地方で新しい商売を考えるとき、多くの人は最初から数字を大きくしようとする。月商100万円、年商1000万円、いずれは従業員を雇い、法人化できる事業へ育てるという具合に、「起業」と呼ぶ以上は一定以上の規模が必要だと思ってしまう。しかし人口が減り、高齢化が進み、商店や生活サービスが少しずつ撤退している地域を見渡してみると、この考え方には都市の市場を前提とした思い込みが含まれていることに気づく。地方には月100万円にはならないが、月5万円なら成立する仕事があり、その規模が小さすぎるために企業からも起業家からも見過ごされていることがある。
ここでいう月5万円とは、単なる売上高ではなく、交通費や消耗品費、通信費など事業に必要な経費を差し引いた後に残る「事業利益」を基本として考えたい。売上が5万円あっても、そこから2万円の経費が出ていけば残るのは3万円であり、「月5万円をつくった」とは言いにくいからである。月5万円だけで生活全体を支えることは現実的ではないが、年金や給与、別の仕事などと組み合わせる一つの収入源として考えれば年間60万円になるため、一人で始める小規模事業として無視できる数字ではない。
さらに重要なのは、5万円という金額そのものではなく、その5万円を誰かが継続して支払っているという事実である。自分では価値があると思っているサービスでも、他人が一円も払わなければ事業にはならない。反対に、規模は小さくても毎月顧客が現れ、同じサービスに対して繰り返し代金が支払われているなら、そこには需要、価格、信用の三つが小さいながらも結び付いている。壮大な事業計画よりも、実際に毎月数万円の利益を生み続ける小商いの方が、商売としてはすでに一歩先へ進んでいる。
地方では「市場がない」のではなく、需要密度が低い
地方では人口が少ないから商売が難しいと言われるが、この説明は半分だけ正しい。同じ半径の中に何万人も暮らす都市と、数千人しか暮らしていない地域では、店舗を構えて通行客や来店客を待つ商売の条件は大きく異なり、人口が少なければ広告を見て反応する人数も、店の前を通る人数も限られる。しかし一方で、人口が減る地域では顧客だけでなくサービスを提供する側も減っていくため、需要そのものが消えるというより、需要と供給の間に距離ができることがある。
かつてなら町の電器店や商店、近所の人、家族や親戚が自然に引き受けていた小さな仕事が、人口減少や高齢化によって少しずつ宙に浮いていく。スマートフォンやパソコンの設定、空き家の確認、ちょっとした書類整理、事業記録の表計算化、庭仕事や修繕を頼める業者探しなど、一つ一つを見れば大きな産業にはならないが、当事者にとっては放置できない問題である。
ただし、ここで「困っている人がいるから商売になる」と考えてはいけない。商売として成立するためには、困り事が存在するだけでなく、その問題をお金を払ってでも解決したいという支払意思と、実際にその金額を負担できる支払能力が必要になるからである。地方の小商いで見るべき数字は人口そのものではなく、困っている人のうち何人がお金を払って解決したいと思い、その人たちにどの程度の費用でサービスを届けられるかである。
2000世帯あっても、顧客は10人に満たないことがある
例えば対象地域に2000世帯があったとして、そのサービスを一か月のうちに必要とする世帯が5%なら100世帯になる。しかし、そのうち有料でも頼みたいと考える人が30%なら30世帯に減り、さらに複数の選択肢の中から自分を選んでくれる割合が30%なら、実際の顧客は月9件程度にすぎない。人口2000世帯という数字だけを見れば十分な市場に思えるが、実際の商売では「困っている割合」「お金を払う割合」「自分が選ばれる割合」を順番に通過した人数しか顧客にはならない。
逆に言えば、数千人しか住んでいない地域でも、特定の困り事が強く、既存のサービスがほとんどなく、適切な価格で解決できれば商売は成立し得る。地方で重要なのは巨大市場を探すことではなく、少人数でも支払意思の強い需要を見つけることであり、「みんなが少し欲しいもの」よりも「少人数がかなり困っていること」の方が、一人事業には向いている場合がある。
月5万円の利益をつくるには、売上は5万円では足りない
月5万円という目標を現実の商売として考えるなら、売上と利益を混同しないことが重要になる。例えば一件5000円の訪問サービスを月10件行えば売上は5万円になるが、一件ごとに交通費や消耗品費が700円かかり、通信費や広告費などの固定費が月5000円必要なら、手元に残る利益は3万8000円程度にとどまる。
この条件で月5万円の利益を残したいなら、必要な件数はおよそ13件になる。さらに車両費や道具の更新、決済手数料などが増えれば必要件数は多くなり、逆に材料費をほとんど使わない知識サービスなら少なくて済む。つまり「5000円の仕事を10件取れば月5万円」という計算は売上の説明としては正しいが、商売の現実を表すには不十分なのである。
それでも月13件や15件程度なら、週に3件から4件ほどであるため、仕事の内容によっては一人で十分扱える件数になる。この「大量販売を必要としない」という点が小規模事業の特徴であり、中小企業に関する公的な分析でも、小規模企業は大企業や中規模企業に比べて必要な損益分岐点売上高が低く、比較的小さな商圏でも成立しやすいことが示されている。
