地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

空き家が増える町では誰がお金を払うのか~遠隔住宅管理という新しい商売

- Posted in 地域ビジネス by

 人が住まなくなった家は、ある日突然、廃屋になるわけではない。昨日まで誰かが開けていた雨戸が閉じたままになり、庭の草が少しずつ伸び、郵便受けには広告が重なっていく。数か月ならまだ「留守の家」に見えるが、一年、二年と時間がたつにつれて、家は不思議なほど早く町の風景から浮き始め、誰も住んでいないことが、外から見ても少しずつ分かるようになっていく。

 空き家問題というと、私たちは老朽化した建物や倒壊の危険、雑草、害虫、防犯といった問題を思い浮かべる。しかし商売という視点から見るなら、建物が壊れてから解体する仕事だけを見るのでは少し遅い。家がまだ使える状態にありながら、そこへ定期的に足を運び、異常がないか確かめる人がいなくなるという「管理の空白」が、空き家が生まれた瞬間から始まっているからである。

 この空白は、単純に人口が減ったから生じるのではない。より重要なのは、住宅と所有者の生活圏が離れていくことである。

空き家900万戸の時代に起きていること

 2023年の住宅・土地統計調査によれば、日本全国の空き家は900万戸、空き家率は13.8%となり、いずれも過去最高となった。賃貸用や売却用、別荘などを除き、明確な使用目的を持たない空き家も385万戸に達しているため、もはや一部の過疎地だけに起きている特殊な現象ではなく、日本の住宅市場そのものが大量の「使われない家」を抱える時代に入ったと考えた方がよい。

 さらに重要なのは、その家がなぜ空き家になったのかという点である。国土交通省の調査では、空き家の取得理由の過半数を相続が占めており、親が亡くなり、地方の実家を都市部に暮らす子どもが受け継ぐというケースは、珍しい例ではなく空き家発生の中心的な経路になっている。高齢になった親が施設へ入り、それまで暮らしていた家だけが残る場合もあれば、転勤や住み替えを契機に「いずれ使うかもしれない」と考えながら住宅を手放さない場合もあり、こうして人と住宅の関係は完全に切れるのではなく、細い糸でつながったまま遠距離になる。

 もっとも、日本の空き家所有者の大半が東京や大阪など遠く離れた地域に住んでいるわけではない。調査では、空き家まで徒歩圏内または交通機関などを利用して一時間以内という所有者が全体の四分の三程度を占めるため、「空き家の持ち主はみな遠隔地にいる」と考えるのは正しくない。その一方で、一時間を超える距離に住む所有者も二割を超え、管理上の問題として「遠方に住んでいるため往訪が難しい」と答える人も二割程度存在していることから、遠隔管理の市場は空き家所有者全体ではなく、その中に存在する一定の層を対象とする市場だと考える方が現実に近い。

 ここに、普通の地域ビジネスとは少し違う構造が現れる。一般の小売業や飲食業なら、店の近くに住んでいる人が顧客になるため、人口が減れば客も減り、人口密度が下がれば商売は難しくなる。しかし空き家管理では、サービスを受ける建物は地方にありながら、料金を払う人は県外や都市部に暮らしている可能性がある。

 つまり、家は地域に残り、財布は地域の外へ移動する。この関係が成立するなら、人口減少地域にありながら町外の人から地域へお金を呼び込む、少し変わったサービス市場が生まれることになる。

誰がお金を払うのか

 空き家の隣に住む人が雑草や防犯を心配しているからといって、その人が毎月の管理料を払うわけではない。自治会が困り、自治体が対応に追われていても、通常の民間サービスとして継続的に料金を負担する主体になるとは限らないため、この商売を考えるとき最初に確認すべきなのは、「困っている人は誰か」ではなく、「その困り事を解消するために実際にお金を払う人は誰か」ということである。

 もっとも有力なのは、やはり所有者本人か、その家を事実上管理している家族である。ただし、ここでいう所有者は、積極的に家を保有したい人ばかりではない。「売るか残すか決められない」「兄弟で話がまとまらない」「親の家なので気持ちの整理がつかない」「年に何度も様子を見に行くのは大変だ」といった事情を抱えながら、結論を先送りしている人も少なくない。

 実際の支払者が名義上の所有者本人とは限らないところも重要である。高齢の親名義の住宅を遠方の子どもが管理していたり、兄弟のうち一人が代表して維持費を負担していたりすることもあるため、このサービスの本当の顧客は「家を所有している人」というより、「その家を気にし続けなければならない人」だと考えた方が分かりやすい。

