リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

小林秀雄を使って現代を考える

小林秀雄を使って現代を考える

 誰かについて「あの人は仕事ができる」「文章はうまいが内容が浅い」「この作家は昔ほど面白くない」と語るとき、私たちはごく自然に他人を評価している。映画を見れば星を付け、本を読めば感想を書き、店に行けば口コミを残す。インターネットとSNS(Social Networking Service・社会的ネットワークを形成するサービス)の普及によって、私たちは以前よりもはるかに多く、商品や作品だけでなく、人間そのものまで数値や短い言葉で評価し、その評価を他人と共有するようになった。

 そのため「批評」という言葉にも、どこか採点に似た響きがまとわりついている。優れているか劣っているか、正しいか間違っているか、見る価値があるかないかを判定することが批評なのだと思われやすい。しかし、小林秀雄の文章を読んでいると、批評という仕事はそのような単純な採点とはかなり違うことに気づかされる。むしろ、他人を簡単に評価してしまう態度から離れ、目の前にある人物や作品が本当はどのようなものなのかを見続けるところに、批評の核心があるのではないかと思えてくる。

評価することは、案外簡単である

 人を評価するためには、何らかの物差しが必要になる。文章なら分かりやすさ、映画なら面白さ、政治家なら政策や実績、料理なら味や価格というように、私たちは意識するかどうかにかかわらず、何らかの基準を持ち出して対象を測っている。その基準そのものが悪いわけではない。試験に採点基準がなければ点数は付けられないし、商品を比較するときにも価格や性能という尺度は必要である。

 問題は、物差しを持った瞬間に、その物差しで測れる範囲だけを対象そのものだと思ってしまうことである。たとえば、ある小説を「展開が遅い」という理由で低く評価するとする。その判断自体は間違いとは言えない。しかし、なぜその小説は遅く書かれているのか、その遅さによって作者は何を感じさせようとしているのか、さらに考えれば、自分はいつから「展開が速い作品ほど面白い」という基準を持つようになったのかという問いまで現れてくる。

 ここまで来ると、対象を測っていたはずの物差しそのものが、今度は問いの対象になる。評価は対象を物差しの上に置くが、批評はときとして、その物差しを握っている自分の手まで見ようとするのである。

小林秀雄にとって、批評は欠点探しではなかった

 文春文庫版『考えるヒント』に収められた「批評」で、小林秀雄は、対象を正しく評価することを、その対象に固有の性質を明らかにすることとして考えている。ここでいう評価は、現在よく見かける「5点満点で3.8」といった意味とはかなり異なる。対象を外側から序列に並べるのではなく、「これはいったい何なのか」と、そのものにしかない性質へ近づいていこうとするのである。

 これは、今日の感覚からすれば少し不思議な批評観かもしれない。一般に批評家という言葉から想像するのは、作品の弱点を鋭く指摘し、作者も気づかなかった矛盾を暴き出す人物ではないだろうか。しかし小林の考えでは、単に貶すことそのものには、それほど大きな批評性はない。欠点なら比較的簡単に挙げることができるからである。文章が長い、説明が足りない、論理が弱い、古臭いといった言葉を並べれば、それらしい批評文は作れるが、その言葉だけでは対象の固有性についてほとんど何も発見していないこともある。

 他人の欠点を指摘しているとき、私たちはしばしば安全な場所に立っている。自分は観察する側であり、相手は観察される側である。その距離が保たれているかぎり、自分自身の価値観が揺さぶられることは少ない。ところが、本当に強い作品や人物に出会うと、その安全な距離が崩れることがある。理解できないのに無視できず、嫌いなのに気になり、間違っていると思うのに、そこには自分の知らない何かがあるように感じる。そのような抵抗のある対象に出会ったときこそ、批評は始まるのかもしれない。

「分からないもの」をすぐ裁かない

 人間には、曖昧な状態を長く抱えるよりも、何らかの結論を得て不確実性を小さくしたいという傾向がある。心理学でも、曖昧さに耐えながら判断を保留することには個人差があり、はっきりした答えを早く求めようとする傾向が研究されている。

 そのため、分からないものに出会ったとき、評価によってひとまず結論を与えてしまうことは、不確実さから逃れる一つの方法になる。「つまらない」「時代遅れだ」「難しいだけだ」と名前を付ければ、その対象について考え続けなくても済む。しかし、名前を付けたことと、理解したことは同じではない。

 小林秀雄の文章を読んでいると、一つの作品、一人の人物、一つの思想の前で長い時間立ち止まっているような感覚を覚えることがある。それは結論を出せないからではなく、簡単な結論によって対象を処理してしまうことを警戒しているからだろう。考えるとは、すぐに答えを出すことではなく、答えが出ない状態にも一定の時間とどまることなのかもしれない。

 ある人物について「私はこの人が嫌いだ」と感じる場合も同じである。嫌いという感情を否定する必要はない。しかし批評するのであれば、「嫌いだから価値がない」というところで止まることはできない。なぜ自分はその人を嫌うのか、その人物のどのような性質が自分に抵抗を感じさせるのか、その抵抗の中に自分自身の価値観がどのように現れているのかまで考え始めれば、批評の矢印はいつの間にか対象だけでなく自分にも向かっている。

 批評とは、他人を裁くために高い場所へ上ることではなく、対象と自分との間に何が起きているのかを注意深く見ることなのではないだろうか。

星の数では見えなくなるもの

 インターネット以後、私たちは対象そのものに触れる前から、その対象についての評価を目にすることが増えた。本を買えば星が並び、映画を選べば点数が表示され、飲食店を探せば口コミの平均値が先に目に入る。数字は便利である。知らない店が100軒並んでいれば、一軒ずつ確かめることなどできないから、評価は大量の情報を圧縮してくれる。

 しかし、その便利さには代償もある。心理学や行動研究では、事前に示された他者の評価が、その後の判断に影響することがあると知られている。つまり、星が高いと知らされてから作品を見る場合と、評判が悪いと知らされてから見る場合では、私たちは必ずしも完全に同じ条件で対象を見ているわけではない。

 「これは傑作なのだ」と思って見れば、傑作らしい理由を探しやすくなり、「評判が悪い」と聞いて見れば、欠点へ注意が向きやすくなる可能性がある。もちろん、人間が完全な白紙の状態で何かを見ることは難しい。だからこそ、自分が何を見ているのかだけでなく、どのような先入観を通して見ているのかまで意識する必要がある。

 SNSでは、この問題がさらに分かりやすい形で現れる。ある人物が発言したとき、その内容を十分に読む前に、「この人は信用できる側か」「信用できない側か」と分類してしまうことがある。一度そのような人物像を作ると、その後の発言も、その人物像に沿って解釈されやすくなることがある。批評しているように見えながら、実際には目の前の発言ではなく、自分の中ですでに完成している人物像を批判しているのである。

 評価があふれる時代だからこそ、小林秀雄的な意味での批評、すなわち評価より先に対象そのものを見ようとする態度は、むしろ以前より難しくなっているのかもしれない。

「褒める」とは、お世辞を言うことではない

 小林秀雄は批評について、「人をほめる特殊の技術」とまで表現している。これは一見すると奇妙に聞こえる。批評家が何でも褒めてしまったら、批評ではなくなるようにも思えるからである。しかし、ここでいう「褒める」は、お世辞を言うことではない。

 本当に誰かを褒めようとすると、それは意外に難しい。「すごいですね」「素晴らしいですね」と言うだけなら簡単だが、何がどのように優れているのかを正確に言葉にしようとすれば、その人物や作品をかなり注意深く見なければならない。他人にはない特徴を見つけ、それがどのように働いているのかを理解しなければならないからである。

