リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

~金と欲望を描いた江戸の観察者~

 人間は、金を持てば幸福になるのだろうか。それとも、金を持った瞬間から、それを失う不安に追われ始めるのだろうか。今からおよそ340年前、この問いを経済学者ではなく、文学の目で見つめていた人物がいた。江戸時代前期の俳諧師であり、浮世草子の作者として知られる井原西鶴である。

 西鶴という名前から、多くの人がまず思い浮かべるのは『好色一代男』だろう。主人公の世之介が男女との性愛や交遊を重ねる作品であり、「好色」という題名の印象も強いため、西鶴には性愛や遊興を面白おかしく描いた江戸時代の娯楽作家というイメージがつきまとっている。しかし、『日本永代蔵』や『世間胸算用』まで視野を広げると、それとは異なる西鶴の姿が浮かび上がってくる。そこにいるのは、人間が金を稼ぎ、使い、借り、返し、失い、ときには金によって他人や自分自身を評価する社会を、鋭い観察力と独特のユーモアで描いた作家である。

 もちろん、西鶴が現代的な意味での「資本主義」を理論として理解していたわけではない。『日本永代蔵』が刊行されたのは1688年(貞享5年)、『世間胸算用』は1692年(元禄5年)であり、2026年から数えると、それぞれ338年前、334年前にあたる。当時の日本には、現代のような株式会社制度、証券市場、近代銀行制度が整っていたわけではなく、江戸社会をそのまま近代資本主義社会と呼ぶことはできない。しかし一方で、大坂や江戸などの都市では商品流通、掛取引、両替、商人金融が発達し、貨幣と信用が人々の生活や社会関係に大きな影響を及ぼす世界が形成されていた。

 西鶴が描いていたのは、後世の資本主義という制度そのものというより、市場と貨幣が重要な役割を果たす社会で、繰り返し現れる人間の行動だったと考えるほうが正確だろう。利益を求め、成功者を羨み、将来の収入を当てにして金を借り、信用を失うことを恐れ、生活に必要な範囲を超えたものまで欲しがる。豊かになったあとには、その豊かさを守ることが新たな関心になる。そうした心理は、三百年以上の時間を隔てても、私たちに奇妙なほど身近である。

武士の時代に、町人の財布を見ていた

 江戸時代と聞けば、将軍、藩、大名、武士を中心とする政治的な身分秩序を思い浮かべる人が多い。しかし、西鶴が活動した17世紀後半の大坂に目を向けると、別の社会像が見えてくる。全国各地から商品が集まり、商人たちが売買や金融に関わり、貨幣と信用によって取引が結び付けられる大規模な都市経済が形成されていた。そこでは、政治的な身分と経済的な力が必ずしも一致していなかった。

 武士は身分秩序の上では町人より上位に位置していても、収入や支出の事情によって家計が苦しくなる場合があった。一方、町人は政治的な権限を制限されていても、商売によって財産を築き、豊かな生活を実現することができた。生まれや家による身分秩序が依然として強く残る社会の内部で、「どれだけ財産を持っているか」「商売の信用があるか」「金を動かす力があるか」という別の評価基準が現実的な意味を持っていたのである。

 もっとも、江戸社会を、武士と町人という二つの集団だけで説明することはできない。身分と職業の関係には地域差や時代差があり、社会的な移動もまったく存在しなかったわけではない。また、町人であれば誰でも商売で成功できたわけでもなく、家業、資産、取引関係、地域社会の慣習などが個人の経済活動を制約していた。商業が発達していたことと、すべての人に平等な経済的機会が開かれていたことは、別の問題である。

 西鶴が面白がったのは、こうした複雑な社会の中で金によって変化する人間の姿だった。彼は金持ちを道徳的な勝者として単純に讃えず、貧しい人間を無条件の善人として描くこともしない。裕福な者にも欲があり、貧しい者にも欲があり、その欲が置かれた環境や利用できる手段によって異なる姿を見せる。西鶴の人物たちは、「善人」と「悪人」という単純な区分よりも、金の前で揺れ動く人間として描かれている。

 その意味では、西鶴は単なる物語作者というより、都市社会の人間行動に強い関心を持った観察者であった。ただし、彼の作品は現代的な社会調査の記録ではない。登場人物や出来事には創作、誇張、風刺が含まれており、小説の内容を当時の社会全体の実態と同一視することはできない。それでも、何が読者の関心を引き、何が笑いや驚きの対象になったのかを考えることで、当時の金銭感覚や社会的価値観を読み解く手掛かりが得られる。

