地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

高齢者が入院したとき、残された犬や猫の世話を誰がするのか

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救急車が去ったあと、家に残る家族

 ある朝、ひとり暮らしの高齢者が体調を崩して救急車で病院へ運ばれたとき、本人が最初に心配するのは自分の病状ではなく、「家に犬がいる」「猫にまだ餌をあげていない」ということかもしれないが、人間は病院へ到着すれば、医師や看護師のもとで食事や治療を受けることができる一方、自宅に残された犬や猫にはその仕組みが自動的には働かず、誰かが家に入り、水を替え、餌を与え、トイレを掃除し、犬であれば散歩にも連れ出さなければならないため、飼い主の入院はその瞬間から、もう1つの生活上の問題を生み出すことになる。

 しかも、その問題は決して珍しいものではなく、2025年に公表された在宅療養者とペット飼育に関する国内調査では、回答した国民健康保険診療施設215施設のうち75施設、34.9%がペット飼育に関する問題や課題を経験しており、その75施設のうち47施設、62.7%が「同居家族のいない飼い主の入院・入所や死亡によって残されたペットの処遇」を問題として挙げているため、調査対象や回答率の関係から、この数字をそのまま日本全国の医療機関に当てはめることはできないものの、「高齢者が入院したとき、家に残された犬や猫をどうするか」という問題が、医療や福祉の現場で実際に起きていることは明らかである。

「家族がいるから大丈夫」とは限らない

 こうしたとき、最初に頼りになるのは子どもや兄弟姉妹、親戚、近所の知人であることが多いが、現代では「家族がいる」ということと「家族が毎日世話できる」ということは同じではなく、子どもが遠く離れた都市で暮らしていれば毎日通うことは難しいうえ、仕事や育児があれば数日間なら何とか対応できても、数週間、1か月と続けば負担は急速に大きくなる。

 また、家族が集合住宅に暮らしていて犬や猫を連れて帰れないこともあれば、動物に慣れておらず投薬や散歩が難しいこともあり、猫なら家に残しておけば大丈夫だと思われがちでも、毎日の飲水や給餌、排泄物の処理、体調の確認は必要であるため、実際には「誰か1人が引き取れば解決する」というほど単純ではない。

 さらに見落とされやすいのが自宅の鍵であり、世話を頼める家族がいても鍵を持っていなければ玄関から先へ進めず、ようやく家に入ることができても、どの餌を何グラム与えるのか、薬は必要なのか、かかりつけの動物病院はどこなのか、猫がどこに隠れることが多いのかといった情報が分からなければ、善意だけでは十分な世話ができない。

実際には、地域の人や民間サービスが支えることもある

 現実の支援事例を見ると、家族だけでなく、ケアマネジャー、民生委員、近隣住民、ペットホテル、動物病院などが組み合わさって支えているケースがあり、独居の高齢者が入院したあと、遠方に住む家族が犬の世話をしていたものの、その家族自身が対応できなくなり、ケアマネジャーが介入してペットホテルの利用につないだ例や、脳梗塞で入院した人の犬を近隣住民と民生委員が交代で世話し、本人が退院するまで支えた例も報告されている。

 こうした事例が示しているのは、飼い主が高齢だから犬や猫を飼ってはいけないということではなく、むしろ、1人だけに頼るのではなく複数の人やサービスを組み合わせておけば、突然の入院にも対応しやすくなるということであり、これは人間の医療や介護で家族、医療機関、介護事業者、地域が連携する考え方とよく似ている。

ペットホテルやペットシッターは大きな味方になる

 家族や近所の人だけで対応することが難しい場合には、ペットホテル、動物病院、ペットシッターなどの民間サービスが大きな助けになり、数日から数週間程度の入院であれば、こうしたサービスを事前に知っているだけでも選択肢は大きく広がるが、実際に利用するには犬や猫を自宅から連れ出す人が必要だったり、ペットシッターに入ってもらうための鍵の管理が必要だったりするため、単に「そのときになったら頼めばよい」と考えるより、元気なうちに近隣のサービスを確認し、自分の犬や猫を実際に預かってもらえるのか、持病や投薬があっても対応可能なのかを確認しておく方が安心である。

 特に高齢の犬や猫では、一般的なペットホテルよりも動物病院での預かりが適している場合があり、一方で環境の変化を嫌う猫では、住み慣れた自宅へペットシッターに来てもらう方が負担が少ないこともあるため、「犬ならこう、猫ならこう」と一律に決めるより、その動物の性格や健康状態に合わせた方法を用意しておくことが重要になる。

