リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

 書店に入ると、棚にたどり着く前に、本のほうからこちらへ近づいてくる。入口の正面や通路沿いの平台には、表紙を上に向けた本が何冊も重ねられ、帯には「話題作」「累計○万部」「映像化決定」「いま最も読まれている」といった言葉が並んでいる。私たちはそれらを眺めながら、ほとんど無意識のうちに「この本は売れているのだろう」と判断するが、その一冊を手に取ったところで少し意地の悪い問いを立ててみると、書店という場所の見え方は急に変わってくる。

 その本は、本当に売れているから平積みされているのだろうか。それとも、平積みされているから売れているのだろうか。

 前者なら平積みは人気の「結果」であり、後者なら人気を生み出す「原因」である。ところが現実の書店では、この二つをきれいに分けることができない。売れているから良い場所へ移される本がある一方で、売れそうだと期待されて良い場所を与えられ、その結果として売上を伸ばす本もあるからである。そして売上が伸びれば、その本はさらに目立つ場所に置かれやすくなる。人気が陳列を呼び、陳列が人気を増やし、その人気が再び陳列を正当化するという円環が、書店の平台の上では静かに回っている。

 だから平積みとは、売れている本を映す鏡であると同時に、そこに映った人気を少し大きくして返す鏡でもある。

棚の本と平台の本は、本当に同じ商品なのか

 もちろん、本そのものは何も変わらない。棚に一冊だけ差してあっても、入口に二十冊積まれていても、文章も著者も価格も同じである。それなのに読者から見た商品の意味は、置かれる場所によってかなり変化する。

 背表紙しか見えない棚の本には、読者の側から近づかなければならない。著者名を知っている、題名を覚えている、その分野の棚を見るという目的がある、といった何らかの動機が必要になる。それに対して平積みの本は、こちらが探していなくても視界に入ってくる。表紙も題名も帯の言葉も一度に見え、その瞬間、それまで存在すら知らなかった一冊が突然「買うかもしれない本」の候補に入る。

 ここには、本を選ぶ行為を考えるうえで重要な問題が潜んでいる。私たちは何万冊もの本から自由に選んでいるように思っているが、実際には、一度も認識しなかった本を選ぶことはできない。巨大な書店に十万冊が並んでいたとしても、一人の客がその日に視界へ入れる本はごく一部であり、購買以前にまず「候補として認識される競争」が存在しているのである。

 小売店舗を対象にした研究でも、商品の位置や視認性が選択に影響することは繰り返し確認されてきた。目につきやすい場所へ移した商品では購買行動が変化することがあり、単に商品数を増やす以上に、「どこに置くか」が重要になる場合もある。本についても、図書館で棚の高さと本の利用状況を調べた研究では、利用者の目線に近い本ほど手に取られやすく、低い位置に置かれた本は利用されにくい傾向が確認されている。

 書店での購入と図書館での閲覧は同じ行動ではないため、その結果をそのまま販売数へ置き換えることはできない。それでも、人間が棚にあるすべての対象を均等な確率で認識しているわけではないという点については、かなり自然な説明ができる。

 そう考えると、平積みにされた本は単に目立っているのではない。数万冊のなかから、「少なくとも一度、この本について考えてみませんか」と店の空間によって指名された本なのである。

二十冊積まれていること自体が、ひとつの情報になる

 さらに平積みには、表紙が見えるという以上の効果がある。同じ本が十冊、二十冊と重なっている光景そのものが、読者に情報を与えるからである。

 一冊だけ棚に差してある本を見ても、それが売れている本なのか、たまたま一冊だけ残っているのか、あるいはほとんど動いていない本なのかは分からない。しかし平台に山ができていれば、少なくともその書店が一定の販売を見込んで仕入れていることは伝わってくる。その量が、「この本には何か理由があるらしい」という無言の合図になる。

 人間は、他人の行動から判断の手掛かりを得る。初めて入る飲食店で、誰も客がいない店より何人か客が入っている店に安心することがあるように、本を選ぶときにも「多くの人が読んでいるらしい」という情報は無視できない。ただし、ここで慎重にならなければならないのは、平積みの量そのものが必ずしも実際の人気を正確に表しているとは限らないことである。大量に積んであるのは、すでによく売れたからかもしれないし、出版社や書店がこれから売れると予測して大量に仕入れたからかもしれない。

 読者には、その違いはほとんど見えない。

 その曖昧さこそが、平積みのおもしろさでもある。現在の人気と未来への期待が、同じ本の山のなかに混ざっているのである。

書店は過去の売上ではなく、未来の売上も並べている

 書店が、過去の販売実績だけを見て本を並べているのだとすれば話は簡単である。しかし発売されたばかりの新刊には、そもそも十分な販売実績が存在しない。それでも発売日に何十冊も積まれる本はある。

 著名な作家の新作、文学賞候補として注目されそうな作品、映画やテレビドラマの原作、新聞やテレビで紹介された本、その店の客層なら動きそうだと書店員が判断した本など、平台には「すでに売れた本」だけでなく「これから売れると予想された本」も置かれている。

 ここで書店は、少し奇妙な立場に立つことになる。未来を予測しているだけなのに、その予測に基づいて陳列を変えることで、未来の売上そのものに影響を与えられるからである。

 天気予報で「明日は晴れる」と言ったからといって空が晴れるわけではない。しかし書店が「この本は売れそうだ」と判断して入口に置けば、少なくともその本が客の目に触れる機会は増える。目に触れる機会が増えれば、手に取る人も増える可能性があり、そのなかの一定割合が購入すれば、結果として販売数も増える可能性が高くなる。

 つまり書店の予測は、純粋な予測ではない。結果へ少しだけ働きかける予測なのである。

数字にすると、平積みの意味が見えてくる

 この仕組みは、非常に単純化すると数理的にも説明できる。

 ある本の販売数は、大まかには「その本を買う可能性のある客の数」「その本に気づく確率」「手に取る確率」「手に取ったあと購入する確率」の積み重ねとして考えることができる。

 仮に一日に千人が書店を訪れ、その本が通常の棚では客の二割にしか認識されず、そのうち一割が手に取り、手に取った人の二割が買うとする。この仮定なら、一日に売れる冊数の期待値は四冊程度になる。

 ところが入口の平台へ移したことで、その本に気づく人が二割から五割へ増えたとすれば、手に取る割合も購入する割合も変わらなくても、期待される販売数は十冊になる。ここで使った数字は説明のための仮定にすぎず、実際の書店の数値を示しているわけではないが、重要なのは、内容や価格を一切変えなくても「認識される確率」が変化するだけで期待売上が変わり得るという構造である。

 さらに書店が、今週よく売れた本を来週も目立つ場所へ残すと考えると、売上は次の陳列に影響し、その陳列が次の売上へ影響する。そこにランキング、口コミ、新聞紹介、映像化、読者による投稿などが加われば、販売数が露出を生み、露出がさらに販売数を生むという正のフィードバックが形成される。

 最初はほんの小さな差だったものが、何度も循環するうちに大きな差へ育つ可能性があるのである。

本当に「売れているから売れる」ということは起きるのか

 この現象に近いものは、文化商品の研究でも確認されている。

 音楽を使った大規模な実験では、参加者に無名の楽曲を選ばせ、一方の集団には他の人が何回その曲を選んだかという人気情報を見せ、もう一方には見せないという比較が行われた。その結果、人気情報が見える環境では、特定の曲へ人気が集中しやすくなり、最終的なヒットのばらつきも大きくなった。

