リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

近松門左衛門の虚実皮膜論は、令和の文学にも通じるのか

 「これは実話をもとにした物語です」という一言が付いただけで、作品の見え方が少し変わることがある。同じ悲劇でも、本当に起きた出来事だと思えば登場人物の苦しみが急に身近に感じられる読者もいるだろうし、逆に完全な創作だと知っているからこそ安心して物語へ入り込める人もいる。実際、心理学の研究でも「実話に基づく」という情報が作品のもっともらしさや評価を高める場合がある一方、没入感や好感度に明瞭な違いが生じない場合も報告されている。つまり、人間は単純に「事実だから感動する」のではなく、事実と虚構の関係を意識しながら物語を読んでいるのである。

 この複雑な感覚を考えていくと、三百年ほど前の大坂で人形浄瑠璃を書いていた近松門左衛門の言葉へ行き着く。近松の芸術論として有名な「虚実皮膜論」である。しかし、この言葉を「文学は現実と嘘を半分ずつ混ぜればよい」という意味に取ってしまうと、近松が考えていた問題の面白さはほとんど失われてしまう。彼が問うていたのは、事実と虚構をどの割合で混ぜるかではなく、現実そのものと、人間が「現実らしい」と感じる表現との間には、なぜずれが生じるのかという問題だった。

「虚実皮膜論」という本を近松が書いたわけではない

 まず押さえておきたいのは、近松自身が『虚実皮膜論』という著書を書いたわけではないということである。近松は体系化された芸術論を著書として残しておらず、今日「虚実皮膜論」と呼ばれている考え方は、近松の死後、穂積以貫が近松から聞いた話として『難波土産』に記したものを中心に後世まとめられたものである。そこには「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也」という有名な言葉が伝えられており、現在では一般に、芸術は現実そのものでも完全な作り事でもなく、その微妙な接触面に成立するという芸論として理解されている。

 ただし、この「間」という言葉を数学的な中間地点のように考えてはいけない。現実が五割、虚構が五割という話ではなく、現実に忠実でありすぎても芸にはならず、現実から離れすぎても観客には届かないという、表現の微妙な距離について語られているからである。

 近松がこの問題を考えた背景には、人形浄瑠璃という芸能そのものが抱えていた矛盾がある。舞台上の人形は木でできており、本当の感情も人生経験も持っていない。それにもかかわらず、観客は人形の恋に胸を痛め、人形の死に涙を流す。生きていない木偶が、ときには生身の人間以上に「生きている」と感じられるのである。これは現実を忠実に再現するだけでは説明できない現象だった。

本物そっくりなら、本当にリアルなのか

 『難波土産』に伝えられた近松の話には、この問題を象徴する興味深い例がある。家老を演じる役者について、本物の家老そのままに振る舞えば、それで優れた芝居になるのかという問題である。現実の家老が舞台役者のような化粧をしているわけではないのだから、現実を忠実に再現しようとすれば、むしろ舞台上では地味で分かりにくい人物になってしまうかもしれない。そこで役者は現実を少し変形し、観客が「家老らしい」と感じる身振りや表情を作り出す。そのとき舞台上に現れるのは現実の家老のコピーではないが、観客にはかえって家老らしく見える。

 さらに『難波土産』には、恋する女性のために、愛する男性の姿を毛穴や歯の数までそっくりに再現した木像を作ったところ、あまりにも生身の人間そのままであったため女性が気味悪がってしまった、という趣旨の逸話も伝えられている。この話を史実そのものとして受け取る必要はないが、近松の芸論を説明する比喩としては非常に分かりやすい。私たちが「本物らしい」と感じるものと、本物を寸分違わず複製したものとは、必ずしも同じではないのである。

 写真より肖像画の方が、その人物らしく見えることがある。実際の会話より、巧みに作られた映画の台詞の方が人間の本音を言い当てているように感じることもある。人間がリアリティと呼んでいるものは、現実との物理的な一致だけによって生まれるのではなく、見る側が持っている経験、期待、感情、物語の文脈などによって作り上げられている。

小説は、現実を削ることで現実に近づく

 この考えを小説に置き換えると、虚実皮膜論は急に現代的になる。例えば実際の夫婦喧嘩を三十分録音し、一言一句そのまま文字に起こしたとする。そこには沈黙、言い直し、同じ話の繰り返し、話題の脱線、本人たちにしか分からない言葉などが大量に含まれているだろう。それは記録としては忠実だが、読者がその夫婦の関係を理解する文章として優れているとは限らない。

 小説家はそこから不要な部分を削り、何度も繰り返された言葉を一つの台詞へまとめ、実際には数日離れて起きた出来事を一晩の出来事として組み直すかもしれない。現実には降っていなかった雨を降らせることさえあるだろう。そうして事実から離れていくにもかかわらず、作品の中では、二人の間にあった怒りや寂しさや未練が現実以上にはっきり見えてくることがある。

 ここに文学の奇妙さがある。虚構を加えることによって事実から離れているはずなのに、人間の感情については、かえって現実へ近づく場合があるのである。

 近松が女形について語った話も、この問題とつながっている。現実の女性なら実際には口にしないような言葉を舞台上の女性に言わせることで、現実の女性が胸の内に秘めている「情」を表現できることがある。実際の言動をそのままコピーするのではなく、現実には存在しなかった言葉を作ることで、現実に存在していた感情が観客に見えるようになる。

 したがって、虚実皮膜論を単なる「嘘を上手に混ぜる技術」と考えるのは適切ではない。そこにはむしろ、「事実を正確に写すことと、人間についての真実を表現することは同じなのか」という、現在の文学にもそのまま残っている問いがある。

「虚構だから感情移入できない」は本当なのか

 心理学的に考えても、虚構であると分かっている物語が人間の感情を動かすこと自体は不思議なことではない。私たちは映画を見ながら、スクリーンに映っている人物が俳優であることを知っている。それでも登場人物が死ねば悲しくなり、危険な場面では緊張する。小説についても同様で、そこに書かれている人物が実在しないと理解していても、その人物の人生を頭の中で想像し、感情を追体験することができる。