『日本永代蔵』に描かれた、金持ちになる理由と財産を失う理由

 西鶴の経済を見る目が鮮明に現れる作品の一つが、1688年刊行の『日本永代蔵』である。全30話からなるこの作品には、商売によって財を築いていく人間が描かれる一方、浪費や判断の誤りによって財産を失っていく人間も登場する。富が単なる運だけによって生まれるのではなく、才覚、倹約、商法の工夫、商機を読む力などと関係していることが、具体的な物語として示されている。

 例えば、「昔は掛算今は当座銀」には、三井家の商業活動をモデルにしたとされる商人の成功が描かれている。掛売りを中心とする従来の商慣行に対し、現金販売や掛け値なしの商法を取り入れ、客の利便性を高める工夫が財産形成につながっていく。そこでは、ただ懸命に働くことだけではなく、取引の仕組みを変え、販売方法を工夫することが商業上の強みとして描かれている。

 この話を現代の経済活動に重ねるなら、商品そのものの価値だけではなく、価格設定、販売方法、顧客の利便性、取引費用の削減が競争力につながるという問題に通じる。ただし、作品は商業史の実測記録ではなく、実在の商家を題材にした文学でもある。したがって、この一話から当時の商人全体の成功法則を導き出したり、特定の商法の収益効果を数値的に証明したりすることはできない。

 一方、「二代目に破る扇の風」では、財産を受け継いだ人間が遊興や浪費によって家産を失っていく姿が描かれる。財産を築くことと、築かれた財産を維持することは別の能力を必要とするという問題が、ここに現れている。商売で成功した家であっても、後継者の判断や生活態度、財産管理によっては衰退する。その姿は、現代の企業経営や事業承継にも重ねて考えることができる。

 この対照は重要である。『日本永代蔵』は、「努力さえすれば誰でも成功できる」という単純な成功物語ではない。才覚によって財産を築く人物がいる一方、財産を持ちながら失う人物もいる。成功と失敗には本人の行動だけでなく、取引環境、商機、周囲との関係、偶然など、さまざまな条件が関係する。

 現代の経営論でも、成功した企業や経営者だけを調べ、その共通点を成功の原因だと考えることには問題がある。同じような努力や工夫をしたにもかかわらず失敗した人々を調査しなければ、本当に有効な要因を特定できないからである。これは生存者バイアス、つまり成功して残った事例に注目することで判断が偏る問題として知られている。

 もちろん、西鶴が統計学的な意味で生存者バイアスを発見していたわけではない。しかし、成功談だけではなく没落の物語も並べることで、富の獲得と維持が容易ではない世界を描いていたことは確かである。金は努力に報いる場合もあるが、努力した者を必ず救うわけではない。才覚があっても状況によって失敗することがあり、逆に偶然が思わぬ利益をもたらすこともある。西鶴の商人たちは、能力、機会、運、欲望が絡み合う不安定な世界に生きているのである。

『世間胸算用』が描いた、借金と信用に揺れる町人社会

 西鶴の経済感覚がさらに現代に近く見える作品が、1692年刊行の『世間胸算用』である。全20話からなるこの作品では、大晦日を舞台に、借金や掛取引の支払いをめぐって苦心する町人たちの姿が描かれる。年末の決済期日は、金を貸した側にとっては回収の機会であり、支払う側にとっては日頃の家計や商売の状態が厳しく問われる日でもあった。

 ここで重要なのは、経済活動が手元にある現金だけで完結していなかったことである。商品を受け取り、支払いを後日に回す掛取引が成立するためには、取引相手が将来支払うという期待が必要になる。現金が不足していても信用によって取引が可能になる一方、期日に支払えなければ、その後の商売や生活が難しくなる場合がある。信用とは、金そのものではないが、金を動かすための重要な条件なのである。

 「門柱も皆かりの世」には、借金の取り立てを逃れるために自殺を装う人物と、その企てを見破る丁稚のやり取りが描かれる。そこにあるのは、金の不足という経済問題だけではない。約束された支払いをどう逃れるか、相手の言動をどこまで信用するか、互いの事情を見抜いてどう行動するかという、人間同士の駆け引きである。西鶴は借金の苦しさを描きながら、それを滑稽な人間劇にも変えている。

