地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

移動販売はスーパーの代わりになれなくても、暮らしを少し支えられる

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 地方の小さな町でスーパーが閉店すると、ニュースではしばしば「買い物弱者」や「食品アクセス問題」という言葉が使われる。自動車を運転できない高齢者にとって、食料品を買える場所が遠くなることは確かに深刻な問題だが、この問題について考え始めると、いつの間にか「なくなったスーパーを何によって置き換えるか」という議論になりやすい。そこで候補に挙がるのが移動販売だが、移動販売車1台で、かつて存在したスーパーと同じ品ぞろえ、営業時間、価格、サービスをそのまま再現することは難しい。

 売り場の広さも、扱える商品の種類も違う。大量仕入れによる価格競争力でも、大型スーパーと同じ条件で競うことは難しく、肉、魚、野菜、惣菜、飲料、日用品まで幅広い商品を好きな時間に選べる固定店舗と、週に1度か2度、決められた時間にやって来る移動販売車とを比較すれば、小売店舗としての機能には明らかな差がある。しかし、この違いを理由に「スーパーの代わりにならないのだから意味がない」と考えてしまうと、人口減少地域でこれから必要になる商売の姿を見誤るかもしれない。

 移動販売に求められているのは、失われたスーパーを小さくして車の中へ再現することではない。地域の暮らしに生じた空白のすべてを埋めることができなくても、その一部分を埋めることができれば、そこには十分な社会的価値があり、条件によっては小さな商売として成立する可能性も生まれる。

「一週間分を買う店」ではなく「今日と明日をつなぐ店」

 冷蔵庫を開けたら牛乳がなかった。夕食に使うつもりだった豆腐を前日に食べてしまい、卵も残り1個しかない。薬を飲むために少し何か食べたいが、パンまで切れている。都市部で生活していれば、この程度の不足は大きな問題にならず、コンビニエンスストアやスーパーへ歩くか、自転車や自動車で出掛ければ済むことが多い。

 ところが最寄りの食料品店まで数キロ、場合によっては10数キロ離れ、自分では自動車を運転できない人にとっては、1本の牛乳を買うことさえ小さな外出ではなくなる。家族に頼むのか、近所の人に頼むのか、バスの時刻に生活を合わせるのか、それとも数百円の商品を買うためにタクシーを利用するのかという問題になり、商品そのものの価格とは別に、時間、交通費、他人へ依頼する心理的負担まで発生する。

 このような暮らしの中では、移動販売の価値を「何種類の商品が積まれているか」だけで測ることはできない。毎週決まった曜日の決まった時間に販売車が来ることが分かっていれば、牛乳や卵が少なくなったときにも、何日も前から完全な買い物計画を立てる必要がなくなる。スーパーで3,000円分をまとめて買う代わりに、移動販売では牛乳、パン、卵、惣菜だけを買う人もいるだろうが、その数品によって「今日は遠くの店へ行かなくてもよい」という1日が生まれるのであれば、生活者にとっての効用は購入金額だけでは測れない。

 移動販売は1週間分の暮らしをすべて背負わなくてもよいのであり、今日と明日の間に生じた小さな不足を埋めるだけでも、固定店舗とは異なる役割を持つことができる。

店が成立しにくくなっても、生活需要まで消えるわけではない

 人口減少地域では、「人口が減れば店がなくなる」という単純な一本線だけで現象を説明することはできない。実際には人口減少に加えて、高齢化、経営者の高齢化や後継者不足、自動車で大型店へ買い物に行く生活への変化、人件費や物流費、電気代の上昇、地域内での消費額の減少などが重なり、一定以上の売上を必要とする固定店舗から維持が難しくなっていく。

 しかし、店が閉じた翌日に地域の住民まで消えるわけではない。店舗を支えるには市場規模が小さくなっていても、そこで暮らす数百人、数千人の食事や日用品への需要までなくなるわけではないため、固定店舗を1軒維持するほどには大きくないが、完全に無視できるほど小さくもない需要が地域に残る。この「店を1軒維持するには小さすぎるが、生活需要としては消えていない」という中間領域こそ、移動販売のような小規模サービスを考える余地である。

