リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

昭和青春文化・作家再発見シリーズ

昭和青春文化・作家再発見シリーズ

 文学を読んでいると、ときどき奇妙なことが起こる。現実に出会えば距離を置きたくなるような人物なのに、小説の中ではなぜか目が離せなくなるのである。嘘をつき、男を翻弄し、自分の欲望を優先し、ときには他人の人生まで壊してしまう。それでも彼女が登場すると物語の空気が変わり、読者は次に何をするのか知りたくなる。一方で、誠実で、思いやりがあり、他人を傷つけようとしない女性は、現実ならば好ましい人物であるにもかかわらず、その「善良さ」だけでは必ずしも同じ強さで読者を引きつけない。

 もっとも、ここから「悪い女性の方が善良な女性より魅力的である」と結論づけるのは早い。心理学や物語研究でも、道徳的に曖昧な人物が善良な人物より必ず好かれるとは確認されていない。むしろ興味深いのは、好感度では劣っていても、物語への没入や緊張感、人物について考え続けさせる力では、善良な人物に匹敵し得るということである。つまり私たちは、必ずしも悪女を「好き」なのではない。それでも彼女から目を離せない。この「好きではないのに気になる」というねじれた感情こそ、文学の悪女を考える入口になる。

悪女が現れると、物語の均衡が崩れる

 小説にとって扱いの難しい人物の一つは、何も問題を起こさない人である。約束を守り、常識をわきまえ、他人に配慮し、自分の欲望を適度に抑える人物は、現実社会では信頼されやすいが、その性質だけでは物語上の摩擦を生みにくい。もちろん善良な人物を主人公とした名作は数え切れないほど存在するが、そうした人物が読者を強く引きつける場合、そこにはたいてい迷い、嫉妬、恐怖、弱さ、欲望、罪悪感といった、単純な「善良さ」では割り切れない何かが潜んでいる。

 それに対して、いわゆる悪女として描かれる人物は、登場した瞬間から既存の秩序を揺さぶることが多い。メリメの『カルメン』では、ホセはカルメンに惹かれ、やがて彼女への執着を深めながら、それまでの生活から大きく逸脱していく。ラクロの『危険な関係』では、メルトゥイユ侯爵夫人だけでなくヴァルモンもまた、恋愛や誘惑を策略の道具へ変え、社交界の人間関係そのものをゲームにしてしまう。ゾラの『ナナ』では、一人の女性をめぐる男たちの欲望と破滅が、個人的な恋愛の範囲を越え、第二帝政期の華美と腐敗、階級社会の虚飾まで照らし出していく。

 ここで重要なのは、彼女たちが単に「性格が悪いから面白い」のではないということである。彼女たちが動くと、それまで周囲の人物が隠していた嫉妬や所有欲や虚栄心まで動き始め、平穏に見えた社会の内部にあった亀裂が表面へ現れる。悪女は物語を一人で作るのではなく、周囲の人間に潜んでいたものを露出させる触媒として機能するのである。

「何をするか分からない」という人物に、読者はなぜ引きつけられるのか

 悪女が物語上で強く見える理由の一つに、行動の予測しにくさがある。善良であろうとする人物には、少なくとも一定の行動原理がある。困っている人がいれば助けようとするだろうし、愛する人を傷つければ苦しむだろうし、約束を破れば罪悪感を覚えるだろうという予想を、読者はある程度立てることができる。

 しかし道徳的な境界を簡単には守らない人物については、この予測が難しい。愛していると思った次の瞬間に相手を裏切るかもしれず、金銭のために行動しているように見えて突然感情に負けるかもしれない。相手を操っているように見えながら、実際には自分自身も嫉妬や恐怖や欲望に振り回されていることさえある。そのため読者は、「この人物は次にどうするのか」「本当は何を望んでいるのか」という問いを持ち続けることになる。

 物語研究でも、これから起こることについて未解決の問いが残されることは、読者の緊張感や物語への関与を生む一つの要因と考えられている。ただし、単純に「予測できなければ面白い」と考えるのも正確ではない。結末を知っていても物語を楽しめるように、読者を引きつけるものは不確実性だけではなく、人物への関心や感情移入、その結果にどのような意味があるのかという期待も含まれている。

 したがって悪女の魅力を、「何をするか分からないから面白い」と一つの原因だけで説明することはできない。むしろ予測不能性が、人物の矛盾や道徳的な曖昧さと結びついたとき、読者は彼女を完全には理解できない存在として追い続けることになる。その距離が、単純な好感とは違う種類の魅力へ変わるのである。

「悪い人物なのに面白い」という不思議

 ここで、文学における好感と魅力を分けて考える必要がある。現実では、嘘をつき、人を利用し、他人の生活を壊す人物は普通なら警戒される。ところが物語の中では、そのような人物が強烈な人気を持つことがある。

 心理学やメディア研究では、反英雄や道徳的に曖昧な人物について、読者や視聴者が行為そのものを正しいと判断していなくても、その人物に一時的に感情移入したり、物語の中だけでは通常より道徳的な非難を弱めたりすることがあると考えられている。これは、私たちが「悪いことをしているから好きになる」という意味ではない。むしろ、人間には道徳的評価とは別に、人物の複雑さや目的、危険性、能力、葛藤に関心を持つ回路があると考えた方が自然である。

 この点から見ると、「現実なら避けたい人物を、文学ではもっと見ていたい」という現象はそれほど矛盾していない。現実の人間関係では安全性や信頼性が重要だが、物語では安全すぎる人物より、何かを起こしそうな人物の方が重要な役割を持つことがある。現実で求められる人格と、物語で求められる人物の強さは、そもそも別の尺度で測られているのである。

悪女は「してはいけないこと」を可視化する

 悪女の魅力を考えるとき、もう一つ無視できないのが欲望である。ただし、「読者が抑圧している欲望を悪女が代わりに実行するから魅力的なのだ」と断定することはできない。そこまで単純な因果関係は実証されておらず、これは文学的・心理学的な一つの解釈として扱う方が妥当である。

 それでも文学の中では、現実には実行しにくい欲望を人物が可視化するという現象は確かにある。人は社会の中で生きている以上、自分の欲望をそのまま行動へ移すことはできない。嫌いな相手を傷つけたいと思っても実行するわけにはいかず、別の人生を生きたいと思っても仕事や家庭を簡単に捨てることはできない。恋愛感情が生まれても、相手や状況によっては諦めなければならない。

 ところが物語の中の悪女は、その境界線を越えることがある。欲しいものを欲しいと言い、退屈な生活を拒み、愛が冷めれば別の相手へ向かい、他人が自分に期待する役割そのものを拒絶する。読者は必ずしも同じ行動を望んでいるわけではない。それでも、自分が現実には越えない境界を誰かが越える場面には、恐怖と同時にある種の解放感が生まれる。

 文学は、現実に行動しなくても、人間がどこまで欲望に従うことができるのかを安全な距離から見せてくれる。その意味では悪女は、悪を勧める人物ではなく、人間の欲望が規範を越えたとき何が起こるのかを実験する人物でもある。

そもそも誰が彼女を「悪女」と呼んだのか

 ここまで悪女という言葉を使ってきたが、この呼び名そのものを疑う必要もある。文学史の中で「悪女」「危険な女」と見なされてきた女性は、犯罪や残虐行為を行った人物だけではない。性的に奔放であったり、夫や恋人の支配を拒んだり、家庭より自分の欲望を優先したり、男性社会が期待した女性像から外れたりしたことで、危険な存在として表象された女性も少なくない。

 とりわけ女性に従順さ、貞節、母性、献身が強く要求された社会では、それらから逸脱する女性は単なる一個人ではなく、社会秩序への脅威として描かれやすかった。女性が法律や道徳を破ったとき、行為そのものに加えて「女性らしさを破った」という二重の逸脱として受け止められる場合もあったのである。

 そう考えると、悪女は一つの固定した人格類型ではない。ある時代には「悪」とされた行動が、別の時代には自立や自己決定として読み直されることもある。古い文学を現代の読者が読むと、当時は危険でわがままな女性として描かれた人物が、むしろ自分の人生を自分で選ぼうとしている女性に見えることがあるが、これは人物が変わったのではなく、彼女を見る社会の物差しが変わったのである。

 ただし、「悪女」という人物像をすべて特定の時代の女性差別だけで説明するのも単純すぎる。魅力的であると同時に危険な女性という物語は、西欧近代文学だけではなく、さまざまな社会の伝承や物語に繰り返し現れてきたことが指摘されている。そこには女性に対する社会規範だけでなく、人間が恋愛相手の魅力と危険性、信頼と疑念をどう判断するかという、より普遍的な問題も重なっている可能性がある。

 悪女という像は、一つの原因から生まれたのではない。社会が女性に求める役割、男女の欲望と警戒、時代ごとの道徳、物語が必要とする葛藤が重なった場所に現れる人物なのである。

男は本当に「悪女のせい」で破滅するのか

 悪女をめぐる物語には、女性そのものよりも、彼女に魅了されて破滅していく男性の方が重要な意味を持っている作品が少なくない。そこではしばしば、「男は危険な女に人生を狂わされた」という物語が語られる。

 しかし、本当に彼女だけが男を破滅させたのだろうか。

 『カルメン』のホセを考えてみても、彼を破滅へ導くものはカルメンの存在だけではない。彼自身の執着、嫉妬、所有欲、そして彼女を自分の思い通りにしたいという欲望が、状況を次第に取り返しのつかないものへ変えていく。『ナナ』でも、ナナに群がる男たちは何も知らない善人として一方的に犠牲になるわけではなく、彼ら自身の虚栄や欲望や階級意識を抱えて彼女へ近づいている。

 そう考えると、悪女は男の中に新しい欲望を植え付ける存在というより、すでにそこにあった欲望を露出させる存在として読むことができる。彼女は破滅の原因であると同時に、周囲の人物がもともと抱えていたものを映し出す鏡でもある。

 ここで物語の責任関係は急に曖昧になる。「彼女のせいで人生を狂わせた」と考えていたはずなのに、「彼は彼女を愛したのか、それとも所有したかったのか」「彼女に騙されたのか、それとも自分の欲望に騙されたのか」という別の問いが立ち上がってくる。

 文学の面白さは、善人と悪人を分類して判決を下すことだけにはない。誰かを悪人だと思って読み始めたはずなのに、物語が進むにつれて別の人物の方が怪しく見え、最後には最初の判断そのものを疑わされる。その価値判断の揺れこそ、悪女文学が持つ大きな力の一つである。

善良な女性が退屈なのではない

 ここまで読むと、「結局、小説では善良な女性より悪い女性の方が面白いのか」と思うかもしれない。しかし、問題は善悪そのものではない。

 善良な人物であっても、自分の幸福と他人の幸福が衝突し、正しいことをしようとするほど別の誰かを傷つけ、愛と義務の間で迷い、自分自身の弱さに苦しむなら、その人物は十分に複雑で魅力的になる。反対に、どれほど残酷で奔放な悪女でも、ただ人を騙し、誘惑し、破壊し続けるだけなら、人物はやがて単調になる。