 さらに興味深いのは、人気情報を意図的に操作して、本来はそれほど人気のない曲を上位に見せた実験である。すると一部では、その「見せかけの人気」が実際の選択を呼び、やがて本当に人気になる現象が観察された。ただし、どんな作品でも宣伝だけで成功させられるわけではなく、作品そのものの魅力が低ければ効果には限界がある。

 この結果は、本の平積みについて非常に重要な示唆を与える。

 「良い場所へ置けば、どんな本でもベストセラーになる」と考えるのは間違いである。しかし「同じ程度の魅力を持った本でも、最初の露出や人気情報の違いによって、その後の売れ方が変わる可能性がある」と考えるのは十分に合理的である。

 つまり作品の力と売り方は、どちらか一方だけが重要なのではない。作品の力が読者を引きつけ、露出が作品と読者を出会わせ、その結果として生まれた人気が次の読者を呼び込むのである。

ベストセラーランキングも、単なる成績表ではない

 平積みと同じようなことは、ベストセラーランキングにも起こる。

 本来、ランキングは過去の販売結果を集計した成績表である。しかし「今週よく売れた本」という情報を来週の客が見ると、ランキングは過去を記録するだけではなく、未来の購買行動にも影響する。

 書籍のベストセラーランキングについて因果関係を調べた研究でも、単に売れている本がランキング入りするというだけではなく、ランキングに掲載されること自体が、その後の売上を一定程度押し上げる効果が確認されている。とりわけ、それまで読者に広く知られていなかった作家では効果が大きく、すでに著名な作家では比較的小さい傾向が示されている。

 ここには非常に分かりやすい理由がある。誰もが知っている作家の新刊なら、ランキングを見なくても買う人は多い。しかし名前を知られていない作家にとって、「ベストセラーに入った」という情報は読者がその本を見る理由そのものになり得る。

 結果を示す数字が、次の結果を生み出すのである。

 この意味で、ベストセラーという言葉には不思議な二重性がある。それは「売れた本」という過去形であると同時に、「みんなが読んでいるのだから読んでみよう」という未来への誘惑でもある。

それでも「平積みにすれば売れる」と単純化してはいけない

 ここまで読むと、平積みされた本と売上には強い関係があるように見える。しかし、ここに統計の罠がある。

 仮に調査をして、平積みの本が平均百冊売れ、棚に差してある本が平均二十冊しか売れていなかったとしても、「平積みにすると売上が五倍になる」と結論づけることはできない。

 なぜなら、最初から売れる可能性の高い本ほど平積みに選ばれているからである。

 有名作家の新刊、映画化作品、受賞作、広告量の多い作品、発売前から予約の多かった作品と、ほとんど知られていない本を比べれば、もともとの販売力が違う。その差を無視して「平積みだから売れた」と考えると、原因と結果を取り違えることになる。

 この問題は、因果関係を考えるときに非常に重要である。

 売れたから平積みされたのか、平積みにされたから売れたのか。

 実際には、おそらく両方が起きている。

 研究で厳密に調べるなら、似た条件の本を無作為に平積みと通常棚へ振り分け、価格、在庫数、宣伝量、店舗、販売期間などをなるべく同じにして比較する必要がある。現実の書店でこのような実験を大規模に行うことは容易ではないため、平積みそのものの効果を一つの数字で示すことは難しい。

 したがって科学的に最も慎重な言い方をすれば、平積みは「売上を必ず増やす装置」ではなく、「本が認識される機会を増やし、条件によっては購入確率を押し上げる可能性のある装置」ということになる。

 文学的な響きは少し弱くなるが、現実はこちらのほうがおもしろい。書店には一方向の単純な因果関係ではなく、複数の原因が絡み合う世界が広がっているからである。

一冊の成功は、なぜ次の成功を呼ぶのか

 本が売れ始める過程を追っていくと、その複雑さはさらによく分かる。

 ある読者が一冊の本を買う。その本を別の人に薦める。書店員が売れ方に気づく。平台へ移される。表紙を見る人が増える。販売数が伸びる。ランキングに入る。ランキングに入ったという事実が記事になる。別の書店も目立つ場所へ置く。

 こうして、最初は小さかった動きが次の動きを呼び込み、やがて誰の目にも見える「ヒット」へ変わることがある。

 ここまで来ると、「本当に良い作品だったから売れた」という説明だけでは足りないことが分かる。しかし逆に、「宣伝がうまかったから売れただけ」と片づけるのも同じくらい雑である。

 作品に魅力がなければ、たとえ一度は目立つ場所へ置かれても、読者の評価が続かないことはある。一方で、どれほど優れた作品でも、存在を知られなければ読者と出会うことができない。

 作品の価値と露出の効果は敵同士ではない。むしろ、この二つが出会ったときに初めてヒットが生まれる可能性が高くなる。

平積みから消えたとき、本は価値を失ったのか

 書店で本を見ていると、昨日まで入口に二十冊積まれていた本が、数週間後には棚に一冊だけ差し込まれていることがある。その姿を見ると、作品の価値まで下がったような奇妙な錯覚を覚える。

 しかし本の中身は一文字も変わっていない。

 変わったのは、本の周囲にある環境である。

 新刊だった本が既刊になり、新しい新刊が入ってくる。社会的な話題だった本が日常へ戻り、ニュースだった作品が一冊の本へ戻る。平台から棚へ移された瞬間、その本は初めて「目立たせてもらわなくても見つけてもらえるか」という別の競争に入る。

 ここに出版の世界の残酷さと面白さがある。

 発売直後にはほとんど注目されなかった作品が、何年もたってから突然発見されることがある一方で、大ベストセラーだった本が数年後には店頭から消えていることもある。売上の速さと作品の寿命は、同じ時計では動いていない。

 文学にとって、このずれはむしろ重要なのかもしれない。

 その年に何十万冊売れた本が百年後にも読まれているとは限らず、発売時にはほとんど売れなかった本が後世の古典になることもある。市場は「いま何を読む人が多いか」を測ることはできても、「何が長く読むに値するか」を完全には決められない。

平台に並んでいるのは、本だけではない

 それでは最初の問いに戻ろう。

 書店の平積みは「売れている本」を並べているのか。それとも「売れる本」を作っているのか。

 答えは、どちらか一方ではない。

 売れているから積まれる本があり、売れそうだから積まれる本があり、積まれたことでさらに売れる本がある。そして、その売上が次の陳列を呼び、ランキングや口コミがその循環をさらに強くする。

 原因と結果は一本道ではなく、輪になってつながっている。

 しかも、その輪を回しているのは書店だけではない。出版社の営業も、書店員の判断も、新聞やテレビの記事も、読者の口コミも、そして昨日一冊の本を買った名も知らない誰かも、少しずつ次の日の平台を作っている。

 そう考えると、平台に積まれているのは本だけではない。

 出版社の期待があり、書店の予測があり、読者の選択があり、その時代の関心がある。

 書店の入口に積まれた二十冊の本は、単なる在庫の山ではなく、「いま、この本が読まれるかもしれない」という多くの人間の予測が、一時的に形になったものなのである。

私たちは本を選んでいるのか、それとも選ばれた本から選んでいるのか

 私たちは書店で本を選ぶとき、自分の意思で選んでいると思っている。それは間違いではない。しかし、その自由は何もない空間で働いているわけではない。

 入口には入口に置かれた本があり、目線の高さには目線の高さへ置かれた本があり、ランキングにはランキング入りした本がある。私たちは、その環境のなかで選択している。

 だからといって、読者が書店に操られているという話でもない。

 平台の本を手に取ってもいいし、無視して棚の奥へ進んでもいい。ベストセラーを読むこともできれば、誰も話題にしていない一冊を見つけることもできる。重要なのは、自分の選択の前に、すでに誰かの選択が存在していると知ることなのだろう。

