地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 地方の人口減少を語るとき、私たちはどうしても「住んでもらう」という発想から離れにくい。移住者を増やし、若い世代を呼び込み、子どもの数を増やして地域を維持するという筋書きは分かりやすいが、日本全体の人口が減少している以上、すべての町が同時に定住人口を増やすことはできず、しかも仕事、学校、医療、人間関係まで都市側に築いている人に対して、生活の中心そのものを地方へ移してくださいと求めるのは、本人にとってかなり大きな決断になる。

 しかし、「住民になってもらわなければ意味がない」という前提を外してみると、地方と都市の関係は少し違って見えてくる。月に2度来る人、週末だけ滞在する人、春から秋にかけて頻繁に訪れる人、仕事は都市に残したまま地方にも住まいを持つ人は、住民票を基準にした人口統計には十分現れないかもしれないが、実際には食料を買い、ガソリンを入れ、飲食店を利用し、住宅を維持し、ときには草刈りや修繕を地域の誰かに頼んでいる。

 その1回1回の支出は小さい。それでも、1度だけ訪れて帰る観光客とは違い、同じ人が翌月も、半年後も、数年後も戻ってくるのであれば、そこには「反復される需要」が生まれる。二地域居住の経済的な意味を考えるとき、まず見るべきなのは地域を劇的に変える一人の移住者ではなく、何度も来て少しずつお金を使う人がつくる、小さいけれど繰り返される市場なのである。

「一人増える」より「何回来るか」

 人口政策では「何人住んでいるか」が重要になるが、商売の側から見ると、それだけでは十分ではない。重要なのは、地域を利用する人が1年間に何回来て、そのたびにどれくらいの支出を行い、その支出のうちどれだけが地域内の事業者に届くかということである。

 たとえば説明のための仮定として、ある二地域居住者が月に2回町を訪れ、1回の滞在で食料、外食、燃料、日用品などに5,000円を地域内で使うとする。この場合、1年間の支出は24回掛ける5,000円で12万円となり、同じ程度の利用をする人が百人いれば、年間の地域内支出は1,200万円になる。

 もちろん、これは二地域居住者の全国平均を示した数字ではなく、あくまで経済の仕組みを考えるための仮定である。また、1,200万円の支出がそのまま地域住民の所得として残るわけでもない。スーパーで買った商品の仕入代金は地域外へ出ていき、ガソリンや家電も地域外で生産されていることが多いため、地域で支払われた金額と地域に残る所得は区別して考えなければならない。

 そこで重要になるのが、地域内で発生した支出のうち、どれだけが地域の人件費、利益、地域内仕入れとして残るかという割合である。同じ1,200万円の支出でも、ほとんどの商品を外部から仕入れている店に流れる場合と、地域の人が提供する草刈り、修繕、清掃、飲食、農産物販売などに流れる場合とでは、地域経済への影響はかなり違ってくる。

 二地域居住者の人数だけを数えても、地域への影響は十分に分からない。「何人いるか」に加えて、「年間何回来るか」「1回いくら使うか」「その支出を地域内でどれだけ受け止められるか」を見る必要があり、この三つを分けて考えると、地方における二地域居住の経済的な意味がかなり見えやすくなる。

観光客とも住民とも違う「半分知っている客」

 観光客は、その土地をまだよく知らないため、有名な観光施設や検索で見つけた飲食店を利用しやすい。一方、長く住んでいる住民は地域をよく知っているため、生活上の支出をできるだけ効率的に済ませようとすることが多い。二地域居住者はその中間に位置し、何度も町を訪れるうちに観光客ではなくなるが、完全な日常生活者にもならないという特徴を持つ。

 最初は評判の店を探して歩いていた人が、何度も通ううちに気に入った魚屋やパン屋を見つけ、帰宅前には同じ直売所で野菜を買うようになることがある。その行動が毎月繰り返されれば、1回限りの観光消費ではなく、ある程度予測できる反復需要に変わっていく。

 ただし、ここには注意も必要である。地域に慣れた人が必ず高い商品を買うとは限らず、土地を知るほど安い店や便利な店を選ぶようになることもあるため、二地域居住者は価格を気にしない優良顧客になると単純に考えるべきではない。それでも、店の商品や店主との関係に愛着が生まれれば、価格だけでは説明できない反復利用につながる可能性があり、地域の小さな商売にとって重要なのは、1度に大きな金額を使う客を探すことより、何度も戻ってくる客との接点を失わないことである。

人が来ても、買える場所がなければ消費は生まれない

 二地域居住者が増えれば、その人数に比例して地域の売上も増えると考えたくなるが、現実はそれほど単純ではない。地域に欲しい商品やサービスを提供する店がなければ、食料を都市から持ってきたり、インターネット通販を利用したり、隣の市まで買い物に出たりするため、地域に人が滞在していても、その消費が地元の事業者には届かない場合がある。

 つまり、二地域居住者が持ち込む購買力と、その購買力を地域で受け止める供給力は別の問題であり、「人を呼ぶこと」と「地域でお金を使ってもらうこと」の間には一段階がある。飲食店が閉まる時間が早すぎる、必要なものをどこで買えるのか分からない、住宅の修理を頼める事業者を探せないといった小さな不便が積み重なれば、せっかく地域に持ち込まれた需要は外へ流れてしまう。

 だから二地域居住を経済政策として考えるのであれば、人数を増やすことだけを成果にしてはいけない。重要なのは、外から持ち込まれた需要を地域の商いがどれだけ捕まえられるかであり、その意味では店の存在、営業時間、サービス情報、注文のしやすさ、支払い方法といった、一見地味な条件の方が、華やかな移住促進イベントより実際の消費に直結することがある。

「住んでいない時間」が新しい市場になる

 二地域居住の経済が興味深いのは、飲食や買い物だけではない。むしろ地域にとって特徴的なのは、「そこに住んでいない時間」があるために、定住者とは違ったサービス需要が生まれることである。

 家を持てば草は伸び、湿気はたまり、排水溝には葉が入り、台風のあとには屋根や雨戸が気になる。毎日住んでいる人なら自分で確認できることでも、月に数回しか訪れない人には確認すること自体が難しく、そこで誰かにお金を払って任せる理由が生まれる。

 たとえば月に1度の換気や簡単な清掃、庭の状態確認、郵便物の確認、台風通過後の外観点検、冬期の水道確認、設備の異常確認などは、1件ごとの仕事として見れば小さい。しかし、二地域居住者が一定数集まる場所では、こうした仕事を定期的に束ねることで、一つのサービスとして成立する可能性がある。

 ここで大切なのは、何でも代行する便利屋を始めれば成功するということではない。地方では顧客同士の距離が離れていることが多く、1件3,000円の仕事のために片道30分かけて移動すれば、それだけで採算が崩れてしまうことがあるため、小さな需要を商売にするには、その需要を地理的に束ねなければならない。

地方の商売では「顧客数」より「顧客密度」が効く

 二地域居住者向けサービスの成否を考えるうえで、人数以上に重要になるのが顧客密度である。百人の顧客が広い町全体に散らばっている場合と、同じ百人が一つの住宅地や別荘地に集中している場合では、売上の総額が同じでも利益は大きく異なる。

 1日に十軒を回れる地域と、1日に三軒しか回れない地域では、1件当たりの料金が同じでも事業者の収益性は変わるため、地方の生活サービスでは「市場人口が何人いるか」という問いだけでは十分ではない。「1時間で何人の顧客に会えるか」「1回の移動で何件処理できるか」という視点が必要になる。

 このため二地域居住者を対象とする小規模サービスには、町全域を広く取りに行くより、二地域居住者が比較的多い住宅地や別荘地など、狭い範囲にサービスを集中させる方が向いている。人口減少地域の新しい商売では、大規模な市場を探すことより、散らばっている小さな需要を採算の取れる密度まで束ねられるかどうかが重要になるのである。

「歓迎します」だけではお金は動かない

 二地域居住や関係人口を推進するとき、自治体や地域団体は交流会、イベント、移住相談会といった人間関係をつくる施策を考えやすい。しかし、人と人がつながることと、その地域で継続的な経済活動が生まれることは同じではない。

 二地域居住者が本当に困るのは、住宅に着いたら庭が荒れていたとき、夕方に食料を買える場所が分からないとき、壊れた網戸を誰に頼めばよいのか分からないとき、台風のあとに屋根が心配だが遠くにいて確認できないときである。こうした問題は一つ一つが小さいため行政課題として目立ちにくいが、商売の視点で見ると、小さいからこそ全国企業が参入しにくく、地域の個人事業者や小規模事業者が扱える余地が残っている。

 町が二地域居住者を増やしたいのであれば、「この町を好きになってください」と呼びかけるだけでは十分ではない。「困ったときには誰に頼めるのか」「何をどこで買えるのか」「留守中に何を任せられるのか」が分かる仕組みを整えることで、地域に持ち込まれた購買力が実際の商売へ変わりやすくなる。

月3,000円のサービスは商売になるのか

 二地域居住者向けの小さなサービスを考えるとき、売上と利益を分けて考える必要がある。仮に一人から月3,000円を受け取り、百人の顧客がいれば、月間売上は30万円、年間売上は360万円となる。

 しかし、ここから車両費、燃料費、保険、通信費、消耗品、決済費用、広告費、移動時間などを負担しなければならないため、360万円すべてが所得になるわけではない。二人分の生活を支える専業事業として考えれば十分な規模とは言いにくいが、一人で運営する小規模事業、副業、あるいは造園、清掃、修繕、不動産管理など既存事業の追加サービスとして考えるなら、意味を持つ可能性がある。

 ここでも重要なのは、1件当たりの売上を無理に高くすることではなく、同じ移動の中で複数の顧客を回れるかどうかである。月3,000円という小さな支払いでも、百軒が狭い地域に集まれば事業になる可能性がある一方、十軒ずつ十地区に散らばれば、同じ売上でも移動費によって利益が消えることがある。

 地方で新しい商売を考えるとき、「何人買ってくれるか」だけを見るのではなく、「その人たちはどこにいるのか」という問いを加える必要があるのは、このためである。

二地域居住は、必ず地域を豊かにするわけではない

 二地域居住には経済的な可能性があるが、それを無条件に地域にとって良いものだと考えるのも危険である。外部から住宅需要が増えれば、地域によっては土地や住宅の価格を押し上げ、地元で暮らす若者やサービス業従事者が住宅を取得しにくくなる場合もある。