 文学が強く必要としているのは、悪そのものというより矛盾である。

 愛しているのに裏切る。自由を求めながら誰かを束縛する。金を欲しがりながら金では満たされない。誰にも支配されたくないと言いながら、誰かに愛されることを必要としている。人間は一つの原理だけでは動かない。その矛盾が人物の内部で衝突したとき、登場人物は善人や悪人という分類を越えて、生きた人間として読者の前に現れる。

 悪女は、この矛盾を露骨な形で背負わされやすい人物である。だから彼女は強く見えるのであって、悪いから魅力的なのではない。

悪女の魅力は、一つの原因では説明できない

 科学的に考えるなら、悪女の魅力を一つの原因から説明することは難しい。人物の予測不能性、道徳的な曖昧さ、内面的な葛藤、社会規範からの逸脱、物語の中で占める重要性、読者がその人物へどの程度感情移入するか、さらに読者自身が曖昧な人物を好むかどうかまで、複数の要因が重なって人物への関心が作られると考える方が合理的である。

 同じ悪女を読んでも、ある人は自由な女性として見るかもしれず、別の人は自己中心的な人物として嫌悪するかもしれない。ある読者には魅力的な危険人物に見え、別の読者には単なる加害者にしか見えないこともある。作品の中に一つの「魅力度」が固定されているわけではなく、人物の性質と物語の構造、さらに読者の価値観や経験が組み合わさって評価が生まれるのである。

 したがって、「悪女だから魅力的」という一本の矢印ではなく、「逸脱、葛藤、予測不能性、道徳的曖昧さ」と「読者側の心理」が交差した結果として、悪女への関心が生まれると考えた方が現実に近い。

読者が見ているのは「悪」ではなく自由なのかもしれない

 文学の悪女について考えていくと、最後には善悪とは少し違う場所へたどり着く。私たちが彼女の中に見ているものは、悪そのものではなく、社会が許してくれない自由の姿なのかもしれない。

 自分の欲望を認めること、他人の期待通りに生きないこと、与えられた役割を拒むこと、嫌われる可能性を引き受けながら自分で選択することは、どの時代でも簡単ではない。悪女として描かれる人物は、ときにその自由を極端な形で体現する。しかし自由であることと善良であることは同じではないから、その選択によって他人を傷つけ、自分自身も傷つき、物語の最後には孤独や破滅へ向かうこともある。

 古い文学では、そうした破滅が「秩序を乱した女性への罰」のように見える場合もある。しかし別の読み方をすれば、それは社会の規範から外れて生きようとした人間が支払わされた代償とも見える。この二つの解釈の間で読者の判断が揺れるからこそ、悪女は簡単には古びない。

 私たちは彼女を嫌悪しながら惹かれ、批判しながら次の行動を待ち、ときには最後まで理解できないまま読み終える。近づきたくはないのに、物語から消えてほしくもない。もし彼女がいなくなれば、世界が急に静かになり、何か重要なものまで失われてしまうような気がする。

 おそらく文学における魅力とは、好感度のことではない。善良な人物には「幸せになってほしい」と思うことができるが、悪女と呼ばれる人物に対して私たちが抱く感情は、それほど簡単ではない。恐れ、嫌悪、好奇心、欲望、共感、反発が同時に存在し、そのどれか一つへ整理できないからこそ、彼女は記憶に残る。

 そしてページを閉じたあとに残る本当の問いは、「あの女は悪かったのか」ではないのかもしれない。

 むしろ、「なぜ自分は、あの人物から目を離せなかったのか」。

 文学は悪女を裁くためだけに存在しているのではない。悪女を観察しているつもりだった読者自身を、いつの間にか観察される側へ移してしまう。善良な人物より悪女が魅力的なのではなく、私たちは善悪だけでは説明できない人間に強く惹かれることがある。そのことを最も鮮やかに見せてくれる存在の一つが、文学の「悪女」なのである。

著者の関連ブログ

地域分析や暮らし、経済に関する情報をまとめています。

九条レオンの地域分析ブログ

 書店に入ると、棚にたどり着く前に、本のほうからこちらへ近づいてくる。入口の正面や通路沿いの平台には、表紙を上に向けた本が何冊も重ねられ、帯には「話題作」「累計○万部」「映像化決定」「いま最も読まれている」といった言葉が並んでいる。私たちはそれらを眺めながら、ほとんど無意識のうちに「この本は売れているのだろう」と判断するが、その一冊を手に取ったところで少し意地の悪い問いを立ててみると、書店という場所の見え方は急に変わってくる。

 その本は、本当に売れているから平積みされているのだろうか。それとも、平積みされているから売れているのだろうか。

 前者なら平積みは人気の「結果」であり、後者なら人気を生み出す「原因」である。ところが現実の書店では、この二つをきれいに分けることができない。売れているから良い場所へ移される本がある一方で、売れそうだと期待されて良い場所を与えられ、その結果として売上を伸ばす本もあるからである。そして売上が伸びれば、その本はさらに目立つ場所に置かれやすくなる。人気が陳列を呼び、陳列が人気を増やし、その人気が再び陳列を正当化するという円環が、書店の平台の上では静かに回っている。

 だから平積みとは、売れている本を映す鏡であると同時に、そこに映った人気を少し大きくして返す鏡でもある。

棚の本と平台の本は、本当に同じ商品なのか

 もちろん、本そのものは何も変わらない。棚に一冊だけ差してあっても、入口に二十冊積まれていても、文章も著者も価格も同じである。それなのに読者から見た商品の意味は、置かれる場所によってかなり変化する。

 背表紙しか見えない棚の本には、読者の側から近づかなければならない。著者名を知っている、題名を覚えている、その分野の棚を見るという目的がある、といった何らかの動機が必要になる。それに対して平積みの本は、こちらが探していなくても視界に入ってくる。表紙も題名も帯の言葉も一度に見え、その瞬間、それまで存在すら知らなかった一冊が突然「買うかもしれない本」の候補に入る。

 ここには、本を選ぶ行為を考えるうえで重要な問題が潜んでいる。私たちは何万冊もの本から自由に選んでいるように思っているが、実際には、一度も認識しなかった本を選ぶことはできない。巨大な書店に十万冊が並んでいたとしても、一人の客がその日に視界へ入れる本はごく一部であり、購買以前にまず「候補として認識される競争」が存在しているのである。

 小売店舗を対象にした研究でも、商品の位置や視認性が選択に影響することは繰り返し確認されてきた。目につきやすい場所へ移した商品では購買行動が変化することがあり、単に商品数を増やす以上に、「どこに置くか」が重要になる場合もある。本についても、図書館で棚の高さと本の利用状況を調べた研究では、利用者の目線に近い本ほど手に取られやすく、低い位置に置かれた本は利用されにくい傾向が確認されている。

 書店での購入と図書館での閲覧は同じ行動ではないため、その結果をそのまま販売数へ置き換えることはできない。それでも、人間が棚にあるすべての対象を均等な確率で認識しているわけではないという点については、かなり自然な説明ができる。

 そう考えると、平積みにされた本は単に目立っているのではない。数万冊のなかから、「少なくとも一度、この本について考えてみませんか」と店の空間によって指名された本なのである。

二十冊積まれていること自体が、ひとつの情報になる

 さらに平積みには、表紙が見えるという以上の効果がある。同じ本が十冊、二十冊と重なっている光景そのものが、読者に情報を与えるからである。

 一冊だけ棚に差してある本を見ても、それが売れている本なのか、たまたま一冊だけ残っているのか、あるいはほとんど動いていない本なのかは分からない。しかし平台に山ができていれば、少なくともその書店が一定の販売を見込んで仕入れていることは伝わってくる。その量が、「この本には何か理由があるらしい」という無言の合図になる。

 人間は、他人の行動から判断の手掛かりを得る。初めて入る飲食店で、誰も客がいない店より何人か客が入っている店に安心することがあるように、本を選ぶときにも「多くの人が読んでいるらしい」という情報は無視できない。ただし、ここで慎重にならなければならないのは、平積みの量そのものが必ずしも実際の人気を正確に表しているとは限らないことである。大量に積んであるのは、すでによく売れたからかもしれないし、出版社や書店がこれから売れると予測して大量に仕入れたからかもしれない。

 読者には、その違いはほとんど見えない。

 その曖昧さこそが、平積みのおもしろさでもある。現在の人気と未来への期待が、同じ本の山のなかに混ざっているのである。

書店は過去の売上ではなく、未来の売上も並べている

 書店が、過去の販売実績だけを見て本を並べているのだとすれば話は簡単である。しかし発売されたばかりの新刊には、そもそも十分な販売実績が存在しない。それでも発売日に何十冊も積まれる本はある。

 著名な作家の新作、文学賞候補として注目されそうな作品、映画やテレビドラマの原作、新聞やテレビで紹介された本、その店の客層なら動きそうだと書店員が判断した本など、平台には「すでに売れた本」だけでなく「これから売れると予想された本」も置かれている。

 ここで書店は、少し奇妙な立場に立つことになる。未来を予測しているだけなのに、その予測に基づいて陳列を変えることで、未来の売上そのものに影響を与えられるからである。

 天気予報で「明日は晴れる」と言ったからといって空が晴れるわけではない。しかし書店が「この本は売れそうだ」と判断して入口に置けば、少なくともその本が客の目に触れる機会は増える。目に触れる機会が増えれば、手に取る人も増える可能性があり、そのなかの一定割合が購入すれば、結果として販売数も増える可能性が高くなる。

 つまり書店の予測は、純粋な予測ではない。結果へ少しだけ働きかける予測なのである。

数字にすると、平積みの意味が見えてくる

 この仕組みは、非常に単純化すると数理的にも説明できる。

 ある本の販売数は、大まかには「その本を買う可能性のある客の数」「その本に気づく確率」「手に取る確率」「手に取ったあと購入する確率」の積み重ねとして考えることができる。

 仮に一日に千人が書店を訪れ、その本が通常の棚では客の二割にしか認識されず、そのうち一割が手に取り、手に取った人の二割が買うとする。この仮定なら、一日に売れる冊数の期待値は四冊程度になる。

 ところが入口の平台へ移したことで、その本に気づく人が二割から五割へ増えたとすれば、手に取る割合も購入する割合も変わらなくても、期待される販売数は十冊になる。ここで使った数字は説明のための仮定にすぎず、実際の書店の数値を示しているわけではないが、重要なのは、内容や価格を一切変えなくても「認識される確率」が変化するだけで期待売上が変わり得るという構造である。

