地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

墓を守る人がいなくなる町~墓参り代行の次に生まれるサービスとは

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 山の斜面に沿うようにつくられた墓地へ行くと、墓石の新しさよりも、足元の草の伸び方に目が向くことがある。よく手入れされた墓の隣に、しばらく誰も訪れていないらしい墓があり、そのさらに隣には花立てだけが妙に新しい墓がある。墓地という場所は一見すると変化の少ない空間だが、よく見れば、そこには町の人口移動や家族構成の変化が静かに刻まれている。

 かつて墓は、そこに住み続ける家族が守ることを前提にできた。子どもが同じ町に残り、盆や彼岸になれば親族が集まり、誰かが草を刈り、誰かが花を替える。その役割はサービスとして購入するものではなく、家族の生活の一部として受け継がれていた。しかし人口が減り、若い世代が都市へ移り、結婚や就職によって家族が全国に散らばるようになると、この仕組みそのものが成り立ちにくくなる。

 ここで重要なのは、「墓を大切にしたい気持ち」が消えたわけではないということだ。問題になっているのは、気持ちではなく距離と時間である。東京で暮らす70代の夫婦が、房総半島や東北、九州の実家の墓まで年に何度も出かけることは簡単ではなく、本人が80代になれば、電車を乗り継ぎ、坂道を歩き、暑さの中で草取りをすること自体が負担になる。その子ども世代まで時間が進めば、墓の正確な場所や管理する寺院の名前さえ十分に知らないということも起こり得る。

 こうした変化から生まれたサービスの一つが墓参り代行である。依頼を受けた事業者が墓地へ行き、墓石を清掃し、草を取り、花や線香を供え、作業後の写真を送るという仕組みはすでに存在している。ただし、人口減少地域を新しい商いの視点から眺めるなら、墓参り代行は完成形ではなく、むしろ入口として考えた方がよい。

 なぜなら、遠方に住む家族が本当に困るのは、「今年の盆に墓参りへ行けない」という一回の問題だけではないからである。本当の不安は、この墓をこれから10年、20年、誰が見ていくのかという時間の問題にある。墓石が傾いていないか、雑草が周囲まで広がっていないか、寺や霊園から連絡が来ていないか、管理料の支払いはどうなっているのか、そして自分が亡くなったあと、この墓を誰が引き継ぎ、あるいはどう終えるのかまで考え始めると、必要になるのは単なる「墓参りの代理」ではなく、「離れた場所にある家族の墓を継続して見守る存在」へと変わっていく。

 ここから、墓参り代行の次に生まれるサービスが見えてくる。それは墓を掃除する仕事ではなく、墓の状態を継続して確認し、その変化を記録し、必要なときには次の対応へつなぐ仕事である。

 たとえば年に数回墓地を巡回し、墓石、外柵、花立て、雑草、周囲の樹木などを確認して写真を残す。台風や大雨のあとには、希望する顧客から追加依頼を受けて異常がないか確認し、修繕が必要であれば石材店や寺院への相談につなぐ。依頼者は遠く離れた自宅にいながら、自分の家の墓がどのような状態になっているのかを知ることができるため、このとき顧客が買っているのは「掃除そのもの」より、「知らない間に墓が荒れているかもしれない」という不安を減らす機能だと考えた方が近い。

採算を決めるのは、単価よりも移動と集約である

 このサービスを商売として見るなら、最初に注意しなければならないのは、墓参り代行が見た目ほど簡単に利益を残せる仕事ではないという点である。大掛かりな店舗や高価な機械がなくても始められる一方、地方の訪問サービスでは、作業時間そのものよりも「何も売上を生んでいない移動時間」が利益を削るからである。

 仮に、一件の簡易な現地確認を5,000円で引き受け、墓地まで片道30分、現地確認と軽い清掃に40分、写真整理と報告に20分、帰路に30分かかったとすると、一件の仕事に合計2時間を使うことになる。この場合、経費を差し引く前の時間当たり売上は2,500円であり、ここからガソリン代、車両費、清掃用品、通信費、保険、事務作業などを負担しなければならないため、5,000円という価格は、注文が入れば売上にはなるものの、それだけで十分な利益が残る水準とは限らない。