 とくに住宅供給が少なく、観光需要の強い地域では、二地域居住や別荘需要が地元住民の住宅需要と競合する可能性がある一方、空き家が多く、住宅需要が弱い地域では、使われなくなった住宅を維持し、固定資産の価値を保つ方向に働くこともある。同じ二地域居住でも、住宅が不足している地域と空き家が余っている地域では意味がまったく異なるため、一つの成功例を全国へそのまま当てはめることはできない。

 また、地域内に十分な店や事業者がなければ、二地域居住者が持ち込んだ支出の多くが地域外へ流れる可能性もある。したがって、二地域居住そのものを経済効果と考えるのではなく、住宅市場の状況、地域の商業構造、顧客密度、地域内で供給できるサービスの種類まで含めて考える必要がある。

地方に必要なのは「大当たり」ではない

 人口減少地域で新しいビジネスを考えるとき、全国から顧客を集められる商品や、急成長する事業が理想として語られやすい。しかし、そのような事業が生まれる確率は高くなく、地方の小さな経済では、すでに地域を利用している人たちの未処理の需要を見つけ、少額でも繰り返し購入してもらう方が現実的な場合が多い。

 一人の顧客から年間数万円しか得られなくても、その顧客が百人、二百人と一定の範囲に集まり、しかも翌年も利用し続けるなら、1度きりの大型契約とは違った安定性が生まれる。市場が小さいことは弱点だが、その市場が小さすぎるため大企業が入りにくく、地域の小規模事業者には競争が少ない市場として残る場合もある。

 ただし、その小さな市場を見つけるには、「地方だから何か需要があるだろう」と考えるのではなく、誰が、何に困り、何回必要とし、いくらなら払い、どの地域に集まっているのかまで確かめる必要がある。二地域居住者という言葉そのものが商機なのではなく、その人たちが繰り返し経験する具体的な不便の中に商機があるのである。

「町を救う人」にしない

 地方政策では、人に役割を背負わせすぎることがある。移住者には自治会活動への参加を求め、若者には地域を変えることを期待し、起業家には雇用創出を期待するうちに、二地域居住者にも「地域を活性化してくれる人」という役割が与えられかねない。

 しかし、月に2度やって来る人は、その町を救うために来ているわけではない。海が好きだから来る人もいれば、小さな畑を楽しみたい人もいて、都会とは違う静かな時間を過ごしたいだけの人もいる。その人に地域貢献を要求する必要はなく、町へ来て、食事をし、必要なものを買い、家の手入れを地域の誰かに頼み、また都市へ戻っていけばよい。

 その往復が何年も続けば、一人の生活の中にその町が組み込まれていく。住民票はなくても、いつものスーパーがあり、いつもの飲食店があり、頼めば来てくれる職人がいて、道ですれ違えば挨拶する人がいるという関係が生まれれば、それはもはや単なる観光ではない。

 町の側から見れば、その人が使う1回数千円のお金は小さい。しかし、その数千円が年に20回、30回と繰り返され、同じような人が百人、二百人と存在すれば、それは一つの市場になる可能性がある。ただし市場になるかどうかを決めるのは人数だけではなく、来訪頻度、支出額、地域内で支出を受け止める割合、そして顧客同士の距離である。

 人口減少の町を一気に反転させるほどの力は、二地域居住にはないだろう。しかし、それは弱点ではない。人口減少の時代に必要なのは、すべてを元に戻す巨大な政策だけではなく、減っていく需要の隙間に小さな需要を差し込み、それを地域の商いへ変える仕組みでもある。

 二地域居住者は町を救わなくてもいい。月に何度かやって来て、昼を食べ、野菜を買い、ガソリンを入れ、伸びた草を刈ってもらい、壊れた雨戸を直してもらい、また翌月戻ってくる。その何でもない往復の中で、一つの店の売上が少し増え、一件の仕事が生まれ、使われなくなるはずだった住宅がもう少し長く維持されるなら、それだけでも地域経済にとって意味がある。

 地方の未来は、必ずしも劇的な人口増加によって始まるとは限らない。ときには、住民でも観光客でもない人が月に数回来るという、統計では見えにくい生活の往復から、小さく、静かで、それでも繰り返される経済が始まるのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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「この町の人ですか」と聞かれたら

 週末になると東京を離れ、海辺の町へ向かう。そこに小さな家を持ち、近所のスーパーで食料を買い、顔なじみになった食堂で昼を食べ、ときには伸びた草を刈る。春になれば祭りを見に行き、台風が来れば自分の家だけではなく、近所の様子まで少し気になる。それでも住民票は東京にある。

 この人を、その町の「住民」と呼んでよいのだろうか。行政制度から見れば、答えは簡単ではない。住民基本台帳では生活の本拠となる住所を基礎として住民が登録され、国勢調査では住民票の所在地とは別に、普段住んでいる場所を基準として人口が把握される。国勢調査では原則として3か月以上住んでいる場所、または3か月以上住むことになっている場所が調査対象となり、二つの住居を持つ人については、普段寝泊まりする日数の多い住居で調査する扱いがある。いずれも、一人を二つの自治体に同時に常住人口として計上する仕組みではない。

 ところが、町の日常を眺めると、その区分だけでは説明しきれない人がいる。その人は年に一度訪れる観光客よりも頻繁に町へ来て、同じ店で買い物をし、住宅を維持し、ときには地域の人間関係にも入り込んでいる。しかし、生活のすべてをその町へ移したわけではない。行政上は地域外に住所を持つ人であっても、実際には地域の消費、労働、社会活動、住宅需要の一部を担っている場合がある。

 ここでは、そうした人たちを少し大胆に「第三の住民」と呼んでみたい。もちろん正式な制度用語ではなく、法律上の住民資格を新たに与えるという意味でもない。地域との関係を、住民票の有無だけでは十分に説明できないという問題を考えるための比喩である。

 人口が減っていく日本では、こうした人の存在が地域の将来を考える一つの手がかりになるかもしれない。ただし、人口統計に表れにくいからといって、その人たちが必ず地域を豊かにするわけではない。何をもたらし、何を必要とし、地域側にどのような負担が生じるのかを、冷静に考える必要がある。

すべての自治体が人口を増やすことはできない

 地方創生について語ると、長いあいだ「人口をどう増やすか」という問いが中心に置かれてきた。移住相談会を開き、住宅取得に補助金を出し、子育て支援を充実させ、都市から若い世帯を呼び込もうとする。しかし、日本全体の人口が減少している以上、すべての自治体が同時に人口を増やし続けることは数学的に成り立たない。

 同じ時点、同じ人口の定義で全国の自治体人口を合計すれば、日本全体の人口になる。したがって、全国人口が減少しているときに、すべての自治体の人口だけが増加することは不可能である。もちろん出生、死亡、海外との人口移動があるため、個々の自治体の人口増減を単純なゼロサムゲームと呼ぶのは正確ではない。それでも国内の自治体が移住者の獲得を競う場合、ある自治体への転入は、多くの場合、別の自治体からの転出を伴う。

 ただし、この数学的な制約から、移住政策が無意味だという結論は導けない。人口が集まることで企業活動の効率が高まったり、公共交通や医療サービスを維持しやすくなったりする可能性がある一方、人口の集中によって住宅費や混雑などの問題が生じることもある。人口移動の効果は単なる人数の増減だけでは評価できず、移動した人の生活、仕事、所得、地域社会への影響まで含めて考える必要がある。

 問題なのは、地方創生を「住民票を何人獲得したか」という競争だけで評価してしまうことである。人口減少が続く社会では、移住者を増やす努力とともに、住民票を移さなくても地域との継続的な関係を持つ人を増やすという発想が重要になる。

 東京で働きながら長野でも暮らす。大阪に住みながら和歌山の小さな町へ毎月通う。都市に住民票を置いたまま、房総や伊豆、瀬戸内で生活の一部を過ごす。これは人口を一方の地域から他方へ完全に移すというより、一人が持つ時間、消費、関心、労働、社会関係の一部を複数の地域に配分する暮らし方である。

 二地域居住の新しさは、別荘を持つことそのものではない。人間の生活や地域との関係が、一つの自治体の人口だけでは十分に表現できないという事実を、改めて政策の課題として浮かび上がらせているところにある。

二地域居住者は実際にどれだけいるのか

 二地域居住が地域政策として注目されるようになった背景には、実践者が一定数存在するという調査結果がある。国土交通省が2022年に全国の18歳以上を対象として実施したインターネット調査では、主な生活拠点以外に滞在する地域がある人などを基礎に、二地域居住等を実践している人は約701万人、18歳以上人口の約6.7%と推計された。

 約701万人という数字だけを見れば、非常に大きな市場が存在するように感じられる。しかし、この数字を年間の相当日数を二つの住居で暮らす人の数と、そのまま読み替えることはできない。調査には幅広い滞在形態が含まれており、住宅の所有形態、滞在頻度、生活の実態によって地域への関わり方は大きく異なる。また、インターネット調査による推計であり、すべての対象者を直接数えたものでもない。

 似た概念に「関係人口」がある。これは、移住や単なる観光とは異なり、特定の地域と継続的かつ多様な関わりを持つ人を指す。国土交通省が2025年6月に公表した2023年度の調査結果では、全国の18歳以上の関係人口は約2,263万人、全体の約22%と推計されている。ただし、関係人口は二地域居住者より広い概念であり、地域活動に参加する人や、遠隔地から継続的に地域を支援する人なども含まれるため、この数字を二地域居住者数として扱うことはできない。

 この関係人口調査では、実際に地域を訪れる「訪問系」の人の年間訪問日数について、2日から7日が約49%、8日以上が約31%だった。つまり、特定の地域と継続的に関わっていても、年間の滞在日数がそれほど多くない人もいる。月に何度も訪れる人と年に数日だけ訪れる人では、地域経済や日常生活への影響が同じとは限らない。

 さらに、二地域居住者が全国で増えていると断定するには、同じ定義、同じ調査方法で継続的に測定された時系列データが必要である。異なる年の調査で人数が変わっていても、対象年齢や調査方法、二地域居住の定義が違えば、その差を増加率として解釈することはできない。

 したがって、現時点で重視すべきなのは、二地域居住者が何百万人いるかという数字そのものよりも、その内訳を明らかにすることである。地域に何日滞在し、どのような活動をし、いくら消費し、どの程度継続して関わっているのか。全国の推計人口だけでは、個々の町にとっての意味は十分に分からない。

住民票だけでは測れない関係を制度はどう扱うのか

 二地域居住をめぐる国の政策も変化している。2024年11月には、改正された「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律」が施行され、二地域居住を促進するための制度が整備された。法律上は「特定居住」という考え方が用いられ、自治体が促進計画を策定する仕組みや、住まい、仕事、地域との交流を支援する法人の指定制度などが設けられている。

