リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

近松門左衛門の虚実皮膜論は、令和の文学にも通じるのか

 「これは実話をもとにした物語です」という一言が付いただけで、作品の見え方が少し変わることがある。同じ悲劇でも、本当に起きた出来事だと思えば登場人物の苦しみが急に身近に感じられる読者もいるだろうし、逆に完全な創作だと知っているからこそ安心して物語へ入り込める人もいる。実際、心理学の研究でも「実話に基づく」という情報が作品のもっともらしさや評価を高める場合がある一方、没入感や好感度に明瞭な違いが生じない場合も報告されている。つまり、人間は単純に「事実だから感動する」のではなく、事実と虚構の関係を意識しながら物語を読んでいるのである。

 この複雑な感覚を考えていくと、三百年ほど前の大坂で人形浄瑠璃を書いていた近松門左衛門の言葉へ行き着く。近松の芸術論として有名な「虚実皮膜論」である。しかし、この言葉を「文学は現実と嘘を半分ずつ混ぜればよい」という意味に取ってしまうと、近松が考えていた問題の面白さはほとんど失われてしまう。彼が問うていたのは、事実と虚構をどの割合で混ぜるかではなく、現実そのものと、人間が「現実らしい」と感じる表現との間には、なぜずれが生じるのかという問題だった。

「虚実皮膜論」という本を近松が書いたわけではない

 まず押さえておきたいのは、近松自身が『虚実皮膜論』という著書を書いたわけではないということである。近松は体系化された芸術論を著書として残しておらず、今日「虚実皮膜論」と呼ばれている考え方は、近松の死後、穂積以貫が近松から聞いた話として『難波土産』に記したものを中心に後世まとめられたものである。そこには「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也」という有名な言葉が伝えられており、現在では一般に、芸術は現実そのものでも完全な作り事でもなく、その微妙な接触面に成立するという芸論として理解されている。

 ただし、この「間」という言葉を数学的な中間地点のように考えてはいけない。現実が五割、虚構が五割という話ではなく、現実に忠実でありすぎても芸にはならず、現実から離れすぎても観客には届かないという、表現の微妙な距離について語られているからである。

 近松がこの問題を考えた背景には、人形浄瑠璃という芸能そのものが抱えていた矛盾がある。舞台上の人形は木でできており、本当の感情も人生経験も持っていない。それにもかかわらず、観客は人形の恋に胸を痛め、人形の死に涙を流す。生きていない木偶が、ときには生身の人間以上に「生きている」と感じられるのである。これは現実を忠実に再現するだけでは説明できない現象だった。

本物そっくりなら、本当にリアルなのか

 『難波土産』に伝えられた近松の話には、この問題を象徴する興味深い例がある。家老を演じる役者について、本物の家老そのままに振る舞えば、それで優れた芝居になるのかという問題である。現実の家老が舞台役者のような化粧をしているわけではないのだから、現実を忠実に再現しようとすれば、むしろ舞台上では地味で分かりにくい人物になってしまうかもしれない。そこで役者は現実を少し変形し、観客が「家老らしい」と感じる身振りや表情を作り出す。そのとき舞台上に現れるのは現実の家老のコピーではないが、観客にはかえって家老らしく見える。

 さらに『難波土産』には、恋する女性のために、愛する男性の姿を毛穴や歯の数までそっくりに再現した木像を作ったところ、あまりにも生身の人間そのままであったため女性が気味悪がってしまった、という趣旨の逸話も伝えられている。この話を史実そのものとして受け取る必要はないが、近松の芸論を説明する比喩としては非常に分かりやすい。私たちが「本物らしい」と感じるものと、本物を寸分違わず複製したものとは、必ずしも同じではないのである。

 写真より肖像画の方が、その人物らしく見えることがある。実際の会話より、巧みに作られた映画の台詞の方が人間の本音を言い当てているように感じることもある。人間がリアリティと呼んでいるものは、現実との物理的な一致だけによって生まれるのではなく、見る側が持っている経験、期待、感情、物語の文脈などによって作り上げられている。

小説は、現実を削ることで現実に近づく

 この考えを小説に置き換えると、虚実皮膜論は急に現代的になる。例えば実際の夫婦喧嘩を三十分録音し、一言一句そのまま文字に起こしたとする。そこには沈黙、言い直し、同じ話の繰り返し、話題の脱線、本人たちにしか分からない言葉などが大量に含まれているだろう。それは記録としては忠実だが、読者がその夫婦の関係を理解する文章として優れているとは限らない。

 小説家はそこから不要な部分を削り、何度も繰り返された言葉を一つの台詞へまとめ、実際には数日離れて起きた出来事を一晩の出来事として組み直すかもしれない。現実には降っていなかった雨を降らせることさえあるだろう。そうして事実から離れていくにもかかわらず、作品の中では、二人の間にあった怒りや寂しさや未練が現実以上にはっきり見えてくることがある。

 ここに文学の奇妙さがある。虚構を加えることによって事実から離れているはずなのに、人間の感情については、かえって現実へ近づく場合があるのである。

 近松が女形について語った話も、この問題とつながっている。現実の女性なら実際には口にしないような言葉を舞台上の女性に言わせることで、現実の女性が胸の内に秘めている「情」を表現できることがある。実際の言動をそのままコピーするのではなく、現実には存在しなかった言葉を作ることで、現実に存在していた感情が観客に見えるようになる。

 したがって、虚実皮膜論を単なる「嘘を上手に混ぜる技術」と考えるのは適切ではない。そこにはむしろ、「事実を正確に写すことと、人間についての真実を表現することは同じなのか」という、現在の文学にもそのまま残っている問いがある。

「虚構だから感情移入できない」は本当なのか

 心理学的に考えても、虚構であると分かっている物語が人間の感情を動かすこと自体は不思議なことではない。私たちは映画を見ながら、スクリーンに映っている人物が俳優であることを知っている。それでも登場人物が死ねば悲しくなり、危険な場面では緊張する。小説についても同様で、そこに書かれている人物が実在しないと理解していても、その人物の人生を頭の中で想像し、感情を追体験することができる。

 物語研究や認知心理学では、フィクションを人間関係や感情を疑似的に経験する一種のシミュレーションとして捉える考え方がある。ただし、文学を読めば必ず共感性が高まるとか、実話だと分かれば必ず感動が強くなる、とまで言うことはできない。読者の性格、作品のジャンル、物語への没入の程度などによって結果は変わり、研究でも一貫した効果が出ているわけではないからである。

 それでも、虚構だと理解しながら人間が泣いたり笑ったりできるという現象そのものは確かに存在する。近松が人形浄瑠璃の舞台で向き合っていたのも、結局はこの問題だったのではないだろうか。観客は人形が木でできていることを知っている。それでも、その木偶の中に人間を見る。その瞬間、虚構は現実の代用品ではなく、現実を感じるための別の経路になる。

令和の文学では「皮膜」がますます見えやすくなった

 虚実皮膜論が令和になって突然復活したわけではない。文学は昔から、現実から距離を取るためだけではなく、現実を別の角度から見せるためにも虚構を用いてきた。したがって、「昔の虚構は現実から逃げるためのものだったが、現代になって現実と近づいた」と単純に整理することはできない。

 ただし現代文学では、事実と虚構の境界そのものを作品の仕掛けにする作品が以前にも増して意識されている。その代表として挙げられるのが、オートフィクションである。

 オートフィクションという言葉そのものは令和になって生まれたものではなく、一般にはフランスの作家セルジュ・ドゥブロフスキーが1977年に用いた概念として知られている。作者自身の人生と物語上の人物を近づけながら、どこまでが事実でどこからが創作なのかを意図的に揺らす作品では、読者は「これは作者本人の経験なのだろうか」と考えながら読むことになる。そのため、事実と虚構の境界が消えるというより、むしろ境界そのものが目立つようになる。

 日本文学には、それ以前から私小説という大きな伝統がある。もちろん私小説とオートフィクションは同じものではなく、その成立事情も文学制度も異なる。しかし、作者、語り手、主人公の距離が読者の読み方に影響するという点では、両者を比較する意味はある。作者本人に似た人物が登場すれば、読者は作品世界の外側にいる作者の人生まで意識するようになり、その結果、作品の中の一文が単なる創作ではなく、作者自身の告白のように感じられることさえある。

 ここでも不思議な逆転が生じる。虚構を加えれば現実から遠ざかるはずなのに、読者にはかえって「これは作者の本音なのではないか」と感じられる場合がある。作れば作るほど本当らしくなり、本当らしく書けば書くほど、どこまでが本当なのか分からなくなる。その不安定な境界こそ、現代の読者が歩いている「皮膜」なのである。

文学の虚構と「嘘」は同じではない

 もっとも、虚実皮膜論を令和へ持ち込む際には、慎重に区別しておかなければならないことがある。現在では事実と虚構の境界が揺らぐ現象が、文学だけでなくニュース、広告、動画、SNS(Social Networking Service・ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にも広がっているため、「真実と嘘の境界など曖昧なのだ」と言ってしまえば、文学の虚構と偽情報を同じものとして扱うことになりかねないからである。

 しかし両者は根本的に違う。小説を読むとき、読者は基本的にそこに書かれている出来事が創作であり得ることを承知している。芝居を見る観客も、舞台上で起きた殺人を現実の事件だとは考えない。その暗黙の約束が存在するからこそ、作者は実際には起きなかった出来事を作り、現実には存在しない人物を生きさせることができる。

 一方、ニュースとして提示される情報には、「これは現実に起きた出来事について述べている」という別の約束がある。そこで意図的に虚偽を事実として示せば、作品内部で虚構を作るのとは意味がまったく違う。

 したがって近松の「虚と実の皮膜」は、真実と嘘を区別しなくてもよいという思想ではない。むしろ虚構であると分かったうえで、その虚構から人間についての真実を感じ取るという、芸術固有の仕組みを考えたものとして読む方が自然である。

生成AIは、現代の「人形」なのか

 そして令和には、近松の時代には存在しなかった新しい問題が加わった。生成AI(Generative Artificial Intelligence・生成型人工知能)である。

 生成型人工知能は、大量の文章から言語のパターンを学習し、小説らしい文章、恋愛小説らしい台詞、悲しい回想のような文章まで生成することができる。その登場によって、「作者とは誰なのか」「創造性とは何なのか」「人間と道具の境界をどこに置くのか」といった問いが、文学や芸術の世界でも改めて議論されるようになった。

 ここで人形浄瑠璃を思い出すと、不思議な類似が見えてくる。木偶には人生経験も感情もない。それにもかかわらず、近松の文章、太夫の語り、人形遣いの動きが重なれば、観客はその人形の悲しみに涙する。生成型人工知能にも、人間と同じ意味で幼少期の記憶や失恋経験があるわけではない。それでも生成された文章を読んだ人間が、そこに悲しみや孤独を感じることはあり得る。

 もちろん、人形浄瑠璃と生成型人工知能が同じだということではない。これは科学的な同一性ではなく、表現の構造を比較するための類推にすぎない。しかし、感情を持たない媒体を通して、人間が感情を受け取るという点では興味深い共通性がある。

 むしろ近松から学べるのは、木偶だけを見ても人形浄瑠璃を理解できないということである。そこには作者がおり、太夫がおり、三味線があり、人形遣いがいる。同じように生成型人工知能を用いた作品についても、機械が文章を生成したという一部分だけを見るのではなく、誰が指示を与え、誰が文章を選び、どこを削り、どのような作品として提示したのかという制作過程全体を見る必要があるだろう。