 さらに書店が、今週よく売れた本を来週も目立つ場所へ残すと考えると、売上は次の陳列に影響し、その陳列が次の売上へ影響する。そこにランキング、口コミ、新聞紹介、映像化、読者による投稿などが加われば、販売数が露出を生み、露出がさらに販売数を生むという正のフィードバックが形成される。

 最初はほんの小さな差だったものが、何度も循環するうちに大きな差へ育つ可能性があるのである。

本当に「売れているから売れる」ということは起きるのか

 この現象に近いものは、文化商品の研究でも確認されている。

 音楽を使った大規模な実験では、参加者に無名の楽曲を選ばせ、一方の集団には他の人が何回その曲を選んだかという人気情報を見せ、もう一方には見せないという比較が行われた。その結果、人気情報が見える環境では、特定の曲へ人気が集中しやすくなり、最終的なヒットのばらつきも大きくなった。

 さらに興味深いのは、人気情報を意図的に操作して、本来はそれほど人気のない曲を上位に見せた実験である。すると一部では、その「見せかけの人気」が実際の選択を呼び、やがて本当に人気になる現象が観察された。ただし、どんな作品でも宣伝だけで成功させられるわけではなく、作品そのものの魅力が低ければ効果には限界がある。

 この結果は、本の平積みについて非常に重要な示唆を与える。

 「良い場所へ置けば、どんな本でもベストセラーになる」と考えるのは間違いである。しかし「同じ程度の魅力を持った本でも、最初の露出や人気情報の違いによって、その後の売れ方が変わる可能性がある」と考えるのは十分に合理的である。

 つまり作品の力と売り方は、どちらか一方だけが重要なのではない。作品の力が読者を引きつけ、露出が作品と読者を出会わせ、その結果として生まれた人気が次の読者を呼び込むのである。

ベストセラーランキングも、単なる成績表ではない

 平積みと同じようなことは、ベストセラーランキングにも起こる。

 本来、ランキングは過去の販売結果を集計した成績表である。しかし「今週よく売れた本」という情報を来週の客が見ると、ランキングは過去を記録するだけではなく、未来の購買行動にも影響する。

 書籍のベストセラーランキングについて因果関係を調べた研究でも、単に売れている本がランキング入りするというだけではなく、ランキングに掲載されること自体が、その後の売上を一定程度押し上げる効果が確認されている。とりわけ、それまで読者に広く知られていなかった作家では効果が大きく、すでに著名な作家では比較的小さい傾向が示されている。

 ここには非常に分かりやすい理由がある。誰もが知っている作家の新刊なら、ランキングを見なくても買う人は多い。しかし名前を知られていない作家にとって、「ベストセラーに入った」という情報は読者がその本を見る理由そのものになり得る。

 結果を示す数字が、次の結果を生み出すのである。

 この意味で、ベストセラーという言葉には不思議な二重性がある。それは「売れた本」という過去形であると同時に、「みんなが読んでいるのだから読んでみよう」という未来への誘惑でもある。

それでも「平積みにすれば売れる」と単純化してはいけない

 ここまで読むと、平積みされた本と売上には強い関係があるように見える。しかし、ここに統計の罠がある。

 仮に調査をして、平積みの本が平均百冊売れ、棚に差してある本が平均二十冊しか売れていなかったとしても、「平積みにすると売上が五倍になる」と結論づけることはできない。

 なぜなら、最初から売れる可能性の高い本ほど平積みに選ばれているからである。

 有名作家の新刊、映画化作品、受賞作、広告量の多い作品、発売前から予約の多かった作品と、ほとんど知られていない本を比べれば、もともとの販売力が違う。その差を無視して「平積みだから売れた」と考えると、原因と結果を取り違えることになる。

 この問題は、因果関係を考えるときに非常に重要である。

 売れたから平積みされたのか、平積みにされたから売れたのか。

 実際には、おそらく両方が起きている。

 研究で厳密に調べるなら、似た条件の本を無作為に平積みと通常棚へ振り分け、価格、在庫数、宣伝量、店舗、販売期間などをなるべく同じにして比較する必要がある。現実の書店でこのような実験を大規模に行うことは容易ではないため、平積みそのものの効果を一つの数字で示すことは難しい。

 したがって科学的に最も慎重な言い方をすれば、平積みは「売上を必ず増やす装置」ではなく、「本が認識される機会を増やし、条件によっては購入確率を押し上げる可能性のある装置」ということになる。

 文学的な響きは少し弱くなるが、現実はこちらのほうがおもしろい。書店には一方向の単純な因果関係ではなく、複数の原因が絡み合う世界が広がっているからである。

一冊の成功は、なぜ次の成功を呼ぶのか

 本が売れ始める過程を追っていくと、その複雑さはさらによく分かる。

 ある読者が一冊の本を買う。その本を別の人に薦める。書店員が売れ方に気づく。平台へ移される。表紙を見る人が増える。販売数が伸びる。ランキングに入る。ランキングに入ったという事実が記事になる。別の書店も目立つ場所へ置く。

 こうして、最初は小さかった動きが次の動きを呼び込み、やがて誰の目にも見える「ヒット」へ変わることがある。

 ここまで来ると、「本当に良い作品だったから売れた」という説明だけでは足りないことが分かる。しかし逆に、「宣伝がうまかったから売れただけ」と片づけるのも同じくらい雑である。

 作品に魅力がなければ、たとえ一度は目立つ場所へ置かれても、読者の評価が続かないことはある。一方で、どれほど優れた作品でも、存在を知られなければ読者と出会うことができない。

 作品の価値と露出の効果は敵同士ではない。むしろ、この二つが出会ったときに初めてヒットが生まれる可能性が高くなる。

平積みから消えたとき、本は価値を失ったのか

 書店で本を見ていると、昨日まで入口に二十冊積まれていた本が、数週間後には棚に一冊だけ差し込まれていることがある。その姿を見ると、作品の価値まで下がったような奇妙な錯覚を覚える。

 しかし本の中身は一文字も変わっていない。

 変わったのは、本の周囲にある環境である。

 新刊だった本が既刊になり、新しい新刊が入ってくる。社会的な話題だった本が日常へ戻り、ニュースだった作品が一冊の本へ戻る。平台から棚へ移された瞬間、その本は初めて「目立たせてもらわなくても見つけてもらえるか」という別の競争に入る。

 ここに出版の世界の残酷さと面白さがある。

 発売直後にはほとんど注目されなかった作品が、何年もたってから突然発見されることがある一方で、大ベストセラーだった本が数年後には店頭から消えていることもある。売上の速さと作品の寿命は、同じ時計では動いていない。

 文学にとって、このずれはむしろ重要なのかもしれない。

 その年に何十万冊売れた本が百年後にも読まれているとは限らず、発売時にはほとんど売れなかった本が後世の古典になることもある。市場は「いま何を読む人が多いか」を測ることはできても、「何が長く読むに値するか」を完全には決められない。

平台に並んでいるのは、本だけではない

 それでは最初の問いに戻ろう。

 書店の平積みは「売れている本」を並べているのか。それとも「売れる本」を作っているのか。

 答えは、どちらか一方ではない。

 売れているから積まれる本があり、売れそうだから積まれる本があり、積まれたことでさらに売れる本がある。そして、その売上が次の陳列を呼び、ランキングや口コミがその循環をさらに強くする。

 原因と結果は一本道ではなく、輪になってつながっている。

 しかも、その輪を回しているのは書店だけではない。出版社の営業も、書店員の判断も、新聞やテレビの記事も、読者の口コミも、そして昨日一冊の本を買った名も知らない誰かも、少しずつ次の日の平台を作っている。

 そう考えると、平台に積まれているのは本だけではない。

 出版社の期待があり、書店の予測があり、読者の選択があり、その時代の関心がある。

 書店の入口に積まれた二十冊の本は、単なる在庫の山ではなく、「いま、この本が読まれるかもしれない」という多くの人間の予測が、一時的に形になったものなのである。

私たちは本を選んでいるのか、それとも選ばれた本から選んでいるのか

 私たちは書店で本を選ぶとき、自分の意思で選んでいると思っている。それは間違いではない。しかし、その自由は何もない空間で働いているわけではない。

 入口には入口に置かれた本があり、目線の高さには目線の高さへ置かれた本があり、ランキングにはランキング入りした本がある。私たちは、その環境のなかで選択している。

 だからといって、読者が書店に操られているという話でもない。

 平台の本を手に取ってもいいし、無視して棚の奥へ進んでもいい。ベストセラーを読むこともできれば、誰も話題にしていない一冊を見つけることもできる。重要なのは、自分の選択の前に、すでに誰かの選択が存在していると知ることなのだろう。

 次に書店へ行ったとき、入口に積まれた本を見ながら、ほんの一瞬だけ考えてみてもいい。

 「私はこの本を選んだのだろうか。それとも、この本が私の目に入るところまで、誰かが先に選んでいたのだろうか。」

 そして、おそらく答えはその両方である。

 書店とは、本を売る場所であると同時に、出版社、書店員、読者、メディア、そして偶然が互いに働きかけながら、「一冊の本と一人の人間が出会う確率」を絶えず変化させている場所なのだ。

 平積みは、売上を測る温度計でありながら、その温度をわずかに変えてしまう暖房器具でもある。そのことに気づいたとき、いつも見慣れた書店の平台は、単なる商品の山ではなく、人気が生まれ、増幅され、ときには消えていく瞬間を目の前で見せてくれる、小さな文化市場の実験場に見えてくるのである。

著者の関連ブログ

地域分析や暮らし、経済に関する情報をまとめています。

九条レオンの地域分析ブログ

 孤独という言葉には、あまりよい響きがない。孤独死、孤立、ひきこもり、社会からの断絶といった言葉がその周囲に並び、できることなら避けるべき状態として語られることが多い。友人が多く、家族との関係が良好で、誰かと食事をし、休日にも予定がある人を見ると、私たちはそこに幸福の姿を重ねる。その反対に、一人で過ごす時間の長い人を見ると、何か問題があるのではないかと考えてしまう。

 しかし、三木清の『人生論ノート』を読むと、こうした単純な図式が崩れてくる。三木は孤独を、一人でいることそのものとは考えなかった。「孤独は山になく、街にある。」というよく知られた言葉が、その考えを象徴している。誰もいない山奥より、人々が行き交う街の方に孤独があるというのだから、常識とは反対である。

 けれども、少し自分の経験を振り返れば、この言葉はそれほど奇妙ではない。誰もいない部屋で本を読んでいる時より、大勢の人が楽しそうに話している席で、自分だけがそこに入れないと感じた時の方が孤独は強いことがある。職場で毎日何人もの人と話していても、自分の言葉が誰にも届かないと感じることはあるし、家族と暮らしていてさえ、自分だけが別の世界にいるように思える瞬間もある。人間の数が増えれば孤独が減るというほど、人の心は単純にはできていない。

