地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

町の中に、誰の土地か分からない土地は本当にあるのか

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草に埋もれた土地にも、当然「持ち主」がいると思っていた

 町を歩いていると、住宅と住宅の間や細い道の奥、あるいは昔は畑だったらしい場所に、誰も使っている様子のない小さな土地を見かけることがあるが、草は腰の高さまで伸び、境界らしき古い杭だけが残り、近所の人に「あそこは誰の土地ですか」と尋ねても、「昔は○○さんの土地だったと思うけれど、今はよく分からない」という曖昧な答えしか返ってこないことがある。土地には必ず所有者がいて、法務局で登記を調べれば誰のものか分かるはずだと考えるのが普通なので、このような話を聞くと奇妙に感じられるが、実際の日本では、登記簿に所有者の名前が記載されていても現在の所有者や相続人にすぐにはたどり着けない土地が存在し、それは山奥の特殊な土地だけではなく、住宅地や町の中にも存在している。

 ただし、ここで最初に整理しておかなければならないのは、「誰の土地か分からない土地」という日常的な表現と、法律上の「所有者不明土地」とは完全に同じ意味ではないということであり、一般的には登記簿を見ただけでは現在の所有者が分からない土地まで広く含めて語られることがある一方、法律上は、必要な探索を行っても所有者の全部または一部を確知できない土地について、より厳密に所有者不明土地として扱われる。したがって、町に見える草むらのすべてが法律上の所有者不明土地なのではなく、実際には所有者や相続人が存在しているものの、登記の情報が古くなり、現在誰に連絡すればよいのかが簡単には分からなくなっている土地が相当数含まれているのである。

「登記を見ても分からない」と「調べても分からない」は大きく違う

 この違いを理解するうえで興味深い数字があり、国土交通省が2016年度の地籍調査で約62万筆の土地を調べたところ、登記簿だけでは所有者等の所在を確認できなかった土地は20.1%に達していたが、その後、戸籍や住民票などを使って追跡すると、最終的に所在を確認できなかった土地は0.41%まで低下した。つまり、「日本の土地の約20%は本当の所有者が分からない」という意味ではなく、約20%は登記簿を開いただけでは現在の所有者やその所在までたどり着けず、追加調査が必要だったということであり、さらに調査を進めても所在を確認できなかった土地は、その中の一部だったということである。

 この20.1%と0.41%の差は、この問題の本質をよく表しており、日本に大量の「完全に持ち主のいない土地」が存在しているのではなく、土地には権利者がいるにもかかわらず、登記と現在の家族関係や住所との間に長い時間のずれが生じ、その人を探すために追加の調査が必要になっているのである。町の人が「あそこは誰の土地か分からない」と話している場合も、実際には誰のものでもないというより、「昔の所有者までは分かるが、今の権利者が誰なのかをすぐには説明できない」という状態である可能性が高い。

登記簿に名前が残っていても、その人が今の所有者とは限らない

 例えば、町の片隅にある土地の登記簿を調べたところ「山田太郎」という人物が所有者として記載されていたとすれば、一見すると誰の土地かは明らかになったように思えるが、その山田太郎さんが30年前に亡くなり、その後も相続登記が行われていなかったとすれば、登記簿の名前は現在その土地について権利を持っている人物を直接示しているのではなく、過去のある時点で所有していた人物を示しているにすぎない。山田さんに複数の子どもがいて、その子どもたちの世代でも相続が起こり、さらに孫やひ孫へ権利が分かれていけば、最初は1人だった所有者から多数の相続人が生じることになり、その人たちが町外や県外へ移り住んでいれば、1枚の登記簿から現在の権利者全員へたどり着くために、何世代分もの戸籍や住所の履歴を確認しなければならなくなる。

 これは単なる仮定の話ではなく、公共事業に関連した土地調査では、約560平方メートルの土地について法定相続人が242人にまで広がっていた事例も報告されているため、記事の中で「相続人が10人、20人になることもある」と書くことさえ、決して大げさな表現ではない。相続人の数が世代ごとに必ず倍になるわけではないものの、遺産分割が行われないまま複数回の相続が続けば、土地に関係する人の数が急速に増える可能性があるという構造は、数理的にも十分に理解できる。

原因の中心にあるのは、相続と住所変更である

 なぜ登記簿と現実との間にこのようなずれが生まれたのかを調べると、原因はかなり明確であり、国土交通省の調査では、登記簿だけで所有者の所在を確認できなかった土地について、相続に伴う所有権移転の登記が行われていなかったことが約3分の2を占め、住所変更の登記が行われていなかったことも約3分の1を占めていた。つまり、この問題の中心には、所有者が突然消えてしまうという不可解な現象があるのではなく、人が亡くなって相続が発生したにもかかわらず登記が更新されなかったり、所有者が転居したにもかかわらず住所変更の登記が行われなかったりすることで、登記簿に記録された人と現実に土地の権利を持っている人との距離が少しずつ広がっていくという、極めて現実的な事情がある。

