リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

 地区LINE(LINEヤフー株式会社が提供するメッセージアプリ)の話が出たのは、溝さらいの翌々日だった。

 夕方、仁が帰宅すると、玄関脇の棚に回覧板が置かれていた。すでに百合子が受け取って中を見ていたらしく、上に細い紙が一枚、はみ出すように差し込まれている。靴を脱ぎながら何気なく手に取ると、印刷された二次元コードと、その下に短い説明文があった。

 地区連絡用LINEグループ参加のお願い  急ぎの連絡、天候による行事変更、防災連絡、見守り情報等の共有のため、ご協力ください。

 文面は簡潔で、断る理由が見つけにくい種類の正しさでできていた。

 居間では、レナが床に座って色鉛筆を広げ、翼は宿題のノートを開いていた。百合子は台所で鍋の火加減を見ていたが、仁が紙を持って入ってくるのを見ると、「見た?」とだけ言った。

「見た」 「入るの?」  質問というより、もう「入らないといけないのだろうけれど」という前提つきの確認に近い言い方だった。

 仁は紙をもう一度見た。急ぎの連絡。行事変更。防災連絡。見守り情報。どれも、単語だけ取り出せばもっともだった。紙の回覧板では遅いこともあるだろう。雨で作業が中止になることもあるだろうし、高齢者の家の手伝いや子どもの下校に関する連絡は、その日のうちに動いた方がいい場面もあるのかもしれない。実際、都市部にいたころだって、学校や学童からの連絡はアプリで来ていた。いまさら連絡手段が紙だけで済むと思っているわけではない。

「今どき、そういうのはあるだろうな」  そう言うと、百合子は鍋のふたを少しずらしながら言った。 「あるのは分かる。でも、地区でしょ」 「地区でも必要なら使うだろ」 「必要の範囲がどこまでかって話」  その言い方に、仁はすぐ答えられなかった。必要の範囲。そこが、谷野ではいつも曖昧なまま広がっていく。ごみの出し方も、顔出しも、最初はもっともらしい必要から始まって、気づくと別の重さを持っていた。

 それでも、この紙に書いてある用途だけ読めば、反対しづらいのは事実だった。仁自身、防災という言葉が出てくると、そこで身構える自分の方が間違っているような気がした。連絡が速い方がいいという理屈は、否定しようがない。

「とりあえず入るしかないかな」  仁が言うと、百合子は「そうだろうね」とだけ返した。その声には諦めがあり、同時に、ここから先の面倒をもう半分見ているような響きもあった。  翼が宿題の手を止めずに言った。 「また『最初だから』ってやつ?」 「今回は最初じゃなくても入るやつだろ」と仁は言ったが、自分でも少し苦笑した。  紙の下に、小さくこう書いてあった。  ご参加後、ノート機能にて氏名・班・家族構成の登録をお願いします。

 仁は、その一文を見て指を止めた。班は分かる。氏名も、まあ仕方ない。だが家族構成まで最初から必要なのか、と思う。その必要性がまったくないとは言えない。災害時なら人数把握のためにもいるのだろう。そう考えれば理屈は通る。理屈は通るのに、なぜか画面の向こうからもう距離が縮んでくる気がした。

 QRコードを読み込む直前、仁は一瞬だけ指を止めた。 招待リンクから入ったグループには、思っていたより多くの名前が並んでいた。  アイコンは、家族写真、風景写真、初期設定のままの無地、ペットの写真、花、子どもの後ろ姿。 そこに「よろしくお願いします」のスタンプがいくつか続いて、新しく参加した若草仁の名前が一番下に追加される。 グループ名は「谷野地区連絡」。  それ以上でもそれ以下でもない、いかにも実用のためだけに見える名前だった。