一人だからこそ成立する価格がある
同じ5000円の仕事でも、会社が受注する場合と一人事業者が受注する場合では採算が違う。会社なら営業、事務、管理、店舗や事務所、人件費など多くの固定費を負担しなければならず、一件5000円では採算が合わない仕事でも、自宅を拠点に一人で運営し、自分で予約を受け、自分でサービスを提供するなら成立することがある。
これは一人起業の弱さではなく、小規模だからこそ持てる経済性である。大量の仕事を受ける能力はなくても、大企業が採算基準のために拾えない仕事を引き受けることはできる。地方では、この「市場としては小さすぎる」という条件そのものが、一人事業者にとって参入余地になる場合がある。
ただし、小さいから競争がないとは限らない。競争相手が少ない地域は、それ以上に顧客も少ない可能性があるため、「競争が少ない=有望市場」と短絡することはできない。見るべきなのは競合企業の数ではなく、支払意思を持つ顧客数と、その顧客にサービスを提供した後にいくら残るかである。
地方では「件数」より「移動」が利益を決めることがある
地方の小商いでは、都市以上に無視できないのが移動時間である。顧客が月15人いても、その15人が半径数キロメートルに集中しているのか、30キロメートル四方に散らばっているのかでは事業の効率がまったく違う。地方は人口密度が低いため、顧客数だけで市場規模を判断すると、売上は確保できてもほとんどの時間を車の中で過ごす商売になりかねない。
例えば一件のサービス料金が5000円で、作業そのものは1時間でも、往復の移動に1時間、予約や会計、連絡に30分かかれば、一件のために2時間半を使うことになる。月16件なら40時間となり、月5万円の利益を生んだとしても、時間当たりの利益は1250円程度にしかならない。反対に、顧客を同じ地域の同じ曜日にまとめ、移動と事務処理を含めた拘束時間を一件1時間15分まで縮められれば、同じ月5万円でも20時間程度で生み出せるため、時間当たりの利益は2500円になる。
したがって、一人起業で本当に重要なのは「月にいくら売れるか」だけではない。「その利益を何時間で生み出したか」という視点が必要であり、地方では特に、移動距離と顧客密度が採算を左右する。
売れるのは新しいものとは限らない
起業という言葉には、これまで世の中になかった新しいサービスを作らなければならないような印象がある。しかし地方で生まれる商機は、必ずしも革新的な発明から生まれるわけではない。むしろ「以前は誰かがやってくれたが、今は頼める人がいない」という仕事の方が現実的な場合がある。
高齢化が進めば、以前なら簡単にできた作業が難しくなる人が増える。行政や銀行、買い物がオンライン化すれば便利になる一方、その操作を理解できない人も生まれ、店舗や窓口が減れば、サービスそのものは存在していても利用するための障壁が高くなる。人口減少とは単に人数が減る現象ではなく、かつて家族、近所、商店、地域組織が無償あるいは低価格で吸収していた細かな仕事の担い手が失われていく現象でもある。
農林水産行政でも、高齢者を中心として食料品店へのアクセスが困難になる問題が長く調査されており、生活サービスへのアクセス低下が一部の地域だけの特殊な問題ではないことは明らかになっている。だからこそ、人口減少地域では「新しい需要を無理に作る」よりも、「すでに存在しているが供給されていない需要」を探す方が合理的な場合がある。
地方の商売では、信用が資産になる
小さな地域で新しいサービスを始めたとき、最初の顧客を獲得することは簡単ではない。知らない人を自宅に入れる、パソコンを操作してもらう、書類を預けるといった仕事では、料金以前に「この人に任せても大丈夫か」という問題があるからである。
小規模企業に関する公的調査でも、多くの事業者が「顧客との信頼関係」や「地域への密着」を自社の強みとして挙げている。地方圏の小規模事業では、価格や設備だけではなく、顧客との距離の近さや継続したコミュニケーションそのものが競争力になり得る。
ただし、「口コミさえあれば広告はいらない」と考えるのも危険である。信用は事業開始と同時に存在するものではなく、一件ずつ仕事を積み重ねることで初めて形成されるため、最初の数人をどう獲得するかという問題は残る。それでも、一度頼んだ人が再び利用し、その人の紹介から次の顧客につながるようになれば、新規顧客を毎月ゼロから探す必要は少なくなり、一人事業としてはかなり安定した形に近づいていく。
固定客10人は強みであると同時に弱点でもある
少人数の固定客から繰り返し頼まれる商売は、一人事業との相性がよい。毎月1000人の新規顧客を探すより、10人や20人の顧客が繰り返し利用してくれる方が営業負担は小さくなり、相手の事情も理解できるため仕事も効率化しやすい。
しかし、ここにも小規模事業特有の弱さがある。顧客10人で売上を支えている商売なら、一人を失っただけで売上は10%減少するからである。大勢の顧客を持つ企業より必要売上高は低くても、少人数への依存度が高いため、顧客喪失への耐性が強いとは限らない。