 これは、単に都市から地方へ人を呼び込むだけではなく、二地域で生活するための環境を整える方向へ政策が広がっていることを示している。住居を確保できても仕事がなければ暮らし続けられず、働く場所があっても交通や地域との関係に問題があれば継続は難しい。そのため、住宅、就労、交通、地域交流などを組み合わせて支援することが課題となる。

 さらに、2026年には「ふるさと住民登録制度」の具体化が進んでいる。この制度は、住所地以外の地域に関心を持つ人や、継続的に関わる人を登録し、その関係を可視化しようとする仕組みである。2026年3月に公表されたガイドラインでは、幅広い関心層を対象とする「ベーシック登録」と、地域での担い手活動など、より深い関わりを対象とする「プレミアム登録」という二つの区分が示されている。

 ただし、これは住民票を二つ持つ制度ではない。登録しただけで住所地が変わるわけでも、その地域の地方選挙に参加する権利が得られるわけでもない。また、ふるさと住民登録の対象となる人がすべて二地域居住者であるとは限らない。地域に住宅を持たなくても、継続的な活動や支援を通じて関わる人がいるからである。

 この制度の意義は、人と地域との関係を住民票とは別の形で把握しようとする点にある。一方で、登録者数が増えたことだけを成果とすれば、従来の移住者数を競う政策と似た問題が生まれる。登録した人が実際に地域を訪れたのか、活動を継続しているのか、地域側にどのような効果と負担が生じたのかを確認しなければ、制度の実質的な成果は評価できない。

観光客とは違うお金の使い方

 観光客は地域にとって重要な存在である。宿泊し、食事をし、土産を買い、観光施設を利用する。ただし、その関係は一時的であることが多い。気に入った町でも、次の旅行では別の場所へ行くかもしれない。

 二地域居住者の消費は、これとは少し性格が異なる。毎月のように訪れるようになると、土産物店よりスーパーマーケットを利用する機会が増え、観光客向けの店だけでなく町の定食屋へ入り、住宅があれば修繕を頼み、庭があれば草刈りが必要になる。家具や日用品を買い、場合によっては車を整備し、家の設備が故障すれば地元の業者へ連絡するなど、日常生活を維持するための支出が発生する。

 つまり、消費の性格が「非日常を楽しむための支出」から「その場所で暮らし続けるための支出」へ少しずつ広がっていくのである。観光では季節や行楽需要に左右されやすい消費が、生活のための継続的な需要へ変わる場合もある。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、二地域居住者が増えれば、その分だけ地域経済が豊かになるとは限らないことである。通信販売でほとんどの商品を購入し、地域では都市資本のチェーン店だけを利用する場合、地元事業者への直接的な売上は限定される。もっとも、チェーン店であっても地域の従業員に賃金が支払われたり、地元から商品を調達したりすれば一定の経済効果は生まれる。逆に、地元経営の商店でも、仕入れの多くを地域外に依存していれば、売上のすべてが地域内に残るわけではない。

 したがって見るべきなのは、二地域居住者の人数だけではない。その人が一年に何回来るのか、一回の滞在でいくら使うのか、どの事業者へ支払うのか、その売上のうちどれだけが地域の賃金や利益になるのかという組み合わせである。

人が来れば地域経済は豊かになるのか

 ここで、簡単な計算を考えてみたい。ある町に二地域居住者が100人いて、それぞれが年間12回訪れ、一回当たり8,000円を地域内で使うとする。この場合、年間の消費総額は960万円になる。もし、その半分が地元事業者への支払いであれば、直接的な売上は480万円である。

 しかし、この480万円を地域の利益と呼ぶことはできない。事業者は売上から商品仕入れ、光熱費、設備費などを支払い、その一部は地域外へ流れる。地域の経済活動によって新たに生み出された付加価値を考えるには、売上高だけでなく、中間投入や域外への支払いを区別する必要がある。

 さらに、最も重要なのは、その消費が本当に追加的に発生したものなのかという点である。二地域居住者が利用した飲食店の席が、もともと利用するはずだった観光客の席を置き換えているなら、売上全体が増えるとは限らない。逆に、観光需要が少ない平日に来店し、空いている施設やサービスを利用するなら、既存需要を圧迫せずに売上を増やせる可能性がある。

 このように、二地域居住の地域経済効果を測る際には、消費総額、地元事業者の売上、地域内で生み出された付加価値、二地域居住がなかった場合と比較した純増効果を区別する必要がある。人数に平均消費額を掛けるだけでは、地域経済への本当の貢献は分からない。

 近年は銀行取引などのデータを用いて、二地域居住者と考えられる人の経済行動を分析する試験的な調査も行われている。ただし、都市と地方の間で資金が移動したことと、地域で実際に消費が行われたこと、さらに地域内で付加価値が生まれたことは同じではない。取引データを使う場合も、対象者の選び方や取引の性質を確かめなければ、地域全体の経済効果を過大評価する可能性がある。

 二地域居住者が増えることは、地域に新しい需要が生まれる可能性を意味する。しかし、その可能性が実際の所得や雇用の増加につながるかどうかは、地域の産業構造と事業者の対応によって決まる。

「救世主」と呼んだ瞬間に話がおかしくなる

 二地域居住者が地域で消費するのだから、人口減少地域にとって歓迎すべき存在だという結論は魅力的である。しかし、ここで話を終えると地方創生の記事としては都合がよすぎる。

 地域に人が来れば、便益と同時に費用も生まれる。人気の高い地域では住宅需要が高まり、空き家の活用が進む一方で、住宅価格や家賃を押し上げる可能性がある。海外のセカンドホーム地域でも、住宅需要の増加と供給制約が重なることで、地元住民が住宅を確保しにくくなる問題が研究されてきた。

 ただし、日本のすべての二地域居住地域で同じ現象が起きるとは限らない。空き家が多く、住宅需要が弱い地域では、二地域居住者の購入によって老朽住宅の改修が進み、建設業や住宅管理業への需要が生まれる場合もある。一方、住宅供給が少なく、交通の便がよい地域では、限られた住宅を地元住民と二地域居住者が競い合う可能性がある。

 ここで重要なのは、住宅価格の上昇を一律に利益とも損失とも評価できないことである。住宅所有者には資産価値の上昇という利益が生まれても、賃貸住宅に住む人や、これから住宅を購入する若年世帯にとっては負担が増えることがある。地域全体の経済規模が拡大しても、その利益が誰に配分されるかによって住民生活への評価は変わる。

 行政サービスについても同じである。二地域居住者が道路、水道、ごみ処理、公共施設などを利用すれば、利用状況に応じて行政費用が発生する。年間の滞在日数が少なくても、週末や大型連休に利用が集中すれば、ごみ処理や交通施設の需要が一時的に高まる場合がある。地域の財政負担を評価するには、年間平均の滞在者数だけでなく、季節や曜日による利用の偏りも考慮しなければならない。

 さらに、二つの生活拠点を行き来するための交通も無視できない。国土交通省の関係人口調査では、地域への主な交通手段として自家用車を挙げる人が多い。自動車移動が増えれば、交通混雑、駐車場需要、燃料消費、温室効果ガスの排出などが増える可能性がある。一方で、長期滞在によって一日当たりの移動回数が減る場合や、鉄道などの公共交通を利用する場合もあるため、環境負荷は移動距離、交通手段、滞在日数、二つの住宅のエネルギー消費を合わせて評価する必要がある。

 二地域居住を歓迎するか拒むかという感情論ではなく、誰に利益が生まれ、誰が費用を負担するのかを確かめることが重要なのである。

住民票がなくても税と行政負担は発生する

 二地域居住者は住民票を置いていないのだから、行政サービスを利用するだけで地域に税金を払っていないという見方がある。しかし、これは制度の実態を正確に表していない。

 例えば、住宅を所有していれば、通常、その所在地の自治体に固定資産税を納める。また、住所地以外に自分や家族が居住できる家屋敷を持つ人には、一定の要件のもとで、個人住民税の均等割が課税される場合がある。これは一般に「家屋敷課税」と呼ばれ、固定資産税とは別の制度である。建物を所有していなくても、一定の要件を満たす賃貸住宅などが対象になる場合がある。

 房総地域でも、大多喜町は住所地以外に家屋敷を持つ人への均等割課税について案内している。つまり、住民票がないという理由だけで、その地域に対して税負担がないと判断することは適切ではない。

 もちろん、固定資産税や家屋敷課税があるからといって、二地域居住者によって追加的に発生する行政費用がすべて賄われるわけではない。道路や上下水道などには利用人数が少なくても維持するための固定費があり、利用者が増えることで追加費用が発生する場合もある。反対に、既存設備に余裕があれば、利用者が増えても追加費用がそれほど増えない場合もある。

 自治体財政の観点では、税収や使用料などの追加収入と、行政サービスに必要となる追加費用を比較する必要がある。また、地域の商店の売上が増えても、その増加分がそのまま自治体の税収になるわけではない。地域経済の利益と自治体財政の利益は、分けて考えるべきものである。

 さらに、地方選挙への参加など、住民としての権利は原則として住所に基づく制度と結びついている。二地域居住者が地域で長く生活していても、住民票を移していなければ、その自治体の地方選挙に参加できない場合がある。地域に関わっていても、意思決定に直接参加できる範囲には制度的な限界がある。

 住民票がない人を単純に「ただ乗り」と呼ぶことも、納税しているから完全な住民と同じだと考えることも正確ではない。重要なのは、実際にどのような負担と貢献があり、どのような権利や行政サービスが認められているかを区別することである。

地域側が救世主を求めすぎる危険

 もう一つ厄介なのは、地域側が二地域居住者に「せっかく来たのだから地域のために働いてほしい」と期待しすぎる場合である。草刈りを手伝ってほしい、祭りにも出てほしい、自治会にも関わってほしい、空き家再生にも協力してほしい、地域産品も買ってほしいという期待が積み重なれば、第二の生活拠点を持ったはずの人が、別の場所でも義務に追われることになる。

 もちろん地域活動への参加を望む二地域居住者もいる。しかし、すべての人がより深い関係を求めているわけではない。自然の中で過ごしたい人もいれば、仕事に集中したい人、家族と静かに暮らしたい人、地域活動に積極的に参加したい人もいる。地域との距離を自分で選べることそのものに価値を感じている人もいるだろう。

