リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

 本屋の平台に、著者名の見えない三冊の本が並んでいるところを想像してみたい。

 一冊目の題名は『こゝろ』。二冊目は『先生の遺書』。三冊目には『親友を裏切った男の告白』とある。じつは三冊とも本文は一字一句同じで、夏目漱石の『こゝろ』だったとしたら、私たちは本当に同じ本として手に取るだろうか。

 『こゝろ』という題名からは、何が起こる小説なのかほとんど分からない。それに対して『先生の遺書』なら、誰が死ぬのか、なぜ遺書を残したのか、その遺書には何が書かれているのかという疑問が生まれる。さらに『親友を裏切った男の告白』まで説明されれば、明治の古典というより、友情と恋愛と罪悪感を描く心理小説のように見えてくる。

 ここから一つの妙な疑問が生まれる。

 私たちが「近代文学は古い」と感じているとき、本当に古いのは本文なのだろうか。それとも、題名、表紙、作者名、教科書で読んだ記憶、「日本文学の名作」という重々しい肩書まで含めた、本の周囲にあるものなのだろうか。

 もし本文をまったく変えず、題名だけを2026年の新刊らしく付け直したなら、突然読んでみたくなる近代文学はあるのか。

 これは単なる改題遊びのようでいて、突き詰めるとなかなか厄介な問題である。なぜなら題名は、本の内容を知らせる名札であると同時に、読者が作品を見る方向を決める最初のレンズでもあるからだ。

本は第一行から始まっているわけではない

 小説を読むという行為を考えると、私たちは本文の第一行から突然作品世界へ入るわけではないことに気づく。その前に題名を見て、作者名を知り、表紙の絵を眺め、帯があればその言葉を読み、文庫なら出版社やシリーズ名まで目にしている。

 文学理論では、こうした本文を取り巻く要素を考えるために「パラテクスト」という概念がある。フランスの文学理論家ジェラール・ジュネットは、題名や作者名、序文、表紙などを、本文そのものとは区別しながらも、本が読者の前に現れ、受け取られるための重要な領域として論じた。彼の比喩を借りれば、そこは作品の内部でも外部でもない「敷居」のような場所である。

 この考え方が面白いのは、作品の意味が本文だけから生まれると考えなくてよくなるところにある。

 たとえば何の情報もなく、「ある男が長いあいだ他人を恐れ、自分を道化として演じ続け、次第に社会との関係を失っていく小説」を読んだ場合と、表紙に大きく『人間失格』と書かれた状態で読む場合では、同じ文章であっても、読者の構えは完全には同じではないだろう。

 題名はまだ物語が始まっていない段階で、読者の頭の中に小さな仮説を作る。「この話はこういう話なのではないか」という予測である。そして私たちは、その予測を持ったまま本文へ入っていく。

 これは文学理論だけの想像でもない。1981年に発表された文章理解の実験では、文章にその主題を示す題名が付いていることで、一定の条件では読後の自由再生、つまり何を思い出せるかが増えることが示された。翌1982年に報告された別の実験では、一つの文章に異なる題名を与えると、それぞれの題名と関係する内容が相対的によく記憶されるという結果が得られている。

 つまり題名は、文章の上に置かれた飾りではない。少なくとも、読者がどこに注意を向け、何を記憶するかには影響し得る。

 さらにSara BartlとErnestine Laheyが2023年に発表した研究では、Amazon.comの書評から構成された約5800万語という大規模なコーパスを調べ、読者が題名を手掛かりとして作品についての期待を形成していることを示す証拠が得られている。これは題名を実験的に変更して販売数を比較した研究ではないため、「題名を変えれば売れる」という因果関係を証明するものではない。しかし、読者が本文を読む前から題名によって何らかの期待を作っている、というこの記事の出発点を支える研究ではある。

 そう考えると、近代文学の題名だけを変えてみるという遊びは、少し違って見えてくる。

 改題とは看板の掛け替えではない。同じ家に、別の入口を作ることなのである。

『こゝろ』を『先生の遺書』に変える、という思考実験の意外な落とし穴

 そこで最初に夏目漱石の『こゝろ』を考えてみたい。

 現代の編集者なら、この小説を『先生の遺書』と題して売り出すのではないか。そう考えると、なかなか魅力的である。『こゝろ』より何が起こるか分かりやすく、秘密と死の気配もある。書店で初めて見る人には、こちらの方が強い題名かもしれない。

 ところが、この改題案には大きな問題がある。

 それは、すでに漱石自身が考えていた題名なのである。

 漱石は『心』の自序で、もともとはいくつかの短篇を書き、それらをまとめて『心』とする予定だったと説明している。そして、その最初の一篇として書き始めたものが『先生の遺書』だった。ところが書いているうちに予想以上に長くなり、それ一篇だけで単行本にすることになったため、「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」という三つの部分に分け、全体には当初の『心』という題を残したのである。

 つまり、2026年の私たちが「もっと内容の分かる題名にしたら売れそうだ」と思って『先生の遺書』を提案すると、1914年の漱石に「それはもう考えた」と言われてしまう。

 しかも、この事実は単なる文学史の小話ではない。

 ここには、題名というものの二つの働きがきれいに現れている。

 『先生の遺書』は非常に具体的である。読者は、先生が何かを書き残すことを知った状態で物語へ入る。一方、『心』あるいは現在一般に『こゝろ』と表記される題名は、ほとんど何も説明してくれない。

 初版をめぐっては表記自体も興味深く、1914年の単行本は『こゝろ』として書誌に登録されている一方、漱石自身の自序では『心』と表記され、初版本の装丁にも「心」と「こゝろ」が併存している。少なくとも、現在の私たちが固定された一種類のロゴのように考えるほど単純な題名ではなかった。

 それでも作品を読み終えてみると、『先生の遺書』より『こゝろ』の方が不思議に大きく見える。

 先生の心だけではない。「私」の心があり、Kの心があり、妻の心があり、親と子の心があり、明治という時代の終わりを前にした人間の心まで、その短い題名の中へ吸い込まれていくからである。

 『先生の遺書』は作品の入口としては強い。しかし『こゝろ』は、出口に立ったときに初めて大きくなる題名なのだ。

 もし本を買わせることだけを目的にするなら、前者が有利な場面はあるかもしれない。しかし、読み終えたあとまで作品を支える題名としては後者の方が強い可能性がある。

 ここで早くも、「売れる題名」と「残る題名」は同じではないのではないか、という問題が現れる。

もし『舞姫』が『ベルリンで彼女を捨てた』だったなら

 森鴎外の『舞姫』は1890年、『國民之友』に発表された。

 ところが、まだ作品を知らない現代の読者が『舞姫』という二文字を見たとき、そこから物語の内容をどこまで想像できるだろう。

 日本舞踊の話かもしれない。芸者や舞妓を描いた小説だと思う人がいても不思議ではない。少なくとも、ドイツへ留学した若い日本人官僚がベルリンで一人の女性と出会い、恋愛と出世、個人的幸福と国家・組織への帰属の間で揺れ、結局彼女を置き去りにして帰国する物語だとは、題名だけではほとんど分からない。

 そこで、2026年の出版社が本文だけ渡され、作品名を自由に付けてよいと言われたとする。

 『ベルリンで彼女を捨てた』

 そんな題名が付いていても、それほど不思議ではない。

 少し刺激的にするなら、『出世のために恋人を捨てた男』でもよいかもしれない。

 もちろん、どちらも文学史上の題名としては耐え難いほど俗っぽい。しかし、書店の新刊台に置くマーケティング上の言葉だと考えれば、恐ろしく内容が分かりやすい。恋愛小説として読むこともできるし、キャリアと人生の選択をめぐる小説として読むこともできる。「明治文学を勉強する」という構えがなくても、人間関係の物語として本を開ける。

 ただし、その瞬間に重大なことが起こる。

 同じ文章なのに、物語の中心が移動するのである。

 『舞姫』という題名なら、読者の視線は自然にエリスへ向かう。しかし『ベルリンで彼女を捨てた』なら、豊太郎の選択と責任が前面に出る。『出世のために恋人を捨てた男』とまで言えば、読者は第一頁を開く前から豊太郎を裁き始めるだろう。

 題名を分かりやすくした結果、物語の解釈が一つの方向へ狭められてしまう。

 これこそ、題名が読者の注意を方向づけるという研究結果と重なる部分である。ただし、ここには注意が必要で、『舞姫』を実際に複数の題名で読ませ、解釈や購買行動の違いを測定した実験があるわけではない。したがって「必ず読み方が変わる」と断定することはできない。

