~金と欲望を描いた江戸の観察者~
人間は、金を持てば幸福になるのだろうか。それとも、金を持った瞬間から、それを失う不安に追われ始めるのだろうか。今からおよそ340年前、この問いを経済学者ではなく、小説家の目で執拗に見つめていた人物がいた。井原西鶴である。
西鶴という名前から、多くの人がまず思い浮かべるのは『好色一代男』だろう。女性遍歴を重ねる世之介を主人公とした作品であり、「好色」という題名の印象があまりに強いため、西鶴には男女の性愛や遊興を面白おかしく描いた江戸時代の娯楽作家というイメージがつきまとっている。しかし、『日本永代蔵』や『世間胸算用』まで視野を広げると、それとは異なる西鶴の姿が浮かび上がってくる。そこにいるのは、人間が金を稼ぎ、使い、借り、返し、失い、さらには金によって他人や自分自身を評価する社会を、驚くほど冷静に観察していた作家である。
もちろん、西鶴が現代的な意味での「資本主義」を理論として知っていたわけではない。『日本永代蔵』が刊行されたのは1688年、『世間胸算用』は1692年であり、現在から見ればそれぞれ338年前、334年前にあたる。当時の日本には、現代的な株式会社や証券取引所、近代銀行制度が成立していたわけではなく、江戸社会をそのまま近代資本主義社会と呼ぶことはできない。しかし一方で、都市を中心として貨幣経済や商品流通、掛取引、信用、商人金融が発達し、金銭によって人間の生活や社会関係が大きく左右される世界が広がっていたのも事実である。
西鶴が見抜いていたのは、後世の資本主義という制度そのものというより、その制度の中で繰り返し現れることになる「人間の行動」であった、と考えるほうが正確だろう。利益を求め、成功者を羨み、将来の収入を当てにして金を借り、信用を失うことを恐れ、必要以上のものを欲しがり、豊かになったあとには今度は豊かさを失うことを恐れる。その心理は、三百年以上の時間を隔てても、私たちに奇妙なほど身近である。
武士の時代に、町人の財布を見ていた
江戸時代と聞けば、将軍、藩、大名、武士という政治的な身分制度を思い浮かべる人が多い。しかし、西鶴が活動した元禄期の大坂に目を向けると、別の社会像が見えてくる。全国から商品が集まり、商人が取引を行い、貨幣が流れ、利益を求める商業活動が拡大する巨大な都市経済が形成されており、そこでは政治的な身分と経済的な力が必ずしも一致していなかった。
武士は身分秩序の上では上位に位置していても、家計が苦しければ生活は楽ではない。一方、町人であっても商売によって財を築けば、豊かな暮らしを実現することができる。生まれによる身分秩序が依然として強く残っている社会の内部で、「どれだけ財産を持っているか」「商売の信用があるか」「金を動かす力があるか」という別の評価軸が育っていたのである。
西鶴は、この二重構造を面白がった。彼は金持ちを道徳的な勝者として単純に讃えず、貧しい人間を無条件の善人として描くこともしない。裕福な者にも欲があり、貧しい者にも欲があり、その欲が置かれた環境や持っている手段によって異なる姿を見せる。西鶴の人物たちは、「善人」と「悪人」という単純な区分よりも、金の前で揺れ動く人間として描かれている。
その意味では、西鶴は単なる物語作者というより、人間の欲望を調査対象にした社会観察者に近い。彼は市場を理論化したのではなく、市場の中で人間がどう振る舞うかを見続けたのである。
『日本永代蔵』に描かれた「金持ちになる理由」
西鶴の経済を見る目がもっとも鮮明に現れる作品の一つが、1688年刊行の『日本永代蔵』である。ここでは、商売によって財を築いていく人間が描かれる一方、浪費や判断の誤りによって財産を失っていく人間も描かれ、富が単なる運だけによって生まれるのではなく、才覚や倹約、情報、商機を読む力などと結びついていることが示されている。
これは封建的な身分社会の文学として見ると、かなり重要な変化である。生まれた家によって人生の大枠が決められていた社会の中でも、町人世界では商売の能力によって財産の差が生まれ、その差が生活の質や社会的評価に影響していた。現代の言葉をそのまま当てはめることはできないものの、経済活動によって人生の可能性が変わる世界が広がっていたことは確かである。
もっとも、西鶴は「努力さえすれば誰でも成功できる」という単純な成功物語を書いたわけではない。商売には運もあり、欲をかきすぎれば転落し、成功した人物であっても判断を誤れば財産を失う。そこには、成功者だけを見て成功の法則を作り上げる現代的な成功哲学とは異なる冷ややかさがある。
金は努力に報いる場合もあるが、努力した者を必ず救うわけではない。才覚があっても状況が悪ければ失敗し、偶然が思わぬ利益をもたらすこともある。西鶴の世界では、商売とは単純な努力の結果ではなく、能力、情報、機会、運、欲望が複雑に絡み合う不安定な営みとして描かれている。
『世間胸算用』が描いたのは、現金よりも「信用」だった