 次に書店へ行ったとき、入口に積まれた本を見ながら、ほんの一瞬だけ考えてみてもいい。

 「私はこの本を選んだのだろうか。それとも、この本が私の目に入るところまで、誰かが先に選んでいたのだろうか。」

 そして、おそらく答えはその両方である。

 書店とは、本を売る場所であると同時に、出版社、書店員、読者、メディア、そして偶然が互いに働きかけながら、「一冊の本と一人の人間が出会う確率」を絶えず変化させている場所なのだ。

 平積みは、売上を測る温度計でありながら、その温度をわずかに変えてしまう暖房器具でもある。そのことに気づいたとき、いつも見慣れた書店の平台は、単なる商品の山ではなく、人気が生まれ、増幅され、ときには消えていく瞬間を目の前で見せてくれる、小さな文化市場の実験場に見えてくるのである。

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古本屋の棚には、ときどき時間のいたずらのような本が眠っている。

背表紙の著者名を見ても、題名を見ても、ほとんど記憶にない。ところが手に取って奥付を確かめたり、刊行当時のことを調べたりすると、思いがけない数字に出会うことがある。「百万部突破」「空前のベストセラー」。いまでは名前さえ知らない人の方が多いその本が、かつては日本中で買われていたというのである。

百万部という数字は重い。現在より人口の少なかった時代なら、なおさらである。それだけの本が売れたなら、電車の中で読んだ人がいただろうし、会社の昼休みに話題にした人も、食卓で家族に内容を話した人もいただろう。一冊を家族で回し読みした場合もあれば、買ったまま読まれなかった本もあったはずだから、「百万部」は百万人の読者を意味するわけではなく、百万の家庭に一冊ずつ届いたという意味でもない。それでも、百万部規模の本が社会を流通したという事実は、その本が一時期、日本社会のかなり広い範囲に触れていたことを示している。

それほど多く流通した本が、数十年後には書店から姿を消し、若い世代には題名さえ知られなくなることがある。

その一方で、夏目漱石や芥川龍之介、太宰治の作品のように、最初の読者がとうにこの世を去ったあとも、新しい読者を獲得し続ける本がある。新しい文庫になり、装丁を変え、教科書に入り、映画や漫画になり、ときには百年前の作品が再び書店の平台に戻ってくる。

ここには、本という文化商品の奇妙な逆説がある。たくさん売れることと、長く残ることは、どうやら同じ能力ではないのである。

では、かつて百万部を売った本が忘れられ、別の本が世代を越えて残るのはなぜなのだろうか。

百万部という数字には「時間」が入っていない

まず、「売れた」という言葉そのものを少し疑ってみる必要がある。

出版科学研究所は、ベストセラー、ロングセラー、ミリオンセラーを別の概念として扱っている。ベストセラーとは、ある期間によく売れた本であり、ミリオンセラーとは100万部以上売れた本を指す。それに対してロングセラーとは、長期間にわたって売れ続ける本のことである。明確な年数基準こそないが、「量」を表すミリオンセラーと、「時間」を含むロングセラーが同じものではないことは重要である。

百万部という巨大な数字を見ると、私たちはつい、その作品が何か絶対的な力を持っていたように感じてしまう。しかし百万部という数字が記録しているのは、基本的には販売の規模である。そこには、その本が五十年後にも読まれているかどうかという情報は入っていない。

言い換えれば、百万部とは「大きさ」であって、「寿命」ではない。

この違いを象徴する一冊が、1961年に光文社から刊行された岩田一男の『英語に強くなる本』である。

国立国会図書館がまとめた戦後出版史によれば、この本は光文社で初めて100万部を売り上げた本だった。当初考えられていた題名は「新しい英語の学習法」だったが、より直接的な「英語に強くなる本」へ変更され、新聞や雑誌の記事、書評、読者の感想なども広告に利用された。

ここで面白いのは、この成功を「内容が素晴らしかったから百万部売れた」とだけ説明してしまうと、出版という現象の半分を見失うことである。

1960年代初頭という時代には、「英語を身につけたい」という強い社会的欲望があった。そこへ「英語に強くなる」という極めて明快な言葉が差し込まれ、広告が読者の関心を増幅した。本と時代の需要が、ある一点で重なったのである。

それは本の価値を否定する話ではない。むしろ逆で、ベストセラーとは本の内容だけでなく、社会の欲望と本との接触によって生まれることがある、ということである。

そして社会の欲望は、本より速く変わる。

ヒットした理由は、その本の中だけにはない

この問題を考えるうえで興味深い実験がある。

2006年、マシュー・・サルガニック、ピーター・ドッズ、ダンカン・ワッツ は、14,341人を参加させ、まだ広く知られていない楽曲を使た人工的な音楽市場をつくった。参加者の一部には他人がどの曲を選んだのか分からない状態で曲を選んでもらい、別の参加者には、それまでのダウンロード状況を見せた。

すると、他人の選択が見える世界では、人気が一部の楽曲へ集中しやすくなっただけでなく、「どの曲が大成功するのか」という結果も予測しにくくなった。

もちろん品質が無意味だったわけではない。極端に評価の高い曲が最下位になることや、極端に評価の低い曲が最高位になることは少なかった。しかし、その中間には大きな不確実性が残った。社会的影響が強くなるほど、成功には「他人が選んでいるから自分も選ぶ」という力が入り込んだのである。

これは音楽についての実験であり、日本の書籍市場について直接証明した研究ではない。したがって、その結果をそのまま本に当てはめることはできない。

それでも文化商品について一つの重要なことを教えてくれる。大ヒットは、作品の内在的な品質だけから機械的に生まれるものではない。

書店で平積みにされ、新聞に広告が載り、友人が読んでいることを知り、テレビでも紹介され、さらに帯に「100万部突破」と書かれる。そうした情報は、単に売れた結果として現れるだけではなく、それを見た次の読者の選択にも影響する。人気だから目につき、目につくからさらに売れ、それによって一層目につきやすくなるという循環が、文化市場には起こりうるのである。

しかし、ここで一つ困ったことが起きる。

本を売ったこの循環は、永遠には続かない。

古くなるのは、本ではなく「その本に向けられた問い」なのかもしれない

ある時代に猛烈に売れた本を数十年後に読むと、内容が悪いわけでもないのに、なぜこれほど売れたのか分からないことがある。

その理由を理解するには、本だけを見るのではなく、その本を買った読者が何を欲しがっていたのかを想像しなければならない。

英語学習に社会的関心が集まった時代には英語の本が売れ、家庭の作法への関心が強ければ冠婚葬祭の本が必要とされる。健康への不安が高まれば健康本が売れ、経済的不安が広がれば投資や節約について語る本が書店に積まれる。ベストセラーの棚は、出版物の人気ランキングであると同時に、その時代の人々が何を心配し、何を手に入れたいと思っていたのかを映す鏡でもある。