本当に大きな問題は「何日で帰れるのか分からない」こと

 入院当初は1泊か2泊で帰れると思っていても、検査の結果によって1週間、2週間と延びたり、骨折や脳血管障害、心疾患などをきっかけにリハビリテーションが必要となり、そのまま長期入院へ移行したりすることがあり、高齢者の入院では、入院期間が最初から読めないことが少なくない。

 そのため、「今日と明日の餌を誰が与えるか」という問題と、「1か月後も誰が世話を続けるのか」という問題は分けて考えた方がよく、最初の数日は家族や知人に頼み、それ以上長引けばペットシッターやペットホテルへ切り替え、さらに自宅へ戻れない可能性が出てきたときには、家族による引き取りや新しい飼い主を探すことまで検討するというように、時間の経過に応じて段階的に準備しておけば、突然すべてを決めなければならない負担を減らすことができる。

 ここで重要なのは、この「数日、数週間、それ以上」という区分が公的な制度として決められているわけではなく、あくまで実務上の考え方だということであるが、それでも人間の危機管理と同じように、短期、中期、長期の3段階で考えておく方法は非常に合理的である。

ペットがいるから入院できない、ということまで起きている

 実は、この問題にはもう1つ重要な側面があり、前述した国内調査では、ペット飼育に関する問題を経験している医療機関75施設のうち42施設、56.0%が「ペット飼育を理由とした治療拒否、入院・入所拒否等」を経験しているため、犬や猫を大切にしている人ほど、「自分が入院したらこの子を誰が見るのか」という心配から、自分自身に必要な治療をためらう可能性があり、これは動物の問題であると同時に、人間の医療の問題でもある。

 その意味で、ペットの世話を事前に決めておくことは、動物を守るだけでなく、飼い主が安心して必要な治療を受けられる環境をつくることにもつながる。

介護保険だけでは犬や猫の世話まで自動的には支えられない

 高齢者の生活を支える制度として介護保険があるが、訪問介護における犬や猫の世話は介護保険給付の対象ではなく、事業者が対応するとしても、介護保険サービスとは明確に区分された自己負担の保険外サービスとして提供されることになるため、「介護サービスを利用しているからペットの世話も何とかなる」と考えることはできない。

 また、飼い主が救急搬送されたからといって、公的サービスが自動的に自宅へ入り犬や猫の世話を引き継ぐ全国共通の制度が整っているわけでもなく、実際には家族、近隣住民、民間事業者、動物病院、地域の支援者などを組み合わせながら、その人の状況に応じた対応を考えることになる。

 人口1万人未満の自治体にある地域包括支援センターを対象とした調査では、回答した103か所のうち68か所、66.0%がペット飼育に関する問題を経験していた一方、98か所、95.1%は特別な取組を行っていないと回答しており、少なくとも現時点では、地域によって支援体制に大きな差があることも考えておかなければならない。

犬や猫との暮らしには、それ自体の大きな意味がある

 だからといって、高齢者は犬や猫を飼わない方がよいという結論にはならず、犬や猫との暮らしについては、高齢者の身体活動や社会的交流との関連を示す研究があり、特に犬の散歩をする人では、犬を飼っていない人より歩行時間や中高強度の身体活動が多いことを示した国内研究もある。

 また、日本の65歳以上を対象とした研究では、現在犬を飼っている人は犬を飼ったことがない人に比べ、要介護状態になる割合が低いという関連も報告されているが、これは観察研究であるため、「犬を飼えば介護予防になる」と単純に因果関係を断定することはできず、もともと活動的な人ほど犬を飼いやすいといった要因も考える必要がある。

 精神面についても、犬や猫が孤独感の軽減や心の支えになると感じる高齢者は少なくない一方、研究結果は必ずしも一方向ではなく、すべての人に同じ効果が生じるとはいえないものの、少なくとも、犬や猫との生活が毎日の行動を生み、生活に一定のリズムを与え、人との会話や外出のきっかけになる可能性は十分に考えられる。

 朝になると餌を待つ気配があり、名前を呼べばこちらを見る存在がいて、犬であれば散歩の時間になると玄関の前で待っているという毎日の小さな繰り返しは、単なる趣味という言葉だけでは説明しにくく、長年一緒に暮らした動物が家族のような存在になっている人にとっては、その存在そのものが生活の一部なのである。

