「文豪」と呼ばれる作家と呼ばれない作家の違いは何か
夏目漱石を「文豪」と呼んでも、ほとんど違和感はない。森鴎外にも、芥川龍之介にも、その言葉はよく似合う。川端康成や谷崎潤一郎についても、おそらく多くの人が同じように感じるだろう。
ところが、時代を少し下ってみると事情が変わってくる。
松本清張を文豪と呼ぶ人はいるだろうが、「社会派推理小説の巨匠」と呼ぶ方が普通かもしれない。星新一なら「ショートショートの神様」、司馬遼太郎なら「国民的作家」、赤川次郎なら「ベストセラー作家」という言葉が先に浮かぶ。村上春樹ほど世界的に読まれている日本人作家であっても、「文豪・村上春樹」と書けば、どこか少し大げさな響きを感じる人は少なくないだろう。
この違いは、単純に作品の質だけで説明できるものではない。
そもそも「文豪」とは文学上の資格ではない。国家試験があるわけでもなければ、文学賞のように選考委員会が認定するものでもない。ある作家が何冊売れば文豪になるという基準もなく、芥川賞を取れば文豪になれるわけでもない。それなのに私たちは、ある作家については自然に「文豪」という言葉を使い、別の作家についてはほとんど使わない。
そこには、日本人が文学をどのように記憶し、後世へ残してきたのかという、作品そのものとは別の仕組みが隠れている。
「文豪」は生前の人気だけでは生まれない
作家にとって、売れることは重要である。しかし、売れた作家がそのまま文豪になるわけではない。
日本文学史を振り返れば、生前に圧倒的な人気を得た作家は数え切れないほどいる。その時代の新聞や雑誌を賑わせ、多くの読者を熱狂させたにもかかわらず、現在では文学史の専門書を開かなければ名前に出会わない作家もいる。その一方で、生前の販売部数だけを見れば必ずしも最大級ではなかった作家が、百年後には「日本を代表する作家」として語られていることもある。
つまり、人気と文学史上の地位は、同じものではない。
ベストセラーは「その時代にどれだけ読まれたか」を示すが、文豪という評価には「その時代が終わったあとにも読まれたか」という、もう一つの時間軸が加わる。
ここに文豪という言葉の面白さがある。
作家本人が亡くなったあと、新刊が出なくなり、新聞にもテレビにも本人が登場しなくなる。それでも作品だけが残り、新しい世代の読者に読み直される。社会の価値観が変わってもなお、そこに別の意味が見いだされる。その繰り返しのなかで、作家は少しずつ「同時代の人気作家」から「文学史上の人物」へ変わっていく。
文豪とは、ある意味では時間によってつくられる称号なのである。
教科書に載ると、作家は「国民の記憶」になる
夏目漱石を読んだことがない人でも、夏目漱石という名前は知っている。
芥川龍之介の作品を一冊も買ったことがない人でも、『羅生門』や『蜘蛛の糸』という題名を聞いたことがあるかもしれない。森鴎外なら『舞姫』、太宰治なら『走れメロス』が学校教育を通して記憶されている。
ここで重要なのが国語教科書である。
文学作品が教科書に採用されるということは、単に作品が教材になるというだけではない。毎年、何十万人、何百万人という子どもたちが、その作家の名前を見ることになる。それが何十年も続けば、実際にその作家の本を読む人よりはるかに多くの人が、その名前だけは知っているという状態が生まれる。
これは非常に大きな力を持つ。
文学は本来、読もうとした人が書店や図書館で出会うものである。しかし教科書に入った作品だけは違う。本人の意思とは関係なく、ほぼ全国民が一度はその作家と出会うことになる。
こうして漱石や芥川は、「読書をする人が知っている作家」から、「日本人なら名前を知っている作家」へと変わっていく。
文豪というイメージには、この国民的共有記憶がかなり深く関係している。
「全集が出る」という特別な出来事
かつて日本の家庭の本棚には、文学全集が並んでいることが珍しくなかった。
世界文学全集、日本文学全集、現代文学全集。革張り風の装丁を施された重厚な本が、応接間の本棚を一段まるごと占領している。全部読んだ家庭がどれほどあったかは別として、それを所有すること自体が、ある種の教養の象徴でもあった。
そこで名前を連ねる作家は、単に「面白い小説を書いた人」ではなくなっていく。