しかし時代が変われば、答えだけでなく問いそのものが変わっていく。

かつて百科事典を何十巻もそろえた家庭があり、知らない言葉があれば辞書を開き、旅行先を調べるためにガイドブックを買い、料理を知るために料理本を開いた。いま、その多くはスマートフォンの画面に置き換えられている。本の内容が突然間違いになったわけではない。読者が「その問題を本に尋ねる」という習慣そのものが変わったのである。

文学作品でも、これほど直接的ではないにせよ似たことは起こる。ある時代の家族観、恋愛観、成功観、社会的不安を非常に正確につかんだからこそ売れた作品は、その社会的前提が変わったとき、後世の読者にとって入り口を失うことがある。

ここにはベストセラーの残酷な逆説がある。時代に深く刺さったことが、時代を越えるときには弱点になる場合があるのだ。

「時代を超えていたから売れた」本ばかりではない。「その時代に、あまりに必要だったから売れた」本もあるのである。

忘却は、ある日突然起こるのではない

それでも、社会の関心が薄れただけなら、本はまだ死んでいない。

本当に大きな変化は、そのあとに起こる。

売れなくなれば増刷されにくくなり、増刷されなければ書店の棚から少しずつ姿を消す。店頭で見かける機会が減れば、偶然その本を手に取る人も少なくなり、それにつれて書評や日常の会話に登場する機会も減っていく。そうなれば出版社が新しい版を出す理由も弱くなり、その結果として、さらに新しい読者との接点が失われていく。

これは単純な「絶版だから忘れられる」という一方向の因果ではない。需要が減ったから絶版に近づくこともあれば、入手しにくくなったため新しい読者が減ることもある。原因と結果が互いを強めていくフィードバックとして考えた方が実態に近い。

だから本は、ある日突然死ぬのではない。

少しずつ、出会えなくなるのである。

この「出会えなくなる」という現象は、文化の忘却を考えるうえでかなり重要らしい。

クリスティアン・カンディアらは、科学論文、特許、楽曲、映画、人物などへの人々の注意が時間とともにどのように失われるのかを大規模なデータから分析し、2019年に『Nature Human Behaviour』で報告した。研究では、人々の会話などによって維持される記憶と、記録によって保持される記憶という二つの経路を考えることで、文化的対象に向けられる注意の減衰を説明している。

もちろん、この研究も日本のベストセラー本そのものを分析したものではない。

しかし興味深いのは、人間の社会的記憶が「保存されているか、消滅したか」という二択ではないことである。資料としてどこかに存在していても、社会がそこへ注意を向けなくなれば、文化的には次第に見えない存在になっていく。忘れられた本とは、まさにその状態なのかもしれない。

保存されている本と、生きている本は同じではない

ここで「本が消える」という言葉には注意が必要になる。

実際の本が完全に消滅するとは限らないからである。

日本では国立国会図書館法に基づく納本制度があり、国内で発行された出版物には国立国会図書館への納入義務がある。実際に納本された資料は、保存期限を設けず、可能な限り永く保存される。

『英語に強くなる本』も、1961年版が国立国会図書館に所蔵され、デジタル資料として記録されている。

さらに現在では、国立国会図書館がデジタル化した資料のうち、流通在庫がなく商業的な電子配信も行われていないなど、一般には入手困難な絶版等資料について、一定の条件のもとで図書館や個人へ送信する仕組みも存在する。

つまり、市場から消えた本でも、資料としては残ることがある。

ここで初めて、「保存」と「生存」の違いが見えてくる。

書庫の奥で百年間保存されている本と、毎年新しい読者が手に取る本は、物質としてはどちらも存在している。しかし文化的には、まったく違う状態にある。

本は燃やされなくても消えることができる。

誰にも語られなくなればよいのである。

名作には「何度も発見される仕組み」がある

では、なぜ一部の本だけが長く生き残るのだろう。

ここで私たちは、文学作品そのものの力だけを見る誘惑から少し離れなければならない。

もちろん作品の質は重要だろう。しかし、百年後まで読まれるためには、その百年間のどこかで次の読者へ手渡され続けなければならない。ある作品は文庫になり、全集に収められ、研究者や批評家によって論じられ、学校の教材として若い読者と出会う。さらに映画やテレビドラマになれば、それまで原作を知らなかった人が作品名を知り、書店員が新しい版を棚へ戻すこともある。こうした異なる経路が何度も重なることで、一度古くなった作品が社会の表面へ繰り返し戻ってくる。

文学研究では、後世に「読むべき作品」として選択され、規範的な位置を与えられた作品群を考えるとき、「カノン」という概念が用いられる。日本近代文学でも、何が文学史に残り、どのような作品が教育や社会の変化のなかで中心へ入っていったのか、それ自体が研究対象になっている。

これは、教科書に載れば自動的に名作になる、という意味ではない。むしろ、すでに評価された作品だから教科書に入り、教科書に入ったことでさらに多くの人に読まれ、その結果として評価がより安定するという相互作用が起こりうる。

ここでも、文化は循環している。

つまり長く残る本には、優れた作品であることだけでなく、何度でも再発見される経路が存在するのである。

文学史を見るとき、私たちは生存者だけを見ている

このことに気づくと、文学史の風景が少し不思議に見えてくる。

現在の書店へ行けば、漱石、芥川、太宰、川端、谷崎といった名前が並んでいる。すると私たちは無意識のうちに、明治や大正や昭和の読者たちも、同じような文学地図を眺めていたと考えてしまう。

しかし、そんなはずはない。

当時の新聞には当時の人気作家がいて、当時の書店には当時のベストセラーが積まれていた。いまではほとんど読まれない作家が、多くの読者を持っていたこともある。

つまり私たちが「昔の文学」と呼んでいるものは、昔の人々が実際に読んでいた本をそのまま保存した一覧ではない。

長い時間を通り抜けたあとに残ったものを見ているのである。

これは統計でいう生存者だけを観察する問題に少し似ている。現在まで残った作品ばかりを見ていると、「優れた作品は最初から評価され、当然のように後世まで残った」と考えやすくなる。しかし、その陰には当時猛烈に読まれ、その後ほとんど表舞台から消えた作品があり、反対に刊行当時には大きな販売部数を記録しなかったのに、後世になって評価を高めた作品もある。

文学史とは、本の競争結果を記録したランキングではない。

時間によって何度も選び直された結果なのである。

では、忘れられた本は駄作だったのか

ここまで来ると、最も簡単な説明が魅力的に見えてくる。

忘れられた本は、結局つまらなかったのではないか。

しかし、この結論はあまりに早い。

売れた本が必ず優れた本ではないのと同じように、忘れられた本が必ず劣った本であるとも限らない。

文化市場の実験が示すように、人気には作品そのもの以外の社会的影響が入り込むことがある。一方、集合的記憶の研究が示すように、文化的対象へ向けられる人間の注意そのものも時間とともに減衰する。そこへ出版流通や社会の需要、批評や教育、映像化、再版、電子化といった条件が重なるのだから、「なぜこの本は消えたのか」という問いに一つだけの答えを求めること自体が無理なのかもしれない。

作品の価値が落ちたからでも、出版社が絶版にしたからでも、読者が飽きたからでもない。そうした要因が互いに作用しながら、ある時点から新しい読者と出会う確率が少しずつ下がっていき、その積み重ねとして忘却が生まれる。