 さらに注意したいのは、5,000円という数字が墓参り代行全体の標準価格を意味するわけではないことである。簡易な現地確認なら数千円台も考えられる一方、草取り、墓石清掃、供花、線香、写真報告まで含むサービスでは、一件当たり1万円前後あるいはそれ以上の価格になることもある。そのため採算を論じるときには、「墓参り代行は一回5,000円である」と固定するのではなく、作業範囲によって価格も必要時間も変わるサービスとして考える必要がある。

 それでも、同じ墓地に複数の契約者が集まれば採算が改善するという考え方そのものは、数理的にかなり強い。先ほどの条件をそのまま使い、一件当たり現地作業と報告に合計1時間かかるとすると、一件だけなら往復移動1時間を含めて合計2時間必要になるが、同じ墓地で二件を処理すれば合計3時間、五件なら合計6時間となる。このとき一件5,000円なら、一件だけでは売上5,000円を2時間で割って時間当たり2,500円、二件なら売上1万円を3時間で割って約3,333円、五件なら売上2万5,000円を6時間で割って約4,167円となり、同じ墓地に顧客が集まるほど共通の移動時間を複数の契約で分担できる効果が現れる。

 ただし、この効果には明確な上限がある。一件ごとの作業時間そのものは消えないため、顧客数を増やせば時間当たり売上が無限に高くなるわけではない。先ほどの条件では、顧客数が増えるにつれて共通移動時間の影響が小さくなり、時間当たり売上は一件当たり単価である5,000円に近づいていくが、それを超えることはない。したがって、共通の移動時間だけが薄まり、個別作業時間は必ず残るという構造で考える必要がある。

 ここから、この商売で見るべき数字が変わってくる。単純な契約者数より重要なのは、一つの墓地に平均何件の契約が集まるのかという「墓地単位の集約度」である。人口が少ない町だから事業が成立しないとは限らず、町内にいくつかの大きな墓地があり、そこに都市部へ転出した家族の墓がまとまっているなら、一回の巡回で複数件を処理できる可能性がある。反対に、契約者が20人いても墓地が広い地域に散らばり、それぞれ長時間の移動が必要なら、契約者数だけを見て「顧客が増えた」と判断することはできない。

年間契約は安定には効くが、利益率まで自動的に高めるわけではない

 墓参りには季節性がある。盆や彼岸の前には依頼が集中しても、それ以外の時期には仕事が少なくなる可能性があるため、一件ごとの依頼だけを待つ経営では年間売上を読みづらい。そこで有効になるのが年間契約だが、年間契約には長所と同時に注意点もある。

 ここでは一例として、年四回の状態確認と年二回の簡易清掃を組み合わせ、年間六回訪問する契約を考えてみる。台風や大雨のあとの緊急確認まで定額料金に無制限で含めると年間の訪問回数が事前に読めなくなるため、災害後の特別確認は追加料金とした方が、事業者にとっても顧客にとっても料金体系が分かりやすい。

 年間料金を仮に3万円とすると、年間六回の予定訪問だけで単純平均すれば一回当たり売上は5,000円になる。ただし、四回の状態確認と二回の簡易清掃では作業量が異なるため、一回当たり5,000円という数字だけで採算を判断するのは適切ではない。年間全体で何時間の作業が必要になるかを見る必要がある。

 そこで、状態確認一回につき現地30分と報告15分の計45分、簡易清掃一回につき現地60分と報告15分の計75分かかると仮定する。年四回の状態確認には合計3時間、年二回の簡易清掃には合計2時間30分が必要になるため、一契約当たりの年間直接作業時間は合計5時間30分となる。

 事業者自身の労働時間を一時間2,000円で評価すれば、年間直接人件費は1万1,000円になる。さらに清掃用品などの年間消耗品費を1,500円と仮定すると、移動費を除いた一契約当たりの年間直接費は1万2,500円となる。

 次に移動を考える。一回の墓地への往復について、移動時間に相当する人件費と燃料・車両費を合わせて2,800円かかると仮定すれば、年間六回の訪問に必要な共通移動費は1万6,800円となる。ただし、この1万6,800円は同じ墓地に複数の契約者がいれば分担できる。

