リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

人文・文化論

人文・文化論

はじめに――二人を同列に裁くための比較ではない

太宰治と東出昌大。

一人は昭和前期を代表する小説家であり、もう一人は平成から令和にかけて活動する俳優である。生きた時代も職業も社会的環境も異なり、両者を単純に同一線上へ並べることはできない。

それでも、二人の人物像には、ある共通した問いを投げかけたくなる部分がある。

二人とも、女性を引きつける魅力を持ち、女性に対して柔らかく接し、相手の孤独や感情に敏感だったと考えられる一方、その私生活によって身近な女性を深く傷つけた人物でもある。

では、女性の気持ちを察し、優しい言葉をかけ、一時的に相手を救うことができる人は、本当に「優しい人」なのだろうか。

また、複数の人間に愛情を感じることと、一人の人間に対して責任を負うことは、両立するのだろうか。

本稿では、太宰治の文学作品そのものの評価はいったん脇に置き、確認できる伝記的事実と、東出昌大本人の発言や公表された経緯をもとに、二人の女性への接し方を検討する。

ただし、本人の内心を第三者が完全に知ることはできない。そのため、「心から優しかった」「本当は冷酷だった」と断定するのではなく、二人の言葉と行動の間に生じた矛盾を通して、人間への愛とは何かを考えたい。


1.「優しい人」という評価の難しさ

人を優しいと評価するとき、私たちは異なる性質を一つにまとめてしまいがちである。

たとえば、次のような人物は、いずれも日常的には「優しい人」と呼ばれる可能性がある。

相手の話をよく聞く人。

孤独な人に寄り添う人。

困っている人に手を差し伸べる人。

相手を否定せず、希望を与える人。

しかし、これらは必ずしも同じ性質ではない。

相手の感情を察する力は、共感性である。

相手を一時的に安心させる振る舞いは、情緒的な優しさである。

一方、自分の行動が相手の将来に及ぼす影響を考え、約束や生活を守ることは、責任を伴う優しさである。

情緒的には非常に優しくても、長期的な責任を引き受けられない人は存在する。

むしろ、他者の悲しみに敏感であるがゆえに、その場で相手を拒絶できず、関係を曖昧にした結果、かえって相手を深く傷つけることもある。

太宰治と東出昌大を考える際には、この区別が重要になる。

二人の問題は、まったく優しさを持たなかったことではない。

相手の心に近づく力と、その相手に対する責任との間に、大きな隔たりが生じたことにある。


2.太宰治は女性に優しかったのか

太宰治、本名・津島修治は、1909年に青森県の大地主の家に生まれ、1948年に山崎富栄と玉川上水へ入水した。

その生涯には、複数の女性との関係や心中未遂、結婚生活、婚外関係が存在する。1930年には田部シメ子と心中を図り、太宰だけが生き残った。1939年には石原美知子と結婚し、家庭を持ったが、戦後には太田静子や山崎富栄との関係を持った。最終的には1948年、山崎富栄とともに亡くなっている。山梨県立文学館も、太宰が石原美知子と結婚した後、三鷹で生活し、最晩年に山崎富栄と入水した経過を紹介している。

この経歴だけを見れば、「女性への優しさ」を語ること自体が不適切に思えるかもしれない。

実際、太宰の行動によって傷ついた女性がいたことは否定できない。

田部シメ子との心中では相手だけが亡くなり、太宰は生き残った。妻と子どもがいる時期にも、太田静子や山崎富栄との関係を持っている。太宰がどのような主観的苦悩を抱えていたとしても、その行動が周囲に与えた負担や苦痛は、文学的才能によって帳消しにはならない。