 三木が見ていたのも、まさにこの奇妙な構造だった。彼は孤独を「独居」と区別し、一人で暮らすことを孤独そのものとはしなかった。むしろ孤独とは、人と人との間に生じるものだと考える。孤独が一人の人間の内部だけにあるのではなく、人間同士の関係の中に現れるとすれば、友人の数を増やすだけでは解決できない孤独があることになる。

一人になることで、孤独から離れることもある

 私たちは日常語では「一人でいる」と「孤独である」をほとんど同じ意味で使うが、この二つを分けてみると景色が変わる。人付き合いに疲れた日に一人で散歩すると、不思議に気持ちが落ち着くことがある。休日を誰とも会わず、本を読み、音楽を聴き、何も話さず過ごしたことで、むしろ心が回復する場合さえある。

 これは一人になったから孤独になったのではない。反対に、人間関係の中で感じていた孤独から、一時的に離れられたと考えることもできる。

 現代の心理学でも、ここには重要な区別がある。社会的孤立とは、人との接触や関係が客観的に少ない状態を指すのに対し、孤独感とは、自分が望んでいる人間関係と実際の人間関係との間に隔たりがあると感じる主観的な経験である。一人暮らしだから必ず孤独になるわけではなく、家族や友人に囲まれているから孤独ではないとも限らない。

 もちろん、三木が『人生論ノート』で論じている「孤独」と、現代心理学が測定する孤独感は同じ概念ではない。三木が考えていたのは、健康指標として測られる孤独というより、人間が他者や世界とどのように関わるかという哲学的な問題である。それでも、「一人でいること」と「孤独であること」を単純に同一視しない点では、八十年以上前の三木の考察と現代の研究は、不思議なほど近いところに立っている。

人とつながれば、孤独はなくなるのか

 三木の時代と比べれば、現代人ははるかに簡単に他人とつながることができる。遠く離れた友人とも瞬時に連絡が取れ、見知らぬ人の生活まで画面越しに知ることができる。人間同士を隔てていた物理的な距離は、確かに小さくなった。

 しかし、つながる手段が増えたからといって、孤独が同じ割合で減ったわけではない。これは、交流の回数と人間関係の充足感が別のものだからである。

 誰かが旅行していることを知り、誰かが仕事で成功したことを知り、誰かが家族と楽しそうに過ごしていることを知る。そうした情報は人との距離を縮めることもあるが、ときには自分と他人との違いを意識させることもある。ただし、ここで「インターネットや交流サイトが孤独を生み出す」と単純化するのは正確ではない。現代の研究でも、デジタルな交流そのものが孤独の直接原因だとは一概に言えず、どのような使い方をしているか、対面での交流を置き換えているかなどによって結果は異なると考えられている。

 三木の言葉を現代に置き換えて言うなら、「街」はもはや道路や建物だけでできているのではないのかもしれない。人々の言葉や生活が絶え間なく流れてくる画面の中にも街があり、そこでも私たちは他人と出会い、ときにはその出会いの中で孤独を感じる。

孤独には、どこか人を惹きつけるものがある

 三木の孤独論が興味深いのは、孤独を単なる苦痛として扱っていないことである。彼は孤独には「美的な誘惑」があると書いている。

 確かに孤独という言葉には、どこか文学的な美しさがある。夕暮れの海岸を一人で歩く人、深夜の書斎で本を読む人、大勢に理解されなくても自分の考えを守り続ける人。文学や映画は昔から、こうした孤独な人物を魅力的に描いてきた。集団から少し距離を置いている人物は、周囲に流されない独立した人間のように見える。

 そこには危うさもある。「誰にも自分は理解されない」という思いは苦しいが、同時に、自分は普通の人とは違うという感覚を与えることもある。孤独に傷つきながら、その孤独を自分自身の物語として愛してしまうことがあるのである。

 三木が「美的な誘惑」と呼んだものを現代の言葉に置き換えるなら、孤独そのものよりも「孤独な自分」に魅力を感じてしまう心理に近いのかもしれない。

 しかし三木は、そこで止まらない。孤独を味わうことから、その倫理的な意味へ進まなければならないと考える。孤独を美しいものとして眺め続けるだけなら、それは自己陶酔になる。大切なのは、孤独な自分をどのように見せるかではなく、その孤独から何を考え、何をするかということである。

なぜ孤独は「知性」に属するのか

 さらに三木は、現代人から見るといっそう奇妙に聞こえることを書く。孤独は感情ではなく、知性に属するものでなければならないというのである。

 普通に考えれば、孤独ほど感情的な経験はない。寂しさ、取り残された感じ、自分が誰からも必要とされていないような感覚。それらはいずれも感情として経験される。それなのに、なぜ三木は知性と言うのだろうか。

 ここで注意したいのは、三木のいう知性を、単なる論理的思考能力や冷静な自己分析と同じものとして読むべきではないことである。彼のいう知性は、自分自身だけでなく、他者や世界との関係を客観的に捉えようとする働きまで含んでいる。

 「私は寂しい」「私は理解されない」という思いの中にとどまっている限り、意識の中心にはいつも自分がいる。しかし、その経験から少し距離を取り、なぜ自分はこのような孤独を感じているのか、自分は他人に何を求めているのか、自分と他人との間にはどのような隔たりがあるのかと考え始めた時、孤独は単なる感情ではなくなる。

 孤独が世界を見るための場所に変わるのである。

 ここに三木が孤独を「知性」に結びつけた意味の一つを見ることができる。ただ悲しむだけではなく、その悲しみを通して自分と世界の関係を考える。孤独を感情として味わうことから、孤独について考えることへ移る。その時、人は少なくとも孤独に完全に支配されてはいない。

孤独を超えるところに「表現」がある

 三木の孤独論は、孤独とは何かを説明して終わらない。そこからどう進むかという問題へ向かっていく。

 その鍵になるのが「表現」である。

 三木は、人間が孤独を超えることのできる場所を、自己の表現活動の中に見ようとした。表現と聞けば、文章を書くことや絵を描くことを思い浮かべるが、この言葉を三木の思想全体に沿って広く捉えるなら、自分の内側にあるものを何らかの形で世界に差し出す行為と考えることもできる。

 人は孤独になると、「誰も自分を理解してくれない」と考えやすい。しかし、その問いを反対向きにしてみることもできる。誰かが自分を理解してくれることだけを待つのではなく、自分は世界に向かって何を表そうとしているのか、と考えるのである。

 文章を書くことでもよい。誰かと話すことでもよい。仕事をすることや、誰かのために何かを作ることも、広い意味では自分と世界との関係を形にする行為になり得る。ただし、これは三木が料理や仕事を具体例として挙げているという意味ではない。彼のいう「表現」を現代の日常生活まで広げて考えれば、そのような理解も可能だということである。

 表現したからといって、必ず理解されるとは限らない。文章を書いても読まれないことがあり、話しても伝わらないことがある。それでも、自分から世界へ何かを差し出す方向が生まれれば、孤独は完全に閉じた空間ではなくなる。

 孤独の中で自分自身だけを眺め続けていた人が、もう一度世界の方を向く。その転換を、三木は表現という言葉によって考えようとしたのではないだろうか。

孤独と愛は、本当に反対なのか

 ここで三木の孤独論は、さらに意外な場所へ進む。

 普通なら、孤独の反対は愛だと考える。愛してくれる人がいるから孤独ではない。家族や友人との関係があるから、人は孤独から救われる。そのように考えるのが自然である。

 ところが三木は、「孤独は最も深い愛に根差している」と書く。

 これは「孤独を深く経験すれば、その先に愛が待っている」という単純な意味ではない。むしろ、愛と孤独が最初から深いところで結びついているという考えである。

 人は、どうでもよい相手から理解されなくても、それほど傷つかない。自分にとって大切な人だからこそ、理解されないことが苦しくなる。世界に何の関心も持っていない人なら、世界との隔たりを問題にする必要もない。人や物事と深く関わろうとするからこそ、その距離を痛みとして経験することがある。

 そう考えれば、孤独は必ずしも愛が欠けている証拠ではない。愛そうとするからこそ生じる孤独もある。

 親しい者同士であっても、相手の心の中へ完全に入ることはできない。夫婦でも、親子でも、長年の友人でも、他者は最後まで自分とは異なる人間である。その違いがなくなれば、愛することも理解しようとすることも意味を失ってしまうだろう。

 人と人との間には、どうしても埋めきれない空間が残る。

 三木が孤独を人間の「間」に見たことと、孤独を深い愛に結びつけたことは、おそらく無関係ではない。人間の間に距離があるから孤独が生じる。しかし、その同じ距離があるからこそ、人は相手を知ろうとし、言葉をかけ、理解しようとする。

 孤独と愛は、単純な反対語ではないのである。

孤独を美化してはいけない

 ただし、ここまで読んで「孤独には価値があるのだから、一人でいる方がよい」と考えるのは早すぎる。

 現代医学や心理学の研究では、慢性的な孤独感や社会的孤立が、心身の健康と関連することが繰り返し報告されている。長期間にわたって他者との関係を失い、望んでも援助を得られず、強い孤独感を抱えている状態を哲学的な美しさによって正当化することはできない。

 三木の孤独論も、そのような医学的問題について書かれたものではない。

 ここで区別しなければならないのは、自ら選んで一人になる時間と、自分の意思とは関係なく社会から切り離されてしまう状態である。一人でいる時間が心を落ち着かせることもある一方、望まない孤立が長く続けば苦痛になる。それらをすべて「孤独」という一語でまとめてしまうと、議論を誤る。

 したがって、「孤独は悪いものなのか」という問いへの答えは、「孤独は良いものだ」ということではない。

 むしろ三木を読むことで分かってくるのは、孤独を善か悪かという二択だけで判断することの危うさである。

人間はなぜ言葉を必要とするのか

 人間同士が互いの内面を完全に知ることができないと考えるなら、そこには必ず距離が残る。その距離を私たちは言葉によって越えようとする。

 「私はこう思う」と話し、「あなたはどう思う」と尋ねる。説明し、聞き返し、誤解し、もう一度説明する。その繰り返しが人間関係を作っている。

 完全に分かり合えることが最初から保証されているなら、対話する必要はない。しかし実際には、分からないから話すのである。相手が自分とは違う人間だからこそ、言葉を渡す必要がある。

 そう考えると、孤独と対話は同じ場所から生まれていることになる。

 三木がいうように孤独が人間の「間」にあるのなら、その「間」は単なる空白ではない。その空間を越えようとして、表現が生まれ、対話が生まれ、理解しようとする努力が生まれる。