 一つの墓地に一件しか契約がない場合、一件当たり年間費用は1万2,500円に1万6,800円を加えた2万9,300円となり、年間売上3万円から差し引くと残るのは700円にすぎない。二件なら移動費を二件で分けられるため、一件当たり費用は2万900円、残額は9,100円となり、五件なら一件当たり費用は1万5,860円、残額は1万4,140円、十件なら一件当たり費用は1万4,180円、残額は1万5,820円となる。

 もちろん、この残額はそのまま事業者の利益ではない。ここから広告費、通信費、保険料、決済手数料、会計費用、車両の減価償却、契約管理などの間接費を負担する必要がある。それでも、この試算からは、一墓地一件では採算が極めて厳しく、同じ墓地に複数件の契約を集めることによって初めて事業としての余裕が生まれるという構造が見えてくる。

 重要なのは、これらの数字が墓参り代行業界の平均実績を示したものではなく、一定の条件を置いた感度分析だということである。実際の価格、作業時間、移動距離、車両費、清掃範囲によって結果は変化するため、この数字そのものよりも「どの変数が利益を左右するのか」を見ることに意味がある。

「100件で300万円」という数字だけでは、事業性は判断できない

 年間3万円の契約者が100件いれば年間売上は300万円になる。この計算自体は正しいが、その数字だけで事業が成立するかどうかは判断できない。

 同じ100件でも、十か所の墓地に平均十件ずつ集まっている場合と、百か所の墓地に一件ずつ散らばっている場合では、必要な移動回数がまったく違う。仮に一件当たり年六回訪問するとすれば、契約単位では年間延べ600件分の作業が発生するが、一回の巡回で平均五件をまとめて処理できれば、必要な墓地訪問は年間120回となり、月平均では10回程度になる。

 一方、一回の巡回で平均1.5件しか処理できなければ、600件分の作業を1.5件ずつ処理するため、墓地訪問は年間400回になる。同じ年間売上300万円でも、前者と後者では移動に必要な時間と車両費が大きく異なるため、事業の採算性もまったく違ってくる。

 そのため事業計画で本当に見るべきなのは、「100件集める」という数字ではなく、年間契約件数、年間訪問回数、一巡回当たり平均処理件数、平均移動時間、一件当たり作業時間を組み合わせた運営構造である。墓地単位で仕事をまとめられるなら比較的少ない契約数でも効率が上がるが、顧客が広域に散らばれば、件数が増えるほど忙しくなるのに利益が残らないということも起こり得る。

継続率は重要だが、高い更新率を当然視してはいけない

 この事業では継続契約が増えるほど新規営業の負担が下がるため、更新率は非常に重要な指標になる。しかし、「毎年九割程度の顧客が継続する」といった数字を、実績の裏付けなしに当然の前提とするのは危険である。

 たとえば年間継続率が90%なら翌年には100件中90件が残るが、80%なら80件、70%なら70件しか残らない。契約数を100件に維持しようとすれば、それぞれ年間10件、20件、30件の新規契約を獲得しなければならず、継続率が10ポイント違うだけでも営業負担は大きく変わる。

 したがって、高い更新率を実現できれば経営が安定するという方向性は正しいものの、「墓管理だから自然に更新率が高くなる」と考えることはできない。実際に何%が翌年も契約するのかは、事業を始めたあとに検証すべき重要な数字である。

 その意味で、この事業の本当の資産は清掃道具でも車でもなく、特定地域に積み上がった継続契約と、それぞれの墓について蓄積された記録である。毎回同じ角度から墓石を撮影しておけば、ひび割れや傾きの変化を確認でき、雑草の状態や補修履歴、寺院や霊園からの連絡事項まで残していけば、その事業者は単なる清掃業者ではなく、その墓の経過を最もよく知る外部管理者になっていく。

低価格競争を避けるには、「掃除」以外の価値が必要になる

 墓石を洗い、草を取り、花を供え、写真を送るだけなら、利用者から見た事業者の違いは小さくなり、最終的には価格競争へ向かいやすい。ところが、数年間の記録が残り、「昨年よりここに細いひびが増えている」「この時期は草が伸びやすい」「前回は石材店にこの補修を依頼した」といった情報まで蓄積されれば、サービスの価値は清掃作業そのものから離れていく。