 物語研究や認知心理学では、フィクションを人間関係や感情を疑似的に経験する一種のシミュレーションとして捉える考え方がある。ただし、文学を読めば必ず共感性が高まるとか、実話だと分かれば必ず感動が強くなる、とまで言うことはできない。読者の性格、作品のジャンル、物語への没入の程度などによって結果は変わり、研究でも一貫した効果が出ているわけではないからである。

 それでも、虚構だと理解しながら人間が泣いたり笑ったりできるという現象そのものは確かに存在する。近松が人形浄瑠璃の舞台で向き合っていたのも、結局はこの問題だったのではないだろうか。観客は人形が木でできていることを知っている。それでも、その木偶の中に人間を見る。その瞬間、虚構は現実の代用品ではなく、現実を感じるための別の経路になる。

令和の文学では「皮膜」がますます見えやすくなった

 虚実皮膜論が令和になって突然復活したわけではない。文学は昔から、現実から距離を取るためだけではなく、現実を別の角度から見せるためにも虚構を用いてきた。したがって、「昔の虚構は現実から逃げるためのものだったが、現代になって現実と近づいた」と単純に整理することはできない。

 ただし現代文学では、事実と虚構の境界そのものを作品の仕掛けにする作品が以前にも増して意識されている。その代表として挙げられるのが、オートフィクションである。

 オートフィクションという言葉そのものは令和になって生まれたものではなく、一般にはフランスの作家セルジュ・ドゥブロフスキーが1977年に用いた概念として知られている。作者自身の人生と物語上の人物を近づけながら、どこまでが事実でどこからが創作なのかを意図的に揺らす作品では、読者は「これは作者本人の経験なのだろうか」と考えながら読むことになる。そのため、事実と虚構の境界が消えるというより、むしろ境界そのものが目立つようになる。

 日本文学には、それ以前から私小説という大きな伝統がある。もちろん私小説とオートフィクションは同じものではなく、その成立事情も文学制度も異なる。しかし、作者、語り手、主人公の距離が読者の読み方に影響するという点では、両者を比較する意味はある。作者本人に似た人物が登場すれば、読者は作品世界の外側にいる作者の人生まで意識するようになり、その結果、作品の中の一文が単なる創作ではなく、作者自身の告白のように感じられることさえある。

 ここでも不思議な逆転が生じる。虚構を加えれば現実から遠ざかるはずなのに、読者にはかえって「これは作者の本音なのではないか」と感じられる場合がある。作れば作るほど本当らしくなり、本当らしく書けば書くほど、どこまでが本当なのか分からなくなる。その不安定な境界こそ、現代の読者が歩いている「皮膜」なのである。

文学の虚構と「嘘」は同じではない

 もっとも、虚実皮膜論を令和へ持ち込む際には、慎重に区別しておかなければならないことがある。現在では事実と虚構の境界が揺らぐ現象が、文学だけでなくニュース、広告、動画、SNS(Social Networking Service・ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にも広がっているため、「真実と嘘の境界など曖昧なのだ」と言ってしまえば、文学の虚構と偽情報を同じものとして扱うことになりかねないからである。

 しかし両者は根本的に違う。小説を読むとき、読者は基本的にそこに書かれている出来事が創作であり得ることを承知している。芝居を見る観客も、舞台上で起きた殺人を現実の事件だとは考えない。その暗黙の約束が存在するからこそ、作者は実際には起きなかった出来事を作り、現実には存在しない人物を生きさせることができる。

 一方、ニュースとして提示される情報には、「これは現実に起きた出来事について述べている」という別の約束がある。そこで意図的に虚偽を事実として示せば、作品内部で虚構を作るのとは意味がまったく違う。

 したがって近松の「虚と実の皮膜」は、真実と嘘を区別しなくてもよいという思想ではない。むしろ虚構であると分かったうえで、その虚構から人間についての真実を感じ取るという、芸術固有の仕組みを考えたものとして読む方が自然である。

生成AIは、現代の「人形」なのか

 そして令和には、近松の時代には存在しなかった新しい問題が加わった。生成AI(Generative Artificial Intelligence・生成型人工知能)である。

 生成型人工知能は、大量の文章から言語のパターンを学習し、小説らしい文章、恋愛小説らしい台詞、悲しい回想のような文章まで生成することができる。その登場によって、「作者とは誰なのか」「創造性とは何なのか」「人間と道具の境界をどこに置くのか」といった問いが、文学や芸術の世界でも改めて議論されるようになった。

 ここで人形浄瑠璃を思い出すと、不思議な類似が見えてくる。木偶には人生経験も感情もない。それにもかかわらず、近松の文章、太夫の語り、人形遣いの動きが重なれば、観客はその人形の悲しみに涙する。生成型人工知能にも、人間と同じ意味で幼少期の記憶や失恋経験があるわけではない。それでも生成された文章を読んだ人間が、そこに悲しみや孤独を感じることはあり得る。

 もちろん、人形浄瑠璃と生成型人工知能が同じだということではない。これは科学的な同一性ではなく、表現の構造を比較するための類推にすぎない。しかし、感情を持たない媒体を通して、人間が感情を受け取るという点では興味深い共通性がある。

 むしろ近松から学べるのは、木偶だけを見ても人形浄瑠璃を理解できないということである。そこには作者がおり、太夫がおり、三味線があり、人形遣いがいる。同じように生成型人工知能を用いた作品についても、機械が文章を生成したという一部分だけを見るのではなく、誰が指示を与え、誰が文章を選び、どこを削り、どのような作品として提示したのかという制作過程全体を見る必要があるだろう。

 そう考えると、令和に現れた「皮膜」は、事実と虚構の境界だけではない。人間と機械、経験と言葉、作者と道具、創作と編集の境界にも、新しい皮膜が生まれている。

文学は「本当のことを書く技術」ではない

 では、近松門左衛門の虚実皮膜論は、令和の文学にも通じるのだろうか。結論を言えば、十分に通じる。ただし、それは近松が三百年前にオートフィクションや生成型人工知能を予言していたという意味ではないし、人形浄瑠璃のために語られた芸論を、そのまま現代の文学理論として使えるという意味でもない。