高齢化よりも「単身化」がこの問題を大きくする

 この問題を考えるうえで重要なのは、高齢者が増えることだけでなく、1人で暮らす高齢者が増えていることであり、2020年には65歳以上人口のうち1人暮らしの割合が男性15.0%、女性22.1%だったが、将来推計では2050年には男性26.1%、女性29.3%まで上昇すると見込まれているため、同居家族がいない状態で突然入院する高齢者が増えていく可能性は高い。

 もちろん、将来どの程度の高齢者が犬や猫を飼うのかまでは確実に予測できないため、「残されたペットの問題が必ず急増する」と断定することはできないが、単身高齢者の増加を考えれば、飼い主が突然世話できなくなったときの仕組みを社会全体で考える必要性は、今よりも高まっていくと考える方が自然である。

「1人に頼む」より「2つの経路をつくる」

 準備というと大げさに聞こえるかもしれないが、実際には簡単なことから始めることができ、特に重要なのは「この人に頼む」と1人だけ決めるのではなく、その人が対応できなかった場合の第2の連絡先まで考えておくことである。

 例えば、緊急時に頼んだ1人が仕事や旅行、病気などの理由で対応できない可能性はゼロではないため、家族を第1連絡先、近所の信頼できる人を第2連絡先、長引いた場合にはペットシッターやペットホテルというように複数の経路を作っておけば、どこか1つが使えなくなっただけで全体が止まる危険を小さくでき、これは災害対策や情報システムで使われる「予備を持つ」という考え方と同じである。

「ペット用緊急情報」を1枚にまとめておく

 具体的には、犬や猫の名前、年齢、性格、餌の種類、1回の量、食事の時間、散歩の方法、服薬の有無、かかりつけの動物病院、ワクチンや持病の情報、緊急時に連絡してほしい人の名前などを1枚の紙にまとめ、家族や信頼できる人が分かる場所へ置いておくだけでも、突然の入院時の混乱は大きく減る。

 スマートフォンに記録しておく方法もあるが、本人が操作できない状態では第三者が確認できない可能性があるため、紙でも残しておく方が実用的であり、同時に自宅の鍵を誰が持つのか、ペットを病院やホテルへ運ぶためのキャリーバッグやリードがどこにあるのかまで共有しておけば、初動はさらに速くなる。

 そして、元気なうちに近所のペットホテルやペットシッター、動物病院などを調べ、一度問い合わせておけば、「そのときになって初めて探す」という最も不安な状況を避けることができる。

犬や猫と長く暮らすために、先のことを決めておく

 高齢になってから犬や猫と暮らすことについて、「自分が先に病気になったらどうするのか」と不安になる人もいるだろうが、その不安があるからこそ、飼うことを諦めるという結論だけが答えではなく、自分が世話できない期間を誰かにつないでもらう仕組みを作ることで、安心して一緒に暮らせる時間を長くするという考え方もできる。

 飼い主が突然倒れたとき、犬や猫は自分で電話をかけることも、隣人に事情を説明することも、冷蔵庫から食事を出すこともできないため、その代わりに人間があらかじめ「もしものときの道」を作っておく必要があり、それは決して弱さを認めることではなく、大切な家族に対する責任の一部と考えることができる。

「自分が帰れない夜」に誰が来てくれるのか

 入院の準備というと、保険証や薬、お金、着替えなどを考えることが多いが、犬や猫と暮らしている人にとっては、それと同じくらい大切な準備があり、それは「自分が今夜この家へ帰れなくなったら、この子のところへ誰が来てくれるのか」という問いに答えを持っておくことである。

 その答えが1人だけではなく、家族、友人、近所の人、ペットシッター、ペットホテル、動物病院といったいくつかの道につながっていれば、犬や猫の生活は飼い主の入院と同時に止まらず、飼い主自身も病室で「今ごろどうしているだろう」と心配し続けなくて済む。

 犬や猫と暮らすことには、喜びだけでなく責任もあるが、その責任は「最後まで自分1人で何もかも世話し続ける」という意味ではなく、自分ができなくなったときに誰かへきちんと引き継げるようにしておくことまで含まれており、高齢になっても犬や猫と暮らしたいと願うことは決して無理な望みではなく、その生活を長く安心して続けるために必要なのは、年齢を理由に諦めることではなく、「もしものときにも、この子の暮らしは続く」という仕組みを、元気なうちに用意しておくことである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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