昭和50年代のオーディオには、音楽を聴く前にしなければならないことが、今よりずっと多かった。アンプの電源を入れ、チューナーの周波数を合わせ、カセットデッキのイジェクトボタンを押してテープを入れ、録音するならメーターを見ながら録音レベルを調整し、使用するテープに合わせてセレクターも確認する。現在なら画面を数回触れば始まる音楽に、当時はちょっとした儀式が必要であり、その儀式の途中には「DOLBY」と書かれた小さなスイッチがあった。
そのスイッチを入れると何が起こるのか、電子回路の仕組みまで理解していた人ばかりではなかっただろう。それでも、耳で聞けば違いは分かった。カセット特有の「サーッ」というヒスノイズが一歩後ろへ下がり、曲が始まる前や静かな部分に漂っていた白い霧のようなものが薄くなるのである。ドルビーが家庭の音楽にもたらしたものは、単なる雑音の低減ではなく、音楽の背後にある「静けさ」を意識させる技術だった。
カセットデッキの前で、録音レベルを決める
昭和50年代にカセットテープへ音楽を録音した経験のある人なら、録音ボタンを押す前に少し緊張した記憶があるかもしれない。録音したい曲を流しながらカセットデッキのメーターを見つめ、できるだけ十分な録音レベルを確保しながら、それでも過大入力で音が歪まない位置を探していく必要があったからである。録音レベルが低すぎれば、音楽信号に対してテープ固有のヒスノイズが相対的に目立つようになり、反対に高すぎれば磁気テープが飽和して歪みが増えるため、良い録音とは、その狭い間にある適切な位置を探す作業でもあった。
カセットデッキには、針が左右に振れるVU(Volume Unit・音量単位)メーターを備えた機種もあれば、後には発光ダイオードなどを用いたピークメーターを備える機種も増えていった。音楽を録音しているのだから本来は耳で聴くものなのに、録音するときだけは耳と同じくらい目も忙しく、曲の中でもっとも大きな部分が来るのを待ちながらメーターの振れ方を見て、赤い領域へ入りすぎないところまで録音レベルのつまみを調整した。
現在のデジタル録音から見れば面倒な作業だが、その手間こそが、当時は「音楽を聴くこと」と「音楽を録ること」を別々の楽しみにしていた。一本のテープを作るという行為は、単なる複製ではなく、音量、テープ、ノイズリダクション、曲順まで自分で決める、小さな制作作業だったのである。
FMエアチェックという、もう一つの音楽の入口
レコードを何枚も自由に買える人ばかりではなかった時代、音楽を手に入れる重要な入口の一つがFM(Frequency Modulation・周波数変調)放送だった。FM雑誌や新聞の番組欄を見ながら放送予定の曲を探し、聴きたい番組が見つかれば、その時刻までにカセットデッキを準備してテープの残り時間を確認し、チューナーを合わせて待つという光景は、昭和50年代の音楽好きには珍しいものではなかった。
曲が始まる瞬間を狙って録音ボタンを押し、イントロを欠かさず、曲の終わりでは余韻が消えるまで待ってから停止するというFMエアチェックには、いまの音楽配信にはない緊張感があった。アナウンサーが曲の終わりに少し早く話し始めれば残念に思い、逆に曲の前後がきれいに録れれば、それだけで小さな達成感が生まれた。
しかも、一本のカセットには時間という制約があった。46分、60分、90分といったテープの長さを考えながら、A面とB面のどこにどの曲を収めるかを決めなければならず、最後の曲が途中で切れないよう、放送時間や曲の長さまで気にする必要があった。現在のプレイリストにも曲順はあるが、カセットの曲順には物理的な制約があり、その不自由さがかえって一本のテープに個性を与えていた。
ドルビーBは、何を消していたのか
家庭用カセットデッキに広く普及したドルビーBは、再生時に高音域を単純に削ってヒスノイズを隠す仕組みではなかった。もし高音だけを弱めれば、ノイズと一緒にシンバルの輝きや弦楽器の倍音まで失われ、確かに静かにはなっても、音楽そのものが曇ってしまう。
ドルビーBでは、ノイズに埋もれやすい比較的小さな高域成分を録音時に一定の仕組みで強調し、再生時にはそれを元へ戻す処理を行う。再生側で強調分を戻す過程では、録音後に磁気テープ側で加わったヒスノイズも同時に押し下げられるため、結果として音楽信号に対する雑音の割合が小さくなる。
このため、ドルビーBを使用して録音したテープは、原則として再生時にもドルビーBを使用することが前提だった。録音時と再生時が一組になって初めて、本来想定された周波数バランスが得られるからである。