 そう考えると、令和に現れた「皮膜」は、事実と虚構の境界だけではない。人間と機械、経験と言葉、作者と道具、創作と編集の境界にも、新しい皮膜が生まれている。

文学は「本当のことを書く技術」ではない

 では、近松門左衛門の虚実皮膜論は、令和の文学にも通じるのだろうか。結論を言えば、十分に通じる。ただし、それは近松が三百年前にオートフィクションや生成型人工知能を予言していたという意味ではないし、人形浄瑠璃のために語られた芸論を、そのまま現代の文学理論として使えるという意味でもない。

 それでも、近松が向き合った問いそのものは古びていない。現実そのものよりも作られた物語の方が、人間に現実を強く感じさせることがあるのはなぜなのか。実際には誰も口にしなかった台詞が、なぜ人間の本心を言い当てているように聞こえるのか。作者が体験した出来事をそのまま記録した文章より、存在しない人物について書かれた小説の方が、なぜ自分自身の人生について考えさせてくれることがあるのか。

 文学は現実をそのまま映す鏡ではない。もし完全な鏡ならば、そこに映るのは私たちが毎日見ている現実と同じものだけである。しかし文学は現実を削り、並べ替え、誇張し、時には存在しなかった出来事を加える。その加工された像を通して初めて、日常の中では見落としていた人間の感情や社会の姿が見えてくることがある。

 だから優れた小説を読み終えた読者は、ときに「こんなことは現実には起こらないだろう。それでも、なぜか分かる」と感じる。考えてみれば不思議な感想である。事実ではないと理解しながら、その物語を真実のように受け取っているからである。

 三百年前、近松門左衛門が「実」と「虚」の間に見ていたものは、まさにこの奇妙な場所だったのかもしれない。事実だけでは届かず、嘘だけでも届かない。その薄い境界で、作り物が突然、人間の現実へ触れる。

 令和になっても文学が文学であり続ける限り、その皮膜が消えることはないだろう。むしろ実話と創作、人間と生成型人工知能、記録と物語の境界が以前より複雑になった現在だからこそ、近松の古い言葉は思いがけず新しく響く。三百年前の人形浄瑠璃の舞台と、令和の小説や生成型人工知能との間には途方もない時間が流れているが、そこで人間が問うていることは、案外変わっていないのである。

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 平野啓一郎と三島由紀夫を並べると、最初に目につくのは文体である。平野が『日蝕』によって文壇に登場したとき、その古風で濃密な文章から三島由紀夫を連想する読者は少なくなく、実際に平野自身も、十代で『金閣寺』を読んだ経験が文学へ向かう大きな契機になったことを繰り返し語っている。後年には大部の『三島由紀夫論』を書き上げているから、両者を比較すること自体に無理はない。

 しかし、二人を「華麗な文章を書く純文学作家」として並べるだけでは、あまり面白くない。むしろ興味深いのは、三島から強い文学的刺激を受けた平野が、自己とは何かという問題について、最終的には三島とはかなり違う場所へ進んだように見えることである。二人の距離を測るためには、文体よりも「私は誰なのか」という問いを見る方がよい。

 三島には「仮面」があり、平野には「分人」がある。この二つの言葉を並べると、戦後文学から現代文学へ、人間の「自己」をめぐる考え方がどのように変化したのかまで見えてくる。

仮面の下に「本当の自分」はいるのか

 『仮面の告白』という題名からは、本当の自分を隠すために人が仮面をつけているという単純な構図を想像しやすい。ところが三島が描いた世界は、それほど単純ではない。社会に適応するために始めた演技が長く続けば、演じている人格そのものが自分の一部になっていく。仮面を外せば、その下から純粋な「本当の私」が現れるとは限らないのである。

 ここには、今日から見ても古びない自己の問題がある。仕事をしているときの自分、家族といるときの自分、親しい友人といるときの自分、一人でいるときの自分は、必ずしも同じではない。だからといって、会社で礼儀正しく振る舞う自分が偽物で、家で冗談を言っている自分だけが本物だということにもならない。それぞれの場面で現れる人格は違っていても、すべて同じ一人の人間から生じている。

 平野啓一郎の「分人主義」は、この問題をさらに押し進める。平野は、人間の中心に唯一の「本当の自分」があり、その周囲で複数の人格を演じているとは考えない。相手や環境との関係によって生まれる人格を「分人」と捉え、それらをすべて本当の自分だと考える。恋人といるときに現れる自分も、仕事をしているときに現れる自分も、昔の友人と再会したときに現れる自分も、それぞれがその人自身なのである。

 この点だけを見ると、三島の「仮面」と平野の「分人」は意外なほど近い。二人とも、人格の奥深くに一つだけ純粋で透明な「本当の私」が存在するという素朴な自己観に疑問を投げかけているからである。ただし、ここから先で二人の方向は大きく分かれていく。

三島は「一致」を求め、平野は「複数性」を受け入れる

 三島の文学をたどると、内面と外面、思想と行為、言葉と身体のあいだに生じるずれを、そのまま放置できない作家だったことが見えてくる。平野自身も三島論の中で、三島が肉体の一回性や個体性を重視し、認識と行動、思想と人生を一致させようとした問題を論じている。

 この観点から『金閣寺』を読むと、主人公の溝口が金閣について考え続けるだけでは終われず、最後には放火という行為へ進むことにも、一つの筋が見えてくる。美について認識するだけでは世界は変わらず、言葉によって考えたことを行為へ変換しなければならない。もちろん、これは放火という行為を肯定するという意味ではない。重要なのは、三島文学の内部で「考えること」と「行うこと」の距離そのものが重大な問題になっていることである。

 平野は、この地点から別の方向へ進んだように見える。平野の分人主義では、人間が一つの矛盾のない人格へ収束することは必ずしも理想ではない。仕事場の自分と家庭での自分が違っていても、それだけで人格が破綻しているわけではなく、むしろ人間が複数の関係の中で生きている以上、その違いは自然に生じる。

 ここで「三島は一つの自己を完成させようとした」と断定してしまうと、三島文学を単純化しすぎる。より慎重に言えば、三島には、内面と外面、認識と行為、思想と人生の乖離を克服し、それらを一つの生の中で一致させようとする強い志向があった。それに対して平野は、人間が複数の関係の中で異なる人格を持つこと自体を否定せず、むしろその複数性を自己の構造として引き受けようとしているのである。

 同じ「私は誰なのか」という問いから出発しながら、三島は自己の不一致に緊張し、平野は自己の複数性に居場所を与えた。この対照こそ、二人を比較する最も面白い地点の一つだろう。

三島が身体へ向かったとき、平野は関係へ向かった

 三島にとって、言葉だけでは自己を保証できないという問題は次第に大きくなっていった。小説家は勇気について書くことも、美について語ることも、死を描くこともできる。しかし文章を書いている身体は、その間も安全な椅子に座って生きている。言葉で語る自分と、現実の身体として存在する自分との距離は消えない。

 だから三島にとって身体は単なる健康や美貌の問題ではなかった。身体を鍛え、自らを写真にさらし、肉体を一つの表現として提示したことは、言葉の世界だけに存在する作家から、現実の肉体を持つ主体へ近づこうとした試みとして読むことができる。『太陽と鉄』において言葉と肉体の関係が正面から問題になるのも、その延長線上にある。

 一方、平野が自己を考えるときに前面へ出てくるのは、身体そのものよりも他者との関係である。『マチネの終わりに』では、一人の相手と出会ったことによって、それ以前とは異なる自分が生まれる。『ある男』では、名前や戸籍や過去の物語が揺らいだとき、それでもその人物を同じ一人として愛せるのかが問われる。『本心』では、死んだ母を技術によって再現しようとする試みを通じて、最も親しい相手でさえ、その「本心」を完全には知ることができないという他者性が浮かび上がる。

 三島が自己の一貫性を支える場所を、より身体や行為の側へ求めたとすれば、平野はより関係の側から人間を考えている。この違いは決して小さくない。身体は原則として一人に一つしかなく、その人生には取り返すことのできない一回性があるが、関係は複数存在し、新しい関係の中では新しい分人が生まれる可能性があるからである。

「人生の決定版」を求める文学と、過去を書き換える文学

 三島の作品にはしばしば、一回的で決定的な瞬間への強い関心が現れる。美が最も美しく見える瞬間、認識が行為へ転化する瞬間、人間が後戻りできない決断をする瞬間である。そのため三島文学では、「一度きりであること」が独特の緊張を生み出す。

 ただし、三島を「瞬間だけを愛した作家」と決めつけることはできない。『豊饒の海』のように、長い時間、記憶、老い、転生を扱った作品もあり、三島の時間意識はもっと複雑である。それでも、取り返しのつかない行為や人生の一回性が、三島文学で重要な位置を占めていることは否定しにくい。

 これに対して平野の小説では、ある出来事が起きた「あと」で、その意味がどう変化するのかが大きな問題になることが多い。恋愛が思い通りに終わらなかったあと、かつて愛した相手について知らなかった事実を知ったあと、死者の言葉を別の角度から理解したあと、過去そのものは変わらなくても、現在の自分が変化することで過去の意味は書き換えられていく。

 この違いを、「三島は決定的瞬間を愛し、平野はその後を考える」と完全に二分してしまうのは乱暴だろう。しかし、三島が人生の一回性や取り返しのつかない行為に強く引き寄せられたのに対して、平野は出来事の意味がその後の人生によって変化し続けることに、より大きな関心を寄せていると読むことはできる。

 そう考えると、二人の人間観の違いは時間の捉え方にも表れている。三島の作品では、ある瞬間が人生全体を決定してしまうことがあるが、平野の作品では、一度決まったはずの人生の意味が後から変わっていく。人生には最終稿がなく、現在が変われば過去の読み方も変わるという感覚が、平野の小説には強く流れている。

二人とも「私は誰か」を考えすぎる作家である

 ここまで相違点を追ってくると、三島と平野は正反対の作家のように見えてくる。しかし、不思議なことに、正反対だからこそ二人はよく似ている。

 そもそも、人間は日常生活を送るだけなら、「私は誰なのか」をここまで執拗に考える必要はない。朝起きて仕事をし、人と話し、食事をし、眠るだけなら、自己とは何かという問題を毎日問い直さなくても生活は成立する。ところが三島も平野も、その問いからなかなか離れない。

 『仮面の告白』では、社会の中で演じている自己と内面の自己との関係が問題となり、『金閣寺』では、美を認識する自己と現実へ働きかける自己との裂け目が描かれる。さらに『豊饒の海』まで進めば、同じ人物であることを保証するものは身体なのか、記憶なのか、それとも別の何かなのかという、自己同一性そのものの問題が姿を現す。

 平野の場合も、『ドーン』『マチネの終わりに』『ある男』『本心』と作品を追っていけば、別の角度から同じ問いが繰り返されていることに気づく。人は他者との関係によって変化する。それでも同じ人物なのか。過去が嘘だったと分かったとき、その人は別人になるのか。最も愛している人についてさえ理解できない部分が残るのなら、そもそも「本当のその人」とは何なのか。

 二人とも、安定した一つの自己という考えを簡単には信用していない。しかし、そこから導く答えが違う。三島は不一致を強く意識し、その裂け目を身体や行為によって埋めようとする方向へ進んだ。平野は裂け目を消すよりも、人間そのものが複数の関係によって成り立っていると考えることで、その複数性を引き受けようとする。

「仮面」は「分人」になったのか

 三島の「仮面」から平野の「分人主義」が直接生まれた、と考えることには慎重でなければならない。平野の思想には三島だけでは説明できないさまざまな背景があり、両者の間に単純な思想的継承関係を設定する資料的根拠も十分ではない。