 しかし、『世間胸算用』を信用取引の発達だけで説明すると、重要な側面が抜け落ちる。「長刀はむかしの鞘」には、掛買いができず、日々の暮らしを現金による買い物でまかなう人々が描かれる。信用取引が広がった社会であっても、その仕組みを利用できる人と利用できない人がいたのである。信用を得られる者は支払いを先延ばしにできるが、信用を得られない者は手元の現金の範囲で暮らさなければならない。信用の存在は取引を便利にする一方で、経済的な立場による違いを生むこともある。

 この構造は現代経済にも通じる。住宅ローン、事業資金の融資、クレジットカードなどは、現在の支出や資金調達を将来の支払能力と結び付ける仕組みである。収入、資産、債務、返済履歴などに基づいて信用力が評価され、その結果によって利用できる金融サービスや取引条件が異なる場合がある。信用は経済活動の可能性を広げるが、信用を得られない人々にとっては、その仕組み自体が利用上の障壁にもなり得る。

 ただし、江戸時代の掛取引と現代の金融制度を同一視することはできない。現代には銀行監督、消費者保護、信用情報、契約に関する法制度などが存在し、資金調達や債権回収の仕組みも大きく異なる。西鶴の時代には、商家同士の関係や地域社会の慣習、個人の評判が重要な役割を果たしていた。共通しているのは、将来の支払いに対する期待が現在の取引を可能にし、その期待が崩れれば経済的・社会的な問題が生じるという基本構造である。

 『世間胸算用』が描いたのは、単なる借金苦ではない。信用によってつながる人々、信用を利用できない人々、支払いに追われる人々、取り立てに知恵を働かせる人々が入り交じる社会である。そこには、現金、債務、信用、格差、生活防衛、体面といった問題が複雑に重なり合っている。

欲望が市場を動かし、市場が欲望を刺激する

 西鶴を経済という視点から読むと、『好色一代男』のような好色物も無関係ではない。むしろ重要なのは、西鶴が金と欲望を別々のものとしてではなく、同じ都市文化の中で絡み合うものとして描いていた点にある。ただし、この作品は性愛や交遊を描くと同時に、古典文学を踏まえた趣向や滑稽な表現を備えており、単純な消費社会の記録として読むことはできない。

 市場は、人間が生きるために最低限必要なものだけを売買する場所ではない。美しい着物、豪華な料理、装飾品、娯楽、遊興など、生活に欠かせないとは限らないものにも金が使われる。人間は必要だから消費するだけでなく、楽しみを得たいから使い、他人によく見られたいから使い、愛情や承認を求めて使うこともある。商品やサービスには実用的な価値だけではなく、心理的、文化的、社会的な価値が含まれるのである。

 現代の経済学には、他人に自分の経済力や地位を示すための消費を説明する「顕示的消費」という考え方がある。高価な商品を購入する理由は、商品の性能だけでなく、それを所有することが社会的な評価につながると考える点にも求められる。ただし、すべての高額な支出が見栄によるものではない。品質、耐久性、趣味、文化的な意味、個人の満足など、消費には多様な動機が存在する。

 ここで注意すべきなのは、「欲望が市場をつくる」という一方向の関係だけで考えないことである。人間の欲望が商品やサービスへの需要を生み、商人がそれに応じて新たな商品を提供し、それが生活習慣や流行を変えて、さらに別の需要を生むことがある。市場は既存の欲望を満たすだけでなく、人々が欲しいと考えるものの種類や意味を変化させる可能性がある。

 もっとも、このような相互作用が西鶴の時代にどの程度存在し、どの程度市場を拡大させたかを明らかにするには、商品流通、価格、消費支出、都市人口などの歴史資料を分析する必要がある。西鶴の作品だけから、市場の発達が欲望を増幅させたという因果関係を実証することはできない。それでも、遊興と消費が密接に結び付く都市文化の中に、市場と欲望の相互作用を読み取ることは可能である。

 西鶴は、金が単なる生活手段にとどまらず、人間の楽しみや欲望、人間関係、社会的な評価にまで関わる様子を描いていた。ここにあるのは、現代の広告産業やブランド消費を予言したという話ではない。時代によって具体的な商品や制度は異なっても、物を買う行為に心理的・社会的な意味が伴うという、人間行動の共通性である。

豊かになれば、人間は安心するのか

 西鶴の世界で興味深いのは、財産を築けば、必ず幸福な結末が訪れるわけではないことである。金持ちになれば問題がすべて解決するのではなく、今度は財産を守る苦労が始まることもある。商売を拡大すれば利益を増やす機会が広がる一方、損失の危険も大きくなり得る。家族がいれば、家業の継承や財産の分配をめぐる問題も生まれる。富を得ることと、安定した生活を維持することは、必ずしも同じではない。