 この差は大きい。安い業者が新しく現れたとしても、何年間も状態を記録し、自分の家の事情や寺院との関係を理解している事業者を簡単に変更するとは限らないため、継続性が生まれやすくなる。価格ではなく「自分の墓について誰が最もよく分かっているか」が選択理由になれば、地域密着型事業者が大きな会社に対して持てる優位性も見えてくる。

次の商機は、墓を売ることではなく、次の問題へつなぐことにある

 ただし、墓の管理だけで十分な市場規模を確保できるとは限らない。墓を自分で管理する人もいれば、寺院が管理サービスを提供している地域もあり、将来的に墓じまいが進めば管理対象そのものが減る可能性もある。そのため、「高齢化するから墓管理市場は必ず拡大する」と単純化するのは適切ではない。

 むしろ長期的には、墓を入口として家族が抱える別の問題へ自然につながっていくことに意味がある。墓を管理している顧客から、「実家も空き家になっている」「仏壇をどうすればよいかわからない」「子どもは墓を継がないと言っている」「墓じまいについて誰に相談すればよいかわからない」といった話が出てくれば、空き家管理、家財整理、墓じまいの準備、寺院や石材店への連絡補助など、別の困りごとが見えてくる。

 ここで大切なのは、自社ですべてを施工しようとしないことである。石材工事を自分で行う必要もなく、法律や税務に関する専門判断まで抱え込む必要もない。地域の石材店、寺院、行政書士など、それぞれの分野を担当できる人へつなぐ調整役になるだけでも価値は生まれる。小規模事業者が何でも自前で抱えれば、設備投資と固定費が増え、かえって採算を悪化させる可能性があるからである。

広告より、地域内の紹介経路が重要になる可能性が高い

 墓というものには、一般的な家事代行とは違う難しさがある。依頼者にとって墓は単なる石ではなく、家族の記憶や宗教観、感情と結びついているため、広告を見ただけで知らない事業者へすぐ任せるとは限らない。

 そのため、年間3万円の契約を得るために高額な広告費を使えば、初年度の利益がほとんど消えてしまう可能性がある。むしろ寺院、石材店、葬祭事業者、不動産事業者など、すでに地域で信頼を持っている人から紹介される仕組みの方が相性はよい。ただし、これらの事業者の仕事を奪うような入り方をすれば紹介は生まれないため、自分は現地確認や依頼者との連絡を担当し、専門的な施工や宗教的手続きは既存の専門家へ渡すという役割分担が必要になる。

「小さい市場だから儲かる」とは限らない

 人口減少地域の商機を考えるとき、「大企業には小さすぎ、一人で営むには十分な市場」という表現には魅力があるが、これは条件付きでしか成立しない。市場が小さいということは、大企業が参入しにくいという利点と同時に、そもそも十分な顧客が存在しないという欠点も意味するからである。

 したがって、小規模事業者に向く市場とは、単に人口が少ない市場ではない。一定の支払意思を持つ顧客が特定の墓地や地域にある程度まとまり、大手企業が店舗や人員を配置するほどの規模ではない一方、一人あるいは少人数の事業者には十分な売上が見込める場合に初めて、地域型のニッチ市場として成立する。

 この条件を満たすかどうかは、地域ごとに調べなければわからない。墓地の数、区画数、都市部へ転出した世帯の割合、寺院や霊園がすでに提供しているサービス、現在の管理状況、価格に対する支払意思などを確認しなければ、本当の市場規模は見えてこない。つまり、この事業は「高齢化している町だから成立する」のではなく、「困っている人が一定数いて、その人たちが一定の価格を払い、しかも効率よく訪問できる場所に集まっている」という複数の条件が重なったときに初めて成立するのである。

墓の記録は、やがて家族の記録へ変わっていく

 この仕事は、やがて「墓の状態を記録するサービス」から、「家族の記憶を整理するサービス」へ発展する可能性もある。墓石には亡くなった人の名前や年月日が刻まれているが、その人がどのような人物で、現在の家族とどのようにつながっているのかまでは残らない。親が亡くれ、叔父や叔母が亡くれ、墓について詳しく知る人がいなくなると、墓石だけが残り、そこに眠る人と現在の家族との関係がわからなくなることもある。