 反対に、人を貶す言葉には、対象を取り替えてもそのまま使えるものが少なくない。「能力がない」「浅い」「古い」「分かっていない」といった言葉である。もちろん、褒めることが常に貶すことより難しいという科学的法則があるわけではない。しかし、小林秀雄のいう批評という観点から見れば、対象の固有性を発見するためには、単に欠点を並べるよりも、その対象がなぜそのような形をしているのかを丁寧に見なければならないということなのだろう。

 優れた批評とは対象を無条件に称賛することではなく、その対象が「それである理由」を探し当てることなのである。その過程で欠点が見えることもある。しかし欠点を見つけること自体が目的なのではなく、一つの人間、一つの作品、一つの思想がなぜそのような形になったのかを理解しようとした結果として、その限界も見えてくるのである。

批評されるのは、実は自分でもある

 ここまで考えると、批評という行為には奇妙な反転が起きる。他人を批評していたはずなのに、最後には批評している自分自身の姿が見えてくるのである。

 なぜ自分はこの小説を退屈だと感じたのか。なぜこの人物の言葉には腹が立つのか。なぜこの音楽には心を動かされ、この絵には何も感じなかったのか。対象について真剣に考えれば考えるほど、自分が当然だと思っていた感覚や価値観が姿を現してくる。

 これは、小林秀雄が「批評とは自分自身を批評することである」と単純に定義しているという意味ではない。ただ、小林の批評観を押し広げて考えるならば、対象を正確に見ようとする行為は、同時に、その対象を見ている自分の判断基準を浮かび上がらせる行為にもなる。

 だから本当の批評には、どこか危険なところがある。相手を評価して終わるつもりだったのに、自分の考えの狭さを発見してしまうかもしれない。間違っていると思っていた人物の中に、自分にはなかった視点を見つけることもあるだろう。嫌っていた作品を読み続けるうちに、自分の方が変わってしまうことさえある。

 採点なら、採点者は変わらなくてもよい。しかし批評は、ときに批評する側まで変えてしまう。

他人を評価する前に、もう少し見てみる

 私たちは評価から逃れて生きることはできない。仕事では判断が必要であり、選挙では候補者を選び、買い物では商品を比較しなければならない。何も評価しないことが知的に優れた態度なのではない。問題は、評価した瞬間に考えることまで終えてしまうことである。

 「あの人はこういう人だ」と言ったあとに、本当にそうだろうかともう一度見る。「この作品はつまらない」と感じたあとに、なぜ自分にはつまらなかったのかを考える。「間違っている」と判断した相手についても、なぜその人にはその考えが必要なのかを考えてみる。そのわずかな余白に、単なる評価から批評へ移る入口がある。

 批評とは、他人に点数を付ける技術ではないのだろう。むしろ、点数を付けたくなる自分を少し疑いながら、目の前の対象が本当は何であるのかを見続ける技術なのである。

 人を見ることと、人を評価することは同じではない。評価は一瞬でできることがあるが、見ることには時間がかかる。そして小林秀雄が私たちに残した「考えるヒント」の一つは、おそらくその時間を惜しまないことにある。誰かを理解したと思ったところから、もう一度その人を見る。作品について結論を出したところから、もう一度読み始める。そうして見直すたびに、対象についての理解だけでなく、自分が何を基準に世界を見ていたのかまで少しずつ変わっていく。

 批評の終わりに残るものは、他人について下した判決ではないのかもしれない。むしろ、「分かった」と思っていた相手が以前より複雑に見え、自分自身についても以前より簡単には説明できなくなったという感覚ではないだろうか。もしそうだとすれば、批評とは他人を評価するための技術である以上に、世界を簡単に決めつけないための技術なのである。

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 歴史に詳しい人、と聞いて私たちはどのような人物を思い浮かべるだろう。戦国武将の生没年を知っている人、幕末の出来事を年代順に語れる人、歴代の首相を順番に言える人、あるいは世界大戦の戦場や条約について細かな知識を持っている人かもしれない。もちろん、それらは歴史を理解するための重要な材料である。しかし、知っている事柄が増えていけば、それに比例して歴史について深く考えられるようになるのかというと、話はそれほど単純ではない。

 たとえば、ある戦争が始まった年、その直前に締結された条約、参戦した国々、戦争を終結させた講和条約までを正確に覚えている人がいたとしても、それだけでは「なぜ戦争は避けられなかったのか」という問いには答えられない。逆に、細かな年代をすべて記憶していなくても、人々が何を恐れ、政治家がどのような選択肢を持ち、それぞれの国が相手の行動をどう理解し、どこで誤認したのかを考える人は、歴史についてかなり深いところまで近づいている可能性がある。

 ここには、歴史を「知ること」と「考えること」の間にある、小さいようでいて重要な違いがある。歴史を知るとは、過去についての事実や背景を身につけることであり、歴史を考えるとは、その事実同士を結びつけながら、なぜその出来事が起きたのか、ほかの可能性はなかったのか、当時の人々には世界がどのように見えていたのかを問い続けることである。

過去を知っている私たちは、当時の人より賢いのか

 歴史を読むとき、私たちは奇妙な特権を持っている。結末を知っているのである。関ヶ原の戦いなら徳川家康が勝つことを知っているし、江戸幕府がやがて倒れることも、日本が太平洋戦争に敗れることも、ソビエト連邦が20世紀末に崩壊することも知っている。歴史の教科書を開くと、出来事は1本の線の上に整然と並べられ、まるで最初からその結末へ向かって進んでいたかのように見える。

 しかし、実際にその時代を生きていた人々には、その1本の線は見えていなかった。明日何が起こるのか分からず、自分が手に入れられる限られた情報を頼りに判断し、その判断が正しいかどうかも分からないまま生活していた。その意味では、過去の人間も現在の私たちと変わらない。私たちは20年後の日本がどのような社会になっているのか知らないし、現在重大だと思われている出来事のうち、どれが100年後の歴史教科書に残るのかも知らない。

 ところが、人間には結果を知った後になると、その結果が以前から予測できたように感じやすくなる傾向がある。認知心理学では、こうした傾向を後知恵バイアスと呼ぶ。戦争が起きた後でその前史を振り返れば、戦争へ向かう兆候だけが目につきやすくなり、政権が倒れた後には、崩壊の原因となった弱点ばかりが大きく見える。しかし当時には、戦争を回避する可能性も、政権が存続する可能性も、人々の前に同時に存在していた。

 だから歴史を考えるためには、結果を知っている自分の立場をいったん横に置く必要がある。結末を知らなかった人々が、その時点でどのような情報を持ち、どのような選択肢の中から判断していたのかを考えるのである。それは過去の人間に無条件で共感することではない。むしろ、結果を知っている現在の自分が持つ優位を自覚することによって、過去の判断をより公平に見るための作業である。

年号の向こう側には、まだ歴史になっていない現在があった

 学校の歴史では、年号が重要な役割を持っている。出来事の順序を理解するためには欠かせないからである。しかし年号によって歴史を整理すると、その日に生きていた人間の時間が見えにくくなることがある。

 「1945年8月15日」と書けば、それは1つの日付である。しかし、その日に生きていた1人ひとりにとって、その日は同じものではなかった。家族を失った人もいれば、疎開先にいた子どももおり、兵士として遠い土地にいた人もいた。敗戦を絶望として受け止めた人もいれば、ようやく死なずに済むかもしれないという安堵を感じた人もいただろう。教科書の1行は、それら無数の経験を1つの日付へ圧縮する。

 歴史を学ぶためには、その圧縮が必要である。何千万もの人生をそのまま記述することなどできないからだ。しかし歴史を考えるときには、ときどきその圧縮を逆向きに開いてみる必要がある。「1945年」という数字の中には、実際には何千万もの異なる1945年が存在していたのである。

 小林秀雄が歴史について考えたときにも、過去を単なる知識として処理するだけでは捉えられないものへの関心があった。これは小林自身の言葉をそのまま言い換えたものではないが、歴史を生きた人間の実感や、過去と現在を結ぶ「歴史感情」を重視した彼の思考と重なる部分がある。