 それでも、題名が読者の期待形成や記憶に影響し得るという実証研究を踏まえれば、「改題によって作品の見え方が変わる可能性がある」という推論には十分な根拠がある。

 そして、その可能性こそが少し怖い。

 売りやすくすることと、作品を豊かに読むことが、同じ方向を向いているとは限らないからだ。

『羅生門』には現代風の題名が必要ない

 では、古い文学ほど現代風の題名に変えた方がよいのか。

 そう単純でもない。その好例が芥川龍之介の『羅生門』である。

 『羅生門』は1915年11月の『帝国文学』に発表され、『今昔物語集』の説話を素材にした作品である。

 この作品を内容の分かる題名にするなら、『生きるために悪人になる夜』くらいは考えられるだろう。もう少し刺激的にするなら、『死体の髪を抜く老婆に出会った夜』でもよい。

 確かに何が起こるかはよく分かる。

 しかし、題名として本当に『羅生門』より強いだろうか。

 巨大な門があり、夕暮れがあり、荒廃した都があり、二階には死体が転がっている。『羅生門』という固有名詞には、作品をまだ知らない人にとっても何か薄暗い響きがある。それが何なのか分からないからこそ、気になる。

 しかも三文字である。

 短く、覚えやすく、視覚的な像を持ち、意味を説明しすぎず、作品を読み終えたあとには場所そのものが倫理的境界のように見えてくる。

 これは現代のコピーライターが考えても、なかなか作れない題名である。

 つまり近代文学の題名が古いという仮説そのものが、ここで崩れる。

 古い作品には古い題名が付いているのではない。百年以上経っても強い題名と、内容を知らなければ入口が見えにくい題名が混在しているだけなのである。

『人間失格』を変えようとすると、たいてい弱くなる

 さらに決定的なのが太宰治の『人間失格』である。

 作品は1948年6月から8月にかけて『展望』に発表された。

 この題名を、現代の読者に分かりやすくしようとしてみる。

 『社会になじめない僕の告白』

 『人が怖くて道化を演じ続けた』

 『誰にも本当の自分を見せられなかった』

 内容との関係だけを考えれば、どれも完全に間違っているわけではない。しかし並べてみると、『人間失格』の恐ろしさが際立つ。

 四文字しかない。

 しかも「この主人公は人間として失格したのだ」と説明しているようでいて、誰が誰を失格と判定したのかは書かれていない。主人公自身なのか、社会なのか、周囲の人間なのか、それとも題名を読んだ私たちなのか。

 その曖昧さの中に、読者自身まで巻き込まれる。

 もし『社会になじめない僕の告白』なら、読者は「そういう人の話なのだ」と一歩離れたところから見ることができる。ところが『人間失格』と言われると、「人間として合格とは何なのか」という問いが、読む側にも返ってくる。

 説明を増やした瞬間に、作品が小さくなるのである。

 これは題名について考えるうえで重要な逆説だろう。

 商品について情報を増やせば、普通は買う側の不確実性が減る。しかし文学の題名では、不確実性を消しすぎることが魅力を消す場合がある。

 優れた題名には情報だけではなく、空白が必要なのかもしれない。

では、題名を変えれば本当に売れるのか

 ここまで読むと、「それなら古典を現代風に改題して売ればよい」という話になりそうだが、科学的にはそこまで言うことはできない。

 これは重要なので、線を引いておきたい。

 題名が読者の期待を形成すること、文章の記憶や注意に影響することについては実証研究が存在する。しかし、『こゝろ』を『先生の遺書』に変えれば販売部数が何%増えるのか、『舞姫』を『ベルリンで彼女を捨てた』にすれば若者の購入率が上がるのか、といった近代文学を対象とした比較実験は確認できない。

 したがって、この記事の「売れそう」という言葉は仮説である。

 ただし、本の中身以外の情報が読者の関心に影響することについては、別の研究から手掛かりがある。Alain d’Astous、François Colbert、Imene Mbarekが新刊への関心を実験的に調べた研究では、著者や出版社の評判、表紙の魅力度など複数の要因が読者の関心に影響することが確認されている。題名そのものを改題して比較した研究ではないため、その結果を題名の効果へ直接置き換えることはできないが、「読者は本文だけを見て本を選んでいるわけではない」という点では重要な示唆を与える。

 つまり科学的に言えるのは、「題名を変えれば売れる」ではない。

 より慎重に言えば、題名は読者の期待形成や記憶を方向づけ得る。そして、本への関心は本文以外の情報にも影響される。したがって、題名を変えることで作品への入口が変化し、その結果として手に取る読者の層や関心が変わる可能性は十分に考えられる、というところまでである。

 それ以上は、まだ実験してみなければ分からない。

 だが、この「分からない」という部分こそ、案外面白い。

 同じ『舞姫』を千人に見せ、半分には『舞姫』、残り半分には『ベルリンで彼女を捨てた』という題名を付け、どちらを読みたいと思うか、その後どの人物を中心に記憶しているかまで調べたなら、一つの立派な文学心理実験になるだろう。

 近代文学は、研究し尽くされた古い標本なのではない。読み手を変え、入口を変えれば、まだ新しい実験のできる対象でもある。

「若者が近代文学を読まないのは題名のせい」とは言えない

 もう一つ、誘惑に負けてはいけない推論がある。

 近代文学が現代の読者、特に若い読者から遠く感じられるのは、題名が古いせいだ、と考えることである。

 これは現時点では証明されていない。

 近代文学への距離感には、旧字体・旧仮名遣い、語彙、文体、歴史的背景、学校教育での扱われ方、読書習慣、作品の長さ、入手方法、映像作品やSNS(インターネット上で人と情報を共有するサービス)との時間競争など、さまざまな要因が考えられる。その中から題名だけを取り出し、「これが原因だ」と言うことはできない。

 ただ、逆のことも言える。

 本文だけを原因だと決めることもできないのである。

 読者は本文へ到達する前に、すでに多くの情報に触れている。題名があり、装丁があり、作者の肖像写真があり、「文豪」という呼び名があり、「高校国語で習った」という記憶があり、場合によっては「名作だから読まなければならない」という義務感まで付いてくる。

 本当は嫉妬や恋愛や裏切り、孤独、貧困、野心、恐怖といった極めて生々しいものを書いた作品が、「日本近代文学」という透明なケースに入れられた瞬間、博物館の展示物のように見えることがある。

 作品を保存するために作った額縁が、作品から読者を遠ざけることもあるのではないか。

 ここから先は、科学的に確立された結論ではない。しかし、題名や表紙といったパラテクストが読者の受容に関係するという研究を踏まえれば、十分検討する価値のある仮説である。

改題すると作品が「分かりやすくなりすぎる」

 それにしても、近代文学を現代風に改題する作業を続けていると、奇妙な傾向に気づく。

 新しい題名は、だいたい説明的になる。

 『こゝろ』は『先生の遺書』になり、『舞姫』は『ベルリンで彼女を捨てた』になる。『羅生門』なら『生きるために悪人になる夜』となり、『人間失格』なら『社会になじめない僕の告白』になる。

 確かに分かりやすい。

 ところが分かりやすくなるほど、小説が小さくなっていく。

 作品には本来、複数の入口がある。『こゝろ』を恋愛の物語として読むこともできれば、友情と罪悪感の物語としても、世代交代や明治の終焉をめぐる物語としても読める。ところが『親友を裏切った男の告白』という題を与えた瞬間、その巨大な作品世界の中から「裏切り」という一本の道だけが太くなる。

 しかも「先生がKを裏切ったからKは自殺した」とまで単純化すれば、作品が意図的に残している不確定性まで消してしまう。先生自身はKの死の理由を完全に知っているわけではなく、その分からなさを抱えながら罪責感を深めていく。その曖昧さこそ、小説の重要な部分なのである。

 題名を売れるようにすることは、作品の説明書を書くことではない。

 説明しすぎれば、まだ読んでいない本を先に解釈してしまうことになる。

もしかすると、変えるべきなのは題名ではない

 そう考えていくと、この思考実験は意外な場所へたどり着く。

 近代文学を現代の読者へ届けるために、本当に題名を変える必要があるのだろうか。

 『こゝろ』はそのままでよい。

 その代わり、帯にこう書く。

 「先生は、なぜ親友への罪を何十年も抱えていたのか。」

 『舞姫』も変えない。

 ただし、「ベルリンで恋人を置き去りにした若きエリート官僚の告白」と紹介する。

 『羅生門』なら、「生きるためなら、人はどこまで悪くなれるのか」と問いかければよい。

 そうすれば百年以上生き残ってきた題名そのものを壊さず、現代の読者に物語への入口だけを差し出すことができる。

 これはジュネットのいうパラテクストを考えると、むしろ自然な方法でもある。本というものは、題名だけで読者へ届くわけではない。表紙、帯、紹介文、版型、デザインといった複数の入口を持っている。

