リベラル文庫(九条レオン)

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歴史を知ることと、歴史を考えることは違うのか~小林秀雄の考えるヒントから第3弾

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 歴史に詳しい人、と聞いて私たちはどのような人物を思い浮かべるだろう。戦国武将の生没年を知っている人、幕末の出来事を年代順に語れる人、歴代の首相を順番に言える人、あるいは世界大戦の戦場や条約について細かな知識を持っている人かもしれない。もちろん、それらは歴史を理解するための重要な材料である。しかし、知っている事柄が増えていけば、それに比例して歴史について深く考えられるようになるのかというと、話はそれほど単純ではない。

 たとえば、ある戦争が始まった年、その直前に締結された条約、参戦した国々、戦争を終結させた講和条約までを正確に覚えている人がいたとしても、それだけでは「なぜ戦争は避けられなかったのか」という問いには答えられない。逆に、細かな年代をすべて記憶していなくても、人々が何を恐れ、政治家がどのような選択肢を持ち、それぞれの国が相手の行動をどう理解し、どこで誤認したのかを考える人は、歴史についてかなり深いところまで近づいている可能性がある。

 ここには、歴史を「知ること」と「考えること」の間にある、小さいようでいて重要な違いがある。歴史を知るとは、過去についての事実や背景を身につけることであり、歴史を考えるとは、その事実同士を結びつけながら、なぜその出来事が起きたのか、ほかの可能性はなかったのか、当時の人々には世界がどのように見えていたのかを問い続けることである。

過去を知っている私たちは、当時の人より賢いのか

 歴史を読むとき、私たちは奇妙な特権を持っている。結末を知っているのである。関ヶ原の戦いなら徳川家康が勝つことを知っているし、江戸幕府がやがて倒れることも、日本が太平洋戦争に敗れることも、ソビエト連邦が20世紀末に崩壊することも知っている。歴史の教科書を開くと、出来事は1本の線の上に整然と並べられ、まるで最初からその結末へ向かって進んでいたかのように見える。

 しかし、実際にその時代を生きていた人々には、その1本の線は見えていなかった。明日何が起こるのか分からず、自分が手に入れられる限られた情報を頼りに判断し、その判断が正しいかどうかも分からないまま生活していた。その意味では、過去の人間も現在の私たちと変わらない。私たちは20年後の日本がどのような社会になっているのか知らないし、現在重大だと思われている出来事のうち、どれが100年後の歴史教科書に残るのかも知らない。

 ところが、人間には結果を知った後になると、その結果が以前から予測できたように感じやすくなる傾向がある。認知心理学では、こうした傾向を後知恵バイアスと呼ぶ。戦争が起きた後でその前史を振り返れば、戦争へ向かう兆候だけが目につきやすくなり、政権が倒れた後には、崩壊の原因となった弱点ばかりが大きく見える。しかし当時には、戦争を回避する可能性も、政権が存続する可能性も、人々の前に同時に存在していた。

 だから歴史を考えるためには、結果を知っている自分の立場をいったん横に置く必要がある。結末を知らなかった人々が、その時点でどのような情報を持ち、どのような選択肢の中から判断していたのかを考えるのである。それは過去の人間に無条件で共感することではない。むしろ、結果を知っている現在の自分が持つ優位を自覚することによって、過去の判断をより公平に見るための作業である。

年号の向こう側には、まだ歴史になっていない現在があった

 学校の歴史では、年号が重要な役割を持っている。出来事の順序を理解するためには欠かせないからである。しかし年号によって歴史を整理すると、その日に生きていた人間の時間が見えにくくなることがある。

 「1945年8月15日」と書けば、それは1つの日付である。しかし、その日に生きていた1人ひとりにとって、その日は同じものではなかった。家族を失った人もいれば、疎開先にいた子どももおり、兵士として遠い土地にいた人もいた。敗戦を絶望として受け止めた人もいれば、ようやく死なずに済むかもしれないという安堵を感じた人もいただろう。教科書の1行は、それら無数の経験を1つの日付へ圧縮する。

 歴史を学ぶためには、その圧縮が必要である。何千万もの人生をそのまま記述することなどできないからだ。しかし歴史を考えるときには、ときどきその圧縮を逆向きに開いてみる必要がある。「1945年」という数字の中には、実際には何千万もの異なる1945年が存在していたのである。

 小林秀雄が歴史について考えたときにも、過去を単なる知識として処理するだけでは捉えられないものへの関心があった。これは小林自身の言葉をそのまま言い換えたものではないが、歴史を生きた人間の実感や、過去と現在を結ぶ「歴史感情」を重視した彼の思考と重なる部分がある。

 過去は最初から「歴史」だったわけではない。それは、かつて誰かにとって現在だった。私たちが今日を「2026年の歴史」と思いながら朝食を食べないように、明治の人も「私はいま明治史を生きている」と考えていたわけではない。その人にとって重要だったのは、給料が足りるか、子どもが病気から回復するか、商売がうまくいくか、徴兵された息子が帰ってくるかという切実な現在だった。