 国土交通省が2022年に実施した二地域居住等の実践者への調査では、メリットとして「心身を休めて健康の維持や増進につながった」と回答した人が28.5%だった一方、「地域貢献ができたことに喜びを感じた」と回答した人は5.2%だった。これは複数回答による調査であり、実際に地域活動へ参加した人の割合を直接示したものではない。しかし、二地域居住者が地域に求める価値が、地域貢献だけではないことを考える材料にはなる。

 同じ調査では、移動の負担をデメリットとして挙げる人もいた。二地域で生活することは、一つの地域に住む場合よりも移動、住宅管理、生活費などの負担が増えやすい。そこに地域活動への義務まで加われば、暮らし方そのものを続けにくくなる人が出てきても不思議ではない。

 したがって「地域に来た人は、いずれ地域活動の担い手になる」という前提を置くべきではない。むしろ、地域への関わり方に濃淡を認め、活動に参加する人にも参加しない人にも、それぞれ無理のない関係を認めることが重要である。

 また、地域側にも受け入れのための負担がある。外部から来た人に活動を説明し、役割を調整し、地元住民との関係を整えるには時間と労力が必要になる。地域貢献を期待するだけでなく、受け入れる側が無理なく対応できる仕組みを作らなければ、善意が新たな負担を生むこともある。

 地域側が救世主を求めすぎれば、その人に期待を集中させ、結果として地域との関係が続かなくなる可能性がある。この逆説は、二地域居住を考えるうえで見落としてはならない。

「住んでいるか」ではなく「どれだけ関わっているか」

 従来の行政人口では、地域との関係はどうしても「住民か、住民でないか」という二分法になりやすい。しかし実際の地域との関係は連続している。

 一年に一度訪れる人もいれば、毎月来る人もいる。年間数十日を過ごす人もいれば、半年近く滞在する人もいる。地元の店で買い物をするだけの人、農作業を手伝う人、地域の事業者に専門知識を提供する人、地域行事に参加する人、静かに自分の生活だけを送る人もいる。同じ「住民票がない人」でも、地域との関係の深さや性質はまったく違うのである。

 ただし、関係の深さを一つの数字で測ることも難しい。年間100日滞在していても地域内ではほとんど消費しない人がいる一方、年間10日しか滞在しなくても、地元企業の経営を継続的に支援している人もいる。滞在日数が多いほど地域活動への貢献が大きいとも限らず、地元で多額の消費をしているからといって地域の人間関係に深く関わっているとは限らない。

 したがって、地域との関係を評価するには、滞在日数、消費額、就労、地域活動への参加、継続期間など、複数の指標を組み合わせて考える必要がある。その際も、すべての人に同じ行動を期待するのではなく、関係の種類が異なることを前提にするべきだろう。

 ふるさと住民登録制度のような仕組みは、こうした関係を可視化する一つの手段になる。しかし、登録人数が多くても実際の訪問や活動につながっていなければ、地域との関係が深まったとは言い切れない。また、個人の訪問履歴や消費行動を把握する場合には、本人の同意や個人情報の適切な管理が必要である。

 私たちは買い物履歴や移動履歴を細かく分析できる時代に生きているが、人と地域との関係については、長いあいだ住民票や観光客数のような限られた指標に頼ってきた。二地域居住は、その尺度では十分に測れない生活の実態を、改めて考えさせる現象なのである。

本当に重要なのは「関係の反復」である

 地域にとって、一万人が一度だけ訪れることと、千人が毎月訪れることは同じではない。前者は年間一万回の来訪だが、後者は年間一万二千回になる。しかし違いは単純な延べ人数だけではない。

 毎月来る人なら、店員が顔を覚えるかもしれない。客も店の事情を知り、季節ごとの変化に気づき、閉店すれば惜しいと思い、知っている人が困っていれば少し気になるようになるかもしれない。地域側も、その人が来月また戻ってくることを想定して、商品やサービスを提供しやすくなる場合がある。

 経済学では、同じ相手と繰り返し関係を持つ状況を考える反復ゲームの理論がある。一回限りの取引では相手との将来の関係を考慮する必要が小さくても、繰り返し接触する場合には、信用や評判を維持することが協力的な行動につながる可能性がある。地域社会でも、継続的な接触を通じて互いの事情を理解し、信頼や協力関係が形成される場合がある。

 ただし、繰り返し会えば必ず信頼が生まれるわけではない。もともと親しい人がいるから頻繁に訪れるという、逆方向の関係も考えられる。また、訪問回数が増えたことで生活習慣や価値観の違いが表面化し、摩擦が生じることもある。反復訪問と信頼の間に関連が見られても、それだけで訪問が信頼を生み出したと断定することはできない。

 商売についても同じである。一度二万円使う観光客より、毎月八千円ずつ使う人の方が年間消費額は九万六千円になる。もちろん、毎回来ても地域内ではほとんど消費しない人もいるため、訪問回数だけを見ればよいわけではない。また、観光客でも同じ地域へ頻繁に戻ってくる人はいるため、反復性は二地域居住者だけの特徴ではない。

 それでも、地域ビジネスにとって、一回当たり消費額だけでなく、一人が一年を通してどれだけ利用し、翌年も利用を続けるかという視点は重要である。特に観光需要が季節に集中する地域では、観光客の少ない時期にも継続して訪れる人がいれば、事業者の売上変動を小さくできる可能性がある。

 人口減少地域では、一度に大量の人を呼ぶことより、少人数でも繰り返し戻ってくる人を増やす方が、事業の安定につながる場合がある。ただし、これは地域や業種によって異なるため、訪問頻度、消費額、季節性、継続率を実際に測定して判断する必要がある。

「第三の住民」が生むのは人口ではなく市場かもしれない

 二地域居住を地域ビジネスの側から見ると、さらに興味深いことが見えてくる。二つの生活拠点を行き来する暮らしには、一つの家だけで暮らす場合には少なかった不便が生まれるからである。

 都市の家を出るときには、地方の家が無事か気になる。地方へ着けば、しばらく使っていなかった家の換気や掃除が必要になる。庭は伸び、郵便物はたまり、台風が来れば屋根が心配になる。車を置いていなければ駅から家までの移動手段が必要になり、高齢になれば二つの地域を行き来すること自体が負担になる。

 こうした問題の一つ一つは、それだけでは大きな産業には見えない。しかし人口の少ない地域で新しい商いを考える場合、むしろこうした「小さくて、何度も繰り返す不便」に市場の種が隠れている。

 例えば、住宅の定期巡回、換気、清掃、庭仕事、設備点検をまとめて引き受けるサービスが考えられる。別々の業者へ依頼していた業務を一つにまとめれば、利用者にとって手間が減り、事業者にとっても巡回や作業の効率化につながる可能性がある。また、駅から住宅までの移動、到着前の食料品の準備、地域の商店や医療機関に関する生活情報の提供なども、繰り返し利用されるサービスになり得る。

 ただし、これらのサービスには制度上の制約がある。人を有償で運ぶ事業には、道路運送法などの関係法令に基づく許可や登録等が必要となる場合があり、単に需要があるからといって自由に営業できるわけではない。医療に関する支援についても、情報提供や受診先の案内と、医療行為そのものは区別しなければならない。また、住宅の鍵を預かり、留守中に立ち入るサービスでは、契約、損害賠償責任、個人情報保護、防犯対策などが重要になる。

 つまり、二地域居住者向けのサービスを考える場合には、地域に不便が存在することだけでなく、それを合法的かつ安全に解決できる仕組みが必要なのである。

「困っている」は「お金を払う」とは限らない

 新規ビジネスを考えるとき、最も危険なのは「困っている人がいるから売れる」と考えてしまうことである。

 利用者が困っていても、自分で解決できるならお金は払わないかもしれない。近所に頼める人がいれば、事業者へ依頼する必要を感じないこともある。月千円なら払ってもよいが、一万円なら使わない人もいるだろう。さらに、需要が存在しても利用者が広い地域に分散していれば、事業者の移動時間や人件費を賄えない場合がある。

 例えば、空き家管理に困っている人が100人いても、全員が月千円しか払う意思を持たなければ、月間売上は最大でも10万円である。実際には100人全員が契約するとは限らないため、現実の売上はさらに小さくなる可能性がある。

 一方、月額一万円の管理サービスを考え、契約者一人当たりの巡回や作業に必要な変動費が月三千円、事業の固定費が月25万円と仮定すると、一人の契約によって固定費の回収に充てられる金額は月七千円になる。この条件なら、36人以上の契約で月間の収支が黒字になる計算である。ただし、これは説明のための仮定であり、実際の人件費や移動距離、車両費、保険料、修繕対応などによって損益分岐点は変わる。

 特に重要なのは、顧客の密度である。住宅が近接していれば、一度の移動で複数の住宅を巡回できるため、一件当たりの移動費用を抑えやすい。反対に、契約者が町の各地に分散している場合には、契約件数が増えても移動時間が長くなり、十分な利益が残らない可能性がある。

 また、新たに会社を設立して専用車両や従業員を確保する場合と、既存の清掃業者や造園業者が巡回業務の一部として引き受ける場合とでは、必要な固定費が異なる。人口の少ない地域では、専業の新規事業よりも、既存事業者が複数の生活支援サービスを組み合わせて提供する方が採算に合う場合もある。

 したがって、二地域居住者向けのビジネスを見る場合には、潜在的な利用者数だけでなく、実際に契約する割合、利用頻度、支払意思額、顧客の分布、継続率、人件費、移動費、固定費を合わせて評価しなければならない。

 二地域居住は自動的に新しい市場を作るわけではない。しかし、従来の観光需要とは異なる、継続的な生活需要を生み出す可能性がある。地域の事業者がそれを採算の合う形で提供できるなら、小規模でも持続的なビジネスが成立する余地がある。

観光ビジネスとは発想そのものが違う

 観光ビジネスが「この町に何を見に来てもらうか」を考える産業だとすれば、二地域居住を支えるビジネスは「どうすればこの町で無理なく暮らし続けられるか」を考える産業になる。

 観光なら絶景、温泉、食事、イベントが商品になる。しかし二地域居住では、家の管理、移動、買い物、医療機関へのアクセス、日常生活の手間といった、これまで観光の魅力とは考えられなかったものが商品になる可能性がある。

 ただし、観光客と二地域居住者を完全に別の集団として区別することも適切ではない。毎月同じ地域を訪れ、決まった店で買い物をする観光客もいれば、地方に住宅を所有していても、年間に数回しか訪れない人もいる。住宅を所有せず、賃貸住宅や宿泊施設を継続的に利用しながら二地域居住を実践する人もいる。