全集とは、その作家の仕事を保存する装置だからである。
一冊の小説なら絶版になることがある。流行作家なら、時代が変われば書店から姿を消す。しかし全集が編まれ、研究者が作品を整理し、書簡や日記まで収録されるようになると、作家は個々の作品を超えた「研究対象」になる。
夏目漱石全集、森鴎外全集、芥川龍之介全集という言葉には、どこか文化財のような響きがある。
作家本人の原稿だけではない。年譜が作られ、書簡が集められ、作品の初出が調べられ、研究論文が書かれる。それらが積み重なることで、一人の作家を中心に巨大な知識の体系が形成されていく。
文豪とは作品を書いた人であると同時に、死後も読み解かれ続ける人なのだ。
作家の人生まで「物語」になる
文豪と呼ばれる作家には、奇妙なほど強い人物像が付随していることが多い。
漱石には神経衰弱や英国留学の孤独があり、鴎外には軍医としての顔がある。芥川龍之介には若くして死を選んだ知識人という像があり、太宰治には破滅的な人生そのものが作品と重なるような印象がある。三島由紀夫に至っては、その最期を文学から完全に切り離して語ることが難しい。
もちろん、本来なら作品と作家本人の人生は別のものである。
しかし文学史は、必ずしも作品だけを保存しない。
「この人はどんな人生を送り、なぜこの作品を書いたのか」という物語まで一緒に保存する。その結果、作家自身が一つの文化的キャラクターになっていく。
学校で名前を覚え、写真を見る。年表には出生と死去が記され、文学館には書斎が再現され、愛用の万年筆まで展示される。かつて生身の人間だった作家は、少しずつ歴史的人物へ変わっていく。
この変化が十分に進んだところで、「作家」という呼び名の前に「文豪」という二文字が置かれるようになる。
文豪という言葉には、作品への敬意だけではなく、その人物がすでに「歴史の側」に移ったことを示す響きも含まれているのである。
なぜ現代作家は文豪と呼ばれにくいのか
そう考えると、現在活躍している作家が文豪と呼ばれにくい理由も見えてくる。
たとえば村上春樹は、日本国外でも極めて広く読まれ、多数の言語に翻訳されている。日本文学史に残る可能性という意味では、すでに重要な作家であることを否定するのは難しい。それでも「文豪」という呼称には、まだ微妙な距離がある。
その理由の一つは、私たちと同じ時間を生きているからだろう。
新刊が出れば書評が掲載され、インタビューも行われ、読者は作品について賛否を語る。その作家はまだ「評価が確定していない現在の人物」である。
文豪には、どこか銅像のようなところがある。
現在進行形の人間には似合いにくい。
文学史という長い廊下の奥に立ち、何世代もの読者がその作品を読み終えたあとでもなお名前が残っている。そんな時間的距離が生じたとき、初めて文豪という言葉が違和感なく馴染んでくる。
だから、今日「人気作家」と呼ばれている人のなかから、百年後の文豪が生まれる可能性は十分にある。ただし、それを現在の私たちが確定することはできない。
純文学だから文豪になるわけではない
もう一つ興味深い問題がある。
文豪という言葉には、どうしても純文学的な響きがまとわりつく。しかし、文学史に残るために純文学でなければならないという決まりはどこにもない。
江戸川乱歩は探偵小説を書いた。松本清張は推理小説を通して社会を描いた。司馬遼太郎は歴史小説によって、多くの日本人の歴史観にまで影響を与えた。星新一は短い物語のなかに未来社会の構造を閉じ込めた。
彼らの影響力は決して小さくない。
それでも「文豪」という呼称の中心には、長い間、近代文学史と学校教育が置いてきた正統的な文学の系譜がある。
つまり、文豪は純粋に作品の文学的価値だけで決まるのではなく、「文学史という物語のなかで、どの位置に置かれたか」にも左右される。
文学史そのものが一つの編集作業なのである。
無数に存在した作家のなかから何人かを選び、近代文学の始まりを語り、自然主義を説明し、白樺派、新思潮派、無頼派、戦後文学へと線を引いていく。その線の上に何度も名前が登場する人ほど、後世から見ると巨大な存在に見える。
反対に、膨大な読者を持ちながら、その文学史の線から少し外れている作家は、「大作家」にはなっても「文豪」と呼ばれにくい。