 しかし、影響関係を証明するのではなく、二つの人間観を比較するという意味ならば、「仮面」と「分人」を並べることには大きな意味がある。三島の『仮面の告白』では、社会のために始めた演技が本人の一部になってしまうという逆説が描かれる。そこからさらに一歩進めて、「そもそも仮面の奥に唯一の素顔があると考える必要があるのか」と問うたところに、平野の分人主義を置いてみることができる。

 恋人といる自分、仕事をしている自分、親といる自分、昔の友人といる自分を、一枚ずつ偽物の仮面として剥がしていっても、最後に誰にも影響されていない純粋な「本当の私」が現れる保証はない。むしろ人間は、そうした複数の関係によって作られているのではないかというのが、平野の側から見た自己の姿である。

 この地点から振り返ると、三島と平野は同じ問いに対して異なる回答を出した作家として見えてくる。三島は、内面と外面、思想と行為、言葉と身体がばらばらであることに耐え難い緊張を感じ、その一致を求め続けた。平野は、人間がそもそも複数であることを前提に、その複数性のまま生きる方法を考えようとした。

 だから、平野啓一郎が三島由紀夫から受け取った最も重要なものを一つ挙げるとすれば、それは必ずしも華麗な文体でも、美に対する感覚でもなかったのかもしれない。「人間とは、いったい誰なのか」という問いそのものだった、と考えてみることができる。

 三島は、その問いに対して、人生を一つの形へ近づけようとした。平野は、その問いに対して、一つの形に収まらないことこそ人間なのだと考えた。ここに単純な継承関係があるわけではなく、むしろ一方の問いが、別の時代に別の答えを引き出したと見る方が自然である。

 そう考えて『仮面の告白』と『ある男』を並べてみると、時代も物語もまったく違う二つの小説が、遠い場所で同じ問いを交わしているように思えてくる。

 「本当の自分は、どこにいるのか」。

 その問いに対して三島は、一生をかけて一つの答えを形にしようとした。そして平野は、その問いの立て方そのものを変えようとしているのかもしれない。本当の自分を一人だけ探すのではなく、誰かといるときに生まれるいくつもの自分を、そのまま自分として引き受ければよいのではないか、と。

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 本屋の平台に、著者名の見えない三冊の本が並んでいるところを想像してみたい。

 一冊目の題名は『こゝろ』。二冊目は『先生の遺書』。三冊目には『親友を裏切った男の告白』とある。じつは三冊とも本文は一字一句同じで、夏目漱石の『こゝろ』だったとしたら、私たちは本当に同じ本として手に取るだろうか。

 『こゝろ』という題名からは、何が起こる小説なのかほとんど分からない。それに対して『先生の遺書』なら、誰が死ぬのか、なぜ遺書を残したのか、その遺書には何が書かれているのかという疑問が生まれる。さらに『親友を裏切った男の告白』まで説明されれば、明治の古典というより、友情と恋愛と罪悪感を描く心理小説のように見えてくる。

 ここから一つの妙な疑問が生まれる。

 私たちが「近代文学は古い」と感じているとき、本当に古いのは本文なのだろうか。それとも、題名、表紙、作者名、教科書で読んだ記憶、「日本文学の名作」という重々しい肩書まで含めた、本の周囲にあるものなのだろうか。

 もし本文をまったく変えず、題名だけを2026年の新刊らしく付け直したなら、突然読んでみたくなる近代文学はあるのか。

 これは単なる改題遊びのようでいて、突き詰めるとなかなか厄介な問題である。なぜなら題名は、本の内容を知らせる名札であると同時に、読者が作品を見る方向を決める最初のレンズでもあるからだ。

本は第一行から始まっているわけではない

 小説を読むという行為を考えると、私たちは本文の第一行から突然作品世界へ入るわけではないことに気づく。その前に題名を見て、作者名を知り、表紙の絵を眺め、帯があればその言葉を読み、文庫なら出版社やシリーズ名まで目にしている。

 文学理論では、こうした本文を取り巻く要素を考えるために「パラテクスト」という概念がある。フランスの文学理論家ジェラール・ジュネットは、題名や作者名、序文、表紙などを、本文そのものとは区別しながらも、本が読者の前に現れ、受け取られるための重要な領域として論じた。彼の比喩を借りれば、そこは作品の内部でも外部でもない「敷居」のような場所である。

 この考え方が面白いのは、作品の意味が本文だけから生まれると考えなくてよくなるところにある。

 たとえば何の情報もなく、「ある男が長いあいだ他人を恐れ、自分を道化として演じ続け、次第に社会との関係を失っていく小説」を読んだ場合と、表紙に大きく『人間失格』と書かれた状態で読む場合では、同じ文章であっても、読者の構えは完全には同じではないだろう。

 題名はまだ物語が始まっていない段階で、読者の頭の中に小さな仮説を作る。「この話はこういう話なのではないか」という予測である。そして私たちは、その予測を持ったまま本文へ入っていく。

 これは文学理論だけの想像でもない。1981年に発表された文章理解の実験では、文章にその主題を示す題名が付いていることで、一定の条件では読後の自由再生、つまり何を思い出せるかが増えることが示された。翌1982年に報告された別の実験では、一つの文章に異なる題名を与えると、それぞれの題名と関係する内容が相対的によく記憶されるという結果が得られている。

 つまり題名は、文章の上に置かれた飾りではない。少なくとも、読者がどこに注意を向け、何を記憶するかには影響し得る。

 さらにSara BartlとErnestine Laheyが2023年に発表した研究では、Amazon.comの書評から構成された約5800万語という大規模なコーパスを調べ、読者が題名を手掛かりとして作品についての期待を形成していることを示す証拠が得られている。これは題名を実験的に変更して販売数を比較した研究ではないため、「題名を変えれば売れる」という因果関係を証明するものではない。しかし、読者が本文を読む前から題名によって何らかの期待を作っている、というこの記事の出発点を支える研究ではある。

 そう考えると、近代文学の題名だけを変えてみるという遊びは、少し違って見えてくる。

 改題とは看板の掛け替えではない。同じ家に、別の入口を作ることなのである。

『こゝろ』を『先生の遺書』に変える、という思考実験の意外な落とし穴

 そこで最初に夏目漱石の『こゝろ』を考えてみたい。

 現代の編集者なら、この小説を『先生の遺書』と題して売り出すのではないか。そう考えると、なかなか魅力的である。『こゝろ』より何が起こるか分かりやすく、秘密と死の気配もある。書店で初めて見る人には、こちらの方が強い題名かもしれない。

 ところが、この改題案には大きな問題がある。

 それは、すでに漱石自身が考えていた題名なのである。

 漱石は『心』の自序で、もともとはいくつかの短篇を書き、それらをまとめて『心』とする予定だったと説明している。そして、その最初の一篇として書き始めたものが『先生の遺書』だった。ところが書いているうちに予想以上に長くなり、それ一篇だけで単行本にすることになったため、「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」という三つの部分に分け、全体には当初の『心』という題を残したのである。

 つまり、2026年の私たちが「もっと内容の分かる題名にしたら売れそうだ」と思って『先生の遺書』を提案すると、1914年の漱石に「それはもう考えた」と言われてしまう。

 しかも、この事実は単なる文学史の小話ではない。

 ここには、題名というものの二つの働きがきれいに現れている。

 『先生の遺書』は非常に具体的である。読者は、先生が何かを書き残すことを知った状態で物語へ入る。一方、『心』あるいは現在一般に『こゝろ』と表記される題名は、ほとんど何も説明してくれない。

 初版をめぐっては表記自体も興味深く、1914年の単行本は『こゝろ』として書誌に登録されている一方、漱石自身の自序では『心』と表記され、初版本の装丁にも「心」と「こゝろ」が併存している。少なくとも、現在の私たちが固定された一種類のロゴのように考えるほど単純な題名ではなかった。

 それでも作品を読み終えてみると、『先生の遺書』より『こゝろ』の方が不思議に大きく見える。

 先生の心だけではない。「私」の心があり、Kの心があり、妻の心があり、親と子の心があり、明治という時代の終わりを前にした人間の心まで、その短い題名の中へ吸い込まれていくからである。

 『先生の遺書』は作品の入口としては強い。しかし『こゝろ』は、出口に立ったときに初めて大きくなる題名なのだ。

 もし本を買わせることだけを目的にするなら、前者が有利な場面はあるかもしれない。しかし、読み終えたあとまで作品を支える題名としては後者の方が強い可能性がある。

 ここで早くも、「売れる題名」と「残る題名」は同じではないのではないか、という問題が現れる。

もし『舞姫』が『ベルリンで彼女を捨てた』だったなら

 森鴎外の『舞姫』は1890年、『國民之友』に発表された。

 ところが、まだ作品を知らない現代の読者が『舞姫』という二文字を見たとき、そこから物語の内容をどこまで想像できるだろう。

 日本舞踊の話かもしれない。芸者や舞妓を描いた小説だと思う人がいても不思議ではない。少なくとも、ドイツへ留学した若い日本人官僚がベルリンで一人の女性と出会い、恋愛と出世、個人的幸福と国家・組織への帰属の間で揺れ、結局彼女を置き去りにして帰国する物語だとは、題名だけではほとんど分からない。

 そこで、2026年の出版社が本文だけ渡され、作品名を自由に付けてよいと言われたとする。

 『ベルリンで彼女を捨てた』

 そんな題名が付いていても、それほど不思議ではない。

 少し刺激的にするなら、『出世のために恋人を捨てた男』でもよいかもしれない。

 もちろん、どちらも文学史上の題名としては耐え難いほど俗っぽい。しかし、書店の新刊台に置くマーケティング上の言葉だと考えれば、恐ろしく内容が分かりやすい。恋愛小説として読むこともできるし、キャリアと人生の選択をめぐる小説として読むこともできる。「明治文学を勉強する」という構えがなくても、人間関係の物語として本を開ける。

 ただし、その瞬間に重大なことが起こる。

 同じ文章なのに、物語の中心が移動するのである。

 『舞姫』という題名なら、読者の視線は自然にエリスへ向かう。しかし『ベルリンで彼女を捨てた』なら、豊太郎の選択と責任が前面に出る。『出世のために恋人を捨てた男』とまで言えば、読者は第一頁を開く前から豊太郎を裁き始めるだろう。

 題名を分かりやすくした結果、物語の解釈が一つの方向へ狭められてしまう。

 これこそ、題名が読者の注意を方向づけるという研究結果と重なる部分である。ただし、ここには注意が必要で、『舞姫』を実際に複数の題名で読ませ、解釈や購買行動の違いを測定した実験があるわけではない。したがって「必ず読み方が変わる」と断定することはできない。

 それでも、題名が読者の期待形成や記憶に影響し得るという実証研究を踏まえれば、「改題によって作品の見え方が変わる可能性がある」という推論には十分な根拠がある。

 そして、その可能性こそが少し怖い。

 売りやすくすることと、作品を豊かに読むことが、同じ方向を向いているとは限らないからだ。

『羅生門』には現代風の題名が必要ない

 では、古い文学ほど現代風の題名に変えた方がよいのか。

 そう単純でもない。その好例が芥川龍之介の『羅生門』である。

 『羅生門』は1915年11月の『帝国文学』に発表され、『今昔物語集』の説話を素材にした作品である。

 この作品を内容の分かる題名にするなら、『生きるために悪人になる夜』くらいは考えられるだろう。もう少し刺激的にするなら、『死体の髪を抜く老婆に出会った夜』でもよい。