 参加した直後、数人からすぐにスタンプがついた。手を振るイラスト、笑顔の顔文字、お辞儀をするキャラクター。みゆきからは「よろしくお願いします😊」というメッセージが来て、そのあとすぐ別の家から「よろしくです」と続いた。仁も定型文のように「若草です。よろしくお願いします」と打ち、送信した。

 画面だけ見れば、そこにあるのはごく普通の地域連絡網だった。

 最初の数日、流れる内容も表向きは普通だった。  今週末の草刈りは天候次第で変更あり。  公民館掃除は九時から。  資源ごみ回収は来週に延期。  下校時間帯に犬が道路へ出ていたので注意。  ○○さん宅前のカーブで落石あり。  高齢の△△さん宅、明日病院送迎あり。手が空く方いたら声かけお願いします。

 どれも、連絡として成立していた。むしろ紙の回覧板より合理的に見えるものもあった。仁は最初、「やっぱり便利は便利なんだな」と思いかけた。

 だが、画面を何度か開くうちに、その中に別の種類の情報が自然に混ざっているのが見え始めた。

 今、○○さん宅前に見慣れない車が停まっていますが、来客ですか。  △△さん、今日はまだ畑に出てませんが体調大丈夫でしょうか。  下校時刻に□□さんちの前を子どもが通っていたので声かけました。  若い人の車が夜遅くまで停まっていたので、念のため。  今朝、見回りで□□の門が開いていました。

 連絡と報告の境目が、画面の中ではあまりにもなめらかだった。危険情報と生活観察が、同じ文体で、同じ親切さの顔をして並ぶ。誰がどこにいたか、誰の家の前に何があったか、誰が今日は見えないか。そういう情報が、役立つこともあるだろうという理屈をまとったまま、日常の観察記録のように流れていく。

 夕食のあと、仁がその画面を見ていると、百合子が隣から覗き込んだ。 「何それ」 「犬が出てたって」 「違う、その前」  百合子が指したのは、「○○さん宅前に見慣れない車」という投稿だった。 「家の前に車があったって、わざわざ連絡する必要ある?」 「まあ、何かあったらってことじゃないか」 「何かって何」  仁は答えられなかった。防犯と言われればそうかもしれない。 見守りと言われればそうなのかもしれない。  だが、その曖昧な「かもしれない」の中に、人の家の前の様子を報告することへのためらいがほとんど感じられないのが気になった。  百合子は画面を見たまま、小さく言った。 「便利っていうより、見張り台だね」  仁は「田舎だし」と口にしかけてやめた。最近、その言葉を使うたび、自分でも薄いと感じるようになっていた。

 通知設定の画面を開きかけて、仁は指を止めた。音を切れば少しは楽だろう。だが、切ったことが何となく分かるような気がして、やめた。実際には誰にも分からないのかもしれない。それでも、切ってしまえば自分が「すぐに見ない人」になるような気がした。  切ってしまえば楽そうなのに、切ったと知られることのほうが面倒に思えた。

 数日もすると、そのグループの中にある「速さ」の文化が見えてきた。

隆夫が何か投稿する。  すると、一分もしないうちにスタンプが三つ四つつく。  みゆきが補足をつける。  別の家が「了解です」と返す。  また誰かが「確認しました」と送る。  そこでようやく投稿がひと区切りつく。

 最初のうちは、仁もそれを単なる連絡確認と見ていた。だが、同じような流れが何度も繰り返されると、画面の中には内容とは別の「礼儀」があることが分かってくる。読んだなら、何か返す。スタンプだけでもいいから反応する。何も言わないままだと、見たのかどうかが落ち着かない。その感覚が、はっきり明文化されないまま共有されていた。

 ある日、平日の昼に、資源ごみの日程変更の投稿が入った。  明日の資源ごみ回収は雨予報のため、来週へ延期します。ご確認お願いします。  仁はそのとき仕事中で、スマートフォンの画面だけちらりと見て、あとで返せばいいと思った。内容は大したものではない。 確認といっても、延期された日を覚えておけば済む。