ここには評価というものの、少し不思議な性質が表れている。
売れた作家と残った作家
文学の世界には、「売れた」という評価と「残った」という評価がある。
二つは重なることもあるが、同じではない。
ある時代に百万人が読んだ作品が、五十年後にはほとんど読まれなくなることがある。一方、発表当時には限られた読者しか持たなかった作品が、何十年もかけて評価を高めることもある。
文学には、出版された瞬間には分からない価値がある。
社会が変わると、作品の意味まで変わるからだ。
たとえば、ある時代には恋愛小説として読まれていた作品が、後世には女性の社会的立場を描いた作品として読み直されることがある。家族小説が、当時の家制度を記録した社会史的資料に見えてくることもある。未来を描いた小説が、数十年後には驚くほど現実的な社会批評として読めることさえある。
優れた文学は、読者が変わるたびに別の顔を見せる。
文豪になる作家とは、その再読に耐え続けた作家だとも言えるだろう。
「文豪」は出版社と書店にもつくられる
もちろん、作品が残るためには、それを読める状態にしておかなければならない。
文学史に残った作家の作品が現在でも容易に読めるのは、出版社が何十年にもわたって文庫を再版しているからである。旧字体を新字体に直し、注釈を加え、解説を付け、新装版を作る。著作権が切れれば電子化され、無料で読める作品も増えていく。
つまり名作は、自然に残っているわけではない。
誰かが残しているのである。
出版社、編集者、研究者、書店、図書館、教師、評論家、そして読者。その無数の人々が「これは次の世代にも読む価値がある」と判断し続けた結果として、作品は百年後まで運ばれていく。
この仕組みを考えると、「文豪とは誰か」という問いは、そのまま「私たちはどの文学を残してきたのか」という問いに変わる。
文豪ではないから、文学的価値が低いわけではない
ここで最も注意したいことがある。
文豪と呼ばれない作家が、文豪より劣っているわけではない。
むしろ「文豪」という言葉は、文学作品の価値を測る精密な物差しとしてはかなり曖昧である。
大量に読まれた作家、特定のジャンルを完成させた作家、若者文化を変えた作家、文章表現に革命を起こした作家。その重要性は、それぞれ違う尺度で測らなければならない。
赤川次郎を漱石と同じ物差しで測る必要はないし、星新一を鴎外と同じ方法で評価する必要もない。
むしろ文学史を面白くするのは、その違いである。
数十ページを費やして人間の内面を描く作家もいれば、数ページの物語で文明そのものを風刺する作家もいる。歴史を巨大な物語として描く人もいれば、家庭の食卓に置かれた小さな茶碗から一つの時代を描く人もいる。
文学は一種類ではない。
だから文豪という称号も、文学の頂点を示すランキングだと考えない方がよい。
百年後、誰が文豪になっているのだろう
結局のところ、文豪と呼ばれる作家と呼ばれない作家を分けているのは、作品の質だけではない。
作品が長期間読まれたこと、学校教育に取り込まれたこと、文学史のなかに位置づけられたこと、全集や文庫として保存されたこと、研究の対象になったこと、そして作家自身の人生まで含めて後世に語り継がれたこと。そうしたいくつもの条件が重なったところに、「文豪」という存在が生まれる。
だから文豪とは、作家が自分一人でなるものではない。
作家が作品を書き、読者が読み、批評家が論じ、出版社が残し、教師が教え、次の世代がもう一度読み直す。その長い共同作業の果てに、いつの間にか一人の作家の名前の前へ「文豪」という二文字が置かれる。
そう考えると、文学史は少し違って見えてくる。
私たちがいま何気なく読んでいる作家のなかにも、まだ「文豪」と呼ばれていない未来の文豪がいるかもしれない。そして反対に、現在は巨大に見える作家が、百年後にはほとんど読まれていない可能性もある。
その判定を下すのは、文学賞の選考委員でも、出版社でも、評論家でもない。
最後に決めるのは、時間である。
本棚から本棚へ、世代から世代へと作品が渡され、それでもなお誰かがページを開く。その小さな行為が百年ほど積み重なったとき、一人の「作家」は、いつしか「文豪」になっているのである。