 孤独は、人間関係が失敗した時だけに現れるものではない。人間が他人と関係を結ぼうとする限り、ある程度の孤独は避けられないのかもしれない。

孤独をなくすのではなく、孤独から何をするのか

 『人生論ノート』を読んでも、孤独にならない方法は書かれていない。友人を増やしなさいとも、一人の時間を楽しみなさいとも書かれていない。三木は人生相談の回答者ではなく、人間が生きるということの構造を考えようとした哲学者だからである。

 彼の文章を読んでいると、孤独という言葉が少しずつ姿を変えていく。

 一人でいることだけが孤独なのではない。人の中にも孤独はある。そして孤独には、自分自身の中へ閉じこもり、「孤独な私」という物語に浸りたくなる誘惑がある。しかし、その孤独について考え、自分と世界との関係を問い直し、そこから何かを表現することができれば、孤独は単なる苦痛とは違う意味を持ち始める。

 だから三木の議論からは、孤独を「良い」「悪い」という二つの箱に簡単に分けることはできない。

 問題は孤独が存在することそのものより、孤独が自分をどちらへ向かわせているかにある。

 世界から遠ざかり、誰の言葉にも耳を閉ざし、自分の中だけへ沈んでいく孤独もある。一方で、一度立ち止まり、自分が何を考え、何を求め、他人とどのような関係を結びたいのかを考えるための孤独もある。

 そしておそらく、この二つは外から見ただけでは区別できない。

 一人で静かに本を読んでいる人が孤独とは限らず、大勢の人に囲まれて笑っている人が孤独ではないとも限らない。孤独とは人数で測ることのできない、人と世界との関係の問題なのである。

 「孤独は山になく、街にある。」

 この短い言葉が今なお印象に残るのは、私たちが孤独について抱いている常識を逆さにしてしまうからだろう。

 人のいない場所だけに孤独があるのではない。人と人との間にあるからこそ、孤独はなくならない。しかし、その「間」が存在するからこそ、私たちは言葉を使い、表現し、相手を理解しようともする。

 孤独とは、人間関係が終わった場所ではないのかもしれない。

 むしろ他人は自分とは違うのだという事実を認め、それでもなお、その隔たりを越えようとするところから、人間の関係は始まる。

 三木清の『人生論ノート』が孤独について考えさせるのは、孤独から逃げる方法ではない。孤独を抱えた人間が、それでも世界へ向かっていくとはどういうことなのかという、もっと難しい問いである。

 そして、その問いが残るからこそ、八十年以上前に書かれたこの文章は、人とつながる手段がかつてないほど増えた現在にも、奇妙なほど古びていないのである。

著者の関連ブログ

地域分析や暮らし、経済に関する情報をまとめています。

九条レオンの地域分析ブログ

 部屋の本棚を眺めていると、ときどき小さな後ろめたさを覚えることがある。書店で見つけたときには確かに「読みたい」と思い、財布を開いて持ち帰ったはずなのに、その後一度も開いていない本が何冊も並んでいるからだ。一冊だけならまだよいが、二冊、十冊、数十冊と増えてくると、それらは次第に「これから読む本」ではなく、「読めなかった本」のように見えてくる。読み終えた本には達成感があるのに、未読の本には宿題のような気配がまとわりつき、積み上がった冊数そのものが、自分の計画性のなさを告発しているようにも感じられる。

 日本では、この状態を古くから「積ん読」と呼んできた。「積んでおく」と「読書」を掛け合わせたしゃれのような言葉だが、その歴史は意外に古く、明治時代にはすでに「つんどく家」「つんどく先生」といった表現が現れている。つまり、本を買いながら読まずに置いておくという行為は、現代の大量出版やインターネット通販によって突然生まれたものではなく、本を所有する文化が広がったかなり早い時期から、人々が自覚していた現象だったのである。

 それでも私たちは、積ん読をどこか失敗として考えやすい。本は読むためのものなのだから、買っただけで読まなければ目的を果たしていない、という考え方は分かりやすい。購入を入力、読了を出力とするならば、未読本とは処理されないまま残ったデータのようなものになる。年間何冊読んだか、月に何冊読破したかという数字で読書を管理する習慣が強くなれば、積ん読の山は「未達成」の量として数えられてしまう。

 しかし、人間が本を買う理由は、本当に最後のページまで読むことだけなのだろうか。書店で一冊の歴史書を手に取った人は、その瞬間に歴史を学んだわけではないが、「いつかこの時代について知りたい」と思っている。難しそうな哲学書を買った人も、その日のうちに哲学者になるわけではない。それでも、その本を持ち帰るときには「いつかこの問題を考える自分」が、かすかに想像されている。そう考えるなら、本を買うという行為には、現在の自分が未来の自分にひとつの可能性を渡すという側面がある。

 もちろん、「未読本を所有すれば未来の自分が豊かになる」という因果関係が科学的に証明されているわけではない。それでも、所有物が単なる物ではなく、人間の自己像と結びつくことは、心理学や消費者行動研究で長く論じられてきた。アメリカの研究者ラッセル・ベルクは、人間が所有する物を「拡張された自己」として捉え、所有物が「自分はどのような人間なのか」という感覚に関係すると論じた。本もその例外ではなく、個人の本棚についての研究では、蔵書が他人への自己演出だけでなく、持ち主自身が自分をどのような読者だと考えるか、その確認にも関わることが指摘されている。

 本棚を見れば、その意味は直感的にも分かる。そこには、実際に読んだ本だけでなく、かつて読みたいと思った本が残っている。若い頃に買った社会思想の本、仕事のために必要だと思って買った専門書、旅先で偶然見つけた地方出版社の本、新聞の書評を読んで衝動的に購入した小説。現在の自分なら選ばない本が並んでいることさえあるが、それらを眺めていると、「あの頃の自分は、こんなことに関心を持っていたのか」と思い出す。本棚とは知識の倉庫である以前に、選択の痕跡が堆積した場所なのかもしれない。

 この意味で、積ん読された本は少し奇妙な存在である。読了した本ならば、「面白かった」「難しかった」「途中から退屈だった」と何らかの評価を下すことができる。しかし未読本には、それができない。その本が人生を変える一冊なのか、二十ページで投げ出す本なのか、まだ何も決まっていない。読まない限り、その本は内容を持ちながら、持ち主にとっては可能性のまま存在し続ける。

 だから未読本には、既読本とは違う時間が流れている。買った直後には読みたかったのに、数年間まったく興味を失うこともあれば、十年前には退屈そうに見えた本が、ある日突然必要になることもある。社会で大きな出来事が起きたとき、かつて買った歴史書が気になり始めるかもしれない。親を亡くした後で、以前なら何も感じなかった小説の題名が急に胸に引っ掛かることもある。仕事を辞めた後で、若い頃に買った思想書が突然身近な問いを語り始めることさえある。

 本は変わっていない。変わったのは読者の方である。

 このことは、単なる文学的感傷とも言い切れない。読解に関する心理学研究では、年齢や人生経験によって文章の受け取り方が変わり得ることが示されている。若い読者が文章そのものの情報を比較的忠実に追うのに対して、年齢を重ねた読者では、物語の心理的意味や背景を自分の経験と結びつけて再構成する読み方が現れることがある。文学を読んでいる途中で、自分自身の過去の経験が呼び起こされ、それが作品への共鳴に影響することも研究されている。

 そうであるならば、「買ったときにすぐ読むこと」が、必ずしもその本と出会う最良の時期とは限らない。二十歳で読んでも通り過ぎてしまった一節が、六十歳では立ち止まらずにいられない言葉になることがある。反対に、若い頃には鮮烈だった小説が、何十年後かに読み返すと驚くほど平板に感じられることもある。本の内容が変わったわけではなく、読む側の記憶、経験、価値観が変化したことで、同じ文章から取り出される意味が変わったのである。

 ここで積ん読という現象を考え直してみると、未読本は「読むべきなのに放置された本」というだけではなく、「まだ読者との時間が一致していない本」と見ることもできる。もちろん、それは美しい解釈にすぎない場合もある。実際には、単に買ったことを忘れているだけの本もあるし、二度と興味を持たない本もあるだろう。それでも、購入から読書までの間に時間が空くこと自体を、直ちに失敗と判断する必要はない。

 紙の本では、この時間差が特に目に見える。電子書籍にも未読本はいくらでも存在するが、端末やアプリを開かなければタイトルを見ることさえない。それに対して紙の本は、読まれていなくても机の上にあり、本棚に背表紙を向け、時には床に積まれながら、所有者の生活空間に居続ける。紙の本と電子書籍の心理的所有感には違いが生じ得ることも研究されており、紙の本棚が読者としての自己認識に関係することも指摘されている。

 その物理的な存在は、記憶との関係でも興味深い。心理学には、将来しようと思っている行動を適切な時点で思い出す展望記憶という研究分野があり、人間は環境にある手掛かりによって、以前の意図を思い出すことがある。本棚の背表紙を目にしたからといって必ず「読もう」と思い出すわけではないが、そこに本が存在し続けることが、かつて抱いた関心を呼び戻す手掛かりになる可能性はある。「そういえば、これを読みたかったのだ」という小さな再発見は、紙の本が生活空間に残っているからこそ起こりやすい場面の一つだろう。

 考えてみれば、積ん読本は不思議なほど控えめである。読めとは命令しないし、読まなかったからといって罰も与えない。ただそこに置かれている。それでも、ときどき背表紙が目に入り、「あなたは以前、この世界に興味を持ったことがあります」と思い出させる。過去の自分から現在の自分へ届く、非常に遅い手紙のようなものとも言える。

 さらに興味深いのは、未読本が知識ではなく「無知」を可視化する点である。本棚に読了した本だけが並んでいれば、それは自分が知った世界の展示室になる。しかし未読本が混じっていれば、そこには「まだ知らない世界」も並ぶ。分厚い世界史、古典哲学、知らない国の小説、理解できる自信のない科学書。それらの背表紙を眺めれば、自分が知っている範囲がどれほど限られているかを思わされる。

 もっとも、「本をたくさん読むほど人間は自分の無知を正確に認識する」とまで科学的に断定することはできない。だが、読書を続けていると、一冊を読むたびに新しい知らない本へたどり着くという経験は珍しくない。ある歴史書を読めば参考文献に別の本が並び、その本を読めばさらに別の思想家が現れる。知識の世界は、奥へ進めば壁に突き当たるのではなく、むしろ新しい通路が増えていく。その結果として本棚に未読本が増えるなら、それは必ずしも読書の敗北とは言えない。

 むしろ、未読本がまったくない状態を想像すると少し奇妙である。読みたいと思った本をすべて読み終え、新たに読みたい本も一冊もない。本棚にあるのはすべて理解済みの本だけで、知らない領域への入口がどこにも残されていない。その状態は整然としていて気持ちがよいかもしれないが、知的生活という点では、どこか閉じているようにも見える。