 それでも、近松が向き合った問いそのものは古びていない。現実そのものよりも作られた物語の方が、人間に現実を強く感じさせることがあるのはなぜなのか。実際には誰も口にしなかった台詞が、なぜ人間の本心を言い当てているように聞こえるのか。作者が体験した出来事をそのまま記録した文章より、存在しない人物について書かれた小説の方が、なぜ自分自身の人生について考えさせてくれることがあるのか。

 文学は現実をそのまま映す鏡ではない。もし完全な鏡ならば、そこに映るのは私たちが毎日見ている現実と同じものだけである。しかし文学は現実を削り、並べ替え、誇張し、時には存在しなかった出来事を加える。その加工された像を通して初めて、日常の中では見落としていた人間の感情や社会の姿が見えてくることがある。

 だから優れた小説を読み終えた読者は、ときに「こんなことは現実には起こらないだろう。それでも、なぜか分かる」と感じる。考えてみれば不思議な感想である。事実ではないと理解しながら、その物語を真実のように受け取っているからである。

 三百年前、近松門左衛門が「実」と「虚」の間に見ていたものは、まさにこの奇妙な場所だったのかもしれない。事実だけでは届かず、嘘だけでも届かない。その薄い境界で、作り物が突然、人間の現実へ触れる。

 令和になっても文学が文学であり続ける限り、その皮膜が消えることはないだろう。むしろ実話と創作、人間と生成型人工知能、記録と物語の境界が以前より複雑になった現在だからこそ、近松の古い言葉は思いがけず新しく響く。三百年前の人形浄瑠璃の舞台と、令和の小説や生成型人工知能との間には途方もない時間が流れているが、そこで人間が問うていることは、案外変わっていないのである。

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筒井康隆の小説を読んでいると、ときどき自分が何を読んでいるのか分からなくなる。

笑っていたはずなのに、いつの間にか怖くなっている。現実の話だと思っていたら、その現実自体がどこか怪しくなってくる。真面目な社会の話が突然ばかばかしい方向へ暴走し、逆に、ばかばかしい話を読んでいたはずなのに、最後には社会そのものの異様さを見せつけられる。

普通の小説なら、作者は読者を物語の中へ連れていこうとする。しかし筒井康隆は、ときどき物語そのものを揺さぶり、読者が安心して寄りかかっていた前提まで壊してしまう。

それは偶然ではない。

どうやら筒井康隆という作家は、私たちが「小説とはこういうものだ」「社会ではこう振る舞うものだ」「これは普通で、これは普通ではない」と無意識に決めている、その境界線を見つけると、そこを押してみたくなる人なのである。

では、なぜ彼はこれほど長いあいだ「常識」を壊し続けてきたのだろうか。

SFは、常識を疑うための装置だった

筒井康隆は1934年に大阪市で生まれた。1960年には弟たちとSF(Science Fiction・科学や未来、架空の設定などを用いて現実を問い直す文学)の同人誌『NULL』を創刊し、創刊号に発表した「お助け」が江戸川乱歩に認められて『宝石』に転載された。そこから本格的な作家活動へと進んでいく。

筒井康隆の出発点はSFだった。

しかし、彼の作品を読んでいると、科学技術の未来を予測することそのものが目的ではなかったことが分かる。むしろSFという形式は、現実社会から少し離れた場所に立ち、今の社会を別の角度から眺め直すための装置として使われている。