 東京から地方の実家を見るために何時間もかけて往復し、交通費を払い、休日を一日使う。その負担を年に数回繰り返している人にとって、月に数千円という費用は単なる住宅維持費ではなく、自分が現地へ行かなくても誰かが代わりに確認してくれる状態を買うための料金になる。

 ただし、ここで注意しなければならない。困っていることと、お金を払うことは同じではない。

「困っている人」は多いが、「お金を払う人」はまだ少ない

 空き家所有者への調査では、「管理の作業が大変」と感じる人は三割前後、「遠方に住んでいるため往訪が難しい」とする人も二割程度存在しているため、管理負担という問題そのものは明確に存在している。しかし現実には、空き家の管理を所有者本人や親族が行っている割合が非常に高く、不動産会社、建設会社、管理専門業者などへ主な管理を委託している割合は数%程度にとどまっている。

 この数字は、遠隔住宅管理という商売を考えるうえで極めて重要である。空き家900万戸という数字だけを見て、「巨大な市場がある」と考えるのは危険であり、900万戸がそのまま900万件の顧客になるわけではない。むしろ現状は、管理に困る人はすでに存在する一方で、その困り事を有料サービスへ置き換える習慣がまだ十分には形成されていない市場なのである。

 空き家所有者の中には、親族に頼めば済むと考える人もいれば、自分で年に数回見に行けばよいと判断する人もいる。また、管理費そのものを負担に感じている人も少なくなく、調査でも管理費用の負担を課題とする回答が二割程度あるため、「月五千円なら誰でも払う」という発想は成り立たない。

 だからこそ、この商売では空き家所有者全体を狙うより、料金を払う合理的な理由が強い人を探す必要がある。遠距離に住み、往復の交通費が高く、仕事や介護などで時間を取りにくく、将来的には売却や再利用を考えている人にとっては、外部委託の価値が大きくなる一方、自宅から十分程度の場所に空き家があり、本人が元気で月に一度見に行けるなら、有料管理サービスを利用する理由は弱い。

 需要は空き家の数だけでは決まらない。距離、時間、所有者の年齢、資産価値、交通費、家族構成、そして家を今後どうするつもりなのかという条件が重なったとき、初めて支払意思が生まれるのである。

売るのは「見回り」ではなく「現地に目がある状態」

 遠隔住宅管理というと、玄関を確認し、窓を開け、郵便物を整理し、庭を眺めて帰るだけの仕事に見える。作業そのものを並べれば高度な技術ではなく、それだけなら近所の知人に頼めば済むため、毎月料金を払って専門業者へ依頼する理由は弱い。

 商品になるのは、その確認を一定の基準で繰り返し、遠方の所有者に「今月も異常はなかった」と見える形で証明するところまで含めたときである。毎回同じ場所から建物を撮影し、外壁、屋根、窓、庭、郵便受けなどの変化を記録し、大雨や台風の後には必要に応じて臨時確認を行い、異常が見つかれば写真とともに知らせる。そして修繕が必要なら地域の事業者へつなぐところまで仕組みにすれば、それは単なる見回りではなく、所有者に代わって住宅と地域との関係を維持するサービスになる。

 遠隔地にいる顧客には、サービス提供者が本当に現地へ行ったのかを直接確認できないという問題もあるため、この商売では技術力と同じくらい「証拠」が重要になる。撮影日時の分かる写真、一定形式の報告、前月との比較、異常時の記録が蓄積されれば、所有者は離れた場所にいながら家の変化を時間の流れとして把握できる。

 考えてみれば、ここで売られているのは住宅の見回り作業そのものではない。数十キロ、数百キロ離れた町に、自分の代わりに一組の目が存在するという状態なのである。

月額五千円は高いのか、安いのか

 遠隔住宅管理の市場では、屋外巡回を中心とした簡易なサービスなら月額数千円程度、室内換気や通水などを含むサービスではそれより高い料金設定が実際に存在しているため、月額五千円程度という価格は現実離れした水準ではない。

 しかし、価格が市場に存在することと、多くの人がその価格を払うことは別問題である。空き家所有者の年間維持管理費を見ると、五万円未満という世帯もかなり多いため、月額五千円なら年間六万円となり、それだけで現在の年間管理費を超えてしまう所有者もいる。したがって、月五千円という価格は「安いから売れる」のではなく、所有者自身が現地へ行く場合の交通費や時間、精神的負担と比べて初めて価値が生まれる価格だと考えるべきである。

 たとえば往復の交通費が一回一万円かかり、一日を使って年に六回確認している人なら、交通費だけで年間六万円になるため、月五千円の管理サービスには十分な比較対象が生まれる。一方、自宅から車で十五分のところに空き家がある人なら、年間六万円を払う合理性はかなり小さい。