 ならば、作品の名前を変えてしまう前に、その周囲を変えることができる。

 そして、おそらくこちらの方が文学に対して誠実である。

売れる題名と、百年残る題名

 最初の問いに戻ろう。

 タイトルだけ変更したら売れそうな近代文学はあるのか。

 たぶん、ある。

 少なくとも『舞姫』のように、題名から現代の読者が内容を想像しにくい作品には、別の題名を与えることで新しい読者が興味を持つ可能性はある。『こゝろ』についても、『先生の遺書』という具体的な題名の方が、初めて見る人には物語を想像しやすいかもしれない。

 ただし、それによって実際の販売部数が増えるとまでは、現在の研究から断言できない。

 それより興味深いのは、題名を変えてみることで、元の題名がなぜ残ったのかが見えてくることである。

 『人間失格』を現代風にしようとすると、どうしても元より弱くなる。『羅生門』も変えない方がよい。そして『こゝろ』は、一見何も説明していないようで、読み終わったあとには『先生の遺書』よりはるかに広い場所を占めている。

 売れる題名は、読む前に強い。

 優れた題名は、読んだ後にも強い。

 その二つは重なることもあるが、必ずしも同じではない。

 そして近代文学の面白さは、百年前の作者たちが、現代のマーケティング理論など知らなかったにもかかわらず、ときに恐ろしく強い題名を残しているところにある。

 もし今日、『人間失格』という新刊が、作者名を伏せて本屋の平台に置かれていたらどうだろう。

 おそらく私たちは、一瞬見る。

 四文字しかないのに、少し嫌な感じがする。

 自分とは関係のない人間の話だと思いたいのに、題名の方からこちらを見ているような気もする。

 そして、もしかすると手に取る。

 百年近く経ってもそういう力を持つ題名なら、それを現代風に変える必要などないのだろう。

 むしろ「タイトルを変えたら売れるのではないか」と考えるこの実験が最後に教えてくれるのは、反対のことなのかもしれない。

 名作の題名は、作品を売るための包装紙ではない。

 読み始める前には入口であり、読み終わったあとには作品そのものの一部になる。

 だから題名を変えてみると、作品の古さではなく、題名が百年生き残ってきた理由の方が見えてくるのである。

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国語の教科書を久しぶりに開いてみると、不思議な再会がある。

芥川龍之介、夏目漱石、宮沢賢治、森鴎外、中島敦。使われている作品や教科書会社、学校段階によって顔ぶれは異なるが、何十年分かの国語教科書を眺めていると、同じ作家や同じ作品が驚くほど長く読み継がれていることに気づく。何十年も前に学校を卒業した人が現在の教科書を見ても、「これは自分も習った」と感じることが珍しくない。

文学の世界には毎年、新しい小説が生まれている。昭和から平成、令和へと社会が変わり、私たちが日常で読む文章も大きく変化した。それなのに、教科書の中では百年以上前に生まれた文学作品がなかなか席を立たない。

いったいなぜなのだろう。

そこには「名作だから」という一言では説明できない、教科書という本に特有の事情がある。

文部科学省が「芥川龍之介を載せなさい」と決めているわけではない

まず知っておきたいのは、国語教科書に掲載する作家や作品を、文部科学省が一つ一つ指定しているわけではないということである。

日本の教科書制度では、基本的に民間の教科書発行者が学習指導要領や教科用図書検定基準などをもとに教科書を著作・編集し、文部科学大臣の検定を受ける。検定に合格した教科書の中から、教育委員会や学校などが実際に使用するものを採択する仕組みになっている。したがって出版社には教材を選ぶ余地がある一方、どんな文章でも自由に掲載できるという意味ではない。教科書として教育上適切であり、学習指導要領との整合性を持っていることが求められる。

ここが、一般の文学全集と教科書との決定的な違いである。

文学全集なら、「文学史上重要な作品だから」という理由で収録することができる。しかし教科書の場合、作品そのものの価値だけでは十分ではない。その文章を使って何を学ばせるのか、どの年齢の生徒にどのような思考を促すことができるのか、限られた授業時間の中で教材として成立するのかまで問われる。

教科書に載っている文学作品は、文学であると同時に「教材」なのである。

ここに、同じ作家や作品が長く教科書に残り続ける理由を解く鍵がある。

「良い小説」と「良い教材」は必ずしも同じではない

世の中には傑作と呼ばれる小説が数多くある。しかし、そのすべてが国語の授業に向いているわけではない。

長大な小説を一冊丸ごと扱うには授業時間が足りない。高度な背景知識がなければ理解しにくい作品もある。文学作品として魅力的であっても、授業の中で文章を手掛かりに考えを深めていくことが難しい場合もある。

反対に、長く教科書に残る作品には、何度読んでも問いを生み出せるという特徴がある。

芥川龍之介の『羅生門』を読めば、下人はなぜ老婆の着物を奪う側へ回ったのかという問いが生まれる。中島敦の『山月記』なら、李徴を虎にしたものは才能への執着だったのか、臆病な自尊心だったのか、それとも社会との関係だったのかを考えることができる。夏目漱石の『こころ』では、先生とKの行動を追ううちに、友情や嫉妬、罪悪感、さらには明治という時代そのものへと問題が広がっていく。

教師が正解を一つ説明して終わるのではなく、生徒が本文の言葉へ何度も戻りながら考えることができる。

これは教材として非常に強い。

高等学校学習指導要領解説でも、文学的な文章を読むことは、単に物語の筋を理解することではなく、登場人物の考え方や生き方に共感したり疑問を持ったりしながら思索を深め、人間や社会などについての見方や考え方を広げていく学習と結び付けられている。

そう考えると、教科書会社が長い時間をかけて同じ作品へ戻ってくることは、それほど不思議ではなくなる。

優れた文学作品だから教科書に残る。それだけではない。

優れた作品の中でも、授業という場所に置いたときに、生徒に考えさせる余地を持ち続ける作品が残っていくのである。

『羅生門』は最初から「定番」だったわけではない

さらに興味深いのは、現在では定番と思われている教材も、最初から教科書の指定席を持っていたわけではないことである。

その代表が『羅生門』だろう。

国語教育研究によれば、『羅生門』が高等学校の教科書教材として初めて採録されたのは1956年とされる。その後、採録率は1973年には40%、1982年には83%へと上昇し、2003年に「国語総合」が始まった時期には100%に達したとされている。

これは重要な事実である。

『羅生門』は、ある日突然、「国民的教材」に選ばれたわけではない。

教室で使われ、研究され、次の教科書にも採用され、その積み重ねの中で少しずつ定番になっていった。

研究では、『羅生門』が定着した理由の一つとして、小説の基本的な読み方を学ばせやすく、指導すべき内容が比較的明確であることも指摘されている。

ここに、教科書という世界の興味深い性質が見える。

一度教材として定着すると、その作品について多くの授業実践が生まれる。教師用の指導資料が整い、どのような問いを立てれば生徒の読みが深まるのかという研究も蓄積していく。教師自身が学生時代に同じ作品を読んでいることもある。

昨日まで誰も歩いたことのない山道より、何十年も人が歩き続けた登山道の方が歩きやすいのと少し似ている。

道には標識が立ち、どこが急坂なのかが知られ、どこで迷いやすいのかについても情報が積み重なっている。

そうなると、「良い作品だから教科書に載る」という一方向の関係は、やがて「教科書に載り続けたことによって、さらに教材として使いやすくなる」という循環へ変わっていく。

定番は、名作だから生まれるだけではない。

使われ続けることによって、定番としての強さを増していくのである。

定番化には「出版社が外しにくくなる」という側面もある

しかし、『羅生門』が2003年に採録率100%に達した理由を、「作品が優れていたから」「授業で教えやすかったから」だけで説明すると、もう一つ重要な側面を見落とす。

国語教育の研究では、教科書市場そのものの構造にも注目されている。

少子化によって高校生の数が減れば、当然ながら教科書市場も縮小する。その中で複数の出版社が採択を競えば、すでに学校現場で広く受け入れられている教材を外して、未知の教材へ大きく入れ替えることには一定のリスクが生じる。実際、『羅生門』の採録率100%という現象については、作品固有の価値だけではなく、教科書市場の縮小や、出版社間で教材のラインナップや配列が似ていく「同質化」という側面からも説明すべきだという研究がある。

これは、教科書を考えるうえで非常に面白い視点である。

ある教材が多くの学校で使われる。教師がその教材に慣れる。指導法が蓄積する。すると次の教科書でもその教材を採用する利点が大きくなり、他社も同じ教材を残す。

こうして定番は、文学的評価だけではなく、教育現場と出版市場の双方によって強化されていく可能性がある。

「昔から名作と決まっていたから残っている」のではない。

文学的価値、教材としての使いやすさ、現場の慣れ、出版側の判断が互いに作用しながら、長い時間をかけて「教科書の定番」が形成されていくのである。

同じ作品を読む人が変われば、作品も違って見える

それでも、別の疑問は残る。

昔から読まれてきた作品ばかりを扱うくらいなら、もっと新しい作家や作品を教科書に入れた方がよいのではないか。

これはもっともな疑問である。

一方で、一度読んだ文学作品を後になって読み返すことにも、文学ならではの意味がある。

十二歳の読者と十七歳の読者では、同じ文章を読んでも見えているものが違う。さらに三十歳、五十歳になれば、学生時代には理解できなかった登場人物の弱さが突然分かることもある。