たとえば私たちは、満員電車に乗る。会社へ行く。学校へ行く。テレビを見る。人の噂を気にする。肩書によって相手への態度を変える。

毎日繰り返しているうちに、それらは「普通のこと」になる。

ところが、その普通の行動を少しだけ極端にしてみる。

全員が同じことを始めたらどうなるのか。ある制度を徹底したら何が起こるのか。人間の欲望を遠慮なく拡大したら社会はどうなるのか。

そこまでやると、それまで普通に見えていた社会が突然奇妙なものに見えてくる。

筒井康隆の風刺には、この方法が何度も現れる。

彼が壊しているのは、現実そのものではない。現実を見るときに私たちが無意識に使っている「これは普通だ」という物差しなのである。

笑わせることで、読者の警戒心を解いてしまう

筒井作品には笑いが多い。

しかも、上品なユーモアだけではない。誇張、悪ふざけ、ナンセンス、ブラックユーモア、ときには下品ささえもためらわずに使う。

ここが重要なのだと思う。

人は正面から「あなたが信じている社会常識は間違っています」と言われれば反発する。けれども、笑っているときには少し無防備になる。

「そんな馬鹿な話があるか」と笑いながら読み進めているうちに、ふと気づく。

これは本当に馬鹿な話なのだろうか。

極端に描かれているだけで、似たようなことは現実社会でも起きているのではないか。

筒井康隆の笑いには、ときとして鏡のような役割がある。

鏡に映っている人物を笑っていたはずなのに、その人物が自分自身に似ていることに気づいてしまう。

だから、笑ったあとに妙な後味が残る。

筒井康隆の風刺が、単なる悪ふざけで終わらない理由はそこにある。

やがて「小説という常識」まで疑い始めた

しかし筒井康隆は、社会の常識を壊すだけでは満足しなかった。

やがて疑い始めたのは、小説そのものだった。

小説には文章があり、登場人物がいて、時間が進み、読者は作者が用意した物語を読む。

考えてみれば、これも一つの約束事である。

では、その約束を壊したらどうなるのか。

筒井康隆は1970年代以降、前衛的、実験的な小説へ本格的に踏み込んでいく。本人も後年の対談で、前衛的なものへの憧れがあったことを語っている。

一方で、単に難しい文学を書きたかったわけではない。本人は、読者をもっと広げたいという意識も持っていた。

ここが筒井康隆の面白いところである。

実験文学というと、一般の読者から遠ざかっていくように思える。

ところが筒井康隆は逆だった。

難しいことをやりながら、面白さを捨てない。文学の仕組みを壊しながら、その壊れていく様子そのものを娯楽にしてしまう。

読者にとっては、文学理論を学ばなくても「何かがおかしい」「普通の小説とは違う」と感じられる。

その違和感そのものが、筒井文学の入口になっている。

『残像に口紅を』では、日本語そのものが実験の対象になった

その到達点の一つが『残像に口紅を』だろう。

この小説では、世界から一つずつ文字が消えていく。

文字が消えれば、その文字を使った言葉が使えなくなる。そして言葉が消えるにつれて、その言葉によって表現されていたものまで世界から失われていく。

つまり筒井康隆は、小説を書くために絶対に必要なはずの「言葉」を、自分から少しずつ減らしていった。

普通なら作家は、使える言葉が多いほど有利である。

筒井康隆は逆に、自分の道具を一つずつ捨てながら小説を書いた。

これほど奇妙な文学的ゲームもない。

しかし読み進めていると、単なる言葉遊びでは済まなくなってくる。

ある文字が消え、その文字を含む言葉が使えなくなる。それによって、それまで当たり前に語ることのできた世界が少しずつ狭くなっていく。

そうなると読者は、言葉が世界をどのように切り取り、認識するためにどれほど大きな役割を果たしているのかまで考えさせられる。

これは、作者が一つの答えを提示しているというより、実験的な仕掛けを通じて読者の側に問いが生まれてくる作品だと言った方がよいだろう。

1989年に発表された作品でありながら、その後も長く読まれ、近年には漫画化もされている。

数十年前の言語実験小説が、今なお新しい読者を獲得しているのは興味深い。

常識を壊す文学は、案外古くなりにくいのかもしれない。

なぜなら、常識そのものが時代によって作り替えられていくからである。

『文学部唯野教授』では、文学を語る側まで小説の中に入れた

筒井康隆が壊してきた対象は、日常生活だけではない。

文学そのものを権威化する世界も例外ではなかった。

『文学部唯野教授』では、大学という制度、教授たちの人間関係、文学研究や文学理論の世界が、小説の材料になっていく。

文学を分析する側にいた人間が、今度は小説の登場人物として描かれ、その権威や欲望や人間臭さまで笑いの対象になる。

ここには筒井康隆らしい逆転がある。

普通なら文学理論は、小説を外側から分析するための道具である。

ところが筒井康隆は、その文学理論を扱う人々まで小説の内側へ引きずり込んでしまう。

分析する側だった人間が、分析される側になる。

権威とは、外側から眺めると立派に見える。しかし、その内部にいる人々の欲望や嫉妬や打算まで描いてしまえば、急に滑稽になる。

筒井康隆は、こうして何度も「偉そうに見えるもの」を地上へ引き下ろしてきた。

『パプリカ』では、現実そのものが信用できなくなる

そして『パプリカ』まで来ると、揺さぶられるのは現実と夢の境界である。

他人の夢に入り込む技術をめぐって物語が進み、夢と現実が次第に混ざり合っていく。

私たちは普通、「これは現実で、これは夢だ」と区別できることを前提に生活している。

その境界が壊れたらどうなるのか。

筒井康隆は、ここでも人間が当然だと思っている認識の土台を揺らす。

考えてみれば、彼が長年やってきたことは一貫している。

社会の常識を疑う。文学の常識を疑う。言葉の常識を疑う。そして最後には、現実とは何かという常識まで疑う。

壊す対象が次々に変わっているだけで、「本当にそれは当然なのか」という問いそのものは変わっていない。

「何を書いてもいい作家」になろうとした

筒井康隆自身の言葉をたどると、さらに興味深い。

近年の対談で筒井は、自分が目指してきた作家像について語っている。

一つのジャンルに固定されるのではなく、「筒井康隆なら何を書いてもよい」と読者から思ってもらえるような作家になりたかった、という趣旨である。

これはかなり重要な発言だと思う。

普通、作家は「この人はミステリー作家」「この人はSF作家」「この人は純文学作家」と分類される。

分類された方が、読者にも出版社にも分かりやすい。

しかし分類とは、別の言い方をすれば、「この人はここから出てはいけない」という境界線でもある。

筒井康隆は、その境界まで壊そうとした。

SFを書く。

風刺を書く。

実験小説を書く。

娯楽小説を書く。

文学理論まで小説にしてしまう。

夢と現実の境界まで揺さぶる。

一つの作家像に収まること自体を拒む。

だから筒井康隆について説明しようとすると、説明する側が困るのである。

「結局、この人は何の作家なのか」

その質問に簡単に答えられないこと自体が、筒井康隆という作家の成功なのかもしれない。

常識を壊すことは、自由になることでもある

では、筒井康隆はなぜ常識を壊し続けたのか。

単に人を驚かせることが好きだったから、と説明することもできる。

実際、本人は人を驚かせることが好きだという趣旨の発言もしている。

権威を嫌ったから、と考えることもできる。笑わせたかったから、文学の可能性を試したかったから、新しい表現を求め続けたからという説明も、それぞれ間違いではないだろう。

しかし、その根底にはもっと単純なものがあるように思える。

「そうしなければならない」と言われると、本当にそうなのか確かめたくなる。

社会が正しいと言えば、本当に正しいのか疑う。

文学はこう書くものだと言われれば、別の書き方を試す。

使ってはいけない方法があれば、使ったら何が起きるのか見てみる。

そこには非常に強い知的好奇心がある。

常識を壊すとは、何でも否定することではない。

いったん常識の外側に出てみることである。

外側から眺めたとき、それでも必要だと思えるものなら残せばよい。

しかし、ただ誰も疑わなかったから残っているだけなら、笑い飛ばしてしまってもよい。

筒井康隆は、その作業を文学の中で長く繰り返してきた。

だから彼の作品を読むと、ときどき居心地が悪くなる。

笑ってよいのか迷う。

これは本当に小説なのかと戸惑う。

作者にからかわれているような気さえする。

しかし、その戸惑いこそが筒井文学なのだろう。

読者が「これはこういうものだ」と安心した瞬間、その足元にある床板を一枚抜いてみる。

落ちた読者を見て、作者は少し笑っている。

そして読者も、仕方なく笑う。

床が最初からそこにあると思い込んでいた自分自身を。

筒井康隆が壊し続けてきた「常識」とは、結局のところ、社会の常識でも文学の常識でもないのかもしれない。

それは、私たち一人ひとりの頭の中にある、

「世界とは、こういうものだ」

という思い込みなのである。

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村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が発表されたのは1976年である。村上龍は当時24歳。この作品で第19回群像新人文学賞を受賞し、さらに第75回芥川龍之介賞を受賞した。デビュー作がそのまま芥川賞受賞作となり、大きな社会的反響を呼んだ作品である。