 もちろん、ここから「積ん読は多いほど優れている」という話にはならない。家には広さがあり、家計にも限界がある。本を買う行為そのものが目的になれば、読書ではなく収集に近づく場合もあるし、本棚を自分の知性を誇示する舞台として使うこともできる。読まない本を大量に所有しているだけで、知識が増えるわけでもない。未読の医学書を百冊持っていても医療知識が身につくわけではなく、哲学全集を並べても哲学を理解したことにはならない。

 それでも、読んでいないという一事だけで、その本との関係を「失敗」と判定するのも早すぎる。本は情報を受け取るための媒体であると同時に、文化を保存する物でもあるからだ。このことは図書館を考えるとよく分かる。図書館にある何十万冊という本のすべてが毎年読まれているわけではない。何年も誰にも借りられない本もある。それでも、必要とする人が現れたときに取り出せるよう保存されていること自体に意味がある。

 もちろん、公共図書館と個人の積ん読を同じものと考えることはできない。図書館には収集・保存・提供という制度的な目的があり、個人の本棚にはそこまで整然とした使命はない。しかし、個人の本棚にも「いま必要ではないが、いつか必要になるかもしれない本を残しておく」という働きが生じることはある。その意味では、本棚は極めて私的で偏った小さな図書館に似ている。

 その偏りこそが面白い。公共図書館なら分類体系に従って並ぶところを、個人の本棚では、哲学書の隣に旅行記があり、その隣に料理本があり、さらに昔好きだった推理小説が挟まっていることもある。そこには体系ではなく人生の偶然が並んでいる。仕事のために買った本、失恋したときに買った本、旅先の古書店で何となく手に取った本、友人に勧められたまま読まずにいる本。その無秩序には、本人にしか分からない時間が保存されている。

 文化全体に視野を広げれば、「いま読まれていない」という状態が、その作品の最終的な価値を決めるわけではないことにも気づく。文学史を振り返れば、刊行当時に十分評価されなかった作品や、一時期ほとんど読まれなくなった作品が、後世の研究や復刊によって再評価されることがある。逆に、ある時代には広く読まれながら、その後ほとんど忘れられた本も少なくない。作品の価値と、その時代にどれだけ読まれているかは、必ずしも一致しないのである。

 だから文化には、読まれない時間も必要なのかもしれない。本は常に誰かに読まれ続けなければ存在価値を失うものではなく、書庫や図書館や個人の本棚で長い沈黙を過ごしながら、別の時代の読者を待つことができる。一冊の本から見れば、人間の十年や二十年はそれほど長い時間ではない。持ち主が買った直後に読まなくても、その本が消えてしまうわけではない。

 現代では、読書にも効率が求められやすい。一冊を短時間で読み、要点をまとめ、次の本へ進む。何冊読んだかが数字になり、読了冊数が成果のように扱われる。しかし、人間の読書は本来、それほど直線的ではない。途中でやめることもあれば、二十年後に読み直すこともあり、買ったことさえ忘れていた本に突然救われることもある。

 本には本の時間があり、読者には読者の時間がある。その二つが重なる瞬間は、必ずしも本を買った日ではない。

 積ん読された本の中には、生涯開かれない一冊も当然あるだろう。その本については、最後まで「読む可能性」のまま終わる。それでも、それを完全な失敗と呼ぶかどうかは、本というものを何だと考えるかによって変わってくる。情報を効率よく摂取する道具だと考えれば失敗かもしれないが、人間の関心、記憶、自己像、文化への入口として考えれば、未読であることにも別の意味が現れてくる。

 積ん読は、知識を獲得できなかった痕跡であると同時に、まだ知ることのできる世界を手元に残している状態でもある。すべての本を読み終え、未読の本が一冊もない本棚には確かな達成感があるだろう。しかしそこには、ほんの少しだけ未来が足りないようにも見える。

 本棚の隅で何年も眠っている一冊を見つけたとき、「まだ読んでいない」と自分を責める必要はない。その本は単なる宿題ではなく、過去の自分が未来の自分に残した問いなのかもしれない。明日開くかもしれないし、十年後かもしれない。あるいは最後まで開かないかもしれない。それでも、その本がそこにある限り、自分の知っている世界の外側に、まだ別の世界が残っている。

 積ん読とは、読書の失敗というより、読むことのできないほど多くの本と、そのすべてには決して追いつけない有限な人間との間に生まれた、ごく自然な文化の風景なのかもしれない。

著者の関連ブログ

地域分析や暮らし、経済に関する情報をまとめています。

九条レオンの地域分析ブログ

 「太宰治を知っていますか」と尋ねれば、小説をほとんど読まない人でも、その名前くらいは聞いたことがあるだろう。『人間失格』を思い浮かべる人もいれば、中学校の国語で読んだ『走れメロス』を思い出す人もいる。作品を一冊も読んでいなくても、「心中した作家」「暗い作家」「破滅的な人生を送った人」といった断片的な人物像まで知っている人は珍しくない。

 もちろん、「誰でも知っている」という言い方を文字どおり受け取ることはできない。日本人全体を対象に太宰治と織田作之助の知名度を比較した大規模な無作為調査があるわけではないからである。それでも、現在の出版状況や作品へのアクセス数、教科書への掲載状況などを見るかぎり、太宰治と織田作之助の社会的な知名度にかなり大きな差があること自体は否定しにくい。

 では、「織田作之助を知っていますか」と尋ねたらどうだろう。

 文学好きなら、『夫婦善哉』の作者としてすぐに名前が出るかもしれない。しかし一般には、作品名を聞いたことはあっても作者までは知らないという人もいるだろう。ところが文学史の本を開けば、太宰治と織田作之助は、坂口安吾や石川淳らとともに「無頼派」と呼ばれる戦後文学の作家として近い位置に並べられている。

 そもそも無頼派とは、同じ綱領を掲げ、同じ雑誌を中心に活動した正式な文学結社の名称ではない。敗戦後の既成道徳や文学的権威に背を向けるような姿勢を見せた作家たちを、後世の文学史が一つのまとまりとして呼んだ言葉である。したがって太宰と織田が同じ無頼派だからといって、その作風や人生、読者層まで似ていたわけではない。

 それでも文学史上では近い場所にいる二人が、八十年近く後の社会ではこれほど異なる知名度を持っている。この差を単純に「太宰の方が優れた作家だったから」と説明してしまえば話は簡単だが、おそらくそれでは重要なものを見落としてしまう。文学作品が後世に残るかどうかは、その文学的価値だけで決まるわけではなく、学校教育、出版、映画やテレビ、地域文化、さらには作者自身の人生の語られ方まで含めた巨大な仕組みの中で決まっていくからである。

太宰治には、人生の違う時期に何度も出会う

 太宰治の知名度を考えるうえで、まず見逃せないのが『走れメロス』である。

 現在の中高年世代にとっても若い世代にとっても、『走れメロス』は国語教材として非常に馴染みの深い作品であり、その教科書採録の歴史は1950年代までさかのぼる。つまり日本では何十年にもわたり、中学生になると一定数の子どもたちが学校という制度を通して「太宰治」という名前に出会う仕組みが続いてきた。

 ここで重要なのは、『走れメロス』そのものが太宰治を有名にしたと単純に考えないことである。太宰がすでに重要な作家だったから教材として選ばれ、その教材化によって次の世代が太宰を知り、その知名度がさらに出版や研究を支えるという循環が起きたと考える方が自然である。人気が教科書掲載を生み、教科書掲載がさらに人気を強化するという相互作用であり、この循環が数十年続けば、一回限りのベストセラーとはまったく違う文化的な強さを持つことになる。

 しかも太宰との出会いは、中学校で終わらない。

 『走れメロス』で知った太宰が、数年後には『人間失格』の作者として再び現れるからである。友情と信頼を描く『走れメロス』と、「恥の多い生涯を送って来ました」という言葉から始まる『人間失格』を比べれば、同じ作家の作品とは思えないほど印象が違う。しかしその違いこそが、太宰の知名度を支える強みになっている。

 中学生のころには友情を描く作家として太宰に出会い、その後、自意識や孤独、人間関係の息苦しさといった問題に向き合う年代になると、『人間失格』や『斜陽』を通してもう一度太宰に出会う読者もいる。一人の作家が、人生の異なる時期に異なる作品によって何度も読者の前へ戻ってくるのである。

 この「入口の多さ」は数字にも表れている。青空文庫の2022年年間アクセスを見ると、テキスト版では『人間失格』が約41,000、『走れメロス』が約20,000であるのに対し、『夫婦善哉』は約2,000にとどまる。閲覧形式によって数字は変わるものの、『人間失格』と『夫婦善哉』の間には十倍を大きく超える差が見られる。

 もちろん、青空文庫の利用者は日本国民全体を無作為に抽出した標本ではないから、この数字から「太宰の知名度は織田の二十倍だ」と結論することはできない。しかし少なくとも、現在のオンライン上で古典文学に接触する人々のあいだで、太宰作品への接触量が圧倒的に多いことは分かる。

 しかも太宰には一冊だけが突出しているのではなく、『人間失格』『斜陽』『走れメロス』という性格の異なる作品が、それぞれ独立した入口として存在している。ここに織田作之助との大きな違いがある。

太宰治は、作者自身まで「物語」になった

 さらに太宰には、作品とは別のもう一つの強力な入口がある。それが「太宰治という人物」である。

 文学研究として作品を読むなら、主人公と作者本人を単純に同一視するべきではない。『人間失格』の大庭葉蔵を、そのまま太宰治本人だと考えるのは乱暴である。しかし社会の中で作家のイメージが形成される過程では、作品と作者の人生はしばしば混ざり合う。

 自殺未遂、薬物への依存、女性関係、文学者との対立、そして最後の入水という太宰の人生へ、『斜陽』や『人間失格』の世界を重ねると、作者自身の人生まで一つの文学作品のように見えてくる。とりわけ1947年の『斜陽』は「斜陽族」という言葉まで社会に生み出し、その翌年には『人間失格』が発表され、その直後に太宰自身が亡くなる。

 この出来事の並びには、偶然とはいえ強烈な物語性がある。作品を書き終えた作家が、その作品の余韻の中へ自ら消えていったように見えてしまうからである。

 人は小説の細部を忘れても、物語を覚えている。そして太宰治の場合、その物語は作品の中だけではなく作者自身の人生にも存在した。死後の知名度を考えるなら、この「作者そのものが語られ続ける構造」は無視できないだろう。

 ただし、ここにも注意が必要である。太宰の人生が劇的だったから現在まで人気が続いた、と直接証明できる研究があるわけではない。より慎重に言えば、太宰の人生が作品と結びついて繰り返し語られてきたことが、彼の名前を忘れにくくする一つの要因になった可能性が高い、というところまでである。