 その現在が、後世から見ると歴史になる。この時間の反転を意識した瞬間、歴史は年表から少しずつ人間の世界へ戻ってくる。

「原因」を1つ見つけると、歴史は分かりやすくなる

 私たちは複雑な出来事に出会うと、原因を求める。「なぜ江戸幕府は倒れたのか」「なぜ日本は戦争へ向かったのか」「なぜある国家は衰退したのか」と問い、その答えが1つ見つかると、世界が急に整理されたように感じる。

 しかし、大きな歴史的出来事を1つの原因だけで十分に説明できるとは限らない。政治制度があり、経済状況があり、人口構造があり、技術の変化があり、国際関係があり、その中で個々の人間が判断する。さらに、偶然や予想外の出来事が結果を左右することもある。歴史の因果関係は、1つの原因が1つの結果を生む単純な鎖というよりも、いくつもの条件が重なり合って1つの方向へ動いていく複雑な網に近い。

 それでも後世の人間は、物語を作りたがる。「腐敗したから滅びた」「外国の圧力によって変革が起こった」「指導者の判断ミスによって戦争になった」と説明すれば、話は理解しやすくなる。しかし理解しやすい説明が、最も正確な説明とは限らない。

 ここで歴史を知ることと考えることが再び分かれる。知識を集めるだけなら、出来上がった説明を覚えることができる。しかし考えるためには、その説明そのものを疑わなければならない。「それだけで十分なのだろうか」「別の条件は作用していなかったのか」「当時の人自身は何を原因だと考えていたのか」と問い直す必要がある。

 歴史を考えるとは、答えを1つに決めることではなく、簡単すぎる答えに満足しなくなることなのかもしれない。

過去そのものは変わらない。しかし歴史像は変わる

 同じ明治維新でも、近代化の成功物語として読む人と、社会構造の大転換として読む人では見えるものが違う。戦後史を経済成長の物語として読むこともできれば、都市への人口集中、家族構造の変化、女性の社会的地位、地域間格差という観点から読むこともできる。視点を変えるだけで、同じ時代から別の景色が浮かび上がってくる。

 過去に起きた出来事そのものが後から変化するわけではない。しかし、新しい史料が発見されたり、既存の史料が再評価されたり、研究者が新しい問いを立てたりすれば、私たちが描く歴史像は変わる。つまり変わるのは単に現在の価値観だけではなく、利用できる証拠と、そこから何を問うかという研究上の視点でもある。

 現在の社会で地方の人口減少が問題になれば、過去の人口移動が気になるようになる。働き方が変化すれば、近代以降の労働制度を読み返したくなる。戦争が起これば、過去の外交危機の中に似た構造を探そうとする。私たちは過去を無色透明な目で眺めているのではなく、現在の問題意識を持ったまま過去へ問いを投げている。

 だから歴史とは、過去を保存しておく巨大な倉庫ではない。現在から過去へ問いを投げ、その返ってくる答えによって、再び現在を見直す営みでもある。

現在の常識で過去を裁ると、歴史は道徳劇になる

 もっとも、現在から過去へ問いかけることには危険もある。現在の価値観や知識だけで過去の人々を裁けば、その人たちが置かれていた条件を見失ってしまうからである。

 現在なら当然と思える考え方が、100年前には当然ではなかった場合もある。当時利用できる情報が限られていたこともあれば、社会制度そのものが現在とは大きく異なっていたこともある。その違いを無視し、「なぜ彼らはこんなことも分からなかったのか」と考え始めれば、歴史は善人と悪人だけが登場する簡単な道徳劇になってしまう。

 歴史を考えるために、現在の倫理観を捨てる必要はない。過去の差別や暴力を「当時は普通だった」という理由だけで正当化する必要もない。ただし、その行為を評価することと、その行為がなぜ可能になったのかを理解することは別の作業である。

 歴史的に理解するとは、現在の自分をその時代へそのまま送り込んで、「自分だったらこうした」と考えることではない。当時の人が持っていた情報、制度、社会的常識、恐怖、利益、選択肢をできるだけ再構成し、その条件の中でなぜその判断がなされたのかを考えることである。

 過去を理解することと、過去を肯定することは同じではない。その2つを区別できることも、歴史を考えるための重要な能力である。

知識がなければ考えられない。しかし知識だけでも考えられない

 では、年号や人物名を覚えることには意味がないのだろうか。もちろん、そんなことはない。事実についての知識がなければ、歴史について自由に考えているつもりでも、それは単なる想像になりかねない。誰がいつ何をしたのか、どの制度が存在していたのか、当時の経済や国際情勢がどうだったのかという基礎がなければ、歴史的な議論は成立しない。

 問題は、知識を終着点にしてしまうことである。

 地図をいくら詳しく眺めても、それ自体が旅になるわけではない。しかし地図がなければ、どこへ向かっているのかも分からない。歴史の知識もそれに似ている。知識は思考の代わりにはならないが、思考が迷子にならないための地図にはなる。

 むしろ面白いのは、歴史を深く知るほど、最初に抱いていた単純な説明が崩れていくことがある点である。

 最初は「幕府が弱体化したから明治維新が起こった」と理解していたものが、知識を増やしていけば、幕府内部にも改革を進めようとする人々がいたことを知り、諸藩の利害が互いに異なっていたことを知り、外国勢力との関係を知り、経済構造の変化や社会の流動化を知るようになる。すると、それまで1本に見えていた因果関係が枝分かれし始める。