 確かに何が起こるかはよく分かる。

 しかし、題名として本当に『羅生門』より強いだろうか。

 巨大な門があり、夕暮れがあり、荒廃した都があり、二階には死体が転がっている。『羅生門』という固有名詞には、作品をまだ知らない人にとっても何か薄暗い響きがある。それが何なのか分からないからこそ、気になる。

 しかも三文字である。

 短く、覚えやすく、視覚的な像を持ち、意味を説明しすぎず、作品を読み終えたあとには場所そのものが倫理的境界のように見えてくる。

 これは現代のコピーライターが考えても、なかなか作れない題名である。

 つまり近代文学の題名が古いという仮説そのものが、ここで崩れる。

 古い作品には古い題名が付いているのではない。百年以上経っても強い題名と、内容を知らなければ入口が見えにくい題名が混在しているだけなのである。

『人間失格』を変えようとすると、たいてい弱くなる

 さらに決定的なのが太宰治の『人間失格』である。

 作品は1948年6月から8月にかけて『展望』に発表された。

 この題名を、現代の読者に分かりやすくしようとしてみる。

 『社会になじめない僕の告白』

 『人が怖くて道化を演じ続けた』

 『誰にも本当の自分を見せられなかった』

 内容との関係だけを考えれば、どれも完全に間違っているわけではない。しかし並べてみると、『人間失格』の恐ろしさが際立つ。

 四文字しかない。

 しかも「この主人公は人間として失格したのだ」と説明しているようでいて、誰が誰を失格と判定したのかは書かれていない。主人公自身なのか、社会なのか、周囲の人間なのか、それとも題名を読んだ私たちなのか。

 その曖昧さの中に、読者自身まで巻き込まれる。

 もし『社会になじめない僕の告白』なら、読者は「そういう人の話なのだ」と一歩離れたところから見ることができる。ところが『人間失格』と言われると、「人間として合格とは何なのか」という問いが、読む側にも返ってくる。

 説明を増やした瞬間に、作品が小さくなるのである。

 これは題名について考えるうえで重要な逆説だろう。

 商品について情報を増やせば、普通は買う側の不確実性が減る。しかし文学の題名では、不確実性を消しすぎることが魅力を消す場合がある。

 優れた題名には情報だけではなく、空白が必要なのかもしれない。

では、題名を変えれば本当に売れるのか

 ここまで読むと、「それなら古典を現代風に改題して売ればよい」という話になりそうだが、科学的にはそこまで言うことはできない。

 これは重要なので、線を引いておきたい。

 題名が読者の期待を形成すること、文章の記憶や注意に影響することについては実証研究が存在する。しかし、『こゝろ』を『先生の遺書』に変えれば販売部数が何%増えるのか、『舞姫』を『ベルリンで彼女を捨てた』にすれば若者の購入率が上がるのか、といった近代文学を対象とした比較実験は確認できない。

 したがって、この記事の「売れそう」という言葉は仮説である。

 ただし、本の中身以外の情報が読者の関心に影響することについては、別の研究から手掛かりがある。Alain d’Astous、François Colbert、Imene Mbarekが新刊への関心を実験的に調べた研究では、著者や出版社の評判、表紙の魅力度など複数の要因が読者の関心に影響することが確認されている。題名そのものを改題して比較した研究ではないため、その結果を題名の効果へ直接置き換えることはできないが、「読者は本文だけを見て本を選んでいるわけではない」という点では重要な示唆を与える。

 つまり科学的に言えるのは、「題名を変えれば売れる」ではない。

 より慎重に言えば、題名は読者の期待形成や記憶を方向づけ得る。そして、本への関心は本文以外の情報にも影響される。したがって、題名を変えることで作品への入口が変化し、その結果として手に取る読者の層や関心が変わる可能性は十分に考えられる、というところまでである。

 それ以上は、まだ実験してみなければ分からない。

 だが、この「分からない」という部分こそ、案外面白い。

 同じ『舞姫』を千人に見せ、半分には『舞姫』、残り半分には『ベルリンで彼女を捨てた』という題名を付け、どちらを読みたいと思うか、その後どの人物を中心に記憶しているかまで調べたなら、一つの立派な文学心理実験になるだろう。

 近代文学は、研究し尽くされた古い標本なのではない。読み手を変え、入口を変えれば、まだ新しい実験のできる対象でもある。

「若者が近代文学を読まないのは題名のせい」とは言えない

 もう一つ、誘惑に負けてはいけない推論がある。

 近代文学が現代の読者、特に若い読者から遠く感じられるのは、題名が古いせいだ、と考えることである。

 これは現時点では証明されていない。

 近代文学への距離感には、旧字体・旧仮名遣い、語彙、文体、歴史的背景、学校教育での扱われ方、読書習慣、作品の長さ、入手方法、映像作品やSNS(インターネット上で人と情報を共有するサービス)との時間競争など、さまざまな要因が考えられる。その中から題名だけを取り出し、「これが原因だ」と言うことはできない。

 ただ、逆のことも言える。

 本文だけを原因だと決めることもできないのである。

 読者は本文へ到達する前に、すでに多くの情報に触れている。題名があり、装丁があり、作者の肖像写真があり、「文豪」という呼び名があり、「高校国語で習った」という記憶があり、場合によっては「名作だから読まなければならない」という義務感まで付いてくる。

 本当は嫉妬や恋愛や裏切り、孤独、貧困、野心、恐怖といった極めて生々しいものを書いた作品が、「日本近代文学」という透明なケースに入れられた瞬間、博物館の展示物のように見えることがある。

 作品を保存するために作った額縁が、作品から読者を遠ざけることもあるのではないか。

 ここから先は、科学的に確立された結論ではない。しかし、題名や表紙といったパラテクストが読者の受容に関係するという研究を踏まえれば、十分検討する価値のある仮説である。

改題すると作品が「分かりやすくなりすぎる」

 それにしても、近代文学を現代風に改題する作業を続けていると、奇妙な傾向に気づく。

 新しい題名は、だいたい説明的になる。

 『こゝろ』は『先生の遺書』になり、『舞姫』は『ベルリンで彼女を捨てた』になる。『羅生門』なら『生きるために悪人になる夜』となり、『人間失格』なら『社会になじめない僕の告白』になる。

 確かに分かりやすい。

 ところが分かりやすくなるほど、小説が小さくなっていく。

 作品には本来、複数の入口がある。『こゝろ』を恋愛の物語として読むこともできれば、友情と罪悪感の物語としても、世代交代や明治の終焉をめぐる物語としても読める。ところが『親友を裏切った男の告白』という題を与えた瞬間、その巨大な作品世界の中から「裏切り」という一本の道だけが太くなる。

 しかも「先生がKを裏切ったからKは自殺した」とまで単純化すれば、作品が意図的に残している不確定性まで消してしまう。先生自身はKの死の理由を完全に知っているわけではなく、その分からなさを抱えながら罪責感を深めていく。その曖昧さこそ、小説の重要な部分なのである。

 題名を売れるようにすることは、作品の説明書を書くことではない。

 説明しすぎれば、まだ読んでいない本を先に解釈してしまうことになる。

もしかすると、変えるべきなのは題名ではない

 そう考えていくと、この思考実験は意外な場所へたどり着く。

 近代文学を現代の読者へ届けるために、本当に題名を変える必要があるのだろうか。

 『こゝろ』はそのままでよい。

 その代わり、帯にこう書く。

 「先生は、なぜ親友への罪を何十年も抱えていたのか。」

 『舞姫』も変えない。

 ただし、「ベルリンで恋人を置き去りにした若きエリート官僚の告白」と紹介する。

 『羅生門』なら、「生きるためなら、人はどこまで悪くなれるのか」と問いかければよい。

 そうすれば百年以上生き残ってきた題名そのものを壊さず、現代の読者に物語への入口だけを差し出すことができる。

 これはジュネットのいうパラテクストを考えると、むしろ自然な方法でもある。本というものは、題名だけで読者へ届くわけではない。表紙、帯、紹介文、版型、デザインといった複数の入口を持っている。

 ならば、作品の名前を変えてしまう前に、その周囲を変えることができる。

 そして、おそらくこちらの方が文学に対して誠実である。

売れる題名と、百年残る題名

 最初の問いに戻ろう。

 タイトルだけ変更したら売れそうな近代文学はあるのか。

 たぶん、ある。

 少なくとも『舞姫』のように、題名から現代の読者が内容を想像しにくい作品には、別の題名を与えることで新しい読者が興味を持つ可能性はある。『こゝろ』についても、『先生の遺書』という具体的な題名の方が、初めて見る人には物語を想像しやすいかもしれない。

 ただし、それによって実際の販売部数が増えるとまでは、現在の研究から断言できない。

 それより興味深いのは、題名を変えてみることで、元の題名がなぜ残ったのかが見えてくることである。

 『人間失格』を現代風にしようとすると、どうしても元より弱くなる。『羅生門』も変えない方がよい。そして『こゝろ』は、一見何も説明していないようで、読み終わったあとには『先生の遺書』よりはるかに広い場所を占めている。

 売れる題名は、読む前に強い。

 優れた題名は、読んだ後にも強い。

 その二つは重なることもあるが、必ずしも同じではない。

 そして近代文学の面白さは、百年前の作者たちが、現代のマーケティング理論など知らなかったにもかかわらず、ときに恐ろしく強い題名を残しているところにある。

 もし今日、『人間失格』という新刊が、作者名を伏せて本屋の平台に置かれていたらどうだろう。

 おそらく私たちは、一瞬見る。

 四文字しかないのに、少し嫌な感じがする。

 自分とは関係のない人間の話だと思いたいのに、題名の方からこちらを見ているような気もする。

 そして、もしかすると手に取る。

 百年近く経ってもそういう力を持つ題名なら、それを現代風に変える必要などないのだろう。

 むしろ「タイトルを変えたら売れるのではないか」と考えるこの実験が最後に教えてくれるのは、反対のことなのかもしれない。

 名作の題名は、作品を売るための包装紙ではない。

 読み始める前には入口であり、読み終わったあとには作品そのものの一部になる。

 だから題名を変えてみると、作品の古さではなく、題名が百年生き残ってきた理由の方が見えてくるのである。

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小説を読んでいるのに、頭の中では俳優が歩いている。

 そんな経験をした人は少なくないだろう。文章には「堺雅人」とも「石坂浩二」とも書かれていない。それでも『半沢直樹』を読めばテレビドラマの表情が浮かび、『犬神家の一族』を開けば金田一耕助の姿や、湖面から突き出した二本の足まで脳裏に現れる。原作を読んでいるはずなのに、そこにはすでに映像の記憶が入り込んでいる。

 考えてみれば奇妙な話である。

 時間の順序では、小説が先にあり、その小説をもとに映画やテレビドラマが作られる。ところが作品が社会に広く浸透すると、この順序が逆転することがある。後から原作を読む人にとっては映画やドラマの方が先に存在し、映像によって作られた人物像や物語の印象を持ったまま、本を開くことになる。

 すると映像化は、単に原作を宣伝する装置ではなくなる。

 映画やドラマによって原作が大量に売れれば、それはまず市場での成功である。しかし、その影響が長く続けば、作品が社会の中でどのように見られるかまで変わってくる。ある場面だけが作品を象徴するものとして記憶されたり、それまで忘れられかけていた作家が新しい世代に発見されたりすることもある。さらに映像作品の人物像が強烈であれば、後から原作を読む人の想像力そのものに入り込み、作品の読み方にまで影響を及ぼす。