 ところが、夕方になって改めて開くと、その投稿の下にはすでに十件以上の反応が並んでいた。  了解です。  承知しました。  スタンプ。  スタンプ。  確認しました。  分かりました。  スタンプ。  ありがとうございます。  了解です。  承知しました。

 たった一つの延期連絡に対して、これだけの返事がつくことに、仁は少し驚いた。必要なのは情報の伝達のはずなのに、そこへ「私は見ました」「私は従います」という痕跡が何重にも重なっている。しかも、その数が多いほど、まだ返していない自分の位置が目立ってくる。

 仁は、遅れてスタンプを一つ送った。拍手でもお辞儀でもない、無難な「了解」に見えるものを選んだ。送った瞬間、何かを片づけたような気にもなったが、同時に少し嫌な疲れが残った。ただ画面を触っただけなのに、自分の生活のどこかへ出席印を押したような感覚だった。

 送ったスタンプが、自分の意思より『出席印』に見えた。

 その違和感に輪郭を与えたのは、隆夫のひと言だった。

 夕方、公民館の前で偶然顔を合わせたときのことだった。仁は仕事から帰ったところで、車から降りて家へ向かおうとしていた。そこへ、用事を終えたらしい隆夫が、いつもの穏やかな口調で声をかけてきた。 「若草さん」 「はい、こんにちは」 「この前の連絡、見てくれたな。ありがとう」  仁は一瞬、何のことか分からず、すぐに資源ごみ延期の投稿だと気づいた。 「ああ、はい」 「見たら、スタンプだけでも頼むよ」  言い方は軽かった。責める調子でもない。むしろ「ちょっとしたお願い」の体裁を崩さない。そのまま続ける。

「既読がつかないと困るからな」 「返事がないと、読んでないのかと思うし」 「みんな忙しいのは分かるけど、そこは協力してもらわんと」

 既読。仁は、その言葉を頭の中で繰り返した。既読表示は、メッセージアプリに最初からついているただの機能だ。相手が見たかどうか分かる、それだけのもののはずだった。だが隆夫の口ぶりでは、それは機能ではなく、相手の態度を確認する印になっている。  見たら返す。返さないと困る。既読がつかないと気になる。そこまでは、理屈としては分かる。 だが、その理屈が「だから見たら何か返すのが当然だ」という礼儀へ滑っていくとき、仁は急に息苦しくなった。

「はい」と答えながら、内心では、それ以上の何かを取られた気がした。連絡を見たかどうかだけではない。 見たあとどう振る舞うかまで、すでに共同体の側で決められているような気がしたのだ。

 了解と返しながら、仁は返事そのものを取られた気がした。

 その夜、夕食のあとで仁がスマートフォンを見ていると、翼が宿題を終えて隣に座った。 「何見てんの」 「地区の連絡」 「また?」

 翼は遠慮なく画面を覗き込んだ。ちょうどそこには、公民館清掃の確認投稿に対する大量のスタンプと、「了解です」「承知しました」が並んでいた。誰かが少し遅れて同じ内容を返し、さらに別の誰かが「ありがとうございます」とつけている。必要な情報は最初の一行で終わっているのに、そのあとに反応の列だけが長く続いていた。

 翼は数秒見て、それから悪意なく言った。 「なんかこれ、監視カメラのコメント欄みたい」 仁は笑おうとして、うまく笑えなかった。  百合子も台所から振り向いて、何も言わない。レナだけが意味も分からず、「かんしかめら?」と聞き返した。

 翼は画面から目を離さずに続けた。 「だってさ、連絡っていうより、『見てます』『います』『ちゃんといます』ってみんな言ってるだけじゃん」  子どもの口から出ると、まるめていたものが急にまっすぐになる。 大人は「確認」「共有」「連絡」「協力」という言葉で言い換えてきたが、翼はその言い換えを飛ばして、見えている形そのままで呼んだ。  百合子が、小さく息をついた。「やっぱりそう見えるよね」 仁は、「そこまでじゃないよ」と言うべきかと思った。けれど、その否定は自分自身に向けても苦しかった。画面に並ぶスタンプは、たしかにただの反応でしかない。だが、それが反応でありながら同時に「そこに従っている」という表示にもなっていることを、もう感じ始めていた。