 土地は何十年たっても同じ場所に存在するが、人間は引っ越し、結婚し、名字が変わり、子どもを持ち、やがて亡くなり、その子どもたちもまた別の地域へ移っていくため、何もしなければ土地と所有者を結び付ける情報は時間とともに古くなっていく。土地は動かないのに人間だけが動き続けるという、この単純な時間差が積み重なった結果、登記簿には確かに名前が存在しているのに、現在誰へ連絡すればよいのか分からないという状態が生まれるのである。

町の中にも存在し、山林だけの問題ではない

 所有者不明土地という言葉から、過疎地の山林や人里離れた農地を思い浮かべるかもしれないが、国土交通省の調査では、登記簿だけで所有者等の所在を確認できなかった割合は、人口集中地区でも14.5%、宅地中心地区でも17.4%となっており、林地中心地区の25.6%より低いとはいえ、都市部や住宅地でも決して無視できるほど少ない数字ではない。したがって、「誰の土地かすぐには分からない土地」は山の中だけに存在する問題ではなく、普通に人が暮らしている町の道路沿いや住宅地の一角にも存在する可能性がある。

 もちろん、地籍調査の対象となった土地の数字をそのまま日本全国すべての土地に機械的に当てはめることはできないが、少なくとも「所有者を簡単には確認できない土地は山林だけに集中している」という見方は適切ではなく、町の中でも相続や住所変更が長期間登記に反映されなければ、同じ問題は発生する。普段は単なる空き地にしか見えなくても、道路整備や隣地との境界確認などで初めて所有者へ連絡する必要が生じた瞬間、その土地が長年抱えていた権利関係の複雑さが表面化するのである。

小さな土地でも、公共事業を止めることがある

 所有者へ連絡できない状態は、その土地だけの問題で終わるとは限らず、道路を広げようとするとき、防災工事を行おうとするとき、河川や排水設備を整備しようとするとき、あるいは土地の境界を確定しようとするときには、土地について権利を持つ人との調整が必要になるため、長期間放置されてきた登記の問題が突然、行政や地域全体の問題として現れることになる。土地そのものが数十平方メートルしかなくても、相続人を探して戸籍を確認し、それぞれの所在を調べ、権利関係を整理しなければならないとなれば、調査と手続きに必要な時間や費用が土地そのものの市場価値を上回ることさえあり得る。

 したがって、所有者を確認できない土地の問題は、「荒れた土地が景観を悪くする」という程度にとどまらず、公共事業の進行、防災、周辺土地の利用、地域の管理コストにまで影響を及ぼす可能性があり、国がこの問題への対応を急いできた理由もそこにある。

2024年と2026年に制度が大きく変わった理由

 このような状況をこれ以上増やさないため、2024年4月1日から相続登記が義務化され、不動産を相続したことなどを知った場合には原則として3年以内に登記することが求められるようになり、さらに2026年4月1日からは、所有者の氏名や住所が変更された場合についても原則として2年以内に変更登記を行うことが義務になった。これらの制度変更を単なる手続きの厳格化と考えると本質を見失うが、国が防ごうとしているのは、所有者が亡くなったり転居したりするたびに土地と人との情報が古くなり、その状態が何十年も積み重なることで、将来その土地について誰と交渉すればよいのか分からなくなることである。

 つまり、相続登記や住所変更登記の義務化は、土地と所有者との間をつないでいる情報の糸を世代ごとに更新し続ける仕組みと考えると分かりやすく、問題が深刻化してから多数の相続人を探すよりも、所有者が変わった時点で登記を更新する方が社会全体の負担ははるかに小さい。

「価値の低い土地ほど」と単純には言えない

 ここで注意しなければならないのは、「土地の価値が低ければ所有者不明になりやすい」と単純な因果関係で考えることには慎重であるべきだという点であり、実際には地価だけでなく、土地の用途、接道状況、形状、所有者が近くに住んでいるか、何回相続が発生したか、その土地に利用需要があるかなど、複数の条件が関係しているため、土地価格だけを原因として説明することはできない。

 しかし、利用需要の低い土地ほど所有者が積極的に関与する理由が弱くなりやすいという傾向には一定の根拠があり、国土交通省の調査では、利用されていない土地を相続した人の半数以上が土地の所有に負担を感じた経験があると回答しているほか、未利用の田畑や山林では「売却したい」「手放せるなら手放したい」と考える所有者も相当数存在している。駅前や住宅地のように売却、建築、賃貸など具体的な利用目的が生まれやすい土地では、登記を整理する必要に直面する機会が比較的多い一方、利用する予定もなく、買い手も見つかりにくい土地では、登記や管理に時間と費用をかける動機が弱くなりやすいという違いは考えられる。