 過去は最初から「歴史」だったわけではない。それは、かつて誰かにとって現在だった。私たちが今日を「2026年の歴史」と思いながら朝食を食べないように、明治の人も「私はいま明治史を生きている」と考えていたわけではない。その人にとって重要だったのは、給料が足りるか、子どもが病気から回復するか、商売がうまくいくか、徴兵された息子が帰ってくるかという切実な現在だった。

 その現在が、後世から見ると歴史になる。この時間の反転を意識した瞬間、歴史は年表から少しずつ人間の世界へ戻ってくる。

「原因」を1つ見つけると、歴史は分かりやすくなる

 私たちは複雑な出来事に出会うと、原因を求める。「なぜ江戸幕府は倒れたのか」「なぜ日本は戦争へ向かったのか」「なぜある国家は衰退したのか」と問い、その答えが1つ見つかると、世界が急に整理されたように感じる。

 しかし、大きな歴史的出来事を1つの原因だけで十分に説明できるとは限らない。政治制度があり、経済状況があり、人口構造があり、技術の変化があり、国際関係があり、その中で個々の人間が判断する。さらに、偶然や予想外の出来事が結果を左右することもある。歴史の因果関係は、1つの原因が1つの結果を生む単純な鎖というよりも、いくつもの条件が重なり合って1つの方向へ動いていく複雑な網に近い。

 それでも後世の人間は、物語を作りたがる。「腐敗したから滅びた」「外国の圧力によって変革が起こった」「指導者の判断ミスによって戦争になった」と説明すれば、話は理解しやすくなる。しかし理解しやすい説明が、最も正確な説明とは限らない。

 ここで歴史を知ることと考えることが再び分かれる。知識を集めるだけなら、出来上がった説明を覚えることができる。しかし考えるためには、その説明そのものを疑わなければならない。「それだけで十分なのだろうか」「別の条件は作用していなかったのか」「当時の人自身は何を原因だと考えていたのか」と問い直す必要がある。

 歴史を考えるとは、答えを1つに決めることではなく、簡単すぎる答えに満足しなくなることなのかもしれない。

過去そのものは変わらない。しかし歴史像は変わる

 同じ明治維新でも、近代化の成功物語として読む人と、社会構造の大転換として読む人では見えるものが違う。戦後史を経済成長の物語として読むこともできれば、都市への人口集中、家族構造の変化、女性の社会的地位、地域間格差という観点から読むこともできる。視点を変えるだけで、同じ時代から別の景色が浮かび上がってくる。

 過去に起きた出来事そのものが後から変化するわけではない。しかし、新しい史料が発見されたり、既存の史料が再評価されたり、研究者が新しい問いを立てたりすれば、私たちが描く歴史像は変わる。つまり変わるのは単に現在の価値観だけではなく、利用できる証拠と、そこから何を問うかという研究上の視点でもある。

 現在の社会で地方の人口減少が問題になれば、過去の人口移動が気になるようになる。働き方が変化すれば、近代以降の労働制度を読み返したくなる。戦争が起これば、過去の外交危機の中に似た構造を探そうとする。私たちは過去を無色透明な目で眺めているのではなく、現在の問題意識を持ったまま過去へ問いを投げている。

 だから歴史とは、過去を保存しておく巨大な倉庫ではない。現在から過去へ問いを投げ、その返ってくる答えによって、再び現在を見直す営みでもある。

現在の常識で過去を裁ると、歴史は道徳劇になる

 もっとも、現在から過去へ問いかけることには危険もある。現在の価値観や知識だけで過去の人々を裁けば、その人たちが置かれていた条件を見失ってしまうからである。

 現在なら当然と思える考え方が、100年前には当然ではなかった場合もある。当時利用できる情報が限られていたこともあれば、社会制度そのものが現在とは大きく異なっていたこともある。その違いを無視し、「なぜ彼らはこんなことも分からなかったのか」と考え始めれば、歴史は善人と悪人だけが登場する簡単な道徳劇になってしまう。

 歴史を考えるために、現在の倫理観を捨てる必要はない。過去の差別や暴力を「当時は普通だった」という理由だけで正当化する必要もない。ただし、その行為を評価することと、その行為がなぜ可能になったのかを理解することは別の作業である。

 歴史的に理解するとは、現在の自分をその時代へそのまま送り込んで、「自分だったらこうした」と考えることではない。当時の人が持っていた情報、制度、社会的常識、恐怖、利益、選択肢をできるだけ再構成し、その条件の中でなぜその判断がなされたのかを考えることである。

 過去を理解することと、過去を肯定することは同じではない。その2つを区別できることも、歴史を考えるための重要な能力である。

知識がなければ考えられない。しかし知識だけでも考えられない

 では、年号や人物名を覚えることには意味がないのだろうか。もちろん、そんなことはない。事実についての知識がなければ、歴史について自由に考えているつもりでも、それは単なる想像になりかねない。誰がいつ何をしたのか、どの制度が存在していたのか、当時の経済や国際情勢がどうだったのかという基礎がなければ、歴史的な議論は成立しない。

 問題は、知識を終着点にしてしまうことである。

 地図をいくら詳しく眺めても、それ自体が旅になるわけではない。しかし地図がなければ、どこへ向かっているのかも分からない。歴史の知識もそれに似ている。知識は思考の代わりにはならないが、思考が迷子にならないための地図にはなる。

 むしろ面白いのは、歴史を深く知るほど、最初に抱いていた単純な説明が崩れていくことがある点である。

 最初は「幕府が弱体化したから明治維新が起こった」と理解していたものが、知識を増やしていけば、幕府内部にも改革を進めようとする人々がいたことを知り、諸藩の利害が互いに異なっていたことを知り、外国勢力との関係を知り、経済構造の変化や社会の流動化を知るようになる。すると、それまで1本に見えていた因果関係が枝分かれし始める。

 深く知るということは、ときに単純な説明を失うことである。しかし、それは理解が後退したのではない。むしろ現実の複雑さに近づいた証拠なのだろう。

歴史は実験室ではないが、因果関係を調べることはできる

 歴史から教訓を得るためには、「なぜそうなったのか」を考えなければならない。しかし歴史研究には自然科学とは異なる難しさがある。

 徳川幕府をもう1度成立させ、ある条件だけを変えて結果を比較することはできない。第1次世界大戦を再現して、ある国の外交判断だけを変更した場合に戦争が回避されたかどうかを実験することもできない。歴史上の出来事は基本的に1度しか起こらず、研究者が条件を自由に操作することもできない。

 だからといって、歴史的な因果関係について何も検討できないわけではない。

 現代の歴史研究や経済史では、地域ごとの差、制度変更の前後、偶然に生じた境界線や政策差などを比較し、ある条件が結果にどの程度影響したのかを推定する研究が行われている。研究者自身が実験を行うわけではないが、現実の中で生じた条件差を利用する自然実験や統計的な因果推論によって、歴史的な出来事の因果関係へ近づこうとするのである。

 ただし、それでも歴史上の出来事を完全に再現することはできない。この限界があるからこそ、「原因はこれ1つだった」と断定することには慎重さが必要になる。

過去から「教訓」を取り出すことはできるのか

 歴史を学ぶ理由として、「歴史から教訓を得るため」という言葉がよく使われる。たしかに過去には多くの成功と失敗が記録されており、そこから現在に役立つ示唆を得ることはできる。

 しかし、「過去にこうした結果、失敗した。だから現在も同じことをしてはいけない」という推論は、それほど単純ではない。2つの時代で条件が本当に同じなのかを確かめなければならないからである。技術も人口も制度も国際環境も異なるなら、外見の似ている出来事が同じ結果を生むとは限らない。

 歴史から学ぶとは、過去の答えをそのまま現在へコピーすることではない。

 むしろ重要なのは、過去の人々がどの情報を持ち、何を合理的だと考え、どの段階で判断を誤り、どこまでなら別の選択肢が残されていたのかを考えることである。その思考を通して、現在の私たち自身もまた、限られた情報の中で判断している存在なのだと気づく。