作品の文字は変わっていない。

変わっているのは読者である。

高等学校学習指導要領解説でも、文学作品の解釈は読む人の年齢や経験などによって異なり得ることが説明されている。文学には、作品を読むことと、読み手自身の人生経験とが切り離せない部分がある。

子どものころには、ただ奇妙だと思った登場人物が、大人になって読むと痛々しく感じられることがある。若いころには理解できなかった人物の妥協に、何十年か後には自分自身の姿を見つけることさえある。

文学には、読む人間の年齢によって、作品の方が姿を変えたように感じられる瞬間がある。

だから昔、学校で読んだ文学作品を大人になって読み返すことは、単なる復習ではない。

それは作品との再会であると同時に、その作品を読んでいた昔の自分との再会でもある。

しかし「定番」であることには危うさもある

ここまで読めば、「それなら昔からの教材を残しておけばよい」と思うかもしれない。

しかし、話はそれほど単純ではない。

定番教材が使いやすければ使いやすいほど、新しい作品が入り込みにくくなるという逆の問題が生まれるからである。

長年使われている作品には授業実践がある。教師用資料がある。生徒がどこで迷いやすいかについても経験が共有されている。一方で、新しい作品にはその蓄積がない。

すると、新しい作品が文学的には優れていても、「教材としてどう使えばよいか分からない」という理由で不利になる可能性がある。

しかも、社会そのものは変化している。

家族のあり方も、仕事も、人と人との関係も変わった。日本社会の中で暮らす人々の背景も多様になった。インターネットやスマートフォンによって言葉との付き合い方さえ変化している。

百年前の作品から人間について考える意味は失われていない。しかし、百年前の作品だけで現代社会を生きる人間のすべてを映し出せるわけでもない。

だから定番教材は、「昔から載っているから」という理由だけで残るべきではない。

なぜ今、この作品を読むのか。

この問いは、文学作品を読む生徒だけではなく、作品を選ぶ側にも向けられなければならない。

長く使われているという事実は、その作品が教材として優れてきたことを示す一つの材料になる。しかし、長く使われていること自体を、永遠に使い続ける理由にしてしまえば、教科書は少しずつ現代社会から離れてしまう。

伝統とは、おそらくそういうものなのだろう。

ただ残っているものを守ることではなく、なぜ残すのかを問い直しながら、それでも価値があると考えられるものを次の世代へ渡していくことである。

教科書は「日本文学ベスト100」ではない

国語教科書を文学史上の名作ランキングだと思って眺めると、不思議なことがたくさん起きる。

なぜ、あの大作家が載っていないのか。

なぜ、この作品は何十年も残っているのか。

なぜ、現代のベストセラー作家より百年前の作家の方が目立つのか。

しかし教科書を「優れた文学を順番に並べた本」ではなく、「言葉を通じて考えるために設計された本」と考えると、その景色は変わってくる。

そこでは作品の文学史的価値だけでなく、文章の長さや難易度、表現の豊かさ、問いを生み出す力、学習目標との関係、長年蓄積された授業実践、さらには教科書会社がどの教材を採用するかという出版上の判断までが絡み合っている。

だから、同じ作家や作品が何十年にもわたって教科書へ戻ってくる。

彼らは単に偉大だから教科書に住み続けているのではない。

何世代もの生徒を相手にしながら、それでもなお問いを生み出すことのできた作品なのである。

『羅生門』を読んだ高校生が、「自分なら下人と同じことをしないと言い切れるだろうか」と考える。

『こころ』を読んだ生徒が、「先生はなぜもっと早く誰かに話すことができなかったのだろう」と考える。

その瞬間、百年前の文章は文学史の資料ではなくなる。

教室の中で、もう一度現在形になる。

おそらく国語教科書に長く残る作品とは、古くならない作品なのではない。

古くなっても、その時代を生きている読者に新しい問いを返してくる作品なのだ。

そして何十年たっても同じ作家の名前を教科書で見つける理由も、最後にはそこへ戻ってくる。

作品は同じでも、それを読む私たちは、もう昔と同じ読者ではないのである。

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「文豪」と呼ばれる作家と呼ばれない作家の違いは何か

夏目漱石を「文豪」と呼んでも、ほとんど違和感はない。森鴎外にも、芥川龍之介にも、その言葉はよく似合う。川端康成や谷崎潤一郎についても、おそらく多くの人が同じように感じるだろう。

ところが、時代を少し下ってみると事情が変わってくる。

松本清張を文豪と呼ぶ人はいるだろうが、「社会派推理小説の巨匠」と呼ぶ方が普通かもしれない。星新一なら「ショートショートの神様」、司馬遼太郎なら「国民的作家」、赤川次郎なら「ベストセラー作家」という言葉が先に浮かぶ。村上春樹ほど世界的に読まれている日本人作家であっても、「文豪・村上春樹」と書けば、どこか少し大げさな響きを感じる人は少なくないだろう。

この違いは、単純に作品の質だけで説明できるものではない。

そもそも「文豪」とは文学上の資格ではない。国家試験があるわけでもなければ、文学賞のように選考委員会が認定するものでもない。ある作家が何冊売れば文豪になるという基準もなく、芥川賞を取れば文豪になれるわけでもない。それなのに私たちは、ある作家については自然に「文豪」という言葉を使い、別の作家についてはほとんど使わない。

そこには、日本人が文学をどのように記憶し、後世へ残してきたのかという、作品そのものとは別の仕組みが隠れている。

「文豪」は生前の人気だけでは生まれない

作家にとって、売れることは重要である。しかし、売れた作家がそのまま文豪になるわけではない。

日本文学史を振り返れば、生前に圧倒的な人気を得た作家は数え切れないほどいる。その時代の新聞や雑誌を賑わせ、多くの読者を熱狂させたにもかかわらず、現在では文学史の専門書を開かなければ名前に出会わない作家もいる。その一方で、生前の販売部数だけを見れば必ずしも最大級ではなかった作家が、百年後には「日本を代表する作家」として語られていることもある。

つまり、人気と文学史上の地位は、同じものではない。

ベストセラーは「その時代にどれだけ読まれたか」を示すが、文豪という評価には「その時代が終わったあとにも読まれたか」という、もう一つの時間軸が加わる。

ここに文豪という言葉の面白さがある。

作家本人が亡くなったあと、新刊が出なくなり、新聞にもテレビにも本人が登場しなくなる。それでも作品だけが残り、新しい世代の読者に読み直される。社会の価値観が変わってもなお、そこに別の意味が見いだされる。その繰り返しのなかで、作家は少しずつ「同時代の人気作家」から「文学史上の人物」へ変わっていく。

文豪とは、ある意味では時間によってつくられる称号なのである。

教科書に載ると、作家は「国民の記憶」になる

夏目漱石を読んだことがない人でも、夏目漱石という名前は知っている。

芥川龍之介の作品を一冊も買ったことがない人でも、『羅生門』や『蜘蛛の糸』という題名を聞いたことがあるかもしれない。森鴎外なら『舞姫』、太宰治なら『走れメロス』が学校教育を通して記憶されている。

ここで重要なのが国語教科書である。

文学作品が教科書に採用されるということは、単に作品が教材になるというだけではない。毎年、何十万人、何百万人という子どもたちが、その作家の名前を見ることになる。それが何十年も続けば、実際にその作家の本を読む人よりはるかに多くの人が、その名前だけは知っているという状態が生まれる。

これは非常に大きな力を持つ。

文学は本来、読もうとした人が書店や図書館で出会うものである。しかし教科書に入った作品だけは違う。本人の意思とは関係なく、ほぼ全国民が一度はその作家と出会うことになる。

こうして漱石や芥川は、「読書をする人が知っている作家」から、「日本人なら名前を知っている作家」へと変わっていく。

文豪というイメージには、この国民的共有記憶がかなり深く関係している。

「全集が出る」という特別な出来事

かつて日本の家庭の本棚には、文学全集が並んでいることが珍しくなかった。

世界文学全集、日本文学全集、現代文学全集。革張り風の装丁を施された重厚な本が、応接間の本棚を一段まるごと占領している。全部読んだ家庭がどれほどあったかは別として、それを所有すること自体が、ある種の教養の象徴でもあった。

そこで名前を連ねる作家は、単に「面白い小説を書いた人」ではなくなっていく。

全集とは、その作家の仕事を保存する装置だからである。

一冊の小説なら絶版になることがある。流行作家なら、時代が変われば書店から姿を消す。しかし全集が編まれ、研究者が作品を整理し、書簡や日記まで収録されるようになると、作家は個々の作品を超えた「研究対象」になる。