ドルビーBのノイズ低減効果は、高域で最大およそ10デシベル程度だった。10デシベルという数字だけを見ると小さく感じるかもしれないが、デシベルは単純な足し算の尺度ではなく、音圧などの振幅で見れば約3.16倍に相当する差である。そのため、特に静かな部分では「サーッ」という音が後退したことを耳で感じやすく、曲の余韻や弱音が以前より聞き取りやすくなった。
ドルビーを入れると、なぜ音がこもることがあったのか
実際のカセット再生では、ドルビーを入れればいつでも完璧な音になるわけではなかった。録音したデッキと再生するデッキの調整が異なっていたり、テープそのものが経年変化していたり、録音時のレベル設定が適切でなかったりすると、本来想定された処理からずれが生じ、ドルビーを入れた方が高音が少しこもって聞こえることもあった。
古いカセットを現在再生すると、「これはドルビーをかけて録ったのだったか」と迷い、スイッチを入れたり切ったりしながら、自分の耳で自然に聞こえる方を選ぶことがある。カセットテープは、デジタルデータのように、どの機器でも完全に同じように再生されるものではなく、録音した機械、再生する機械、ヘッドの状態、テープの保存状態によって微妙に音が変わる媒体だった。その曖昧さまで含めて、一本一本のテープには個性があったのである。
ノーマル、ハイポジション、そしてメタル
カセットテープにも性能の違いがあり、昭和50年代になると、その違いは一般の利用者にも意識されるようになった。もっとも標準的なのがノーマルテープであり、その上にハイポジションと呼ばれる高性能テープがあり、さらに高性能を狙ったメタルテープが登場する。
一般には「クローム」と呼ばれることも多かったハイポジション系だが、技術的にはすべてが二酸化クロムを使っていたわけではなく、日本メーカーではコバルト系など別の磁性材料も広く使われていた。そのため、厳密には「ノーマル、クローム、メタル」と分けるより、「ノーマル、ハイポジション、メタル」と考えた方が正確である。
IEC(International Electrotechnical Commission・国際電気標準会議)の分類では、ノーマル系がType I、ハイポジション系がType II、メタルがType IVとされた。こうした分類はオーディオ愛好家だけの知識ではなく、カセットデッキ側のテープセレクターにも反映され、録音前には使用するテープに合わせて切り替える必要があった。
昭和54年、メタルテープが姿を現す
メタルテープが日本市場で本格的に姿を現したのは1979年、昭和54年ごろである。従来の酸化鉄系テープよりも高い録音レベルに耐え、高域まで優れた記録能力を持つことが特徴で、カセットという小さな媒体から、より広いダイナミックレンジと高い音質を引き出すことを目指していた。
値段も高かったため、何でもメタルテープに録音するというより、「これは残しておきたい」と思う音楽に使う特別なテープという感覚を持っていた人も少なくなかった。好きな歌手のアルバムや、特別なFM放送、何度も聴きたい録音に使うため、新品のメタルテープの包装を破るときには、普通のカセットとは少し違う緊張感があった。
ケースから新品のテープを取り出し、カセットデッキ側のテープセレクターをMETALに合わせ、録音レベルを慎重に調整する。その一連の作業まで含めて、高音質録音を楽しむ趣味になっていたのである。
昭和55年、ドルビーCが現れる
1980年、昭和55年になると、ドルビーCという新しいノイズリダクション方式が発表され、対応するカセットデッキが次第に市場へ登場していった。ドルビーBが高域で最大およそ10デシベル程度のノイズ低減を狙った方式だったのに対し、ドルビーCでは条件によっておよそ20デシベル程度の低減が可能になり、カセットテープの背景ノイズをさらに目立ちにくくすることができた。
20デシベルという差は、音圧などの振幅で見れば約10倍に相当するため、数字上も無視できる差ではない。ただし、ドルビーCも全周波数帯で一律に20デシベル静かにするわけではなく、周波数や信号レベルによって動作の程度が変わる方式であり、単純に「Bの二倍静か」と考えるのは正確ではない。
それでも、静かな音楽やフェードアウトする部分では、テープのヒスノイズがより深く後退し、ピアノの最後の一音やシンバルの余韻を以前より長く追えるようになった。ここで多くの人が、音質とは低音が強いとか高音が伸びるといったことだけではなく、「背景がどれほど静かであるか」も重要なのだと実感したのである。