それでも、太宰がなぜ女性から愛されたのかを考えるならば、単に容姿や作家としての名声だけでは説明しきれない。

太宰には、他人が隠している弱さや羞恥を察知し、それを否定せずに受け止める力があったと考えられる。

社会的には弱い立場にある人、周囲から軽視されている人、自分に自信を持てない人に対し、上から訓戒するのではなく、自分も同じ弱さを持つ人間として接する。

その態度は、相手にとって大きな救いになり得る。

太宰は、立派で強い人物として女性を導いたのではない。

むしろ、自分の弱さ、罪悪感、孤独、恐怖を隠しきれない人物として女性の前に立った。そのため女性の側も、自分の弱さを隠さずに済んだのではないか。

ここに、太宰特有の優しさがあった可能性がある。

ただし、それは相手の人生を安定させる優しさではない。

相手の心へ深く入り込む一方で、その関係を現実生活の中でどのように維持するかについては、きわめて不安定だった。

太宰の優しさは、孤独な人間を一時的に救う力を持っていたが、同時に相手を自分の不安定な世界へ巻き込む危険も持っていたのである。


3.太宰治の優しさは「同情」だったのか

太宰の女性への態度を考える際、重要なのは、彼が女性を一方的に保護される存在として見ていたとは限らないことである。

太宰自身が、精神的にも生活上も他者の支えを必要としていた。

したがって、女性との関係は「強い男性が弱い女性を守る」という単純な構造ではなかった。

むしろ太宰は、相手の女性に慰められ、世話をされ、経済的・精神的に支えられる側でもあった。

この関係では、太宰が与える優しさと、太宰が受け取る献身とが複雑に絡み合っている。

相手の苦しみを理解し、優しい言葉をかけたとしても、その優しさが相手の献身を引き出す働きをした可能性も否定できない。

本人が意図的に相手を操作したと断定することはできない。

しかし、意図がなかったとしても、結果として相手が太宰の生活や感情を支え続け、自分自身を消耗させたならば、その関係は無条件に美しいとはいえない。

ここで区別すべきなのは、悪意の有無と、責任の有無である。

悪意がなければ、人を傷つけても責任がなくなるわけではない。

太宰は、女性を軽蔑していたから傷つけたのではないだろう。

むしろ、女性を必要とし、愛情を感じ、相手の悲しみにも反応していた可能性が高い。

しかし、愛情を感じることと、相手の人生を守ることは同じではない。

太宰は人の苦しみには敏感だったが、自分が他者に与える苦しみを長期的に制御する力には乏しかった。

この点に、太宰の優しさの真実と限界がある。


4.東出昌大の女性への優しさ

東出昌大についても、「優しい人物か、そうでない人物か」という二択では捉えにくい。

東出は2020年、自身の婚姻中の交際をめぐる問題について公の場で謝罪した。

会見では、仕事上・私生活上の「おごり」や「慢心」があったと認め、妻と子どもから「様々な幸せを奪った」という趣旨の発言をしている。また、妻に対して消えない傷を負わせたことを認めた。

同年8月には離婚が公表され、元妻との連名の文書で、今後は子どもたちの親として成長し、協力する関係を築きたいとの意向が示された。

この事実から目を背けたまま、「東出昌大は女性に優しい」と論じることはできない。

婚姻中の交際は、配偶者との信頼関係を損なう行為である。しかも、本人が傷を与えたことを認めている以上、「本当は優しい人だから」という理由で問題を相対化すべきではない。

一方、その後のインタビューや映像で見られる東出の対人態度には、他人を直ちに排除せず、相手の立場や失敗を受け入れようとする性質がうかがえる。

山での生活に移った後も、東出は俳優仲間や地域の人々、取材者、旅の同行者と関係を築いてきた。狩猟や共同作業を通じて、人間だけでなく動物の命や自然との関係を考える姿勢も語っている。2024年の長時間インタビューでは、山で暮らし、動物の命を受け取りながら生活することを通じて、社会や生き方について考える様子が紹介された。

