地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

ドアが閉まらない、雨どいが外れた~小さな住宅修繕を頼める職人がいなくなると何が起きるのか

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「壊れた」ことより、「誰に頼めばよいのか分からない」ことの方が困る

 玄関のドアを閉めようとすると枠に少し当たり、以前より力を入れなければ閉まらなくなったり、台風が過ぎた翌朝に外へ出ると雨どいが途中から外れてぶら下がっていたり、洗面所の扉が蝶番の緩みで少しずつ傾いてきたりすることは、家そのものを建て替えなければならないほど重大な故障ではないため、住んでいる人も最初は「そのうち直してもらえばよい」と考えがちだが、いざ修理を頼もうとした時、故障そのものより難しい問題として現れてくるのが、「いったい誰に頼めばよいのか分からない」ということである。

 家を建てた工務店はすでに廃業し、以前近所にいた大工は高齢になって仕事を減らし、昔なら電話1本で「時間がある時に見に来てください」と頼めた相手がいなくなっている一方、インターネットで検索すれば住宅修理を掲げる会社はいくつも見つかるものの、「こんな小さな仕事を頼んでもよいのだろうか」「遠方から来てもらえば出張料はいくらになるのか」「知らない事業者を自宅へ入れて大丈夫なのか」といった新しい不安も生まれるため、家の故障を直す技術が世の中から消えたわけではないのに、それを自分の家まで届けてもらうことが難しくなりつつある。

 かつて住宅の小さな不具合は、技術だけによって解決されていたのではなく、「近所の大工さんにちょっと見てもらう」という地域の人間関係によっても支えられていたのであり、職人の高齢化や工務店の廃業が進むということは、単に施工できる人が減るだけではなく、住民が困った時に最初に相談できる入口そのものが少しずつ失われていくことを意味している。

建設業の人手不足は、すでに数字として表れている

 この問題を考えるうえで、まず確認しておかなければならないのは、建設業の担い手不足が単なる印象論ではないということであり、国土交通省と厚生労働省が2026年9月に示した資料では、建設技能者のうち60歳以上が約4分の1を占める一方、29歳以下は約12%にとどまっており、高齢層の比率が高い状態で世代交代を進めなければならないという構造的な課題が続いている。

 さらに労働市場を見ると、2024年度の有効求人倍率は全職業では1.25倍だったのに対し、建設躯体工事従事者では8.56倍、土木作業従事者では6.10倍、建築・土木・測量技術者では5.58倍、その他の建設従事者では4.59倍、電気工事従事者でも3.30倍となっており、職種による差はあるものの、建設関係では求人数に対して仕事を求める人が少ない状態がかなり明瞭に表れている。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、この数字が「雨どいを直してくれる職人」や「ドアを調整してくれる大工」だけを取り出した統計ではなく、建設関係職種全体の数字だということであるため、全国で小規模住宅修繕の事業者が何%減少したのかまで直接証明することはできないものの、少なくとも小修繕を担う人たちも、人材確保が難しい建設産業全体の中で仕事をしているという背景は無視できない。

なぜ「30分で直る仕事」ほど頼みにくくなるのか

 小さな住宅修繕には少し奇妙な経済構造があり、難しい工事だから頼みにくいのではなく、場合によっては簡単に終わる仕事だからこそ事業者にとって優先順位を上げにくくなることがあるが、その理由は、実際に工具を使っている時間だけを見ていては理解できない。

 例えば、現場に到着してから30分で終わるドア調整があったとしても、事業者側では電話やメールで症状を確認し、訪問日時を調整し、必要な工具や部品を準備し、車で現場まで移動し、駐車場所を確保し、状態を確認してから作業を行い、終了後には代金の精算や記録などの事務処理まで必要になるため、現場での作業が30分で済んだからといって、その仕事に費やす時間全体が30分で済むわけではない。

 この構造を単純化して考えれば、住宅修繕の費用には、移動や受付、日程調整といった仕事の大きさにかかわらず発生する固定的な費用と、実際の作業時間や材料量に応じて増減する費用があり、工事が小さくなれば作業時間や材料費は減っても、現場へ行くための固定的な費用までは同じ割合で小さくならないため、工事金額が小さいほど売上に占める移動や調整の比率が高くなりやすい。