三ヘッドという言葉が、上級機の象徴だった
昭和50年代後半のカセットデッキのカタログを眺めると、ドルビーBよりドルビーC、ノーマルテープよりメタルテープといった言葉に加え、「3ヘッド」という表現にも特別な響きがあった。
三ヘッド方式では、消去、録音、再生の機能をそれぞれ独立したヘッドに持たせることができ、特に録音中に、実際にテープへ記録された音をほぼ直後に再生して確認できることが大きな利点だった。ただし、三ヘッドだから必ず二ヘッド機より音が良いという単純な関係ではなく、最終的な音質はヘッドそのものの性能、テープ走行の精度、回路設計、調整状態などによって決まる。
それでも当時のカタログの中で、三ヘッドは上級機を象徴する仕様の一つだった。前面パネルに並ぶ録音レベル、バイアス調整、テープセレクター、ドルビーB・C、ピークメーターといった装備を眺めているだけで、その機械が単なる再生装置ではなく、録音するための道具であることが伝わってきた。
録音したテープには、その日の時間まで入っていた
FMエアチェックで作ったテープを何十年か後に再生すると、不思議なことが起こる。目的だった音楽そのものより、曲の前後に偶然残ったものの方が懐かしく感じられることがあるのだ。
番組のテーマ曲が少しだけ残っていたり、アナウンサーが天気の話をしていたり、停止ボタンを押すのが遅れて次の番組の冒頭まで入っていたりする。突然音量が変わるところがあれば、あのとき録音レベルを触ったのかもしれず、曲の頭がほんの少し欠けていれば、録音ボタンを押すのが遅れた自分まで思い出す。
市販のレコードやCD(Compact Disc・コンパクトディスク)には、こうした偶然は残らない。自分で録音したカセットには、音楽だけではなく、録音した日の時間まで一緒に閉じ込められていた。
ケースの中には細長いインデックスカードがあり、そこへ曲名を手書きした。アルファベットを丁寧に書く人もいれば、放送日やFM局、録音方式まで記録する人もいて、ケースの隅に「Dolby B」と書いておけば、それは何年後かの自分に向けた「再生するときはドルビーを入れろ」という小さな伝言になった。
録音している間、音楽から離れられなかった
今から考えると、当時の録音でもっとも贅沢だったものは、高価なカセットデッキでもメタルテープでもなく、時間だったのかもしれない。四十分の番組を録音するなら、おおむね四十分その場にいなければならず、レコード一枚をカセットへ録音するなら、レコード一枚分の時間が必要だった。
途中で録音レベルが高すぎないか、テープが終わらないかを気にしながら、音楽と同じだけの時間を過ごす。後には倍速ダビングのできる機器も広まったが、大切な録音では通常速度を選びたくなる人も多く、時間を短縮することより、できるだけ良い音で残すことの方が重要だった。
そうして一本のテープが完成するころには、そのアルバムを最初から最後まで一度聴いている。音楽を所有することと、音楽を聴くことが、現在ほど分離していなかった時代だったのである。
ウォークマンが変えたのは、「持ち歩く音楽」の意味だった
1979年、昭和54年に初代ウォークマンが登場すると、カセットテープの意味はさらに大きく変わった。
ウォークマン以前にもポータブルラジオや携帯型カセットレコーダー、ラジカセは存在していたため、「ウォークマンによって初めて音楽を屋外へ持ち出せるようになった」という説明は正確ではない。それでも、ウォークマンが画期的だったことに変わりはなく、その本質は、自分で選んだステレオ音楽を小型のヘッドホンで個人的に持ち歩いて聴くという生活様式を、広く一般化したことにあった。
FM放送から録った曲も、レコードから作ったテープも、自分で選曲したお気に入り集も、小さなカセット一つに収まり、そのまま外へ持ち出せる。カセットデッキの前で何十分もかけて作った一本が、自分専用の音楽ライブラリーとして機能するようになったのである。
そのとき、ドルビーや高性能テープの意味はさらに大きくなる。せっかく時間をかけて作るなら、できるだけ良い音で残したいという欲求が、デッキにもテープにも、より高い性能を求める方向へ人々を向かわせた。
CDがやって来たとき、静けさの意味が変わった
1982年、昭和57年にCD(Compact Disc・コンパクトディスク)が日本で市販されると、家庭用オーディオの「静けさ」は新しい段階へ入った。