 つまり、観光と二地域居住の間には連続性がある。観光をきっかけに地域を好きになり、訪問を繰り返し、その後に生活拠点を持つ人もいるだろう。一方で、観光客として何度も訪れることに満足し、住宅を持たない人もいる。すべての観光客を二地域居住者へ転換する必要はないし、すべての二地域居住者を移住者へ転換する必要もない。

 それでも、地域に滞在する目的が「楽しむこと」から「生活を維持すること」へ広がると、必要とされるサービスの性質が変わる。地域の魅力を伝える仕事に加えて、地域で暮らすための不便を解消する仕事が重要になるのである。

「たくさん来る町」より「何度も戻る町」

 これまで多くの地域政策は、とにかく人を呼ぶことに力を注いできた。観光客を呼び、移住者を呼び、企業を呼び、若者を呼ぶ。しかし二地域居住という現象を考えると、最初の一回来てもらうこと以上に、その人が二回目、三回目と戻ってくる理由を作ることが重要になる。

 美しい海があるから一度訪れる。しかし顔を覚えてくれる店があるからまた来る。安い空き家があったから家を買う。しかし留守中に面倒を見てくれる人がいるから暮らし続けられる。自然にひかれて地域を知るが、そこで自分に合った居場所ができれば、その町は単なる旅行先ではなくなっていく。

 ただし、地域への愛着だけで反復訪問が維持されるとは限らない。交通費が高くなれば訪問回数は減るかもしれず、仕事や家族の事情が変われば滞在する余裕がなくなることもある。二つの住宅を維持する負担が大きければ、生活の継続自体が難しくなる。したがって、「戻りたくなる理由」を作るだけでなく、「無理なく戻れる条件」を整えることが必要になる。

 地域にとっても、訪問者数を増やすことと、継続的な利用者を維持することでは施策が異なる。新しい観光客を呼ぶには情報発信や観光資源の整備が重要になるが、二地域居住者との関係を維持するには、住宅管理、交通、日常の買い物、生活情報、地域との適切な距離感が重要になる場合がある。

 人口減少地域では、観光客数や移住者数のような新規獲得の指標に加えて、再訪率、年間滞在日数、翌年の継続率、地域内の利用額などを見ることが重要になっていく。ただし、再訪率が高ければ必ず地域に利益が生まれるわけではないため、消費や行政負担との関係も合わせて評価する必要がある。

房総の町で考える「第三の住民」

 例えば、御宿町、勝浦市、いすみ市、大多喜町などの地域を考えてみたい。これらの地域には、海や里山、歴史的な町並みなど、それぞれ異なる魅力がある。一方で、地域ごとの交通条件、住宅事情、産業構造、観光需要は同じではない。

 海辺の住宅を求める人もいれば、里山の古民家で静かに過ごしたい人もいる。都市からの移動時間、鉄道や道路の利便性、買い物ができる場所、医療機関への距離などによって、二地域居住の実現可能性は変わる。したがって、房総という一つの地域名でまとめてしまうのではなく、自治体ごと、さらに地区ごとの条件を調べる必要がある。

 例えば、住宅需要が弱く空き家が多い地区では、二地域居住者による住宅取得や改修が地域の住宅維持に役立つ可能性がある。一方、需要が集中する地区では、住宅価格や賃料への影響を確認する必要がある。また、鉄道駅から離れた住宅が多い地域では移動支援への需要が考えられるが、利用者が広く分散していれば、通常の有償サービスだけでは採算が難しい場合もある。

 地域の事業者にとっては、二地域居住者がどこに何人いるかという情報だけでなく、どの時期に訪れ、どのような生活上の不便を感じ、何に対価を支払っているかを知ることが重要になる。ただし、個人の住宅所在地や行動履歴は私生活に関わる情報であるため、調査には本人の同意や適切な管理が必要である。

 このような情報があれば、地域の商店、住宅管理業者、清掃業者、造園業者、交通事業者などが、それぞれの需要に応じたサービスを考えやすくなる。ただし、地域ごとの潜在需要が小さい場合には、一つの業種だけで新規事業を成立させることが難しいため、既存の事業者同士が連携して複数のサービスを提供する方法も検討に値する。

 地域経済の将来を考えるとき、観光客の増加だけを目指すのでも、移住者の獲得だけを目指すのでもなく、地域外に生活の本拠を置きながら継続的に地域を利用する人との関係を把握することには意味がある。ただし、それが実際に地域所得の増加や生活環境の改善につながるかどうかは、個々の地域で確かめなければならない。

二地域居住の価値を測るなら

 二地域居住者が地域にとってどのような価値を持つかを冷静に考えるなら、地域に入ってくるものと、地域が負担するものの両方を見る必要がある。

 地域内での消費が増え、地元の事業者に仕事が生まれ、雇用や所得が増えれば経済的な利益になる。地域活動に参加する人が増えたり、住宅の維持管理が進んだりすれば、経済指標に直接表れにくい便益も生まれる。一方で、住宅価格の上昇、行政サービスの追加費用、交通混雑、環境負荷、既存住民との摩擦などが生じれば、利益の一部が相殺されることになる。

 したがって、地域への効果を一つの金額にまとめることには限界がある。地域経済については、追加的な消費、事業者の売上、地域内付加価値、雇用や所得の変化を見る必要がある。自治体財政については、追加税収や使用料収入と、行政サービスに必要な追加費用を比較する必要がある。さらに住民生活については、住宅の確保しやすさ、生活環境、地域活動の負担、住民の満足度などを別に確認しなければならない。

 研究として二地域居住の効果を検証する場合にも、二地域居住者が多い町と少ない町を単純に比較するだけでは不十分である。もともと交通の便がよく、自然環境や商業施設に恵まれた町には、二地域居住者が集まりやすい可能性がある。そのような町の経済状況が良好だったとしても、二地域居住者が経済を改善した結果なのか、経済条件のよい町に二地域居住者が集まったのかは区別できない。

 より厳密に調べるなら、二地域居住を促進する施策を始める前後の変化を観察し、人口構成、産業構造、観光需要、交通条件などが似た地域との比較を行う方法が考えられる。その際には、施策がなかった場合に地域経済がどのように変化したかという反実仮想を意識する必要がある。ただし、比較可能な地域を見つけること自体が難しく、施策以外の要因を完全に取り除くことも容易ではない。

 大切なのは、二地域居住者が増えたという事実と、それによって地域が豊かになったという結論を混同しないことである。地域への経済効果や社会的効果を把握するためには、人数だけではなく、滞在、消費、雇用、住宅、行政費用、住民生活を継続的に測定する必要がある。

救世主ではなく「少しずつ町を支える人」

 二地域居住者は地域の救世主なのか。

 おそらく、この問いへの答えは「救世主と考えない方がうまくいく」である。ただし、それは二地域居住者の価値が小さいという意味ではない。むしろ、特定の人に過大な期待をかけず、地域との多様な関わり方を認めることが、長期的な関係を維持するうえで重要だということである。

 一人の移住者に人口減少を止めてもらう必要はない。一人の二地域居住者に地域活動をすべて手伝ってもらう必要もない。ただ、その人が毎月数日滞在し、地域の店で買い物をし、必要なサービスに対価を払い、ときには誰かと会話をし、翌月もまた戻ってくる。それだけでも、同じような人が百人、千人と増えれば、町の経済や人間関係に変化が生まれる可能性がある。

 もちろん、百人、千人という人数だけでは地域の将来は決まらない。年間の滞在日数が短く、消費も少なければ経済効果は限定されるかもしれない。逆に、少人数でも継続的に地域の仕事を支えたり、地域で事業を営んだりする人がいれば、人数以上の影響を持つ場合がある。また、地域への利益が一部の事業者や住宅所有者に集中し、既存住民の負担が増える可能性にも目を向けなければならない。

 だからこそ、二地域居住を地域政策の新しい万能薬として扱うべきではない。人口減少を直接止める政策ではなく、人口減少のなかでも地域の経済活動や生活の基盤を維持するための、一つの選択肢として考えるのが適切だろう。

 住民票はない。しかし、この町がなくなったら困る。その自治体の地方選挙には参加できなくても、行きつけの店が閉まれば寂しい。生まれ育った場所ではない。それでも台風が来れば心配になる。そういう人の存在は、行政人口だけでは見えにくい地域との結びつきを教えてくれる。

 その人が一年に何日町へ来て、何を買い、誰と関わり、どのような不便を感じ、その不便にいくらなら払うのか。そして、地域側はその人との関係を維持するために何を提供し、どれだけの費用を負担しているのか。これらを実際に調べることができれば、地域経済の見え方は変わるかもしれない。

 観光客でもなく、完全な移住者でもない「第三の住民」を考えることは、結局のところ、これからの地域にとって「住む」とは何なのかを考え直すことである。住民票のある人だけが地域を支えているわけではなく、地域との関係のすべてを人口という一つの数字に置き換えることもできない。

 人口が減り続ける日本では、人を一つの場所に完全に囲い込もうとする地域政策だけでは、対応できない課題が増えていくだろう。一人の人生の一部分を継続的に受け入れ、その人が無理なく何度も戻ってこられる仕組みを持つ地域には、新しい可能性がある。

 ただし、その可能性を現実の地域活性化へ変えるには、地域外から来る人の希望だけでなく、地域に暮らす人の生活、事業者の採算性、行政の財政負担まで含めて、利益と費用を確かめる必要がある。

 二地域居住者は、地域の人口減少を止める救世主ではない。それでも、互いに無理のない関係を築き、地域に必要なものを対価とともに交換し、何度でも戻ってこられる暮らしが成立するなら、少しずつ町を支える存在になり得る。

 地域にとって本当に重要なのは、救世主を探すことではない。住民票の有無を超えて、その町と関わり続けたい人が自然に戻ってこられる条件を整え、その関係が地域にとっても持続可能なものになっているかを、丁寧に確かめていくことなのではないだろうか。

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人口2万人の海辺の市がある

 人口2万人の海辺の市を想像してみたい。冬の平日に市内を歩けば、駅前には一定の人通りがあり、スーパーも病院も学校も普段どおりに動いている。しかし、かつてに比べれば商店街の空き店舗が増え、郊外では空き家も目立つようになった。毎年公表される人口統計には前年より数百人少ない数字が並び、人口の推移を示すグラフは緩やかに右下へ伸びている。この市もまた、日本の多くの地方都市と同じように、人口減少という構造的な問題を抱えている。