2024年には元俳優の女性との再婚と妊娠を公表し、2025年には子どもの誕生を報告した。

さらに2026年のインタビューでは、幼い娘に「自分で生きる力」を身につけてほしいという趣旨を語り、家族や生活について以前とは異なる視点を示している。

ただし、これらは現在の生活や本人の発言を示すものであって、過去の行動が清算されたことを意味するわけではない。

人が変わったかどうかは、本人の自己説明だけでは判断できない。

長い時間の中で、どのような責任を負い、同じ過ちを繰り返さず、周囲との関係を維持しているかによって判断されるべきである。


5.東出昌大の「優しさ」は、相手を拒まないことなのか

東出昌大の対人姿勢には、他者を強く裁かない性質が見える。

人の失敗や矛盾を受け入れ、自分自身の過去についても完全に取り繕わず、批判されることをある程度引き受けようとする。

こうした態度は、周囲の人間に安心感を与えることがある。

特に、失敗や弱さを抱えた人にとって、自分を一方的に評価しない人物は魅力的である。

太宰治の場合と同様に、東出も「正しさによって他人を指導する人物」というより、矛盾を抱えた一人の人間として相手に接する。

だからこそ、女性を含む周囲の人々が近づきやすいのかもしれない。

しかし、相手を拒絶しないことは、常に優しさになるわけではない。

曖昧な関係を続けること。

相手の期待を否定しないこと。

その場の気持ちを優先し、将来の境界線を明確にしないこと。

これらは短期的には相手を傷つけない行為に見える。

だが、長期的には複数の人間の期待を膨らませ、より深い傷を生む場合がある。

本当の意味での優しさには、ときに相手を拒むことも含まれる。

自分が責任を負えない関係を始めないこと。

相手の期待に応えられないとき、それを明確に伝えること。

現在の関係を守るために、別の可能性を断つこと。

こうした行為は、その瞬間には冷たく見える。

しかし、長期的には相手の尊厳と人生を守る。

東出の過去の問題は、女性への感情がまったくなかったことではなく、感情と責任との境界を適切に管理できなかった点にあったと考える方が妥当である。


6.太宰治と東出昌大の共通点

太宰治と東出昌大を比較すると、いくつかの共通点が浮かび上がる。

第一に、二人とも、自分を絶対的な正義の側に置く人物ではない。

自らの弱さや過ちを、程度の差はあっても公の場にさらしている。

第二に、他者の弱さを受け入れやすい。

立派な人間だけを評価するのではなく、失敗した人、孤独な人、社会の規範から外れた人とも関係を築く。

第三に、他人を引きつける情緒的な力を持っている。

相手に「自分は理解されている」「この人の前では無理に強くならなくてよい」と思わせる力である。

第四に、その優しさが境界の曖昧さと結びついている。

相手を拒絶できない。

自分の欲望を制御できない。

複数の人間に対して、それぞれ異なる形で愛情を示す。

その結果、一人ひとりに対する責任が不十分になる。

もっとも、二人の間には大きな違いもある。

太宰が生きた時代には、現在ほど男女関係や婚姻上の責任が公に検証される環境はなかった。一方、東出は報道、テレビ、動画配信、ソーシャルメディアによって私生活上の行動が広く共有される時代を生きている。