 歴史は未来の答えを教えてくれる予言書ではない。しかし、現在を単純化して見る癖から私たちを遠ざけることはできる。

「もし自分がそこにいたら」という問いの危うさ

 古い写真を見ると、不思議な感覚に襲われることがある。100年前の駅前で人々が歩いている。店先に立つ人がいて、こちらを向いている子どもがいる。その1人ひとりに名前があり、家族があり、心配事があり、その日の予定があった。しかし写真を見ている私たちは、その後に戦争が起こったことも、大地震があったことも、町の姿が変わったことも知っている。

 写真の中にいる人々は、それを知らない。

 ここで「もし自分がそこにいたら」と考えてみたくなる。しかし注意しなければならないのは、2026年の知識や価値観をそのまま持った自分を100年前へ送り込むことには、あまり歴史的な意味がないということである。

 本当に考えるべきなのは、「その人がその時代に持てた情報だけを持ち、その時代の制度や社会常識の中で生きていたなら、世界はどのように見えただろうか」という問いである。

 この違いは小さいように見えて、決定的である。

 現在の知識を持った自分なら、過去の人々の失敗を簡単に避けられるように思える。しかし、その知識の多くは、彼らが失敗した結果を私たちが後から知ったことによって得られたものでもある。

 だから歴史上の人々を簡単に笑うことはできない。彼らもまた、未来を知らない現在を生きていたからである。

私たちもまた、未来から見れば歴史の中にいる

 100年後の誰かから見れば、私たちも古い写真の中の人間になる。

 2026年に何を重要だと思い、何を恐れ、どの問題について議論し、どの問題をほとんど気にしていなかったのかを、未来の人々は「歴史」として読むだろう。そして彼らは、私たちがまだ知らない結末を知った上で、「なぜ当時の人は気づかなかったのだろう」と考えるかもしれない。

 その未来の視線を想像すると、歴史を見る目も少し変わる。

 歴史を知るとは、過去についての情報を持つことである。しかし歴史を考えるとは、その情報の向こう側に、未来を知らずに生きていた人間を見ることであり、同時に、自分自身もまた未来を知らない1人の人間として歴史の途中に立っていることに気づくことである。

 年号を覚えるだけなら、過去は遠い。しかし、過去の人々が私たちと同じように迷い、誤り、ときには十分に合理的だと思われた判断によって予想もしなかった未来を作ったのだと理解したとき、歴史は突然こちら側へ近づいてくる。

 そのとき歴史は、すでに終わった出来事の一覧ではなくなる。

 それは、過去の人間を裁くための帳簿ではなく、未来を知らない現在を生きる私たちが、自分たちは何を見落としているのかを考えるための巨大な鏡になるのである。

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 私たちは、ものをたくさん知っている人を見ると、その人はきっとよく考えているのだろうと思う。歴史上の出来事を正確に覚え、政治や経済について数字を挙げ、難しい言葉を使って説明できる人を前にすると、そこには確かな知性があるように感じられる。もちろん知識は大切であり、何も知らずに正しく考えることはできない。しかし小林秀雄の『考えるヒント』を読んでいると、「知っていること」と「考えていること」の間には、私たちが普段ほとんど意識しない深い溝があるのではないか、という疑いが生まれてくる。

 小林秀雄は、決して知識を軽蔑した人ではない。古典を読み、歴史を調べ、哲学者の言葉と格闘し続けた彼自身が、途方もない読書家であり、学ぶことに執着した人だった。だからこそ彼は、知識の価値だけでなく、その危うさも知っていたのだろう。知識は人間に力を与えるが、同時に「自分は分かっている」という安心も与える。そして、その安心が、ときとして考えることを終わらせてしまう。

知識は、考える時間を短くしてくれる

 知識には文明を支える重要な働きがある。一度分かったことを保存し、次の人へ渡すことができるという性質である。富士山の高さを知るために、私たちは毎回測量をする必要はない。江戸幕府がいつ始まったのかを確認するために、一人ひとりが古文書を読み直す必要もない。誰かが調べ、確かめ、体系化した知識を受け取ることができるからこそ、人間は前の世代が到達した地点から先へ進むことができる。

 言い換えれば、知識とは他人が費やした時間を受け取る仕組みでもある。だから知識が増えるほど、人間は効率よく世界を理解できるようになる。しかし、その便利さの中には小さな罠が潜んでいる。答えを知ってしまうと、問題そのものまで理解したような気分になってしまうからである。

 この感覚は、現代の私たちにはとりわけ身近だろう。分からない言葉があれば検索し、歴史上の事件が気になれば数秒で概要を読み、病気について知りたければ専門的な説明までたどり着くことができる。かつてなら何時間も図書館を歩かなければ得られなかった情報が、今では数分もかからず手に入る。

 しかし、「答えを見つけた」ということと、「その問題を考えた」ということは同じではない。

 この違いは、現代の認知科学から見ても興味深い。人間には、自分が実際に理解している以上に物事を理解していると思い込む傾向があり、仕組みを詳しく説明するよう求められて初めて、自分の理解が思ったほど深くなかったことに気づく場合がある。研究ではこれを「説明深度の錯覚」と呼んでいる。私たちは、ある事柄を聞いたことがあり、説明を読んだことがあり、言葉の意味を知っているというだけで、その仕組みまで理解したように感じやすいのである。

 小林秀雄が心理学的な実験を知っていたわけではない。しかし彼が繰り返し警戒した「分かったつもり」という問題と、現代の認知科学が明らかにしている人間の理解の錯覚には、不思議な重なりがある。

小林秀雄が嫌ったのは、知識ではなく「考えたつもり」だった

 『考えるヒント』に収められた「良心」で、小林は「能率的に考える事」と「合理的に考える事」を取り違えてはいけないと述べ、能率ばかりを求めれば、結局は「考える手間」を省くことになると警戒する。そして彼は、物を考えるとは、対象をつかんだら簡単には離さないことだと言う。考えれば考えるほど、かえって分からなくなることさえあるというのである。

 一見すると奇妙な話である。普通なら、考えれば考えるほど分かるようになるはずだと思う。しかし実際には、長く一つの問題に向き合った人ほど、その問題が最初に見えたほど単純ではなかったことに気づく。入口では一つの答えしか見えなかったものが、奥へ進むにつれて例外や矛盾や別の立場を見せ始め、簡単には結論を出せなくなる。

 それは思考の失敗ではない。むしろ、対象の複雑さを知ったということである。

 この意味で、小林のいう「考える」は、問題を素早く処理して答えを出すこととはかなり違っている。「考えるという事」では、本居宣長の言葉を手がかりに、考えることが単なる頭の操作ではなく、対象と「あひむかふ」こと、つまり物と親身に交わることとして語られる。対象の外側に立って説明するだけではなく、自分自身もその問題の中へ入り込んでしまうのである。

 ここから、「知識」と「思想」の違いについて考えるための手がかりが得られる。

知識と思想は、小林自身が分けた二つの箱ではない

 ここで一つ注意しておかなければならない。小林秀雄自身が『考えるヒント』の中で、「知識とはこういうものであり、思想とはこういうものである」と明確な二分法を提示しているわけではない。本記事で考える「知識と思想の違い」は、小林の「知ること」「考えること」「対象と交わること」についての議論を手がかりに、そこから現代の私たちなりに引き出す問いである。

 この区別をしておかないと、小林自身が述べていない定義を、あたかも彼の言葉であるかのように扱うことになってしまう。しかし逆に言えば、小林の文章が面白いのは、明快な定義を渡してくれるからではなく、読者の側に新しい問いを発生させるからでもある。