 ところが、八月の日曜日になると同じ市の様子が大きく変わる。海岸へ向かう幹線道路には車が連なり、スーパーの駐車場は埋まり、飲食店には行列ができる。普段は静かな別荘地にも明かりがともり、宿泊施設には県外ナンバーの車が並ぶ。海岸周辺では公衆トイレやごみ集積所の利用が増え、市内の至るところで普段とは異なる人の動きが生まれる。時間帯によっては、人口2万人の市とは思えないほどのにぎわいを見せることもあるだろう。

 それでも、市の公式な人口は2万人のままである。住民基本台帳や国勢調査で把握される人口が、観光客の増加によって毎日変わるわけではない。しかし、行政上の人口が2万人であることと、その日に市内に存在している人数が2万人であることは、必ずしも同じではない。人口統計に表れる数字と、道路や商店、公共施設が実際に受け止めている人の規模との間には、無視できない違いがある。

 そこで考えてみたいのが、「実効人口」という指標である。ここでいう実効人口とは、定住者だけでなく、観光客、別荘居住者、二地域居住者、通勤者などが地域内で過ごす時間を基に、その地域が実際に受け止めている人間活動の規模を表そうとするものである。

 ただし、最初に確認しておかなければならないことがある。本稿で用いる実効人口は、国勢調査人口や昼間人口のように、国が統一的な定義で公表している人口統計ではない。滞留人口や交流人口など、既に存在する関連指標を踏まえながら、観光地や別荘地の地域運営を分析するために、本稿独自の作業上の定義として提案するものである。また、以下に示す人口や観光客数は、考え方を説明するための仮定であり、特定の自治体を実測した結果ではない。

 重要なのは、既存の人口統計に代わる新しい数字を無理に作ることではない。人口とは何を数えているのか、そして行政が地域の実態を把握するためには、どのような数字を組み合わせる必要があるのかという問題を考えることである。

人口統計が市の実態を間違えているわけではない

 人口統計では観光客や別荘居住者が十分に把握されていないため、市の本当の姿が分からないという批判があるかもしれない。しかし、その理解は必ずしも正確ではない。既存の人口統計は、それぞれ明確な目的と定義に従って作成されており、観光客を数えないこと自体が統計上の欠陥なのではない。

 例えば、国勢調査は、住民票のある人を単純に数える調査ではない。原則として、調査時点でその場所に3か月以上住んでいる人、または住むことになっている人を常住者として把握する。一方、住民基本台帳人口は、住民票に記録された人を基礎としている。両者は似ているようで定義が異なり、二地域居住者などについては、実際の居住状況と住民登録の状態によって扱いが一致しない場合がある。

 これらの人口は、自治体の行政運営に欠かせない。学校教育、福祉、介護、住宅政策、地域の将来人口推計などを考える場合、継続的に生活する住民と、数時間だけ海水浴に訪れる観光客を同じ一人として扱うことはできない。また、選挙制度や地方財政制度には、それぞれ法令上の人口や住所に関する要件があり、単に地域を訪れた人が増えたからといって、その制度上の人口が増加するわけでもない。

 国勢調査には、常住人口とは別に昼間人口という考え方もある。これは、常住人口から市外へ通勤・通学する人を差し引き、市外から通勤・通学してくる人を加えて求める人口である。地域間の日常的な通勤・通学の流れを捉えるうえでは有効だが、観光、買い物、海水浴、イベント参加などによる不規則な移動は、通常の昼間人口には十分に反映されない。したがって、観光地の休日や繁忙期に実際に存在する人数を、そのまま示す数字ではないのである。

 別荘についても同じ問題がある。住宅・土地統計調査などには、別荘を含む二次的住宅という区分があるものの、住宅の戸数が分かることと、その住宅に何人が年間何日滞在しているかが分かることは別である。年間10日しか利用されない別荘と、毎週末に家族が滞在する別荘では、地域の水道、道路、ごみ処理、商業に与える影響が異なる。

 つまり、既存の人口統計が現実を誤って描いているわけではなく、それぞれ異なる目的に従って地域の一面を測定しているのである。問題は、それらの数字だけでは、観光地や別荘地が一年を通じて実際にどれほど利用されているのかを把握しにくいことにある。

人数ではなく、市内で過ごされた時間を数える

 そこで、人口をある時点における人数だけではなく、一定期間に地域内で過ごされた時間の総量として考えてみる。この考え方を理解するために、先ほどの人口2万人の市を使って簡単な試算を行いたい。

 仮に2万人の定住者全員が、年間365日、毎日24時間を市内で過ごしているとする。この場合、市内で発生する年間滞在量は730万人日となる。ここでいう1人日とは、1人が24時間その地域に存在することに相当する時間量であり、例えば1人が6時間滞在すれば0.25人日、4人がそれぞれ6時間滞在すれば合計1人日と換算できる。

 もちろん、定住者が一年中市内にいるという仮定は現実的ではない。市外へ通勤する人もいれば、買い物や通院、旅行などで外出する人もいる。したがって730万人日は実測値ではなく、人口と滞在時間の関係を説明するための基準値である。

 次に、市内に2000戸の別荘や二次的住宅があり、一戸当たり平均2人が年間60日利用すると仮定する。この場合、年間滞在量は2000戸に2人と60日を掛けた24万人日となる。ただし、この60日は利用されない住宅も含めた全体平均であると仮定しており、実際には住宅ごとに利用頻度が異なることに注意が必要である。

 さらに、市内の宿泊施設に年間100万人泊の延べ宿泊実績があるとする。1人泊は1人が1泊したことを意味し、必ずしも24時間市内にいたことを意味しないが、ここでは便宜的に1人泊を1人日相当と近似する。そのうえで、宿泊客とは重複しない日帰り来訪が年間150万人回あり、1回当たり平均6時間市内に滞在すると仮定すれば、日帰り来訪による滞在量は37万5000人日になる。

 これらを合計すると、定住者730万人日、別荘居住者24万人日、宿泊客100万人日、日帰り来訪者37万5000人日となり、年間の総滞在量は891万5000人日となる。これを365日で割ると約2万4425人となり、定住人口2万人に対して約22%多い計算になる。

 この2万4425人は、観光客や別荘居住者を市民として数え直した数字ではない。年間に発生した滞在時間の総量を、24時間365日市内に存在する人数に換算したものであり、「年間平均滞在人口相当量」と呼ぶ方が正確である。定住人口が地域に生活の本拠を置く人の規模を表すのに対して、こちらは地域内に存在する人の時間量を表している。

 なお、この計算は定住者が常に市内にいるという仮定を置いており、通勤・通学などによる市外への流出や、市外からの通勤者、買い物客、商用来訪者などの流入を十分に反映していない。また、別荘利用者が観光統計にも含まれていたり、同じ旅行者が複数の観光地点で計上されていたりすれば、二重計上が発生する可能性がある。宿泊実績の延べ人数と旅行者の実人数も同じではないため、異なる統計を組み合わせる際には、集計単位を統一し、重複を確認しなければならない。

 したがって、約2万4400人という数字は、実際の滞在人口を確認した結果ではなく、明示した仮定から求めた概算値である。その限界を理解したうえで利用することが、この考え方を政策分析へ発展させるための出発点となる。

実効人口を厳密に定義するとどうなるか

 実効人口を分析指標として利用するなら、計算の対象をもう少し厳密に定義する必要がある。最も基本的な方法は、ある時刻に市内に実際に存在している人数を求め、その人数が時間とともにどのように変化するかを測定することである。

 例えば、毎時0分の市内滞在人口を一年間にわたって推計し、その平均値を求める。通常年は365日で8760時間あるため、各時間帯の平均滞在人口を8760時間分集計し、8760で割れば年間平均の滞在人口相当量を求められる。ただし、各時間帯の値がその1時間を代表していることが前提であり、実際には観測間隔や推計方法も確認する必要がある。

 この方法では、住民か観光客かという属性とは別に、その人がその時間帯に市内に存在したかどうかを数える。同じ人が一年間に何度訪れても、滞在した時間だけが積み上がり、同じ時刻に同じ人を二人として数えることはしない。こうすることで、延べ訪問回数と実際の滞在量を区別できる。

 ここで、先ほどの計算に含まれている誤差の大きさを確認してみたい。人口2万人の定住者が平均して一日22時間市内にいると仮定すると、定住者による年間平均滞在人口相当量は約1万8333人になる。定住者以外の条件を変えなければ、市全体の推計値は約2万2758人となり、先ほどの約2万4425人より約1667人少なくなる。

 住民の在市時間を一日2時間変更しただけで、年間平均の推計値がこれほど変化するのである。さらに、市外からの通勤者や買い物客などを加えれば数字は増える可能性があり、宿泊者の実際の滞在時間を修正すれば減る可能性もある。実効人口の推計には、足し算そのものより、各集団の実際の滞在時間と重複のない人数をどの程度正確に把握できるかが重要になる。

 仮定の違いによる影響も考えてみる。別荘の年間平均利用日数を30日、延べ宿泊実績を70万人泊、日帰り客の平均滞在時間を4時間とすれば、先ほどと同じ単純化した計算による年間平均滞在人口相当量は約2万2932人になる。一方、別荘利用日数を100日、延べ宿泊実績を130万人泊、日帰り客の平均滞在時間を8時間とすれば、約2万6027人になる。

 これらは実測値の信頼区間ではなく、任意に条件を変えた場合の試算である。しかし、同じ人口2万人の市でも、別荘の利用実態や宿泊・日帰り客の滞在時間によって、結果が大きく変わることを示している。実効人口を行政計画に使うのであれば、単一の推計値だけでなく、前提条件と誤差、条件を変えた場合の結果も併せて示すことが望ましい。

別荘居住者は観光客なのか、それとも住民に近い存在なのか

 実効人口を考えるうえで興味深いのは、観光客よりもむしろ別荘居住者や二地域居住者かもしれない。年に一度だけ市内のホテルに二泊する旅行者と、毎週金曜日の夜に別荘へ来て日曜日の夕方まで生活する人とでは、地域との関わり方が大きく異なる。さらに夏休みに一か月近く滞在し、年間100日以上を市内で過ごす人もいるだろう。

 こうした人々は、生活の本拠を別の自治体に置いている場合でも、滞在中は地域の生活機能を継続的に利用する。スーパーで食料品や日用品を購入し、水道を使い、家庭ごみを出し、道路を走る。飲食店や医療機関を利用することもあれば、地域の催しに参加し、近隣住民と継続的な関係を築くこともある。