人口減少だけが直接の原因ではない

 人口が減ると所有者不明土地が増える、と単純に結び付けることも正確ではなく、人口減少そのものが土地の所有者を不明にするわけではない。実際には、人口減少や高齢化が進むことで相続が増え、子ども世代が地域外で生活するようになり、土地を利用する需要も低下し、それに伴って土地への関与が弱くなるという複数の変化が重なったところへ、相続登記や住所変更登記が行われない状態が長期間続くことで、所有者探索が難しくなるという多段階の構造になっている。

 このため、人口減少と所有者不明土地の関係を考えるときには、「人口が減ったから土地の所有者が分からなくなった」と考えるのではなく、「人口減少、高齢化、地域外への移住、土地利用需要の低下、相続の繰り返し、登記情報の未更新」といういくつもの要素が連鎖した結果として、土地と人との関係を追跡することが難しくなると考えた方が実態に近い。

「いらない土地」でも、勝手に国や町へ返すことはできない

 利用する予定もなく、子どもにも残したくない土地なら、国や自治体へ返してしまえばよいと思うかもしれないが、所有者が「もう必要ない」と考えただけで、任意の土地を当然に国や自治体へ引き取らせることができる一般的な制度は存在しない。自治体などへ寄附を申し出る方法はあるものの、相手側が受け入れるとは限らず、民間へ売却しようとしても需要のない土地では買い手が見つからないこともあるため、「所有したくないが手放すことも難しい土地」が存在してきた。

 この問題への対応として2023年4月27日に相続土地国庫帰属制度が始まり、相続などによって取得した一定の土地については、条件を満たし、審査を受け、必要な負担金を納めることで国へ帰属させる道が設けられたが、建物が存在する土地、境界や所有権について争いがある土地、通常よりも多額の管理費用や労力が必要となる土地などは対象外となる場合があるため、不要な土地なら何でも国へ返せる制度ではない。それでも制度開始後には実際に数千件規模の申請と国庫帰属が行われており、土地を「所有する価値」だけではなく「維持する負担」の側から考えなければならない時代になったことを示している。

草むらの下には、何十年分もの家族の時間が眠っている

 人口減少という言葉を聞くと、人口が何万人から何万人へ減ったという統計を思い浮かべやすいが、町の中で実際に起きている変化はもっと静かであり、親が亡くなり、子どもが都市へ移り、家が空き家になり、畑が使われなくなり、その土地を相続した人が一度も現地を見ることなく別の町で暮らし、その次の世代へまた相続されるという出来事が、20年、30年、50年という時間をかけて積み重なっていく。

 道端の草むらを見ただけでは、その土地の過去を知ることはできないが、そこにはかつて家族が暮らし、畑を耕し、土地を管理していた時間があり、その後に死亡、相続、転居、人口流出、土地利用の停止という変化が何世代にもわたって重なった結果として、現在は「昔は誰かの土地だったことは分かるが、今は誰に話をすればよいのか簡単には分からない土地」になっている可能性がある。草が伸びた空き地は、単に管理されていない土地なのではなく、その町とそこに暮らしていた家族との関係が、時間の中で少しずつ薄れていった痕跡なのかもしれない。

本当に問題なのは、所有者が消えることではなく、土地と人との関係が切れることである

 町の中に「誰の土地か分からない土地」は本当にあるのかと問われれば、答えは「ある」と言ってよいが、その意味を正確に言い換えるなら、多くの場合は法律上まったく所有者が存在しない土地なのではなく、過去の所有者から現在の権利者へ続いているはずの道筋が、相続、転居、登記情報の未更新、長い年月によって見えにくくなり、簡単にはたどれなくなった土地である。

 そして、この問題の本当の重さは、登記簿から1人の名前を探し出せないことだけにあるのではなく、誰も住まず、誰も利用せず、誰も積極的に管理しようとしない土地が増えることで、土地と人とを結び付けていた関係そのものが地域から少しずつ失われていくことにある。これから人口が減少していく町を考えるときには、「あと何人が住むのか」という人口統計だけではなく、残された住宅を誰が持つのか、使われなくなった田畑を誰が管理するのか、山林を誰が引き継ぐのか、そして誰も必要としなくなった土地を最後に誰が引き受けるのかまで考えなければ、地域の将来像を十分に理解することはできない。

 町の片隅で草に埋もれている一見何でもない土地は、単なる放置された空き地なのではなく、人が土地を必要とし、家族がそれを受け継ぎ、やがてその関係が薄れていくという長い時間の先に現れた場所であり、人口が減っていく社会でこれから日本各地の町が向き合うことになる問題を、静かに先取りして見せているのかもしれない。

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