しかし、約半世紀が過ぎた現在、この作品をあらためて読む意味は、当時「若者のセックスやドラッグを赤裸々に描いた小説」として話題になったことだけにはない。

『限りなく透明に近いブルー』が変えたものは、日本文学が描くことのできる対象であり、若者の描き方であり、そして日本人が文学の中でアメリカを見る角度だったのではないか。

1976年、日本文学の中に突然現れた異質な風景

物語の舞台は米軍基地周辺である。そこに暮らす若者たちは、酒、ドラッグ、セックス、音楽などに囲まれながら日々を過ごしている。

重要なのは、それらが特別な事件として描かれていないことである。

何か重大な出来事が起こり、それによって主人公が成長するという、一般的な青春小説の構造とはかなり違う。若者たちは何かを目指しているわけでもなければ、社会を変えようとしているわけでもない。ただ目の前にある刺激の中を漂っている。

有隣堂の情報紙「有鄰」に掲載された芥川賞を論じる記事でも、この作品はでも、この作品は米軍基地を背景として薬物や性の世界に生きる若者を描き、それまでの純文学の枠には収まりにくい視覚性の強い文体によって、当時の空気を伝えた作品として位置づけられている。

ここに、この小説の最初の大きな転換がある。

若者を「未来を持つ存在」として描かなくても、小説は成立するのである。

「反抗する若者」から「空白を抱えた若者」へ

戦後文学にも、既成社会に反発する若者は何度も登場してきた。

しかし、反抗するということは、裏返せば反抗すべき対象を強く意識しているということである。親の世代、社会制度、道徳、政治体制など、何かに対して「否」と言うからこそ反抗が成立する。

『限りなく透明に近いブルー』の若者たちには、その構図が弱い。

彼らが社会に適応しているわけではない。しかし、社会を変革しようとしているようにも見えない。

ここには1960年代的な若者像とは違う感覚がある。

政治的な理想を掲げて社会と対立するのでもなく、高度経済成長の中で立身出世を目指すのでもない。豊かになったはずの社会の片隅で、刺激だけが大量に存在している。

その中で人間の内側が少しずつ空洞になっていく。

『限りなく透明に近いブルー』は、その空洞そのものを青春として描いた小説だったと考えることができる。

アメリカは「憧れ」ではなくなった

戦後日本の若者文化を考えるとき、アメリカの存在は非常に大きい。

音楽、映画、ファッション、自動車、オートバイ、雑誌。1950年代から1970年代にかけて、多くの若者にとってアメリカは豊かさや自由、新しい生活様式を象徴する存在でもあった。

しかし、『限りなく透明に近いブルー』に現れるアメリカは、それほど単純ではない。

ここにあるのは観念としてのアメリカではなく、米軍基地を通じて物理的に日本へ入り込んでいるアメリカである。

音楽がある。酒がある。ドラッグがある。外国人兵士がいる。若者たちは、その文化と直接接触している。

だからこそ、この小説のアメリカには明るい憧れだけではない、生々しさがある。

片岡義男の作品にもアメリカ文化は濃厚に存在する。しかし、片岡義男が描くアメリカが、オートバイや道路、音楽、男女関係などを通じて日本の日常とは少し違う自由な空間を想像させることが多いのに対し、村上龍の初期作品に現れるアメリカはもっと暴力的で身体的である。

同じ1970年代の日本からアメリカを見ていても、その距離感はかなり違う。

この違いを知ると、村上龍と片岡義男を同じ時代に読む面白さが見えてくる。

村上龍は「説明」を減らした

この作品を特徴づけているもう一つの要素が、文章の視覚性である。

登場人物が何を考えているのかを延々と説明するのではなく、身体、光、色、音、匂い、食べ物、昆虫、血液、部屋の中にある物などが次々と視界に入ってくる。

文章を読んでいるというより、カメラで撮影された映像を見せられているような感覚になることがある。

『限りなく透明に近いブルー』を論じた研究者の対談でも、主人公リュウは積極的に行動する人物というより「見る」側の人物として捉えられている。周囲で起きている出来事を観察し続け、自分自身さえ空虚な存在として認識していくという読み方である。

これは重要である。

作者が「この若者たちは間違っている」と説明するわけではない。

逆に「彼らこそ新しい時代の若者なのだ」と賛美するわけでもない。

そこにあるものを見せる。

読者は、その映像の意味を自分で考えなければならない。

この距離感が、『限りなく透明に近いブルー』を単なる風俗小説では終わらせなかった一つの理由だろう。

なぜタイトルは「ブルー」なのか

そして、この小説を単なる退廃的な若者の記録から少し違う場所へ引き上げているのが、タイトルである。

「限りなく透明に近いブルー」。

非常に美しい言葉である。

小説の中で描かれている世界の激しさや汚れとは、一見すると正反対に思える。

物語の終盤ではガラスの破片と「ブルー」が結びつき、主人公自身の空虚さとも重なっていく。この部分についても、作品論では主人公が自分を人形や空っぽな存在として捉えていることと、タイトルの「限りなく透明に近いブルー」が密接に関連していると論じられている。

透明とは、何もないということでもある。

しかし完全に透明なのではなく、わずかに青い。

そこにはまだ色が残っている。

もし、この小説を単なるドラッグやセックスの物語として読んでしまえば、このタイトルの美しさは説明できない。

むしろ作品全体を覆っているのは、刺激の強さとは反対側にある空虚さなのではないか。

激しいことが起き続けているのに、中心には何もない。

その奇妙な感覚を、「限りなく透明に近いブルー」という言葉ほど的確に表した題名はなかったように思える。

芥川賞そのものの見え方も変えた

この作品は文学史だけでなく、出版史の上でも大きな存在になった。

国立国会図書館は、芥川賞受賞を契機として作品がマスメディアに大きく取り上げられ、ベストセラーになった代表的な事例として、石原慎太郎の『太陽の季節』とともに『限りなく透明に近いブルー』を紹介している。

