森鴎外の『舞姫』を読み終えたとき、主人公の太田豊太郎に強い反感を持つ人は少なくないでしょう。
ドイツで若い女性エリスと恋に落ち、彼女が自分の子を身ごもっているにもかかわらず、最後には日本へ帰る道を選ぶ。結果としてエリスは精神を病み、豊太郎は彼女を残して帰国します。
現代の感覚から読めば、「あまりにも無責任ではないか」「結局、出世のために女性を捨てただけではないか」と感じるのも当然です。
しかし、『舞姫』を単純な「ひどい男の物語」として読んでしまうと、この作品の重要な部分を取り落としてしまいます。
豊太郎は確かにエリスを傷つけました。その責任は消えません。しかし同時に、彼自身もまた、自分の人生を自分で選択することのできない人間として描かれています。
『舞姫』が現在まで読み継がれてきた理由の一つは、豊太郎が善人でも悪人でもなく、自分で決断できない弱さを持った人間として描かれていることにあるのではないでしょうか。
『舞姫』はどんな物語だったのか
『舞姫』は森鴎外が明治23年(1890年)に発表した小説で、鴎外の代表作の一つです。文京区立森鴎外記念館によれば、鴎外が発表した創作小説の第一作でもあり、1957年以降、高等学校の国語教科書にも取り上げられてきました。
主人公の太田豊太郎は、優秀な青年官僚としてドイツへ留学します。
ところがベルリンで暮らすうち、豊太郎はそれまで当然のものとして受け入れてきた国家や官僚組織の価値観に疑問を持つようになります。その結果、上司との関係が悪化し、官職を失います。
そんな豊太郎が出会うのが、貧しい踊り子エリスです。
父を亡くし、経済的にも苦しい状況に置かれていたエリスを豊太郎は助けます。やがて二人は恋愛関係になり、一緒に暮らすようになります。
ここまでは、国家や組織から離れた一人の青年が、自分自身の人生と愛を見つける物語にも見えます。
ところが、日本からやって来た友人の相沢謙吉によって状況が変わります。
相沢は豊太郎に、もう一度社会的地位を取り戻す道を示します。さらに天方大臣の仕事を手伝うようになった豊太郎には、日本へ帰り、再び国家の中で生きる可能性が開かれていきます。
その一方で、エリスは豊太郎の子を身ごもっていました。青空文庫で公開されている本文でも、エリスは生まれてくる子どもについて幸福そうに語っています。
つまり豊太郎の前には、
「エリスと子どもとともにドイツで生きる人生」
と、
「日本へ帰り、社会的地位を回復する人生」
という二つの道が現れることになります。
『舞姫』とは、実はこの二つの人生の間で決断できない男の物語なのです。
豊太郎が「ひどい男」に見える最大の理由
豊太郎を批判するなら、最も大きな問題はエリスと別れることそのものよりも、重大な決断を自分自身で引き受けなかったことにあります。
相沢は豊太郎とエリスの関係を断つよう勧めます。
それに対して豊太郎は、エリスへの愛情を完全に失っていたわけではありません。むしろ本文では、貧しくてもエリスと暮らす現在の生活を楽しいと感じ、彼女への愛を捨てがたいと思っています。
それにもかかわらず、豊太郎は相沢の意見に従います。
青空文庫の本文には、豊太郎自身が「友に対して否とはえ対へぬが常なり」と語る部分があります。つまり豊太郎自身が、自分は相手に強く言われると拒否できない人間であることを認識しているのです。
ここに豊太郎の最大の問題があります。
「日本に帰る」と自分で決断したのであれば、少なくともその選択について自分で責任を負うことができます。
しかし豊太郎はそうではありません。
相沢に勧められ、大臣に評価され、周囲の状況が日本へ帰る方向へ動いていく中で、結果としてその流れに乗っていきます。
つまり彼は人生で最も重大な選択を、自分の意思で選ぶというよりも、周囲に選ばせてしまうのです。
その代償を最も大きく支払ったのがエリスでした。
この意味では、「豊太郎はひどい男なのか」という問いに対して、かなり厳しい評価をすることができます。
豊太郎は悪意のある男ではありません。
しかし、悪意がないことと、他人を傷つけないことは同じではありません。
優柔不断な人間もまた、場合によっては誰かの人生を決定的に壊してしまいます。
『舞姫』はそのことを非常に冷酷に描いています。
では豊太郎は出世のためにエリスを捨てたのか
ただし、「豊太郎は出世欲に負けてエリスを捨てた」とだけ説明するのも少し単純です。
豊太郎自身は、一度は官僚としての出世コースから外れています。