誰かが会議を開き、「来年からこの本を忘れることにしよう」と決めるわけではない。

忘却には責任者がいない。

そこが、忘却の恐ろしいところなのである。

だから、忘れられたベストセラーは面白い

それでも、昔のベストセラーを読む意味はある。

むしろ名作とは違う種類の面白さがある。

名作を読めば、その時代を越えて残ったものを見ることができる。それに対して忘れられたベストセラーを開けば、その時代と一緒に去っていった感覚に触れることができる。当時の人々が何を恐れ、何に憧れ、どのような人生を成功と考えていたのか、そしてどんな言葉を新鮮に感じ、何を疑うことなく常識として受け入れていたのか。文学史の表面から消えた本だからこそ、名作とは別の形で、その時代の日常的な欲望や不安が濃く保存されていることがある。

百万部という数字を、その本の文学的価値を示す点数と考える必要はない。

しかし百万部規模の流通を生んだという事実は、その時代の人間が、その本のどこかに強く反応した証拠ではある。

だから、古いベストセラーランキングは一種の地層のように読める。

そこには、その年に人々が欲しかったものが埋まっている。

いまの100万部本も、未来から見れば分からない

そして、この話は昔の本だけでは終わらない。

現在、書店の入口に積まれているベストセラーも、同じ時間の中にいる。

帯には何十万部、何百万部という数字が踊り、動画やニュースで紹介され、多くの人が同じ時期に読む。しかし2026年のベストセラーのうち、2050年にも普通に書店で買える本が何冊あるのか、私たちは知らない。2070年にも読まれている本となれば、さらに分からない。

反対に、いま数千部しか売れていない本の中に、半世紀後の読者が読み続けている一冊がないとも言えない。

Matthew Salganikらの実験が興味深いのは、文化市場の成功には予測しにくさが含まれることを示した点にある。そしてCristian Candiaらの研究が興味深いのは、人間の集合的な注意そのものが時間によって失われていくことを示した点にある。

二つを重ねると、少し不思議な結論にたどり着く。

売れることにも偶然が入り込み、忘れられることにも時間が入り込むのである。

だから刊行直後の販売部数だけを見て、その本の最終的な運命を知ることは難しい。

ベストセラーランキングは現在の熱量を測ることはできる。

しかし、その本が未来で生きているかどうかまでは測れない。

本の反対語は「絶版」ではない

古本屋へ戻ろう。

かつて百万部を売った本が、一冊だけ棚の隅に立っている。

それを見て、「この本は消えた」と言うのは正確ではない。

国立国会図書館の書庫には残っているかもしれず、別の図書館にも所蔵されているかもしれない。古書市場を探せばまだ手に入ることもあるだろう。つまり物としての本は残っていても、その題名を知る人が減り、誰も誰かに薦めなくなり、新しい読者が偶然手に取る機会まで失われれば、その本は文化の表面からゆっくり沈んでいく。

だから本の本当の反対語は、「絶版」ではないのかもしれない。

忘却である。

そして文学史とは、過去に書かれた本をすべて並べた巨大な本棚ではない。無数の本が時間の底へ沈んでいくなかで、それでも誰かに手渡され、読み直され、語り直され、何度も水面へ戻ってきた本の歴史なのだろう。

そう考えると、名作を見る目も少し変わる。

百年間残った本がすごいのは、百年間古びなかったからだけではない。その百年のどこかで、出版社や研究者や教師や書店員、そして何より一人ひとりの読者が、その本をもう一度誰かの前へ差し出してきたからでもある。

そして同時に、古本屋の片隅で眠る忘れられた百万部本もまた、別の意味で読む価値を持っている。

そこには、作品だけが眠っているのではない。

かつてその本を必要とした、もう存在しない時代そのものが眠っている。

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かつて町の書店の文庫棚には、赤川次郎の本が何冊も並んでいた。『三毛猫ホームズ』があり、『三姉妹探偵団』があり、『セーラー服と機関銃』があり、その隣にはまだ読んだことのない題名がいくつも続いている。一冊を読み終えても世界は閉じず、書店へ行けば次の一冊が待っていた。

赤川次郎という作家を考えるとき、この「いつも本があった」という記憶は軽く扱えない。

1976年、「幽霊列車」でオール讀物推理小説新人賞を受賞して作家としてデビューし、1978年に刊行された『三毛猫ホームズの推理』によって、一躍ベストセラー作家となった。新潮社の著者紹介では2024年1月時点ですでに著書は650冊を超えており、さらに2026年の山陰中央新報の報道では、これまでに刊行した本は約670冊、累計発行部数は3億部を超えるとされている。

3億部という数字は、単に「人気作家だった」という言葉だけでは説明しきれない。

ところが赤川次郎について語ろうとすると、しばしば最初に出てくる言葉は「読みやすい」である。それは確かに彼の作品の大きな特徴だろう。しかし、それだけでは何十年にもわたって膨大な読者を獲得した理由を説明したことにはならない。

むしろ考えるべきなのは、なぜ赤川次郎の「読みやすさ」が、あの時代のこれほど多くの人に必要とされたのかということである。

小説を読むための「構え」を取り払った

赤川次郎の小説を開くと、文章がこちらを威圧してこない。

長い背景説明を読み解いてからようやく物語が始まるのではなく、人が現れ、話し、何かが起こり、その結果として次の場面へ進んでいく。会話が物語を運び、登場人物の性格も、作者による長い説明ではなく、言葉や行動のなかから少しずつ見えてくる。

赤川作品について語られる「読みやすさ」は、単に漢字が少ないとか、一文が短いという意味ではない。むしろ、読者が物語へ入るまでに必要とする労力が小さいのである。

赤川次郎本人はインタビューのなかで、映画会社に勤めていた父親の影響から幼いころより映画を身近に見て育ったことを語っている。そうした経験を考えれば、彼の小説に見られる会話の速度や場面転換の軽快さに、映像的な感覚を見ることもできるだろう。出版社による作品紹介でも、赤川作品では会話やテンポの良さが大きな魅力として扱われてきた。

もちろん、映画を多く見たからそのまま文章が映像的になった、と単純に因果関係を決めつけることはできない。ただ、赤川作品を読んでいると、登場人物が現れ、しゃべり、場面が切り替わり、そのうち読者も事件のなかへ入り込んでいるという感覚がある。小説を読んでいるのに、どこか映画やテレビドラマを追っているような速度があるのだ。

しかし、この読みやすさを「簡単な小説」と言い換えてしまえば、本質を取り逃がす。

赤川次郎の小説では殺人が起こり、嫉妬があり、裏切りがあり、家族の秘密があり、ときにはかなり陰惨な出来事も起こる。題材だけを抜き出してみれば、決して軽いものばかりではない。それでも読者が重苦しさに押しつぶされずページを進められるのは、作者が物語と読者との間に巨大な壁をつくらないからである。

本を読むには教養が必要で、文学を理解するには訓練が必要で、名作を前にしたら少し襟を正さなければならない。そんな文学につきまとう無言の緊張から読者を解放し、「面白そうだから読んでみる」という、ごく普通の入口を大きく開いた。

赤川次郎の重要性は、まずそこにあったのではないだろうか。

強くない男と、動き出す女性たち

赤川次郎の小説には、もう一つ興味深い特徴がある。

主人公が必ずしも強くない。

『三毛猫ホームズ』の片山義太郎は刑事でありながら血を見ることが苦手で、女性にも弱い。昔ながらの探偵小説や刑事小説を考えれば、冷静沈着で頭脳明晰な男性主人公が事件を支配していても不思議ではない。しかし片山の周囲には行動力のある妹の晴美がいて、さらには人間以上の存在感を持つ三毛猫ホームズがいる。