 したがって、人手が十分にあり、地域の付き合いの中で小さな仕事を引き受ける余裕があった時代には成立していた修繕でも、職人の予定が埋まりやすくなれば、同じ半日を使うのであれば複数の小さな仕事を回るより、まとまった工事を優先するという経営判断が生じやすくなり、これは職人が不親切になったというより、限られた人員と時間の中で事業を継続するために起こる経済的な選択と考えた方が現実に近い。

本当に失われるのは「人数」だけではなく「見れば分かる経験」である

 建設業の高齢化を考える時、単純に「働く人が減る」とだけ捉えると重要な部分を見落とすことになり、とりわけ既存住宅の修繕では、新築工事のように新しい材料を図面どおりに組み立てれば済むとは限らず、目の前にある家を見ながら、どこで何が起きているのかを推測する力が必要になる。

 例えば、ドアが閉まりにくいという1つの症状でも、蝶番が緩んでいるだけなのか、建具そのものが湿気などで変形しているのか、枠に問題があるのか、それとも建物側の変形が関係しているのかによって対応は異なるため、「とりあえず蝶番を締めれば終わり」とは限らず、実際には築年数、材料、使われ方、これまでの修理履歴などを見ながら原因を絞り込んでいく必要がある。

 こうした判断力は、資格試験や教科書だけで完全に身につくものではなく、さまざまな住宅を長年見てきた経験によって磨かれる部分が大きいため、高齢の職人が引退するということは、単に1人分の労働力が減るだけではなく、「この家のこの症状なら、まずここを見る」という地域に蓄積された経験知が失われることでもあり、小修繕の問題を考える際には、人数だけでなく技能の継承まで見る必要がある。

小さな不具合を放置すると、修繕範囲が広がることがある

 雨どいが一部外れていても、晴れた日には生活へ直接影響しないため、そのまま何週間も放置されることがあるが、雨が降れば本来は雨どいを通って排水されるはずの水が外壁や軒先、家の周囲へ落ちる可能性があり、その状態が長く続けば、住宅の構造や外壁材、雨量などによって程度は異なるものの、周辺部分の劣化を促す要因になることがある。

 ドアについても同様で、蝶番の緩みやわずかなずれの段階なら小さな調整で改善できることがある一方、「まだ閉まるから」と力を入れて使い続ければ、蝶番や枠など別の部分に余分な負荷がかかることもあり、住宅の不具合は必ず大きな故障へ発展するわけではないものの、初期段階で点検や補修を行った方が修理範囲を小さく抑えられる場合があるというのは、住宅の維持管理という観点から見ても合理的である。

 ところが、小さな修繕を頼める相手が減れば、住民に修理する意思があっても依頼先を探している間に時間が過ぎ、結果として簡単な補修で済んだ可能性のある不具合が周辺へ広がってしまうことも考えられるため、住宅にも人間の医療における「かかりつけ医」に似た、重大な故障になる前の段階で相談できる存在があることには大きな意味がある。

高齢化する地域では、小修繕が生活継続の条件になる

 住宅の小さな不具合の中には、自分で修理できるものも存在するが、雨どいの確認や屋根周辺の作業のように脚立やはしごを使用する作業には転落の危険があり、とりわけ加齢によって筋力やバランス能力が低下した人にとっては、故障そのものより「自分で確認しに行くこと」の方が危険になることがあるため、何でも自分で直すことを前提にするのは現実的ではない。

 高齢者の家庭内事故では脚立や踏み台に関係する転倒・転落事故も問題とされていることを考えれば、高齢化が進む地域ほど、住宅の小さな修繕を専門の人へ頼める環境を維持する意味は大きくなり、今後は住宅修繕を単なる建築サービスとしてではなく、高齢者が自宅で安全に暮らし続けるための生活支援の一部として考える必要も出てくる。