 この構造は現代にも通じる。所得や資産が不足しているときには、その増加が食料、住居、医療、教育などへのアクセスを改善し、生活上の不安を軽減する可能性が高い。しかし、所得が増えれば幸福や安心も同じ割合で増加するとは限らない。豊かさが何をもたらすかは、健康状態、家庭環境、雇用の安定性、人間関係、個人の価値観などによって異なる。

 所得と幸福の関係については、現代の心理学や経済学でも研究が重ねられている。2023年に公表された米国の研究では、幸福度が低い人々の一部について、所得の増加と幸福度の関係が一定の所得水準以降で弱まる傾向が確認された一方、その他の人々では、より高い所得水準でも幸福度との正の関係が続く傾向が示された。つまり、所得が一定額を超えれば誰もが幸福にならなくなるという単純な結論ではない。また、所得と幸福度の統計的な関連が、そのまま所得増加の因果的な効果を証明するわけでもない。

 さらに、人間が利益と損失を同じように受け止めるとは限らないことも、行動経済学の研究から知られている。プロスペクト理論では、人間は最終的な財産額だけでなく、一定の基準点から見て利益を得たか、損失を被ったかによって判断を変えることがあると説明される。一般に、同じ金額であっても、得る喜びより失う苦痛を強く感じる傾向があるとされる。ただし、その程度は個人や状況によって異なり、すべての人が同じ反応を示すわけではない。

 この考え方を西鶴の人物たちに重ねると、財産を持つ者がその財産を失うことに敏感になる姿や、商売の利益よりも失敗の恐怖に心を奪われる姿を、現代的な視点から理解することができる。しかし、西鶴がプロスペクト理論を発見していたという意味ではない。現代の心理学が扱う行動傾向と、西鶴の文学に描かれた人物の姿に、類似した部分を認めることができるということである。

 金は不足しているときには生活を支え、選択肢を増やす重要な手段になる。一方で、財産を持つことによって新たな責任や不安が生まれる場合もある。隣人より豊かなのか、同業者より成功しているのか、去年より資産が増えているのかという比較が始まれば、絶対的な豊かさだけでは満足を説明できなくなる。

 西鶴の登場人物たちからは、ときに「もっと」という声が聞こえてくる。もっと金を、もっと遊びを、もっと良い暮らしを、もっと成功を求める。その欲望は商売を活発にする力にもなるが、同時に人間を際限のない比較や競争に向かわせることもある。ただし、欲望を持つこと自体が不幸を生むわけではない。将来への希望や向上心もまた、人間の生活を豊かにする力になり得るからである。

「身分」で測られる社会から、「金」でも測られる社会へ

 江戸社会と現代社会を大きく分けるものの一つは、政治的・社会的な身分秩序のあり方である。そのため、西鶴の時代をそのまま現代的な資本主義社会と呼ぶことはできない。しかし、その身分秩序の内部で、財産や信用という経済的な評価基準が現実的な力を持っていたことは見逃せない。

 どの家に生まれ、どのような身分に属しているかという評価とは別に、商売に成功しているか、財産を持っているか、取引相手から信用されているかという尺度が、町人社会の生活に影響していた。つまり、身分による序列と経済力による序列が重なり、両者が一致しない場面もあったのである。

 ただし、この変化を近代資本主義への直線的な発展として説明するのは慎重であるべきだろう。江戸時代の日本では、農業生産が経済全体の重要な基盤であり、商業活動も幕藩体制の制度や規制、地域ごとの慣行に組み込まれていた。現代の資本主義を特徴付ける企業組織、労働市場、資本調達、金融監督、財産権をめぐる制度とは、大きな違いが存在する。

 そもそも資本主義をどう定義するかについても、経済史や社会科学には複数の見解がある。利益を求める行動や商品取引が存在するだけで資本主義が成立したと考えることはできない。生産手段の所有、賃金労働、資本の蓄積と再投資、市場での競争、企業や金融の制度などを含めて検討する必要がある。

 西鶴が生きた時代の面白さは、古い身分秩序が残る一方で、商業活動によって財産を築く人々が存在し、政治的な序列と経済的な力が必ずしも一致しなかったところにある。その違いが滑稽さや悲劇を生み、西鶴に豊富な物語を与えた。身分制度が消えた社会を描いたのではなく、身分制度の中で金が持つ力を描いていたのである。