事件解決の中心にいるのが、必ずしも「強い男」ではないのである。

この構図は『セーラー服と機関銃』になると、さらに鮮明になる。

主人公の星泉は17歳の女子高校生でありながら、父の死をきっかけとして小さな暴力団の組長になる。女子高校生と暴力団という、本来なら決して結びつかない二つの世界を組み合わせることで、物語そのものに強烈な入口をつくった。

ここで面白いのは、赤川次郎が最初から超人的な人物を主人公にしたのではなく、ごく普通の人物を、普通なら起こり得ない状況へ放り込んだことである。

女子高校生が組長になる。猫が人間よりも鋭く事件を見る。女性が苦手な刑事が女性たちに囲まれて捜査する。

設定だけ取り出せば漫画のようにも見える。しかし、その軽やかな入口があったからこそ、それまで本格的な推理小説には近づかなかった読者も物語へ入ることができた。

文春文庫の歴史を振り返る出版社側の回顧でも、1980年代には赤川次郎や星新一が中学生、高校生に広く読まれ、それまで以上に若い世代へ文庫読者が広がったことが語られている。

これは赤川次郎を考えるうえで非常に重要な事実である。

彼は、すでに本をたくさん読んでいる人だけを相手にしたのではなかった。

これから本を読む人を、読者にしたのである。

赤川次郎が現れたころ、文庫本そのものが変わっていた

しかし、どれほど読みやすく面白い作家であっても、時代と出会わなければ3億部という巨大な数字にはならない。

赤川次郎が作家として走り始めた1970年代後半から1980年代は、日本の文庫をめぐる環境そのものが大きく変わっていた。

1970年代前半には講談社文庫、中公文庫、文春文庫などが相次いで創刊され、それまでの岩波文庫、新潮文庫、角川文庫などを中心とした文庫市場に新しい競争が生まれた。文庫本は、すでに評価の定まった文学作品を廉価版で読むためだけの存在ではなく、新しい作品や娯楽小説を楽しむための身近な商品へと変わっていく。

その流れをさらに加速させたのが角川書店だった。

角川映画では映画と原作本を結びつけ、大規模な広告宣伝によって作品そのものを一つの文化現象へと変えていった。国立国会図書館による戦後ベストセラー史の整理でも、この時代には映画と文庫を結びつけたメディアミックスが多くのベストセラーを生み出したことが指摘されている。

そこへ『セーラー服と機関銃』が現れる。

1978年に刊行された原作は、1981年に薬師丸ひろ子主演で映画化され、大きな話題となった。作品は書店で「読むもの」であるだけでなく、映画館で「見るもの」となり、主題歌を通じて「聴くもの」にまで広がっていった。

文学作品が書店の棚だけに存在するのではなく、映画、テレビ、雑誌、音楽、広告を行き来する。その流れの中心近くに赤川次郎の作品はあった。

だから赤川作品を手に取った人すべてが、最初から「赤川次郎という作家を読もう」と考えていたわけではなかっただろう。

映画を見たから読む。テレビドラマで知ったから読む。友人が持っていたから読む。書店の棚に何冊も並んでいたから一冊買ってみる。そして一冊が面白ければ、別の作品へ進む。

文学史を考えるとき、私たちはつい、作家が作品を書き、作品が評価され、その結果として読者が読むという順序を想像する。

しかし実際の大衆的な読書は、そんなに整然としていない。

表紙が気になったから買うこともある。映画を見たから原作を読むこともある。題名が面白そうだから手に取ることもある。

赤川次郎は、そうした偶然の入口から入ってきた人を、きちんと次のページへ連れていくことのできる作家だった。

一冊で終わらせなかった「シリーズ」という力

赤川次郎の膨大な作品数を、単純に「多作だった」という言葉だけで説明するのも十分ではない。

『三毛猫ホームズ』『三姉妹探偵団』『幽霊』『杉原爽香』『吸血鬼』など、彼は数多くのシリーズを書いてきた。

そこには、本を読むという行為を一回限りの勝負にしない強さがある。

初めて読む小説には、わずかな緊張がある。知らない世界に入り、知らない人物の名前を覚え、作者の文体にも慣れなければならない。

しかし一度知ったシリーズなら、その負担は小さくなる。

読者は片山義太郎を知っている。晴美を知っている。ホームズを知っている。本を開いた瞬間、しばらく会っていなかった知人のところへ帰ってきたような安心感がある。

これは連続テレビドラマにも少し似ている。

事件は毎回変わる。しかし帰る場所は変わらない。

シリーズ小説の強さとは、毎回新しい事件を提供することだけではなく、「またここへ来たい」と思わせる世界をつくることにある。

だから一冊のベストセラーが、一冊だけで終わらない。

赤川次郎を一冊読んだ人が二冊目を読み、二冊目を読んだ人が三冊目へ進む。その積み重ねが、やがて信じがたいほど巨大な読者数へつながっていく。

そして1978年に始まった『三毛猫ホームズ』は、半世紀近くを経た2026年にも新作が刊行されている。

その事実だけでも、赤川次郎と読者との関係が、一時的な流行では説明できないほど長く続いてきたことが分かる。

「軽い」という評価で見えなくなったもの

これほど読まれた作家でありながら、赤川次郎を語るときには、ときどき奇妙な遠慮がつきまとう。

読みやすいけれど、文学的にはどうなのか。

そんな問いである。

しかし、そもそも小説は難しくなければ文学ではないのだろうか。

文章に長い修飾があり、思想的な言葉が並び、一度読んだだけでは意味をつかみにくいことが、文学の価値なのだろうか。

もちろん、難解さからしか生まれない文学がある。時間をかけて読み返すことで初めて見えてくる作品もある。それを否定する必要はまったくない。

けれどもその反対に、複雑な人間関係や社会の不条理を、できるだけ平易な言葉に落とし込み、読者を物語から離さない文学もある。

赤川次郎の小説は、読者に努力を要求するより先に、物語の面白さを渡した。

一見すると簡単なことのように思えるが、実際には難しい。

説明を減らしすぎれば人物が薄くなる。会話を増やしすぎれば物語が軽くなる。展開を速くすれば感情を描く時間がなくなる。それでも読者を迷わせず、事件を進め、登場人物を生かし、一冊の物語として着地させなければならない。