 では、知識と思想はどこで分かれるのだろう。

 たとえば、「人間はいつか死ぬ」という事実を知らない大人はほとんどいない。それは誰にでも共有できる知識であり、文章にすれば一行で済む。しかし、親しい人を失った人、自分の老いを身体で感じ始めた人、大きな病気を経験した人にとって、「人間はいつか死ぬ」という同じ一文は、それ以前とはまったく違った重さを持つことがある。

 言葉は同じである。知識としての内容も変わっていない。それでも、その言葉が自分の中で占める場所は変わってしまう。死が辞書の中の言葉ではなく、自分自身の時間に関わる問題になったからである。

 思想とは、もしかすると、知識がこのように人間の内部へ入り込み、単なる説明では済まなくなったところから始まるものなのかもしれない。

思想は、暗記することができない

 知識はある程度まで外から受け取ることができる。教科書を読み、講義を聞き、数字を覚えれば、その知識は自分の中へ入ってくる。しかし思想は、同じようには受け取れない。

 たとえば、哲学者の本を読んで「人間にとって自由は重要である」という考えに深く共感したとする。その文章を覚え、意味を説明し、別の人に語ることまではできる。しかし、自分とまったく違う意見を持つ人の自由まで認めるのか、自分に不利益が生じてもその原則を守るのかという場面に立ったとき、初めてその言葉の本当の重さが現れる。

 「弱い人を助けるべきだ」という考えも同じである。抽象的に賛成することは難しくないが、そのために自分の税負担が増えるとなれば、言葉は突然現実の問題になる。「地方を守るべきだ」と言うことも簡単だが、人口が減り続ける地域ですべての道路、学校、病院、公共施設を維持するために、誰がどれだけ負担するのかという問題まで進めば、きれいな言葉だけでは答えられなくなる。

 このとき問われているのは、何を知っているかだけではない。知ったうえで、何を選ぶのかである。

 思想とは、立派な言葉を持っていることではなく、言葉が現実と衝突したときに、それでも何を大切だと考えるのかという判断の中に現れるのではないだろうか。

借り物の思想ほど、簡単に口にできる

 本を読むと、ときどき世界が急に整理されたように感じることがある。自分ではうまく説明できなかった問題を、ある哲学者や作家が驚くほど鮮やかな言葉で言い表してくれる。「そうか、自分が言いたかったのはこれだったのだ」と思う瞬間は、読書の大きな喜びの一つである。

 しかし、その喜びにも危うさがある。

 他人の思想は、完成された形で読むことができる。書き手が何年も悩み、失敗し、考え直した末にたどり着いた結論を、読者は数分で読むことができる。そこに至るまでの迷いや矛盾を経験せず、完成した言葉だけを手に入れることができるのである。

 すると、ある奇妙な錯覚が起こる。相手の説明を理解しただけなのに、自分自身もそこまで考えたような気分になってしまう。

 ここでも「分かったつもり」の問題が現れる。説明を読むことと、自分で説明できることは違い、自分で説明できることと、その考えを現実の判断に使えることもまた違う。一つの思想を理解したと思っていても、反対意見を突きつけられた途端に説明できなくなったり、自分に都合の悪い事例を前にすると原則を変えてしまったりすることがある。

 だから、本を読んで思想を得るというのは、本当はかなり面倒な仕事なのだろう。他人の言葉を覚えるだけでは足りない。その言葉を自分の経験にぶつけ、反論を考え、ときには捨て、何年か後にもう一度拾い直す必要がある。

「深く考えた人ほど慎重になる」とは限らない

 ここには、もう一つ注意すべき点がある。

 私たちは、ともすると「深く考えている人は必ず謙虚であり、浅い人ほど断言する」と言いたくなる。しかし、これは少し美しすぎる話である。認知科学や心理学の研究を見ても、知識が増えれば自動的に自分の理解を正確に評価できるようになるわけではなく、専門家であっても自分の説明能力や判断を過大評価することはある。

 したがって、専門家だから慎重とは限らず、断言しているから浅いとも限らない。

 それでも、一つの問題を長く考え、反対意見や例外や失敗に繰り返し出会った人が、問題を単純な一色では見にくくなるということはあるだろう。深く考えるとは、必ずしも結論が弱くなることではなく、自分の結論が成り立つ条件と、成り立たない条件まで見えるようになることなのかもしれない。

 重要なのは、言葉の強さではなく、その言葉がどれほど現実によって試されてきたかである。

知識だけでは「何を選ぶべきか」は決まらない

 現代社会では、判断のためのデータは昔とは比較にならないほど豊富になった。人口統計、医療データ、経済指標、環境データ、世論調査など、私たちは社会を理解するための大量の数字を持っている。

 しかし数字が増えれば、正しい答えが自動的に一つに決まるわけではない。

 ある地域の病院を維持すれば、財政負担がどれだけ増えるかを計算することはできる。病院までの移動時間や救急搬送時間を測ることもできる。しかし、「そこまで費用をかけても病院を残すべきか」という最後の問いは、数字だけでは決められない。

 同じことは教育でも環境でも社会保障でも起きる。データは選択の結果を予測するために不可欠だが、何を大切にすべきかという価値そのものを決めるわけではない。

 哲学では昔から、事実についての命題と、「何をすべきか」という規範的な判断の間には距離があると考えられてきた。「こうなっている」という事実をどれほど詳しく知っても、それだけから「だからこうすべきだ」という結論が自動的に出るわけではないのである。

 ここで初めて思想が必要になる。

 ただし、これは科学が「思想の必要性」を証明したという意味ではない。データだけでは価値判断が完結しないという事実から、私たちは自分が何を優先するのかを考えざるを得ない。その判断の積み重ねを、本記事では思想と呼んでいるのである。

知識が増えた時代ほど、思想は簡単にはならない

 私たちは、知識が増えれば社会の対立は減っていくように想像することがある。皆が正確な情報を持てば、合理的な答えに近づくはずだと考えるからだ。

 しかし現実には、同じデータを見ても異なる結論に至ることがある。

 経済成長を優先すべきだという人もいれば、環境への負荷を減らすことを優先すべきだという人もいる。医療では一日でも長く生きることを重視する考えもあれば、生活の質を重視する考えもある。地域政策でも、人口が減っても公共サービスを広く残すべきだという考えと、限られた資源を集約すべきだという考えが衝突する。

 どちらか一方が必ず無知だから対立しているわけではない。同じ事実を知っていても、何を重要だと思うかが違えば結論は変わる。

 だから知識社会は、思想を不要にするのではなく、むしろ思想の問題を見えやすくする。情報が少なかった時代には、選択肢そのものを知らずに済んだ。しかし選択肢を知ってしまった時代には、「では、どれを選ぶのか」という問いから逃げにくくなる。

思想とは、変わらない答えではない

 思想という言葉には、ときどき硬い響きがある。一度決めた信念を生涯守り抜くこと、揺るがない世界観を持つことが思想なのだと思われがちである。

 しかし本当に考えることが、対象と長く付き合うことだとすれば、思想はむしろ変化することがあって当然ではないだろうか。

 二十歳のときに正しいと思っていたことが、四十歳になると単純に見えることがある。四十歳で確信していたことが、六十歳で揺らぐこともある。家庭を持ち、仕事をし、人を失い、老い、病気を経験するうちに、同じ言葉が別の意味を持つようになる。

 それは思想がなかった証拠とは限らない。むしろ現実と向き合い続けたために、思想が形を変えたとも考えられる。

 小林秀雄の「考える」という言葉にも、完成した理論を築いて安心するという響きはあまり感じられない。対象をつかんだら簡単に離さず、分からなくなっても考え続ける。そこには、答えを所有するというより、問いと長く付き合う姿勢がある。