日本ペンクラブの電子文藝館に掲載された文章では、同作が130万部を超えたと紹介されている。

ここで興味深いのは、「純文学」と「若者文化」が大規模に接続したことである。

芥川賞作品は文学好きだけが読むものではなくなった。

若い作家が、若者の現実を、若者自身の感覚に近い文章で描き、それを大量の読者が読む。

文学が社会現象になる。

『限りなく透明に近いブルー』は、その一つの象徴になった。

「純文学らしさ」の境界を動かした

もちろん、一冊の小説だけが日本文学を変えた、と考えるのは正確ではない。

1970年代の文学はすでに大きく変化していたし、村上龍の翌年には村上春樹が『風の歌を聴け』を書き始め、1979年に群像新人文学賞を受賞することになる。

後に「二人の村上」と呼ばれる作家たちは、それぞれ全く異なる方法で、それまでの日本文学とは違う感覚を持ち込んだ。

有隣堂の情報紙「有鄰」に掲載された芥川賞を論じる記事でも、この作品はも、村上龍と村上春樹を、その後の現代文学の状況を変えていった存在として位置づけている。

だから『限りなく透明に近いブルー』を「この作品以前と以後で文学が完全に変わった」と評価する必要はない。

むしろ重要なのは、文学の境界線を動かしたことである。

こんな若者を主人公にしてもいい。

こんな生活を書いてもいい。

思想を語らなくてもいい。

登場人物を成長させなくてもいい。

作者が善悪を説明しなくてもいい。

音楽やドラッグやセックスや米軍基地といった、当時の若者が実際に接触していた文化そのものを純文学へ持ち込んでもいい。

その範囲を大きく広げた作品の一つが、『限りなく透明に近いブルー』だったのである。

半世紀後に読むと、むしろ「静かな小説」に見えてくる

1976年当時、この作品を読んだ人が最初に感じたのは、その刺激の強さだっただろう。

しかし現代から読むと、別の姿も見えてくる。

大量の刺激に囲まれながら、何を求めているのか分からない若者。

人とつながっているようで、深くはつながっていない人間関係。

外国文化や商品や音楽が身の回りにあふれているのに、自分自身が何者なのかは分からない。

これは1976年だけの問題なのだろうか。

スマートフォンを通じて膨大な映像、音楽、商品、情報、人間関係が流れ込み続ける現在の方が、むしろ理解しやすい部分さえある。

そう考えると、『限りなく透明に近いブルー』が残したものは、ドラッグや性を文学に持ち込んだという表面的な新しさではなかったことが分かる。

人間は刺激に満たされれば、満たされるのか。

自由になれば、自分自身を見つけることができるのか。

豊かな社会では、若者は何を求めればよいのか。

村上龍は、その問いに答えてはいない。

ただ、答えのない状態そのものを一冊の小説にした。

だから『限りなく透明に近いブルー』は、1976年のスキャンダラスなベストセラーとして終わらなかった。

この作品が変えたのは、文学の中で「何を書くことができるか」という境界だけではない。

何も見つけられない若者を、その何も見つけられない状態のまま描いても文学になる。

そのことを、日本の読者の前にはっきりと示した。

『限りなく透明に近いブルー』の本当の新しさは、おそらくそこにある。

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~日本文学でありながら、国境を越えて読まれる理由を考える~

日本の作家でありながら、世界の多くの国で名前を知られている作家がいる。村上春樹である。

村上春樹の作品は、現在では50を超える言語に翻訳され、アジア、ヨーロッパ、北米をはじめ、さまざまな地域で読まれている。日本で人気のある作家が外国語に翻訳されること自体は珍しくないが、村上春樹の場合は、単に「日本の有名作家が海外でも紹介されている」という段階を越えている。国によって読者層は異なり、作品の受け止め方も違う。それでも長く読み継がれ、新作が出れば世界各地で話題になる作家になっている。

なぜなのだろう。

日本文化への関心が高いからなのか。翻訳に恵まれたからなのか。文章が読みやすいからなのか。それとも、世界の読者が共感できる何かが作品の中にあるからなのか。

おそらく、そのどれか一つでは説明できない。

村上春樹の小説には、日本で書かれた文学でありながら、日本社会について詳しい知識を持たなくても作品の中へ入っていける特徴がある。その一方で、物語の中心には孤独や喪失、自分が自分であることへの違和感、他人との距離といった、人間が国籍に関係なく抱きうる感情が置かれている。

そして、そこには音楽があり、食事があり、仕事があり、恋愛があり、都市生活がある。極めて日常的な生活が続いていると思うと、そのすぐ隣に説明のつかない世界が開く。

この現実と非現実の混ざり方に、村上春樹が世界で読まれる理由の一つがあるのではないかと思う。

日本を説明しなくても読める日本文学

外国文学を読むとき、その国の歴史や宗教、社会制度についての知識がないために、作品へ入りにくいことがある。

私自身、高校生のころにフランス文学やロシア文学へ挑戦したことがあるが、作品そのものの難しさに加えて、そこに描かれている社会の仕組みや階級、宗教観、人物の複数の呼び名などが理解を難しくした。