夏目漱石全集、森鴎外全集、芥川龍之介全集という言葉には、どこか文化財のような響きがある。

作家本人の原稿だけではない。年譜が作られ、書簡が集められ、作品の初出が調べられ、研究論文が書かれる。それらが積み重なることで、一人の作家を中心に巨大な知識の体系が形成されていく。

文豪とは作品を書いた人であると同時に、死後も読み解かれ続ける人なのだ。

作家の人生まで「物語」になる

文豪と呼ばれる作家には、奇妙なほど強い人物像が付随していることが多い。

漱石には神経衰弱や英国留学の孤独があり、鴎外には軍医としての顔がある。芥川龍之介には若くして死を選んだ知識人という像があり、太宰治には破滅的な人生そのものが作品と重なるような印象がある。三島由紀夫に至っては、その最期を文学から完全に切り離して語ることが難しい。

もちろん、本来なら作品と作家本人の人生は別のものである。

しかし文学史は、必ずしも作品だけを保存しない。

「この人はどんな人生を送り、なぜこの作品を書いたのか」という物語まで一緒に保存する。その結果、作家自身が一つの文化的キャラクターになっていく。

学校で名前を覚え、写真を見る。年表には出生と死去が記され、文学館には書斎が再現され、愛用の万年筆まで展示される。かつて生身の人間だった作家は、少しずつ歴史的人物へ変わっていく。

この変化が十分に進んだところで、「作家」という呼び名の前に「文豪」という二文字が置かれるようになる。

文豪という言葉には、作品への敬意だけではなく、その人物がすでに「歴史の側」に移ったことを示す響きも含まれているのである。

なぜ現代作家は文豪と呼ばれにくいのか

そう考えると、現在活躍している作家が文豪と呼ばれにくい理由も見えてくる。

たとえば村上春樹は、日本国外でも極めて広く読まれ、多数の言語に翻訳されている。日本文学史に残る可能性という意味では、すでに重要な作家であることを否定するのは難しい。それでも「文豪」という呼称には、まだ微妙な距離がある。

その理由の一つは、私たちと同じ時間を生きているからだろう。

新刊が出れば書評が掲載され、インタビューも行われ、読者は作品について賛否を語る。その作家はまだ「評価が確定していない現在の人物」である。

文豪には、どこか銅像のようなところがある。

現在進行形の人間には似合いにくい。

文学史という長い廊下の奥に立ち、何世代もの読者がその作品を読み終えたあとでもなお名前が残っている。そんな時間的距離が生じたとき、初めて文豪という言葉が違和感なく馴染んでくる。

だから、今日「人気作家」と呼ばれている人のなかから、百年後の文豪が生まれる可能性は十分にある。ただし、それを現在の私たちが確定することはできない。

純文学だから文豪になるわけではない

もう一つ興味深い問題がある。

文豪という言葉には、どうしても純文学的な響きがまとわりつく。しかし、文学史に残るために純文学でなければならないという決まりはどこにもない。

江戸川乱歩は探偵小説を書いた。松本清張は推理小説を通して社会を描いた。司馬遼太郎は歴史小説によって、多くの日本人の歴史観にまで影響を与えた。星新一は短い物語のなかに未来社会の構造を閉じ込めた。

彼らの影響力は決して小さくない。

それでも「文豪」という呼称の中心には、長い間、近代文学史と学校教育が置いてきた正統的な文学の系譜がある。

つまり、文豪は純粋に作品の文学的価値だけで決まるのではなく、「文学史という物語のなかで、どの位置に置かれたか」にも左右される。

文学史そのものが一つの編集作業なのである。

無数に存在した作家のなかから何人かを選び、近代文学の始まりを語り、自然主義を説明し、白樺派、新思潮派、無頼派、戦後文学へと線を引いていく。その線の上に何度も名前が登場する人ほど、後世から見ると巨大な存在に見える。

反対に、膨大な読者を持ちながら、その文学史の線から少し外れている作家は、「大作家」にはなっても「文豪」と呼ばれにくい。

ここには評価というものの、少し不思議な性質が表れている。

売れた作家と残った作家

文学の世界には、「売れた」という評価と「残った」という評価がある。

二つは重なることもあるが、同じではない。

ある時代に百万人が読んだ作品が、五十年後にはほとんど読まれなくなることがある。一方、発表当時には限られた読者しか持たなかった作品が、何十年もかけて評価を高めることもある。

文学には、出版された瞬間には分からない価値がある。

社会が変わると、作品の意味まで変わるからだ。

たとえば、ある時代には恋愛小説として読まれていた作品が、後世には女性の社会的立場を描いた作品として読み直されることがある。家族小説が、当時の家制度を記録した社会史的資料に見えてくることもある。未来を描いた小説が、数十年後には驚くほど現実的な社会批評として読めることさえある。

優れた文学は、読者が変わるたびに別の顔を見せる。

文豪になる作家とは、その再読に耐え続けた作家だとも言えるだろう。

「文豪」は出版社と書店にもつくられる

もちろん、作品が残るためには、それを読める状態にしておかなければならない。

文学史に残った作家の作品が現在でも容易に読めるのは、出版社が何十年にもわたって文庫を再版しているからである。旧字体を新字体に直し、注釈を加え、解説を付け、新装版を作る。著作権が切れれば電子化され、無料で読める作品も増えていく。

つまり名作は、自然に残っているわけではない。

誰かが残しているのである。

出版社、編集者、研究者、書店、図書館、教師、評論家、そして読者。その無数の人々が「これは次の世代にも読む価値がある」と判断し続けた結果として、作品は百年後まで運ばれていく。

この仕組みを考えると、「文豪とは誰か」という問いは、そのまま「私たちはどの文学を残してきたのか」という問いに変わる。

文豪ではないから、文学的価値が低いわけではない

ここで最も注意したいことがある。

文豪と呼ばれない作家が、文豪より劣っているわけではない。

むしろ「文豪」という言葉は、文学作品の価値を測る精密な物差しとしてはかなり曖昧である。

大量に読まれた作家、特定のジャンルを完成させた作家、若者文化を変えた作家、文章表現に革命を起こした作家。その重要性は、それぞれ違う尺度で測らなければならない。

赤川次郎を漱石と同じ物差しで測る必要はないし、星新一を鴎外と同じ方法で評価する必要もない。

むしろ文学史を面白くするのは、その違いである。

数十ページを費やして人間の内面を描く作家もいれば、数ページの物語で文明そのものを風刺する作家もいる。歴史を巨大な物語として描く人もいれば、家庭の食卓に置かれた小さな茶碗から一つの時代を描く人もいる。

文学は一種類ではない。

だから文豪という称号も、文学の頂点を示すランキングだと考えない方がよい。

百年後、誰が文豪になっているのだろう

結局のところ、文豪と呼ばれる作家と呼ばれない作家を分けているのは、作品の質だけではない。

作品が長期間読まれたこと、学校教育に取り込まれたこと、文学史のなかに位置づけられたこと、全集や文庫として保存されたこと、研究の対象になったこと、そして作家自身の人生まで含めて後世に語り継がれたこと。そうしたいくつもの条件が重なったところに、「文豪」という存在が生まれる。

だから文豪とは、作家が自分一人でなるものではない。

作家が作品を書き、読者が読み、批評家が論じ、出版社が残し、教師が教え、次の世代がもう一度読み直す。その長い共同作業の果てに、いつの間にか一人の作家の名前の前へ「文豪」という二文字が置かれる。

そう考えると、文学史は少し違って見えてくる。

私たちがいま何気なく読んでいる作家のなかにも、まだ「文豪」と呼ばれていない未来の文豪がいるかもしれない。そして反対に、現在は巨大に見える作家が、百年後にはほとんど読まれていない可能性もある。

その判定を下すのは、文学賞の選考委員でも、出版社でも、評論家でもない。

最後に決めるのは、時間である。

本棚から本棚へ、世代から世代へと作品が渡され、それでもなお誰かがページを開く。その小さな行為が百年ほど積み重なったとき、一人の「作家」は、いつしか「文豪」になっているのである。

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つながっているのに、なぜ孤独なのか

私たちは、かつてないほど簡単に他人とつながることのできる時代を生きている。

SNS(Social Networking Service・ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を開けば、友人や知人の近況を知ることができる。