西鶴の経済感覚がさらに現代に近く見える作品が、1692年の『世間胸算用』である。この作品の大きな舞台となるのは大晦日であり、人々は一年の借金や掛取引の決算をめぐって追い詰められていく。
ここで重要なのは、金が単に財布の中にある現金を意味していないことである。商品を受け取り、支払いを後日に回す掛取引が成立するためには、「この人物なら将来支払うだろう」という信用が必要になる。つまり、貨幣そのものとは別に、人間の将来の支払能力に対する評価が経済を動かしていた。
現代経済にも、この構造ははっきり残っている。住宅ローンを組むことも、企業が融資を受けることも、クレジットカードを利用することも、今日の支出を将来の支払能力と結びつける行為である。経済活動が複雑になるほど、今いくら現金を持っているかだけではなく、「この人は将来支払えるのか」という信用が重要になる。
ただし、西鶴の時代と現代の金融制度を同一視することはできない。それでも、『世間胸算用』に描かれる人々が、支払いそのものだけでなく、自分の信用を失うことを恐れている点は重要である。払えないという事実は、財布を空にするだけではなく、「この人物には今後も金を貸してよいのか」「商売の相手として信用できるのか」という社会的評価まで揺るがすからである。
この点で、西鶴が描いたのは単なる借金苦ではない。人と人との関係を信用がつなぎ、その信用が崩れたときに社会関係そのものまで不安定になる世界を描いていたのである。
欲望が市場を動かし、市場が欲望をつくる
西鶴を経済という視点から読むと、『好色一代男』のような好色物も決して無関係ではない。むしろ重要なのは、西鶴が金と欲望を別々のものとしてではなく、同じ都市社会の中で絡み合うものとして描いていた点にある。
市場は、人間が生きるために必要なものだけを売買する場所ではない。美しい着物、豪華な料理、遊興、娯楽、装飾、恋愛、性愛など、生きていくために絶対必要とはいえないものにも金が使われ、それらが都市の経済活動を広げていった。人間は必要だから消費するだけではなく、退屈を紛らわせたいから使い、他人によく見られたいから使い、愛されたいから使い、欲しいものを手に入れた瞬間の満足を求めて使う。
ここで注意すべきなのは、「欲望が市場をつくる」という一方向の関係だけで考えないことである。実際には、人間の欲望が商品を生み、商品や流行が新たな欲望を刺激し、その欲望がさらに市場を拡大するという循環が起きる。欲望が市場を動かすと同時に、市場もまた欲望の形を変えていくのである。
もちろん、西鶴が描いた遊興世界と現代の広告産業、ブランド消費、ソーシャルメディアをそのまま同一視することはできない。しかし、「必要だから買う」だけではなく、「他人によく見られたい」「自分を特別だと感じたい」「新しい刺激を得たい」という感情が消費を動かす点には、時代を超えた共通性がある。
西鶴は資本主義の理論を作ったのではない。しかし、金が単なる生活手段ではなく、人間の欲望を拡大し、人間関係を変え、ときに人間そのものの評価にまで入り込んでいくことを、文学の言葉で捉えていた。
豊かになれば、人間は安心するのか
西鶴の世界で興味深いのは、財産を築いたところで物語が終わらないことである。金持ちになれば問題がすべて解決するのではなく、今度は財産を守る苦労が始まり、商売を拡大すれば損失の危険も大きくなり、家族がいれば相続や財産分配の問題も生まれる。
この構造は現代にも通じる。一定の所得や財産までは、増えることによって生活の安全や選択肢が大きく改善するが、その先では金が増えた分だけ安心が単純に増えるとは限らない。生活水準が上がれば、その水準を失うことが恐ろしくなり、周囲との比較によって新しい不満が生まれることもある。
金は不足しているときには生活を救う。しかし、ある程度以上になると、生活を支える手段であるだけでなく、自分の位置を測る尺度にもなってくる。隣人より豊かなのか、同業者より成功しているのか、去年より資産が増えているのかという比較が始まると、満足には明確な終点がなくなる。
西鶴の登場人物たちからは、ときに「もっと」という声が聞こえてくる。もっと金を、もっと遊びを、もっと良い暮らしを、もっと成功を求める。その欲望は商売を活発にし、都市経済を成長させる力にもなるが、同時に人間を永遠に満足できない存在にもしていく。
「身分」で測られる社会から、「金」でも測られる社会へ
江戸社会と現代社会を大きく分けるのは、厳格な身分制度である。そのため、西鶴の時代をそのまま現代的な資本主義社会と呼ぶことはできない。しかし、その身分制度の内部で別の評価基準が成長していたことは見逃せない。
それが経済力である。
どの家に生まれたかという身分とは別に、商売に成功しているか、財産を持っているか、信用されているかという尺度が、町人社会では現実的な力を持ち始めていた。つまり、身分による序列の横に、経済力による序列が重なり始めていたのである。