 大型店舗は、一定数の人が1つの場所へ来てくれることを前提に、建物、駐車場、冷蔵設備、照明、従業員、在庫を用意する。それに対して移動販売は、建物を1日中開けて客を待つのではなく、需要のある場所と時間に商品を移動させることができるため、費用構造そのものが固定店舗とは異なる。

 もちろん、移動販売であれば自動的に低コストになるわけではない。専用車両の取得や改装、冷蔵設備、燃料、保険、点検整備、人件費、商品の積み込み、廃棄などの費用が必要であり、既存のスーパーや物流拠点を商品の補給基地として利用できる事業者と、ゼロから仕入れや保管の仕組みを構築する事業者とでは採算条件も違う。それでも、需要の薄い地域全体に1つの固定店舗を置く方法とは別に、「需要のある地点を時間で結ぶ」という選択肢を持てることが移動販売の特徴である。

問題は人口ではなく、「1時間に何人と出会えるか」

 移動販売を考えるうえで最も注意すべきなのは、「高齢者が多い地域だから商売になる」「買い物に困っている人が多いから需要がある」と短絡しないことである。困っている人が存在することと、事業として採算が取れることは別の問題であり、両者をつなぐ重要な条件が顧客密度と巡回効率になる。

 仮に40人の固定客がいるとして、その40人が1つの住宅団地にまとまって住んでいれば、販売車は1か所あるいは数か所に停車するだけで多くの客に商品を販売できる。ところが同じ40人が広い山間部に1人ずつ散らばって住んでいれば、1人の買い物のために何分も走り、次の客までさらに何キロも移動しなければならない。同じ40人、同じ客単価であっても、1日に販売できる人数と必要な燃料、労働時間は大きく変わる。

 したがって、事業者が本当に知るべき数字は地域全体の高齢者人口だけではなく、「1時間に何人の購入者と接触できるか」「1キロメートル走行する間にどれだけの粗利益を得られるか」「1つの停車地点で何人が買ってくれるか」といった密度である。移動販売の巡回経路について実際に数理最適化の研究が行われているのも、どの順番で停車地点を回るかによって走行距離と労働時間が変わり、それがそのまま事業採算へ影響するからである。

 ここで、従来の「商圏」という考え方も少し変わってくる。固定店舗では店舗から半径何キロメートルの範囲に何人住んでいるかを考えることが多いが、移動販売では「月曜日の午前10時には住宅団地で10人、10時40分には公民館前で8人、11時20分には別の集落で12人」といった時間軸を含んだ商圏を設計することになる。人口が薄い地域であっても、人を時間と場所によって束ね直すことができれば、散らばっていた小さな需要を1つの巡回ルートとして組み直せる可能性が出てくる。

「何が人気か」より「何がなくなると困るか」

 移動販売車の車内には限りがあるため、固定スーパーの売り場をそのまま縮小して積み込むことはできない。そこで商品構成を考えるときには、「よく売れる商品」だけでなく、「なくなったときに生活上の不便が大きい商品」という視点が重要になる。

 牛乳、卵、豆腐、パン、納豆、飲料、調味料、簡単な惣菜などは、1つ1つの価格は高くなくても、家庭から切れた途端に買い物の必要性が生じやすい。反対に、限られた荷台の中で種類ばかりを増やせば、1商品当たりの在庫量が減って欠品が生じやすくなる一方、売れ残る商品の種類も増えてしまうため、「品ぞろえが多いほどよい」というスーパー型の発想をそのまま持ち込むことはできない。