遠く離れた人とも連絡できる。

自分の考えや写真を公開すれば、多くの人から反応を受け取ることもできる。

しかし、

人とつながる手段が増えたことと、孤独がなくなることは同じではない。

大勢の人と交流していても孤独を感じることがある。

自分について多くの情報を公開していても、「本当の自分は誰にも分かってもらえていない」と感じることもある。

逆に、自分の内面をすべて他人へ公開すれば、深い信頼関係が成立するわけでもない。

こうした問題を考えるとき、百年以上前に発表された夏目漱石の『こころ』は意外なほど現代的な問いを投げかけてくる。

『こころ』の中心人物である「先生」は、社会的に完全に孤立している人物ではない。

妻がいる。

若い「私」が先生を慕って訪ねてくる。

生活そのものにも、ただちに困窮しているわけではない。

それでも先生は、

「私は淋しい人間です」

と「私」に語る。

そして若い「私」に、

「若いうちほど淋しいものはありません」

とも語る。

先生自身が孤独を自覚している一方、「私」の中にも同じ孤独を見ているのである。

ここで重要なのは、先生の孤独が、

周囲に人がいない孤独

ではないことである。

むしろ、

人がそばにいても、自分の最も重要な部分を他者と共有できない孤独

である。

だから『こころ』を現代に読み直すとき、問いは、

「先生はなぜ孤独だったのか」

だけでは終わらない。

もう一つ重要な問いが現れる。

人間にとって、信頼とは何なのか。

そして、

人とつながることと、人を信頼することは同じなのか。

SNS時代に『こころ』を読む意味は、この問いから始まる。

1 『こころ』はどのような物語なのか

『こころ』は、

「先生と私」

「両親と私」

「先生と遺書」

という三部から構成されている。

物語の前半では、大学生の「私」が鎌倉で先生と知り合い、次第に先生へ強く惹かれていく。

しかし先生は、自分の過去について簡単には語らない。

「私」は先生の家へ通う。

先生と散歩する。

先生の妻とも話す。

先生が定期的に墓参りをすることも知る。

それでも先生の核心には近づけない。

つまり、

接触することと、理解することが一致していない。

ここが『こころ』の重要な構造である。

人と頻繁に会う。

会話する。

家へ行く。

一緒に食事をする。

それでも、その人物が過去に何を経験し、何を恐れ、何を後悔しているのかまでは分からないことがある。

これはSNS時代にもそのまま考えられる問題である。

毎日投稿を見る。

メッセージを交換する。

写真を見る。

職業も趣味も知っている。

それでも、

その人について「知っている情報」が増えたことと、

その人の内面を理解したことは同じではない。

『こころ』では、この距離が先生と「私」の関係を通して描かれている。

2 先生は最初から人間嫌いだったわけではない

先生を、

「もともと他人を信用できない性格の人物だった」

と説明してしまうと、作品の重要な部分を失う。

先生の遺書によれば、若い頃の先生は、両親を亡くした後、叔父を信頼していた。

財産の管理についても叔父を頼っている。

ところが、後になって先生は叔父が自分の財産をめぐって誠実ではなかったと知る。

先生にとって、この経験は単なる金銭上の損失ではなかった。

重要なのは、

自分が信頼していた人間への見方が崩れたこと

である。

先生は、後に「私」に対して、人間を最初から善人と悪人という二種類に分けることのできない存在として語る。

通常は善人に見える人でも、ある条件によって行動が変わる可能性がある。

先生は自分自身の経験から、人間の善悪を固定的に考えることができなくなったのである。

3 信頼を失うと、人は何を疑うようになるのか

大きな裏切りを経験すれば、

「もう同じ目には遭いたくない」

と思うのは自然である。

先生も、叔父との経験を通して他人を警戒するようになる。

下宿先の奥さんが自分へ親切にすると、

何か別の意図があるのではないか、

と考える。

お嬢さんとの関係についても、奥さんが何らかの考えを持っているのではないかと疑う。

つまり先生は、

他人の表面的な言葉と、その背後にある動機を分けて考える

ようになる。

これはある意味では自己防衛である。

しかし、この防御には代償がある。

他人を疑えば、再び裏切られる可能性を下げることができるかもしれない。

その一方で、

他人へ頼る。

弱みを見せる。

自分を委ねる。

本音を話す。

ということも難しくなる。

したがって不信は、

人間を傷つくことから守る壁であると同時に、人との親密さを妨げる壁

にもなる。

先生の孤独は、この二重性と深く結び付いている。

4 しかし先生は誰も信用しなかったわけではない

ここで注意したい。

先生を、

「叔父に裏切られて以来、すべての人間を信用しなくなった」

と単純化するのも正確ではない。

Kとの関係を見ると、それほど単純ではないからである。

先生とKには長い付き合いがある。

Kの家族関係や宗教的・精神的な志向についても先生は詳しく知っている。

先生はKの複雑な事情を知った後も、Kという人物そのものを一定程度信用している。

つまり先生の問題は、

すべての人間を一律に疑うこと

というより、

他人を信じたい感情と、

人間は状況によって変わるという疑念との間で揺れていることにある。

この複雑さを残しておかなければ、『こころ』の先生を単なる「人間不信の人物」にしてしまう。

5 先生の最大の転換点はKとの関係にある

先生の人生で大きな意味を持つのがKである。

先生とKは親しい友人だった。

そして二人は同じ家で暮らすようになる。

その家には奥さんとお嬢さんがいる。

先生は次第にお嬢さんへ恋愛感情を持つ。

一方、Kも先生に対して、お嬢さんへの気持ちを告白する。

ここで状況が変わる。

先生はKから秘密を打ち明けられた側になる。

しかし先生自身もお嬢さんを愛している。

つまり、

友情と恋愛上の利害が衝突する。

この場面で、『こころ』の人間観が最も厳しい形で表れる。

6 「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」

『こころ』の中で非常に有名なのが、

「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」

という言葉である。

もともとこの言葉は、以前Kが先生に対して使ったものである。

その後、お嬢さんへの恋愛感情を告白したKに対して、今度は先生が同じ言葉を返す。

先生自身は遺書の中で、この言葉について極めて厳しく自己分析している。

先生は、

Kが自分と同じお嬢さんを求めることで、自分の利害と衝突することを恐れた。

そして自分の言葉を、

「単なる利己心の発現」

だったと認めている。

ここが重要である。

先生は後になって自分の行動を正当化していない。

自分が友情だけではなく、自分自身の利益を守ろうとして行動したことを認めている。

7 自己開示の非対称性

Kとの場面を「信頼」という観点から見ると、もう一つ重要な問題がある。

Kは先生に、自分の恋愛感情を打ち明けている。

先生はそれを知った。

ところが先生は、自分もお嬢さんを愛しているという重要な情報をKへ同じようには開示しない。

そしてKより先に奥さんへ結婚を申し込む。

ここには、

自己開示の非対称性

がある。

Kは自分の内面を先生へ渡した。

先生はその情報を受け取った。

しかし先生は、自分の同種の情報をKへ渡さない。

情報は、人間関係の中で一種の力になる。

相手の秘密。

弱点。

希望。

恐れていること。

価値観。

それを知っている人は、知らない人より有利な立場に立つことがある。

だから信頼とは、

秘密を漏らさないことだけではない。

相手が信頼して差し出した情報を、自分の利益のために利用しないこと

も含んでいる。

『こころ』における先生とKの関係は、その難しさを示している。

8 先生がKを死なせた、と単純化してはいけない

その後、Kは自ら命を絶つ。

ここで、

「先生がKを自殺させた」

と単純に説明するのは慎重であるべきだろう。

Kには、

家族との対立、

養家との問題、

自分の生き方についての厳しい理想、

精神的な葛藤、

などがある。

作品はKの死を一つの原因だけで完全に説明しているわけではない。

したがって文学的により正確なのは、

先生自身が、Kの死を自分の行動と強く結び付けて受け止めた

ということである。

先生はKの死後、自分自身の言動を何度も振り返る。

そこから罪悪感を抱え続ける。

重要なのは、客観的に誰が何パーセント責任を負うかという問題ではない。

先生自身の中では、自分はKを裏切ったという認識が消えなかった。

そこが、その後の先生の人生を決定的に変える。

9 他人への不信から、自分自身への不信へ

叔父との出来事で先生が学んだのは、

「人間は信用できない場合がある」

ということであった。

しかしKとの出来事によって、問題はさらに深くなる。

先生自身も、

利害が生じれば、

友情より自分の欲望を優先することがある。

つまり叔父を批判した先生自身の中にも、

自分が嫌悪した人間と共通する部分があることに気付く。

ここで先生の問題は、

他人への不信

だけではなく、

自分自身への不信

へ移る。

他人が信用できないだけなら、

「少なくとも自分は正しく生きればよい」

と思うことができる。

しかし自分自身も状況によって変わる人間だと知ってしまうと、その逃げ道もなくなる。

これは先生の孤独を考える上で非常に重要である。