 市の水道やごみ処理などの運営を考える場合、その人がどこに住民票を置いているかだけでは、実際のサービス需要を把握できない。年間100日滞在する人は、単純な時間換算では一年の約27%をその地域で過ごしていることになるため、約0.27人年に相当する滞在量を生み出す。この換算には数量的な意味があるが、だからといって、その人が法制度上0.27人の住民になるわけではなく、地域への貢献度まで27%と評価できるわけでもない。

 ここで関係人口との違いを整理しておきたい。関係人口とは、定住者でも単なる一度限りの訪問者でもなく、特定の地域と継続的かつ多様に関わる人々を捉える考え方である。二地域居住者や、繰り返し地域活動に参加する人などは、関係人口として捉えられる場合がある。

 ただし、関係人口が主として地域との関係の継続性や関わり方を問題にするのに対して、本稿の実効人口は、地域内に実際に存在した時間量を問題にする。市外に住みながら地域の商品を継続的に購入し、オンラインで活動を支援している人は重要な関係人口になり得るが、その活動によって市内の道路や水道への直接的な負荷が増えるとは限らない。一方、地域との継続的な関係を持たない観光客でも、数万人が同じ日に訪れれば、交通や公共施設の利用に大きな影響を及ぼす。

 地域との関係の深さと、地域内で生じる滞在量は異なる指標である。この二つを混同せず、それぞれの目的に応じて評価することで、別荘居住者や二地域居住者の役割をより正確に理解できるようになる。

年間平均2万4400人でも、夏には5万人いるかもしれない

 年間平均の滞在人口相当量が約2万4400人と推計されたとしても、その数字をそのまま道路や駐車場、水道、ごみ処理施設の整備基準に使えるわけではない。観光都市では、平均的な人数と、実際に施設が対応しなければならない最大の人数との間に、大きな差が生じる可能性がある。

 例えば冬の平日には、市内に1万7000人程度しか存在しない時間帯があるかもしれない。反対に、夏休みの日曜日には4万人、海水浴や大規模なイベントが重なる日には5万人以上が市内に滞在することも考えられる。ただし、これらの数字は可能性を示した仮定であり、年間平均2万4400人という計算から、夏の最大滞在人口が5万人になると推定できるわけではない。最大値を知るには、時間帯別の人流データなどによる別の検証が必要である。

 観光地の人口は、時間とともに増減を繰り返している。平日の午前と休日の午後では人数が異なり、冬と夏でも滞在者の規模が変わる。同じ日でも、午前中に海岸へ人が集中し、夕方に幹線道路へ移動するなど、地区ごとの人口分布は刻々と変化する。行政が対応すべきなのは、市内の人数の年間平均だけではなく、いつ、どこに、どれほどの人が集中するかという問題なのである。

 年間平均だけを基準に施設を整備すれば、繁忙期に能力が不足する可能性がある。一方、まれに発生する最大時の人数を基準に全ての施設を建設すれば、一年の大半で過剰設備になるかもしれない。特に人口減少が進む自治体では、過剰な固定資産を抱えることによる維持管理費や更新費用の負担も無視できない。

 したがって、実効人口を政策に活用するなら、年間平均値だけでなく、通常期、繁忙期、最大時に加え、混雑がどの程度の時間続くのかまで把握する必要がある。最大値が一時間だけ発生するのか、毎週末に数時間続くのかでは、必要な施設能力も対応策も異なる。季節的な需要に対しては、常設施設の増設だけでなく、臨時駐車場、交通誘導、仮設トイレ、ごみ収集回数の調整などによって対応する方が合理的な場合もある。

 人口減少地域に必要なのは、平均人口の減少だけを見て一律に施設を縮小することでも、観光客の最大人数に合わせて施設を拡張することでもない。時間帯と場所によって変化する実際の需要を把握し、必要な能力を適切な方法で確保することである。

一つの市に、いくつもの実効人口が存在する

 さらに厳密に考えると、市内に存在する時間が同じであっても、行政サービスや地域経済への影響が同じとは限らない。自家用車で訪れる日帰り観光客と、鉄道で訪れる観光客では道路への負荷が違う。ホテルに泊まる人と別荘で生活する人では、水道やごみの利用形態が異なり、年齢や健康状態によって医療サービスへの需要も変わる。

 そのため、地域政策に使う実効人口は、単一の数字で全てを説明しようとするより、用途別に考えた方が合理的である。道路なら交通実効人口、水道なら水道実効人口、ごみ処理なら廃棄物実効人口、商業なら消費実効人口というように、それぞれの分野で必要な指標を設計することが考えられる。

 ただし、これらは本稿で提案する分析上の名称であり、既存の行政統計として統一された定義を持つものではない。また、人数だけに一定の係数を掛ければ、行政需要が正確に分かるわけでもない。道路については実際の車両台数や交通量、水道については時間最大給水量や日最大給水量、ごみ処理については排出重量や収集頻度など、最終的には物理的な需要を示す指標と照合する必要がある。

 例えば、2人乗りの自家用車で訪れる観光客1万人は、単純計算で5000台の車両を生み出す。しかし、その人たちが鉄道やバスで訪れれば、地域の道路に与える影響は大きく変わる。水道についても、海水浴場のシャワーを利用する人と市内で買い物だけをする人では、同じ滞在時間でも使用水量が異なる。つまり、実効人口は施設負荷を直接示すものではなく、需要を推計するための基礎情報と考えるべきである。

 沿岸部の自治体では、防災の観点も重要になる。津波などの災害が発生した場合、地域の避難経路や避難場所を熟知している住民と、初めて訪れた観光客では避難行動に違いが生じる可能性がある。観光客の集中する場所や時間帯、避難経路の容量、徒歩で移動できる距離などを把握することは、定住人口だけを用いた防災計画を補完するうえで有効だろう。

 こうした分野別の分析を組み合わせることで、実効人口は単に市の規模を大きく見せるための数字ではなく、公共サービスの需要を具体的に検証するための補助指標となる。

人口2万人なのに、なぜ大型スーパーが成立するのか

 この考え方は、地域経済を分析する際にも役立つ。地方都市には、定住人口が2万人程度であるにもかかわらず、大型スーパーやドラッグストア、ホームセンター、飲食店などが比較的多く存在する地域がある。一方で、人口が同程度でも商業施設が少なく、日常の買い物に周辺都市まで移動しなければならない地域もある。

 その違いは、住民人口だけでは説明できない。周辺自治体からの買い物流入、住民の所得、年齢構成、道路交通網、商業施設の立地条件、競合店舗の有無など、さまざまな要因が関係している。さらに観光地や別荘地では、定住者以外の人々が生み出す購買需要も重要になる。

 仮に人口2万人の市で、年間100万人泊の宿泊実績があり、これと重複しない日帰り来訪が年間150万人回あるとすれば、市内の商業施設が対象とする市場は、定住者2万人だけから成り立っているわけではない。ただし、100万人泊という数字は延べ宿泊数であり、100万人の異なる宿泊客が訪れたことを意味しない。また、日帰り来訪も延べ回数で数えられることがあるため、両者をそのまま足して250万人の異なる観光客が存在すると表現することはできない。

 さらに重要なのは、人が長く滞在すれば、それに比例して地域経済が豊かになるわけではないという点である。観光客が市内で多額の消費をしても、商品や原材料を地域外から仕入れていれば、支出の一部は市外へ流れる。全国チェーン店での消費も、地元雇用や店舗運営などを通じて地域に利益をもたらす一方、利益の全てが地域内に残るわけではない。別荘居住者が食料品を居住地から持参する場合には、長期間滞在しても市内での消費額が比較的小さいことも考えられる。

 したがって、滞在量の増加と、地域内消費の増加、さらに地域所得の増加は、それぞれ区別して評価しなければならない。まず人がどの程度滞在しているかを測定し、次に一人当たりの消費額や消費先を調べ、その支出のうちどの程度が地元企業の利益や雇用者所得、地域内の取引として残るかを確認する必要がある。

 実効人口だけでは地域経済の豊かさは分からない。しかし、定住人口に比べて商業活動が活発な理由を考えたり、観光消費や別荘居住者による需要の大きさを検証したりするための入口にはなる。定住人口、滞在人口、消費額、地域内所得という異なる数字を組み合わせることで、地域経済をより立体的に理解できるのである。

「住民を100人増やす」以外の地域政策が見えてくる

 人口減少への対応を考えるとき、地方自治体では移住者の獲得や定住促進が重要な政策として位置付けられることが多い。人口2万人の市で毎年300人程度の人口が減少しているなら、行政が人口減少に危機感を持つのは当然である。人口の減少は地域の労働力、学校教育、医療・福祉、自治会活動などに影響し、税収や公共施設の維持にも長期的な課題をもたらす。

 しかし、300人の移住者を新たに獲得することは簡単ではない。移住には仕事や住宅だけでなく、家族関係、子どもの教育、医療環境、人間関係など、生活全体に関わる判断が必要になる。また、人口減少が全国的に進むなかでは、自治体同士が限られた移住希望者を奪い合うだけでは、国全体の人口減少問題を解決することにはならない。

 そこで、定住人口の増加とは別に、既に地域を訪れている人々の滞在時間や地域内での活動を増やすという政策目標を考えてみたい。例えば、日帰り観光客が市内に滞在する時間を平均1時間延ばす、別荘居住者の年間利用日数を増やす、日帰り客の一部が宿泊するようになるといった変化である。いずれも新たな住民登録を伴わないが、地域で生じる人間活動の量を増やす可能性がある。

 先ほどの仮定を使えば、年間150万人回の日帰り来訪について、1回当たりの滞在時間が一律1時間延びた場合、年間の追加滞在量は6万2500人日となる。年間平均の滞在人口相当量に換算すると、約171人分の増加である。一方、300人が年間365日市内に存在すると単純化すれば10万9500人日に相当するため、時間量だけを比較すると、日帰り来訪者の滞在延長による効果も数量的に評価できる。

 ただし、この比較から、観光客の滞在時間を延ばす政策の方が移住政策より容易であるとか、費用対効果が高いと結論付けることはできない。150万人回の全てで滞在を1時間延ばせるとは限らず、滞在が増えた時間にどれだけの消費が生じるかも分からない。反対に、移住者には納税、地域活動、子育て、労働力の供給など、単純な滞在時間には置き換えられない役割がある。

 そこで必要になるのは、移住政策と観光政策を対立させることではなく、それぞれの政策目的、費用、効果を適切に比較することである。定住人口を増やす政策、二地域居住を促進する政策、既存観光客の滞在時間を延ばす政策、地域内消費を増やす政策は、互いに代替関係にある場合もあれば、補完関係にある場合もある。