この変化を、そのまま近代資本主義への直線的な発展として説明するのは慎重であるべきだろう。歴史は一方向に予定されていたわけではなく、江戸時代の商業社会がそのまま現代社会に変化したわけでもない。それでも、経済活動によって人間の生活や社会的評価が大きく変化する世界が形成されていたことは、西鶴の作品から鮮明に読み取ることができる。
西鶴が生きた時代の面白さは、古い身分秩序がまだ強固に残っているにもかかわらず、その足元で金という別の力が膨らんでいたところにある。政治的な序列と経済的な力が一致しないからこそ、その間には滑稽さも悲劇も生まれ、それが西鶴に豊富な物語を与えたのである。
西鶴は経済を数字ではなく、人間の行動として見た
現代の経済学は、価格、所得、利子、需要、供給、成長率などを用いて経済を分析する。しかし、西鶴が見ていたのは数字の向こう側にいる人間だった。
なぜ人は金を欲しがるのか。なぜ一定の財産を持っても、さらに増やそうとするのか。なぜ借金をしてまで体面を守ろうとするのか。なぜ他人の成功を羨み、失敗した者を笑いながら、自分だけは同じ失敗をしないと思うのか。西鶴の文学は、そのような人間の行動を理論ではなく具体的な人物の失敗や成功を通じて描いている。
ここで、「人間は合理的ではない」と単純に言い切るのも正確ではない。経済学における合理性とは、必ずしも倹約することや投機を避けることを意味しない。本人が自分なりの満足を最大化しようとしているなら、娯楽への支出も高価な商品への支出も、場合によっては投機も合理的な行動として説明できる。
問題は、現実の人間が常に完全な情報を持ち、一貫した判断基準によって冷静に意思決定しているわけではないことである。損失への恐怖、周囲との比較、過度な期待、見栄、思い込み、目先の快楽などが判断に影響する。西鶴が描いた人間たちも、まさにそうした感情の中で商売し、金を使い、失敗している。
西鶴は、それを説教するために描いているわけではない。欲に走る人間を描きながら、どこか楽しそうに眺めているところがあり、「人間とはこういうものだ」と笑っているようにも見える。その突き放しすぎず、同情しすぎない距離感こそが、西鶴の作品を三百年以上たった今でも古びさせない理由の一つなのだろう。
では、西鶴は資本主義を見抜いていたのか
ここまで考えてくると、「西鶴は三百年以上前に資本主義を予言した」と言ってしまうのは、やはり正確ではないことが分かる。西鶴が生きた元禄期の日本は近代資本主義社会ではなく、彼が株式会社、証券市場、近代銀行、産業資本といった後世の制度を予見していたわけでもない。
しかし、問いを少し変えると見え方が変わる。
西鶴が見抜いていたのは、資本主義という制度そのものではなく、貨幣経済と市場が発達した社会で強く姿を現す「資本主義的人間」とでも呼ぶべき行動だったのではないか。
人は利益を求め、成功者を羨み、将来を期待して金を借り、信用を失うことを恐れ、必要以上のものを欲しがる。豊かになれば満足すると思いながら、実際に豊かになれば、今度はその豊かさを失うことを恐れる。
こうした性質を資本主義が発明したわけではない。人間の中にもともと存在していた欲望や比較意識や不安を、貨幣と市場が増幅し、広い経済活動へ結びつけていったと考えるほうが自然である。
西鶴は、その仕組みが巨大企業や世界的金融市場に覆われる以前の、よりむき出しの姿を見ていた。だからこそ、彼の作品には市場社会の人間心理がわかりやすい形で現れているのである。
約340年前の大坂から、現代の私たちを見る
西鶴を古典文学としてだけ読むのは、やはり少しもったいない。
『日本永代蔵』の商人を現代の起業家や個人事業主に置き換え、『世間胸算用』の掛取引や借金をローンやクレジットに置き換え、『好色一代男』に描かれた遊興や自己演出を現代の消費文化に重ねてみると、時代の違いを超えて、人間の行動に似た部分があることに気づく。
もちろん、江戸の商業社会と現代のグローバルな資本主義社会を同じものとして扱うことはできない。制度も技術も市場の規模もまったく異なる。しかし、儲かれば嬉しく、損をすれば悔しく、他人の成功が気になり、欲しかったものを手に入れれば、しばらくすると別のものが欲しくなるという人間心理は、驚くほど変わっていない。
西鶴が描いたのは、江戸時代だけではなかったのかもしれない。より正確に言えば、江戸時代という具体的な社会を徹底して観察したからこそ、その中に時代を超えて繰り返される人間の性質を見つけることができたのである。
彼の作品の向こう側には、元禄期の大坂の町並みがある。しかし、その町人たちの財布をのぞき込み、商売の成功と失敗を眺め、借金に追われる人々の胸算用を追っているうちに、いつの間にか見えてくるのは私たち自身の欲望であり、不安であり、比較する心である。
井原西鶴は、近代資本主義を予言したわけではない。
しかし、約340年前、貨幣と市場が人間の欲望を増幅し、信用が人と人を結び、富を求める気持ちが人間を動かし続ける社会の一端を、誰より早く、誰より生々しく描いていた。その意味で西鶴は、資本主義の未来を見た作家というより、資本主義の中でも変わらない「人間そのもの」を見抜いていた作家だったのである。

