化が同時に進むことがあり、既存店が閉店したあとに、新しい事業者が参入するとは限らない。人口が小さく将来の市場縮小が予測される地域ほど、新規出店する側から見た投資回収の不確実性も大きくなるため、現在一店舗が存在しているという事実だけでは、将来もその店舗機能が維持されるとは判断できない。
しかも、人口5000人の町でスーパーが二店舗から一店舗になる場合と、一店舗からゼロになる場合では、店舗数としてはどちらも一店舗減少だが、住民生活に与える影響は大きく異なる。二店舗が一店舗になれば選択肢は失われるものの町内で買い物はできるが、一店舗がゼロになれば、食品を購入するという日常行為そのものに自動車や公共交通、宅配など別の移動手段が必要になるためである。
この意味で、店舗数と生活利便性の関係は単純な比例関係ではない。最後の一店舗が失われる影響は、その前の一店舗が失われる影響よりはるかに大きくなり得る。
「買える町」と「買いに行かなければならない町」の境界
小売店の減少が深刻なのは、それが単に商業の問題ではなく、地域で生活できる条件そのものを変えてしまうからである。農林水産政策研究所は、食料品店まで500メートル以上離れ、かつ自動車を利用できない65歳以上の人を食料品アクセス困難人口として推計しており、2020年には全国で約904万人、65歳以上人口のおよそ4人に1人に相当するとされた。
2015年の推計と比べると約9.7%増えているが、この数字については注意も必要で、2020年推計では対象店舗にドラッグストアが加わるなど使用データや条件に変更があるため、単純な時系列比較はできない。それでも、高齢化が進む日本社会において、店舗までの距離と自動車利用の可否を組み合わせた「買い物への到達しやすさ」が重要な政策課題になっていることは確かである。
これは、地域の買い物問題を人口だけでは捉えられないことも示している。人口が比較的多くても、店舗が市街地の一か所に集中し、自動車を運転できない高齢者が周辺集落に多く住んでいれば、生活上の買い物環境は厳しい。一方で人口が少なくても、住民がコンパクトな地域に暮らし、徒歩圏内に店舗があれば、数字から想像するほど不便ではない場合もある。
高齢化すると同じ人口でも商圏の性質は変わる
人口規模が同じでも、その年齢構成が変われば地域の小売市場は同じではない。人口5000人の町が十年間で4500人になった場合、人口減少率だけを見れば10%だが、その間に子育て世帯や現役世代が大幅に減少し、高齢者の割合が上昇していれば、必要とされる商品や交通手段、来店頻度など小売需要の構成そのものが変化している可能性がある。
ここで、「高齢者が増えるほど小売需要が小さくなる」と単純化することもできない。食品、医薬品、宅配サービスなど高齢者人口の増加によって需要が維持される分野もあり、反対に自動車利用が難しくなれば遠方の大型店舗より近隣店舗への需要が強まる場合もある。しかし、小規模な近隣需要が店舗の人件費、物流費、設備費などの固定的な負担を十分に支えられるとは限らず、店を必要とする住民が多いにもかかわらず、経営としては成立させにくいという矛盾が生じる。
人口減少地域の小売問題が難しいのは、単に需要がなくなるからではなく、需要の総量、需要の場所、住民の移動能力、商品の種類が同時に変化するからである。
あえて境界線を考えるなら「2000~4000人」は注意すべき人口帯である
それでは最初の問いに戻ろう。地域の小売店は人口何人を下回ると成立しにくくなるのかという問いに、一つだけの数字で答えることはできない。それでも、地方自治体における基本的な買い物機能という観点から国土交通省の立地確率を見ると、人口2000~4000人程度は一つの注意すべき人口帯として捉えることができる。
飲食料品小売業の存在割合が80%を超える人口規模がおよそ2200人である一方、コンビニエンスストアでは50%を超える規模がおよそ2200人、80%を超える規模がおよそ3800人となっている。そのため、人口4000人を大きく上回る地域では基礎的な小売機能が比較的存在しやすいのに対し、2000人前後まで人口が小さくなると、食品店やコンビニエンスストアといった日常的な買い物機能でさえ、地域条件による差が大きくなると読むことができる。
ただし、この2000~4000人という数字は、国が定めた「小売店の限界人口」でも、企業の採算基準でもない。複数の施設立地確率を重ね合わせたとき、基礎的小売機能の存在が地域条件によって左右されやすくなる人口帯を、この記事の分析上の目安として示したものである。