 ここで移動販売の弱点を補うのが、固定客との距離の近さである。同じ地区を毎週同じ曜日に回れば、「来週は味噌を1本持ってきてほしい」「この魚なら買いたい」「このパンを2個取っておいてほしい」といった注文が自然に集まりやすくなる。事前注文が増えれば、事業者は売れるかどうか分からない商品を大量に積んで走る必要が減り、需要があることを確認してから仕入れや積み込みを行えるため、在庫の不確実性や廃棄のリスクを小さくできる。

 つまり、移動販売は品ぞろえの少なさという弱点を持つ一方、客との距離が近いことを利用すれば、「何でも並んでいる店」ではなく「必要な物を次回持ってきてもらえる店」という別の価値へ変えることができる。

商品価格だけでは見えない「移動しなくてよい価値」

 同じ牛乳1本でも、固定スーパーで買う場合と自宅近くまで来る移動販売で買う場合では、商品以外に必要となる費用が異なる。都市部のスーパーでは、客が店舗まで何キロメートル移動したか、そのために何分使ったかという費用は店舗側の帳簿には表れないが、利用者側ではガソリン代、公共交通の運賃、運転時間、家族に送迎を頼む負担、バスを待つ時間などが実際に発生している。

 移動販売は、この「消費者が店まで移動する費用」の一部を販売者側が引き受け、その代わりに商品の価格や販売効率の中で回収する仕組みとも見ることができる。そのため、スーパーの商品価格だけを見れば移動販売の方が高い場合があっても、買い物へ行くための時間や交通費まで含めて考えれば、利用者にとっての実質的な負担差は小さくなる場合がある。

 ただし、この追加価値に利用者がいくらまで支払う意思を持つのかは、地域ごと、世帯ごとに違う。「地域のためになるのだから多少高くても買ってくれる」と考えるのは危険であり、地域貢献への共感による1度の買い物と、毎週続く購買行動は同じではない。移動販売が事業として長く残るためには、善意で利用されるサービスではなく、「水曜日にはあの車から買う」という日常の習慣になる必要がある。

採算を決めるのは、売上の大きさだけではない

 移動販売には、大型スーパーのような巨大な売上を期待しにくいという構造的な制約がある。1台の車に積める商品量にも、1日に回れる地点数にも限界があり、例えば客単価を1,000円、1日の購入客数を50人と仮定すれば、1日の売上は50,000円となる。しかし、この50,000円がそのまま利益になるわけではなく、仕入原価、燃料、人件費、車両費、整備費、保険料、決済手数料、商品の廃棄などを差し引かなければならない。

 逆に考えれば、事業性を判断するときに重要なのは、「1日にいくら売れるか」だけではなく、「その売上を何時間、何キロメートルの走行で生み出せるか」である。客単価が同じでも、50人へ販売するのに4時間で済むルートと8時間かかるルートでは採算性がまったく異なるため、移動販売では売上高だけでなく、1時間当たりの粗利益、走行1キロメートル当たりの粗利益、1停車地点当たりの購入人数などを見る必要がある。

 人口減少地域を相手にする以上、顧客数が将来急激に増えることを前提とした事業計画も現実的ではない。だからこそ、移動販売は大きな市場を発見する商売というより、散らばっている小さな需要を効率よく束ね、限られた時間の中で採算が取れる形に組み直す商売と考えた方がよい。

「小さすぎる需要」を組み合わせるという発想

 人口減少社会で増えていくのは、大企業にとって魅力的な巨大市場だけではない。むしろ、かつて1つの商店や1つの地域サービスの中にまとまっていた需要が、少人数ずつ地域の中へ散らばって残る可能性が高い。

 食料品を少し買いたいという需要の隣に、電球を交換してほしい、灯油を届けてほしい、重い物を運んでほしい、スマートフォンの設定を手伝ってほしいといった小さな困り事が存在することがある。これらをすべて1つの移動販売事業者が直接引き受ければ採算が改善すると断言することはできず、資格や責任範囲、個人情報、事故時の対応など、別の課題も生じる。しかし、定期的に地域へ入る事業者が住民の需要を知り、それを地域の別の事業者へつなぐという仕組みには検討の余地がある。