10 先生には妻がいる。それでも孤独である

Kの死後、先生はお嬢さんと結婚する。

つまり先生は家庭を持っている。

妻との生活が常に不幸であるとも描かれていない。

それでも先生は孤独である。

なぜなら、夫婦の間には非常に大きな秘密が存在するからである。

妻は、Kと先生の間で何が起きたのかを知らない。

Kが自分に恋愛感情を抱いていたことも知らない。

そして先生が、自分との結婚をめぐってどれほどKへの罪悪感を抱えているのかも知らない。

先生はその真相を妻へ知らせないまま生きている。

ここで、

一緒に暮らしていることと、すべてを共有していることは違う

という問題が生じる。

11 先生が妻に話さないのは不信なのか

先生は最後の遺書の中で、妻には自分の過去を知らせたくないという意思を明確にする。

妻が自分の過去について持っている記憶を、

できるだけ「純白」に残しておきたい、

と考えている。

さらに「私」に対して、自分の死後も妻が生きている間は、この秘密を胸の内にしまっておくよう求める。

この態度を、

「先生は妻を信用していない」

だけで説明するのは難しい。

先生の中には、

妻を傷つけたくないという思いもある。

妻のKについての記憶を変えたくないという思いもある。

しかし一方で、

先生が一人で「妻は知らない方がよい」と決めていることも事実である。

ここには、

思いやりと信頼は同じではない

という難しい問題がある。

相手を守るために秘密にする。

それ自体が常に間違いとは言えない。

しかし、秘密によって相手から「知るかどうかを選ぶ可能性」まで奪う場合、

それを完全な信頼関係と呼べるのか。

『こころ』は簡単な答えを出さない。

12 信頼とは「何でも話すこと」ではない

ここから現代のSNSを考えてみよう。

SNS時代には自己開示の機会が大きく増えた。

仕事。

食事。

旅行。

家庭。

恋愛。

成功。

失敗。

悩み。

自分について多くのことを公開できる。

しかし、

自己開示の量と信頼の深さは一致しない。

自分について大量に公開していても、誰にも本当に相談できないことはある。

逆に、生活をほとんど公開していなくても、一人の人と深い信頼関係を持っている場合もある。

したがって、

秘密がある=信頼がない

とは言えない。

同様に、

全部話す=信頼している

とも言えない。

大切なのは、

何を、誰に、なぜ話すのか。

そして、

話した情報を相手がどう扱うのか。

ということである。

13 なぜ先生は妻ではなく「私」に語ったのか

『こころ』最大の逆説の一つはここにある。

先生は、最も身近な妻には話さなかった過去を、

最後に若い「私」へ長い遺書として語る。

なぜ「私」なのか。

作品から唯一の理由を断定することはできない。

しかし先生自身は、自分の過去を他人の参考に供する意思を示している。

そして妻だけはその対象から外す。

つまり「私」は、

妻のように過去の事件そのものの関係者ではない。

Kとの関係者でもない。

しかも先生に強い関心を持ち、先生の生き方を理解しようとしてきた若者である。

先生にとって「私」は、

自分の人生を受け取ることのできる、一定の距離を持った他者

だったと読むことができる。

ただしこれは文学的な解釈であり、作品本文から一つの動機として断定するべきではない。

14 告白には距離が必要なこともある

現実の人間関係でも、

最も身近な人だから最も話しやすい、

とは限らない。

家族には話せない。

長年の友人には話せない。

同僚には話せない。

しかし少し離れた人には話せる。

そういうことがある。

関係が近いほど、告白した後の影響が大きいからである。

妻に真実を伝えれば、先生と妻の関係そのものが変わる。

Kについての妻の記憶も変わる。

結婚についての意味も変わる可能性がある。

「私」には、その直接的な利害が少ない。

現代でも、

専門家への相談、

匿名相談、

ネット上での相談、

などでは、身近な人より遠い人の方が話しやすいことがある。

これは『こころ』がSNSを予言したという意味ではない。

しかし現代的な比較として、

親密さだけでなく、適度な距離も自己開示を可能にする場合がある

と考えることはできる。

15 若い「私」も孤独である

先生は、自分だけを孤独な人間だとは考えていない。

「私」にも孤独を見ている。

先生は、

「私は淋しい人間です」

と語ったうえで、

「若いうちほど淋しいものはありません」

と「私」に話す。

そして、もし孤独でないなら、なぜ何度も自分の家へ来るのかと問いかける。

ここには興味深い逆転がある。

孤独な人間とは、

一人で部屋に閉じこもっている人だけではない。

むしろ人との接触を求めて、

動き、

訪ね、

話し、

誰かを探している人の中にも孤独がある。

SNS時代であれば、

投稿を見る。

反応を確認する。

メッセージを送る。

交流する。

そうした行為によって人との接触を求める場合もある。

もちろん、SNSを頻繁に使う人が孤独だと断定することはできない。

ここで考えたいのは、より一般的な問題である。

人は孤独だからこそ、他者を求めることがある。

16 「自由と独立と己れ」に満ちた現代

『こころ』には、先生の孤独を個人的経験だけではなく、時代の問題へ広げる重要な言葉がある。

先生は、

「自由と独立と己れとに充ちた現代」

を生きる人間は、その代償として淋しさを味わわなければならない、という趣旨を語る。

ここでは原文に合わせ、

「自由・独立・自己」

ではなく、

「自由・独立・己れ」

と捉える方がよい。

近代社会では、個人が以前より大きな自由を持つ。

自分で考える。

自分で選ぶ。

自分で人生を作る。

しかしその自由は、

共同体から与えられた答えだけで生きなくてよい、

ということであると同時に、

自分の選択を自分で背負わなければならない

ということでもある。

先生自身が、この自由と孤独を結び付けて考えているのである。

17 SNSは「己れ」をさらに強く見せる装置なのか

ここから先は、作品そのものの説明ではなく現代的な比較である。

SNSでは、個人が自分自身を社会へ直接提示できる。

自分の写真。

経歴。

意見。

作品。

仕事。

趣味。

生活。

こうした情報を自分で選び、発信する。

これは個人の自由を拡大した。

同時に、

「自分」というものを絶えず編集し、他者へ提示する社会

も生み出した。

何を見せるか。

どう見られたいか。

どんな人だと思われたいか。

現代人は、以前より頻繁にこうした問題に向き合う可能性がある。

その意味で、『こころ』にある「己れ」の問題を、SNS時代から考え直すことには意味がある。

ただし、

SNS=孤独を生む

と単純化してはいけない。

SNSによって人との関係を維持できる人もいる。

孤立を避けられる人もいる。

趣味や経験を共有できる人に出会うこともできる。

問題なのはSNSそのものではなく、

つながっていることと理解されていることを同一視すること

である。

18 「見られている」と「理解されている」は違う

SNSでは多くの人から見られることがある。

しかし、

見られること、

知られること、

理解されること、

信頼されること、

は同じではない。

先生にも似た構造がある。

妻は先生と毎日生活している。

「私」は頻繁に先生を訪ねる。

しかし先生がKとの過去をどう背負っているのかは知らない。

つまり、

接触できる情報量が多いことと、その人の核心へ到達することは別である。

現代では大量のプロフィール情報を見ることで、

「あの人を知っている」

と思いやすくなった。

だが、画面に表示される情報は、その人の一部でしかない。

『こころ』が描いている、

外から見える人間と、

内側に抱えている人間との距離は、

SNS時代にも消えていない。

19 先生の遺書は対話なのか

最後に先生は、「私」へ長い遺書を書く。

これは非常に深い自己開示である。

しかし、通常の対話とは違う。

先生は告白した後で、

「私」と話し合おうとしているのではない。

質問に答えるわけでもない。

批判を聞くわけでもない。

許しを求めて相互に関係を作り直すわけでもない。

先生の告白は、

先生から「私」への一方向の伝達

である。

ここが重要である。

自分について深く語ることと、

他者と対話することは同じではない。

20 SNS時代の自己開示にも同じ問題がある

現在では、自分の過去や悩みを不特定多数へ語ることもできる。

長文を書く。

動画で話す。

体験を公開する。

そこには自己開示がある。

しかし、公開したからといって対話したことにはならない。

自分の言葉だけを出す。

相手の反応を受け取らない。

自分の説明だけを完成させる。

この場合、

自己開示は増えても、人間関係が深まるとは限らない。

先生の遺書は、SNS投稿ではない。

両者を同一視することはできない。

しかし比較することで、

「語ること」

と、

「他人と関係を作ること」

の違いが見えてくる。

21 明治という時代の終わり

『こころ』を、先生・K・お嬢さんの恋愛関係だけで読むと、作品のもう一つの大きな軸を見落とす。

物語の後半では、

明治天皇の崩御、

そして乃木希典の殉死、

が重要な背景になる。

先生は明治天皇の死を受け、明治という時代そのものが終わっていく感覚を持つ。

そして乃木の殉死は、先生自身の死についての意識とも結び付いていく。

ただし、

「乃木の殉死だけが原因となって先生が死を決めた」

と一本化するのは適切ではない。