CDには磁気テープのヒスノイズも、レコード盤の表面から生じるスクラッチノイズも原理的には存在しない。もちろん、録音そのものに含まれる雑音や、再生機器の電子回路から生じる微小なノイズまで完全に消えるわけではないが、記録媒体そのものから常時聞こえるヒスノイズや表面雑音を意識する必要は、ほとんどなくなった。
初めてCDを聴いたとき、曲間があまりにも静かなことに驚いたという人は少なくない。何も聞こえないところから突然音楽が立ち上がるという感覚は、レコードやカセットに慣れた耳には新鮮であり、静けさそのものが新しい音響体験になった。
しかし、その静かな世界へ耳を慣らしていった過程を振り返ると、CD以前に一つの橋が架かっていたことが分かる。それがドルビーだった。
ドルビーが本当に変えたもの
ドルビーBもドルビーCも、カセットテープからノイズを完全に消したわけではない。それでも、スイッチを入れれば背景は確かに静かになり、それまで「カセットだから仕方がない」と受け入れていたヒスノイズが、技術によって小さくできるものだと人々に教えた。
数理的に見れば、その意味はS/N比(Signal-to-Noise Ratio・信号対雑音比)の改善にある。音楽信号に対して雑音が小さくなれば、特に音楽が弱くなる場面で、これまでノイズに隠れていた細かな成分が聞き取りやすくなる。大音量の部分では目立たなかった違いが、フェードアウト、残響、歌手の息遣い、弦楽器の弱音、ピアノの最後の一音といったところで現れるため、ドルビーは「大きな音を良くする技術」よりも、「小さな音を聴けるようにする技術」だったと考える方が本質に近い。
人間の耳は、一度静かな音を知ってしまうと、以前は気にならなかった雑音まで気になるようになる。もっと静かにしたい、もっと高い音まで残したい、もっとレコードに近い音で録りたいという欲求が、高性能テープや三ヘッドデッキ、ドルビーC、メタルテープへとつながり、やがてデジタルオーディオの時代へ向かっていった。
音楽を聴くまでに、手間がかかった時代
現在では、聴きたい曲の名前を検索すれば、ほとんど待つことなく音楽が始まり、曲順を変えることも別の歌手へ移ることも一瞬でできる。音質を保つために録音レベルを調整する必要もなく、A面とB面の残り時間を計算する必要もない。
それは圧倒的に便利になったということであり、昔の方が優れていたと言う必要はない。しかし昭和50年代のオーディオには、便利さとは別の種類の豊かさがあり、FM雑誌に印を付け、放送時刻を待ち、カセットをセットし、録音レベルを合わせ、ドルビーのスイッチを確認してからアナウンサーの声が終わるのを待つという時間そのものが、音楽を聴く体験の一部になっていた。
イントロが始まる瞬間に録音ボタンを押し、曲の最後では余韻が消えるまで停止ボタンを押さずにいる。その間、音楽以外のことはあまりできず、だからこそ一曲を手に入れるという行為には、現在より長い時間が流れていた。
カセットデッキの前で揺れていたメーター、回り続ける二つのリール、数字が一つずつ進んでいくテープカウンター、録音中を示す赤いランプ、そして「DOLBY」の文字。その光景を覚えている人にとって、ドルビーは単なる音響技術の名称ではなく、音楽を録るために音楽と同じ時間を過ごしていた時代の記憶でもある。
曲が終わり、メーターが静かに戻ったあとに残るものは、何も鳴っていないようでいて、実は当時としては新しい音だった。昭和のオーディオは、高音をどこまで伸ばせるか、大きな音をどこまで歪ませずに記録できるかを競いながら、最後には「どこまで静かにできるか」を競うようになっていった。
その静けさへの憧れの途中に、ドルビーBがあり、ドルビーCがあり、ハイポジションやメタルテープがあり、夜のFM放送を一本のカセットへ残そうとする人々がいた。
今、古いカセットを再生すると、再び「サーッ」という音が聞こえてくることがある。しかし不思議なことに、そのノイズはもう、ただ邪魔なだけの音には聞こえない。曲が始まる少し前から聞こえるその音の向こうに、カセットデッキの赤いランプを見つめていた自分や、放送が始まるのを待っていた夜、新しいメタルテープの包装を破ったときの感触まで戻ってくる。
かつて消したかった雑音が、何十年もたつと、その時代を呼び戻す音になる。ドルビーが遠ざけようとした「サーッ」というヒスノイズの向こう側には、音楽だけではなく、音楽を一曲ずつ手に入れていた昭和の時間そのものまで録音されているのである。