 そこで、墓の所在地、墓石の写真、刻まれている名前、建立時期、管理する寺院や霊園、親族関係などを整理し、家族へ渡すサービスが考えられる。これは華やかなデジタル事業ではないが、「父が元気なうちに実家の墓について整理しておきたい」と考える人にとっては現実的な価値を持つ可能性があり、家系図まで大げさに作らなくても、最低限の情報を冊子や電子データとして残すだけで、次の世代が困る可能性を減らすことができる。

 さらに時間が進めば、問題は「墓を守る」ことから「墓をどう終えるか」へ移っていく。墓じまいを考え始めても、寺院、霊園、石材店、行政、親族など複数の関係者が登場し、何から始めればよいのかわからない人は少なくない。遠方に住んでいれば現地で相談すること自体が難しいため、依頼者の代わりに現地を確認し、必要な作業を整理し、適切な専門家へつなぐ「墓の相談窓口」という役割も考えられる。

 ここまで来ると、この仕事は墓石の清掃業からかなり離れ、高齢社会における家族資産の遠隔管理へ近づいていく。空き家管理と墓地管理は一見すると別の仕事に見えるが、遠方にある家族の資産を定期的に確認するという点ではよく似ており、実家、墓、仏壇、寺院との連絡などをまとめて扱うサービスへ発展する可能性もある。ただし、それが実際に事業として成立するかどうかは、需要の存在だけではなく、顧客がどこまでお金を払うのかを確かめなければ判断できない。

人口減少は、「家族が無償でしていた仕事」が市場へ出てくる現象でもある

 人口が減少する地域では、店が減り、交通が減り、仕事も減っていくため、地域経済について語るとどうしても悲観的な話になりやすい。しかし人口減少とは、単に人が少なくなる現象ではなく、これまで家族の内部で無償に近い形で処理されていた仕事を担当する人がいなくなる現象でもある。

 親の様子を見る人がいなくなれば見守りサービスが必要になり、庭を手入れする人がいなくなれば草刈りサービスが生まれ、買い物へ行く人がいなくなれば配送サービスが必要になる。同じように、墓を守る人がいなくなれば、その役割の一部を地域の誰かが引き受ける余地が生まれるため、人口減少地域で新しい商売を探すときには、「まだ誰も思いついていない画期的な商品」より、「これまで家族が黙って引き受けていた仕事のうち、これから誰もできなくなるもの」を探した方が現実的なのかもしれない。

 ただし、そこに困りごとがあるからといって、すぐに市場になるわけではない。困っている人がいても、自分で解決する人、親族に頼む人、寺院へ相談する人、何もしない人もいるため、「困っている人数」と「お金を払ってサービスを買う人数」は一致しない。事業として成立するかどうかを判断するには、その間にある支払意思を確かめる必要がある。

 したがって、この墓管理サービスを「これから必ず伸びる市場」と断定することはできない。一方で、墓の承継や管理が難しくなる社会背景は現実に存在し、地理的に顧客を集約できれば採算が改善することも数理的には説明できるため、少なくとも検討に値する事業仮説ではある。

 十年後、地方の墓地を歩けば、今以上に空いている区画や管理されていない墓が目立つようになるかもしれない。しかし、その風景を単なる衰退として見るだけでは、地域でこれから必要になる仕事は見えてこない。誰も来なくなった墓の向こう側には、遠く離れた町でその墓を気にしながら、自分では簡単に行くことのできない家族がいる可能性がある。

 その距離を埋める仕事に商機があるとしても、成立条件は厳しい。高い料金をつければよいわけでも、契約数だけを増やせばよいわけでもなく、同じ墓地に顧客を集め、移動を減らし、年間契約を無理のない頻度で設計し、長く付き合える関係をつくる必要がある。それができなければ、墓参り代行は善意に近い便利屋仕事のまま終わる可能性があり、逆にこの条件を丁寧に積み上げることができれば、小さくても持続する地域サービスになる余地がある。

 墓地に生える一本の草は、人口減少そのものを表しているのではない。それは、これまで家族の中で処理されていた役割が、少しずつ担い手を失っていることを知らせる兆候である。その兆候を見て、「誰もいなくなる」と嘆くだけではなく、「では、この仕事を誰が引き受けるのか」と問い直したところから、過疎地の新しい商いは始まる。ただし、その答えは希望だけでは完成せず、需要、支払意思、移動時間、顧客密度、継続率という冷静な数字を通過して初めて、現実の事業へ変わるのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

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