 さらに人口密度の低い地域では、1軒の小修繕のために職人が長い距離を移動しなければならないことがあり、工事金額が小さいほど移動時間の比重が大きくなるため、小口の住宅修繕サービスを事業として維持しにくくなる可能性があるが、人口減少地域で実際に小修繕業者がどの程度減少しているのかを直接示す全国統計は十分ではないため、「人口減少地域では必ず職人がいなくなる」と断定するのではなく、人口の分散と移動コストが小修繕の採算を悪化させる要因になり得ると考えるのが適切である。

空き家900万戸の時代に、本当に必要なのは「新しく建てる人」だけではない

 2023年の住宅・土地統計調査では、日本全国の空き家は900万2,000戸、空き家率は13.8%となり、空き家数も空き家率も過去最高となったが、この数字から直接「空き家が増えたから職人が不足する」と結論づけることはできないものの、日本に築年数を重ねた膨大な住宅ストックが存在していることは明らかであり、今後の住宅政策を新築だけで考えることが難しくなっていることを示している。

 人が住んでいる既存住宅は、古くなったからといって一度にすべてを交換するわけではなく、雨どいを補修し、建具を調整し、外壁を直し、給湯設備を交換しながら少しずつ使い続けていくため、既存住宅を長期間利用する社会を目指すのであれば、それを点検し、補修し、必要な時に修繕する人や仕組みも同時に維持しなければならない。

 日本の住宅政策でも、住宅を適切に維持管理しながら長く使う方向が重視されているが、建物の長寿命化だけを進めても、実際に不具合を見つけて手を入れる技能者がいなくなれば、その住宅を良好な状態に保つことは難しいため、これから重要になるのは「何戸新築するか」だけではなく、「すでに存在する住宅を誰が直し続けるのか」という視点である。

大手企業やインターネットサービスがあれば解決するのか

 地域の職人が減少するのであれば、大手住宅会社、ホームセンター、住宅設備会社、インターネット経由の修理サービスなどがその役割を代替すればよいようにも思えるが、こうしたサービスには料金や受付方法が分かりやすく、従来の地域の人間関係を持たない人でも依頼しやすいという大きな利点がある一方で、受付窓口を全国規模にできたとしても、実際の修理まで画面の中だけで完結するわけではない。

 住宅修繕では、利用者がスマートフォンで故障部分の写真を送り、人工知能を使って原因の候補を絞り込み、予約や見積もり、部品手配を効率化することは可能であり、こうしたデジタル化によって1人の職人が処理できる案件数を増やせる可能性もあるが、最終的に雨どいへ金具を取り付けたり、ゆがんだ建具を調整したり、壊れた部品を交換したりする作業には、現場へ行く人間が必要である。

 したがって、大手企業やデジタルサービスは小修繕問題を軽減する重要な手段にはなり得るものの、地域に実際に動ける施工者が不足した場合に、その不足を完全に消してしまうものではなく、住宅修繕は情報部分を遠隔化できても、最後の物理的な作業までは遠隔化できない仕事なのである。

「部品代1,000円なのに修理代1万円」は本当に高いのか

 小さな住宅修繕がこれからも地域に残るかどうかを考える時、利用者側にも料金に対する見方の変化が必要になる可能性があり、例えば交換する金具そのものが1,000円程度であっても、出張料や作業料を含めて1万円を超える請求になれば「部品は安いのに、なぜこんなに高いのか」と感じる人は少なくないが、実際に購入しているのは部品そのものだけではない。

 その金額の中には、症状を判断する知識、工具や部品を積んで現場へ移動する時間、事故を起こさず施工するための技能、作業後に不具合が生じた場合の責任、さらに受付や会計といった事務作業まで含まれており、小さな修繕ほど材料費よりも「人が現場まで来るための費用」の割合が高くなるため、作業時間や部品価格だけを基準に料金を評価すると、利用者と事業者の間で大きな感覚のずれが生じる。

 無料見積もりや無料出張を当然の前提として小さな仕事にまで求め続ければ、利用者にとっては便利であっても、事業者側では採算を確保できず、その結果として小修繕そのものを受け付けなくなる可能性もあるため、これからは「30分の作業にいくら払うか」ではなく、「困った時に家まで来て、適切に判断して直してくれる体制を地域に残すために、いくら必要なのか」という視点も重要になってくる。