実際、小規模企業は損益分岐点となる売上高そのものは低い一方で、現在の売上に対してどの程度余裕があるかを見ると必ずしも安全とは言えないことが、公的な企業分析でも指摘されている。つまり「小さく始めれば安全」なのではなく、「小さく始められるが、数人の顧客を失う影響は大きい」と考えた方が現実に近い。
「5万円で終わる商売」と「5万円から育つ商売」
同じ月5万円の利益でも、その中身によって事業としての価値は大きく違う。月100時間働いて5万円しか残らない仕事なら、時間当たりの収益は低く、続けるほど疲弊する可能性がある。一方、月20時間程度で5万円を生み、同じ顧客から繰り返し依頼が入り、徐々に作業時間が短くなっているなら、その仕事にはかなり違った意味がある。
したがって確認すべきなのは、売上や利益の額だけではなく、時間当たり利益、再利用率、継続率、移動距離、顧客一人への依存度である。一度作った説明資料を次の顧客にも利用する、同じ地域の依頼を一日にまとめる、毎回同じ作業が発生するなら定額サービスに変えるなど、小さな改善を積み重ねることで、一時間働いたら一時間分しか売上が発生しない状態から少しずつ離れることもできる。
ここまで進めば、月5万円は単なる副収入ではなく、小さな事業モデルが機能している証拠になってくる。
月5万円は、暮らしの選択肢を一つ増やす
月5万円だけで生活することは難しいが、年間では60万円になる。年金生活者なら生活費の一部を補うことができ、会社員なら副業収入になり、退職を控えた人なら会社を離れた後も続けられる仕事を試す期間にもなる。
一つの仕事だけで月20万円を作ることが難しくても、月3万円、5万円、7万円になる仕事を複数持つという考え方なら現実味を持つ場合がある。ただし、収入源を増やせば必ず安全になるわけではなく、それぞれに営業、会計、顧客対応が必要になるため、仕事を増やし過ぎれば管理コストも増える。分散すること自体が目的ではなく、性質の異なる小さな収入源を無理なく維持できるかどうかを見る必要がある。
人口が減る地方では、一つの仕事だけで十分な需要量を確保できないことも多い。だからこそ、地域内の小さな仕事と、地域外から受けられる仕事を組み合わせる考え方には合理性がある。地域の需要だけに依存せず、かといって地域を捨てるわけでもなく、複数の小さな市場に足場を置くという働き方である。
「小さすぎるから誰もやらない」が空白をつくる
地方には、ときどき奇妙な空白が生まれる。住民は困っているのに事業者がいない。需要はあるのに市場として認識されず、誰も参入しない。その理由の一つは、一件当たりの金額も地域全体の市場規模も、大きな企業にとっては小さすぎるからである。
年間数十万円しか売上にならない地域に、企業が新たな支店や担当者を置くことは難しい。しかし、その地域に暮らす一人の事業者なら条件は違う。自宅から10分の場所に顧客がいて、すでに持っている知識や道具を利用でき、月に十数件の依頼で利益が残るなら、その市場は決して小さすぎるとは限らない。
つまり市場規模は絶対的なものではない。年間100万円の市場は大企業には無意味でも、一人の人間にとっては意味を持つ。地方で「小さすぎる商売」を考える価値は、この市場規模と事業規模の組み合わせにある。
大きくすることより、無理なく消えないこと
起業の成功は、しばしば成長と同じ意味で語られる。売上を増やし、従業員を雇い、店舗を増やし、営業地域を広げることが成功だと考えられやすい。しかし、一人で行う地方の小商いでは、別の成功の形があってもよい。
10年間無理なく続けられ、毎月数万円でも利益が残り、顧客から繰り返し頼まれ、本人の時間や健康を損なわないのであれば、売上規模だけでは測れない価値がある。逆に売上を追うあまり遠方まで車を走らせ、安い仕事を大量に引き受け、月商だけは増えているのに利益も自由時間も残らなくなれば、その事業は成長しているように見えて、生活としては悪化しているかもしれない。
地方で月5万円をつくる商売の核心は、大きな市場を探すことではない。困っている人が実際に存在し、その人に支払意思があり、適切な価格を設定でき、移動や経費を差し引いて利益が残り、それを無理のない時間で提供できるかを確かめることである。この条件がそろえば、顧客が十数人しかいなくても商売は成立し得るし、逆に人口が何万人いても支払意思がなければ商売にはならない。
月5万円は、起業の最終目標として見れば小さい。しかし何もなかった場所から、自分の知識や経験を使い、顧客の困り事を解決することで毎月5万円の利益が生まれているなら、その数字の意味は決して小さくない。そこには需要があり、支払意思があり、価格があり、信用があり、そしてもう一度頼みたいと思う人がいる。
大企業から見れば小さすぎる市場でも、一人の暮らしから見れば十分な市場になることがある。地方では、その尺度の違いそのものが商機になる。誰にも拾われなかった小さな需要を十数件集め、それを無理なく毎月繰り返せる仕組みに変えることは、華々しい起業物語にはならないかもしれない。しかし、一人の暮らしを少し支え、地域の十数人の不便を減らし、それが何年も続いていくのであれば、それは人口減少時代の地方において、むしろ非常に現実的な商売の姿なのである。