 ここでも結局、「空き家であること」より「所有者と空き家との距離」が重要になる。

月額五千円の商売は、本当に利益になるのか

 需要が存在すると分かったところで安心することはできない。必要とされることと、利益が出ることは別だからである。

 月額五千円で三十軒契約すれば月十五万円、百軒なら月五十万円になるため、売上だけを見ると地域の小規模事業として成り立ちそうに見える。しかし、三十軒が同じ住宅地に集まっている場合と、山間部や沿岸部に一軒ずつ散らばっている場合とでは、同じ十五万円でも利益はまったく違う。

 一軒の確認作業が二十分で済んだとしても、次の家まで三十分走れば、仕事の中心は住宅管理ではなく移動になってしまう。仮に人件費や車両費を含めて一時間当たり三千円程度の経済コストが発生すると考えれば、移動、確認、写真撮影、報告作成まで一軒当たり一時間前後で処理できなければ、月額五千円という料金では十分な利益を残しにくい。

 反対に、同じ地区に十軒、二十軒と契約が集まり、数分の移動で次の家へ行けるなら採算は大きく改善する。つまり、この商売では顧客数以上に顧客密度が重要であり、一軒獲得することより、同じ巡回経路の中で二軒目、三軒目を獲得することの方が経営上の価値が高い。

 人口減少地域で商売をするとき、最大の敵になるのは需要不足だけではなく、需要が薄く広く散らばっていることである。遠隔住宅管理は、この「密度の経済」を無視すると、契約が増えるほど忙しいのに利益が残らないという状態になりかねない。

基本料金だけで何でも引き受けてはいけない

 もう一つ注意すべきなのは、月額料金の中にどこまで作業を含めるかである。庭木が伸びた、雨樋が外れた、蜂の巣ができた、台風の後に屋根を確認してほしい、室内を清掃してほしいといった依頼まで基本料金に含めてしまえば、少数の手間のかかる住宅によって利益が簡単に消えてしまう。

 そのため、定期巡回、外観確認、写真報告などを基本料金とし、草刈り、清掃、災害後の臨時確認、修繕手配などは別料金とする方が合理的である。月額料金は安定した収入の土台となり、追加作業は必要が発生したときだけ料金を受け取る仕組みにすれば、所有者にとってもサービス内容が分かりやすく、事業者側も過剰な負担を抱えにくい。

 さらに、定期的に家を見ているからこそ小さな異常を早く見つけることができ、その結果として清掃、庭木管理、修繕、解体、不動産売却といった地域の別の仕事へ需要をつなぐこともできる。遠隔住宅管理そのものだけで大きな利益を狙うより、住宅に関する地域サービスの入口になる事業として考えた方が、経済的には強い可能性がある。

最大の難関は、空き家を見つけることではない

 空き家そのものを見つけるのは、それほど難しくない。町を歩けば、雨戸の閉じた家、伸びた庭木、使われなくなった駐車場が目に入る。しかし、その家の前に「私は東京に住んでいます。月五千円なら管理を頼みたいです」と所有者の連絡先が書かれているわけではない。

 ここに、この商売の面白さと難しさが同居している。仕事をする場所は地域なのに、営業すべき相手は地域の外にいる場合があるからである。

 したがって、遠隔住宅管理で本当に難しいのは巡回作業そのものではなく、遠方の所有者と出会う仕組みをつくることである。地域の不動産会社、相続に関わる専門家、工務店、解体業者などとつながり、家が空き家になる段階でサービスの存在を知ってもらえれば、何年も放置された後で所有者から連絡が来るのを待つよりはるかに効率がよい。

 しかも遠隔地の顧客ほど、価格だけで業者を選ぶことは難しい。知らない町の知らない事業者へ家の状況確認を任せ、ときには鍵を預けることもある以上、会社の規模よりも、誰が訪問するのか、何を確認するのか、どのように報告するのか、異常時にどう対応するのかが明確でなければならない。

 地域密着という言葉だけでは足りない。地域にいるという強みを、遠くにいる顧客にも見える形へ翻訳することが必要なのである。

管理し続けることが目的ではない

 空き家管理会社にとって最もありがたい顧客は、何十年も空き家を持ち続け、毎月管理料を払ってくれる人のように見える。しかし、社会全体から考えれば、それが望ましい状態とは限らない。

 空き家には、いつか出口が必要になる。再び住むのか、貸すのか、売るのか、取り壊すのか、その判断を永遠に先送りすることはできない。所有者調査でも、今後も空き家のまま所有する意向を持つ人が一定割合存在する一方、売却や除却を考えている人も少なくないため、遠隔住宅管理は「空き家を永久に保存するサービス」ではなく、所有者が次の判断をするまでの時間を安全に管理する仕事だと考えた方がよい。