しかも、それを何百冊にもわたって続けている。

読みやすい文章とは、必ずしも書きやすい文章ではないのである。

本を読まなかったかもしれない人を、本の側へ連れてきた

赤川次郎の文学的な役割を考えるとき、作品の技巧や売上だけでは見えにくいものがある。

それは、本を読む習慣のなかった人を、本の側へ連れてきたことである。

中学生や高校生にも、通勤電車のなかで少しだけ読みたい会社員にも、難しい小説には気後れしてしまう人にも、赤川作品には入っていける入口があった。

そこには猫がいて、女子高校生がいて、少し頼りない刑事がいる。殺人事件が起こっているのに、思わず笑ってしまう会話もある。

気がつけば事件が始まり、「もう少しだけ」とページをめくっているうちに一冊が終わる。

そして書店へ行けば、また次の一冊がある。

こうして何百万人もの人が小説を読んだ。

考えてみれば、これは文学にとって決して小さな仕事ではない。

文学史には、文学の形式そのものを変えた作家がいる。新しい文体を生み出した作家、新しい思想を作品に持ち込んだ作家、新しい文学運動をつくった作家もいる。

その一方で、文学と読者との距離を変えた作家もいる。

赤川次郎は、おそらく後者だった。

文学の側へ読者を引き上げるのではなく、文学の方から読者の日常へ降りてきた。

文庫本を一冊買えば始まり、難しい準備はいらない。読み始めれば物語が動き、読み終えれば次の本が待っている。

その仕組みと文章の感覚が、1970年代後半から1980年代に急速に広がった文庫文化、映画、テレビ、若者文化と非常によく噛み合った。

だから「赤川次郎はなぜあれほど読まれたのか」という問いへの答えを、「読みやすかったから」という一言で終わらせるのは惜しい。

読みやすい文章があった。物語へ入りやすい設定があった。普通の人間が思いがけない事件へ巻き込まれる楽しさがあった。シリーズを読むことで再び帰ってこられる世界があった。そしてその背景には、文庫本が若者の日常へ入り込み、映画やテレビと小説の境界が薄くなっていく時代があった。

作家の資質と時代の仕組みが、ほとんど理想的な場所で出会ったのである。

3億部という数字は、その結果の一つだったのだろう。

しかし、本当に興味深いのは、その数字の向こう側である。

赤川次郎を一冊読んだことをきっかけに、別の推理小説を読み、さらに別の作家へ進んでいった人がどれほどいたのかは、どこにも統計として残らない。

少年少女のころに『三毛猫ホームズ』を一冊手に取り、それまで「自分は本を読む人間ではない」と思っていたのに、いつの間にか読書をするようになった人もいたはずである。

その一冊は、文学史の年表には載らない。

しかし文学というものが、本棚の中に置かれているだけではなく、読者のなかで生きるものだとするなら、赤川次郎が残した最も大きなものは、約670冊という著書の数でも、3億部という発行部数でもないのかもしれない。

「本って、こんなに面白かったのか」

そう思った読者の数こそが、赤川次郎という作家の本当の大きさを示しているのではないだろうか。

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「文豪」と呼ばれる作家と呼ばれない作家の違いは何か

夏目漱石を「文豪」と呼んでも、ほとんど違和感はない。森鴎外にも、芥川龍之介にも、その言葉はよく似合う。川端康成や谷崎潤一郎についても、おそらく多くの人が同じように感じるだろう。

ところが、時代を少し下ってみると事情が変わってくる。

松本清張を文豪と呼ぶ人はいるだろうが、「社会派推理小説の巨匠」と呼ぶ方が普通かもしれない。星新一なら「ショートショートの神様」、司馬遼太郎なら「国民的作家」、赤川次郎なら「ベストセラー作家」という言葉が先に浮かぶ。村上春樹ほど世界的に読まれている日本人作家であっても、「文豪・村上春樹」と書けば、どこか少し大げさな響きを感じる人は少なくないだろう。

この違いは、単純に作品の質だけで説明できるものではない。

そもそも「文豪」とは文学上の資格ではない。国家試験があるわけでもなければ、文学賞のように選考委員会が認定するものでもない。ある作家が何冊売れば文豪になるという基準もなく、芥川賞を取れば文豪になれるわけでもない。それなのに私たちは、ある作家については自然に「文豪」という言葉を使い、別の作家についてはほとんど使わない。

そこには、日本人が文学をどのように記憶し、後世へ残してきたのかという、作品そのものとは別の仕組みが隠れている。

「文豪」は生前の人気だけでは生まれない

作家にとって、売れることは重要である。しかし、売れた作家がそのまま文豪になるわけではない。

日本文学史を振り返れば、生前に圧倒的な人気を得た作家は数え切れないほどいる。その時代の新聞や雑誌を賑わせ、多くの読者を熱狂させたにもかかわらず、現在では文学史の専門書を開かなければ名前に出会わない作家もいる。その一方で、生前の販売部数だけを見れば必ずしも最大級ではなかった作家が、百年後には「日本を代表する作家」として語られていることもある。

つまり、人気と文学史上の地位は、同じものではない。

ベストセラーは「その時代にどれだけ読まれたか」を示すが、文豪という評価には「その時代が終わったあとにも読まれたか」という、もう一つの時間軸が加わる。

ここに文豪という言葉の面白さがある。

作家本人が亡くなったあと、新刊が出なくなり、新聞にもテレビにも本人が登場しなくなる。それでも作品だけが残り、新しい世代の読者に読み直される。社会の価値観が変わってもなお、そこに別の意味が見いだされる。その繰り返しのなかで、作家は少しずつ「同時代の人気作家」から「文学史上の人物」へ変わっていく。

文豪とは、ある意味では時間によってつくられる称号なのである。

教科書に載ると、作家は「国民の記憶」になる

夏目漱石を読んだことがない人でも、夏目漱石という名前は知っている。

芥川龍之介の作品を一冊も買ったことがない人でも、『羅生門』や『蜘蛛の糸』という題名を聞いたことがあるかもしれない。森鴎外なら『舞姫』、太宰治なら『走れメロス』が学校教育を通して記憶されている。

ここで重要なのが国語教科書である。

文学作品が教科書に採用されるということは、単に作品が教材になるというだけではない。毎年、何十万人、何百万人という子どもたちが、その作家の名前を見ることになる。それが何十年も続けば、実際にその作家の本を読む人よりはるかに多くの人が、その名前だけは知っているという状態が生まれる。

これは非常に大きな力を持つ。

文学は本来、読もうとした人が書店や図書館で出会うものである。しかし教科書に入った作品だけは違う。本人の意思とは関係なく、ほぼ全国民が一度はその作家と出会うことになる。

こうして漱石や芥川は、「読書をする人が知っている作家」から、「日本人なら名前を知っている作家」へと変わっていく。

文豪というイメージには、この国民的共有記憶がかなり深く関係している。

「全集が出る」という特別な出来事

かつて日本の家庭の本棚には、文学全集が並んでいることが珍しくなかった。

世界文学全集、日本文学全集、現代文学全集。革張り風の装丁を施された重厚な本が、応接間の本棚を一段まるごと占領している。全部読んだ家庭がどれほどあったかは別として、それを所有すること自体が、ある種の教養の象徴でもあった。

そこで名前を連ねる作家は、単に「面白い小説を書いた人」ではなくなっていく。

全集とは、その作家の仕事を保存する装置だからである。

一冊の小説なら絶版になることがある。流行作家なら、時代が変われば書店から姿を消す。しかし全集が編まれ、研究者が作品を整理し、書簡や日記まで収録されるようになると、作家は個々の作品を超えた「研究対象」になる。

夏目漱石全集、森鴎外全集、芥川龍之介全集という言葉には、どこか文化財のような響きがある。

作家本人の原稿だけではない。年譜が作られ、書簡が集められ、作品の初出が調べられ、研究論文が書かれる。それらが積み重なることで、一人の作家を中心に巨大な知識の体系が形成されていく。

文豪とは作品を書いた人であると同時に、死後も読み解かれ続ける人なのだ。

作家の人生まで「物語」になる

文豪と呼ばれる作家には、奇妙なほど強い人物像が付随していることが多い。

漱石には神経衰弱や英国留学の孤独があり、鴎外には軍医としての顔がある。芥川龍之介には若くして死を選んだ知識人という像があり、太宰治には破滅的な人生そのものが作品と重なるような印象がある。三島由紀夫に至っては、その最期を文学から完全に切り離して語ることが難しい。