西鶴は経済を数字ではなく、人間の行動として見た

 現代の経済学は、価格、所得、利子、需要、供給、経済成長などを数量的に分析する。しかし、その分析対象となる経済活動の背後には、必ず人間の選択が存在する。西鶴が文学として描いたのも、金銭をめぐって判断し、行動する人間の姿だった。

 なぜ人は金を欲しがるのか。なぜ一定の財産を持っても、さらに増やそうとするのか。なぜ借金をしてまで体面を守ろうとするのか。なぜ他人の成功を羨み、失敗した者を笑いながら、自分だけは同じ失敗をしないと思うのか。西鶴の文学には、こうした問いにつながる場面が、具体的な人物の成功や失敗を通じて描かれている。

 ここで、「人間は合理的ではない」と単純に言い切るのも正確ではない。経済学における合理性とは、必ずしも倹約することや投機を避けることを意味しない。本人が何を望み、どのような選択を好むかによって、娯楽への支出も高価な商品への支出も、一定の条件では合理的な行動として説明できる。問題は、現実の人間が常に十分な情報を持ち、将来の結果を正確に予測し、一貫した判断基準に従って行動できるわけではないことである。

 損失への恐怖、周囲との比較、過度な期待、見栄、思い込み、目先の楽しみなどは、意思決定に影響する。ある選択が本人にとって合理的に思えても、情報が不十分であったり、将来の危険を過小評価していたりすれば、後になって望ましくない結果を招くことがある。現代の行動経済学は、こうした人間の判断傾向を実験や観察データによって検討している。

 もっとも、西鶴の小説を現代の行動経済学の実証資料として扱うことはできない。作品に登場する人物は、当時の人々から無作為に選ばれた標本ではなく、作者が物語の目的に応じて設定し、描写した人物だからである。例えば、『日本永代蔵』に登場する成功者の割合から、江戸時代の商人の成功率を推定することはできない。小説は社会の一面を理解する手掛かりにはなるが、社会全体の統計的な代表性を保証するものではない。

 それでも、西鶴の文学には現代の読者に考えさせる力がある。彼は欲に走る人間を描きながら、必ずしも厳しい説教によって結論を示そうとはしない。登場人物の計算高さや見栄、失敗を、ときには冷静に、ときには楽しそうに眺めているようにも見える。その突き放しすぎず、同情しすぎない距離感が、人間の弱さだけでなく、生きようとする知恵やたくましさも浮かび上がらせている。

西鶴は資本主義を見抜いていたのか

 ここまで考えてくると、「西鶴は三百年以上前に資本主義を予言した」と言ってしまうのは、やはり正確ではないことが分かる。西鶴が生きた17世紀後半の日本は近代資本主義社会ではなく、彼が株式会社、近代銀行、証券市場、産業資本といった後世の制度を予見していたわけでもない。

 さらに、金銭や信用をめぐる人間の欲望を文学で描いたのは、西鶴が最初というわけではない。例えば、西鶴より約90年前に成立したシェイクスピアの『ヴェニスの商人』にも、商業上の契約、金銭貸借、債務、信用、人間関係などの問題が登場する。市場と金銭が人間の行動を左右する姿は、時代や地域を異にする文学にも描かれてきたのである。

 したがって、西鶴の独自性を、世界で最も早く金銭に支配される人間を発見したことに求めるのは適切ではない。むしろ、江戸時代の大坂を中心とする商業社会を背景として、金を稼ぐこと、使うこと、借りること、失うことを、町人の生活に密着した具体的な物語として描いたところに特徴がある。

 では、西鶴が見抜いていたものは何だったのか。それは、貨幣と市場が重要な役割を果たす社会で、強く姿を現す「資本主義的人間」とでも呼ぶべき行動だったのではないだろうか。ただし、この言葉は西鶴自身の概念ではなく、現代の視点から彼の作品を読み解くための比喩的な表現である。

 人は利益を求め、成功者を羨み、将来を期待して金を借り、信用を失うことを恐れ、必要以上のものを欲しがる。豊かになれば満足すると思いながら、実際に豊かになると、今度はその豊かさを維持しようとする。こうした行動は資本主義によって初めて生み出されたものではない。富への欲望、他者との比較、不確かな将来への不安などは、市場経済が発達する以前の社会にも存在していたと考えられる。