 もっとも、ここでは「評価」という言葉を慎重に使う必要がある。

 映画化によって本が売れたからといって、その小説の文学的価値まで高くなったとは限らない。本が売れることと、作品が広く知られることは近いようで異なり、さらに作家そのものが再発見されることや、文学史の中で位置づけが変化することはまた別の現象である。したがって、映像化によって文学的価値そのものが上昇したとまで断定することは難しい。

 それでも、日本には映像化によって原作の社会的な位置や読まれ方が明らかに変化したと考えられる作品がある。

 その代表的な例をたどっていくと、映画やテレビドラマが文学に対して持つ、意外なほど大きな力が見えてくる。

『犬神家の一族』は、一冊の本ではなく「横溝正史」を復活させた

 1976年、市川崑監督の映画『犬神家の一族』が公開された。

 白いゴムマスクをかぶった佐清や、湖面から逆さに突き出した死体の脚は、映画を見ていない人にまで知られるほど強烈なイメージとなった。そして石坂浩二が演じた金田一耕助もまた、その後の横溝作品の受け止められ方に大きな影響を与える存在となった。現在では、こうした映像のいくつかが日本のミステリー文化そのものを象徴するものになっている。

 映画公開と同じ時期、角川書店は横溝正史作品を角川文庫で積極的に展開していた。1976年には角川文庫版の横溝作品全体の販売が1800万部を突破し、『犬神家の一族』自体も大規模なベストセラーとなったことが出版史料から確認されている。

 ただし、ここで「映画一本が忘れられていた横溝正史を突然復活させた」と考えるのは正確ではない。

 横溝作品の再評価は、それ以前から始まっていた。1970年前後には全集が刊行され、1971年には『八つ墓村』が角川文庫に入り、出版側ではすでに横溝作品を新しい読者へ届ける動きが進んでいた。

 つまり1976年の映画は、何もない場所にブームを生んだのではない。

 小さく燃え始めていた再評価の火に、映画と文庫と広告を組み合わせた巨大な風を送り込んだのである。

 その結果、横溝正史の作品世界は、単に昔の探偵小説としてではなく、独特の日本的な闇を抱えた物語として新しい世代に読み直されていった。横溝作品では、古い家や土地に残された因習が人間関係を縛り、その背後に血縁や相続をめぐる過去が横たわっている。そこへ閉ざされた村の空気や怪奇的な殺人が重なることで、単なる謎解きを超えた世界が形づくられている。その世界そのものが、1970年代の読者に新鮮なものとして発見され直したのである。

 ここで重要なのは、『犬神家の一族』の読者だけが増えたわけではないことである。

 映画を見た人が原作を読み、その世界に魅力を感じれば、次には『獄門島』や『八つ墓村』、『悪魔の手毬唄』へと進んでいく。そうなれば、一つの映画が入口となり、映像化されていない作品まで読まれることになる。結果として、一冊の小説の人気上昇が作家全体への関心へと広がっていく。

 映像化が一冊の本を売るのではなく、一人の作家をもう一度文学の棚へ戻す。

 横溝正史の場合、少なくとも社会的受容という意味では、そのような現象が起きたと考えてよいだろう。

『砂の器』では、映画が原作の中心を少し動かした

 松本清張の『砂の器』になると、映像化と原作の関係はさらに複雑になる。

 原作は殺人事件の捜査を軸に進む長編推理小説である。刑事たちは事件の断片を追いながら、言葉の違いや土地の記憶、戸籍に残された過去へ少しずつ近づいていく。その過程で、個人が自分の過去から逃れようとしても、社会の制度や記録がそれを完全には消してくれないという松本清張らしい世界が浮かび上がってくる。

 ところが1974年の野村芳太郎監督による映画版では、原作の中では比較的短く処理されていた父と子の放浪の旅が大きく膨らませられた。

 映画の終盤では、交響曲「宿命」が流れる中、捜査会議と父子の旅の記憶と現在が交互に描かれる。その映像と音楽の力は非常に強く、映画版『砂の器』を代表する場面となった。

 ここで起きたことは、単なる脚色ではない。

 映画は原作に存在する複数の要素の中から父と子の関係を選び、それを物語の感情的な中心へと大きく育てた。過去から逃れようとする人間の姿も、映画では父子の記憶を通してより強く浮かび上がる。そのため映画を先に知った読者は、原作を開いたときにも自然と父と子の線を探しながら物語を読むことになる。

 これは、原作の内容が変わったということではない。

 変わったのは、読者がどこを見るかである。

 文学や映画の受容を考える理論では、読者や観客は作品を完全な白紙の状態で受け取るわけではないとされる。すでに持っている知識や記憶は、新しく読む作品の意味を組み立てる材料になる。そう考えれば、映画を見た記憶もまた、後から原作を読む人にとって一つの前提として働くことになる。

 今日の『砂の器』の受容に、1974年映画版の父子像が強い影響を与えていると考えることには十分な理由がある。

 ただし、それを客観的に完全証明するには、映画を見た読者と見ていない読者を比較し、作品のどこを重要だと感じるかを調べる必要がある。

 だから「映画が原作の意味を変えた」と断言するより、「映画が原作のどこを見るかを大きく変えた可能性がある」と考える方が正確である。

 そして、その方がむしろ面白い。

 文章は一文字も変わっていないのに、作品の中心が少し移動して見えるからである。

『半沢直樹』では、映像が原作の名前まで変えていった

 現代的な例として分かりやすいのが、池井戸潤の『半沢直樹』シリーズである。

 2013年にテレビドラマ『半沢直樹』が放送される以前、原作第一作の題名は『オレたちバブル入行組』、第二作は『オレたち花のバブル組』だった。

 ところがドラマが大ヒットすると状況が一変する。

 放送前にはそれぞれ数十万部規模だった発行部数が急増し、ドラマ開始から約50日後には二作品の合計発行部数が200万部を超えた。

 ここまでは、映像化による典型的な販売促進効果といえる。

 しかし、その後が興味深い。

 現在では講談社文庫版が『半沢直樹1 オレたちバブル入行組』『半沢直樹2 オレたち花のバブル組』という形で整理されている。

 つまり最初は本の題名ですらなかった「半沢直樹」という主人公名が、ドラマによって巨大なブランドとなり、そのブランドが原作側へ戻ってきたのである。

 原作がドラマを生み、ドラマが「半沢直樹」という名前を社会へ広げ、その名前によって再び原作シリーズが編成される。

 出発点と帰着点が一周している。

 もちろん、これは文学的評価が上昇した証拠ではない。むしろ市場的評価と社会的認知が変化した例である。

 しかし、作品の受容を考えるうえでは非常に重要な現象だろう。

 映像化が成功すると、原作の登場人物が作品から外へ飛び出し、社会の共有物になることがある。そしていったん共有物になった人物像が、今度は原作を読む人の頭の中へ戻ってくる。

 「倍返し」という言葉を知り、堺雅人が演じた半沢の表情を知っている読者が、小説の半沢を完全に何も知らない状態から想像することは難しい。

 原作の人物は変わっていない。

 それでも読者の中にいる半沢直樹は、もうドラマ以前の半沢直樹とは同じではないのである。

『白い巨塔』は、何度も「現在」に戻ってくる

 山崎豊子の『白い巨塔』は、さらに異なる形で映像化の力を示している。

 この作品は、映像化される以前から高く評価されていた。大学病院という巨大な組織の中で、一人の医師が上を目指していく過程を描きながら、その成功の陰で何が失われるのかを問い続ける小説である。教授選をめぐる駆け引きや医療過誤裁判は物語を動かす装置であると同時に、専門職が組織の論理に飲み込まれていく姿を映し出している。

 それでも『白い巨塔』は何度も映像化されてきた。

 2003年のテレビドラマ版では物語の舞台が当時の現代へ移され、医療環境も現代に合わせて再構成された。2019年にも再び大型ドラマとして映像化されている。

 なぜ、半世紀以上前に書かれた大学病院の物語が、何度も現代へ移されるのだろう。

 おそらく『白い巨塔』が描いているものが、医学技術そのものではないからである。

 財前五郎が求める地位や成功は、単なる個人的な野心として描かれているのではない。組織の中で評価され、権力を持とうとするとき、人間はどこまで自分の倫理を保てるのかという問題がその背後にある。里見脩二との対照もまた、成功と良心のどちらを選ぶのかという単純な二者択一ではなく、専門家が社会の中でどう生きるのかという問いにつながっている。病院の設備や制度が変わっても、その問いそのものは簡単には古くならない。

 そこで映像化は、作品を「昔の大学病院を描いた小説」から、もう一度「現在の社会にもつながる物語」として提示する役割を果たす。

 ただし、これも「ドラマ化によって原作の文学的評価が上昇した」と言うのは難しい。

 むしろ重要なのは、古典となりつつある作品が、映像化によって何度も現在の時間へ呼び戻されていることである。

 名作が生き残るとは、単に絶版にならないことではない。

 時代が変わるたびに、その作品へ新しい問いを投げかけることができるということなのかもしれない。

映像化は原作の「第二の初版」になる

 こうして四つの作品を比べると、映像化が原作へ及ぼす影響は作品ごとにかなり異なっていることが分かる。

 『犬神家の一族』の場合、映画と出版の連動は一冊の売上を伸ばすだけにとどまらず、横溝正史という作家そのものを新しい読者へ送り届ける力になった。『砂の器』では、映画が原作の父子関係を大きく膨らませたことで、読者がどこに作品の感情的な中心を見るかに影響した可能性がある。

 さらに『半沢直樹』では、映像によって主人公の名前が独立したブランドとなり、その知名度が原作の出版形態にまで戻ってきた。『白い巨塔』の場合には少し性質が異なり、繰り返し映像化されることで、過去に書かれた物語がその時代の問題として何度も提示され直している。

 これらを一括して「文学的評価が上がった」と呼ぶのは粗すぎる。

 しかし、そこには確かに共通する現象がある。

 映像化によって、社会が原作を見るための枠組みが変化しているのである。

 作品そのものは変わらない。

 文章も変わらない。

 それなのに、同じ本が以前とは少し違って見える。

 ここに映像化と文学の関係の面白さがある。

 映画やテレビドラマは原作から物語を借りるだけではない。成功した映像作品は、文章の中にしかいなかった人物へ具体的な顔や声を与え、物語の一場面を社会全体が共有できる記憶へ変えていく。ときには原作ではそれほど大きくなかった要素が映像によって強調され、やがて作品そのものを象徴するものとして定着することさえある。

 そして、その記憶を持った人々が再び本へ戻ってくる。

 だから映像化された小説には、二度の刊行があると考えてみてもよい。

 一度目は、作家が書いた作品が本として世に出たときである。

 そして二度目は、その作品が映画館やテレビ画面を通り抜け、別の記憶をまとって再び読者の手元へ戻ってきたときだ。

 二度目の初版では、文章は一文字も変わっていない。

 それでも、同じ作品ではない。

 正確に言えば、変わったのは本ではなく、その本を見る社会の目なのである。

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古本屋の棚には、ときどき時間のいたずらのような本が眠っている。

背表紙の著者名を見ても、題名を見ても、ほとんど記憶にない。ところが手に取って奥付を確かめたり、刊行当時のことを調べたりすると、思いがけない数字に出会うことがある。「百万部突破」「空前のベストセラー」。いまでは名前さえ知らない人の方が多いその本が、かつては日本中で買われていたというのである。

百万部という数字は重い。現在より人口の少なかった時代なら、なおさらである。それだけの本が売れたなら、電車の中で読んだ人がいただろうし、会社の昼休みに話題にした人も、食卓で家族に内容を話した人もいただろう。一冊を家族で回し読みした場合もあれば、買ったまま読まれなかった本もあったはずだから、「百万部」は百万人の読者を意味するわけではなく、百万の家庭に一冊ずつ届いたという意味でもない。それでも、百万部規模の本が社会を流通したという事実は、その本が一時期、日本社会のかなり広い範囲に触れていたことを示している。