 深く知るということは、ときに単純な説明を失うことである。しかし、それは理解が後退したのではない。むしろ現実の複雑さに近づいた証拠なのだろう。

歴史は実験室ではないが、因果関係を調べることはできる

 歴史から教訓を得るためには、「なぜそうなったのか」を考えなければならない。しかし歴史研究には自然科学とは異なる難しさがある。

 徳川幕府をもう1度成立させ、ある条件だけを変えて結果を比較することはできない。第1次世界大戦を再現して、ある国の外交判断だけを変更した場合に戦争が回避されたかどうかを実験することもできない。歴史上の出来事は基本的に1度しか起こらず、研究者が条件を自由に操作することもできない。

 だからといって、歴史的な因果関係について何も検討できないわけではない。

 現代の歴史研究や経済史では、地域ごとの差、制度変更の前後、偶然に生じた境界線や政策差などを比較し、ある条件が結果にどの程度影響したのかを推定する研究が行われている。研究者自身が実験を行うわけではないが、現実の中で生じた条件差を利用する自然実験や統計的な因果推論によって、歴史的な出来事の因果関係へ近づこうとするのである。

 ただし、それでも歴史上の出来事を完全に再現することはできない。この限界があるからこそ、「原因はこれ1つだった」と断定することには慎重さが必要になる。

過去から「教訓」を取り出すことはできるのか

 歴史を学ぶ理由として、「歴史から教訓を得るため」という言葉がよく使われる。たしかに過去には多くの成功と失敗が記録されており、そこから現在に役立つ示唆を得ることはできる。

 しかし、「過去にこうした結果、失敗した。だから現在も同じことをしてはいけない」という推論は、それほど単純ではない。2つの時代で条件が本当に同じなのかを確かめなければならないからである。技術も人口も制度も国際環境も異なるなら、外見の似ている出来事が同じ結果を生むとは限らない。

 歴史から学ぶとは、過去の答えをそのまま現在へコピーすることではない。

 むしろ重要なのは、過去の人々がどの情報を持ち、何を合理的だと考え、どの段階で判断を誤り、どこまでなら別の選択肢が残されていたのかを考えることである。その思考を通して、現在の私たち自身もまた、限られた情報の中で判断している存在なのだと気づく。

 歴史は未来の答えを教えてくれる予言書ではない。しかし、現在を単純化して見る癖から私たちを遠ざけることはできる。

「もし自分がそこにいたら」という問いの危うさ

 古い写真を見ると、不思議な感覚に襲われることがある。100年前の駅前で人々が歩いている。店先に立つ人がいて、こちらを向いている子どもがいる。その1人ひとりに名前があり、家族があり、心配事があり、その日の予定があった。しかし写真を見ている私たちは、その後に戦争が起こったことも、大地震があったことも、町の姿が変わったことも知っている。

 写真の中にいる人々は、それを知らない。

 ここで「もし自分がそこにいたら」と考えてみたくなる。しかし注意しなければならないのは、2026年の知識や価値観をそのまま持った自分を100年前へ送り込むことには、あまり歴史的な意味がないということである。

 本当に考えるべきなのは、「その人がその時代に持てた情報だけを持ち、その時代の制度や社会常識の中で生きていたなら、世界はどのように見えただろうか」という問いである。

 この違いは小さいように見えて、決定的である。

 現在の知識を持った自分なら、過去の人々の失敗を簡単に避けられるように思える。しかし、その知識の多くは、彼らが失敗した結果を私たちが後から知ったことによって得られたものでもある。

 だから歴史上の人々を簡単に笑うことはできない。彼らもまた、未来を知らない現在を生きていたからである。

私たちもまた、未来から見れば歴史の中にいる

 100年後の誰かから見れば、私たちも古い写真の中の人間になる。

 2026年に何を重要だと思い、何を恐れ、どの問題について議論し、どの問題をほとんど気にしていなかったのかを、未来の人々は「歴史」として読むだろう。そして彼らは、私たちがまだ知らない結末を知った上で、「なぜ当時の人は気づかなかったのだろう」と考えるかもしれない。

 その未来の視線を想像すると、歴史を見る目も少し変わる。

 歴史を知るとは、過去についての情報を持つことである。しかし歴史を考えるとは、その情報の向こう側に、未来を知らずに生きていた人間を見ることであり、同時に、自分自身もまた未来を知らない1人の人間として歴史の途中に立っていることに気づくことである。

 年号を覚えるだけなら、過去は遠い。しかし、過去の人々が私たちと同じように迷い、誤り、ときには十分に合理的だと思われた判断によって予想もしなかった未来を作ったのだと理解したとき、歴史は突然こちら側へ近づいてくる。

 そのとき歴史は、すでに終わった出来事の一覧ではなくなる。

 それは、過去の人間を裁くための帳簿ではなく、未来を知らない現在を生きる私たちが、自分たちは何を見落としているのかを考えるための巨大な鏡になるのである。

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