 思想とは、正解を持つことではなく、何を問い続けてきたかの痕跡なのかもしれない。

知識は持つことができるが、思想には動かされる

 ここまで考えてくると、知識と思想の違いを一つの比喩で表すことができる。

 知識は、私たちが「持つ」ものである。歴史の年代を覚え、統計の数字を知り、制度の仕組みを理解すれば、その知識は頭の中に蓄えられていく。

 しかし思想は、ときとして私たちの方を動かす。

 ある歴史的事実を知っただけでは、今日の行動は変わらないかもしれない。しかし、その事実について何年も考え、自分なりの歴史観ができれば、現在の政治を見る目まで変わることがある。一冊の小説について詳しい知識を持っていても人生は変わらないかもしれないが、ある登場人物の生き方が何十年も心に残れば、自分が何かを決断するとき、その記憶が思いがけず現れることがある。

 そのとき、言葉は単なる情報ではなくなっている。

 物を見る角度になり、迷ったときの判断基準になり、本人が意識しないところで選択に影響する。だから、人間の思想はその人が語る言葉だけでは分からないことがある。何を選び、何を捨て、何に時間を使い、何を許せず、何を守ろうとするのかを見る方が、その人の思想を正確に表している場合さえある。

良い本は、知識を増やすだけでなく、分からなくさせる

 『考えるヒント』を読んでいて妙なのは、読み終えたあとに「小林秀雄について詳しくなった」という満足だけでは終わらないことである。常識、良心、歴史、学問、哲学といった、誰でも知っているはずの言葉が、小林の文章を通ると急に扱いにくくなる。

 それまで分かっていたつもりの言葉に、まだ考えていなかった部分が残っていることに気づくからだ。

 普通の教科書なら、読んだ後には分かることが増える。しかし、世の中には読んだ後で分からないことが増える本がある。知識は増えているのに、以前ほど簡単には断言できなくなる。

 一見すると不親切な本である。

 しかし考えてみれば、それこそ本当に考え始めた証拠なのかもしれない。

 良い本は、必ずしも答えを与えてくれる本ではない。むしろ、それまで答えだと思っていたものを疑わせる本がある。一度読んで理解したと思ったのに、十年後に読み返すとまるで違う文章に見えることがある。それは本が変わったのではない。読んでいる人間の経験が変わり、以前は見えなかった問題が見えるようになったのである。

私たちは何のために知るのか

 検索技術が発達し、人工知能によって大量の情報を短時間で整理できる時代になると、「知っていること」そのものの希少価値は以前より小さくなるかもしれない。質問すれば、多くの事実はすぐに得られる。

 しかし、だから考える必要がなくなるわけではない。

 むしろ反対である。

 情報を集める仕事が容易になるほど、「どの情報を信じるのか」「何を重く見るのか」「異なる価値が衝突したときに何を選ぶのか」という問題が残る。そこには、自動的な答えがない。

 小林秀雄の『考えるヒント』が今なお妙に古びないのは、彼が未来の情報社会を予言したからではない。彼がもっと古く、もっと単純で、それゆえ消えない人間の癖を見ていたからではないだろうか。

 人間は、知らないことを不安に思う。そして答えを得ると安心する。安心すると、考えることをやめたくなる。

 けれども、本当に重要な問題ほど、一度の説明では終わらない。

 幸福とは何か、自由とは何か、よく生きるとは何か、社会は何を公平と考えるべきか、自分は何を大切にして残りの時間を使うのか。こうした問いには大量の知識が必要でありながら、どれほど知識を集めても、最後には自分自身で考えなければならない部分が残る。

 知識は、答えへ近づくための力である。

 思想は、その答えを自分の人生の中で引き受けようとした跡である。

 だから両者は敵ではない。思想のない知識は、集めただけの情報になりやすく、知識のない思想は、思い込みや独善へ傾きやすい。必要なのはどちらか一方ではなく、知ったことを何度も現実にぶつけ、疑い、考え直す往復なのである。

 そしてその往復には、どうしても時間がかかる。

 私たちは以前よりはるかに速く「知る」ことができるようになった。

 しかし、速く知ることができる時代だからこそ、小林秀雄が投げかけた問いは重くなる。

 知ったあとで、あなたは本当に考えただろうか。

 あるいは、分かったと思ったところで、考えることをやめてはいないだろうか。

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 難しい話を聞いているとき、私たちはしばしば「つまり、こういうことでしょう」と言いたくなる。政治でも経済でも、歴史でも文学でも、複雑に入り組んでいた話が一つの言葉にまとまると、急に世界が整理されたような気がする。「なるほど」と思えた瞬間には独特の安心があり、それまで自分の前に立ちはだかっていた問題を、ようやくこちら側へ引き寄せることができたように感じられる。

 しかし、その安心は本当に理解した証拠なのだろうか。私たちは理解したから「わかった」と感じるだけではなく、わからない状態を終わらせたいから「わかった」と感じることもあるのではないか。

 小林秀雄の『考えるヒント』を読んでいると、そんな疑問が次第に浮かんでくる。この随筆集には、「常識」「良心」「歴史」「平家物語」など、一見すると互いに遠く離れた題材を扱った文章が収められている。ところが小林は、それらについて便利な結論を用意してくれるわけではない。むしろ私たちが何となく知っていると思っていた言葉を手に取り、その意味を確かめ直し、いつの間にか慣れによって見えなくなっていた問題をもう一度こちらへ差し戻してくる。

 そのため、『考えるヒント』は必ずしも「わかりやすい本」ではない。何かを知らなかった読者に知識を与え、「これで理解できました」と安心させる種類の本とも少し違う。ある問題について考えていたつもりが、気づけば歴史や人間の経験、言葉そのものの問題へ移っており、読み始めたときよりも問いが深くなっていることさえある。そこにあるのは、答えを渡すというより、読者がすでに持っている答えを揺さぶるような思考である。

 もちろん、小林秀雄自身が「人間はなぜ『わかった』と思いたがるのか」という心理学的な問いを立て、その仕組みを科学的に説明したわけではない。この記事の題名にある問いは、『考えるヒント』を現代から読み返したときに浮かび上がってくる問いである。しかし興味深いことに、小林の文章から感じ取れる「簡単に理解したことにしてはいけない」という警戒は、現在の認知心理学が明らかにしてきた人間の思考の癖とも、意外なほどよく響き合う。

「わかった」という感覚は、理解そのものではない

 私たちは学校でも仕事でも、物事を理解することを求められてきた。「わかりましたか」と聞かれて「まだわかりません」と答え続けるより、「要するにこういうことです」と説明できる人のほうが、理解の速い人、頭のよい人と評価されやすい。複雑な情報を整理する能力はもちろん重要であり、社会生活には欠かせない。しかし問題は、整理できたことと、対象そのものを十分に理解したこととが、しばしば同じものとして扱われてしまうことである。

 現代の認知心理学には、Illusion of Explanatory Depth(説明深度の錯覚・実際以上に自分が仕組みを理解していると思い込む現象)と呼ばれる研究領域がある。人は日常的に使っている物や社会制度について、「だいたい仕組みはわかっている」と感じていても、いざ詳細に説明しようとすると、意外なほど説明できない場合がある。自分の理解の浅さは、説明を求められて初めて明らかになるのである。

 たとえば、自転車がどうして倒れずに走れるのか、冷蔵庫がどのような仕組みで食品を冷やしているのか、あるいは日常的に利用している制度がどのような仕組みで成立しているのかについて、私たちは名前や大まかな役割を知っているだけで「だいたいわかっている」と感じやすい。しかし、その仕組みを順序立てて説明しようとすると、途中で言葉に詰まることがある。そこで初めて、知っていることと理解していることの間に思った以上の距離があったことに気づく。

 この現象は、『考えるヒント』を読むときにも興味深い補助線になる。「常識」「歴史」「良心」といった言葉は、いずれも私たちが日常的に知っていると思っている言葉である。ところが、それでは常識とは何か、歴史とは何を知ることなのか、良心とはどこから生まれるのかと問われると、急に簡単ではなくなる。言葉を知っていることが、その言葉の指し示す現実を理解していることと同じではないからだ。