それほど多く流通した本が、数十年後には書店から姿を消し、若い世代には題名さえ知られなくなることがある。

その一方で、夏目漱石や芥川龍之介、太宰治の作品のように、最初の読者がとうにこの世を去ったあとも、新しい読者を獲得し続ける本がある。新しい文庫になり、装丁を変え、教科書に入り、映画や漫画になり、ときには百年前の作品が再び書店の平台に戻ってくる。

ここには、本という文化商品の奇妙な逆説がある。たくさん売れることと、長く残ることは、どうやら同じ能力ではないのである。

では、かつて百万部を売った本が忘れられ、別の本が世代を越えて残るのはなぜなのだろうか。

百万部という数字には「時間」が入っていない

まず、「売れた」という言葉そのものを少し疑ってみる必要がある。

出版科学研究所は、ベストセラー、ロングセラー、ミリオンセラーを別の概念として扱っている。ベストセラーとは、ある期間によく売れた本であり、ミリオンセラーとは100万部以上売れた本を指す。それに対してロングセラーとは、長期間にわたって売れ続ける本のことである。明確な年数基準こそないが、「量」を表すミリオンセラーと、「時間」を含むロングセラーが同じものではないことは重要である。

百万部という巨大な数字を見ると、私たちはつい、その作品が何か絶対的な力を持っていたように感じてしまう。しかし百万部という数字が記録しているのは、基本的には販売の規模である。そこには、その本が五十年後にも読まれているかどうかという情報は入っていない。

言い換えれば、百万部とは「大きさ」であって、「寿命」ではない。

この違いを象徴する一冊が、1961年に光文社から刊行された岩田一男の『英語に強くなる本』である。

国立国会図書館がまとめた戦後出版史によれば、この本は光文社で初めて100万部を売り上げた本だった。当初考えられていた題名は「新しい英語の学習法」だったが、より直接的な「英語に強くなる本」へ変更され、新聞や雑誌の記事、書評、読者の感想なども広告に利用された。

ここで面白いのは、この成功を「内容が素晴らしかったから百万部売れた」とだけ説明してしまうと、出版という現象の半分を見失うことである。

1960年代初頭という時代には、「英語を身につけたい」という強い社会的欲望があった。そこへ「英語に強くなる」という極めて明快な言葉が差し込まれ、広告が読者の関心を増幅した。本と時代の需要が、ある一点で重なったのである。

それは本の価値を否定する話ではない。むしろ逆で、ベストセラーとは本の内容だけでなく、社会の欲望と本との接触によって生まれることがある、ということである。

そして社会の欲望は、本より速く変わる。

ヒットした理由は、その本の中だけにはない

この問題を考えるうえで興味深い実験がある。

2006年、マシュー・・サルガニック、ピーター・ドッズ、ダンカン・ワッツ は、14,341人を参加させ、まだ広く知られていない楽曲を使た人工的な音楽市場をつくった。参加者の一部には他人がどの曲を選んだのか分からない状態で曲を選んでもらい、別の参加者には、それまでのダウンロード状況を見せた。

すると、他人の選択が見える世界では、人気が一部の楽曲へ集中しやすくなっただけでなく、「どの曲が大成功するのか」という結果も予測しにくくなった。

もちろん品質が無意味だったわけではない。極端に評価の高い曲が最下位になることや、極端に評価の低い曲が最高位になることは少なかった。しかし、その中間には大きな不確実性が残った。社会的影響が強くなるほど、成功には「他人が選んでいるから自分も選ぶ」という力が入り込んだのである。

これは音楽についての実験であり、日本の書籍市場について直接証明した研究ではない。したがって、その結果をそのまま本に当てはめることはできない。

それでも文化商品について一つの重要なことを教えてくれる。大ヒットは、作品の内在的な品質だけから機械的に生まれるものではない。

書店で平積みにされ、新聞に広告が載り、友人が読んでいることを知り、テレビでも紹介され、さらに帯に「100万部突破」と書かれる。そうした情報は、単に売れた結果として現れるだけではなく、それを見た次の読者の選択にも影響する。人気だから目につき、目につくからさらに売れ、それによって一層目につきやすくなるという循環が、文化市場には起こりうるのである。

しかし、ここで一つ困ったことが起きる。

本を売ったこの循環は、永遠には続かない。

古くなるのは、本ではなく「その本に向けられた問い」なのかもしれない

ある時代に猛烈に売れた本を数十年後に読むと、内容が悪いわけでもないのに、なぜこれほど売れたのか分からないことがある。

その理由を理解するには、本だけを見るのではなく、その本を買った読者が何を欲しがっていたのかを想像しなければならない。

英語学習に社会的関心が集まった時代には英語の本が売れ、家庭の作法への関心が強ければ冠婚葬祭の本が必要とされる。健康への不安が高まれば健康本が売れ、経済的不安が広がれば投資や節約について語る本が書店に積まれる。ベストセラーの棚は、出版物の人気ランキングであると同時に、その時代の人々が何を心配し、何を手に入れたいと思っていたのかを映す鏡でもある。

しかし時代が変われば、答えだけでなく問いそのものが変わっていく。

かつて百科事典を何十巻もそろえた家庭があり、知らない言葉があれば辞書を開き、旅行先を調べるためにガイドブックを買い、料理を知るために料理本を開いた。いま、その多くはスマートフォンの画面に置き換えられている。本の内容が突然間違いになったわけではない。読者が「その問題を本に尋ねる」という習慣そのものが変わったのである。

文学作品でも、これほど直接的ではないにせよ似たことは起こる。ある時代の家族観、恋愛観、成功観、社会的不安を非常に正確につかんだからこそ売れた作品は、その社会的前提が変わったとき、後世の読者にとって入り口を失うことがある。

ここにはベストセラーの残酷な逆説がある。時代に深く刺さったことが、時代を越えるときには弱点になる場合があるのだ。

「時代を超えていたから売れた」本ばかりではない。「その時代に、あまりに必要だったから売れた」本もあるのである。

忘却は、ある日突然起こるのではない

それでも、社会の関心が薄れただけなら、本はまだ死んでいない。

本当に大きな変化は、そのあとに起こる。

売れなくなれば増刷されにくくなり、増刷されなければ書店の棚から少しずつ姿を消す。店頭で見かける機会が減れば、偶然その本を手に取る人も少なくなり、それにつれて書評や日常の会話に登場する機会も減っていく。そうなれば出版社が新しい版を出す理由も弱くなり、その結果として、さらに新しい読者との接点が失われていく。

これは単純な「絶版だから忘れられる」という一方向の因果ではない。需要が減ったから絶版に近づくこともあれば、入手しにくくなったため新しい読者が減ることもある。原因と結果が互いを強めていくフィードバックとして考えた方が実態に近い。

だから本は、ある日突然死ぬのではない。

少しずつ、出会えなくなるのである。

この「出会えなくなる」という現象は、文化の忘却を考えるうえでかなり重要らしい。

クリスティアン・カンディアらは、科学論文、特許、楽曲、映画、人物などへの人々の注意が時間とともにどのように失われるのかを大規模なデータから分析し、2019年に『Nature Human Behaviour』で報告した。研究では、人々の会話などによって維持される記憶と、記録によって保持される記憶という二つの経路を考えることで、文化的対象に向けられる注意の減衰を説明している。

もちろん、この研究も日本のベストセラー本そのものを分析したものではない。

しかし興味深いのは、人間の社会的記憶が「保存されているか、消滅したか」という二択ではないことである。資料としてどこかに存在していても、社会がそこへ注意を向けなくなれば、文化的には次第に見えない存在になっていく。忘れられた本とは、まさにその状態なのかもしれない。

保存されている本と、生きている本は同じではない

ここで「本が消える」という言葉には注意が必要になる。

実際の本が完全に消滅するとは限らないからである。

日本では国立国会図書館法に基づく納本制度があり、国内で発行された出版物には国立国会図書館への納入義務がある。実際に納本された資料は、保存期限を設けず、可能な限り永く保存される。

『英語に強くなる本』も、1961年版が国立国会図書館に所蔵され、デジタル資料として記録されている。

さらに現在では、国立国会図書館がデジタル化した資料のうち、流通在庫がなく商業的な電子配信も行われていないなど、一般には入手困難な絶版等資料について、一定の条件のもとで図書館や個人へ送信する仕組みも存在する。

つまり、市場から消えた本でも、資料としては残ることがある。

ここで初めて、「保存」と「生存」の違いが見えてくる。

書庫の奥で百年間保存されている本と、毎年新しい読者が手に取る本は、物質としてはどちらも存在している。しかし文化的には、まったく違う状態にある。

本は燃やされなくても消えることができる。

誰にも語られなくなればよいのである。

名作には「何度も発見される仕組み」がある

では、なぜ一部の本だけが長く生き残るのだろう。

ここで私たちは、文学作品そのものの力だけを見る誘惑から少し離れなければならない。

もちろん作品の質は重要だろう。しかし、百年後まで読まれるためには、その百年間のどこかで次の読者へ手渡され続けなければならない。ある作品は文庫になり、全集に収められ、研究者や批評家によって論じられ、学校の教材として若い読者と出会う。さらに映画やテレビドラマになれば、それまで原作を知らなかった人が作品名を知り、書店員が新しい版を棚へ戻すこともある。こうした異なる経路が何度も重なることで、一度古くなった作品が社会の表面へ繰り返し戻ってくる。

文学研究では、後世に「読むべき作品」として選択され、規範的な位置を与えられた作品群を考えるとき、「カノン」という概念が用いられる。日本近代文学でも、何が文学史に残り、どのような作品が教育や社会の変化のなかで中心へ入っていったのか、それ自体が研究対象になっている。

これは、教科書に載れば自動的に名作になる、という意味ではない。むしろ、すでに評価された作品だから教科書に入り、教科書に入ったことでさらに多くの人に読まれ、その結果として評価がより安定するという相互作用が起こりうる。

ここでも、文化は循環している。

つまり長く残る本には、優れた作品であることだけでなく、何度でも再発見される経路が存在するのである。

文学史を見るとき、私たちは生存者だけを見ている

このことに気づくと、文学史の風景が少し不思議に見えてくる。

現在の書店へ行けば、漱石、芥川、太宰、川端、谷崎といった名前が並んでいる。すると私たちは無意識のうちに、明治や大正や昭和の読者たちも、同じような文学地図を眺めていたと考えてしまう。

しかし、そんなはずはない。

当時の新聞には当時の人気作家がいて、当時の書店には当時のベストセラーが積まれていた。いまではほとんど読まれない作家が、多くの読者を持っていたこともある。

つまり私たちが「昔の文学」と呼んでいるものは、昔の人々が実際に読んでいた本をそのまま保存した一覧ではない。

長い時間を通り抜けたあとに残ったものを見ているのである。

これは統計でいう生存者だけを観察する問題に少し似ている。現在まで残った作品ばかりを見ていると、「優れた作品は最初から評価され、当然のように後世まで残った」と考えやすくなる。しかし、その陰には当時猛烈に読まれ、その後ほとんど表舞台から消えた作品があり、反対に刊行当時には大きな販売部数を記録しなかったのに、後世になって評価を高めた作品もある。