エリスと暮らし始めた後も、彼は必ずしも以前の地位へ戻ることだけを願っていたわけではありません。
相沢から将来の道を示されたときにも、本文ではエリスとの生活を「棄て難き」と感じています。
それでは、なぜ日本へ帰る方向へ動いてしまったのでしょうか。
ここで重要なのが、豊太郎の生い立ちです。
豊太郎は幼いころから学問に励み、国家から選ばれ、官僚として生きてきた人物です。つまり「社会から評価されること」が、ほとんど彼の人格そのものになっています。
現代の私たちは、仕事を辞めて別の人生を選ぶことを少なくとも理念上は個人の自由として考えることができます。
しかし豊太郎にとって、官僚としての人生を捨てるということは、単に職業を変える程度の問題ではありません。
それまで築いてきた自分自身の存在理由を失うことでもありました。
ベルリンでエリスと暮らしている豊太郎は、国家から離れて初めて個人として生きようとします。
ところが、その自由を最後まで引き受けることができません。
だから豊太郎の選択は、
「愛か出世か」
という単純な二者択一ではありません。
より正確には、
「一人の個人として生きるのか、それとも社会から与えられた自分へ戻るのか」
という選択だったと考えた方がよいでしょう。
エリスから見れば、事情など関係ない
ここで注意しなければならないことがあります。
豊太郎の置かれていた社会的事情を理解することと、豊太郎の行動を正当化することは別問題です。
エリスから見れば、豊太郎がどれほど悩んでいたとしても結果は同じです。
エリスは豊太郎を愛し、彼との子どもを身ごもり、二人の将来を信じています。
大臣に会いに行く豊太郎の服を整えながら、エリスは彼が成功しても自分を捨てないだろうと信じています。本文では、豊太郎のために服を選び、襟飾りまで結びながら、「われをば見棄て玉はじ」と語っています。
読者にとってこの場面がつらいのは、すでに豊太郎が相沢との間でエリスとの関係を断つ方向へ動いていることを知っているからです。
エリスは知らない。
豊太郎は知っている。
それでも豊太郎は何も話しません。
ここでは、彼の弱さはかなり明確に「無責任」と呼べるものになります。
本当にエリスを捨てるのであれば、自分の口からその事実を伝えるべきでした。
反対にエリスを選ぶのであれば、相沢や大臣に対して日本へ戻らないと言うべきでした。
しかし豊太郎はどちらもできません。
その意味で彼の悲劇は、「選択を間違えたこと」以上に、選択する責任から逃げ続けたことにあります。
相沢だけを悪者にすることもできない
『舞姫』を読むと、友人の相沢に腹が立つ人もいるでしょう。
豊太郎とエリスを別れさせるよう働きかけ、豊太郎を日本へ連れ戻す方向へ動いた人物だからです。
実際、『舞姫』研究には相沢を批判的に読み直す論考も存在しており、この人物をどう評価するかは作品研究の一つの論点になっています。
しかし、すべての責任を相沢に負わせるのも適切ではありません。
相沢が何を言おうと、最終的にエリスとの関係を続けるかどうかを決めるのは豊太郎だからです。
むしろ相沢という人物は、豊太郎の内側に存在していた「日本社会へ戻りたい自分」を外から言葉にした人物とも考えられます。
もし豊太郎が本当にエリスとの生活を選ぶ覚悟を持っていたなら、相沢に反対することもできたはずです。
しかし豊太郎にはそれができません。
だから相沢が現れた瞬間、豊太郎がそれまで押さえ込んでいた社会的な自分が再び表面に出てきます。
そう考えると、相沢は豊太郎の人生を破壊した悪人というより、豊太郎自身の弱さを露出させる存在だったとも読めます。
豊太郎はエリスを愛していなかったのか
では、豊太郎のエリスへの愛情そのものが偽物だったのでしょうか。
私は、そう読む必要はないと思います。
もし豊太郎が最初からエリスを一時的な恋愛相手としてしか考えていなかったのであれば、『舞姫』はもっと単純な物語になっていたでしょう。
豊太郎はエリスとの生活に幸福を感じていますし、別れることにも苦しんでいます。
だからこそ、この作品は読者を苛立たせます。
愛していないから捨てたのではない。
愛しているのに、その愛を守るために必要な決断ができないのです。
人を愛する感情と、その人に対して責任を負う能力は同じではありません。
豊太郎には前者はあっても、後者が決定的に不足していました。
これは現代にも十分通じる問題ではないでしょうか。
「好きだ」と言うことはできます。
「大切だ」と思うこともできます。
しかし、その人の人生に関わる決断を迫られたとき、自分の利益を失ってでも責任を取れるかとなると話は違います。