その経験から考えると、村上春樹の小説には、外国人読者にとって比較的入りやすい部分があるように思う。

登場人物は音楽を聴く。食事を作る。コーヒーを飲む。本を読む。仕事をする。誰かからの電話を待つ。失われた人を思い出す。

もちろん舞台は日本であり、日本社会の中で人物は生活している。しかし、それらの日常は、日本にしか存在しないものではない。

ニューヨークでもロンドンでもパリでも、あるいは上海でもソウルでも、人は一人で食事をし、音楽を聴き、誰かを思い出す。

つまり、村上作品には、読者が自分の生活から物語へ入っていける入口がある。

外国文学を読むときに必要になることのある「まずその国を理解しなければならない」という壁が、比較的低いのである。

だからといって、村上春樹の文学が日本的でないということではない。

むしろ重要なのは、日本社会の中にいる人物を描きながら、そこに普遍的な生活感覚が存在していることではないだろうか。

西洋文化の影響だけでは説明できない

村上春樹については、しばしば「西洋的な作家」という評価がなされる。

実際、作品の中にはジャズやクラシック音楽、ロックなどが頻繁に登場する。外国文学への言及も多く、本人自身が英語圏文学から強い影響を受けてきたことも知られている。

しかし、「西洋的だから西洋でも読まれた」と考えるだけでは、説明としては不十分である。

もし外国文化を取り入れるだけで世界的な作家になれるのであれば、同じことをしている作家は世界中に数多く存在するはずだからである。

村上春樹の場合に興味深いのは、西洋文化を異物として描くのではなく、日本の日常生活の中へ自然に置いているところだと思う。

登場人物がジャズを聴いていても、それは外国文化を紹介するためではない。クラシック音楽について語っていても、教養を示すためだけに登場するわけではない。それらは人物の生活の一部として存在している。

考えてみれば、現在の私たちの生活そのものがそうである。

日本人がアメリカの音楽を聴き、ヨーロッパの映画を見て、外国製のコンピューターを使い、海外の情報に日常的に接する。

同時に、外国の人々も日本のアニメや小説に触れ、韓国の音楽を聴き、世界中の文化を混ぜながら生活している。

現代社会では、文化はすでに国境できれいに分かれてはいない。

村上春樹の小説は、そうした時代の生活感覚をかなり早い段階から文学の中に取り込んでいたのではないかと思う。

孤独は国境を越える

しかし、文化的に入りやすいというだけなら、村上作品がこれほど長く世界で読まれている理由にはならない。

もっと重要なのは、物語の中心に置かれている人間の問題である。

村上春樹の小説には、孤独な人物がしばしば登場する。

ただし、その孤独は社会から完全に排除された人間の孤独とは限らない。

仕事を持っている。住む場所もある。恋人や配偶者がいることもある。日常生活も送っている。それでも、どこか世界と完全にはつながっていない。

周囲と普通に会話をしながら、自分だけが少し別の場所にいるように感じる。

誰かを失った記憶が残っている。

過去の出来事から完全には離れられない。

自分は何者なのかと考える。

この感覚は、日本人だけのものではない。

むしろ、都市化が進み、人間関係が複雑になった現代社会では、多くの国の読者が理解できる感情ではないだろうか。

大勢の人に囲まれていても孤独を感じることがある。

SNS(Social Networking Service・インターネット上で人と交流し情報を発信するサービス)で多くの人と接続していても、心の距離が縮まるとは限らない。