 人口減少への対応を、住民を何人増やしたかという一つの数字だけで評価しないことが重要なのである。

実効人口が増えれば、地域は豊かになるのか

 ここまでの議論から、実効人口を増やすことには一定の政策的な意味があると考えられる。しかし、実効人口の増加そのものを地域政策の最終目標にすることには注意が必要である。

 観光客が増えれば、宿泊業や飲食業、商業施設などの売上が増える可能性がある一方で、交通渋滞、ごみ処理費用、公衆トイレの維持費、騒音、自然環境への負荷なども増加する可能性がある。さらに、繁忙期の混雑が住民の日常生活や医療機関へのアクセスに影響することも考えられる。

 例えば、観光客の滞在時間が増えて地域内消費が増加したとしても、それに伴う公共サービスの追加費用が大きければ、自治体財政にとっての純粋な利益は小さいかもしれない。逆に、既存の道路や公共施設の余裕がある時間帯に来訪を分散できれば、大規模な追加投資を行わずに経済活動を増やせる可能性もある。

 ここで評価すべきなのは、単なる滞在人口の増加ではなく、その増加によって生み出される地域内の経済的利益と、行政費用や住民生活への負荷との関係である。特に人口減少が進む地域では、施設の維持管理能力や行政職員の確保にも制約があるため、繁忙期の需要を増やすことだけが合理的な政策とは限らない。

 また、定住者と非定住者の税負担を単純に区別することもできない。別荘所有者が固定資産税を負担する場合があり、観光客の消費も地域経済を通じて税収に影響する。一方、住民には継続的な生活や地域社会の維持に関わる役割があり、それを滞在時間だけで測定することはできない。

 したがって、実効人口は大きいほどよいという指標ではない。地域に存在する需要の規模と変化を把握し、その需要をどの程度の費用で受け止め、住民生活と地域経済の両立を図れるかを検証するための指標として使うべきである。

それでも観光客を住民として数えてはいけない

 実効人口という考え方には、有効性と同時に誤用の危険もある。例えば人口2万人まで減少した市が、「観光客を含めれば実効人口は2万5000人だから、人口減少はそれほど深刻ではない」と説明するなら、それは適切な統計の使い方とはいえない。

 定住人口の減少と、地域への来訪者の増加は異なる現象だからである。観光客が増えても出生数が増えるとは限らず、地域の高齢化が解消するわけでもない。児童生徒数の減少による学校統廃合の問題や、医療・介護人材の不足、自治会の担い手不足などは、観光客の増加だけで解決できるものではない。

 また、観光客による需要は景気、天候、交通条件、感染症、旅行先の流行などによって変化しやすく、継続的な住民生活に伴う需要と同じ安定性を持つとは限らない。別荘利用についても、所有者の高齢化や世代交代によって利用頻度が変化する可能性がある。

 実効人口は定住人口を補完することはできても、置き換えることはできない。人口2万人の市が年間平均2万4400人相当の滞在需要を受け止めていたとしても、定住人口が減少している事実はそのまま残る。むしろ両者を並べて示すことで、住民の減少が進む一方で、観光や別荘利用による行政需要が維持されている地域の特徴を把握できる。

 このような地域では、定住人口に応じた行政サービスの見直しと、季節的な来訪者への対応を同時に進めなければならない。人口減少によって財政基盤や地域の担い手が縮小する一方、繁忙期には大きな施設負荷が発生するという、異なる方向の課題が存在する可能性があるからである。

スマートフォンの時代だから測れる人口がある

 かつて、このような分析を行うことは容易ではなかった。宿泊者数、観光地点の入込客数、道路交通量、鉄道利用者数、別荘戸数などの統計は存在していても、人がどの時間帯に市内へ入り、どの地区に滞在し、何時間後に市外へ出ていったかを継続的に推定するための資料は限られていた。

 しかし現在は、携帯電話の基地局情報やスマートフォンの位置情報などを利用して、時間帯別の滞留人口や地域間の移動を推計する技術が普及している。国が提供する地域経済分析システムなどでも、地域の人流を把握するためのデータが利用できる。これにより、平日と休日、昼間と夜間、冬と夏で、人の滞在状況がどのように変化するかを分析することが可能になっている。

 例えば、午前10時に市内のどの地区へ人が集中しているのか、午後3時にはその分布がどう変わるのか、夕方には海岸から駅や幹線道路へどのような移動が生じているのかといった問題を調べることができる。従来は経験や印象で語られがちだった観光地の混雑について、時系列の数字に基づく検証が可能になりつつあるのである。

 ただし、こうした位置情報データも万能ではない。観測できるのは特定の通信事業者や位置情報サービスの利用者であり、全住民や全観光客を直接数えているわけではない。利用者の年齢構成、端末の保有率、位置情報の取得頻度、推計倍率、測位誤差などによって結果が偏る可能性がある。また、一定時間以上その場所にとどまった人を対象とする滞留人口データでは、短時間の通過者が十分に反映されない場合もある。

 そのため、位置情報から推計した人数を、そのまま絶対的に正しい実在人口と解釈することは避けるべきである。調査方法や標本の偏りを確認するとともに、宿泊統計、交通量、水道使用量、観光施設の利用状況など、異なる資料と照合することが望ましい。個人の移動履歴を扱う場合には、プライバシー保護やデータの適切な管理にも十分に配慮しなければならない。

 実効人口という発想を現実の政策に結び付けるためには、単一のデータに依存するのではなく、複数の統計を組み合わせて推計の妥当性を確認する姿勢が重要になる。

観光地や別荘地では、何から調べればよいのか

 実効人口を実在の自治体に適用する場合、最初から複雑な数理モデルを構築する必要はない。まずは定住人口と通勤・通学による人口移動を把握し、そこへ宿泊実績、日帰り来訪、別荘の利用状況などを重ねて、地域内でどの程度の滞在時間が発生しているかを概算することから始められる。

 その際、統計の単位を揃えることが欠かせない。宿泊統計の延べ宿泊者数は人数ではなく人泊であり、観光地点の入込客数は同じ人が複数回数えられる場合がある。別荘戸数から滞在者数を求めるには、一戸当たりの利用人数と年間利用日数の推定が必要になる。これらを確認せずに足し合わせても、実際の滞在人口に近い数字が得られるとは限らない。

 次に、携帯電話などによる時間帯別の人流推計を使い、平日と休日、通常期と繁忙期の違いを調べる。年間平均だけでなく、繁忙期の最大滞在人口、特に混雑する地区、交通量との関係などを調べれば、公共施設への需要を具体的に把握しやすくなる。さらに、水道使用量やごみ排出量、駐車場の利用台数などと比較することで、人流の変化が実際の施設負荷にどう結び付いているかを検証できる。

 御宿町、勝浦市、いすみ市などの外房地域でも、このような分析には意味があるだろう。海水浴や観光、別荘利用、周辺自治体からの買い物や通勤など、複数の人口移動が重なる地域では、住民基本台帳人口だけで道路や商業、公共サービスの需要を説明しきれない可能性がある。ただし、それぞれの自治体で観光客の構成、別荘の利用状況、交通手段、宿泊施設の規模は異なるため、同じ計算式を当てはめるだけでは十分ではない。

 重要なのは、実効人口という名称にこだわることではなく、どのような人が、いつ、どの程度、地域内に存在しているのかを、検証可能な方法で明らかにすることである。そして、その結果が地域の商業活動や公共施設の需要をどの程度説明できるかを確かめていくことに、分析としての価値がある。

人口2万人の市は、本当に2万人だけで動いているのか

 人口減少について語るとき、私たちは長い間、地域から減っていく住民の人数に注目してきた。2万1000人が2万人になり、2万人が1万9000人になる。人口推移のグラフが右下へ伸びるにつれて、市そのものが少しずつ小さくなっていくように見える。しかし、そのグラフだけでは、地域の中で実際にどのような人間活動が行われているのかまでは分からない。

 金曜日の夕方に別荘へ向かう人がいる。毎年同じ宿に泊まる家族がいる。夏休みの一か月を海辺で過ごす人もいれば、都市部と地域を往復しながら仕事をする人もいる。朝に訪れて夕方には帰る日帰り観光客もいる。こうした人々の多くは、その自治体の住民基本台帳人口には含まれないが、滞在中は地域の道路を使い、水道を利用し、商店で商品を購入し、ごみ処理などの公共サービスにも需要を生み出している。

 もちろん、そのことを理由に人口減少を軽視してよいわけではない。定住人口が減少すれば、地域の労働力や子育て世帯、行政サービスの担い手が減り、社会保障や公共施設の維持にも長期的な影響が生じる。観光客や別荘居住者の増加は、こうした課題の一部を補う可能性があっても、全てを解決するものではない。

 しかし、人口減少を理由に地域の需要も一律に小さくなると考えることも適切ではない。住民人口が減少していても、観光や別荘利用によって道路や水道への負荷が高い地域は存在し得る。反対に、来訪者が多くても地域内消費が小さく、公共サービスの追加負担ばかりが大きい場合もある。こうした違いを明らかにするには、定住人口とは別に、人の滞在時間や移動、消費、施設利用を測定する必要がある。

 そこで実効人口という考え方が役立つ。正確には、地域内に存在する人数を時間に沿って測定し、その年間平均や季節変動を把握することで、定住人口だけでは見えにくい需要を明らかにするのである。さらに用途別の施設負荷や地域内消費と組み合わせれば、道路の整備、水道施設の能力、ごみ収集体制、観光政策、商業振興、防災対策などを考える際の判断材料になる。

 人口2万人という数字は、その統計の定義に即して正しい。しかし、それは市の全てを説明する数字ではない。定住人口、昼間人口、関係人口、交流人口、時間帯別の滞在人口、そして年間の滞在時間から求める実効人口は、それぞれ異なる側面を表している。どれか一つの数字を絶対視するのではなく、目的に応じて組み合わせることが、人口減少時代の地域分析には求められる。

 夏の日曜日、海岸へ向かう車も、別荘にともる明かりも、宿泊施設に滞在する人々も、行政上の定住人口だけでは捉えきれない地域の現実である。実効人口という考え方の価値は、観光客を住民として数え直したり、人口減少を数字の上で小さく見せたりすることにはない。

 人口2万人という一つの数字の向こう側で、実際にはどれほどの人が、いつ、どこで、どれだけの時間を過ごし、どのような需要を生み出しているのか。その実態をできる限り正確に測定し、地域政策に生かすことにこそ、実効人口という考え方の意味があるのである。

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