『舞姫』が描いている恋愛の厳しさは、まさにそこにあります。
豊太郎自身もまた被害者なのか
一方で、豊太郎を完全な加害者として見ることにも違和感が残ります。
なぜなら豊太郎自身も、明治という時代の国家と社会によって作られた人間だからです。
森鴎外自身も陸軍軍医としてドイツへ留学し、帰国後は軍医として国家組織の中を生きました。国立国会図書館系のジャパンサーチによれば、鴎外は1884年にドイツへ留学し、1888年に帰国しています。『舞姫』はその後の1890年に発表されました。
もちろん豊太郎と鴎外本人をそのまま同一人物と考えることはできません。
しかし、国家から選ばれてドイツへ渡った日本人青年が、西洋社会の中で個人というものを意識し、日本へ戻るときに再び国家との関係を問われるという構造には、鴎外自身の時代経験が深く関係していると考えることはできます。
豊太郎は自由を知ってしまった人間です。
しかし自由に生きる訓練を受けていません。
それまでの彼は、勉強し、試験に合格し、上から評価されることで人生を進んできました。
自分で人生の目的を決める必要がなかったのです。
ところがベルリンで初めて、
「自分は何を望むのか」
という問題に直面します。
そして結局、その問いに最後まで答えることができませんでした。
そう考えると、『舞姫』は恋愛の悲劇であると同時に、近代日本で初めて「個人」になろうとした人間の失敗の物語として読むこともできます。
最後に豊太郎が憎んだのは相沢だった
作品の最後で、豊太郎は相沢について、親友ではあるものの、心のどこかに彼を憎む気持ちが今も残っていると語ります。
文京区立森鴎外記念館が紹介する自筆草稿でも、最後は「我が脳裏に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり」という趣旨の一文で閉じられています。
この結末は非常に興味深いところです。
豊太郎はエリスを捨てる決断について、完全には自分自身の責任として引き受けていません。
どこかで相沢のせいにしている。
しかし本当は、相沢の言葉に従うことを選んだのも豊太郎自身です。
だからこの最後の恨みは、相沢に向けられているようでいて、実は自分自身に向けるべきものだったのかもしれません。
もしそう考えるなら、『舞姫』の最後はかなり残酷です。
豊太郎は日本へ帰り、社会的には人生を立て直すでしょう。
しかし、自分が本当は何を選ぶべきだったのかという問いだけは、一生消えない。
エリスを失っただけではありません。
豊太郎は、自分自身の意思で人生を選ぶ可能性も同時に失ったのです。
結局、豊太郎は「ひどい男」なのか
では最初の問いに戻りましょう。
豊太郎は本当にひどい男なのでしょうか。
エリスに対して行ったことだけを見れば、批判されて当然です。
妊娠している女性に将来を期待させながら、自分では別離を伝えることさえできず、最終的には彼女を残して日本へ帰る。その責任を、時代や相沢だけに負わせることはできません。
その意味では、豊太郎は確かに「ひどい男」です。
しかし彼は、冷酷だからエリスを捨てたわけではありません。
むしろ人を傷つけたくない、自分も傷つきたくない、社会からも外れたくない、エリスも失いたくないという思いのすべてを抱えたまま、何一つ捨てる覚悟を持てませんでした。
そして結局、最も弱い立場にいたエリスが、その代償を引き受けることになります。
だから豊太郎の本当の問題は「悪人だったこと」ではありません。
自分の人生を自分で決める勇気がなかったことです。
『舞姫』を学生時代に読むと、「エリスを捨てたひどい男の話」という印象が残るかもしれません。
しかし年齢を重ねて読むと、少し違って見えてきます。
仕事か家庭か。
組織か個人か。
安定か自由か。
周囲の期待か、自分が本当に望む人生か。
私たちも程度の差こそあれ、同じような選択を何度も迫られます。
そして誰もが常に、自分の意思だけで決断できるわけではありません。
だから豊太郎を簡単に許す必要はありません。
同時に、簡単に笑うこともできない。
『舞姫』が発表されて130年以上たっても読まれているのは、豊太郎の弱さが明治時代だけのものではなく、現代の私たちの中にも残っているからなのかもしれません。
豊太郎は「ひどい男」だった。
しかし、それだけでは終わらない。
『舞姫』が描いたのは、悪人の物語ではなく、人生を自分で選ぶことができなかった人間の悲劇だったのではないでしょうか。