また、太宰の人生はすでに完結しており、残された資料からしか評価できない。

東出の人生は現在も続いている。過去の失敗の後に、どのような人間関係を築き、家族や子どもへの責任を果たしていくかは、今後も変化し得る。

したがって、東出に対する最終的な人物評価を現時点で固定することは適切ではない。


7.「人間を愛する」ことと「一人を愛する」こと

太宰と東出について考えると、愛には少なくとも二つの方向があることに気づく。

一つは、人間一般に対する愛である。

人間の弱さを理解すること。

失敗した人を排除しないこと。

社会的に立派ではない人にも、尊厳を認めること。

もう一つは、特定の一人に対する愛である。

約束を守ること。

欲望を抑えること。

相手の生活を壊さないこと。

病気、育児、経済、老いなど、現実の負担を分担すること。

前者の愛は広く、柔らかく、魅力的である。

後者の愛は狭く、地味で、しばしば忍耐を必要とする。

人間一般を愛しているように見える人が、一人の配偶者や家族を守れない場合がある。

反対に、広く人間愛を語らなくても、一人の人間に対して長年責任を果たす人もいる。

太宰治は、人間の弱さそのものを愛した人物だったのかもしれない。

自分を含め、不完全で、臆病で、矛盾し、罪を犯す人間に強い関心を持っていた。

しかし、その広い人間愛は、身近な一人ひとりの生活を守る力には必ずしも転換されなかった。

東出昌大にも、他人を排除せず、人間の矛盾を受け入れようとする姿勢が見られる。

だが、過去には、身近な人に対する責任よりも自分の感情や関係を優先し、その結果として家族を傷つけた。

二人に共通しているのは、人間への愛がなかったことではない。

むしろ、人間への関心や愛情が強かった一方で、それを一人の人間に対する持続的責任へ変換することが難しかった点ではないか。


8.心からの優しさは、免罪符にはならない

ここで最も注意しなければならないのは、「本当は優しい人だった」という評価を、行動上の責任を軽くするために使わないことである。

人を傷つけた人物にも、優しい面はある。

家族を裏切った人が、友人には親切であることもある。

複数の女性を傷つけた人が、それぞれの女性に対して一時的には真剣な愛情を感じている場合もある。

人間は、善人か悪人かのどちらかに完全に分類できる存在ではない。

しかし、複雑な人間性を認めることと、責任を曖昧にすることは別である。

太宰に女性への心からの優しさがあったとしても、妻や関係した女性が受けた苦しみは消えない。

東出に他者への柔らかなまなざしがあったとしても、婚姻中の行動が元妻や子どもに与えた影響は消えない。

本心が優しかったかどうかは、倫理的評価の一要素にすぎない。

最終的に問われるのは、その優しさが、相手の尊厳と生活を守る行動になったかどうかである。


9.それでも二人の優しさを考える意味

では、なぜ二人の優しさを検討する必要があるのだろうか。

それは、人間を単純に断罪するためでも、反対に美化するためでもない。

私たち自身の優しさにも、同じ危うさが潜んでいるからである。

相手の話を聞いているから、自分は優しい。

相手を否定しないから、自分は愛情深い。

その場で相手を喜ばせたから、自分は人を大切にしている。

私たちは、そのように考えやすい。

しかし、本当の優しさは、相手の目の前で柔らかく振る舞うことだけではない。

相手がいない場所でも約束を守ること。

自分の欲望によって相手の生活を壊さないこと。

自分が責任を持てない期待を抱かせないこと。

自分の行動の結果を、後から他人のせいにしないこと。

そうした目立たない行動の積み重ねによって、優しさは初めて信頼になる。

太宰治と東出昌大は、相手の痛みに近づく力を持った人物だった可能性がある。

だが、人の痛みに近づくことと、その人を傷つけないことは同じではない。

この矛盾こそ、二人を考えるうえで最も重要な点である。


おわりに――愛とは感情ではなく、持続する責任でもある

太宰治にも東出昌大にも、女性に対する情緒的な優しさは存在したと考えられる。

相手の弱さを否定せず、孤独に寄り添い、社会的な評価とは別の場所で一人の人間を見る力である。

その優しさが演技や虚偽だけだったと断定する根拠はない。

おそらく二人は、それぞれの時点では本当に相手を愛し、助けたいと思ったこともあったのだろう。

しかし、心からの感情があることは、必ずしも正しい行動を保証しない。

愛情が真剣であっても、相手を傷つけることはある。

悪意がなくても、裏切りは裏切りとして残る。

人間への愛が広くても、身近な一人への責任を果たせなければ、その愛は不完全である。

太宰治と東出昌大を通して見えてくるのは、優しさの美しさよりも、むしろ優しさの難しさではないか。

相手の心を理解するだけでは足りない。

相手の将来を考え、自分を抑え、約束を守り、必要であれば距離を置く。

愛とは、激しい感情や美しい言葉だけではない。

愛とは、自分の自由を一部制限してでも、相手の尊厳と生活を守ろうとする、持続的な責任でもある。

太宰治と東出昌大は、人間を愛する力を持ちながら、その愛を安定した責任へ変えることに苦しんだ人物として見ることができる。

だからこそ二人は、私たちに問いかける。

人を愛するとは、その人の心に近づくことなのか。

それとも、その人を傷つけないよう、自分の生き方を律することなのか。

おそらく本当の愛には、その両方が必要なのである。

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