織田作之助は、有名になる前に死んだわけではない

 これに対して、織田作之助についてしばしば生まれやすい誤解がある。それは、「有名になる前に若くして死んだ作家」というイメージである。

 実際にはそうではない。

 織田は1913年に大阪で生まれ、1947年1月10日、33歳で亡くなったが、その前年には『世相』などによってすでに売れっ子作家となっていた。したがって、織田は無名のまま死んだのではなく、戦後文学の表舞台へ出たところで急死したのである。

 そして、この「出たところ」という時間が重要だった。

 織田が亡くなった1947年に、太宰は『斜陽』を発表し、翌1948年には『人間失格』を残して亡くなる。現在の私たちが「太宰治」と聞いて思い浮かべる代表作と作者像のかなりの部分が、この最後の一年半ほどのあいだに集中して形成されたのである。

 織田作之助にも、その後さらに十年、あるいは二十年の執筆時間があったなら、別の代表作が生まれた可能性も、新しい読者層を獲得した可能性もある。しかしこれは反実仮想であり、証明することはできない。確実に言えるのは、織田が売れっ子になった直後に亡くなったため、その人気を複数の代表作や長期的な作家像へ展開する時間をほとんど持てなかったということである。

 太宰も38歳という若さで亡くなっているから、単純に「長生きした太宰と早死にした織田」という比較にはならない。むしろ重要なのは、二人が死ぬまでの数年間に何を残したかというタイミングの違いなのである。

『夫婦善哉』は織田作之助を有名にし、同時に「大阪の作家」にした

 織田作之助には、『夫婦善哉』という強烈な代表作がある。

 1940年に発表されたこの作品は織田の出世作となり、1955年には豊田四郎監督、森繁久彌と淡島千景主演で映画化された。映画『夫婦善哉』は日本映画史でも高く評価され、出演した二人の代表作として語られるほどの作品になった。

 普通に考えれば、これほど強い代表作を持つ作家なら、その名も太宰と同じくらい知られていてよさそうに思える。

 しかし、ここに少し皮肉なことが起きる。

 『夫婦善哉』は、あまりにも見事に「大阪の物語」だった。

 大阪大学の斎藤理生による研究でも、『夫婦善哉』が織田作之助を「大阪の作家」として印象づけ、そのイメージが後世まで強く残ったことが論じられている。もちろん、大阪を書いたこと自体が文学的な弱点なのではない。むしろ織田文学の魅力は、法善寺や道頓堀、上町台地、食べ物、商売、男女関係、金銭感覚といった具体的な土地の感触が作品の中に染み込んでいるところにある。

 人物たちは人生の意味について大仰な哲学を語るより、食べ、働き、惚れ、金に困り、それでも翌日を生きている。

 太宰の人物が「なぜ自分は人間とうまく生きられないのか」と内側へ沈んでいくとすれば、織田の人物は「それでも明日は腹が減る」と街へ出ていく。その違いは文学として非常に面白い。

 ところが文化の記憶という面では、具体性の強さが別の作用を持つことがある。太宰が描いた孤独、自意識、自己嫌悪は、東京でも大阪でも北海道でも、あるいはインターネット社会に生きる若者でも自分自身の問題として読み替えやすい。一方、織田作之助の大阪は具体的であるがゆえに、「大阪文学」「大阪もの」という棚へ分類されやすい。

 本来なら、織田は大阪という場所を通して普遍的な人間を書いた作家である。それでも受容する側が作品を「大阪の話」として整理してしまえば、作家のイメージまで地域に限定される可能性がある。

 ただし、これも「大阪の作家と見なされたから全国的な知名度が低くなった」と因果関係を断定することはできない。言えるのは、「大阪の作家」という強いイメージが、織田作之助の受容の仕方を長く規定してきたというところまでである。

『夫婦善哉』という作品だけが歩いていったのか

 もう一つ、織田作之助には興味深い現象がある。

 『夫婦善哉』という言葉そのものが、作者を離れて一人歩きできるほど強いのである。

 映画として知った人もいれば、大阪の法善寺周辺の文化からその名前を知った人もいる。しかし「夫婦善哉」という言葉を知った人が、必ずそこから「織田作之助」まで戻ってくるとは限らない。

 これに対して、『人間失格』と聞けば太宰治、『走れメロス』と聞いても太宰治という結びつきはかなり強い。しかも一つの作品から作者へ戻ると、その先に『斜陽』や『女生徒』など別の作品があり、そこから再び「太宰治」という作家像が強化されていく。

 『夫婦善哉』は織田作之助という作家を世に出した作品でありながら、あまりに作品自体の生命力が強かったため、その題名だけが作者から離れて文化の中を歩いてきたようにも見える。

 ただし、これを事実として断定するには、「『夫婦善哉』を知っているが織田作之助を知らない人がどれほどいるか」という知名度調査が必要になる。現段階では、これはあくまで文化的な現象を説明する仮説である。しかし少なくとも、代表作が有名になれば作者も同じ割合で有名になるとは限らない、という問題を考えるきっかけにはなる。

有名な作家ほど優れた作家なのか

 ここまで考えてくると、太宰治と織田作之助の話は、二人だけの問題ではなくなってくる。

 私たちは文学史を眺めるとき、現在でも有名な作家ほど「昔から特別に優れた作家だった」と無意識に考えがちである。しかし知名度は文学的価値だけから生まれるわけではない。学校の教科書に載るか、安価な文庫として何十年も流通するか、映画やテレビで繰り返し作品が紹介されるか、代表作が複数存在するか、作者本人の人生に語りやすい物語があるかといった条件が重なり、その結果として私たちはある名前を「誰でも知っている作家」と感じるようになる。

 そこには、心理学でいう反復接触の問題も関係している。人間は同じ対象に繰り返し接触すると、その対象を認識しやすくなり、親近感を持ちやすくなることが知られている。文学でも、学校で名前を見て、書店で再び見て、映画やテレビでまた見れば、その作家は文化の中でますます「知っていて当然の存在」になっていく。

 そして一度その状態になると、人気はさらに人気を呼ぶ。

 売れているから文庫が残り、文庫が残っているから新しい読者が読み、読者が多いから映像化され、映像化されるからさらに名前が知られる。文学的価値とは別に、「記憶されやすい作家がさらに記憶されやすくなる」という自己増殖的な循環が生まれるのである。

 太宰治はまさにこの循環に入った作家だったと考えることができる。

 もともとの文学的人気が教科書や文庫を支え、教科書や文庫が次世代の読者を生み、その巨大な読者層が『人間失格』『斜陽』『走れメロス』という複数の代表作を維持し、その上に太宰本人の劇的な人生まで重なった。

 一方の織田作之助も、決して忘れ去られた作家ではない。作品は現在も刊行され、研究も続いている。1024年にも新しい傑作選が刊行され、2026年7月にも新たな作品集が出版されている。大阪では文学碑や顕彰活動もあり、『夫婦善哉』も読み継がれている。

 したがって、「太宰は残り、織田は消えた」と考えるのは正確ではない。

 太宰は日本社会全体の共有記憶に深く入り込み、織田は文学史と大阪文化の中に濃く残ったのである。

作家の知名度とは、名前を呼ばれた回数なのかもしれない

 そう考えると、太宰治と織田作之助の知名度差は、文学作品の優劣を示す成績表には見えなくなってくる。

 むしろそれは、一つの社会がその作家の名前を何度思い出す仕組みを持っていたかという「文化的記憶の履歴」なのではないだろうか。

 太宰治という名前は、中学校の教室で呼ばれ、書店の文庫棚で呼ばれ、映画や舞台で呼ばれ、若者の孤独を語る文章の中で呼ばれ、作家の破滅的な人生を語るたびにまた呼ばれてきた。一度呼ばれた名前が次の機会を生み、その機会がさらに次の世代へ名前を渡していく。

 織田作之助という名前も大阪では何度も呼ばれてきた。しかし、日本全国で、しかも十代から大人になるまで何度も同じ名前に出会う仕組みという点では、太宰ほど巨大な反復回路を持たなかった。

 その小さな差が、一年や十年ではなく、八十年近く積み重なった。

 だから現在の知名度は、文学者に対して後世が与えた最終成績ではない。優れた作品だから残った部分もあれば、残る仕組みに入ったからさらに評価された部分もある。その二つを完全に切り分けることは難しい。

 そして、そこまで考えたとき、織田作之助は急に面白い作家になる。

 私たちはそこで、「知られていない作家」を発見するだけではないからである。

 なぜ自分は太宰治を知っていて、織田作之助を知らなかったのか。

 その問いをたどっていくと、教科書、出版社、映画、地域、文学史、読者の記憶という巨大な仕組みが見えてくる。そして最後には、私たちが「名作」や「有名な作家」と呼んでいるものが、作品そのものだけで作られているわけではないことにも気づかされる。

 文学史とは、優れた作品を順番に並べた一覧表ではない。

 そこには、何度も名前を呼ばれた作家と、同じ時代に確かに読まれていたのに、次第に呼ばれる回数が減っていった作家がいる。

 太宰治と織田作之助のあいだにあるのは、単なる人気の差ではない。

 それは、社会が文学をどのように記憶し、どのように忘れていくのかという、もっと大きな問題なのである。

著者の関連ブログ

地域分析や暮らし、経済に関する情報をまとめています。

九条レオンの地域分析ブログ

小説を読んでいるのに、頭の中では俳優が歩いている。

 そんな経験をした人は少なくないだろう。文章には「堺雅人」とも「石坂浩二」とも書かれていない。それでも『半沢直樹』を読めばテレビドラマの表情が浮かび、『犬神家の一族』を開けば金田一耕助の姿や、湖面から突き出した二本の足まで脳裏に現れる。原作を読んでいるはずなのに、そこにはすでに映像の記憶が入り込んでいる。

 考えてみれば奇妙な話である。

 時間の順序では、小説が先にあり、その小説をもとに映画やテレビドラマが作られる。ところが作品が社会に広く浸透すると、この順序が逆転することがある。後から原作を読む人にとっては映画やドラマの方が先に存在し、映像によって作られた人物像や物語の印象を持ったまま、本を開くことになる。

 すると映像化は、単に原作を宣伝する装置ではなくなる。

 映画やドラマによって原作が大量に売れれば、それはまず市場での成功である。しかし、その影響が長く続けば、作品が社会の中でどのように見られるかまで変わってくる。ある場面だけが作品を象徴するものとして記憶されたり、それまで忘れられかけていた作家が新しい世代に発見されたりすることもある。さらに映像作品の人物像が強烈であれば、後から原作を読む人の想像力そのものに入り込み、作品の読み方にまで影響を及ぼす。

 もっとも、ここでは「評価」という言葉を慎重に使う必要がある。

 映画化によって本が売れたからといって、その小説の文学的価値まで高くなったとは限らない。本が売れることと、作品が広く知られることは近いようで異なり、さらに作家そのものが再発見されることや、文学史の中で位置づけが変化することはまた別の現象である。したがって、映像化によって文学的価値そのものが上昇したとまで断定することは難しい。