 小林の文章は、この「知っている」という感覚の表面を破るところから始まることが多い。だから読者は、読んで知識が増えるだけではなく、それまで知っていると思っていたものまで、いったんわからなくなる。普通なら不便に感じられるその状態こそ、小林にとっての「考える」という行為に近かったのではないかと思えてくる。

人はなぜ、わからない状態から早く抜け出したがるのか

 では、なぜ私たちは「わからない」という状態に長くとどまることを嫌うのだろう。

 心理学では、Need for Cognitive Closure(認知的完結欲求・曖昧な状態を終わらせ、明確な答えを得たいとする心理的傾向)という考え方が研究されてきた。人間には、物事がはっきりしない状態を不快に感じ、できるだけ早く一定の判断や説明を得たいとする傾向がある。その程度には個人差があり、また置かれている状況によっても変化するため、「人間は必ず曖昧さを嫌う」と単純化することはできないが、答えのない状態が心理的な負担になり得ること自体は、決して珍しい現象ではない。

 考えてみれば、日常生活でも思い当たる場面は多い。原因のわからない出来事に遭遇したとき、私たちは何らかの理由を見つけると安心する。誰かの理解しにくい行動にも、「あの人はこういう性格だから」と説明を与えれば、それ以上考えなくても済む。社会で起きた複雑な事件についても、「結局、原因はこれだ」と一つの説明を得ると、世界が再び秩序を取り戻したように感じる。

 だが、一つの説明を得たことと、その説明が正しいことは別である。さらに言えば、その説明によって対象のすべてが理解されたわけでもない。わからない状態に耐えられないとき、人間は正しい答えよりも、答えが存在すること自体に安心してしまう可能性がある。

 ここに「わかったつもり」が入り込む余地が生まれる。

 人間にとって理解は、単なる知的作業ではない。理解することによって世界を予測し、自分の位置を確かめ、次にどう行動すればよいかを決めることができる。その意味では、物事を説明可能な形へ整理する能力は、生きるために必要な働きでもある。しかし、その便利な能力は、ときとして現実の複雑さを切り落としてしまう。

歴史を「説明」したとき、何が失われるのか

 この問題を考えるうえで、小林秀雄が歴史について書いた文章は興味深い。

 歴史上の出来事は、後世から見ればかなり整理して説明することができる。ある戦争が起きた原因を挙げ、政治制度の変化を整理し、人物の行動を分類し、最後に結果を示せば、一つの筋道だった物語になる。教科書を書くためにはそのような整理が必要であり、歴史学において因果関係を検討することも当然重要である。

 しかし、実際にその時代を生きていた人々は、後世の歴史家が知っている結末を知らなかった。敗北する人物も、自分が将来「敗北した人物」として教科書に載ることを知りながら生きていたわけではなく、成功する人物も、その時点では成功を保証されていなかった。彼らが生きていたのは、未来がまだ確定していない時間であり、そこには期待も誤算も偶然も恐れも迷いもあった。

 小林の歴史についての思考を、単純に「歴史学への批判」と呼ぶのは適切ではない。むしろ彼が強く意識していたのは、歴史を説明することと、過去に実際に生きた人間の経験に触れることとの間にある距離だったと考えたほうがよい。後世の私たちは、結果を知っているからこそ、過去を必要以上に整った物語にしてしまう危険を持っている。

 歴史上の人物を「改革者」「保守派」「革命家」「独裁者」と名づければ、その人物について何か重要なことを理解したように感じられる。しかし、一つの名前が与えられた瞬間、その人物の矛盾した行動や、分類からはみ出す言葉が見えにくくなる場合もある。名前は理解を助けるが、同時に現実の複雑さを隠す幕にもなる。

 ここで重要なのは、「説明してはいけない」ということではない。説明なくして歴史研究は成立しない。問題は、説明が完成したと感じた瞬間に、説明しきれなかったものまで存在しなかったことにしてしまわないかという点にある。

 わかりやすさが増すことと、真実に近づくことは、必ずしも同じではないのである。

言葉を知ることで、世界まで知った気になる

 人間が「わかった」と感じやすいもう一つの理由は、言葉そのものの便利さにある。

 私たちは「民主主義」「自由」「良心」「伝統」「進歩」「常識」といった言葉を日常的に使用している。意味を尋ねられれば、ある程度の説明もできるだろう。そのため、それらについて自分は知っていると思いやすい。しかし、同じ言葉を少し深く掘り下げてみると、その安定した意味は急に揺らぎ始める。

 たとえば「良心」とは何なのだろう。人はどのようなときに良心を感じるのか。自分の価値観を良心と呼んでいるだけではないのか。時代や社会によってその内容が異なるなら、良心にはどこまで普遍性があるのか。一つの言葉から問いを広げていくだけで、それまで単純に見えていたものが急に複雑になる。

 これは言葉が不完全だからではない。むしろ言葉とは、複雑すぎる世界を人間が扱うための優れた道具である。ただし便利な道具であるからこそ、名前をつけたことを理解したことと取り違えやすい。

 小林秀雄の文章には、その取り違えを嫌う姿勢が繰り返し現れる。抽象的な概念だけを積み上げるのではなく、作品を読み、人間を見、歴史上の言葉と向き合い、自分自身の経験にまで戻って確かめようとする。そのため、ときには遠回りをしているように見える。しかし、最短距離で結論へ向かうことそのものが、本当に考えることなのかを疑えば、その遠回りには別の意味が見えてくる。

わかりやすい説明ほど、本当に正しいのか

 さらに現代心理学には、Processing Fluency(処理流暢性・情報を理解したり処理したりするときに感じる容易さ)という考え方がある。人間は、読みやすい文章、聞き慣れた表現、何度も見た情報などを処理するとき、それを比較的自然に受け入れやすくなることがある。

 つまり、「わかりやすい」と感じることと、「正しい」こととは、本来別であるにもかかわらず、人間の感覚の中では両者が近づいてしまう場合があるのである。

 これは日常でも経験する。複雑な説明よりも、短く明快な説明のほうが説得力を持つことがある。長い議論よりも、「原因はこれだ」と言い切る人のほうが自信に満ちて見える。政治的なスローガンや広告の言葉が短いのも偶然ではない。人間の頭は、複雑な説明よりも、筋道の明快な説明を扱いやすい。

 もちろん、わかりやすい説明が間違っているという意味ではない。優れた科学者や教師は、複雑なことを正確さを失わずにわかりやすく説明できる。問題になるのは、「わかりやすいから正しい」「納得できたから理解した」と無意識に判断してしまうことである。

 その意味で、「わかった」という感覚は一種の信号にすぎない。それは理解が進んだことを知らせている場合もあれば、単に説明が頭へ入りやすかったことを知らせているだけの場合もある。

説明があふれる時代に、考える時間はどうなるのか

 小林秀雄の時代と現在との大きな違いの一つは、説明を手に入れる速度である。

 現在では、わからない言葉を検索すれば数秒で説明が出てくる。歴史上の事件も文学作品も、政治制度も科学用語も、多くの場合はすぐに概要を知ることができる。さらに生成型人工知能を利用すれば、専門的な説明を自分の理解しやすい水準まで言い換えたり、長い文章を短く要約したりすることもできる。

 これは明らかに大きな進歩である。かつてなら専門書を探し、何冊もの資料を読み比べなければ得られなかった情報へ、非常に短い時間で到達できるようになった。その利便性を否定する必要はない。

 ただし、ここには別の問題も生まれる。

 問いを持った直後に説明が得られるようになると、「わからないまま考えている時間」は短くなる。かつてなら一日考え続けていた疑問が、数十秒で一つの回答へ収束することもある。その回答が正確であれば知識の獲得としては効率的だが、問いを抱えていた時間の中で起こるはずだった別の思考まで不要になるとは限らない。