 しかし、貨幣経済が発達し、多くのものが売買の対象となり、信用によって将来の支払いを現在の取引に結び付けられるようになると、こうした心理は商業活動や消費行動とより広く関係する可能性がある。貨幣や市場が人間の欲望を一方的につくり出すのではなく、人間の欲望が市場を動かし、市場の仕組みがその表れ方を変えるという相互作用として捉えるほうが適切だろう。

 ただし、この解釈は文学と経済理論を結び付けた考察であり、西鶴の作品だけによって歴史的な因果関係が証明されたわけではない。西鶴が描いたこと、そこから現代の読者が読み取ること、実証研究によって確認できることは、それぞれ区別する必要がある。

 その区別を踏まえても、西鶴の作品には、現代の市場社会で繰り返し見られる人間の行動を考えるうえでの豊かな材料が存在する。彼は未来の経済制度を予測したのではない。自分が生きる時代の人間を具体的に描くことによって、異なる時代の読者にも通じる問いを残したのである。

約340年前の大坂から、現代の私たちを見る

 西鶴を古典文学としてだけ読むのは、少しもったいない。『日本永代蔵』の商人を現代の起業家や個人事業主に重ね、『世間胸算用』の掛取引や借金を現代の融資やクレジットと比較し、『好色一代男』に描かれた遊興や交遊を現代の消費文化に照らしてみると、時代の違いを超えて人間の行動に似た部分があることに気づく。

 ただし、この比較は両者が同じ社会であることを意味しない。江戸時代の商業社会と現代の世界的な資本主義社会では、経済制度、技術、社会保障、労働関係、金融市場の規模などが大きく異なる。また、現代の人々の行動を当時の人物にそのまま投影すれば、歴史的な背景や文化の違いを見失う危険がある。古典から現代を考えるには、共通性だけでなく相違点も理解する必要がある。

 それでも、儲かれば嬉しく、損をすれば悔しく、他人の成功が気になり、欲しかったものを手に入れれば、やがて別のものに関心が移るという人間心理は、多くの人に理解できるだろう。一方で、欲望や金銭への態度は人によって異なり、誰もが際限なく富を求めるわけではない。経済的な成功より家族との時間を大切にする人もいれば、財産を増やすことより安定した暮らしを重視する人もいる。市場に参加する人間の行動は、決して一つの型に収まらない。

 西鶴の文学が興味深いのは、そうした人間の多様さを、金銭をめぐる具体的な出来事の中に描き出しているところである。才覚を働かせて財を築く商人、財産を受け継ぎながら浪費する人物、借金の支払いに追われる町人、掛買いもできず日々の現金を工面する人々。そこには成功者だけでなく、失敗者や困窮する人々の姿もある。

 近代以降の経済学は、価格や所得、利益率、成長率などを用いて市場の仕組みを分析してきた。それらの数値は社会の動きを理解するために欠かせない。しかし、数値だけでは、借金の期日を前にした人間の焦りや、商売に成功したときの誇り、財産を失うときの後悔を十分に表現することはできない。文学は、そのような経済活動の内側にある感情や人間関係を、具体的な場面として描くことができる。

 西鶴が描いたのは、あくまで江戸時代の社会である。しかし、その社会を具体的に描いたからこそ、異なる制度の下で生きる現代の私たちにも、人間の欲望や不安について考える材料を与えてくれる。彼の作品の向こう側には、17世紀後半の大坂の町並みがあり、商家の店先があり、年末の支払いに苦心する町人たちの生活がある。その財布の中身を気にし、商売の成功と失敗を眺め、借金をめぐる胸算用を追っているうちに、現代に生きる私たち自身の姿にも思い当たるのである。

 井原西鶴は、近代資本主義を予言したわけではない。また、金銭や欲望に動かされる人間を、世界で初めて発見した作家でもない。しかし、約340年前、貨幣と信用が人々の暮らしに深く関わる商業社会の中で、富を求める人間、富を失う人間、体面を守ろうとする人間、日々の生活を維持しようとする人間を、鮮やかに描き出していた。

 その意味で西鶴は、資本主義の未来を見た作家というより、時代や制度が変わっても繰り返し現れる人間の欲望、不安、知恵、滑稽さを見つめた作家だったのである。彼が残した問いは、金によって人間がどれほど豊かになれるかということだけではない。金が必要な社会の中で、人間は何を求め、何を失い、何を守ろうとするのかという、今なお答えの定まらない問いなのである。

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