観光客が多い地域なら人口1000人でも複数の店舗が成立することはあり得るし、反対に人口1万人あっても住民の多くが近隣都市へ買い物に出てしまえば、中心市街地の商業が衰退することもある。したがって人口とは店の運命を決める数字ではなく、小売機能を維持する条件がどの程度厳しくなっているかを示す、一つの圧力計と考える方が実態に近い。
店がなくなると人口が減るのか
地域商業については、人口が減ったから店が減るという一方向の関係だけでなく、店が減ることによって地域の暮らしにくさが増し、それが人口流出の一因になる可能性も考えなければならない。住宅を購入したり移住先を選んだりするとき、人々は住宅価格だけを見ているわけではなく、スーパーまでの距離、病院や学校へのアクセス、公共交通、自動車を運転できなくなった後の生活まで含めて居住地を評価する。
ただし、「店舗が閉店したから人口が減った」と単純な因果関係を断定することはできない。人口減少地域では、雇用の減少、学校統廃合、公共交通の縮小、医療機能の低下、高齢化など複数の変化が同時に進むためであり、小売店の減少もそれらと共通する人口構造や経済条件から生じている可能性がある。
それでも、買い物環境の悪化が生活利便性を低下させ、人口流出を促す一因になり得ることは、国の人口減少地域に関する政策分析でも懸念されている。人口減少が店舗撤退を促し、店舗撤退を含む生活サービスの低下が地域の魅力を弱め、それがさらなる人口流出につながるという循環は、少なくとも十分に想定すべき構造である。
人口5000人の町に大型店を呼ぶことが正解なのか
人口減少地域では、「新しいスーパーを誘致できないか」という議論が起きることがある。しかし人口5000人の町が将来4000人、3000人へ縮小していくと予測されているとき、店舗面積と品ぞろえの大きさだけを求めれば、その店が必要とする売上規模と地域人口との間に、次第に大きな隔たりが生じる。
そこで重要になるのは、「現在と同じ形の店をどう残すか」という発想から、「住民が必要な商品を買える状態をどう残すか」という発想への転換である。小規模店舗と宅配を組み合わせる方法、移動販売車が集落を巡回する方法、買い物バスや乗合交通を利用する方法、既存店舗が配達機能を持つ方法などは、いずれも従来型の大型店舗をそのまま維持するのではなく、人口密度が低下した地域で商業機能だけを別の形へ組み替える試みと考えることができる。
人口が減少しても、食料や日用品を必要とする人がいなくなるわけではない。問題は、その需要が一つの店舗を維持できるほど一定の場所に集まらなくなることであり、そこに人口減少地域の小売問題の核心がある。
最後の店が閉まる前に、町はすでに変わっている
人口減少を語るとき、私たちは1万人が9000人になった、5000人が4000人になったという人口そのものの数字に目を奪われやすい。しかし、住民が日常生活の中で経験する人口減少は、統計表の数字としてではなく、町から少しずつ選択肢が消えていく風景として現れる。
三軒あったスーパーが二軒になり、二軒が一軒になり、衣料品を買うには隣町まで行くようになり、本や靴を買うにはさらに遠い都市へ出なければならなくなる。やがて自動車を運転できることが、その町で暮らし続けるための事実上の条件となり、運転できない住民にとっては行政区域の人口が何人残っているかより、最寄りの店まで何キロあるのかという数字の方が重要になる。
地域の小売店が成立しにくくなる人口を考えることには意味があるが、本当に見るべきなのは「人口何人で最後の一店舗が消えるのか」という一点だけではない。人口6000人、4000人、3000人、2000人と縮小していく途中で、どの業種が成立しにくくなり、住民がどれだけ店舗を選べなくなり、日常の買い物のためにどれだけ遠くまで移動しなければならなくなるのかを見る方が、地域の変化をはるかに早く捉えることができる。
町の商業が終わる日は、最後の店がシャッターを下ろした日ではない。そのずっと前から、住民が「この町では買えないから隣町へ行こう」と考える回数が少しずつ増え、町の内部で使われていた購買力が外へ流れ始めている。人口減少地域の小売問題とは、店がなくなる瞬間を探す問題ではなく、生活を支えていた選択肢がどのような順序で細くなっていくのかを見つめる問題なのである。