 それでも、日本には映像化によって原作の社会的な位置や読まれ方が明らかに変化したと考えられる作品がある。

 その代表的な例をたどっていくと、映画やテレビドラマが文学に対して持つ、意外なほど大きな力が見えてくる。

『犬神家の一族』は、一冊の本ではなく「横溝正史」を復活させた

 1976年、市川崑監督の映画『犬神家の一族』が公開された。

 白いゴムマスクをかぶった佐清や、湖面から逆さに突き出した死体の脚は、映画を見ていない人にまで知られるほど強烈なイメージとなった。そして石坂浩二が演じた金田一耕助もまた、その後の横溝作品の受け止められ方に大きな影響を与える存在となった。現在では、こうした映像のいくつかが日本のミステリー文化そのものを象徴するものになっている。

 映画公開と同じ時期、角川書店は横溝正史作品を角川文庫で積極的に展開していた。1976年には角川文庫版の横溝作品全体の販売が1800万部を突破し、『犬神家の一族』自体も大規模なベストセラーとなったことが出版史料から確認されている。

 ただし、ここで「映画一本が忘れられていた横溝正史を突然復活させた」と考えるのは正確ではない。

 横溝作品の再評価は、それ以前から始まっていた。1970年前後には全集が刊行され、1971年には『八つ墓村』が角川文庫に入り、出版側ではすでに横溝作品を新しい読者へ届ける動きが進んでいた。

 つまり1976年の映画は、何もない場所にブームを生んだのではない。

 小さく燃え始めていた再評価の火に、映画と文庫と広告を組み合わせた巨大な風を送り込んだのである。

 その結果、横溝正史の作品世界は、単に昔の探偵小説としてではなく、独特の日本的な闇を抱えた物語として新しい世代に読み直されていった。横溝作品では、古い家や土地に残された因習が人間関係を縛り、その背後に血縁や相続をめぐる過去が横たわっている。そこへ閉ざされた村の空気や怪奇的な殺人が重なることで、単なる謎解きを超えた世界が形づくられている。その世界そのものが、1970年代の読者に新鮮なものとして発見され直したのである。

 ここで重要なのは、『犬神家の一族』の読者だけが増えたわけではないことである。

 映画を見た人が原作を読み、その世界に魅力を感じれば、次には『獄門島』や『八つ墓村』、『悪魔の手毬唄』へと進んでいく。そうなれば、一つの映画が入口となり、映像化されていない作品まで読まれることになる。結果として、一冊の小説の人気上昇が作家全体への関心へと広がっていく。

 映像化が一冊の本を売るのではなく、一人の作家をもう一度文学の棚へ戻す。

 横溝正史の場合、少なくとも社会的受容という意味では、そのような現象が起きたと考えてよいだろう。

『砂の器』では、映画が原作の中心を少し動かした

 松本清張の『砂の器』になると、映像化と原作の関係はさらに複雑になる。

 原作は殺人事件の捜査を軸に進む長編推理小説である。刑事たちは事件の断片を追いながら、言葉の違いや土地の記憶、戸籍に残された過去へ少しずつ近づいていく。その過程で、個人が自分の過去から逃れようとしても、社会の制度や記録がそれを完全には消してくれないという松本清張らしい世界が浮かび上がってくる。

 ところが1974年の野村芳太郎監督による映画版では、原作の中では比較的短く処理されていた父と子の放浪の旅が大きく膨らませられた。

 映画の終盤では、交響曲「宿命」が流れる中、捜査会議と父子の旅の記憶と現在が交互に描かれる。その映像と音楽の力は非常に強く、映画版『砂の器』を代表する場面となった。

 ここで起きたことは、単なる脚色ではない。

 映画は原作に存在する複数の要素の中から父と子の関係を選び、それを物語の感情的な中心へと大きく育てた。過去から逃れようとする人間の姿も、映画では父子の記憶を通してより強く浮かび上がる。そのため映画を先に知った読者は、原作を開いたときにも自然と父と子の線を探しながら物語を読むことになる。

 これは、原作の内容が変わったということではない。

 変わったのは、読者がどこを見るかである。

 文学や映画の受容を考える理論では、読者や観客は作品を完全な白紙の状態で受け取るわけではないとされる。すでに持っている知識や記憶は、新しく読む作品の意味を組み立てる材料になる。そう考えれば、映画を見た記憶もまた、後から原作を読む人にとって一つの前提として働くことになる。

 今日の『砂の器』の受容に、1974年映画版の父子像が強い影響を与えていると考えることには十分な理由がある。

 ただし、それを客観的に完全証明するには、映画を見た読者と見ていない読者を比較し、作品のどこを重要だと感じるかを調べる必要がある。

 だから「映画が原作の意味を変えた」と断言するより、「映画が原作のどこを見るかを大きく変えた可能性がある」と考える方が正確である。

 そして、その方がむしろ面白い。

 文章は一文字も変わっていないのに、作品の中心が少し移動して見えるからである。

『半沢直樹』では、映像が原作の名前まで変えていった

 現代的な例として分かりやすいのが、池井戸潤の『半沢直樹』シリーズである。

 2013年にテレビドラマ『半沢直樹』が放送される以前、原作第一作の題名は『オレたちバブル入行組』、第二作は『オレたち花のバブル組』だった。

 ところがドラマが大ヒットすると状況が一変する。

 放送前にはそれぞれ数十万部規模だった発行部数が急増し、ドラマ開始から約50日後には二作品の合計発行部数が200万部を超えた。

 ここまでは、映像化による典型的な販売促進効果といえる。

 しかし、その後が興味深い。

 現在では講談社文庫版が『半沢直樹1 オレたちバブル入行組』『半沢直樹2 オレたち花のバブル組』という形で整理されている。

 つまり最初は本の題名ですらなかった「半沢直樹」という主人公名が、ドラマによって巨大なブランドとなり、そのブランドが原作側へ戻ってきたのである。

 原作がドラマを生み、ドラマが「半沢直樹」という名前を社会へ広げ、その名前によって再び原作シリーズが編成される。

 出発点と帰着点が一周している。

 もちろん、これは文学的評価が上昇した証拠ではない。むしろ市場的評価と社会的認知が変化した例である。

 しかし、作品の受容を考えるうえでは非常に重要な現象だろう。

 映像化が成功すると、原作の登場人物が作品から外へ飛び出し、社会の共有物になることがある。そしていったん共有物になった人物像が、今度は原作を読む人の頭の中へ戻ってくる。

 「倍返し」という言葉を知り、堺雅人が演じた半沢の表情を知っている読者が、小説の半沢を完全に何も知らない状態から想像することは難しい。

 原作の人物は変わっていない。

 それでも読者の中にいる半沢直樹は、もうドラマ以前の半沢直樹とは同じではないのである。

『白い巨塔』は、何度も「現在」に戻ってくる

 山崎豊子の『白い巨塔』は、さらに異なる形で映像化の力を示している。

 この作品は、映像化される以前から高く評価されていた。大学病院という巨大な組織の中で、一人の医師が上を目指していく過程を描きながら、その成功の陰で何が失われるのかを問い続ける小説である。教授選をめぐる駆け引きや医療過誤裁判は物語を動かす装置であると同時に、専門職が組織の論理に飲み込まれていく姿を映し出している。

 それでも『白い巨塔』は何度も映像化されてきた。

 2003年のテレビドラマ版では物語の舞台が当時の現代へ移され、医療環境も現代に合わせて再構成された。2019年にも再び大型ドラマとして映像化されている。

 なぜ、半世紀以上前に書かれた大学病院の物語が、何度も現代へ移されるのだろう。

 おそらく『白い巨塔』が描いているものが、医学技術そのものではないからである。

 財前五郎が求める地位や成功は、単なる個人的な野心として描かれているのではない。組織の中で評価され、権力を持とうとするとき、人間はどこまで自分の倫理を保てるのかという問題がその背後にある。里見脩二との対照もまた、成功と良心のどちらを選ぶのかという単純な二者択一ではなく、専門家が社会の中でどう生きるのかという問いにつながっている。病院の設備や制度が変わっても、その問いそのものは簡単には古くならない。

 そこで映像化は、作品を「昔の大学病院を描いた小説」から、もう一度「現在の社会にもつながる物語」として提示する役割を果たす。

 ただし、これも「ドラマ化によって原作の文学的評価が上昇した」と言うのは難しい。

 むしろ重要なのは、古典となりつつある作品が、映像化によって何度も現在の時間へ呼び戻されていることである。

 名作が生き残るとは、単に絶版にならないことではない。

 時代が変わるたびに、その作品へ新しい問いを投げかけることができるということなのかもしれない。

映像化は原作の「第二の初版」になる

 こうして四つの作品を比べると、映像化が原作へ及ぼす影響は作品ごとにかなり異なっていることが分かる。

 『犬神家の一族』の場合、映画と出版の連動は一冊の売上を伸ばすだけにとどまらず、横溝正史という作家そのものを新しい読者へ送り届ける力になった。『砂の器』では、映画が原作の父子関係を大きく膨らませたことで、読者がどこに作品の感情的な中心を見るかに影響した可能性がある。

 さらに『半沢直樹』では、映像によって主人公の名前が独立したブランドとなり、その知名度が原作の出版形態にまで戻ってきた。『白い巨塔』の場合には少し性質が異なり、繰り返し映像化されることで、過去に書かれた物語がその時代の問題として何度も提示され直している。

 これらを一括して「文学的評価が上がった」と呼ぶのは粗すぎる。

 しかし、そこには確かに共通する現象がある。

 映像化によって、社会が原作を見るための枠組みが変化しているのである。

 作品そのものは変わらない。

 文章も変わらない。

 それなのに、同じ本が以前とは少し違って見える。

 ここに映像化と文学の関係の面白さがある。

 映画やテレビドラマは原作から物語を借りるだけではない。成功した映像作品は、文章の中にしかいなかった人物へ具体的な顔や声を与え、物語の一場面を社会全体が共有できる記憶へ変えていく。ときには原作ではそれほど大きくなかった要素が映像によって強調され、やがて作品そのものを象徴するものとして定着することさえある。

 そして、その記憶を持った人々が再び本へ戻ってくる。

 だから映像化された小説には、二度の刊行があると考えてみてもよい。

 一度目は、作家が書いた作品が本として世に出たときである。

 そして二度目は、その作品が映画館やテレビ画面を通り抜け、別の記憶をまとって再び読者の手元へ戻ってきたときだ。

 二度目の初版では、文章は一文字も変わっていない。

 それでも、同じ作品ではない。

 正確に言えば、変わったのは本ではなく、その本を見る社会の目なのである。

著者の関連ブログ

地域分析や暮らし、経済に関する情報をまとめています。

九条レオンの地域分析ブログ