 誰もすぐには何も言えなかった。レナだけが空気を知らずに色鉛筆を転がしている。その音がやけに乾いて聞こえた。

 大人が言い換えてきたものを、翼だけがそのままの形で呼んだ。        それからというもの、通知音は家の中の時間を細かく刻み始めた。

 夕食の途中に一度。  風呂の支度をしているときに一度。  翼が宿題の丸つけをしているときに一度。  レナが歯を磨いているあいだに一度。  寝る前にまた一度。

 大した内容ではないことも多い。誰かの「了解です」。みゆきの補足。「念のため共有です」。スタンプ。再確認の一文。公民館の鍵のこと。畑の水路のこと。明日の朝の気温のこと。どれも、その一つだけを見れば緊急ではない。だが、緊急ではないものが断続的に鳴ることで、家の中の流れが何度も切れる。

 通知音が鳴るたび、仁は「見た方がいいか」「見たなら返した方がいいか」を一瞬考える。見ないでおこうとしても、さっき隆夫に言われた「見たらスタンプだけでも」という言葉が頭のどこかに残っていて、放っておくこと自体が小さな抵抗のように感じられてしまう。

 百合子は、そのたびに壁が少し薄くなるような気がした。家の中で子どもと話している最中なのに、外から細い糸が投げ込まれてきて、こちらの会話の腰を折る。外は外、家は家、という境が、音ひとつで曖昧になる。

 レナが、また鳴ったスマートフォンに向かって言った。 「また?」  その無邪気な一言に、翼が露骨に嫌な顔をした。 「ずっと誰かしゃべってるじゃん」 「しゃべってるっていうか、連絡だよ」と仁は言ったが、翼は肩をすくめた。 「同じじゃん」

 たしかに、家に帰ってきたあとまで、谷野はポケットの中から話しかけ続けてくる。対面での立ち話なら、その場を離れれば終わる。だが画面の中の輪は、こちらが切らないかぎり、どこまでもついてくる。しかも切ること自体が、もう態度の表明になりそうで怖い。

 通知音が鳴るたび、この家の壁が少し薄くなった。       夜更け、子どもたちが寝たあとで、仁は一人、居間の明かりの下でスマートフォンを見ていた。

 未読は二件。ひとつは公民館掃除の時間再確認。もうひとつは誰かの「了解です」に対する、さらに別の家のスタンプだった。大した内容はない。返さなくても直ちに何か起きるようには見えない。だが、その「起きなさ」が逆に不気味だった。すぐに怒られるわけではない。露骨に責められるわけでもない。ただ、見たなら返す、反応する、つながっていることを示す、という習慣の方へ、少しずつ自分を寄せていく。

 仁は画面を閉じた。けれど、気持ちは閉じなかった。

 昼間の仕事が終わり、家へ戻り、家族と食卓を囲んでも、ポケットの中にはまだ谷野が入っている。用水路脇の立ち話のように、その場に残っていなくても、輪の方がついてくる。会社の連絡なら、業務として受け取れる。学校の連絡なら、必要な通知として切り分けられる。だが地区の連絡は、そのどちらでもない顔で、生活そのものの隙間へ入り込んでくる。

 最初は便利な連絡網に見えた。実際、便利な面もあるのだろう。だが、その便利さの中に、「見たか」「返したか」「反応したか」という別の意味が育っている。既読はただの確認ではなく、態度を測る印になり始めている。

 家に帰ってきたはずなのに、仁のポケットの中だけがまだ谷野のままだった。 Copyright©2026KujoLeon.Allrightsreserved.