「何でも直せる人」より、「最初に相談できる人」が必要になる

 住宅修繕を考えると、「昔の大工のように何でも直せる人を増やせばよい」と考えたくなるが、現代の住宅設備は専門化しており、工事の種類によって資格や事業者指定が必要になるものもあるため、1人が住宅に関するすべての工事を施工することを前提にするのは現実的ではなく、例えば電気工事には電気工事士資格が必要となる工事があり、給水装置工事についても指定給水装置工事事業者制度が存在する。

 そのため、これから地域で重要になるのは「何でも自分で工事する人」ではなく、まず住宅の状態を見て、簡単な調整や補修で済むのか、それとも専門的な工事が必要なのかを判断し、自分で施工できる範囲なら対応し、資格や指定が必要な工事であれば適切な専門事業者へつなぐことのできる人である。

 昔の工務店や地域の大工は、制度として意識していたわけではなくても、結果としてこうした役割を担っており、雨漏りなら屋根職人へ、電気なら電気工事業者へ、建具なら自分で直すというように、住民にとっては「あの人に聞けば、次に誰へ頼めばよいか分かる」という入口になっていたため、職人の高齢化や工務店の廃業によって失われつつあるのは、個別の施工能力だけではなく、この住宅修繕の案内役としての機能でもある。

小さな仕事を「1件ずつの採算」だけで考えない仕組みも必要になる

 小修繕が採算面で不利になりやすいのであれば、1件の依頼ごとに職人が遠くから訪問する仕組みだけでなく、同じ地域の複数の修繕依頼をまとめて訪問する方法や、住宅の定期点検と簡単な補修を組み合わせる方法、複数の職種が情報を共有して必要な専門職へつなぐ方法など、小さな仕事をまとめて成立させる仕組みを考える余地がある。

 例えば、ある地域で月に1度だけ小修繕をまとめて受け付け、同じ日に複数の住宅を巡回できれば、1件ごとに往復する場合より移動時間を減らせる可能性があり、完全に昔の「近所の大工さん」の世界へ戻ることはできなくても、移動や受付を共同化することで、小さな住宅修繕を事業として残せる可能性は高まる。

 これは行政がすべての修繕を直接担うという話ではなく、地域の工務店、専門職、ホームセンター、管理会社などを住民が見つけやすくし、資格が必要な仕事とそうでない仕事を適切に振り分け、小口の仕事でも効率的に回れる環境を作るということであり、人口減少地域ほど、こうした「仕事をまとめる仕組み」そのものが新しい地域インフラになる可能性がある。

家は突然壊れるのではなく、「少し困る」が積み重なって古くなる

 住宅問題というと、空き家、耐震化、災害対策、新築価格の上昇といった大きな問題が注目されやすいが、実際に人が暮らしている家で最初に起こるのは、もっと小さな変化であり、ドアの閉まり方が以前より悪くなり、雨どいが少し傾き、網戸が破れ、蛇口から少量の水が漏れるというように、住宅はある日突然使えなくなるのではなく、「まだ使えるけれど少し困る」という状態を何度も繰り返しながら古くなっていく。

 だからこそ、既存住宅を長く使う社会で重要なのは、大規模な改修工事を施工できる会社だけではなく、「この程度の故障でも相談してよい」と思える相手が存在し、その人が自分で直せない場合でも適切な専門職へつないでくれることであり、小さな不具合を小さいうちに処理できる環境が、結果として住宅を長く使うための土台になる。

 「ドアが閉まらない」「雨どいが外れた」という1軒の家の出来事だけを見れば、国家的な問題とは到底思えないが、日本各地で同じような相談を受けてくれる人が減り、住民が修理したいと思っても依頼先を見つけられない状態が広がれば、それは単なる1軒の故障ではなく、住宅を維持する社会的な仕組みの問題へ変わっていく。

 新しい家を建てることのできる社会であっても、すでに建っている家の小さな傷みを直せなければ、人はその住宅に長く住み続けることが難しくなるため、これから地域から失わせてはいけないものは、単に「職人の人数」ではなく、壊れかけた住宅を見つけ、小さいうちに手を入れ、必要なら次の専門家へつなぎながら、「まだ使える家」を「これからも使える家」へ戻していく仕組みそのものなのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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