 毎月の写真が数年分残っていれば、建物がどの程度傷んできたのかも見える。「そろそろ大きな修繕が必要になりそうだ」「維持費を考えると売却を検討した方がよいかもしれない」と判断する材料になり、必要になれば不動産、建築、解体など、それぞれの専門事業者へつなぐこともできる。

 遠隔住宅管理の本当の価値は、空き家を空き家のまま維持することではなく、「放置」と「処分」の間に存在する数年間を、管理可能な時間へ変えることにある。

制度の変化も「放置するだけ」を難しくしている

 空き家は個人の財産なので、使わなくても所有者が自由に放置してよいように見える。しかし現在の制度では、適切に管理されない空き家について行政から指導や勧告を受ける可能性があり、一定の条件では住宅用地に認められている固定資産税などの特例から外れることもある。

 もちろん、空き家になっただけで直ちに税負担が増えるわけではないため、「空き家を持っていると固定資産税が上がる」と単純化するのは正しくない。それでも、所有者に対して適正管理を求める制度が強化されている方向そのものは明確であり、「何もしないで放置する」という選択のコストは以前より重くなっている。

 この変化は遠隔住宅管理という商売を自動的に成長させるものではないが、所有者が家の状態を定期的に確認する理由の一つにはなるだろう。

空き家900万戸は、市場900万件ではない

 地域ビジネスを考えるとき、大きな数字は魅力的に見える。空き家900万戸と聞けば、その一%だけでも九万件の市場になると考えたくなるが、現実はそれほど単純ではない。

 近くに住んで自分で管理できる人、親族へ頼める人、費用を払いたくない人、ほとんど資産価値のない住宅を所有している人まで含まれているため、空き家戸数から直接市場規模を計算することはできない。遠隔住宅管理の顧客になりやすいのは、距離が遠く、管理負担が重く、ある程度の資産価値が残り、将来的な売却や活用を考えている所有者など、いくつかの条件が重なった層である。

 だから、この事業の可能性を判断するには、「町に空き家が何軒あるか」だけでは不十分であり、その所有者がどこに住んでいるのか、どれくらいの頻度で管理しているのか、現在いくら維持費を払っているのか、管理を外注する意思があるのか、さらに管理対象住宅がどの程度まとまって存在しているのかまで見なければならない。

 商機とは、困り事の数ではなく、困り事と支払意思と採算性が同じ場所で重なったところに生まれる。

人口が減るからこそ増える仕事もある

 人口が減る町では、商売も減ると考えたくなる。実際、多くの小売店や飲食店にとって人口減少は厳しい。しかし人口減少によって、反対に増える仕事も存在する。人がいなくなれば家が残り、子どもが町を離れれば親の住宅との距離が広がり、かつて家族が無償で担ってきた管理を、誰かが代わりに引き受けなければならなくなるからである。

 ここで興味深いのは、この市場では「そこに住んでいる人の数」と「顧客になり得る人の数」が一致しないことである。一万人の町に管理対象となり得る住宅が二百軒あり、その所有者が全国各地に散らばっているなら、その町は人口一万人の市場であると同時に、町外に暮らす所有者へサービスを販売できる市場でもある。

 もっとも、その二百軒すべてが顧客になるわけではなく、実際に料金を払う人はその一部だろう。それでも、地域内の所得だけを奪い合う商売とは違い、地域外から管理料を受け取り、そのお金を地域の巡回、清掃、修繕、庭木管理、不動産、解体などへ循環させる可能性があるところに、この事業の特徴がある。

 地方に足りないのは、いつも顧客とは限らない。困り事は地域に存在しているのに、お金を払う人が遠く離れた場所にいるため、両者がまだ出会っていないだけなのかもしれない。

 夕方、誰も帰ってこない家の前を通れば、そこには「空き家が一軒ある」としか見えない。しかし商売の目でその家の向こう側を想像すれば、遠く離れた町で「そろそろ一度見に行かなければ」と気にしている誰かがいる可能性がある。その人が欲しいのは、新しい住宅設備でも豪華なサービスでもなく、自分がいない町で、自分の代わりに家を気にしてくれる人である。

 空き家が増える町で生まれる新しい商売は、家を管理する仕事のように見えて、実は住宅と所有者の間に生まれた「距離」を埋める仕事なのかもしれない。そして、その距離に本当にお金を払う人がどれだけいるのかを冷静に見極めることこそ、この商売を単なる思いつきから事業へ変える最初の条件なのである。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

有限会社アードレでは、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る