文学史とは、本の競争結果を記録したランキングではない。

時間によって何度も選び直された結果なのである。

では、忘れられた本は駄作だったのか

ここまで来ると、最も簡単な説明が魅力的に見えてくる。

忘れられた本は、結局つまらなかったのではないか。

しかし、この結論はあまりに早い。

売れた本が必ず優れた本ではないのと同じように、忘れられた本が必ず劣った本であるとも限らない。

文化市場の実験が示すように、人気には作品そのもの以外の社会的影響が入り込むことがある。一方、集合的記憶の研究が示すように、文化的対象へ向けられる人間の注意そのものも時間とともに減衰する。そこへ出版流通や社会の需要、批評や教育、映像化、再版、電子化といった条件が重なるのだから、「なぜこの本は消えたのか」という問いに一つだけの答えを求めること自体が無理なのかもしれない。

作品の価値が落ちたからでも、出版社が絶版にしたからでも、読者が飽きたからでもない。そうした要因が互いに作用しながら、ある時点から新しい読者と出会う確率が少しずつ下がっていき、その積み重ねとして忘却が生まれる。

誰かが会議を開き、「来年からこの本を忘れることにしよう」と決めるわけではない。

忘却には責任者がいない。

そこが、忘却の恐ろしいところなのである。

だから、忘れられたベストセラーは面白い

それでも、昔のベストセラーを読む意味はある。

むしろ名作とは違う種類の面白さがある。

名作を読めば、その時代を越えて残ったものを見ることができる。それに対して忘れられたベストセラーを開けば、その時代と一緒に去っていった感覚に触れることができる。当時の人々が何を恐れ、何に憧れ、どのような人生を成功と考えていたのか、そしてどんな言葉を新鮮に感じ、何を疑うことなく常識として受け入れていたのか。文学史の表面から消えた本だからこそ、名作とは別の形で、その時代の日常的な欲望や不安が濃く保存されていることがある。

百万部という数字を、その本の文学的価値を示す点数と考える必要はない。

しかし百万部規模の流通を生んだという事実は、その時代の人間が、その本のどこかに強く反応した証拠ではある。

だから、古いベストセラーランキングは一種の地層のように読める。

そこには、その年に人々が欲しかったものが埋まっている。

いまの100万部本も、未来から見れば分からない

そして、この話は昔の本だけでは終わらない。

現在、書店の入口に積まれているベストセラーも、同じ時間の中にいる。

帯には何十万部、何百万部という数字が踊り、動画やニュースで紹介され、多くの人が同じ時期に読む。しかし2026年のベストセラーのうち、2050年にも普通に書店で買える本が何冊あるのか、私たちは知らない。2070年にも読まれている本となれば、さらに分からない。

反対に、いま数千部しか売れていない本の中に、半世紀後の読者が読み続けている一冊がないとも言えない。

Matthew Salganikらの実験が興味深いのは、文化市場の成功には予測しにくさが含まれることを示した点にある。そしてCristian Candiaらの研究が興味深いのは、人間の集合的な注意そのものが時間によって失われていくことを示した点にある。

二つを重ねると、少し不思議な結論にたどり着く。

売れることにも偶然が入り込み、忘れられることにも時間が入り込むのである。

だから刊行直後の販売部数だけを見て、その本の最終的な運命を知ることは難しい。

ベストセラーランキングは現在の熱量を測ることはできる。

しかし、その本が未来で生きているかどうかまでは測れない。

本の反対語は「絶版」ではない

古本屋へ戻ろう。

かつて百万部を売った本が、一冊だけ棚の隅に立っている。

それを見て、「この本は消えた」と言うのは正確ではない。

国立国会図書館の書庫には残っているかもしれず、別の図書館にも所蔵されているかもしれない。古書市場を探せばまだ手に入ることもあるだろう。つまり物としての本は残っていても、その題名を知る人が減り、誰も誰かに薦めなくなり、新しい読者が偶然手に取る機会まで失われれば、その本は文化の表面からゆっくり沈んでいく。

だから本の本当の反対語は、「絶版」ではないのかもしれない。

忘却である。

そして文学史とは、過去に書かれた本をすべて並べた巨大な本棚ではない。無数の本が時間の底へ沈んでいくなかで、それでも誰かに手渡され、読み直され、語り直され、何度も水面へ戻ってきた本の歴史なのだろう。

そう考えると、名作を見る目も少し変わる。

百年間残った本がすごいのは、百年間古びなかったからだけではない。その百年のどこかで、出版社や研究者や教師や書店員、そして何より一人ひとりの読者が、その本をもう一度誰かの前へ差し出してきたからでもある。

そして同時に、古本屋の片隅で眠る忘れられた百万部本もまた、別の意味で読む価値を持っている。

そこには、作品だけが眠っているのではない。

かつてその本を必要とした、もう存在しない時代そのものが眠っている。

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本を買って帰ると、読み始める前に帯を外してしまう人がいる。反対に、読み終えるまで帯を付けたままにしておく人もいるし、読み終えたあとも表紙と一緒に保存しておく人もいる。帯というものは、本そのものに比べればあまりに頼りない。少し乱暴に扱えば折れ、破れ、古書になれば失われ、図書館では取り除かれることさえある。それほど脆弱な紙なのに、読書という行為を考えるとき、帯は思いのほか厄介な存在である。

なぜなら、帯は捨てることができても、一度そこに書かれていた言葉を読んだという事実までは捨てられないからだ。

「今年最大の問題作」「涙なしには読めない」「最後の一行ですべてが覆る」。そうした言葉を目にしてから本を開けば、読者はもう完全な白紙ではない。「最後の一行」が重要だと知らされた読者は、何気ない会話にも伏線を探すようになるかもしれないし、「涙なしには読めない」と告げられた読者は、物語のどこかに待っているはずの悲しみを無意識に探し始めるかもしれない。もちろん、帯に書かれた通りにすべての人が読むわけではない。それでも、まだ一頁も読んでいない段階で「この作品は何を見るべき本なのか」という予想が生まれている以上、帯を読まなかった場合とまったく同じ読書が始まるとは考えにくい。

帯は本文を書き換えない。しかし、本文へ向ける読者の視線の角度を変えることはある。その意味で、帯は本の外側にある小さな広告であると同時に、読書が始まる直前に差し出される最初の解釈でもある。

読書は第一行より前に始まっている

文学作品とは何かと問われれば、多くの人は本文そのものを思い浮かべるだろう。しかし実際に私たちが一冊の本と出会うとき、文章だけが裸の状態で現れることはない。書店ではまず題名が見え、作者名が見え、表紙の色や写真やイラストが目に入り、文学賞の受賞歴や映画化の告知まで視界に入ってくる。そのうえ日本の書籍では、しばしば表紙の一部を覆うように帯が巻かれ、作品について最も断定的な言葉を読者へ投げかけている。

フランスの文学理論家ジェラール・ジュネットは、題名や作者名、序文、装丁など、本文そのものではないにもかかわらず、読者が作品へ入っていく過程に関与する要素を「パラテクスト」として論じた。ジュネットが興味深いのは、こうしたものを単なる付属品と考えなかったところにある。本文と外部世界との境目に位置し、読者が作品へ近づく際の「敷居」のようなものとして捉えたのである。日本独特の出版文化である帯をジュネット自身が詳しく論じたわけではないが、出版社が作品の外側に置き、読者に対して「これはこういう本です」と語りかける帯を、この理論の延長上に置いて考えることには十分な妥当性がある。

そう考えると、私たちは本文の第一行から読書を始めているのではないことになる。本を手に取った瞬間から、すでに作品についての情報を受け取り、その情報を携えたまま第一行へ入っていく。帯はその過程の一部分にすぎないが、日本の書店では非常に目立つ位置を占めているため、読書の入口として無視しにくい。

この「入口」という考え方は重要である。帯が作品の意味そのものを決定すると考える必要はない。しかし、一つの作品にいくつもの入口があるとき、どの入口を最初に明るく照らすかには関与できるからである。

「泣ける小説」と知らされてから読む

仮に、何の予備知識もない小説を渡されたとしよう。読み始めた段階では、それが恋愛小説なのか、家族の物語なのか、社会の矛盾を描いた作品なのかさえ分からないかもしれない。物語を追いながら人物関係を理解し、何が重要なのかを探し、自分なりに作品の輪郭をつくっていく。その過程では、「自分はいったい何を読んでいるのだろう」と考えること自体が読書の楽しみになる。

ところが同じ作品に「今年もっとも泣ける家族小説」という帯が巻かれていたら、事情は少し変わる。家族の場面が現れたとき、それを作品の中心に近いものとして受け取りやすくなるだろうし、登場人物の何気ない別れにも後の悲劇を予感するかもしれない。反対に「現代社会の孤独を描いた問題作」と書かれていれば、同じ会話の中に家族愛よりも断絶を読み取る可能性が高まる。同じ文章を読んでいるにもかかわらず、読む前に渡された言葉によって、何を重要なものとして拾い上げるかが変わり得るのである。

この考え方には、少なくとも周辺的な実験研究の裏付けがある。ピーター・ディクソン、マリサ・ボルトルッシ、ポール・ソプチャークが2015年に発表した研究では、文学作品の抜粋を読む前後に、その作品についての評価情報を提示し、読者の評価がどのように変化するかが調べられた。結果は単純に「事前情報なら何でも強く効く」というものではなく、誰による評価なのか、それが肯定的か否定的か、読む前なのか後なのかによって効果が異なっていた。とりわけ作品を読む前に専門家による否定的な評価を示した場合には影響が明瞭であり、研究者たちは、事前情報が本文中のある要素へ読者を向かわせる「方向づけ」として働く可能性を論じている。

ただし、この研究は日本の本の帯を使った実験ではない。ここを飛ばして「帯が読者の解釈を変えることは科学的に証明されている」と言えば、記事はたちまち過剰な断定になってしまう。実証されているのは、作品の外部から与えられた情報が作品評価や読みの方向に影響し得るというところまでであり、そこから帯にも似た作用があるのではないかと考えることは合理的な推論ではあっても、同一のものではない。

むしろ、この不確かさを残しておいたほうが帯という存在はおもしろい。私たちは毎日のように帯を目にしているのに、「同じ本文に違う帯を巻いたら、本当に読後の解釈は変わるのか」という極めて素朴な問いには、まだ十分な実験的答えがないからである。

帯は作品の中から一つの顔を選び出す

そもそも、一冊の小説を一つの言葉だけで説明することには無理がある。長く読まれてきた作品ほど、家族の物語として読むこともできれば、恋愛や孤独、階級、戦争、老い、成長についての物語として読むこともできる。同じ作品を二十歳で読んだときと六十歳で読んだときに違うものが見えるのも、作品の意味が一つに閉じていないからだろう。

しかし、出版社には別の事情がある。書店の棚を通り過ぎる読者に、「この作品にはいろいろな読み方があります」と語るだけでは、本の魅力を一瞬で伝えにくい。そこで帯は、作品が持っているいくつもの可能性の中から、いま最も読者へ届きそうな一面を選び出して前面へ押し出す。

かつて新世代の恋愛小説として売られた作品が、三十年後の新装版では「孤独の時代を予見した名作」と紹介されることもあり得るし、作者の生前には新作として宣伝されていた作品が、没後には「文豪の代表作」という権威をまとって書店へ戻ってくることもある。本文そのものがほとんど変わっていないのに、作品について語る言葉だけが変化していくとすれば、そこに見えてくるのは作品の変化ではなく、作品を見る社会の変化である。