 1つ1つの需要はあまりに小さく、1件のためだけに新しい事業を立ち上げることは難しい。それでも、同じ地域の同じ利用者が抱える複数の小さな不便を1つの接点で把握できれば、これまで市場として認識されなかった需要が見えてくる可能性がある。

移動販売車は「走る小売店」だけでは終わらない

 毎週決まった曜日に同じ地区へ行き、同じ住民と顔を合わせるという行為には、小売売上だけでは測りにくい価値がある。オンライン通販では注文情報は分かっても顧客の日常生活までは見えにくく、宅配便は荷物を届ければ次の配達先へ向かうが、移動販売では短い時間であっても利用者との定期的な対面接触が生まれる。

 実際、移動販売を高齢者の見守りと組み合わせる取り組みは既に各地で行われており、定期訪問という特徴を生かせば、単なる販売車以上の地域接点になり得る。ただし、販売員が福祉職や医療職の役割まで担うべきだという意味ではなく、いつも利用している人が来なかった、普段と様子が違ったといった変化に気付き、必要であればあらかじめ決められた連絡先へつなぐという程度でも、地域における意味は大きい。

 また、毎週会話を重ねるうちに、「来週はこれが欲しい」という商品需要だけでなく、地域にどのような不便が残っているかも見えてくる。その情報を適切に扱い、地域の事業者や行政、福祉サービスなどと結びつけることができれば、移動販売車は商品を運ぶだけでなく、地域に散在する需要を発見する接点になる可能性がある。

スーパーが戻らなくても、暮らしを少し戻すことはできる

 人口が減った地域では、以前存在した便利さをすべて同じ形で取り戻すことは難しい。スーパーを復活させ、銀行の店舗を戻し、バスの本数を増やし、医療機関や商店を以前と同じように配置するという願いがあっても、それを長期間維持できる人口と売上がなければ、再び同じ問題に直面することになる。

 しかし、それは「人口が減ったのだから不便になるのは仕方がない」という結論と同じではない。以前と同じ大きさ、同じ頻度、同じ形式では維持できなくても、サービスを小さくし、時間を限定し、必要な場所を巡回する仕組みに変えることで、失われた便利の一部分を取り戻せる場合がある。

 移動販売は、その象徴的な例の1つである。大型スーパーと同じ品ぞろえも、長い営業時間も、最安値も提供できないかもしれないが、毎週水曜日の午前11時になれば家の近くへ車が来て、牛乳と卵と夕食のおかずを買える。それによって誰かに車を出してもらわなくて済む日が1日増え、自分の生活を自分で組み立てられる時間が少し延びるのであれば、その価値は店舗の売場面積だけでは測れない。

 人口減少社会で本当に問われるのは、失われた便利を100の状態まで戻せるかどうかではないのだろう。100あった便利が30まで減った地域で、現実的な費用の範囲内で35や40へ戻す方法を考え、その5や10の改善に住民がどれだけ価値を感じ、どこまでなら対価を支払うのかを確かめる。その需要を短い巡回距離の中にまとめ、1時間当たりに必要な粗利益を確保できるところまで設計できれば、それは慈善や一時的な地域支援ではなく、小さくても持続する商売になり得る。

 地方に巨大な市場が眠っているとは限らないし、人口減少によって何をしても新しい需要が生まれるわけでもない。しかし、人がそこで暮らし続ける限り、「これがないと少し困る」という小さな空白は残る。その空白の1つ1つは、大企業から見れば小さすぎて市場と呼ぶほどのものではないかもしれないが、場所と時間をうまく組み合わせれば、小さな需要同士が1つの事業を支えるだけの厚みを持つことがある。

 移動販売が運んでいるのは、商品だけではない。遠くなった店と、その土地に残った暮らしとの間を、毎週決まった時刻に細い橋で結び直しているのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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