社会が便利になれば、人間の孤独が自動的に消えるわけでもない。

むしろ、社会との接続が増えるほど、自分自身の内側にある孤独がはっきり見える場合もある。

村上春樹の小説には、そのような現代人の感覚が繰り返し現れる。

だから読者は、作品の舞台が日本であっても、自分自身の問題として読むことができるのだと思う。

日常のすぐ隣に、別の世界がある

村上春樹の小説を特徴づけるものの一つが、現実と非現実の境界の曖昧さである。

主人公は普通に生活している。

朝起きて、食事をし、音楽を聴き、仕事をする。

ところが、その日常の中に突然、説明のできない出来事が入り込んでくる。

現実には存在しないような場所へ行くこともある。夢と現実の境界が曖昧になり、不可解な人物と出会うこともある。

しかし、それらは完全なファンタジー世界として切り離されてはいない。

あくまでも現実の続きとして現れる。

昨日まで普通だった世界の床板が一枚外れ、その下に別の世界があることに気づくような感覚である。

この構造もまた、国境を越えやすい。

特定の宗教や神話について詳しい知識を持っていなくても、「今、自分が見ている世界だけが本当なのだろうか」という感覚は理解できるからである。

人間は現実の中で生きているが、頭の中では常に記憶や想像、夢と一緒に生きている。

過去に起きたことを現在の出来事のように思い出すこともある。

存在しない未来について不安になることもある。

現実だけで人間の内面を説明することはできない。

村上春樹の小説は、その内面を異世界や夢のような形にして見せているとも考えられる。

音楽が作品の中に流れている

村上春樹の作品について語るとき、音楽を無視することはできない。

ジャズ、クラシック、ロックなど、多くの音楽が作品の中に登場する。

興味深いのは、この音楽が世界の読者をつなぐ共通の記号になることである。

日本語の文章は、外国の読者が読むためには翻訳されなければならない。

しかし、作品の中に登場する音楽そのものは翻訳する必要がない。

日本の登場人物が聴いている曲を、アメリカの読者も知っているかもしれない。ヨーロッパの読者も同じ演奏家を聴いているかもしれない。

すると、日本語で書かれた小説の中に、読者がすでに知っている世界が現れる。

これは作品への距離をかなり縮める。

また、音楽は単なる固有名詞ではなく、作品の時間や感情を作る役割も持っている。

文章を読みながら、読者の頭の中では音が鳴る。

本来、文字だけで作られている小説の中に、音楽によるもう一つの層が生まれる。

この感覚も、村上作品の独特な読みやすさと世界性に関係しているように思う。

翻訳されても残りやすい文章

世界文学として広がるためには、当然ながら翻訳が必要になる。

村上春樹の作品が多くの言語で読まれているということは、作品そのものの魅力だけでなく、それを別の言語へ移した翻訳者の仕事があって初めて成立する。

ただ、それと同時に、村上春樹の文章には、他言語に移しても一定の骨格を保ちやすい特徴があるのではないかとも思う。

文章は比較的明確で、過度に古典的な日本語表現に依存していない。

難しい修辞を幾重にも重ねるというより、比較的平明な文章を積み上げながら独特のリズムを作る。

もちろん、日本語で読む場合と英語やフランス語で読む場合とが同じであるはずはない。

翻訳は必ず何かを変える。

しかし、孤独や喪失という主題、人物の会話、音楽、食事、都市生活、現実と異世界の境界といった作品の大きな構造は、言語が変わっても比較的残りやすい。

さらに、村上春樹自身が長く翻訳を行ってきた作家であることも興味深い。

自分の文章を書く一方で、別の言語で書かれた文学を日本語へ移す仕事を続けてきた。

一つの言葉を別の言葉に移すと何が残り、何が失われるのかを、作家自身が経験してきた。

それが自分の文章にも何らかの影響を与えていると考えるのは、不自然ではないだろう。

本当に「無国籍」なのか

村上春樹については、「無国籍的な文学」という表現が使われることがある。

確かに、世界中の読者が入りやすいという意味では理解できる。

しかし、完全に国籍のない文学というものが本当に存在するのだろうか。

村上春樹は日本語で書いている。

日本社会の中で生きてきた。

東京をはじめ日本の都市も作品に登場する。

日本の歴史や社会と関係する作品もある。

したがって、日本性がないから世界で読まれると考えるのは適切ではない。

むしろ、村上作品の特徴は、日本の中にいながら世界と接続しているところにあるのではないか。

その姿は、現在の日本人の生活そのものにも近い。

私たちは日本語で暮らし、日本の社会制度の中で生活している。しかし同時に、外国の音楽を聴き、海外の映画を見て、世界中の情報に接している。

完全に日本だけで閉じた生活でもなければ、国籍を失った生活でもない。

村上春樹の文学は、その中間にある現代人の感覚を早い時期から描いていたのだと思う。

説明されないことが残る

村上春樹の作品を読んでいると、最後まで説明されないことが残る。

なぜあの出来事が起きたのか。

あの人物は何を意味していたのか。

なぜあの場所へ行かなければならなかったのか。

すべてが論理的に整理され、読者に答えとして提示されるとは限らない。

この点は評価が分かれる。

余韻と考える読者もいる。

曖昧だと感じる読者もいる。

謎が残ることで作品について考え続ける人もいれば、結末がはっきりしないことに不満を持つ人もいる。

世界で読まれている作家だからといって、すべての読者が同じように高く評価しているわけではない。

これは当然のことである。

世界的人気と文学的評価は別であるし、販売部数と作品の完成度も同じではない。

村上作品には、同じような人物設定やモチーフが繰り返されるという批判もある。

孤独な人物、失われた誰か、音楽、料理、猫、井戸、地下空間、夢、別世界。

長く読み続けている読者から見れば、また同じ世界が現れたと感じることもあるだろう。

しかし、その反復そのものが「村上春樹らしさ」を作っているとも言える。

音楽家が新しい曲を作っても、その人の音だと分かるように、文学にも作者固有の世界がある。

数ページ読めば村上春樹だと分かる。

それほど明確な作家性を持つことは、世界中に固定読者を作るうえでも大きな力になる。

世界で読まれるのは、世界を書いているからではない

村上春樹が世界で読まれる理由を考えていくと、少し逆説的なことに気づく。

世界を説明しているから世界で読まれるのではない。

国際政治を書いているからでもない。

世界各地を舞台にするからでもない。

むしろ、一人の人間の内側を書いているから世界へ広がっているのではないかと思う。

誰かを失った記憶。

自分は何者なのかという問い。

他人と完全には理解し合えない感覚。

社会の中に居場所を持ちながら、どこか違和感が残ること。

過去から離れたつもりでも、突然その記憶が戻ってくること。

これらは国籍を問わない。

人間であることそのものに関係する。

文学が国境を越えるとき、本当に読者をつなぐものは異国情緒だけではない。

「この感覚は自分にも分かる」

という瞬間である。

日本人の登場人物が感じている孤独を、別の国の読者が自分自身の孤独として読む。

日本の都市で起きた物語が、外国の読者の人生と重なる。

そのとき小説は、日本文学でありながら日本だけのものではなくなる。

世界文学とは何なのか

村上春樹について考えていると、最後には「世界文学とは何か」という問いに行き着く。

世界文学とは、国籍を失った文学ではない。

どこの国のものでもなくなることでもない。

むしろ、一つの土地、一つの言語、一人の作家から生まれた物語が、別の土地にいる人間にも届くことなのではないだろうか。

村上春樹は日本語で書く。

翻訳者がそれを別の言語へ移す。

アメリカの読者が読む。

中国の読者が読む。

ヨーロッパの読者が読む。

しかし、それぞれの読者がまったく同じ村上春樹を読んでいるわけではない。

日本人には当たり前に見える場面が、外国の読者には強い日本性として感じられるかもしれない。

逆に、日本人には特別ではない音楽や生活の描写が、外国の読者にとって親近感を生むこともある。

同じ文章でも、読者の経験によって意味は変わる。

文学は、作者が一つの正解を世界へ配るものではない。

読者が自分自身の人生を持ち込むことで、一つの作品が何通りもの意味を持つ。

そこに文学が国境を越える本当の力があるのだと思う。

日本から世界へではなく、人間から人間へ

では、村上春樹はなぜ世界で読まれるのか。

日本文化への関心もあるだろう。

翻訳の力も大きい。

文章の読みやすさも関係している。

音楽や都市生活の描写が国境を越えやすいことも理由の一つである。

しかし、その中心にあるのは、人間の孤独と喪失、自分自身への違和感ではないだろうか。

誰かを失うこと。

誰かを求めること。

世界とうまくつながれないこと。

それでも日常を続けていくこと。

その感覚を、日本の作家が日本語で書き、それを別の国の読者が自分の問題として読む。

そのとき文学は、日本から外国へ輸出される商品というだけではなくなる。

一人の人間から、別の一人の人間へ言葉が届く。

それが翻訳文学なのだと思う。

村上春樹が世界で読まれているという事実は、文学というものが、国境や言語の違いを越えて人間の内側へ入っていくことができることを示している。

世界のどこかで、一人の読者が本を開く。

そこには日本で書かれた物語がある。

けれども読み進めるうちに、その人が見ているのは遠い日本だけではなくなる。

いつの間にか、自分自身の孤独や記憶や喪失を読んでいる。

おそらく、村上春樹が世界で読まれる最大の理由は、そこにあるのだと思う。

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