先生には、それ以前から、

Kへの罪悪感、

自己不信、

長年の孤独、

死への意識、

が存在している。

明治の終焉は、それらと重なって作用する。

したがって『こころ』は、

個人的な罪の物語であると同時に、

明治という時代の終わりを生きる個人の物語

でもある。

22 もし先生にSNSがあったら孤独ではなかったか

ここで一つ思考実験をしてみる。

先生が現代に生きていたとして、

SNSを利用できれば孤独ではなかっただろうか。

匿名で相談する。

同じ悩みを持つ人を探す。

文章を書く。

専門家へ相談する。

こうした選択肢は増える。

それによって助けられる可能性もあるだろう。

しかし先生の問題は、

単純に話し相手がいないことではない。

他人との間で何を信頼できるのか。

自分自身をどこまで信頼できるのか。

過去を他人へどう渡すのか。

という問題である。

したがって、

フォロワー数が増えるだけでは先生の問題は解決しない。

ここから考えられるのは、

孤独の大きさは、人間関係の数だけでは測れない

ということである。

23 信頼とは「絶対に裏切らない人」を探すことなのか

先生は、人間が状況によって変わり得ることを知った。

そして先生自身もKとの関係で、自分が必ずしも理想通りに行動できない人間であることを知る。

ここから現代的に考えられることがある。

信頼とは、

「この人は絶対に悪いことをしない」

と確信することなのだろうか。

人間が完全ではない以上、その保証を得ることは難しい。

むしろ現実的な信頼とは、

相手が間違える可能性を認める。

自分も間違える可能性を認める。

利害が違う場合があることを認める。

問題が起きたら話し合う。

必要なら距離を取る。

関係を修復できる場合には修復する。

というものかもしれない。

ここは『こころ』そのものが明確な答えを示しているわけではない。

作品から現代へ引き出すことのできる、一つの考察である。

24 完全に分かり合えなくても、人は信頼できるのか

『こころ』では、誰も他人を完全には理解していない。

「私」は先生の過去を長く知らない。

妻も先生の秘密を知らない。

先生はKの内面を完全には理解できない。

Kも先生が同じ女性を愛していることを知らない。

人間は他人の心の全体を見ることができない。

これは現実の人間関係でも同じである。

したがって、

完全に理解した後で信頼する

という順序は、現実には成立しにくい。

むしろ信頼とは、

相手には分からない部分が残っている。

自分にも相手へ見せていない部分がある。

それでも一定の関係を作る。

という行為なのかもしれない。

25 秘密を持つことと孤立することは違う

SNS時代には、

本音を言う。

ありのままの自分を見せる。

隠し事をしない。

といった自己開示が肯定されることがある。

しかし、人間には秘密があってもよい。

すべての人にすべてを公開する必要はない。

問題は、

秘密を持っていることそのものではなく、

その秘密によって、誰とも重要な部分を共有できない状態になっているかどうか

だろう。

先生の人生では、Kとの過去が長く閉じられたままになる。

そのため妻とも共有できず、

社会とも距離を置き、

自分自身の中で抱え続けることになる。

秘密は必要な場合もある。

しかし秘密が自分と世界との間を完全に遮断する壁になると、孤独は深くなる。

26 『こころ』を心理診断へ変換してはいけない

先生について、

現代の特定の精神疾患だった、

特定の人格障害だった、

などと作品だけから診断することは適切ではない。

先生は文学作品の登場人物である。

作品の中で描かれているのは、

孤独、

嫉妬、

罪悪感、

不信、

欲望、

自己嫌悪、

近代的個人、

といった複数の問題である。

それらを一つの診断名に置き換えてしまうと、文学作品の複雑さを失う。

同じ理由で、

「先生はコミュニケーション能力が低い」

だけで説明することもできない。

先生は鋭く他人を観察する。

「私」と会話する。

自分自身をかなり厳しく分析することもできる。

問題は単純な会話能力ではなく、

他者との信頼関係の中へ自分の核心を置くことができなかった

ところにある。

27 令和の私たちが『こころ』から考えられること

『こころ』はSNS時代のために書かれた小説ではない。

したがって現代への教訓を無理に取り出す必要はない。

しかし考える材料としては、少なくとも五つの論点が見えてくる。

第一に、

人との接触量と孤独の大きさは一致しない。

多くの人と交流していても孤独な場合がある。

第二に、

信頼には一定の危険が伴う。

完全な安全を確認してから他人を信じることは難しい。

第三に、

他人への不信と自分への不信は別の問題であり、先生の場合は後者まで深まっていく。

第四に、

自己開示と信頼は同じではない。

大量に自分を語ることによって自動的に信頼関係が生まれるわけではない。

第五に、

完全に理解し合えなくても、人間関係は成立し得る。

他人には分からない部分が残ることを認めたうえで、関係を続ける必要がある。

28 『こころ』をSNS社会の予言書にしてはいけない

一方で、『こころ』とSNS社会を直接同一視してはいけない。

1914年の日本と令和の日本では、

家族制度、

男女関係、

教育、

職業、

通信手段、

社会規範、

が大きく異なる。

漱石がSNS社会を予測して先生を書いたわけではない。

だから、

「先生は現代ならSNS疲れをしていた」

「Kとの問題は現代の既読無視と同じだ」

というような単純な置き換えは文学作品を軽くしてしまう。

現代との比較に意味があるのは、

具体的な道具ではなく、人間関係の構造

である。

人に知られていることと、

理解されること。

自己開示することと、

信頼すること。

自由であることと、

孤独であること。

こうした問題は、媒体が変わっても考えることができる。

29 先生の最大の悲劇は、孤独だったことだけではない

先生には妻がいる。

「私」もいる。

完全に社会との接触を失った人物ではない。

それでも先生は、自分の最も重要な過去を生きている間に妻と共有しない。

最後に「私」へ語る。

しかし、その告白は未来の対話を始めるためのものではない。

先生自身が去ることを前提とした遺書である。

ここに『こころ』の非常に厳しい部分がある。

先生はついに自分の「こころ」を他者へ渡す。

しかし、

渡した後で相手と生き続ける時間を自ら残さない。

「私」は先生の言葉を受け取る。

しかし先生へ問い返すことができない。

これは深い自己開示であると同時に、

最後まで完成しない対話でもある。

結論~孤独の反対は「つながり」ではなく「信頼」なのかもしれない

『こころ』の先生は一人ではない。

妻がいる。

「私」がいる。

それでも先生は、

「私は淋しい人間です」

と語る。

先生の孤独は、

人間が周囲に存在しないことではない。

自分の最も重要な部分を、他者との関係の中へ置くことができない孤独

である。

先生は叔父を信頼し、その信頼を傷つけられた。

だから人間を以前と同じようには信じられなくなった。

しかし先生は、すべての人間を完全に拒絶したわけでもない。

Kとの友情もある。

妻への愛情もある。

「私」との交流もある。

それでもKとの出来事によって、先生は別の問題に直面する。

他人だけではない。

自分自身も、利害や欲望によって理想通りには行動できない。

先生はそのことを知ってしまう。

だから先生の問題は、

「人間は信用できない」

という単純な人間不信だけではない。

自分自身を含め、人間という存在を無条件には信じられなくなったこと

にある。

令和の私たちは、先生の時代とは比較にならないほど多くの人と接触できる。

SNSを通じて、

数百人、

数千人、

場合によっては数万人とつながることもできる。

しかし、

フォロワーがいること。

「いいね」が付くこと。

自分について多くを公開すること。

誰かの生活を毎日見ていること。

それだけで信頼関係が成立するわけではない。

なぜなら人間が必要としているのは、単なる情報交換だけではないからである。

自分の一部をこの人に預けてもよいと思えること。

そして、

相手から預けられた一部を、自分の利益のために利用しないこと。

そこに信頼の一つの形がある。

しかし、その信頼にも完全な保証はない。

相手も間違える。

自分も間違える。

人間は状況によって変わる。

それでも、完全に安全になるまで他者を拒み続ければ、先生が抱えたような孤独へ近づいてしまう可能性がある。

孤独の反対は、

単純に大勢の人とつながっている状態ではないのかもしれない。

一人でもよい。

自分の全部を公開しなくてもよい。

秘密があってもよい。

しかし、自分の一部を渡すことのできる相手がいる。

そして、その人から渡された一部を大切に扱うことができる。

それを信頼と呼ぶならば、『こころ』は百年以上前の作品でありながら、SNS時代の私たちにも非常に厳しい問いを残している。

あなたには、何人の知り合いがいるのか。

という問いではない。

あなたには、自分の「こころ」の一部を預けられる人がいるのか。

そして、もう一つ。

誰かがあなたに預けた「こころ」を、自分の利益のために使わずにいられるのか。

『こころ』を現代に読み直す価値は、この二つの問いが、通信手段がどれほど進歩しても簡単には古くならないところにあるのではないだろうか。

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