もちろん、本来なら作品と作家本人の人生は別のものである。

しかし文学史は、必ずしも作品だけを保存しない。

「この人はどんな人生を送り、なぜこの作品を書いたのか」という物語まで一緒に保存する。その結果、作家自身が一つの文化的キャラクターになっていく。

学校で名前を覚え、写真を見る。年表には出生と死去が記され、文学館には書斎が再現され、愛用の万年筆まで展示される。かつて生身の人間だった作家は、少しずつ歴史的人物へ変わっていく。

この変化が十分に進んだところで、「作家」という呼び名の前に「文豪」という二文字が置かれるようになる。

文豪という言葉には、作品への敬意だけではなく、その人物がすでに「歴史の側」に移ったことを示す響きも含まれているのである。

なぜ現代作家は文豪と呼ばれにくいのか

そう考えると、現在活躍している作家が文豪と呼ばれにくい理由も見えてくる。

たとえば村上春樹は、日本国外でも極めて広く読まれ、多数の言語に翻訳されている。日本文学史に残る可能性という意味では、すでに重要な作家であることを否定するのは難しい。それでも「文豪」という呼称には、まだ微妙な距離がある。

その理由の一つは、私たちと同じ時間を生きているからだろう。

新刊が出れば書評が掲載され、インタビューも行われ、読者は作品について賛否を語る。その作家はまだ「評価が確定していない現在の人物」である。

文豪には、どこか銅像のようなところがある。

現在進行形の人間には似合いにくい。

文学史という長い廊下の奥に立ち、何世代もの読者がその作品を読み終えたあとでもなお名前が残っている。そんな時間的距離が生じたとき、初めて文豪という言葉が違和感なく馴染んでくる。

だから、今日「人気作家」と呼ばれている人のなかから、百年後の文豪が生まれる可能性は十分にある。ただし、それを現在の私たちが確定することはできない。

純文学だから文豪になるわけではない

もう一つ興味深い問題がある。

文豪という言葉には、どうしても純文学的な響きがまとわりつく。しかし、文学史に残るために純文学でなければならないという決まりはどこにもない。

江戸川乱歩は探偵小説を書いた。松本清張は推理小説を通して社会を描いた。司馬遼太郎は歴史小説によって、多くの日本人の歴史観にまで影響を与えた。星新一は短い物語のなかに未来社会の構造を閉じ込めた。

彼らの影響力は決して小さくない。

それでも「文豪」という呼称の中心には、長い間、近代文学史と学校教育が置いてきた正統的な文学の系譜がある。

つまり、文豪は純粋に作品の文学的価値だけで決まるのではなく、「文学史という物語のなかで、どの位置に置かれたか」にも左右される。

文学史そのものが一つの編集作業なのである。

無数に存在した作家のなかから何人かを選び、近代文学の始まりを語り、自然主義を説明し、白樺派、新思潮派、無頼派、戦後文学へと線を引いていく。その線の上に何度も名前が登場する人ほど、後世から見ると巨大な存在に見える。

反対に、膨大な読者を持ちながら、その文学史の線から少し外れている作家は、「大作家」にはなっても「文豪」と呼ばれにくい。

ここには評価というものの、少し不思議な性質が表れている。

売れた作家と残った作家

文学の世界には、「売れた」という評価と「残った」という評価がある。

二つは重なることもあるが、同じではない。

ある時代に百万人が読んだ作品が、五十年後にはほとんど読まれなくなることがある。一方、発表当時には限られた読者しか持たなかった作品が、何十年もかけて評価を高めることもある。

文学には、出版された瞬間には分からない価値がある。

社会が変わると、作品の意味まで変わるからだ。

たとえば、ある時代には恋愛小説として読まれていた作品が、後世には女性の社会的立場を描いた作品として読み直されることがある。家族小説が、当時の家制度を記録した社会史的資料に見えてくることもある。未来を描いた小説が、数十年後には驚くほど現実的な社会批評として読めることさえある。

優れた文学は、読者が変わるたびに別の顔を見せる。

文豪になる作家とは、その再読に耐え続けた作家だとも言えるだろう。

「文豪」は出版社と書店にもつくられる

もちろん、作品が残るためには、それを読める状態にしておかなければならない。

文学史に残った作家の作品が現在でも容易に読めるのは、出版社が何十年にもわたって文庫を再版しているからである。旧字体を新字体に直し、注釈を加え、解説を付け、新装版を作る。著作権が切れれば電子化され、無料で読める作品も増えていく。

つまり名作は、自然に残っているわけではない。

誰かが残しているのである。

出版社、編集者、研究者、書店、図書館、教師、評論家、そして読者。その無数の人々が「これは次の世代にも読む価値がある」と判断し続けた結果として、作品は百年後まで運ばれていく。

この仕組みを考えると、「文豪とは誰か」という問いは、そのまま「私たちはどの文学を残してきたのか」という問いに変わる。

文豪ではないから、文学的価値が低いわけではない

ここで最も注意したいことがある。

文豪と呼ばれない作家が、文豪より劣っているわけではない。

むしろ「文豪」という言葉は、文学作品の価値を測る精密な物差しとしてはかなり曖昧である。

大量に読まれた作家、特定のジャンルを完成させた作家、若者文化を変えた作家、文章表現に革命を起こした作家。その重要性は、それぞれ違う尺度で測らなければならない。

赤川次郎を漱石と同じ物差しで測る必要はないし、星新一を鴎外と同じ方法で評価する必要もない。

むしろ文学史を面白くするのは、その違いである。

数十ページを費やして人間の内面を描く作家もいれば、数ページの物語で文明そのものを風刺する作家もいる。歴史を巨大な物語として描く人もいれば、家庭の食卓に置かれた小さな茶碗から一つの時代を描く人もいる。

文学は一種類ではない。

だから文豪という称号も、文学の頂点を示すランキングだと考えない方がよい。

百年後、誰が文豪になっているのだろう

結局のところ、文豪と呼ばれる作家と呼ばれない作家を分けているのは、作品の質だけではない。

作品が長期間読まれたこと、学校教育に取り込まれたこと、文学史のなかに位置づけられたこと、全集や文庫として保存されたこと、研究の対象になったこと、そして作家自身の人生まで含めて後世に語り継がれたこと。そうしたいくつもの条件が重なったところに、「文豪」という存在が生まれる。

だから文豪とは、作家が自分一人でなるものではない。

作家が作品を書き、読者が読み、批評家が論じ、出版社が残し、教師が教え、次の世代がもう一度読み直す。その長い共同作業の果てに、いつの間にか一人の作家の名前の前へ「文豪」という二文字が置かれる。

そう考えると、文学史は少し違って見えてくる。

私たちがいま何気なく読んでいる作家のなかにも、まだ「文豪」と呼ばれていない未来の文豪がいるかもしれない。そして反対に、現在は巨大に見える作家が、百年後にはほとんど読まれていない可能性もある。

その判定を下すのは、文学賞の選考委員でも、出版社でも、評論家でもない。

最後に決めるのは、時間である。

本棚から本棚へ、世代から世代へと作品が渡され、それでもなお誰かがページを開く。その小さな行為が百年ほど積み重なったとき、一人の「作家」は、いつしか「文豪」になっているのである。

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