ここで帯は、単なる販売促進物とは違った価値を持ち始める。

古い帯を年代順に並べれば、その作品が社会からどのように位置づけられてきたのかという、小さな受容史をたどることができるかもしれない。ただし、「当時の帯に青春小説と書かれているから、当時の読者は青春小説として読んでいた」とまで考えるのは行き過ぎである。帯から直接分かるのは、出版社や編集者が「この時代の読者には、この作品をこう提示しよう」と判断したということだからだ。実際の読者がどう受け止めたかを確かめるには、当時の書評や読者投稿、日記、売上記録など、別の資料を重ねる必要がある。

それでも、出版社がどの言葉なら作品を社会へ届けられると考えたかを知る資料として、帯は十分におもしろい。同じ作品の帯を二十年、三十年と追えば、その作品の歴史だけでなく、出版社が想定していた読者像の変化まで見えてくる可能性がある。

「読め!」という帯の伝説

帯の歴史を調べていくと、その起源が意外にはっきりしていないことにも気づく。

国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、本の帯の歴史について調査した事例が収録されており、その中では1914年に刊行された阿部次郎『三太郎の日記』に付けられた帯が古い例として紹介されている。その帯には白い紙に緑色の文字で、ただ「読め!」と記されていたという話がある。

文学や出版に興味のある人なら、この二文字には強く惹かれるだろう。現代の帯のように「感動」「衝撃」「人生が変わる」といった効能を説明するのではなく、ただ本へ向かって読者を押し出しているからである。

しかし、この話を「日本最初の帯」として断定することはできない。同じレファレンス資料にも裏付けが取れていない旨が記されており、昭和初期の左翼出版物から帯が始まったという別の説も存在する。したがって、「日本の帯は『読め!』から始まった」と書けば歴史的事実としては危うい。

それでも、確証のない逸話であることを承知したうえで、この「読め!」という二文字を帯の象徴として眺めてみると、現代の帯との連続性が見えてくる。現在の帯は、読者に対して露骨に命令するかわりに、「涙が止まらない」「衝撃のラスト」「いま読むべき一冊」と語りかける。表現は柔らかくなり、マーケティングとして洗練されたが、その根底には「まずこの本を手に取ってほしい」という同じ願いがある。

ただ、現代の帯にはそこからさらに一歩進んだ働きがあるように思える。

「この本を読んでほしい」だけではなく、「できれば、この本をこのように読んでほしい」という働きである。

ネタバレをしなくても、感情の予定表は渡せる

帯を書く人は当然、物語の核心をそのまま明かすわけにはいかない。推理小説で犯人を書いたり、大きなどんでん返しの内容を説明したりすれば、本を売るどころか作品の魅力を損なうことになる。

ところが、出来事を隠したままでも、その出来事に対して読者が抱くはずの感情については先に教えることができる。「衝撃の結末」と書かれていれば、読者は平凡な終わり方を予想しなくなるし、「涙のラスト」と書かれていれば、何が起きるかは知らなくても、悲しみが待っていると予想する。「すべての伏線がつながる」と書かれれば、それまでなら読み流した一言まで、後で意味を持つのではないかと疑いながら読むようになる。

これは普通の意味でのネタバレではない。出来事そのものは明かされていないからである。しかし、読者が物語を読みながら自分で発見するはずだった感情の方向だけは、先回りして示されている。

文学を読む楽しみの一部は、自分が何を読んでいるのかを途中で発見することにある。恋愛小説だと思っていたものが、読み進めるうちに老いの小説へ変わって見えることもあれば、家庭の話として読み始めた作品が、最後には社会全体の構造を描いた物語に思えてくることもある。作品が途中で別のものになったわけではない。読む側の理解が変化したのである。

帯があまりに丁寧に作品の「正しい読み方」を先回りしてしまえば、この発見の余地を少し狭める可能性はあるだろう。ただし、ここでも「必ず狭める」と断定するのではなく、帯そのものを用いた実験が必要である。同じ小説に「切ない恋愛小説」と「現代社会の孤独を描いた問題作」という二種類の帯を付け、それぞれ別の読者に読ませて、重要だと感じた人物や場面、作品の主題、読後評価を比較すれば、帯が解釈に与える影響をより直接的に測ることができる。さらに視線計測などを組み合わせれば、帯の言葉が本文中のどこへ注意を向けたのかまで調べられるかもしれない。

このような研究が十分に積み重なっていない以上、帯の支配力を数字で表すことはまだできない。だが、そのことはこのテーマの弱さではなく、むしろ文学研究と認知科学と出版研究の間に、まだ調べられていない余白が残っていることを意味している。

帯を外しても、純粋な読者には戻れない

では、帯による先入観を避けたいなら、帯を読まずに外してしまえばよいのだろうか。

おそらく、それでも問題は解決しない。

私たちは帯だけから予備知識を得ているわけではないからである。太宰治という名前を知って『人間失格』を読むことと、作者について何一つ知らずに同じ文章を読むことは同じではない。「世界文学の名作」と書かれたシリーズに収録されていれば、理解できない箇所に出会ったとき、「つまらない作品だ」と判断する前に、「自分がまだ理解できていないのではないか」と考える人もいるだろう。文学賞の受賞作だと知っていれば、それだけで作品のどこかに評価された理由を探そうとすることもある。

友人から「人生で一番好きな小説だ」と薦められた本と、古書店の均一棚で偶然見つけた無名の本とでは、同じ本文であっても最初の姿勢は違ってくる。映画を先に見ていれば俳優の顔を思い浮かべながら読むし、学校で文学史を学んでいれば作者の時代背景を重ねながら読む。

つまり、帯だけを取り除けば「何の先入観もない純粋な読書」が現れるわけではない。そもそも、そのような読書は現実にはほとんど存在しないのである。

だから帯について考えるとき、本当に興味深いのは、先入観を完全に排除できるかどうかではない。私たちが作品へ到達するまでに、どのような情報を通過してきたのかを自覚することである。その意味でジュネットのいう「敷居」という比喩はよくできている。敷居は家そのものではないが、家へ入るときにはそこを越える。読書にも同じように、本文の外側から本文へ入っていく通路がある。

帯は、その通路の中でひときわ声の大きな存在なのだろう。

読み終えたとき、帯のほうが試される

ただし、帯と読者の関係は、本を読み終えた瞬間に大きく変わる。

読む前には、読者はまだ作品を知らない。だから「感動の家族小説」「究極の恋愛小説」「今年最大の問題作」といった言葉は、作品を見るための強い手掛かりになる。しかし最後の頁まで読み終えれば、読者自身の中に、その作品についての経験ができあがっている。

すると、それまでは作品を説明していた帯が、今度は読者から評価される側へ回る。

「感動の家族小説」と書いてあったのに、自分にはむしろ家族という制度の息苦しさを描いた作品に思えた。「究極の恋愛小説」という宣伝に惹かれて読んだのに、読み終えて残ったのは恋愛より孤独についての感覚だった。そう感じた瞬間、読者は帯に示された入口とは違う場所から作品を見始めている。

この逆転こそ、帯が作品を完全には支配できない理由でもある。

帯には最初の入口を選ばせる力があるかもしれない。しかし、一度作品の内部へ入った読者が、どこを歩き、何を見つけ、どの出口から出てくるかまで決めることはできない。むしろ優れた文学作品ほど、帯が与えた説明からはみ出していく。恋愛小説だと思って開いたのに政治的な作品に見え、青春小説だと思って読んだのに老いについて考えさせられる。その予想外のはみ出しこそ、読書のおもしろさなのである。

再読すれば、この関係はいっそう変わる。一度目の読書では帯に照らされて重要に見えた人物が二度目には背景へ退き、最初には気づかなかった場面が作品の中心に見えることもある。本文は同じなのに作品が変わったように感じるのは、読む人間の側が変わったからである。

本より先に消えていくもの

帯がさらに興味深いのは、作品本文よりもはるかに寿命が短いことである。

小説は文庫になり、全集に入り、電子化され、百年後まで残ることがある。しかし帯はそうではない。買った人が捨てればそれまでであり、古書の流通過程で失われることもある。作品が後世へ残ったとしても、刊行当時にその作品をどんな言葉で売ろうとしていたのかは、簡単に消えてしまう。

だからこそ、残された古い帯には独特の価値がある。

作品本文が長い時間を生きようとするのに対して、帯は「いま」に強く結びついている。いまこの作家はどう評価されているのか、いまの読者にはどんな言葉が響くのか、いまこの作品のどの部分を押し出せば手に取ってもらえるのか。帯には、その時代の出版社が考えた答えが数十文字に圧縮されている。

もちろん、ある時代の帯に「号泣」という言葉が多いからといって、その時代の読者全員が泣ける小説を求めていたと断定することはできない。そこから直接読み取れるのは、出版社側が「感情の強さを前面に出すことには販売上の意味がある」と考えていたという程度である。

しかし、一枚ではなく何百枚、何千枚という帯を時代ごとに並べれば、別のものが見えてくるかもしれない。「感動」「衝撃」「癒やし」「人生」「共感」といった言葉がいつ増え、いつ消えたのかを追えば、出版業界がどんな読者を想定してきたのかという文化史へ近づいていく。

帯は本を説明する資料であると同時に、本を売ろうとした時代を記録する資料でもある。

その意味で、最も捨てられやすい紙が、最もその時代らしい言葉を残しているという逆説が生まれる。

帯が支配するのは「作品」ではなく「入口」なのかもしれない

では結局、本の帯は作品の読み方をどこまで支配しているのだろうか。

科学的に厳密に答えるなら、現時点で「どこまで」という大きさを示すことはできない。作品外から与えられた評価情報が読者の作品評価や読みの方向に影響し得ることには実験的な裏付けがあるが、日本の帯そのものについて、異なるコピーを無作為に提示し、その後の作品解釈まで比較した研究が十分に蓄積されているわけではないからである。

したがって、「帯は読者を支配する」と事実として断定するのは強すぎる。

しかし同時に、帯を作品とは無関係な紙片として片づけることも難しい。

読む前に目へ入り、作品のジャンルを名づけ、感情を予告し、ときには「この作品の価値はここにある」と断定する。その言葉を読者が携えたまま本文へ入る以上、帯は作品の意味そのものではなくても、作品へ入る最初の方向には関与していると考えるのが自然だろう。

帯は作品を支配するのではなく、入口を支配しようとする。

おそらく、そのくらいの言い方が最も正確である。

けれど入口は一つではない。

出版社が「ここから入ってください」と扉を開いても、読者は中へ入ったあとで別の廊下を見つけることができる。読み終えたあとには、そもそも別の入口から入ったほうがよかったと思うことさえある。

そして、そのときもう一度帯を眺めると、読む前には作品そのものの説明に見えた数十文字が、別のものに見えてくる。

それは出版社による一つの解釈であり、その時代が作品に与えた一つの名前であり、読者をある方向へ誘おうとした小さな痕跡である。

本の帯は、本の腰に巻かれた薄い紙にすぎない。破れば捨てられるし、なくても本文は一文字も欠けない。それでも、一度そこに書かれた言葉を読んだあとでは、その言葉が存在しなかった読書へ完全に戻ることはできない。

だから帯を読むということは、広告を読むことだけではない。

誰かがこの作品をどう読ませようとしたのかを読むことであり、その誘いに自分がどこまで従い、どこから外れたのかを確かめることでもある。

そう考えれば、一冊の本を読み終えたあとに帯をもう一度見るという行為には、少し違った意味が生まれる。

読む前には帯が作品を説明していた。

読み終えたあとには、作品を知った自分が帯を読む。

その小さな逆転の中に、本と読者と出版社との関係が凝縮されている。

文学は本文の第一行からだけ始まるのではない。私たちがその第一行へたどり着くまでに目にした言葉もまた、読書という経験の一部なのである。

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