 人間は、外部の道具へ記憶や計算を委ねることができる。心理学では、Cognitive Offloading(認知的オフローディング・記憶や思考の一部を外部の道具へ任せること)という概念で研究されている。紙に予定を書くことも、電卓を使うことも、検索エンジンに情報探索を任せることも、この広い意味での外部化に含めて考えることができる。

 それ自体は悪いことではない。人類は文字、書物、計算機などを使いながら、頭の外へ情報を保存することによって知的活動を発展させてきた。生成型人工知能もまた、使い方によっては、人間の思考を奪うものではなく、問いを広げたり、自分とは異なる見方を確かめたりする道具になり得る。

 したがって、「人工知能を使うと思考力が低下する」と単純に結論づけるのは適切ではない。重要なのは、人工知能を使ったかどうかではなく、どの部分まで任せたかである。情報を探す作業を任せ、その情報を自分で比較し、疑い、考えるのであれば、人工知能は思考を助ける。しかし問いを立てることから判断までをすべて外部へ渡し、得られた回答をそのまま「理解」として受け取れば、考える過程のかなりの部分を省略することになる。

 この違いは小さいようで大きい。

要約を読んだことと、本を読んだことは同じではない

 この問題は文学に戻ると、さらにわかりやすくなる。

 一冊の小説について、そのあらすじを数百字で読むことはできる。登場人物、事件、結末、作者の時代背景まで知れば、その作品についてかなり多くの情報を持つことになる。しかし、それでその小説を読んだことになるだろうか。

 おそらく、そうではない。

 文学作品では、何が起こったかだけでなく、どの順序で起こったか、どんな言葉で語られたか、読者がどこで立ち止まり、どこで誤解し、どこで予想を裏切られたかという時間そのものが作品を形づくっている。要約によって物語の情報を得ることはできても、その時間まで短縮することはできない。

 小林秀雄の文章についても同じことが言える。「小林秀雄は何を言いたかったのか」と一文にまとめようとすると、その瞬間に彼の文章で最も重要だったものを落としてしまう可能性がある。結論だけではなく、ある言葉から次の言葉へ移っていく思考の運動そのものが文章になっているからである。

 だから『考えるヒント』という題名は、改めて興味深く見えてくる。「考える答え」でもなければ「考え方の公式」でもない。あくまでヒントなのである。ヒントは答えの代わりにはならない。受け取った人間がそこから自分で考えなければ意味を持たない。

「わからない」は、知性の空白ではない

 私たちは普通、「わからない」という状態を知識の不足として扱う。知らないものを調べ、理解し、わかる状態へ移れば問題は解決したと考える。

 しかし、本当に重要な問いの中には、一度の説明で終了しないものがある。

 人間とは何か。歴史とは何か。美とは何か。幸福とは何か。自由とは何か。

 こうした問いには、研究によって明らかにできる部分もあれば、哲学や文学が何世紀にもわたって考え続けてきた部分もある。一つの定義を覚えれば終了する種類の問題ではない。そのため、ここでは「わからない」という状態そのものが、単なる失敗ではなくなる。

 自分にはまだわからないと気づくことは、自分が何を知らないかを知ることでもある。

 説明深度の錯覚の研究が興味深いのも、この点である。人は実際に説明してみることによって、自分の理解が思っていたほど深くなかったことに気づく。その瞬間、理解は後退したように見える。しかし実際には、「わかったつもり」から「どこがわからないかがわかった」状態へ進んでいる。

 知性とは、常に答えを持っていることではないのかもしれない。自分の理解がどこまで届き、どこから先がまだ曖昧なのかを見分ける力もまた、知性の重要な部分である。

人は「わかった」ことで、世界を自分の大きさに縮める

 世界そのものは、人間が理解しやすいようにはできていない。

 一人の人間の性格でさえ、完全には説明できない。普段は優しい人がある場面では冷酷になることもあり、慎重な人が突然大胆な決断をすることもある。社会現象ならさらに複雑で、経済、制度、文化、偶然、人間の感情など、いくつもの要因が同時に動いている。

 それでも私たちは、世界に筋道を求める。それは必要な行為でもある。科学も歴史研究も日常の判断も、複雑な現実から一定の構造を見つけることによって成立している。

 問題は、自分が見つけた筋道と、現実そのものを同じものだと思ってしまうことである。

 「この人はこういう人だ」「この事件の原因はこれだ」「この小説が言いたいことはこれだ」と言い切った瞬間、それ以外の可能性を見る必要がなくなる。説明は世界を見通す窓になる一方で、ときには世界を囲い込む壁にもなる。

 人は「わかった」と感じることで、世界を所有したような安心を得る。しかし実際には、世界を完全に理解したのではなく、自分の理解できる大きさまで世界を縮めただけなのかもしれない。

 小林秀雄の文章が容易に一つの結論へ収束しないのは、その縮小を警戒していたからだと読むことができる。考えるとは、世界を自分の頭の中へきれいに収納することではなく、対象に触れることによって、それまでの自分の理解のほうを変えていく作業なのではないか。対象を本気で見れば、ときには自分が持っていた説明が壊れる。だがそれは理解の失敗ではなく、より深い理解へ向かう入口になる。

昨日わかったものを、今日もう一度わからなくしてみる

 人間は「わかった人」でありたがる。知らないと言うより知っていると言いたいし、迷っているより結論を持っていたい。そのほうが他人にも説明しやすく、自分自身も安心できる。

 しかし私たちの日常を振り返れば、一度わかったと思ったものが、後になってまったく違って見える経験はいくらでもある。

 長く付き合った人について、ある出来事をきっかけに「こんなことを考えていたのか」と驚くことがある。若いころには退屈だった小説が、何十年後かに読むと、こちらへ直接語りかけてくるように感じられることもある。作品の文字は同じなのに、読む人間の経験が変わったため、そこから見えるものが変わる。

 そう考えると、「一度わかったものは、もうわかっている」という考えそのものが怪しくなってくる。本当に考える価値のあるものは、何度考えても同じ姿を見せるとは限らない。

 だから古典は読み返される。もし一度の説明ですべてが理解できるのであれば、古典には要約だけが残ればよい。しかし実際には、同じ作品について何十年、何百年と新しい読み方が生まれ続けている。それは人間が愚かで、いつまでたっても正解に到達できないからではない。作品と人間との関係そのものが、一つの答えには閉じないからである。

 『考えるヒント』も、「小林秀雄の思想を理解するための答え集」として読むより、こちらがすでに持っている理解を問い直す本として読むほうが面白い。

 「なるほど」と思った瞬間に、もう一度「本当にそうだろうか」と考える。その説明は対象そのものから生まれたものなのか、それとも自分が安心するために作ったものなのか。別の見方をすれば、同じ出来事は違って見えないだろうか。

 情報を得ること自体に大きな労力を必要とした時代に比べれば、現在は答えへ到達するまでの時間が驚くほど短くなった。だからこそ、手に入れた答えをそのまま理解と取り違えず、いったん立ち止まり、もう一度問いへ戻る力は以前にも増して重要になっているのかもしれない。

 考えるということは、答えを持たないことではない。答えを得ても、それですべてが終わったとは思わないことである。自分の理解にはまだ外側があると知り、わからないものを性急に切り捨てず、ときには昨日まで「わかっていた」ものを、今日もう一度わからなくしてみる。

 小林秀雄が『考えるヒント』という題名に込めた意味を一つに決めることはできない。しかし、答えそのものではなく「ヒント」という言葉が選ばれていることを考えると、この本は今の時代にも奇妙なほどよく似合っている。

 私たちの周囲には答えがあふれている。検索すれば説明が出てきて、人工知能に尋ねれば、さらに読みやすい形に整理してくれる。それでも最後に、その答えで本当に納得してよいのかを判断するのは、自分自身である。

 「わかった」と言ったところで考えるのを終えるのではなく、そこからもう一度考え始める。その小さな習慣こそが、答えの多すぎる時代における、新しい意味での「考えるヒント」なのかもしれない。

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